1: 21/07/06(火)19:02:19 ID:c3Hy
SHHisのssです。特に美琴さんのキャラ付けに関して独自の拡大解釈がありますので、解釈違いだったらすいません。
実装初期だからこそ許されるキャラ付けのブレということでお許しください。
趣味全開で書きました。よろしければぜひ。
実装初期だからこそ許されるキャラ付けのブレということでお許しください。
趣味全開で書きました。よろしければぜひ。
2: 21/07/06(火)19:02:35 ID:c3Hy
【夜に会いに】
◇
かかる人こそは、世におはしましけれ。
学校で習ったそんな文章が、そのまんま当てはまってしまいそうな人でした。
「緋田美琴。よろしく、にちか」
差し出された手の意味を理解するのに数秒。理解してからたっぷり数十秒かけて、見た目より力強い掌と熱を交わしました。
右も左もわからない私。ぐるぐる目が回りそうな毎日。一歩進むたび、ここがどこだかわからなくなって。一歩戻るたびに、夢が[[rb:離> に]]げていくような気がして。昇ってくる血の感覚に息が上がり、汗が噴き出します。
私はきらりと光るアイドルになりたいのです。あの人のような、輝く一番星になりたいのです。
そんなことできないって。私じゃあなれないって。わからないほど馬鹿じゃないです、私。
──それでも憧れたのです。すごくすごく、きらきらと光っていたいのです。
「にちか、美琴。三次予選突破だ」
その言葉を聞いて、夢の続きを少しだけ願いました。
憧れは、憧れのままでいてほしかったと言う気持ちも少しだけ。
でも──あなたは、いつもそんな私の手を引いてくれたのです。
◇
かかる人こそは、世におはしましけれ。
学校で習ったそんな文章が、そのまんま当てはまってしまいそうな人でした。
「緋田美琴。よろしく、にちか」
差し出された手の意味を理解するのに数秒。理解してからたっぷり数十秒かけて、見た目より力強い掌と熱を交わしました。
右も左もわからない私。ぐるぐる目が回りそうな毎日。一歩進むたび、ここがどこだかわからなくなって。一歩戻るたびに、夢が[[rb:離> に]]げていくような気がして。昇ってくる血の感覚に息が上がり、汗が噴き出します。
私はきらりと光るアイドルになりたいのです。あの人のような、輝く一番星になりたいのです。
そんなことできないって。私じゃあなれないって。わからないほど馬鹿じゃないです、私。
──それでも憧れたのです。すごくすごく、きらきらと光っていたいのです。
「にちか、美琴。三次予選突破だ」
その言葉を聞いて、夢の続きを少しだけ願いました。
憧れは、憧れのままでいてほしかったと言う気持ちも少しだけ。
でも──あなたは、いつもそんな私の手を引いてくれたのです。
3: 21/07/06(火)19:03:09 ID:c3Hy
○
レッスンルームに響いているのはシューズの音と、汗の音。切れる息を整えて、最後にもう一度。
『夢は夢で終わらせない』って、私の好きなアイドルも歌っていたから。
プレーヤーの音量は最大。画面に水滴が落ちて、うまく操作できない。仕方ないからぐしょ濡れの服で拭いて、一番のサビ前まで早戻し。
「ラスト、行きますよ」
「──うん。お願い」
人差し指がとつんと跳ねて、ちょうどその時レッスンルームの扉が開く。見られたくないような、見て欲しいような。よく形にできないけれど、とにかく少し気まずい思い。終わったら空気読めないんですねーって、嫌味言ってやろ。
サウンド・オブ・サイレンス。
今日は少しステップがスムーズに踏めるようになったんですよ、プロデューサーさん。
レッスンルームに響いているのはシューズの音と、汗の音。切れる息を整えて、最後にもう一度。
『夢は夢で終わらせない』って、私の好きなアイドルも歌っていたから。
プレーヤーの音量は最大。画面に水滴が落ちて、うまく操作できない。仕方ないからぐしょ濡れの服で拭いて、一番のサビ前まで早戻し。
「ラスト、行きますよ」
「──うん。お願い」
人差し指がとつんと跳ねて、ちょうどその時レッスンルームの扉が開く。見られたくないような、見て欲しいような。よく形にできないけれど、とにかく少し気まずい思い。終わったら空気読めないんですねーって、嫌味言ってやろ。
サウンド・オブ・サイレンス。
今日は少しステップがスムーズに踏めるようになったんですよ、プロデューサーさん。
4: 21/07/06(火)19:03:27 ID:c3Hy
あ、ごめんなさいミスったんで投稿しなおします
5: 21/07/06(火)19:03:55 ID:c3Hy
◇
かかる人こそは、世におはしましけれ。
学校で習ったそんな文章が、そのまんま当てはまってしまいそうな人でした。
「緋田美琴。よろしく、にちか」
差し出された手の意味を理解するのに数秒。理解してからたっぷり数十秒かけて、見た目より力強い掌と熱を交わしました。
右も左もわからない私。ぐるぐる目が回りそうな毎日。一歩進むたび、ここがどこだかわからなくなって。一歩戻るたびに、夢が離(に)げていくような気がして。昇ってくる血の感覚に息が上がり、汗が噴き出します。
私はきらりと光るアイドルになりたいのです。あの人のような、輝く一番星になりたいのです。
そんなことできないって。私じゃあなれないって。わからないほど馬鹿じゃないです、私。
──それでも憧れたのです。すごくすごく、きらきらと光っていたいのです。
「にちか、美琴。三次予選突破だ」
その言葉を聞いて、夢の続きを少しだけ願いました。
憧れは、憧れのままでいてほしかったと言う気持ちも少しだけ。
でも──あなたは、いつもそんな私の手を引いてくれたのです。
かかる人こそは、世におはしましけれ。
学校で習ったそんな文章が、そのまんま当てはまってしまいそうな人でした。
「緋田美琴。よろしく、にちか」
差し出された手の意味を理解するのに数秒。理解してからたっぷり数十秒かけて、見た目より力強い掌と熱を交わしました。
右も左もわからない私。ぐるぐる目が回りそうな毎日。一歩進むたび、ここがどこだかわからなくなって。一歩戻るたびに、夢が離(に)げていくような気がして。昇ってくる血の感覚に息が上がり、汗が噴き出します。
私はきらりと光るアイドルになりたいのです。あの人のような、輝く一番星になりたいのです。
そんなことできないって。私じゃあなれないって。わからないほど馬鹿じゃないです、私。
──それでも憧れたのです。すごくすごく、きらきらと光っていたいのです。
「にちか、美琴。三次予選突破だ」
その言葉を聞いて、夢の続きを少しだけ願いました。
憧れは、憧れのままでいてほしかったと言う気持ちも少しだけ。
でも──あなたは、いつもそんな私の手を引いてくれたのです。
6: 21/07/06(火)19:04:08 ID:c3Hy
○
レッスンルームに響いているのはシューズの音と、汗の音。切れる息を整えて、最後にもう一度。
『夢は夢で終わらせない』って、私の好きなアイドルも歌っていたから。
プレーヤーの音量は最大。画面に水滴が落ちて、うまく操作できない。仕方ないからぐしょ濡れの服で拭いて、一番のサビ前まで早戻し。
「ラスト、行きますよ」
「──うん。お願い」
人差し指がとつんと跳ねて、ちょうどその時レッスンルームの扉が開く。見られたくないような、見て欲しいような。よく形にできないけれど、とにかく少し気まずい思い。終わったら空気読めないんですねーって、嫌味言ってやろ。
サウンド・オブ・サイレンス。
今日は少しステップがスムーズに踏めるようになったんですよ、プロデューサーさん。
レッスンルームに響いているのはシューズの音と、汗の音。切れる息を整えて、最後にもう一度。
『夢は夢で終わらせない』って、私の好きなアイドルも歌っていたから。
プレーヤーの音量は最大。画面に水滴が落ちて、うまく操作できない。仕方ないからぐしょ濡れの服で拭いて、一番のサビ前まで早戻し。
「ラスト、行きますよ」
「──うん。お願い」
人差し指がとつんと跳ねて、ちょうどその時レッスンルームの扉が開く。見られたくないような、見て欲しいような。よく形にできないけれど、とにかく少し気まずい思い。終わったら空気読めないんですねーって、嫌味言ってやろ。
サウンド・オブ・サイレンス。
今日は少しステップがスムーズに踏めるようになったんですよ、プロデューサーさん。
7: 21/07/06(火)19:05:40 ID:c3Hy
○
「お疲れ様。いい形になってきてるじゃないか」
「……プロデューサー、なんで?」
「なんで、とは」
「なんでここにいるんですかってことですー」
わかりきったことをもったいつけて喋る癖、天井のおじさんの真似っこですか? おじさんくさいのでやめた方がいいですよ。なんかこう、似合ってないっていうか。そんな駆け引きができそうな見た目じゃないんですから、プロデューサーさん。
二人してこんな時間の来訪を怪訝に思っていると、プロデューサーさんはいつもの通り、はは、と笑ってるんだか困ってるんだかわからないように間を繋いで、手に下げたビニール袋を差し出します。
「とりあえず、差し入れ。そんで、来週の予定をちょっとな」
「あー、差し入れあるんなら先に言ってくださいよー! ……美琴さん、はいこれ」
「ありがとう。……プロデューサー、来週の予定はメールで送ってもらっているけど?」
んく、んくとスポーツドリンクを飲み干し、疲れた体に水分補給。ぷは、と息を吸うとレッスンルームの蛍光灯がさっきよりも白く強く光っているように見えました。
「ああ、ちょっと変更があってな。……二人とも、月曜の19時から1時間開いているか?」
「私はもちろん」
「えーっと……あ、バイト19時までだ」
「ちょっと調整できないか? 30分くらい早上がりできないか、ちょっと聞いてみてほしい」
「いいですけど……何かあるんですか?」
じとり、とプロデューサーさんを睨むと今度は年相応──こんなこと、私が言うとおかしいのでしょうけど。大人の男性って感じじゃなくて、親戚のお兄ちゃんみたいな。
そんな気の抜けた表情を浮かべて、「あれ、あ、ごめん」と。「ごめん」って、なんだか似合いますね。プロデューサーさん。お姉ちゃんに謝ってばかりなんでしょう、きっと?
「webラジオのゲストにどうかって話が来てさ。パーソナリティは高垣さんって方なんだけど、知ってるよな?」
「高垣……楓……?」
「ええっ!? す、すごいじゃないですか!」
「ああ、本来予約してた別のユニットさんが都合悪くなっちゃったらしくてさ。緊急だってことでお鉢が回ってきたんだよ」
……えー、つまり。
「代打ってことですか?」
「ピンチヒッターとも言うな」
「英語で言い換えただけじゃないですかー!」
「でも、どうだ? webラジオとは言っても視聴者の方は多い番組だし、W.I.N.G. に向けてユニットの名前を売るいい機会になると思うんだけど」
「わかった。出る」
「美琴さん?」
「にちか。どうしてもキツいようなら、私がにちかの分まで喋る。ファンの人に伝えたいこととか、教えて」
「えっえっ……い、いや店長に言ってなんとかしてもらいますよー。私も出ます!」
「……大丈夫?」
「大丈夫です! これ以上美琴さんにご迷惑おかけできませんから!」
「……? そう」
「───はい。ぜひ、お願いします」
すっと一息で言い切る。確かな意志を込めて。
「よし、じゃあ決まりだな。にちか、明日はショップまで迎えに行くから、なんとか都合つけてくれ」
プロデューサーさんがいつもより少しだけ声を張って結論をまとめます。同時に私の頭をくしゃくしゃと撫でるように、かき回して。
「ちょちょちょ、何してるんですかー!?」
レッスン後なんですよ私!? あ、汗が染みてるかもしれないんですよ!? 濡れてるし、しかも匂いだって……まだ制汗剤もつけてないんですから! もう、ほんとありえない!
「ああ、すまんすまん」
パッと手を離して左半分だけ口角を上げるプロデューサーさん。プロデューサーさんなりの気の使い方なのはわかりますけど、それにしたってデリカシーがないんじゃないですか。先輩たちだって、こうされたら怒ると思いますよきっと……!
「お疲れ様。いい形になってきてるじゃないか」
「……プロデューサー、なんで?」
「なんで、とは」
「なんでここにいるんですかってことですー」
わかりきったことをもったいつけて喋る癖、天井のおじさんの真似っこですか? おじさんくさいのでやめた方がいいですよ。なんかこう、似合ってないっていうか。そんな駆け引きができそうな見た目じゃないんですから、プロデューサーさん。
二人してこんな時間の来訪を怪訝に思っていると、プロデューサーさんはいつもの通り、はは、と笑ってるんだか困ってるんだかわからないように間を繋いで、手に下げたビニール袋を差し出します。
「とりあえず、差し入れ。そんで、来週の予定をちょっとな」
「あー、差し入れあるんなら先に言ってくださいよー! ……美琴さん、はいこれ」
「ありがとう。……プロデューサー、来週の予定はメールで送ってもらっているけど?」
んく、んくとスポーツドリンクを飲み干し、疲れた体に水分補給。ぷは、と息を吸うとレッスンルームの蛍光灯がさっきよりも白く強く光っているように見えました。
「ああ、ちょっと変更があってな。……二人とも、月曜の19時から1時間開いているか?」
「私はもちろん」
「えーっと……あ、バイト19時までだ」
「ちょっと調整できないか? 30分くらい早上がりできないか、ちょっと聞いてみてほしい」
「いいですけど……何かあるんですか?」
じとり、とプロデューサーさんを睨むと今度は年相応──こんなこと、私が言うとおかしいのでしょうけど。大人の男性って感じじゃなくて、親戚のお兄ちゃんみたいな。
そんな気の抜けた表情を浮かべて、「あれ、あ、ごめん」と。「ごめん」って、なんだか似合いますね。プロデューサーさん。お姉ちゃんに謝ってばかりなんでしょう、きっと?
「webラジオのゲストにどうかって話が来てさ。パーソナリティは高垣さんって方なんだけど、知ってるよな?」
「高垣……楓……?」
「ええっ!? す、すごいじゃないですか!」
「ああ、本来予約してた別のユニットさんが都合悪くなっちゃったらしくてさ。緊急だってことでお鉢が回ってきたんだよ」
……えー、つまり。
「代打ってことですか?」
「ピンチヒッターとも言うな」
「英語で言い換えただけじゃないですかー!」
「でも、どうだ? webラジオとは言っても視聴者の方は多い番組だし、W.I.N.G. に向けてユニットの名前を売るいい機会になると思うんだけど」
「わかった。出る」
「美琴さん?」
「にちか。どうしてもキツいようなら、私がにちかの分まで喋る。ファンの人に伝えたいこととか、教えて」
「えっえっ……い、いや店長に言ってなんとかしてもらいますよー。私も出ます!」
「……大丈夫?」
「大丈夫です! これ以上美琴さんにご迷惑おかけできませんから!」
「……? そう」
「───はい。ぜひ、お願いします」
すっと一息で言い切る。確かな意志を込めて。
「よし、じゃあ決まりだな。にちか、明日はショップまで迎えに行くから、なんとか都合つけてくれ」
プロデューサーさんがいつもより少しだけ声を張って結論をまとめます。同時に私の頭をくしゃくしゃと撫でるように、かき回して。
「ちょちょちょ、何してるんですかー!?」
レッスン後なんですよ私!? あ、汗が染みてるかもしれないんですよ!? 濡れてるし、しかも匂いだって……まだ制汗剤もつけてないんですから! もう、ほんとありえない!
「ああ、すまんすまん」
パッと手を離して左半分だけ口角を上げるプロデューサーさん。プロデューサーさんなりの気の使い方なのはわかりますけど、それにしたってデリカシーがないんじゃないですか。先輩たちだって、こうされたら怒ると思いますよきっと……!
8: 21/07/06(火)19:05:50 ID:c3Hy
例えばイルミネなら。
『ほ、ほわっ……プロデューサーさんの手、大きいんですね……!』
ま、真乃さんは優しいですから。アンティーカさんなら……!
『おや……アナタに少女扱いされるのも慣れたとは思っていたけど。それでも、悪いものじゃないね』
咲耶さんはクールビューティーの中に見せる可愛いところのギャップがいいんです。そ、そうだ。可愛いといえばアルストです、アルストなら……!
『ひぃん……甜花、もう限界……プロデューサーさん、お風呂まで連れてって……テンカチャン!』
……素直に甘奈さんの方が良かったかも? あ、でも放クラなら。
『どきどき過ぎで……ございます……どきどき時で、ございます……』
まあ、最初からダメだなって感じでした。えーと、ストレイはクールですから。
『何やってるっすかプロデューサーさん! もっとおなかの方までやって欲しいっす!』
そうでした。一応ノクチルさんは
『……ふふ、やば』
………怒ると思いますよ、みんな。誰か。きっと。
ほ、ほら。先輩方はともかく、隣を見てくださいよ。美琴さんが見てるじゃないですかっ。
「プロデューサー」
ちゃんと怒られてくださいっ。
「……あとで、私にも」
あれ?
『ほ、ほわっ……プロデューサーさんの手、大きいんですね……!』
ま、真乃さんは優しいですから。アンティーカさんなら……!
『おや……アナタに少女扱いされるのも慣れたとは思っていたけど。それでも、悪いものじゃないね』
咲耶さんはクールビューティーの中に見せる可愛いところのギャップがいいんです。そ、そうだ。可愛いといえばアルストです、アルストなら……!
『ひぃん……甜花、もう限界……プロデューサーさん、お風呂まで連れてって……テンカチャン!』
……素直に甘奈さんの方が良かったかも? あ、でも放クラなら。
『どきどき過ぎで……ございます……どきどき時で、ございます……』
まあ、最初からダメだなって感じでした。えーと、ストレイはクールですから。
『何やってるっすかプロデューサーさん! もっとおなかの方までやって欲しいっす!』
そうでした。一応ノクチルさんは
『……ふふ、やば』
………怒ると思いますよ、みんな。誰か。きっと。
ほ、ほら。先輩方はともかく、隣を見てくださいよ。美琴さんが見てるじゃないですかっ。
「プロデューサー」
ちゃんと怒られてくださいっ。
「……あとで、私にも」
あれ?
9: 21/07/06(火)19:06:04 ID:c3Hy
○
シャワーで汗を流した後は、待ち合わせのレッスン場ロビーへ。『もう遅いし、何か食べた後送っていくよ』とのことでした。何食べようなんて考えて歩いていると、何を見るでもなく、入り口から夜の街を眺めているプロデューサーさんの姿が見えました。
「プロデューサー」
「──おお、じゃあ、行こうか。何食べたいか決まったか?」
聞かれると、流れるように美琴さんが私を見る。えっと、どうしようかな……。
「まだ決まってないんですけど、おススメありますか?」
「寿司屋とか」
「今あんまり気分じゃないんですよねー」
「じゃあラーメンとか?」
「えー、カ口リー高い……」
「踊った後だから少しくらいいいんじゃないか?」
「そうかもしれないですけど……」
「じゃあ、私からお願いしていい?」
ん、と私たちの会話が止まる。美琴さんがゆっくり唇に乗せた言葉は……
「プロデューサー、何か作って」
……あれれ?
シャワーで汗を流した後は、待ち合わせのレッスン場ロビーへ。『もう遅いし、何か食べた後送っていくよ』とのことでした。何食べようなんて考えて歩いていると、何を見るでもなく、入り口から夜の街を眺めているプロデューサーさんの姿が見えました。
「プロデューサー」
「──おお、じゃあ、行こうか。何食べたいか決まったか?」
聞かれると、流れるように美琴さんが私を見る。えっと、どうしようかな……。
「まだ決まってないんですけど、おススメありますか?」
「寿司屋とか」
「今あんまり気分じゃないんですよねー」
「じゃあラーメンとか?」
「えー、カ口リー高い……」
「踊った後だから少しくらいいいんじゃないか?」
「そうかもしれないですけど……」
「じゃあ、私からお願いしていい?」
ん、と私たちの会話が止まる。美琴さんがゆっくり唇に乗せた言葉は……
「プロデューサー、何か作って」
……あれれ?
10: 21/07/06(火)19:06:37 ID:c3Hy
【いつかの君のところまで】
◇
事務所に戻ると部屋は真っ暗でした。お姉ちゃんが寝てるかも、と思ったけどそういえば今日はスーパーでパートが入っているのでした。
「よくこんな時間まで練習してたなぁ」
荷物を置いて、プロデューサーさんがしみじみと言います。
「個人の練習だけじゃなくて、合わせてこそのアイドルパフォーマンスだから」
「そうです! 最近は、少しですけど上達してるんですよ!」
「うん。にちかはよくやってる」
「美琴さん……!」
自分だけじゃなくて、人からそう言ってもらえると少し安心できます。それも、今までたくさんレッスンを積んできて、すごいパフォーマンスをする美琴さんに褒められたんですから、それはもう……!
「少しメールだけ返させてもらっていいか? その後なんか作るよ」
「なんかってなんですか」
「えっと……そうだ、ツイスタ映えするやつ作ろうか。最近練習したんだ……!」
「もうその発想からおじさんくさいですよー。大丈夫ですかー、それ」
「ダ、ダイジョウブダヨ……」
まあ、そういうことならお願いします。期待しないで待ってます。
ご飯が出てくるまでの間、ほっと一息つこうかなと麦茶を三つ。この季節は、ガラスに水が染みて来ないので少し寂しい気持ちになります。水がついたらついたで、嫌なんですけどね。プリントとか濡れちゃう原因になるので。
◇
事務所に戻ると部屋は真っ暗でした。お姉ちゃんが寝てるかも、と思ったけどそういえば今日はスーパーでパートが入っているのでした。
「よくこんな時間まで練習してたなぁ」
荷物を置いて、プロデューサーさんがしみじみと言います。
「個人の練習だけじゃなくて、合わせてこそのアイドルパフォーマンスだから」
「そうです! 最近は、少しですけど上達してるんですよ!」
「うん。にちかはよくやってる」
「美琴さん……!」
自分だけじゃなくて、人からそう言ってもらえると少し安心できます。それも、今までたくさんレッスンを積んできて、すごいパフォーマンスをする美琴さんに褒められたんですから、それはもう……!
「少しメールだけ返させてもらっていいか? その後なんか作るよ」
「なんかってなんですか」
「えっと……そうだ、ツイスタ映えするやつ作ろうか。最近練習したんだ……!」
「もうその発想からおじさんくさいですよー。大丈夫ですかー、それ」
「ダ、ダイジョウブダヨ……」
まあ、そういうことならお願いします。期待しないで待ってます。
ご飯が出てくるまでの間、ほっと一息つこうかなと麦茶を三つ。この季節は、ガラスに水が染みて来ないので少し寂しい気持ちになります。水がついたらついたで、嫌なんですけどね。プリントとか濡れちゃう原因になるので。
11: 21/07/06(火)19:07:08 ID:c3Hy
「美琴さん、プロデューサーさん……んぅ?」
あれ。
なんか、あれ?
あーれれー、おかしいぞー。
パチクリと目を瞬きしても景色は何一つ変わることはありません。
「美琴さん……近くないですか?」
しいん。まるでここから音が消えたかのように。
でも、無声映画みたいに映像ばっかり動いていて。美琴さんはじっと私を見つめて、一度プロデューサーさんの方をちらりと眺め、首を一捻り。
「そう?」
「そう……ですねー」
再びの沈黙。え、私悪い?
美琴さんはデスクでメールを打っているプロデューサーさんの横につけ、膝を床につけて半身立ちになっています。ちょうど頭が机のあたりにあって、いかにも撫でやすそうです。両手で机の縁を軽く握っているのもなんというのでしょう。
えっと、これは。
諸先輩方と同じく、その。
実に、犬っぽい格好をしています。
「ほら、美琴。言われてるぞ」
「そうかな。そうかも」
「その返しもなんだかすっごく大きな犬っぽい感じがします」
「……にちかの言っていることは、時々難しいね」
「そんなでもない気がしますけど……」
うーん、待っても待ってもなかなか本丸への説明がこない。はぐらかされているのでしょうか?
あれ。
なんか、あれ?
あーれれー、おかしいぞー。
パチクリと目を瞬きしても景色は何一つ変わることはありません。
「美琴さん……近くないですか?」
しいん。まるでここから音が消えたかのように。
でも、無声映画みたいに映像ばっかり動いていて。美琴さんはじっと私を見つめて、一度プロデューサーさんの方をちらりと眺め、首を一捻り。
「そう?」
「そう……ですねー」
再びの沈黙。え、私悪い?
美琴さんはデスクでメールを打っているプロデューサーさんの横につけ、膝を床につけて半身立ちになっています。ちょうど頭が机のあたりにあって、いかにも撫でやすそうです。両手で机の縁を軽く握っているのもなんというのでしょう。
えっと、これは。
諸先輩方と同じく、その。
実に、犬っぽい格好をしています。
「ほら、美琴。言われてるぞ」
「そうかな。そうかも」
「その返しもなんだかすっごく大きな犬っぽい感じがします」
「……にちかの言っていることは、時々難しいね」
「そんなでもない気がしますけど……」
うーん、待っても待ってもなかなか本丸への説明がこない。はぐらかされているのでしょうか?
12: 21/07/06(火)19:07:31 ID:c3Hy
「美琴さん、そんなにプロデューサーさんと仲良かったでしたっけ?」
「……どうだろう。よくはしてもらってるけど」
「してもらってるというかね」
プロデューサーさんは呆れるような声色で、でも顔はディスプレイに釘付けのまま、指だけがキーボードの上を跳ねています。
「ほら、なんとなーくさ、にちかもわかってるだろうけど、美琴って美琴じゃんか」
「何言ってるんですかほんと?」
「いや……たまにさ、生きてるかなって電話した時に」
「確認レベルの低さ」
生きてるかなってなんですか。生きてますよ大抵の場合。
「電話出なかったことがあってさ」
「氏んでいる!?」
しまった。つい悪ノリしてしまいました。この会話の最中も美琴さんは私を見て、プロデューサーさんを見て、また私を見て、と。一回一回小さく首を動かすのがなんとも可愛いものです。この人さっきすごいカッコ良く踊っていたんですけど。
「それで急いで家に行ったらさ まあ」
「なんですかその一瞬の間」
「………………………………………まあ」
「間が一瞬であることに文句つけてたんじゃないですよ。間の説明をしてくださいってことです」
「にちか……えOち」
「えOち!?!?」
この会話のどこにそんな要素が!? というより美琴さんの顔がみるみる赤くなって……え、本当にえOちなことを言ってしまったんですか!? 不健全青少年少女になってしまったんですか私!?
「洗濯は溜まっているし、ろくなものを食べてる形跡はないしで、なんとかしましょうねってことさ。実際お宅訪問の番組とかあるだろ? 最近は配慮してくれるけど、VTRで自分の部屋を紹介するなんて企画もあるんだから」
それにはとてもな……と、ディスプレイを見ていた目を斜め45度上にずらして遠くを見つめるプロデューサーさん。空気抵抗がなければ一番遠くまで視線が飛んでいきそうです。
「そう。私は別にいいって言ったんだけど、無理って言われちゃって」
赤面から立ち直った美琴さん。開き直ったとも言えます。
「だから週に一回、家に来てもらって色々してもらっている」
「週一で家に!?」
「家政婦さんみたいなものだけどな。掃除したり、料理作ったり」
「ええ……そんなぁ……」
「諦めないで、にちか」
どの口が、という反射的なツッコミをすんでのところで飲み込んで、なるほどそういう事情があったのですねと納得します。バックグラウンドはわかりました。
さて、しかし、ところが、どっこい。
「……それで、どうして美琴さんはわんちゃんみたいにプロデューサーさんの横で……なんかこう……きゅーんってなってるんですか」
「きゅーんってなってる?」
「きゅーんってなってます」
「きゅーんってなってるか?」
「きゅーんってなってるって言ってるでしょ」
「俺にだけ辛辣……」
「こんなんでも美琴さんは私の憧れで、同じユニットを組んでいる仲間ですから悪くは言いません」
「こんなんでもって」
「口が滑りました」
「いいから、ほら、セイ。リズンをセイ」
「女子高生の間だとそんな言い回しが流行ってるのか……」
「そうです。ほらいいから」
嘘をつきました。些細なことなのでどうでもいいでしょう。
「実はな……美琴はお腹が空くときゅーんってなってしまうんだ」
「お腹が空くときゅーんってなってしまうんですか」
「私はお腹が空くときゅーんってなってしまうの?」
「そうだよ」
「そうなんだ。そうみたい」
「なんですこの会話?」
目が回りそうです。しかし見えているものが全てです。眼前のきゅーんってなってる美琴さんから目を逸らすことはできません。普段はあんなにかっこいい美琴さんでしたが、薄々感じてはいましたが、信じたくはなかったのですが、どうやら。
まあ、その。
私生活は少しだけポンコツさんみたいです。
「……どうだろう。よくはしてもらってるけど」
「してもらってるというかね」
プロデューサーさんは呆れるような声色で、でも顔はディスプレイに釘付けのまま、指だけがキーボードの上を跳ねています。
「ほら、なんとなーくさ、にちかもわかってるだろうけど、美琴って美琴じゃんか」
「何言ってるんですかほんと?」
「いや……たまにさ、生きてるかなって電話した時に」
「確認レベルの低さ」
生きてるかなってなんですか。生きてますよ大抵の場合。
「電話出なかったことがあってさ」
「氏んでいる!?」
しまった。つい悪ノリしてしまいました。この会話の最中も美琴さんは私を見て、プロデューサーさんを見て、また私を見て、と。一回一回小さく首を動かすのがなんとも可愛いものです。この人さっきすごいカッコ良く踊っていたんですけど。
「それで急いで家に行ったらさ まあ」
「なんですかその一瞬の間」
「………………………………………まあ」
「間が一瞬であることに文句つけてたんじゃないですよ。間の説明をしてくださいってことです」
「にちか……えOち」
「えOち!?!?」
この会話のどこにそんな要素が!? というより美琴さんの顔がみるみる赤くなって……え、本当にえOちなことを言ってしまったんですか!? 不健全青少年少女になってしまったんですか私!?
「洗濯は溜まっているし、ろくなものを食べてる形跡はないしで、なんとかしましょうねってことさ。実際お宅訪問の番組とかあるだろ? 最近は配慮してくれるけど、VTRで自分の部屋を紹介するなんて企画もあるんだから」
それにはとてもな……と、ディスプレイを見ていた目を斜め45度上にずらして遠くを見つめるプロデューサーさん。空気抵抗がなければ一番遠くまで視線が飛んでいきそうです。
「そう。私は別にいいって言ったんだけど、無理って言われちゃって」
赤面から立ち直った美琴さん。開き直ったとも言えます。
「だから週に一回、家に来てもらって色々してもらっている」
「週一で家に!?」
「家政婦さんみたいなものだけどな。掃除したり、料理作ったり」
「ええ……そんなぁ……」
「諦めないで、にちか」
どの口が、という反射的なツッコミをすんでのところで飲み込んで、なるほどそういう事情があったのですねと納得します。バックグラウンドはわかりました。
さて、しかし、ところが、どっこい。
「……それで、どうして美琴さんはわんちゃんみたいにプロデューサーさんの横で……なんかこう……きゅーんってなってるんですか」
「きゅーんってなってる?」
「きゅーんってなってます」
「きゅーんってなってるか?」
「きゅーんってなってるって言ってるでしょ」
「俺にだけ辛辣……」
「こんなんでも美琴さんは私の憧れで、同じユニットを組んでいる仲間ですから悪くは言いません」
「こんなんでもって」
「口が滑りました」
「いいから、ほら、セイ。リズンをセイ」
「女子高生の間だとそんな言い回しが流行ってるのか……」
「そうです。ほらいいから」
嘘をつきました。些細なことなのでどうでもいいでしょう。
「実はな……美琴はお腹が空くときゅーんってなってしまうんだ」
「お腹が空くときゅーんってなってしまうんですか」
「私はお腹が空くときゅーんってなってしまうの?」
「そうだよ」
「そうなんだ。そうみたい」
「なんですこの会話?」
目が回りそうです。しかし見えているものが全てです。眼前のきゅーんってなってる美琴さんから目を逸らすことはできません。普段はあんなにかっこいい美琴さんでしたが、薄々感じてはいましたが、信じたくはなかったのですが、どうやら。
まあ、その。
私生活は少しだけポンコツさんみたいです。
13: 21/07/06(火)19:08:38 ID:c3Hy
○
「……よし! メールも出し終えた!」
「えらい。プロデューサー、ごはん」
「よしよし、待ってろ美琴。少し準備があるから、にちかは少し美琴を撫でてあげててくれ」
「本格的に犬じゃないですか」
「……にちか」
「くっ、かわいい」
言われたままに、年上でアイドルとしての経験は何年も先輩で、目の覚めるような美人さんの頭を撫でくりまわします。
おでこの少し上あたりを撫でられると気持ちがいいみたいで目を細めてたいへん可愛いのです。
他にも、親指で耳の裏あたりを撫でてから髪を後ろから梳いて上げるのも好きみたいです。
いいことを知りました。ふふん。
そのまま、数分ほどした後でしょうか。にちかー、みことー、と私たちを呼ぶ声がしました。どうするのかな、と思って美琴さんを眺めていると、スッと立ってスタスタとそれは姿勢良く歩いて行きました。そうなんですけどそうじゃないじゃないような気がしてなりません。
「よし、疲れた体には甘いもの! ということで今日はこれだ!」
にこにこ笑っているプロデューサーさんの前には、カセットコンロとフライパン。バナナにオレンジ、砂糖とホイップクリーム。それと、英語のラベルの琥珀色の液体。
「え、お酒ですかそれ」
「ウイスキーだな。お酒を飲むわけじゃないから安心してくれ」
「安心っていうか……何作るんです? デザート?」
「ザッツライト、イグザクトリィ」
「え、普通にうざいかもです」
「ごめん……」
夜ご飯がデザートというのもなぁ、なんて少しは思うものの。でもそれを言い出す気にもならず、とにかく珍しく上機嫌のプロデューサーさんに釘付けでした。
「とにかく映えるやつだからな。写真とか動画とか撮ってくれていいんだぞ?」
だぞ? の語尾に多量の期待が込められているように感じました。……発想がもう大分おじさんくさいと思ったのですが、今の姿と合わせてどうもこれは年下の少年っぽいな、とも感じます。その最中、美琴さんはずっときゅーんってしてました。とてもキュートでした。
「……よし! メールも出し終えた!」
「えらい。プロデューサー、ごはん」
「よしよし、待ってろ美琴。少し準備があるから、にちかは少し美琴を撫でてあげててくれ」
「本格的に犬じゃないですか」
「……にちか」
「くっ、かわいい」
言われたままに、年上でアイドルとしての経験は何年も先輩で、目の覚めるような美人さんの頭を撫でくりまわします。
おでこの少し上あたりを撫でられると気持ちがいいみたいで目を細めてたいへん可愛いのです。
他にも、親指で耳の裏あたりを撫でてから髪を後ろから梳いて上げるのも好きみたいです。
いいことを知りました。ふふん。
そのまま、数分ほどした後でしょうか。にちかー、みことー、と私たちを呼ぶ声がしました。どうするのかな、と思って美琴さんを眺めていると、スッと立ってスタスタとそれは姿勢良く歩いて行きました。そうなんですけどそうじゃないじゃないような気がしてなりません。
「よし、疲れた体には甘いもの! ということで今日はこれだ!」
にこにこ笑っているプロデューサーさんの前には、カセットコンロとフライパン。バナナにオレンジ、砂糖とホイップクリーム。それと、英語のラベルの琥珀色の液体。
「え、お酒ですかそれ」
「ウイスキーだな。お酒を飲むわけじゃないから安心してくれ」
「安心っていうか……何作るんです? デザート?」
「ザッツライト、イグザクトリィ」
「え、普通にうざいかもです」
「ごめん……」
夜ご飯がデザートというのもなぁ、なんて少しは思うものの。でもそれを言い出す気にもならず、とにかく珍しく上機嫌のプロデューサーさんに釘付けでした。
「とにかく映えるやつだからな。写真とか動画とか撮ってくれていいんだぞ?」
だぞ? の語尾に多量の期待が込められているように感じました。……発想がもう大分おじさんくさいと思ったのですが、今の姿と合わせてどうもこれは年下の少年っぽいな、とも感じます。その最中、美琴さんはずっときゅーんってしてました。とてもキュートでした。
14: 21/07/06(火)19:09:02 ID:c3Hy
「さて、まずバナナの端を切り取って……」
手慣れた手つきで、バナナの両端をナイフで切り落とし、そのまま縦に切れ込みを入れてバナナを半分に分割します。縦半分に切ったバナナをもう一本用意して。あれ、と辺りを探してから探し物がないことに気づき冷蔵庫に向かいます。帰ってきた彼の手にはバターとバニラアイス。
「じゃあ、ここでフライパンを温めます。そこにバターを30gほど入れて……」
「ちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょ30g!?」
「お菓子作りみたいなものだからな。ここでケチるとおいしくならない。えいっ!」
「ああっ!! 罪が溶けていく!!」
「美味しそう……」
深夜テンションというわけでもないですが、三者三様、この状況を目一杯楽しんでいます。
「んで、バターが溶けたらここに砂糖を大さじ2。そしてこのまま茶色に色づくまで、弱火でじっくりと熱していく……っと、こんな感じだ」
[[rb: 美味しいやつ > カラメリゼ]]。この段階でも十分美味しそうな匂いが漂ってきています。そしてプロデューサーさんはにヤリと笑って、先程切ったバナナをフライパンへとゆっくり……ゆっくり……
「バナナ、焼くんだ」
美琴さんの質問なのか単なる呟きなのか、とにかくぽつりと発した言葉に反応するように。
「そうっ! ここに、バナナをイン! だ!」
じゅわあ、と甘い音がします。音にまで甘さがあるなんて知りませんでした。
あーもう、口の中がもうたまらない感じになっちゃったじゃないですかー! すごいカ口リー高いんですよこれー!
「カ口リーなんてのはな、高ければ高いほど美味いんだよ」
「[[rb: 脳内発話 > モノローグ]]を聞かれていた!?」
バナナが焼けている間、プロデューサーさんのナイフはオレンジへと入ります。皮の部分をりんごを剥くみたいにちょろり、ちょろり……少し身を削ってしまったのか、果汁がフライパンへ一滴二滴、垂れ落ちます。
「さて……にちか、ちょっと照明を落として来てくれないか?」
「え、あ、はい」
「頼むな」
バナナが焼ける音が、入り口の近くまで充満しています。ぱちり、と灯を落とすと、給湯室で赤く青く燃えているカセットコンロの火が光っていました。しかし、それだけではなく。青い炎が、プロデューサーさんの手の近く30センチのところで揺らめいてます。
「ありがとう。じゃ、今からちょっと演出をやるからな。……カメラの用意はいいか?」
「撮って欲しいんですね、はいはい」
美琴さんが火の近くにいたのでだめですよ、とベリっと引き離してから私はカメラを構えます。
「じゃあ、ご覧ください」
───そう言うと、プロデューサーさんはフォークで刺したオレンジをフライパンの上まで持ってきて、そこにゆっくりと青色の炎を流しかけていきます。炎がオレンジを伝ってフライパンに落ちると──────。
ぼっと、赤く高く。
綺麗に、火が灯ったのです。
「わー……──!」
「すごい……」
夜の向こうに少しだけ見える、プロデューサーさんの顔は少しだけ真剣で。
───少しだけ。
です。
手慣れた手つきで、バナナの両端をナイフで切り落とし、そのまま縦に切れ込みを入れてバナナを半分に分割します。縦半分に切ったバナナをもう一本用意して。あれ、と辺りを探してから探し物がないことに気づき冷蔵庫に向かいます。帰ってきた彼の手にはバターとバニラアイス。
「じゃあ、ここでフライパンを温めます。そこにバターを30gほど入れて……」
「ちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょ30g!?」
「お菓子作りみたいなものだからな。ここでケチるとおいしくならない。えいっ!」
「ああっ!! 罪が溶けていく!!」
「美味しそう……」
深夜テンションというわけでもないですが、三者三様、この状況を目一杯楽しんでいます。
「んで、バターが溶けたらここに砂糖を大さじ2。そしてこのまま茶色に色づくまで、弱火でじっくりと熱していく……っと、こんな感じだ」
[[rb: 美味しいやつ > カラメリゼ]]。この段階でも十分美味しそうな匂いが漂ってきています。そしてプロデューサーさんはにヤリと笑って、先程切ったバナナをフライパンへとゆっくり……ゆっくり……
「バナナ、焼くんだ」
美琴さんの質問なのか単なる呟きなのか、とにかくぽつりと発した言葉に反応するように。
「そうっ! ここに、バナナをイン! だ!」
じゅわあ、と甘い音がします。音にまで甘さがあるなんて知りませんでした。
あーもう、口の中がもうたまらない感じになっちゃったじゃないですかー! すごいカ口リー高いんですよこれー!
「カ口リーなんてのはな、高ければ高いほど美味いんだよ」
「[[rb: 脳内発話 > モノローグ]]を聞かれていた!?」
バナナが焼けている間、プロデューサーさんのナイフはオレンジへと入ります。皮の部分をりんごを剥くみたいにちょろり、ちょろり……少し身を削ってしまったのか、果汁がフライパンへ一滴二滴、垂れ落ちます。
「さて……にちか、ちょっと照明を落として来てくれないか?」
「え、あ、はい」
「頼むな」
バナナが焼ける音が、入り口の近くまで充満しています。ぱちり、と灯を落とすと、給湯室で赤く青く燃えているカセットコンロの火が光っていました。しかし、それだけではなく。青い炎が、プロデューサーさんの手の近く30センチのところで揺らめいてます。
「ありがとう。じゃ、今からちょっと演出をやるからな。……カメラの用意はいいか?」
「撮って欲しいんですね、はいはい」
美琴さんが火の近くにいたのでだめですよ、とベリっと引き離してから私はカメラを構えます。
「じゃあ、ご覧ください」
───そう言うと、プロデューサーさんはフォークで刺したオレンジをフライパンの上まで持ってきて、そこにゆっくりと青色の炎を流しかけていきます。炎がオレンジを伝ってフライパンに落ちると──────。
ぼっと、赤く高く。
綺麗に、火が灯ったのです。
「わー……──!」
「すごい……」
夜の向こうに少しだけ見える、プロデューサーさんの顔は少しだけ真剣で。
───少しだけ。
です。
15: 21/07/06(火)19:09:39 ID:c3Hy
「さて、演出はどうだった?」
「キザな演出ですねー」
「プロデューサー、かっこよかった……」
「んぅ。まあ。ちょっとは、そうですね」
言葉を聞いて、満足そうに笑うプロデューサーさん。さっきの表情はどこへ行ったのやら、また子供っぽい表情へと逆戻りです。にちか的には点数高くないですよ、それ。
「じゃ、あとはもう少し仕上げがあるから、座って待っててくれるか」
「わかった。待ってる」
「美琴さん。そこじゃなくて机の方でってことだと思います」
「わかった。待ってる」
とぼとぼと歩く姿は、遊びを断られた大型犬のよう。
なんか、今日1日でだいぶ美琴さんへの認識が変わった気がします。
ユニットになってから数ヶ月。
W.I.N.G. のお仕事だけじゃなくて、いつでもわからないこと・困ったことを教えてくれるかっこいいお姉さん。そう思ってばかりいたけど、こんなにも手のかかる──もとい。可愛らしい一面があったなんて。
本当は、知らないだけで。みんなみんな、そうなのかもしれません。それを知らないままでいることと、本当でいられること。どちらが良いかなんて、決められるものではないのでしょう。
一つ一つ、違うのでしょう。
そうだったなら──私は、よかったのだと思います。
こんなかわいい美琴さんの姿を見ることができて。窓から見えるお月さまも、きっとそう言ってくれるでしょう。
「キザな演出ですねー」
「プロデューサー、かっこよかった……」
「んぅ。まあ。ちょっとは、そうですね」
言葉を聞いて、満足そうに笑うプロデューサーさん。さっきの表情はどこへ行ったのやら、また子供っぽい表情へと逆戻りです。にちか的には点数高くないですよ、それ。
「じゃ、あとはもう少し仕上げがあるから、座って待っててくれるか」
「わかった。待ってる」
「美琴さん。そこじゃなくて机の方でってことだと思います」
「わかった。待ってる」
とぼとぼと歩く姿は、遊びを断られた大型犬のよう。
なんか、今日1日でだいぶ美琴さんへの認識が変わった気がします。
ユニットになってから数ヶ月。
W.I.N.G. のお仕事だけじゃなくて、いつでもわからないこと・困ったことを教えてくれるかっこいいお姉さん。そう思ってばかりいたけど、こんなにも手のかかる──もとい。可愛らしい一面があったなんて。
本当は、知らないだけで。みんなみんな、そうなのかもしれません。それを知らないままでいることと、本当でいられること。どちらが良いかなんて、決められるものではないのでしょう。
一つ一つ、違うのでしょう。
そうだったなら──私は、よかったのだと思います。
こんなかわいい美琴さんの姿を見ることができて。窓から見えるお月さまも、きっとそう言ってくれるでしょう。
16: 21/07/06(火)19:09:54 ID:c3Hy
○
「──さて、できたぞ。召し上がれ」
「美味しい……」
「早くない!?」
白いお皿の上には、バナナで作られた四角形。その中心にバニラアイスとホイップクリーム。バナナの周りにはオレンジを絞ったカラメルが注がれていて、アイスを掬ってつけて食べれば、極上の味わいです。
「んん──……! 美味しい──……!」
「はは、そう言ってくれれば何より」
「それにしても、プロデューサーさんがこんな料理を作れるとは思いませんでした」
「……プロデューサーは、他にも料理がすごくうまい。カレーにシチュー、肉じゃがにもつ煮、野菜炒めにシーザーサラダ……他にも」
「めちゃめちゃ餌付けされてるじゃないですか……」
「だって美味しいから」
「大学時代の先輩に料理が好きな人がいてな。今度会ったら紹介するよ、機会あるだろうし」
「……知ってる人?」
「うん。同業他社」
「あ、アイドルに知り合いがいたの……!?」
「いや、プロデューサーの方ね……」
「へー、そうなんですか。そういえば私、プロデューサーの昔の感じとか全然知らないんですよね」
「俺の? ……いやー、そんな面白いことはないよ。思ったより平凡な人生だからな」
「そうなんですかー?」
またまた、嘘ばっかり。そんな思いを視線に乗せていると、プロデューサーはわざとらしく肩をすくめて。
「ああ。漫画やアニメにあるようなドラマティックなシーンなんて全然……はは、笑っちゃうような失敗はたくさんあるけど」
「……そうなんだー」
「そうさ。みんなみたいな、アイドルやってる子たちと比べると、笑っちゃうくらい薄っぺらかもしれないけど──────でも」
ぱくり、とバナナを口いっぱいに頬張った私。美琴さんは、いつもみたいにかっこいい横顔を覗かせて、プロデューサーさんを見ています。
「──でも、それなりに楽しい半生だったよ」
そして、これからも続くんだ。
……プロデューサーさんの言葉に少ししんみりと。言葉ではこう言っているけれど、きっと。言葉にできないような苦しみも、悲しみも、悩みも、困難も。いっぱいいっぱいあったのだと思う。それを全部ひっくるめて。楽しかった、と。そしてそれはこれからも続くんだって。
なんの根拠もないはずなのに。明日は今日よりいい日になるはずだって──そう言うんだ、この人は。
「そう」
美琴さんが、ため息まじりに相槌を打つ。そして私と目があって───。
うん。
「じゃあ、なんでも良いから、聞かせてよ」
同じ思いを口にする。
少し目を見開いて、しばらく目を閉じて。仕方ないな、と声がした。
「──さて、できたぞ。召し上がれ」
「美味しい……」
「早くない!?」
白いお皿の上には、バナナで作られた四角形。その中心にバニラアイスとホイップクリーム。バナナの周りにはオレンジを絞ったカラメルが注がれていて、アイスを掬ってつけて食べれば、極上の味わいです。
「んん──……! 美味しい──……!」
「はは、そう言ってくれれば何より」
「それにしても、プロデューサーさんがこんな料理を作れるとは思いませんでした」
「……プロデューサーは、他にも料理がすごくうまい。カレーにシチュー、肉じゃがにもつ煮、野菜炒めにシーザーサラダ……他にも」
「めちゃめちゃ餌付けされてるじゃないですか……」
「だって美味しいから」
「大学時代の先輩に料理が好きな人がいてな。今度会ったら紹介するよ、機会あるだろうし」
「……知ってる人?」
「うん。同業他社」
「あ、アイドルに知り合いがいたの……!?」
「いや、プロデューサーの方ね……」
「へー、そうなんですか。そういえば私、プロデューサーの昔の感じとか全然知らないんですよね」
「俺の? ……いやー、そんな面白いことはないよ。思ったより平凡な人生だからな」
「そうなんですかー?」
またまた、嘘ばっかり。そんな思いを視線に乗せていると、プロデューサーはわざとらしく肩をすくめて。
「ああ。漫画やアニメにあるようなドラマティックなシーンなんて全然……はは、笑っちゃうような失敗はたくさんあるけど」
「……そうなんだー」
「そうさ。みんなみたいな、アイドルやってる子たちと比べると、笑っちゃうくらい薄っぺらかもしれないけど──────でも」
ぱくり、とバナナを口いっぱいに頬張った私。美琴さんは、いつもみたいにかっこいい横顔を覗かせて、プロデューサーさんを見ています。
「──でも、それなりに楽しい半生だったよ」
そして、これからも続くんだ。
……プロデューサーさんの言葉に少ししんみりと。言葉ではこう言っているけれど、きっと。言葉にできないような苦しみも、悲しみも、悩みも、困難も。いっぱいいっぱいあったのだと思う。それを全部ひっくるめて。楽しかった、と。そしてそれはこれからも続くんだって。
なんの根拠もないはずなのに。明日は今日よりいい日になるはずだって──そう言うんだ、この人は。
「そう」
美琴さんが、ため息まじりに相槌を打つ。そして私と目があって───。
うん。
「じゃあ、なんでも良いから、聞かせてよ」
同じ思いを口にする。
少し目を見開いて、しばらく目を閉じて。仕方ないな、と声がした。
17: 21/07/06(火)19:10:03 ID:c3Hy
○
甘い夜。そう表すとなんだか少しオトナな感じ。
今日は、でも。
三人、いつかの自分がここにいた。
なんでもない日の、なんでもない夜。記憶にも残らないようなありふれた日の。
───そんな一瞬。
甘い夜。そう表すとなんだか少しオトナな感じ。
今日は、でも。
三人、いつかの自分がここにいた。
なんでもない日の、なんでもない夜。記憶にも残らないようなありふれた日の。
───そんな一瞬。
18: 21/07/06(火)19:12:33 ID:c3Hy
以上です。久々の投稿でした。
Pixivなどには投稿していたのですが、なかなか気恥ずかしい作品はこちらに投稿するのも憚られ……それと副業が忙しかったのもサボりに拍車をかけてしまいました。
毎度ながら、趣味全開であまり盛り上がりのないssを自己満足のままに書いています。
直近の過去作は次の3つです。こちらも、もし良ければ。
【シャニマスss】夕暮れに咲く花は【透・真乃】
https://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1618373519/l50
【シャニマスss】氷点火【樋口円香】
https://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1613223993/l10
【モバマスss】氷華伝導
https://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1613221723/l10
Pixivなどには投稿していたのですが、なかなか気恥ずかしい作品はこちらに投稿するのも憚られ……それと副業が忙しかったのもサボりに拍車をかけてしまいました。
毎度ながら、趣味全開であまり盛り上がりのないssを自己満足のままに書いています。
直近の過去作は次の3つです。こちらも、もし良ければ。
【シャニマスss】夕暮れに咲く花は【透・真乃】
https://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1618373519/l50
【シャニマスss】氷点火【樋口円香】
https://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1613223993/l10
【モバマスss】氷華伝導
https://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1613221723/l10
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