1: 20/02/16(日)00:35:20 ID:ryB
7thライブ 1day の衝撃のままに書きました。
文中に一部ライブのネタバレがありますので苦手な方は注意してください。
フォーリンシーサイド新曲だよ!おめでとう!乱文ですがよろしければぜひ。

2: 20/02/16(日)00:35:38 ID:ryB
【見つけて】



 ……あの日。他人から見れば、何があったわけでもない。なんでもない、一日。
 でも、うちにとっては……運命、とかいったら大袈裟かもしれんけぇど……でも、そうじゃのう。

 アイドルってもんを初めて見た日、じゃな。
 じゃけんやっぱり、運命っちゅうんが一番ええのかもしれん。
THE IDOLM@STER CINDERELLA MASTER 051 村上巴

3: 20/02/16(日)00:35:49 ID:ryB


「……ちっ……訳のわからんことばかり言いよる男じゃ……何が、うちにアイドルじゃ。」

「お嬢。夏とはいえ日が暮れる時間ですきに。……おじきがひっきりなしに電話かけてきますけぇ、あまり遅くならんよう。」

「わーっとるわ。……少し一人にせえ。」

4: 20/02/16(日)00:36:02 ID:ryB
砂浜は滑らかなように見えて、その実小さな刺に満ちている。
 自分でもどうしてこんなに腹立たしいかわからない。ただ無性に、無性に何かが気に食わなかった。
 うだる暑さの中、気味が悪い男に付き纏われたから? ……違う
 自分が憧れていた、演歌歌手に誘われなかったから? ……違う。
 アイドルなどと、自分と縁遠いものに誘われたから? ……違う。

 何かが違う。全部がそうであるような気もするし、しかしその全てが違っている。的を外している。
 この言いようのない怒りを、不満を、適切に表現できていない。そして今度はその事実が、自分を苛つかせていると来たからたまったものではない。

 袋小路に陥った胸の黒々とした塊は、しかし次の瞬間、水面に溶けたかのようにすうと音を立てて消え去った。

5: 20/02/16(日)00:36:16 ID:ryB
 ──女がいた。美しい音が、彼女を中心に渦巻いているかのようだった。
 貝が鳴く。海が泣く。波が風を連れて浜に打ち上がり、思考を連れて沖へと戻っていく。
 ──形容しようがないほど、美しい女だった。

6: 20/02/16(日)00:36:26 ID:ryB
「──────。」
 数秒、もしかしたら数十秒かもしれない、彼女に視線を奪われる。
 見つめた視線が離せない。こんなことは初めてだった。

7: 20/02/16(日)00:37:25 ID:ryB
「────あら?」

 女は右手で髪をかきあげる。立ちすくむ少女にようやく気づいたのか、彼女は立ち上がり──
「こんにちは。良い海ね。こんなに綺麗な海は、初めて見たかもしれないわ。」

 ……女が話しかけてきたことをようやく認識する。
「……そうじゃろうな。この海は日本一、いや世界一綺麗じゃ。うちが保証する。」
 ……何を口走っているのか、自分でもわからなかった。自分がこの目で見たことがあるのはこの海だけしかないと言うのに、比較も何もないではないか。
 しかしそれを聞き、女は少しだけ目を見開くと──そうだ、自分はこの女の目を知っている──、ふっと一息を浅くつき、朗らかな声で言う。

「……だったら、嬉しいわ。」

 その笑顔は、少女が今までに見たどんな笑顔よりも悲しく──優しかった。

8: 20/02/16(日)00:37:42 ID:ryB
「……思い出した。お主、近頃売れっ子の川……」
 そこまで言ったところで、人差し指でぴたりと口を塞がれる。
「いいえ。……今の私は、一人のオンナよ。」
「────────。」
 夕陽が輝く。水平線の向こうで光が歌っている。
 頬を撫でる風の暖かさが不思議と暖かい。
 鼓動は熱く、香る匂いは虹の色をしている。

「……あら? お迎えが来たみたいよ。じゃあ、ね。」
 ──また会いましょう、なんて果たせるはずのない約束をした。

9: 20/02/16(日)00:38:36 ID:ryB
 彼女は振り向き浜辺の向こうへと去っていく。
 それをずっとずっと、見つめていた。彼女の姿が見えなくなっても、あたりの光が闇に落ちても。
 ただずっと──彼女を、見つめていた。

10: 20/02/16(日)00:38:50 ID:ryB


 車から見える光は、車の走る速度と全く同じ速さで流れていく。
 海の近くでぽうと輝く灯台だけが固定されているように感じる。

「あれが──」
「はい?」
「あれが、アイドルってもんか……」
「お嬢? どうされました?」

「……のうノブ。 お前、うちがアイドルになる言うたら、どうする?」
「お嬢がアイドルですか……昼間の鬱陶しい男の誘いに乗るんですかい?」
「ええから、答えろや。……うちがアイドルなんてひらひらしたもんになったっちゅうたら、お前はどう思うんじゃ。」
「……それはもう、可愛らしいと思うんじゃないですかね。」
「この口リコンが。親父に言うたるからな。」
「……それは勘弁して下せぇ……」

 車から見える光は、車の走る速度と全く同じ速さで流れていく。
 灯台はもう遠く見えないが、確かにそこに、灯る光があった。

11: 20/02/16(日)00:39:05 ID:ryB
【見つめて】



 前のブロックのMCパートが今、ちょうど終わったところだ。『オウムアムアに幸運を』のイントロが奏でられると、神谷奈緒と黒崎ちとせが会場全体を掌握する。その表情は遠く宇宙を走る流星のような力強さを携えていた。

 一方巴の表情にはどこか陰りが見えた。……いや、誰が見てもそれを読み取ることなど出来はしないだろう。……この冬、一番長く彼女と時を重ねた彼女を除いて。
 MCパートを終えてはけてきたばかり。持ち歌である「Nocturne」を艶やかに歌い上げた川島瑞樹が、少し息を切らせて彼女のもとにやってきた。

12: 20/02/16(日)00:39:22 ID:ryB


「──巴ちゃん?」
「お、おお。瑞樹の姉御か。どうしたんじゃ。」
「……どうかした?」
「ん、なんもしとらんよ……なんじゃ一体、藪から棒に。」
「……えいっ!」

 瑞樹は巴の肩を掴むと、ぐいっと後ろに回したり、前に回したりと唐突な柔軟体操を仕掛ける。
「な、なななななんじゃぁ……!?!?」
「これで肩の力抜けたかしら? ……いつもより、体全体に力が入っているわ。もっとリラックス、リラックス!」
「む、むむむ……そがいなこん言われても、なかなか……」

13: 20/02/16(日)00:39:45 ID:ryB
「……まあ、緊張するわよねぇ。ソロ曲って自分がしたいように表現できる自由もあれば、自分だけがそれを全部抱えるって恐怖もあるし。……私もいまだに、緊張するもの。」
「あ、いやうちは……」
「でも大丈夫! 瑞樹お姉さんが保証してあげるから間違いなし! 必ずうまくいくわ!」
「……保証、か……」
「? 巴ちゃん?」
「あ、ああなんでもないんじゃ……じゃけん、うちが心配しとるのはその……姉御との……」
「『Gaze and Gaze』? 何か、気になることがあったかしら? 」

14: 20/02/16(日)00:40:04 ID:ryB
「……その、な。姉御と並んで歌えるのは、本当に嬉しいんじゃ……
 ……曲をもらった時は、親父んとこに電話までしたんじゃ。『やっと、川島の姉御と歌えるんじゃ』って。……本当にドキドキして。今でもそれは変わらん。」
「……でも?」
「……うん。でも、でも……練習の時から、うちの気持ちと歌がつり合っとらんちゅうか……宙ぶらりんなんじゃ、歌が。
 ……音程はあっとる。振り付けも覚えた。どんなに緊張しても、歌詞なんて逆立ちしたって間違えん。……でも、どこかで、歌に入り込めとらん。」
 
『何でかは。薄々わかっとるんじゃが。』

 最後の言葉は心の中だけで唱える。これを伝えたところで彼女にはどうすることができないから。本当に、彼女には、彼女だけには、どうすることもできないのだから。

15: 20/02/16(日)00:40:17 ID:ryB
 自分がいた。少しは、それで乗り越えられた。
 仲間がいた。裕美や柚やありすや由愛がいた。それで大抵のことは、乗り越えられた。
 アイドルになってから、随分と時がすぎた。
 憧れの作詞作曲家の先生から、念願の演歌のソロ曲ももらえた。
 ドーム公演。一面が燃えるような赤の中、それを歌い切った。
 ひらひらでふりふりの衣装にも少しは慣れてきた。……セクシー動物ショーなんてもんには出んが、まあアイツが持ってきた仕事なら耳を傾けるくらいはしてやってもいい。

 だけど、憧れの人と並ぶことが、こんなに怖いことだとは思わなかった。
 自分がアイドルになった、なろうと思ったきっかけの人と並ぶことが、こんなに足を震わせるとは思わなかった。

 隣に立つだけで。一目見るだけで。少し、笑顔を向けられるだけで。
 こんなに、一人のこと以外が考えられなくなるなんて、知らなかった。

16: 20/02/16(日)00:40:28 ID:ryB
「──巴ちゃん。」
 
 ……いつもより少し低い声が、腹にずっしりと沈む。

「それじゃあ、私が勝っちゃうわよ。……それでいいの?」
「……え?」

 恐れや不安、焦りが練りこまれた、なんとも情けない声を出してしまう。彼女の顔はいつになく真剣で──その目は、自分を子供だとは捉えていない──気圧されてしまう。
 しかし次の瞬間、表情はふわりと柔らぎ、それ以上に和(やわ)らかい声色で、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。

17: 20/02/16(日)00:40:44 ID:ryB
「……私ね。巴ちゃんと一緒に歌えるの、本当に嬉しいの。
 ……巴ちゃんがアイドルになった時から思ってた。すごい歌が上手なのにそれを鼻にかけず、毎日毎日欠かすことなく努力を続けられる子なんだって。
 ……落ち込んでいる子がいれば声をかけてあげて、大人の私たちには言いづらいようなことも相談に乗ってあげたり。仕事先の人にも、率先して挨拶に向かってみんなを引っ張ってくれたりしていること。全部は知らないかもしれないけど、でもたくさん知っているつもりよ。
 強くて優しい巴ちゃんのこと、ずっと見てたわ。だから知ってる──負けず嫌いなところは、私も同じだから。」

「あね、ご────。」

「だから今日と明日は。先輩アイドルとしてではなく、ライバルとして。オンナとオンナの一騎討ちのつもりで歌うつもりだったの。」
「らい……ばる……?」

18: 20/02/16(日)00:41:04 ID:ryB
「そう、ライバル。
 だってそうじゃない?
 私はあんなに堂々と演歌を歌えないわ。……でもその代わり、しっとりと歌い上げることはできる。
 私はあんなにみんなを引っ張って、ファンのみんなだけじゃなくて、一緒に踊る仲間やプロデューサーさんたちまで笑顔にすることはできない。でも、どうしても明日に元気が出ない人に向けて頑張れを歌うことはできる。
 私ができないことでも巴ちゃんはできて。巴ちゃんがわからないことでも、私はわかることができる。
 ……だったらそんなの、立派なライバルじゃない。」

 視線に射抜かれたように、体がこわばる。息が、一瞬詰まる。

19: 20/02/16(日)00:41:17 ID:ryB
 ──そして次の瞬間、大きく息が通る。体がブルリと震える。しかし同時に湧き上がるこの高揚感は、恐れからのものではあり得ない。ゴクリと生唾を飲み込んだ後、自然と野性味を帯びた笑みが顔に浮かぶ。

20: 20/02/16(日)00:41:28 ID:ryB
「そう──やっぱり巴ちゃんは、負けず嫌いね。」

「──当たり前じゃ! 憧れの人にそこまで言わせて黙っとったら女が廃るっちゅうもんじゃのう!
 ええわ瑞樹の姉御……いや、ミズキ。うちの本気をぶつけちゃる。腹の底から、声の限り、憧れのあんたに、憧れてるって言っちゃる。……全力のうち、超えられるもんなら超えてみい。」

「ええ。……あなたの憧れのアイドル、『川島瑞樹』は、手強いわよ?」

21: 20/02/16(日)00:41:40 ID:ryB
それで、もう十分だった。十分すぎるほどに、十分だった。
 浮ついた気持ち。憧れの人を前にして、自然と畏敬を覚える気持ち。しかしそれはもう過去のものだ。
 
 憧れを追い続けて、幾つの夜が過ぎただろう。
 一歩一歩を、いくつ重ねただろう。
 だから今は、隣にいる。背中を見つめるだけではなくて、拳を重ねられる。

 ───そして会場は、彼女たちへと落ちていく。

22: 20/02/16(日)00:41:52 ID:ryB


「……ね? 巴ちゃん、言ったでしょ?」
 興奮はまだ身体中を駆け巡っている。血となり汗となり刻んだ時間は、決して嘘をつかなかった。
「はぁ、はぁ……何がじゃ。」
「私、保証するって。絶対うまくいくって、言ったじゃない。」
「ああ……そげなこん言っとったな。何を根拠に保証なんて言っとるんじゃーって思っとったが、やっぱり姉御のいうことは信じるもんじゃのう。」
「ふふ。それは光栄ね……それとね、巴ちゃん……私まだ、あの時より綺麗な海を見たことないわ。……巴ちゃんが言ってくれたとおり、世界で一番綺麗な海だったみたいね。」
「な、姉御、覚えて……!?」

23: 20/02/16(日)00:42:08 ID:ryB
 そこまで言って、あの時と同じく、人差し指でぴたりと口を塞がれる。

「──だから今度。オンナ二人で、海を見に行かない?」
 
 返す言葉が思い浮かばず、しばらくずっと──彼女を、見つめていた。
 そして一言、超えてきた幾つもの夜を思いに込めて告げる。

「ああ───そりゃあ綺麗な海じゃろう。」
 

24: 20/02/16(日)00:45:10 ID:ryB
以上です。生バンドめっちゃよかった。新曲もめっちゃよかった。
文章は投稿したらミスが見つかりますね……読み直してはいるんですが、今回は特に突貫で書いたので、表現やキャラの解釈含めて誰かの地雷になっていないことを恐れるばかりです。

また、文中で2012年10月4日に更新されたアイドルマスターシンデレラガールズ劇場第40話『私はアイドル』の台詞,および題材を引用しました。


他には最近こんなものを書いていました(最近の3つです)。
これらも含め、過去作もよろしければぜひ。
よろしくお願いします。

【モバマスss】腹ペコシスターの今日の一品;トースト、二枚。

霧子「もちもち気分です」

【モバマスss】腹ペコシスターの今日の一品;酒鍋

25: 20/02/16(日)05:36:32 ID:ySd
乙でした
川島さんは普段ネタキャラにされやすいから、こうしてかっこよく頼れる先輩として書いてくれるのは嬉しい

引用元: 【村上巴】見つめて、見つけて。【川島瑞樹】