342:◆YmvLytuhUo 2022/05/09(月) 00:44:29.35 ID:F69/I4ME.net

【ラブライブ】ルビィ「片割れのジュエル」  イタリア編【前編】

√ CYaRon!



ランペドゥーザ島  空港


千歌「おぉー! 着いたー!」

曜「いやーそれにしても凄かったね! 飛行機からの景色!」

千歌「ね! もう島の周り全部海だし、その海もなんていうかこうすっごいキラキラしてたし!」

千歌「おかげで眠気が吹っ飛んじゃったよー!」

曜「分かる! 分かるよ千歌ちゃん!」グッ

曜「私もね、ここに行くって決まったときから気になってる場所があって!」

千歌「そうなの? それってどこ!?」

343: 2022/05/09(月) 00:45:17.93 ID:F69/I4ME.net


キャッキャ


ルビィ「でも、まさか島があんなに小さいだなんて思いませんでした」

ルビィ「地図で見たときからちょこんとあっただけだけど、実際に見てみると本当に……」

亜里沙「ランペドゥーザ島の面積は20k平米、みんなの知ってる内浦よりも小さいからね」フワァ~…

亜里沙「まさに、神秘の島って感じだね」

ルビィ「亜里沙さん、おはようございます」ニコ

亜里沙「うん。ごめんね移動中に寝ちゃって」

ルビィ「いえ、全然平気ですから。私も色々考えごとしていましたし」

亜里沙「ありがとう、そう言ってもらえると私としては助かるよ」

344: 2022/05/09(月) 00:46:01.87 ID:F69/I4ME.net
ルビィ「とりあえずこれからどうしましょうか?」

亜里沙「今日のところは自由にしていいんじゃないかな、向こうはもうそのつもりだろうし」

亜里沙「ルビィちゃんも色々見て回りたいでしょ?」

ルビィ「それは……そうですけど、でも」

亜里沙「ん?」

ルビィ「少しくらいは人数集めのこと、考えたほうがいいのかなあって」

亜里沙「うん、そっちも確かに大事だよね」

ルビィ「私、早くなんとかしたいんです」

亜里沙「どうして?」

ルビィ「鞠莉さんには、助けられてばかりだから」

ルビィ「こんなときくらいは力になってあげたいんです」

345: 2022/05/09(月) 00:46:38.33 ID:F69/I4ME.net
亜里沙「……ふふっ、そっか」

亜里沙「でも大丈夫、人集めのことなら私に任せて。その辺りはちゃんと考えてきてるから」

亜里沙「だからルビィちゃんたちはお客さんを喜ばせることだけに集中して」

亜里沙「どうすれば集まった人たちの期待に応えられるようなライブが出来るのかを3人で話し合って、ね?」

ルビィ「は、はい。わかりました」

亜里沙「うん、じゃあ千歌ちゃんと曜ちゃんにも今言ったこと伝えておいてね」

ルビィ「……」ボーッ

亜里沙「? どうしたの?」

ルビィ「えっと、ごめんなさい少し意外だなって」

346: 2022/05/09(月) 00:47:23.76 ID:F69/I4ME.net
ルビィ「私、最初に会ったとき亜里沙さんのこと、ふんわりとした優しそうな人だと思っていて」

ルビィ「雪穂さんも『亜里沙は天然でちょっとボケてるところがあるからね』って言ってましたし」

亜里沙「え~!? 雪穂そんなこと言ってたの!? それを言うなら雪穂だって口うるさい真面目ちゃんだよ!」

ルビィ「あはは……でも今の亜里沙さんはなんか鞠莉さんみたいだなぁって」

亜里沙「そうなの?」

ルビィ「はい」

亜里沙「そっかあ、もしそうだとしたら……ちょっと嬉しいかな」クスッ

ルビィ「え?」

亜里沙「私もしっかりしてきたんだなあって自信がつくから」

亜里沙「お姉ちゃんのこと手伝いたいって思っていても、そういうのはなかなか自分では分かりにくくて……」エヘヘ

ルビィ(…………)

347: 2022/05/09(月) 00:48:12.29 ID:F69/I4ME.net
亜里沙「あ、そろそろ私たちも行かないと。二人ともそんなに離れてないから大丈夫だと思うけど……出来るだけみんな一緒にいないとね」

亜里沙「行こうルビィちゃん」

ルビィ「……」

亜里沙「ルビィちゃん?」

ルビィ「! あ……はいっ今行きます」

亜里沙「……」


ギュッ

348: 2022/05/09(月) 00:48:43.58 ID:F69/I4ME.net
ルビィ「!? あ、あの」

亜里沙「手を繋げばボーっとしてても大丈夫でしょ?」

ルビィ「ご、ごめんなさい」

亜里沙「あのねルビィちゃん、何か話したいことがあるならまた後で聞くよ?」

亜里沙「だって私、そのためにここにいるんだから」

ルビィ「え?」

亜里沙「ふふっ」ニコニコ

349: 2022/05/09(月) 00:49:44 ID:F69/I4ME.net


一方その頃


千歌「おーーーっ!! 飛んでる! ほんとに飛んでる!! なにこれ凄い!」

曜「いやー! 一度でいいからこのフライングボート乗ってみたかったんだよねー!」

千歌「確か、水の透明度? それがとっても高いからこうなるんだっけ?」

曜「そうそう!」

千歌「でも本当……海にいるのに空にいるみたいに感じるって凄すぎるよ!」

曜「ね! パンフレットで見たときからここは絶対行くって決めてたんだー!」

曜「実はちょっと憧れてたんだよね、こんな綺麗な海でクルージングするの」

千歌「ふーん、だからツアーじゃなくてわざわざレンタルしたんだ? 私はどっちでもいいけど!」

曜「んー……それもあるんだけど、ツアーだとほら。すぐ戻れないからさ」

曜「あんまり離れるとルビィちゃんや亜里沙さんに心配かけちゃうし」

千歌「あーそれもそうだね、うっかり…」

350: 2022/05/09(月) 00:50:25 ID:F69/I4ME.net


ザザー


千歌「……なんだか懐かしいなあ、前はこうしてよく二人で一緒に海を見てたっけ」

曜「あったね、そんなことも」

千歌「小っちゃい頃なんてさ毎日のようにボートに乗って」

千歌「曜ちゃんは免許取りたいー!ってそればっかり言って」

曜「あはは、あの時の私うるさかったよね」

351: 2022/05/09(月) 00:50:59 ID:F69/I4ME.net
千歌「高1のときなんて資格の勉強で遊んでくれないときあったし」ムスーッ

曜「で、でもそのおかげで今また2人でのんびり出来てるわけだし」

千歌「そうだけどさあ……」

曜「それにしてもよく覚えてるね千歌ちゃん」

千歌「ん-そうだねー、きっと覚えやすかったんだと思う」

千歌「あのときの私、それしかなかったから」

352: 2022/05/09(月) 00:51:36.43 ID:F69/I4ME.net
曜「千歌ちゃん……」

千歌「特になりたいものもなくて、やりたいこともなくて」

千歌「曜ちゃんや果南ちゃん、学校の友達と一緒に楽しく遊んでればそれでいっかなーとか考えながら中学まで適当に過ごしてて」

千歌「高校入ったら何かやってやる! って思って色々やってみたけど……これだ! ってものが見つからなくてさー」

千歌「もしかしたら一生このままなのかも、とか何回もなっちゃうくらいそれまでの私ってなんにもなかったんだよねー」アハハ

曜「……」

千歌「私、ちょっとは変われたのかな」

曜「……変わったよ、変わった」

353: 2022/05/09(月) 00:52:08.44 ID:F69/I4ME.net
千歌「本当に?」

曜「うん、前よりずっと素敵な女性になった」

千歌「えー何それ、そんな口説き文句みたいなこと言わないでよ」

曜「大目に見てよ、それに本当のことだし」

千歌「全くもう、曜ちゃんは相変わらずっていうか」

千歌「ま、そんな曜ちゃんだから信じられるんだけどね……帰ったら試しにちょっと男の人誘ってみようかな」

曜「それは絶対にやめて」

354: 2022/05/09(月) 00:52:36.81 ID:F69/I4ME.net
千歌「かーほーごー」

曜「良い人見つけてほしいだけだってば」

千歌「見つけても文句言うくせに」

曜「う……」

千歌「もーほんと過保護だよねー」

曜「だ、だって千歌ちゃんの場合はそれが将来を決める大事なものになるかもしれないわけだし……!」

千歌「言ってることお父さんじゃん」

355: 2022/05/09(月) 00:53:11.66 ID:F69/I4ME.net
千歌「でも、将来かあ……確かにそうかも」

千歌「鞠莉ちゃんだって今そのことで揉めてるわけだし」

曜「そうだよ、簡単に決めていいことじゃないんだってば」

千歌「ふ~ん、だとしても私は鞠莉ちゃんほど深刻でもないと思うけど、それに……」

千歌(多分だけど鞠莉ちゃんはもう──)

曜「それに、なに?」

千歌「うーんやっぱいいや! そんなことよりさ、そろそろ戻ろうよ!」

千歌「ほら、ルビィちゃんから連絡きてるし!」

曜「あっ本当だ。なになに……ホテル前で集合ね、了解であります!」

356: 2022/05/09(月) 00:53:45.39 ID:F69/I4ME.net
曜「ではでは全速前進ヨーソロー!」

千歌「ヨーソロー!」

ザザーッ!

曜「そういえばさっきのでちょっと思ったんだけど」

千歌「んー?」

曜「ルビィちゃんって将来……どうするんだろうね?」

曜「なんだかんだで来年卒業だし、そうなったらスクールアイドルはもう──」

千歌「……」

曜「やっぱり悩んでるのかな、色々と」

357: 2022/05/09(月) 00:54:34.52 ID:F69/I4ME.net
千歌「……もしそうだとしてもさ、私たちのやることはきっと変わらないよ」

曜「え?」

千歌「ルビィちゃんがこの先どんな道を選んだとしても、全力で応援するだけだよ。何があったって私たちはルビィちゃんの……Aqoursの味方だから!」

曜「……やっぱり千歌ちゃんかっこよくなったよね」クスッ

千歌「あーまたそういうこと言うー! ていうか褒めるならせめてかっこいいじゃなくて可愛いって言ってほしいんですけど?」

曜「ごめんごめん……って千歌ちゃんそんな願望あったの!?」

千歌「し、失礼な! 私だって一応ごく普通の女の子なんですけど!!」

曜「そ、そうだよね……だけど男の人と付き合うのはやっぱりまだ早いというか……」

千歌「だから過保護!!」


ワイワイ……

ザザーッ


358: 2022/05/09(月) 00:55:21.56 ID:F69/I4ME.net


─それから……

ホテルの一室


ルビィ「船上ライブ、ですか?」

亜里沙「うん、千歌ちゃんと曜ちゃんは今日体験したから分かると思うんだけど」

亜里沙「ここってボートツアーが凄く人気な場所なんだよね」

曜「そういえば……」

千歌「向こう側にはたくさん人がいたよね」

亜里沙「それで、明日からは私たちもこのツアーに参加……というより協力するような形で曲を披露させてもらえるよう交渉してきたの」

千歌「亜里沙さんすご!!」

ルビィ「いつの間に……」

亜里沙「えへへっ二人を待ってた間にちょっとね、じゃあ次はツアーの内容を説明するね? みんな地図を見て」トントン

359: 2022/05/09(月) 00:55:59.11 ID:F69/I4ME.net
亜里沙「まず参加期間は4日間、ツアーで乗る船は毎日変わるから集合場所の間違いには気をつけてね」

亜里沙「最初のルートはこんな感じ、営業時間は細かい違いはあるけどだいたい朝から夕方まで」

亜里沙「休憩を挟むとはいえ基本フルで出てもらうから体力にも気をつけるように」

亜里沙「あと、ライブのセトリはこっちに任せるって言ってたからそこは三人で相談し合って決めてね」

千歌・曜・ルビィ「はい!」

亜里沙「さてと、私からの説明はこんなところかな。みんなは他になにか聞きたいことある?」

曜「えっとじゃあ……このツアーは私たちだけで参加するんですよね?」

亜里沙「うん」

曜「私たちがライブをやっている間、亜里沙さんは何をするんですか?」

360: 2022/05/09(月) 00:56:32.01 ID:F69/I4ME.net
亜里沙「えーとね、お客さんの呼び込みかな」

千歌「呼び込み?」

亜里沙「うん、入口のところに船内と繋がるスピーカーが置いてあるんだけど」

亜里沙「私がそれを使って周りの人達にみんなの歌を聴いてもらうようにするの、ライブ中継みたいなものだね」

亜里沙「それで少しでも興味を持ってもらったら、そこから私が改めてツアーの宣伝をして次に乗ってもらうように呼び掛ける」

亜里沙「要はそのときツアーに参加していない人にもライブの曲を届けるのが私のお仕事かな、もちろん集客も兼ねてね」

千歌「……」ホエー

亜里沙「出来れば口コミも期待したいけど、流石にそこまでは当日やってみないことには何とも言えなくて……」

亜里沙「あとはビーチを見て回ったりもしたいな、どの辺りがライブをするのに最適な場所なのか調べておきたいし……うーん」ムムム

361: 2022/05/09(月) 00:57:08.59 ID:F69/I4ME.net
「…………」

亜里沙「うーん……って、ああごめんね! なんか一人でたくさん喋ったうえに考えこんじゃって!」ワタワタ

曜「い、いえいえ! 質問したのはこっちですから気にしないでください! それに黙ってたのは正直面食らったからといいますか……ね?千歌ちゃん」

千歌「え!?私に振るの!?」

亜里沙「もしかして、私が思っていたよりしっかりしてたから驚いちゃったとか?」

千歌「そうそれです! やっぱり仕事が出来る人は違うなーみたいな!」

曜「千歌ちゃんその答えはちょっとズレてるよ……」

千歌「感じ方は人それぞれだもん!」

亜里沙「ふふっ、そっかあ……皆考えることは同じなんだね」

曜「と言いますと?」

亜里沙「実はさっきルビィちゃんにも似たようなこと言われてね、だから今の二人もそう思ってるんじゃないかな~って」

千歌・曜「なるほど……」

362: 2022/05/09(月) 00:57:43.78 ID:F69/I4ME.net
亜里沙「でも今の私がそんな風になれたのは、やっぱりこの仕事に携わったおかげかも」

亜里沙「最初は全然上手くいかなくて、何をするにも遅かったんだけど、私にはお姉ちゃんっていうお手本がいたから」

千歌「確かに絵里さんってバリバリ仕事出来そうですもんね! なんといっても支部長ですし!」

亜里沙「出来るよーバリバリだよー、支部長だもん」

亜里沙「それで私ね、そんなお姉ちゃんをすぐ傍でしっかり支えられるような存在になりたくて」

亜里沙「だから意外でもなんでも、そういう風に私を評価してくれるのはとっても嬉しいの。私のなりたいものに近付けた感じがするから」

ルビィ「……」

曜「素敵なお話しですね」

亜里沙「うふふっ、ありがとう」

363: 2022/05/09(月) 00:58:17.70 ID:F69/I4ME.net
ルビィ「……あの、亜里沙さんは」

亜里沙「うん」

ルビィ「絵里さんとは違う仕事に就こうと考えたことはなかったんですか?」

亜里沙「え? どうして?」

ルビィ「高校を卒業してすぐ海外のほうでお仕事をするのって凄く勇気がいると思うし、それに──」

ルビィ「亜里沙さんは雪穂さんととても仲が良かったと聞いていたので、一緒の大学に行くことも出来たんじゃないのかなって」

ルビィ「ちょうど今の千歌ちゃんたちみたいに」

亜里沙「かもしれないね」

ルビィ「そう思ったら、聞いてみたくなって……どうして亜里沙さんは今のお仕事をやろうと思ったのか。その理由を」

364: 2022/05/09(月) 00:58:53.55 ID:F69/I4ME.net
亜里沙「……私も意外」

千歌・曜「??」

亜里沙「ルビィちゃんって雪穂みたいなこと言うんだね、今のルビィちゃんってばあの頃の雪穂にそっくり」クスッ

亜里沙「私に言ってることも、多分……自分自身について悩んでいることも」

ルビィ「……あの頃っていうのは」

亜里沙「高校生のときの話。卒業後の進路について二人で話し合ってたときかな」

亜里沙「雪穂から一緒の大学に行かない? って誘われて」

ルビィ「断ったんですか?」

亜里沙「うん"私は行くつもりないよ。海外でお姉ちゃんの仕事を手伝うから"ってね、そう言ったの」

365: 2022/05/09(月) 00:59:26.80 ID:F69/I4ME.net
ルビィ「それで……雪穂さんはなんて言ったんですか?」

亜里沙「わかった」

千歌「そ、それだけ!?」

亜里沙「雪穂は頭も良くてしっかりしてるし私との付き合いも長いから、色々察してくれたんだと思う」

亜里沙「でも自分の中で踏ん切りをつけたかったのかな。私の口から直接聞きたかったみたいで」

亜里沙「その一言の後に"でも"って付け加えてそれから」

亜里沙「──これだけ教えてほしい、どうして亜里沙は絵里さんのところへ行こうと思ったの?」

亜里沙「そう言った雪穂の目はいつになく真剣だったから……今でもよく覚えてるの」スッ

亜里沙「強い決意があるのに、どこか不安や迷いも混ざっているような……そんな顔してた。今のあなたみたいな」ユビサシ

ルビィ「…………」

366: 2022/05/09(月) 01:00:36.18 ID:F69/I4ME.net
亜里沙「私がお姉ちゃんのところへ行こうと思ったのは、そこに私のやりたいことがあったから」

亜里沙「私ね、スクールアイドルが好き。μ'sが大好き──そしてそれは」

亜里沙「当たり前のようでいて、実は私にとって一番大事なことなんだってそう気付いたの」

ルビィ「!」

亜里沙「そこからは自分のやりたいことに繋がるまでそんなに時間はかからなかった、そのために自分はどうするべきなのかも」

亜里沙「だから答えたの、雪穂と一緒に行くその道に私のやりたいことはないって」

367: 2022/05/09(月) 01:01:12.51 ID:F69/I4ME.net
曜「それで、そのやりたいことっていうのが……」

亜里沙「うん、今の海外でスクールアイドルを広めるお仕事」

亜里沙「あのときの私がμ'sに憧れてスクールアイドルを目指したのと同じように」

亜里沙「今度は私がきっかけを作りたい、その子たちの力になってあげたい。そう思ったの」

亜里沙「たとえそれで大切な友達と別れることになったとしても構わない、その先に叶えたいものがあるなら」

亜里沙「私はそこに行きたい」

亜里沙「雪穂はそんな私の言葉を黙って最後まで聞いた後、ようやく口を開いて」

亜里沙「そっか、頑張ってね。って私のことを送り出してくれた」

368: 2022/05/09(月) 01:02:02.04 ID:F69/I4ME.net

亜里沙(…………)


────


『亜里沙、強くなったね』

『だけど絵里さんのお手伝いをするんだから、亜里沙自身もしっかりしなくちゃ駄目だよ』

『亜里沙はちょっと抜けてて放っておけないっていうか、私がいないと……全然ダメなんだから……』

『…………ねえ、亜里沙』

『正直に言うと、私はやりたいこととかぼんやりとしたままだし……亜里沙みたいにまだはっきりとは言えないけど、さ』

『私なりに頑張ってみるよ、そしていつか……いつかさ』

『私もそんな風になってみたいな、亜里沙の言ったような……誰かの力になれる、助けになれる……そんな自分に』

『それでね、もしっ、その誰かが…スクールアイドルなら……亜里沙に自慢してやるんだから……っ!』


────


亜里沙(そのときの雪穂、珍しく泣いていたっけ)

亜里沙(そんな雪穂を見た私も、我慢できなくなって……)

369: 2022/05/09(月) 01:02:41.06 ID:F69/I4ME.net
亜里沙「そして音ノ木坂を卒業した後、私たちは離れ離れになった」

「…………」

亜里沙「これで私の話はおしまい。どう? 納得してもらえた?」

ルビィ「はい。ありがとうございました」

ルビィ「……亜里沙さんの言った通り……私、迷っていました」

ルビィ「自分の将来のことについて。それまでは練習やライブで手一杯で、今後どうするのかなんて漠然としか考えていなかったけど」

ルビィ「鞠莉さんの一件を見て、ちゃんと考えなくちゃって思ったんです……私は、鞠莉さんとは違うから」

千歌「…………」

曜(鞠莉ちゃんとは違う?)

亜里沙「詳しく聞いてもいい?」

370: 2022/05/09(月) 01:03:14.78 ID:F69/I4ME.net
ルビィ「鞠莉さんは今までの積み重ねもあるんだろうけど、ご両親からスクールアイドルに関わることを強く反対されています」

ルビィ「それに将来も小原家を継いでいくものだと、半ば既に決められています」

ルビィ「つまり、鞠莉さんがこれから歩まれる人生のレールは、もうほとんど定まっているということです」

亜里沙「本人の希望はひとまず置いておくして、現状はそうだね」

ルビィ「対して私はこれから進む道を自由に選択することが出来ます……そして」

ルビィ「私が何を言っても、どれを選んでも、絶対にみんなは否定しないだろうということも……もう、分かっているんです」

曜「──!」

ルビィ「黒澤家を継ごうと、アイドルになろうと、大学に進学しようと、あるいは亜里沙さんのように遠い地で働くことになっても」

ルビィ「きっとみんなは"それがルビィの決めたことなら"と私を受け入れるでしょう……特に、私の家族は」

ルビィ「これは自惚れでもなんでもなく、客観的に見た事実です」

亜里沙「どうしてそこまで言い切れるの?」

371: 2022/05/09(月) 01:03:46.57 ID:F69/I4ME.net
ルビィ「みんな私に優しいし、両親は私に幸せになってほしいからと今まで私の気持ちを尊重してくれました」

ルビィ「だけど、それ以外にも一つ後ろめたい理由があることも……私は知っています。詳しくは言えませんけど」

曜(それって……)チラッ

『だって私たちはルビィに対してかなり気を遣ってるでしょ、大なり小なり差はあると思うけど』

『全員あの子に負い目があるからどうしたって本人に強い口調でああだこうだと言えないじゃない』

千歌(多分このことだよね)コクリ

亜里沙「うん、じゃあそのことについては深く聞かない」

ルビィ「最後にあと一つ、理由として大きなものがあります。それは……今の私なら大丈夫だろうと皆が信頼してくれていること」

372: 2022/05/09(月) 01:04:13.21 ID:F69/I4ME.net
ルビィ「だから私は中途半端な形で決めたくなかった、私がその信頼に応えることでようやく」

ルビィ「まだ微かに残っている過去の後ろめたさが、完全に無くなると思ったからです」

ルビィ「そして皆だけじゃなくて私自身もその選択に納得がいくようにと、これまでずっと考えていました」

ルビィ「だけど……考えれば考えるほど、一体なにが正解なのか分からなくなって」

ルビィ「どれを選ぶのが正しいのか、あるいはその全てが違うんじゃないかと……決められないまま」

373: 2022/05/09(月) 01:04:40.55 ID:F69/I4ME.net
曜「ルビィちゃん……」

千歌(……本当は大丈夫だよって言いたいところだけど、今この言葉は完全に逆効果だ)

千歌(それに私たちはさっきそのことについて決めたばかりなんだ……ルビィちゃんがどんな道を選ぼうと。って)

千歌(ルビィちゃんの言ってることは、正しい。私たちは絶対に否定しない、出来ないんだよ)

亜里沙「なるほど……なんとなく分かったよ」

亜里沙「プレッシャー……だろうね。自分の信頼を裏切りたくない想いから来る」

374: 2022/05/09(月) 01:05:14.15 ID:F69/I4ME.net
ルビィ「さっき亜里沙さんが私と雪穂さんが似てるって言った意味、分かる気がするんです」

ルビィ「私も、安心したかった。あの人が亜里沙さんを誘ったのはそういう理由もあるんじゃないでしょうか」

亜里沙「その考えは間違ってないと思うよ。本当に仲良しなんだね、二人は」

亜里沙「でも私はその誘いを断った。今振り返ってみればあの頃の雪穂にとって残酷な返しだったのかも」

ルビィ「…………いいえ」

ルビィ「私はそうは思いません」

亜里沙「えっ?」

ルビィ「亜里沙さんの話を聞いて気付いたからです、重要なのは正しい選択をすることじゃない」

ルビィ「ううん、元から自分の未来に正解を決めること自体がおかしかったのかも」

375: 2022/05/09(月) 01:05:48.91 ID:F69/I4ME.net
ルビィ「同じなんだ、今まで私がやってきたことと何も変わらない」

『スクールアイドルはくだらなくなんてないわ!』

ルビィ「スクールアイドルを続けてきたことは決して無駄なんかじゃなかったと、そう思ってもらえるようなライブをするように」

ルビィ「ただ、自分の歩んできた道が間違っていなかったと思えるような生き方をすればいいだけなんだって」

ルビィ「そのことに改めて気付かされました、教えられました」

ルビィ「亜里沙さん、ありがとうございました」ペコリ

亜里沙「ふふっ、どういたしまして」

376: 2022/05/09(月) 01:06:20.28 ID:F69/I4ME.net
ルビィ「……正直、それで私のやりたいことがまだはっきりと決まったわけじゃありません。だけど」

ルビィ「まずはもう一度自分の好きなもの、大切なものと向かい合ってみることから始めたいと思います」

ルビィ「その先に私の本当にやりたいことがあると思うから」

ルビィ「これからのことはその後に考えます、そしていつか私も──」

ルビィ「亜里沙さんのような自分の生き方に胸を張れるような……」

ルビィ「そんな自分に、いつかなってみせます!」ニコッ

亜里沙「──!!」

377: 2022/05/09(月) 01:07:12.03 ID:F69/I4ME.net
ルビィ「なので改めてありっ……」

ガバッ

ルビィ「が!?」

千歌「偉いっ! 偉いよルビィちゃん!!」ギュウゥ

曜「うん! 本当によく言ったよ! 私感動した!」ギュッ

ルビィ「千歌ちゃん、曜ちゃん……」

バッ

千歌「私も決めた! ルビィちゃんを全力で応援するって!」

千歌「今まで通りじゃない! もしルビィちゃんが間違ったことをしたら違うよってはっきり言えるようになる!」

曜「後ろめたさなんて自分でなんとかするよ! だからルビィちゃんはそんなの気にしないで前だけ見ていてよ!」

曜「それで本当にやりたいこと見つけてよ、私たち……今はまだ軽い気持ちで大学に通ってるような頼りない先輩だけど」

千歌「絶対ルビィちゃんの頼りになる人生の先輩になるから!」

ルビィ「二人とも……」

378: 2022/05/09(月) 01:07:48.59 ID:F69/I4ME.net
ルビィ「ありがとう、大好き……!!」

千歌・曜「私も!!」

亜里沙「……ふ、ふふっ。あはははは!」

「!!?」ビクッ

千歌「えっ……あ、亜里沙さん」

曜「泣いて……!?」

亜里沙「ごめんね、ちょっと……ぐすっ、私、やっぱりまだ全然駄目だなあ」

亜里沙「でも良かった、あなた達のユニットに付いていけて」

亜里沙「あとね、ルビィちゃん」

ルビィ「は、はい」

亜里沙「こちらの方こそ、ありがとう。それとね──」

亜里沙「私もみんなのこと、大好きだよ!!」ニコッ

379: 2022/05/09(月) 01:08:50.63 ID:F69/I4ME.net


そして数日後……

ライブステージ


ワイワイガヤガヤ


亜里沙「さあみんな準備はいい?」

ルビィ「はい!」

千歌「もちろん!」

曜「万端であります!」

亜里沙「時間的にこれがここでやる最後のライブになると思う」

亜里沙「精一杯楽しませよう! それじゃあいくよ? いつもの!」スッ

千歌・曜・ルビィ「……」スッ

亜里沙「せーのっ頑張るぞー!」


「「「おーーーっ!!」」」


380: 2022/05/09(月) 01:09:44.91 ID:F69/I4ME.net
亜里沙[みなさん大変長らくお待たせいたしました。間もなくライブの時間になります]

観光客A[よっ、待ってました!]

観光客B[早く! 早く!]

亜里沙[それでは登場していただきましょう、CYaRon!の皆さんです! どうぞ!]

タンッ

千歌・曜・ルビィ「「「みんなー! こーんにーちはーーーー!!」」」

「「「Yeahーーーーーー!!!」」」


「ヨーソロ! ヨーソロ!」

「ミカン! ミカン!」

「ルビー! ルビー!」


曜「あははっ、皆ももう準備OKみたいだね!」

千歌「それなら早速! 張り切っていきましょー!」

ルビィ「私たちのライブ……スタートです!」

381: 2022/05/09(月) 01:10:22.26 ID:F69/I4ME.net
ーーーーーーーー





千歌「ひとりだけを 目が追いかけてる」

千歌「周りに人がたくさんいても ひとりだけ」

曜「そんな恋を 今しているんだね」

曜「隠さなくてもいいんだよ 応援しちゃうよ 全力で」

382: 2022/05/09(月) 01:11:14.39 ID:F69/I4ME.net


「きっと伝わりますように」


亜里沙「ふふっいいなあ。本当に楽しそう」

亜里沙「……」


──


『ねえ亜里沙、あのとき私が言ったこと……覚えてる?』

『私ね、見つけたよ。亜里沙に自慢できる子』

『私のことを頼ってくれて慕ってくれて、それがすっごく嬉しくてね』

『合宿の生徒だからとか、年下の後輩だからとか、そういう理屈抜きで初めて』

『初めて……心の底から力になってあげたいって、そう思わせてくれた子なんだ』

383: 2022/05/09(月) 01:11:46.84 ID:F69/I4ME.net
『だからちょっとお願いしたくて、こんなこと頼めるの亜里沙しかいないから』

『私の代わりに見ていてほしい、あの子のこと。出来る限りでいいの』

『ライブの手伝い以外にも、何か悩み事があるなら相談にのってあげてほしい』

『仲間や友達に言いづらいことも、きっとあると思うから』

『ルビィちゃんのこと、よろしくお願いね』

『……え? 気にかけすぎ? そうかなあ、普通のことだと思うけど』

『うん、普通。当たり前のことだよ。だって──』

384: 2022/05/09(月) 01:12:29.11 ID:F69/I4ME.net
亜里沙(ねえ雪穂、あなたにも見せてあげたいな。今のルビィちゃんの姿)

亜里沙(とても楽しそうでキラキラしていて……でも今更かな?)

亜里沙(向こうでそんなルビィちゃんをたくさん見てきたから、惹かれたんだもんね)

亜里沙(雪穂も……そして私も)

「…でもそれはおまけだし」

「とにかく大事なのは 君のその恋だよ」

ルビィ「ぜったい叶えて!」

亜里沙「ありがとうルビィちゃん。私ね、あなたのおかげでもう一つ胸を張って言えるものが増えたよ」

385: 2022/05/09(月) 01:13:43.23 ID:F69/I4ME.net

……ぷっ、あははは!

ちょ、いきなりなに笑ってるの!

ごめんごめん、でもあの雪穂が……そっか。

む、亜里沙いま失礼なこと思ってるでしょ

そんなことないってば、寧ろ──私、ここに来て良かった。

え? なに突然……

だってそうでしょ?


亜里沙「たとえどんなに遠く離れていたって」

亜里沙「私たちは繋がっているんだよ。ずっと」


──  CYaRon! ミッション達成!  ──


389: 2022/05/10(火) 00:58:11.49 ID:TQQlv3Yh.net


なあ、あんたは知ってるかい? カプリ島のウワサ。

カプリ島名物の青の洞窟ってあるだろ? そこに関するお話さ。

何、知らない? そいつはいい。 せっかくウチに寄って行ったんだ、聞いてくれよ。 


さて、それじゃあ早速……噂によるとその洞窟ではな

なんと"声"が聴こえたらしい、女の声が。 それもある時期を境にずっとだ。

何者かも分からず、どこからともなく響き渡る"声"  いや、正確には"歌"か。

そう、歌なんだよ。 声だけかと思ったそれは旋律を奏で、一つのメロディーになって迷い人を誘う。

まるで子羊たちを導くシスターのようにな。そして

洞窟の青全てを包み込むかのようなその歌は、訪れたもの全員の胸に深く刻まれたって話だ。


390: 2022/05/10(火) 00:59:53.19 ID:TQQlv3Yh.net


……いいや、今は聴くことは出来ない。 なんでもそれはたった数日の出来事だったらしくてな。

それ以降、洞窟で歌を聴いたものは一人もいないんだと。

そんなもんだから本当にあったのかどうか疑わしいもんさ、だが不思議なことに

この話を聞いて嘘だと言うやつはあんたも含めて誰一人としていなかったんだ。


どうやら御伽めいた噂話は人を惹きつけちまうらしい、今じゃ恒例の土産話になるくらいさ。

その名も「青に溶ける人魚姫の唄"マーメイド・ブルー"」 誰が何を思ってそんな名前を付けたのか

この噂……いや都市伝説は、いつしかそう呼ばれるようになった。


その歌声は語り継がれるにはあまりにも短く、儚い。 されどもそれは──

美しい。


391: 2022/05/10(火) 01:00:57.74 ID:TQQlv3Yh.net


√ AZALEA


カプリ島 マリーナグランデ


絵里「さ、着いたわよ」

果南「へえ~、ここがカプリ島かあ」

花丸「広くて大きいずら~!」

ダイヤ「随分と活気づいた場所ですわね。様々な施設があちらこちらに……」

392: 2022/05/10(火) 01:01:35.85 ID:TQQlv3Yh.net
絵里「みんな、目を奪われるのは分かるけどまずはホテルに向かいましょう」

絵里「観光はその後でね、プランもちゃんと練ってきてるから安心して」

果南・花丸「はーい」

ダイヤ「今日一日、ですか?」

絵里「ええそうよ、というより」

絵里「この島に滞在している二日間は、観光だけで終わらせるつもり」

393: 2022/05/10(火) 01:02:12.12 ID:TQQlv3Yh.net
ダイヤ「なっ……!?」

絵里「人集めはその後ナポリに戻ってから、ダイヤもここに来るまでの間に大勢の人で賑わっているところを見たでしょ?」

絵里「ざっと予想してみたのだけど、向こうの方が人が多いうえに早く獲得出来そうなのよね」

絵里「だから本番はそっちに回してまずは……」

ダイヤ「ま、待ってください! 今の話が本当なら、そんな悠長に構えている場合ではないでしょう!」

ダイヤ「たとえ絵里さんでも先程の発言は看過できませんわ!!」

絵里「どうして? 私最初に言ったわよ、遊ぶことも大事だって」

ダイヤ「だとしてもです! 約束の日までは残り九日、ただでさえ時間がないというのに!」

ダイヤ「そのうちの二日を観光のためだけに消費するなんて!」

絵里「……」

394: 2022/05/10(火) 01:02:52.78 ID:TQQlv3Yh.net
花丸「ダイヤさん……」

果南「ちょっとダイヤ、落ち着きなよ」

ダイヤ「っ……だいたい、観光ならばやるべきことをやって時間に余裕が出来てからでも遅くはないはずです」

ダイヤ「最初のうちからやることではありません、寧ろ……そのせいで時間が足りず何も成し遂げられなかったら」

ダイヤ「一体どうするおつもりなんですか」

ダイヤ「この一件は鞠莉さんの今後を左右する重要なもの、私たちもその一端を担っている以上失敗は許されない」

ダイヤ「貴女にとっては他人事かもしれないけれど……」

395: 2022/05/10(火) 01:04:01.17 ID:TQQlv3Yh.net
絵里「…………」

花丸「ダイヤさん待って」

果南「花丸ちゃんの言う通りだよ。ダイヤ、それ以上はいけない」

ダイヤ「…………あ」

ダイヤ「ご、ごめんなさい。私つい……軽率でした」

396: 2022/05/10(火) 01:04:44.65 ID:TQQlv3Yh.net
絵里「いいのよ二人とも、ダイヤの言ってることは正しいわ。確かに私は部外者だしね」

絵里「ただ一つ、誤解しているようだから認識を改めてほしいのだけど」

絵里「ダイヤ、別に私はダイヤが思っているほど軽い気持ちで提案しているわけじゃないわよ?」

絵里「時間がないから悠長に構えてられない、やりたいことなら後で余裕が出来た後にやればいい。それは確かにそう」

絵里「達成を第一に考えるなら、初めから目的の為に動くのは当然よね。何も間違っていないわ」

絵里「でもそれは、あなた達が普段通りに活動できていたらの話」

397: 2022/05/10(火) 01:05:18.05 ID:TQQlv3Yh.net
「──!!」

絵里「その点で言えば、今のあなた達はとても平常ではないわね。理由は色々あると思うけど」

絵里「それくらいは昨日出会ったばかりの私でも分かるわ。特にダイヤ」

絵里「私も迂闊だったけど、ここに来てから尚のこと心に余裕がなくなってきてるわね」

ダイヤ「……それはっ」

398: 2022/05/10(火) 01:05:55.06 ID:TQQlv3Yh.net
絵里「責めるつもりはないわ、大事な親友の今後に関わることなんだから」

絵里「彼女のために必氏になるのは全然可笑しいことじゃないもの」

絵里「でもやっぱりね、無理をするのは良くないと思うのよ」

ダイヤ「無理……」

絵里「そう、心の乱れはパフォーマンスの低下にも繋がる。知ってるでしょ?」

絵里「それとも過去にそんな苦い経験をしたことはないのかしら?」

果南・花丸「……」

ダイヤ「……いいえ」

399: 2022/05/10(火) 01:06:27.01 ID:TQQlv3Yh.net
絵里「無理っていうのは本当によくないわ、たとえ自分は精一杯やってるつもりでも気持ちだけ先走って空回りして」

絵里「何も上手くいかない。そのことにまたヤキモキして思考は更に単調になっていく」

絵里「そうなったらもう負の連鎖が続くだけよ。心が擦り減るだけでそれに見合った成果はあまりにも……少ない」

絵里「それだけは、はっきりと言える」

ダイヤ「絵里さんにも、そういった経験があると?」

絵里「ええ、昔の話だけどね」

400: 2022/05/10(火) 01:07:10.28 ID:TQQlv3Yh.net
ダイヤ「……つまりまとめると」

絵里「仮にそうなってしまうくらいなら、いっそ初めのうちにそうした不安要素を取り除いちゃいましょうってこと」

絵里「まずは気持ちを落ち着かせて、心に余裕が出来れば周りの見方も変わってくるわ」

絵里「そして色んな場所に見て触れて、この国の良いところをたくさん知って、あなた達が好きになっていけば」

絵里「そんなあなた達の気持ちに、その想いに、きっと周囲も応えてくれるはずよ」

「…………」

絵里「それにね、私は信じてるのよ。みんなのこと」

ダイヤ「え?」

401: 2022/05/10(火) 01:07:59.36 ID:TQQlv3Yh.net
絵里「穂乃果と雪穂ちゃんから聞いたわ、日本でのあなた達の活躍」

絵里「確かに今回のノルマは達成するには少し厳しい条件かもしれないけど」

絵里「あなた達三人がいつも通りの力を出せれば、問題なく乗り越えられると私は思ってる」

絵里「だからダイヤももっと自分を信じなさい」トンッ

ダイヤ「っ」ドキ

絵里「あなた、強いんだから」

絵里「ね?」ニコッ

ダイヤ「…………分かりましたわ」

ダイヤ「絵里さんの案に、私も賛成します……先ほどは失礼いたしました」

絵里「ありがとう、ダイヤ」フフッ

402: 2022/05/10(火) 01:08:51.33 ID:TQQlv3Yh.net
絵里「さ、そろそろ足を進めましょう。今日はたくさんいいもの見せてあげるから」

クルッ

絵里「ちゃんと付いてきてね」フッ

果南・花丸「……か」

果南・花丸「かっこいい(ずら)~っ……!!」

ダイヤ(…………不思議な人)

ダイヤ(あの人の言う通り、私とは昨日会ったばかりのはずなのに)

ダイヤ(昔から私のことを知っているかのように語りかけてくる、自然と耳を傾けたくなってしまう)

ダイヤ「……絢瀬 絵里さん」ボソッ


あなた、強いんだから。


ダイヤ(その言葉、本当に信じてもよいのでしょうか……)

403: 2022/05/10(火) 01:09:28.48 ID:TQQlv3Yh.net


それからしばらくして……

夜 アナカプリ内ホテル


サーッ


ダイヤ「…………」

「眠れないの?」

ダイヤ「果南さん」

果南「やっほ。ベッドにいないと思ったらこんなところにいたんだ」

ダイヤ「少し夜風に当たりたくて」

果南「そっか、気持ちいいもんねここの潮風は」ヨット

ダイヤ「はい、心が落ち着きます」

果南「なるほどね、絵里さんに言われたことまだ実践してたわけだ」

ダイヤ「…………あのですね」

404: 2022/05/10(火) 01:10:06.36 ID:TQQlv3Yh.net
果南「分かってるって。冗談だよ冗談」

果南「もうすっかり元に戻ったし、楽しかったもんね」

ダイヤ「そうですわね、新しい発見がありましたし……なによりいい経験になりましたわ」

ダイヤ「当たり前のことですが、世界にはまだ私の知らないことが山のようにあるんですのね」

ダイヤ「危うく私はその機会を失うところでした」

ダイヤ「…………」ハァー

果南「ふ~ん?」ジッ

405: 2022/05/10(火) 01:10:47.75 ID:TQQlv3Yh.net
ダイヤ「なんですか」

果南「気にすることないよって言いたいところだけどさ、本当どうしちゃったの」

果南「今日のダイヤ、らしくなかったよ。まあ、ある意味ではらしくもあるけど……真面目さが暴走したって感じだし」

果南「けど些細なことまで含めると、それ昨日からずっとだよね?」

果南「今度はなにで悩んでるの?」

ダイヤ「……本当に、お節介な人ですわね」

406: 2022/05/10(火) 01:11:22.70 ID:TQQlv3Yh.net
果南「いやいや、だからお節介じゃなくて世話焼きって「果南さん」

ダイヤ「私は今まで、何をやってきたのでしょうね」

果南「何って……」

ダイヤ「知ったような顔をして、悟った風なフリをして、口を開き動いてみせては」

ダイヤ「その実背を向けていただけ、私は……直面した問題に真正面から向き合ったことがない」

ダイヤ「ただ黙って待っていただけです、拭い去ってくれるその人を、いつか解決してくれるその時間を」

果南「……でもそのおかげで変わったことだってある、みんなの歯車が噛み合うきっかけだって作れたじゃん」

ダイヤ「たとえそうだとしても、私は……自分が情けない」

ダイヤ「皆が歩みを進める中、私だけが取り残されているようで」

ダイヤ「なのに、分かっていても未だに待ちぼうけているのです」

ダイヤ「あの頃の、情景を」

407: 2022/05/10(火) 01:11:56.25 ID:TQQlv3Yh.net
果南「……気のせいだよそんなの、それか逆に気にしすぎているだけ」

果南「少し神経質になってるだけだって、ね? 今日はそういう日なんだよ」

果南「もう休もう、きっと疲れが溜まってるんだよ。それで明日に備えよう」

果南「私、ダイヤのそういう悩みとかまだ全部分かったわけじゃないけどさ。また吐き出したいことがあるなら相談に乗るから」スッ

果南「ほら、戻ろうダイヤ」ニコ

ダイヤ「…………」

408: 2022/05/10(火) 01:12:49.85 ID:TQQlv3Yh.net
ダイヤ「そうでしょうか」トッ

ダキッ

果南「ちょっ……突然なに」

ダイヤ「分からないなんて嘘。果南さん、あなたなら理解できるはずです……だって」

ダイヤ「あなたと私は同じでしょう? あなたも私も来るはずのない誰かを、未だにずうっと待っている」

果南「─!!」

409: 2022/05/10(火) 01:13:37.08 ID:TQQlv3Yh.net
ダイヤ「いつか私はこう言いましたね、重い女は嫌ですかと」

ダイヤ「そしてあなたはこう返しました、沈むのには慣れていると」

ダイヤ「ならばあえて今一度問いましょう、果南さん」

ダイヤ「あなたは私と一緒に二人取り残されてくれますか? 深い底まで沈み行く私の、導になってくれますか?」

果南「ま、待ってよダイヤ……私はっ……」

ダイヤ「そう怯えることもないでしょう」ギュッ

ダイヤ「どうですか? 同じ弱さを持っている者同士、たまには溺れてみるのも……」

果南「っ……やめてっ!!」

ドンッ!

410: 2022/05/10(火) 01:14:05.17 ID:TQQlv3Yh.net
ダイヤ「っぅ……!」

果南「あ……ご、ごめん! 大丈「やめてください」

果南「え……?」

ダイヤ「今のでいいんです果南さん……これでいい」

ダイヤ「私に手を差し伸べるのは、もうやめてください」

411: 2022/05/10(火) 01:14:45.14 ID:TQQlv3Yh.net
果南「なん、で……そんなこと言うのさ」

ダイヤ「あなたは優しすぎます、思えばずっとそうでした」

ダイヤ「幼い日に初めて出会った頃から、ずっと傍にいてくれた」

ダイヤ「あの子を失ったときも、Aqoursを結成するときも、ルビィを巡る騒動に発展したときも、内浦から離れたときも」

ダイヤ「私の味方でいてくれた。私を守ってくれていた」

ダイヤ「今だって、私のことを気遣ってくれる」

ダイヤ「そんなあなたに私は甘えていたんです」

412: 2022/05/10(火) 01:15:21.53 ID:TQQlv3Yh.net
果南「…それの何が駄目なの」

ダイヤ「このままではいずれ私はその優しさに依存しきってしまう。果ては束縛し、一生手放さないかもしれない」

ダイヤ「この意味が分かりますか?」

果南「だから、分からないって」

ダイヤ「いい加減私から解放されるべきなんですよ。全てが手遅れになる前に」

果南「──!!」

413: 2022/05/10(火) 01:15:56.94 ID:TQQlv3Yh.net
ダイヤ「果南さん、あなたにだってあなたの望む未来があるはずです。それを私に構うことで……棒に振りたくはないでしょう?」

果南「……なに……それ」

果南「なにさそれ、さっきから黙って聞いてれば……まるで私がダイヤにそうさせられてたみたいな言い方してっ……!」

ダイヤ「…………」

果南「私はっ誰かに強制されたわけじゃない! ずっと自分の意志で! 私が好きでやってきたことだ!」

果南「今までだって! これからだって!」

ダイヤ「……ならばもう答えは決まっているはずです」

414: 2022/05/10(火) 01:16:23.60 ID:TQQlv3Yh.net
果南「はあ!?」

ダイヤ「だって」

ダイヤ「あなたはさっき私を拒絶したじゃありませんか」

果南「!!」

ダイヤ「依存しようと迫る私を、その手で押し返した。あなたが誰に操られてるわけでもないというのならば」

ダイヤ「それこそが、紛れもない今のあなたの意志なのでしょう」

ダイヤ「ならばその気持ちに従ってください、今の果南さんには待ってくれる人がいるんですから」

415: 2022/05/10(火) 01:17:54.36 ID:TQQlv3Yh.net


果南「まって、くれる人……」


──果南さん。


果南「!……ぁ……」

ダイヤ「」フッ

ダイヤ「これからはその方を、大切になさってください」

果南「…………」

ダイヤ「……さて、いつも以上に思いの丈をぶつけてしまったので少し、疲れましたわ」

果南(待ってよ)

416: 2022/05/10(火) 01:18:32.59 ID:TQQlv3Yh.net
ダイヤ「いえ、疲れていたのは元からなのかも。確かに今日の私はらしくありませんでした」

果南(違う、違うんだよ)

ダイヤ「少なくともこんな話をするつもりではなかったし、ましてやるべきでもなかったというのに……これでは平常でないと言われても仕方ありませんわね」

果南(待ってくれてる人がいる……それは、確かにそうかもしれない)

ダイヤ「でもね果南さん、今私が言ったこと……その全てに嘘偽りはありません」

果南(でもそれが、ダイヤを放っておいていい理由になんて、なるわけないじゃん)

ダイヤ「そんな今の、私の胸の内を……あなたなら分かってくれますわよね?」

果南(嫌だ、やめてよ。なんでそんなズルいこと言うの)

417: 2022/05/10(火) 01:19:36.18 ID:TQQlv3Yh.net

ダイヤ「これが最後の我儘です、どうかもう、そっとしておいてください」

ダイヤ「私なら大丈夫ですから。おやすみなさい」

果南(嘘つき。どうしていつもそうなの、自分より誰かを優先するの)

果南(言ってやりたいのに……声が、出てこない)

果南(……いいや、もう分かってるんだ自分でも。言っても意味がないことくらい)


私とダイヤは……同じだ。

自分で自分に言い聞かせたところで、ダイヤ≪私≫の心に……響くわけがないんだと。


果南「……く……うぅ……」


ピロン


果南(だから、こんなに)スッ

418: 2022/05/10(火) 01:20:51.94 ID:TQQlv3Yh.net


聖良:おはようございます。なんて、冗談です。そちらはもう夜ですか?

聖良:すみません、昨日の話でつい心配になって……何かあればいつでも連絡ください

聖良:待ってますから


果南「せい、ら……わたしは……っ」

果南(こんなに、胸が苦しい)

果南「いゃ、なんだ……こんな自分が……」ポロポロ


ずっと近くにいるのに、絶対に手が届かない。

ずっと近くにいたから、何の意味も為さない。

私とダイヤは同じだ。同じだから


果南「うぅ……ああぁぁ……」


変えられないんだ。


424: 2022/05/11(水) 21:18:16.77 ID:HQoQXA1/.net


翌日、早朝


絵里「おはようみんな、昨日はよく眠れたかしら?」

ダイヤ「ええ、ぐっすりと。そちらは?」

花丸「マルはちょっと……絵里さんと一緒の部屋は緊張して」

絵里「あら、そうなの?」

花丸「あはは……果南さんは?」

果南「私は……まあまあかな。うん、それくらい」

花丸「ふうん? それより絵里さん、ちょっといいですか?」

絵里「なにかしら」

花丸「今マルたちが向かっているのって、昨日絵里さんが言っていた……」

絵里「そう、もっと良いところ。経由でバスも使うから疲れが取れてないならそこで休んでてもいいわよ」

絵里「でも乗るまでは、一応頑張りましょうか」クスッ

425: 2022/05/11(水) 21:19:03.10 ID:HQoQXA1/.net

バス内


果南・花丸「……」スゥースゥー

絵里「寝ちゃったわね二人とも」

ダイヤ「そうですわね」

絵里「ねえダイヤ、この機会に聞いておきたいことがあるのだけど」

ダイヤ「なんでしょうか」

絵里「昨日、果南と何かあったの?」

ダイヤ「…なぜそんなことを聞くのですか?」

絵里「目の辺りがね、ちょっと気になったから」

426: 2022/05/11(水) 21:19:30.85 ID:HQoQXA1/.net
ダイヤ「……すみません」

絵里「どうして謝るの?」

ダイヤ「先日心に余裕を持てと、そう言われたばかりなのに」

ダイヤ「彼女にそれを揺らがすようなことをしてしまいましたから」

絵里「ダイヤが? 果南に?」

ダイヤ「はい……」

絵里「何か理由でもあったの?」

ダイヤ「いいえ、危機感が足りていなかったから注意をしたとか、その手の類のものではありません」

ダイヤ「ただ私が現状に関係のないことを、勝手に……」

427: 2022/05/11(水) 21:20:08.69 ID:HQoQXA1/.net
絵里「そうじゃないわ」

ダイヤ「え?」

絵里「今私たちが置かれている状況に、じゃなくて」

絵里「私はあなたの感情に聞いているの」

ダイヤ「……」

絵里「理由、あるんでしょ?」

ダイヤ「どうして」

絵里「だって何の気もなしに人の心を弄ぶような子には見えないもの」

ダイヤ「…………」

絵里「話してみなさい?」

ダイヤ「……私は」

428: 2022/05/11(水) 21:20:37.42 ID:HQoQXA1/.net
絵里「うん」

ダイヤ「ただ報われてほしいと、そう思っているだけなんです」

ダイヤ「鞠莉さんは勿論ですが、何よりも彼女に……果南さんに」

ダイヤ「幸せになってほしいんです」

ダイヤ「私がいつまでも傍にいては、それはきっと出来そうにもないから」

絵里「私にはそんな風に見えなかったけど」

ダイヤ「そうですね。絵里さんだけではなく他の人もそう感じ取るでしょう」

ダイヤ「自惚れかもしれませんが、おそらくそのことに気が付けるのは私くらいしかいないでしょうし」

429: 2022/05/11(水) 21:21:14.85 ID:HQoQXA1/.net
絵里「特別な間柄ってことかしら?」

ダイヤ「果南さんとは、幼い頃からの付き合いですから」

ダイヤ「故に分かってしまうんです、心境の変化というものが。たとえ当の本人が無意識だとしても、私には……」

絵里「ダイヤ……あなた」

ピンポーン

ダイヤ「そろそろ到着するみたいですわね、二人を起こさなければ」

絵里「……」

ダイヤ「申し訳ありませんがお話はまたの機会に」

絵里「そうね、私も手伝うわ」

ダイヤ「助かります」

430: 2022/05/11(水) 22:03:34.00 ID:HQoQXA1/.net
果南「うーん、よく寝た」ノビー

絵里「スッキリした?」

果南「はい、おかげさまで」

絵里「花丸ちゃん、良かったらどうぞ。糖分補給」スッ

花丸「わあ……ありがとうございます!」

絵里「さてと、ここまで来たら目的地はすぐそこよ。ちゃんとついてきてね」

絵里「あっ、そうだわ。ねえ、この中で外国語を話せる人いるかしら?」

果南「……えーっと、すみません、私はその辺りまだ勉強中で……」

花丸「マルも……」モグモグ

431: 2022/05/11(水) 22:04:06.30 ID:HQoQXA1/.net
絵里「ダイヤは?」

ダイヤ「流石に実践での会話形式となると、現地であるイタリア語で話すのは難しいですが……」

ダイヤ「英語なら、多少の覚えはあります。それで良ければ」

絵里「充分よ。なら会話の翻訳と解説はダイヤに任せてもいいかしら?」

ダイヤ「私がですか?」

絵里「そう、関係者に色々と話を通すのはもちろん私がやるわ。当然ね、でも」

絵里「その会話の意図を汲み取って二人へ伝えるのはあなたの役目」

絵里「出来る?」

ダイヤ「……」

ダイヤ「やります」

絵里「いい返事ね」ニコッ

432: 2022/05/11(水) 22:04:39.92 ID:HQoQXA1/.net
絵里「さ、着いたわよ」

果南「ここってもしかして……」

絵里「そう、カプリ島名物青の洞窟。さて天気はいいけど入り口の様子はどうかしら?」

花丸「入口? どういうこと?」

果南「私が教えるよ花丸ちゃん。この場所については私も色々と調べたことあるから知ってるし」

花丸「そうなの?」

果南「うん。でね、この洞窟は他と違って入り口が狭いから、少しでも水位が上がると入れなくなっちゃうみたいでさ」

果南「だから、せっかく来たのに無駄骨に終わったって観光客も多いんだって」

花丸「へえ~」

絵里「そういうこと、ちょっと聞いてくるから待ってて」

絵里「Mi scusi」

「Si」

433: 2022/05/11(水) 22:05:25.97 ID:HQoQXA1/.net
絵里「~~~~~~」

「~~~~~~」

果南「花丸ちゃん、何言ってるかわかる?」

花丸「ううん、なんにも……」

果南「だよねえ。私だけじゃなくて安心したよ……ダイヤはどう?」

ダイヤ「入場に関しては全く問題ないみたいです、水位にしても今日は長いこと維持しそうだと言ってますわね」

果南「へえ、ツイてるね私たち」

ダイヤ「どうやらそのようです。船頭さんも私たちは運がいいと仰っていますし」

ダイヤ「それに小舟に乗れるのは4人まで、日本人の観光客にしては用意が周到で手際もいいと感心されてます」

果南「それはまた、大絶賛じゃん」

434: 2022/05/11(水) 22:06:13.96 ID:HQoQXA1/.net
果南「でも……凄いなあ」

花丸「絵里さんのこと?」

果南「うん、私もダイビングのガイドとかやってたから分かるんだけど」

果南「案内する側に好印象を抱かせるのって割と大事だったりするんだよね」

果南「やっぱりこっちとしても相手していて気分がいいし、ついついサービスしたくなるっていうかね。顔も積極的に覚えようってなるし」

花丸「じゃあこれも人集めを有利に進めるための?」

果南「いや、どうだろう……何か意図があってなのか、それとも常日頃やってるから今回もそうしただけなのか、分かりかねるところではあるけど」

果南「どっちにしても凄いと思うし、出来る人って絵里さんみたいな人のことを言うのかなあって考えてたらつい、ね」

花丸「そっか、果南さんでもそんな風に思うんだ」

果南「ん? どういうこと?」

花丸「だってマルから見たら果南さんも十分頼りになるお姉さんだから」

果南「あははっ、そうかなあー。まあそう言ってもらえるのは嬉しいんだけどさ」

果南「…でも、花丸ちゃんにそう言われるほど、出来た人間じゃないよ私は」

花丸「?」

435: 2022/05/11(水) 22:06:55.26 ID:HQoQXA1/.net
絵里「お待たせ。すぐ乗せてもらえるって」

ダイヤ「どうやら陸路組は私たちが今日初のお客様みたいで」

花丸「陸路?」

果南「向こう側に船が見えるでしょ? あれは港からそのまま海を渡ってここにきた人たちで、そっちは海路組って言われてるの」

果南「メリットとしては私たちが利用したバス移動よりも断然早く到着出来るってところかな」

花丸「なのにマルたちのほうが先に入れるの?」

果南「こっちのほうが洞窟に近いからね、入口なんて横見たらすぐだし。それに向こうは人数の問題もあるから」

果南「飲食店で例えたらわかりやすいかな? お店が混んでるときに大人数で来るとテーブル席が空くまで待たされたりするけど」

果南「一人だけだと後から入店してもカウンター席で済むからって理由で先に案内されるのとか見たことない? あんな感じ」

花丸「あぁ~、成程ずら!」

436: 2022/05/11(水) 22:07:35.64 ID:HQoQXA1/.net
絵里「ずいぶん詳しいのね」

果南「小さい頃から海が好きなんです、私」

果南「外からの景色も、海中の世界も、特にダイビングとか楽しくてオススメですよ?」

絵里「それはいいわね。いつか案内してもらいたいわ」

絵里「でも今はこっちを楽しみましょう? ほら、乗って乗って」

ダイヤ「そんなに気になるのですか?」

絵里「あら分かる? 実は私も実際にこの目で見るのは初めてなのよ」ニコ

絵里「ダイヤ、あなたも早くこっち来て」

ダイヤ「え、ええ」

絵里「Per favore!」

「Va bene!」

437: 2022/05/11(水) 22:08:13.79 ID:HQoQXA1/.net

スイー

果南「うわっ、実際入ってみるとギリギリもいいとこだね」

花丸「本当に狭いんだ、この入口……」

ダイヤ「これは入れる確率が決して高くないというのも頷けますわ」

絵里「ええ、だけど見て三人とも」

ダイヤ・果南・花丸「!!」

絵里「凄く綺麗だわ……こんなに綺麗で青く染まった海は、見たことがない」

絵里「それくらい神秘的で、美しく感じるわね」

438: 2022/05/11(水) 22:08:43.15 ID:HQoQXA1/.net
果南「……」

ダイヤ「果南さん?」

果南「いや、ごめん。私なんかじゃこの良さを言葉にすることは出来ないなあって」

果南「でも、うん。ちょっと泣きそうだ」

ダイヤ「ええ、そうですわね」

花丸(……ああ、まるで)

花丸「宝石みたいだなぁ……」ボソッ

絵里「え?」

ダイヤ「……」

果南「花丸ちゃん……」

花丸「そうだ果南さん、マル、ちょっと気になっていたんだけど」

439: 2022/05/11(水) 22:10:19.97 ID:HQoQXA1/.net
果南「あ、ああうん、なに?」

「──♪  ──♪」

花丸「他の小舟から歌が聴こえてくるんだけど、あれは?」

果南「んー、そんなに深い意味はないんじゃないかなあ。ただ気分がいいから歌ってるってだけで」

果南「この光景も特別珍しいことじゃないしね、割とここではよくあることだよ」

花丸「そうなんだ」

果南「歌ってみる? 花丸ちゃん」

花丸「マルが?」

果南「そんな顔してたよ。ねえダイヤ、絵里さん」

ダイヤ「悪くない提案だと思いますわ」

絵里「問題ないと思うわよ。花丸ちゃんの歌、是非私にも聴かせてほしいわ」

440: 2022/05/11(水) 22:10:53.12 ID:HQoQXA1/.net
花丸「…………」

ね! 歌ってよマルちゃん!

花丸(あの時は、月明かりの下で待っていたけれど)

花丸(今は太陽の光が、この海を青く照らしている)

花丸(どっちも暗い場所なのに……どうしてだろう)

花丸(とっても綺麗で、どうしても気持ちを伝えたくて)

花丸(だから)


だってもったいないもん!


花丸「……そうだね」クスッ

花丸「それじゃあ」

441: 2022/05/11(水) 22:11:37.06 ID:HQoQXA1/.net
花丸「──♪ ────♪」

ダイヤ「! この声……」

「」ピタッ

果南(他の人たちの歌声が、止んだ)

絵里「素敵ね、歌声が洞窟全てに染まっていくみたい」

絵里「まるで、この青い海があの子を受け入れてくれるかのように」

ダイヤ・果南(…………)

絵里「あら? ちょ、ちょっと詩的すぎたかしら?」

ダイヤ「いえ、すみません。つい懐かしかったものですから」

絵里「懐かしい?」

ダイヤ「はい……」

ダイヤ(彼女のあの顔を見るのは、いつぶりでしょうか)

442: 2022/05/11(水) 22:12:21.31 ID:HQoQXA1/.net
果南「……昔はよくああして歌っていたんですよ。花丸ちゃんは聖歌隊にいたことがあるので」

絵里「そうなのね、通りで声が綺麗だと思ったわ」

果南(もっとも、それを聴いていたのは私じゃなくて)

絵里「それに今の花丸ちゃんには、ライブのときに感じたものとはまた違った印象を受けるわね」

絵里「優しく包み込むだけじゃなくて、慈しみがあるって言えばいいのかしら?」

絵里「あとは……」

絵里(それでいて、どこか儚いような……心地良いのにキュッと胸をつまされるこの感覚)チラッ

絵里「繊細」

ダイヤ「それも、触れることに躊躇いが生まれてしまうほどの」

絵里「ダイヤ」

ダイヤ「周りの皆さんもそれを肌で感じ取ったのでしょう、和やかな空気が一変して神聖なものと化したのは」

ダイヤ「つまりそういうことでしょう」

443: 2022/05/11(水) 22:13:20.96 ID:HQoQXA1/.net
絵里「うん、私もそう思うわ」

ダイヤ「ただ、少々評価が過剰になってしまったとも思いますが」

絵里「そうかしら? 今の彼女にはピッタリな表現だと私は思うけど」スッ

絵里「di nuovo」

「Con piacere」

絵里「フフッ、船頭さんも気に入ってくれたみたいね。このままもう一周するわよ」

絵里「花丸ちゃんも、あと少しだけ付き合ってくれる?」

花丸「────♪」

絵里「……無粋みたいね」

444: 2022/05/11(水) 22:13:52.42 ID:HQoQXA1/.net
果南「花丸ちゃん、完全に入り込んでるね」

ダイヤ「はい。本当に、あの頃そっくり」

ダイヤ「……真っ直ぐですわね、花丸さんは。昔から何一つブレていない」

ダイヤ「いちばん大切なものも、伝えたい気持ちも」

ダイヤ「羨ましいわ」

果南「! ……ここが潮時なのかもしれないね」

ダイヤ「果南さん? 今何か」

果南「いいや、ただの独り言」

果南(ねえダイヤ、確かに昨日ダイヤが言った通りだよ)

果南(ここに来て問題に向き合うべきなのは、存外私たちの方かもしれない)

455: 2022/05/15(日) 12:58:14.87 ID:9/ShSt6K.net


それから


「Splendida!!」

「Molto bella!!」

パチパチパチパチ!!!

花丸「え、えーっと……絵里さん、これは一体」

絵里「分からない? みんなすっかり花丸ちゃんの歌の虜になっちゃったのよ」

花丸「マルの……あの、出来れば応えてあげたいんですけど返事とかどうやったら」

絵里「そうねえ、普通にサンキューでも通じるとは思うけど……せっかくだし」

絵里「ちょっと耳貸して」

ヒソヒソ

絵里「~って言ってみて、自信をもって手を振りながら」

花丸「わ、わかりました」コク

花丸「ラ リングラチオー! スペロ ディー リベデルティー プレストー!」フリフリ

ワーーーーーーッ!!!

花丸(良かった、言葉の意味は分からなかったけどみんな喜んでくれたみたい)ホッ

456: 2022/05/15(日) 12:58:59.24 ID:9/ShSt6K.net
果南「反響すごいね」

ダイヤ「はい。まさか初めての歌唱でここまで惹きつけるとは」

絵里「いい意味で予想外だったわね、それこそ今日以降の予定を変更したくなるくらいには」

ダイヤ・果南「?」

絵里「花丸ちゃんもちょっと来て、これからのことについて話しておきたいことがあるの」

絵里「あなた達の魅力をこの島のみんなに、より多く知ってもらうためにもね」

ダイヤ「急な計画の変更ですけど、問題はないのですか?」

絵里「完璧とは言い切れないわね。でもそれは最初に立てた計画も同じ」

絵里「だから、事が上手く進むように努力する。常に最善の一手を考える」

絵里「そこだけは、信じてほしいわね」

ダイヤ「…聞かせてください」

絵里「ありがとう。それじゃあ早速だけど……」

457: 2022/05/15(日) 13:00:09.29 ID:9/ShSt6K.net
ダイヤ「──成程、午前はこちらで私たち……特に花丸さんの歌を聴かせ」

果南「午後からはナポリに移動してライブを行う、と」

花丸「内容は分かったんですけど、二つの場所を行き来するのはどうしてですか?」

絵里「主に相乗効果が狙いね、別々の場所で歌を披露することによって集客率を上げようって魂胆よ」

絵里「一ヶ所だけだとその場だけで完結しまう可能性もあるけど、それが二つなら話はまた変わってくる」

絵里「つまり求心力ね。ナポリにいる人はここカプリ島へ、逆にカプリ島の人はナポリへ足を運ばせるように仕向けたいの」

絵里「今しかやってないって触れ込みもすれば、食いつきもいいでしょうし」

ダイヤ「わざわざ海を渡ってまで私たちに会いに来る……ともなれば、そのためにはまず」

ダイヤ「ギャラリー自らそう動かざるを得ないほどの魅力が私たちのライブにあることが大前提となるわけですが」

絵里「そう。偶然立ち寄ってそこで見るのと、自分から関心を持って見に行くのとでは意味合いが全然違うでしょ?」

絵里「特に後者の方が自分にかかる労力が多い分、評価に信憑性と説得力が増すし」

458: 2022/05/15(日) 13:00:56.47 ID:9/ShSt6K.net
花丸「えーと、つまり……」

ダイヤ「こちらが聴いてもらうために向かうのではなく、あちらから私たちのために来てもらう」

ダイヤ「そのうえで私たちが観客の皆様に満足させるものを提供し続ければ、評判が広まり」

ダイヤ「自然と客足も増え、名も知られていくようになる。そのための往復スケジュール」

ダイヤ「で、いいんですわよね?」

絵里「完璧よ、流石ね」

花丸「マルたちがどれだけ頑張れるかが重要ってことだね」

果南「でも確かに、私たちの最終目標はスペイン広場に観客を集めることだし……それくらい出来ないと話にならないかも」

ダイヤ「果南さんの言う通りですわ、いわばこれはその為の予行演習みたいなもの」

ダイヤ「今後のためにもやっておくべきです」

459: 2022/05/15(日) 13:01:52.33 ID:9/ShSt6K.net
絵里「納得してくれたみたいね、なら明日以降はこのオーダーでいくわよ」

絵里「みんな、しっかりね」

ダイヤ・果南・花丸「はい!」

絵里「さてと、話もまとまったし時間もまだ余裕があるから……今からナポリの方に移動するわよ」

絵里「今日のうちに出来るだけ街の特徴や雰囲気を掴んでほしいし」

ダイヤ「下見ということですか」

絵里「ええ、そんなところね」

絵里「それが終わったら次に備えてホテルでゆっくり休みましょう」

絵里「後は各自好きなようにやってもらっても構わないから」

460: 2022/05/15(日) 13:02:26.94 ID:9/ShSt6K.net
果南「あの、それなら」

果南「今夜の部屋割り、私が絵里さんのところにお邪魔してもいいですか?」

絵里「え? それは全然いいけど、どうしたの急に」

果南「少し話したいことがあるので」

絵里「……わかったわ。二人もそれでいいかしら?」

ダイヤ「私は大丈夫です」

花丸「ならマルは今日はダイヤさんと一緒の部屋だね」

ダイヤ「よろしくお願いしますわ、花丸さん」

花丸「こちらこそずら」

ダイヤ「…………」

花丸「ダイヤさん?」

ダイヤ「あ、いえ別に」

461: 2022/05/15(日) 13:03:13.65 ID:9/ShSt6K.net
果南「行きましょう絵里さん」

ダイヤ「……あの、花丸さん」

花丸「なに?」

ダイヤ「私も少し話したいことがあるので、付き合ってもらえませんか?」

ダイヤ「ここにやって来てからずっと、どうにも落ち着けないのです」

花丸「マルでよければ」

ダイヤ「わけを聞こうとはしないのですね」

花丸「それは後ででいいから、別に今必要だとも思えないし」

ダイヤ「……」

花丸「違った?」

ダイヤ「……いいえ」

ダイヤ「助かります」

462: 2022/05/15(日) 13:04:17.64 ID:9/ShSt6K.net


────その夜


絵里「で、私に話って何かしら?」

果南「率直にいうとダイヤのことです」

絵里「……ふーん、果南がダイヤのことで私にねえ」

絵里「ヤキモチとかかしら?」

果南「茶化さないでください、真面目な話なんです」

絵里「ごめんなさい、ちょっと確かめたくてね」

絵里「些細なことなのか、根深いものなのか。果南が言ってるのは後者のほうよね?」

果南「……」

絵里「まず結論から聞きましょうか」

463: 2022/05/15(日) 13:05:04.08 ID:9/ShSt6K.net
果南「ダイヤを、あの子を助けてあげてください」

果南「私には、無理なんです」

絵里「助ける? なにから?」

果南「自分自身の過去のしがらみからです」

果南「あの子はずっと後悔を背負って生きている、今でも変わらずに忘れることなく」

果南「枷となって、あの子自身を苦しめている」

絵里「……」

果南「きっと今ダイヤを救える可能性があるのは、貴女しかいない」

果南「私も、花丸ちゃんも……手を差し伸べたところで、きっと」

果南「……っ……」

絵里「…よく分かったわ。それ以上先は言わなくていいから」

464: 2022/05/15(日) 13:06:08.68 ID:9/ShSt6K.net
絵里「果南、私もダイヤのことは気になっていたわ。個人的に放っておけない気持ちもあるし」

絵里「あなたがそこまで切実なら尚更、見て見ぬふりをすることは出来ない」

果南「! じゃあ」

絵里「でもね、その前にまずはこれだけ聞かせてほしいの」

絵里「もし仮に、私がダイヤを救い出せたとして」

絵里「じゃあ残った貴女は一体誰に助けてもらうの?」

果南「え……?」

絵里「今日ダイヤが言ってたのよ、果南には幸せになってほしいって」

絵里「私がいると出来そうにもないからって」

果南「─!!」

絵里「似た者同士ね、あなた達。それでいて……」

465: 2022/05/15(日) 13:06:51.22 ID:9/ShSt6K.net
絵里「……まあいいわ、とにかく果南」

絵里「その部分をはっきりさせないことには、先に進むことは出来ないわよ」

絵里「彼女さえよければ……なんて、もしそんな自己犠牲ありきの考えでお願いしようものなら」

絵里「私は首を縦には振らない。絶対にね」

果南「……」

絵里「それにね、誰かに助けを求めるのは別にかっこ悪いことじゃないわよ?」

絵里「寧ろ人によってはその言葉を待っているかもしれない」

果南「!」

絵里「あなたの本音を、ありのままの弱さを。打ち明けてくれるまで待っている人が」

絵里「果南がダイヤのことをそんな風に思っているようにね」

果南(なんだ、そんなのもう)

果南(一人しかいないじゃん)

466: 2022/05/15(日) 13:07:43.03 ID:9/ShSt6K.net


……♪  …♪


聖良「……果南さん? はい、おはようございます」

『うん、おはよう。ごめん朝早くに』

聖良「それは大丈夫ですけど、どうしたんですか」

『いや、ちょっと愚痴? っていうか悩み? なのかな、とにかく吐き出したくてさ』

『聖良に聞いてほしいこと、たくさんあるんだ』

聖良「……たとえば?」

『ダイヤに振られたとかね』

聖良「!!」

『あれ、ちょっと待ってどうなんだろう……振ったの方が合ってるのかな?』

『自分から棒に振った、みたいな? うん、これがしっくりくるかも』

聖良「本当なんですか、今の」

『まあね』

467: 2022/05/15(日) 13:08:25.89 ID:9/ShSt6K.net
『でも、正直に言うなら、やっぱり自分の手で助けたかったよ』

『ただ好きな女の子一人守ることが出来ればそれだけでいい』

『そんな漫画のヒーローみたいな存在に私もなりたかったけど』

『どうやら私はそんな器じゃなかったみたい。ははっ』

『ここぞってところで譲っちゃうんだから、そりゃそうだよね』

聖良「……」


あなたも、譲ってる人?


『昔の私はもっと勇気があったと思うんだけどなあ……』

聖良「果南さん」

『なに?』

聖良「その昔の話、もっと詳しく聞かせてもらえませんか」

468: 2022/05/15(日) 13:09:21.38 ID:9/ShSt6K.net

『え、でも聖良はもう』

聖良「もっと深いところまで知りたいんです」

『……理由を聞いてもいい?』

聖良「……どうしても」

聖良「譲れないものが出来たんです」

『……わかった。信じるよ』

『ていうか信頼してなかったら、そもそもこんなこと打ち明けないしね』

聖良「ふふっ、それもそうですね」

『でも話すとしてもどこから切り出したものか……そうだなあ……』

『やっぱり、今よりずっとか弱いあの子に出会ったときから。かもね』

『そう、あれは確か────』

469: 2022/05/15(日) 13:10:03.29 ID:9/ShSt6K.net

花丸「……」

「お待たせしました」

花丸「ダイヤさん」

ダイヤ「寒くはなかったですか?」

花丸「ううん、大丈夫」

ダイヤ「なら良かった」

ダイヤ「…………」

ダイヤ「今日、花丸さんが歌ったあの歌」

花丸「うん」

ダイヤ「あの子に向けたものだったのでは?」

花丸「やっぱりダイヤさんには気付かれちゃうか」

ダイヤ「私もよく耳にはしていましたから」

ダイヤ「サファイアほどではないにしても、ね」

470: 2022/05/15(日) 13:10:34.42 ID:9/ShSt6K.net
花丸「……」

ダイヤ「だから少し懐かしくなってしまいまして」

花丸「そうだね。あの頃は三人でよく一緒に遊んでた」

花丸「マルと、ダイヤさんと、最後にアオちゃん」

花丸「何をするにしてもいっつもアオちゃんが真ん中で」

花丸「マルはそんなアオちゃんについていくばっかりで」

ダイヤ「私はあの子に振り回されてばかり」

花丸「でも、本当に楽しかった」

花丸「毎日があっという間で、どうしてこの子といるとこんなに」

花丸「時間の流れが変わっちゃうんだろうって不思議に思った時もあって」

ダイヤ「そうですわね」

471: 2022/05/15(日) 13:11:56.11 ID:9/ShSt6K.net

花丸「ダイヤさんは」

ダイヤ「はい」

花丸「マルと昔の話をしにきたの?」

ダイヤ「……ええ、とは言っても」

ダイヤ「今の私の場合、彼女が中心の話になりそうですが」

花丸「それって……」

ダイヤ「花丸さんが思い浮かべてる通りですわ。今でもはっきりと覚えています」

ダイヤ「そう、あれは……」



ちょうど夜空に浮かんでいる青白い満月が

とても綺麗に映る日のこと



月明かりの下で目の前にひとり佇む彼女の姿、その瞳が

私にはまるで────宝石のように見えた。


484: 2022/05/20(金) 15:55:28.25 ID:Nf1pnHT1.net


────  約15年前  ────


内浦、海岸


ザッザッ


「……ぐすっ……うぅ……」

「わたし……どうすれば」

「あーやっぱりそうだ、見間違いじゃなかったんだ」

「!?」

「ねえねえ、あなた大丈夫? どこか悪いの?」

「……っ」ゴシゴシ

「…どちら様ですか」

かなん「私? 私はかなん=A幼稚園年中、4さい」

「……」

かなん「あなたは?」

ダイヤ「……ダイヤ。黒澤ダイヤ、4歳です」

485: 2022/05/20(金) 15:57:47.03 ID:Nf1pnHT1.net
かなん「へー、同い年だ! あとそのダイヤって名前なんだ?」

ダイヤ「そうですけど」

かなん「ふ~ん……」ジーッ

ダイヤ「な、なんですか」

かなん「いやーダイヤの目、すっごくきれいだけど透明じゃないし変だなーって」

かなん「その目のいろってエメラルドとかじゃなかったっけ? あんまりおぼえてないけど」ジーッ

ダイヤ「し、知りませんっ」フイッ

かなん「なーんだ! あははっ、ダイヤもしらないんだー」

ダイヤ「……」ムッ

かなん「まあそんなに怒らないでよ、わたしたちまだ子どもなんだし、知らないことあるのなんて当たりまえじゃん?」

ダイヤ「何を分かった風なことを」

かなん「これね、まえにお父さんが私にゆってくれたんだー」

ダイヤ「あ、そうですか」

486: 2022/05/20(金) 15:58:34.02 ID:Nf1pnHT1.net
かなん「ちょっとは元気になった?」

ダイヤ「はい?」

かなん「だってさっきまで泣いてたからさ」

ダイヤ「な、泣いてなどいませんわ!」

かなん「でもほら口のところにゴミもついてるし……」ムニムニ

ダイヤ「失礼な! これは黒子です! ほ・く・ろ!!」

ダイヤ「ゴミ呼ばわりしないでいただけます!?」バッ

かなん「あれ、そうなの? ごめんね」

ダイヤ「全くもう……」

487: 2022/05/20(金) 16:00:13.56 ID:Nf1pnHT1.net
かなん「じゃあさ、ダイヤはどうしてここにいるの?」

ダイヤ「それは……」

かなん「それは?」

ダイヤ「……そういうあなたこそ、何故ここに一人でいるのですか。もう夜も遅いというのに」

かなん「さんぽ。お父さんといっしょに来てたんだけど、ダイヤがこっちにいるのが見えたからきになって」

かなん「お父さんならあっちでまってるよ、ダイヤは?」

ダイヤ「え?」

かなん「いっしょじゃないの?」

ダイヤ「……いません、家を出てきましたから」

かなん「なんで?」

488: 2022/05/20(金) 16:00:59.29 ID:Nf1pnHT1.net
ダイヤ「……つい、カッとなってしまって」

かなん「カット?」

ダイヤ「怒ったということです」

かなん「あー。なんでダイヤはおこったの?」

ダイヤ「私には妹がいるのですが」

かなん「なんて名前?」

ダイヤ「サファイアです」

かなん「へー、サファイアちゃんかあ」

ダイヤ「言っておきますけど目の色は関係ありませんからね?」

かなん「へーい。それで?」

ダイヤ「今日、あの子が熱を出してしまって」

かなん「うん」

489: 2022/05/20(金) 16:01:31.56 ID:Nf1pnHT1.net
ダイヤ「だから、お父様もお母様もつきっきりで……」

ダイヤ「今日だけじゃなくて妹が出来てから、ずっとサファイアのことばっかりで……」

ダイヤ「わたくしのこと、見てくれなくてっ……」

ダイヤ「私だって、習い事、頑張ってるのに……!」

かなん「……」

ダイヤ「……そう思ったらつい、飛び出してしまったんです」

かなん「…そっか」

490: 2022/05/20(金) 16:03:02.30 ID:Nf1pnHT1.net
かなん「ダイヤはさ」

ダイヤ「はい」

かなん「サファイアちゃんのことがきらいなの?」

ダイヤ「そんなことはっ!」

かなん「じゃあ、おうちにかえりたいってこと?」

ダイヤ「あ、当たり前です! でも」

ダイヤ「お父様とお母様がなんて言うか……」

かなん「だいじょうぶじゃない?」

ダイヤ「簡単に言わないでください!」

かなん「そうかなあ、たぶんダイヤのお父さんとお母さんもさ、ダイヤのこときらいになってないとおもうよ?」

ダイヤ「!!」

かなん「かえろうよダイヤ、ね?」

かなん「きっとしんぱいしてるよ」

ダイヤ「…………はい」

491: 2022/05/20(金) 16:03:50.47 ID:Nf1pnHT1.net
かなん「よーし、じゃあついてきて! お父さんのところにあんないするから!」スッ

ダイヤ「……」

かなん「ん、どしたの?」

ダイヤ「いえ、なんでもありません」ギュッ

かなん「いこっか」

ダイヤ「ええ」


トテトテ


ダイヤ「……先程」

かなん「なにー?」

ダイヤ「あな……かなんさんの目を見て思いましたの」

ダイヤ「宝石みたいだなと」

かなん「へー、なにいろ?」

ダイヤ「ウルトラマリンですかね」

492: 2022/05/20(金) 16:04:46.31 ID:Nf1pnHT1.net
かなん「マリン、ってたしか海のことだよね?」

ダイヤ「よく知ってますわね、しかし海そのものの名詞ではなく……」

かなん「ウルトラな海かー! いいね! わたしにぴったり!!」

ダイヤ「聞いていますか?」

かなん「ありがとうダイヤ!!」ニコッ

ダイヤ「……はあ、もういいです」クスッ

かなん「っ」ドキ

ダイヤ「かなんさん?」

かなん「ううん、はじめてダイヤのわらったかお見たからさー。かわいいなあーって」

ダイヤ「かわっ……!? からかわないでください!!」

かなん「なんだよーほめてるのにー……あ、みえてきた」

かなん「おーいお父さーん!! やっぱりいたよー、おんなのこー!」ブンブン

「おお、そうか。偉いぞー果南」ナデナデ

かなん「えへへっ……」

ダイヤ「……」

493: 2022/05/20(金) 16:05:45.03 ID:Nf1pnHT1.net
「この子がそうか?」

かなん「うん、ダイヤっていうんだって」

「ダイヤ……?」

ダイヤ「こ、こんばんは。ダイヤと申します」ペコ

「はいこんばんは、小さいのにしっかりしてるねえ」

「ところでダイヤちゃん、もしかしてダイヤちゃんの名字は黒澤だったりしないかな?」

ダイヤ「え、ええそうですけど」

「やっぱり黒澤さんのところのお嬢さんか」

かなん「お父さんしってるの?」

「ああ、黒澤って言ったらここじゃ有名だからな」

「送る準備するからちょっと待ってろ、あと黒澤さんの家にも電話入れてくる」

かなん「うん」

494: 2022/05/20(金) 16:07:15.81 ID:Nf1pnHT1.net
ダイヤ「あ、あの!」

「ん?」

ダイヤ「この度はありがとうございました。かなんさんにも助けていただいて……」

かなん「とーぜんっ」

「ははっ気にしなくていいさ、おじさんも果南もそういうやつなんだ」

ダイヤ「で、でも何かお礼をしなくては」

「ダイヤちゃんは、果南のことが好きかい?」

ダイヤ「え? あ、はい」

「なら、これからもこの子と仲良くしてやってくれ。それだけでいい」

ダイヤ「!」

「まあ海馬鹿すぎるのが玉に瑕だがな。はっはっは!」

かなん「いったなー! わたしより海バカのくせに!」

ダイヤ「…………ふふっ」クスクス


これが私たちの最初の出会いだった。


495: 2022/05/20(金) 16:08:24.10 ID:Nf1pnHT1.net


そして、それから一年ほどたったある日

偶然か、あるいは必然か


「ねえ、あなた何してるの?」

「え?」


はたまた運命なのか


「……だれ?」

「わたし? わたしはねー」

「サファイアっていうの!!」


まるでそうなることが決まっていたかのように

彼女たちはお互いを見つけ出した。


「あなたは? 名前なんていうの?」


空のように晴れやかで、海のように澄み渡った曇りなき色と


「マルは────」


大地の片隅にひっそりと咲き続ける、健気で可憐な一輪の花を。


496: 2022/05/20(金) 22:54:11.27 ID:Nf1pnHT1.net


…………


黒澤父「────ボランティア活動?」

ダイヤ「はい、本日幼稚園の先生から私たちに」

ダイヤ「困っている人を見かけたら助けてあげましょうねと」

黒澤母「まあ素敵、それでダイヤは何かお力になれたんですか?」

ダイヤ「それが……どうやら皆さんを遠慮させているようで……手伝おうにも」

黒澤母「あらあら」

黒澤父「成程、それでか」

黒澤母「貴方、どうにかなりませんか?」

黒澤父「そうだな……」フム

黒澤父「少し待ってなさい」

497: 2022/05/20(金) 22:55:39.65 ID:Nf1pnHT1.net
サファイア「なになにー? なんのおはなしー?」ヒョコッ

ダイヤ「ボランティアのお話です」

サファイア「ぼらん?」

黒澤母「お姉ちゃん、他のお家のお手伝いをするんですって」フフッ

サファイア「おてつだい!? はーい! 私もやりたーい!」バッ

ダイヤ「ああもう、またなのね……」

黒澤母「いいじゃないですか、お姉ちゃんがやるなら何でもやりたがるんですよ」

ダイヤ「そんなことを言われましても……」

サファイア「ねえねえ、お姉ちゃん」クイクイ

ダイヤ「なに?」

サファイア「今やってる習いごとぜーんぶつまらないから」

サファイア「私そろそろ楽しいのやりたい!」ニコ

ダイヤ「んまあーっ!! 自分からお揃いにしておきながらなんと勝手な!」

498: 2022/05/20(金) 22:56:47.86 ID:Nf1pnHT1.net
黒澤父「おーい戻ったぞー……って」

ダイヤ「あのねサファイア! 人様の家にお邪魔しに行くのですからもっとしゃんとしなさい!」

ダイヤ「決して遊びにいくわけではないのよ!」

サファイア「えー、そうなのー?」

ダイヤ「そう、分かったら……」

サファイア「でもいくー!」

ダイヤ「ああもう! 勝手になさいな!」

サファイア「やったー! お姉ちゃんだいすきー!」ダキッ

黒澤父「またやってるのか」

黒澤母「サファイア、ついていきたいんですって」クスクス

黒澤父「元よりあの子ひとりを置いていくわけにもいかんしな、興味があるのは寧ろ好都合だろう」

黒澤母「で、肝心のお手伝いのほうは」

黒澤父「ああ、決まったよ。国木田さんのところがそういうことなら是非人手を借りたいと快諾してくださった」

499: 2022/05/20(金) 22:57:54.59 ID:Nf1pnHT1.net
黒澤父「というわけで今からご挨拶に行くぞ」

黒澤父「ダイヤ、サファイア! 出かける準備をしなさい」

ダイヤ「分かりましたわ」

サファイア「わーいお出かけだー!」

サファイア「ねえねえお父さんどこいくのー?」

黒澤父「お寺だよ」

サファイア「おてら?」

ダイヤ「サファイアにはぜったい似合わない場所」

黒澤母「ふふふ、サファイアは私たちと違って賑やかですからね」

サファイア「なあにそれ?」

黒澤父「ふっ、行ってみれば分かるさ」

500: 2022/05/20(金) 22:59:02.14 ID:Nf1pnHT1.net

黒澤父「────さ、着いたぞ」

サファイア「わーおっきいー! ひろーい!」

ダイヤ「ほらもう静かに出来ない」

「あらあら随分元気なお嬢さんだこと」

サファイア「こんにちはー! くろさわサファイアです!」

「こんにちは、挨拶出来てえらいねえ」ニコニコ

黒澤父「本日は話を聞いてくださりありがとうございます」

「いえいえ、こちらとしても負担が減るのは助かりますから」

「やはり寄る年波には勝てませんので」

サファイア「ねえおばあちゃん、わたしあっちにいきたい! いってきてもいーい?」

ダイヤ「ちょっとサファイア!」

「ええ、いいわよ。転ばないように気を付けてね」

501: 2022/05/20(金) 22:59:56.91 ID:Nf1pnHT1.net
サファイア「わーい! ありがとー!」トテテテッ

ダイヤ「~~っ……あの子は本当に……!」

「あなたはさっきの子のお姉さん?」

ダイヤ「は、はい。黒澤ダイヤと申します」

「そう。じゃああなたがお手伝いをしにきてくれたのね、ありがとうねえ」ナデナデ

ダイヤ「い、いえ……そんな大したものでは」

ダイヤ「あの、それでお手伝いの内容というのは?」

「ダイヤちゃんにはお寺のお掃除を手伝ってほしいの」

ダイヤ「掃除……いつもはお二人でやっているんですか?」

「いいえ、孫にも手伝ってもらっているわ」

502: 2022/05/20(金) 23:01:03.96 ID:Nf1pnHT1.net
ダイヤ「お孫さん、ですか?」

「ええ、大人しいけど素直ないい子でねえ」

ダイヤ「その方は今どこに? 挨拶をしておきたいのですが」

「本当にしっかりしてるのねえ。そうねえ、マルちゃんなら」

「きっと自分のお部屋で本でも読んでるんじゃないかしら」

ダイヤ「そのマルちゃんという方は読書家なのですね」

「ええ、生まれつきね。逆にあまり目立つことは好きじゃないというか」

「自分を主張するのが苦手でねえ」

ダイヤ「どちらかと言えば大人しいと?」

「そういう子なの」

ダイヤ「素晴らしいですわ! 勤勉で慎ましい。是非お近づきになりたいものです」

「あらそう?」

ダイヤ「はい、誰かに見習わせたいくらいです」

ダイヤ(と、いっても……流石に正反対すぎて)

ダイヤ(相性が良いとも思えないけど)ハァ

503: 2022/05/20(金) 23:01:45.16 ID:Nf1pnHT1.net

サファイア「あははは! ひろーい! 茶色まみれでおもしろーい!」タタタッ

サファイア「みたことないのいっぱいだー」タタッ

サファイア「…………あれ?」キュッ

サファイア「あそこだけあいてる」

サファイア「……うーん」

サファイア「はいっちゃおーっと! えへへ」

504: 2022/05/20(金) 23:02:33.21 ID:Nf1pnHT1.net


「…………ん」

「くぁ……あれ……?」

「マル、ねちゃってたのかな?」

「じっちゃん? ……ばっちゃん?」

「どこ……?」

「…………」

「いいや、本のつづきみよう」

「えーっと……」ペラペラ

「ごめんくださーい!!」

「!!?!?!?」ビクゥッ


505: 2022/05/20(金) 23:03:24.51 ID:Nf1pnHT1.net
サファイア「だれかいますかー?」トテトテ

(え!?え!?え!?だれだれだれ!!?)

(声はちっちゃい女の子みたい、かわいい……でも)モゾッ

(おっきなこえ、主張のつよそうなしゃべりかた)

(こわい)


モゾモゾ……


サファイア「あ、なんかうごいてる!」

(ば、ばれちゃった!!)

サファイア「そこだー!」バッ


フワッ


サファイア「──!」

「……あ……」


506: 2022/05/20(金) 23:04:03.69 ID:Nf1pnHT1.net

サファイア「…………」


シーン


(あ、あれ……? 急にしずかに……)

(じーっとこっちをみて……も、もしかしてマルの顔がへんだったり!?)

サファイア「…………」

(……ううん、それよりも)

(さらりとした髪の毛、大きくてまあるい瞳、まっしろな肌、ととのった顔だち……)

(こんなに綺麗な子、みたことない……)

(まるで、まるで絵本のお話に出てくるおひめさまのような────)

「ねえ」

「ずらあっ!?」

507: 2022/05/20(金) 23:04:55.26 ID:Nf1pnHT1.net
サファイア「あなた、何してるの?」

「え?」

サファイア「」ニコッ

「え、えっと……ほ、本を、よんでて」

サファイア「ふーん、おもしろいの?」

「お、おもしろいよ」

サファイア「そっかー、でも文字がいっぱいだねー」

「……あの、マルもききたいことがあるの」

サファイア「なあに?」

「あなたは、だれ?」

508: 2022/05/20(金) 23:05:43.24 ID:Nf1pnHT1.net
サファイア「わたし? わたしはねー」

サファイア「サファイアっていうの!!」

「さふぁいあ……」

(さふぁいあ。宝石のなまえ……それが、この子のなまえ)

サファイア「あなたは? 名前なんていうの?」

はなまる「マルは……くにきだ、はなまる」

サファイア「はなまる……じゃあマルちゃんだ!!」


ギュッ


はなまる「えっ」

サファイア「ねえマルちゃんきいて! わたしね! いますっごいドキドキしてるの!」

サファイア「マルちゃんがとってもとっても可愛かったから!!」

はなまる「え、えぇ!?」

509: 2022/05/20(金) 23:07:03.33 ID:Nf1pnHT1.net

サファイア「いまでもずっとおとがするの! ドクン、ドクンって!」

サファイア「きっと一目ぼれっていうのだとおもう!」

サファイア「わたし、マルちゃんのことがダイスキになったみたい!」

はなまる「は、はじめて会ったのに?」

サファイア「うん!!」

はなまる(どうしてこのこは、こんなに真っ直ぐに……気持ちを伝えられるんだろう)

はなまる(すごいなあ……なまえよりもずっと)

はなまる(キラキラしてみえる)

510: 2022/05/20(金) 23:09:08.55 ID:Nf1pnHT1.net

サファイア「だからねマルちゃん! わたしとお友だちになろう! それでね」

サファイア「私のしょうらいのおヨメさんになって!!」ギュゥ

はなまる「……っ」ドキ

サファイア「おへんじは!?」

はなまる「…………は」

はなまる「はい……」

はなまる(え?)

サファイア「やっっったーーーーーー!!! やったやったーーー!!」

はなまる(ええ……?)

サファイア「これからよろしくね! マルちゃん!!」ニコッ!

はなまる(えええぇぇぇーーーーーーーー!!??)

はなまる(な、なんでーーーーーーーー!!?)

523: 2022/05/25(水) 18:04:37.49 ID:tW/wOLK2.net
黒澤父「……では明日から、宜しくお願い致します」

「はい、お待ちしております」

黒澤母「ダイヤ、しっかりね」

ダイヤ「はいお母様……しかしサファイアは一体いつまでうろついているのでしょうか」

ダイヤ「もうそろそろ帰る時間だというのに」

黒澤母「そんなに心配することもありませんよ。ほら、噂をすれば」

サファイア「おーい! お姉ちゃーーん!!」

ダイヤ「サファイア! あなた今までどこをほっつき歩いて……?」

はなまる「…………」コソッ

ダイヤ「そちらの方は?」

524: 2022/05/25(水) 18:05:46.82 ID:tW/wOLK2.net
「おやマルちゃん、来たのかい」

ダイヤ「マルちゃん? 彼女がその」

サファイア「うん、さっきお友達になったの!」

ダイヤ「へえ、仲良くなれたのね。私はてっきり……「でね!!」

サファイア「わたし、マルちゃんとけっこんするってきめたの!」

ダイヤ「あなたとは相性が良くないから懇意になれないものかと……」

ダイヤ「…………」

ダイヤ「は?」

「あらあらまあまあ」

黒澤母「結婚とは、また大胆な発言ですね」

黒澤父「ああ、今日はいつにもまして突拍子もないことを言うな。どうした」

525: 2022/05/25(水) 18:07:14.84 ID:tW/wOLK2.net
ダイヤ「あ、あのーサファイア? お姉ちゃん、ちょっとよく聞こえなかったのだけど」

ダイヤ「もう一回言ってくれないかしら?」

サファイア「だーかーらー、マルちゃんをわたしのしょうらいのおヨメさんにするんだってば!」

ダイヤ「……またあなたは勝手なことばかり!」

サファイア「かってじゃないよ?」

ダイヤ「嘘おっしゃい!」

サファイア「ねー、マルちゃん! そうだよねー?」

はなまる「え、え~っと」

ダイヤ「そら見なさい、返事に困っているではありませんか」

ダイヤ「サファイアのこと、どうせ勢いのまま押し切って無理やりにでもはいと言わせたのでしょう?」

サファイア「ぎくっ……」

はなまる(すごいなあこの人、ぜんぶ当たってる)

526: 2022/05/25(水) 18:08:02.07 ID:tW/wOLK2.net
サファイア「で、でもでもマルちゃんいやだって言ってなかったもん!」

ダイヤ「申し出る暇もなかったということでしょう? あなたが急かすから」

サファイア「えうっ…」

ダイヤ「はあ……マルちゃん、でしたわよね? ごめんなさいね妹が迷惑をかけて」

はなまる「あ、いいえ。マルはべつに……」

ダイヤ「ほらサファイア、帰りますわよ」

サファイア「やだ! わたしきょうはマルちゃんのおうちにお泊りするってきめたんだから!」

はなまる「!」

ダイヤ「はあ!?」

サファイア「だからここにいる!」

はなまる「…………」

ダイヤ「~~っ! 次から次へとワガママを言って……いい加減に……!」

はなまる「あ、あの! まってください!」

ダイヤ「?」

527: 2022/05/25(水) 18:09:00.49 ID:tW/wOLK2.net
はなまる「マルからサファイアちゃんに言ったんです。えっと、その」

はなまる「明日からじっちゃんばっちゃんのお手伝いをするってきいたから」

はなまる「それなら、マルのお寺に泊まっていってほしいって……」

ダイヤ「……本当なのですか? マルちゃんが今言ったことは」

サファイア「ほんとだよ! だからわたし、きょうはマルちゃんとずっといっしょにいるの!」

はなまる「……!」コクコクッ

「ほぉ、この子が自分からそんなことを……」

「珍しいわねえ」

ダイヤ「……」

はなまる「あの、だからその、サファイアちゃんを……」

ダイヤ「…全く、サファイアの周りにはなぜこんなに優しい人ばかり集まるのか」ハァーッ

ダイヤ「どうしましょうお父様」

黒澤父「そうだな……」

528: 2022/05/25(水) 21:16:23.47 ID:tW/wOLK2.net
黒澤父「国木田さん、不躾なお願いで申し訳ありませんが今日一日娘の面倒を見てはもらえませんか」

「ええ、構いませんよ」

「他ならないマルちゃんの希望ですから」

黒澤母「ありがとうございます。サファイア、ちゃんといい子にするのよ?」

サファイア「はーい!」

黒澤父「ではよろしくお願いします。帰るぞ二人とも」

黒澤母「はい、貴方」

ダイヤ「マルちゃん、嫌なときは嫌だとはっきり言っていいですからね」

はなまる「え、はい」

サファイア「あー! なにそれーっ!」

ダイヤ「あなたは何を言い出すかわかったものじゃないもの」

サファイア「ちぇー、お姉ちゃんってばいっつもそうなんだから」ムス

黒澤父「ダイヤ、行くぞ」

ダイヤ「それじゃあまた明日ね、マルちゃん」ニコ

530: 2022/05/25(水) 23:50:53.18 ID:tW/wOLK2.net
はなまる「行っちゃったずら…」

サファイア「ずら?」

はなまる「あっ……!」バッ

サファイア「ずらってなーに?」

「方言っていってね、場所ごとで違うお喋りの仕方みたいなものだよ」

サファイア「へえー、そうなんだー」

はなまる「や、やっぱり変だよね……」

サファイア「ううん、かわいい!」

サファイア「マルちゃんかわいいずらー! なんちゃって、えへへっ!」

はなまる「!」

はなまる(マルと同じくらいの子でそんなこと言われたの、はじめて……ずら)

531: 2022/05/25(水) 23:52:22.24 ID:tW/wOLK2.net
サファイア「どうしたの?」

はなまる「ううん、ありがとうサファイアちゃん」ニコ

サファイア「??? あっそーだ! それよりマルちゃん!」

サファイア「えほんのつづき!!」

はなまる「あ、そうだったずら……あの、じっちゃん、ばっちゃん」

「いってきなさい」

「お夕飯の時間になったら呼ぶから」

はなまる「うん、じゃあ行ってくるずら」

はなまる「いこ、サファイアちゃん」

サファイア「んー、ちょっとまって!」

532: 2022/05/25(水) 23:53:30.41 ID:tW/wOLK2.net
サファイア「マルちゃんのおじいちゃんおばあちゃん!」

「はあい」

「どうしたのかな?」

サファイア「えっと、きょうはおせわになります!」

サファイア「よろしくおねがいします!」ペコリ

「そうかそうか」

「よろしくねえ」

サファイア「うん! じゃあいってくるねー!」

タタタッ

「……自由な子かと思ったが、ちゃんと相手に対しての弁えもあるんだな」

「マルちゃんのことといい、サファイアちゃんって面白い子ねえ」

547: 2022/06/01(水) 19:42:01.05 ID:MfurCmvq.net


サファイア「あーおもしろかったー! つぎはなににしよっかなー!」パタン

はなまる「えっと、これなんてどう?」

サファイア「かわいいー! お花がいっぱいだね」

はなまる「うん、マルこの絵本のお話がだいすきで」

はなまる「はなしに出てくるお姫さまも、サファイアちゃんに似てるから……」

サファイア「わたしに? どれ?」

はなまる「えーっと、この子……ずら」

サファイア「へー! お花にかこまれててたのしそう!」

サファイア「こんなおひめさまだったらなってみたいなあー! あっ、でも……」

サファイア「わたしのゆめはアイドルになることだし……うーん」

はなまる「あいどる?」

548: 2022/06/01(水) 19:42:55.30 ID:MfurCmvq.net
サファイア「そう! アイドル! マルちゃんはしらない?」

はなまる「うん。マルそういうのに詳しくないから」

サファイア「じゃあわたしが教えてあげる! あのね、アイドルっていうのは」

サファイア「かわいいお洋服をきて、みんなの前でうたって、くるくるおどって、それで見ているひとをえがおにしてくれるの!!」

サファイア「いつもキラキラしていてとってもすごいんだから!」

はなまる「きらきら…」

サファイア「ちょっとみてて!!」

タン タタンッ

サファイア「うたって~~♪ おどって~~♪」クルクル

サファイア「あかるくげんきに」ピョンッ

サファイア「きめポーズ! じゃんっ!」ビシッ!

はなまる「…………!!」ワァッ

サファイア「どう? どう!? これね、テレビのまねじゃないの! わたしがかんがえたんだよ!」

サファイア「すごいでしょ!」ニシシ

549: 2022/06/01(水) 19:46:11.45 ID:MfurCmvq.net
はなまる「うん……すごいずら」

はなまる「あと、あとね! マル……」

サファイア「なになに? あっもしかしてわたしがかわいかったとか!?」ズイッ

はなまる「えっ? う、うん、かわいかったよ…?」

サファイア「えへへっ、そっかーわたしかわいいんだー……」テレテレ

サファイア「うん、やっぱりマルちゃんに言ってもらえるとぜんぜんちがう!」

サファイア「ありがとうマルちゃん!」ギュッ

はなまる「えーっと、どういたしまして?」


はなまる(ま、また勢いに押されちゃった……マルが言いたかったのはそれじゃなかったのに)

はなまる(サファイアちゃんのこと、かわいいって思ったのはほんとうだけど、でも)

はなまる(一番さいしょに出てきたのはそうじゃなくて……こんなに)

はなまる(こんなに自分にじしんがあって、堂々としていて)

はなまる(はずかしいとか、笑われたらどうしようとか、そんな不安がぜんぜん見えなくて)

はなまる(ひたすら一生懸命に、だけどすっごく楽しそうで)

はなまる(そんなキラキラした姿がとてもまぶしくて……かっこよかった)

550: 2022/06/01(水) 19:47:58.06 ID:MfurCmvq.net

サファイア「よーし、かえったらまた練習しないと!」

はなまる(サファイアちゃんはかわいいって言われたいみたいだから、べつに言わなくてもよかったのかな)

サファイア「でも今はこっちー! マールちゃん! つづきよもっ!」

はなまる(だけど、きっとあなたなら、そんなことを考えずにすぐに言っちゃうんだろうね)クスッ

はなまる「いいよ、じゃあここのページから……」

はなまる「そんなある日、お姫さまのもとへ一人のたびびとがやってきました────」


ごめんねサファイアちゃん、でも、マルにとってこれは絶対だから……言うね。

アイドルとかじゃない、あなたが何になりたいと思っているかなんてマルには関係ないの

いつもまっすぐでキラキラしている、そんなあなただから

すきになったんだよって。


今はこころのなかでしか言えないけど、いつか

あなたみたいに、ほんのちょっとでも、気持ちを声にだせるようになったなら

そのときは────


561: 2022/06/06(月) 21:25:08.53 ID:WTx5RG+a.net


翌日


ダイヤ「──本日はよろしくお願いします」ペコリ

「よろしくねえ、早速で悪いんだけどダイヤちゃん」

ダイヤ「はい」

「向こうの床から掃除をお願いできる?」

ダイヤ「承りましたわ、すぐやってまいります」

サファイア「あーっ! お姉ちゃんだおはよー!」

ダイヤ「サファイア……どうやら寝坊はしなかったみたいですわね」

サファイア「マルちゃんにおこしてもらったからね!」

ダイヤ「ああそう、そんなことだろうと思ってましたわ……」

はなまる「えと、サファイアちゃんと一緒がよかったから」

ダイヤ「……たった一日で随分と仲良くなったのね」

ダイヤ(まあ誰とでもすぐ打ち解けられるのがこの子の美徳ではあるのですが)

562: 2022/06/06(月) 21:27:07.43 ID:WTx5RG+a.net
サファイア「えへへっ、わたしもー!」ギューッ

はなまる「く、くるしいよサファイアちゃん……」

ダイヤ(この子の方からここまで懐くのは初めてよね、昨日はいろいろ驚きすぎて)

ダイヤ(そんなことを考える暇もなかったけど)

ダイヤ「ほら離れなさい、マルちゃんが困っているでしょう?」

サファイア「はーい」パッ

ダイヤ「それとお手伝い、自分からやりたいって言ったのだからね」

ダイヤ「ちゃんとおじい様おばあ様の言うことを聞くのよ?」

サファイア「うんうん、だいじょーぶだって!」

ダイヤ「だといいけど、それじゃあ私は向こうに行くから。あなたも頑張りなさい」

ダイヤ「マルちゃん、この子のこと、お願いね」

はなまる「は、はい」

563: 2022/06/06(月) 21:29:07.06 ID:WTx5RG+a.net
ダイヤ「そんなに畏まらなくてもいいのよ? 年が上だからといって気を遣う必要はありません」

ダイヤ「マルちゃんの好きなように接してくださいな」ニコ

はなまる「! ……」

ダイヤ「……? なにか?」

はなまる「あ、ええと……ダイヤちゃんって凛としていて、きれいでかっこいい人だなあと思ってたけど」

はなまる「今はやさしいお姉さんみたいで素敵だなあって」

ダイヤ「!? わ、私が?」

はなまる「うん」

ダイヤ「そ、そうですか……それはその、ありがとうございます」

ダイヤ「……そろそろ行きます。またね、二人とも」


タタタッ…


サファイア「? なんかへんなの、どうしたんだろお姉ちゃん」

はなまる「う~ん、わかんないずら」

564: 2022/06/06(月) 23:47:51 ID:WTx5RG+a.net
サファイア「まあいいや! おそうじやろーっと!」

サファイア「ここをピカピカにすればいいんだよね?」

はなまる「うん、隅から隅まできちんとみがくんだって」

サファイア「わたしのお家もおそうじやるときはそんなかんじだよ!」

はなまる「そうなんだ」

サファイア「みんなおなじなんだねー!」フキフキ

はなまる「サファイアちゃんはお掃除のとき、なにやってるの?」

サファイア「おかたづけ。つくえのうえとか、ベッドとか」

サファイア「ちらかってるからきれいにしなさい! ってお姉ちゃんがずーっといってくるの」

サファイア「わたしはすぐつかうから出したままにしてるのに……」

はなまる「それって昨日サファイアちゃんが言ってたアイドルのものもあったりするの?」フキフキ

サファイア「そうなの! じぶんでつくったりもしてるんだよ!」

565: 2022/06/06(月) 23:55:08 ID:WTx5RG+a.net
はなまる「自分でって、サファイアちゃんひとりで!?」

サファイア「そだよー! マイクとか、おようふくとか」

サファイア「アイドルのほんがあるから、それを見てべんきょうしてるんだ!」

はなまる「す、すごいずら……」

サファイア「マルちゃんにもみてほしいなあー、ほんとにいっぱいあるから!」

サファイア「そうだ! ね、つぎはマルちゃんがわたしのお家にあそびにきてよ!」

はなまる「ええ!? いいのかな……?」

サファイア「ぜったいだいじょうぶだから! やくそく!」

はなまる「じゃ、じゃあやくそく」

サファイア「はい指きりげんまーん!! すぐきてよね!」ニコ

はなまる「……うん」クスッ

566: 2022/06/07(火) 00:00:05.07 ID:fBPMHVzt.net
サファイア「あとねあとね! ようち園でもいっしょにいたいから」

サファイア「なに組かおしえて! わたしね、ひまわり組! マルちゃんは?」

はなまる「マルは、あじさい組」

サファイア「あじさいね! うん、わかった!」

はなまる(ひまわり……ピッタリだなあ)

サファイア「つぎにようち園にいくときはすぐ会いにいくからね!」

はなまる(いつも元気で、活き活きとしていて)

はなまる(一緒にいると、こっちまで元気をもらえるような……そんな、お日さまがすごく似合う女の子だから)

はなまる「えへへ、嬉しいずら」

はなまる(こっちもいつの間にか会えたらいいなって思っちゃうんだ)


明日も、明後日も。


572: 2022/06/09(木) 02:06:35.50 ID:UU8fSyfH.net


…………


ダイヤ「今日は大変お世話になりました」

「ふふっ、家が賑やかになってこちらもとても楽しかったわ」

「あなた達がよければ、また遊びにきてちょうだい」

「ああ、今度は君たちが好きなお菓子でも用意しておくよ」

サファイア「ほんと!? じゃあポッキーとー……」

ダイヤ「サファイア!! お気持ち、ありがたく頂戴しますわ。機会がありましたらまた是非」

ダイヤ「さようなら、お元気で」

サファイア「それじゃあマルちゃん! またねー!」ブンブン

はなまる「うん、ばいばいサファイアちゃん!」フリフリ

573: 2022/06/09(木) 02:07:13.38 ID:UU8fSyfH.net
サファイア「ふんふふーん♪」

ダイヤ「上機嫌ね」

サファイア「あのねー、マルちゃんと遊ぶやくそくしたんだー」

ダイヤ「へえ、どんな?」

サファイア「ないしょー」ニシシ

ダイヤ「場所も教えてくれないのかしら?」

サファイア「わたしのおへやだよ」

ダイヤ「はあ!?」

サファイア「え、ダメなの?」

ダイヤ「駄目に決まってるでしょう! あんなに散らかしておいて!」

ダイヤ「とても人様を招き入れられる部屋じゃないから! お誘いするならせめて片付けてからにしなさい!」

サファイア「あれはあの場所であってるんだからいいんだってば!」

ダイヤ「部屋が汚い人はみんなそう言ってるの!」

574: 2022/06/09(木) 02:07:49.56 ID:UU8fSyfH.net
サファイア「いーってば、わたしもマルちゃんもそんなのきにしないもんね」

ダイヤ「あのねえ、そういう問題じゃなくて……」

ダイヤ「はぁーっ……全く、好きだというのにどうしてそこまでズボラでいられるのか、理解に苦しむわ……」

ダイヤ「私だったら隅々まで完璧に整えたうえで、上がってもらいますけどね」

ダイヤ「やはりそこで寛いでもらうわけだから、相手にとって居心地が良くないと……」

サファイア「? わたしのお部屋であそぶのに、なんでお姉ちゃんのはなしが出てくるの?」

ダイヤ「っ……!? いやそれは、コホン、たとえばの話ですからね」

サファイア「ふーん、わたしはマルちゃんにわたしの好きなものをみてほしいから」

サファイア「かたづけないでそのままでもいいと思うけどなあー」

ダイヤ「……なんだ、あなたなりに一応考えはあったのね。確かにそれも一理ある気はするけれど」

サファイア「えへへ、マルちゃんとのデートたのしみだなー」

ダイヤ(もう私の話聞いていないし……あとそれ、デートっていうのかしら……)

ダイヤ(サファイアのこういうところ、やっぱりよく分からないわ……)

575: 2022/06/09(木) 02:08:29.73 ID:UU8fSyfH.net


はなまる「…………」ペラッ

はなまる「…………」ペラ

はなまる(……なんだろう)

パタン

はなまる「落ち着かない」

はなまる「いままで本を読んでいて、こんなことなかったのになあ」

はなまる「…………うーん」

はなまる「なにか面白いものないかな」ガサゴソ

はなまる「ふふっ、なんか今のマル、サファイアちゃんみたい……」クスクス

はなまる「つぎはいつ、会えるのかな」

はなまる「はやく会いたいなあ……」


576: 2022/06/09(木) 02:11:00.52 ID:UU8fSyfH.net


これが私たちが初めて作った思い出

互いを知るきっかけとなった、一連の出来事

そのほとんどが気まぐれと思い付きと偶然の産物で出来たものだけど

不思議と異物感はなく、自分の中にすんなりと馴染んでいったのを今でもよく覚えている


そして、その日の出会いをきっかけに二人はどんどん仲を深めていった

彼女があの子のことを"アオちゃん"と呼ぶようになったのも、そこからさほど日は経っておらず

しかも何も知らないこちらからすると、また急に降ってきたような話で

考えすぎかもしれないけれど、あの時点で彼女たちは

既に他の人に対して持ち合わせていない、互いにしかない特別な関係性を築きあげていたように思う

意図的でないからこそ余計に、それは強く結ばれていって

いつしか二人は……会いに行くのが当たり前、ではなく

一緒にいるのが当たり前になっていた

一体いつからそうなっていたのかは、多分……誰も覚えていない


そんな日がしばらく続いていた、ある日のこと

宝石は初めて、愛でるべき花が輝く瞬間をその瞳に捉えた

そして本当の意味で、その口から紡がれる言の葉の旋律に

自身の心を奪われたのです。


589: 2022/06/15(水) 13:39:16 ID:4HQ9Sok2.net


…………


かなん「あれ、ダイヤじゃん。ひさしぶりー」

ダイヤ「こんにちは果南さん。一週間ほど会ってないだけで久しぶりですか?」

かなん「えー、だって毎日と比べたらそりゃあひさしぶりでしょ」

ダイヤ「比較対象がおかしいと思うのですが……まあそれほど仲が良いということなのでしょうね」

かなん「まあね、千歌と曜っていってさ、よく海にいって遊ぶんだけどかわいいんだーこれが」

かなん「で、ダイヤは何しにきたの? また習いごとでなんかあった?」ニヤ

ダイヤ「違いますっ! ただ家にいても退屈なので気晴らしに外でも回ってみようかと」

かなん「へーめずらしい、あのダイヤがそんなこと言うなんて」

ダイヤ「……二人とも寝てしまったので話し相手がいないんです、仕方ないでしょう」

かなん「ん、それって前にいってたサファイアちゃんとマルちゃんって子?」

ダイヤ「ええまあそうですけど、よく覚えてますわね」

かなん「ダイヤが言うことだもん、そりゃ覚えるって」

ダイヤ「はあ、それはどうも」

かなん「つれないなーもう」

590: 2022/06/15(水) 13:39:58 ID:4HQ9Sok2.net
かなん「まあいいや、そういうことなら私がダイヤの話し相手になるよ」

ダイヤ「もうなってますけどね」

かなん「細かいこと言わないの、ともだちとのおしゃべりってそんな真面目にやるものじゃないんだからさ」

ダイヤ「……一理ありますわね」

かなん「そうそう、気楽にいこうよ気楽に。でさ、ダイヤは習いごとたくさんやってるって言ってたじゃん?」

ダイヤ「ええ、人並み以上にはやってると思いますけど」

かなん「その中でもなんかお気に入りのものとかないの? よく言うじゃん、好きこそものの上手なれって」

ダイヤ「そうですわね……最近で言うとお琴かしら?」

かなん「おこと? なにそれ」

ダイヤ「和楽器の一種です、始めてからしばらく続けていた習いごとの一つですが……」

ダイヤ「つい最近私の弾いたものをマルちゃんが褒めてくれたんです。それが私、嬉しくて……」フフッ

かなん「……ふーん」

591: 2022/06/15(水) 13:40:51 ID:4HQ9Sok2.net
ダイヤ「どうかしましたか?」

かなん「いいや、そんなにいいものなら私も聞きたくなったなあって思ってさ」

ダイヤ「果南さんが聴いたところで眠たくなるだけかもしれませんわよ?」

かなん「そんなのまだ分からないじゃん、とにかく私も見たいから! 弾いてよねちゃんと!」

ダイヤ「そ、そこまで言うなら構いませんけれど……嫌とも言っていませんし」

かなん「はい、じゃあやくそく」

ダイヤ(いきなり詰め寄ってきたから驚いたけれど、そんなに興味があったのかしら…?)


「あっ! お姉ちゃんだー! おーーーい!!」

「おーねーえーちゃーんーーー!!」

かなん「ん?」

ダイヤ「あら、サファイアにマルちゃん。起きてきたのね」

サファイア「うん! あれ、かなんちゃんもいるー!」

かなん「え、私会うの初めてな気がするんだけど違ったっけ?」

592: 2022/06/15(水) 13:42:26 ID:4HQ9Sok2.net
ダイヤ「いえそれは……」

サファイア「うん、でもみたことあったしお姉ちゃんがかなんちゃんのことばかりはなすからわたし知ってるんだー!」

ダイヤ「なっ…!!」

かなん「へえー、それは初耳だね」

ダイヤ「ちょっとサファイア!! どうしてそう何でもかんでも口にするの!?」

かなん「なーんだ、ダイヤそんなに私のこと好きだったんだー」

ダイヤ「からかわないでください!! だから嫌でしたのに!」

サファイア「お姉ちゃんっておともだちいないからね、かなんちゃんがおともだちになってくれてすっごく嬉しかったんだとおもうよ!」

ダイヤ「サファイアっ!!」

はなまる「ま、まあまあダイヤちゃん、アオちゃんも悪気があって言ってるわけじゃ……」

ダイヤ「マルちゃんはサファイアに甘すぎます!」

かなん「ダイヤ、ちょっとは落ち着いたら? そんなカッカすることないのに」

サファイア「ねー」

ダイヤ「あのねえ、元はと言えば誰のせいだと……!」

593: 2022/06/15(水) 13:43:33 ID:4HQ9Sok2.net
かなん「ところで、あなたがマルちゃんだよね? 私まつうらかなん小学一年生、よろしくね」

はなまる「は、はじめまして、国木田花丸です。ようち園の年中、4さい」

かなん「はなまるちゃんね、私はこっちの呼び方でいっかなー」

サファイア「ちなみにわたしは5さい!! マルちゃんよりわたしのほうがお姉ちゃんなの!」

ダイヤ「中身でいったら間違いなく逆なのだけど、まあマルちゃんは私と同じで早生まれなので仕方ないわね」

かなん「そうなの? 私も早生まれだよ、誕生日2月!」

はなまる「かなんさんも?」

ダイヤ「あら、意外な共通点ですわね。なんだか嬉しいですわ」

キャッキャ

サファイア「む~……なんか仲間はずれなかんじ……」

594: 2022/06/15(水) 13:44:13 ID:4HQ9Sok2.net
ダイヤ「そういえばあなたたち、どうして海の方に? 遊びにでもきたの?」

はなまる「ううん、今日は遊びじゃなくて」

サファイア「うたのれんしゅうをしにきたの!」

ダイヤ「また急な話ね、どうせアイドルのことなんでしょうけど」

サファイア「ちがうもん! ようち園でおうたの発表会があるから、それのれんしゅう!」

サファイア「わたしはマルちゃんのつきそいで来たんだから! ねーマルちゃん!」

ダイヤ「そうなの?」

はなまる「うん、マルちょっと自信がなかったから、それでアオちゃんに相談して」

サファイア「海ならひろくておっきいから、大きな声をだしてもだいじょうぶかなーって!」

かなん「いいじゃん、私たちもよくやってるしそういうの」

サファイア「でしょー?」

ダイヤ(一応それなりに考えてはいるのよね、この子)

595: 2022/06/15(水) 13:44:57 ID:4HQ9Sok2.net
サファイア「というわけで! ほらマルちゃん、うたってうたって!」

はなまる「ええ!? い、いま!?」

サファイア「見てるひとが多いほうがれんしゅうになるから! それに今いるのはみんな知ってるひとだし」

サファイア「発表会になったら知らないおとなのひとも見にくるんだよ? 今のうちになれておかないと!」

はなまる「うっ、確かにそうかもしれない……ずら」

かなん(サファイアちゃん、なんか急にアドバイスが的確になったね)ヒソヒソ

ダイヤ(曲がりなりにもアイドル、人前に立つ職業を目指しているわけですから、その辺りに関しては鋭いのでしょう)ヒソヒソ

ダイヤ(あの子も黒澤家の一人、普段は勝手気ままでも関心を抱いた物事に対しての姿勢は真剣そのものです。とはいえ他分野との差が極端すぎるきらいがありますがね)

かなん(案外お姉ちゃんの影響もあるかもしれないよ?)

ダイヤ(まさか、あれは元からそういう子なんです)

かなん(もうちょっと夢見ようよダイヤ……)

596: 2022/06/15(水) 13:46:03 ID:4HQ9Sok2.net
サファイア「だいじょーぶ! マルちゃんならぜったいちゃんと歌えるようになるから!」

サファイア「わたしがほしょうする!!」

はなまる「アオちゃん……うん、ありがとう」ニコ

かなん「……妹ってさ、みんな元気で前向きなもんなのかな」

ダイヤ「何か言いました?」

かなん「いや、べつに」

はなまる「じゃ、じゃあ歌うね」

サファイア「うん! さいしょはマルちゃんのすきなものでいいから!」

はなまる(マルの好きな曲……)スゥーッ


はなまる「──♪────♪」

ダイヤ・かなん「!!?」

サファイア「……!」

597: 2022/06/15(水) 13:46:51 ID:4HQ9Sok2.net

はなまる「────♪ ど、どうかな? アオちゃん」

サファイア「……す」

はなまる「す?」

サファイア「すごいすごいっ!! マルちゃんとっても上手!!」パチパチパチパチ!

サファイア「どうやったらそんなにキレイな声がだせるの!?」

サファイア「マルちゃんってむずかしい本をよむだけじゃなくて、うたうこともとくいなんだね! わたしまたマルちゃんのいいところ見つけちゃった!」

はなまる「ほんとう?」

サファイア「ほんとほんと!! ね、お姉ちゃんたちもそうおもうよね!?」

ダイヤ「……え? ええ、とても素晴らしかったですわ。ねえ果南さん」

かなん「あ、ああうん、すっごく良かったけど……」

かなん「その、なんだろう……」

はなまる「?」

598: 2022/06/15(水) 13:47:56 ID:4HQ9Sok2.net

「かなんちゃーん!」

「いっしょにあそぼうよー! おーーーい!」

かなん「…あーっと、ごめん。友達に呼ばれたからそろそろいくね」ニコ

はなまる「あ、はい」

サファイア「かなんちゃん、またねー!」

かなん「うん、バイバイ」タッ

はなまる「かなんさん、マルの歌あまりよく思わなかったのかな……」

ダイヤ「……いいえ、寧ろその逆だと私は思いますわよ」

599: 2022/06/15(水) 13:48:35 ID:4HQ9Sok2.net
かなん「曜ー、千歌ー、おまたせ……って何してるの?」

よう「紙ひこーき作ってるんだ!」

ちか「どっちが遠くに飛ばせるかってきょうそうしてるの!!」

かなん「ちょっと、それで海を汚したらわたし怒るよ?」

ちか「う、海のほうには投げてないもん!」

かなん「なら別にいいけど……」

よう「ねえ、それよりかなんちゃんどうしたの?」

かなん「どうって何が?」

ちか「だって果南ちゃん顔がまっかだから」

かなん「ああ……うん、まあ。色々あってね」

かなん(だってそうじゃん……ずーっとテレビの中だけだと思ってたのに)

かなん(こんな近くに、あんなに歌が上手い子が、ほんとうにいるなんてさ……)

かなん(ビックリしすぎて何も言えないよ……)

619: 2022/06/25(土) 10:12:02.56 ID:qXvXt7wO.net
サファイア「うん、今のでわかった! やっぱりマルちゃんはアイドルにむいてる!」

はなまる「ま、またその話? マルには無理だよ……」

サファイア「そんなことないよ! マルちゃんならできる!」

ダイヤ「はあ……もういい加減にしなさいな、今日ので一体何回目だと思ってるの」

サファイア「何回って、まだいっしょにアイドルやるって決めてからちょっとしか時間たってないじゃん!」

ダイヤ「そのちょっとの間にどれだけ言ってきたのって話よ、全く……あのねサファイア、よく聞きなさい」

ダイヤ「人には得手不得手があるの。そうじゃなくても好き嫌い、興味の有る無しに関わってくれば」

ダイヤ「自分から取り組みたくないものだって出てくるでしょう? まして無理にやらせるものでもなしに」

サファイア「またむずかしいことばっかり言う!」

ダイヤ「……相手が嫌がってるのに無理やりやらせようとするのはやめなさいって言ってるの。これで分かる?」

サファイア「えっ」

はなまる「ダ、ダイヤちゃんそれは……」

ダイヤ「この際はっきり言うべきよマルちゃん」

620: 2022/06/25(土) 10:12:53.27 ID:qXvXt7wO.net
サファイア「……マルちゃん、アイドルがいやなの? きらい?」

はなまる「ううん、そうじゃないの。そうじゃないけど……」

はなまる「マルには、似合わないから……ドジだし、鈍間だし、アオちゃんみたいにはなれないもん」ニコ

サファイア「……」

はなまる「だから、えっと……やりたくないの、アオちゃんの足を引っ張りたくもないから。ごめんね」

ダイヤ「……ほら、これに懲りたらしばらくは控えなさい? サファイアだってマルちゃんを困らせたくはないでしょう?」

サファイア「……わかった」

はなまる「あ、アオちゃん、あのね……」

サファイア「じゃあ今日はマルちゃんのおうちにとまる」

ダイヤ「……は?」

621: 2022/06/25(土) 10:13:41.15 ID:qXvXt7wO.net
サファイア「いいよね? マルちゃん」

はなまる「ま、マルはいいけど」

サファイア「よーしきまりっ! お姉ちゃん、お父さんとお母さんにいっといてー」スタスタ

ダイヤ「ちょっ…待ちなさい! 先程の話からどうしてそうなったの!?」

サファイア「ねえねえマルちゃん、きょうのお夕はんはなんだろうね?」

はなまる「分からないけど、今はお魚が旬らしいずら。だからお魚さんかもね」

サファイア「へー! わたしのお家もさいきんのご飯お魚ばっかりなんだー!」

はなまる「なら別の献立になるといいね」

サファイア「うん、わたしお魚あきちゃった!」

ダイヤ「サファイア! ……もう! 少しはしおらしくなったと思ったのに、何なのあの変わり様は……」

622: 2022/06/25(土) 10:14:21.82 ID:qXvXt7wO.net


───その夜


はなまる「ごちそうさまでした」パン

「はい、お粗末様でした」

はなまる「アオちゃん、どこに行ったんだろ……」キョロキョロ

「おーいマルちゃーん、こっちこっち」

はなまる「アオちゃーん見えないよー、どこにいったずらー?」

サファイア「ここだよー、ほら早く早く」チョイチョイ

はなまる「……外?」

623: 2022/06/25(土) 10:15:11.94 ID:qXvXt7wO.net
サファイア「もう、おそいよマルちゃん」

はなまる「ご、ごめんねアオちゃん。でも」

はなまる「どうしてお外なの? 夜で暗いのに危ないよ」

サファイア「ちょっとだけだから、それにわたしはお外明るいと思うよ?」

サファイア「だってまあるいお月様が出てるんだもん!」

はなまる「あっ、本当だ……今日満月だったんだね」

サファイア「ね、いいでしょ?」

はなまる(あんまり理由になってない気がするけど……)

はなまる「じゃあ、ちょっとだけだよ」

サファイア「えへへっ、ありがとマルちゃん」

624: 2022/06/25(土) 10:16:09.47 ID:qXvXt7wO.net
サファイア「マルちゃん、きょうはごめんね」

はなまる「え?」

サファイア「わたし、マルちゃんのきもち分かってなかったから」

サファイア「いやだったんだよね、ごめんなさい」

はなまる「そんなに謝ることっ」

サファイア「ううん、もううるさく言うのはやめる。だけど」

サファイア「わたしね、マルちゃんにもやめてほしいことがあるの」

はなまる「マルに?」

サファイア「マルにはむりとか、似合わないっていうの、やめてほしいなーって」

はなまる「!」

サファイア「だって絶対そんなことないもん、がんばればなれるし似合ってるもん」

625: 2022/06/25(土) 10:17:07.57 ID:qXvXt7wO.net
はなまる「……」

サファイア「わたしね、マルちゃんのことだいすきだよ。バカにしたことなんてないし、ウソだって言ったことない」

はなまる「うん……知ってる」

サファイア「だからアイドルになれるって思ってるのはほんとう。マルちゃんはわたしのことすき?」

はなまる「だいすきだよ」

サファイア「じゃあわたしの言うことも信じてほしいな、マルちゃんにはいいところたっくさんあるんだから!」

サファイア「そうやって自分で言うのもったいないよ!」

はなまる「アオちゃん……」

サファイア「えっとね、それだけ! ……あ、そうだ! うたってよマルちゃん」

はなまる「え、今から?」

サファイア「うん、アイドルじゃなくったってわたしはマルちゃんのファンだから! また聞きたいの! アンコールだよ!」

はなまる「マルの、ファン……」

626: 2022/06/25(土) 10:20:26.85 ID:qXvXt7wO.net

サファイア「マルちゃんはあっち、わたしはここで聞くから! とくとーせきってやつ!」

はなまる「……ふふっ、やっぱりアオちゃんはアオちゃんのまんまだね」

サファイア「? どういうこと?」

はなまる「なんでもないよ」スタスタ

はなまる「…………」ピタッ


いつもそう

自分のことばかりってダイヤちゃんによく言われるけど、本当はそんなことなくて

いっつもマルのこと、考えてくれてて

今日だって、そのためにわざわざ来てくれたんだよね? マルにはわかるよ

でも、だからこそ困ったこともあって……マルばかりがこんなに救われてもいいのかなって、思ったりもする

それでも、今目の前にいるあの子が自分の歌を望んでいるのなら

マルはそれに嘘をつきたくない、あの子をがっかりさせたくない


はなまる「……」スゥーッ


ああ、そうか。マルは今初めて……誰かの期待に応えようとしてるんだ。

そしてそれはきっとアオちゃんにとっても、特別な────


627: 2022/06/25(土) 10:21:27.31 ID:qXvXt7wO.net

ダイヤ「…………」

かなん「あっ、まーた来てるじゃんラッキー」ザッザッ

ダイヤ「果南さん、あなた人のこと言えないでしょう」

かなん「私はほら、海に来るのは日課みたいなもんだから」

ダイヤ「そうですわね、あなたにとっては通常運転でしたか」

かなん「なんか馬鹿にされてるような気がしないでもないけど……」

ダイヤ「してませんわよ、果南さんらしいという話です」

かなん「そう? ならいいけど、ところでなんでまたここにいるわけ?」

ダイヤ「……ここに来ればまたあなたに会えるかと思いまして」

628: 2022/06/25(土) 10:22:22.57 ID:qXvXt7wO.net
かなん「えっ、なに急に」

ダイヤ「話し相手がいないので」

かなん「あーそういうことね。っていうか、それだけの理由で私に会いに来るってひょっとしてダイヤって寂しがり?」

ダイヤ「なっ……! そんなわけないでしょう!?」

かなん「まーまー照れなくていいじゃん、どうせ私しか聞いてないんだし、こう見えても口は固いほうなんだよ」

ダイヤ「……あなたほど信用しておきながら調子を狂わされる方もなかなかいませんわね」

かなん「そうは言うけど、そもそも私以外そんなに友達いなかったんじゃ……」

ダイヤ「」ギロッ

かなん「いやいやなんでも」

642: 2022/07/01(金) 11:28:44.49 ID:7Q8eyUZv.net

かなん「……はえー、私がいなくなった後にそんなことがねえ」

ダイヤ「ええ、全くわけがわからないと言いますか……あの子に関しては分かることのほうが少ないのですけど」

かなん「その割には心配してなさそうだけど?」

ダイヤ「必要ありませんから。確かに意図を読むことは出来ませんが、それでも」

ダイヤ「相手の気持ちを知ったうえで自分の理想を押し付けるほど、愚かな子でもないので」

かなん「ふーん」

ダイヤ「……いやしかし、頻度を減らすというだけで誘うこと自体は続けるつもりかも……」

かなん「どっちなの」

ダイヤ「まあ、マルちゃんに納得させたうえでアイドルをやらせる。恐らくこれでしょうね」

かなん「さっきの話を聞いてる限りだと難しい気もするけど、本当にそんなこと出来るの?」

ダイヤ「さあ。ただ、一つだけ言えるのは」

ダイヤ「何かを理由にそれを諦めることは絶対にないということ。もしその何かが原因で進めないなら、あの子は別の手段をもって成し遂げようとするでしょう」

ダイヤ「非常にしつこく、何回も。ああ見えて聞き分けのない頑固者ですから」

かなん「なるほどねえ」

643: 2022/07/01(金) 11:29:27.48 ID:7Q8eyUZv.net
ダイヤ「なんですか」

かなん「だから、危なっかしくて放っておけないわけだ」

かなん「たとえそのことで口うるさいお姉ちゃんって思われても、心配せずにはいられない」

ダイヤ「……あなた先程のお話、もうお忘れになられたんですか?」

かなん「忘れてないって、そんな呆れた目で見ないでよ」

かなん「ただ、さっきの話と今ダイヤが言ったのは違うものでしょ?」

かなん「今は大丈夫でもいつかは……ってさ」

ダイヤ「……果南さんはときどき、妙なところで核心をついてきますわよね」

かなん「妙な、は余計だよ。でもまあ」

かなん「なんだかんだで姉妹なんだねー、二人は」

ダイヤ「はい?」

かなん「ほら、一途な頑固者ってあたりが似てるなあって。少し前までサファイアちゃんとダイヤは正反対だと思ってたけど」

かなん「そういうところ、そっくりだ」ニコ

644: 2022/07/01(金) 11:30:15.90 ID:7Q8eyUZv.net
ダイヤ「……あまり一緒くたにはされたくないのですけど」ポリポリ

かなん「あのさ、ダイヤって嘘つくの下手でしょ」

ダイヤ「んなっ! いきなり失礼な! 初対面のときから感じていましたがあなたデリカシーというものがないのですか!」

かなん「ああいや、別に悪く言うつもりはなかったんだけど」

ダイヤ「悪意がないというのであれば他にどんな表現があると!?」

かなん「表現っていうか、私はそういう弱点もあったほうが好感持てていいなあって思っただけだよ」

ダイヤ「もしそうだとしたら、言葉足らずが過ぎるでしょう……」

かなん「一応あとで付け足そうとはしてたよ?」

ダイヤ「その前に話の腰を折ったら元も子もないでしょうに……」

かなん「まあね」

ダイヤ「あなたのことなんですが」

かなん「ごめんって」

645: 2022/07/01(金) 11:31:27.07 ID:7Q8eyUZv.net
ダイヤ「しかしそれにしても、好感……ですか」

かなん「ん?」

ダイヤ「いえ、果南さんは良くも悪くも言葉に淀みがないと思いましてね」

かなん「? なにそれ」

ダイヤ「言うことが耳にスッと入ってくる、つまり聞きやすいという意味です。きっとかなんさんは良い相談役になると思いますわ」

かなん「え、でもさっきまでデリカシーがどうのって」

ダイヤ「言いましたけども、それとは別に果南さんは気さくなうえ人もいいですからね」

ダイヤ「つい話を聞いてもらいたくなる、安心出来るのです」

かなん「なんか褒められたり文句言われたりでよく分からないなあ、今日のダイヤは」

ダイヤ「だからその、つまりはですね、果南さんと話をすると胸のつかえも取れますし落ち着くので」

ダイヤ「これからも、その……頼りにさせてもらえたらと」

かなん「……ふーん。そっ、か」

ダイヤ「……やはり、いけませんか?」

646: 2022/07/01(金) 11:32:13.21 ID:7Q8eyUZv.net
かなん「うーん、っていうかダイヤってさ」

ダイヤ「な、なんでしょうか」

かなん「思った以上にめんどくさいよね」

ダイヤ「先程の発言を撤回させてください今すぐに」

かなん「うそうそ!冗談! 違うからほんとに!」

かなん「えーっと、だから、なに? そんなの別に気にすることないよって、そう言いたかったの!」

ダイヤ「本当に?」

かなん「本当だってば! だいたい、お願いなんてされなくても、私はずっとダイヤの味方でいるつもりだし」

かなん「だから大きいことでも小さいことでも、何か困ったことがあれば私をすぐ頼っていいんだって、むしろダイヤはそういうの気にしすぎ!」

ダイヤ「えらくハッキリと申し上げますわね……それなりに自覚はしていましたがこうも真正面からぶつけられるとは」

647: 2022/07/01(金) 11:32:55.84 ID:7Q8eyUZv.net
かなん「まあね、でもそれを直せって言いたいわけじゃないの私は。たださ……」

かなん「一人くらいは、ダイヤにとってそういう人がいてもいいんじゃない?」ニコ

ダイヤ「!」

かなん「それが私なら全然お安い御用だよって、そういう話」

ダイヤ「果南さん、あなた」

かなん「うん」

ダイヤ「本当に小学一年生ですか?」

かなん「それ私が言いたいやつなんだけど」

ダイヤ「冗談です、ふふっ……しかし果南さんがそこまで仰るのなら」

ダイヤ「私もあなたを信じてこれからはもっと気楽に打ち明けてみようと思います、自分から進んで買った以上はしっかりと責任を果たしてくださいね?」ニコ

かなん「もちろん、大船に乗ったつもりでいてよ!」

648: 2022/07/01(金) 11:35:23.96 ID:7Q8eyUZv.net


それは偶然にも初めて会ったときと同じ、満月が浮かんでいた日のこと

あの日から彼女は私にとってただの友達の一人ではなく、唯一無二の大切な存在になった。

そして子供ながらに、いいえ子供だからこそ

これから先、そんな良いことが自分の周りでもっと続いていくのだろうと

根拠もなしに漠然と、そう心の中で決めつけていた。


……人生なんて、いつ何が起こるのか分からないというのに

それが良いことでも悪いことでも、私一人の力ではどうしようもない、どうにも出来ないようなことが

必ずどこかでやってきてしまう、あの子たちの出会いがそうであったようにね。


しかし心のどこかではそんなものを信じたくはなかったし、まして願ってもいなかったのでしょう

今思い返せばね、それほど……

あの頃の私は自分で思っていたよりもずっと、幸せに感じていたのですから

結局、どんなに利口ぶっていても私はまだまだ未熟でしかなくて

誰一人欠けることのない夢物語を本気で描いていた


…………あの子を失うまで、ずっとね


669: 2022/07/12(火) 05:35:22 ID:Nkg9dN6z.net

サファイア「ねーねーお姉ちゃん」

ダイヤ「なに?」

サファイア「小学校ってたのしい?」

ダイヤ「どうしたの急に」

サファイア「だってわたし、もう幼稚園とバイバイしちゃったし」

ダイヤ「卒園でしょもう。でもそうね……まあ、退屈ではないかしら」

サファイア「ふーん。そっかー」

ダイヤ「気になるの?」

サファイア「気になる! だって小学生になったらマルちゃんといっしょに学校に行けるんでしょ!?」

ダイヤ「ああ、そういうことね……納得したわ」

サファイア「それにお姉ちゃんともいっしょにいられるし!」

ダイヤ「え?」

670: 2022/07/12(火) 05:36:15 ID:Nkg9dN6z.net
サファイア「え? お姉ちゃん、わたしといっしょに学校行ってくれるんでしょ?」

ダイヤ「あなた、マルちゃんと二人がいいんじゃないの? 今までだってずっとマルちゃんマルちゃんって言ってきたのに」

サファイア「そーだけど違うもん!」

ダイヤ「どっちなのよ……」

サファイア「だって幼稚園のときはお姉ちゃんいなかったけど、次からは同じところだからいっしょがいいの!」

ダイヤ「……朝早いわよ?」

サファイア「おこして!」

ダイヤ「起きなかったら?」

サファイア「おきるまでおこして!」

ダイヤ「あなたねえ……少しは自分で努力しようとは思わないの?」

サファイア「じゃあがんばって自分でおきる! だからちゃんと待っててね!」

サファイア「置いてっちゃヤダからね!!」

ダイヤ「はいはい、わかったわよ。約束するから」

671: 2022/07/12(火) 05:37:12 ID:Nkg9dN6z.net
サファイア「やったー! お姉ちゃんだいすきー!」ギューッ

ダイヤ「全く、調子がいいんだから。ほら、もう夜も遅いんだから早く部屋に戻って寝なさい?」

サファイア「えーやだー、きょうはお姉ちゃんとがいい!」

ダイヤ「ああもう好きにしなさいな」

サファイア「えへへっ、おじゃましまーす!」モゾモゾ

ダイヤ「ただ、ベッドを使うのはいいけれど枕を占領するのだけは……って」

サファイア「すぅーすぅー」

ダイヤ「どうしてもう眠ってるのよ……枕も取られているし」

ダイヤ「はぁ、これだからサファイアと一緒に寝るのは嫌……」モゾモゾ

サファイア「ん~……ぇへへ、おねぇちゃぁん……」ギュゥ

ダイヤ「……ふふっ」ナデナデ

672: 2022/07/12(火) 05:38:11 ID:Nkg9dN6z.net


置いてっちゃヤダからね!!


ダイヤ(何を言っているんだか、放っておいてもついてくるくせに)

ダイヤ(習いごとでもなんでも私の真似ばっかりで)

ダイヤ(上手く出来ないもどかしさとか、比べられる不満とか、すぐ思ったこと全部口に出すくせに)

ダイヤ(それでもやめなくて、ずーっと私の後ろにいたのはサファイアでしょう?)

ダイヤ「置いてくものですか、あなたは、私がいないと全然ダメなんだから」


たとえ夢が理解できないものでも、好きな人が出来ても、将来歩む道が違っていたとしても

私の、たった一人の妹なんだから。


679: 2022/07/15(金) 22:29:27.19 ID:utcAyHTQ.net

はなまる「ふんふふーん♪」カキカキ

「ご機嫌ねマルちゃん」

はなまる「うん、幼稚園が終わって、つぎは小学校でしょ?」

はなまる「これからはアオちゃんと一緒に登校できるんだなあって」

「いま描いているものは?」

はなまる「アオちゃん! この前マルの誕生日にすっごくお祝いしてくれたから」

はなまる「マルもお返しに何かできたらなあって思って描いているんだ、それとお花!」

「そう、それなら近いうちに花屋に行って買っておかないとねえ」

はなまる「ばっちゃん、マルも連れていってほしいずら、自分で選びたいから」

「……マルちゃん、本当に変わったわねえ」

はなまる「え?」

680: 2022/07/15(金) 22:30:09.33 ID:utcAyHTQ.net
「いいえ、なんでもないわ。もちろん一緒に連れていってあげる」

「サファイアちゃん、喜ぶといいねえ」

はなまる「アオちゃんはマルがあげるものなら何でも喜ぶよ。でも……」

「?」

はなまる「だから、贈るときは精一杯気持ちを伝えたいの」

はなまる(どんな花がいいかな、やっぱり分かりやすいもの……チューリップなんかがいいかな)

はなまる(色はかわいいピンク色、にしたいけど確かピンクのチューリップの花言葉は……)ペラッ

はなまる(ちょっと恥ずかしいからやめよう、黄色はどうだろう? 光とか太陽とかアオちゃんにピッタリだと思うし)

はなまる(花言葉も正直と名声、マルの気持ちとアオちゃんの夢に合ってるから……うん)

はなまる(決めた、アオちゃんに贈る花は黄色のチューリップにしよう!)

はなまる「ふふっ、アオちゃんどんな顔して受け取ってくれるかなあ……」

681: 2022/07/15(金) 22:31:37.89 ID:utcAyHTQ.net


今までアオちゃんにはたくさんの勇気をもらってきた


アオちゃんが背中を押してくれたから、マルは一歩前に踏み出せた。

あなたが傍にいてくれたから、誰かと会うのが恋しくなった。

あなたが目の前で聴いてくれたから、自信をもって歌えるようになった

あなたと一緒の世界はこんなにもドキドキで溢れていて

毎日が、とっても楽しくて、楽しくて、しょうがなくて

だからありがとうの気持ちを込めて、ほんのちょっぴりでも

マルからあなたに感謝の気持ちを届けたくて


いつもありがとう。これからもよろしくね。ずっと一緒だよ。

そんな言葉と一緒に、心を込めて、大好きなあなたへ。


そう、伝えたかったのに


682: 2022/07/15(金) 22:32:32.66 ID:utcAyHTQ.net


…………


「ねえマルちゃん、学校ってどんなところなんだろうね?」

幼稚園よりもずっと大きいらしいずら

「今度はいっしょのとこになれるといいね!」

そうだね。結局マルたち最後まで違う組だったから

「アイドルのこととか教えてもらえるのかなあ?」

ふふっ、あったらいいね

「マルちゃんが好きな本もあるかも!」

図書室のこと? 確かに、それもあったらいいなあ……

「あー早く小学生にならないかなー!」

「楽しみだね、マルちゃん!!」

683: 2022/07/15(金) 22:33:57.51 ID:utcAyHTQ.net


うん! あ、そうだ。ねえアオちゃん


「なあに?」


あのね、マルね、アオちゃんに渡したいものが……


「……」


渡したかった、ものが


「…………」


あるの。あったんだよ……だから


「    」


受け取ってよ、お願いだから


サファイア「」


笑ってよ、アオちゃん。


684: 2022/07/15(金) 22:35:24.00 ID:utcAyHTQ.net


それは3月の中旬が過ぎて、各地で桜が咲き始めた頃。


風で舞い散る桜の花びらに、春の訪れを感じ始めた頃。


そして一人の少女が、少し先の二人の姿に思いを馳せていた頃。


マルは想い人のために花を携えて、渡すことが出来ないまま


アオちゃんは亡くなった。


691: 2022/07/19(火) 21:28:40.08 ID:09vs1mH5.net


「不整脈だったんだって」

なにそれ

「難しい話だったから全部分かったわけじゃないけど」

「心臓の病気で、いつも元気な人でも氏んじゃう可能性があるって」

「アオちゃん、それが原因で倒れて」

なんで

「運動がきっかけ……って、言ってたから、多分、アイドルの練習……とか」

どうして

「学校に行けるの、楽しみにしてたもんね」

そんなの、何も関係ない

「あるよ。だって」

「アオちゃん。新しい自分を見てもらいたかったんでしょ?」

「だから、一生懸命だったんだよ」

……みんなに?

「ううん」

はなまる「マルに、見せたかったんだよ。きっと」

どうしてそう思うの?

はなまる「…………」

はなまる「アオちゃんはマルのこと、だいすきだからねえ」

はなまる「それくらい、マルにもすぐわかるずら」

うそ。


692: 2022/07/19(火) 21:30:34.90 ID:09vs1mH5.net


はなまる「嘘じゃないよ」

うそに決まってる、だって

好きな人が氏んだのに平気な顔をしている人でなしを

アオちゃんが好きになるわけない

はなまる「…………」

なんで泣かないの?

はなまる「わからないよ。涙が出ないんだもん」

はなまる「でも、うん、わからないけど」

はなまる「きっと、悲しくないから出ないんじゃないかな。涙」

はなまる「今のマルには何もないから。なにも。だから多分、わらうことも出来ないし」

はなまる「あなただって、怒ってるわけじゃないよね?」

本当は怒りたいよ

はなまる「そうだね。そうだよね」

はなまる「ごめんね、それでも、あともうちょっとだけ待ってて」

はなまる「今だけは、ちゃんとしたいの。今だけは」

はなまる「マルがちゃんと、見送ってあげなきゃ。じゃないと、アオちゃんが笑えないから」

……嫌われないといいね

はなまる「……笑顔に好きも嫌いもないよ」


693: 2022/07/19(火) 22:04:42 ID:09vs1mH5.net


コンコン


はなまる「?」

「ダイヤです。マルちゃん、いるのでしょう?」

はなまる「……」

そっか、もうそんな時間なんだ

「返事をしてください、お願いします!」

「せめて顔だけでも……どうか」


ギィ……


はなまる「……」

694: 2022/07/19(火) 22:06:07 ID:09vs1mH5.net

ダイヤ「! あ、マルちゃ「ダイヤさん」

ダイヤ「──!!」

はなまる「マルに何か用ですか?」

ダイヤ「……いいえ、用があるわけではないんです」

ダイヤ「ただ、花丸さんのお体が心配だっただけ。それだけですわ」

はなまる「ありがとう。マルなら、大丈夫だから」ニコッ

はなまる「じゃあまたね、ダイヤさん」

ダイヤ「はい。また……」


バタン


695: 2022/07/19(火) 22:07:36 ID:09vs1mH5.net


はなまる「……ふう」

笑えないんじゃなかったの?

はなまる「作るくらいは出来るよ」

ひどいね、心配して来てくれたのに

はなまる「ダイヤさんには心配かけさせたくないから」

…………

はなまる「そろそろ用意しないといけないから、もうやめるね?」


はなまる(やめないと、永遠に終わらないと思うから)


697: 2022/07/20(水) 20:06:10.46 ID:dbOJ4zA6.net





葬儀は驚くほどあっという間だった


黒澤父「本日は我が娘のためにお集まりいただき、遺族を代表して心よりお礼申し上げます」

黒澤父「いつも健康的で明るく、賑やかな場所を好む子でしたから、こうして大勢の方が来てくださったことに亡き娘も喜んでいることと存じます」


アオちゃんのお父さんの言ってることは正しいと思った

棺の中で眠っているアオちゃんの顔はとても穏やかで、周りに置かれた花があの子を優しく包み込んでくれているような気がしたから

ねえアオちゃん、たくさんお花があるってことはね、それだけアオちゃんがみんなに愛されてたってことなんだよ?

もちろんマルもその一人だけどね。だからお花もちゃんと自分で選んだよ

この日のためにってわけじゃないけど、前から渡したいと思っていたもの


黒澤父「また、ささやかではございますが粗餐をご用意させていただきました」

黒澤父「どうか気を張りすぎることなく、ごゆっくりとおくつろぎ、またお召し上がり頂ければと存じます」

黒澤父「本日はお越しいただき誠にありがとうございました」


黄色のチューリップ、その花の一本に込められた意味は


「あなたが運命の人」


ちゃんと伝わってるよね、あなたに。


698: 2022/07/20(水) 20:56:33.18 ID:dbOJ4zA6.net


「…………」ガヤガヤ


今回の葬式は告別式と火葬の日にちを分けているみたいで、出棺は明日に執り行うって聞いた


はなまる「…………」スッ ジジッ…


つまり、今日はお通夜でもあるということで


ダイヤ「花丸さん」

はなまる「ダイヤさん」

ダイヤ「疲れてはいませんか? その、随分長いこと番をしているので……」

はなまる「ううん、平気」

ダイヤ「そう、ですか」

699: 2022/07/20(水) 20:58:24.79 ID:dbOJ4zA6.net
はなまる「ごめんなさい、マルも泊めてくれるようにってダイヤさんたちに無理を言って」

ダイヤ「いいえ、それは構わないのです。あの子も喜ぶでしょうから……ただ」

はなまる「ただ?」

ダイヤ「あまりご無理はなさらないでください、それだけは本当に、留めておいてくださいまし」

はなまる「……うん」

はなまる(ダイヤさんの言いたいことは痛いほどわかる。でも、出来ることなら)

はなまる(このままずっと見守っていたい、今この手で灯された火が消えてしまわないように)

はなまる(マルが、見届けなくちゃ)

700: 2022/07/20(水) 21:01:40.63 ID:dbOJ4zA6.net
ダイヤ「花丸さん……」

かなん「…ダイヤ、気にするのは分かるけどさ」

かなん「ダイヤも今のうちに何か食べておかないと、さっきから全然口にしてないじゃん」

ダイヤ「……すみません」

かなん「ちょっとずつでもいいから一緒に食べようよ、明日のためにもさ」

ダイヤ「そう、ですわね。果南さんの言う通りです」

ダイヤ「いただきます」パク

かなん「どう?」

ダイヤ「……美味しいです」

かなん「それはよかった」ニコ

702: 2022/07/21(木) 22:52:48.30 ID:8p21Ckp/.net
「えーっ!! 本当にこれ全部もらっていいの!?」

ダイヤ「? なんでしょうか」

かなん「……ごめんダイヤ、ちょっとここで待ってて」

ダイヤ「果南さん?」

ちか「わーっ見てみて曜ちゃん! わたしこんなにお菓子もらっちゃった!」

よう「わたしもー! 凄いよねー、いつものお葬式だとこんなにないのに!」

ちか「ねー!」

志満「千歌ちゃん、もうちょっと静かに」

「曜も、少しはしゃぎすぎだぞ」

ちか「えー、どうしてー?」

よう「パパだって周りのおじさんたちと喋ってるじゃん」

「そういう問題じゃなくてな……」

かなん「曜、千歌、そこでなにしてるの?」

703: 2022/07/21(木) 22:53:23.62 ID:8p21Ckp/.net
ちか「あっ果南ちゃんだ、もー今までどこ行ってたのー?」タタタッ

よう「そうだよ、全然話しかけてもくれないし」テクテク

ちか「果南ちゃんがいなくて、わたしたちずーっとつまんなかったんだから!」

美渡「おい千歌……」

かなん「……そう言ってるわりには楽しそうだよね」

ちか「うん! だって見てよほら! お菓子はたくさんあるし、ご飯も美味しいし!」

ちか「こんなの初めてだもん! あーあ、明日もやればいいのになー」

かなん「──!!」

704: 2022/07/21(木) 22:54:18.80 ID:8p21Ckp/.net
美渡「ちょっと千歌、あんたいい加減に……」

ドンッ

よう「!!」

ちか「いっ……か、果南ちゃん……?」

かなん「」ギロッ

ちか「ひっ……」

かなん「」スッ

ちか「や、やだ……やだぁ……」

かなん「……」

パシッ

よう「待ってよ、なにその手、ねえ」

よう「果南ちゃん、千歌ちゃんに何しようとしてるの」

かなん「……」

よう「っていうかさ」

よう「なにしてるの」

705: 2022/07/21(木) 22:55:33.04 ID:8p21Ckp/.net
かなん「は? 何のこと」

よう「突き飛ばしたじゃん、いま! さっき!」

かなん「だから?」

よう「ケガするかもしれなかったじゃん!! 果南ちゃんのせいで!」

よう「それにいま! 殴ろうとしたよね!? 千歌ちゃんのこと!! ねえ!」

よう「謝りなよ! 千歌ちゃんに!」

かなん「なんで? 嫌だけど」

よう「はあ!?」

かなん「うるっさいなあ、千歌もだけどさ、今のあんたたちは見てて本当にイライラするわ」

かなん「ご飯食べ終わったんでしょ? もう邪魔なだけだし出ていきなよここから、特に千歌」

ちか「えっ」

かなん「最低、大っ嫌い、もう顔も見たくない。早く私の前からいなくなって」

よう「!!」

ちか「な、なんで……どぉして、そんな……こというの?」

706: 2022/07/21(木) 22:57:08.67 ID:8p21Ckp/.net
ちか「かなっ……う、ひぐっ……ぐすっ……」

よう「っ!!」グイッ

かなん「離しなよ」

よう「最低なのは果南ちゃんでしょ、謝りなよ千歌ちゃんに」

かなん「……」

よう「謝れっ!!」

かなん「……謝るのはそっちでしょ!! 不謹慎なんだよさっきから!!」グググッ

かなん「他の人の気も知らないで!! ちょっとは空気読みなよ!!」

ドサッ

かなん「泣きたい人がいる前でっ、いつまでもヘラヘラするな!!」

よう「千歌ちゃん泣かせておきながら偉そうなこと言わないで!!」

707: 2022/07/21(木) 22:58:25.57 ID:8p21Ckp/.net
美渡「こっちだって! 早く! ほんとにヤバいんだって!!」

かなん「そっちこそ勝手なことばかり言うな!!」

美渡「果南! ちょっと落ち着けって!」ガシッ

「曜! 何やってるんだやめなさい!」グイッ

かなん「離してよ美渡姉! このっ……!!」

よう「フーッ…フーッ……!!」

ダイヤ「果南、さん……?」

かなん「……知らない、くせにっ」

かなん「なにも知らないくせにっ!!」

708: 2022/07/21(木) 22:59:50.76 ID:8p21Ckp/.net


…………


かなん「……」

「曜ちゃんと千歌ちゃん、帰ったぞ。良かったんだな? これで」

かなん「なんで私に聞くのさ」

「お前が千歌ちゃん達に出てけって言ったんだろ」

かなん「……」

「しかも結局曜ちゃん殴って? そんなボロボロになるまで喧嘩してよ」

「本当にどうしようもない奴だな、全く」

かなん「っ!!」

「お前じゃない、俺がだよ。すまなかったな、気付いてやれなくて」

「俺は知ってたっていうのに、肝心なときに何も出来やしなかった」

「二人に迷惑かけたのも俺の責任だ、本当に悪かった」

かなん「お父さん……」

「けどな果南、それでもこれだけは言わなくちゃいけない」

「守るっていうのはな……そういうことじゃないんだよ」ポン

「今のお前みたいに、ただ気に入らないやつを黙らせるだけじゃ、絶対に心の傷は癒えないんだ」

709: 2022/07/21(木) 23:02:35.50 ID:8p21Ckp/.net
かなん「心の、傷……」

「そうだ。果南、きっとお前はダイヤちゃんのことを想って怒ったんだろう、だが」

「お前のその行動は、本当にダイヤちゃんが望んだものなのか?」

かなん「!!」

「もしあそこで、彼女がお前に頼っていたとして」

「それで果南がダイヤちゃんのために出来たことってなんだ? 誰かを殴ることなのか? 本当に?」

かなん「……ちがう」

「じゃあなんだと思う?」

ダイヤ(これからも、その……頼りにさせてもらえたらと)

かなん「ダイヤのはなしを、きくこと」

「……そうか」

710: 2022/07/21(木) 23:03:28.35 ID:8p21Ckp/.net
「なら傍にいてやれ、誰かを傷つける前にまず……目の前の友達を笑顔にしてやれ」

「いつでも誰かを支えられる、そんな人間になれたら……それが一番良いんだからよ」

かなん「うん」

「つっても、これからも間違えまくるんだろうけどな! 果南は俺に似て不器用だからなあー! はっはっは」

かなん「そんなこと」ムッ

「けど、本当に大事なものは何か……大切な人は誰か」

「それさえ忘れなきゃ、お前はきっと大丈夫だよ」

かなん「……ん」

「じゃあほれ、行ってこい。ダイヤちゃん待ってるぞ」

「それと二人にも後でちゃんと謝ること、いいな」

かなん「うん、ありがとうお父さん」

かなん「いってきます」タッ

「…………はぁーっ……難しいな、教育っていうのは」

711: 2022/07/21(木) 23:35:33.54 ID:8p21Ckp/.net

ダイヤ「……」

「ダイヤ」

ダイヤ「! ……あ」

かなん「あーっと、その……えっと」

かなん「さっきは、ごめん。なんか、私だけ勝手に突っ走っちゃってさ」

かなん「ダイヤのこと、ほったらかしにして、見てなくて……ごめん」

ダイヤ「……」

かなん「あのとき、私のこと信じてくれるって言ってたのに、頼ってくれって言ったのに」

かなん「わたし、まだ打ち明けられてなくて……」

ダイヤ「……なら、一つだけ」


ギュゥ


かなん「ダ、ダイヤ……?」

712: 2022/07/21(木) 23:36:37.52 ID:8p21Ckp/.net

ダイヤ「……ばか」

かなん「え」

ダイヤ「馬鹿ですかあなたは! そんな姿になるまで暴れて! 親しい人まで傷つけて!」

ダイヤ「それに! ……それにっ……!」

ダイヤ「自分をいちばん傷つけてまで、私のために……」

かなん「ダイヤ……」

ダイヤ「ばか、本当にばか……あなたが、果南さんが笑ってくれなかったら」

ダイヤ「私は、いったい何を、支えにすればいいんですか……」

かなん「─!!」

ダイヤ「もう誰かの辛い顔は見たくないのに、あなたまでそんな顔をしてしまったら」

ダイヤ「わたくしはもうっ……がまんできません……」ポロポロ

かなん「……ごめん、だいや」ギュッ

かなん「ごめんね……ほんとうに、ごめんなさいっ」ポロポロ

715: 2022/07/22(金) 19:59:35.60 ID:nuNPKbBS.net

はなまる「…………」

はなまる(話し声、聞こえなくなったな)

スッ

はなまる(今って何時なんだろう)

はなまる「…………」コクリ コクリ

「花丸さん」

はなまる「伯父さん」

黒澤父「夜に強いんだな花丸さんは。他の方は、きっともう帰って寝てしまわれたというのに」

黒澤父「先程ダイヤもお友達と眠りについたところだ」

はなまる「ダイヤさんが……大変でしたからね」

黒澤父「ああ……花丸さんは、まだ大丈夫なのかな? 体調の方は」

はなまる「問題ないです」

716: 2022/07/22(金) 20:01:01.56 ID:nuNPKbBS.net
黒澤父「……そうか。しかしな、花丸さん」

黒澤父「そろそろ私たちにも番を譲ってはくれないだろうか」

はなまる「え? ……あっ」

黒澤父「花丸さんほどではなくとも、あの子に言いたいことはたくさんあるのでね」

はなまる「ご、ごめんなさい。マル……ずっと夢中で、気が付かなくて」

黒澤父「構わないさ、それほどサファイアを想ってくれていたんだろう? ありがとう、父親としてお礼を言わせてもらうよ」

はなまる「い、いえ……お礼を言うのは、こちらの方です」

黒澤父「ここからは私たちの時間だ、君はもう行きなさい」

はなまる「はい…………おやすみなさい」

717: 2022/07/22(金) 20:03:02.39 ID:nuNPKbBS.net
黒澤父「……ふう」

黒澤母「ようやく口に出しましたね、花丸さん」

黒澤父「ああ、あの様子なら心配はないだろう」

黒澤母「だけど……本人はきっと気付いていないのでしょうね、その場からあまりにも動かないものだから」

黒澤母「彼女と関わりのない人ですら、その身を案じていたということに」

黒澤父「意識的にやったかどうかは分からないが、花丸さんは目の前の情報以外を極力遮断しているような節があったからな」

黒澤父「本当にただそれだけのことに集中していたんだろうさ」

黒澤母「しかし番を譲れとはよく言ったものですね、あれなら確かに花丸さんも食い下がることなくご就寝につけますし」

黒澤父「そろそろ限界だったからな、それに」

黒澤父「嘘を言ったわけでもない、自分たちの時間が欲しいというのは……本当のことだからな」

黒澤母「……ええ」

725: 2022/07/26(火) 19:52:47 ID:Ga9yeGOt.net

はなまる「…………」モゾモゾ

はなまる(さっき見たダイヤさんと果南さん、目のところ赤かったな)

はなまる(小母さんも……)

はなまる(やっぱりマルは人でなしなのかな)

はなまる(……どうしてアオちゃんは、マルのこと好きになったんだろう)

はなまる(ああ、なんかすごく……ねむたいや…………)

はなまる「……アオ、ちゃ……ん……」


会いたいよ、そこにいるんでしょ? アオちゃん


726: 2022/07/26(火) 19:55:22 ID:Ga9yeGOt.net


…………


その翌日、彼女の体は火葬場へ出棺され

あの頃よく見た愛くるしい笑顔の面影はもうどこにもなく

文字通り骨だけの、他とは区別のつかないものになってしまった


当然、と言っていいものなのかは分からないけれど

やっぱりその時のマルも、特になんとも思ってはいなかった

極めて平常に務め、無心にその亡骸を拾い集めていた自分が

そういった念を抱くのも、おかしな話だし

一番初めに決めたちゃんと見送ってあげたいという自分なりの答えを

ほっぽりだすことになるんじゃないかという懸念もあったから


だから結局最後まで、その感情が動くことはなかった


727: 2022/07/26(火) 19:56:30 ID:Ga9yeGOt.net

ただ、一つだけ気掛かりがあって

それは今のマルを見て、アオちゃん自身はどう思っているんだろうと

そんな、今更聞いたところで誰も分からないようなことが

全てが終わった後で突然、ふと、頭の中によぎって

何故だろう、それが一番

自分の胸を締め付けているように思えた

728: 2022/07/26(火) 19:57:39 ID:Ga9yeGOt.net


─それから少しの時間が経って

4月某日、小学校入学式


ザッザッ


花丸「ただいま、今帰ってきたよアオちゃん」


── 黒澤家之墓 ──


花丸「あ、このお花さっき見つけて買ってきたの。綺麗でしょ?」

花丸「えーっと長さを合わせて、お水も変えるね?」

花丸「はい、どうずら? やっぱり見た目も気にしないとね」

花丸「……学校、行ってきたよ」

花丸「アオちゃん気になってたもんね? 大きかったよ~、幼稚園よりもずっと」

花丸「生徒もたくさん、途中でダイヤさんにも会ったずら」

729: 2022/07/26(火) 19:58:10 ID:Ga9yeGOt.net
花丸「それでね、ちょっとだけ案内してもらったんだけど」

花丸「図書室があってね、そこには当たり前かもしれないけど色んな種類の、たくさんの本があって……」

花丸「早く読みたいなあって思ってるんだ、マルが詳しくない分野のものとかもあるし」

花丸「あとはね、音楽室にも行ったよ」

花丸「目立つところにピアノが置いてあって……うーん、でもピアノが置いてあるから目立ってるのかなあ?」

花丸「ちょっと分からないかも……あ、それでねダイヤさんが許可さえ貰ったら生徒も弾いていいって言ってて」

花丸「だからもしかするとアイドルの曲も弾けたりするのかなあって。マルは楽器とか、全然出来ないけど」

花丸「もし詳しい人がアイドルの曲を演奏してくれたら、素敵だよね」

730: 2022/07/26(火) 19:59:28 ID:Ga9yeGOt.net
花丸「あと、あとね、すごかったんだあ、今日の入学式」

花丸「学校に入ったばかりだっていうのにね、もう他の子と仲良くなった人がいて」

花丸「それで一緒に歩いて帰るところも見たんだけど、本当に楽しそうでね」

花丸「だから、だからね、えっと」

花丸「……」

花丸「ちょっと、羨ましいなって思ったの」

花丸「あそこに、あの中に、マルとアオちゃんもいたのかなあって思うと」

花丸「なんか、ちょっと苦しくなって、ここに来たの。どうしても言いたいことがあったから」

花丸「……アオちゃん」

花丸「会いたいよ」

731: 2022/07/26(火) 20:00:17.59 ID:Ga9yeGOt.net
花丸「二人で学校に行きたい、一緒に授業も受けたいし、休み時間にお話とかたくさん」

花丸「アイドルのこととか、マルの好きな本の話とか、なんでもいいの」

花丸「クラスのことでも誰かのことでも行きたいところでも、本当になんでもいいから」

花丸「アオちゃんと話がしたいっ……アオちゃん……」

花丸「なんでいなくなっちゃったのっ、言ったよね? ずっと一緒だよって」

花丸「だからマルも信じてたのに、あのときっ花をあげようとしたときも」

花丸「ずっと一緒にいようねって、マルは、言おうと思ってたのに、なのに」

花丸「なんで、聞いてくれなかったの どうして、マルを置いて行ったの!?」

花丸「会いたいよアオちゃん! アオちゃんに会いたい!」

花丸「お願いだから、もう一生ぶんのお願いでいいから!」

花丸「マルを、ひとりにしないで……!!」

732: 2022/07/26(火) 20:01:39.46 ID:Ga9yeGOt.net


アオちゃんが亡くなってから10日ほど経ったその日

マルは初めて、アオちゃんの前で涙を流した


その瞬間、今まで不思議に感じていたことが、モヤモヤしていたものがスッとなくなっていくのが分かって

それで今更になって気が付いた

アオちゃんがいなくなって……マルはずっと、寂しかったんだ


ずっと悲しかった、でもその事実が受け入れられなくて

なんてことのないように振舞ってた

本当は辛かったのに、あのときのマルはアオちゃんのことしか考えてなくて

自分の気持ちをずっと無視していて……だから

それを見たアオちゃんが、どう思うんだろうって考えたときに

あんなにも、胸が苦しくなったんだ


733: 2022/07/26(火) 20:02:43.69 ID:Ga9yeGOt.net


花丸「いやだ、嫌だよアオちゃん! 離れたくないよっ!」


ごめんね、あのとき、そう言えばよかったんだよね

ちゃんと自分の気持ちと向き合って、素直に言えば、それでよかったんだよね


花丸「マル、まだアオちゃんに言いたいことたくさんあるのに!!」

花丸「アオちゃんだって、マルに話したいことたくさんあるじゃん!!」


花に込めてまで、そんな風にいようって決めてたのに

肝心なところで何も伝えられなくて、ほんとうにごめんね


花丸「嫌だよ、一人はいやだ……! あなたが隣にいなくちゃ、マルはなんにも楽しくない……!!」


アオちゃん、ずっとずっと、大好きだったよ

きっと、初めて出会った時からずっと


734: 2022/07/26(火) 20:04:40.73 ID:Ga9yeGOt.net


でも、その想いは叶わなかった

黄色いチューリップの花言葉は「望みのない恋」

報われることなく終わりを迎えるのは、その花からすれば分かりきってたことかもしれない


ただ、それでもいい


あのとき選んだ自分に嘘はなかったと、自信をもって言い切れるのだから

そしてなにより、たとえこの恋が叶わなくても

マルの想いが揺らぐことは絶対にないから、だから大丈夫

大丈夫だよ、アオちゃん


でも今日だけは、思いっきり泣いてもいいよね?

明日からは、笑ってあなたに話しかけるから

今だけは


740: 2022/07/29(金) 14:39:43 ID:VVIxmsGo.net

ダイヤ「……」

果南「行かないの?」

ダイヤ「いえ、今はやめておきます」

果南「そっか」

果南「……あのさ」

ダイヤ「はい」

果南「私は絶対にダイヤの傍から離れないからね」

ダイヤ「……」

果南「何があっても、私は」

果南「ダイヤの前からいなくなったりしないから」

果南「ずっと一緒にいる。約束する」

ダイヤ「はい」

741: 2022/07/29(金) 14:40:18 ID:VVIxmsGo.net
果南「いやいや、はいって。普段なら重いですわとか言うところじゃないのそこは」

ダイヤ「自分から切り出しておいて何を言ってるんですか」

果南「そうだけどさあ」

ダイヤ「……思いませんわよ、そんなことは」

ダイヤ「寧ろ、嬉しいのです」

ダイヤ「私にとって果南さんはただの一友人ではない、大切なお方ですから」

果南「……あ、そう」

ダイヤ「ひょっとして照れてます?」

果南「たぶん」

ダイヤ「珍しいですわね」フフッ

果南「ダイヤがからかってくるのもね、最近はずーっと暗かったし」

742: 2022/07/29(金) 14:42:28 ID:VVIxmsGo.net
ダイヤ「暗いとはなんですか暗いとは!」

果南「あはは、でも今はそれくらい元気なんだから問題ないよね! いやー良かった良かった」

ダイヤ「人が怒っている姿を見て元気と言いますか」

果南「うーん、っていうか悲しい顔はあんまり見たくないけど」

果南「私は怒ったダイヤも笑ったダイヤも好きだからなあ、それに色々表情があるって良いことじゃん。それじゃ駄目?」

ダイヤ「……仰りたいことは分かりました、ですがその軟派めいた言い回しはどうにかならないのですか?」

果南「なに、軟派めいてるって」

ダイヤ「自覚がないのならいいです、あなたの毒牙にかけられないよう私が目を光らせるだけですから」

果南「ちょっとダイヤ、どういう意味それ?」

743: 2022/07/29(金) 14:43:32 ID:VVIxmsGo.net
ダイヤ「聞くばかりではなく少しは自分で考えなさいな」

ダイヤ「全く、果南さんは本当に……」ブツブツ

果南「なんで機嫌悪くなってるの? ダイヤー、ねえってばーー」

ダイヤ「知りません!」

果南「知りませんって……なんだかなあ」

果南「たまーに分からなくなるんだよな、ダイヤって。今とか何考えてるのかさっぱり」

果南「でも」


本当に大事なものは何か……大切な人は誰か

それさえ忘れなきゃ、お前はきっと大丈夫だよ


果南「ま、いっか」クスッ

744: 2022/07/29(金) 14:44:55 ID:VVIxmsGo.net


──


曜「わーっ! 今日は豪華だね! 船に音楽の人たちが来てる!」

「ああ、今回の演奏会はピアニストもいるみたいだな」

曜「私船の上でピアノを見るの初めて! うわー、いいなあ……」

「お、曜は将来ピアニストになるのか?」

曜「違うよ! 私はパパと同じで船長になりたいの!! もう、分かってるくせに!」

「ははっ、悪かった。そうだな、曜は昔からそうだ」

曜「でもいいなあピアノ、私が船長になったらいつか……」

「夢がひとつ増えたってわけだな」

曜「そうそう! 絶対に私の船にピッタリの人を見つけるんだから!」

曜「それでお客さんもたくさん呼んでー……!」

「へえ、それは楽しみだな」


745: 2022/07/29(金) 14:46:21 ID:VVIxmsGo.net


──


梨子「~♪ ~~♪」ポロン

梨子母「だいぶ上手くなったわね、ピアノ」

梨子「ありがとうお母さん」

梨子母「やっぱり部屋に余計なものがないと、それだけ集中出来るのかしらね」

梨子「そうなのかな、確かに広くて弾きやすいけど……それだけじゃないような」

梨子母「? たとえばどういうの?」

梨子「えっとね、上手くは言えないんだけど」

梨子「ここにいると、凄く落ち着くの。一人なんだけど一人じゃないっていうか」

梨子「ずっと誰かが私の隣で聴いてくれているような気がして」

梨子母「…………」

梨子「へ、変だよね、私しかいないのに」

梨子母「いいえ、ちっとも変じゃないわ。それはね、梨子の感性がそれだけ良いってことなんだから。もっと自信を持って」

梨子「感性……」

梨子母「ええ……あ、そうだわ。さっきコンクールの応募を見つけたんだけど、梨子出てみない?」

梨子「コンクール……うん、やってみようかな」


746: 2022/07/29(金) 14:47:29 ID:VVIxmsGo.net


──


茜「お父さん、いる?」


…………


茜「またお出かけ、じゃあ……」ピッ

「えーそれでは本日お越しいただきました○○のみなさんに話をお聞きしたいと思います!」

「この後披露される新曲はなんと、テレビでは本番組が初とのことですが」

「そのことについてご自身で、特に注目してほしい見所、といったものはありますか?」

「そうですね……今回は底抜けの明るさがテーマなので」

「私たちの歌や踊りを見て、少しでも前向きでいようとか、ポジティブになろうとか、そんな一歩を踏み出せるような勇気を持ってもらえたら嬉しいですね」

茜「…………」

「ありがとうございました、それではスタンバイのほうお願いします!」

「お待たせいたしました! ○○さんで新曲……」


~♪ ~~♪


茜「……いいなあ」

茜「私もあんな風に楽しく歌えたら、私も誰かを笑わせることが」

茜「笑顔にすることが出来るのかな……」


747: 2022/07/29(金) 14:48:56 ID:VVIxmsGo.net


それは、まだ幼かった少女たちの話

互いのことを知らないまま、ただ過ぎ行く日々を見送っていた時代

もしかしたら、このまま誰とも関わることなく終わる人生もあっただろうに

何の因果か、ほどなくして私たちは道の途中で交ざりあうことになる


望んでいたから見つかったのか、望まれたからそこにいたのか

答えは誰にも分からないまま、けれど確かに目の前には存在していて

本当は知らないはずなのに、よく知っている"誰か"


そんな彼女との邂逅は私たちの運命を大きく左右することになるのだけれど

それはまた、別のお話


797: 2022/08/24(水) 22:13:35.32 ID:kSgfO2um.net

花丸「────懐かしいね」

ダイヤ「ええ、あれからもう十年以上の時が経っていますけれど」

ダイヤ「私からすればついこの間のことのように感じてしまう時があるの、不思議ですわよね」

花丸「ううん、マルにもその感覚はなんとなくだけど分かるよ」

花丸「ルビィちゃんたちと出会ってから過ごした時間も凄く充実してるはずなのにね」

花丸「一緒にしたり、比べること自体が間違っているのかもしれないけど」

ダイヤ「…………確かに、あまり優劣をつけることは出来ないかもしれませんわね」

ダイヤ「昔と今では感じ方も考え方も違いますから。ただ」

ダイヤ「そんな中変わらないものが私にも一つだけあったのです」

ダイヤ「花丸さん、あなたがサファイアに向ける気持ちと同じように」

花丸「……」

ダイヤ「それが──」

798: 2022/08/24(水) 22:14:40.32 ID:kSgfO2um.net
聖良「果南さんとダイヤさんの関係なんですね」

『うん、それだけは出会った頃からずっと変わらなかった』

『私とダイヤはいつも一緒で離れたことなんて一回もなかったし、それこそお互いにとって誰よりも長い付き合いになってるんじゃないかな』

『まあ、半分は私が原因なところもあるかもだけど』

聖良「わざわざスクールアイドルの活動に付き合ったり、東京にまで一緒にくるくらいですからね」

『割と刺さるね、こうやってストレートに指摘されると』

聖良「今だってそうでしょう?」

『いやこれはユニットで分かれたから自然な流れだし……』

聖良「自分からお節介を焼いておいてその言い分もおかしな話だとは思いますけど?」

『し、仕方ないじゃん、放っておけなかったんだから』

聖良「開き直らないでください」

799: 2022/08/24(水) 22:15:49.57 ID:kSgfO2um.net
『けど、余計だったのかな。当人からすれば』

聖良「本気で言ってます?」

『何割かは、ね』

聖良「……呆れた、ちょっと距離を置かれた程度でその体たらくとは」

聖良「あの人がそんなこと、思うはずがないでしょう」

『…………』

聖良「ダイヤさんがいたから今の果南さんがあるように」

聖良「今のダイヤさんがあるのもまた、果南さんが隣にいたおかげなのだから」

『でもそのせいで、今こうして迷ってる』

『私も、ダイヤも』

聖良「ならそれはきっと、いつか乗り越えなければいけない障害がやってきたということなのでしょう」

聖良「果南さんだって分かっている筈」

『……分かってるよ、だからダイヤは』

『必氏に過去の面影を振り払おうとしてるんだ』

800: 2022/08/24(水) 22:16:37.61 ID:kSgfO2um.net
ダイヤ「……知ってますか、花丸さん」

花丸「何を?」

ダイヤ「私ね、好きだった人がいたんです」

花丸「……」

ダイヤ「昔の話ですけどね、私はその子の屈託のない笑顔が好きでした」

ダイヤ「気を遣えるところも、純粋に慕ってくれるところも」

ダイヤ「妹といると、本当に楽しそうなところも」

ダイヤ「私は、大好きだったのです……マルちゃん」

花丸「……」

ダイヤ「ご存じだったのでしょう?」

801: 2022/08/24(水) 22:18:16.19 ID:kSgfO2um.net
花丸「ううん」

花丸「驚いてないのは、それを聞いたのがきっと今、このときだからだと思う」

ダイヤ「そうですか」

ダイヤ「私も今このときでなければ、伝えることはなかったかもしれませんね」

花丸「それに……ダイヤちゃんは、多分マルにもう未練なんてないよね?」

ダイヤ「……ええ、貴女にはもう一度、そう呼んでもらえただけで十分ですから」

ダイヤ「心残りがあるとすればそれは────」

ダイヤ「気が付いたときには既に、引き返せないところまで来てしまったということです」

ダイヤ「だから揺らぐことのない花丸さんが羨ましかった、もし私にもそうすることが出来ていたのなら」

ダイヤ「きっとこうして迷い続けることもなかっただろうから」

花丸「……ダイヤさんは、本当に好きなんだね」

花丸「果南さんのことが」

ダイヤ「…………」ニコ

802: 2022/08/24(水) 22:19:02.12 ID:kSgfO2um.net
聖良「何か勘違いしていますね果南さん」

『え?』

聖良「今あなたの言っている過去というのはサファイアちゃんや花丸さんのことですよね」

『だったら?』

聖良「間違いですよ、それは」

聖良「もし彼女のいう障害を乗り越える方法が決別なのだとしたら」

聖良「その二人を上げるのは少し今更過ぎる気がしませんか?」

『そんなことはっ……』

聖良「ありますよ、だってそれよりももっと有力な候補がまだ残っているんですから」

聖良「過去は過去でも、今なお切らさず続いているものが……ね」

『!!』

聖良「だから彼女はあなたを遠ざけた」

聖良「いい加減気付いたらどうですか?」

『……待ってよ、その言い方じゃ、まるで……』

聖良「……関係は変わらずとも、過ぎ行くなかで心は移り変わっていく」

聖良「そんな可能性がないわけじゃない、あり得ないことはない」

聖良「つまりはそういうことです」

806: 2022/08/25(木) 21:59:10.15 ID:+uOQjgZs.net
『…………』

聖良「どうしますか?」

聖良「今ならまだ、間に合うと思いますよ」

『……そうだね、そうかもしれない。でも』

『はっきり言おうか?』

聖良「ええ」

『分からないんだ、本当にそれが正しいのかどうか』

『確かに前までの私なら、答えなんて決まりきっていたんだろうけど』

『即座に駆け付けに行ったんだろうけど』

聖良「…………」

『でも、今の私がそれをやったところで私は多分幸せにはなれない』

『今までの関係の延長線上で成立した、妥協でしかないから』

807: 2022/08/25(木) 22:00:12.45 ID:+uOQjgZs.net

『それに既に託したものを、今更返せなんて言えないよ。ははっ』

聖良「……」

『……ほんと、何やってるんだろうね、私』

『遅すぎるんだよね、全部』

『気付いたときにはもう、とっくに』

『ねえ聖良、私は』


聖良「好きです」


808: 2022/08/25(木) 22:01:08.30 ID:+uOQjgZs.net

『え』

聖良「あなたと二人、あの場所で出会った時からずっと」

聖良「あなたのことをお慕いしていました」

『ちょ、ちょっと聖良?』

聖良「たとえ今、らしくない弱さを見せても、変な意地を張っていても、自分で自分を、嫌いになっていたとしても」

『──!』

聖良「私はあなたのことが好きです」

聖良「世界中の、誰よりも」

『…………』

聖良「だからもう迷わないで」

聖良「私から言えるのはそれだけです」

809: 2022/08/25(木) 22:01:58.20 ID:+uOQjgZs.net
『……そっか』

聖良「はい」

『……そういえばさ』

聖良「はい」

『私、こっちに来るときイタリア料理がどんなものか興味があったんだけど』

『なんかそろそろ日本の味が恋しくなってきたっていうか』

聖良「ふふっ、そうですか」

『ちゃんときっちり片を付けてくるよ、だから』

『私の好物、用意して待っててくれる?』

聖良「私の得意なものでよければ、いつでも」

『ありがと』

810: 2022/08/25(木) 22:03:02.41 ID:+uOQjgZs.net
『じゃああとは帰ってきたときにまた』

聖良「ええ、お待ちしています」

『……私も』

聖良「え?」

『私もあの時に会ったのが聖良でよかった』

聖良「……」

『おやすみ、聖良』


プツン


聖良「……」

聖良「ズルいひと」


821: 2022/09/01(木) 06:32:09.80 ID:MawUUZDe.net

ダイヤ「本当、ズルい女です。私は」

ダイヤ「あっちへ行ったり、こっちへ行ったり、立ち往生をしてみたり」

ダイヤ「それで見落としたものも少なくないのに」

花丸「それはダイヤさんが背負いすぎてるからだよ、色んな人に応えようとするからだよ」

花丸「だから一ヶ所に定まらないの、自然と足がばらつくの」

ダイヤ「なのに安心しきって今の今までなあなあにしていたのです」

花丸「それは自分自身に目を向ける暇がなかっただけ」

ダイヤ「いつだってそこに彼女がいたから」

ダイヤ「だからきっと大丈夫なのだろうと」

花丸「だったら果南さんにそう言えば……」

ダイヤ「いいえ、話しません」

ダイヤ「これ以上果南さんの時間を、心を、奪うわけにはいかないのです」

ダイヤ「この先の彼女の為にも、それに……果南さんは元から私のものではないのだから」

花丸「……」

822: 2022/09/01(木) 06:33:01.02 ID:MawUUZDe.net
花丸「硬すぎるよ、ダイヤさんは」

ダイヤ「そうかもしれませんわね」

花丸「自分が思ってる以上に、だよ」

ダイヤ「……」

花丸「もう休むずら、これ以上何を言ったらいいのか分からないし」

花丸「何を言っても弾かれる気がするから」

ダイヤ「ええ、夜更かしは体の毒ですからね」

花丸「眠って毒が抜けていくなら、苦労はしないずら」

ダイヤ「花丸さん? 今なにか」

花丸「…おやすみ、ダイヤさん」

花丸(心残り、か……)

825: 2022/09/03(土) 09:11:31.70 ID:zSO/W4Da.net


翌日


花丸・ダイヤ・果南「ありがとうございました!!」


パチパチパチ……


ダイヤ「……」

絵里「お疲れ様、どうだった? 手応えの方は」

果南「正直、あまり良いとは……午前で盛況だった花丸ちゃんのと比べると」

絵里「そうね、いまいち反応が薄いところがあるわ」

果南「はい」

絵里「となると今回のライブは失敗ということになるのだけど、その原因はなんだと思う?」

果南「それは」

花丸「ダイヤさんが集中してなかったからだと思います」

ダイヤ「!!」

826: 2022/09/03(土) 09:12:20.86 ID:zSO/W4Da.net
果南「えっ……」

絵里「……」

花丸「少なくともマルと果南さんは問題なかったと考えてます」

果南「ちょ、ちょっと花丸ちゃん何言って」

絵里「間違いないわね、私から見てもそう感じたもの」

果南「絵里さんまで!」

絵里「ダイヤ、後で私のところに来なさい。大事な話があるから」

果南「!」

絵里「あなた一人で、ね」

ダイヤ「……分かり、ました」

絵里「じゃあ今日はこのままホテルに戻りましょう、みんなお疲れ様」

827: 2022/09/03(土) 09:13:23.56 ID:zSO/W4Da.net
果南「花丸ちゃん、さっきの」

花丸「マルは果南さんと二人にさせたくてやったんだけど、どういうことずら?」

果南「ああいやそれは、私が昨日絵里さんにちょっと、ね」

花丸「そっか、考えることは一緒だね。マルのはだいぶ意地悪だったけど」

果南「下手に庇うと進展しないっていう花丸ちゃんの気持ちも分かるけどね」

花丸「……本当に良かったのかな、これで」

花丸「絵里さんのことは信じてるけど、やっぱり自分たちでどうにかしたほうが良かったじゃ」

花丸「だってダイヤさんは」

果南「分かってるよ花丸ちゃん、多分……みんな分かってる」

果南「だから最後は私で終わらせなくちゃいけないんだ」

828: 2022/09/03(土) 09:14:39.11 ID:zSO/W4Da.net
果南「あの人は整えてくれるってだけ、どんなに助けを求めてそれに応えてくれたとしても、これは私たちの問題だから」

果南「だから自分のやるべきことも分かってるつもり」

花丸「果南さん」

果南「今更だけどね。だから花丸ちゃん、最後にこれだけ言っておくよ」

果南「私は、あなたのことをずっと羨ましいと思っていた」

果南「それと、ちょっとだけ憧れてた」

花丸「……一緒だね」

果南「え?」

花丸「マルも同じこと言おうと思ってたから」クスッ

果南「……そっか、良かった」フフッ

花丸「頑張ってね、果南ちゃん」

果南「任せなさいって」

873: 2022/09/26(月) 21:38:20.33 ID:nmcvnyMD.net





絵里「さてと、ダイヤ」

ダイヤ「はい」

絵里「どうしてあなただけ呼び出されたか分かる?」

ダイヤ「そ、それは私が皆さんの足を引っ張ってしまったから……」

絵里「うーん、まあ確かにそれもあるにはあるんだけど……正しく言うなら」

絵里「何故そうなってしまったか、その根本的な原因をダイヤに教えるためよ」

ダイヤ「……迷い、もしくは雑念ですか」

絵里「なら、仮にそうしておきましょうか。でもねダイヤ、だとしたら」

絵里「どうして迷うの? あなた言ってたわよね、鞠莉を助けたいんだって」

絵里「そしてそのためにどうするべきかは最初から目的として明示されてるでしょ?」

絵里「そこまで分かってて、どうして捨てきれないの? 賢いはずのあなたが」

ダイヤ「……何が言いたいんですか」

絵里「ダイヤ、あなたまだ」

絵里「他人から見て優秀な人間であろうとしてるんじゃないの」

ダイヤ「─!?」

874: 2022/09/26(月) 21:39:29.42 ID:nmcvnyMD.net
絵里「誰かに離れられたくないから、見限られたくないから、いつだって最適解を探そうとして」

絵里「そしてずっと実行し続けてきた、相手のために。何より自分を納得させるためにね」

絵里「だってそうでしょ? 相手に決められるよりも自分で出した答えのほうがいくらか言い訳がきくもの」

絵里「これは私の決断なんだ、だから自分自身に不満なんて、あるわけがないんだって」

ダイヤ「!」

絵里「あなたが優先してるのは他人じゃない、他人に求められてる自分」

ダイヤ「…………」

絵里「別に常日頃から嘘をついてるって言ってるわけじゃないの、寧ろその逆」

絵里「あなたは本音と建前を上手く使いすぎてる、たとえ心の奥底で表面に出したものと反対の想いがあったとしても」

絵里「本当のあなたと周りが思い描いている黒澤ダイヤを天秤にかけて、あなたはダイヤを選ぶ。選んでしまう」

ダイヤ「……何を」

875: 2022/09/26(月) 21:40:02.14 ID:nmcvnyMD.net
絵里「そしてあなたは今まさにそれをやろうとしている」

絵里「なのにこれまでみたいに上手くいってないのは、自分を誤魔化しきれてないからよ」

絵里「たった一人、特別な相手が、唯一心の底から寄り添える人が目の前からいなくなってしまうかもしれない」

ダイヤ「あなたは……何を……!」

絵里「既に自分の中で答えは出ているのにそれでも揺れるのは、そのあまりにも大きすぎる痛みを前にして、本当のあなたがまだ拒絶し続けているから」

絵里「だから今ダイヤは"こうであるべきだ"って決めた自分らしさに雁字搦めになってるんじゃないの?」

絵里「今日の一件もそうよ、未だにどちらにも傾かない、傾けられないからどうにか先延ばしにしようとして……」

ダイヤ「知った風なことを……っ……言わないでください!!」

876: 2022/09/26(月) 21:41:15.42 ID:nmcvnyMD.net
ダイヤ「あなたに何が分かるんですかっ! 花丸さんでも果南さんでもないあなたに! ……私の、なにがっ!!」

絵里「似てるからかもしれないわね、私とダイヤが」

ダイヤ「似ていませんわよ! どこも!!」

絵里「一人で何でもやろうとして、追い詰められても強がって、見栄を張って」

絵里「弱いところを見せたくなくて、最後の最後まで本当の気持ちを隠したまま、自分に嘘をついて……」

絵里「本当、昔の私にそっくり……」クス…

ダイヤ「! じゃあ……じゃあどうすればよかったんですか私は!!」

絵里「簡単なことよ、逃げるのをやめなさい」

ダイヤ「……私が、何から逃げていると」

絵里「ダイヤ自身が傷つくことから。もう、自分でも分かってるんでしょう?」

ダイヤ「……っ」

877: 2022/09/26(月) 21:42:26.74 ID:nmcvnyMD.net
絵里「ダイヤ、別れは必ずやってくるわ」

ダイヤ「…知っています」

絵里「それでもよ。今のあなたには言わなくちゃいけない」

絵里「別れは来るわ。時間が流れている限り、私たちが生きている限り、絶対に」

ダイヤ「……」

絵里「それこそ、私たちの力だけではどうしようも出来ないことだっていくらでも……でもね」

絵里「どうしようもないことだからこそ本気でぶつかってほしいの、向き合ってほしいの」

絵里「本心を押し頃したまま、優等生の自分に答えを預けてほしくないのよ」

絵里「それが今、あの二人がダイヤに求めてることなんじゃないかしら?」

ダイヤ「……あ」

絵里「酷いことを言ってるのは分かってる、それでダイヤがどれほど傷つくのかも……私には想像がつかないことだって」

絵里「でも、あなたなら出来る。私に対して真正面からぶつかってきたダイヤになら出来るわ」

878: 2022/09/26(月) 21:44:48.45 ID:nmcvnyMD.net

絵里「大丈夫、譲れない感情はちゃんとここに残ってる」

絵里「だからもっと相手を信じて。弱さを受け入れる自分を信じて」

ダイヤ「……本当に」

絵里「?」

ダイヤ「本当に、私と絵里さんは似ているのですか」

絵里「ええ」

ダイヤ「私は、あなたのようになれますか?」

絵里「…………」

ダイヤ「こんな臆病な私でも、あなたのように……強く」

絵里「ダイヤ、あなたは私のようにならなくていいわ」

絵里「あなたの心は他の誰でもない、貴女だけのもの」

絵里「だから人一倍、怖いと感じるかもしれない。それでも」


ギュッ


ダイヤ「──!」

絵里「負けないで。どんなに辛くても、苦しくても……私はここにいる」

絵里「痛みを乗り越えて強くなりなさい。黒澤ダイヤ」

886: [ここ壊れてます] .net


サァーッ  サァーッ……


果南「…………」


ザッザッ


果南「…待ってたよ」

ダイヤ「ええ、本当に長いことお待たせしてしまいました」

果南「ほんとだよ、二年も待たせて」

果南「うん、ダイヤとこうやって話すのは……二年ぶりだ」

ダイヤ「二年、ですか……色々ありましたわよね」

果南「うん、ありすぎた」

ダイヤ「それこそ果南さん、あなたと初めて出会ったあの日からは比べ物にならないくらい」

果南「……かもね。あの頃の私たちの世界は、とてもちっぽけだった」

果南「でも、だからこそ……目に映るもの全てが、眩しく見えたんだ」

果南「私にとってダイヤは、その中でも一際輝いて見えたよ」

ダイヤ「そうですか」

887: [ここ壊れてます] .net
果南「ダイヤは?」

ダイヤ「そうですわね……おかしな人、でしょうか」

果南「あははっ、なにそれ」

ダイヤ「言葉足らずでデリカシーがなくて、失礼極まりなくて」

果南「ちょっとちょっと」

ダイヤ「それでいて、私の気持ちをいつでも汲み取ってくれて傍にいてくれた、とんでもない世話焼きさんで」

ダイヤ「なのにどこか危なっかしくて……だからでしょうか」

ダイヤ「自然と会いたくなってしまう一方で、目を離してはいけないような」

ダイヤ「そんな唯一とも言えるような相反した気持ちを抱えるくらいの、不思議な魅力を持った人でしたわ」

果南「…………ほんと、重いなあ。ダイヤは」

ダイヤ「お互い様でしょう?」

888: [ここ壊れてます] .net
果南「ダイヤ、私ね、やっと分かったんだ」

ダイヤ「何をですか?」

果南「どうしてこんなに近くにいたのに、ダイヤのこと…こんなに遠くに感じていたんだろうって」

ダイヤ「…奇遇ですね、私もです」

果南「そっか。でも、多分そうなんじゃないかなって思ってた」

ダイヤ「ええ」

ダイヤ「私たちが見ていたのは、鏡に映っていた……お互いの姿だったのですね」

果南「通りで、振り向いてくれないわけだ」

果南「だってもうとっくに……目の前にいたんだから」

889: [ここ壊れてます] .net
ダイヤ「どうして、気付かなかったのでしょうね」

ダイヤ「私に話しかけてくるあなたは、いつでも私の目を見てくれていたというのに」

果南「ダイヤはそんな私の目を見つめ返してくれたっていうのに。本当、なんでだろうね」

ダイヤ「……諦めなければよかった」

果南「!」

ダイヤ「今の私たちを一言で表すなら、きっとそうなるのでしょうね」

果南「ダイヤ……」

ダイヤ「好きなら好きと、最初からそう言えばよかった」

ダイヤ「あなたのことが好きだった。と」

890: [ここ壊れてます] .net
ダイヤ「だけど、あなたの気持ちが変わることはないのでしょうね」

ダイヤ「もちろん、今の私の気持ちも……だから」

ダイヤ「この言葉を言うのはこれが最初で最後です」

ダイヤ「果南さん」

果南「うん」

ダイヤ「ずっと前から好きでした」

果南「……私もだよ、初めて会ったあのときからずっとダイヤが好きだった」

果南「本当に、大好きだったんだよ」

ダイヤ「知っています」

ダイヤ「ちゃんと、分かっていますわ……みなまで言わなくとも、ちゃんと」

果南「……よかったよ、ダイヤの口からそれが聞けて」

果南「これで私ももう思い残すことはなくなった」

果南「まだ吐き出したいことがあるなら聞くけど?」

ダイヤ「ここにきてまで、まだ私が隠し事をするとでも?」

果南「あははっ、だよね。ちょっと聞いてみただけ」

891: [ここ壊れてます] .net
果南「じゃあ、最後に私から一つだけ」

果南「ダイヤ」

ダイヤ「はい」

果南「後悔しないでよ、私と別れたこと」

ダイヤ「……」

ダイヤ「何を言い出すかと思えば、最後まであなたは本当に……仕方のない人」

ダイヤ「後悔なんて、とっくにしています」

ダイヤ「今更言ったところでもう遅いですわよ」ニコ

果南「……そっか、じゃあ、もういいよね?」

ダイヤ「ええ」

果南・ダイヤ「さよなら、今までありがとう」


「私の────」


初恋【最愛】の人


892: [ここ壊れてます] .net

花丸「……」

スタスタ

果南「……」

花丸「おかえり、果南ちゃん」

果南「っ」

ダキッ

花丸「わわっ」

果南「……ぅ……ひぐっ……」

花丸「…………」サスサス

893: [ここ壊れてます] .net

花丸(そのとき、マルは初めて果南ちゃんが泣いてる姿を見たような気がした)

花丸(いつもマルたちを気遣ってくれていて、大らかで頼りになって、気丈に振る舞うあの果南ちゃんが……今、声を上げて泣いている)


上げた声に言葉としての意味はなくても、それだけで何があったのか、分かってしまって

だから、口に出すのはやめた。慰めも、共感も、なぞったところで文字のままでしかないから

ただそのまま受け止めよう、受け入れよう。大丈夫だよ、泣いてもいいんだよって

こんなとき、そう抱きしめてくれる人がいるだけでどれだけ救われるのかは

自分が一番、よく知ってるから


894: [ここ壊れてます] .net

ダイヤ「…………」

絵里「お疲れさま」

ダイヤ「絵里さん」

絵里「頑張ったわね」

ダイヤ「っ……いえ、なにも……」

絵里「もういいじゃない、たとえダイヤにとってどんな結果になってたとしても」

絵里「やるだけやったあなたを、目をそらさずに懸命に戦い抜いたあなたを、笑う人なんて誰もいないわ」

絵里「私はダイヤを笑わない。だから、もういいのよ?」

ダイヤ「……く……うぅ……」

ダイヤ「あああぁぁ……!! あああああああああっ!!!」ボロボロ

絵里「……だから、最初に言ったのよ」

絵里「あなた、強いんだからって」

895: [ここ壊れてます] .net


…………


数日後


AZALEA  ライブ当日


絵里「さあ、みんな準備は出来た?」

ダイヤ「勿論ですわ」

果南「なんなら体調万全までありますよ」

花丸「声の通りもいつもよりいい気がします」

絵里「そう、それは期待しちゃうわね」

絵里「さっきも話したけど、Guilty KissとCYaRon!の二組はもうノルマを達成してミラノの方に戻ってるらしいわ」

絵里「つまり私たちが最後、気持ちよく終わらせましょう?」

「はい!」

絵里「よし、行ってきなさい!」

896: [ここ壊れてます] .net
ーーーーーーーー





花丸「信じてるコトバの魔法 キミよいつかトリコになって」

花丸「わたしをいつでも見つめてPLEASE!!」

ダイヤ「準備しようどんなコトバで 好きが伝わるのかわからない」

ダイヤ「吐息なら熱く伝わるのに」

果南「一度だけきっとチャンスがあるの」

果南「いつがその時だろ…つかまえなきゃ絶対っ」

897: [ここ壊れてます] .net


「AH! 誰も恋への……」


絵里「AZALEA……か」

絵里「いい名前よね、純情で、可憐で……ひたむきで」

絵里「見守らずにはいられない、なにより今の彼女たちが」

絵里「そうありたいと願っている、美しく咲き誇る大輪の花のように」

絵里「確かにいつかは散り行く運命、それでも」

絵里「私たちは彼女たち三人から目を離すことが出来ないのよね」

898: [ここ壊れてます] .net
ダイヤ(不思議な感覚────)

ダイヤ(心が軽いわけでも、重いわけでもないのに)

ダイヤ(自然と声が透き通っていくような、淀みのない)

ダイヤ(鮮明な色が見える……音が、景色を彩っていくのが分かる)

ダイヤ(これを今、私たちが作り上げているの?)

ダイヤ(こんなの……初めて)

899: [ここ壊れてます] .net


「近道なんて知らない」


ダイヤ(こんなものを見てしまったら、もう)

花丸(! ダイヤさん)

ダイヤ(ああ……私は本当に)

ダイヤ(後悔ばかり)

果南(ダイヤ────笑ってるの?)

絵里「人が花に愛おしさを感じるのはきっと」

絵里「いつしか枯れていく、その結末すら慈しむことが出来るから、なんでしょうね」

絵里「そして、どんなに萎れても」

絵里「花(あなた)が光を求める限り、何度だって輝けるの」

絵里「だからこんなにも、綺麗なのよ」

ダイヤ(好き、この時間が好き)

ダイヤ(たとえ何もかもを失っても、今……この瞬間だけは)

900: [ここ壊れてます] .net


「だけど、ね? LOVE ME!!」


ダイヤ(私が私のことを、好きでいられる)

ダイヤ(誰かを想う気持ちと同じくらい、自分を────!)

絵里「ねえダイヤ、今のあなたの目には一体何が映っているのかしら」

絵里「全てが泡になって消えた後、それでもあなたに残っているものは何?」

絵里「多分あなたは何もないって言うんでしょう、でもね……私はそうは思わない」

901: [ここ壊れてます] .net


「シアワセにしちゃうからね」


絵里(ただ一つ、たった一つだけだけど、確かにそこにあって)

絵里(そしてそれは私だけじゃない、みんなもはっきり感じている)

絵里(捨てるものでも消えていくものでもなくて、芽生えていくもの)


「もしかしたらこれが正解なの?」


絵里(ねえ分かる? 人はそれをね)


愛って言うのよ


──  ユニットミッション コンプリート!  ──


915: 2022/10/07(金) 19:28:58.35 ID:rfipnbpz.net


……………………


イベント当日

スペイン広場


ワイワイ  ガヤガヤ


月「おー賑わってるねー、ちょっと前までの風景とはえらい違い」

月「これもひとえに皆の活躍あってこそだね! ね? 梨子ちゃん」

梨子「ふふっ、そうだね」

曜「……ねえ月ちゃん、なんか前より距離近くなってないかな?」

月「えー、そうかなあー? 梨子ちゃんどう思う?」

曜「ちょっといちいち梨子ちゃんに振らないで」

梨子「私は仲良くなったと思ってるけど……ひょっとして曜ちゃんヤキモチ?」

曜「う……とにかく今の二人はなんかやだ! 梨子ちゃんこっち!」グイッ

月「ありゃ」

梨子(やだ、曜ちゃんかわいい)

916: 2022/10/07(金) 19:29:45.99 ID:rfipnbpz.net
果南「なんか、またややこしくなってないあそこ? 大丈夫?」

鞠莉「大丈夫よ、多分本気で狙ってるわけじゃないから」

果南「ふーん、ならいいけど」

鞠莉「……何かあったの? やけに思うところありそうな感じしたけど」

果南「まあ色々、ね。一区切りついたけど落ち着くまではもう少し時間がかかりそうなもの……があってさ」

果南「それで気になった。でも別になんともないならいいや」

鞠莉「…………そう」

果南「あのさ、鞠莉」

鞠莉「気が向いたらでいいわよ。急いで話さなくていい」

果南「……ん、ありがと」

鞠莉「あと、ダイヤの方もそれでいいのよね?」

果南「全く、鞠莉には敵わないなあ」

鞠莉「その代わり、とことん付き合ってもらうから」

果南「うん、まあ、努力はする」

917: 2022/10/07(金) 19:30:38.85 ID:rfipnbpz.net
千歌「おーい! 善子ちゃーん! 花丸ちゃーん!」

千歌「久しぶりー! 元気だったー?」

花丸「そういう千歌ちゃんは……言わなくても分かるずらね」

善子「ていうかたった10日でどうしてそのワードが出てくるのよ……」

千歌「ね、二人とも島のほうはどうだった?」

花丸「えーっと……青の洞窟がすっごく綺麗だったよ! 毎日入れたのも奇跡的だったみたいで」

花丸「貴重な経験が出来たと思うずら! えへへっ」

千歌「へえー! 私も一回でいいからナマで見てみたいなー! 善子ちゃんは?」

善子「うーん、そうね……鞠莉の知り合いと関わることが多いのもあって、セレブの仲間入りを果たしたような気分になれたわね」

善子「初見は馴染みがなさすぎて違和感ばりばりだったけど」

千歌「あーアレ? 鞠莉ちゃんからの写真で見たよー! 善子ちゃんエOチだったよねー!」

千歌「特に胸の辺り!あれって水着と露出度は変わらないはずなのになんでだろうねーやっぱり普段から着てないぶん新鮮だったりするのかな?」

善子「……色々言いたいことはあるけど、とりあえずその写真消しなさい」

花丸(善子ちゃんって写真での災難結構多いよね……)

千歌「なんで? あ、そうそう私はねークルージングがとっても楽しかったよー!」

善子「スルーしないでくれる?」

千歌「お日様の光とか乗ってるときに浴びる潮風とかもうほんっと最高なんだから!」

善子「あ、うん、もういいわ。言っても無駄っぽいから」

918: 2022/10/07(金) 19:31:43.76 ID:rfipnbpz.net
善子「そういえば千歌、ルビィ見てない? 一緒だったんでしょ」

千歌「ああルビィちゃんならさっきダイヤさんとどこか行っちゃったよ」

善子「ダイヤが? 珍しいわね、もうそろそろ時間だっていうのにわざわざ抜けるなんて」

花丸「きっと大事な話があるんだよ」

善子「ふーん、あんたが言うならそうなんでしょうね」

千歌「あれ? 見てないといえば、絵里さんと亜里沙さんもどこ行っちゃったんだろう?」

千歌「μ'sのこととかたくさん聞きたかったのになー」

善子・花丸「……」メアワセ

善子「思ってたより真剣な話かもしれないわね」

花丸「うん」

千歌「なになに、ルビィちゃんの話?」

善子「まあね、気になるの?」

千歌「そだね、心配はしてないけど」

善子「え?」

千歌「なんてったって私なんかよりずっとしっかりしてるからね! ルビィちゃんは!」

919: 2022/10/07(金) 19:32:27.07 ID:rfipnbpz.net
絵里「……成程ね、あなたたちの考えは分かったわ」

絵里「本気なのね?」

ダイヤ「はい」

絵里「なら私からはもう何も言わない、こちらとしても不満どころか嬉しい報せだしね」

絵里「亜里沙はどう思う?」

亜里沙「私? そうだなあ……」

亜里沙「ルビィちゃんは、本当にその答えでいいんだね?」

ルビィ「はい、他の誰でもない、私自身のために決めたことですから」

亜里沙「うん、じゃあ私ももう何も言わない」ニコ

絵里「なら、決まりね」

ダイヤ「はい、向こうの件が片付いたらまた連絡させていただきます」

絵里「よろしく頼むわね」

920: 2022/10/07(金) 19:33:03.39 ID:rfipnbpz.net
ルビィ「……」ジーッ

ダイヤ「? どうしたの、私の顔に何か付いてます?」

ルビィ「ううん、そうじゃなくて」

ルビィ「ちょっと意外だったから。お姉ちゃんが今絵里さんに話したこと」

ダイヤ「あらそう? 私はルビィの話の方が意外だと思ったけど」

ルビィ「そんなに?」

ダイヤ「まあ理由を聞いたら納得はしたけど」

ルビィ「じゃあ私と同じだね」ニコッ

ダイヤ「ええ、一緒」ニコ

絵里「あの二人、いい姉妹じゃない」

亜里沙「うん、これなら何の心配もいらなそうだねお姉ちゃん」

絵里「ふふっ、そうね」

921: 2022/10/07(金) 19:33:35.19 ID:rfipnbpz.net
亜里沙「あ、お姉ちゃんそろそろ時間」

絵里「あら本当、ルビィちゃん! ダイヤ! 二人とも早く戻らないと遅れちゃうわよ!」

ルビィ「わわ、急がないと!」

ダイヤ「では私たちは先に、お話ありがとうございました」

絵里「いいのよ、行ってらっしゃい」

亜里沙「私たちも楽しみにしてるからね、ルビィちゃん達のライブ!」

ルビィ「はい! 頑張ります!」

922: 2022/10/07(金) 19:34:37.99 ID:rfipnbpz.net
ルビィ「鞠莉さん! みんな!」タッ

ダイヤ「すみません、遅くなりましたわ!」

鞠莉「ダイヤおっそーい! なんてね、待ってたわよ」

鞠莉「さてさて、全員揃ったところで……」

鞠莉母「……」

鞠莉「集めたわよ、大勢の観客きっちり」

鞠莉母「300人、でしょ? 多少は人数オーバーしてそうだけど、このスペースならまあ問題ないでしょう」

鞠莉「え? どうしてママが人数のこと」

鞠莉母「パパが言ってたのよ。ほら、あっち」

鞠莉「……そのパパは話しかけに来ないのね」

鞠莉母「Determine 全てはここに居る人が決めること。パパはそう言ってました」

鞠莉母「もちろんそれは、私も含めての話デス」

鞠莉「……やってみせるわ、その為にここまで来たんだから」

鞠莉母「ならやってみせなさい、スクールアイドルが本当にくだらなくないと言うのなら」

クルッ

鞠莉母「もっとも、パパに比べたら私のそれも甘いのデショウけどね」スタスタ

923: 2022/10/07(金) 19:35:14.35 ID:rfipnbpz.net
鞠莉「はあーっ……」

千歌「大丈夫? 鞠莉ちゃん」

鞠莉「平気、昔からああいう人だから」

果南「でも、あの人の言うこともちょっと分かる気がするなあ」

千歌「?」

果南「鞠莉のお父さんのこと。もう少し話しかけてくれれば、今よりかは何考えてるか分かりそうなもんなのに」

果南「実際はあんな感じでいまいち読めないというか……未だにちょっと怖いよ」

鞠莉「怖いねえ……ま、確かに」

鞠莉「パパは口下手なところあるから、そう思われるのも珍しいことじゃないけど」

鞠莉「でも、私は嫌いになれない……ううん、好きなのよね。パパのこと」

924: 2022/10/07(金) 19:35:52.18 ID:rfipnbpz.net
鞠莉「昔からずっと厳しい人でね、ママとはまた違ったタイプの。前に聞いたでしょ?」

鞠莉「基本的になんでもやらせてくれるけど半端だけは許してくれなくて、私がまだ小さい子供でもそれはお構いなしで」

鞠莉「泣いても全く意味ないし、たまーにママが私を庇ってくれても最終的にはそのママも折られちゃうし」

鞠莉「とにかく、重要な場面ほどパパは小原家の……いち家族の絶対的な人間として存在していた」

鞠莉「でもね」

鞠莉「私が何か上手に出来たとき、一番最初に褒めてくれたのはいつもパパだった」

鞠莉「よくやったな、頑張ったな。って……たとえそれがどんなに些細な事でも」

鞠莉「私にとって大きな成長になるなら、大切なことなら、ママが何言ったって気にせず私の頭を撫でてくれた」

鞠莉「その感触が、今でも忘れられないの」

「…………」

鞠莉「みんなにどう思われても、やっぱり」

鞠莉「私のDaddyはパパだけなのよ。もちろん、ママもね」ニコ

925: 2022/10/07(金) 19:36:33.75 ID:rfipnbpz.net
鞠莉「だから本当は縁談の話を取り消すとか、どうでもよくて」

鞠莉「ただ、前みたいに褒められたいだけかもしれない」

鞠莉「まあ、結局認めさせるってことに変わりはないんだけど」

千歌「なーんだ、だったら簡単じゃん」

鞠莉「え? 千歌っち…?」

曜「いやいや千歌ちゃん、流石にそれは……」

梨子「私たちここまで来るのに結構苦労したと思うんだけど」

千歌「えー、だってさあ何だかんだ理由付けてはいるけど」

千歌「結局鞠莉ちゃんのお父さんを納得させられればそれでオッケーなんでしょ?」

千歌「だったら、今の鞠莉ちゃんの姿をライブで見せれば何も問題ないじゃん」

鞠莉「!」

千歌「つまり私たちがいつも通りやればそれでいいんだよ? 最初に聞いた話よりずっと簡単じゃない?」

千歌「だから変に気負う必要なーし!」

926: 2022/10/07(金) 19:37:22.70 ID:rfipnbpz.net
鞠莉「……ふ……ふふっ……」

鞠莉「あははは! もうー、こういうときの千歌っち私本当に大好き!!」

鞠莉「そうよね! 全くその通り! なのに肝心の私が気持ち張ってちゃしょうがないわよね!」

千歌「ほら、鞠莉ちゃんもこう言ってるよ?」

果南「あはは……確かに鞠莉の言う通り」

ダイヤ「こういう時の千歌さんには敵いませんわね」

善子「ね、この人変に核心突いてくるんだから」

ルビィ「でも、それも含めて千歌ちゃんらしいよね」

花丸「ずら」

曜「駄目だ、やっぱり千歌ちゃんをその辺の男子にはやれない……あまりにも勿体なさすぎる……!」

梨子「き、急にどうしたの曜ちゃん……何の話?」

927: 2022/10/07(金) 19:37:57.94 ID:rfipnbpz.net
月(あれ、なんだろう……急にみんなの緊張の糸が切れたような)

鞠莉「よーしそうと決まれば思いっきりはっちゃけちゃいましょう!」

千歌「お、いいねー!」

果南「あんまり羽目を外しすぎないようにね」

鞠莉「心配しなくても大丈夫よ果南」

鞠莉「真面目と楽しい、両立できるのが私なんだから!」

梨子「ふふっ、そうでしたね」

ルビィ「知ってる!」

ダイヤ「間違いありませんわ」

鞠莉「さあみんな行くわよ!」

鞠莉「ミュージック START!!」

928: 2022/10/07(金) 19:38:48.41 ID:rfipnbpz.net
ーーーーーーーー





Nonstop nonstop the music

Nonstop nonstop the hopping heart


月「みんなー! 頑張れーっ!」

鞠莉母「……」

929: 2022/10/07(金) 19:39:34.35 ID:rfipnbpz.net
ルビィ「なんてなんてちいさな 僕らなんだでもでも」

善子「なんかなんかいっぱい 解ってきたもっともっと」

花丸「夢が見たいよ」


yes!


ダイヤ「できなかったことができたり」

鞠莉「ひとりじゃ無理だったけど」

果南「いっしょなら弾けるパワー」

鞠莉・ダイヤ・果南「嬉しくなったね  そう!」


曜「ミライはいまの先にある」

梨子「しっかり自分でつかまなきゃ」

千歌「それには自由なツバサで」

千歌・曜・梨子「Fly away!!」

930: 2022/10/07(金) 19:40:19.58 ID:rfipnbpz.net
「ワクワクしたくてさせたくて 踊れば」

亜里沙「……ふふっ」

絵里「亜里沙?」

亜里沙「ううん、ちょっと懐かしいなあって思って」

亜里沙「あの仲良しな感じ」

絵里「……そう。亜里沙にはあの頃の私たちがあんな風に見えていたのね」

亜里沙「嫌だった?」

絵里「まさか、ちょっと面食らっただけよ」

絵里「だって自分じゃそういうの、分からないじゃない?」

931: 2022/10/07(金) 19:41:02.38 ID:rfipnbpz.net
亜里沙「あはは、そういえば私もなったことあるんだった」

亜里沙「じゃあお姉ちゃんが気付かないのも仕方ないよね、つい私目線で聞いちゃった」

絵里「相変わらずうっかりしてるわね……」

亜里沙「でも凄いなあって思うのは、今のみんながそう見えるくらい自然体でいるってことかな」


「ひとつになるよ 世界中が」

「Come on! Come on! Come on!」

「熱くなあれ!!」


亜里沙「絶対に失敗できないはずなのに、誰も緊張してない…どころかお互いがお互いを楽しませようとしていて」

亜里沙「そこはお姉ちゃんたちとちょっと違う。そんな気がする」

絵里「…やっぱりさっきの発言は撤回。亜里沙はよく見てるわ、今も昔も」

932: 2022/10/07(金) 19:42:24.72 ID:rfipnbpz.net

「ワクワクしたくて させちゃうよ」

「踊れば ココロ」


鞠莉母「……そういえば」

鞠莉母(鞠莉がこっちに来てから……いいえ、しばらく見てなかったかもしれない)


「つながってくみんなと こんなステキなことやめられない」

「そうだね? そうだよ!」


鞠莉母(あの子の、心の底から笑った顔)


「みんながね ダイスキだ!」

「みんながね ダイスキだ!」

933: 2022/10/07(金) 19:43:05.84 ID:rfipnbpz.net

鞠莉父「…………」


鞠莉「コトバを歌にのせたときに」

鞠莉「伝わってくこの想い」

鞠莉「ずっと忘れない」


鞠莉父「……ふっ」

934: 2022/10/07(金) 19:43:54.76 ID:rfipnbpz.net

「ワクワクしたくてさせたくて 踊れば」

「ひとつになるよ 世界中が」

「Come on! Come on! Come on!」

「熱くなあれ!!」

「ワクワクしたくて させちゃうよ」

「踊れば ココロ つながってくみんなと」

「こんなステキなことやめられない そうだよ!」


Nonstop nonstop the music

Nonstop nonstop the hopping heart


935: 2022/10/07(金) 19:44:50.45 ID:rfipnbpz.net

「「「ありがとうございました!!」」」


ワーーーーーッ!  ピューピュー!

パチパチパチパチ!!!


鞠莉「はぁっ……はぁっ……」

千歌「まーりちゃん!」ヒョコッ

鞠莉「千歌っち」

千歌「センターで歌いきった感想を一言!」

鞠莉「ふっ、ふふっ、そりゃあもう……超スッキリよ!」グッ

千歌「よ! それでこそスペイン広場の主人公!」

鞠莉「そしてハイターッチ!! はい一列並んでー!」

936: 2022/10/07(金) 19:45:26.79 ID:rfipnbpz.net
ルビィ「じゃあ私から!」バッ

果南「あっちゃールビィちゃんに先越されちゃったかー!」

パアン!

ダイヤ「ではその次は私が!」パンッ

梨子「なら次は私!」パンッ

千歌「あーっ! この二人お姉さんのくせに全然前譲ってくれない!」パンッ

曜「とか言いながらちゃっかり4番目確保してるし」パンッ

善子「ほんと抜け目ないんだから」パンッ

花丸「果南ちゃん、マルたち完全に出遅れちゃったね」パンッ

果南「次こそは一番取らないとね、花丸ちゃん」パンッ

938: 2022/10/08(土) 12:39:25.52 ID:Az3wFwup.net
鞠莉「はいオッケー! ちょっと手がヒリヒリするけど……うん」

鞠莉「それだけみんな上機嫌ってことよね!」

「私には、お前が一番そういう風に見えるがな。鞠莉」

鞠莉「あっ、パパに……ママ」

鞠莉父「結果を報告しに来た。だが、その前に一つ」スッ

鞠莉母「…本当にやるんですね」

鞠莉父「当たり前だろ」

ダイヤ「?」

鞠莉父「…………」ペコリ

果南「!?」

千歌「えっ、えっ、ちょ……どういうこと!?」

939: 2022/10/08(土) 12:40:19.79 ID:Az3wFwup.net
鞠莉父「先程のライブ、私の友人の娘さんがいたく気に入ったようでね」

鞠莉父「君たちにサインを書いてほしいらしい、急な願いだが頼めるだろうか」

果南「あ、いや……そのくらいなら私たちは全然……ねえ?」

ダイヤ「は、はい、断る理由もありませんし」

梨子「ファンが増えるのも嬉しいですし、だからその」

善子「頭を上げてもらえませんか? なにも、そこまでやらなくったって……」

鞠莉父「今の私は依頼する立場だ、敬意を払うのは当然だろう」

鞠莉父「しかしそうか、頼まれてもらえるか?」

花丸「ルビィちゃん」

ルビィ「あ、うん」

ルビィ「そのお話、Aqoursの代表として、喜んでお受けさせていただきます」

鞠莉父「感謝する、Aqoursの皆さん……それと鞠莉」

940: 2022/10/08(土) 12:41:02.40 ID:Az3wFwup.net
鞠莉「はい」

鞠莉父「日本行きの便は、明日で構わないか?」

「!!!」

鞠莉父「今すぐ出ていきたいなら、そうなるよう手配するが」

鞠莉「……ううん、パパに任せるわ」

鞠莉父「そうか。なら」

鞠莉父「私は話をつけに行ってくる、この場は頼んだぞ」

鞠莉母「あ、ちょっと…!」

鞠莉父「お前も言いたいことがあるなら今のうちに言っておけ、まさかここにきて足りなくなったということはないだろう?」

鞠莉母「それはつまり、あなたの代わりに私が言えと?」

鞠莉父「フッ……さあな」

941: 2022/10/08(土) 12:41:47.62 ID:Az3wFwup.net
鞠莉母「貴方! ……全く、どうして私がこんな役回りを……」

鞠莉「ママ」

鞠莉母「~~っ……ああもう、本当に……」

鞠莉母「言っておくけど、私はまだ全てを認めたわけではありませんからね。でも」

鞠莉母「約束は約束です、あなたの好きにしなさい……それと」

鞠莉母「お疲れ様、よくやったわね」

鞠莉「──!!」

鞠莉母「今日は家に泊まっていきなさい、あなた達もね。部屋は用意しておくから」

鞠莉母「以上デス。何か言うことは?」

鞠莉「……いいえ」

鞠莉「ありがとう。ママ」

鞠莉母「……私ももう行きます。これ以上ここにいると、調子を狂わされる」クルッ

942: 2022/10/08(土) 12:42:37.80 ID:Az3wFwup.net


スタスタ……


千歌「行っちゃった……」

善子「なんか、正直こっちも調子狂わされた感じ」

曜「だよね。私もビックリしちゃったよ」

果南「そりゃ、きっちりした人なら特別おかしくない行動かもしれないけど、それにしたって……ねえ?」

梨子「あれも昔からそうなんですか? 鞠莉さん」

鞠莉「……まあね」

鞠莉(でも、私と同じくらいの子に頭を下げるところを見たのは、初めて……)


「Buon pomeriggio!」


鞠莉「あら?」

943: 2022/10/08(土) 12:43:28.71 ID:Az3wFwup.net

「piacere!」

千歌「かわいいー! この辺に住んでる子かな?」

花丸「見て千歌ちゃん、この子色紙持ってる。ということは」

梨子「もしかして、あなたが私たちにサインを貰いに来た子?」

「…………」ウーン

(sign……)

「Si!」コクリ

鞠莉「そうみたい」

果南「嬉しいねー、わざわざ自分のほうから来てくれるなんて」

千歌「はいはーい! 私いちばーん!」

944: 2022/10/08(土) 12:44:23.89 ID:Az3wFwup.net

「per favore!!」バッ

千歌「ってあれ?」

鞠莉「え、私?」

「!!」コクコク

鞠莉「…ふふっ、お安い御用よ。ペン貸してもらえる?」

(pen……)スッ

鞠莉「ありがと♪」

千歌「おー、じゃあ私にばーん!」

善子「切り替えはやっ」

945: 2022/10/08(土) 12:45:08.40 ID:Az3wFwup.net

「Arrivederci!」ペコ

タタタッ

鞠莉「チャオー!」

千歌「ばいばーい! またねー!」

曜「それにしてもさっきの子、よっぽど鞠莉ちゃんのことが好きだったんだね」

曜「私たちには目もくれず真っ先に色紙渡してたし」

千歌「ね!」

鞠莉「でも変な話よね、自分で言うのもなんだけど私ってスクールアイドルのイメージあんまり持たれてないと思ってたのに」

鞠莉「依頼の件だって、まず顧問として認識されてたのよ?」

絵里「それはあの女の子が、鞠莉の良いところを事前にたくさん聞いていたからかしらね」

絵里「で、実際聞いていた以上に素敵だったから、居ても立っても居られなくなっちゃったのよ。きっと」

ルビィ「あ、絵里さん!」

絵里「遅くなってごめんなさい。月にさっきのライブの映像データを貰っててね」

月「ふふん、渡辺月、Aqoursの勇姿をバッチリ撮らせていただきました!」ビシッ

946: 2022/10/08(土) 12:45:50.73 ID:Az3wFwup.net
鞠莉「あの、それより絵里さんさっきの話はどういう……」

絵里「知りたい? もう全部片付いたし、話すのに何も問題はないけど」

絵里「実はね……」コソッ

鞠莉「!」

絵里「と、いうわけなの。もしかしたら貴女もちょっとは感づいていたかもしれないけどね」フフッ

鞠莉「…………」

ルビィ「二人とも、何の話してるんだろう」

亜里沙「んー、何の話だろうねー」ニコニコ

鞠莉「あの、みんなに打ち明けるタイミングは私に合わせてもらえると」

絵里「わかったわ、それまではあなたの自由に」

鞠莉「」コクリ

947: 2022/10/08(土) 12:46:40.90 ID:Az3wFwup.net
鞠莉「はいはーい! それじゃみんな別荘のほうに帰るわよー!」パンパンッ

鞠莉「もう自分の家だと思ってくつろいじゃっていいからね、本当にお疲れ様!」

千歌「やったー! じゃあ私お風呂入るー!」

善子「私はあの大画面のテレビでゲームとかやってみたい」

曜「わかるー! 夢あるよねあれ!」

果南「私はギリギリまで海行ってようかな、久しぶりに泳ぎたい」

ダイヤ「あら、いいですわね」

月「お、水泳なら僕も自信ありますよー! 競争します?」

梨子「みんな自由ね……花丸ちゃんはどう? 何かやりたいこととか」

花丸「マルはルビィちゃんに付いてく、色々聞きたいことがあるから」

ルビィ・梨子「?」

948: 2022/10/08(土) 12:47:33.40 ID:Az3wFwup.net


その夜……


千歌「あーくたびれたーっ!」バタリ

梨子「千歌ちゃん、お風呂のあとずっとはしゃいでたものね」

曜「旅館じゃいくら大きくても騒げないもんね」

千歌「いやーおかげですっごい息抜きできたよー、鞠莉ちゃんありがとー!」

千歌「ってあれ? 鞠莉ちゃんいなくない?」

果南「そういえば見てないね、どこ行ったんだろ」

絵里「鞠莉ならさっき外に出かけていったわよ」

ダイヤ「こんな時間にですか?」

絵里「ええ、きっと彼女の中じゃまだ全部終わっていないんでしょうね」

ダイヤ「?」

絵里「ねえみんな、ちょっと私の話聞いてもらえるかしら?」

絵里「今回私がここに来た理由、そろそろ言っておく必要があるから」

949: 2022/10/08(土) 12:48:33.51 ID:Az3wFwup.net
鞠莉母「……」ウロウロ

鞠莉父「そんなに気に入らなかったか、私の決断が」

鞠莉母「違います」

鞠莉父「ならなんだ、やっぱりもうちょっと何か言っておけば良かったって腹立ててるのか」

鞠莉母「あ、貴方ねえ! どうしてそうずけずけと!」

鞠莉父「なんだ図星か。だから最初に忠告しておいただろうが」ズズッ

鞠莉母「ええそうですね!! ……ですがそういう貴方だって少し、言わなさすぎでは?」

鞠莉母「鞠莉が気にしていましたよ、声をかけに来ないこと」

鞠莉父「その方が効果的だったろ、鞠莉が奮起するぶんには」コトン

鞠莉母「……ハァーッ、貴方のそういうところ、本当に昔から変わってないわね……」

鞠莉母「イイデスカ? たまには自分を歯車としてではなく、一人の親として……」

「パパ! ママ!」

鞠莉母「!? ……鞠莉?」

鞠莉父「なんだ、別荘の方にいるんじゃなかったのか」

950: 2022/10/08(土) 12:50:12.61 ID:Az3wFwup.net
鞠莉「……パパがやってくれたんでしょ?」

鞠莉父「何をだ」

鞠莉「絵里さんたちに私たちのこと、手伝わせるようにって」

鞠莉母「…ホワッツ!?」

鞠莉「お願い、してくれたんでしょ?」

鞠莉父「ああ、頼んだ」

鞠莉母「ちょ、何を平然と……!!」

鞠莉「それに……」

951: 2022/10/08(土) 12:51:22.14 ID:Az3wFwup.net
千歌「えぇ!? じゃあ絵里さんたちは鞠莉ちゃんのお父さんに呼ばれてここに来たんですか!?」

絵里「ええ、あの人には学園の資金援助で凄くお世話になっていて……丁度二年前、だったかしら?」

絵里「その辺りから私たちを支援したいって話が来て、今の協力関係に至ってるんだけど」

果南「二年前ってもしかして……鞠莉が浦の星に戻って来たとき……!?」

ダイヤ「そんなに早い段階から、既に絵里さんたちと関りがあったと…!?」

絵里「ええ、個人的にあなた達の動向も追ってたみたいよ」

善子「成程ね、だから……」

曜「善子ちゃん?」

善子「気にはなってたのよ、ほら私たちがイタリアに呼ばれた理由を鞠莉が話してたとき」

善子「どうしても9人じゃないといけないってくだりがあったじゃない?」

花丸「うん、あったけど」

952: 2022/10/08(土) 12:52:32.84 ID:Az3wFwup.net
善子「そこが変だなと思って、だって鞠莉を入れて9人でライブをしていたことなんて数えるほどしかないのよ?」

善子「時系列だっておかしい、鞠莉が浦の星に戻るって言った当時のAqoursは三人体制、翌年度に至っては鞠莉はもう卒業してるわけだし」

曜「言われてみれば、確かに……」

善子「なのにわざわざ9人を主張するってことは、多分公式の記録以外でも私たちのことちゃんと知ってたんじゃないかな……って」

千歌「……それが鞠莉ちゃんにとってのAqoursだって分かってたから?」

善子「聞いてる限りだと、ね。それこそ鞠莉が参加した直近のもので言うなら……」

ルビィ「…クリスマスライブ」

絵里「あの人が言ってたわ、Aqoursが9人揃わない、それを失敗の言い訳にされてもらっては困るからって」

絵里「その発言が本心かどうかはさておき、彼がずっと前から鞠莉の活動を見守ってたのは確か」

絵里「主に海外を主戦場としている人がわざわざ日本の、それも大会ではなく一イベントに顔を出してまでね」

絵里「なのに本人は照れ臭いどころか、やって当然と思ってるから一々言わないときたものだから……ふふっ、なんていうか」

絵里「ほんと、面倒くさい家族なのよ」クスクス

953: 2022/10/08(土) 12:53:27.09 ID:Az3wFwup.net
鞠莉「だから、ありがとう。パパ」

鞠莉父「……」

鞠莉母「ちょっと貴方」

鞠莉父「それで」

鞠莉母「?」

鞠莉父「お前は何をしにきたんだ?」

鞠莉「……私の歌を、聴いてもらいにきました」

鞠莉「みんなと一緒にいるときの、Aqoursとしての私じゃなくて」

鞠莉「二人の娘の、小原鞠莉としての私が歌う姿を……パパとママに見てほしいから、知ってほしいから」

鞠莉母「……鞠莉」

鞠莉父「そうか」

954: 2022/10/08(土) 12:54:01.19 ID:Az3wFwup.net
鞠莉「だから、忙しいかもしれないけど……「歌ってみなさい」

鞠莉「! ママ」

鞠莉母「あなたも、それでいいでしょう?」

鞠莉父「元から断るつもりはない」

鞠莉母「あのですね……」

鞠莉父「鞠莉」

鞠莉「はい」

鞠莉父「私たちに構うな、お前の好きなようにやりなさい」

955: 2022/10/08(土) 12:55:22.71 ID:Az3wFwup.net

鞠莉「……っ……うん」

鞠莉「……」スーッ

鞠莉「目を閉じたら ふと よぎる歌があって」

鞠莉「心はどんな時でも あの頃へ戻れると呟いていた」


鞠莉母「……いい歌じゃありませんか」

鞠莉父「……」ズズッ

鞠莉父「ああ、旨い」フッ


鞠莉「だから みんな 元気で  また会えるようにきっと……」


……





957: 2022/10/09(日) 02:01:36.45 ID:StHhLj5G.net


翌日、空港


鞠莉「絵里さん、亜里沙さん、この度は本当にありがとうございました」ペコリ

「「「ありがとうございました!!」」」

亜里沙「えへへっ、どういたしまして」

絵里「私たちもあなた達に会えて本当に良かったわ、おかげで新しいご縁も出来たしで」

絵里「個人的に大満足のお仕事だったもの。そっちでは確か…ラブライブの一次予選がこの後すぐ始まるのよね?」

ルビィ「はい、9月の初めにやるので開始まであと一週間くらい」

絵里「頑張ってね、離れているけど私たちも応援してるから」スッ

ルビィ「ありがとうございます!!」ギュッ

亜里沙「ルビィちゃん、雪穂によろしくね」

ルビィ「はい! 雪穂さんと一緒に亜里沙さんについて話すの、今から楽しみです!」

958: 2022/10/09(日) 02:02:19.15 ID:StHhLj5G.net
絵里「ダイヤも、たまには連絡してきてね」

絵里「じゃないと、私寂しくなっちゃうから」ウインク

ダイヤ「う……! さ、最初はあまり慣れないと思うので……お手柔らかに」フイッ

絵里「なんでもいいわよ、あなたがその気ならね」

ピンポン

鞠莉「あ、そろそろ時間」

絵里「さて、それじゃあ」

鞠莉「はい」

絵里「みんなお疲れ様! いつかまた会いましょう!」

ルビィ「絵里さんと亜里沙さんもお元気で!!」

亜里沙「またねー! ばいばーい!」

959: 2022/10/09(日) 02:02:49.47 ID:StHhLj5G.net
果南「いやーそれにしても約二週間ぶりの日本かあ」

果南「流石にこっちよりかは、いくらか涼しくなってたりするのかな」

千歌「なってるでしょー、だってイタリア暑すぎるもん」

曜「気温高いし日差しは凄いしで、まさに炎天下って感じだったもんね」

梨子「そうね、特に日差しは月ちゃんが日焼け止め用意してくれなかったらどうなってたことか」

月「まあ僕は店の状況とかあらかた予想ついてたしね、みんなの力になるためにもそれくらいはやっておかないと」

善子「ナイス判断、やっぱり月先生は頼りになるわね」

月「はは、善子ちゃんはその呼び方継続なんだね……」

善子「割と気に入ったから」

曜(善子ちゃんにしては珍しい懐き方だよね)ヒソヒソ

花丸(うん、意外なパターンずら)

960: 2022/10/09(日) 02:03:50.85 ID:StHhLj5G.net
月「あ、そういえばあの人たち見送りに来てなかったよね」

月「鞠莉ちゃんのお父さんとお母さん」

鞠莉「そうね、大方自分たちが来たら楽しい雰囲気が崩れるとか思ったんじゃない?」

ダイヤ「だからあえて行かなかったと?」

鞠莉「私はそう考えてるけどね、もちろん実際のところは分からないわ」

果南「最後まで淡泊というか、割り切ってるというか……鞠莉はこれで良かったの?」

鞠莉「いいのよ」

鞠莉「もう十分なくらい、伝わったから」

961: 2022/10/09(日) 02:05:09.37 ID:StHhLj5G.net


ゴオオオオオ…


鞠莉母「……飛行機、出ましたね」

鞠莉父「ああ」

鞠莉母「本当にこれで良かったのですか?」

鞠莉父「不服なら見送りに行ってもよかったんだぞ」

鞠莉母「……何故あなたは毎回私が素直じゃないかのような言い方をするんです!」

鞠莉父「気のせいだろ」

鞠莉母「その割には無視できない頻度でやってきますけどね!!」

鞠莉父「そうか、すまない悪気はなかった」

鞠莉母(本当にその気がないから尚のこと質悪いのよね、この人)ジトッ

鞠莉父「どうした」

鞠莉母「はあ……いいえもう結構です」

鞠莉父「なんだ結局何もないのか」スッ

鞠莉母「……」

962: 2022/10/09(日) 02:06:06.60 ID:StHhLj5G.net
鞠莉母「……初めから」

鞠莉父「ん?」シュボッ

鞠莉母「あの子を引き戻すつもりはなかったんですね」

鞠莉父「……」フーッ

鞠莉父「一つ勘違いしているようだから言っておくが、もし鞠莉が条件を達成できなかった場合」

鞠莉父「私は本気で連れ戻すつもりだった、一度決めたことを覆す気はないしな」

鞠莉父「それこそお前が情を移しても、お友達が泣きわめこうとも、聞く耳は持たなかっただろうし黙らせたはずだ」

鞠莉母「たとえ自身が悪役になっても?」

鞠莉父「それが覚悟を汲み取るということだろう、周囲の印象など知ったことか」

963: 2022/10/09(日) 02:06:37.31 ID:StHhLj5G.net
鞠莉母「……」

鞠莉父「ただ」

鞠莉父「娘のことを信じない親がどこにいるよ」

鞠莉母「!」

鞠莉父「だから彼女に依頼した、それだけの話だ」トントン

鞠莉母「…あなたって本当に」

鞠莉父「なんだ」

鞠莉母「昔っから回りくどいわよね」

鞠莉父「私が直接協力したらブレるだろうが」

964: 2022/10/09(日) 02:07:08.87 ID:StHhLj5G.net
鞠莉母「ええ、わかってマスとも」

鞠莉父「ああ、お前が理解してくれるならそれだけで十分だ」ジジッ…

鞠莉父「私にとっては、だがな」フーッ

鞠莉母「……」

鞠莉母「すみません」

鞠莉父「どうした」

鞠莉母「それ、一本貰えます?」

鞠莉父「フッ……ああ」

965: 2022/10/09(日) 02:08:45.95 ID:StHhLj5G.net


そして

────日本、東京羽田空港


千歌「……ん~~っ!! 着いたーーー!!」

千歌「遂に帰ってきたよジャパン!」

花丸「長旅だったねえ、イタリアに行ったあともあちこち飛び回ってたし」

善子「私は非日常感あって割と楽しかったけどね」

ルビィ「えへへ、実は私も」

曜「うんうん、巻き込まれた甲斐があるってものだよね」

鞠莉「あら曜、言ってくれるじゃない?」

曜「こ、言葉のあやだって!」

果南「…………」キョロキョロ

梨子「果南さん? どうしたの?」

966: 2022/10/09(日) 02:09:26.62 ID:StHhLj5G.net
果南「いや、聖良がいないなあって」

善子「そういえば来ていないわね、絶対いると思ったのに」

果南「うん、会いたかったんだけどな」

千歌「え?」

鞠莉「おやおや」

ダイヤ「ふふっ」

果南「え、なにその反応」

鞠莉「別に~、ねえ?」

千歌「そこまで顔に出すのが珍しいなーとか思ってないよ?」

曜「無意識で言うのは相変わらずだけどね」アハハッ

果南「いや、それは……なんだろう」

果南「とにかく私、もう帰るから。またね」

967: 2022/10/09(日) 02:10:06.42 ID:StHhLj5G.net
梨子「……意外。果南さんならもっと軽く流すと思ったのに」

ダイヤ「きっと心境の変化でもあったのでしょう」

鞠莉「今のダイヤみたいに?」

ダイヤ「まあ、そうなりますわね」

ダイヤ「さ、私たちもそろそろ帰りましょうか」

ルビィ「そうだね、まだやらなくちゃいけないことも残ってるけど」

ルビィ「それより早くみんなに会いたいもん」

花丸「話したいこともたくさんあるしね」

善子「ええ、帰りましょう。内浦に」

968: 2022/10/09(日) 02:10:43.58 ID:StHhLj5G.net

果南「…………」

ガチャ

果南「ただいま」

「おかえりなさい」

果南「! ……あ」

聖良「ご飯、もう出来ていますよ」

果南「ああ、うん。ありがとう」

果南「…………よかった」

聖良「え?」

果南「会えないんじゃないかって思ったから」

969: 2022/10/09(日) 02:11:16.60 ID:StHhLj5G.net
聖良「? 返事なら携帯でしましたよね」

果南「だって待ってるって言ったのに空港いないし」

聖良「料理に取り掛かろうと思ったので、きっとお腹も空かせてるでしょうし」

聖良「あなたが言ったんですよ? 私の手料理が食べたいって」

果南「いやっそうだけど、そうじゃないっていうか」

聖良「どうしたんですかさっきから、歯切れの悪い返事ばかりであなたらしくもない」

聖良「何か言いたいことがあるなら……」

果南「来てくれるって思ったんだよ。その、迎えに」

聖良「……はい?」

果南「それでまあ、家に着くまでに向こうであったこととか二人で色々話そうと思ってたからさ……だからその、ちょっとね」

聖良「ちょっと?」

果南「凹んで……ました」

970: 2022/10/09(日) 02:11:55.64 ID:StHhLj5G.net
聖良「……」

聖良「つまりあれですか。私が料理の仕込みも万全で、そのうえで果南さんに真っ先に会いに来てくれると勝手に勘違いして」

聖良「しかもそれが外れたから今こうして勝手に落ち込んでると?」

果南「そ、そうなるかも」

聖良「…………」ハァーッ

聖良「勝手な人」

果南「うっ」グサ

聖良「ああしてこうしてと人に頼んでおきながら、ちょっと自分の思い通りにならなかっただけで拗ねるとか子供ですか」

聖良「あと私なら別に言わなくても率先してやってくれるだろう、自分に尽くしてくれるだろうといったその考え方」

聖良「完全にヒモ男のそれですよね、私はそんなに都合のいい女に見えますか?」

聖良「いやはや最低ですね、相手が相手なら平手打ちものですよ」

果南「ううっ」グサグサッ

971: 2022/10/09(日) 02:12:42.60 ID:StHhLj5G.net
聖良「全く、貴女という人は……」

果南「ご、ごめん……本当にごめん」

聖良「…………」

聖良「でも、そういうところ……私は可愛いと思いますけど」

果南「……はい?」

聖良「なった理由としても? 私を想ったからこそだというのは正直悪い気はしませんし」

聖良「あなたにそういう子供じみたところがあるのも前々から分かっていましたし、そんな一面も私は好きだから別にいいんですけど」

972: 2022/10/09(日) 02:13:31.76 ID:StHhLj5G.net
果南「ちょ、ちょっと聖良」

聖良「大体ですね、それくらい先に言ってくれれば迎えくらいいつだって行きますよ。私だって早く会いたかったんですから」

聖良「寧ろ果南さんより私のほうが好いている分……むぐっ」

果南「ストップ、待ってほんとに恥ずかしいから待って」

聖良「珍しく、というか初めて動揺して赤くなりましたね。大丈夫、そういうところも可愛いですよ」

果南「やめてってば! もう~……一体いつからそんな言葉をぽんぽん言うようになったのさ……」

聖良「果南さんが原因ですね。まあ、今までの意趣返しみたいなものです」

973: 2022/10/09(日) 02:14:01.36 ID:StHhLj5G.net
果南「なんで私……」

聖良「流石にその無自覚なところは改善してほしいですね、アリといえばアリですが……それはともかくとして」

聖良「私も少し、正直に気持ちを伝えようかと思いまして。実践してみただけですよ」

果南「あれが少し?」

聖良「いけませんか? 私は結構スッキリしましたけど」

聖良「あなたを愛しているということに嘘はありませんから」

果南「いや、そうじゃない…んだけどさ」

974: 2022/10/09(日) 02:14:46.51 ID:StHhLj5G.net
聖良「けど?」ジッ

果南「…………」

果南「はあーっ、なんか私甘く見てたみたい。聖良のことも私自身のことも」

聖良「と言いますと?」

果南「ここまでいったらはぐらかすことも出来ないじゃん……愛なんて言葉まで出ちゃったら尚更」

果南「それに……告白されて初めて分かったんだ、簡単に流せるほど私の気持ちも軽いものじゃなかったんだって」

果南(でもなんでだろうね、不思議と変に思わないんだよ)

果南(私、いつから揺れ始めてたんだろう)

975: 2022/10/09(日) 02:15:17.21 ID:StHhLj5G.net
聖良「……いいんですか、そんな思わせぶりなことを言って」

聖良「私、期待してしまいますよ?」

果南(ただ分かるんだ、それがつい最近の話じゃないってことくらいは)

果南(だって)

果南「いいよ。その想いにはちゃんと応える」

果南「たとえヒモだって言われようが、私は聖良の気持ちを弄ぶようなことは絶対にしないし、したくもないから」

聖良「っ……本当に卑怯ですよね。あなた」

果南「だから聖良……ハグ、しよ?」

976: 2022/10/09(日) 02:15:48.41 ID:StHhLj5G.net
聖良「……いいえ」

聖良「それだと少し物足りないですね、他の方にやっていることと変わりませんし」

聖良「特別感が欲しいですね、私だけにしか得られないような」

果南「欲張るね」

聖良「どうも」

果南「…何がいいの?」

聖良「そうですね……キス、してくれたらいいですよ。どうでしょうか?」

977: 2022/10/09(日) 02:16:19.72 ID:StHhLj5G.net
果南「…………」

聖良「…………」

果南「……ごめん、聖良」

聖良「っ」

スッ

果南「せっかく作ってくれたのに、料理……冷めちゃうかも」

聖良「! ──本当に、仕方のない人ですね」

ギュゥ

聖良「でも、許してあげます。あなたのここ……温かいですから」

聖良「その代わり、絶対に離しません」

果南「……ん」グイッ

聖良「あっ……」

978: 2022/10/09(日) 02:17:29.52 ID:StHhLj5G.net


だって、そのずっと前から彼女は私の隣にいて、私もそれが心地よくて

一緒にいたいなあって思ってたから


気を紛らわすためでもなくて、誰かの代わりでもなくて

彼女じゃなくちゃ駄目なんだってそう思えるくらい、私の中で特別な存在になっていたから

気付いたら、だけどさ。だから皆に鈍いって言われるのかな


でも、もしそうだとしても

もう自分の想いだけは隠さないようにしようって決めた

多分、その伝えかたも不器用なんだろうけど

それでも愛していきたい、こんなどうしようもない私を

──愛してくれる人が、そこにいるから。


979: 2022/10/09(日) 02:18:28.94 ID:StHhLj5G.net


片や場面は変わって

内浦、海岸沿い


ザザーッ


ルビィ「……」

善子「ルビィが一人でいるのって珍しいわね、っていうか懐かしい光景」

ルビィ「善子ちゃん」

善子「考え事?」

ルビィ「うん、私の将来について」

善子「そう、来年は卒業だものね」

ルビィ「そうだね。本当の本当に最後」

980: 2022/10/09(日) 02:19:36.97 ID:StHhLj5G.net
ルビィ「ねぇ善子ちゃん」

善子「なに?」

ルビィ「私ね、善子ちゃんに聞いてほしいこととお願いしたいことがあるの」

善子「ふーん、それって我がまま入ってる?」

ルビィ「超わがままだよ」

善子「オッケー、言ってみなさい」

ルビィ「ん……善子ちゃん、私ね」

ルビィ「────になりたい」

ルビィ「それがようやく見つけた、私の夢なんだ」ニコ

981: 2022/10/09(日) 02:20:22.09 ID:StHhLj5G.net
善子「…………」

ルビィ「善子ちゃん?」

善子「ビックリしたあ……どんだけ強欲なのよあなた」

ルビィ「やっぱりそう思う?」

善子「そりゃあね、でもいいんじゃない? ルビィらしくて」

ルビィ「えへへっ、ありがと」

善子「だとしたら、お願いのほうもなんとなく察しがつくわね」

ルビィ「善子ちゃんは相変わらず鋭いねぇ」

982: 2022/10/09(日) 02:21:06.15 ID:StHhLj5G.net
善子「でも仮にさ、私がそれで文句言ってきたらルビィはどうするわけ?」

ルビィ「それでも押し通す」

善子「…………ぷっ」

ルビィ「……ふふっ」

善子「あーもう、ほんっと……我ながらとんでもない子を好きになったもんだわ、あんたいくらなんでも自己中すぎ」クックック

ルビィ「私をろくでもない女にしたのは善子ちゃんだよ?」

善子「なによ、私のせいにするっていうの?」

ルビィ「だってほんとのことだもん」

善子「なら言わせてもらうけど私だってルビィのせいで散々な目に遭ってるんだからね」

ルビィ「たとえば?」

善子「つい最近でいうとあれよ、放課後三人で帰ろうとしたときルビィが……」

983: 2022/10/09(日) 02:22:41.31 ID:StHhLj5G.net

ダイヤ「二人とも、楽しそうですわね」

花丸「久しぶりに取れた二人っきりの時間だからね」

花丸「色々溜まってたんだと思う」

ダイヤ「あとは、あの子なりに清算をしようとしているのかもしれませんわね。これからの為にも」

花丸「ダイヤさんも、それが理由で内浦のほうに?」

ダイヤ「はい、私もようやく」

ダイヤ「道筋というものが見えてきましたから、退路以外の、前に進むための道が」

花丸「……そっか」クスッ

ダイヤ「ルビィ! そろそろ帰りますわよ!」

984: 2022/10/09(日) 02:23:57.85 ID:StHhLj5G.net
ルビィ「あ、お姉ちゃん呼んでる」

ルビィ「じゃあ善子ちゃん、またね」

善子「ええ、また」


タッタッタ……


花丸「楽しかった?」

善子「もちろん、いつにも増して生意気だったけどね」

花丸「あはは、それは疲れるね」

善子「でさ、そのことで」

善子「花丸にも話しておきたいことがあるんだけど」

花丸「?」

985: 2022/10/09(日) 02:25:14.86 ID:StHhLj5G.net


──黒澤家


ルビィ「お母さん、お父さん、ただいま」

黒澤母「お帰りなさいルビィ……あら?」

ダイヤ「お久しぶりです」ペコリ

黒澤父「ダイヤ……珍しいな、お前がこちらに連絡もなしに来るとは。それに」

黒澤母「そんな顔をして、わざわざ家へ帰ってきたということは」

黒澤父「ああ、何かあったのか?」

「はい」

ダイヤ・ルビィ「お話しがあります」

986: 2022/10/09(日) 02:25:58.53 ID:StHhLj5G.net

花丸「善子ちゃんが、マルに?」

善子「そう。あなたには話しておこうと思ってね」

花丸「もしかして進路のこと、とか?」

善子「まあそれもあるけど、それよりもっと大事なことよ」

花丸「? あまり予想つかないけど……」

善子「花丸。私ね、高校を卒業したら……」

善子「ルビィと別れようと思ってる」

987: 2022/10/09(日) 02:27:16.09 ID:StHhLj5G.net


夏も終わり、卒業まであと6ヶ月

何かが実りを成すほどに、誰かが決意を示すほどに

私たちの最後の1年……その終わりの日は

静かに、けれど確実に、自覚するところまで迫ってきていた

もう時間はない、だけど答えははっきりしている。

あとは書き記すだけだ、絶対に消えないように。

それがこの場所の、ここの学校の生徒として、私が最後に出来ることだから。


────ありがとう

一体どこから聞こえたのか、振り返ったそこに人の姿はなく


ただ


夕日が沈んでいくなか、時折反射する水しぶきに

ふと、桜の面影を見た。


988: 2022/10/09(日) 02:28:08.97 ID:StHhLj5G.net



ルビィ「片割れのジュエル」



イタリア編  終わり


989: 2022/10/09(日) 02:34:58.50 ID:StHhLj5G.net
大変長くなりましたがこれで終わりです、毎日の保守支援ありがとうございました。

次の話で本当に最後になります、投稿はなるべく早く……出来れば今月内に立てる予定です
スレが立てられた際はどうかよろしくお願いいたします
ここまで読んでいただきありがとうございました

990: 2022/10/09(日) 03:10:57.97 ID:nt7zBIzP.net
おつです
いつも楽しませてもらってます
ゆっくり待ってます

引用元: ルビィ「片割れのジュエル」 イタリア編