1: 21/04/14(水)13:11:59 ID:pw0Y
俺なりの「とおまの」のssです。特に透のキャラ解釈で解釈違い起こしそうですが、個人的には結構熱いものを抱えていると思ってるので……これでもか、と趣味全開で書きました。満足です。
よろしければぜひ。

2: 21/04/14(水)13:12:17 ID:pw0Y
【そのいつかを】



 ───燃えるような冬の夕暮れを背に、君といたことを覚えている。
 西の空は遠く、火はやがて夜に溶けていく。
 隣にいる君が、どうしてだろうか、少し笑った気がした。

 どちらからともなく「またね」と言った。だから「うん、また」と、手を振って、そう答えた。
 思い返せばいつも、こんなふうに約束をしてくれたのは君の方からだった。
 君の背中を見えなくなるまで見送って、見えなくなっても見送って、その頃にはもう、あたりはとっぷりと夜に浸かっていた。

 それはまさに、友達と過ごすような、そんな時間だった。

 長年積み重ねた関係などではなく。うわべだけの付き合いでもなく。なんでも話せるような仲ではなく。何にも話せない仲でもない。
 それは、言うなれば。「友達になろうね」なんて言わないけれど。いつからか、それがそうであるように笑顔で約束をした───そんな関係。

「──お」
 飲み干したはずの缶コーヒーを口に当て、もう一度傾ける。
「ふふっ……あま」
 最後の滴を舌に乗せ、今度こそ缶には何も残っていない。ぐっと背伸びをして、彼女もまた帰路につく。その前に、と公園のビン・缶のゴミ箱を見つけたけれど、そこは空だった。

「んー……よし」
 なんとなく、それで。
「──帰るか」
 暗くなった空を見上げ、帰ることにした。

 
 ───そんな、なんでもない日のことを覚えている。

【櫻木真乃】アイドルマスター シャイニーカラーズ 4th Anniversary カプセル缶バッジコレクション

3: 21/04/14(水)13:12:33 ID:pw0Y
【覚えている】



 涙を堪えていた。
 正確には俯いているのが見えたとか、落ち込んでいるように見えたというべきなのだろう。
 でも彼女には、そこにいる少女が泣いているように見えたのだ。
 目が離せなかった。理由を考えてもわからない。後から考える理由は無駄だとかなんとか、彼女の友人が昔言っていた気がする。
 
 だから、なんの理由もないけれど。
 
 彼女は近くにあった自動販売機で缶コーヒーを一本購入した。缶コーヒーといっても、砂糖とミルクがたっぷり入ったカフェオレのようなもの。
 タブに人差し指をかけて、少し、引っ張った。

4: 21/04/14(水)13:13:57 ID:pw0Y


「おーい、すいません」
「ほ、ほわ……っ!? す、すみません」
「大丈夫、ですかー?」
「だ、大丈夫です……すみません」
「……そう、です、か」

 空はまだ夕焼けを覚えているように暗い紫色に染まっている。
 この公園には街灯が少ない。景観上はそれで良いのだろうが、防犯上は不適切だろう。なにせ隣にいる少女の顔すら、はっきりと見えないのだから。こんな様子なのでなんと声をかけたら良いかもわからない。
 だから、いつも通り振る舞うことにした。

「……隣、いいですか」
「は、はい」

 少女は左手で顔のあたりを一度拭うと、その手を支えに左側へと身体をスライドさせた。そしてよっこらせ、などと、彼女は年齢に似つかわしくない低い声を出し、たっぷり空いた右端のスペースに腰掛ける。

 ……何をするでもなく空を見上げる。
 星が二つ輝いている。
 一つはたしか金星だ。彼女が昔天体観測に憧れていた頃、友人が教えてくれたから覚えている。もう一つは───なんだっけ。どうでもいいことだけど、せっかくだからと思いスマートフォンを取り出そうとする。

「あ、やべ」
 その声は独り言にしては最上級の大きさで。隣に座っていた少女も、思わず顔を上げた。

「だ、大丈夫ですか……?」

 先ほど自分がかけた言葉を、今度は自分が受けることになった。

「あー、はい。うん、友達がたぶん持ってきてくれるので」
「? ……忘れ物、ですか?」
「スマホ、学校に」

 ほわ、ときっと少女は驚いているのだろう。その無邪気さというか、羽で吹いたかのような柔らかさが彼女の目を引いた。

「き、緊急なら、お貸ししましょうか……?」

 少女は自らのスマートフォンを彼女の目先のあたりまで突きつけている。もし良ければといった提案なのだが、すでに貸してもらうことが前提となっているようだ。意外にこの少女は押しが強いのかもしれない。

「ありがとうございます」
「は、はい……っ」

 彼女は少女の手からスマホを受け取り、電話をかけようとする。んー、と一瞬考えた後、アドレス帳から友人の電話番号を探すけれど、そこに乗っているはずもないことに気づいた。

「うーん、どうしよ」
「ほわ……な、何か使い方がわからなかったりしますか?」
「あー、その。友達の番号、いつもアドレス帳からかけてたから、数字わかんなくて」
 彼女が涼しげな表情を浮かべて──もちろん暗がりに紛れて少女には見えないだろうけど──、さらりと言う。すると少女の表情がきょとん、と止まった。不思議なことに、なぜか彼女にはそれだけ、きちんと見えたのだった。
 まるで鳩が豆鉄砲に撃たれたかのようだと、彼女は笑った。同時に、少女も笑い出した。

「ふふっ……あ、す、すみませんっ、笑っちゃったりして……」
「ううん。さっきまで、ずっと泣いてたっぽいし」
「あ……そ、その、ありがとうございます」
「ふふ。こっちこそ、ありがとう? ございます」
「で、でも……いいんですか?」
「あー、うん。どうせ家、隣だし」
「そ、そうなん……でしょうか……?」
「そうそう」

 スマートフォンを少女に返し、再び星を見上げる。
 もう一つの星の名前はわからない。
 心なしかさっきよりも二つの星の距離は近くなったような気がする。ここからずっと遠くの星だけど、そんなこともあるのかもしれないなんて思ったまま、彼女はずっと星を見上げ続ける。

 そうこうしているうちに、空も星以外は見えなくなってきた。
 夜はもう、今日を忘れてしまったらしい。

 カラスの声が響く。
 遠くに聞こえる電車の音。近くに聞こえる、バスが停まる音。
 ───次のバスが来たら、帰ろう。
 彼女はそう決めた。
 いつ来るか、わからないけど、彼女はそれもいいと思った。
 だからきっと、あと三十分くらいは、ここにいられるはずだ。
 彼女は、だから。
 あとちょっとだけでも、少女と話したいと思った。

5: 21/04/14(水)13:14:31 ID:pw0Y
「近く?」
「い、いえ。今日はたまたまこの近くに来ただけで、家はもう少し遠いです」
「え、時間大丈夫なの」
「は、はい。さっき、お迎えに来てくれるってプロ……保護者の人が」
「そっか。この公園、ちょっと地味だから、見つかるかな」
「え、えっと、この公園は、すごく綺麗で、静かで、ちょっと小さいけど、良い公園だなって思います」
「えっ……公園とか、詳しいの?」
「そ、そうですね、ちょっとだけ……もしかしたら」
「ふふっ。似合いそう、公園」
「そ、そうですか……?」
「うん。好きそう」
「そ、そうですね……公園は、好きです」
「うん。じゃあ、お気に入りの公園とか、ある?」
「は、はいっ。事務所の近くの公園が、すごく好きなんです。ピーちゃんとも遊んでくれる鳩さんたちがいるし、おひさまがすごくよく当たるから……あっ」
「?」
「あっ、えっと……だから、家の近くの公園が、好き、です」
「そっか。今度行ってみたいな、そこ」
「……いつかまたお会いしたら、案内しますね」
「まじ? ……楽しみかも」

 そんな会話を断ち切るように、クラクションの音が聞こえた。どうやら件の少女の保護者のようだ。

「あっ……そ、それじゃあまた」
「うん。また」
「はいっ。今日は、お話につきあってもらって、ありがとうございました」
「元気、出た?」
「……はいっ。頑張りますね」
「そっか。……頑張れー」

 その、自然に出た、何気ない頑張れの言葉が。
 彼女は、何かを意識したわけではないのだろうけれど。

「……はい! 頑張ります」

 すごく、背中を押してくれているように、少女には思えたのだった。

 カーライトが逆光になって、今は少し眩しい。
 だけど光のおかげで、少女の笑顔が見えた。
 頭を深く下げ、お礼を言ってから別れた。その足取りは翼がついているかのように軽い。車に乗り込む前、最後に少女はこちらを振り向き、手を振った。

 その輝きは眩しくて。彼女は不器用に手を挙げることしかできなかった───けれど、少女は笑ってくれた。

 ばたん、と扉が閉じる音。エンジン音はせずに、静かにゆっくり光は遠ざかっていく。それを彼女はずっと見つめ続けていた。

「今の子、めっちゃ可愛かったじゃん。……アイドルみたい」

6: 21/04/14(水)13:18:28 ID:pw0Y


 らしくない、と。彼女の友人は言った。

「浅倉は、そういうの、あまり自分から関わろうとしないでしょ」
「うーん、どうだろ」
「そうだから。……なんか、理由でもあったの?」
「ふふっ……ウケる」
「何が」
「後付けの理由はいくらでもつけられるっていったの、樋口じゃん」
「……何年前のこと覚えてるの。とにかくスマホ、返したからね」
「サンキュー」
「スマホ忘れるの危ないから、ほんと、気をつけてよね」
 彼女の友人は怒っているのか呆れているのか判断がつかないような表情を浮かべて自分の家に帰ってしまった。
「あ、しまった」
 用事というのは大抵、出会った頃には忘れてしまっているものだ。大なり小なり──どんなことであっても。
「あー、まあ、調べればいっか」
 返ってきたばかりのスマートフォンで検索をかける。そこで、ああ、貸してもらったやつでも同じことができたなと気づき、彼女──浅倉透は笑う。

「───木星か」




7: 21/04/14(水)13:20:35 ID:pw0Y
【君と初めて】



 秋になり、陽は時を追うごとに短くなっていく。
 もうしばらくしたら、一番、夜に追いつかれてしまう日が来るのだろう。
 その日はきっと寂しくて。泣いてしまわないように願っている。
 いっぱいの楽しいお話を胸に、眠りにつけることを願っている。

 そんな、子供みたいなことを思いながら、待っている。

8: 21/04/14(水)13:26:27 ID:pw0Y


「あっ真乃ちゃんじゃん。やっほ」
「えっ……!? と、透、ちゃん?」

 偶然だね、なんて言いつつベンチに座っている真乃の隣に腰掛ける透。とは言っても何かを話し出すわけでもない。真乃は少し気まずそうにちらちらと覗き込んでいるが、透はどこ吹く風といった様子で、自販機で買ったコーヒーをクピクピ飲んでいる。
 飲み終わって、ようやく透が声を掛ける。

「……くるんだ、ここ」

 えっと、と戸惑う真乃。何かを聞き逃してしまったかもしれないと思いながら、でも聞き返してもいいのかなんて悩んでいると、透が二の句を継ぐ。

「──公園」
「あっうん、そ、そうだね。たまに……」
「へえ、そうなんだ」

 再びの沈黙。透は空になった缶コーヒーをもう一度飲みあげるが、中にはなにも残っていない。真乃は新たに会話を探そうとするが、微笑みを浮かべた透に見つめられると心まで見透かされているような気がして、声が出ない。ふわあ、とあくびを吐いたのはもちろん透の方で。

「あー、うん。私、帰るわ」
「えっ……う、うん、じゃあね……」

 透は腰を上げ、沈む太陽とは逆方向──だから一段と夜が近づいている──へと右足を踏み出す。ばいばい、と小さく手を振るが、真乃の目には入っていないようだ。

 ───まるで、星が映っているみたいだ、なんて。
 そんなことを、少女の瞳に思う。

 手すりに手をかけ、公園を出るための階段へと足を伸ばそうとしたその時。

「き、気をつけてね……!」

 その言葉は、もう二人の間からは消えてしまって。残った音の響きだけが、意味を持っていた。
 なんでもないことを精一杯、絞り出すように言う真乃。その表情を見たら、どうしてだろう。いっぱいいっぱいなのが目に見えてわかるのに──わかるから、少し。
 少しだけ、明るくなった気がした。
 少なくとも、透にとってそれは、意識下で感じるカーテンのようなものではなく、はっきりと意識できる輝きだった。

「大丈夫。うち、すぐそこだから。」
「そ、そうなんだ……で、でも……あ、そう、だね……」
 しゅんとする真乃。それをみて、透がふ、と一息を吐いて言う。
「ありがと。というか真乃ちゃん、大丈夫?」
 その質問の意図を察するのに少し時間がかかる真乃。あー、えーっと、と次の言葉を探す透だが、それより少し早く真乃が言葉の真意に気づく。
「う、うん。駅まで行って、そこから電車に乗って、それから」
 何個か駅を通り過ぎて。小さな駅で止まって。そしてそこから二十分くらい歩くんだ、なんて。詳細に、そして迫真に喋るものだから、思わず透は笑みが溢れた。

「──そうなんだ」

 燃えるような山吹色に、真乃は切り離されたいつかの姿を見る。
 彼女たちは二人で笑っていて───それはきっと、夕暮れが見せた幻想。

「真乃ちゃんも、気をつけてね」
「う、うん! じゃあ、また明日、事務所で!」
「うん。また、あした」

 小さく、今度はお互いに手を振り別れる二人。カラスの声が一際高く聞こえる。
 透が階段を降りてから程なくして、あたりはとっぷり夜に染まってしまった。そんな公園にさっきよりも強く光っている自動販売機があった。白く放射状に、低く短く輝いている。
 必要なんてどこにもないけれど。すごくすごく、でもちょっとだけ飲みたくなって買った缶コーヒーは、ちょっとだけ苦かった。

「美味しい……ふふっ」

 真乃も、ゆっくりと帰り支度を始めた。
 

9: 21/04/14(水)13:27:02 ID:pw0Y
【気持ち、交わした】



 約束はいつも君の方から。
 それを信じて。きっと、楽しみに思って。
 なにが、と聞かれると困る。どうして、聞かれると悩む。
 強いて言うならきっと、友達だから。
 そう。
 約束したわけじゃないけれど──きっと私たちは、友達だから。
 だから、なんだと思う。

10: 21/04/14(水)13:37:11 ID:pw0Y


 東京の冬には雪が積もらない。だから存在する白は熱を伴った呼気だ。手袋に息を吹きかける。こもった水滴が空に逃げていくのを眺めていると、ゆっくりと人影が見えた。

「あ、透ちゃん!」
「やっほ。ごめん、待ったでしょ」

 赤いマフラーを巻いてこちらに向かってくる透。その手には小さな缶が二本握られていて。得意げな顔を浮かべた透を見て、自然と真乃には笑顔が溢れた。

「ううん、全然大丈夫だよ」
「鼻。赤いよ」
「え、あ、そ、そうかな……」
「はい、これ」
 透が手渡したのは缶コーヒー。真乃の分はカフェオレ。 透は微糖。
「ありがとう。ほわ、暖かい……」
「ほら、待ってたんじゃん」
「あ、こ、これは違くて……その、透ちゃんが!」
「私?」
「う、うん! ……すごく、あったかいなって」
「──なにそれ。少し、照れるかも」

 雪を払い除けてベンチに座る透。背負っていた鞄から膝掛けを出して、鞄はそのまま下敷きにして上に座る。ありがとう、と真乃から手渡された百二十円をポケットに滑り込ませ、一口、熱を口にする。

「日曜、か」
「うん。頑張ろうね」

 二人はこの日曜日、ユニット対抗のアイドルフェスティバル、その準決勝で対決することになっている。
 このフェスティバルは三組のユニットが生放送番組内でパフォーマンスをして、審査員の投票により武道館で行われる決勝戦への道行を掴むため競い合うというもの。
 ありがちな番組だが、それが民放ではなく公共放送の枠で開催されるので、自然と注目度も高い。
 さらに、番組の初代チャンピオンはアンティーカ。二回目となる今季のフェスティバルでは、同プロダクションの二組は不利かと思われてきたが、逆境を跳ね返しての準決勝進出であった。

11: 21/04/14(水)13:37:17 ID:pw0Y
「……透ちゃん、緊張してないの?」
「え? うーん……してると、思う」
「そう、だよね」
「もう一組のさ」
「うん」
 ふ、と透が息をつく。
「346プロダクションのユニットの子。……昔、ちょっと一緒にレッスンしたことある」
「そ、そうなんだ。やっぱり、すごくうまいのかな」
「やー、その時はそんなんじゃなかったかな」
「そ、そうなの?」
「うん。──でも、すごく努力してた。きっと誰よりも、かな」
「誰より、も……?」
「あー、ごめん。合同レッスンやったんだ、夏に。いろんなプロダクションの子が集まって泊まりがけでやったんだよね。合宿みたいなやつ。
 その子、特にダンスだったかな、うまくできなくて、泣きそうな顔でみんなに謝ってさ。それで遅くまで──ずっと練習してた」
「が、頑張り屋さんなんだね」
「部屋、同じだったんだよね。そんで朝起きたらさ。隣にその子、いなくて」
「ほわっ……?」
「どこだろうなって思ってたら、一人で朝起きて、外の駐車場で練習してたんだ。まだレッスン場も空いてないし、音出すと迷惑だからって。一人でさ、太陽が上り出す頃くらいに、もう汗びっしょりで」
「す……すごいね」
「うん。超すごい。その子、すごいアイドルになりたいんだって、言ってた」
「……か、勝てるかな、私、たち」
「わからん。なんか番宣とかも、向こうが大本命! みたいな感じだし」
「う、うん……で、でも」
「でも、勝つよ」
「……!」
「勝たなきゃ。私たちも、アイドルなんだし」
「そ、そうだよね」
「真乃ちゃんも」
「?」
「頑張ってるの、知ってる」
「ほ、ほわっ」
「樋口から前聞いた。一人で自主練行ったら、イルミネがみんなでやってたって」
「あ、う、うん。先週の水曜日に円香ちゃんに会ったよ」
「それ聞いて、やばいなーってなった。イルミネやばいなって」
「わ、私たちは振りを覚えるのも時間かかったし……音程もそうだけど、歌詞もたまに忘れちゃうから、頑張って練習しないとなって」
「わかる。歌詞、覚えらんないよね」
「透ちゃんも?」
「うん。ちょいちょい歌詞抜ける」
「そ、その時、どうしてる……?」
「んー、やばいなーってなって、とりあえず困ってる」
「そ、そうだよね」
「そしたら樋口とか小糸ちゃんが歌ってくれる。たまに雛菜も」
「す、すごい……!」
「その後めっちゃ怒られるけどね。だから振りだけはちゃんとやろうかなって、最近意識してる」
「そ、そうなんだ。あ、だからダンストレーナーさん、前透ちゃんのこと褒めてたよ。『見習うといい』って、この前言われたよ……!」
「えーまじ? やったじゃん、私。イェーイ」
「イ、イェーイ」
「真乃ちゃんも。ほら、イェーイ」
「いえーっ……ほ、ほわっ、透ちゃん……?」
 指と指を絡ませる。真乃はぼっと赤くなるが、透は目を伏せて、ゆっくりと一音一音を粒立たせて言う。
「頑張ってる、イルミネ」
「それなら、ノクチルのみんなも」
「イルミネ、頑張ってる。すごい」
「ノ、ノクチルのみんなもだよ」
「うん。私たちも。だからさ、頑張ってるじゃん。私たち」
「う、うん」
「だからさ、やってほしいな、あれ」
「……? えっと……?」
「私、真乃ちゃんのあれ、超好きだから」
「ど、どれ……?」
「ほら。これ」
 透は絡ませた指を解き、今度は胸の前で軽く拳を握る。
 ぴん、ときた真乃は頬を赤くする。
「は、恥ずかしいよ」
「じゃ、一緒に言う?」
「ほ、ほわっ!?」
「行くよ、せーの……」
「ちょ、ちょっと待って透ちゃん! ……すー、はー」
「深呼吸、深呼吸」
「すー、はー……じゃ、じゃあ一緒にね?」
「ほーい」
「じゃあ……私たち、日曜日、頑張ろうね!」

「「むんっ」」

 ……しばしの沈黙。そして、緩和とともに訪れる笑顔。
 顔を赤くして恥ずかしそうに笑う真乃。満足そうに笑う透。二人の間にあるのは信頼と、友情と──親愛の情。それは、どういう関係に寄せるものだろう。

 ひとしきり笑い終えた後。時間はもう遅いけれど、白い夜はそう簡単には沈まない。でも、お別れをすることにした。
 お互い、もうちょっと話をしていたかった。
 もうちょっと、顔を見ていたかった。
 もうちょっと、笑ったままでいたかった。

 ───でも、今日をずっと続けるよりも嬉しいことがあることを、彼女たちは知っている。

 今日は真乃が先に腰を上げた。透ににこりと笑いかけて言う。鼻も頬も少し赤い。

「じゃあね、透ちゃん。また今度」
「うん。また今度」

 そう言って真乃は透がいつも使っているそれとは反対側の出入り口まで走っていく。そして公園を出る前に、おずおずとこちらを振り向いた。その一部始終を目にして笑うと、彼女もまた笑って。
 ───今度は大きく手を振った。透も、立ち上がって両手を振った。

12: 21/04/14(水)13:41:50 ID:pw0Y


「おーい」
 月曜日。とは言っても、一週を空けての日だった。
 いつものベンチに座っている真乃に声をかけたのは、もちろん透だった。やっぱりその手に小さな缶を二本握っている。
「透ちゃん」
「───隣、良い?」
 いつもならそんなこと聞かないのに、今日は。
 これも透なりの気の使い方なのだろう。
 いつものように、ちびちびと缶コーヒーを飲んでいく透。しかし、今日は。
「──ブラック」
「ん?」
「飲むんだね」
「えー、あー、うん。今日はそんな気分」

 会話がなくなる二人。真乃に至っては渡された缶コーヒーを開けることすらせず、ぽつりと呟く。

「……負けちゃった、ね」
「うん。すごかった」

 彼女たちにとっての本番。二組は細かいミスなどはあったものの、全体として非常に高レベルのパフォーマンスを見せた。プロデューサーによれば、その日のSNSでは二組を称賛する声「も」数多く見られたということだ。……それはまさに、慰めそのものだけど。

 圧倒的。或いは完敗。どう修飾しても形容し難い、大きな壁。

 まさか、と誰もが思った。それは真乃も、透も、イルミネもノクチルもプロデューサーやファンや審査員までも。……それだけでなく。

 彼女たちのライバルであった、そのユニットのメンバーですらも。

 誰もが、当人たちですら呆けてしまうくらいの、夢の密度。光の質量。熱量の波。
「調子が良かったんです」
 少女は、審査結果が出たときにそう言った。
 自分たちでも信じられないくらいに声が出て。体が動いて、頭が回って。笑顔が輝いて、心が燃えた。
 そんな、信じられないステージでしたと。他でもない彼女自身が、まるで何もわからないのですとでも言いたげな心底不思議そうな表情を浮かべて、言うのだ。

「神様がもしいたとしたら、きっと今日は、彼女たちを見てたんだろうな」

 プロデューサーの、そんな慰めにもならない、非科学的・非論理的な結論が最も適切だったのかもしれない。
 とにかく、そんな衝撃を残してアイドルユニット対抗戦は終わった。結成半年ほどのユニットが満票を獲得したという、きっとこれから先も語り継がれるであろう結果を残して。

13: 21/04/14(水)13:42:05 ID:pw0Y
「──終わった後、少し話したんだけどさ」
「ほわ……?」
「ほら、知り合い。いるって言ったじゃん」
「あ、うん」
「終わった後、ぱって笑ってぎゅっときて、そしたらハッと気づいて、ずっと泣いてた」
「……ふふ」
「『すごかったんご!』って。……あっちのがすごかったのに、でも本気ですごかったって言われちゃった。多分、あれ、本気だった」
「……決勝戦も、すごかったもんね」
「あ、見た?」
「うん。……敵わないなぁって」
「それ、私も思った」
「頑張らなきゃ、だよね」
「うん。頑張ろ。……むんっ」
「ふふっ。───少し、恥ずかしいな」

 真乃は花が咲くように笑った。しかしその笑顔が強がりであることは明白だ。
 悔しくないはずがない。悔しくならないはずがない。悲しくて、どうしようもなくて、どうにかできないかって色々色々色々考えて、でもわからなくて。
 努力が足りなかった、のかもしれない 才能が足りなかった、のかもしれない。
 それならいい。それならば、いいのだ。
 わかるから。なにが足りないか、なにを磨けばいいか、なにを求めればいいかわかるから。
 ───でも、この番組が終わって。彼女たちに残ったのは、結果だけで。
 まぐれ、なのかもしれない。特別運がよかっただけ、なのかもしれない。実際に優勝した彼女たち本人ですらそう言っているのだから。それが真実なのだろう──だがその言葉は、事実を形容するには綺麗すぎる。
 相対的に見れば、ただ、運が悪かっただけ。でも、そう割り切れることができるだろうか? 割り切らなければいけないことだろうか? 
 答えはきっと「わからない」。
 なにをすれば良いのかも、なにをすれば良かったのかも、なにをしていけば良いのかも。
 時間がきっと答えを出す。時間だけにしか、答えは出せない。
 わかってはいる。あの場にいた誰もがわかっている。だけど、それを受け入れるのには勇気が必要だ。

「いつかわかる」をずっと待ち続けなければならない。
 栄枯激しいアイドルという立場で。
 それを、祈るように。
 不安に駆られる。悔しさとともに眠る。涙と怒りが心を刺す。
 ───少なくとも今は───彼女は。

 独り。
 それでも、花が咲くように笑う。

14: 21/04/14(水)13:42:13 ID:pw0Y

 
 夕暮れに咲く花の美しさは、誰一人として知ることはない。
 夕焼けが、眩しすぎるから。
 ───だからそれが、少し寂しかった。

15: 21/04/14(水)13:49:13 ID:pw0Y
【その夕暮れを】



 ───燃えるような冬の夕暮れを背に、君といたことを覚えている。
 西の空は遠く、火はやがて夜に溶けていく。
 隣にいる君が、どうしてだろうか、少し笑った気がした。

 どちらからともなく「またね」と言った。だから「うん、また」と、手を振って、そう答えた。
 思い返せばいつも、こんなふうに約束をしてくれたのは君の方からだった。
 君の背中を見えなくなるまで見送って、見えなくなっても見送って、その頃にはもう、あたりはとっぷりと夜に浸かっていた。

 それはまさに、友達と過ごすような、そんな時間だった。

 長年積み重ねた関係などではなく。うわべだけの付き合いでもなく。なんでも話せるような仲ではなく。何にも話せない仲でもない。
 それは、言うなれば。「友達になろうね」なんて言わないけれど。いつからか、それがそうであるように笑顔で約束をした───そんな関係。

「──お」
 飲み干したはずの缶コーヒーを口に当て、もう一度傾ける。
「ふふっ……あま」
 最後の滴を舌に乗せ、今度こそ缶には何も残っていない。ぐっと背伸びをして、彼女もまた帰路につく。その前に、と公園のビン・缶のゴミ箱を見つけたけれど、そこは空だった。

「んー……よし」
 なんとなく、それで。
「────」
 透は、暗くなった空を見上げた。
 


16: 21/04/14(水)13:49:24 ID:pw0Y


 ──────大きく、息を吸う。

17: 21/04/14(水)13:55:03 ID:pw0Y
「……真乃ちゃん!」
 
 彼女の声とは思えないほどの大声だった。緊迫した声で、張り詰めた声。
 まだ、聞こえているだろうか。もし聞こえていないなら、どれだけ走れば聞こえるだろうか。
 数歩だけ、歩くように。その先は自然と、駆けるように。
 足を動かす。走る。まだ、遠くには行っていないはずだ。
 伝えなきゃ。言わなきゃ。メールで話すのもだめ。電話するのもだめ。
 今じゃなきゃダメなんだ。……全部、今じゃなきゃ。
 今の私たちじゃなきゃ、ダメなんだ。

 そこまでわかっていて、しかし浅倉透はわからない。なんて声をかけたらいいか。なんて声をかけてほしいか。
 慰め合うのか、褒め合うのか。競い合うのか。それとも──もう、馴れ合わない方がいいのだろうか。

 答えはわからない。
 わからないから、解こうとする。
 だから一緒に、考えてほしいんだ。
 きっと、たぶん、おそらく───。


 友達のために走る理由なんて、そんな曖昧なものでいいんだろう。

18: 21/04/14(水)13:55:20 ID:pw0Y


 公園から少し離れた交差点で、彼女の姿を見かけた。
「真乃ちゃん!」
 透は再び声を張り上げる。やっぱり自分の体が、頭が、自分じゃないみたいな感覚に陥る。呼び止めたはいいものの、じゃあ具体的になんて言おうかなんて、全くもって考えていなかった。

 どうしてだろう。どうしてだろう。どうして私は、こんなことをしているんだろう。こんなことをしなくちゃいけないんだろう。──いや、そもそも。


 ────どうして私は、彼女に会いたいんだろう?
 ああ───この問いには、答えが出せる。


「透ちゃん……? ど、どうしたの?」
「はぁ……はぁ……あのさ」
 息を整えようとする透。しかし乱れた息はなかなか整わない。
 ───彼女の脳裏に、幼馴染の顔が浮かぶ。彼女たちのためだって、こんなことをしたことがない。それは透が彼女たちに無意識に甘えていたからだ。言うなれば彼女たちは透にとって家族にも近しい存在だから。

 だけど、今はそうじゃない。
 櫻木真乃は、そうじゃない。

 ずっと一緒にいたわけじゃない。言葉を交わすようになったのだって最近のことだ。一緒に遊びに行ったわけでも、一緒に授業を受けてるわけでも、一緒に宿題をうつしたわけでもない。
 ただ、たまに。あの公園で二人、話をするだけ。そんな関係でしかない。それだけしか、私たちは関わりがない。
 二人で、しばらく笑って。少し落ち着いたと思ったら、どちらかが思い出して笑って、それに釣られてまた笑って。意味もないことで笑って。もう、何かがおかしくて笑っているわけではなくて。
 ただ、笑い合える──。
 いつからかはわからない。グラデーションのような色彩の毎日、そのどこかで。
 
 櫻木真乃は、初めて。
 浅倉透にとって、初めての。

 ───気安い、友達になったんだ。

 なんでも話せるわけじゃない。なんでも頼れるわけじゃない。なんでも叱ってくれるわけでも、なんでも助けてくれるわけじゃない。
 明日は話すだろうか。でも来年はどうだろうか。その次の年は、さらに次の年は。わからない。保証はない。そんなあやふやで、薄っぺらくて、即席的な関係だけど。

 でも、だからこそ。
 だからこそ、そんな偶然を逃したくなくて。
 透は、真乃に会いに来た。

19: 21/04/14(水)13:55:36 ID:pw0Y
「真乃ちゃん」

 真乃はいつもとは様子が違う透を心配して不安げに見つめる。
 透からは、真乃の微妙な表情はわからない。
 
 でも、笑っていて欲しいなと思った。

 話した後は、笑っていて欲しいなって。お話しできて良かったなって、そう思って別れたい。いつかの日も。明日も。そしてやっぱり、今日も。

「───約束」

「ほわ……?」

「また、明日──また明日、会お。今度じゃなくて、明日、また。
 そしたらさ、話そう。
 なんでもいいから、さ」

 切らした呼吸を整え、もう一度。


「なんでもいいから、話そうよ」


 辺りはすっかり夜に染まってしまった。
 電灯は弱く、周りの家の灯りや自動販売機すらもない。
 君の顔がよく見えない。どんな表情を浮かべているだろう。
 見えない。見えないけれど、だけどきっと───。

20: 21/04/14(水)13:55:46 ID:pw0Y


 
 ──────そんな、なんでもない日のことを。彼女たちは二人、覚えている。

21: 21/04/14(水)14:03:10 ID:pw0Y
以上です。

とおまのはいいぞの民です。とは言ってもかなり自己解釈が入ってしまっていますので、解釈違いだったら申し訳ありません。
また、話に出てきたユニットはあえて名前を出しませんが、メンバーとの過去話を昔描いたことがあります。この作品とは独立していますが、もしよければこちらも。

【シャニマス・モバマスss】透明を盗んで【浅倉透・辻野あかり】

直近の過去作は次の3つです。こちらも、もし良ければ。

【シャニマスss】氷点火【樋口円香】

【モバマスss】氷華伝導

【モバマスss】腹ペコシスターの今日の一品;ガトーショコラ

引用元: 【シャニマスss】夕暮れに咲く花は【透・真乃】