1: ◆TDuorh6/aM 2018/02/11(日) 03:09:10.81 ID:SS0yY0zJ0
これはモバマスssです
ギャルゲーMasque:Rade 加蓮√
ギャルゲーMasque:Rade 美穂√
ギャルゲーMasque:Rade 智絵里√
の別√となっております
共通部分(加蓮√81レス目まで)は上記の方で読んで頂ければと思います
また、今回はまゆ√なので分岐での選択肢で3を選んだという体で投稿させて頂きます
2: 2018/02/11(日) 03:11:17.59 ID:SS0yY0zJ0
P「うちで鍋をやったんだ」
加蓮「いいなー、私も誘ってくれれば良かったのに」
P「体調悪かったんだろ? あと俺、北条の連絡先しらないし」
加蓮「あ、そっか。それじゃHR終わったらライン交換しよ」
P「だな、連絡相手は多い方が良いぞ」
加蓮「で、誰と鍋やったの?」
P「いつもの二人……李衣菜と美穂。あと智絵里ちゃんとまゆと文香姉さんの六人」
加蓮「……まゆ?」
P「ん?友達だったのか?」
加蓮「まゆって確か、あのリボン着けてポワポワしてそうなのだよね?」
P「多分そうだと思う」
ポワポワかどうかは分からないが、リボンは着けてるな。
一応あれ校則違反なんだけど。
加蓮「……後で、少し話聞かせて貰っていい?」
P「あぁ。……そう言えば、金曜の事なんだけどさ」
加蓮「あー、あれ?上手かったでしょ、アタシの演技」
P「演技でキスまでするか普通……」
それに、確かあのラブレターは。
俺の見間違いでなければ……
3: 2018/02/11(日) 03:11:46.15 ID:SS0yY0zJ0
加蓮「……ま、お互いの思い出って事で。別に忘れても良いけど」
P「……なぁ、北条。本当に……」
加蓮「もう……後ででいい?私、保健室にマスク貰いに行きたいから」
P「あいよ。こんな場所で立ち話する様な事でも無いか」
加蓮「放課後は時間ある?」
P「あ、悪い……放課後は予定が入っちゃってるんだ」
加蓮「誰?」
気温が一瞬にして0を下回った気がする。
おかしい、さっきまで楽しく談笑出来ていた筈なのに。
いきなり異世界あたりにワープしたりしてないだろうか。
GPS情報を確認しても、別にここはシベリアになっていたりはしなかった。
加蓮「……ねぇ、誰?」
P「……ヒ・ミ・ツ!」
加蓮「は?」
P「ちえ……緒方さんです」
震えてなんていない。
もし震えていたとしたら、それは寒いせいだ。
加蓮「……ふーん、何?また告白の練習に付き合ってとか言われたの?」
P「いや、単純に来れたら来てって言われただけだけどさ」
加蓮「そ。なら断っても問題ないよね」
……いや、その理論はどうなんだろう。
文的には間違ってないが人間的に色々とアレな気がする。
キーン、コーン、カーン、コーン
加蓮「……私が保健室に行ってる事、先生に伝えておいてね」
P「任せろ、帰ったって言っとくから」
加蓮「土に還らせるよ?」
P「物騒過ぎるだろ」
4: 2018/02/11(日) 03:12:12.55 ID:SS0yY0zJ0
予鈴が鳴る前に、ギリギリ教室に滑り込めた。
北条の件を千川先生に伝えて席に着く。
智絵里「おはようございます……Pくん」
P「おはよう、智絵里ちゃん」
智絵里「……えへへ……」
挨拶しただけなのに、智絵里ちゃんは微笑んだ。
なんだろう、今日のラッキーアイテムは男子からの挨拶だったのだろうか。
智絵里「……Pくん……その、ライン……見てくれましたか……?」
P「ん、あー……後ででいいか?」
智絵里「……はい…………」
まゆ「智絵里ちゃん、Pさんと仲良しさんですね」
美穂「ふふ、仲が良いのは素敵な事だと思います」
この教室、外より気圧が高過ぎないだろうか。
肩と心にかかる重圧にプレスされそうだ。
ちひろ「特に連絡事項はありません。夕方は雨らしいので、傘を忘れた子は事務室で借りられますから利用して下さいね」
HRが終わり、千川先生が教室を出て行く。
北条は未だに、教室に戻って来ていなかった。
P「ふぅ……トイレ行くか」
なんとなく教室に居づらくなって、俺はトイレに向かう。
やっぱり大して時間は稼げなかった。
手を洗いながら、鏡の中の自分を覗き込む。
……美穂と、まゆ。
俺は、どちらを……
5: 2018/02/11(日) 03:12:53.17 ID:SS0yY0zJ0
加蓮「やっほー鷺沢。鏡の自分と睨めっこ?」
P「よう北条、もうちょっとで鏡の自分に勝てそうだから待っててくれ」
トイレの前に、北条が居た。
加蓮「一生待たされる事にならない?」
P「よし勝った。待たせたな、何だ?」
加蓮「勝てたの?!」
P「鏡は同じ動きをするから、俺が笑えばあいつも笑うんだよ」
加蓮「引き分けじゃん」
P「光の往復時間分、鏡の中の俺の方が遅いから」
加蓮「あんたの方が先に笑ってるじゃん」
P「ほんとだ……」
どうやら俺は負けていたらしい。
加蓮「……で、放課後空いてないって言うなら……今、さっきの話の続きをさせて貰うけど」
P「ん、あぁ……」
ガラガラ
美穂「Pくん。今お話を……あ、お話中でしたか?」
P「ん、あぁ。少し待っててくれるか?」
教室から美穂が出て来た。
美穂「あれ?えっと……北条さん?」
加蓮「そうだけど、どちら様?」
美穂「小日向美穂です。Pくんとは一年生の時から……お友達なんです」
お友達の前に、少しだけ空白が空いた。
加蓮「……ふーん、成る程ね」
美穂「Pくん、わたし達以外にもお友達いたんですねっ!」
P「残念だったな、もう片手じゃ数えられなくなる日も近い」
加蓮「そんな誇らしげに言える事じゃないじゃん。へー、あんたも友達少ないんだ」
P「そんな悲しいところで親近感を覚えるなよ」
美穂「だ、大事なのは数より質ですから!」
6: 2018/02/11(日) 03:13:31.18 ID:SS0yY0zJ0
加蓮「……仲、良いんだ」
P「な、なんだよ北条」
加蓮「別にー、よろしくね美穂。あ、加蓮でいいよ?」
美穂「よろしくお願いします、加蓮ちゃん」
加蓮「加蓮ちゃん……うん、いい響き。鷺沢も加蓮ちゃんって呼んでいいよ」
P「加蓮ちゃん」
加蓮「キモっ。ちゃん付けないで」
その流れは酷いんじゃないだろうか。
P「じゃあ加蓮で」
加蓮「よろしい。それで、美穂は何を話しにきたの?」
美穂「あれ?加蓮ちゃんはお話終わったんですか?」
加蓮「……うん、私は……もう良いかな」
P「……そうか」
美穂「あ、もう大丈夫ですか?ねえPくん、放課後時間ありませんか?」
P「あー悪い、放課後は智絵里ちゃんに呼ばれちゃっててさ」
美穂「あ……そうでしたか」
加蓮「……ねぇ鷺沢、その子に呼ばれたのってなんで?」
美穂「……告白の練習、なのかな?」
P「あ、美穂も智絵里ちゃんから聞いてるのか」
美穂「こないだ李衣菜ちゃんと三人でPくんの部屋で遊んでる時に聞いたんです」
P「あぁ、だから悪いけど放課後は空いてないんだ」
加蓮「練習、ね……ふーん……鷺沢を練習相手に……」
P「ん?何かあったのか?」
7: 2018/02/11(日) 03:13:57.57 ID:SS0yY0zJ0
加蓮「しょうがないね……うん、代わりに私が行っておいてあげる」
P「……え?」
加蓮「鷺沢の代わりに、私がその子の告白の練習に付き合う。何も問題は無いよね?」
何も問題はない……のか?
加蓮「私はほら、こないだあの子のラブレター読んだし、それなりにアドバイスも出来るんじゃない?」
P「本人に言ってやるなよ?……ん?」
確か、あのラブレターって……
加蓮「よし、決まりだね。鷺沢は美穂の方に付き合ってあげて。その子には私から言っておくから」
美穂「ありがとう、加蓮ちゃん」
加蓮「別に、私今日は放課後何も予定無かったし」
美穂「……本当に、良いんですか?」
加蓮「何の事?」
美穂「……ううん、なんでもありません」
加蓮「あ、あと鷺沢」
P「なんだ?」
加蓮「放課後の事は貸しにしとくから。今度、一緒に遊びに行こ?」
P「おう、いつでもライン送ってくれ」
加蓮「なら良し。あと美穂も、今度みんなで鍋やるなら私も誘ってね?」
美穂「はい、もちろんです!」
8: 2018/02/11(日) 03:14:29.36 ID:SS0yY0zJ0
放課後、智絵里ちゃんとの件は加蓮に任せて俺は下駄箱に向かった。
美穂「あ、Pくん。待ってましたっ」
P「お待たせ。さて、帰るか」
美穂「えっと……良かったら、少し回り道しませんか?」
P「構わないけど、何か食べに行くのか?」
美穂「大した用事じゃないんですけど……ノート、何冊か足りなくなっちゃって」
P「お、なら俺も買っとくか。何冊あっても困るもんじゃないしな」
美穂「イタズラで隠される用ですか?」
P「俺がイジメられてる前提で話すのやめよ?」
並んで歩き、いつも通りの会話をする。
なんだか落ち着くな、美穂と二人で話していると。
商店街に着くと、何やら行列が出来ていた。
P「ん、何やってるんだろ」
美穂「福引きですね。500円買い物をすると、1回回せるんです」
P「なるほどなー。なら500円分買って挑むか!」
美穂「はいっ!目指せハワイ旅行です!」
いや、見た所景品にハワイ旅行は無いけどな?
文房具屋でノート数冊とシャー芯を買って、ピッタリ税抜き500円。
美穂もノートを数冊買って、二人で福引きの行列に並んだ。
美穂「一等賞、二人共当てられると良いですねっ!」
P「そうだな、一等賞は一個しか入ってないみたいだけど」
一等賞は掃除機……いらねぇ……
二等賞は扇風機って……
絶対売れ残り処分じゃん。
P「割と現実的にハズレのポケットティッシュが当たりなんじゃないかな」
美穂「あ、でもPくん。三等を見てみて下さい」
P「ん、三等は温泉旅行のペアチケットか」
三等の数は二十個だから、そこそこ狙えそうな気がする。
美穂「当ててみせますっ!」
グルグルグルグルッ!と美穂がガラガラを回す。
勢い良く飛び出た球の色は金。
金色は……三等?!
9: 2018/02/11(日) 03:15:01.56 ID:SS0yY0zJ0
商店街の人「カランカランカラーン!おめでとうございます!!」
美穂「えっ、うそっ?!本当に当たっちゃいました!!」
P「マジか、凄いな美穂!!」
テンションが上がりすぎて、思わず手を握って振り回す。
P「っと、次は俺か。ポケットティッシュ欲しいな」
美穂「……えへへ……これで、Pくんと二人で温泉旅行に……」
グルグルグルグルッ!コロッ
商店街の人「カランカランカラーン!おめでとうございます!!」
P「……うっそだろ……」
美穂「……え……」
なんと、二連続で三等だった。
金色の玉が二つ……何も言うまい。
商店街の人「景品はこちらになります」
俺と美穂が、それぞれ温泉旅行のペアチケットを渡される。
色々と凄すぎて若干上の空になりつつ、二人で商店街を後にした。
空には雲が掛かってきて、今にも雨が降りそうだ。
確か千川先生、夕方ごろに雨降るって言ってたなぁ。
P「で、どこ行く?」
美穂「取り敢えず、Pくんの家で大丈夫ですか?」
P「もちろん。にしても……こんな幸運あるんだな」
のんびり歩きながら、俺の家へ向かう。
美穂「わたしからしたら、全然幸運じゃない……」
P「なんでさ」
美穂「二人っきりが良かったのにな……」
P「でもほら、高校生が二人だと色々不安だろ。これなら文香姉さんに付き添って貰えるし」
10: 2018/02/11(日) 03:15:28.90 ID:SS0yY0zJ0
ポツリ、と。
遂に雨が降って来てしまった。
美穂「……あ、雨降ってきましたね」
P「傘二本あるぞ、使うか?」
折り畳みと普通の傘持って来てて良かった。
美穂「大丈夫です、わたしも折り畳みを持ち歩いてますから……あ」
P「ん?」
美穂「なければ、相合傘してくれましたか?」
P「二本あるって言ったじゃん」
ところで、これいつ行けば良いんだろ。
美穂「あ、ゴールデンウィークの土日ですね。一泊二日、割引券です」
P「なるほどなー、ゴールデンウィークの土日か」
美穂「ですね、その割引券です」
P「割引券なー……ん?」
割引券……?
P「……割引券?」
美穂「割引券です」
P「……なんか……しょぼくない?」
美穂「で、でも半額です!」
P「ちょっと待っててくれ、そこの宿代調べるから」
スマホで宿の名前を調べて、二人部屋一泊二日、と……
P「……元の値段が四万って……たけ……」
美穂「半額で二万円ですね……」
一人当たり一万円か。高校生がポンと出せる金額ではない。
P「流石に高過ぎるな……」
美穂「アルバイトしなきゃ……今からで間に合うかな」
この際、文香姉さんに全部払ってもらうか……?
いや無理だろうな、あの文香姉さんだし。
11: 2018/02/11(日) 03:16:01.03 ID:SS0yY0zJ0
P「……ん?」
美穂と会話しながら歩いていると、横断歩道の反対側に傘を差したまゆが居た。
まゆも商店街に買い物だろうか。
まゆ「あ、Pさんに美穂ちゃん。こんにちは」
美穂「さっきぶり、まゆちゃん」
P「よっ」
まゆ「もう、酷いじゃないですかぁ。Pさん、放課後に用事があるからってまゆのお誘いを断ったのに」
P「すまん、用事を加蓮に代わって貰っちゃってさ」
まゆ「今からでも、三人で遊びませんかぁ?」
美穂「わたしは構いませんよ。まゆちゃんとも、一度きちんとお話したかったですから」
まゆが、横断歩道を渡って此方へ向かってくる。
その時だった。
P「おいっ!まゆストップ!」
美穂「……あっ!まゆちゃん!」
まゆ「……え?」
横から走ってきた自転車が、まゆの方に突っ込もうとしいた。
傘差し運転でまゆの姿が見えてなかったんだろう。
まゆもまた、傘を差している為近付いている自転車に気付けずにいる。
まゆ「……あ……」
ようやく気付いた時には、自転車はまゆのかなり近くまで来ていて。
足がすくんだのか、その場から動けずにいた。
12: 2018/02/11(日) 03:16:26.25 ID:SS0yY0zJ0
P「っっ!!」
傘も荷物も放り投げて、まゆへと駆け出して。
まゆにタックルして無理やり自転車の軌道からズラす。
どんっ!
まゆ「きゃっ!」
P「いっってぇっ!!」
道のど真ん中に倒れ込んで、何とか自転車とはぶつからずに済んだ。
俺の足の直ぐ近くを、自転車が走り去って行く。
P「っぶなかった……大丈夫か、まゆ」
まゆ「……は、はい……でも……」
まゆの背に片手を回して、もう片手を地面に着いたは良いが。
……あぁ、右腕がとても痛い。
美穂「大丈夫ですかっ!まゆちゃん、Pくんっ!」
P「あぁ、まゆに怪我は無いっぽい!」
まゆ「そうじゃなくて……!Pさんは……!」
P「ん?あぁ、腕が痛いだけだから」
冷静ぶってはいるけど、とんでもなく痛い。
けどまぁ、まゆが轢かれ無くて良かった。
まゆ「うぁ……ぁ……ごめんなさい……まゆ……」
P「大丈夫だって!多分捻っただけだから、そんな泣く様な事じゃ無いって!」
車の邪魔にならない様、さっさと歩道まで戻る。
まゆ「ごめんなさい……ごめんなさい……」
美穂「本当に大丈夫なんですか?病院に行きませんか?」
P「だな、何もなければみんな安心出来るし」
13: 2018/02/11(日) 03:16:53.18 ID:SS0yY0zJ0
まゆ「ごめんなさい……まゆ、どうすれば……」
P「……いや、本当に大丈夫だから」
骨折だった。
どうやら人間の骨は割と簡単に折れるらしい。
ギプスを嵌められて首から下げられた右腕は、動かそうとするととても痛い。
別に動かさなくてもまだ痛い。
レントゲンももう少し気の利いた嘘を吐いてくれれば良かったものを。
……良くないな、早くカルシウム沢山摂取して治そう。
美穂「文香さんには連絡しておきました。すぐ、保険証を持って来てくれるそうです」
まゆ「……利き腕、ですよね?」
P「だな、これを期に両利き目指すか」
まゆ「……本当に、ごめんなさい……」
P「そんな凹むなって。ほら、このギプスかっこ良くないか?刃物防げる硬さだぞこれ」
美穂「……文字通り転んでもタダでは起きない姿勢、今は多分まゆちゃんを傷付けちゃうだけですよ?」
P「……なら、そうだな。まゆ」
まゆ「……はい……」
P「ごめんなさいじゃなくて、ありがとうの方が嬉しいかな」
まゆ「……ありがとうございました。Pさんに助けて貰ってなかったら、まゆは……」
P「暗い顔もやめよ、な?俺に左利きのコツとか教えてくれよ」
14: 2018/02/11(日) 03:17:26.37 ID:SS0yY0zJ0
ウィィィン
病院の自動ドアが開いて、文香姉さんが入って来た。
文香「……P君」
P「あ、姉さん」
文香「……はぁ、ふぅ……全く……」
呆れたように、溜息をつく文香姉さん。
P「手間かけさせちゃってごめん。保険証、持ち歩くべきだったなぁ」
文香「……っ!……巫山戯ないで下さい……!」
P「……え?」
そんな文香姉さんは。
珍しく息を切らせていて、表情はとても辛そうだった。
文香「……心配しない訳、無いじゃないですか……もし、P君が保険証を持っていたとして……それなら、私は来なかったと……本気で思っているんですか……?」
文香姉さんは、傘を持っていなかった。
長い髪も、服も、顔も、雨に濡れてしまっている。
……走って来てくれたのか。
文香「美穂さんから『自転車に轢かれそうになって』と連絡を受けた時……私が……どんな気持ちで……!どれ程、心配したと思っているんですか……!!」
P「……ごめん、姉さん。心配掛けて」
文香「P君が自分に無頓着な事は知っています……他の人を優先しようとして、他の人を気遣って、明るく振舞う事も分かっています……ですが……」
貴方の事を大切に思っている人の気持ちも、考えて下さい、と。
そうポツリと呟く文香姉さんの頬が濡れているのは、きっと雨のせいじゃなくて。
その言葉は、俺に深く突き刺さった。
P「……ほんとにごめん」
文香「……支払い手続きは私が済ませておきます。P君は、後でお説教です……きちんと、家で安静に待機していて下さい」
まゆ「あ、あの……Pさんは……」
文香「佐久間さんにも、後でお話があります」
まゆ「……はい……本当に、申し訳ありません……」
……ここまで憤ってる文香姉さんは初めて見た。
いや、それ程に俺を心配してくれていたという事か。
P「悪いな、美穂。この後はちょっと無理っぽいわ」
美穂「分かってます。ほんとに、Pくんは自分の事も大切にしてあげて下さいね?」
呆れられてしまった。
正直今もまだ痛いけど、女の子の前でカッコ悪いとこは見せたくないしなぁ。
P「それじゃ、まゆ。悪いけど、来て貰ってもいいか?」
まゆ「はい……もちろんです」
15: 2018/02/11(日) 03:17:57.60 ID:SS0yY0zJ0
文香「……先程は、お見苦しいところをお見せして……その……失礼致しました」
P「いや、俺こそちょっと気配りが出来てなかったって言うか……ごめん」
まゆ「その……全部、まゆが原因ですから……本当に申し訳ありませんでした……」
文香「いえ……私も、少し八つ当たり気味だったので……申し訳ありません……」
まゆ「八つ当たりなんかじゃありません……本当に、まゆのせいですから……」
我が家のリビングでは、現在謝罪大会が開催されていた。
文香姉さんの顔は真っ赤で、思い返して相当恥ずかしくなっているらしい。
まゆは未だに、俺以上に辛そうな顔をしている。
俺はとても腕が痛い。動かさなければそこそこ痛い。
文香「それで……詳しい話を教えて頂けますか?」
P「あぁ、うん」
事の顛末的なものを話す。
P「まぁ今思い返せば、もう少し安全な助け方もあったのかもしれないな」
まゆ「まゆは……驚いて、足が動かなくなっちゃって……」
P「実際仕方ない。焦ると本当に身体も頭も働かなくなるよな」
文香「仕方ない……?」
P「あぁいや、仕方ないって言うかしょうがないって言うか……まぁ、兎に角まゆは全く悪くないから」
まゆ「でも……それでPさんが骨折してしまったのは、紛れもなく事実ですから……」
文香「傘差し運転していた人物に関しては、今からでは探しようがありませんが……」
P「にしても困ったなぁ……食事作るの割としんどいぞこれ」
起きてしまった事はもうどうしようもないとして。
現実的な問題、利き腕が骨折というのは日常生活にかなり支障をきたしてしまう。
特にシャーペンや箸が使えないのはデカ過ぎる。
文香「……しばらくは、私が食事を」
16: 2018/02/11(日) 03:18:26.61 ID:SS0yY0zJ0
まゆ「でしたら……」
文香姉さんの言葉を遮って。
まゆ「まゆが、食事を作りに来ます。いえ、作らせて下さい……!」
そう、まゆが提案してきた。
まゆ「他にもPさんが片腕で困る事があれば、まゆが全てサポートします」
P「いやいや、流石に悪いって」
まゆ「……させて下さい。じゃないと、まゆは……自分を許せないから」
P「ほんとに、そんな気負わなくても良いんだぞ?」
文香「……佐久間さんに、そこまでして頂かなくても……」
まゆ「これくらいで済ませる気はありませんが……せめて、少しでも……まゆに、お詫びをさせて貰えませんか?」
まゆの意志は固そうだ。
そこまでして貰うと逆にこっちが申し訳なくなってくるが……
P「……だったら、お願い出来るか?」
まゆ「……はい……!まゆに、任せて下さい」
文香「……家では私がみれますが……学校では、そうもいかないので……学校に居る間だけでも、お願い出来ますか?」
まゆ「学校だけと言わず、おはようからおやすみまで万全サポート致しますよぉ!」
あぁ、良かった。少しずつまゆがいつもの調子に戻ってきた。
おやすみまでは逆に問題な気がするけど。
P「それじゃ、無理のない範囲で頼めるか?」
まゆ「はい、まゆに任せて下さい」
23: 2018/02/11(日) 19:26:13.17 ID:6XeH2JN0O
ピピピピッ、ピピピピッ
P「うぅーん……朝か……」
朝が来てしまった。
何故、朝はくるんだろう。
毎朝朝がくるんだから、偶には夜のまま朝を迎えたっていい筈なのに。
まゆ「もう、変な事考えてないで起きて下さい」
P「おう……ん?」
天使の様な声が聞こえた。お迎えだろうか。
目を開ける、エプロン姿の天使がいた。まゆだった。
P「……?おはよう、まゆ」
取り敢えず鳴り続けているアラームを止めようと、スマホに手を伸ばそうとして……
P「いてっ?!」
まゆ「あっ!Pさん……その……」
P「……そうか、俺は……昨日の戦いで、片腕を……」
まゆ「失ってはいませんから……本当に、ごめんなさい……」
そんなまゆの目は、メイクで誤魔化しているんだろうが腫れていて。
もしかしたら、昨晩泣いてしまっていたのかもしれない。
P「すまんすまんすまん!俺もちょっと朝でアホな事言っちゃってただけだから!」
そうだった。いつも利き手をスマホに伸ばすが、今は骨が折れているんだ。
慣れるまで、と言うか癖で利き腕を使わない様にするまでにかなりかかりそうだなぁ……
24: 2018/02/11(日) 19:26:39.63 ID:6XeH2JN0O
まゆ「あ、そうでした。朝ご飯出来てますよぉ。早く着替えて降りてきて下さい」
P「まじか、ありがと」
まゆ「一人でお着替え出来ますか?よければまゆがお手伝いしますよぉ?」
P「まじか、ありがと」
まゆ「……ぅ……じょ、冗談だったんですが……そう、ですよね……Pさんが日常生活を支障なく送れる様にサポートするのが、まゆの役目ですから……」
P「あぁいや、すまん寝ぼけてた。着替えは割と何とかなるから大丈夫だよ」
まゆ「まだ寝ぼけている様でしたら……まゆが、おはようのキスでもしてあげますよぉ?」
P「もう少し寝てたいからいいや」
まゆ「もう……早く起きて下さい。朝ご飯冷めちゃいますから」
ちょっと怒ったまゆも可愛いなぁ。
っとそうじゃないそうじゃない。
まゆに先に下に行ってて貰い、パパッと……とはいかないがさっさと着替える。
利き腕骨折ライフ一日目は、そんなまゆとのやりとりから始まった。
25: 2018/02/11(日) 19:27:06.27 ID:6XeH2JN0O
文香「……おはようございます、P君」
P「おはよう姉さん。うぉお、朝から豪華だな」
食卓には、沢山の料理がズラリ。
多分残った分を昼と夜に回すのだろう。
まゆ「腕によりを掛けて作らせて頂きました」
P「ありがとな、まゆ……さて」
その料理の多くが、スプーンで食べやすいものばかりだ。
パンも直接手で掴んで食べられる。
利き腕ではない方では上手く箸を使えないからと、気を使ってくれたのだろう。
P「それじゃ、いただきます」
慣れない動きで左手でスプーンを動かし、少しずつスープを掬う。
……想像を絶するめんどくささだ。
P「……んん、美味しい」
まゆ「ふぅ、良かったです」
P「とはいえ、これ多分左手でも箸を練習した方が良いかもなぁ」
文香「それは、時間の無い朝にすべき事では無いと思いますが……」
まゆ「でしたら、夜はお米を炊きましょうか」
P「悪いな、色々と手間かけて」
まゆ「……いえ……」
P「おっとストップ。まゆが本気で申し訳ないと思ってるのは分かったが、それ以上に俺が感謝してるって事も分かってくれよ?」
まゆ「……はい、ありがとうございます」
それから、少し時間を掛けながらも朝食を平らげる。
かなり量があったはずだが、美味しすぎて殆ど残らなかった。
P「ごちそうさまでした」
まゆ「お粗末様でした。ではPさん、玄関で待っていて下さい」
P「あいよ」
26: 2018/02/11(日) 19:27:47.94 ID:6XeH2JN0O
言われた通りに玄関で待つ。
……うーん、昨晩雨が降ったからかかなり寒い。
まゆ「お待たせしましたぁ」
P「待ってないよ、今来たとこ」
まゆ「ご存知ですよぉ」
後片付けまでしてくれたまゆが、エプロンを外して駆け寄って来た。
まゆ「鞄、お待ちしますよ?」
P「いや、それは大丈夫だよ。左手は使えるし」
まゆ「左手しか使えないから、ですよぉ」
P「ん?」
どういう事だ?
取り敢えず鞄をまゆに渡してみる。
まゆ「まゆが言える事ではありませんが、Pさんはきっと……昨日みたいな事があったら、危険でも構わず飛び込んでしまうと思うんです」
P「うーん……どうだろ?それはまゆだったからな気がするけど」
まゆ「…………ありがとうございます」
あ、照れた。顔真っ赤なまゆも可愛いな。
……多分、俺も顔が赤くなっているだろう。
言った言葉を思い返して、割と恥ずかしくなった。
まゆ「それは兎も角として、です。そんな時、勝手に何処かへ行ってしまわない様に……まゆが、きちんと捕まえていてあげなきゃいけないと思った訳です」
P「なるほど、飼い犬の首輪とかリード的な」
まゆ「……そういうのが趣味なんですかぁ……?」
P「いや例えだよ?例えだからな?」
まゆ「ごほんっ!ですから!まゆが!その……手を繋いで、Pさんを見守ってあげないとと思った訳で……」
あぁなるほど、だから左手に鞄を持ってたらダメな訳だ。
それにしても、かなり恥ずかしがってるなぁ。
27: 2018/02/11(日) 19:28:21.25 ID:6XeH2JN0O
P「前はもっとナチュラルに手を繋いできてなかったっけ?」
まゆ「前は前、今は今です。まゆは今に生きる女ですから」
P「……かっこいい」
まゆ「えへん、佐クール間まゆですよぉ」
P「……そんなにかっこよく無くなった」
まゆ「ネーミングセンスはこれから磨いてゆきますよぉ……」
P「ま、手も冷えちゃうしな」
まゆ「……あ、少し待って頂けますかぁ?」
何かするのだろうか。
まゆ「すー……はー……ふー……よし、今です」
P「スナイパーか?」
まゆ「深呼吸してる人全員がスナイパーなら、ラジオ体操は戦場ですねぇ」
P「新しい朝を迎えた喜びはさぞかし大きいんだろうな」
まゆ「希望の朝の重みが増しますねぇ」
P「青空仰いじゃったりするんだぜ」
まゆ「敵に見つけてくれと言ってる様なものなんですけどねぇ」
28: 2018/02/11(日) 19:28:55.88 ID:6XeH2JN0O
P「……で、繋いでいいんだよな?」
まゆ「勿論ですよぉ」
まゆと手を繋ぐ。前みたいに指を絡ませてくる事なく、普通の手繋ぎだった。
まゆ「……負い目を感じている、というのもあるんです」
P「……負い目?」
まゆ「Pさんにも……美穂ちゃんにも。昨日、本当は美穂ちゃんと二人きりでお話をする予定だったんですよね?」
P「あぁ、まぁな」
まゆ「まゆの誘いを素気無く断っておいて、美穂ちゃんと二人きりでお話をする予定だったんですよねぇ?」
P「……ま、まぁ……うん」
まゆ「それなのに、まゆのせいで予定を潰してしまって……なのに、まゆはこうして、Pさんに近付こうとしてるなんて……」
……あぁ、まゆの恋愛観って。
きっと普通以上に、普通に優しいんだろうな。
P「……前だったら、多分ナチュラルに指絡めてきてたもんな」
まゆ「あ、それはまた別の理由もあります」
P「なんだ?」
まゆ「ええとですねぇ……あの時は、気分が高揚し過ぎていたので……冷静に考えて、少しどころじゃなく距離感が近過ぎました」
P「嬉しかったけどな」
まゆ「でしたら、まゆも嬉しいです」
P「今は?」
まゆ「Pさんとこうして学園生活を過ごし始めて、朝起こしたり、一緒にお食事したりするうちに……より一層、好きになってしまったので……」
P「……そうか……」
とても照れるな。
まゆ「……おそらくまゆは……今恋人繋ぎなんてしたら、喜びに心が耐えられません」
P「まじか」
まゆ「まじですよぉ」
そう言われると試してみたくなってしまう。
繋いだ手の指を絡めて、恋人繋ぎにしてみる。
まゆ「…………Pさん」
P「どうした?」
まゆ「……来世は……一緒に、お弁当を食べたかったです……」
P「まゆ……?っまゆぅぅぅぅぅっ!!」
遅刻した。
29: 2018/02/11(日) 19:30:10.73 ID:6XeH2JN0O
加蓮「おっはー鷺沢……鷺沢……?っ鷺沢ぁぁぁぁぁっ!!」
P「朝から元気だなぁ……」
まゆ「さっき、Pさんも同じ様な言葉を言ってましたよねぇ?」
教室に入ると、物凄いテンションの加蓮が駆け寄って来た。
加蓮「え、何?誰にやられたの?ソレ?その隣の奴?」
まゆ「まゆがPさんに危害を加える訳が……うぅ……ぁ……」
P「な訳ないだろ。自転車に撥ねられそうになっただけだよ」
加蓮「よし、一緒に地上から自転車を滅ぼそ?」
李衣菜「思考が過激派」
P「自転車通学してる全校生徒に謝れ」
加蓮「冗談だって。自転車良いよね、タイヤ二つあるし」
まゆ「褒め方が雑ですねぇ」
食レポ下手そうだな、加蓮。
このポテト凄くジャガイモとか言いそう。
美穂「直接的な原因はコンクリートですよね?」
加蓮「ならコンクリートを消すしか無いね」
P「文明を壊すな」
李衣菜「で、美穂ちゃんから聞いてたけど……大丈夫なの?P」
P「まぁ別に、骨折だから一ヶ月位あれば治るだろ」
智絵里「えっと……本当に、大丈夫なんですか……?」
P「あぁ、今は動かさなければ痛みも無いしな」
智絵里「……良かった……」
心配されるっていうのも、なかなかこそばゆいな。
何時もだったら『何?高二にもなって厨二病?』とか誰かが言って来そうなものなのに。
……よく無いな、この思考は。
文香姉さんの言葉を思い出して、口にするのは思い止まった。
加蓮「いつ怪我したの?」
P「昨日の帰り道でな」
加蓮「って事は……」
美穂「……ごめんね、加蓮ちゃん。そういう事です……」
取り敢えずトイレ行くか。
まゆ「お供しますよぉ?」
P「結構です。いやマジで」
トイレに入って、また気付きを得た。
昨日も思ったけど、ズボンのジッパーって完全に右利き用に出来てたんだな。
世界は左利きに厳し過ぎる。
30: 2018/02/11(日) 19:30:46.51 ID:6XeH2JN0O
智絵里「……Pくん。えっと……」
P「……ん、智絵里ちゃん」
教室に戻ろうとすると、扉の前に智絵里ちゃんが立っていた。
P「あ、ごめんな?昨日は加蓮に行って貰っちゃって」
智絵里「……いえ、その……改めて、頑張ろうって決意する良い機会になりましたから……」
P「告白か?」
智絵里「はい。次は、練習じゃなくって……ホントの気持ちを、きちんと伝えます」
P「そっか……頑張れよ、智絵里ちゃん」
智絵里「だから……Pくん」
P「ん?どうした?」
智絵里「……今日の放課後。もう一度、屋上に来て貰えませんか……?」
P「……それは……」
今、このタイミングで俺にそれを言うという事は。
智絵里ちゃんが好意を向ける相手は……
智絵里「……待ってますから」
そう言って、智絵里ちゃんは教室へ戻って行った。
俺は一人、誰も居ない廊下に溜息を吐く。
31: 2018/02/11(日) 19:31:27.83 ID:6XeH2JN0O
まゆ「……行くんですか?」
P「うぉっ?!」
一人じゃなかった、背後にまゆが立っていた。
まゆもお手洗い帰りだろうか。
P「……聞いてたのか?」
まゆ「はい、聞こえちゃいました。それで……Pさんは、智絵里ちゃんの告白を受けるんですか?」
P「……なぁ、まゆ」
まゆ「まゆは、Pさんを止めません。それでPさんがどんなお返事をしたとしても、きちんと受け入れて……」
P「くれるのか?」
まゆ「……無理でしょうねぇ。おそらく、見苦しく悪足掻きをすると思います」
……まゆのそんな姿は見たくないなぁ。
なんて、言ってられないのも確かだけど。
まゆ「……行かないで下さい、って……そう言うのはとても簡単です。いえ、簡単だった筈でした。でも……まゆは……」
これ以上、Pさんに迷惑を掛けたくないから。
そう呟くまゆは、とても悲しそうで。
俺が思っている以上に、本気で昨日の件を思い悩んでいた。
P「……大丈夫だよ、まゆ」
まゆ「え……?」
そんな風に、俺の事を一番に。
俺以上に、俺の事を考えてくれて。
自分の恋愛すらふいにしてしまうかもしれないのに、それでも想いを飲み込めるまゆに。
俺は、きっと……
P「ま、夕飯には遅れないように帰るからさ」
まゆ「……でしたら。まゆは、校門の前で待っています」
安心したように、一息ついて微笑むまゆ。
あぁ、良かった。
やっぱりまゆには、笑っていて欲しい。
P「あと、お昼にでも来世の願いを叶えようぜ」
まゆ「……心中ですか?」
P「来世に行く訳じゃないから」
一緒にお弁当食べるんじゃ無かったのかよ。
まゆ「……本当に、良いんですか?」
P「まだ負い目を感じてる様なら、腕が完治した後にちゃんと伝えるよ」
まゆ「……ふふ、楽しみにお待ちしていますよぉ」
そんな風に、まゆと楽しく会話して。
こんな時間を、これからも続けてゆきたいと思った。
32: 2018/02/11(日) 19:32:11.90 ID:6XeH2JN0O
放課後、俺は屋上へ続く階段を登る。
前と違って、足取りは非常に重い。
でも、きっと。
俺以上に、智絵里ちゃんも悩んで苦しんで決意して、登った筈だから。
屋上の扉を開けると、微笑んで智絵里ちゃんが出迎えてくれた。
智絵里「……えへへ……その……来てくれるって、信じてました」
P「……さっきぶり、智絵里ちゃん」
智絵里「はい。さっきぶりです、Pくん」
智絵里ちゃんって、こんなに素敵な表情で笑う子だったんだな。
思わず此方も微笑んでしまいそうになる。
智絵里「……昨日の事。わたし、ほんとはちょっとだけ怒ってます……」
P「……ごめん、智絵里ちゃん」
智絵里「……でも、加蓮ちゃんとお話し出来て良かったです。そうじゃなかったら……わたしはきっと、ずっと逃げてたかもだから」
P「……どんな話をしたんだ?」
智絵里「開口一番、『アンタには無理だから諦めたら?』でした」
加蓮……
智絵里「つい、わたしも言っちゃったんです……『でも、加蓮ちゃんも逃げたんですよね?』って」
智絵里ちゃん……
33: 2018/02/11(日) 19:33:03.55 ID:6XeH2JN0O
智絵里「……美穂ちゃんも、Pくんの事が好きだったんですね」
P「……あぁ。そう、言われた」
智絵里「美穂ちゃんは、真っ直ぐに……想いを、打ち明けられたんですね」
P「……あぁ」
智絵里「そんな風に、真正面から向き合える子と……わたしみたいな、逃げたり保険を掛けちゃう様な子だったら……どっちを応援したいかなんて、わたしにも分かります」
P「でも、智絵里ちゃん。今は、こうして向き合ってるじゃないか」
智絵里「……加蓮ちゃんと……えっと、加蓮ちゃんは……先週の金曜日に、わたしの告白、全部聞いてたみたいです」
先週の金曜日、智絵里ちゃんの告白の練習。
読み上げられたラブレターには、『好き』としか書かれていなくて。
それは、つまり。
あの時の告白は……
智絵里「『その想いを、ちゃんと伝えれば?』って……そう、言ってくれたんです」
P「……そうだったんだな」
智絵里「その後に、『どうせアンタには無理だろうけどね』って言われちゃいました」
P「……加蓮……」
智絵里「……ブーメランがお上手な人ですよね」
智絵里ちゃん、なかなかユニークだな……
智絵里「それからは……もう、言いたい事を言うだけの口論になっちゃって……わたし、初めて……誰かと言い合いになりました」
P「それは、まぁ……良い経験かもな」
智絵里「いつもは逃げてたけど……Pくんの事だけは……本気で、その……」
P「……ありがとう、智絵里ちゃん」
34: 2018/02/11(日) 19:33:30.31 ID:6XeH2JN0O
智絵里「……ねぇ、Pくん。覚えてますか?入学式の日に、わたしに優しくしてくれた事……」
P「……俺、何か感謝される様な事したっけ?」
入学式の日に、誰かを助ける様な事をした覚えがない。
テ口リストが襲って来てそれをカッコよく倒す妄想ならした事はあるが、それが現実になった覚えもないし。
智絵里「……覚えて、無いんですね……」
P「……すまん。正直、めっちゃ女子多いじゃん肩身狭って感じたくらいしか……」
あの時は本当に李衣菜しか友達いなかったしな。
智絵里「……そっか」
P「ごめん……」
智絵里「いえ……それを聞けて、ちょっと嬉しいです……」
なんでだ?
俺、失礼どころか失望されかねない事を言ってる気がするけど。
智絵里「……あの日、わたしもとっても不安で……誰とも仲良くなれなかったらどうしよう、って……」
P「分かる。それは俺もだわ」
智絵里「緊張しちゃって、なかなか学校に行けなくて……そしたら、遅刻しちゃったんです……」
入学式、高校生活初日に遅刻は心が折れるよな……
智絵里「それで……教室が何処か分からなくって、先生を探しても見つからなくて……きっと、見つけても話し掛けられなかったと思うけど……」
P「入学式だからなぁ、先生達ほぼ全員体育館にいたと思う」
智絵里「やっと教室に着いた時には、もう誰も居なくって……」
35: 2018/02/11(日) 19:34:02.13 ID:6XeH2JN0O
P「……っあー!!」
智絵里「……はい、その時でした。Pくんが、『どうしたんだ?早く体育館行こうぜ』って……」
そうだ、あの日俺は教室の居心地が悪くてトイレ行ってて。
その間にクラスメイト全員が体育館に移動しちゃってて、教室戻ったら殆どみんな居なくなってたんだ。
そして、教室で一人あたふたしてる女の子を見かけて……
智絵里「Pくんが、案内してくれたんです……遅れて体育館に入った時も、先生に列の場所聞きに行ってくれて……」
一年前の事で、完全に忘れていた。
そうだ、だから智絵里ちゃんがクラスメイトだったって事だけは覚えてたんだ。
それ以降は殆ど話す機会が無くて、そもそもクラスメイトでも李衣菜と美穂以外と交流する機会がほぼ無かったから忘れてたけど。
智絵里「……あの時は、緊張しちゃって全然お話出来なかったけど……とっても、嬉しかったんです」
P「嬉しかった……?」
智絵里「……最初の日に、優しい人に出会えて……」
P「優しい、か……そう言われると恥ずかしいし、申し訳ないな」
俺自身が覚えてなかった訳だし。
というか、割と当たり前の事をしただけな気もする。
智絵里「いえ……だから、嬉しいです。Pくんにとって……忘れちゃう様な、当たり前の事だとしたら……」
えへへ、と。
はにかみながら、言葉を続ける智絵里ちゃん。
智絵里「……それは……Pくんが、とっても優しい人だって事ですから」
P「……そうなのかなぁ」
俺が照れているのは、その言葉が擽ったいからか、それとも智絵里ちゃんの笑顔が眩しいからか。
それに、智絵里ちゃんがそう思うのは。
きっと、智絵里ちゃんがとても優しい子だからだろう。
36: 2018/02/11(日) 19:34:38.35 ID:6XeH2JN0O
智絵里「……Pくんにとっては当たり前の事かもしれないけど……落としちゃったシャーペンを何も言わずに拾ってくれたり、ルーズリーフ分けてくれたり……そんな優しさが積み重なって……わたしは……」
好きに、なっちゃったんです。
そう、頬を赤く染めて呟いた。
こう、なんだろう……真正面からそんな事を言われた事が無かったからかな。
凄く照れるし、凄く嬉しい。
智絵里「……そんな優しさを……もっと、わたしに向けてくれたら嬉しいな……わたしに対してだけじゃなくっても、誰かに優しいPくんのことを……ずっと見つめていられたら嬉しいな、って……」
だから、と。
智絵里ちゃんは、言葉を続けた。
きっと今まで言えなかった、本当の気持ちを。
智絵里「……Pくん。わたしと……付き合って下さい」
ここで頷いても、首を横に振っても。
結局は、誰かを悲しませてしまうなら。
どうしても、これ以上。
まゆの辛そうな顔なんて、見たくないから。
俺も、俺の気持ちに正直に答えよう。
P「……ごめん、智絵里ちゃん。俺、他に好きな人がいるから」
智絵里「……まゆちゃんですか?」
P「……あぁ。だから……」
自分勝手な、酷い事だと分かっている。
それでも、俺は……
P「……俺は、智絵里ちゃんとは友達でいたい」
37: 2018/02/11(日) 19:35:25.12 ID:6XeH2JN0O
智絵里「そう、ですか……なら」
一瞬涙を零しそうになって。
それでも、堪えて。
智絵里「……優しくしてあげて下さいね?」
そう、言ってくれた。
P「……あぁ。ありがとう、智絵里ちゃん」
智絵里「……智絵里、って……そう呼んでくれたら、嬉しいな……」
P「智絵里」
智絵里「……はい」
P「……っ、ごめん……っ!」
智絵里「……ぅぁっ……っ、はい……っ」
真正面から向けられた好意を、真正面から断るのは。
こんなにも、苦しかったんだな。
どうせなら、こんな日にこそ。
雨が降ってくれていれば良かったのに。
38: 2018/02/13(火) 19:33:17.43 ID:5QNT3VNwO
P「……お待たせ、まゆ」
まゆ「……お疲れ様です、Pさん」
校門前で待ってくれていたまゆと合流して、帰路に着く。
雲ひとつない青空に輝く太陽が、今は恨めしかった。
まゆ「……断ったんですか?」
P「あぁ」
まゆ「智絵里ちゃんは……きちんと、諦めてくれたんですか?」
P「……あぁ。これからも、友達で……」
ほんの数分前のやり取りを思い出して、また心が苦しくなる。
まゆ「……ごめんなさい……」
P「まゆが謝る事じゃない。断るって決めたのは俺なんだから」
まゆ「まゆは、Pさんに迷惑だけは掛けない様にって……そう、思ってたんです」
P「恋愛において、全く迷惑を掛けないっていうのは難しいんじゃないかな」
まゆ「みたいですねぇ……少し、想定が甘かったかもしれません」
P「ま、それは仕方ない事だと割り切るしか無いんじゃないか?」
まゆ「……難しいですねぇ」
P「難しいな」
それからは特に会話もなく、家に到着した。
P「ただいまー姉さん」
美穂「お帰りなさい、Pくん」
ん?文香姉さん髪切った?声変えた?
まゆ「あら。こんにちは、美穂ちゃん」
美穂「あれ?こんにちは、まゆちゃん」
文香「お帰りなさい、P君……いらっしゃいませ、佐久間さん」
P「どうしたんだ、美穂。何か俺に用事でもあった?」
美穂「えっと、昨日の福引で当てた温泉旅行のお話をしようと思って……」
あ、そういえばそんな物を当てた気がする。
一泊二日のペアチケット割引券が二枚。
そう、割引券だ。
まゆ「そんな素敵な物を当てたんですねぇ。Pさんは誰を誘うんですか?」
P「割引券なんだよ。半額とはいえ高校生にはなかなかな大金でさ」
美穂「売っちゃうのは勿体無いから、どうしようかなって」
P「日雇いのバイトでもするかなぁ……」
確かゴールデンウィークの土日だったから、まだ後半月はある。
不可能じゃ無いが、うーん……
39: 2018/02/13(火) 19:33:44.55 ID:5QNT3VNwO
文香「温泉旅行、ですか……?」
P「あ、姉さんには話してなかったっけ」
昨日福引で、温泉旅行のペアチケットを二枚当てた事。
それが割引券で、どうしようか悩んでいる事を伝えてみた。
文香「なるほど……それで、行く方は既に決まっているんですか?」
P「俺は姉さんを誘おうと思ってたけど」
美穂「わたしは……あ、まゆちゃんはどうですか?」
まゆ「まゆですか?金銭面は多少は大丈夫ですけど……いいんですか?」
美穂「もちろんです!……とは言っても、わたしがお金が……」
文香「……でしたら、鷺沢古書店で働いてみませんか?」
P・美穂・まゆ「「「え?」」」
文香「実は、大学の友達の宮本さんにパリ旅行に誘われていたのですが……店を空ける訳にはいかず、断っていたんです」
P「え、姉さん友達いたの?!」
文香「……残念ながら、P君とは違うんです。ごほんっ、それでですが……」
40: 2018/02/13(火) 19:34:14.29 ID:5QNT3VNwO
美穂「文香さんが居ない間に、わたし達が代わりに店番をするって事ですか?」
まゆ「まゆは元から、Pさんを看る為に来る予定でしたが……」
美穂「……え?」
文香「はい、お願い出来ますか……?来週の金曜日からその翌週の月曜日まで、計四日間になりますが」
P「えっと……金曜日が創立記念日で、土日挟んで昭和の日の振替で月曜も休みか」
文香「丁度三人とも、学校はお休みな筈です。P君がこの状態なので、出来ればお二人にお願いしたいのですが……」
美穂「でも、何をすればいいのか……」
文香「レジで本を読むお仕事です」
それで良いのか文香姉さん。
いや実際、文香姉さんも本並べる時以外いつも本読んでたけどさ。
文香「大まかな事は、それまでに伝えます。それで……如何でしょうか?バイト代は……そうですね、これくらいになります」
文香姉さんがメモ帳にパパッと算出する。
まゆ「……あらあらあらあら」
美穂「……えっ、こんなに貰っちゃって良いんですか?!」
文香「はい。ゴールデンウィーク前半という事で、その分の出勤手当も含みます」
P「……あれ、姉さん。俺は?」
文香「……自動販売機の下を漁ると、きっと小銭が手に入りますよ」
……しょうがない、最近使わなくなった音楽プレイヤーでも売るか。
文香「……まぁ、知り合いの仕事のお手伝い、程度の気持ちで大丈夫です。あとはそうですね……暇を持て余したP君とお喋りしてあげて下さい」
美穂「ま、任せて下さいっ!」
まゆ「完璧にこなしてみせますよぉ」
41: 2018/02/13(火) 19:34:40.50 ID:5QNT3VNwO
P「大丈夫か?勢いで返事しちゃって」
美穂「はい!温泉旅行もアルバイトも、とっても楽しみです」
P「俺も頑張って出来る限り腕を治さないとな」
温泉旅行まで三週間弱あるし、ある程度は治っているだろう。
まゆ「さっきも言いましたけど、まゆは元々Pさんの家に通う予定でしたから」
美穂「あ、それについて聞こうと思っていたんですけど……どういう事ですか?」
P「まゆがさ、俺が片腕で不自由だからってその間色々サポートしてくれてるんだよ」
まゆ「といっても、食事を用意するくらいしか出来る事はありませんけどねぇ……」
美穂「……そうなんだ。優しいね、まゆちゃん」
まゆ「元はと言えば、まゆのせいですから」
P「まぁそれは兎も角として、来週からよろしくな?まぁそれまでに何回か、業務を教える為に来てもらう事になっちゃうかもしれないけど」
まゆ「古書店で働くなんて、なかなか貴重な経験ですねぇ」
美穂「不束者ですけど……その、よろしくお願いしますっ!」
P「おう。美穂とまゆがうちで働いてるって知ったら絶対李衣菜冷やかしに来るよな」
コンコン
部屋の扉がノックされた。
文香「お取り込み中すみません。佐久間さん、申し訳ありませんが……荷物が送られて来たので、運ぶのお願い出来ますか?」
まゆ「かしこまりましたよぉ」
美穂「あ、ならわたしも手伝います」
P「いいのか?」
美穂「はい、少しでも早くお仕事を覚えたいですから」
文香「……ふふっ。でしたら、美穂さんは私に着いて来て下さい。大まかな配置と値段をお教えしますので」
42: 2018/02/13(火) 19:35:43.38 ID:5QNT3VNwO
美穂「それじゃ、また明日ね」
P「またな」
まゆ「ばいばい、美穂ちゃん」
一仕事終えて、美穂が帰って行った。
さて、夕飯でも作るか。
まゆ「Pさんは座って待っていて下さい。まゆが全部やりますから」
P「いや、流石に全部任せちゃうのは悪いから。出来る事は手伝うよ」
利き手は使えないが、食器を運ぶ事くらいなら出来る。
にしても……今朝も思ったけど、まゆ完璧に調理器具の位置把握してるんだな。
まゆ「大切な人の為にする事ですから。努力は惜しみません」
P「ところで、こう聞くとあれだけど土日は来るのか?」
まゆ「はい、もちろんですよぉ」
P「読モの仕事とかは?」
まゆ「オールキャンセルです。今後声を掛けて貰えなくなっても、別にもう構いませんから」
P「いやいやいや、流石にそれは悪いって」
まゆ「だってもう、続ける必要も無くなっちゃいましたから」
P「そうなのか……?それにしても、勿体無い気がするけどなぁ」
まゆ「……Pさんは、まゆに読モを続けて欲しいですか?」
P「無理にとは言わないさ。まゆがやりたいなら、続けた方が良いんじゃないかなってだけで」
まゆ「……前向きに検討しますよぉ」
そんな会話をしているうちに、夕飯が出来上がった。
文香「とても、美味しそうですね」
さて、左手の練習だ。
P「いただきます」
左手で箸を持つ。あ、これ無理なやつだ。
取り敢えずご飯を掬うが……めちゃくちゃ食べ辛い。
まゆ「まゆが食べさせてあげましょうか?」
P「いや、もう少し頑張ってみる」
お味噌汁の具材を掴む。掴めなかった。
こんにゃくは……あまりよろしくないが刺して食べよう。
木綿豆腐は……ん、案外食べやすい。大きくて軽い物はいけるな。
四苦八苦しながら左手だけで食事を終える頃には、かなり遅い時間になってしまった。
43: 2018/02/13(火) 19:36:11.76 ID:5QNT3VNwO
P「悪いな、時間掛かって」
まゆ「いえ、大丈夫ですよぉ」
P「寮の門限もあるだろ、送ってくよ。片付けは後で俺がやっとくから」
文香「……いえ、片付けは私が済ませておきます。P君は、佐久間さんを送って来てあげて下さい」
まゆ「ありがとうございます、文香さん」
文香「美味しいお料理を振舞って下さったのですから……これくらいは、此方で済ませます」
P「それじゃ行って来る」
四月夜の風は寒い。
コート羽織ってくれば良かった。
まゆも制服で寒そうだ。
P「……手、冷えるな」
まゆ「ですねぇ」
P「手、繋ぐか?」
まゆ「ですねぇ」
P「……?」
まゆ「……あ、すみません。Pさん、今なんて言いましたか?」
P「手が冷えちゃうし、繋がないか?って」
まゆ「……夢じゃないですよね?」
P「いや現実だけど」
まゆ「夢でしたから」
これは夢だったのか。
だとしたら、誰の夢なんだろう。
まゆ「いえ、まゆの夢だったという事です」
P「手を繋ぐのが?」
まゆ「それを、Pさんの方から言ってもらうのが、です」
P「なるほど」
まゆ「はい」
……なんか、会話が脳氏してるなぁ。
44: 2018/02/13(火) 19:36:49.44 ID:5QNT3VNwO
P「……繋ぐぞ?」
まゆ「はい、喜んで」
手を繋ぐ。
まだ冷たいが、そのうち温かくなるだろう。
まゆ「……今日は、ありがとうございました」
P「こちらこそ、食事作ってくれて凄く助かるよ」
まゆ「いえ、そうではなくて……智絵里ちゃんの事です」
P「……あぁ」
まゆ「……苦しかったですよね?」
P「まぁな。でもそれ以上に、まゆの辛い顔を見たくなかったから」
まゆ「そう言って貰えると、とても嬉しいです」
P「……俺さ、まゆの笑顔が好きだから。出来れば、まゆにはずっと笑顔でいて欲しいんだ」
まゆ「ふふ、そうですか。今のまゆはどうですか?」
P「今は、可愛いよ」
まゆ「……前にも、その方が可愛いって……誰かさんに言って貰ったんです」
P「さっきまでは、なんだか悩んでる感じだったのにな」
まゆ「……そう、ですねぇ……」
P「何かあったら相談してくれよ?」
まゆ「……いえ、大丈夫です。これ以上Pさんに迷惑は掛けられませんから」
P「迷惑じゃないさ。俺がそうしたいってだけだから」
まゆ「……優しいですね、Pさんは」
P「優しい、か……」
あぁ、ダメだ。
智絵里の言葉を思い出してしまう。
まゆの前で、まゆを悩ませる様な顔にはなりたくないのに。
P「まぁ俺の身体の120%は優しさで構成されてるからな」
まゆ「優しさがはみ出してますよぉ」
ふふっ、と。
やっと、自然な微笑みが漏れた。
P「なら、まゆにお裾分けしないとな」
まゆ「ありがとうございます、Pさん」
気が付けば、寮の前まで着いていた。
楽しく会話をしているとあっという間だな。
P「それじゃまた明日な、まゆ」
まゆ「はい、また明日」
まゆと別れて、家まで走る。
夜の風は、来た時以上に冷たく感じた。
45: 2018/02/13(火) 19:37:19.55 ID:5QNT3VNwO
李衣菜「え、美穂ちゃんとまゆちゃん、鷺沢古書店でバイトするの?!」
美穂「はい、四日間だけですけど頑張ります!」
翌日、学校で美穂が昨日の事を李衣菜に話していた。
李衣菜「へー……あのお店ってお客さん来るっけ?」
P「分かんない……」
李衣菜「冷やかしに行ってあげよっか?」
P「うちは冷やかしはお断りだよ」
まゆ「ドレスコードも設けますかぁ?」
P「ドレスコードのある古書店ってなんか凄いな」
李衣菜「来週の金曜日からだっけ?」
美穂「はい、それまでに何回か行って色々と教えて貰いますけど」
李衣菜「文香さんみたいにエプロン着けるの?」
美穂「その予定ですけど……」
うちの店の制服、メイド服って事にならないかな。
ならないだろうな。
まゆ「エプロン姿で悩頃しちゃいますよぉ」
P「まゆのエプロン姿は昨日一昨日とずっと見てるけどな」
李衣菜「え?同棲してるの?」
P「今朝も同伴出勤だぞ」
美穂「同伴通学ですよね?」
李衣菜「お客さん相手にちゃんと接客出来る?まゆちゃんは余裕そうだけど、美穂ちゃん恥ずかしがっちゃわない?」
美穂「……か、完璧です!……多分……」
P「ま、何とかなるよ。困った時は俺も側に居るし大丈夫だろ」
46: 2018/02/13(火) 19:37:55.52 ID:5QNT3VNwO
ガラガラ
教室の扉が開いて、智絵里が入って来た。
P「……おはよう智絵里」
智絵里「……あ……えへへ。おはようございます、Pくん」
P「……あぁ。おはよう、智絵里」
智絵里「はい……おはようございますっ!」
あぁ、本当に良かった。
智絵里が、前までと同じ様に接してくれて。
まゆ「……ふぅ」
美穂「どうしたんですか?まゆちゃん」
まゆ「いえ、何でもありませんよぉ」
ガラガラ
再び教室の扉が開いて、今度は加蓮が入って来た。
P「おはよう、加蓮」
加蓮「……あ……おはよ、鷺沢」
めっちゃ元気無いなこいつ。
変なもんでも拾って食ったんだろうか。
P「大丈夫か?」
加蓮「ダメ、無理。夜更かしし過ぎて眠気ヤバいんだけど」
P「寝ろ。日付変わる前に就寝を心掛けろ」
加蓮「でも深夜のテレビとかラジオって楽しいじゃん?」
P「それは分かる。よく分かんない通販番組とかついつい見ちゃうよな」
加蓮「え、ごめんそれは分かんない。ううん、よく分かんない」
智絵里「え、えっと……わたしは分かります。ついつい見続けて、必要無い高圧水洗浄機とか欲しくなっちゃったりしますよね……?」
47: 2018/02/13(火) 19:38:22.37 ID:5QNT3VNwO
P「どうだ加蓮。二対一で俺達の勝ちだぞ」
加蓮「ふん、智絵里がそっちに着いたところで大して戦力差は変わらないし」
智絵里「元から絶望的に……加蓮ちゃんの方が、負けてましたからね」
加蓮「は?」
智絵里「……何か、反論でもあるんですか……?」
加蓮「高圧的だね。高圧水洗浄機だね」
加蓮と智絵里、仲良いな。
まゆ「下らない事で言い合ってないで、加蓮ちゃんは早く席に戻ったらどうですかぁ?」
加蓮「まゆはどっちの味方なの?」
まゆ「Pさんの味方ですよぉ」
智絵里「高圧水洗浄機派閥が三人になりました……!」
まゆ「いえ、高圧水洗浄機はどうでもいいんですが……」
ガラガラ
三度教室の扉が開いて、千川先生が入って来た。
ちひろ「うるさいですよ、鷺沢君」
何故か俺だけ怒られた。
世界は理不尽に満ちている。
加蓮「早く席に戻りなよ」
P「ここ俺の席だから」
50: 2018/02/15(木) 17:48:11.77 ID:aPTgmvRZO
美穂「よ、よろしくお願いしますっ!!」
まゆ「頑張って、売り上げに貢献しますよぉ!」
そして、翌週の金曜日。
美穂とまゆの初労働日がやってきた。
ここ数日はずっとうちの店に居たから、なんかもう若干当たり前なくらいになり始めてたけど。
まゆに至っては、最早同棲レベルでずっと家に居たし。
文香「では、よろしくお願いしますね?」
P「行ってらっしゃい。お土産頼むよ」
文香「砂で良いでしょうか……?」
P「俺、挑んでもない甲子園で負けてない?」
美穂「任せて下さい、文香さん」
まゆ「完璧なサポートをお約束致します」
文香「はい、行って参ります」
文香姉さんが旅立って行った。
さて……ふう。
P「これから四日間、よろしくな。美穂、まゆ」
美穂「はい、よろしくお願いします!」
まゆ「よろしくお願いしますね?」
文香姉さんがいない間、この家は俺の天下だ。
さて、エプロン姿の美少女二人にどんな事を命令しようか。
P「じゃあまず……本棚の整理と掃除からかな」
まゆ「お任せ下さい」
美穂「後は、お客さんが来たら接客すればいいんですよね?」
P「あぁ、多分ゴールデンウィークだしそんなに来ないと思うけど。分からない事があれば何でも聞いてくれ」
まゆ「Pさんの性癖について……!」
P「教えるかどうかは質問次第だけどさ」
出来れば業務に関する質問をしてくれ。
それかせめてそういう質問は一対一の時に……ごほんっ。
51: 2018/02/15(木) 17:48:41.92 ID:aPTgmvRZO
美穂「せ、性癖って……」
まゆ「美穂ちゃんは気になりませんかぁ?!」
美穂「す、凄いテンションだね……気になるけど……」
気になるのか。
出来ればそういうプライベート中のプライベートな話題を話したくはないんだけど。
まゆ「さぁPさん、二対一でまゆ達の勝ちですよぉ」
P「よかったな、まゆ」
まゆ「ふふっ、褒められちゃいましたぁ」
P「さ、本棚の掃除を頼むぞ」
まゆ「はぁい、ピッカピカにしてみますよぉ!」
美穂「……まゆちゃん、なんであんなにテンション高いんですか?」
P「さぁ……」
美穂「……あ、その……エプロン、似合ってますか?」
P「うん、めちゃくちゃ可愛い」
思わず口にしてしまった。
言ってから気付いて、二人して顔を赤くする。
美穂「……え、えっと……ありがとうございます」
P「……あー……うん。どういたしまして?」
まゆ「Pさぁん!まゆもエプロンですよぉ!」
美穂「わたしは人間です」
P「まゆはエプロンだったのか」
まゆ「そういう意味じゃ無いんですけどねぇ……」
P「冗談だって。とっても可愛いよ」
もうだいぶ見慣れたけど、それでも可愛い事に変わりはない。
エプロン姿で可愛らしいポーズをとるまゆは、なんだか新婚特集の1ページの様に素敵だった。
それから二人は、父さんから送られて来た本を並べてゆく。
俺も片腕で出来る限り掃除をして。
その間、特に会話は無かったけど。
真剣に取り組む二人の横顔を眺めていたら、時間はあっという間だった。
52: 2018/02/15(木) 17:49:47.43 ID:aPTgmvRZO
ガラガラ
店のドアが開く。
美穂「い、いらっしゃいませっ!」
まゆ「いらっしゃいませ」
加蓮「どーも、鷺沢ー?……あれ?」
まゆ「出口は真後ろですよぉ」
P「ん、加蓮じゃん。どうかしたのか?」
今日一人目の客は、クラスメイトの加蓮だった。
加蓮「アンタが言ってくれたんじゃん。『なんか読みたくなったら来てくれよ』って」
P「そういやそうだったな。何かお目当はあるか?」
加蓮「別に。てきとーに眺めてから考えよっかな」
美穂「ご、ごゆっくりどうぞ!」
加蓮「……そう言えば、なんで美穂がいるの?もしかして二人は同棲してたりする……?」
美穂「まっ、まだ同棲なんて!わたしは今日からアルバイトで……」
真っ赤に首をブンブン振る美穂。
……可愛いな。
まゆ「まゆも居るんですけどねぇ」
加蓮「ごめん、気付こうとしなかった」
P「まゆー、そんなんでも一応お客様だから。神様の様に敬い崇めらなきゃダメだぞ」
加蓮「そんなんって何?で、なんで二人はこんな場所にいるの?」
P「こんな場所ってなんだよ……」
加蓮「店入った時メイド喫茶かと思ったんだけど」
P「行った事あるのか?」
加蓮「無いけど。鷺沢は?」
P「俺も無い。一回は行ってみたいな」
53: 2018/02/15(木) 17:50:26.74 ID:aPTgmvRZO
まゆ「……Pさん?」
P「冗談です、はい」
美穂「温泉旅行に行く事になって、その分を稼ぐ為に雇って貰ったんです」
加蓮「……ふーん、温泉旅行ね。そっか、やっぱり仲良いんだね」
まゆ「まゆもご一緒するんですよぉ」
加蓮「やっぱり仲良く無さそう」
まゆ「あの」
P「加蓮も行きたかったか?」
加蓮「ううん、私はいいや。邪魔しちゃ悪いし」
美穂「代金も高校生がポンと払うには、少し高過ぎましたしね」
加蓮「で、何か鷺沢のオススメとかないの?」
P「そこに漢検六級の過去問ならあるぞ」
加蓮「馬鹿にしてんの?!四級くらいまでなら余裕なんだけど!」
中学校卒業時点で三級は取れる筈なんだけどな。
美穂「Pくん、この本って何処に並べればいいですか?」
P「その本なら向こうのカートに積んどいて大丈夫なやつだ」
美穂「あ、ゆっくり見ていって下さいね。加蓮ちゃん」
まゆ「出口ならいつでも用意してありますよぉ」
P「適当に見てってくれよ。色々あるからさ」
加蓮「ポテトとコーラは無いの?」
P「アメリカにならあるんじゃないか?」
少なくともうちにはない。
古書店を何だと思っているんだ。
54: 2018/02/15(木) 17:50:58.76 ID:aPTgmvRZO
ガラガラ
再び扉が開いて、二人目の客が入って来た。
美穂「いらっしゃいませっ!!」
まゆ「おかえりなさいませ、お嬢様」
加蓮「やっぱりメイド喫茶じゃん」
李衣菜「やっほー。どう?美穂ちゃん、まゆちゃん」
P「ん、李衣菜か。出口なら丁度李衣菜の後ろだぞ」
李衣菜「むっ、いいの?P。大切なお客様にそんな事言っちゃって」
美穂「自分の胸に手を当てて考えてみて下さいっ!」
李衣菜「美穂ちゃん……」
P「お前がこの店で本買ってった事無いだろう」
李衣菜「残念でした、今日はちゃんと買いに来たんだけどなー」
P「いらっしゃいませお客様、どうぞごゆるりと……」
美穂「あちらの本棚が漢検七級コーナーになっておりますっ!」
李衣菜「馬鹿にしてるの?私一応高校生だから三級くらいまでなら余裕なんだけど!」
加蓮「え、李衣菜三級取れるの?」
李衣菜「加蓮ちゃんが私をどう思ってるかは分かったよ、うん」
まゆ「李衣菜ちゃん、確か準二級は取ってますよね?」
李衣菜「今取れるかって言われると微妙だけどね」
まぁ、李衣菜って見た目アホっぽいしな。
李衣菜「……ん?なんで加蓮ちゃんがこんな場所に居るの?」
こんな場所、って……
ほんと、お前らはうちを何だと思ってるんだ。
李衣菜「メイド喫茶でしょ?」
P「実際今はそんな感じあるよな」
美少女二人がエプロンで接客とか。
俺も接客されたいなぁ!給仕されたいなぁ!奉仕されたいなぁ!
……ここ数日、実際まゆにして貰っていたか。
55: 2018/02/15(木) 17:51:32.64 ID:aPTgmvRZO
李衣菜「せっかくだし、私もエプロン着てあげよっか?」
加蓮「四人で集合写真でも撮る?」
P「お客様にそんな事はさせられないよ。っていうかうち古書店だから。本買え本」
加蓮「Aランチ一つ、ドリンクはオレンジジュースで」
P「はーい、駅前のハンバーガーショップでの注文とお支払いとお渡しになっております」
美穂「Pくん、ちょっと手が届かないので手伝って貰えますか?」
P「ん、あいよー」
李衣菜「頑張ってるじゃん、美穂ちゃん」
まゆ「一生懸命ですねぇ」
加蓮「まゆは美穂の足引っ張ったりしてない?」
まゆ「……そんな事はありませんよぉ?」
李衣菜「にしても、温泉旅館だっけ?私も誘ってくれれば良かったのに」
P「悪いな、割引券が四人分しかなくてさ」
李衣菜「私は別に、割引とか無くても行けるからさ」
美穂「……はぁ」
P「……はぁ」
まゆ「……はぁ」
李衣菜「な、なに?」
まゆ「ブルジョワジーですねぇ」
美穂「札束のお風呂で溺れないように気を付けて下さいね?」
李衣菜「裕福な家庭でごめんあそばせ?」
56: 2018/02/15(木) 17:52:00.27 ID:aPTgmvRZO
加蓮「じゃあ李衣菜、私達もどっか遊びに行かない?」
李衣菜「ん、いいよ。何処がいい?」
加蓮「ポテトのテーマパークとか無いの?」
李衣菜「ある訳無いでしょ」
加蓮「にしても美穂、最初は二人っきりで行くのかと思ってたけど」
美穂「ふっ、二人きりなんて……っ!本当はそっちの方が良かったですけど!」
まゆ「あのぉ」
美穂「本当は二人っきりで温泉に入って距離を縮めたり、夜はお布団が一組しかなくて二人でアタフタしたかったですけどっ!」
李衣菜「……わぁお」
P「……美穂、ちょっと恥ずかしいから……落ち着け……」
美穂「……っ!……きょ、今日はとっても良い天気ですねっ!」
P「あぁあ!めっちゃ空だな!」
李衣菜「外曇ってたよ?」
なんでこんな日に晴れて無いんだよ。
天気運無さすぎるだろ俺。
P「にしても、そろそろお腹空いてきたな」
まゆ「でしたら、まゆが四人分ご用意しますよぉ」
加蓮「自分の分は作らないの?」
まゆ「加蓮ちゃんの分を作らないんですよぉ?」
P「ん、じゃあ店誰も居ないのはマズいし俺は後でで良いよ」
まゆ「ダメです、Pさんはまゆのお世話無しには生きていけないんですから」
まるで俺がダメ人間みたいじゃないか。
まゆ「ですから、その間は加蓮ちゃんに店番をお願いしませんか?」
加蓮「ふざけてんの?」
まゆ「ふざけてましたねぇ、加蓮ちゃんに店番なんて到底不可能でしょうから」
加蓮「は?そこまで言うならやってみせるけど?」
まゆ「ちょろい女ですねぇ……」
57: 2018/02/15(木) 17:52:27.56 ID:aPTgmvRZO
まゆ「はぁい、出来ましたよぉ。手が空いてる人は運ぶの手伝って下さい」
加蓮「でさー、アイツめっちゃくちゃ私の事馬鹿にしてくるし」
美穂「真面目な時でもふざけずにはいられないんでしょうね」
李衣菜「メンタル味噌田楽だからね。あ、まゆちゃん手伝うよ」
美穂「その例えはちょっとよく分からないけど……」
加蓮「『歓迎会はナンでしてほしいのか?』ってさ。そんな訳ないでしょ!インド人か私は!!」
李衣菜「あ、あと誤魔化すの下手だし」
加蓮「ナンよりポテトに決まってるじゃん!」
美穂「加蓮ちゃんにとって、ポテトは炭水化物カーストのバラモンなんですね」
加蓮「だからなんでインドなの?!」
まゆ「お昼ご飯、加蓮ちゃんの分はレトルトカレーですよぉ」
加蓮「此処はインドか!」
ワイワイとリビングの方から聞こえてくる会話をBGMに、俺は一人でレジに座って本を読んでいた。
なんだか俺が物凄く馬鹿にされているような気もするが、きっと気のせいだろう。
……腹減ったなぁ。
空腹が控訴し続けて来て読書に全く集中出来やしない。
P「……暇」
結局、加蓮に店番を頼む訳にもいかなくて俺が店番をする事になった。
まぁ、誰も来ないけど。
ゴールデンウィークにわざわざいつでも来れる古書店に来る人なんてそんなにいないだろうからなぁ。
58: 2018/02/15(木) 17:53:00.01 ID:aPTgmvRZO
ガラガラ
店の扉が開いた。
いた、来る人いたよ李衣菜と加蓮以外にも。
智絵里「えっと……こんにちは。鷺沢くんはいますか……?」
P「お、よう智絵里」
智絵里「あ、Pくん……!」
ぱぁぁっ、と笑顔になる智絵里。
P「何か欲しい本でもあったのか?」
智絵里「えっと……その、Pくんに会いに来ただけで……」
そうか……うち、古書店なんだけどな……
まゆ「お客様ですかぁ?」
智絵里「……あれ?まゆちゃん?」
まゆ「いらっしゃいませ、智絵里ちゃん」
P「あ、今みんな来てるんだよ」
まゆ「まゆと美穂ちゃんはアルバイトですよぉ」
P「お昼食べてくか?」
智絵里「いえ……わたしは食べて来ましたから」
まゆ「まゆと美穂ちゃんはもうすぐ食べ終わるので、もう少し待っていて下さね、Pさん」
P「あいよー」
まゆがリビングへと戻って行った。
59: 2018/02/15(木) 17:53:41.08 ID:aPTgmvRZO
智絵里「……ねえ、Pくん」
P「ん?なんだ?」
智絵里「……ありがとうございました。あの時……わたしと、友達でいたいって言ってくれて……」
P「……本心だから。嫌われるのが怖かったのもある。でも、智絵里と遊びに行ったり鍋したり、楽しかったからさ」
俺も友達が少ないから、友達を失いたくないって気持ちが無かった訳じゃないけど。
それ以上に、こんなにも優しい子とこれからも友達でいたい、と。
本気で、そう思ったから。
智絵里「……そう言ってくれて、嬉しいな……わたしも、Pくんは大切なお友達ですから」
P「こっちこそ、ありがとう」
智絵里「それで……Pくんは、告白したんですか?」
P「いや、まだだ。ちょっと色々あってさ、きちんと伝えるのは怪我が治ってからにしようと思って」
智絵里「……頑張って下さね、Pくん」
P「あぁ、頑張る」
……強いな、智絵里は。
まゆ「お待たせしました」
美穂「お待たせしましたPくん。いらっしゃい、智絵里ちゃん」
智絵里「こんにちは、美穂ちゃん」
李衣菜「やっほー智絵里ちゃん」
加蓮「あ、智絵里じゃん。私帰ろっかな」
智絵里「……逃げですか?適切な判断ですね」
加蓮「は?戦闘続行だし」
李衣菜「二人は何を戦ってるの?」
P「それじゃ、俺もちゃっちゃと食べてくるから」
美穂も戻って来た事だし、俺もお昼ご飯を済ませよう。
リビングのテーブルには、美味しそうな料理がずらり。
その全てが、箸で掴みやすく軽いものばかりで。
P「ありがとな、まゆ」
まゆ「お安い御用ですよぉ」
P「よし、頂きます」
60: 2018/02/15(木) 17:54:09.91 ID:aPTgmvRZO
ここ数日で、ある程度左手の食事も慣れてきた。
為せばわりとなんとか成るものだ、両利きに成る日も近い。
P「うん、美味しい」
まゆ「ふふ、良かったです」
P「俺も右腕がある程度治り始めたら、リハビリがてら色々作るかな」
まゆ「まゆに任せてくれてもいいんですよぉ?」
P「ずっと任せっぱなしって訳にもいかないさ。申し訳ないからな」
まゆ「大丈夫ですよ、まゆはとっても幸せですから」
P「そうなのか?」
まゆ「好きな人にご飯を作ってあげられるのって、とっても嬉しい事なんですよ?」
P「……ありがとう、まゆ」
まゆ「……失言だったかもしれませんねぇ」
お互いに顔が赤くなる。
まゆ「それで……智絵里ちゃんとは、何をお話ししていたんですか?」
P「んー……他愛の無い世間話かな」
まゆ「本当ですかぁ?」
P「俺は嘘をついた事が無い男だぞ?」
まゆ「バレバレな嘘ですねぇ」
P「じゃあ俺は嘘つきだ」
まゆ「パラドックスじゃないですかぁ……」
P「っと、ご馳走様」
まゆ「お粗末様でした。片付けはまゆがやっておきますから、Pさんはお店の方に行ってて下さい」
P「おう。ありがとう、まゆ」
店の方へ行くと、四人がワイワイ騒いでいた。
ここが本屋なの、完全に頭から抜け落ちてるんだろうな。
61: 2018/02/15(木) 17:54:40.57 ID:aPTgmvRZO
P「……さて、そろそろ夕方だし店閉めるか。これ以上開けといても誰も来ないだろ」
既に三人は帰り、店はかなり静かになっていた。
あの調子だと、明日も明後日も暇さえあれば入り浸りに来そうな勢いだ。
美穂「そもそもゴールデンウィークですからね。あんまりお客さんが来ないのは仕方ないと思います」
まゆ「ですねぇ。来ても一時間に一人か二人といったくらいでしたし」
店のシャッターを閉めて、本日の業務を終える。
美穂は既にエプロンを外していた。
……まぁ明日も見れるしいいか。
P「お疲れ様、美穂、まゆ。どうだった?」
美穂「えっと、緊張して上手く接客出来たか分からないですけど……でも、とっても貴重な経験になったと思います」
まゆ「とっても楽しかったです。明日はもっと完璧なまゆですよぉ」
P「そっか、特に大変な事が無かったなら良かった。美穂、夕飯はどうする?」
美穂「えっと……寮の門限もあるので、わたしはそろそろ帰ろっかな」
P「ん?まだあと二時間以上あるよな?」
美穂「買い物もしなきゃいけないですから」
P「そっか、なら送ってくよ。ついでに俺も食材買いに行こうかな」
まゆ「でしたら、まゆは夕ご飯を作って待ってますよぉ」
P「ありがと、まゆ。それじゃ行ってくるから」
美穂「また明日ね、まゆちゃん」
まゆ「はい。お疲れ様でした、美穂ちゃん」
外へ出ると、やっぱりまだ寒かった。
もうすぐ五月だと言うのに、夜の風は刺す様に痛い。
手袋とか着けてくれば良かったな。
62: 2018/02/15(木) 17:55:36.93 ID:aPTgmvRZO
P「今日は本当にお疲れ様。明日もまた頼むぞ」
美穂「わたしなんて、そんなに大した事が出来る訳じゃないけど……」
P「実際凄く助かるよ。ほら、俺が今全然何も出来ないからさ」
美穂「……ねえ、Pくん」
P「ん?なんだ?」
美穂「……早く、怪我が治ると良いですね」
P「あぁ、そうだな。さっさと治さないと、色んな人に迷惑掛けちゃうから」
美穂「……もう。そういう意味じゃありません」
P「ん……?」
美穂「あ、えええっと!早く怪我が治るといいなっていうのは本当です!あの、そうじゃなくって……」
後半、美穂の言葉ば消えそうな程小さくなっていった。
……あぁ、もしかしたら。
美穂も、聞いてしまったのかもしれない。
美穂「……まゆちゃんに、想いを伝えられますから」
P「……美穂……」
美穂「……ですよね?」
P「……あぁ」
冷たい風が夜を吹き抜ける。
美穂の声は、ギリギリ聞き取れるくらいだった。
美穂「もっとPくんの側に、もっと近くにいられたら。それは、とっても幸せな事です。でも……もし、Pくんの側にいられなくなったら……それは、わたしにとって凄く辛い事なんです」
消え入りそうな、泣き出しそうな声。
美穂にそんな思いをさせてしまった事が、本当に辛くて。
P「俺も、そうだな……美穂と一緒に遊んだり、こうして楽しく過ごせなくなるのは……いやだな」
俺も、そう思っているという事を。
美穂に、伝えた。
美穂「お揃いですね」
P「だな」
美穂「うーん……やっぱり、まだ治らないで欲しいかな」
P「酷いなぁ」
美穂「ふふっ、冗談です。でも……」
美穂が、一歩俺の方へと近付いて来て。
頬に、軽く口付けをされた。
美穂「それまでに……わたしの方に、振り向かせちゃいますから」
P「……美穂」
美穂「今日はお疲れ様でした。また明日からも、よろしくお願いしますねっ!」
そのまま、走って去って行った。
俺はその場で立ち尽くして。
美穂を追いかける事も、買い物を済ませる事も出来なかった。
63: 2018/02/15(木) 17:56:26.81 ID:aPTgmvRZO
P「ただいま、まゆ」
まゆ「お帰りなさい、Pさん」
店に戻ると、まゆが夕飯を作っていた。
まゆ「ごめんなさい、Pさん。本の片付けをしてたので、まだお夕飯が出来てないんです」
P「悪いな、やってもらっちゃって。俺も手伝うよ」
まゆ「いえ、大丈夫です。Pさんは座って待っていて下さい」
ピロンッ
P「ん……?」
文香姉さんから連絡が来ていた。
スマホを開くと、画像が貼ってある。
エッフェル塔を背景に、金髪美人と二人で変なポーズをしていた。
P「……はぁ」
『プリキュアごっこ?』
『P君が、夜一人で寂しがっている頃かなと思いまして』
『まだまゆが居るよ』
『寮の門限までに、きちんと送ってあげて下さいね』
『分かってるって』
『お土産はどれがいいですか?』
『選択肢どこにあるの?』
『あ、冷蔵庫のプリンは食べないで下さい。食べたら補充しておくように』
……楽しそうで何よりだ。
まゆ「文香さんですか?」
P「あぁ、向こうも楽しんでるっぽいな」
まゆ「その分、まゆ達も楽しまないといけませんねぇ」
P「そうだな……そうなのか?」
それから、夕飯を食べ終えて。
片付けまでしてもらっちゃって、まゆを寮まで送って。
買い物を終えてようやく帰宅した頃には、かなり遅い時間になっていた。
P「ふぅ……」
シャワーを浴びてベッドに寝っ転がる。
騒がしかった一日目が、ようやく終わった。
日中が騒がし過ぎたせいか、一人きりになるとなんだか寂しく感じる。
早く、明日にならないかな。
P「……あぁ」
美穂の言葉を思い出してしまった。
頬にキスされた感覚は、未だに鮮明に思い出せる。
俺は、それでもまゆを選ぶつもりでいるからこそ。
きちんと真正面から断らなければならないのが。
また智絵里の時の様な思いをしなければならないのが。
とても、苦しかった。
64: 2018/02/16(金) 20:38:49.71 ID:PtoEs5l1O
次の日も、また次の日も、そのまた次の日も。
本を並べたり、接客したり。
冷やかしに来た李衣菜と喋ったり、冷やかしに来た加蓮と喋ったり。
きちんと本を買いに来てくれた智絵里と喋ったり。
騒がしくも楽しい生活を送って。
まゆ「Pさん、美穂ちゃん。そろそろお昼にしませんか?」
P「ん、もうそんな時間か」
まゆ「用意が出来たらお呼びしますよぉ」
P「ありがとな、まゆ」
なんだかもう、朝から晩までまゆが居るのが当たり前な生活になっていて。
これからも、まゆに側に居て欲しくて。
……だからこそ。
美穂「お仕事楽しいですね、Pくん!」
P「あぁ、普段文香姉さんの手伝いしてる時はそんな事感じた事もなかったよ」
美穂「わたしと一緒だからですよね?な、なんて……」
P「……そうかもしれないな」
美穂「……えへへ……」
より一層に、より深く。
この四日間頑張ってくれて。
こんなにも幸せそうな美穂を振らなきゃいけないのが、苦しかった。
まゆ「お昼ご飯、出来ましたよぉ」
P「んじゃ、美穂先に食べてきちゃえよ」
美穂「それじゃ、お言葉に甘えさせて貰いますね?」
二人がリビングに行くと、店は一気に静かになる。
騒がしい時は騒がし過ぎる分、静かな時はいつも以上に静かに感じた。
美穂「きゃ!胡椒かけ過ぎちゃった……!」
まゆ「Pさんの分の方に少し移しておきましょう」
静かじゃ無かった。リビングの方から騒がしさが伝わってくる。
……なんか、良いなぁ。
こうやって何もせず、楽しそうな声を聞いてるの。
65: 2018/02/16(金) 20:39:16.50 ID:PtoEs5l1O
ガラガラ
李衣菜「はろーP」
P「ん、よう李衣菜。四日連続皆勤賞だな」
李衣菜「景品とかあったりしないの?」
P「よっぽど暇なんだろうな、俺からの憐れむ視線をプレゼントしよう」
李衣菜「わざわざ貴重な時間を割いて来てあげてるとは考えないの?」
P「その相手は美穂とまゆだろ?」
李衣菜「分かってるじゃん」
P「分かるわ、何年付き合ってると思ってるんだよ」
李衣菜「何年だっけ?」
P「長年」
李衣菜「アバウト過ぎない?」
わざわざ数えるのもアホらしいだろ。
小中高で八年弱とかそのくらいだよ多分。
P「で、美穂とまゆはお昼食べてるけど」
李衣菜「ん、いいや。私この後加蓮ちゃんと遊びに行くし」
P「どこ行くんだ?」
李衣菜「決めてないよ。取り敢えず駅前行って、そこから考える」
P「いいなそういうの。なんか暇な高校生って感じがする」
李衣菜「高校生だよ?」
P「そうだったな」
李衣菜「ちゃんと分かってる?」
P「今気付いたわ」
李衣菜「ひっどいなぁ……それじゃ、私は行くから」
P「じゃあな。また明日学校で」
李衣菜「じゃあねー」
66: 2018/02/16(金) 20:39:47.47 ID:PtoEs5l1O
文香「……ふぅ……私が不在の間、色々とありがとうございました。そちらは、どうでしたか?」
文香姉さんが旅行から戻って来た。
思い返すと、なんだか本当に一瞬だった気がする。
美穂「特に困る事はありませんでした。ずっと、Pくんが側に居てくれましたから」
まゆ「完璧なサービスを提供出来たと自負していますよぉ」
文香「……そうですか、それなら良かったです」
P「俺は本読んでただけだけどな」
美穂「それでも、とっても安心出来ましたから」
文香「さて……まず、美穂さんにお土産を渡そうと思います」
そう言って文香姉さんは、キーホルダーを取り出した。
キーホルダーには『恋愛成就』と書いてある。
日本語で。
美穂「えっと……ありがとうございます」
まゆ「……パリ旅行ですよね?」
文香「フランス語よりも、日本語の方が馴染みが深いと思いまして……」
そういう問題じゃ無い気がする。
文香「佐久間さんには……はい、こちらです」
次に取り出されたのは、塔のストラップだった。
P「エッフェル塔か?」
文香「スカイツリーです」
まゆ「ありがとうございます……なんでフランスに売ってたんですかねぇ」
文香「分かりませんが、こちらもエッフェル塔よりは馴染みがあると思いまして……」
旅行のお土産を馴染み深さで選ぶな。
お土産選ぶの下手か。
67: 2018/02/16(金) 20:40:17.65 ID:PtoEs5l1O
P「姉さん、俺にはお土産は無いの?」
文香「ご安心下さい……もちろん、用意してありますから」
そう言って文香姉さんは、別のキーホルダーを取り出した。
木彫りで『友達沢山』と彫られている。
P「……ありがとう姉さん。心遣いがすげー痛い」
鋭い角度で抉られた。さすが木彫りだ。
文香「ふふっ……冗談です。きちんと用意してありますよ」
再度文香姉さんは鞄から、何かを取り出した。
美穂「これは……石鹸ですか?」
文香「はい、マルセイユ石鹸です……オリーブオイルから作られているので、どんな肌の方でも使い易いのが特徴ですね」
美穂「わぁ……ありがとうございます!」
文香「さて、佐久間さんにはこちらを……」
文香姉さんが取り出したのは、フレーバーティーだった。
文香「向こうで頂いた紅茶が……とても、良い香りだったので」
まゆ「ふふ、ありがとうございます」
P「で、俺には?」
文香「もう渡してありますよね?」
P「あ、俺のは冗談ではないと」
文香「なんて、それも冗談です。ご存知でしたか?孔明の罠は隙を生じぬ二段構えなんですよ……?」
いや、お土産に孔明の罠は必要無い。
文香「はい、日本茶です。向こうに専門店が出るほど、流行っているんですよ?」
P「日本でも普通に流通してるから」
……なんだろう。
文香姉さんがこんな冗談を連発するくらいには、旅行が楽しかったという事だろう。
それならまぁ、いいか。
P「まぁ、姉さんが何事もなく帰ってこれて良かったよ。あと美穂もまゆも、四日間ありがとな」
まゆ「ふふ、とっても楽しかったですよ」
美穂「また機会があれば、声を掛けて下さいね?」
68: 2018/02/16(金) 20:40:44.83 ID:PtoEs5l1O
ちひろ「さてみなさん。五月と言えば……何だか分かりますか?」
ゴールデンウィーク前半明けの火曜日の朝。
アバウト過ぎて意味がわからないHR。
千川先生が、ノリノリで教卓に立っていた。
ちひろ「はい、そうですね。六月の修学旅行です!」
五月じゃないじゃないですか。
ちひろ「一応五月末に中間テストもありますが……修学旅行と言えば青春を象徴するイベントですからね。まぁこの学校は殆ど女子しかいませんが、おかげで先生的には非常に安心できる訳です」
……何も言わないでおこう。
ちひろ「そして、気になる行動班及び生活班ですが……」
出席番号順とかだろうか。
せめて夜は他のクラスの男子と一緒だといいなぁ。
ちひろ「……自由とします!仲の良い子同士で三人組を組んで下さい!」
美穂「Pくん、一緒に行動しませんか?」
P「もちろん構わないぞ」
これで二人。
あと一人はまゆを誘いたいな。
美穂「加蓮ちゃんもどうですか?」
加蓮「え、私?もちろんオッケーだよ」
班が決まってしまった。
ちひろ「それと鷺沢君ですが、部屋は一人部屋になっています」
……夜寂し過ぎませんかね。
まぁ、行動班同じじゃなくたって一緒に行動出来ない訳じゃないか。
どのみち夜は一人らしいし。
いや女子と同じ部屋の方がマズイか。
69: 2018/02/16(金) 20:42:28.32 ID:PtoEs5l1O
ちひろ「カヌーのペアも自由で良かったのですが、そちらはクジ引きで決めさせて頂きました」
美穂「よろしくお願いしますね、Pくん!」
加蓮「よろしくねー鷺沢」
P「あぁ、よろしくな。あと先生の話聞こうぜ」
ちひろ「ごほんっ!!煩いですよ、鷺沢君。スケジュールや持ち物に関しては今からしおりを配布します。あと沖縄とは言え六月なので、海で泳ぐ事は出来ません」
それでは、と言って千川先生が教室を出て行った。
李衣菜「智絵里ちゃん、まゆちゃん。一緒に班組まない?」
まゆ「断りませんよぉ」
智絵里「……ばっちこい、です」
李衣菜「二人とも何キャラなの?」
クラスメイト全員が席を立って、思い思いのトークを始める。
かく言う俺も、めちゃくちゃ楽しみでテンションはかなり高い。
P「そう言えば、カヌーのペア誰だろ」
美穂「折角なら、そっちも自由が良かったのにな」
まゆ「まゆは引き当ててみせますよぉ、Pさんという運命を……っ!」
智絵里「四つ葉のクローバーさん……わたしの願い、叶えて下さい……!」
P「あ、俺加蓮とペアじゃん」
加蓮「ん、ほんとだ。よろしくね鷺沢。まゆは残念だったね、運命に見放されて」
智絵里「……」
李衣菜「智絵里ちゃん……無表情で四つ葉を零つ葉にしようとしないであげて……?」
美穂「…………」
P「おい美穂、勝手に横線引いて自分の名前を書くんじゃない」
美穂「…………」
P「更に傘書いて相合傘にしない」
まゆ「…………」
加蓮「ねぇまゆ、私の名前の上に諸事情により欠席って書くのやめない?」
まゆ「運命は自分の手で書き換えるものなんですよぉ」
加蓮「頭大丈夫?ポテト足りてる?」
まゆ「加蓮ちゃんは知性が足りてませんねぇ」
加蓮「は?」
まゆ「何か?」
70: 2018/02/16(金) 20:43:21.90 ID:PtoEs5l1O
加蓮「ねぇ鷺沢、私たちのカヌーに名前つけてあげよ?」
P「ペットかよ」
まゆ「馬鹿馬鹿しいですねぇ……あ、タイタニックなんでどうですかぁ?」
李衣菜「沈むじゃん」
智絵里「……きちんと、沈めてあげないといけませんね」
加蓮「智絵里ごときが私達のタイタニック号に追い付けると思ってるの?」
智絵里「沈没速度では勝てそうに無いけど……」
まゆ「川底とキスさせてあげますよぉ」
加蓮「いけそう?鷺沢。二対一だけど」
P「お前らはマングローブカヤックを何だと思ってるんだよ」
智絵里「あ……わたし、美穂ちゃんとです」
美穂「ほんと?よろしくお願いしますねっ!」
智絵里「はっ、はい……!」
李衣菜「ん、私まゆちゃんとじゃん」
まゆ「こうなったら、コーナーで差をつけて一位を目指しますよぉ!」
P「マングローブカヤックなんだからのんびり遊覧しろよ……」
71: 2018/02/16(金) 20:43:48.08 ID:PtoEs5l1O
李衣菜「にしても、折角の沖縄なのに泳げないんだね」
まゆ「まゆの悩殺水着アタックは使えそうにありませんねぇ」
加蓮「悩殺……ふっ」
まゆ「元から脳が溶けてる加蓮ちゃんには、少し難しい日本語だったでしょうか?」
加蓮「アタックは英語だよ。あ、英語って知ってる?」
まゆ「存じ上げておりますが。揚げ足取りは楽しいですか?楽しいんでしょうね」
仲良いなぁ、見ててこっちまで楽しくなってくる。
ほんと、いつの間にそんなに仲良くなったんだろう。
友達作りのコツを教えて貰いたいものだ。
美穂「水着……」
智絵里「悩殺……ちょ、チョップです……っ!」
李衣菜「ま、夏にでもみんなでプールに行こっか」
P「いいな、めっちゃ行きたい」
確かあの遊園地、夏場はプールもやってるし。
……あの遊園地の事だから、ウォータースライダーとか流れるプールもエグいんだろうな。
李衣菜「ま、また今度予定立てればいっか」
そんなこんなであっという間に過ぎ去った休み時間。
当然ながら一時間目はみんな修学旅行トークで盛り上がり、先生がずっと苦笑していた。
75: 2018/02/19(月) 17:47:04.00 ID:sP1dYhwGO
P「うぉー!着いたぁ!!」
まゆ「ここが温泉街ですか。とても良い雰囲気ですねぇ」
美穂「あっちこっちから湯気が昇ってますね」
文香「……ふぅ……元気ですね、皆さん……」
五月最初の土曜、こどもの日。俺達四人は温泉旅行に来ていた。
長い電車の移動に文香姉さんはグロッキーになっているが、どうせすぐに温泉饅頭や温泉卵を見て回復するだろう。
まゆ「まずは、チェックインをして荷物を置いちゃいましょうか」
P「そうだな。出来るだけ身軽になってから色々巡りたいし」
美穂「えっと、バスで十七分くらいだそうです」
バスに乗って旅館に向かう。
どんどん窓から見える光景が変わり、緑が増えてゆく。
テンションあがる。めっちゃ上がる。
美穂「わぁ……素敵な旅館ですねっ!」
ついに姿を現した旅館は、とても旅館だった。
イメージ画像に違わぬイメージ通りの和風な旅館。
緑と川に囲まれて、とてもリラックス出来そうだ。
チェックインを済ませて、俺と文香姉さん、美穂とまゆでそれぞれ部屋へ入る。
文香「……ふぅ、ひと段落ですね」
P「こう、走り回りたくなる部屋してるな」
十二畳の和室に露天風呂。テンションが上がらない訳がない。
ついつい手荷物をセキュリティーボックスにしまってみたりする。
まゆ「広くて素敵な旅館ですねぇ」
美穂「凄いですね!働いた甲斐がありました!」
まゆ「ふふっ、温泉も楽しみです」
美穂とまゆもこっちの部屋に入って来た。
やっぱりとてもテンションが高い。
76: 2018/02/19(月) 17:47:30.72 ID:sP1dYhwGO
P「どうする?少しこの辺り散策するか?」
文香「私は……しばらく、休憩してから一人で散歩でも……」
美穂「お昼ご飯、食べに行きませんか?」
文香「何してるんですかP君。早く行きますよ」
四人で財布とスマホだけ持って旅館を出る。
道なんて全く分からないが、取り敢えず行き当たりばったりに歩き出した。
まゆ「向こうに足湯もあるみたいですよぉ」
文香「……お昼を食べ終えたら、少し浸かりましょう」
美穂「何にしますか?この辺りは海産物も新鮮みたいです」
文香「それにしましょう。海鮮丼にしましょう」
P「姉さん……」
少し歩いた後、適当な店に入る。
折角こういう場所に来たんだから、少しくらい財布の紐が緩くてもいいだろう。
P「俺は海鮮丼で」
文香「同じく」
まゆ「まゆもです」
美穂「わ、わたしもですっ!」
海鮮丼を四つ注文し、その間にこの辺りに何があるかを調べる。
P「足湯、温泉、温泉、旅館、温泉、旅館……温泉街かよ」
美穂「温泉街ですよ?」
まゆ「旅館のだけでなく、色々な温泉を楽しみたいですねぇ」
P「だな、滅多に来れないし」
海鮮丼は、凄く美味しかった。
77: 2018/02/19(月) 17:47:56.77 ID:sP1dYhwGO
その後は適当にぶらついて、足湯に入ったり温泉卵を食べたり。
李衣菜や加蓮や智絵里へのお土産を選んで。
街を満喫していたら、いつの間にか日は暮れていた。
P「ふぅ……さて」
文香「いよいよ、ですね……」
美穂「待ちに待った温泉タイム……っ!」
まゆ「Pさぁん、一緒に入りませんかぁ?」
P「ダメだろ……夕飯は懐石コースらしいけど、食べられるかな」
食べ歩きしていたせいで、そこまでお腹は空いていない。
文香「ふっ……何を心配しているんですか、P君」
あぁ、うんそうだ。文香姉さんいるから大丈夫だ。
まゆ「折角ですから、同じ部屋で食べたいですねぇ」
美穂「宿の人に頼んで、片方の部屋に運んで貰いませんか?」
文香「ふふっ、とても素敵な提案だと思います」
P「それじゃ、俺大浴場の方行って来るわ」
それぞれ、着替えの浴衣を持って温泉へ向かう。
部屋の風呂は気が向いた時に入ればいいや。
それこそ文香姉さんが寝てからでいいだろう。
78: 2018/02/19(月) 17:49:18.29 ID:sP1dYhwGO
P「おぉお……」
温泉は、凄かった。
まず家の風呂とスケールが違う。
というかデカイだけでテンションが上がる。
更にそれでいて展望露天風呂な為、目の前には大自然。
眼下にせせらぎ、横に山々頭上に空。
空と木々が遮る物無く視界いっぱいに広がり、その時点でもうリラックス効果がある。
俺以外に客はいない為、実質貸切状態だ。
こんな贅沢を独り占め出来るなんて、人生でもそうそう無いんじゃないだろうか。
P「ふぅ…………」
身体を流して温泉に浸かると、思わず息が溢れた。
これが……温泉。
日々の疲れが溶けてゆく様な感覚だ。
360度、何処を眺めても癒しで溢れている。
骨折も一瞬で治っちゃうんじゃないだろうか。
P「うぉー…………」
……寂しいな。
こういう時、一緒に浸かる相手がいないのが悔やまれる。
俺以外全員女性だから当たり前だし、それ以前に男友達なんて……やめよう。
目を閉じて、全身で温泉の効能を堪能する。
疲れも悩みも、多分元からそんなに無いけど薄れていった。
違う、眠くて意識が薄れてただけだ。
79: 2018/02/19(月) 17:49:44.81 ID:sP1dYhwGO
P「……ふぅ」
悩みが無い訳ではなかった。
少しずつ回復に向かっている右腕を眺める。
早く、まゆに想いを伝えたい。
けれどそれは、美穂の想いを断るという事で。
P「……はぁ……」
ため息を吐いたところで、誰かがなんとかしてくれる訳じゃない。
悩んだところで、何かが解決する訳じゃない。
ならもう、真正面から。
想いのまま、思っている事を言うしかないんだ。
P「さてと、そろそろ上がるか」
身体を拭いて、浴衣に着替える。
帯の結び方が分からない、適当でいいか。
P「……ん?」
スマホを見れば、一件の通知。
送り主は……まゆか。
『よければ、少し歩いて涼みませんか?』
80: 2018/02/19(月) 17:50:10.15 ID:sP1dYhwGO
美穂「あれ?何処に行くんですか?Pくん」
廊下を歩いていると、浴衣姿の美穂と会った。
うん、とても可愛い。
どちらかと言えば綺麗の方が当てはまるかもしれない。
P「ん、ちょっと外で涼んで来る」
美穂「一人でですか?」
P「いや、まゆとだけど」
美穂「……そうですか。夕飯の時間までには戻って来て下さいね?」
P「了解」
そのまま美穂は、マッサージチェアの方に向かって行った。
さて、俺はさっさと外に出るか。
旅館の門を抜けると、まゆが浴衣姿で立っていた。
風呂上がりで少し火照った頬の笑顔を此方に向けるまゆに。
一瞬、完全に目を奪われてしまった。
まるで雑誌の1ページの様な、それほどまでに綺麗な姿だったから。
P「……浴衣姿、すっごく良いな」
まゆ「うふ、ありがとうございます」
P「んじゃ、少し歩くか」
人気のない林道を、まゆと二人で並んで歩く。
まだ五月頭、夜の風は少し冷たい。
P「あーでも湯冷めには気を付けないとな。寒くなる前には戻るぞ」
まゆ「はい。それにしても……とても静かですねぇ」
P「だな、いつもの街とは大違いだ」
木々の間を風が抜けてゆく。
俺達が黙れば、自然の音しか聞こえなくなる。
さく、さく。
枯葉の割れる音だけを響かせながら、俺たちはのんびりと歩いた。
81: 2018/02/19(月) 17:50:50.95 ID:sP1dYhwGO
まゆ「……腕の調子は、どうですか?」
P「良い感じ。もうギプス無くてもいいんじゃないかってくらいだ」
まゆ「温泉の効能ですかねぇ」
P「まゆのおかげだよ」
まゆ「まゆのせいですから」
P「そう悲しませない為にも、さっさと完治させないとな」
まゆ「左手の生活、不便ではありませんか?」
P「食事には困らないな。右腕も治れば両利きだぞ、まゆとお揃いだ」
まゆ「ふふ、そうですね」
P「ありがとな、まゆ」
まゆ「こちらこそ、ありがとうございました」
まゆにお礼を言われる様な事なんて、何もしていないのに。
そして、なんで。
まゆはそんなに、悲しそうな声を……
まゆ「この三週間、Pさんとずっと一緒に居られて……まゆは、とっても幸せでした」
P「なら良かった。俺も、まゆと一緒に過ごしててとっても楽しかったよ」
骨折して良かった、なんて言うつもりは無いけど。
原因は何であれ、どんな理由であれ、どんな関係であれ。
まゆがずっと側に居てくれた時間は、紛れもなく幸せな思い出だった。
82: 2018/02/19(月) 17:51:20.73 ID:sP1dYhwGO
まゆ「そうですか……それなら、まゆは幸せです」
P「あぁ。だから、さ」
右腕の骨折も、もう日常生活に支障は殆どない。
まゆが側に居る理由も、看護の為である必要が無い。
だったら、そろそろ。
俺の想いを、真正面から伝えて。
P「これからも……」
側に居て欲しい。
笑顔のまゆと、一緒に居たい。
そんな俺の言葉は、まゆに遮られた。
まゆ「まゆはもう、十分に幸せな思い出を作れましたから。思い出だけで、幸せになれます」
P「……思い出だけで……?」
まゆ「はい。だから……まゆは」
Pさんの事を、諦めます。
そう呟いたまゆの言葉は、静か過ぎる林のせいでよく聞こえて。
聞き間違いには、出来なくて。
P「……諦めます、って……」
まゆ「これ以上、まゆはPさんとの距離を縮めようとは思わない……そういう意味です」
P「……そっか」
まゆ「……はい」
P「……理由、聞いてもいいか?」
もし、俺が嫌われる様な事をしていたのだとしたら。
もし、俺が見放される様な事をしていたのだとしたら。
それは、きちんと謝りたい。
83: 2018/02/19(月) 17:51:55.00 ID:sP1dYhwGO
まゆ「……Pさんが、辛そうだったからです」
P「辛そう?骨折……じゃあ無いよな?」
まゆ「……智絵里ちゃんの告白を断った後のPさんは……とっても、辛そうでした」
P「……誤魔化すつもりはない。本当に、辛かった」
あの日俺は初めて、真正面に向けられた好意を真正面から好意を断った。
それは、思っていた以上に苦しいもので。
まゆ「今は……美穂ちゃんの事で、悩んでるんですよね?」
P「あぁ……だからって、自分の気持ちに嘘を吐く事はしたくない」
まゆ「……はい。ですから、まゆが諦めれば……美穂ちゃんの想いを断らず、嘘も吐かずに済みますよね?」
P「いや、それは違うだろ」
まゆ「なら、美穂ちゃんにハッキリと言えるんですか?また苦しい思いをするって分かっていて、それでも言えるんですか?」
P「…………」
ずっと悩んでいた、苦しんでいた理由の核心を突かれて。
俺は、何も言えなくなってしまった。
まゆ「……ごめんなさい。こないだ美穂ちゃんがPさんにキスをしていたの、見てしまったんです……」
あぁ、だから夕飯の準備が出来ていなかったのか。
まゆ「あんなに優しくて、可愛くて、素直な女の子を振るなんて……きっと、Pさんはとっても辛い思いをする筈です」
まゆ「美穂ちゃんと一緒にお仕事して、より一層強くそう感じました」
まゆ「まゆは……そんな辛そうな、苦しそうなPさんを……見たくはありませんから」
まゆ「それが全て、まゆのせいだなんて……そんなの……まゆ、自分を許せなくなっちゃう……」
まゆ「迷惑だけは絶対にかけたく無かったんです。それでも、まゆのせいでPさんは怪我をしてしまって……」
まゆ「……これ以上、まゆのせいでPさんを困らせたくないから……きっとこれが、正解なんだと思います」
P「そっか……」
まゆ「もし本当に……Pさんの想いのベクトルがまゆに向いていたんだとしたら……」
まゆ「……まゆが迷惑をかけるのは……これで、最後にします」
まゆ「Pさんとは、これからも……お友達でいさせて下さい」
84: 2018/02/19(月) 17:52:47.13 ID:sP1dYhwGO
要するに、俺を振る言葉を。
まゆは最後まで、笑顔で言葉にしてくれて。
……そうか、なら。
P「……良かった」
まゆ「……はい。これで、Pさんは……」
P「まゆを、諦めずに済む」
まゆ「……え?」
まぁ元より、諦めるつもりなんて無かったが。
残念な事に俺は、一回振られた程度で諦める程物分かりは良く無いんだ。
P「色々と心配してくれてありがとう。あと、まゆがそんな風に思い悩んじゃってたのは……俺が悩みまくってたせいだな。本当に悪かった」
まゆ「あの、Pさん……?」
P「まゆが距離を縮めてくれないなら、俺から縮めれば良いだけだろ?」
まゆは、離れたいとは言わなかった。
なら、まゆからじゃなければ何も問題は無い筈だ。
まゆ「……揚げ足を取るなんて、嫌われちゃいますよ?」
P「困ったな……なら、足だけじゃなくて全身を抱えないと」
まゆ「……まゆは、Pさんの笑顔を見ていられれば幸せなんです。これからも友達で、大好きだったPさんの笑顔さえあれば……それが例え、まゆに向けられたものじゃ無かったとしても」
P「俺が満足出来ないんだよ、友達のままじゃ」
まゆ「……そんな辛そうな顔をしないで下さい……なんて、我儘ですよね。でも、それも……今で最後ですから」
P「な訳ないだろ!」
俺の声が、林の中にこだました。
思った以上に大きな声にまゆを驚かせてしまったが。
今はそんな事なんて、もうどうでもいい。
P「俺が嫌なんだよ!そんな……俺のせいでまゆと付き合えないのが!今で最後だ?ふざけんな!一生引きずってやるぞ?!」
あぁ、口から出る言葉がただの逆ギレだ。
一生引きずるだなんて、どういう脅し方だよ。
でも、そんな想いが。
溢れて、溢れて、止まってくれそうには無くて。
85: 2018/02/19(月) 17:53:14.49 ID:sP1dYhwGO
P「迷惑を掛けたくないだ?迷惑を掛けられて幸せを感じる人だっているんだぞ!此処に!」
まゆ「……迷惑を掛けて苦しむ人だっているんです」
P「じゃあ迷惑だなんて思ってないよ!」
まゆ「言ってる事が支離滅裂です……」
困ったように、溜息を吐く。
P「そんくらい必氏なんだよ!まともに頭が回んなくて、思った事そのまま言っちゃってるんだよ!」
まゆ「……Pさん……」
怒っているのは、自分に対してだ。
まゆが困っているのは、困らせていたのは、自分のせいだし。
なのに、どんな風に何を言えばいいのか全く分からなくて。
ただ溢れる想いを口にするしか出来ない自分が……
P「……誰かの想いを真正面から断るって、かなり辛かったよ。苦しかったよ。しんどかったよ!」
まゆ「……ですから」
P「でも、俺はまゆと一緒に居たかったから!もっと側に、もっと近付きたかったから……!」
まゆ「……やめて下さい」
P「まゆの為なんて、誰かのせいにはしない!俺がただ、まゆと結ばれたかったから!だから……!」
まゆ「それ以上……言わないで……っ!」
来た道を翻して、まゆが走って戻ろうとする。
一瞬遅れて俺は手を伸ばし。
そのまゆの手を、ギリギリのところで掴めなくて……
86: 2018/02/19(月) 17:53:55.56 ID:sP1dYhwGO
美穂「逃げないで!」
まゆ「っ!」
P「美穂っ?!」
そのまゆの行く手を、美穂が阻んでいた。
美穂「……ごめんなさい、二人とも。盗み聞きしちゃいました」
P「……いや、その……」
まゆ「美穂ちゃん、退いて下さい」
美穂「良いんですか?」
まゆ「はい」
即答されると割としんどい。
少しは躊躇って欲しかった。
美穂「……だったら、もう」
まゆちゃんと、友達ではいられません。
そう口にした美穂は、しっかりとまゆの目を見つめて。
まゆ「……え…………」
俺としても、信じられなかった。
美穂が、そんな言葉を言うなんて。
美穂「……ねぇ、まゆちゃん。少しだけ、お話しませんか?」
まゆ「ぁ……あの……」
P「……俺、外そうか?」
美穂「いえ、Pくんはそこに居て下さい」
まゆ「……お話する事なんて、まゆには……」
美穂「わたしにはあります」
まゆ「……まゆには、ありません」
美穂「わたしにはありますから」
87: 2018/02/19(月) 17:54:23.42 ID:sP1dYhwGO
まゆ「……良いじゃないですか。まゆが諦めて、美穂ちゃんがPさんと結ばれて……それで、誰も傷つかずに済むんですよ?」
美穂「……誰も?」
まゆ「誰も、です」
美穂「……まゆちゃん……本気で言ってるんですか?」
まゆ「まゆはいつだって本気です。まぁ、それで美穂ちゃんと友達でいられないのは残念ですが……」
美穂「残念、ですか……」
まゆ「はい。まゆとしても、美穂ちゃんとは友達でいたかったですから」
美穂「そっか」
まゆ「……本当は、まゆじゃなくて李衣菜ちゃんをこの旅行に誘おうと思っていたんですよね?なのに、まゆのせいで予定が狂っちゃって……ごめんなさい」
美穂「そんな事は無いよ。わたしも、まゆちゃんと仲良くなりたいからって誘ったんだもん」
まゆ「それに、元々はあの日……Pさんに告白するつもりだったんじゃないですか?なのに、それもまゆのせいで……Pさんが怪我をしちゃって……」
美穂「それも、しようと思えばあの日でなくたって出来ましたから」
まゆ「それももう、今日で終わりです。お邪魔虫は退散して、美穂ちゃんの恋路を邪魔する人なんていなくなりますから」
美穂「……ねえ、まゆちゃん」
まゆ「はい、なんですか?」
美穂「……ごめんね?」
まゆが首を傾げた。
それと、殆ど同時に。
パンッ!と。
乾いた音が、林にこだました。
88: 2018/02/19(月) 17:54:56.99 ID:sP1dYhwGO
まゆ「……え?」
美穂が、まゆの頬を叩いた。
そんな美穂の肩は、激しく上下していて。
美穂「っふー……ふー……」
その瞳からは、涙の粒が絶えず零れ落ちていた。
美穂「なんで……なんで、向き合ってくれないの……?!」
まゆ「……向き合ってますよぉ」
美穂「わたしは嫌だよ!まゆちゃんとお友達でいられなくなっちゃうの!そんな事言いたく無かったもん!否定して欲しかったもん!」
まゆ「……我儘過ぎませんか?」
美穂「なんで?なんでそんな簡単に諦められちゃうの?!大好きだったんだよね?恋人になりたかったんだよね?!」
まゆ「……簡単、ですか……」
美穂「何か言ってよ!言わないの?悔しくないの?わたしは悔しいよ!まゆちゃんが……わたしにも、Pくんにも……自分にも向き合ってくれないのが」
ポロポロと零れ落ちる涙を無視して、美穂は叫び続けた。
対してまゆは、いつもの笑顔を崩さずにいて……
美穂「そんな風に諦められる程、まゆちゃんの想いは弱かったの?それともまゆちゃんが弱いの?」
まゆ「……そう、ですねぇ……まゆが弱いのは否定しませんよぉ」
美穂「……っ!」
まゆ「ですが、ふぅ……」
まゆが、溜息を一つ吐いて。
まゆ「……簡単な訳、無いじゃないですか……」
89: 2018/02/19(月) 17:55:35.66 ID:sP1dYhwGO
美穂「だったら……!」
まゆ「だったら……どうすれば良かったんですか?!ねえ、美穂ちゃん……教えて下さい……まゆは、どうすれば良かったんですか?!」
まゆの声は、涙に震えていた。
まゆ「それしか無かったんです!まゆが諦めるしか無かったんです!まゆにとって、美穂ちゃんもPさんも大切な人で……!だから!」
美穂「そんなの……わたしだって同じだよ!まゆちゃんもPくんも!どっちも大切な人だから……!もっと……ちゃんと向き合ってよ……っ!」
まゆ「良いじゃないですか!まゆが諦めたって、誰も困らないんですよ?!」
美穂「まゆちゃんは?!」
まゆ「っ?!」
美穂「そんなに泣いてるのに……それで、誰も困らないと思ってるの?自分は辛くないの?!わたし達が辛くないと思ってるの?!」
まゆ「……なんで……美穂ちゃんは、そんなに……」
美穂「言ったじゃないですか。まゆちゃんが……大切な友達だからです」
まゆ「……でも……まゆは、Pさんを困らせたくなくて……」
美穂「だったら、今。わたしがPくんに振られれば良いの?それでまゆちゃんは気兼ねなく付き合えるよね?!」
まゆ「そんな訳……!」
美穂「それと同じです!わたしだって……そんな風に結ばれたく無いよ……誰もが傷付かないなんて都合の良い道が無いのは分かってるけど!でも……それなら!ちゃんと向き合おうよ!真正面から、素直に……!」
まゆ「……ほんと、なんで上手くいかないんですかね……邪魔ばかりされて!どうして美穂ちゃんは邪魔をするんですか?!」
90: 2018/02/19(月) 17:56:03.58 ID:sP1dYhwGO
美穂「邪魔……だった?」
まゆ「えぇ、とっても邪魔です!まゆの思い通り、美穂ちゃんは余計な事をせずに……結ばれちゃえば良かったのに……!」
美穂「……わたしは……Pくんがまゆちゃんの事が好きなのを知ってて……それでも、離れるのが怖くて……弱かったのは、わたしもだけど……!」
美穂「……ごめんね?それなのにキスして……二人を苦しめちゃって……!わたしのせいなのは分かってるけど……!それでも!」
美穂「言ってよ!向き合ってよ!お願いだから……わたしと、友達でいさせて……!!」
両手を握り締めて、叫ぶ美穂。
それからしばらく、沈黙が流れて。
ようやく、まゆが口を開いた。
まゆ「……まゆは……まゆは!」
まゆ「友達として側に居られれば……それで良かったのに……!最初は、本当にそう思ってたのに……!」
まゆ「Pさんの事が大好きですよ!結ばれたいですよ!もっと側に居たいですよ!!」
まゆ「それでも……!Pさんの気持ちが分かっちゃうんです!苦しんでるって分かっちゃうんです!そんな顔を見たく無いんです!!」
まゆ「美穂ちゃんとも!Pさんとも!これからも友達として一緒に居たいだけなのに……!」
美穂「友達でいいの?!ねぇ!」
まゆ「良い訳無いじゃないですか!でも……!まゆは……っ!」
まゆ「…………ねぇ、助けてよ……美穂ちゃん、Pさん……!」
まゆ「まゆは…………どうすればいいんですか……?」
91: 2018/02/19(月) 17:56:39.98 ID:sP1dYhwGO
……やっと、まゆの本音が聞けた。
早く言ってくれれば良かったのに、なんて言えない。
それはきっと、まゆにとって。
一番言いたく無かった事だろうから。
P「……なぁ、まゆ」
まゆ「……ごめんなさい、Pさん。今は……振り向けません」
P「……俺が悪かった」
まゆ「……え?」
全部、俺のせいだ。
あぁちくしょう、軽々と言うもんじゃ無かった。
P「笑顔でいて欲しいなんて……酷い事を言って、本当に悪かった」
まゆ「ぁあぁ……っ!」
P「……どんなまゆでも、受け止めるから……受け止めさせて欲しいから!笑顔だろうが泣いてようが怒ってようが困ってようが!全部俺が受け止めるから!」
まゆにはずっと笑顔でいて欲しいんだ、なんて。
なんて俺は、残酷な事を言ってしまったんだろう。
P「だから、まゆ」
そして、これは。
美穂を苦しめる事になるのは分かっている。
それでも……
素直になりたいし、素直になって欲しいから。
92: 2018/02/19(月) 17:57:08.42 ID:sP1dYhwGO
P「……俺と、付き合ってくれないか?」
まゆ「……はぁ」
美穂「まゆちゃん……」
まゆ「全く……Pさん、さっきまでのまゆの言葉を聞いて無かったんですか?」
P「聞いた上で言ってるんだ」
まゆ「……まゆの返事なんて、とっくに決まってるんです」
P「……そうか」
まゆ「言ったじゃないですか。まゆは諦めるって……」
P「言ったな」
まゆ「迷惑を掛けたくないって……」
P「それも聞いたな」
まゆ「まゆ以外に向けられるものだとしても、Pさんの笑顔を見ていられれば幸せって……」
P「……全部聞いたよ。まゆの、返事以外は」
まゆ「……Pさんにとって、とても辛いお返事になると思います」
P「返事を貰えないよりはいいさ」
まゆ「Pさんを苦しめる様なお返事になっても……それでも、いいんですか……っ?」
P「あぁ。どんな返事でも、俺は受け止めるよ」
まゆ「……Pさん」
P「なんだ?」
ようやく振り向いてくれたまゆの顔は。
涙に濡れて、今まで見た事ない程に、笑顔とは程遠いものだったけど。
まゆ「……はい。まゆと……付き合って下さい……!」
やっと、まゆと向き合えて。
本当に、良かった。
96: 2018/02/20(火) 23:37:39.37 ID:YXamFqBr0
美穂「……ねぇ、Pくん」
P「……なんだ、美穂」
夕飯を食べ終えて、陽は暮れ冷たい夜風の吹くベランダで。
俺と美穂は、縁側に腰掛けて空を眺めていた。
まゆは既に部屋に戻って寝ている。
身も心も疲れ切っていたのだろう。
明日もまた温泉巡りして癒されてから帰らないと、何の為の温泉旅行なのか分からないな。
文香姉さんはまた大浴場に浸かりに行った。
多分、俺と美穂に気を使ってくれた……んだと思う。
美穂「……少し、寒いですね」
P「だな……」
美穂「あ、目の前に露天風呂がありますよっ!」
P「入る訳にもいかないだろ」
美穂「ですよね。Pくんはまゆちゃんと付き合い始めたんですから」
P「そうでなくとも男女で入るのってアレじゃないか?」
そう、なんだよな。
まゆは、俺の告白を受け入れてくれて。
つまり、それは。
美穂の想いを断るという事でもあって。
美穂「……寒い、ですね」
P「あぁ……上着、羽織るか?」
美穂「Pくんが温めてくれてもいいんですよ?」
P「……それは出来ない相談だな」
美穂「あれ?変な想像しちゃってますね?Pくんが暖房に変身するって意味ですよ?」
P「その方がよっぽと変じゃないかな」
美穂「……ダメ、ですか?」
P「あぁ。俺は暖房には変身出来ない」
97: 2018/02/20(火) 23:39:59.59 ID:YXamFqBr0
美穂「なら……」
そう言って。
美穂は片手を、俺の方へと伸ばしてきた。
美穂「……手だけでも、温めて下さい……」
……仕方のない事だ。
だって、二人とも手が悴むなんて嫌じゃないか。
そう自分に言い訳して、俺は美穂の手を握った。
美穂「……ありがとうございます」
P「……あったかいな」
美穂「……はい、温かいです」
それからしばらく、沈黙が続いた。
聞こえるのは、露天風呂のお湯の音と風が木々を撫でる音だけで。
きっと、以前だったらこんな静かな時間も居心地が良かっただろうに。
今日の今日では、辛いだけで。
P「……なぁ、美穂」
俺の方から、口を開いた。
美穂には、きちんと伝えたい言葉があって。
美穂「はい……なんですか?」
P「まゆの事……ありがとう」
美穂「……どういたしまして」
P「……辛かっただろ」
美穂「……はい」
P「……怖かったよな」
美穂「……はい」
P「……ごめん」
美穂「……はい」
美穂の声は、消え入りそうな程に小さくて。
震えているのも、苦しいのも伝わって来るけど。
P「……美穂と、友達で良かった」
美穂「……わたしも……これからも、まゆちゃんと友達でいられて……良かったです」
こんなに友達思いで、優しい子を……
……なんて悩んでたせいで、だもんな。
これ以上、まゆを苦しめたくないから。
98: 2018/02/20(火) 23:40:26.47 ID:YXamFqBr0
美穂「ねぇ、Pくん」
P「……なんだ?」
美穂「……これから……Pくんが、まゆちゃんと付き合い始めても……これからもずっと、変わらないままでいてくれますか?」
P「……あぁ、もちろんだ。俺はこれからも……美穂と、友達でいたい」
美穂「……そっか。なら、良かったです」
P「……ありがとう」
美穂「……手を繋ぐだけじゃ、寒いですね……わたし、もう一回お風呂に浸かって来ます……」
そう言って、美穂が隣の部屋へと戻って行った。
P「……あぁ」
……ちくしょう、ダメだ。
苦しいものは苦しいし、辛いものは辛い。
良かった、目の前に露天風呂があって。
例え今俺の顔が濡れていたとしても、全部それのせいに出来る。
P「……ふー……」
ぱぱっと浴衣を脱ぎ、露天風呂に浸かる。
大きく吐いた溜息は、夜の空へと吸い込まれて行った。
……でも、もう。
こんな思いをするのだって、これで最後だ。
明日からは、頭を空っぽにしてまゆと付き合える。
これからも、一緒に過ごす事が出来る。
最初のデートは何処へ行こうか。
李衣菜に、恋人が出来たって自慢もしたいな。
あぁ、楽しい事だらけじゃないか。
だから、今だけは。
もう少し、風呂のせいにさせて貰おう。
99: 2018/02/20(火) 23:41:02.56 ID:YXamFqBr0
文香「……P君。起きて下さい」
P「……後十五分と消費税分……」
文香「朝ご飯の時間です」
文香姉さんの言葉が冷淡過ぎて怖くて起きた。
うん、昨日も夕飯の時かなり待たせちゃったし。
起きました、はい、起きてます。
文香「……ふふ」
P「……あれ?」
スマホを見れば、まだ七時前だった。
旅行の朝ご飯にしては、まだ早い時間な気がする。
P「折角なんだし、もう少し寝てれば良かったのに」
文香「折角ですから、早起きして散策でもしようかと……」
文香姉さんは、窓際のソファで読書していた。
窓から差し込む朝陽に照らされ、いつもより顔が明るく見える。
……なんて言うか、映えるな。
年中暑そうな服着てる文香姉さんの浴衣姿なんて、初めて見たかもしれない。
文香「昨晩は、美穂さんと佐久間さんと散策していたんですよね……?でしたら、私にも付き合って下さい」
P「あいよ、ちょっと顔洗ってくる」
顔を洗って歯を磨く。
よし、目も腫れてない。
まゆも美穂も、まだ寝ているだろう。
特に美穂は朝弱いし。
100: 2018/02/20(火) 23:41:28.62 ID:YXamFqBr0
朝露に濡れた草を踏みながら、文香姉さんと並んで歩く。
そう言えば、それすらも久し振りな気がする。
文香「……起こしてしまって、すみませんでした……」
P「いや、別に良いよ。早起きは消費税の特だからな」
文香「ふふ……最近は、佐久間さんがP君を起こしていましたから……偶には、姉らしい事をしてみようと思ったんです」
P「……あ、そうだ姉さん」
文香「佐久間さんと付き合い始めた、ですよね……?」
P「ん、あぁ」
文香「……美穂さんは……」
P「……断ったよ」
文香「……そうですか……辛かったですか……?」
P「まあ、うん。でもその分……いや、それ以上に。これからが楽しみかな」
文香「……P君らしいですね」
P「にしても珍しいな。姉さんが姉らしく振舞ってるの」
文香「……気の迷いかもしれません」
P「……なんだそりゃ」
文香「……それと、正確には従姉妹ですから」
P「分かってるって」
文香「……ふぅ……そろそろ、お腹が空いてきました」
P「朝歩くと朝ご飯が美味しいよな。バイキング形式だし、沢山食べないと」
文香「そうですね……ふふ。とても、楽しみです」
101: 2018/02/20(火) 23:41:56.98 ID:YXamFqBr0
まゆ「……おはようございます」
P「おう。おはよう、まゆ」
文香「あら……美穂さんは、まだ眠っているんでしょうか……?」
まゆ「はい。起こそうとしたら、アルマジロになっちゃって……」
春の朝って凄く眠いもんな。
特に美穂は朝弱いし。
まゆ「それで……あの、Pさん……」
P「ん?なんだ?」
まゆ「……昨日の事ですけど……本当に、良いんですよね?」
P「良いって、何がだ?」
まゆ「その……まゆとPさんが、お付き合いを……」
P「あぁ、もちろんだ。と言うか俺から告白した気がするけど」
まゆ「良いんですよね?」
……何がだろう。
まゆ「でしたら…………ふぅ」
まゆが、大きく息を吸い込んで。
息を吐いた。
また吸った。
また吐いた。
また吸って……
102: 2018/02/20(火) 23:42:23.14 ID:YXamFqBr0
まゆ「Pさぁん!!」
P「うぉっ!」
抱き着かれた。
まゆ「二人きりのイチャイチャタイムの始まりですよぉ!!」
ギュゥゥッ!っと、強い力で抱き締められる。
胸にグリグリと擦り付けてくるまゆの頭から、ふんわりと良い香りがした。
嬉しいけど、幸せだけど……うん、恥ずかしい。人目あるから。
文香「あの……」
まゆ「イメージして下さい、ここはまゆとPさん二人きりの世界です」
P「周りに他の客とか従業員居るけどな」
文香「私も居るのですが……」
まゆ「さぁPさん!まゆを強く抱き締めて下さい!」
P「お、おう……」
なんて言うか……テンションが一気に跳ね上がったな。
取り敢えず、言われるがままに片腕でまゆを抱き締めてみる。
まゆ「…………」
P「……まゆ?」
まゆ「……はっ!すみません。まゆ、Pさんに抱き締めて貰う夢を見ていました」
P「現在進行形で抱き締めてるけどな」
まゆ「つまり現在進行形で夢という事ですねぇ」
P「夢じゃないぞ」
まゆ「夢でしたから」
P「でも現実だぞ」
まゆ「…………」
P「……まゆ?」
まゆ「……はっ!すみません。まゆ、Pさんに抱き締めて貰う夢を見ていました」
会話が終わりそうに無い。
まぁ良いか、幸せだし。
幸せのメビウスの輪から抜け出せそうにない。
103: 2018/02/20(火) 23:42:53.58 ID:YXamFqBr0
文香「……このお箸、お砂糖の味が強いですね……」
P「……まゆ、そろそろ朝ご飯食べないか?」
まゆ「少々お待ち下さい。まゆがPさんの為に、お料理を取ってきますから」
そう言って、戦場に向かう様に拳を握り締めて料理を取りに行ってくれた。
……あ、浴衣の裾踏んでコケた。
まゆ「うぅ……Pさぁん、痛いです……」
P「おーよしよし。あ、良くないのか。よくないよくない」
まゆ「……ナデナデと、痛いの痛いの飛んでけーのオプションもお願いしますよぉ」
P「お、おう」
まゆ「それと、まゆへの愛を囁きかけるのも忘れずにお願いします」
P「……お、おう」
……まぁ、いいか。可愛いし。
見た事ないレベルで表情が蕩けきってるし。
まゆ「……ふぅ、リベンジして来ますよぉ!」
P「そうか、気を付けろよ」
まゆ「まゆの勇姿、見守っていて下さいねぇ!」
再びまゆは、並べられた料理へと向かって行った。
104: 2018/02/20(火) 23:43:42.38 ID:YXamFqBr0
美穂「おはようございます…………なんですか?あれ」
P「あの可愛い生き物?あれ佐久間まゆっていう女の子で、俺の恋人なんだよ」
まゆ「恋人……っ!」
この距離で聞こえてるのか。
美穂「……幸せそうですね」
P「だな」
美穂「……幸せって、人をバカにするんですね」
P「辛辣だな……」
今のまゆを見てると否定はしてあげられそうに無いけど。
文香「……反動、でしょうね」
P「かもしれないな」
でも、以前のずっと笑顔なだけのまゆよりも。
今みたいにコロコロと表情が変わるのを見ている方が、なんだか楽しいし。
そんな、少し抜けたところのあるまゆを見せてくれているのが、嬉しくて。
P「……可愛いなぁ」
まゆ「……可愛い……うふふ……うふふふふ……」
だからなんで聞こえているんだろう。
美穂「……あ、まゆちゃんお水こぼしてる」
まゆ「あぁぁっ……Pさぁぁん!!」
俺が落ち着いて食事にありつけるのは、まだまだ先になりそうだ。
107: 2018/02/21(水) 20:36:28.07 ID:5EiqoQlRO
ピピピピッ、ピピピピッ
P「……うーん……」
ゴールデンウィーク明けの朝。
ここ数日休みが多かったから、学校の為に起きるのが心からしんどい。
ゴールデンウィーク明け休みとかそういうのが適用されたりしないだろうか。
ゴールデンウィークで疲れた人の為に休みを用意するのは、国として正しい選択だと思うが。
P「……ん?」
まぁアホな事考えてないで取り敢えず布団から出ようと思ったところで。
なんか、隣に生き物の気配がした。よくよく見れば、布団が盛り上がっている。
……俺、犬とか飼ってたっけ?
俺が動いていないのに、布団がもぞもぞと動き……
ドンッ!
P「あ、落ちた」
まゆ「うぅぅっ……Pさぁぁん……」
まゆが、ベッドから落ちた。
……なんで?
まゆ「痛いです……まゆ、何も悪い事してないのに……」
P「まゆは悪くないよ。悪いのは幅1メートルにも満たないベッドを買った俺だ」
なんで俺は謝っているんだろう。
……いや、そうじゃない。
なんでまゆが俺のベッドで寝てたんだ?
108: 2018/02/21(水) 20:37:05.49 ID:5EiqoQlRO
まゆ「はっ?!……おはようございます、Pさん。朝ご飯の準備が終わってますから、早く着替えて降りて来て下さいね」
P「何もなかったかのように部屋から出て行こうとするんじゃない」
まゆ「……うふふ?」
P「可愛く微笑んでもダメだ。状況の説明を求めるぞ」
まゆ「ま、まゆは……Pさんに求められたのであれば、いつでも……」
P「まじで?!」
まゆ「まじですよぉ」
違うそうじゃない。
まゆが恋人だって事も、美少女だって事も分かっているが。
朝起きたら同じ布団で寝てるとか、その、普通にビビる。
まゆ「それはですねぇ……話すととても長くなってしまいますが……」
P「どんくらい?」
まゆ「美城校長のポエムくらいですねぇ」
P「日によってまちまちだな」
まゆ「絶好調な時の美城校長でお願いします」
P「一日が終わるな」
まゆ「そんなに長く話していては遅刻しちゃいますからねぇ」
P「まゆ」
まゆ「はい……ごほんっ!今朝まゆは、早起きをしてPさんの家に朝ご飯を作りに来ました」
P「ありがとう、まゆ」
まゆ「お代は身体で払って貰いますよぉ」
P「……身体で……」
心がトキメキ過ぎて朱鷺になる。
羽ばたいて空を舞いそうだ。
まゆ「……撫でて、くれますか?」
P「っおう!任せろ!!」
まゆを撫でた。
ついでに汚い想像をしてしまった自分の心を殴りつけた。
109: 2018/02/21(水) 20:37:58.67 ID:5EiqoQlRO
まゆ「うふふぅ……ふふふふふ……ふぅ……」
P「……で?作りに来てくれて?」
まゆ「作り終えたものがこちらになります」
P「三分クッキングかな?」
まゆ「そして、まゆがPさんを起こそうと部屋に入って……その時、事件は起きました」
神妙な面持ちで、此方を見つめるまゆ。
一体、俺の部屋に何が……
まゆ「……Pさんが、寝ていたんです」
P「……マジか……」
当たり前過ぎて逆に怖い。なんて事だ、俺が寝ていたなんて。
まゆ「これは事件です。えぇ、大事件ですねぇ」
P「だとしたら俺の部屋は毎朝大事件常習犯だな」
まゆ「Pさんが寝ている。それが何を意味するか……分かりますか?」
P「……分からない。正直全くついていけてない」
まゆ「Pさんが……寝ているんです」
P「……そうか……」
まゆ「扉を開けた先には……Pさんの寝顔、暖かそうな布団、幸せに満ち溢れた空間……これは……マズいですよねぇ」
P「……そうなのか」
まゆ「まゆはその状況からPさんを助けるべく、『起きて下さい』と囁いたんです」
P「へー」
110: 2018/02/21(水) 20:38:39.35 ID:5EiqoQlRO
まゆ「しかし……Pさんの寝ている布団に潜り込んで、抱き付いて、耳元で囁いたのにも関わらず……Pさんは、目を覚まさなかったんです」
P「待って色々跳んだ。え、必要だった?その動作必要だったか?」
まゆ「そして気付けば……まゆすらも、その幸せな空間に飲み込まれてしまったんです……」
P「脅威のスルー力」
まゆ「このベッドが……っ!このベッドさえ無ければ……っ!!」
まゆが窓を開けて、俺の布団に殴り掛かる。
あーなるほど、埃叩いてくれてるのかな。
まゆ「……はぁ、はぁ……Pさん!まゆの勝利ですよぉ!!」
P「そっかー、良かったな!」
もう何もかもが分からない。
分かるのはまゆが可愛いという事だけだ。
取り敢えず抱き締めておこう。
まゆ「……はっ?!」
P「どうした?」
まゆ「布団を叩いてしまっては……布団にエンチャントされていたPさん成分が薄れて……うぅ、まゆはなんて事を……」
P「……なるほど、なるほど」
分かったぞ、まゆこいつアホだな?
まゆ「ぅぁぁぁっっっ!まゆ、なんて事を……っ!」
P「おーよしよし。これから一緒にエンチャント魔法を身に付けていこうな」
まゆ「はぁい……」
ガチャ
文香「あの、朝ご飯が………………何してるんですか?」
P「……おはよう姉さん」
文香「すみません、部屋を間違えました」
P「あってるから!おはよう!姉さんおはよう!ごめん!おはよう!!」
111: 2018/02/21(水) 20:39:22.52 ID:5EiqoQlRO
P「行ってきまーす」
文香「……煩悩を排除したら、帰って来て下さい」
まゆ「うぅ……朝からお見苦しい姿を……」
五月の朝は、日陰さえ避ければそこそこ暖かい。
吹く風の冷たさも薄く、素晴らしい通学日和だった。
まゆ「ところでPさん。一つ、お願いがあるんです」
P「ん?なんだ?」
まゆ「……まゆとPさんは、こ、こここっ!こっ!」
……鶏か?
まゆ「こいっ!ここっ!こいっ!っ!」
……鯉か。
まゆ「びっ!びびっ!びっ!っ!」
壊れたロボットみたいだな。
まゆ「と!言えました、Pさん!言えましたよぉ!!」
P「……おう!おめでとう!やったな!凄いじゃないか!!」
一体何を言えたのかさっぱり分からないが、喜んでいるんだから褒めておこう。
P「で、お願いってなんだ?」
まゆ「それはですねぇ……こいっ、こっ、びっ!びびっ!」
またバグった。
P「……あ、恋人?」
まゆ「っ!まゆが言おうとしていた事を分かってくれるなんて……心が通じ合っている証拠ですねぇ……!」
P「で、この証拠で誰を逮捕するんだ?」
まゆ「あなたの心です」
P「盗むやつじゃなかったっけ、それ」
まゆ「Pさんの心を、まゆが終身刑にしますよぉ」
P「執行猶予とかそういったものは……」
まゆ「欲しければ……そうですねぇ、まゆの願いを叶えて下さい」
そう言えば、最初はそんな会話をしていた気がする。
112: 2018/02/21(水) 20:40:13.57 ID:5EiqoQlRO
P「で、何をすればいいんだ?」
まゆ「……ごほんっ、Pさんに問題です」
P「なんか唐突にクイズ番組が始まった」
まゆ「大ヒントです。いってらっしゃいといってきますのキスをして下さい」
P「問題は?問題はどこ?」
まゆ「さぁ!はやく!はりーあっぷ!制限時間が迫ってますよぉ!」
P「まじか!急がなきゃ!」
まゆを抱き締めて。
ちゅ、っと。
軽く、唇を重ねる。
まゆ「…………」
P「…………正解だよな?」
これで求めてる回答と違うとか言われたら恥ずかし過ぎる。
まゆ「……五月八日月曜日、七時五十五分」
P「え、俺マジで逮捕されるの?!」
まゆ「恋人になってからの初めてのキスですからねぇ。しっかりと記録に残して、後世まで語り継いでゆきますよぉ」
P「待てまゆ、それをツイッター上に呟こうとするんじゃない」
まゆ「大丈夫ですよぉ、こっちはプライベート用の鍵アカウントですから」
P「フォロワー数は?」
まゆ「0ですよぉ!」
P「寂しいなぁ!!」
まゆ「誰もフォローしてくれないんです……」
P「鍵掛けてて誰か分からないからじゃないかな……アカウント名は?」
まゆ「PさんLove」
P「誰もフォローしようとは思わないんじゃないかな……」
まゆ「……さて、問題に正解したPさんには素敵なプレゼントを進呈しますよぉ」
P「お、なんだ?」
まゆ「まゆからの……き、きききっ!きっ!きーっ!」
P「……鷹か?」
まゆ「キスですよぉ!」
P「やったぁ!」
ガチャ!
文香「……すみません、はやく退いて頂けませんか?私が家から出辛いのですが……」
P「いやほんとゴメンなさい」
113: 2018/02/21(水) 20:40:42.10 ID:5EiqoQlRO
李衣菜「おはよーP。温泉旅行どうだった?」
加蓮「やっほー鷺沢……それ何?横に憑くタイプの背後霊?」
P「おはよう、二人とも。お土産あるぞー」
左腕にへばりついているまゆを引き剥がし、カバンから温泉饅頭を取り出す。
それを二人に渡したと同時に、また俺の左腕の重量が増した。
智絵里「えっと……おはようございます、Pくん」
P「よ、智絵里」
智絵里「……凄い、ですね……」
P「何が……言わなくていいや。分かるから」
美穂「おはようござい……うわぁ……」
うわぁ、って……
いやまぁ、言いたい事は分かるけどさ。
李衣菜「……な、仲良しだね!」
加蓮「まゆってあんなアホっぽい顔してたっけ。してたね、うん」
智絵里「……ほ、ほんとにまゆちゃんなんですよね……?」
まゆ「わたしまゆ、今Pさんの隣に居るんです」
李衣菜「見れば分かるけど」
まゆ「二度と離れませんよぉ」
P「あ、俺一時間目教室移動あるじゃん」
まゆ「…………」
そんな氏にそうな目で俺を見るな。
流石にこれは仕方ないだろう。
加蓮「良い表情だね。写真撮っていい?」
李衣菜「そろそろ先生来るからスマホしまっといた方がいいかもよ」
ガラガラ
ちひろ「おはようございま…………鷺沢君、左腕に装備したそれを解除してから教室に入って下さい」
P「自分の意思では外せないんですよ、この装備」
114: 2018/02/21(水) 20:41:16.21 ID:5EiqoQlRO
加蓮「で?まゆと鷺沢は付き合ってんの?」
まゆ「どうだと思いますか?」
加蓮「アホだと思うけど」
李衣菜「そういう意味じゃ無いんじゃないかな……」
まゆ「Pさんに迷惑を掛けない範囲で、まゆも恋人ライフを満喫するって決めたんですよぉ」
智絵里「……Pくん、ちゃんと告白出来たんですね」
美穂「ね、そうみたいです」
李衣菜「……で、まゆちゃんはさっきから何してるの?」
まゆ「パスワードの解析中ですよぉ」
美穂「何のパスワードですか?」
まゆ「スマホのパスワードです」
李衣菜「忘れちゃった感じ?指紋認証とか設定してなかったの?」
まゆ「まだ設定していませんねぇ」
美穂「ところでまゆちゃん」
まゆ「なんですかぁ?」
美穂「……それ、Pくんのスマホですよね?」
まゆ「そうですよぉ」
加蓮「…………うわぁ」
李衣菜「……えぇ」
美穂「…………」
智絵里「…………?」
115: 2018/02/21(水) 20:41:58.83 ID:5EiqoQlRO
まゆ「……?それがどうかしたんですかぁ?」
李衣菜「あ、まゆちゃんにとっては当たり前の事をしてる感じ?」
智絵里「……え?普通ですよね?」
加蓮「いやナシでしょ、普通に考えてヤバイ人じゃん」
美穂「Pくんの誕生日じゃ開かなかったんですか?」
まゆ「ダメでしたねぇ。期待を込めて0907も試しましたけど……」
李衣菜「まぁPってそういうところ適当だからね。多分特に意味の無い数字とか使ってるんじゃない?」
美穂「……誰も止めようとはしないんですね」
まゆ「なので、昨日からずっと000000から試しているんです」
美穂「あ、六桁なんだ」
加蓮「0905とかは?」
まゆ「加蓮ちゃんの誕生日ですよね?試してすらいません」
李衣菜「まず六桁って言ってるしね」
加蓮「じゃあなんで自分の誕生日は試したの?」
まゆ「そうだったら嬉しいからですよぉ!今、999900まで辿り着きました」
智絵里「……あ、999999で開きましたよ?」
李衣菜「逆から試してれば一瞬だったね」
まゆ「……困難を乗り越えた先に、希望はあるものですよぉ」
加蓮「男子のスマホを覗いて希望がある訳ないじゃん」
美穂「あ、でもまゆちゃん、とっても良い笑顔ですねっ!」
まゆ「ふふ……Pさんと、ようやく心が通じ合いましたよぉ!」
李衣菜「で、何するの?」
まゆ「壁紙をまゆとPさんのツーショットにします」
美穂「いつ撮ったんですか?」
まゆ「今朝、Pさんが寝ているうちにこっそり撮りました」
智絵里「……他には、何かするんですか?」
まゆ「え?しませんよ?」
智絵里「……え?それだけ……?」
加蓮「乙女か!!」
116: 2018/02/21(水) 20:42:28.32 ID:5EiqoQlRO
ピロンッ
まゆ「きゃっ?!」
李衣菜「ん、誰かからライン来たじゃん」
加蓮「お、修羅場?他の女とか?!」
智絵里「……早く確かめませんか?」
美穂「なんでみんな、そんなに興味津々なんですか?」
まゆ「……開きますよぉ」
加蓮「……誰?誰?!誰だった?!」
李衣菜「付き合って即修羅場とか面白過ぎるでしょ」
美穂「あ、文香さんですね」
『佐久間さん。勝手に人のスマホを弄るのは良くありませんよ』
まゆ「…………」
加蓮「…………」
美穂「…………」
智絵里「…………」
李衣菜「…………」
まゆ「……帰ったら土下座して謝ります」
李衣菜「うん、止めなかった私達の分も謝っといて」
智絵里「……ひぅっ……」
加蓮「今度、菓子折り持って謝りに行くから」
美穂「わ、わたしは止めたもん!」
117: 2018/02/21(水) 20:43:13.07 ID:5EiqoQlRO
P「おーいまゆー」
まゆ「はぁい、あなたのまゆですよぉ」
P「俺さ、今朝スマホ家に置いてきちゃってたっけ?」
ポケットに入れといたつもりだったけど、どこにも見当たらないんだよな。
まゆ「それでしたら、確か鞄の外ポケットに入れてる所を見かけましたよぉ」
P「ん、ほんとだあったあった。ありがとな、まゆ」
多分誰からも連絡は来てないだろうけど、一応確認してみる。
……ん、文香姉さんからメッセージが来てたっぽいな。
消されてるって事は、向こうが送る相手間違えたのか。
まゆ「さて、お菓子を買って帰りますよぉ」
P「ん?お菓子ならまだ家に結構あったろ?」
まゆ「きちんとした謝罪用のお菓子が必要なので……」
P「なんだか分からないけど、まぁ付き合うよ」
帰りのHRを終え、商店街でケーキを買って帰路に着く。
それにしても加蓮に智絵里に美穂に、あまつさえ李衣菜すらどこかよそよそしかったけど何かあったんだろうか。
118: 2018/02/21(水) 20:43:41.16 ID:5EiqoQlRO
P「ただいまー姉さん」
文香「……お帰りなさい、P君。佐久間さん」
まゆ「っ!此方、お詫びの品になります……何卒内密に……」
文香「これは……何の事かは分かりませんが、このケーキは有難く頂いておきます」
まゆ「有難き幸せですよぉ」
……何があったんだ?
文香「……殊勝な心掛けの佐久間さんに、一つ素敵な情報を差し上げましょう」
まゆ「素敵な情報ですか?」
文香「……引き出し一番下段、二重底下の箱」
P「よしまゆ!早く俺の部屋に行くぞ!」
ケーキで買収されるな文香姉さん。
それは俺のコレクションの隠し場所じゃないか。
というか、なんで把握されてるんだ。
まゆの手を引いて、リビングから脱出した。
バタンッ
まゆ「……Pさん」
P「ん?なんだー?」
軽く返してみたけど、まゆの顔を見るのが怖い。
まゆ「……本、ですよね?」
P「な、なんの事でしょうか」
まゆ「引き出し一番下段の二重底下の箱に、何が入っているんですか?」
P「……夢が詰まってます」
まゆ「Pさんの夢、まゆにも見せて貰って良いですか?」
P「えっと……断れたりしますか?」
まゆ「……Pさんは……まゆに、隠し事をするんですね……」
……そんな捨てられた子犬の様な目で俺を見るな。
119: 2018/02/21(水) 20:44:10.99 ID:5EiqoQlRO
まゆ「……まゆ、寂しいです……」
P「……すまん。それでも……見せる訳には、いかないんだ」
まゆ「……そうですか……」
P「すまん……」
まゆ「ところで、この地図帳なんですが」
P「おおっとぉ?!」
いつの間に取り出された?!
その地図帳はマズイ、その表紙はカモフラだから。
中身は……あまり人にはお見せしたくない本が入っている。
まゆ「今度デートに行く場所、一緒にこの地図帳で決めませんか?」
P「それ世界地図だからさ、もう少し地域の限定された地図で決めないか?」
まゆ「……おや?この地図帳、なんだか頭が表紙と本誌で合ってませんねぇ」
P「なんでだろうな?!不思議だな!もっとちゃんとした地図でデートプランを立てようぜ!」
まゆ「Pさん」
P「はい」
まゆ「……開かせて貰いますよぉ」
P「オススメはしないけど……まぁ、その……ごめんなさいって先に謝っておきます」
恋人に目の前で自分の工口本見られるとかどんな拷問だよ。
申し訳なさもあるけどそれ以上に恥ずかし過ぎてやばい。
120: 2018/02/21(水) 20:44:57.58 ID:5EiqoQlRO
まゆ「……っ?……?!!?!……~~っ!……っっ!!?!」
目の前で、まゆが目を白黒させている。
その顔は夕陽なんて目じゃないくらい真っ赤で。
まゆ「っ?!えっ?ええっ?!……あ、あぅ……」
ぱたん、と。
まゆが本を閉じた。
まゆ「……Pさん」
P「ごめんなさい」
まゆ「捨てましょう」
P「……はい」
あぁ、さらば俺のコレクション。
まゆ「こんなエOチな……!あぅ……い、いけません!!」
……なんだかいじめてみたくなってくるな。
P「なぁまゆ、どんなところがエOチだった?」
まゆ「まず表紙の時点でエOチ過ぎますよぉ!この煽り文にこのイラスト!完全にまゆじゃないですかぁ!」
P「俺なりのまゆへの好意の表れって事で……」
まゆ「歪み過ぎですよぉ!まゆはこんなはしたないポーズなんてしません!!」
P「ちょっと分かりづらいな。煽り文、読んでもらえるか?」
まゆ「口にするものじゃりませんよぉ!!何が荒ビッキビキソーセージですかぁ!!」
P「口にするって……まゆ、エOチだな」
まゆ「~~っ!!」
121: 2018/02/21(水) 20:45:50.85 ID:5EiqoQlRO
そんな顔を真っ赤にして頬を膨らませるまゆを、優しくベッドに押し倒した。
まゆ「えっ?えっ?!あっ、あの……!Pさん……?」
P「なぁまゆ……煽り文、読んでくれないか?」
まゆ「ひゃ、ひゃいっ!……こ、恋するあの子は肉食系ヤンデレ。恋人同士の抱、恋、挿!『アナタの荒ビッキビキソーセージ、独り占めしちゃいまぁす♡』……って、何を言わせるんですかぁ!!」
P「……」
ノリいいな。
まゆ「もうヤケですよぉ!Pさんのコレクション全てを暴き切ってやりますよぉ!!」
まずい、一冊目はまゆにそっくりな女の子が表紙の本だったから良かったが。
まゆ「……Pさん」
P「……はい」
まゆ「……この表紙のイラスト、美穂ちゃんにソックリですねぇ」
P「……た、たまたま似てるだけです」
まゆ「『は~い、君の下半身が静かになるまでに三分もかかりませんでした♡』真面目で正統派キュートな彼女にセメられる!起立が止まらない学園性活!!……美穂ちゃんですよねぇ?」
P「……た、たまたまです」
まゆ「……」
ビリビリビリビリッ!
P「あぁっ!俺の本が!」
まゆ「どの道捨てるんですから、問題ありませんよね?」
P「……はい」
まゆ「何が起立が止まらないですか……そんなPさんは、ずっと廊下に立ってて下さい」
P「いや、起立ってそういう意味じゃ……」
まゆ「分かってますよぉ!」
P「分かってるのか?」
まゆ「っ?!わ、分かりませんよぉ!起立って何の事ですかねぇ?」
122: 2018/02/21(水) 20:46:23.98 ID:5EiqoQlRO
P「……まゆって割と」
まゆ「次、このどう見ても智絵里ちゃんとしか思えないくらいソックリな表紙の本です。これはPさんが読み上げて下さい」
P「……ビクつく小動物系女子をビクンビクンに!発情ウサギを初上映!!『トロトロチェリーなセッ◯スイーツ、召し上がれ♡』」
まゆ「……智絵里ちゃんですよねぇ?」
P「……たまたま似てるだけです」
まゆ「……」
ビリビリビリビリッ!
まゆ「破棄して下さい」
P「……はい。ん?ところで、さっきのまゆに似てるやつは破らなくていいのか?」
まゆ「いえ、これはまゆが没収します」
P「読むのか?」
まゆ「いえ、参考資料として押収するだけです」
P「参考資料?」
まゆ「いえ、口が滑っただけです」
P「口が滑った?」
まゆ「さて、Pさん」
露骨過ぎる話題転換。
まゆ「このDVDは何ですかぁ?」
P「……大人向けなDVDです」
まゆ「『挑戦!二十四時間スッポコ新妻ダンシング肉じゃがプロレス』…………は?」
123: 2018/02/21(水) 20:46:52.13 ID:5EiqoQlRO
今日一の見下し顔だった。
P「……あの」
まゆ「喋らないで下さい」
P「……」
まゆ「意味が分かりません」
P「俺も分かりません」
なんかタイトルが面白かったから買ってみただけだし。
まゆ「喋らないで下さい」
P「……」
まゆ「言い訳があれば聞きます」
P「あの」
まゆ「喋らないで下さい」
P「……」
まゆ「まゆはですね……Pさんと、たくさんお喋りしたいんです。それはまゆにとって、とても幸せな時間ですから」
P「……すま」
まゆ「喋らないで下さい」
P「……」
まゆ「なのに、こんな吐瀉物みたいなタイトルのDVDのせいで、二人きりでお喋り出来る時間が奪われてしまったんです」
……それはまゆが喋るなって言うから……
いや、今そんな事言ったら火に重油だ。
P「本当にごめ」
まゆ「喋らないで下さい」
P「……」
ピロンッ
誰かからラインが来た。
画面が光って……ん?
124: 2018/02/21(水) 20:47:32.22 ID:5EiqoQlRO
P「なぁまゆ」
まゆ「喋らないで下さい」
P「……俺のスマホの壁紙、なんかまゆと俺のツーショットになってるんだけど」
まゆ「……しゃ、喋らないで下さい」
さっきは気付かなかったけど、なんでだ?
途端に声が震えだすまゆ。
P「まゆ」
まゆ「あぅ……その……喋らないで下さい……」
P「……パスワード、よく解除出来たな」
まゆ「うふふ、頑張りましたよぉ……あ」
P「おい」
まゆ「な、何の事ですかねぇ?」
P「……オーケー分かった、俺のコレクションは全て捨てるよ。煩悩を消し去るって約束するさ」
まゆ「うふふ、なら許してあげますよぉ」
P「キスもしないから」
まゆ「……うふふ?う?うぇ?」
P「まゆはそういうエOチとかスキンシップみたいな事苦手みたいだしなー」
まゆ「あ、あの……キスは別に……」
P「ん?まゆは嫌だろ?そういう事するの」
まゆ「キスはエOチじゃありませんよぉ……」
P「こういう線引きはきちっとしておかないとな。スキンシップは暫くの間控えるか」
まゆ「……ぅぅ……うっ……ぐすっ……」
P「スマホの壁紙も初期設定のやつに戻しておかないとなー」
まゆ「ううぅぅぅっ!ううぁぁぁぁぁっ!!」
P「すまんすまんすまん!調子乗りすぎた!」
まゆ「うぅ……許しませんっ!Pさんの変態!意地悪!新妻マニア!」
P「いや別に新妻マニアじゃないから!!」
ガチャ
文香「五月蝿いです」
まゆ・P「ごめんなさい」
126: 2018/02/22(木) 23:14:36.14 ID:nsPQ3zOO0
ピピピピッ、ピピピピッ
P「…………」
朝だ。
ここのところ数日続けて朝が来ている気がする。
働き者の朝に免じて偶には休みをあげてやってはどうだろうか。
まゆ「鷺沢さん、朝ですよ」
P「はーい……」
んなアホな事を数日続けて考えてないで、さっさと起きないと……
…………
P「…………ん?」
まゆ「どうしたんですか、鷺沢さん」
P「……なぁ、まゆ」
まゆ「佐久間です。朝ご飯の準備が出来てますから、さっさと降りて来て下さい」
バタンッ、とドアが閉じた。
そんな事はどうでもいい。
まゆはいま、なんて言った?
P「…………」
ピッ、ピッ、ピッ
プルルルル、プルルルル
李衣菜『はい、多田ですけどー……って、Pじゃん。どうしたの?』
P「……おはようございます、鷺沢です」
李衣菜『……何?イタズラ電話?』
P「……李衣菜。俺、もうダメかもしれない」
李衣菜『…………は?』
P「あのな?まゆがな……?佐久間になったんだよ……」
李衣菜『…………』
ピッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ
通話を切られた。
学校に着いたら泣き付いてやる。
取り敢えず着替えて、顔を洗ってリビングへ向かう。
127: 2018/02/22(木) 23:15:01.96 ID:nsPQ3zOO0
まゆ「鷺沢さん」
文香「なんでしょうか……?」
まゆ「あ、いえ、文香さんではなくPさ……鷺沢さんの方です」
P「……なぁ、まゆ」
まゆ「なんですか?鷺沢さん」
文香「なんでしょうか……?」
まゆ「あの、Pさ……鷺沢さんの方です」
P「……頂きます」
まゆ「手伝ってあげるので、さっさと食べて下さい……」
P「……美味い」
まゆ「うふふ、それは良かったで……さっさと食べ終えて下さい」
まゆが、豹変してしまった。
急に当たりが冷たくなった気がする。
言われるがままに美味しい朝ご飯を食べ終え、家を出た。
P「……手、繋ぐか?」
まゆ「……うっ、結構です……」
P「……そっか……」
俺が、何か嫌われる様な事をしてしまったんだろうか……
P「……最近、少しずつ暖かくなってきたな」
まゆ「……」
P「もうすぐさ、ギプスも外せるんだよ」
まゆ「……」
P「……なぁ、まゆ」
まゆ「佐久間です」
P「……なぁ、佐久間さん」
まゆ「まゆって呼んで下さいよぉ……」
P「まゆ」
まゆ「うふふ……佐久間ですよぉ」
……俺は、どうすればいいんだ。
結局その後は、大した会話もなく学校に着いた。
128: 2018/02/22(木) 23:15:28.14 ID:nsPQ3zOO0
李衣菜「ねぇP、今朝の電話なんだったの?」
P「なんかまゆがさ、冷たいんだよ」
加蓮「血が通ってないんじゃない?」
P「そんな病的な理由じゃなくてさ……」
取り敢えず、今朝どんな会話をしたかを伝えてみた。
P「……俺、嫌われたのかな……」
李衣菜「嫌いな男子の家に、朝ご飯作りに行かないでしょ」
P「それも、俺の怪我が完治するまでだったり……」
加蓮「追加でもう一本逝っとく?」
P「毎月骨折してればずっと一緒に居られるのか……?」
李衣菜「はいはい、そんなバイオレンスな付き合い方してたら身体が保たないでしょ」
ガラガラ
美穂「Pくん、まゆちゃんが冷たい理由を突き止めましたっ!」
李衣菜「どんな理由だったの?」
美穂「今、智絵里ちゃんと聞いてきたんですけど……」
ポワンポワンポワン~
129: 2018/02/22(木) 23:16:23.90 ID:nsPQ3zOO0
まゆ「……ねえ……美穂ちゃん、智絵里ちゃん」
美穂「どうしたんですか?」
まゆ「……まゆ、これからは……冷たく生きていこうと思います」
智絵里「……シベリアに行くんですか?」
まゆ「このままPさんと幸せな毎日を送っていると……」
美穂「智絵里ちゃん、教室戻ろ?」
まゆ「待って下さいよぉ!せめてお話だけでも!!」
智絵里「……送っていると、どうなるんですか?」
まゆ「別れちゃうんです!」
美穂「よし、戻ろっか」
智絵里「賛成です」
まゆ「うわぁぁぁぁぁんっ!びぇぇぇぇっ!」
智絵里「……うわぁ」
美穂「えぇ……」
まゆ「うふふ。まゆの嘘泣き、上手でしたかぁ?」
智絵里「……グーとパー……どっちが良いかな……」
美穂「一回も二回も同じだし、良いよね?」
まゆ「振り上げた拳を下ろしてくれると嬉しいですねぇ……」
美穂「で、何かあったの?」
まゆ「見て下さいよぉ!この雑誌のこのページを!!」
『付き合って直ぐにイチャイチャするカップルが一ヶ月以内に別れる率、およそ300%!』
美穂「眠い」
智絵里「クローバー」
まゆ「このままだとサドンデスもびっくりの倍率でまゆ達は破局を迎えるんですよぉ!!」
智絵里「……大変ですね」
美穂「困りましたね」
まゆ「ニコニコしながらだと心配されてる気がしませんねぇ……」
智絵里「……別れるんですか?」
まゆ「別れたくないです!なので!まゆは!禁イチャイチャ令を施行します!!」
130: 2018/02/22(木) 23:16:53.88 ID:nsPQ3zOO0
美穂「へー」
まゆ「今日からまずは三日間、Pさんにはただのクラスメイトとして振舞います」
美穂「……今から一時間かな」
智絵里「三十分だと思います」
美穂「負けた方がアイスね?」
智絵里「……乗りました」
まゆ「そしてそこから一週間、少しずつ距離を詰めて……」
智絵里「……あ、折角だから……放課後、一緒に駅の方に行きませんか?」
美穂「良いよ、李衣菜ちゃん達も誘う?」
まゆ「そしてそこからは……うふふ、言えませんねぇ……」
智絵里「……言わなくていいですから」
まゆ「気になりますかぁ?気になりますよねぇ?うふふ、智絵里ちゃんには特別に教えてあげますよぉ!」
美穂「智絵里ちゃん……ごめんっ!」
智絵里「み、美穂ちゃんっ!わたしを見捨てないで……!!」
まゆ「まずはまゆのパーフェクト人生プランからご紹介致しますよぉ!」
智絵里「美穂ちゃん……っ、美穂ちゃん……!!」
美穂「ごめんね……智絵里ちゃん……っ!!」
バタンッ
ポワンポワンポワン~
131: 2018/02/22(木) 23:17:20.02 ID:nsPQ3zOO0
美穂「ーーと、いう訳です」
加蓮「ふーん」
李衣菜「一時間目現国じゃん、だるっ」
P「……ふぅ、良かった……嫌われてた訳じゃないのか」
加蓮「放課後、私も一緒に行っていい?」
李衣菜「私も着いてこっかなー」
P「ん、なら俺も」
加蓮「だめ」
李衣菜「やだ」
美穂「遠慮して下さい」
P「え、なんで?!」
加蓮「だってつまりまゆも憑いてくるって事でしょ?」
李衣菜「多分放課後にはいつものイチャイチャモードに……うん、いつも以上のベタベタモードになってるだろうし」
加蓮「一緒に行動したくない」
ガラガラ
まゆ「……」
P「おう、お帰りまゆ」
まゆ「佐久間です」
P「佐久間さん」
まゆ「……まゆですよぉ」
P「佐久間さん」
まゆ「……うっ……うぅぅぅ……」
P「……まゆ」
まゆ「うふふ、佐久間ですよぉ」
加蓮「は?」
智絵里「……三分でしたね」
李衣菜「帰っていい?」
美穂「まだ一時間目すら始まってませんよ?」
132: 2018/02/22(木) 23:17:47.74 ID:nsPQ3zOO0
P「さて、お昼食べるか」
四時間目が終わって、お昼休みを迎えた。
……けどまぁ、さっきの話を聞く限りまゆがお弁当を作ってくれたとは思えないし。
一応、聞いてみようか。
P「なぁ佐久間さん」
まゆ「…………」
P「……まゆー」
まゆ「うふふ、佐久間ですよぉ」
李衣菜「あのやりとり何回目だっけ?」
美穂「見ている限りで十五回目です」
李衣菜「よく飽きないね」
P「あのさ……俺のお弁当、作ってきてくれたり……」
まゆ「する訳無いじゃないですか」
P「そっか……購買でパンでも買ってくるかな」
即答されると、普通に悲しいな。
まゆ「あら、間違えてお弁当を二つ作ってきちゃいました」
加蓮「何をどう間違えたらそうなるの?」
智絵里「……間違いだらけだと思います……」
まゆ「このまま持って帰っても良いですけど……あら、鷺沢さんはお弁当を忘れちゃったんですか?」
P「え、あぁうん。だから購買で」
まゆ「もしも鷺沢さんがどうしてもと言うのであれば、お一つ譲ってあげても良いんですよ?」
P「いやいいよ、佐久間さんが二つ食べたら?」
まゆ「うぅ……ううぅぅぅぅっ……」
P「…………」
まゆ「うぅぅぅぅぁっ……ぐすっ……うぅぅぅぅぅーー!!」
李衣菜「あの呻き声は?」
美穂「三十回目くらいだと思います」
加蓮「……鷺沢ってさ」
美穂「凄いのと付き合ってますね……」
133: 2018/02/22(木) 23:18:24.70 ID:nsPQ3zOO0
P「……どうしても佐久間さんの作ったお弁当が食べたいなぁ!」
まゆ「……うっ……ううっ……まゆですよぉ……」
P「…………まゆの作ったお弁当が食べたいな!!」
まゆ「……どうしてもと言うのであれば……」
P「どうしても!まゆの作ったお弁当が食べたい!!」
まゆ「……うふふ、佐久間ですよぉ」
李衣菜「バッティングセンターとか行きたくない?」
美穂「此処でやりませんか?」
加蓮「いいね、思いっきり武器振り回したい気分」
智絵里「えっと……バットは武器じゃないですよ……?」
まゆ「鷺沢君がそこまで言うのであれば、仕方がないのでまゆがあーんしてあげますよぉ?」
P「いや、そこまでは言ってないけど……」
まゆ「……あら、まゆとした事がお箸を一膳しか持ってきてませんでしたぁ」
P「なら大丈夫だ、俺カバンに割り箸携帯してるから」
まゆ「…………」
ボキッ!
P「俺の割り箸が!!」
折られた。
目にも留まらぬ速さで横に真っ二つにされた。
まゆ「割り箸が……なんですか?」
P「折られ……折れちゃったからさ、まゆが食べさせてくれると嬉しいな」
まゆ「うふふ……そこまで言うのであれば、仕方ありませんねぇ」
加蓮「誰かあの二人を引き裂いてきてよ」
智絵里「横にですか?」
美穂「縦にだよね?!」
134: 2018/02/22(木) 23:18:50.52 ID:nsPQ3zOO0
まゆ「一膳しか無いんですから、仕方ないですよねぇ。これは決して、イチャイチャしているわけでは……あ」
カラーン
まゆが、箸を落とした。
確か一膳しか無いって言ってた箸を落とした。
まゆ「……うぅ……うっ、ぐすっ……うぅぅっ……」
P「あーよしよし、めんどくさいなぁ」
加蓮「ぽろっと本音漏れたね」
李衣菜「十分耐えた方でしょ」
まゆ「ごめんなさい……まゆ、Pさんに迷惑掛けてばっかりで……」
P「大丈夫だよ、めんどくさいとは思うけど気にはしないから」
美穂「フォロー出来てます?あれ」
智絵里「Pくんは、良くも悪くも素直ですから」
P「ただ、なんだろうな……俺としては、もっと自然なまゆとイチャイチャしたいな」
加蓮「オーガニック栽培ってやつ?」
智絵里「まゆちゃん、野菜だったんですね……」
まゆ「……ありがとうございます。やっぱりまゆも、いつも通りにPさんと過ごしたいです」
P「おう、そうしてくれると嬉しいな」
まゆ「まゆ、オーガニック野菜を目指します!まぶたの裏まで貴方茸ですよぉ!」
P「茸は野菜じゃないぞ」
まゆ「うぅぅぅぅぅぅぅっ!!!びぇぇぇぇっ!!!」
135: 2018/02/22(木) 23:19:21.88 ID:nsPQ3zOO0
翌日。
まゆ「……お、起きて下さいっ!」
P「……おはよう、まゆ」
まゆ「大好きなPさんの為に、わざわざまゆが朝ご飯を作りに来てあげたんですよぉ!」
P「……ん?」
まゆ「もう、まゆがわざわざきてあげているんですから……早く着替えて降りてきて下さいよぉ!」
バタンッ!
P「……」
……なんだったんだ。
そう思いながら布団から抜けると、俺の机の上に雑誌が置いてあった。
その真ん中らへんのページが、たまたま開かれていて……
『男の人はツンデレが好み!関係を長く続けたければコレ!ツンデレ指南100項目!!』
P「……まぁ、可愛いからいいか」
136: 2018/02/24(土) 23:53:33.16 ID:IOVfr+lx0
P「それじゃ行ってきます、姉さん」
まゆ「夕方には戻って来ますから」
文香「はい……いってらっしゃい」
バタンッ
家の扉を閉めた。
P「…………よし」
まゆ「…………はい」
P「デートだぞ!!」
まゆ「はい!忘れられない一日にしますよぉ!」
今日は、デートの日だった。
それもなんと、初デートだ。
今日この日をどれだけ待ちに待った事か。何と言っても初デートなのだから。
腕ももう殆ど治っているし、来週から中間テスト期間だが、だからこそ今日は目一杯楽しまないと。
ピンク色のワンピースに身を包んだまゆは、一段と可愛く可愛い。
P「ところでまゆ」
まゆ「はぁい、なんでしょうか?」
P「その手に持ってる手帳はなんだ?」
まゆ「スケジュール帳ですよぉ?」
P「いや、それは分かってるけど」
まゆ「今日一日でしたい事をリストアップしてきたんです」
P「成る程な。なら、今できそうな事はあるか?」
まゆ「キスですかねぇ」
P「よし、キスするか」
まゆ「待って下さい、迂闊な真似は出来ません」
P「と言うと……?」
まゆ「まゆとPさんは今、家から出たばかりです」
P「……つまり、行ってきますな状態になるな」
まゆ「はい……ですから、今からするキスは行ってきますのキスです」
P「そうなるな」
まゆ「ですから……その、どんなキスを行ってきますのキスにするか決めなくてはいけないんです」
成る程、それは確かにそうだ。
キスにも色々な種類がある。
栄えある初デートの行ってきますのキスをどれにするか、か。
確かに重要な問題と言えるだろう。
137: 2018/02/24(土) 23:54:04.55 ID:IOVfr+lx0
まゆ「どの道いずれ全種類コンプリートするとは言え……困りましたねぇ」
P「困ったなぁ……」
俺がここのところ教科書以上に捲りに捲ったデート指南書にも、初デートの行ってきますのキスに推奨されるキスなんて載っていなかった。
だとすれば、それは自分達で決めるしかない。
P「まゆは、どんなキスがしたい?」
まゆ「ええと……その……まゆ達は、まだ高校生ですよね?」
P「だな、高校二年生だ」
まゆ「つまり、子供です。どうあっても大人にはまだ成れません」
P「老化の薬とかに頼るしかないな」
まゆ「ですが、キスだけなら……大人になれると思いませんか?」
P「……それは……つまり……」
まゆ「……はい。大人なキスです」
P「大人な、キス……」
ごくりと生唾を飲み込んだ。
大人なキスって、それってつまりディープキスって事だろ?
今まで唇を軽く重ねるだけだったのに……
まゆ「……まゆから行きますよぉ」
P「お、おう!」
まゆの背中に腕を回して、軽く抱き寄せる。
すると当然、目の前にはまゆの顔が近付いてきて。
まゆ「……改まってしようとすると、緊張しちゃいますね……」
真っ赤に、恥ずかしそうに目を逸らすまゆ。
俺もまたつられて恥ずかしくなった。
まゆ「……ふぅ……い、いいですか?」
P「あぁ、いつでも」
まゆもまた、両手を俺の背に回してきた。
そのまま、まゆの唇がゆっくりと近付いてきて……
138: 2018/02/24(土) 23:54:45.06 ID:IOVfr+lx0
ちゅ、っと。
軽く唇が重なった。
それから少しずつ、お互いの口が開き……
まゆ「んっ……んちゅ……ちゅう、んぅっ……ちゅ……」
ぎこちないながらも舌を絡め合って。
案外呼吸も出来るもので、そのまま大人なキスを堪能する。
まゆ「っちゅ……んぅ……ちゅぅ……ちゅっ……」
P「……ぷぁ……ふぅ……」
まゆ「……しちゃいましたね、大人なキス」
P「あぁ、しちゃったな」
まゆの顔は真っ赤だが、凄く幸せそうな笑顔だった。
もちろん、俺だって幸せだ。
こんなにも可愛くて素敵な女の子と、こんな風にキスが出来るなんて。
まゆ「……ねぇ、Pさん」
P「ん?なんだ?」
まゆ「今のは、まゆの行ってきますの分です」
P「まゆからしたからな」
まゆ「まだPさんは、行ってきますをしていませんよね?」
P「……それは、えっと……」
まゆ「……もう一回、してくれませんか?」
P「……おう、もちろんだ」
それからしばらくの間行ってきますのキスを数日分堪能して。
結局、家から離れたのは行ってきますから十五分くらい後だった。
139: 2018/02/24(土) 23:55:12.48 ID:IOVfr+lx0
P「さて、何処か行きたい場所とかあるか?」
まゆ「Pさんが行きたい場所であれば、何処でも」
P「ならそうだな……」
初デートにオススメの場所は調べまくったけど。
折角、まゆと一緒な訳だし……
P「よし、遊園地行くか!」
四月に行った時は、まゆは仕事で来れなかったからな。
まゆ「うふふ、良いですねぇ」
P「んじゃ駅向かうか」
まゆ「あ、Pさん。腕を組んでくれませんか?」
P「おう」
両腕で腕組みをする。
まゆ「いえ、そうではなくて……まゆと腕を組んでくれませんか……?」
……めちゃくちゃ恥ずかしい。
よくよく考えなくてもそういう意味だろ。
まゆ「……あら、あらら……?」
P「ん……」
腕を組んで初めて気付いた。
身長差も相間って、思った以上に歩き辛い。
まゆ「ドラマや映画の様にはいきませんねぇ」
P「だな。ま、これから慣れてけばいいさ」
まゆ「……うふふ、そうですねぇ」
不器用に腕を組んだまま、駅へと歩き出す。
ふざけて誤魔化してはいるが、どうだろう。
心臓バックバクに緊張してるの、伝わってないといいな。
140: 2018/02/24(土) 23:55:37.22 ID:IOVfr+lx0
P「さてまゆ、乗りたいジェットコースターはあるか?」
まゆ「実質一択ですよねぇ……?」
辿り着いた遊園地は、もちろん四月に来たあの遊園地で。
過去のジェットコースターが如何にエグいかは当然身を以て理解しているが。
ちょっとまゆの反応が見てみたくなったので、少し勇気を出す事にした。
まゆ「……何か企んでませんか?」
P「いや別に?まったく?これっぽっちも?」
まゆ「嘘がヘタですねぇ……」
P「さて、そろそろ列が短くなって来たけど……なぁまゆ、言い遺す事はあるか?」
まゆ「なんでそんなアトラクションに乗せようとしてるんですか?」
P「まゆの可愛い反応が見たいから」
まゆ「むぐぐ……ご期待に応えられる様、頑張りますよぉ……」
久しぶり、サイクロンツイスタータイフーンハリケーン。
頑張れまゆ。
俺は人目を気にせず悲鳴上げるから。
141: 2018/02/24(土) 23:56:13.95 ID:IOVfr+lx0
P「ふぅ……はぁ……」
まゆ「……うふふ……うふふふふ……うっ……ふぅ……」
二人並んで、ベンチに沈み込む。
やっぱりあのコースターは人類には早過ぎるって。
まゆの悲鳴はザ・女子といった感じでとても可愛かった。
堪能する余裕は無かったけど。
P「ギネスだもんな……速さも高さも……」
まゆ「世界って、広いんですねぇ……」
P「次……何乗る……?」
まゆ「少し待って下さい……まゆの遺言が『世界って、広いんですねぇ……』になっちゃいそうなので……」
P「世界に挑んだ女って感じがするな」
まゆ「正直、今冗談を返す余裕も無いです……」
P「ま、少ししたら次のアトラクション行くか」
またまゆの可愛い悲鳴を聞きたいし、次はお化け屋敷でも行くか。
俺は二度目だし、多分余裕だろ。
そんな事を考えながらお化け屋敷の方を見ると、女子高生二人組が涙ぐみながら悲鳴を上げて飛び出して来た。
……やっぱり、やめておこうかな。
まゆ「……Pさん、今他の女の子を見てませんでしたか?」
P「何を言ってるんだまゆ、俺がまゆ以外の女子を視界に収める訳無いだろ」
まゆ「バレバレな嘘を吐かないで下さい。ダメですよぉPさん、まゆ以外の女の子の事を考えるなんて」
P「美穂は?」
まゆ「まゆともお友達なのでセーフです」
P「李衣菜は?」
まゆ「李衣菜ちゃんもまゆとお友達なのでセーフです」
P「智絵里は?」
まゆ「もちろんセーフです」
P「文香姉さんは?」
まゆ「Pさんの家族なので……ギリギリセーフです」
割と判定が緩かった。
P「加蓮は?」
まゆ「嫌です」
ダメとかアウトですらないのか。
142: 2018/02/24(土) 23:56:49.40 ID:IOVfr+lx0
まゆ「ふぅ……Pさん、立ち上がれ無いので手を握ってくれませんかぁ?」
P「おう、もちろんだ」
まゆの手を引いて、ベンチから起こす。
……ん。
P「そう言えば、まゆっていつでも手首にリボン着けてるよな」
まゆの左手首には、いつも赤いリボンが巻かれている。
一応校則違反だった気はするけど、まゆの事だから上手く言い訳したんだろう。
あと手首、汗で蒸れないのかな。
まゆ「……気になりますか?」
P「まぁうん。いつも着けてるなーって」
まゆ「……言えません。これは、我が佐久間家に代々伝わる禁忌の掟」
P「まさか、封印された闇の力が……っ!」
まゆ「これをPさんに話してしまえば……きっと、ただでは済まされません」
いつも思うけど、まゆ凄くノリ良いな。
友達沢山いそうだし、明るいのはこういう性格が所以しているのか。
まゆ「ごほん。ふふっ、本当の理由は……まだ内緒です。聞きたければ、Pさんも佐久間家の一員になって貰わないと」
P「まゆが鷺沢家の一員になるんじゃダメなのか?」
まゆ「……えっ?あ、あぅ……うぁ……」
ん、なんか俺今とんでもない事言った気がする。
まゆ「……内緒ですよぉ」
P「ダメかー」
まゆ「……気にならないんですかぁ?」
P「気になるけどさ」
まゆ「ふふ、赤いリボンは私の愛の証……リボンは永遠の絆、赤は情熱の色です」
P「へー」
まゆ「もっと興味を持って問い詰めようとして下さいよぉ……」
P「今はまだ内緒なんだろ?」
まゆ「そうですけどねぇ。お仕事の時も、絶対外さないんです」
そう言えば昔。
俺も誰かに、リボンを巻いてあげた事があった気がする。
誰だっけ……文香姉さんだったかな。
まゆ「さて、次はどのアトラクションに乗るんですかぁ?」
P「お化け屋敷」
まゆ「却下ですよぉ」
P「なんで?」
まゆ「怖いからです」
P「合法的にお互い抱き付けるぞ」
まゆ「何をしてるんですかぁPさん!はりーあっぷ!早く行きますよぉ!」
143: 2018/02/24(土) 23:57:36.64 ID:IOVfr+lx0
P「ふぅ……はぁ……」
本日三十分ぶり二度目、俺達はベンチに沈み込んだ。
戦慄ラビリンスは当然ながら途中退出した。
まゆが入場して即俺にしがみついて、身動きが全然取れなくなったからだ。
涙目でしがみついてくるまゆが可愛かったから俺としては満足だけど……
まゆ「うぅ……Pさぁぁぁん……」
未だに抱き付いてポコポコと殴ってくるまゆがもう可愛すぎて堪らない。
P「ごめんって、まゆがそこまでホラー苦手だと思わなくってさ」
まゆ「許しませんよぉ……許して欲しければ……」
P「欲しければ……?」
まゆ「……何も考えてませんでした……」
なんだこの可愛さのジェットコースターは。
火力がギネス十冊分をゆうに超えている。
まゆ「ではPさん、まゆが今して欲しい事を当てて下さい!」
P「俺にして欲しい事を当てて欲しい!」
まゆ「合ってますけど……そういう問題では無くてですねぇ……」
P「……キス?」
まゆ「素敵な提案ですねぇ……でも、ここは人が見てますから」
P「うーん……なんだろ?甘い物が食べたいとか?」
まゆ「惜しいですねぇ、テストだったら三角が貰えますよぉ」
P「……!分かったぞ!」
まゆ「そうです!それですよぉ!!」
P「三角関係だ!」
まゆ「は?」
P「ごめんなさい」
まゆ「……聞かなかった事にしてあげましょう」
P「……クレープ食べる?」
まゆ「当然、食べさせてくれるんですよね?」
P「……あ、成る程な。もちろんだ」
まゆはザ・恋人みたいな事に憧れている節もあるし。
多分あーんをして欲しいのだろう。
屋台でクレープを二つ買って、ベンチに戻る。
144: 2018/02/24(土) 23:58:13.48 ID:IOVfr+lx0
P「はい、まゆの分」
まゆ「……あーんして欲しいのに……」
P「言葉が足りなかったな。まゆが俺に食べさせる分だ」
まゆ「……!突然理解が深まりだしましたねぇ」
P「いやだって、今朝見たまゆの手帳に書いてあったし」
まゆ「……何処まで見ちゃいました?」
P「言ってきます編からデート編までだ」
まゆ「……ふぅ、セーフですよぉ」
P「ちなみにその次のページにはどんな事が」
まゆ「ダメです」
P「はい」
まゆ「まだ日が昇っているうちにする様な事じゃありませんから」
P「……え?」
まゆ「……さてPさん!あーんをしますよぉ!」
P「お、おう!」
聞かないでおこう。
多分俺が我慢出来なくなっちゃいそうだし。
まゆ「はい、Pさぁん。あーん」
まゆがクレープを此方に向けてきた。
P「あーん……ん、美味しい」
まゆ「さて、次はPさんのターンですよぉ」
P「よし、まゆ。あーん」
俺の差し出したクレープを、まゆが一口齧る。
まゆ「……うふふ……とっても美味しいです」
P「……そうか」
まゆ「あら?あらあらあらあら?照れてるんですかぁ?」
何故だか勝ち誇った様な顔をするまゆ。
P「……まぁ、恥ずかしくないって言えば嘘になるな」
まゆ「嘘を吐かないのは素敵だと思いますよぉ」
P「まゆは恥ずかしくないのか?」
まゆ「恥ずかしさを感じる余裕も無いほど、幸せでいっぱいですから」
P「……待ってタンマ、多分俺今めっちゃ顔が情熱色してると思う」
145: 2018/02/24(土) 23:58:40.52 ID:IOVfr+lx0
まゆ「うふふ……さあPさん。あーん」
P「あ、あーん」
こうなればもうヤケだ。
まゆから差し出されたクレープに勢い良く齧り付く。
すっ。
P「んむっ」
口を付けた瞬間、クレープが横にズラされた。
まゆ「あらあらPさん、ほっぺにクリームが付いちゃってますよぉ」
P「付けられたんだけど」
まゆ「付いちゃってますよぉ」
P「まじか、気付かなかった」
まゆ「仕方ありませんねぇ……ふふ、まゆが取ってあげます」
まゆが指で、俺の頬に付いたクリームを拭き取って。
そのままペロンと、指に付いたクリームを舐めた。
まゆ「うふふ、ご馳走様です」
P「……さて、次は何に乗る?」
まゆ「照れ隠しも下手ですねぇ」
P「果たしてまゆが赤だと認識している色は、他の人にとっても赤なのか」
まゆ「誤魔化すのも下手ですねぇ」
P「イジメは良くないぞ、まゆ」
まゆ「苦手だと言っているのにお化け屋敷に誘ったのは何処の誰方でしたか?」
P「大変申し訳ありませんでした」
まゆ「Pさんの照れ顔に免じて、許してあげます」
P「よし、んじゃ次のアトラクション行くか」
146: 2018/02/24(土) 23:59:16.51 ID:IOVfr+lx0
メリーゴーランド、コーヒーカーップ、フリーフォール、迷路と大体のアトラクションを巡って。
気が付けば、陽は既に傾き始めていた。
楽しい時間はあっという間だ。
次にのるアトラクションで最後にしておかないと、寮の門限が過ぎてしまう。
P「次でラストにしとくか」
まゆ「でしたら……まゆ、あれに乗りたいです」
まゆが指差す先には、観覧車があった。
まゆ「ところで……その、あの観覧車はどんな仕掛けがあるんですか?」
P「あれはこの遊園地にしては珍しく普通の観覧車だよ」
まゆ「……ゴンドラが縦に回転したり」
P「そんなギミックは無いから。前乗ったから知ってるって」
まゆ「……誰と?」
P「……だ、誰だっけなー?文香姉さんとだったかな?」
まゆ「誰と乗ったんですか?」
P「……美穂とです」
まゆ「キスは?キスはしたんですか?」
P「……その……うっ、頭が……」
まゆ「……はぁ。結構です、気を遣って貰わなくて」
P「えっと……すまん」
まゆ「まだその時は、付き合っていませんでしたし……美穂ちゃんの方から、ですよね?」
P「……まぁそうだけど……」
まゆ「……ふぅ、今の会話は無かった事にしましょうか。さて……ラストアトラクションですよぉ!」
テンションの切り替えが凄いなぁ。
147: 2018/02/25(日) 00:01:13.79 ID:QN6hVDdR0
二人並んで、観覧車に乗り込む。
少しずつ登るゴンドラと反対に、太陽は少しずつ沈み始めていた。
P「確か一周三十分弱だったっけな」
まゆ「短いですねぇ」
P「観覧車ってそんなもんじゃない?」
まゆ「Pさんと二人だけの空間……このまま永遠に、続けばいいのに……」
ガコンッ
風が吹いて、ゴンドラが揺れた。
まゆ「……うぅ、Pさぁん……地上はまだですかぁ……?」
目にも留まらぬスピードで、まゆが俺に抱き付いて来た。
P「……永遠に、なんだっけ?」
さっきの仕返しをしながらも、まゆを優しく抱き締める。
ここなら誰も見ていないし、何をしたって大丈夫だろう。
まゆ「……ふぅ、取り乱しました」
P「最近のまゆ、表情がコロコロ変わるな」
まゆ「そんなまゆは嫌ですか?」
P「すっごく嬉しいよ、いろんなまゆを知れて」
まゆ「……Pさんと付き合ってから、初めて知ったんです。まゆは、自分で思っていた程強く無いって」
P「そうなのか?」
まゆ「小さな事で嫉妬したり、小さな事で喜んだり。前までだったら、笑顔を崩す事なく流せていた筈なんですけどねぇ」
P「……それは、悪かった」
俺が、ずっと笑顔でいて欲しいなんて。
そんな酷い事を言ってしまったから……
148: 2018/02/25(日) 00:02:54.27 ID:QN6hVDdR0
まゆ「いえ、Pさんを責めている訳ではありません。単に、前までのまゆは……どこか、他人事だと思っていたんです」
P「他人事、ね……」
まゆ「知識だけはありましたから。Pさんがどんな人か、まゆがどんな事をすれば喜んで貰えるか。でも……」
ふふ、と。
微笑んで、優しく唇を重ねてくるまゆ。
まゆ「当事者になって……まゆがPさんと恋人になって、改めて知りました。悲しい気持ちになる事も……こんなに、嬉しい気持ちになる事も」
P「やってみなくちゃ分からないよな、そういうのって」
まゆ「キスだって、抱き締め合うのだって、夢の中なら何度も何度もしてきました……でも、実際に現実でするのは……全然違って、心に余裕なんてありませんでした」
P「今は、どうだ?」
まゆ「Pさんには、どう見えますか?」
P「……すっごく、嬉しそうだ」
まゆ「正解です。でも、今のまゆの嬉しさも……夢でシミュレーションしたものとは全然違いました」
P「どう違った?」
まゆ「すっごく、幸せです。夢の何倍も、何十倍も、きっと言葉じゃ言い表せないくらい……まゆは、とっても幸せなんです」
P「そっか。なら、良かった」
まゆ「……Pさんの事を知るのが、まゆの幸せでした。どんな事でも知りたくて、どんな事でも知っていたくて。でも……恋愛においては、そうじゃありませんでした」
P「知りたく無い事があったって事か?俺のその……本みたいに」
まゆ「いえ。Pさんがどれだけ苦しい思いをしているか、どれだけ辛い思いをしたか……それを知ってしまうのは、辛い事でした」
P「……そっか」
まゆ「知ってしまって、悲しくなる事もある……それもまた、恋をして知った事です」
まゆ「でも……それを受け入れて、抱き締めて、乗り越えて……きっとその先には、もっと大きな幸せがあるって事も、まゆは知ったんです」
まゆ「これからももっと、まゆはPさんの事を知りたい……Pさんに、まゆの事を知って欲しいです」
それは、きっと。
まゆはまだ、俺に知られたくない事があるという事で。
それをいつか知った時に、それでも俺に受け入れて欲しいという事で。
P「……あぁ、俺もだ。これからももっと、まゆの色んな事を知りたいな」
まゆ「うふふ、まゆもです」
149: 2018/02/25(日) 00:03:31.59 ID:QN6hVDdR0
P「ところでまゆ、いつまで抱き付いてるんだ?」
まゆ「Pさんが離すまで、です」
P「寮の門限に間に合わなくなるぞ?」
まゆ「……ふふ、今日はお仕事で帰れないって、きちんと申請してありますから」
心臓がバクンと跳ねた。
P「……え?それは……えっとー……」
まゆ「……もう一度、Pさんに尋ねます。Pさんはまゆに……いつまで、抱き付いていて欲しいですか?」
顔を真っ赤に染めて、それでも真っ直ぐ俺の目を見つめるまゆ。
日が沈みきった今、その頬の色を夕陽のせいには出来なくて。
P「……ずっと、かな」
まゆ「うふふ、望むところです」
150: 2018/02/25(日) 00:05:32.79 ID:QN6hVDdR0
P「ただいまー……あれ、姉さん?」
まゆ「た、ただいま戻りました……誰も居ないみたいですねぇ」
心臓をバクバクさせながら家に帰ると、店のシャッターは閉じられていた。
電気も消えていて、家に人の気配は無い。
電気をつけると、リビングのテーブルには書き置きが残されていた。
『今日は友人の家でレポート作成をするので、明日の夕方まで帰れません。文香』
……もしかして、気を使ってくれたのだろうか。
文香姉さんには、今日はまゆとデートだって伝えてあるし。
P「えっと……じゃあ、先にシャワー浴びちゃってきてくれ」
まゆ「ひゃ、ひゃいっ!」
お互いに緊張しまくっている。
帰りの電車も、殆ど会話無かったからなぁ。
まゆが抱き付いてて密着してたせいで、お互いの鼓動が煩かった。
P「あ、着替え無いよな?」
まゆ「ええと……鞄に、一応……」
P「……えっ?」
まゆ「あ、ありません!Pさん、シャツを貸して下さい!!」
P「お、おうっ!」
何も聞かなかった事にして、まゆを風呂場に向かわせた後着替えを取りに部屋へ戻った。
緊張し過ぎて手と足が震える。
取り敢えず部屋を軽く片して、引き出しからワイシャツを取り出した。
後は……どうしよう。ワイシャツだけでいいか。
P「着替えここに置いとくぞー」
まゆの脱いだ服を見たい気持ちを全力で押し頃し、部屋に戻る。
……ふー……落ち着け、何の為に本を読んできたと思ってるんだ。
いや、初めてに備えて読んでたつもりは無かったけど。
151: 2018/02/25(日) 00:06:09.89 ID:QN6hVDdR0
コンコン
P「は、はぁい!」
声が裏返った。
ガチャ
部屋の扉が開いて、ワイシャツ姿のまゆが恐る恐るといったように入ってきた。
まゆ「あの……ワイシャツしか置いて無かったんですけど……」
P「……まじで?気付かなかった!」
まゆ「……うぅ……恥ずかし過ぎますよぉ……」
それでもさっきまで着ていた服を着るという選択肢を選ばなかったまゆに、一段と興奮した。
シャツの裾から伸びる太ももに視線が行きそうになるが、変態と思われたくないので胸元に目を向けた。
まゆ「……どこ、見てるんですか?」
悪戯っ子の様な笑顔で、俺の耳を抓ってくる。
P「えっと……華やかな未来だったりとかそんなん」
まゆ「正直に言ってくれたら……そうですねぇ。イイコト、してあげますよ?」
P「胸です」
まゆ「ヘンタイさんですねぇ。まったく……そんなヘンタイさんにはなんにもしてあげません」
P「しょうがないだろ、そんな薄着一枚の湯上り姿とか見るなって言う方が無理だ」
まゆ「何処の誰が、ワイシャツ一枚しか用意してくれなかったんでしょうねぇ?」
P「その……すみません」
まゆ「もう……早くシャワー浴びて来て下さい」
P「あいよ、適当に寛いでてくれ」
着替えを持って、部屋から出る。
「……ふうぅぅぅっ!緊張しましたよぉぉぉぉぉっ!!」
それと同時に、まゆの声が聞こえてきた。
あぁもう、可愛いなぁ。
152: 2018/02/25(日) 00:06:44.21 ID:QN6hVDdR0
シャワーの温度を熱めにして、頭から浴びる。
……ふぅ、よし。
出来る限り冷静を装って部屋に戻ろう。
シャツとハーフパンツを着て部屋に戻ると、まゆが手帳を開いていた。
P「……まゆー?」
まゆ「……えっ?あ、は、はいっ!」
P「何見てたんだ?」
まゆ「す、スケジュール帳ですよぉ……?」
慌てて手帳を鞄にしまおうとして、まゆがそれを落とした。
パサッと広がった手帳のそのページには、まゆのしたい事一覧が書かれていて……
P「……あの……まゆ?」
まゆ「うぅ……見ないで下さい……」
以前まゆが俺から没収した『本』の様な事が、沢山書かれていた。
言われたい台詞とか言いたい台詞とか、もろそのままで。
まゆ「……あの、Pさん……」
冷静でいるとか無理だった。
ベッドに腰掛けていたまゆを、そのまま押し倒す。
まゆ「あぁ……あの、まゆ……初めてなので……」
優しくして下さいね?
その言葉と同時に。
俺の理性は崩壊した。
154: 2018/02/26(月) 21:01:34.60 ID:WmpCJ7uqO
P「……飛行機って、なんで飛ぶんですかね」
ちひろ「飛行機だからだと思いますけど……航空力学的なお話をご所望ですか?」
P「……陸地や海を走る飛行機があっても良いと思うんです」
ちひろ「それほんとに飛行機ですか?」
修学旅行一日目。
当然ながら一番最初のアトラクションは飛行機による空中ツアーで。
この飛行機のチケットが天国への片道切符にならないことを祈りつつ、俺は気圧差の耳キーンに耐えていた。
ちひろ「飛行機での事故発生率は車より圧倒的に低いから大丈夫ですよ、鷺沢君」
隣の席は千川先生だった。
男女別々に出席番号順だった為、俺が一番先頭だったからだ。
おかげで隠し持って来たスマホで音楽を聴くことも叶わない。
数少ない友達が近くにいないからトランプも出来ない。
ちひろ「修学旅行までに骨折が治って良かったですね」
P「ギブス着けてた方が事故の時の生存率が上がったりとかしませんかね」
ちひろ「誤差だと思いますけど……そもそも、沖縄まで二時間程しかかかりませんから」
P「事故が起きるのに二時間も必要ありません。一瞬ですよ一瞬」
ちひろ「鷺沢君は自分の不安を煽りたいんですか?」
とはいえ、着いてからの事が楽しみ過ぎて仕方ないのも本音だ。
沖縄なんて行ったことがない。
本当にシーサーやシークァーサーが沢山居るのだろうか。
カヌーも漕いだ事ないし、サメも実物を見た事ないし。
P「……そう言えば、沖縄そばとソーキそばって何が違うんですか?」
ちひろ「乗ってるお肉の違いだった気がします」
P「へー」
ちひろ「あの、尋ねたならもう少し興味持ちませんか?」
P「にしても部屋俺一人とか寂し過ぎませんかね。朝には冷たくなってるかもしれませんよ」
ちひろ「うさぎですか鷺沢君は……」
千川先生との会話もなかなか面白い。
あっという間に、飛行機は着陸に向かい始めていた。
P「……俺、無事着陸出来たら沖縄そばとソーキそばの違いについて解き明かしたいです」
ちひろ「さっき教えたのできちんと着陸して下さい」
155: 2018/02/26(月) 21:02:11.72 ID:WmpCJ7uqO
特に事故が起きる事なく、飛行機は那覇空港に着いた。
飛行機を降りたクラスメイト達は半分くらいが疲れ切っている。
加蓮「……うぇぇ……二度と乗んない……」
P「俺も乗りたくない……でも乗らないと帰れないらしいぞ……」
李衣菜「沖縄ってなんか良いよね!なんだろ、こう……ロックな空気がする」
美穂「李衣菜ちゃんは元気だね……わたし、もう……」
加蓮「李衣菜から元気を引いたら何が残るの?」
李衣菜「何も残らないって言いたいの?」
美穂「あ、ありますよ?えっと……ええーっと……あ、裕福な家庭!」
P「アホな事言ってないでバス乗ろうぜ。暑過ぎてしんどいわ」
沖縄の六月はとんでもなく暑かった。
八月になったら、一体どんな煉獄になってしまうんだろう。
P「そういえばまゆと智絵里は?」
李衣菜「智絵里ちゃんが荷物探すのに手間取ってて、それにまゆちゃんが付き合ってるのなら見たよ」
ちひろ「はーい、早くバスに乗り込んで下さい。席は自由で良いので奥から詰めていって下さいね」
加蓮「何モタモタしてんの行くよ鷺沢!」
美穂「一番後ろの五人がけの席を確保しましょう!」
李衣菜「一番は私が頂くよ!」
……元気だ事。
さっきまでの疲れなんてもう忘れてるんだろうな。
まゆ「お待たせしましたぁ」
智絵里「すみません……時間かかっちゃって……」
智絵里ちゃんとまゆも、少し遅れて追いついて来た。
まぁ休む暇なくすぐにバスまで移動だけど。
P「三人は先に乗って一番後ろの五人がけ確保してるっぽいぞ」
まゆ「つまり、前の方に座れば邪魔は入らないって事ですよね?そういう提案ですよね?ね?」
智絵里「まゆちゃん、早く乗って下さい」
一番後ろから一つ手前の席には、既に他の女子が座っていた。
P「って言うか五人がけじゃ一人座れないじゃん。俺は適当な場所に座るよ」
まゆ「お隣、お供させて頂きますよぉ」
智絵里「まゆちゃん、早く奥に進んで下さい」
まゆ「あっあっあっPさぁん!ついてきて下さぁい!!」
智絵里「……早く進んで?」
まゆ「はぁい……」
みんなと離れ離れになった。
俺は空いている適当な席に腰掛ける。
ちひろ「あ、鷺沢君。お隣良いですか?」
……また音楽聴けないじゃないか。
まゆ「千川先生、席交換しませんかぁ?!」
ちひろ「佐久間さん、そろそろ出発なので座っていて下さい」
まゆ「……黄緑!蛍光色!目に眩しい!!」
ちひろ「それ罵倒のつもりで言ってるんですか?」
156: 2018/02/26(月) 21:02:53.17 ID:WmpCJ7uqO
加蓮「鷺沢早く撮って!ここすっごく眩しいから!!」
美穂「この場所で撮ろうって言ったの加蓮ちゃんだよね?」
P「撮るぞー。はい、ポーズ」
パシャり。
カメラのシャッター音が響く、夏の首里城前にて。
クソ暑い中直射日光をダイレクトに受けながら、加蓮と美穂のツーショットを撮る。
加蓮「どう?上手く撮れた?」
P「あ、加蓮目瞑ってるわ」
加蓮「もっかいもっかい!もう一回撮ろ?!」
美穂「せめて場所変えませんか……?」
建物内の見学は直ぐに終わってしまい、撮影活動に精を出していた。
出来ればコンビニとか涼しい場所で休んでいたかったんだけどな……
加蓮「にしても……あっつくない?」
美穂「ですね……沖縄って、こんなに地球温暖化が進んでたんですね」
加蓮「暑過ぎて汗凄いんだけど。サウナより健康になれそう」
美穂「お昼にあれだけポテト食べてた人が健康なんてワード使っても説得力無いよ?」
加蓮「美穂割と私に対して当たり強くない?」
美穂「ねぇPくん。Pくんの写真も撮ってあげますよ?」
P「俺は別に良いかな。自分の写真なんて見返す機会も無いし」
加蓮「なら美穂とのツーショットにすれば?」
美穂「良いですね!良いですよね?良いよね?!」
P「お、おう……」
勢いに負けて、美穂とツーショットを撮る事になった。
カメラマンは加蓮だ、心配しかない。
157: 2018/02/26(月) 21:03:27.30 ID:WmpCJ7uqO
加蓮「眩しっ!二人とも反対側に立ってくれない?」
P「それだと俺たちが眩しくなるだろ」
加蓮「もういいや、私が我慢してあげる」
デジカメを構えて、タイミングを伺う加蓮。
加蓮「はい二人とももうちょっと寄ってー」
美穂「はーい」
P「どうだー?」
指示通りに身体を寄せ合う。
……汗の匂い、大丈夫だろうか。
少し不安になって、シャツの袖を鼻に当ててチェックする。
美穂「大丈夫かな……」
見れば、美穂も全く同じ事をしていた。
なんだかおかしくて笑ってしまう。
美穂「ど、どうかしましたか?」
P「いや、同じ事気にしてるなーって」
美穂「……大丈夫ですか?暑くてすっごく汗かいちゃってるから……」
P「大丈夫だよ、いつもの美穂の香りが……」
……セクハラでは?
途中で気付き言い止まった。
美穂「……うぅ……」
顔を真っ赤にして、俯いてしまう美穂。
P「……すまん」
美穂「い、いえ……その、恥ずかしくて……」
加蓮「……撮るのやめていい?」
美穂「あっ、ご、ごめんなさい!」
P「よーし加蓮!撮ってくれー!」
加蓮「ぱしゃ、撮ったよ」
P「撮ってないだろ」
加蓮「はい、ポーズ!」
パシャッ
シャッター音が響く。
158: 2018/02/26(月) 21:04:06.92 ID:WmpCJ7uqO
加蓮「……美穂、顔真っ赤だね」
美穂「お、沖縄のせいです!」
P「暑さのせいじゃないのか」
加蓮「それじゃ、後でスマホに移してラインで送っとくから」
美穂「あ、せっかくですから加蓮ちゃんとPくんも一緒に撮ったらどうですか?」
加蓮「私?私はいいや、別に」
美穂「記念に、どう?」
加蓮「何の記念なの?」
美穂「えっと……六月?」
加蓮「もうちょっと考えてから喋ろ?」
美穂「加蓮ちゃんは、撮りたくないんですか……?」
加蓮「……はいはい、そこまで言うなら撮られてあげる」
P「めっちゃ嫌がられると普通に辛いな」
加蓮「はい鷺沢、もうちょっと近付いて」
P「おっ、おう」
肩をくっつけて、首里城をバックに並ぶ。
加蓮「……汗、匂わない?」
P「さっきの俺たちと同じ事考えてるな」
加蓮「想像以上に暑かったからね。シャツ透けてないといいんだけど」
P「大丈夫っぽいぞ?」
加蓮「っ!いちいちチェックしなくていいから!!」
美穂「……あの、やっぱり撮らなくていい?」
加蓮「さっきの私の気分、分かってくれた?」
美穂「……ごめんなさい……」
加蓮「分かれば良し。さ、早く撮って?」
159: 2018/02/26(月) 21:04:39.32 ID:WmpCJ7uqO
美穂「はい!撮りますっ!位置についてー!」
P「走るの?」
加蓮「ポーズどうする?」
P「クラウチングスタートで良いんじゃないか?」
加蓮「二人三脚のスタートダッシュには向かないんじゃない?」
P「そもそも走ったら写真撮れないな」
加蓮「そこは美穂の腕に期待しよ?」
美穂「……よーーーーーい」
まぁ、ピースでいいか。
心底呆れた様な表情で此方に向けられたカメラのレンズに視線を合わせる。
美穂「どんっ!」
まゆ「ばぁ!」
加蓮「きゃっ?!」
P「うぉっ?!」
パシャッ
シャッター音とほぼ同時に、まゆの手が俺と加蓮の肩に乗せられた。
驚いてすげー間抜けな声と表情してたと思う。
加蓮「ちょっとまゆ!今写真撮ってたんだけど!!」
まゆ「写真を撮るのに、良い雰囲気を作る必要はありませんよねぇ?ねぇ、Pさん?」
加蓮「別に、ただ喋ってただけじゃん」
まゆ「この近さで、ですかぁ?」
P「良い雰囲気だったか?」
まゆ「真後ろに居たまゆ的にはアウトですねぇ、余裕で浮気です」
P「大変申し訳ございません」
加蓮「鷺沢はもうちょっと堂々としてなよ。こんなんでアウトなら女子と会話出来ないよ?」
まゆ「加蓮ちゃん以外ならセーフです」
加蓮「は?」
まゆ「なんですか?」
P「はいはい。んでまゆ、李衣菜と智絵里はどうしたんだ?」
まゆ「智絵里ちゃんが千川先生にスマホ見つかっちゃって、二人でなんとか返して貰おうと頑張ってましたよぉ」
味方してあげろよ。
……いや、多分何したところで修学旅行終わりまで返ってこないだろうけど。
160: 2018/02/26(月) 21:05:06.00 ID:WmpCJ7uqO
まゆ「さて、Pさん。まゆともツーショットを撮りますよぉ!」
加蓮「私は撮ってあげないよ?」
美穂「あっ、ごめんなさい。わたし、家の決まりでまゆちゃんと誰かのツーショットを撮っちゃいけないんです……」
まゆ「大変申し訳ごめんなさい……撮って下さい……」
加蓮「……しょうがないね。まゆと其処の壁とのツーショットなら撮ってあげるけど?」
まゆ「金輪際加蓮ちゃんにはお願いしません」
加蓮「へーそんな事言っていいんだ?折角撮ってあげようと思ってたのになー」
美穂「早く涼しい所に行きたいので、わたしが撮ってあげます」
まゆ「ご協力痛み入りますよぉ」
まゆが腕に抱き付いて来た。
……暑い。
まゆ「さぁPさん!其方からもまゆに抱き付いて下さい!さぁ!」
美穂「やっぱりやめていいですか?」
加蓮「鷺沢ー早く涼しいところ行こ?」
P「すまん十秒だけ付き合ってくれ!!」
161: 2018/02/26(月) 21:05:40.41 ID:WmpCJ7uqO
P「……疲れた……」
修学旅行一日目が終わり、俺はホテルのベッドに倒れ込んだ。
食後の満腹感も相まってとんでもなく眠い。
明日も暑いだろうし、カヌーは凄く体力消耗しそうだなぁ。
そしてやっぱり、一人部屋は普通に寂しい。
ピロンッ
P「ん……?」
ラインが来た。
相手は……まゆか。
『こんばんは』
『こんばんは。どうした?』
『まゆですよぉ』
『ご存知ですけど』
『私も一緒の班だよ!』
『誰だお前』
『多田だけど?!』
『自分のスマホ使えよ』
『わたしは緒方です……!』
『こんばんは、智絵里』
『ねぇP、私の時と対応違い過ぎない?』
『で、何の用だったんだ?』
『今、通話掛けても大丈夫ですかぁ?』
『おっけ』
162: 2018/02/26(月) 21:06:22.14 ID:WmpCJ7uqO
テテテテテテテテテテテテンッ
ピッ
P「もしもしー?どうした?」
まゆ『こんばんは、Pさん。まゆの声を聞けて嬉しいですか?』
P「あぁ、凄く嬉しい」
李衣菜『あ、まゆちゃんが倒れた』
智絵里『そのままにしておきませんか……?』
P「……で、何の用だったんだ?」
まゆ『Pさんの声を聞きたかったんですよぉ』
P「奇遇だな、俺もまゆの声が聞きたかった」
李衣菜『……またまゆちゃんが倒れた』
智絵里『……あの、Pくん』
P「ん?なんだ?」
まゆ『Pさん、今からそちらの部屋にお邪魔していいですかぁ?』
P「ダメだろ、先生に見つかったら正座じゃ済まされないぞ」
李衣菜『ならPがこっち来たら?』
P「なぁ李衣菜、今の俺の言葉聞いてた?」
まゆ『Pさぁん!明日のカヌーのペア、加蓮ちゃんとまゆを交換しませんかぁ?!』
P「俺に言われてもな……」
李衣菜『っていうかそれ私の前で言う?』
智絵里『李衣菜ちゃん……えっと、冷蔵庫の角は本当に危ないですよ?』
まゆ『助けて下さいPさぁん!』
李衣菜『私そんな事してないよ?!』
163: 2018/02/26(月) 21:06:50.03 ID:WmpCJ7uqO
『コンコン、声が外まで響いてますよー』
李衣菜『やばっ』
まゆ『お休みなさい、Pさん!』
智絵里『あ……お休みなさい、Pくん』
ピッ
……嵐のような通話だった。
折角沖縄なんだしスコールって表現しとこう。
まぁ、三人が楽しそうだしいいか。
P「……はぁ」
そんなこんなで、修学旅行一日目は終わった。
修学旅行なのに一人で寝るのは、思ったより寂しかった。
辛い。
171: 2018/03/02(金) 18:53:57.70 ID:WPYKiLQCO
李衣菜「さぁまゆちゃん!トップを狙うよ!!」
まゆ「待って下さい李衣菜ちゃん!まゆは、まゆはPさんの側に!」
李衣菜「まゆちゃんが言ったんでしょ?一位を狙うって!」
まゆ「……女に二言はありません!やるからには圧倒的勝利を収めますよぉ!」
李衣菜「うっひょぉおぉぉぉぉっ!」
まゆ・李衣菜ペアが面白いくらいの速度で視界から消えて行った。
あいつら遊覧の意味分かってるのか?
智絵里「ふぅ……えへへ……」
美穂「わぁ……楽しいね、智絵里ちゃん!」
智絵里「すっごく、落ち着きますね……」
あぁ、あのペアを見てると癒されるな。
どちらもオールを漕ぐ力が全然ないからか、進行はかなりゆっくりだけど。
そして……
加蓮「あー……あっつい。あつくない?鷺沢」
P「陽が出てないだけマシとは言え……暑いな」
俺たちは、そこそこのスピードでマングローブのトンネルを進んでいた。
172: 2018/03/02(金) 18:54:23.09 ID:WPYKiLQCO
加蓮「なんとかしてよ」
P「なんとか出来る様な奴に、そんな風に頼むな」
加蓮「……でも、まぁ悪くないね。この揺れてる感じも、景色も」
P「癒されるよな。これで暑くなかったら完璧だった」
加蓮「クーラーの温度下げて」
P「困った事にクーラーが無いんだよ」
加蓮「じゃあ南極目指そ?」
P「悪い、俺今日パスポート持って来てないんだ」
ゆっくり、ゆっくりと景色が流れていく。
加蓮と下らない会話をしながら。
そんな時間も、悪くない。
加蓮「のどかだね」
P「なー、心が穏やかになるわ」
加蓮「あー……この時間がずっと続けば良かったのに」
P「分かる」
加蓮「ほんとに分かってる?」
P「ごめん、分かってないかも」
加蓮「なにそれ、鷺沢みたい」
P「いや、俺鷺沢だけど……」
ケラケラと笑いながら、オールを漕ぐ加蓮。
なんだか、楽しそうだ。
173: 2018/03/02(金) 18:55:05.24 ID:WPYKiLQCO
P「……ん?」
少し先の方が、やけに白くなっている。
ズァァァァァッと何かが水面に叩き付けられている音が聞こえてきた。
まるでそこから先は雨が降っているかの様に……
P「ってうわ!スコールじゃん!」
ほんの数メートル進んだだけで、一気に豪雨が降ってきた。
こう言う時はどうすればいいんだろう。
P「取り敢えず陸地に上がるか!」
加蓮「鷺沢っ!」
P「なんだっ?!」
加蓮「スコールって強風って意味だから、大雨の意味は無いらしいよ!!」
P「絶対今必要な知識じゃない!!」
急いでカヌーを傍に寄せて陸地に上がる。
面白いくらいの速度でカヌーの底に水が溜まって行く。
まぁ多分十五分もすればやむだろう。
その間は木の陰で雨宿りをすればいい。
……マングローブじゃ大して雨は凌げなかった。
174: 2018/03/02(金) 18:55:31.95 ID:WPYKiLQCO
P「あー……体育着に着替えさせられたのってこれが理由でもあるのかもな」
加蓮「うわ、びちょびちょ……最っ悪」
P「凄い雨だな……」
お互い、雨に打たれて服も髪もびっちょびちょになっていた。
……うちの体育着、白いから割と透けるんだな。
加蓮「なにジロジロ見て……きゃっ、変態っ!」
P「見てないから大丈夫!しばらくの間目を瞑ってるから!」
……デカいな。はい、何でもありません。
兎も角、急いで目を瞑る。
加蓮「……本当に見てない?」
P「見てない、神に誓って」
加蓮「薄紫色に透けてたでしょ?」
P「いや、青だったけど」
加蓮「やっぱり見てたんじゃん!」
P「すまん、俺別に神様信じて無いんだ」
脇腹に軽い突きを連続で受ける。
目を瞑ってるから、割と普通に何処から攻撃が来るか分からなくて怖い。
175: 2018/03/02(金) 18:56:08.92 ID:WPYKiLQCO
加蓮「はぁ……もう」
P「ため息を吐くと一回につき東京ドーム一個ぶんの幸せが逃げてくぞ」
加蓮「あるよね、そのドーム何個分みたいな分かり辛い例え」
P「実際見た事無いから実感湧かないよな」
加蓮「ポテトLサイズ何個分とかの方が分かりやすくない?」
P「体積が?」
加蓮「カ口リーとか塩分とか」
P「あんまり知りたくないなぁ」
加蓮「……はぁ」
P「東京ドーム二個分になったな」
加蓮「私がなんでため息吐いてるか分かる?」
P「そういう気分なんだろ?雨ってほら、憂鬱になりやすいとか言うし」
加蓮「へー、そうなんだ」
P「どうなんだろうな?」
加蓮「でも確かに、ずっと雨降ってると風景見えなくて嫌気さすよね」
P「今回は特に、折角の修学旅行中だからなぁ」
加蓮「雨自体は嫌いじゃないけどね」
P「そうなのか?」
加蓮「前は、雨に打たれる事ってあんまり無かったから」
P「テンション上がるよな。その後風邪引くけど」
加蓮「え?鷺沢って風邪引くの?」
P「驚いただろ。俺は風邪引くタイプの馬鹿なんだよ」
加蓮「良いとこ無しじゃん」
P「ひっでぇ、なんか良いとこ探してくれよ」
加蓮「無い」
P「もう少し長考してくれても良いんだぞ?」
加蓮「長考しなきゃいけない時点でもうあれじゃない?」
P「確かにそうだな……」
176: 2018/03/02(金) 18:56:48.45 ID:WPYKiLQCO
加蓮「……ほんっと、鷺沢は良いとこ無いよ。まゆと付き合ってるし」
P「……なぁ、加蓮」
加蓮の声が、どこか寂しそうに聞こえた。
目を閉じてるから表情は分からないが。
加蓮は今、どんな気持ちで……
加蓮「あーんな可愛い女の子から好意を向けられてたのにさ」
P「……美穂か?」
加蓮「うん。なのにまゆと付き合うなんて」
P「おいおい、まゆだって可愛いし良い子だぞ?」
加蓮「あの盗み聞き女が?って、それは私が言えた事じゃないね」
盗み聞き……?何の事だ?
加蓮「四月のさ、屋上であんたが智絵里の告白の練習に付き合った時も、その後私が智絵里のラブレター読んだ時も……キスした時も。まゆ、ずっと見てたんだよ?」
P「……そうだったのか」
加蓮「その後、私の跡つけてくるし……夜窓開けたら、家の前の電信柱に隠れてこっち見てるの見つけた時は普通に怖かったし」
P「まゆが……?」
加蓮「こういう機会じゃないと、二人っきりでは話せないからね。普段だとまゆが何処で聞いてるか分かったもんじゃないし」
確かにそういえば、まゆは屋上で俺と加蓮がキスした事も把握していたし。
加蓮が風邪を引いたという事も知っていたが……
177: 2018/03/02(金) 18:57:15.50 ID:WPYKiLQCO
加蓮「まゆのせいで、折角美穂に作ったチャンスも台無しになっちゃうし」
P「それは……加蓮が俺の代わりに、屋上に行った日か?」
加蓮「うん。私はさ、あんな良く分かんない子よりも素直で真っ直ぐな子を応援したかったし……だから、諦めたのに」
諦めた。
その言葉を聞いて、俺の心臓はバクンと跳ね上がった。
加蓮「美穂と初めて会った時さ。私みたいな捻くれた女よりも、この子の方が鷺沢とお似合いかなって思ったし、応援してあげたくなっちゃったんだよね」
P「……なぁ、加蓮」
加蓮「でも……ねぇ鷺沢、あんたは美穂をちゃんと振ったの?」
あまり思い出したい事では無いが。
俺は、温泉旅館で。
あの日、確かに……
P「……あぁ、これからも友達でいて欲しいって言って……」
加蓮「……聞き直すけどさ。美穂に『好きです、付き合って下さい』って真正面から言われた?それをちゃんと断ったの?」
……あれ?
そういえば、言われていない気がする。
178: 2018/03/02(金) 18:57:54.46 ID:WPYKiLQCO
加蓮「……まだ、諦めてないんじゃないかな。諦めてないって言うか、諦め切れないって言うか……どうなんだろ?」
P「……まぁ、美穂には申し訳ないけどさ。俺はなんて言われても、まゆを裏切るつもりは……」
加蓮の仮定が正しいかどうかはさておき。
どの道、俺の返事なんて決まっている。
加蓮「無いの?ほんとに?まゆの事を全面的に信頼して、二度も美穂を振るって断言出来るの?」
P「あぁ」
辛い思いをするのは百も承知だ。
それに、まゆの知らない部分があったんだとして。
これから知って、更に好きになれるなんてお得じゃないか。
加蓮「流石鷺沢、良いとこ無いね」
え、この流れで?
加蓮「だって、私みたいな重ーい女の子を……ねぇ鷺沢。目、開けていいよ」
……本当にいいのか?
開けた瞬間『変態っ!』って言って叩かれたりしないよな?
加蓮「……うん。やっぱり私は、鷺沢を諦めない」
P「……え?」
いつの間にか、加蓮は俺の目の前にいて。
179: 2018/03/02(金) 18:58:32.14 ID:WPYKiLQCO
加蓮「……ふふ、隙だらけ。えいっ!」
ピトッ、と。
加蓮の人差し指が、俺の唇に触れた。
加蓮「なんてね。キスされると思った?」
P「……正直な。うん、めっちゃびっくりしたわ」
加蓮「恋人がいるんだからさ、もう少し警戒したら?私がその気なら、簡単に唇奪えちゃったんだよ?」
P「……肝に命じておくよ」
加蓮「あ、空晴れてきたよ」
加蓮が上を見上げる。
分厚い雲が覆っていた空は、今は少しずつ青の面積を広げていて。
P「スコールってほんとに凄い局所的なんだな」
加蓮「やっぱり良いとこ無いじゃん。物覚え悪くない?スコールじゃ無いって」
P「そうだったな、局所的大雨とか集中豪雨か」
加蓮「それと、言ったばっかじゃん」
視線を空から加蓮へと下ろすと。
ちゅっ、と。
唇に、加蓮の唇が触れた。
加蓮「隙だらけだって…………鷺沢がそんなんだから……私は、諦め切れないんだよ?」
目に涙をためて、微笑む加蓮。
それは晴れた今、雨のせいには出来なくて……
加蓮「……早く、気付いてあげて?じゃないと……私も、苦しいからさ」
【モバマス】ギャルゲーMasque:Rade まゆ√【後編】
引用元: ギャルゲーMasque:Rade まゆ√
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