1: 22/07/22(金) 20:46:43 ID:z2ud
アイドルマスターシンデレラガールズです。
しゅがーはぁとこと佐藤心さんのお話です。

2: 22/07/22(金) 20:47:22 ID:z2ud
「疲れた……」

 じりじりと照らす日差しの下、娘の病院が終わった私は家路を急いでいた。

 今は眠っているから静かだけど、目が覚めたらまた火のついた爆弾のような泣き声をあげるのだろう。

「……おなかすいたな。疲れたし……眠たい……」

 もう何日もまともに眠っていない気がする。ごはんだってゆっくり食べたのはいつ以来だろう。

 出産をしてからと言うもの、慌ただしい毎日を送っている。本当に慌ただしい毎日だ。妊娠していたころに周囲から聞いていたよりもずっとハードで、心が折れてしまいそうになる。

 娘を産む前は母親が赤ちゃんを頃したなんてニュースを見て、どうしてこんなに酷いことをするんだろうと悩んだものだが、いざ自分がその立場になってみるとよくわかる。

 限界が来てしまうのだ。ノイローゼとも言うのだろう。

 もちろん、お腹を痛めて産んだ我が子が可愛くないわけがない。むしろ世界一可愛いと思っているし、世界の誰よりも愛おしいと思う。

 それでも……それでも限界は来てしまう。

 私もほんの少し先へ進んだのなら……。
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3: 22/07/22(金) 20:48:03 ID:z2ud
「……やめよう。きっとお腹が空いてるからネガティブになってしまうんだ」

 とはいえ、赤ん坊を連れたまま食事ができるところなんてそうはない。今は眠っているけど、いつ起きるかわからないし起きたらきっと泣き出して周囲に迷惑をかけてしまう。

「早く食べられて、それでいて座れるところ……」

 娘の顔に日が当たらないように手で影を作ってあげながら周囲を見渡す。

 個人店はきっと駄目だ。以前、旦那と一緒の時でさえ嫌な顔をされたことがある。じゃあ早く食べられるしファストフードは……、いやこれもきっと店内が騒がしすぎて娘が起きてしまうだろう。

 あれこれと考えながら首を左右に動かしていると、ファミレスが目に入った。日本全国、きっとどこにでもあるあのチェーン店だ。外から中をうかがってみると、ちょうど他のお客さんも居ないみたいだし。

「……あそこなら大丈夫かな」

 入店そのものを断られるかも知れない。そうなったらもう我慢して家まで帰ろう。確か家にはシリアルがあったはず。あれなら娘から目を離さずにとりあえず空腹を満たせる。

 自分でも危なっかしい足取りでファミレスの入り口へと向かう。

 視界の端にカップルらしき姿が目に入ったけど今は気にしていられない。私が扉へ手を伸ばすと──

「あっ、す……すみません……!」

 カップルの女性の方と手がぶつかってしまった。

「こっちこそごめんね☆ 大丈夫? はい、どうぞ☆」

「ありがとうございます……」

4: 22/07/22(金) 20:48:45 ID:z2ud
 カップルの女性の方が親切に扉を開けて通してくれた。赤ん坊を抱いているとこういう些細な親切でもとてもありがたく感じられる。

「いらっしゃいませ。何名様ですか?」

 店内は涼しい空気に満たされていて外とは大違いの世界だ。

「あっ……えっと、大人一人と……子供が居るんですけど大丈夫ですか?」

 駄目といわれないことを願いつつ、力なく尋ねてみた。ここまで来たのなら、温かいごはんが食べたい……。

「はい。大丈夫ですよー。ではご案内しますね。後ろのお二人はお連れ様ですか?」

「え?」

 店員さんに言われて振り返ると先ほどのカップルが私のすぐ後ろに並んで席へ案内されるのを待っていたようだ。

「いえ、そこで一緒になっただけなので。俺らは」

「そそ☆」

 男性の方が端的に否定されると女性も同意して頷いていた。女性は赤ん坊に気付いているみたいで、目線を下げて穏やかそうな笑顔を浮かべていた。

「失礼しました。では先に一名様ご案内します」

 店員さんに促されたので、カップルの二人に軽く会釈をして後に続く。

5: 22/07/22(金) 20:49:16 ID:z2ud
「ではこちらメニューになります。お決まりでしたらそちらのボタンでお知らせください」

「はい……。ありがとうございます」

 机に置かれたメニューを横目に、娘をそっと私の隣へと下ろす。緊張の一瞬だ。赤ん坊rと言うのは不思議なもので、ほんの少しの衝撃で目を覚ましてしまう。

 普段は神様に祈りなんてしないのに、こういう都合のいい時ばかりは神様に祈ってしまう。

「ふー……」

 どうやら祈りは通じたらしい。

 一安心して私も腰を下ろすと、別の席に先ほどのカップルが案内されるところが目に入った。

「優しい人だったな」

 きっと尋ねたら子供好きと言うだろう。でも見るからに若々しくて綺麗だし、きっと子供はまだってとこなのかな。

「……」

 あの人と自分の姿を見比べてみると、なんだか自分の姿がみすぼらしく思えてきてしまった。

 子供が居るんだし、自分よりも子供優先になるのは当然の事。でも私だって女の子なんだから、あの人みたいにおしゃれして綺麗になりたいという欲は未だにある。

 でも、それを母親である自分は許してはくれない。女の子である前に、この子の母親なのだ。

6: 22/07/22(金) 20:49:35 ID:z2ud
 隣ですやすやと眠る娘の頭をそっと撫でる。起こさないように慎重に。

「っと……いけない。早く食べなきゃ」

 メニューを開いてざっと目を通し、早く食べられそうな料理に目をつけて店員さんを呼ぶ。娘が起きる前に食事を終わらせなければ……。



7: 22/07/22(金) 20:50:14 ID:z2ud
「うぎゃああぁぁぁ! うえぇぇぇん!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」

 料理が運ばれてきてようやく手を付けられるかと思ったその時。まるで目覚まし時計かのように隣で爆音が響いてきた。

 まるで癇癪玉が炸裂したかのように。店内に泣き声が広がる。こうなると泣き止むまで時間がかかる。慌てて抱きかかえてみても泣き止む気配はまるでない。

 血の気が引いていくのが自分でもわかる。

 誰に謝るでもないけど、口からは謝罪の言葉が溢れ出る。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい──

 娘を抱きしめなんとか泣き止まそうと必氏になっていると、誰かがすぐそばに立つ気配がした。あぁ、きっと追い出されるのだろうな……。

「いないいない~……ばぁ~☆」

「え?」

「きゃふふっ!」

 顔を上げると先ほどのカップルの女性の方が娘に見えるように変顔をしていた。

8: 22/07/22(金) 20:50:54 ID:z2ud
「お☆ いい笑顔だな☆ その調子その調子♪ べろべろば~☆」

 キャッキャと嬉しそうな声を出して娘が泣き止んだ。こんなにすんなりと泣き止んだのなんて初めてかもしれない。

「ほらほら☆ ママも笑って笑って☆ 赤ちゃんはママが不安そうにしてるとおんなじように不安になっちゃうぞ☆」

 女性はそう言うとどこにそんなにバリエーションがあるのかと聞きたくなるほど様々な表情で娘を笑わせてくれていた。

「あーぅ~!」

 すっかり娘は女性に対して警戒心を解いたのだろう。女性に向かって手を伸ばして抱っこをせがんでいるようだった。

「す、すみません……!」
 さすがにそこまでしてもらうわけにはいかないと娘を必氏に制していると、男性の方もいつの間にやらこちらへ来ていたようだ。

「良いから良いから☆ ママさえよければ抱っこしてもいい?」

「あ、はい……、どうぞ」

「ありがと☆ やぁん♪ とってもキュートでちゅね~☆」

9: 22/07/22(金) 20:52:09 ID:z2ud
「騒がしくてすみません」

「そ、そんなこと……! こちらこそ娘が申し訳ないです……」

「気にしないでください。それと、もしよければご一緒してもいいですか? 娘さんは彼女が面倒見てくれるので、その間にお母さんはごはん食べてください」

 本当はそこまでご厚意に甘えるわけにはいかないのだけど、今の状況としては渡りに船と言っても過言ではなかった。

 お二人ともとても良い人みたいだし、今日のところはそのご厚意に甘えさせてもらおう。

「ありがとうございます……!」

 でもあまり迷惑はかけられないから急いで食べ始めたら変なとこに入ってしまったのだろう。むせてしまった。

「ゲホゲホッ……ゴホッ……」

「ほら、慌てない慌てない。ゆっくり食べてていいから☆ ママがゆっくりごはん食べてる間ははぁとと遊ぼうねー?」

「彼女もそう言ってますし、ゆっくり召し上がってください。娘さんが心配な気持ちもわかりますが、困ったときはお互い様ですよ」

「……ありがとうございます」

 何度目かのお礼を口にすると目から涙がポロポロと零れてきてしまった。子供を産んでから他人にこんなに優しくされたのは初めてかもしれない。……いや、思い出せないだけでたくさん助けられてきた気はする。

10: 22/07/22(金) 20:52:55 ID:z2ud
「ママって大変だよね☆ だから頼れるときは誰かに頼った方がいいぞ☆ 見ず知らずの人に頼るのは怖いかもだけど☆」

 娘はあっという間に懐いたようで、女性の膝に乗ってご満悦のようだ。

「心さん、次は俺が見てますから先に食べてください。これからの仕事もハードですよ」

「あー、良いって☆ せっかくこんなに仲良くなれたんだし? ママのとこに返すまでははぁとが見てるぞ☆」

「あい!」

「お? くれるの? ありがと☆ ん~スウィーティー☆」

 思わずびっくりして食事の手が止まってしまった。会ってほんのわずかの間にこんなに娘が誰かに懐いたことがあっただろうか。手づかみで掴んだパンを嫌な顔せずに食べてくれる女性にもびっくりだけど。

「ご迷惑をおかけしてすみません……」

 女性にも謝るべきなのだろうけど、娘の相手をしてくれているのでとりあえず男性に謝っておく。

「いえいえ、お気になさらず。彼女も言ってましたが頼れる時は頼っても良いんですよ」

 男性も柔和な笑顔を浮かべて応対してくれている。きっとお二人ともすごく優しい人なのだろう。

11: 22/07/22(金) 20:53:33 ID:z2ud
「あっ!」

 ふいに女性が声をあげた。どうやら私が目を離した隙に娘が料理をひっくり返してしまったらしい。

「……! す、すみません! べ、弁償を……!」

 すぐには気付かなかったのだが、女性の服にべったりと料理が付いてしまっていた。

「あちゃー。さすがにこれはメッだぞ☆ あ、ママは気にしないで良いから☆」

「心さん、とりあえず拭きましょう。着替えは現場に戻れば衣装がありますので」

「ん。了解。買取?」

「この際です。衣装気に入らないって文句はなしですよ」

「言わないってば☆」

 私があたふたしている間に手際よく服に付いた汚れを拭っていく男性。女性はその間も娘をあやし続けてくれていた。

「あ……! す、すみません! ありがとうございます! もう食べ終わったので、娘は返してもらっても大丈夫です!」

「ん? そう? じゃあはい☆ 可愛くて元気な女の子だね♪」

「すみません……」

 娘を返してもらい、抱きかかえながらまた俯いてしまう。

12: 22/07/22(金) 20:54:08 ID:z2ud
「ほらほら☆ ママが暗い顔してると娘ちゃんも心配しちゃうぞ☆」

 顔をあげると、服に料理のシミがべったりとついたままだけど笑顔の女性が居た。

 目の前の事でいっぱいいっぱいだったから気づいていなかったけど、なんて綺麗な人なんだろう。さっき現場とか衣装とか言っていたので、もしかしたらモデルさんとかなのかもしれない。

「……! べ、弁償します! すみません!」

 改めて服を見るとこれはもうクリーニングでどうにかなるレベルではないかもしれない。弁償するなんて言ってしまったけど、モデルさんだとしたら相当高いブランド物なのでは……。

 情けない話だけど、自分の手持ちの心配しかできなくなってしまっている。

「良いって良いって☆ 気にしない気にしない。ね?」

「はい。服はこちらでなんとでもしますから。お母さんは気になさらずに」

「ですが……!」

「はぁとも不注意だったし☆ ね? 何より楽しかったし! だから大丈夫☆」

 女性はピースサインを顔の横に持ってくるとペロっと舌を出していたずらっぽく笑顔を作ってくれた。そしてその笑顔はどこか既視感のある、とても魅力的な笑顔だった。

「いえ……でも……その……」

 私がもごもごと口ごもっていると、男性がこんな提案をしてきた。

「では、ここの代金はお願いしても良いですか? 何かしなきゃお母さんの気が済まないということならですが」

「そんなことでよければ喜んでお支払いします!」

 ファミレスの食事代なんて本当に大した金額ではないだろう。でも私があまりにも気に病むからこんな提案をしてくれたと思うと、また優しさに涙が出そうになる。

13: 22/07/22(金) 20:55:17 ID:z2ud
「ありがと☆ んじゃ、ここの支払いは任せていいっぽいし、はぁと達はそろそろ行こっか」

「ですね。衣装さんに話はつけたんで、現場に戻ればすぐ着替えられますよ。戻るまでの間は俺のジャケットで申し訳ないですがどうぞ」

「さんきゅ♪」

 席を立つ二人を……というよりも女性に名残惜しそうに手を伸ばして悲しそうな声を出す娘。

「大丈夫だって☆ またどこかで会えるから☆ はぁと達をよろしくね、お嬢ちゃん♪ ばいば~い☆」

 まるで嵐のような時間だった。娘が泣き出してからだからほんの数十分。たったそれだけの時間だったけども、なんて濃密な時間だったのだろう。

 娘もすっかりご機嫌だし、私の疲れも……身体の疲れはまだあるけども、それでも心の疲れはすっかり回復したような気さえする。

 家族以外の誰かの優しさに触れたのも久しぶりな気がしたけど、きっと今までは私が気付くだけの余裕はなかったのだろう。

「あぅ~。あ~ぶぅ」

 抱きかかえた娘がペシペシと私の頬を叩く。先ほどの女性の言葉が脳裏を駆け巡った。

「ママが不安だと子供も不安……」

 娘の頭を撫でながら笑顔を作る。作ると言っても無理やりなんかじゃなく、自然に作れた笑顔だ。

「あの人ほど素敵な笑顔は難しいかもしれないけど、もっと笑顔にならなくちゃ!」

 愛する我が子が不安にならないように。



14: 22/07/22(金) 20:56:15 ID:z2ud
 そしてこれは余談なのだけど、家に帰って旦那と一緒にテレビを見ていると、ふいに娘がテレビに向かって手を叩きながら笑いかけていた。

不思議に思った私がテレビをよく見てみると──

『せーのっ、スウィーティー☆』

「ぎゃああああぁぁぁぁぁ!?!?!?」

 あの女性がテレビの向こうで飛びっきりの笑顔で笑っていた。

 あの日から私はしゅがーはぁとさんの大ファンです。もちろん、娘も。なんなら旦那も巻き込んだので、家族揃って大ファンです!

End

15: 22/07/22(金) 20:59:50 ID:z2ud
以上です。

子育てって大変そうですよね。私には縁がない話なので、子育て頑張ってる親御さんは本当に立派だと思います。
取り返しのつかない事をしてしまう前に誰かの手を借りられるのが一番なんでしょうけど、ブラック企業の人と同じできっと難しいのでしょうね……。

それはそれとして
本日7月22日はしゅがーはぁとこと佐藤心さんのお誕生日です!
皆様の「おめでとう」の一言だけで心さんは喜んでくれるので、よければおめでとうと言ってあげてください。
心さんの誕生日のお祝いは前後364日受け付けていると思うので、思い出したら言ってあげてください。

では、お読みいただけたら幸いです。

引用元: 佐藤心「疲れてるあなたへほんのちょっぴりのスウィーテイーを☆」