1:2017/06/14(水) 21:33:07.904
≪哀しみのカチカチ≫

―パン屋―

看板娘「どうですか、あたしのパンは?」

店主「どれ……」モグモグ…

店主「うーむ……まだ店に出せるレベルじゃないな。決定的になにかが足りないんだ」

看板娘「そうですか……」シュン…

店主「そう落ち込むな。パン作りは一日にしてならず、さ」


ギィィ…


看板娘「あ、いらっしゃいませー!」

5:2017/06/14(水) 21:36:54.154
女「どれにしようかな……」カチカチ

看板娘(ふふっ、あのお客さんもカチカチしてる)

看板娘(どうしてみんな、パンを選ぶ時はトングをカチカチするんだろ?)

店主「…………!」ピクッ

看板娘「どうしました、店長?」

店主「お客さん」

女「はい?」

店主「お客さんのトングのカチカチは……哀しみの音がするね」

看板娘(ま~た始まった……)
7:2017/06/14(水) 21:39:31.042 ID:eokUtQ/Y0.net
店主ただもんじゃねえ
9:2017/06/14(水) 21:40:27.508
女「哀しみの音……!?」

店主「そう、お客さんのカチカチからは、哀しみが伝わってくるんだ」

女「ど、どういうことです?」

店主「人がパン屋でパンを選ぶ時というのは、精神的にもっともリラックスしてる瞬間なんだ」

店主「どれを食べよう、どのパンを買おう、ということに意識が集中して、心が弾んでいる」

店主「逆にいえば、心がもっとも油断している瞬間でもある」

店主「その時に奏でられるトングカチカチというのは、人の心の内を如実にあらわす」

店主「目は口ほどに物をいう、というが、トングは口以上に物をいう、というわけだ」

女「…………」ポカーン

看板娘「あ、あの、あまり気にしないで下さいね! この人いつもこうなんで!」

看板娘「科学的根拠なんてこれっぽっちもないですし……」
10:2017/06/14(水) 21:40:50.509 ID:MytIf5QrM.net
喜びのカチカチはあるのか
13:2017/06/14(水) 21:44:13.602
女「実は……そうなんです」

看板娘「え!?」

女「私、さっき失恋しまって……悲しくて、それでパンを……」

看板娘「そうだったんですか……」

看板娘「うちのパンはどれもおいしいですから、どのパンを食べてもきっと元気が出ますよ!」

女「……ありがとう」カチカチ

店主「…………」
16:2017/06/14(水) 21:47:09.165
店主「お客さん、あなたに是非オススメしたいパンがあるんだが」

女「なんでしょう?」

店主「これをどうぞ」サッ

女「ありがとうございます……ちなみにおいくら?」

店主「タダで結構です」

看板娘(あれ!? 悲しんでるお客さんに、なんであたしのパンを……!?)
17:2017/06/14(水) 21:50:38.446
―川―

ザァァァ…

女「あの人にフラれてしまった……あんなに愛してたのに……」

女「もう……川に飛び込んで死ぬしかないわ……」

女「だけど、あの店主さんが私にオススメしたいといってくれたパン……」ガサゴソ…

女「きっととってもおいしいに違いないわ……」

女「ふふ……最後の晩餐ってやつね」モグッ



女「ヴォエッ!!?」
20:2017/06/14(水) 21:53:34.235
―パン屋―

看板娘「店長、さっきはどうしてあたしが作ったパンを渡したんですか?」

店主「多分、もうすぐ分かる」


バァンッ!


看板娘「ひっ!?」

女「ちょっとぉ! なんなのよ、このパンは!?」

女「よくもこんなパンを食わせようとしてくれたわねえ!? 絶対許さないんだから!」

店主「お客さん」

女「なによ!?」

店主「もう……死にたくなくなったろう?」

女「――――!」ハッ
21:2017/06/14(水) 21:56:56.975
女「あっ……。あなた、私が死にたいと思ってるのを見抜いてて、わざと……」

店主「そう……だからあえてあのパンを渡したんだ」

店主「あのパンが最後の食事じゃ、死んでも死にきれないはずだからな」

女「ありがとう……」ポロッ…

看板娘「ハンカチをどうぞ」スッ

女「あ、すみません」

女「あら……? このパン、涙が混ざると結構いい味かも……」モグッ

店主(そうか……あのパンに足りなかったのは塩だったのか……)
22:2017/06/14(水) 21:59:45.910
看板娘「店長」カチカチ

店主「どうした?」

看板娘「あの人が助かったのはめでたいです。めでたしめでたしです」カチカチ

看板娘「でも……」カチカチ

看板娘「あたしのパンが最後に食べる物じゃ“死んでも死にきれない”呼ばわりはないでしょう!?」カチカチ

店主(このカチカチからは……怒りの音がする!)

店主(あのお客さんは助かったが、今度は自分の身を心配しないと……!)





おわり
25:2017/06/14(水) 22:03:30.425
≪緊張のカチカチ≫

―パン屋―

医者「ふうむ……どのパンにしようか」カチカチ

店主「…………」

店主「お客さん、ずいぶん緊張してらっしゃいますね」

医者「え、なぜ分かるんだね?」

店主「俺はお客さんのトングカチカチから、精神状態を読み取ることができるんです」



看板娘(店長……またやってるよ、もう……)
28:2017/06/14(水) 22:06:47.228
店主「なにかお悩みがあるんじゃないですか?」

医者「こんなことをパン屋さんに話すのも、妙な話だが」

医者「明後日、難しい脳の手術を控えていてね……」

医者「私も初めてやるタイプの手術なので……緊張が抑えられんのだよ」

店主「なるほど、脳の手術ですか……。少しのミスが命取りになってしまいますね」

店主「でしたら、お客さんにオススメしたいパンがあります」

医者「ほう?」

看板娘(なんだろう? 緊張をほぐせるパンなんてあったっけ?)
32:2017/06/14(水) 22:10:01.908
店主「メロンパンです。甘くておいしいですよ」

医者「へ……? なぜメロンパンなのだね?」

店主「メロンパンって、どことなく脳みそと似てるでしょう?」

看板娘(え、そんな理由……?)

医者「…………!」

医者「ふざけるなッ! こっちは真剣に打ち明けたのに、バカげたことを……!」

店主「まあまあ、話は最後までお聞きください」
33:2017/06/14(水) 22:14:20.518
店主「かつて、こんなお医者さんがいたんですよ」

店主「そのお医者さんも、お客さんのように難しい脳外科手術を控えてました」

医者「ほぉ……」

店主「緊張をほぐすために、手術前にイメージトレーニングをしたい……」

店主「しかし、普通の脳の模型ではリアルすぎて、かえって緊張が増してしまう」

店主「そこで、そのお医者さんはメロンパンで手術のシミュレーションをしたんです」

看板娘「えええええ!?」

医者「それで……どうなったんだね!?」

店主「そのお医者さんはみごと、手術を成功させたようです」

医者「ふーむ……」

医者「分かった、メロンパンをいただこうか」

店主「ありがとうございます」
36:2017/06/14(水) 22:18:02.487
―医者の自宅―

医者「メロンパンで脳手術のシミュレーションか……なんともバカバカしいが……」

医者「今の私の状態では、成功率は10%未満だろう……ワラにもすがる気持ちでやってみるか!」

医者「……術式を始める」

医者(ええと、これが前頭葉で、こっちが側頭葉……)

医者(患者の腫瘍があるのはここらへん……これをメスで……)スッスッ…



…………

……
37:2017/06/14(水) 22:21:36.883
手術当日――

―病院―

医者「麻酔完了……術式を始める」

医者「……メス」

助手「はい」スッ…

医者「頭部を切開する、フォローしろ」

助手「はい」

医者(頭部切開……メロンパン、じゃなくて脳みそが露出した)

医者(腫瘍発見……)

カチャカチャ… カチャカチャ…

医者(おお……いける、いけるぞ! いい具合に緊張がほぐれている!)
39:2017/06/14(水) 22:24:35.042
医者(手術開始からそろそろ8時間……さすがに疲れてきた……!)

医者(なにか補給をしたいが、今ここで手を止めるわけには……)

医者(そ、そうだ!)

医者「メロンパンだ!」

助手「え?」

医者「あっちに置いてある私のメロンパンを取ってくれぇ!」

助手「は、はいっ!」サッ

モグモグ…

医者「うまい!!!」シャキーン

医者(糖分を摂取して、体力回復!)

医者(この手術……もらった!)
40:2017/06/14(水) 22:26:20.207 ID:aI96Djt1r.net
流石メロンパンだぜ!
41:2017/06/14(水) 22:28:30.027
―パン屋―

医者「……ありがとう! おかげで大成功だよ!」

医者「これも店主さんのメロンパンのおかげだよ!」

店主「いえいえ、全てはあなたのメスと技術のたまものでしょう」

医者「いやいや、もしここでメロンパンを買っていなければ、あの患者は助からなかっただろう」

看板娘(まさか、本当にメロンパンで手術を成功させちゃうなんて……)
42:2017/06/14(水) 22:31:26.043
看板娘「店長、よかったですね!」

店主「ああ」

看板娘「ところで、メロンパンで手術の練習をしたお医者さんなんて本当にいたんですか?」

店主「いたよ」

看板娘「変わった人ですねえ……ところで、今はどこにいらっしゃるんです?」

店主「ついさっき……この店を出てったところだな」

看板娘「……へ」





おわり
45:2017/06/14(水) 22:35:34.360
≪絶望のカチカチ≫

―パン屋―

眼鏡女「…………」カチ…カチ…



看板娘「あのメガネをかけた女性……なんだかすごく落ち込んでますね」

店主「ああ……あのお客さんのカチカチからは絶望の音がする」

看板娘「顔を見れば分かりますって」
51:2017/06/14(水) 22:42:43.028
眼鏡女「賭けごとにはめっぽう強くて、今までほとんど負けたことがないそうです」

店主「そりゃ大したもんだな」

眼鏡女「だけどだんだんギャンブルにのめり込みすぎるようになって……」

眼鏡女「最近じゃ、とうとう命を賭けるギャンブルをやりたいなんて言い出して……!」

看板娘「い、命!?」

眼鏡女「私、彼を止めたいんです!」

看板娘「そりゃそうですよ! 止めないと! 命は一つしかないんですから!」

眼鏡女「だけどいくらいっても聞いてくれなくて……!」グスッ…

店主「今度、その彼氏を連れてくるといい」

眼鏡女「え!?」

店主「俺がその彼氏を……止めてみせよう」
54:2017/06/14(水) 22:47:03.891
数日後――

―パン屋―

眼鏡女「ここのパン屋さん、とてもおいしいのよ。それで、店主さんがあなたと話したいって……」

ギャンブラー「へえ、いいパン屋だね」カチカチ



看板娘(見た目は普通の人に見えるけど……)

店主(なかなかいいカチカチをする……こいつは強敵だな)

看板娘「ところで店長、なんでそんなもの持ってるんですか? 冷え性でしたっけ?」

店主「仕込みってやつだ」ゴソ…
56:2017/06/14(水) 22:50:24.873
ギャンブラー「オレに用があるってのは、あんたかい?」

店主「そうだ」

ギャンブラー「なんの用かな?」

店主「そっちのお客さんから、君がギャンブルにのめり込みすぎてるって聞いてな」

店主「悪いことはいわん。取り返しのつかないことになる前に、危険なギャンブルから足を洗え」

店主「命をチップにするなんてバカなことはやめろ」

ギャンブラー「……嫌だね。オレは一度、命を賭けるスリルを味わってみたいんだ」

店主「だったらこういうのはどうだ?」

店主「俺とギャンブルをして……もしお前さんが負けたら、危険なギャンブルから足を洗うってのは」

ギャンブラー「あんたが負けたら?」

店主「特に思いつかないから、なんでもいうこと聞いてやる」

ギャンブラー「いいねえ!」

ギャンブラー「ククク……オレ、こういう展開大好きだぜ」

看板娘(笑ってる……本当にギャンブルが好きなんだなぁ……)

看板娘(店長……こんな人に本当に勝てるの……!?)
57:2017/06/14(水) 22:53:36.175
店主「じゃ、ゲームスタートだ」

ギャンブラー「どうぞ」

店主「こっちのパンには板チョコ、こっちにはカレーが入ってる」パカッ

店主「これをもう一度、生地でフタをして、あんたに分からないように入れ替える」サササササッ

店主「さぁ……どっちが板チョコが入ってた方か、当ててくれ」ジャン!

ギャンブラー「…………」

看板娘(想像してたよりずっと単純なゲームだけど……こんなんであの人止められるのかな?)

眼鏡女(お願い……外して! ――お願いッ!)
59:2017/06/14(水) 22:56:33.887
ギャンブラー「オレをパンの素人だと甘く見たね。あいにくオレは目がいいんだよ」

ギャンブラー「こっちだ!」ビシッ

店主「!」

店主「…………」

ギャンブラー「じれったいな。とっとと御開帳してくれよ」

店主「……いいだろう」

店主「この勝負……お前の負けだ」パカッ

ドロッ…

ギャンブラー「ぐっ……!」



看板娘「あれは――ドロドロだからカレーパン! やったぁ! 店長の勝ち!」

眼鏡女「…………!」

看板娘「よかったですね!」

眼鏡女「はい……!」ポロポロッ…
60:2017/06/14(水) 22:59:34.544
ギャンブラー「さすがだね……オレの負けだ」

ギャンブラー「分かったよ……ギャンブルは趣味程度、に留めておくよ」

店主「ああ、そうしてくれた方が彼女も喜ぶ」



眼鏡女「よかったぁ~、よかったよぉ~! ありがとぉ~!」ガシッ

ギャンブラー「こんなに泣いて……お前がそんなに思い詰めてるとは思わなかった……」

ギャンブラー「オレもう、命を賭けたいなんていわないから……な?」

眼鏡女「うん……」グシュッ
61:2017/06/14(水) 23:03:59.709
看板娘「二人とも、仲良さそうに帰っていきましたね……」

看板娘「それにしても店長ってギャンブル強かったんですねえ! ビックリです!」

店主「いいや、あの勝負は本当は彼の勝ちだった。いい目をしてるよ」

看板娘「え?」

店主「彼はちゃんと、チョコが入った方を選んでたんだよ」

看板娘「でもあの時のドロッ……って感じは明らかにカレーでしたよ!?」

店主「こいつを使ったんだ」サッ

看板娘「これは……さっき持ってたカイロ!」

店主「こいつで中身のチョコレートを溶かして、カレーだと見せかけたってわけさ」

看板娘「すごいっ! ナイスイカサマ!」

看板娘「だけど、味を確かめられてたらアウトでしたねえ。薄氷の勝利じゃないですか」

店主「まったくだ」
63:2017/06/14(水) 23:07:04.136
一ヶ月後――

―パン屋―

ギィィ…

眼鏡女「こんにちは!」

ギャンブラー「こんにちは」

看板娘「お二人とも、お久しぶりです!」

眼鏡女「この人、あれからすぐちゃんとした仕事についてくれて……」カチカチ

ギャンブラー「ま、今でも競馬ぐらいはやってるけどね。もちろんかなり当ててます」カチカチ

店主「二人とも、希望に満ちたいいカチカチをしてるよ」

看板娘「きっといいカップルになりますよ!」

眼鏡女「あ、ありがとうございます……」ポッ…

ギャンブラー「ところで、パン屋さん」

ギャンブラー「オレはギャンブラーだけあって目だけじゃなく、鼻も結構いいんだけど……」
64:2017/06/14(水) 23:09:15.466
ギャンブラー「あのカレーパン……ずいぶん甘い匂いがしたね」ニヤッ

店主「ぐっ……!」

店主(やはり見抜かれてたか……)





おわり
67:2017/06/14(水) 23:13:30.386
≪美しきカチカチ≫

―パン屋―

ゾロゾロ……

ドレス娘「お邪魔いたします」ニッコリ

取り巻き男「今日はパンを食べるのかい? 午後のスイーツってやつだね!」

取り巻き女「どんなパンを食べるんだろ~? ワクワクしちゃう!」



看板娘「わっ、キレイな子!」

店主「なんだなんだ? ずいぶん大勢入ってきたな」

看板娘「きっとみんな、あのドレスを着た女の子のファンなんですよ」

店主「なるほど……たしかにキレイだ。今すぐ芸能人にだってなれそうだな」

看板娘「あたしと同じぐらいですね」

店主「…………」

看板娘「そこはツッコミ入れて下さいよ!」
71:2017/06/14(水) 23:17:11.745
ドレス娘「えぇっと……どれにしようかしら?」カチカチ

取り巻き男「どんなのを選ぶんだろ……」

取り巻き女「きっと美しいパンを選ぶにちがいないわ!」



看板娘「あんなキレイな子でも、やっぱりカチカチするんですね!」

店主「ああ、非常に美しいカチカチだ」

店主(だが……)
73:2017/06/14(水) 23:20:16.779
ドレス娘「これと、これと……」

キャーキャーッ! ワーワーッ!




看板娘「クイニーアマン、レザンノア、ショコラタルト……」

看板娘「やっぱりあの子、オシャレなパンばかり選びますね~」

店主「…………」
74:2017/06/14(水) 23:25:09.943
ドレス娘「お会計お願いします」

看板娘「は~い!」



ドレス娘「また来ますね」ニッコリ…

ゾロゾロ……



店主「ありがとうございました」

看板娘「ありがとうございました~!」

店主「…………」

看板娘「店長、どうしたんですか?」

店主「いや……」

看板娘「もしかして、あの子に惚れちゃったんじゃ?」

店主「だとしたら?」

看板娘「く、悔しいですっ!」カチカチ

店主(ここまで悔しさにまみれたカチカチは久々に聞いたな)
77:2017/06/14(水) 23:29:14.663
数日後――

―パン屋―

ギィィ…

ドレス娘「…………」コソコソ…



看板娘「いらっしゃいませー!」

看板娘「あれ? あの子、今度は一人で来ましたね」

店主「ああ……なんとなくこうなる気はしてた」

看板娘「へ?」
79:2017/06/14(水) 23:32:26.289
ドレス娘「えーと……」カチカチ

ドレス娘「…………」ウロウロ…



看板娘「なんだか、店の中をカチカチと右往左往してますねえ……」

看板娘「この間は即決してたのに、何を悩んでるんでしょうか?」

店主「…………」
81:2017/06/14(水) 23:36:40.173
店主「お客さん」

ドレス娘「!」ハッ

店主「今ここにあなたの友達はいない。見栄を張る必要はない」

店主「好きなパンを取ってくれていいんだよ」

ドレス娘「は、はい……!」カチカチッ

看板娘「え……!?」
80:2017/06/14(水) 23:32:57.967 ID:a0c7y0nfr.net
読んでたら腹減ってきた
84:2017/06/14(水) 23:42:39.412
ドレス娘「コッペパンと、食パンと……」

看板娘「そっか、あなたはシンプルなパンの方がお好きだったんですね!」

ドレス娘「ええ……そうなんです」

ドレス娘「私、味付けされてないコッペパンや食パンにかぶりつくのが大好きで……」

ドレス娘「だけど、みんなにちやほやされるうち、私自身も見栄を張るようになってしまって……」

ドレス娘「普段“演じてる自分”に相応しい物を食べるようになって……」

看板娘「それで今日、好きなパンを取ろうと、お一人で来店されたわけですか……」

看板娘「やっぱり人間、自然体が一番ですよ!」

看板娘「パン屋にトングとトレイがあるのは、お客さんが好きなパンを選ぶためなんですから!」

ドレス娘「はいっ!」

店主「うーむ、二人が並ぶと、お客さんの美しさが際立つな」

看板娘「店長!!!」カチカチッ

店主「冗談だよ、冗談」
87:2017/06/14(水) 23:46:45.193
看板娘「……店長、どうして彼女が本当はシンプルなパンを食べたがってるって分かったんですか?」

店主「取り巻きを連れていた時の彼女のカチカチは、美しくはあったが、偽りに満ちていた」

店主「だから、なんとなく“あ、本当に食べたいパンを選んでないな”って気がしたんだ」

看板娘「カチカチでそこまで分かったんですか!」

店主「だが、今日の彼女のカチカチはより美しく、なおかつ真実に満ちていた」

店主「仲間の前で自然体になれる日も近いだろう」





おわり
88:2017/06/14(水) 23:47:51.539 ID:a0c7y0nfr.net
なるほど
91:2017/06/14(水) 23:51:37.306
≪カチカチの達人≫

―パン屋―

ギィィ…

マスター「…………」ザッ



看板娘「いらっしゃいませー!」

店主「あ、あの人は……!」ビクッ

看板娘「え」

看板娘(どんなお客さんも恐れない店長が……緊張してる!?)
93:2017/06/14(水) 23:55:27.100
マスター「ほう……このパン屋のトングは非常にいいね」ニギッ…

マスター「この光沢……よく手入れされている。色がシルバーというのも私好みだ」

マスター「…………」ヒュルルルルルッ

ヒュルルルルッ ヒュババババッ ヒュルルンルンッ



看板娘「トングを……ものすごいスピードで操ってる! はやいはやい!」

看板娘「店長、あの人は何者なんですか!?」

店主「そうか、お前はまだ知らなかったな」

店主「あの人こそ……伝説のトングの達人≪カチカチマスター≫だ」

看板娘「カチカチマスター……!」
96:2017/06/14(水) 23:59:29.948
マスター「…………」


店主「ほら」

看板娘「え?」

店主「今の一瞬で、5回カチカチした」

看板娘「え!?」


マスター「…………」


店主「今度は10回!」

看板娘「えええ!?」

看板娘(全然分からない……)
98:2017/06/15(木) 00:06:06.170
マスター「どのパンにしようかな……」

マスター「クロワッサンに、クリームパンに……」

パッ パッ パッ


看板娘「すごいスピード! まるでパンをトレイの上に瞬間移動させてるみたい!」

店主「選ばれたパンも、自分がトングで挟まれたことすら認識していないだろう……」


マスター「チョコドーナツもうまそうだ」パッ


看板娘「すごい! ドーナツの上にふりかけてあるチョコの粒を一粒も落とさずに……!」

店主「速さと繊細さを兼ね備えたトング捌き……≪カチカチマスター≫の名は伊達じゃないな」ジワ…

看板娘(店長の冷や汗も、ものすごいことになってる……!)
99:2017/06/15(木) 00:11:31.744
マスター「お会計してもらおうか」コトッ

店主「はい」

マスター「さて、ここで問題だ」

店主「!」

マスター「トングを手にとってから、今この瞬間までに、私は何回カチカチしたでしょう?」

店主「…………!」

店主(これは……≪カチカチマスター≫からの俺への挑戦状……ッ!)

店主(落ち着け……数はきちんと数えていた。自分を信じろ!)
100:2017/06/15(木) 00:16:07.392
店主「137回……!」

マスター「……惜しいな。136回だ」

店主「!?」

店主「そ、そうかッ! 72回目は、ボイスパーカッションだったッ!」

マスター「その通り。72回目の“カチ”は私の声だったのだよ」

店主「くっ……!」

マスター「そう気にしないでくれ。ボイスパーカッションを混ぜたのは反則技といっていい」

マスター「実質的には君の勝ちだ」

店主「いえ……俺が未熟でした。トングと声の“カチの違い”を見抜けなかったのですから……」



看板娘(あたしには全く理解できないけど、すごくハイレベルなやり取りが行われてる……!)
103:2017/06/15(木) 00:20:32.745
マスター「ならば今回は勝ちを受け取っておこう」

店主「はい」

マスター「しかし、君ほどカチカチに精通してるパン屋は、国内に君含め五人しかいないだろう」

店主「……ありがとうございます!」

マスター「それじゃ、また来るよ」

マスター「元気のいいそちらのお嬢さんも、この店主さんを支えてあげてくれ」

看板娘「はいっ! ありがとうございましたー!」



ギィィ… バタン…
104:2017/06/15(木) 00:22:30.355 ID:xFslMs0Yr.net
カチカチってすごい
105:2017/06/15(木) 00:23:50.761
店主「今回は完敗だった……! しかし、次こそあの人に……!」

看板娘「…………」

店主「ボケーッとして、どうした?」

看板娘「いやー、とっても驚いちゃいましたよ」

店主「ふふふ、お前も世界の広さを知ったようだな」

看板娘「はい、店長と同じような変人が、あと四人もいるだなんて……」

店主「…………」





おわり
106:2017/06/15(木) 00:29:11.568
≪危険なカチカチ≫

―パン屋―

青年「…………」カチカチ



店主(あのカチカチ……危険な香りがする)

店主「……調理場に戻っていてくれ」

看板娘「なんでです?」

店主「いいから」

看板娘「わ、分かりました!」
107:2017/06/15(木) 00:32:24.238
青年「お、おい!」

店主「いらっしゃいませ」

青年「か、かかか、かかか、か……金を出せ!」サッ

店主(ナイフ……やはりな)

店主「あいにく、金を出すことはできない」

店主「だから俺は……この売れ残ったカチカチのフランスパンを武器にさせてもらう」サッ

店主「フランスパン・フェンシングで勝負だ!」

青年「フランスパン・フェンシング!?」



フランスパン・フェンシングとは――

フランス貴族がパンしか持ってない時でも戦えるよう、考案した剣術である。
109:2017/06/15(木) 00:36:18.957
店主「そら、いくぞっ!」ビュオッ

青年「ひっ!」

青年「うわああっ! あああっ!」ヒュンッヒュンッ

店主(この青年……ナイフを振り回してはいるが……)

キィンッ! キンッ! キィンッ!

店主「おっと……!」ヨロッ

サクッ

青年「あっ!」

店主「うぐ……!」ガクッ

青年「ボクのナイフに……血が!」ドロッ…
111:2017/06/15(木) 00:39:15.787
青年「大丈夫ですか!? しっかりして下さい! ボクはなんてことを……!」

青年「すぐ救急車を呼びますから……っ!」

店主「ううぅ……」





ギィィ…

大男「よくやったぜェ!」ズイッ
113:2017/06/15(木) 00:44:45.995
店主「やはり、もう一人いたか……」

店主「図体のでかいお客さん……どうやらあんたがこの青年に強盗をやらせたな?」

大男「おうよ! やらなきゃ、幼い弟や妹の命はねぇぞって脅してな!」

大男「さあ、とっととレジから金を抜きやがれ! このパン屋は儲けてるはずだからな!」

青年「イ、イヤだ! ボクは……自首する!」

大男「ハァ? なにいってやがる」

青年「自首して……全て話す! あんたに脅されたことも、ボクがこの人を刺したことも!」

大男「調子こいてんなよ、コラァ!」

ドカッ!

青年「ぐぎゃっ!」

大男「ケッ、人刺したぐれえでテンパりやがって……」

店主「お客さん……あんたはうちでパンを買うつもりはないみたいだな」

大男「オレは肉食だからな! パンなんて食わねえよ! ガッハッハ!」

店主「だったら……お客さんにうってつけのパンを紹介してやろう」

大男「あぁ?」
114:2017/06/15(木) 00:47:29.209
店主「パンはパンでも食べられないパンはなーんだ?」

大男「えーと……フライパン?」



看板娘「せーかいですっ!!!」

ブンッ!





ガァァァンッ!!!
115:2017/06/15(木) 00:48:21.969 ID:n6hNAyg4r.net
フライパンw
116:2017/06/15(木) 00:53:19.446
大男「…………」ピクピク…

店主「背後からフライパンで後頭部を一撃……みごとだな」

看板娘「えへへ……」

店主「警察に通報してくれ、こいつを突き出す。どうせ初犯じゃないだろう」

看板娘「分かりました!」

青年「あ、あの……ボクも自首します!」

店主「いや、それには及ばない」

店主「君はナイフを振り回していたが、決して俺に当てようとはしてなかった」

店主「強盗だって脅されてやっただけだし、刑務所に入るような人間じゃないさ」

店主「ちゃんと反省してるんなら、それでいい」

青年「だけど、ボクはあなたにケガを……」

店主「ケガ? 俺はケガなんてしてないよ」

青年「え、でも、ボクのナイフに血が……」
117:2017/06/15(木) 00:57:47.215
店主「それは血じゃなくて、イチゴジャムだよ」

青年「…………!」

店主「君は俺を刺したんじゃなく、服の下に仕込んでいたこのジャムパンを刺してたんだ」サッ

青年「そうだったんですか……! いつの間に……!」

青年「でも……やっぱりダメです!」

青年「ボクは人にナイフを向けてしまった……このことを忘れられそうにない!」

店主「……イチゴってすごいよな」

青年「えっ?」

店主「潰れてジャムになっても……こんなに甘くておいしいんだから」ペロッ

店主「君も男なら……一度潰れたぐらいでくよくよすんな!」

看板娘「そうですよ! あたしだってパン作り、失敗しまくってるんですから!」

青年「は、はい!」

店主「だが、君を警察に突き出さない代わりに、ひとつ条件を飲んでもらう」ギロッ

青年「……な、なんでしょう?」ゴクッ…
119:2017/06/15(木) 01:00:18.191
店主「このフランスパンとジャムパンを買っていってもらえると助かる……」

青年「……へ」

看板娘「店長ったら商売上手!」





おわり
120:2017/06/15(木) 01:02:25.078 ID:n6hNAyg4r.net
売れ残り処理か
121:2017/06/15(木) 01:05:00.948
≪カチカチで伝えたいこと≫

―パン屋―

店主「いらっしゃいませ」

看板娘「いらっしゃいませー!」



ワイワイ…… ガヤガヤ……

女「あれ以来、すっかりここのパンにハマっちゃったわ」カチカチ


医者「今日もメロンパンを買っていこうかな」カチカチ


眼鏡女「ねえ、どれにする?」カチカチ

ギャンブラー「そうだな……コイン投げで決めようか」カチカチ


ドレス娘「今日はコッペパンを買っていこうっと!」カチカチ

ワーワーッ! キャーキャーッ!


青年「弟と妹に甘いパンをお土産にしようかな」カチカチ
122:2017/06/15(木) 01:10:02.330
看板娘「いやー、今日も大忙しでしたね、店長!」

店主「そうだな」

店主「ところで……」

看板娘「はい?」

店主「お前の作るパンだが、近頃はだいぶ上達してきた」

店主「このままいけば、店に出せる日も近いだろう」

看板娘「ホントですか!? ありがとうございます!」

看板娘(店長がいつもあたしの特訓に付き合ってくれてるおかげだよ……)
126:2017/06/15(木) 01:14:13.118
看板娘「――店長!」

店主「ん?」

看板娘「店長はトングのカチカチを聞いただけで、その人の考えてることが分かるんですよね」

店主「その通りだが……なんで今さらそんなことを?」

看板娘「だったら……」スッ…

店主(トングを持った?)
128:2017/06/15(木) 01:17:13.616
看板娘「今あたしがなに考えてるか、当てて下さい!」カチカチ

看板娘「ふんふんふ~ん」カチカチ

看板娘「ルルル~」カチカチ

カチカチカチカチ… カチカチカチカチ…





店主「…………」
129:2017/06/15(木) 01:21:26.963
カチカチカチカチ…

看板娘「さあ、どうですか!?」

店主「ん~……給料上げろ、かな?」

看板娘「ブブーッ!」

店主「カレーパン食べたい?」

看板娘「違います!」

店主「カチカチクイーンになりたいとか?」

看板娘「なりたくないですよ、そんなの!」

店主「うーん……難しいな」

看板娘「どうしても分からないんですか?」

店主「俺だって、分からない時くらいあるさ」スタスタ

看板娘「あっ……」
130:2017/06/15(木) 01:23:19.013 ID:75XoWFXYr.net
カチカチカチカチカチ
131:2017/06/15(木) 01:24:29.197 ID:syieocJf0.net
カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ
133:2017/06/15(木) 01:25:33.838
看板娘「……ちぇっ」

看板娘(大好きです、付き合って下さいって思いを込めて、カチカチしたのに)

看板娘(こういう時にかぎって鈍感なんだから!)

看板娘(でもま、あたしもカチカチで告白しようなんてムシがよすぎるか)

店主「おい」ヌッ

看板娘「は、はい!」

店主「あっちの台にパンの耳を散らばらせちゃったから、悪いが片付けといてくれ」

看板娘「分かりました!」
135:2017/06/15(木) 01:29:20.658
看板娘(パンの耳を散らばらせるなんて、店長らしくもないミスを……)

看板娘「――ん?」

看板娘(あっ、このパンの耳……文字になってる)



マダチョットハヤイ



看板娘「…………!」
137:2017/06/15(木) 01:33:50.437
看板娘「パンの耳で返事って……ちゃんと伝わってたんじゃないですか!」

店主「久しぶりだったよ。あんなに分かりやすいカチカチを聞くのは」

看板娘「だったらなんでこんな回りくどい返事を……」

店主「そりゃあ、俺はパン屋だからな。カチカチにはパンでお返ししないと」

看板娘「んもう!」

店主「怒るな怒るな。とりあえず……このパンの耳、一緒に食べるか?」

看板娘「はいっ!」





おわり
139:2017/06/15(木) 01:35:52.410 
以上で終わりです
ありがとうございました
141:2017/06/15(木) 01:36:08.965 
おつ
143:2017/06/15(木) 01:39:28.573
イイハナシダナー
146:2017/06/15(木) 01:55:34.535

トングをカチカチしたくなってしまった



総理大臣「パン屋でトングをカチカチするのを禁止します」