52: 2014/07/06(日) 00:46:46.90 ID:YRNYAdAY0
早苗「タイホよ、P君」

・少し重い
・やや短い

53: 2014/07/06(日) 00:47:36.90 ID:YRNYAdAY0
早苗
「あ、P君お疲れ様ー。え、また飲みに行かないかって? べつにいいけど。ほかに誰か誘う?

 えっと、二人っきりがいいんだ。……うん、そうだね。いいよ、行こっか。

 どこ行く? 特に決めてないならあたしの行きつけにするけど。安くて美味しいとこがあるんだよね」

早苗
「相変わらずイイ飲みっぷりだねえ。飲みねえ飲みねえ、じゃんじゃん飲みねえ。

 ……で、そろそろ酔いは回ったかな? 顔は平然としてるけど、ちょっと呂律が怪しくなってきたね。

 それでどうしたの? お姉さんに相談したいこと、あるんでしょ?

 ……あははっ、なに驚いた顔してるのよ。これでも警察やってたんだからわかるよそれくらい。

 それにP君のことだもん。君があたしのことを見てくれてるのと同じくらい、あたしも君のこと見てるんだから。

 ……最近、君ってちょっと変だよね。君だけじゃなくて、なんて言うか事務所の空気も……上手く言えないけど、いままでと違う。

 決して悪い雰囲気じゃないんだけどさ……P君が時々つらそうな顔してるから、気になってたんだ。

 この前飲んだときに聞こうかなって思ったけど、P君から言ってくれるまで待ってたの。でも、そんな顔見せられたらもうほっとけなくて。

 ねえ、あたしに話したいことあるんでしょ? 大丈夫、お姉さんが力になってあげるから。ほら、話して?」
THE IDOLM@STER CINDERELLA MASTER 037片桐早苗
54: 2014/07/06(日) 00:51:47.06 ID:YRNYAdAY0
早苗
「……えっと、なに? 要約すると、愛が重すぎて事務所を辞めようとしたら、ネジの飛んだ事務所のアイドルに拉致られて貞操を奪われたあげく、共同生活を強いられてる?

 あはは、きっついなー。なにそれ。つまらない冗談じゃなくて、どうしようもなくマジな話なんだよね?

 てかここにいて大丈夫なの? え、月に数度の自由行動が認められてる? それまたきっちり管理されてるね……

 でも……そっか、そっかぁー。うーん、なんかごめんね。力になってやるって言ったんだけどさ……P君が事務所を辞めようとしてるって話があったから、てっきりそっちだと思ってたんだよね。

 いやー、それにしてもアイドルと一線超えちゃうなんてね……あはは、ごめんね?

 お姉さん、ちょっと頭の中がぐちゃぐちゃでさ、どうアドバイスしたらいいかわかんないや。……ホント、どうしようね」

早苗
「……あ、すみませーん。瓶ビール2本に、たこわさとゲソ天お願いしまーす。

 P君もなんか頼む? いらない? あ、追加は以上でーす。

 ……じゃあ話の続きしよっか。今回の件ね、お姉さんとしては、ぶっちゃけ自業自得だと思うよ?

 いや、そんな顔されてもさあ。じゃあまず、ハッキリさせておきたいんだけど、P君はどうしたいの?

 一線を超えている以上、もとには戻れないよ?

 どうあがいたって先に進むしかないじゃん。誰かを傷つけることになってもね。

 それを踏まえて教えてよ。君がどうしたいのか。これからどうなってほしいのかを」

55: 2014/07/06(日) 00:53:06.79 ID:YRNYAdAY0
早苗
「……そっか。みんなに幸せになってほしい、か。やっぱりね。予想してた通りの答えだ。

 うん、自業自得だわ。今回の件は君が半分以上悪い。だって君、なんにもわかってないじゃん。

 先に謝っとくけど、あたしいまから気を悪くすること言うから。けどちゃんと聞いて。いい?

 あのね、君は無責任すぎるよ。幸せになってほしいって言うけど、なんでそんなに他人事みたいに言えるの?

 幸せにできるのは君だけなんだよ? 君っていう人間だけが、彼女たちを幸せにできるんだよ? なんでそれがわからないのかな?」

早苗
「人間ってさ、みんなどこか足りないんだよ。自分でもどこかはわからないけど、何かが欠けてるってわかってるんだ。

 君はね、その隙間に入り込むのがすごく上手なの。いつの間にか心の中に居座って、勝手に支えになってるの。

 これってすごい迷惑なことなんだよ? どうしてかわかる? わからないよね?

 ……君はね、別にその人が好きだから、特別だからっていう理由でやってるんじゃないの。

 好意じゃないの。ただの善意なの。優しいからね、君は。そのうえ無神経だし。無遠慮だし。

 君からしたら、ちょっと手を貸しただけのつもりかもしれない。

 でもね、手を差し出されたほうは、その手がなくちゃ立ち上がることもできなかったのよ。

 君はアイドルの手を取って、立たせて、引っ張って、一緒に走って――

 そして、置き去りにしようとした。手を離して。あとは幸せになれって。

 ……ううん、違うな。背中を押すようにして、後ろから突き飛ばしたのよ」

56: 2014/07/06(日) 00:54:02.49 ID:YRNYAdAY0
早苗
「そんなつもりはなかった? そうだね、君の中ではそうかもしれないね。

 だからこそ君はなにもわかってない。なにもわかってないから、こんなことになってるんじゃないかな?

 好きなのに、どんなにアピールしても気付いてくれない。大好きなのに、答えを聞いてもズレた言葉しか返って来ない。

 そりゃそうだよね、君は骨の髄までプロデューサーだもん。

 アイドルをアイドルとしてしか見ることができないから、彼女たちが一人の女の子としてどんなに頑張っても、勇気を振り絞っても、君は一人の男としてではなく、あくまでもただのプロデューサーとして誠実に応じるだけ。

 彼女たちはそれに気づけなかった。だから頭のネジが腐って折れた。

 どうして自分を見てくれないんだろう、どうして自分の話を聞いてくれないんだろう、プロデューサーにとって自分はなんなんだろう。

 あの時の言葉は嘘だったのかな、あの時の優しさは夢だったのかな……ってね。不安でたまらなくて、おかしくもなるよ。

 それで、トドメに事務所を辞めるって言ったらさ、そりゃあ狂うよ。

 一寸先は闇を地で行くこの芸能界に引きずり混んで、もう抜け出せないところまで案内して、捨ててくんだからさ」

57: 2014/07/06(日) 00:56:09.22 ID:YRNYAdAY0
早苗
「……というか君さ、よく生きてたよね。修羅場になったでしょ?

 へえ、光ちゃんに思いっきり蹴られて、未央ちゃんにはケータイ投げつけられたんだ。んで頭を切ったと。

 あとは特に何もなかった? いやいや嘘でしょ? だってまゆちゃんが……え? 泣き崩れるだけだった?

 ……あー、そっかあ、自分の独占欲を満たすよりもプロデューサーの希望を優先したのね。

 誰よりまっすぐアピールしてたから、自分の愛が重くてプロデューサーを辞めるってわかっちゃったんでしょ。

 潔く身を引いて、氏ぬつもりだったんだよ。本当に、君さえいなければふつうの可愛い子なのにね」

58: 2014/07/06(日) 00:57:01.76 ID:YRNYAdAY0
早苗
「あ、たこわさとゲソ天が来たよ。ほらほらグラス出して。まだ飲めるでしょ? っつーか飲めや。

 ……あー、たこわさ美味しぃ。P君もちょっとつまみなよ、ゲソ天も。……でしょ? 美味しいでしょ?

 他にも美味しいのいっぱいあるからさ、頼んじゃおうよ。いまのP君にあたしがしてあげられることって、それくらいだからさ。

 ……そういえばさ、P君はさ、まだ覚えてるかな? あたしと君が初めて会った時のこと。

 新潟の隅っこの汚い居酒屋でさ、上司にしつこくセクハラされて泣きそうだったあたしを助けてくれた時のこと。

 あのムッツリハゲのカツラに君がわざとお冷ぶっかけてさ、謝り倒しながらおしぼりで頭を拭くフリして、思いっきりズラを剥がしてさ……あははははっ、だめだね、いま思い出してもおかしいや。

 それでそのあと飲み直しませんかって誘ってきて……仕事の愚痴をダベってたら、いきなりスカウトしてくるんだもん。

 目が点になったよ。ここで仕事かよー、ってね。なんだコイツって思ったわ」

早苗
「でもさ、警察官にも嫌気さしてたし、あのクソハゲと仕事もしたくなかったし、あれで踏ん切り着いたんだよね。

 ほら、あたし若いころやんちゃだったからさ、たくさんの人に迷惑かけてさ……きっと今でもあたしのことを許してくれない人も少しはいると思うんだよね。

 だからあのころは、罪滅ぼしのつもりで警察官になって、今までひどいことをした数だけ誰かを助けようって思ってたんだ。

 けれど、警察官なんてどこまで行っても仕事でしかないんだよね。所詮はお役所仕事だもん。

 序列だの縄張りだの条例だの内規だの、あたしだけが突っ張ったってどうにもならないことだらけでさ。

 何のために警官やってるかわからないって、酒の席で愚痴ったあたしに、君は笑って言ったんだよ。

 ――それじゃあ、アイドルになってみんなを笑顔にしましょう、って。

 暗くてトゲトゲした世の中には、あなたの笑顔が必要なんです。あなたの笑顔は誰かを癒すことが出来る。

 明日も頑張ろうって気持ちにさせてくれる。誰にでもできることじゃない。あなたにしかできないことだ。

 俺に手伝わせてください。あなたの笑顔を日本中に届けたいんです。

 ……本当に、思い出すだけで顔が熱くなってきちゃうわ。でも、あたしはそれで仕事を辞める覚悟ができた」

59: 2014/07/06(日) 00:58:10.82 ID:YRNYAdAY0
早苗
「あのスダレハゲに辞表叩きつけて、両親にしこたま怒鳴られて、逃げるように上京して、また君と出会って……

 ……あー、だめだわ。思い返すとさ、君ってマジでタラシだよね。

 事務所の前で立ちすくんでたあたしと目が合ったらさ、駆け寄ってきてにっこーって笑いかけてくるんだもん。

 それで右手を差し出してさ、ずっと待ってましたよ、早苗さん。だもんなあ……

 やっぱりさあ、今回の件は君が悪いよ。うん、九割九分は君が悪い。だからさ、責任、取ってあげなよ。

 ごめんね、力になれなくて。でも彼女たちを幸せにしてあげられるのは君だけなの。それだけはわかって。

 あの子たちはね、もう心の真ん中に君がいるんだよ。君っていう土台の上に、好きってキモチが全部乗ってるの。

 土台がなくなったらさ、みんな潰れちゃうから。感情で心が押し潰されちゃうからさ。

 君だってそんなの嫌でしょ? だったら踏ん張るしかないよ。男の子なんだもん。ちょっとは気張ってみせてよ」

早苗
「えへへっ、じゃあ色々頼んじゃおっか! お姉さん奢っちゃうよー?

 財布を気にせずたくさん食べて、たらふく飲んで、パーっとやろうよ! とことん付き合っちゃうから。

 それでさ、ちょっとの間だけど忘れちゃおう。明日からまた、君が頑張れるようにね。

 お姉さんも飲んで食べて全部忘れて、明日から押し潰されないように……頑張るからさ」

61: 2014/07/06(日) 01:11:37.07 ID:YRNYAdAY0
早苗
「…………………………………………あ。

 ……えっと、待って。あはは、ちょっとね、待って。

 お願い、いまのナシ。忘れて。

 意味とかないから。ホラ、言葉の綾ってやつ?

 だから、やめて。そんな顔しないで。あたしそういうのじゃないから。

 別に君のことなんか、好きとかじゃ、ない……から……

 ……な、泣いてないよ? ……あたし、泣いてないよ……?

 P君を取られて悔しいとか、全然、そんなこと……ない……っ…………!

 手が届かなくなって……初めて、君のことが……こんなに好きだったとか……気付いて、ないから……っ!」

62: 2014/07/06(日) 01:14:09.08 ID:YRNYAdAY0
早苗
「やめて……離して。優しくしないで……お願い。

 ……こんなふうに抱き締められたら……いくら君にその気がないってわかってても……あたし、戻れなくなるよ……?

 いまなら……いまならまだ大丈夫なの。吐くほど飲んで、氏ぬほど食べて……帰って、一晩くらい泣いたら……忘れられるから……P君のこと、たぶん諦められるから……ね?

 ねえ、なんで……離してくんないの……? あたし、重いよ? 嫌な女だよ?

 歳のくせに独占欲強いし、嫉妬するし、寂しがり屋だし、甘えたがりだし、わがまま言うし、だらしないし……

 それにね、本気になったら、自分でもなにするかわからないの。

 ……さっきだって、P君が凛ちゃんやまゆちゃんとしたってわかった時、あたしね、本気であの子たち殺そうって思ったもん。

 ね、怖いでしょ? あたしも、怖いの。昨日まで一緒に頑張ってた子たちを、素手でも殺せるかなって冷静に考えてる自分がいるの。

 だから、これでわかったでしょ? 片桐早苗がどんな人間か。ね? わかったら、離して……お願い」

63: 2014/07/06(日) 01:18:16.12 ID:YRNYAdAY0
早苗
「……ぇ……待って、ちょっと待って……か、顔! 顔が……

 ね、ねえP君……顔、近くない? ……ダメだよそれだけは……本当に、戻れなくなるから……

 ぇ……? ……それでも……いい、の? こんな、あたしでも、いいの……っ……?

 嘘、じゃないよね? 夢でもない……よね? 信じて、いい……の?」

早苗
「ぁ……っ! ん……ぁ……、ちゅ……ぅ、ん……っ……」

早苗
「……き……キス、しちゃったね。あはは、どうしよう……お酒臭いし、唇も油でテカテカなのに、どうしようもなく幸せになっちゃった。

 やだなぁ、涙でメイクがぐちゃぐちゃだよ……えへへ……もうダメだからね? 信じたから。嘘だったら、シメちゃうからね」

64: 2014/07/06(日) 01:21:36.58 ID:YRNYAdAY0


早苗
「タイホよ、P君。……氏が二人を別つまで、ね」

65: 2014/07/06(日) 01:25:37.85 ID:YRNYAdAY0
【HAPPY END】をつけ忘れましたが、以上でおしまいです。

お付き合い頂きありがとうございました。

引用元: ちひろ「それが、一番の幸せなんですから」