1: 2013/09/07(土) 20:53:04.90 ID:oEqZMQGv0
今日の仕事も終了

明日は休みときたもんだ

休日の前夜が、一番楽しみと言っても過言ではない

こんな時は酒を飲もう

そう、誰にも邪魔されずに一人でゆっくりと……

仕事終わりの一杯。良い響きだな

さてさて、それではみなさんお疲れ様でしたっと

帰り支度をして、行き着けの居酒屋へ向かうとしよう



2: 2013/09/07(土) 21:00:25.55 ID:oEqZMQGv0
「……良い飲みっぷりですね。もう一献どうですか?」

しばらく飲んでいた時に不意にそんな声をかけられた

初めての経験にとまどっていたが

「やや、これはどうも」

素直に応じることにする

白くて綺麗な手がお酌をしてくれた

手がこんなに綺麗なら、相当な美人に違いない

「ありがとうございま……え?」

4: 2013/09/07(土) 21:08:10.98 ID:oEqZMQGv0
顔を上げてお礼を言おうと思ったが、最後まで言えなかった

「高垣さん?」

「はい、高垣楓ですよ。プロデューサー」

俺の担当のアイドル、高垣楓がそこにいた

「なんでここに?」

「プロデューサーを偶然見つけて、どこに行くのかなーと」

「はぁ……そうですか」

高垣さんはにこにことしている

比べて、俺は微妙な顔をしているのだろう

6: 2013/09/07(土) 21:16:39.60 ID:oEqZMQGv0
「あ、不満そうな顔をしてますね……私のお酌はお気に召しませんか?」

「え? いや、そういう訳では……」

別に不満というわけではない

色々と聞きたいことが顔に出てしまったようだ

「すみませんでした」

高垣さんの悲しそうな、そして申し訳なさそうな声
 
にこにことした表情から一転、泣きそうな顔になって

「……そうですよね、年上のアイドルのお酌なんて嫌ですよね」

「そんなことないですよ、って高垣さん?」

11: 2013/09/07(土) 21:23:10.87 ID:oEqZMQGv0
顔を隠すようにして俯いてしまった

「う……うぅ……」

困ったな

こんな居酒屋で泣かれたら、目立ってしまうじゃないか

知名度は高いとは言えないけれど、片やアイドル、片やプロデューサー

人前で変に目立つのはよろしくない

変に期待してた自分にも非はあるだろうし

「高垣さん、泣かないでください。俺は高垣さんにお酌してもらって嬉しかったですよ」

「……」

12: 2013/09/07(土) 21:31:40.55 ID:oEqZMQGv0
沈黙

何か喋ってくれないだろうか、とても気まずい

「楓、です……」

「はい?」

「名前で呼んでください。いつも他人行儀すぎます」

「はぁ……」

「何なら、あだ名でも良いですよ」

何を言い出すんだろう

と言うか、この人泣いてないだろ


15: 2013/09/07(土) 21:39:26.14 ID:oEqZMQGv0
「やっぱり私のことなんて……ぐすっ……」

女の嘘泣きは怖いと聞くけれど

それに騙されるのも、男の甲斐性ってやつなのかね

「はぁ……楓、さん」

「……」

ちらりとこちらを窺っている

もうひと押しか

「楓さんにお酌してほしいなー、なんて思うのですが」

にこりと、営業スマイルをやってみる

16: 2013/09/07(土) 21:47:48.09 ID:oEqZMQGv0
「……もう、最初からそう言ってくれれば良いのに」

一呼吸おいて、やっと返事が返ってきた

とびっきりの笑顔とともに

「では、早速どうぞ」

ささっとお銚子を持つと

「ありがとうございます」

「いえいえ」

薄く微笑んでお酌をしてくれた

17: 2013/09/07(土) 21:56:11.06 ID:oEqZMQGv0
「頂きます」

「はい」

ぐいっと飲み干す

「おー、やっぱりいい飲みっぷりですね」

ぱちぱちと、小さく拍手をする楓さん

「美人さんがお酌をしてくれたからですよ」

うん、これは本音だ

俺が自信を持ってプロデュースできる女性だからな

……言いすぎか?

19: 2013/09/07(土) 22:11:43.09 ID:oEqZMQGv0
「プロデューサー、お上手ですね」

ふふふっと笑いながら、照れたような仕草をしている

「せっかくの酒の席ですから」

当初の予定と違ってしまったけれど

気持ちを切り替えて、楽しむとしようじゃないか

「さぁさぁ、楓さんもどうぞ」

「ありがとうございます」

お猪口を両手で持ち、くいっと傾けた

「ふぅ……美味しい」

美味そうに飲んでもらえると、こちらとしてもありがたい

21: 2013/09/07(土) 22:29:16.82 ID:oEqZMQGv0
「楓さんも良い飲みっぷりですね」

「プロデューサーにお酌してもらったお酒ですから」

「それはどうも」

随分とまぁ上機嫌だなこの人は

「プロデューサー、どうぞ」

とくとくと注がれる酒

「お酒が注がれる音って何か良いと思いませんか?」

ああ、わかる気がする

「わかります。いかにも酒を注いでるって感じですよね」

22: 2013/09/07(土) 23:04:43.72 ID:oEqZMQGv0
うんうんと頷く楓さん

「プロデューサー。今日はとことん飲みましょう」

これは宣戦布告かな?

「望むところです楓さん」

男として負けるわけにはいかない

「ふふふっ」

かくしてプロデューサーとアイドルの二人だけの飲みが始まった

まぁ、特に変わったことはないのだが

23: 2013/09/07(土) 23:16:24.98 ID:oEqZMQGv0
「あ、お酒なくなっちゃいましたね」

なかなかペースが速いな

「楓さんはどうします?」

「このお酒美味しかったので、もう一本つけてもらえますか?」

ついでに肴も何品か頼んでおくとしよう

「わかりました。楓さん、何か食べたいものありますか?」

「焼きイカなんていかがですか、ふふっ」

「あとは冷ややっこと塩辛でいいですね」

親父的なギャグはあえてスルーした

24: 2013/09/07(土) 23:27:46.86 ID:oEqZMQGv0
お銚子を何本空けたのだろう

十本以降は数えるをやめた

髄分と良い気分になってき……

「ぷろでゅうさぁ?」

青と緑の瞳にじっと見つめられる

「はい、ここにいます」

目が潤んで、頬がほんのり赤くなって……

一言でいうと、凄く色っぽい

25: 2013/09/07(土) 23:34:43.39 ID:oEqZMQGv0

「ふふふっ。目が逢いましたね」

さっきの雰囲気とは違う

大人の楓さん

「どうしたんです、ぷろでゅうさぁ? そんな表情をして」

どこか期待をしているような

そんな視線

「なんでもないですよ、なんでも」

思わず視線をそらせてしまった

26: 2013/09/07(土) 23:35:30.29 ID:oEqZMQGv0

「ふふふっ。目が逢いましたね」

さっきの雰囲気とは違う

大人の楓さん

「どうしたんです、ぷろでゅうさぁ? そんな表情をして」

どこか期待をしているような

そんな視線

「なんでもないですよ、なんでも」

思わず視線をそらせてしまった

27: 2013/09/07(土) 23:43:15.21 ID:oEqZMQGv0
「会計を済ましてきますから、待っててくださいね」

逃げるように席を立つ

「あっ……」

背中から聞こえたかぼそい声は、聞こえないふりをした

しっかりしろ俺

担当アイドルにどぎまぎしてどうするんだ

ぴしゃりと頬を叩く

「よし! 後は楓さんを送って行くだけだな」

28: 2013/09/07(土) 23:48:46.29 ID:oEqZMQGv0


「むぅ……」

席に戻ってみれば、不機嫌な楓さんが待っていた

「さて楓さん、そろそろ行きましょうか」

「おいくらですか?」

「今日は俺の奢りで良いです」

ぱぱっと帰り仕度をする

何かを言われる前に行動してしまえば良い

「……でも」

「いいですって」

31: 2013/09/08(日) 00:04:21.05 ID:irDsQ+fB0
会話の流れを絶つようにして外に出た

「お?」

「良い風……」

夏の風とは違う、秋の風が頬を撫でていく

「涼しくて良いですね」

「ええ、酔いさましにはちょうど良いです」

頭も、体も、冷静になっていく

本当に心地良い

32: 2013/09/08(日) 00:12:40.17 ID:irDsQ+fB0
「少し歩きませんか、プロデューサー?」

いつもの声だ

「ええ、俺も歩きたいと思っていたところです」

「ふふっ、じゃあ行きましょう」

くるりと背を向けて歩きだす楓さん

遅れないようにして、俺も歩きだす

「……」

「……」

33: 2013/09/08(日) 00:18:48.12 ID:irDsQ+fB0


さて、どう話をふればいいものか

「プロデューサー、聞こえますか?」

聞こえる?

「何がですか?」

「ふふふっ、耳を澄ましてください」

りぃんりぃん

りぃんりぃん

「鈴虫……ですか」

「正解です」

34: 2013/09/08(日) 00:25:02.81 ID:irDsQ+fB0
綺麗な音色です」

「そうですね」

名前通り、鈴を鳴らしているかのような音色

「りーんりん、りーんりん」

りぃんりぃん

りぃんりぃん

「わぁ、プロデューサー聞きました?」

「ええ、ちゃんと聞こえましたよ」

楓さんの歌声に、鈴虫のコーラスといったところか

35: 2013/09/08(日) 00:34:18.04 ID:irDsQ+fB0
「ふふふっ。ステキです」

嬉しそうな声

少しは機嫌が良くなったのだろうか

「楓さんの歌声も、鈴虫に負けないくらいステキです」

「えっ……」

あ、しまった

「そういうのズルイと思います」

「すいません……」

そっぽを向かれてしまった



37: 2013/09/08(日) 20:47:33.43 ID:irDsQ+fB0
りぃんりん

りぃんりん

鈴虫の音色が響く

「プロデューサーは意地悪です」

そう、自分は意地悪なのだ

「プロデューサーは意気地なしです」

そう、自分は意気地なしなのだ

何も言い返さないで次の言葉を待つ

自分に言い返す権利はない

38: 2013/09/08(日) 20:58:09.34 ID:irDsQ+fB0
「相手からのアプローチはかわす癖に、自分からそういうセリフを言うなんて」

まったくだ

正論すぎてぐうの音も出ない

「知っていますか? 中途半端な優しさは罪なんですよ」

どっちつかず

優柔不断

今までの関係が壊れるのが怖い

どれも当てはまる

39: 2013/09/08(日) 21:07:39.90 ID:irDsQ+fB0
「プロデューサーを偶然見かけてというのは嘘です」

知っている

「貴方がきちんと返事をしてくれないから……」

俺は何も言えない

いや、何も言わない

楓さんの気持ちを受け取ることもできる

逆にばっさりと絶ち切ることもできる

突き詰めれば、はいかいいえ、このどちらかなのに

40: 2013/09/08(日) 21:24:09.88 ID:irDsQ+fB0
「私、子供じゃないんですよ?」

十分に大人の女性だと思っています

「恋に恋する歳じゃないんです、それなりに恋愛経験だってあります」

これだけ魅力的なら納得できますよ

「アイドルとプロデューサー。この関係だからいけないんですか?」

「こんな思いをするなら……アイドルになんてならなければ良かった」

駄目だ楓さん、それ以上は言ってはいけない

「私、アイドル……やめます」

41: 2013/09/08(日) 21:40:17.30 ID:irDsQ+fB0
楓さんが落ち着くまで黙っていようと思った

俺だけに文句を言って落ち着いてくれれば、と

でも、もう無理だ

「貴女の気持ちはそれっぽちのものだったのですか? 楓さん」

そんなに簡単に言葉にしてしまうんですか?

「じゃあ答えをください……」

俺と高垣楓の答え

一致するのか不一致なのか

貴女からの想いと俺からへの想い

42: 2013/09/08(日) 21:56:03.82 ID:irDsQ+fB0
「俺の答え……」

「はい。貴方の答えを」

どうすればいいんだ

プロデューサーだから無理に決まってる

楓さんの魅力を独り占めしたい

何か良い言葉はないのか

「プロデューサー……私の名前を呼んでください」

微笑む楓さん

その綺麗な瞳に吸い込まれてしまいそうになる

43: 2013/09/08(日) 22:13:28.73 ID:irDsQ+fB0
「楓……さん?」

あれ? この感じ、さっきの飲み屋で……

「ふふふっ」

さっき感じた、大人の楓さん

「プロデューサー」

とさり、と体に少しの重みを感じる

「離れてください楓さん!」

「い、や、です。さぁ教えてください」

こんな密着した状態で、教えるも何もないだろう

44: 2013/09/08(日) 22:25:55.31 ID:irDsQ+fB0
ふりほどこうと少し力を込める

「やん、乱暴にしないでください」

俺の腕の中で身をよじる

「楓さんが離れてくれればこんなことしませんって」

平静を装ってはみるが、心臓の鼓動が速い

こういう業界にいれば何人も美人、綺麗な人を見ている

しかし、この人はそんな俺の目にも更に美しく見えるんだ

それに、こんな状況を他の人に見られるのは非常にまずい

「あら? ……ふふふっ」

45: 2013/09/08(日) 22:40:55.57 ID:irDsQ+fB0
「プロデューサー?」

新しいおもちゃを見つけたような視線

「プロデューサー、どきどきしてます……ね?」

二重の意味でどきどきしていますよ

「ふふっ、私と一緒です」

そう言って、少し強めに抱きついてくる

「嬉しい……私にどきどきしてくれてるんですね」

「そうですね……そろそろ離れてくれませんか?」

46: 2013/09/08(日) 22:49:52.38 ID:irDsQ+fB0
「もう……いぢわる」

意地悪で結構ですから

「わかりましたよ、だからあと少しだけ」

ぎゅう

ぎゅうううう

「楓さん、痛いですよ」

冗談じゃなくて結構痛い

「私も意地悪なこと聞きませんから」

47: 2013/09/08(日) 23:01:37.19 ID:irDsQ+fB0
「だから……ね? あともう少し」

これで落ち着いてくれるのなら良しとするか

「わかりました、あと少しだけですよ」

「ふふっ、ありがとうございます」

やっぱりこの人は子供か大人なのかわからないな

「~♪」

鼻歌なんて呑気だな、まったく……

人の気持ちも知らないで

48: 2013/09/08(日) 23:06:25.12 ID:irDsQ+fB0
りぃんりぃん

りぃんりぃん

周りでは鈴虫のコンサート真っ盛りだ

「楓さん、そろそろ良いですか?」

「……」

おかしいな

「楓さーん?」

腕の中の楓さんは目をつぶっている

49: 2013/09/08(日) 23:10:59.48 ID:irDsQ+fB0
りぃんりぃん

りぃんりぃん

周りでは鈴虫のコンサート真っ盛りだ

「楓さん、そろそろ良いですか?」

「……」

おかしいな

「楓さーん?」

腕の中の楓さんは目をつぶっている

50: 2013/09/08(日) 23:17:31.67 ID:irDsQ+fB0
おいおい、まさかこの人

「……くぅ」

俺に寄りかかっていたとはいえ

「すぅ……」

立ったまま寝ていた

「おいおい、マジかよ」

やっぱりこの人は子供だ

うん、間違いないな

はぁ……とため息をひとつ

51: 2013/09/08(日) 23:25:05.74 ID:irDsQ+fB0
なんだか今日は疲れたな

この人に振りまわされっぱなしだった

「ったく、この25歳児が」

ぐにっと頬を引っ張る

「ふぁ……」

まずはタクシーか? それとも起こすのが先か?

まぁ……どっちでもいいか

「たまにはこんな酒もありかな」

そう呟きながら、スラックスからスマホを取り出した






おしまい


52: 2013/09/08(日) 23:47:18.83 ID:x6V13PUI0
乙です、良いふいんきだった

53: 2013/09/08(日) 23:48:31.35 ID:A6zLQnm/o
おつおつ

引用元: モバP「一人酒でもするか」