1:◆/5mmo/htMU 2012/04/06(金) 00:59:49.77 ID:/lOoac1x0

2: 2012/04/06(金) 01:02:04.29 ID:/lOoac1x0


【序章】


「結、悪いけどまたノート見せてくれないかしら?」

「もうまたかい美生?ちゃんと授業聞かないとダメじゃないか」

ボクはそう言って、目の前の小柄なクラスメート、青山美生にノートを貸してやる。

「昨日バイトが長引いて寝不足なのよ。あがりの間際にラッシュが来たから大変だったわ」

美生は小さくあくびをしながらノートを受け取る。大口を開けないあたり、まだ元お嬢様の名残がある。

「バイトって、あのパン屋かい?」

「パン屋はそんなに夜遅くまでやってないわよ。その後のファミレス。今朝はコンビニだし、ほとんど寝てないのよ」

またバイトが増えてる。彼女の家は母子家庭で、母親はパートを掛け持ちしており、彼女自身もバイトを掛け持ちして
家計の手助けをしているらしい。しかし少々働きすぎではないのか?

「あんまり無茶したらダメだよ。体を壊したら元も子もないからね」

「ありがと。まあ倒れない程度には気を付けるわ。じゃあ昼休みの後に返すわね」

美生は少々疲れた笑顔を見せると、自分の席に戻って行った。

美生は元お金持ちで、少し前までそれを鼻にかけて高慢な態度を取っていた為に、クラスに友達がいなかった。今は普通
の家庭になってしまって、家計を助けるためにバイトを始めた事で愛想もよくなり、とっつきやすい女の子になった。
しかし彼女の急激な変化にクラスメートは馴染めず、まだ遠巻きに見ている。美生もそれをよく分かっているので、自分
から周囲に溶け込もうとしない。元お嬢様のプライドが邪魔しているのかもしれないが。イジメにはなっていないが、彼女
は孤立していた。



3: 2012/04/06(金) 01:04:13.51 ID:/lOoac1x0


で、何故そんな彼女がボク五位堂結の所に来るのかと言うと、ボク達は幼馴染であり、昔から上流貴族のパーティーなど
でよく遊んでいた。美生が来なくなってしまったので、ボクも最近はあまり行ってないが。幼い頃、内気で臆病だったボク
を何かと気にかけてくれた恩があるので、出来る事なら彼女の助けになりたい。プライドの高い彼女は怒るだろうけど。

「美生は強いなあ……」

自分の席でせっせとノートを写している彼女を見て、ボクはぽつりとつぶやいた。ボクもとある出来事をきっかけに、
自分らしさを手に入れて強くなったと思ったが、まだまだ彼女には及ばない。

『強さの定義はそれぞれだ。あの娘も強いが、結だって負けてはいないぞ』

「ふふ、ありがとマルス」

ボクは自分の中にいる同居人に返事を返す。彼女はマルス。天界の女神様らしい。ひょんな事からボクの中に住み着き、
一緒に暮らしている。マルスは戦いの女神のようで、いつだって勝負にこだわる熱血さんだ。

『しかしああしてひとりで居るのを見ると、何とかしてやりたくなるな』

マルスがそう言って、美生を心配している。

「うん、ボクもそう思うんだけど、あまり構うと美生怒っちゃうからね。難しいんだよ」

『そうなのか……。難しいものだな』

マルスはしみじみとつぶやいた。

『あの娘は結以外に心を開けるような友人はいないのか?』

マルスが訊いてくる。なるほど、ひとりよりふたりでいけば頑固な彼女だって折れるかもしれない。

「いるにはいるんだけどね……」

ボクはそう言って、美生とボクのもうひとりの友人の席を見る。そこは空席だった。……また授業サボって屋上に
いるんだな。次は昼休みだ。ちょっと声かけてみるか。ボクはお弁当を持って、屋上に居る彼女の元へ行くのだった。




4: 2012/04/06(金) 01:05:46.73 ID:/lOoac1x0


***


「月夜―――っ!!いる―――っ?」

「そんなに大声を出さなくても、聞こえているのですね」

そう言って、屋上で天体観測をしていた九条月夜は返事をした。今日もフリルのついた改造制服をきっちり着込み、
まるで人形のようにちょこんとベンチに腰を掛けている。その横にはアンティークドールが座っている。

「オオ、まるすではナイかっ!ドウシタ?」

その人形が話し出す。月夜もボクと同じで、その身体の中に女神を宿している。ただ彼女の女神はボクの中にいるマルス
と違って、人形に乗り移って自由に動き回っているが。

「女神同士の話ですか?だったら後にして欲しいのですね。今はルナとティータイムの最中ですので」

そう言って月夜は、手元のティーカップに口を付ける。その横には、人形用の小さなカップもあった。人形がどうやって
飲むんだろうか。

「いや、今日はボクが君に話があって来たんだ。とりあえず、お昼ご一緒させてもらっていいかい?」

そう言って、ボクは手に持ったお弁当を軽く上げてみせた。月夜は小さく嘆息すると、「好きにすればいいのですね」と
言って、ベンチを少し空けてくれた。

「ふふ、ありがと」

そう言って、彼女の横に腰掛ける。マルスも黙っている。ボク達は静かにお弁当を広げた。

「月夜は紅茶だけなの?」

ボクは横に居るもうひとりの幼馴染に声をかける。彼女の事も、昔からよく知っている。

「昼食より、アフタヌーンティーの方が重要なのですね。だから今は紅茶で十分」

彼女はすました顔で淡々と返事をする。



5: 2012/04/06(金) 01:07:54.84 ID:/lOoac1x0


「また午後の授業をサボるつもりかい。ちゃんと出ないとダメじゃないか」

「余計なお世話なのですね。それに単位はちゃんと計算しているから、出なくても大丈夫なのですね」

月夜はボクの言葉に耳を貸さない。そうなんだよなあ、月夜は天体観測の為に単位を計算して授業に出ているので落第は
しないらしい。しかも成績も悪くないのでタチが悪い。

「もうまたそんな事言って……。たまには一緒に食べようよ」

「結が勝手に横で食べだしただけじゃないですか。どうしようと私の勝手なのですね」

相変わらずつれないなあ。

「いや、私モこの娘ノ意見に賛成ダゾ。たまニハくらすめーとト共ニ食事をしたらドウダ?月夜」

しかし今日は援軍がいた。月夜がルナと呼んでいる、女神の宿った人形である。月夜はルナと呼んでいるが、それは人形
の名前であって、女神の名前ではない。えっと、確か……

「ウル姐様……」

と、紅茶に映ったマルスが返事をする。ああそうだ、確かウルカヌスさんだった。マルスの姉妹の一番上のお姉さん
らしい。ちなみにマルスは五女で、他に3人のお姉さんとひとりの妹がいるそうだ。全員知り合いであるものの、なかなか
揃う機会はないが。

「ソレカら授業も受けろ。昨日部活動の顧問の先生カラ注意されたバカリではナイか。ちゃんト授業も受けなイト活動停止
ニされてシマウぞ。ソウシタら天体観測ダッテ出来ナクなるデハないか」

 思わぬ味方の裏切りに月夜はやや驚いたが、しかし活動停止になりそうな状況らしい。月夜は溜息をつくと、

「部室に食事を取って来ます。少し待つのですね」

月夜はそう言うと、屋上出口に向かって歩き出した。ボクとマルスはひとり残されたウルカヌスさんに向かって

「ありがとうウルカヌスさん、月夜の説得に協力してくれて。いつもボクの言う事なんて聞いてくれないから助かったよ」

「私からもお礼を言わせてください。ありがとうございますウル姐様」

ボク達のお礼に対して

「フン、貴様ラの為ではナイ。私ハ月夜の為に言ったノダ。アノ子が最近時折寂しソウナ顔をスルのでな」

と言ってプイっとそっぽを向いた。人形なのに不思議と照れているように見えた。しばらくすると月夜がティーセットの
入ったカゴを持って戻って来た。

「ティーセットの準備を手伝うのですね」

はいはい、それくらいお安いご用ですよ。ボクは月夜からカゴを受け取ると、ティースタンドを組み立て始めた。




6: 2012/04/06(金) 01:09:23.09 ID:/lOoac1x0


【第一章】


「それで結、話とは何ですか?」

昼食を終えた所で、月夜が訊いて来た。ああそうだ、すっかり忘れていた。でも話しづらいなあ……。この間は全く
取り合ってくれなかったしな。

「青山美生の事でしたら、前にも話しましたけど私の考えは変わらないのですね」

こちらが何か言う前に、月夜はばっさり切り捨てた。参ったなあ、その美生の事で話があったのに……

「そう言わないで、もう一度考え直してくれないかい?みんなあれから大きくなったんだし、話し合えば仲直りだって
出来るよ」

「何年経っても許せない事だってあるのですね。私とお母様の事を召使い扱いしたあの女の事を、私は絶対に許せない
 のですね」

相変わらず取りつく島もない。

話は10年前に遡る。その頃はボクと美生と、それから月夜の3人で、それぞれの親について行ってパーティーによく
参加していた。大人達のパーティーはボク達子供には退屈で、よく会場の外で遊んでいた。内気で大人しいボクと偉そうで
みんなを引っ張る美生、それからマイペースな月夜と、バラバラの性格だが不思議と仲良くやっていた。

そんなある日、ボク達の制止を無視して木に登った美生が、ドレスの裾を枝に引っかけて破ってしまったのだ。美生は
お母様に怒られてしまうと大変慌ててしまい、何とか直せないかボクと月夜に相談してきた。しかしボク達に何とか出来る
はずもなく、皆で途方に暮れてしまった。




7: 2012/04/06(金) 01:10:44.70 ID:/lOoac1x0


その時美生は月夜に、自分のドレスを直すように命令したのだ。どうやら美生は、月夜の家を貴族お抱えの仕立て屋の
家系と勘違いしていたらしい。自分達貴族の服を直すのは、アンタ達の仕事だと言い切った。アンタ達はそうやって上流
階級に入ったのだから、その務めを果たせ、アンタが出来ないのなら母親を連れてきて直せと月夜に命令したのだ。

当然月夜は怒った。確かに月夜の母親は服飾関係のデザイナーであったが、貴族のお抱えではない。月夜の母親は海外で
服飾のデザインを学び、日本に帰国した後に自分のブランドを立ち上げて上流階級の仲間入りを果たした努力家だった。
月夜はそんな母親を尊敬しており、母親を召使扱いされたのが我慢出来なかったらしい。

美生と激しい口論を繰り広げた後、月夜はパーティー会場に戻って美生の母親に告げ口をした。結果的に美生は母親に
こっぴどく叱られ、それから少しの間、パーティーへの同行を禁じられた。そして美生が居ない間に月夜の両親は離婚し、
月夜は母親と共に舞島市を離れたのでそれっきりケンカ別れになってしまった。高校生になって月夜は舞島学園に入学した
のでまた3人揃ったのだが、月夜は依然美生の事を恨んでおり、美生も意地を張って月夜に近づこうとしないので、2人
の間は冷めたままだ。ボクは最初、そんな2人の間をおろおろしながら行ったり来たりしていた。

昔のボクなら、2人を仲直りさせようなどと思わなかっただろう。しかし今のボクは違う。何とかしてまた3人で楽しく
やれたらいいと思ってる。周囲に壁を作っていた2人も、いつの間にか少し丸くなっている。月夜は桂馬君のおかげだと
思うけど、美生はどうしてだろう?とにかく今なら、月夜と美生を仲直りさせることは不可能ではないはずだ。その為にも
ボクが頑張らなければ。そう決意して、何とか取り持とうと日々奮闘している。



8: 2012/04/06(金) 01:13:04.89 ID:/lOoac1x0


「月夜もつまらない意地を張らないでさ。知っているだろ?美生だってあの頃とは違うんだ。今の美生はバイトをいくつ
 も掛け持ちして、お母様を助けている立派な子だよ。ボクも何とかして助けになりたいんだ。月夜も協力してくれよ」

「そんな事私には関係ないのですね。あの女が苦労しようがのたれ氏のうが、それはあの女の今までの行いの報いなの
 ですね。結以外に頼れる友人がいないのも、自業自得なのですね」

「そんな言い方って無いだろうっ!!確かに今までの美生の行いは許されるものじゃないけど、ボク達まで美生を見捨てたら、
 あの子は本当にひとりぼっちになってしまうじゃないかっ!!ボク達昔はあんなに仲良しだったじゃないかっ!!月夜は
 このままでいいのかいっ!?」

ボクは思わず大きな声を上げる。しかし月夜は冷ややかな目をボクに向けると、

「人間関係など、月日が流れれば変わっていくのですね。パパとママはあんなに仲良しだったのに離婚してしまった。私達
 3人だって、あの頃とは違うのですね」

そう言うと、月夜の髪の色が変化していく。元の金髪は茶色く変色し、頭の上に天使の輪が顕現する。そしてその小さな
身体に不釣り合いな大きな翼が背中から伸びていく。これは月夜ではない。ユピテルの姉妹の長女、正義と精緻の女神の
ウルカヌスさんだ。

「勘違いするではない小娘、我らもも今はひとりの男の愛情を奪い合う敵同士なのだぞ。気安く馴れ合うでない」

ウルカヌスさんはそう言うと、周囲のベンチを女神の力で動かした。そしてボクの頭の真上に浮かせる。いつでもその
頭上に落としてやるという威嚇である。

「結、代われ。ここは私の出番だ」

マルスがボクの中で話しかける。ボクは溜息をつくと、「ケンカしないでよ」と意味のない忠告だけして交代する。
たちまちボクの髪が金色になり、天使の輪と翼が顕現する。そしてボクの意識は彼女の中へ。彼女はユピテルの姉妹の五女、
戦いの女神マルスだ。




9: 2012/04/06(金) 01:15:06.53 ID:/lOoac1x0


「ウル姐様、これは彼女達の問題であって、私達が干渉する問題ではないのではいないですか?」

マルスは宙に浮かぶベンチに怯える事無く、ウルカヌスさんを見据えて言う。ウルカヌスさんはフンッと鼻で笑うと、

「臆したかマルス。戦いの女神が情けないな。宿主の幸せを第一に考えるのは至極当然。たとえ妹が相手とはいえ、月夜の
 敵になるならば、宿主諸共容赦はせんぞ」

長女の余裕だろうか、戦闘態勢のマルスを相手に、泰然としているウルカヌスさん。しかしマルスも負けてはいない。

「見くびられては困ります。ウル姐様こそ、妹だから何でも従うとお思いですか。例え姉妹の全てを敵に回しても、私は
 結の幸福の為にこの戦に必ず勝ちますよ」

そう言って不敵に笑うマルス。この2人はいつもこうだ。たまに2人で話をさせると、何故かこういう展開になる。
まさに一触即発の雰囲気だ。周りに人がいなくて良かったよ。しばし睨み合う2人。マルスはそっと懐に手をかける。
そのブレザーの内ポケットには、ドラムのスティックが入っている。ドラム以外のものを叩きたくないんだけどなあ。
もし折れちゃったらバンドが出来なくて、歩美やちひろに怒られちゃうよ。ベンチが頭から降ってくるのが先か、マルス
がスティックを投げるのが先か……。マルスがスティックを握った瞬間、


 ズンッ!!  ズンッ!!


マルスとウルカヌスさんが、どこからか降って来たドーム状のスライムみたいな物体に閉じ込められた。

「がっ!?」

「ぐっ!?」

ぶよぶよした物体なのでベンチが直撃するよりは痛くはないが、それなりに衝撃はある。感覚は共有しているんだから、
もっと優しくしてほしいよ。



10: 2012/04/06(金) 01:19:06.52 ID:/lOoac1x0


「またお前か……。いつもいつも邪魔をしおって……」

「ミ、ミネルヴァ姐様……」

マルスとウルカヌスさんが視線を向けた先には、小学校低学年くらいの天使の輪と翼を持った小柄な女の子が立っていた。
この女の子も女神である。ぶかぶかの制服姿であるだが、それはこの女神が変身したからであり、本来の宿主はもっと
背の高い普通の女子高生である。

「ウルねえさま、マルス、いいかげんにしてっ!」

小柄な女神はその胸にハードカバーの本を抱えてぷりぷり怒っている。彼女の名前はミネルヴァさん。小さいがマルスの
ひとつ上のお姉さんで、ふたりがケンカを始めるとどこからか現れて強引に仲裁に入る。今回も助かりました。いつも
ありがとうございます。

「……ふんっ、興が冷めたわい。分かったからここから出せ。もうすぐ昼休みが終わるわい」

ウルカヌスさんがお手上げのポーズを取ると、マルスもスティックから手を離す。すると身の回りを覆っていたぶよぶよの物体は
消失した。それと同時にボク達の女神は引っ込み、ボクは五位堂結に、ウルカヌスさんは月夜に、そしてミネルヴァさんは

「こんどケンカしたら、ディアナにいうからねっ!」

と言い残して、C組の図書委員の汐宮栞さんに戻った。月夜はささっとティーセットを片付けると、ボクと栞さんの横を
無言で通り抜けて教室へ降りて行った。ボクも後を追いかけるが、その前に栞さんに向き直ると、

「ごめんね栞さん、いつも迷惑かけて。ミネルヴァさんにも謝っておいて」

「い、いえ……。ミネルヴァが好きでやってる事ですから……。それに私も、友達にケンカしてほしくないし……」

栞さんは少し気恥ずかしそうに小さな声で言った。歩美やちひろと比べるとあまり親しくはないが、女神の宿主同士、
ボク達は不思議な縁で話をするようになった。同じ学校にはあと2人女神の宿主がいるが、1人はアイドルなので学園に
滅多に来ないし、もうひとりは既にバンド仲間で大親友だ。後、別の高校にもう1人いる。

「それに2人は何も悪くありません。全てはあの倒錯変態女装男が悪いんです。あの男がいい加減だから、私達はこんな
 争いをすることになって……」

やがて低いトーンで栞さんがぶつぶつ話し出した。参ったなあ、桂馬君に女装させたのって、ボクなんだよなあ……

「あ、あはは……。とにかくありがとうっ!じゃあボクは月夜を追いかけるから、栞さんも教室に戻った方がいいよ。
 そろそろ授業も始まっちゃうし」

そう言って、ボクは逃げるように立ち去った。ウルカヌスさんやマルスさんの言い分なら、ミネルヴァさんと栞さんも
恋のライバルとして、いつか争わなければならないのだろうか。みんな桂馬君の事が好きだけど、桂馬君はエルシィや
ハクアさん達と地獄関係の争いで忙しそうだし、ボク達の間では彼の邪魔をしないようにしようという、紳士協定ならぬ
淑女協定がいつの間にか成り立っていた。マルスはアプローチしろと急かしてくるが桂馬君に嫌われたくないし、
一段落するまでは大人しくしているつもりだ。栞さんや月夜もきっと同じ気持ちだろう。

まあ今は栞さんの言うように、友達としてみんなとやっていこう。ボクだって、女の子と進んでケンカしたいと
思わないしね。とりあえず美生と月夜をどうするかを考えよう。ボクは少し早足になって、月夜を追いかけるのだった。







15: 2012/04/06(金) 21:03:50.49 ID:/lOoac1x0


【第二章】


教室に戻ると、美生は机でぐっすり眠っていた。まあ寝不足だったみたいだし、予想はしていたけどね。とりあえず起こしてやると、ノートは明日返してくれたらいいよと言っておく。美生は遠慮していたが、ボクが固辞すると受け取った。
これくらいはお節介を焼いてもいいだろう。
 その時、ふと視線を感じたので顔を上げると、月夜がボク達を見ていた。ボクの視線に気付くと、月夜は慌てて視線を
外へ向ける。さっきはあんなに冷たい事を言っていたが、月夜も美生の事が気になっているようだ。2人とも素直
になればいいのに……

授業が終わると、美生は急いで教室を出て行く。今からバイトなんだろうな。バイト先のパン屋は学園からちょっと
離れているので、急いで行かないと間に合わないのだろう。月夜も静かに席を立つと、天文部の部室に向かって行く。
まあ今すぐどうこう出来るものでもないか。ボクも軽音部の部室に向かおう。


***


「えっ!?今日休みなのっ?!」

「うん、そうみたいだよ。京が塾の期末テストで、エルシィも家の手伝いがあるからって帰っちゃった。ちひろもふたり
 も抜けたら意味がないから、私に結に伝えておいてって言って、帰っちゃったよ」

「そんなぁ~。歩美はどうするの?」

部室にひとりだけいた歩美にボクは訊いてみる。歩美はシューズを取り出すと、

「私も今日はオフなんだけどね、ちょっと陸上部に顔を出して軽く走るつもり。国体も近いしね」

歩美は県代表の国体選手として出場が決まっていた。だから最近はあまり全員揃って練習出来ないのに……

「そうなんだ……。まあ、仕方ないよね」

「そういうこと。じゃあ私行くねっ!鍵よろしく~」

そう言って、歩美は荷物を纏めて帰り支度を始めた。

「ねえ歩美、ちょっといいかな?」

ボクは歩美を呼び止める。ちょうどこの部室には2人きりだ、『もうひとり』の方にも相談してみよう。

「え?いいけど……。何、何か相談?」

歩美は目をぱちくりさせながら訊いてくる。歩美は部活動で後輩にも慕われてるし、先輩にもそれなりに可愛がられて
いるらしい。こういう相談事にはうってつけかもしれない。

16: 2012/04/06(金) 21:04:56.01 ID:/lOoac1x0


***


「ふ~ん、九条さんがねえ。お金持ちのお嬢様同士のケンカは、私みたいな下々の平民には想像がつきませんねえ」

「もうっ、マジメに答えてよっ!!ボクがこんなに悩んでいるのにっ!!」
卑屈に茶化す歩美に抗議すると、歩美は頭をかきながら「ゴメンゴメン」と笑う。

「ねえメル、あんたはどう思う?あんたら姉妹だって、ケンカのひとつやふたつしたり仲直りさせたりしたことある
でしょう?」

 歩美は窓に映る女神に話しかける。彼女の名前はメルクリウスさん。ユピテルの姉妹の末っ子で、マルスの唯一の妹
である。メルクリウスさんは目を閉じて考えていたのかと思いきや、

「ん?……ああ悪い、寝てた……。もう一度説明してくれアユミ……」

と、まぶたをこすりながらダルそうに話してきた。歩美は深く溜息をつくと、「ダメだコイツ」と肩を落とす。

「随分眠そうだな。ちゃんと寝ているのか?」

同じく窓に映ったマルスがメルクリウスさんに聞く。メルクリウスさんはあくびをしながら、

「高校の化学はどういうものをやっているのか、昨晩教科書とノートを見ていたんだ……。しかしアユミがアホだから、
ノート間違えまくっていてあんまり参考にならなかった……。不幸だ……」

「ほっといてよっ!!大体アンタが寝ないと私だって疲れるんだからいい迷惑よっ!!それにアンタ賢いんだったら、普段から
 もっと色々教えてよっ!!授業中アホだのバカだのけなしてばかりじゃないっ!!」

「私は理系だ……。物理や化学なら得意だが、文系の上にアホなアユミに教えても理解出来るとは思えない……」

「なによ―――っ!!」

ぎゃあぎゃあと窓に映る女神とケンカをする歩美。このふたりはいつもこんな感じだ。

「しかし私達の意見など、あまり参考にはならないよなマルス姐様……。一度ケンカしたら、100年くらいは
口きかなかったりするからなあ……」

メルクリウスさんがマルスに話しかける。マルスもうんうんと頷くと、

「確かにそうだな。最近だとディアナ姐様とアポロ姐様のケンカか……。封印される前だからよく憶えてはいないが、確か
 50年くらいケンカしてたよなあ」

「えっ、そんなに仲悪いのアンタ達って……。ディアナさんって鮎川さんよね?それでアポロさんがかのんちゃん。
2人ともクセの無い良い子そうに見えるのに……」

歩美が驚くと、メルクリウスさんは溜息をついて、

「だからアユミはアホなんだよ……。それは宿主の話だろう?私達だって、本来の姿は違うぞ。私だってアユミよりもっと
 賢いし、もっと美しい」

窓に向かって机を投げつけようとした歩美を何とかなだめて、話を続ける。




17: 2012/04/06(金) 21:06:30.21 ID:/lOoac1x0


「あの2人は双子なのに、正反対の性格だからなあ。真面目で融通の利かないディアナ姐様と、自由奔放なアポロ姐様。
 昔からよくケンカをしておられた。とは言っても、ディアナ姐様が一方的に怒って、アポロ姐様がケロっと忘れている
だけなのだが。ディアナ姐様は、怒らせると怖いからなあ……」

マルスが遠い目をしてつぶやく。そういえばさっき、ミネルヴァさんがディアナに言いつけるとか言ってたな。

「まあそういう時は、ウルカヌス姐様が長女として間に入って仲直りをさせていたのだが、今回はそのウルカヌス姐様も
宿主のツキヨ殿に味方をしてお怒りのようだし、協力は得られないかなあ。妹の中でも五女と末っ子の私達では
どうにも出来んのだよ。すまないなあユイ」

メルクリウスさんが謝る。そうなのか。女神も色々大変なんだなあ。

「私も後輩達のケンカの仲裁に入ったりしたことは何度かあるけど、今回みたいなケースはちょっと難しいかな。まず
ケンカ別れになってから、時間が空きすぎてるでしょう?それで頭が冷えて仲直りするケースもあるけど、今回はその
逆で、冷えるどころかますます怒りを強めている。ここまでこじれちゃうと、女神さん達じゃないけど、ちょっとや
そっとじゃ仲直り出来ないかもしれないわね」

歩美が申し訳なさそうに言う。そうなのか、これは思っていたより大変かもしれないな……。ボクががっくり落ち込んで
いると、メルクリウスさんが優しい口調で言ってくれた。

「まあそう気に病むことは無いぞユイ。宿主と女神は皆どことなく似ているのだ。ウルカヌス姐様は気難しい方ではあるが、
 姉妹の長女としてその辺りは弁えておられる。ツキヨ殿もミオの事を気にしているみたいだし、今はツキヨ殿の味方を
しているかもしれないが、そのうち仲直りの手助けをしてくれるさ。それにユイも、マルス姐様によく似ている。姉妹で
ケンカをした時、一番仲直りをさせようと頑張っていたのはいつもマルス姐様だった。マルス姐様とユイが頑張れば、
きっと上手くいくよ」

そう言って、メルクリウスさんは励ましてくれた。歩美はイヤミしか言わないと言っているが、この人はやっぱり良い人
だな。マルスはぽりぽりと照れくさそうに頬をかくと、

「そうだったな。お前はいつも妖しい術や実験を繰り返して、姐様達を困らせていたよな。私はいつもお前のフォローを
するのに苦労したよ」


18: 2012/04/06(金) 21:08:06.35 ID:/lOoac1x0


 マルスにそう言われたメルクリウスさんは、あさっての方向を向くと、

「そうだったかな。もう昔の事すぎてよく憶えていない」

 と、しらばっくれた。すると歩美がニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべると、

「何~?アンタ問題児だったんじゃないの~?誰が優秀だって~?」

ここぞとばかり仕返しをする。しかしメルクリウスさんはそんな歩美を意に介さず、

「そうだな。確かに私も昔は失敗が多かったが、だが一所懸命勉強はしていたがなあ。只でさえアホなのに、勉強も全然
 しないアユミがどうして私の宿主になったんだろうなあ……」

「だからあたしは勉強じゃなくて運動を頑張ってるんだって言ってるでしょうが―――――っ!!」

再び机を投げようとする歩美を必氏で止める。やはりメルクリウスさんの方が一枚上手の様だ。そもそも何百年も生きて
いる女神様に、ボク達みたいな子供が叶うとは思わないんだけどなあ。

 とりあえず月夜と美生の仲直りは難しいが不可能ではないらしい。ボクは歩美とメルクリウスさんにお礼を言ってから、
部室を後にした。まだまだこれからだ、頑張ろうっ!!





19: 2012/04/06(金) 21:09:37.46 ID:/lOoac1x0


【第三章】


歩美に相談してから数日間、ボクは相変わらず月夜と美生の間を取り持とうと頑張っていた。依然成果はイマイチだが、
それでもふたりとも少しはボクの話を聞いてくれるようになった。マルスと色々作戦を考えながらちょっとは希望が見えて
きた気がする。月夜も美生も、ボク以外に話をするようなクラスメートは居ない。そんなのあまりにもつまらないだろう。2人の為にも、
ボクが頑張らなきゃっ!!

そんなある日、ボク達は歩美の国体出場の壮行会兼カラオケ大会を開催した。久しぶりに2Bペンシルズのメンバーが
全員揃い、遅くまで皆で食べて歌って楽しんだ。22時を過ぎた頃にお開きとなり、ボク達は店の前で別れた。

「送っていきますよ~結さ~ん」

「そうだぞ結~。アンタ男の格好してるけど女なんだから、夜道の一人歩きは危ないぞ~」

ボクは皆とは家が逆方向なので、必然的に1人で帰る事になる。いつもなら岡本さんが迎えに来るけど、岡本さんはもう
上がりの時間だったので、歩いて帰る事になった。エルシィとちひろが心配してくれたが、

「いいよいいよ、ウチはここから近いし。それにキミ達だって4人だからって油断したらダメだよ。歩美の足だったら
 逃げられるだろうけど」

「あたしはそんな薄情者じゃないわよっ!!いざとなったら、京と2人で、エルシィとちひろを抱えて逃げてやるわよっ!!」

「いや、あんたは出来ても私はムリだから……」

歩美と京がそれぞれ返事をする。分かってるよ。じゃあねと挨拶して、解散した。



20: 2012/04/06(金) 21:10:25.34 ID:/lOoac1x0
***


「ん?あのツインテールは……」

 帰り道、道路を挟んで向かい側に美生を見た。バイト帰りだろうか。制服らしき恰好で走っている。

「こんな遅くまで働いているのか……。本当に偉いなあ美生は……」

ボクはそう思いながら視線を元に戻すと、再び帰り道を歩き出した。

『待て結、様子がおかしい』

「え、何どうしたのマルス?」

『何だかあの娘、何者かに追われている様子ではなかったか?』

「何だってっ!?」

 マルスの声に驚き、慌てて視線を美生の方向に戻すと走る美生の後ろを3人の男が追いかけていた。これは大変だ。

『私達も追うぞっ!!』

「当然っ!!美生を助けないとっ!!」

ボクは車の間をすり抜けるように道路を突っ切ると、そのまま男達の後を追った。こいつら美生をどうするつもりだ?
途中見失いそうになりながらも、ボクは必氏で追いかけた



21: 2012/04/06(金) 21:12:00.31 ID:/lOoac1x0


***


「待てキミ達っ!!美生をどうするつもりだいっ!!」

ようやく追いついたと思ったら、そこは人気のない裏通りだった。

「何だお前はぁ~っ?」

3人の男達のうちの1人の手の中で、美生は口元を布のようなもので抑えられていてぐったりしていた。どうやら薬を
嗅がされたようだ。こいつらマトモな連中じゃない。おそらく誘拐犯か何かだ。

「邪魔すんじゃねえぞコラァッ!!」
「ブチ殺されてぇのかこの野郎っ!!」

手の空いている2人がナイフを取り出して威嚇してくる。この状況はボクだけでは厳しいな……。でもボクはひとり
じゃないっ!!

『結、代わろう。結だけではやや分が悪い』

「翼は出さないでよマルス。後々騒ぎになったら面倒だ」

『安心しろ、こんな小童共、翼を出すまでもないっ!!』

「何ひとりでゴチャゴチャ言ってるんだコラァッ!!」

ナイフを持った男が襲いかかってきた、ボクは咄嗟に上着を脱ぐと、片手に巻きつけて受け止める。

「おい、今この娘に何をしようとした……?」

「な……お前女っ?!それに髪が……っ!!」

みるみるボクの髪が金色に変化していく。翼のないマルス(パワー50パーセントOFF)に変身。しかしその程度でも、
軍神には十分過ぎる程だった。

「この身体はお前ごときがそう易々と触れて良いものではない……。身分を弁えろ餓鬼がっ!!」

「ぐはぁっ!!」

マルスの渾身の一撃で、殴られた男は宙に吹き飛ばされ、そのまま気絶した……と思う。氏んでないよね?

「(安心しろ。手加減している)」

手加減してこれなのか……。怒らせたら怖いなあ。



22: 2012/04/06(金) 21:13:26.08 ID:/lOoac1x0



「なななっ……舐めんじゃねえぞおらぁ―――――っ!!」

もう1人がスキをついて襲いかかってくる。しかしマルスにスキなど存在しない。反応が遅れても、十分対応可能だ。

「遅いわ小僧。戦場ならば氏んでいるぞ」

「げはっ!!」

マルスは振り上げた足でナイフを弾くと、そのまま軌道を変えて男の側頭部に回し蹴りを叩き込んだ。まるで映画を
見ているみたいだ。

『今度教えてよマルス』

「(いや、これは見た目程簡単ではないんだ。結がもっと筋力がついたら伝授してやろう)」

『筋力って……今ボクの身体で出来ているのに……』

足元に転がった男を脇へ蹴飛ばして、マルスが美生を抱えた最後の男の方へ歩み寄る。

「さて待たせたな……。大人しくその娘を返してもらおうか……」

「ひっ、ひぃぃぃ………」

じりじりと近づいてくるマルスに男は怯えっぱなしだった。目の前で仲間が瞬殺されたんだから無理もない。しかし男は
美生を抱えたまま、その場から逃げもせず後ずさりをするのみである。………何だか変だな、まるで何かを待っている
ような………

『マルス後ろっ!!』

「なっ!?」

その時猛スピードでワゴン車がボク達の方へ突っ込んできた。マルスはとっさに受け身を取って難を逃れたが、少々
ダメージを受けてしまった。ボク達を撥ねようとしたワゴン車はそのまま男の前に停まる。

23: 2012/04/06(金) 21:14:42.15 ID:/lOoac1x0



「へへ……。遅かったじゃねえか」

「すまんすまん。道が混んでいたんでな……」

ワゴン車の中から5人の男達が出て来た。どうやら仲間らしい。こいつらを待っていたのか……

「じゃあ、後は頼んだぜ。俺は先に戻っているから……」

そう言って、美生を抱えた男が車に乗り込んだ。

「待てっ!!貴様っ!!」

「おおっと、邪魔しないでもらおうか王子様。いや、お前女か?」

慌てて呼び止めようとしたマルスを、5人の男達が取り囲む。

「気を付けろ、ケンジとヤスがやられた。女だからって油断するな」

「へえ……了解」

車に乗り込んだ男のアドバイスを受けて、5人の男達はそれぞれ警棒やナイフなどを取り出す。

『マルス、どうしようっ!!このままじゃ美生がっ!!』

「(分かっておるっ!!この男達を倒すのは容易いが、相手にしていては娘の救出に間に合わぬっ!!)」

男達はじりじりと近づいてくる。車は間もなく発車しようとしている。……くそっ、完全に油断したっ!!

「じゃあなあ~ナイト様ぁ~」

小馬鹿にしたような調子で、美生を乗せた車は走って行った。早く追わないと……っ!!



24: 2012/04/06(金) 21:17:04.53 ID:/lOoac1x0

ところがここで、予想外の事が起きた。


バキッ ガコンッ ドスンッ ガガガガガッッッ……!!!!


「え?」

「「「「「なっ…………」」」」」

マルスはもちろん、男達も目の前で起きている光景が信じられなかった。それもそのはず、走行したばかりの車のタイヤ
が4つ同時にいきなり外れたと思ったら、車がそのまま地面に落ちて止まったのだから。

「な……、何だ………?」

車から降りた男が、慌てて確認しようとする。すると外れたタイヤが4つ男の方に飛びかかった。

「うごぉっ!?」

男は声にならない声を上げて、そのまま伸びた。

「今がチャンスだっ!!」

マルスは男達がその光景に目を奪われている内に、あっという間に懐に飛び込み、目にもとまらぬ速さで5人の男を
仕留めてしまった。男達は声をあげる間もなく次々に倒れた。

「美生っ!!」

そこで身体が入れ替わる。慌てて車のドアを開けて、ボクは美生を救出した。よかった、ケガはないみたいだ。しかし
突然の車の故障、これは偶然ではない。あきらかに何かの力が働いたものだ。手を触れずにこんな真似を出来る人に、
ボクは1人だけ心当たりがある。

ふっ、と、その時上空が暗くなった。上を見上げると。空からじゅうたん……いや、それよりは二回りは小さい敷物がゆっくりと
下りてきた。そのまま目線の高さまで下りて来て、ボクはその敷物の持ち主と目が合う。

「油断大敵なのですね、結」

「全ク、何をシテおるのダまるす。それデモゆぴてるノ姉妹の一員カっ!!」

魔法のじゅうたんに乗ったアラジンの様な出で立ちで、冷めた目をした月夜とルナ――――ウルカヌスさんが夜空から
現れた。



30: 2012/04/06(金) 23:03:21.57 ID:/lOoac1x0


【第四章】


「月夜……、どうしてここに……?」

『ウル姐様……。面目ございません……』

空からやって来た2人を見て、ボク達はそれぞれの反応を見せる。月夜とウルカヌスさんはふんっ、と息を吐くと

「たまたま天体観測から家に帰る途中に通りかかっただけです。最初は放っておこうと思いましたが、何やら旗色が
 悪そうだったので手を貸してあげました。感謝するのですね」

 いつもそんなアラジンみたいな方法で通学しているの?いいなあ~、ボクも乗りたいなあ。

「残念ながらひとり乗りなのですね。ところで美生は………」

 月夜はそう言うと、ボクに抱きかかえられた美生の顔を心配そうにそっと覗きこむ。

「ああ、薬で眠らされているけど本人は無傷だ。直に目を覚ますよ」

「そう、よかった………」

 月夜はそうつぶやくと、優しく美生の頬を撫でた。いつもはあんなに冷たいのに、やっぱり月夜も美生の事を心配して
いたらしい。

「月夜、終ワったゾ」

 少しして、月夜の横にルナに乗り移ったウルカヌスさんが戻って来た。何をしていたのかというと、ボク達がのした男達
を、ガードレールをはぎ取って縛っていた。締め付けてはいないから氏にはしないだろうけど、アレ外せるのかなあ……

「お疲れ様、ルナ。それでは私達はこれで帰りましょうか。結は事件の後始末をお願いするのですね」

そう言い残すと月夜はさっさと敷物の上に戻っていった。ウルカヌスさんは月夜の元に戻る前にふらっとこちらに戻って
来ると、小声でこっそり教えてくれた。



31: 2012/04/06(金) 23:04:28.19 ID:/lOoac1x0


「ソノ娘を見かケタ時は、イツモ月夜ハ上空から見守っていたノダ。面ト向かっテ和解する事はマダ難しそうダガ、月夜ハ
 心優シイ娘だ。イツカきっと仲直りするダロウ。ダから結よ、心配スルでない」

ウルカヌスさんはそう言って、ボクの肩をぽんぽんと叩いた。

「すみません。月夜をよろしくお願いします。今日は本当に助かりました」

「ウム。気にスルナ。月夜ノ事ハ任せテおけ。サテまるす……」

突然名前を呼ばれたマルスはびくりと肩を震わせる。

「貴様ヲここデ叱リ飛ばスのハ容易イが、私ガ怒っタ所デあまり怖クはナイだろう。そこで今回の失態ニついてハ、
 でぃあなニ報告シテおく。シッカり反省するヨウに」

『姐様っ!!それだけはご勘弁を……っ!!いくらでもお叱りを受けますから、どうかディアナ姐様にはご内密に……っ!!』

マルスが必氏に懇願する。しかしウルカヌスさんはそんなマルスを冷笑すると、

「モウ遅い。実は既ニでぃあなニは連絡済ミだ。腹ヲ括レ」

「ルナ、早く帰るのですね」

絶望した様子でがっくり膝をつく(おそらくそんな感じだと思う)マルスを残して、ウルカヌスさんと月夜は再び空を
飛んで帰って行った。何でもある程度の高さになると、そう簡単に気付かれないらしい。まあ普通、敷物に乗った人間
が空を飛んでいるなんて思わないよね。ゆっくり飛んでいく2人を見送ると、

「さて、とりあえず警察に電話しようかな。………大丈夫マルス?」

『終わりだ……もうおしまいだ………』

「大丈夫だよ、ボクも一緒に怒られてあげるからさ、元気出してよ」

パトカーの到着を待ちながら、ボクはマルスをひたすら慰めていた。この時は全く思わなかった。まさかボクまで
怒られる事になるなんて………





32: 2012/04/06(金) 23:05:54.14 ID:/lOoac1x0


***


到着した警察に本当の事を話すわけにもいかず、ボクは車が壊れて男達が倒れている所を偶然通りかかり、たまたま
薬で気を失っていた美生を救出した、という事にした。車の壊れ方といい男達に巻きついたガードレールといい、
男じゃなくてもこんな人知を超えた所業が出来る訳がない。美生は一応病院に搬送され、ボクは軽い聴取だけされて家に
帰された。次の日には『宇宙人の仕業かっ!?』という見出しで、誘拐事件というよりは怪事件としてニュースに取り上げられた。
おかげで被害者の美生があまり取り沙汰されることは無く、彼女の生活に支障のあるような事態にはならなかった。

「アンタが助けてくれたみたいね、結。ありがと」

翌朝登校してきた美生は、開口一番ボクにお礼を言った。

「ボクはたまたま通りかかっただけで何もしてないよ。それより宇宙人が助けてくれたみたいだけど、美生はUFOとか
 見てないの?」

ボクはわざと知らないフリをして、話題を切り替える。

「追いかけられていた所までは憶えているんだけど、その後すぐに眠らされたのよね……。次に起きたら病院のベッドの
 上だし、何だか夢でも見ていた気分だわ」

美生は頭をひねりながらうんうんと唸っていた。憶えていない方が都合が良いや。

「まあ無事で良かったじゃないか。レディの夜の一人歩きは危ないよ。もうファミレスのバイト辞めたら?」

「言われなくてもママに辞めさせられたわよ……。『アンタがそんな気を遣わなくてもいいのっ!!』って怒られちゃった。
 朝のコンビニのバイトも辞めさせられるし、またパン屋のバイトだけになっちゃったわよ……」

やや不貞腐れた様子で美生が愚痴った。まあ美生がそこまで頑張らなくても青山家は大丈夫だろう。

「いいじゃないか。今は将来の為にいっぱい勉強した方がお母様も喜ぶと思うよ」

「将来に向けて、今稼いでおくのよ。大学合格したって、入学金が払えなきゃ意味がないじゃない。まあママの怒りが
 収まったら、またバイト増やすつもりだけどね♪じゃあね」

それだけを言い残すと、美生は自分の席に戻って行った。




33: 2012/04/06(金) 23:07:21.21 ID:/lOoac1x0


『強い子だな……。誘拐された事を怖がるわけでもなく、お金持ちの結相手に卑屈になることもない。芯の強いまっすぐ
 な美しい娘だ。正に貧すれど鈍せず、だな』

「あ、マルス立ち直ったんだ」

マルスは昨日の晩からずっと落ち込んでいた。そんなにディアナさんが怖いのか……

『………思い出させる出ない。………せっかく一晩かけて忘れたのに………』

立ち直ったわけじゃなかったんだ……

「でも美生だったら大丈夫だよ。昔から負けず嫌いで意地っ張りなんだから」

ボクは席に戻った美生を見ながら、そう呟いた。

「あ、結」

ふと顔を上げた美生がボクの名を呼ぶ。

「昨日バイトと警察の聴取で、勉強出来なかったのよ………。悪いけど、もう一度ノート貸してくれないかしら………」

「ハハ……、それくらいお安い御用さ………」

ボクは苦笑いするしかなかった。





34: 2012/04/06(金) 23:08:44.96 ID:/lOoac1x0


***


ディアナさんはいつマルスを怒りに来るんだろうか。その機会は思ったより早くやってきた。

「あの~結さ~ん?今日空いてますかぁ~」

放課後、歩美抜きでバンド練習した後にエルシィが誘ってきた。

「いいけど。どうしたのエルシィ?何か買い物?」

ボクの返事を聞いたエルシィはパァっと明るくなると、その後少しトーンを下げて神妙な顔になり

「(実は神にーさまが結さんをウチに連れてこいって言ってるんですよ。ディアナさんも待ってるみたいです)」

「(ああ、その件ね。でもどうして桂馬君まで?)」

「(うう~、それがよくわからないんですよぅ~。何だかにいさまとっても怒ってて、とにかく連れてこいとだけしか言って
 くれないんですよぅ~)」

どうしてだろう。でも桂馬君の家にお誘いいただけるなんて嬉しいな♪マルスには悪いけど、ありがと♪

「おお~、何だ何だ2人でデートかぁ~?あたし達も誘えよ~」

ちひろと京が絡んできた。まずいなあ~。とっさに目の前のエルシィを見て思いついた。

「ああ、エルシィが桂馬君の気持ちをもっと知りたいみたいで、これからふたりでギャルゲーを買いにいくんだけど
 ついて来る?」

「え、ええぇぇ~~~~~っ!!」

エルシィが涙目でボクを見る。しかしちひろと京を連れて行くわけにはいかない。ボクは小さくウィンクしてみせると
エルシィはがっくり肩を落として、肯定した。

「うえ~、きも~い。あたしパース。別にオタメガの気持ちなんて知りたくないし。ちひろはどうするの?」

「あっ、あたしもどうでもいいしっ、桂木なんてどうでもいいしっ!!」

ちひろは顔を真っ赤にしながら帰って行った。わかりやすいなあ。歩美もいれば、もっと面白かったかもしれないなあ。
こうしてボクは、項垂れるエルシィと、ボクの中で恐怖で震えるマルスを慰めながらカフェ・グランパに向かった。



37: 2012/04/07(土) 00:20:42.28 ID:AfM0/nRk0


【第五章】


「久しぶりですねマルス。今日どうしてここに呼ばれたのか、分かっていますよね?」

グランパに到着すると、既に鮎川さんがディアナさんに変身して待っていた。ディアナさんはユピテルの姉妹の第三女で、
姉妹の中では一番賢いお姉さんらしい。表面上はにこやかだが、朱く燃える切れ長の瞳がとても怖い。こめかみに青筋が
浮いているし。

「はっ………はい……。よく存じております、ディアナ姐様………」

姿見の中でガタガタ震えながら、正座しているマルス。マルスが正座させられているので、ボクも必然的に床に正座する
羽目になってしまった。一緒に怒られてあげると約束したから、これくらいは協力しないとね。

「女神の力に慢心し、人間如きの暴漢に不覚を取ったばかりか、自らの宿主まで危険に晒すとは………。貴女それでも
 ユピテルの姉妹ですかっっっ!!!!!!恥を知りなさいっっっ!!!!!!」

店内全体に響き渡るほどの大声で、ディアナさんがマルスを怒鳴りつける。マルスはすっかり委縮して縮こまっていた。
うう………、付き合うとは言ったけど、自分まで一緒に怒られているみたいで何だか辛いなあ………。しかしディアナさん
はそれだけを言うと、ふう、っと息を吐いてその怒りを収めてくれた。あれ?もっと怒られると思っていたんだけど、もう
いいのかなあ………

「本当は貴女にはまだ言いたいことが沢山あるのですが、今回の貴方達の行いについて、私以上に怒っている人が
 いますので、後はその人にお任せします。それでは大変不本意ですが、よろしくお願いします………………桂木さん」

え?あなた「達」って言った?ボクも怒られるの?それからどうして桂木君が?頭の上に沢山クエスチョンマークを
浮かべていると、やがて奥の部屋からひとりの線の細い男の子が出て来た。



38: 2012/04/07(土) 00:22:17.99 ID:AfM0/nRk0


「やあ桂馬君っ!!久しぶ…………り?」

最初はついつい嬉しくて声が弾んでしまったけど、桂木君の顔を見て段々尻すぼみになってしまった。ボクの前に現れた
桂木君は、ディアナさんの10倍くらい怒っていた。血管が浮き出ているどころか、頭に血が上りすぎて顔が真っ赤に
なっている。

「よお、結…………。その様子だと、怒られるのはマルスだけだと思っていたらしいなあ…………」

ビキビキとこめかみに血管を走らせながら、桂馬君が低い声で聞いてくる。

「え?ボ、ボク、桂馬君に怒られるような事したかなあ…………?」

やや半笑いで、ボクは桂馬君に返事をした。その時「ぶちっ」っと、桂馬君の血管がキレた音がした。

「『怒られるような事したかなあ?』だとぉ―――――――――っっっ!!!!!!今回のオマエの行いの全てがボクをここまで
 怒らせているんだよこのアホがぁ―――――――――っっっ!!!!!!いいかっ!!結果的に美生を助けることが出来たから
 良かったものの、もしかしたら2人とも氏んでいたかもしれないんだぞっっっ!!!!!!!男の格好をして、男の言葉を話し、
 女神の力を手に入れたところで、オマエは結局五位堂結っていうひとりの女の子なんだよっっっ!!!!!!自分がスーパー
 マンにでもなったと思ったかっっっ!!!!!!いいかっっっ!!!!!!どれだけ強くなったつもりでも、女神だって刺されたら氏ぬ
 んだよっっっ!!!!!!かのんが刺されてウチで眠っていたのを、お前も見ていただろうがっっっ!!!!!!地獄関連からは護って
 やることは出来ても、日常生活までは面倒見切れんぞこのアホンダラァ――――――――ッッッ!!!!!!」

先程のディアナさんが可愛いく感じるくらいの物凄い剣幕で、桂馬君はボクを怒鳴りつけた。この長台詞を一息で言い
切り、桂馬君は肩で息をしていた。ボクはただ、呆気にとられていた。

「む、婿殿………。落ち着いて下され………。結は美生殿を助けたいという一心から危険な行いをしたのであって……」
 
マルスが鏡の中から、ボクをフォローする。しかし逆効果だったようで、

「マルスも何結に加担してるんだよボケェ―――――ッッッ!!!!!!宿主の身の安全を第一に考えて、その身を護るのがオマエ
 の役割だろうがっっっ!!!!!!それをオマエから率先して乗り込んだだとぉ――――――っっっ!!!!!!軍神だかヴァルキュリア
 だか知らんが、今のオマエは五位堂結という、只の女子高生の身体を借りた生身の人間なんだよっっっ!!!!!!ただの
 女子高生が暴漢8人を撃退して人質を救出出来ると思うかっっっ!!!!!!出来る訳ないだろうがっっっ!!!!!!警察へ通報する
 なりボクや他の女神達の助けを呼ぶなり、もっと確実な方法を取れよっっっ!!!!!!それでも戦いの女神かっっっ!!!!!!もし
 ウルカヌスがそこを通らなかったらどうするつもりだったんだっっっ!!!!!!何より結に何かあったら、どう責任を取る
 つもりだったんだこのアホンダラァ――――――ッッッ!!!!!!」

ボクに怒鳴った時以上の剣幕で桂馬君は鏡の中のマルスに怒鳴りつけた。マルスもそのあまりの迫力にすっかり
怯えている。



39: 2012/04/07(土) 00:23:55.30 ID:AfM0/nRk0


「オマエら2人は前々から危なっかしいと思っていたんだよっっっ!!!!!!しかし今日という今日はもう許さんっっっ!!!!!!
 泣こうが土下座しようが、言いたい事全部言わせて貰うからなっっっ!!!!!!」

こうして顔を真っ赤にした桂馬君にその後30分みっちり説教された。説教されながら、ボクは自然と涙が出て来た。
お母様やお父様にも、こんなに本気で怒られた事は今まで無かった。お稽古事で厳しく躾けられた事はあったけど、それは
『お嬢様としての結』に対してであって、『普通の女の子』として、その身を本気で心配して怒ってくれたのは桂馬君だけ
だった。ああ、やっぱりボクはこの人には敵わないよなあ………。そんな事を思いながら、ボクは泣いていた。
そして改めて認識させられる。


―――――ボク、やっぱり桂馬君が好きだ―――――



40: 2012/04/07(土) 00:25:10.16 ID:AfM0/nRk0


***


「あのぉ~、兄様、そろそろ許してあげたらどうですかぁ~」

「か、桂木さん………、マルスも深く反省している事ですし、私も、もう怒ってませんので………」

桂馬君の両脇から、エルシィとディアナさんが引き留めに入った。桂馬君は汗びっしょりになっていた。

「ふんっ………、も、もう………こんな………時間か。そろそろ……母さんが………帰って来るなあ………」

桂馬君は息も絶え絶えになって、時計を確認してこう言った。ちなみに喫茶店のマスターである桂馬君のお母様は、
桂馬君が店番をすると言うと大喜びで出かけて行ったらしい。その隙に看板を片付けて、閉店状態にして説教部屋にした
のだった。

「よし……、じゃあここまで……だ。2人とも……分かったか……?」

「ごめ゛ん゛な゛ざい゛………」

「ぎを゛づげま゛ず……」

鏡の中のマルスもボクと同じ格好で泣いていた。メルクリウスさんの言う通り、宿主と女神は似るのだろうか。桂馬君は
エルシィから手渡された水を一気飲みすると、

「シャワーを浴びて来る……。『天理』、エルシィ、後は任せたぞ……」

それだけ言い残すと、桂馬君はフラフラと店の奥へ消えて行った。あれだけ大声で怒鳴り続けたんだ。カラオケ耐久
8時間よりキツいに違いない。やった事ないけど。



41: 2012/04/07(土) 00:26:39.28 ID:AfM0/nRk0


「だ、大丈夫ですかぁ~。結さん、マルスさん~」

「私もかなり頭に来ていましたが、全部吹き飛んでしまいましたよ……。無事ですか?マルス」

2人は心配そうな顔で、ボク達を気にかけてくれた。ボクは何とか笑みを作ると

「いいんだ……。確かにボクが軽率だったよ……。エルシィにも心配かけたね………」

「事の重大さを嫌という程思い知りました………。今後は結の身の安全を第一に考えて行動します………申し訳ございま
 せんでした、ディアナ姐様………」

ボク達は2人に改めて謝罪すると、そのままカウンターへ案内された。

「さて、では今後の事を話し合いましょうか」

ディアナさんがそう言うと、エルシィさんがメモを準備した。

「今後の事って、どういう事………?」

ボクがそう聞くと、ディアナさんは優しい顔で

「桂木さんに言われているのですよ。今後結さんとマルスが暴走しないように、今何か問題があれば聞いておくように
 言われているのです。では天理に代わりますので、きっちり話すのですよ」

そう言うと、ディアナさんの瞳の色が変わり、鋭い目つきが優しくなってくる。



42: 2012/04/07(土) 00:27:40.63 ID:AfM0/nRk0


「あ、あの……だいじょうぶ?ごめんね、ディアナがいつも強引で………」

そう言って上目遣いでおずおずと訊いてくるのは鮎川天理さん。ディアナさんの宿主の、美里東高校に通うボク達と同じ
歳の高校2年生だ。そして『最上級要注意人物』。桂馬君のご近所さんで、幼馴染らしい。宿主の中で最も桂馬君に近い
女の子という話だ。実はボクは、ちょっと彼女が苦手だったりする。と、いうのも、彼女は月夜や歩美とは違って

「それじゃあ、はじめよっか?」

まるで妹の面倒を見る優しいお姉さんのような調子で、天理さんが微笑んだ。ボク達は桂馬君を奪い合うライバルのはず
なのだが、どうしてか天理さんにだけは勝てる気がしないのだ。ひとりだけステージが違うような感じで、出来ればこの子
には嫌われたくないし、敵に回したくない。

「……?どうしたの?」

「い、いや、何でもないよ。それじゃあよろしくお願いします……」

まるで毒気の無い様子で天理さんが尋ねてくる。これが桂馬君の幼馴染の余裕なのだろうか。そのアドバンテージを鼻に
かけて威張っているような人だったら少しは争い甲斐があるんだけどなあ……。きょとんとしている天理さんとメモを
構えているエルシィに、ボク達は月夜と美生の事について話をした。



43: 2012/04/07(土) 00:29:12.89 ID:AfM0/nRk0


***


「へえ……、九条さんがそんな事を言ってるんだ。大変だったね……」

「全く、ウル姐様も何を考えているのですか……。結さんとマルスがこんなに悩んでいるのに……」

よしよしとボクの頭を撫でてくれる天理さんと、鏡の中で頭を抑えるディアナさん。先程の桂馬君とは真逆の優しい
対応にまた涙が出そうになった。

「ふぇぇ……美生さんもうすっかり元気になったと思ってたのに、また苦労してらっしゃるんですか~」

メモを取りながら、エルシィが驚いた様子でボク達の話を聞いている。

「ん?エルシィどうして美生の事知ってるの?『もうすっかり』とか『また』ってどういう意味」

何か引っかかったるものを感じたのでエルシィに訊いてみると、エルシィはあわわわと慌てて口を抑えて、

「ううぅ~~、何でもないですぅ~~、気のせいですぅ~~……」

と、目を泳がせながらごまかした。………まあいいか。明日にでもゆっくり聞こう。

「五位堂さんは悪くないよっ、青山さんの事をそこまで気にかけていたんだから、ピンチの青山さんを助けるために無理
 してもおかしくないよっ!」

「そうですね、てっきりマルスが結さんを焚き付けて無茶をさせたと思っていたのですが、そもそも悪いのはウル姐様
 ですね。私も後で文句を言っておきます」

憤慨する天理さんと、うんうんと同調するディアナさん。この人達は優しいなあ。



44: 2012/04/07(土) 00:30:15.89 ID:AfM0/nRk0


「いや、でも桂馬君の言う通り、確かにボクの考えが浅はかだったよ。結局みんなに心配かけちゃったし……」

「私も結を危険な目に遭わせて、結を護る女神として恥ずかしいばかりだ。ウル姐様の言う通りだ……」

そう言って再び落ち込むボクとマルスを、天理さんが慰めてくれた。

「桂馬君は五位堂さんの事をそれだけ大事にしているから、あんなに怒ったんだよ。青山さんを助けた事は、桂馬君も
 褒めていたよ。ほとんど分からなかったけど……。さっきのは流石に私も言い過ぎだと思うし、私からも桂馬君に
 言っておくよっ!」

「て、天理……。今の桂木さんをあまり刺激しない方が………」

「ディアナは黙っててっ!中から私があれだけ桂馬君を止めてって言ってたのに、全然聞いてくれないしっ!ディアナも
 同罪だよっ!」

「も、申し訳ございません……。私も桂木さんのあまりの迫力に気圧されてしまいまして……」

「どうせ止めるつもりもなかったんでしょっ!マルスさんも可哀そうじゃないっ!」

「まさかマルスが泣くまで怒るとは思わなかったので……。反省しています………」

鏡の中のディアナさんに向かってぷんぷんと怒る天理さん。ボクだけでなく、マルスのフォローもしてくれるなんて、
流石みんなが警戒するだけある女の子だな。これは強敵だ。



45: 2012/04/07(土) 00:31:14.47 ID:AfM0/nRk0


「………桂馬君が天理さんに後を任せた理由がよくわかるよ」

ボクが苦笑交じりにつぶやくと、天理さんはきょとんとしながら、

「え、それはただ近くに居たからじゃないの?ディアナじゃまたマルスさんを怒っちゃうかもしれないし……」

本気でそう思っている天理さんの後ろで、ディアナさんが頭を抑えて深いため息をついている。そんな訳あるか。自分が
説教をした後のフォローをさせるなんて、よほど信頼している人じゃないと任せるはずがない。まるでお父さんが怒った後
に優しく慰めてくれるお母さんみたいな……。天理さんは既に桂馬君の奥さんみたいだ。

「天理がこんな調子じゃなかったら、私ももう少し楽な思いが出来るのですが………」

「ん?どうしたのディアナ?何の話?」

桂馬君のそんな気持ちに天理さんが気付いていないのがせめてもの救いか。天理さんは強敵ではあるが、まだまだボク
にもチャンスはあるみたいだ。

46: 2012/04/07(土) 00:32:53.36 ID:AfM0/nRk0


「話は終わったか」

服を着替えた桂馬君が戻って来た。

「はいっ、神にいさまっ!しっかりメモを取りましたっ!」

そう言って、エルシィが桂馬君にメモを手渡した。

「誰が消防車を描けと言ったこのポンコツ悪魔―――――っ!!」

「ご、ごめんなさ――――いっ!!途中から難しい話になっちゃって………」

エルシィを怒鳴りとばした後、桂馬君は溜息をつくと

「はぁ……。まあ元よりお前には期待していない。天理、後で詳しく教えてくれないか?」

「う、うん。いいよ………」

と、天理さんに言った。ホントに仲良いんだなあ………

「結」

「な、何かな………」

やや冷や汗をかきながら答える。

「あまり心配かけさせるな………。大体の事は月夜からも聞いている。後はボクに任せろ」

「桂馬君………」

「婿殿………」

こちらに目を合わせず、ぶっきらぼうに言う桂馬君。また泣いちゃいそうだよ………



47: 2012/04/07(土) 00:33:54.90 ID:AfM0/nRk0


「今日の内に作戦を考えるから、明日もう一度ここに来い。エルシィ、結を家まで送れ」

「ええ~~っ、今日はこれからかのんちゃんの所に行かないといけないのに………」

「またアイツ病んドルになってるのか……。そんなものハクアに行ってもらえ、じゃあ頼んだ」

桂馬君はエルシィの言い分をばっさり切り捨てると、エルシィはがっくり肩を落として

「ううぅ~~、わかりましたぁ~~………。それじゃあ帰りましょうか、結さん」

「う、……うん、それじゃあお願いするよエルシィ。桂馬君、今日は本当にごめんね……」

エルシィに連れられて店を出る前に、ボクは桂馬君に改めて謝罪した。

「フンッ、まだまだこれからが大変だぞ。明後日から月夜と美生の仲直りの為に、お前にはしっかり働いてもらう。
 謝罪はその後で受け付ける」

「じゃあね、五位堂さん」

「マルス、しっかり結さんを護るのですよ」

カウンターに腰をかけて小さく手を振る天理さんと、鏡の中で軽く頭を下げるディアナさんに見送られて、ボクは
エルシィと一緒に帰路についた。



48: 2012/04/07(土) 00:35:13.28 ID:AfM0/nRk0


***


翌日の放課後、ボクは昨日と同じようにエルシィと一緒にカフェ・グランパに立ち寄った。店内には桂馬君と天理
さんと、それから

「まあまあっ!エルちゃんのお友達ねぇ~っ!いらっしゃ~いっ!」

「お、お久しぶりですお母様……」

桂馬君のお母様が待っていた。相変わらずお綺麗だ。以前桂馬君の身体を借りて桂木家でお世話になっていた時も
思っていたのだが、高校生の息子さんがいるとは思えない。

「あら?あなたウチに来たことあったかしら?」

「あ、すみません間違えましたっ!!お邪魔します……」

いけないいけない、この身体でココに来るのは初めてだった。ボクは何とか平静を装いつつ、店内に入った。

好きな席に座ってね~、今お茶の用意するから~っと、いそいそとカップの準備を始めたお母様を

「母さん、お茶の準備なんてしなくていい。ていうか売り物を出すな。破産するぞ」

と、カウンターにいる桂馬君が止める。その横では天理さんが苦笑いしていた。そういうふたりも、店の商品
らしき紅茶とコーヒーを飲んでるんだけどなあ。



49: 2012/04/07(土) 00:36:24.92 ID:AfM0/nRk0


「それもそうねえ……。じゃあアンタの小遣いから代金を引いておきましょう。アンタのコーヒー代と天理ちゃんの
 紅茶代も引いておくからね~」

「何でそうなるんだよっ!!」

さすが桂馬君のお母さんだ。その後、ボクと天理さんで代金を支払うと申し出たが、桂馬君のお母さんはニコニコ
しながら受け取ってくれなかった。子供達のお友達からお金は取れないそうだ。ボクの男装姿も特に言及するでも
なく、相変わらずとても気持ちの良い人だ。

「さて、全員揃ったところで、これより作戦の概要を説明する……」

ややげんなりした様子の桂馬君の号令で、ボク達4人はテーブルに集合して作戦会議を始めた。

「作戦名『時をかけるお嬢様作戦』!!あの頃の仲が良かった3人に戻るために、結にはタイムスリップしてもらうっ!!
 作戦にかける時間は明日から4日間っ!!4日で月夜と美生を仲直りさせるっ!!」

分厚い資料を片手にホワイトボードを持ち出して、桂馬君が熱弁する。よくよく見ると目に若干の隅が出来ている。
エルシィも若干眠そうだ。きっと夜遅くまで計画を練っていたのだろう。

「聞いているのか結っ!!今回の作戦の成否は全てお前にかかっているのだぞっ!!分かっているのかっ!!」

しばし驚きっぱなしのボクだったが、桂馬君に名前を呼ばれて我に返った。

「あ……うん、聞いてるよ。でも4日であの二人を仲直りさせる事なんて、本当に出来るの……?」

ボクがあれだけ頑張っても上手く行かなかった2人が、たった4日間で本当に仲直りできるのか。とてもじゃないが
信じられなかった。



50: 2012/04/07(土) 00:37:51.02 ID:AfM0/nRk0


「ボクの作戦を信じろ―――――っ!!」

桂馬君が激怒した。うわっ、やばい。これじゃあ昨日と同じ展開になっちゃう。

「計画を聞かないうちから疑ってどうするっ!!大体お前はなぁ……」

そこまで言いかけて、桂馬君は隣にいる天理さんにくいっくいっと袖を引っ張られて止まった。天理さんはニコニコ
しているだけだが、その笑顔に有無を言わせぬ妙な迫力がある。桂馬君は「あ……う……」と言葉に詰まると、やり
辛そうに頭をがしがし掻いて、

「……とにかく作戦の説明をする。一度しか言わないからよく聞いておけよ……」

とつぶやいた。天理さん、昨日一体桂馬君に何をしたんだろう……

「お茶が入ったわよ~」

その時御盆にコーヒーと紅茶を乗せたお母さんがニコニコしながらやってきた。ボク達の前にカップを並べると、

「余所の家の女の子を怒鳴り散らすんじゃないよバカ息子っ!!」

「ぐへっ!!」

空の御盆の角で桂馬君の頭を思い切り殴った。うわあ、痛そうだなあ。そのままお母さんはニコニコ微笑みながら、
「ごめんねえウチの子バカでぇ~。気にしないでゆっくりして行ってねぇ~」と言ってカウンターに戻っていった。

「大丈夫ですか、にーさま……」

「とても息子にする仕打ちとは思えん……」

心配するエルシィの手を借りて、桂馬君は席に戻った。頭を抑えながら、

「じゃあ説明を始めるぞ。結、さっきも言ったが、この作戦の成否は全てお前にかかっているんだ。覚悟を決めろよ」

「うんっ!!3人でまた仲良くなる為なら、ボクはどんな事だってしてみせるよっ!!」

ボクの強い決意を聞いて、桂馬君は頷いた。



51: 2012/04/07(土) 00:39:18.79 ID:AfM0/nRk0



「では始めるぞ。まずは……」


 ~桂馬説明中~


「え、ボクがやる事はそれだけでいいの?」

「ああ、それだけでいい。それ以外はするな。ただな……」


 ~桂馬説明中~


「ええ、そんなの無理だよっ!!いきなり言われて出来っこないよっ!!」

「うるさいっ!!出来る出来ないはどうでもいいっ!!やるんだっ!!」


 ~桂馬説明終了~


「作戦は以上だっ!!わかったかっ!!」

「うう……、わかったよ……やるよっ!!やればいいんだろうっ!!」

半ばヤケになって答えるボク。ここまできたらやるしかないもんねっ!!

「計画はエルシィがバックアップする。後は2人で話し合え。ではボクは失礼する。行くぞ天理」

「う、うん。じゃあねエルさん、五位堂さん」

そう言って、桂馬君と天理さんは席を立つ。



52: 2012/04/07(土) 00:40:35.93 ID:AfM0/nRk0


「え……、ふたりはどこへ行くんだい?」

慌てて引き留める。まさかデート?それならこのまま行かせるわけにはいかないねっ!!
すると桂馬君は小さく溜息をついて、

「舞島学園屋上だよ……。今回の件で怒らないといけない相手がもう1人いるからな……」

桂馬君の声が怒りのトーンに染まっていく。

「私も桂木さんと同意です。ウル姐様も大人気が無さすぎます。妹として見過ごせません……」

いつの間にか変身したディアナさんが同じく静かに怒っていた。そういうことでしたらボクは結構です……。
どうぞごゆっくり~。

「マルスもしっかりサポートするのですよ。では行きましょう桂木さん」

そう言って2人は出て行った。何だかディアナさんが嬉しそうな……。もしかしてディアナさんも桂馬君の事を……?

「さあ、ではやりましょうか結さんっ!大丈夫ですよっ!にいさまの計画はカンペキなんですからっ!」

笑顔でガッツポーズをするエルシィ。そうだね、今は自分の仕事に集中しなくちゃっ!!ボク達はそうして、明日からの
作戦の打ち合わせをした。

月夜には悪いけど、ボクはまた3人で仲良くする為なら何だってやるよっ!



57: 2012/04/07(土) 20:59:48.59 ID:AfM0/nRk0


【第六章】


私の名前は森田。かつては大企業青山グループの運転手として働いていた。しかし先代の社長が病で亡くなられて、会社
は専務率いる反社長グループに乗っ取られてしまい、奥様とお嬢様は屋敷を追い出されてしまった。私はそんなお二方の力
になりたいと思い、自らグループを去った。

屋敷を追われたお二方は、近くに6畳一間のボロアパートを借りて居を構えた。しかし生まれてから一度も不自由な思い
をした事がないお嬢様の美生様には、この生活の急激な変化に耐えられなかった。お金持ちだった頃と変わらない振る舞い
をして、パートで働く奥様の少ない稼ぎを散財し、私がいくら咎めても全く耳を貸して戴けなかった。何度か激しい衝突を
繰り返し、私はケンカ別れをする形でお二方の元を去った。以後、私はタクシー運転手として生活している。

『森田。御指名だぞ、どうぞ』

そんなある日、市外を流していた私に所長から無線で連絡が入った。今日はまだ1人も客が捕まらなかったから、これは
ありがたい。

「了解。どちらへ向かえばよろしいですか、どうぞ」

私が返すと、所長はやや間が合った後に、

『ええと、行き先は舞島学園なんだが、御指名した方の名前がちょっと変わっててな。ゴイド?ゴイード?そんな感じの
 名前だ。目立つ格好をしているらしいから行ったら分かるらしい、どうぞ』

何だそれはいい加減な。でも校門の前に停めていれば分かるだろう。ゴイドさん?外国人だろうか。

「了解。ひとまず舞島学園に向かいます」

そう言って、私はタクシーを走らせた。



58: 2012/04/07(土) 21:00:48.98 ID:AfM0/nRk0


***


学園に到着して、私はしばし待つ。下校時刻を少し過ぎた辺りだろうか。昇降口から生徒が大勢出て来る。
……懐かしいなあ、昔はこうやって、よく美生様を待っていたよなあ。少し思い出に浸ってから、軽く頭を振って忘れる。
もうあの頃には戻れないのだ。今は仕事に集中しよう。私を指名したお客様はまだ来ていないようだ。そうしてしばらく
昇降口を見ていると、生徒達の様子が何か変だ。まるで誰かをよけるような形で、人垣が出来ていく。VIPでも出て来る
のだろうか。そして人垣の奥から出て来た人物を見て、私は固まった。


そこから出て来たのは、上品な着物に身を包んだ美しい女生徒だった。周りの生徒の視線をまるで気にするわけでもなく、
静かにしかし堂々とした歩みでこちらに向かってくる。美しい黒髪を湛えて、目鼻立ちのはっきりしたその顔は、舞島市に
住む者なら誰もが知っている。特に上流階級で働いていた私は、幼い頃からよく知っていた。


「お待たせ致しました。森田さんで御座いますね。お電話をした五位堂です。本日は宜しくお願い致します」

「よっ、よろしくお願いします……っ!!ほ……っ、本日は御指名ありがとうございます」

舞島市一番の名家のお嬢様を前に、私はやや怖気づいてしまった。彼女は自由奔放でお転婆にお育ちになった美生様と
違って、厳格に躾けられてお育ちになった純粋培養の本物のお嬢様だ。粗相は許されない。

「そっ……、それでは参りましょうか……。本日はどちらまで……?」

「はい。こちらまでお願いします」

そっと差し出されたメモ用紙に書かれていたのは、駅前のパン屋だった。こんな庶民御用達の店に何の用だろう。しかし
無粋な詮索をするべきではない。私はメモを受け取ると、静かにタクシーを走らせた。こんなに緊張する運転は、先代の
社長を乗せた時以来だ。バックミラー越しに結お嬢様を見ると、目を閉じて静かに座っておられている。話しかけるなと
いう合図だろうか。ふと後ろを見ると、これまた高そうなハイヤーが停まっていて、運転席から初老の男性がハンカチを
食いちぎらんばかりの勢いで引っ張り、恨めしそうな目でこちらを睨んでいる。あの車が五位堂家の送迎車ではないのか?
どうしてこちらに乗るんだろう。謎は深まるばかりである。




59: 2012/04/07(土) 21:01:56.28 ID:AfM0/nRk0


***


「御到着しましたよ。五位堂様」

「ありがとうございます。では少し此処でお待ちになって下さい」

結お嬢様はそう仰られると、静かに車を降りて店内に入って行った。その様子を眺めていると、結お嬢様は商品の陳列を
していた小柄な店員に話しかけた。その店員を見て私は固まった。

「美生……様……?」

自分の目で見たものが信じられなかった。あのわがままで高飛車だった美生様が、アルバイトに精を出しているでは
ないか。しかもちょこまかと店内を走り回り、一所懸命真面目に働いている。昔の美生様からはとても考えられなかった。
結お嬢様は美生様から商品を受け取ると、こちらに戻って来た。

「お待たせしました。それでは次はこちらまでお願いします」

そう言って結お嬢様は、またメモ用紙をこちらに差し出してきた。今度はこっちとは正反対の小さなカフェだ。結お嬢様
は再び静かに目を閉じ、物言わぬ貝になってしまった。私は「かしこまりました」と一言言うと、再び静かに走らせた。



60: 2012/04/07(土) 21:02:53.76 ID:AfM0/nRk0


***


「御到着しましたよ。五位堂様」

「ありがとうございました。お幾らでしょうか」

目的地のカフェに到着すると、結お嬢様はお財布を取り出した。どうやらここが終点らしい。

「明日と明後日も、同じ時刻、同じ場所で、同じルートを回って下さい」

車を降りる直前に、結お嬢様がとんでもない事を仰った。こちらとしてはありがたいが、その真意が読めない。

 「あと、本日のお礼です。先程の店員さんが生地をこねたそうですよ」

そう仰って、結お嬢様は紙袋の中から、スコーンをひとつこちらに差し出した。美生様はアフタヌーンティーのスコーン
が好物だった。私が黙って受け取ると、結お嬢様は「それではまた明日」と丁寧にお辞儀をして、喫茶店に入って行った。
結お嬢様は私と美生様の関係を知っておられるのだろうか?昔、何度か先代の社長をパーティーに送り迎えをした時に
お見かけすることはあったが、面識はなかったはずだ。しかし私を御指名したという事は、やはり御存知なのだろうか?
……う~ん、わからない。手元に残ったスコーンを眺めながら、私はしばし考えるのだった。



61: 2012/04/07(土) 21:04:06.12 ID:AfM0/nRk0


***


「ああ~、疲れたぁ~っ!!ようやく終わったよ~っ!!」

「うむ、ご苦労だった。上手く出来たか?」

カフェ・グランパに入って、ボクは近くのカウンターに突っ伏した。その向かいで、桂馬君が紅茶を準備していた。
店内にはボクと桂馬君と天理さん、それから……

「ふんっ、待ちくたびれたのですね」

ややご機嫌斜めの月夜が居た。彼女の腕の中にはルナさんもいる。

「エルシィはどうした?」

桂馬君がそう言うと、ボクから遅れる事数分、店のドアが開いて

「遅くなってすみませ~ん。途中でノーラさんに捕まっちゃいましたぁ~」

ふらふらしながら、ボクの隣に突っ伏した。

「またあのお邪魔女か……。お前ちゃんと見ていたんだろうな?」

「あ、そこは大丈夫です~。森田さんちゃんと店内を気にしていらっしゃいましたよ~」

エルシィが胸を張って答える。ボクの方が頑張ったと思うんだけどなあ……。

62: 2012/04/07(土) 21:04:55.94 ID:AfM0/nRk0


「全員揃ったんだし、早く始めるのですね。貴方達が何を企んでるか知りませんが、私も暇ではないのですね」

 少し苛立った様子で月夜が急かす。その横で、天理さんがまあまあとなだめていた。今日はこの後、このメンバーで
お茶会を行う。表向きは桂馬君の喫茶店のマスター修行という名目である。そしてその為に、月夜がここに呼び出された。

「まあ待て。もうすぐ出来る。結、頼まれていたスコーン買ってきてくれたか?」

「うん、これだよ。丁度焼き上がりだったみたいだよ。美味しそうだ」

 桂馬君にスコーンを渡すと、ボクは月夜と天理さんが座る席についた。エルシィも横に座る。



63: 2012/04/07(土) 21:06:01.52 ID:AfM0/nRk0


***


「お待たせ」

少しして、桂馬君が4つのティーカップとスコーンをお盆に載せてやって来た。そして音を立てずに並べていく。

「桂馬君、着物脱いでもいいかな~。久しぶりに着るとちょっと息苦しいんだけど……」

「ダメだ。後2日間、お前は全力でお嬢様やれ」

ボクのお願いを桂馬君はあっさり却下した。
 
「そう言えば言葉が戻っているな。ちゃんとお嬢様言葉で話さないとダメだろうが」

「そっ……、それだけは勘弁して……。ここを出たらまたちゃんとするから………っ!!」

この3日間は全てお嬢様モードで過ごす約束だ。つまり家に帰ってもお嬢様のまんまだ。そうしないとリアリティが
出ないから、というのが桂馬君の言い分だ。お母様は大喜びしそうだけどね。

「……フンッ、これだからリアルは完成度が低いんだ……。まあいいだろう、初日で緊張もしただろうし、大目に
 見てやるよ」

何とか許してくれた。助かった……

「貴女は一体何をしているのですか。今日いきなりその恰好に戻っていたから、クラスでも大騒ぎだったのですね」

「いいんだ、気にしないでくれ……。ちょっとした修行みたいなもんさ……」

呆れた様子で訊いてくる月夜に、ボクは力なく答えた。月夜はそれ以上追及してこなかった。

「ま、まあみなさん揃った事ですし、紅茶が冷めないうちにいただきましょ――――っ!」

 エルシィが強引に話題を切り替えて、ボク達はお茶会に臨んだ。



64: 2012/04/07(土) 21:06:54.75 ID:AfM0/nRk0


***


「70点。紅茶の蒸らし時間が30秒足りないのですね。それから葉が若干酸化しています。もっと新鮮な葉を使うと
 よいのですね」

「ウチはコーヒーメインだから、紅茶の回転率はイマイチなんだよ。ていうか、いつもより採点厳しくないか?」

「気のせいなのですね」

紅茶を飲みながら、月夜が淡々と評価を下す。どうやら月夜はこうやって、度々カフェ・グランパを訪れては紅茶に点数を
付けているらしい。いつもは1人で普通の客として来るだけで、こんなに人を集めて大々的にお茶会を開いたのは初めて
だとか。知っていればボクも来てたのにっ!!まあ来たら来たで、月夜の機嫌が悪くなりそうだが。今日の採点が厳しいのも
おそらくそのせいだろう。

「ごめんね~月夜ちゃん。いつもありがとう。桂馬は見込みありそう?」

桂馬君のお母様とも既に顔見知りのようだ。天理さんだけマークしていたが、月夜も意外と侮れないな。

「コーヒーはよく分からないのですが、紅茶に関してはまだまだ修行が足りないのですね。将来マスターになるのなら、
 こ……紅茶に詳しい人が近くに居れば良いと思うのですね……」

やや顔を赤くして、月夜が桂馬君に熱い視線を送る。こんな月夜初めて見たよ。しかし桂馬君は、

「ふむ。じゃあ将来的には紅茶はメニューから除外しようかな。喫茶店なんて、コーヒーだけあれば十分だろ」

と、全く気付いてなかった。涙目になる月夜と、溜息をつくボクと天理さん。それから桂馬君にゲンコツをするお母様。
全く、どうして桂馬君は自分に向けられる好意にこんなに鈍感なんだろうか。

65: 2012/04/07(土) 21:08:01.35 ID:AfM0/nRk0


「ま、まあ紅茶に関しては私がこれからも教えて差し上げるのですね。……ところでこのスコーンですが、今まで
 無かったのに、どうして急に付けたのですか?」

気を取り直した月夜が質問する。桂馬君は殴られた頭をさすりながら、

「ちょっとした実験だ……。こういうサイドメニューがあっても良いんじゃないかと思ってな。まあ試してみてくれ」

月夜は物珍しそうにスコーンをひとつつまみ上げると、ふたつに割ってリスみたいに小さくかじった。そしてボクに
質問する。

「結、このスコーンはどこで購入したのですか?あまり上等なものとは思えませんが……」

「駅前のパン屋さ。バイトの子の強い希望で最近出来た新メニューらしいんだ。あまり高価なものではないけど、たまには
 こういうのも面白いだろう?」

月夜はよく味わうようにしばらくもぐもぐしてから、

「ふむ。パン屋が作るスコーンなど、所詮この程度なのですね。カフェのメニューに加えるなら、もっと上等なものに
 した方が良いと思うのですね」

と、辛口な評価を下した。おかしいなあ。さっき美生に聞いた時は、自信作だと言って胸を張っていたが。

「でも、このスコーンを作った人は、アフタヌーンティーについて多少の知識はあるようなのですね。高価な材料を使って
 いないけど、、紅茶の邪魔をしないように計算して作られているようなのですね。お茶受けとしては及第点と
 いうところでしょうか」

おお、珍しい。あの素直じゃない月夜が珍しく誉めてる。槍でも降ってくるんじゃないだろうな。ボク達もスコーンを
つまんでみる。なるほど確かに、もっと美味しいスコーンはいっぱいあるだろうけど、紅茶と一緒に食べるのには丁度良い
軽さと食感だった。



66: 2012/04/07(土) 21:08:59.84 ID:AfM0/nRk0


「ごちそうさまでした。スコーンは良いとして、紅茶はもっと努力するのですね、桂馬」

お茶会を終えて、月夜がすました顔で口元をナプキンで拭く。すると桂馬君がボクに目配せをした。いよいよネタばらし
の時間のようだ。

「月夜、さっきのスコーンだけど、あれ美生が作ったやつだよ」

ボクが突然切り出すと、月夜は驚いた目でこっちを見る。

「正確には美生は生地をこねただけらしいんだけどね。でも材料の仕入れや焼き加減の指導など、完成まで美生の意見が
 取り入れられているらしい。先週から店頭に並べているみたいなんだけど、評判良いらしいよ」

美生は自慢気に答えていた。店の看板商品になる日も近いわねっ!!というのが本人の弁である。

「いつも命令ばかりして、自分から何かをしようとしなかった美生がこんなに頑張っているんだ。月夜もそろそろ認めて
 あげたらどうだい?」

「……それとこれとは別問題なのですね」

月夜はぽつりとつぶやくと、そのまま静かに店を出て行った。

「うぅ~、月夜さん怒って出て行っちゃいました~」

エルシィが涙目になっておろおろしている。

「バカ。月夜は別に怒ってないよ。あれはもう心の中では美生を許しているけど、面と向かって仲直り出来ない複雑な
 心の表れさ。後はきっかけさえあれば何とかなる」

桂馬君は冷静に分析する。流石だね、ボクも怒らせちゃったかなと思って一瞬ドキドキしたのに。



67: 2012/04/07(土) 21:10:14.07 ID:AfM0/nRk0


「後は美生の方だ。2人のケンカの原因は、月夜が美生に対して怒っているから月夜を説得すれば仲直りが出来ると
 思いがちだが、むしろ美生の方が大変なんだよ」

そうなのだ。今回のボク達の攻略相手は美生なのだ。

「美生は現在、お金持ちから勤労学生にジョブチェンジしている。昼は学生で、空いた時間はアルバイト。アパートに
 帰っても節約に節約を重ねた生活で、彼女には全く心に余裕が無くなっている。美生は現状でいっぱいいっぱいなんだよ」

ケンカ別れした友達と仲直りをするのは、エネルギーが要るのだ。今の美生では、月夜と仲直りしたくても、心に余裕が
ないから出来ないのだ。

「そこで森田の登場だ。森田を美生の元へ再び戻すことで、美生の心に余裕を作ってやる。お金持ちに戻る事は出来ないが、
 森田が傍に居るだけでも安心するだろう。また一緒に住むことは出来なくても、たまに様子を見に来てくれるという
 つながりを作ってやるだけでも安心感があるはずだ。母と娘の2人暮らしだと心細いだろうしな」

ここで桂馬君が、少し遠い目をした。そういえば、桂馬君の家もお父さんが出張で家を空ける事が多いから、ほとんど
お母様と2人暮らしだそうだ。今はエルシィが居るから3人だが、桂馬君も美生の寂しさが分かるのだろうか。

「森田は美生とケンカ別れをして、戻りたくても戻れない状況にある。エルシィの報告によると、美生の事を気にはかけて
 いるようだ。こちらも先程の月夜と同じで、あともう一息きっかけがあれば何とかなる」

そこでボクの出番だ。ボクがお嬢様モードで森田さんに接触し、森田さんにかつて自分が青山グループの社長の運転手
に戻ってもらう。ボクを通して、森田さんは美生を見るのだ。そして更にパン屋で働く美生を見せる事で、より強く
美生と過ごした日々を思い出させる。



68: 2012/04/07(土) 21:11:38.19 ID:AfM0/nRk0


「森田はいきなりの結の登場、そして健気に働く美生を見て戸惑っている。しかし戸惑わせておいた方が良い。そうして
 おいた方が心を動かしやすいからな。だから結も余計な事を喋るな。理由を話してしまうと、逆に森田が意固地になって
 心を閉ざしてしまいかねない。黙って目を閉じてじっとしていれば、森田も余計な詮索はしないだろう。ボクはムダな事
 はキライだ。インパクト勝負の短期決戦で一気に片付けるっ!!」

これが桂馬君が考えた『時をかけるお嬢様作戦』の全容だ。これって結局、時をかけるのは森田さんと美生なんだと思う
んだけどな……。しかし確かに、今日の森田さんの様子を思い出すと、桂馬君の言う通りのリアクションを起こしていた。
本当に改めて、桂馬君は凄い人だと思う。

「はぁ~、ボクは2人を仲直りさせることだけを考えていて、美生の心まで考えてなかったよ。結局ボクが今までしていた
 事って、2人にとっては迷惑でしかなかったのかなあ……」

ボクががっくし肩を落としてつぶやく。すると天理さんが、ボクの肩を優しく叩いた。

「そんな事ないよ。昨日わたし、桂馬君と一緒に九条さんの所に行ったんだけど、九条さんだいぶ反省していたよ」

と、笑顔で慰めてくれた。え?本当なの?すると桂馬君がフンッ、と鼻を鳴らして

「ボクはムダな事はしない主義だが、ゲームでも攻略するためには、最初は地道に好感度を上げる作業が必要なんだ。
 ちまちま接触して、ちまちま話しかけて、攻略対象の心を軟化させていく。どこかのお節介が既にそれをやっていて
 くれたおかげで、月夜はもうほとんど美生を許している。今日も作戦の事は何も言ってないのに、お茶会に結が来る
 事を許可したしな。いつもなら嫌がるのだが」

桂馬君がそっぽを向いて、ズボンのポケットからゲーム機を取り出した。

69: 2012/04/07(土) 21:12:55.21 ID:AfM0/nRk0
「月夜と同様の変化が、美生にも起きているだろう。後は森田を戻してやるだけで、美生は月夜と自然に仲直りするさ。
 しかしゲームでもそうだが、最後の最後が一番大変なんだ。ここを誤ると、今までの努力が全て水の泡になりかねない。
 だからお前は後2日、美生と森田の為にも全力でお嬢様をやるんだぞ。分かったか?」

桂馬君はそう言って、ゲームを始めた。きっと面と向かって言えなかったんだな。桂馬君も素直じゃないから……。
ボクの横では、天理さんとエルシィがうんうんと頷いている。そうだね、これからだよねっ!!

「分かったよ桂馬君っ!!ボクも本気で頑張るよっ!!」

「ボクぅ?」

桂馬君がギ口リと睨む。おっと、危ない危ない。ボクはささっと着物を直して姿勢を正すと、

「かしこまりました桂馬様。残り二日、全力を尽くします」

と、深々と頭を下げた。久しぶりだからぎこちないかもしれないが、確かこんな感じだったと思う。

「う……、うむ。ボロを出すんじゃないぞ……」

すると桂馬君がややうわずった声で返事をした。何を緊張しているんだろう?何故かマルスが身体の中で小躍りして
喜んでいる。そんなに変かなボク。むしろお嬢様時代の方が長かったから、こっちの方が自然だと思うけどなあ。ボクが
桂馬君に訊こうとすると

「ちょっと桂木っ!!かのん相当重症よっ!!昨日アタシ2時間も仕事の愚痴聞かされたんだからっ!!今日も来てって言われてる
 けど、もうアタシ嫌だからねっ!!アンタが行きなさいっ!!」

怒ったハクアさんが店に入って来た。桂馬君は溜息をつくと、ゲームの電源を切って、

「じゃあ今日はここまで。解散。エルシィ、かのんの所まで送れ。結は迎えが来るんだったな。気を付けて帰れよ」

そう言って、桂馬君はエルシィと店を出て行った。自分で蒔いた種とはいえ、桂馬君も大変だな……。そう言えば歩美も
国体の応援に来て貰うって嬉しそうに言ってたなあ。ボクも何かアクションを起こした方がいいんだろうか。疲れた様子で
出て行く桂馬君を見ながら、ボクも頑張ろうと思った。


70: 2012/04/07(土) 21:14:13.16 ID:AfM0/nRk0


【第七章】


こうして2日目も、ボクは森田さんのタクシーに乗り、美生のパン屋でスコーンを買ってそのひとつを森田さんに渡し、
カフェ・グランパに向かった。周囲には家のしきたりで花嫁修業をしていると説明している。バンド練習もお休みで
ちひろに文句も言われたが、3日間だけだからと何とか納得してもらえた。美生には花嫁修業の先生が、スコーンが好物
だからと言って売ってもらっている。

「……アンタの家って、純日本家屋よね?そこに来る先生がスコーンなんて食べるの……?」

やや訝しがられたが、何とか誤魔化せた。そしてグランパに着くと、桂馬君にエルシィと一緒に森田さんの状態を報告し、
スコーンを食べながら作戦の確認や修正をする。お茶会は最初の一日目だけで、月夜は居なかった。まあ、月夜も対象
だから、作戦の内容を知らせる訳にはいかないが。

「よし、森田も順調に美生の事を気にかけているようだな。もうひと押ししておくか」

2日目の作戦会議で、桂馬君が言った。ちなみに森田さんは相変わらずこちらに何も聞いてこない。ボクが
質問するな、というオーラを発しているからかもしれないが。それでもエルシィによると、だいぶ心が揺れ動いている
ようである。明日は3日目で、作戦の最終日だ。4日目には美生は月夜と仲直りをする予定だ。

71: 2012/04/07(土) 21:15:12.92 ID:AfM0/nRk0


「結、明日車を降りる時にこのセリフを言え。これで森田は攻略完了だ」

桂馬君から渡されたセリフ集を受け取ろうとして……、おっと危ない。差し出した右手の袖を左手で抑えて、お上品に
受け取る。こういうところもきちんとしないとね。

「はい、かしこまりました。ありがとうございます桂馬様」

すると桂馬君が顔を少し赤らめて

「ウ……、ウチでは普通にしていていいんだぞ……。昨日そうしていたじゃないか……」

「いえ、普通にしているつもりですが……?元々この状態の方が長かったものですので、一度戻れば慣れてしまいました」
 
「そっ……、それなら良いのだが………」

どうにもやり辛そうだ。そんなに男装モードと違うのだろうか。ボクの中では、どちらもありのままのボクなんだけどな。

『今だ結っ!!婿殿は陥落寸前だっ!!このまま一気に攻め落とせっ!!』

マルスはずっとこんな調子だし、そう言われると逆に気恥ずかしくなるんだけど……



72: 2012/04/07(土) 21:16:06.78 ID:AfM0/nRk0


「……何をだらしない顔をしているのですか桂木さん。貴方がしっかりしないでどうするのですかっ!!」

「にいさま……。恰好わるいですぅ……」

いつの間にか変身したディアナさんが桂馬君にビンタをしていた。うわぁ……痛そうだなあ……。そしてその様子を
エルシィが醒めた目で見ている。ゴメンね桂馬君……

「と……とにかく明日が最終日だっ!!結っ!マルスっ!しっかりやれよっ!!」

「はいっ、かしこまりました桂馬様」

『うむ。任せるが良い婿殿。この戦必ず勝利するっ!!』

赤くなった頬をさすりながら言う桂馬君に、ボクと中にいるマルスがしっかり答える。何だかディアナさんの視線が怖い
けど、ちょっとくらいいいよねっ!



73: 2012/04/07(土) 21:17:23.02 ID:AfM0/nRk0


***

そして3日目、いつものように美生からスコーンを受け取り、森田さんのタクシーへ戻る。森田さんはボクがこちらを
振り返ると、何事もないかのように視線をハンドルへ戻した。きっと美生の事を必氏で目で追いかけていたに違いない。
座席に座り一息つくと、森田さんが「発車します」と短く言って車を出した。いよいよ作戦スタートだ。

「森田さん」

この3日間最低限の言葉しか交わさなかった。ましてやこんな風に自分から声をかけた事は無かった。森田さんは短く
「はい」と答える。ミラー越しに見える瞳が驚いている。

「この3日間ありがとうございました。お陰様で助かりました」

お嬢様モード全開で深々とおじぎをする。今回の作戦を抜きにしても、彼にはお世話になった。これは本音だ。

「い、いえ……。お役にたてて何よりです……」

やや戸惑った様子で、森田さんが返事をする。ええと、こう反応したら次のセリフは……

「最近はこの放課後のドライブが楽しみでしたのに、明日からは無くなってしまうのが残念です……」

お嬢様モードは堅苦しいけど、何だかんだで楽しかった。美生とも話せたし、桂馬君の所にも行けたし。ボクが
寂しそうにそう言うと、森田さんも寂しそうな目をした。そうだよな、この3日間仕事で美生の所に行けたのに、明日
からは自分から会いに行かないといけないからね。



74: 2012/04/07(土) 21:18:38.30 ID:AfM0/nRk0


「また所用の際は、御指名してもよろしいでしょうか……?」

やや遠慮がちに、上目遣いでお願いしてみる。ここで森田さんが「何故私を御指名したのですか?」と返したら、
「そちらのタクシー会社に、元社長付きの運転手がおられると聞きましたので」と返す。そうやって過去と美生を強く意識
させる。それ以外の返事の時は、

「いつでも御指名ください。五位堂様なら歓迎致します」

森田さんは喉元まで出かかっていたようだが、結局訊かなかった。律儀な人だな。そしてボクの返事は

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

こちらから教えることは無い。あくまで向こうが聞いてくるのを待つ。桂馬君の話では、タクシーを降りるまでの、
どこかで訊いてくるらしいのだが、本当に大丈夫だろうか……。目を閉じて静かにお嬢様モードになりながら、内心
ヒヤヒヤしていた。

しばらく走って、いよいよカフェ・グランパが見えてきた。しかし森田さんがボクに訊いてくる気配が一向にない。
どこかでしくじってしまったのだろうかと、ボクは気が気ではなかった。何度かこちらから言いそうになったが、

『婿殿を信じるのだ結。大丈夫だ、結は完璧にこなしている。最後の最後まで希望を捨てるな』

とマルスに引き留められた。そしてタクシーはカフェ・グランパの前で静かに停まる。



75: 2012/04/07(土) 21:19:41.85 ID:AfM0/nRk0


「五位堂様、到着しました」

「……ありがとうございました。お、お幾らでしょうか……」

ボクは震える手で財布を取り出す。料金を支払ってしまうと、もう降りないといけない。本当にこれでいいのだろうか。
お金を支払って、タクシーを降りようとする。おっと、そうだ。スコーンをまだ渡していない。ボクは最後の望みをかけて、
森田さんにスコーンを差し出した。頼む……!!神様お願いします……!!

「いつものスコーンです……。今日は特に美味しそうに焼けたと言ってましたよ……」

不安を悟られないように、精一杯の平静を装ってボクは森田さんにスコーンを差し出す。しかし森田さんは、

「いえ、今日は結構です」

と、ばっさり切り捨てた。予想外の森田さんの対応に、ボクは倒れそうになった。やはり間違ってしまったのかと、涙が
出そうになる。



76: 2012/04/07(土) 21:20:34.08 ID:AfM0/nRk0


『待て結、森田殿の様子が変だぞっ!!』

洗いざらいぶちまけてしまおうかと思ったが、寸での所でマルスに止められた。まじまじと森田さんの顔を見ると、森田
さんは気恥ずかしそうにぽりぽりと頬をかいて、

「私もすっかりそのスコーンのファンになってしまいまして……。今から店に戻って買いに行ってきますよ」

と言った。こんな中年男がスコーンを食べるのは不自然ですが、と付け加えて、照れくさそうに笑う。ボクは泣きそうな
顔を隠すように頭を下げ、「ありがとうございました」とお辞儀をして走り去るタクシーを見送った。タクシーの姿が
見えなくなってから、ボクはその場にへたり込んで大泣きしてしまった。その声を聞いて、桂馬君と天理さんが慌てて
ボクの所に駆け寄って来てくれた。ボクは天理さんに肩を借りて、店の中まで通された。



77: 2012/04/07(土) 21:21:23.73 ID:AfM0/nRk0


「そうか。森田はこちらの予想以上に手強かったな。保険をかけておいて良かったよ」

ボクの話を聞いて、桂馬君は冷や汗をかいていた。桂馬君の作戦では森田さんは今日聞いてくるはずだったのだが、
万が一何も聞いてこなかった時の為に、スコーンを渡していたらしい。3コしか渡せないので効果があるかどうかは賭け
だったのだが、どうやらボク達は賭けに勝ったようだ。

「森田本人の口からパン屋に向かうと言わせたんだ。もう作戦の成功は間違いないだろう。よく頑張ったな、結」

優しく褒めてくれる桂馬君と、横でもらい泣きしながら背中を撫でてくれる天理さんに囲まれて、ボクはまた泣いて
しまった。そこを桂馬君のお母様に見られて、桂馬君がまた殴られていたが、ボクはしばらく泣き止むことが出来なかった。
やがて少しして、タクシーを追跡していたエルシィから、森田さんがパン屋に入って行ったという報告を受けた。ボク達は
その夜、桂馬君の家で祝勝会をあげた。皆喜んでいたが、一番嬉しそうだったのはマルスだった。

『勝ったぞっ!!我は遂に勝利したぞっ!!』

と、ひたすらボクの中で喜ぶマルスを見て、ボクも嬉しくなった。確かにマルスには何度も助けてもらった。今回の一番
の功労者は、ボクじゃなくて彼女かもしれない。流石戦いの女神様だ。まだ美生と月夜の仲直りが残っているが、きっと
大丈夫だろう。ありがとう、マルス。



78: 2012/04/07(土) 21:22:32.75 ID:AfM0/nRk0


***


カランカラン


「いらっしゃいませー」

夕方のラッシュが一段落して、私は残ったパンに半額シールを貼りながら入って来たお客さんに背中を向けて挨拶をした。
今日はいつもより売れたわね。バイト代上がるかしら……などと考えながら、最後のパンにシールを貼ってお客様の方へ
振り返った。そして固まった。

「も……、森田……」

「お久しぶりです、美生様」

入口に居たのは、数か月前にケンカ別れした森田だった。森田は私の為を思って注意してくれていたのに、意地っ張りな
私はそれを素直に聞き入れる事が出来なかった。森田が居なくなってから、私は凄く後悔した。何より心細かったし、寂し
かった。お母様も私の前ではそんな素振りを見せないが、森田が居なくなってからどことなく寂しそうだった。お父様が
生きていた頃からずっと私達の運転手をしていた森田は、いつの間にか私達のとても大事な人になっていたのだ。

「も………森田………、あ……、あのっ………」

私は必氏で、あの時の事を謝ろうとするけど、上手く声にならない。また戻ってきて欲しいなんて言えない。森田は
きっと怒っている。あの時の月夜みたいに……。でもここで言わないと、もう次は無いかもしれない。せめて許して欲しい。



79: 2012/04/07(土) 21:23:51.41 ID:AfM0/nRk0


「………スコーンを3つ、戴けませんか美生様」

しかし私の言葉を聞き終える前に、森田は優しい声で私にそう言った。私は少し呆気に取られたが、いつまでもこうして
いるわけにはいかない。軽い自己嫌悪に陥りながら、私はスコーンを袋に詰めてレジに向かった。

「480円になります……」

「はい。では500円で」

「20円のお返しです。ありがとうございました……」

お釣りを支払って、森田が店の外へ歩き出す。待って、行かないで……。本当はそう言いたかったのだが、言葉が出て
来なかった。代わりに涙が溢れて来る。

「美生様」

すると私の思いが通じたのか、森田がドアの前で立ち止まった。そしてこちらを振り返らずに続けた。

「どんな境遇であっても、決して負けないで下さい。美生様は亡くなられた社長と奥様のご自慢の娘様です。そしてそんな
 社長にお仕えした私の誇りです。美生様なら、また上流階級に戻って来られると信じております。貴女はひとりじゃない。
 奥様も私もついております。だからあの頃の様に、いつまでも堂々としていて下さい」

森田は静かに、しかしはっきりとこう言った。私はそれが嬉しくて嬉しくて、「うん……、うん……」と涙を堪えて頷いた。

「バイトは何時に終わりますか?家まで送りますよ。ここは事務所の帰り道なんです。戻るついでですから代金は結構
 ですよ」

ここで森田が、昔よく見せた不器用な笑顔をこちらに向けて見せた。泣き顔を見られるわけにはいかない。今度は私が
背を向ける番だった。洟をすすりながら、必氏に泣くのを堪えて強がってみせる。



80: 2012/04/07(土) 21:24:57.47 ID:AfM0/nRk0


「ダメよ……、あんただって生活キビしいんでしょ。ちゃんと料金を払うわよ……。ただし出世払いにしておきなさい。
 私がパパの会社取り戻したら、アンタをまた運転手で雇ってあげるんだからっ!!だから7時に迎えに来て頂戴っ!!」

私がそう言うと、森田はやれやれと溜息をついて、「ではまた後ほど」と言って出て行った。

「アンタはいつまでも青山家の専属運転手なんだからねっ!!」

涙を拭って偉そうに指をさす私に、森田はいつかよく見たお辞儀をして見せた。あの頃とは違うタクシーの運転手姿だが、
森田はいつまでも変わらず、恰好良かった。



81: 2012/04/07(土) 21:26:49.36 ID:AfM0/nRk0


【終章―エピローグ】


「だから、一番上はサンドイッチなのですねっ!」

「え、ケーキじゃないの?確かこの前見た本の中ではそうだったような……」

「私の知識ではサンドイッチが一番上なのですねっ!さっさと組み立てないとお昼休みが終わってしまうのですねっ!」

次の日のお昼休みの屋上。ボクは月夜に教わって、ティースタンドを組み立てている。どうもボクの知る知識と
月夜の知識が違うようで、月夜はぷんぷん怒っている。もう面倒だから、普通に並べて食べない?と言うと、更に怒らせて
しまった。もう、気難しいなあ相変わらず。

その時、屋上の扉が開いた。そしてそこから小柄なツインテールがひょっこり顔を出す。そして何やらそわそわして
いたかと思うと、こちらにダッシュで走って来た。………驚いた、本当に桂馬君の言った通りになったよ。

「あ………、あのっ、………月夜………っ!!」

月夜は気付かないフリをしていたが、こちらに走って来た美生が急に名前を呼ぶからびくっと驚いて、おずおずと視線を
美生に向けた。



82: 2012/04/07(土) 21:28:01.94 ID:AfM0/nRk0


「………何か用ですか、美生。今昼食中なので、後にして欲しいのですね………」

やや冷たい口調で月夜が返す。しかしその表情からは困惑している様子がよくわかる。美生は一度たじろいだが、やがて
大きな深呼吸をひとつすると、勢いよく頭を下げて、

「あ……、あの時はごめんなさいっ!!………わ、悪気は無かったんだけど気が動転しちゃって……っ!!け…結果的にアンタと
 アンタのお母様を傷つけてしまったわ……。遅くなってしまったけど、ゆ……許してくれなくていいけ……っ、ど…どう
 しても……っ、言いたかったっ!!」

ややつっかえながらも、美生は必氏になって謝罪した。こんな必氏な美生は初めて見た。月夜も驚いた顔をしていたが、
しばらく頭を下げている美生を見た後に溜息をつくと、

「貴女の言う『あの時』がいつなのか、昔過ぎてもう憶えてないのですね。それに貴女は昔、私と結をいつも手下の様に
 引っ張り回していたから、謝ってもらう事が多すぎて何について謝罪しているのか見当もつかないのですね」

美生が驚いた様に顔を上げる。月夜の恨みが想像以上に深いと思って焦っているのだろう。しかしボクは知っている。
当時の月夜は、美生に引っ張り回されながらもそれなりに楽しそうだった。


83: 2012/04/07(土) 21:29:08.33 ID:AfM0/nRk0


「もう結も怒ってないようですし、私も忘れたので許してあげます。感謝するのですね、美生」

月夜が目を逸らしながらぼそりとつぶやくと、美生は嬉し泣きの様な顔になった後、ぐしぐしと涙を袖で拭うと、

「ふ…ふんっ、相変わらずマイペースね。お昼休みにティースタンドセットしてる学生なんて、日本中でアンタくらいよっ!!」

と、精一杯威張ってみせた。懐かしいなあこの感じ。ボクまで泣いちゃいそうだよ……

「そうだ美生。今、月夜と話をしていたんだけど、ティースタンドのてっぺんって何乗せるの?ボクはケーキだと
 思うんだけど、月夜がサイドイッチだって聞かないんだ。美生もアフタヌーンティー好きだったよね?」

ボクは美生に話を振ってみた。美生は少し考えてから、

「そんなの好きなようにすればいいのよ。どれを一番に食べたいか、人それぞれなんだから」

と、言った。あれ、そうだっけ?月夜も「そういえば……」とつぶやいている。



84: 2012/04/07(土) 21:30:08.17 ID:AfM0/nRk0


「でも……」

ここで美生が少し恥ずかしそうに、もじもじしながら言った。

「昔、3人でアフタヌーンティーをする時はスコーンを一番上にしようって、みんなで決めたわよね?」

ああそうだ。確かそんな約束をした憶えがあった。思えばボク達が一番最初に遊んだ時も、ティースタンドの順番を
みんなで決めたんだっけ?月夜はやれやれと肩をすくめると、ティースタンドの一番上にスコーンをセットして

「早くしないと昼休みが終わってしまうのですね。美生、さっさと昼食を持ってくるのですね」

と言った。美生は「うんっ!待っててっ!」と言い残して、走って教室へ戻って行った。その姿を見送って、ボクと月夜
は笑い合う。マルスとウルカヌスさんも嬉しそうだった。今度はもう離れ離れにならない。いつか美生が上流階級に帰って
来たら、また3人でパーティーに行こう。ボクはそんな楽しい未来を想像して、笑みがこぼれるのだった。



85: 2012/04/07(土) 21:31:08.91 ID:AfM0/nRk0


***


数日後のある日の放課後、私は南校舎の屋上にいた。ここは観測ポイントとは違うので普段はあまり立ち寄らないのだが、
今日はある人に用事があってやって来た。ざっと辺りを見渡すと、この快晴にも関わらずゲームに没頭している不健康な
男子高校生がいた。私は溜息をついて、その人が寝ころぶベンチへ歩み寄る。

「御機嫌よう、桂馬」

「……何だ、月夜か。何か用か」

ゲームの邪魔をされて、やや機嫌を損ねた桂馬がちらりとこちらを見る。

「人ト話ヲスる時くライ、げーむヲすルデなイっ!」

「ああっ、ボクのPFPが……っ!!」

ウルカヌスがゲーム機を屋上の木の真上に引っかけた。桂馬は何とか取ろうと頑張ったが、やがて諦めたようで、ベンチ
に座る私の横へ腰かけた。



86: 2012/04/07(土) 21:32:22.67 ID:AfM0/nRk0


「……で、何の用だよ。手短に話せ」

全く、ど~して私はこんな男をす……好きになったのだろう。殴りかかろうとするルナを抑えて、私は切り出した。

「青山美生には、駆け魂が入っていたのですね?」

私の突然の質問に、桂馬は目を見開いて驚いている。どうやら正解らしい。

「………どうして分かったんだ?」

「ここ最近、結がお嬢様に戻ったり、突然お茶会が開かれたと思ったら美生のスコーンが出て来たり、その美生が急に
 私に謝罪してきたりと、不可解な出来事が多すぎたのですね。裏では桂馬が暗躍しているようですし、貴方がどうして
 そこまでするのかずっと考えていたのですね。最初は結の暴走を止める為かと思っていたのですが、それにしては手際が
 良すぎる。結が知らないような美生の情報も桂馬は知っていたようですし、もしやと思いました」

私が真剣な目で桂馬を見ると、桂馬はふぅ、と息をついてお手上げのポーズを取った。



87: 2012/04/07(土) 21:33:27.25 ID:AfM0/nRk0


「結は誤魔化せたんだが、お前はそうはいかないか……。そうだよ。美生はボクが昔攻略した女の子のひとりだよ。あれ
 からもちゃんと元気でやってるか気になっていて、ちょくちょく様子をエルシィに探らせていた」

潔く認めた姿勢は結構ですが、それはそれで何だか腹が立つ。ただでさえライバルが多いのに、これ以上増えるのは我慢
出来ない。

「安心しろ。美生は女神が居なかったから、ボクの事は憶えていない。だから今回の事はボクが勝手にやったことだ。美生
 は知らないし、そもそも関係ないよ」

桂馬はそう言って寂しそうに笑った。そう、駆け魂狩りの為とはいえ、桂馬は攻略相手の女の子と本気で恋をするのだ。
こっちは憶えているのに、向こうは全く覚えていないというのは辛い。

「ドウシてソコまでするノダ?オ前にとってハすでニ無関係ノ娘だロウ?何故ソコまで気ニ掛ケル?」

ウルカヌスの問いかけに桂馬はくいっとメガネを掛け直すと、

「真のギャルゲーマーは、攻略した後もヒロインを助け続けるのさ。彼女達が困っていたらいつだって助けに駆けつける。
 それがボクの目指す理想のハッピーエンドだからだっ!!」

ビシィッ!!と決めポーズを取る桂馬。全くこの男は……。だったら後どれだけライバルがいるのだろう。ルナが頭を
抑えている。私も同じ気持ちなのですね……



88: 2012/04/07(土) 21:34:32.62 ID:AfM0/nRk0


「それに結の暴走もいい加減に止めたかったしな。お前も昔の友達と仲直り出来て良かっただろう。エルシィから
 聞いてるぞ。結が毎日嬉しそうにお前らの話をバンドでしているそうだ」

桂馬がニヤニヤしながらこちらに振って来る。図星をつかれた私はわたわたしながら

「よ……、余計なお世話なのですね……っ!!そういう桂馬こそ、リアルに興味がないと言ってる割には、随分干渉が過ぎる
 のですねっ!!」

「な……何をバカな事を……っ!!ボクは帰るっ!!PFPはちゃんと返せよっ!!」

桂馬は顔を真っ赤にしながら、早足で屋上を出て行った。私も変わりましたが、あの人も随分変わったのですね。

「全ク、相変わラズ不潔デ不気味デ得体のシレない変態男ダナ。本当ニアレが良いノカ月夜?」

ルナが桂馬の背中を睨みつけながら悪態をつく。

「ふふ、下品ですよルナ。いいではないですか桂馬らしくて。この私が恋した男です。簡単にモノに出来てもつまらない
 でしょう?」

「月夜ガ簡単ニ負けるトハ思エないガ………。シカシ良いノカ?月夜にハ女ノ武器ガ「何か言いましたかルナ」…イヤ」

全く、口の減らない女神なのですね。私だって豆乳飲んで頑張っているのですねっ!!


89: 2012/04/07(土) 21:35:43.38 ID:AfM0/nRk0


「今回は結に譲ってあげますが、私だってこのまま黙って見ているつもりはないのですね。ルナ、早速明日から桂馬に
 アプローチをかけるのですね。もちろん協力してくれますよね?」

「桂木ヲ落トスのハ気ガ進まナイが、月夜がソウ言うのナラ仕方ナイ。我ハゆぴてるノ姉妹ノ長女ゾ。妹共ナド蹴散らシテ
 くれルワっ!!」

「ふふ、頼りにしているのですねルナ」

そして桂馬、結。ありがとうなのですね……。面と向かっては気恥ずかしくて言えないけど、いつかちゃんと礼を言おう。
桂馬の去って行った方向に向かって、私は小さくつぶやいた。


End


92: 2012/04/07(土) 22:22:48.32 ID:y7NhgKm20
乙です

桂馬がいい感じに神様でした
他のキャラクターも全員ああ動きそうだなと思える言動で面白かったです
次があるなら楽しみに待ちたいと思います

94: 2012/04/08(日) 09:54:48.66 ID:LgDbtUn70

引用元: 結「やっぱり桂馬君には敵わないよなあ」(神のみSS)