420: ◆MY38Kbh4q6 2017/04/30(日) 07:46:19.88 ID:xu4BL+Pa0

421: 2017/04/30(日) 07:48:27.11 ID:xu4BL+Pa0

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【とある日 聖グ口リアーナ女学院】



「これが聖グ口リアーナ女学院…」



夏の暑さが落ち着いてきた頃、私は聖グ口リアーナ女学院に転校することになった。





「今までは留学をされていた…と」

「はい。父の仕事の都合で、中学卒業後はイギリスのインターナショナル・スクールに通っておりました」

「それでしたら我が校の校風にも馴染みやすいと思います」

「ええ。英語は苦手ですけど、どうか宜しくお願いいたします」

「こちらこそ。よろしく」




諸々の手続きを経て、私は晴れて聖グ口リアーナ女学院の生徒となった。

校舎のデザイン、学校の雰囲気、生徒の口調、何をとっても"お嬢様"な学校だった。

私はお嬢様でも何でもないけれど、果たして馴染めるのだろうか。

ガールズ&パンツァー 最終章 第2話 (特装限定版) [Blu-ray]
422: 2017/04/30(日) 07:49:45.61 ID:xu4BL+Pa0

「初めまして。ヴェニフーキと申します」



「ヴェニフーキ? 聞き慣れない名前ですわね」

「一体どのような紅茶の品種なのでしょう」



聖グ口リアーナの生徒は、幹部クラスや将来を期待された優等生に紅茶に因んだニックネームを与えられる。

ダージリン、アッサム、ルクリリ、オレンジペコ、ローズヒップ………

ただ、私は最初から"ヴェニフーキ"というニックネームを頂いた。

過去の経験がそのまま評価され、聖グ口リアーナOGから直々に名前を授かった。






「あの、ヴェニフーキ…さん?」

ヴェニフーキ「何でしょう?」

「その、目の下にクマが出来ておりますわよ?」

ヴェニフーキ「…」

「お体が優れないのでしたら無理をなさらずに」

ヴェニフーキ「大丈夫です。ありがとう」

「…」



「何だかヴェニフーキさんって無愛想ですわね…」

「顔色悪そうだし目つきも悪いし…」

「留学先で何かあったのかしら?」

「問題を起こさなければ良いけど…」



423: 2017/04/30(日) 07:52:39.91 ID:xu4BL+Pa0


【聖グロ 練習場】



「あなたが新しく転校された方ですね?」

ヴェニフーキ「初めまして。ヴェニフーキと申します」

アッサム「私はアッサム。聖グ口リアーナの隊長を務めています」

オレンジペコ「同じく、隊長車の装填手を担当しているオレンジペコです。どうかよろしくお願いします」ペコリ

ヴェニフーキ「宜しくお願い致します」



必修科目は戦車道を履修した。

戦車道が行われる練習場へ行ったら隊長と装填手がやってきた。

本来ならこちらから出向くべきだったが、ご丁寧に先に来て色々案内して下さった。

どうやらOG会からの紹介ということもあって、手厚く饗してくれるようだ。


424: 2017/04/30(日) 07:54:16.82 ID:xu4BL+Pa0

ローズヒップ「いっきますのよぉー!!」


戦車道へ参加したら、いきなり紅白戦を行うことになった

私は過去に戦車道をやっていたということもあってか、クルセイダー巡航戦車の車長に選ばれた。

同じクルセイダー乗りには一年生のローズヒップさんがいて、その配下にジャスミン、クランベリー、バニラという名の3人の部下がいる。

ローズヒップさんの掛け声とともにクルセイダー隊が猛スピードで走り出す。

この手のスピードのある戦車は乗っていて悪い気はしない。

かつての学校では似たような戦車に乗っていたし、行進間射撃も得意だったからだ。





『勝者 紅組!!』


そして試合は私達が勝った。

相手のフラッグ車であるチャーチル歩兵戦車の背後に回り込み、至近弾を浴びせて走行不能にしてやった。

クルセイダーと違いチャーチルは重装甲ではあるが、その分機動性に劣る。

接近して回り込むことは難しくはなかった。


この結果に隊長は相当驚いたらしい。


425: 2017/04/30(日) 07:55:13.59 ID:xu4BL+Pa0


アッサム「…まさか私達が白旗をあげるとは」

ヴェニフーキ「偶然です。勝負は時の運とも言うものですから」

アッサム「ですが運も実力の内と言います。あなたの強さを改めて実感しましたわ」

オレンジペコ「あの、ヴェニフーキ様」

ヴェニフーキ「何でしょう」

オレンジペコ「留学先は相当な強豪校だったりします?」

ヴェニフーキ「かつてはベスト4に入るほどの実力はありました」

オレンジペコ「わぁすごい…!」

アッサム「それは頼もしい。あなたの活躍、期待してますわよヴェニフーキ」

ヴェニフーキ「身に余るお言葉です」




戦車乗りとしての評価は概ね良好のようだ。

なにしろ聖グロは強豪校だから力不足では困る。


426: 2017/04/30(日) 07:57:15.10 ID:xu4BL+Pa0


ヴェニフーキ「…今日も異常はありませんでした」

『そう。さすがに何日も時間はかけられないわね』

ヴェニフーキ「ええ。私としても早く解決したいです」

『そうね…。向こうから出てこないのなら、こちらからアクションを起こしてみたらどうかしら』

ヴェニフーキ「アクション?」

『ええ。揺さぶってみるの』

ヴェニフーキ「…揺さぶる?」

『ええ。それでボロが出るように誘導して』

ヴェニフーキ「私ならまだしも、相手はアッサム様です」

ヴェニフーキ「そう簡単にボロを出すとは思えない」

『そうなのよね』


『ここは"ブランデー入りの紅茶"をやってみてはどうかしら』

ヴェニフーキ「私もアッサム様も未成年なのですが、未成年飲酒でもしろと?」

ヴェニフーキ「というか、あなたもまだ10代ですよね」

『ふふっ。あくまで"ブランデー入りの紅茶"は比喩よ』

ヴェニフーキ「良かった。てっきり呑んだくれにでもなったのかと」

『…失礼ね。お酒はあなたが無事に帰ってきた時にいただくわ』

ヴェニフーキ「私が帰ってきても未成年なら許しませんよ?」

『ふふ。手厳しい』

ヴェニフーキ「…それで、その作戦というのは?」

『それはね…』




私は単なる転校生じゃない。

私が聖グロに来た目的は…




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427: 2017/04/30(日) 08:06:30.42 ID:xu4BL+Pa0



【知波単学園 練習試合】



西「お久しぶりであります! ペコ太郎! アッサムさん!」

アッサム「ごきげんよう。絹代さん」

オレンジペコ「ですからそのペコ太郎というのはやめてくださいと…」

西「あはは。結構気に入ってますよこの呼び方!」

オレンジペコ「絹代様が気に入っていても私がダメというのだからダメなのです」

西「ええー…」

オレンジペコ「えーもびーもありません」

アッサム「ふふっ。無事に退院できて良かったです」

西「おかげさまで健康体です。この通り逆立ちも出来ますぞ! よっと!」

アッサム「ちょっ! スカートですのよ!?」ワタワタ

西「あはは。冗談ですよ」

オレンジペコ「元気なのは相変わらずですね」アハハ



退院して知波単学園に戻ってから数日後、聖グロから練習試合の申し込みがあった。

新たな戦車を迎え、編成を変えた我がチームがどれほど成果を出せるか知りたかった。

あと、久しぶりにダージリンにも会いたかった。

だから二つ返事で承諾した。

428: 2017/04/30(日) 08:08:03.05 ID:xu4BL+Pa0


西「…あれ? ダージリンは?」

オレンジペコ「あっ…」

西「?」

アッサム「ダージリンは…その、休養中でして…」

西「えっ!?」

オレンジペコ「日頃の疲れが出て、体調を崩しちゃったみたいで…」

西「そ、そうなんですか…」シュン


西「でしたら、せめてお見舞いでも!」

アッサム「そ、それはなりません!」

西「え? どうしてですか!?」

アッサム「あなたも御存知の通り、ダージリンはプライドが高いのです」

アッサム「…だから弱ってる姿を見られることは、ダージリンにとって好ましくありません」

オレンジペコ「絹代様のお気持ちはわかりますが、私達も面会は控えておりますので…」

西「そうなんですか………」




ダージリンのことを聞いたとき、明らかに様子が変だった。

まるで、何かを隠しているような…。

結局、その隠し事が何なのか判明することなく、モヤモヤした状態で練習試合は行われた。

試合は我々知波単学園があっけなく勝利した。

私達が強くなったのか、ダージリン不在の聖グロが弱くなったのか。

何もわからなかった。何も得られなかった。

寂しい練習試合だった…。


429: 2017/04/30(日) 08:09:32.80 ID:xu4BL+Pa0


【試合後 西の病室にて】


西「これだけあると一度じゃ持っていけないなぁ…」ガサゴソ

西「食べ物は一旦冷蔵庫に入れて、先に衣類とかを持って帰るか」

西「うおっ、なんだこれ!? 重たいぞ?!」グヌヌ



私は退院してからも病院には何度か足を運んでいた。

順調に回復しているか、異常がないか検査をするからだ。

それと入院中にお見舞いに来て下さった方々に頂いた品が相当な量なので、一度に全部持って行けず何度も往復しなければならん。


皆が手伝うと言ってくれたが、私事を仲間たちに手伝わせるのも申し訳ないから一人でやることにしたのだ。

430: 2017/04/30(日) 08:11:08.84 ID:xu4BL+Pa0


オレンジペコ「あっ…」



西「ん?」

オレンジペコ「こ、こんにちは…絹代様」

西「おおペコ太郎! 先程の練習試合はありがとうございました」

オレンジペコ「その、こちらこそ…」ペコリ

西「あはは。お見舞いにも来て下さってありがとうございます」

オレンジペコ「いえいえ、どう致しまして」

西「ですが、御存知の通り、もう体はピンピンの健康体ですよ!」ピョンピョン

オレンジペコ「そ、そうですよね!」

西「うむ。これでいつでも戦車で突撃出来ますぞっ!」ハッハッハ

オレンジペコ「えへへ…」




なんだかペコ太郎の様子がおかしいな…。

というより、練習試合の時から聖グロの雰囲気がおかしい。

ダージリンもいなかったし、聖グロの皆さんもどこかよそよそしい。

何かあったのだろうか?


431: 2017/04/30(日) 08:13:22.68 ID:xu4BL+Pa0

西「おや…顔色が優れませんな? 何かお困りごとですかな?」

オレンジペコ「い、いえ…。そういうわけでは…」

西「差し支えなければ私に悩みをお聞かせください」

オレンジペコ「………」

西「あ、でも言い辛い事でしたら、私でなくてもダージリンや他の先輩とかでも大丈夫です!」

西「溜め込んでいると心身に良くありません。…まぁ私が言えたことではありませんが」ハハハ

オレンジペコ「そう…ですよね…?」

西「ええ。無理は禁物です」

オレンジペコ「………」

西「…?」

オレンジペコ「………」

西「………」

オレンジペコ「………」


オレンジペコ「………………フゥ…」



しばらく無言の時間が続いて、決心したのかペコ太郎はようやく口を開いた。

そして、次の言葉が



































              私の逆鱗に触れた










432: 2017/04/30(日) 08:14:08.04 ID:xu4BL+Pa0






「ダージリン様は聖グ口リアーナ女学院を退学されました」












 ぱりん



頭のなかで何かが割れる音がした。








433: 2017/04/30(日) 08:15:39.67 ID:xu4BL+Pa0


西「………は?」

オレンジペコ「あの、ですから…ダージリン様は退学を…」

西「はは。ペコ太郎も冗談を言うようになったんですね?」

オレンジペコ「いえ…冗談ではなくて…」

西「…」

オレンジペコ「…あ…あの…」



西「………で、どういうこと?」




オレンジペコ「ひっ!?」

西「教えてくれますか?」

オレンジペコ「…い…嫌ぁぁ……!!!」




この子は知らないかもしれないが。

ダージリンは退学したんじゃない。退学させられたんだ。

聖グロ一優秀なダージリンが理由もなく自ら退学を選ぶはずもない。

アイツらによって無理やり追放された。

考えれば考えるほど体の底からどす黒いものが溢れてくる。

434: 2017/04/30(日) 08:16:51.67 ID:xu4BL+Pa0


西「………」

オレンジペコ「ち、ちがう…わたし………」

西「…やっぱりいいです。帰ってください」

オレンジペコ「…で…も……」

西「帰って…」

オレンジペコ「…ぁ……ごめん…なさい……」

西「ごめんね、ペコ?」

オレンジペコ「………」



最低なことをした。

あろうことか、報告に来てくれたペコに怒りを向けてしまった。

そして「帰れ」と追い払ってしまった。


…でも、そうしなかったら彼女に暴言を吐き散らしていたかもしれない。

胸ぐらをつかんで怒鳴り散らしたかもしれない。

壁際にあった花瓶を彼女めがけて投げてたかもしれない。

本当に取り返しのつかない事をしてしまったかもしれない。


本当に…


435: 2017/04/30(日) 08:19:14.29 ID:xu4BL+Pa0

西「………そが」





「クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁああああ!!!!」





犯人はわかってる!!

あいつらだ! あいつらがダージリンを葬った!!

何の苦労も知らない腑抜けな連中が! 誰よりも苦労して誰よりも頑張ったダージリンを突き落とした!!!



― 彼女もまた、聖グロの隊長としての"宿命"を背負っているの

― ええ。ダージリンもOG会に縛られているわ…

― 貴族たちの"機嫌"を損ねてしまった

― OG会の采配一つで隊長どころか学園からも追放することも出来るから



何がOG会だ!!!

他人の旨い汁啜ってブクブク肥え太った阿婆擦れの掃き溜めじゃないか!!

生まれてこの方何一つ苦労せず老いぼれてった阿婆擦れ共が苦労しか知らないダージリンに手をかけやがってッ!!


視界が赤くなっていく。

OG会がダージリンに接近する姿が脳裏に浮かぶ

退学を宣告されて青ざめるダージリンの顔が脳裏に浮かぶ

積み重ねてきたものを破壊されたダージリンの絶望感が頭から離れない!!


436: 2017/04/30(日) 08:20:13.44 ID:xu4BL+Pa0

「あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああァァァァァァァぁぁぁぁあぁああぁぁぁああああァァァァァァあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああガがかカかがぁかがガぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!!!」



「ちょっと!なにやってるの!!誰か来て!!誰かぁぁ!!!」

「とにかく押さえろ!! 早くロープをもってこい!!」




どれだけ暴れてもゴボゴボと怒りが溢れてくる

どれだけ叫んでもダージリンの青褪めた顔が頭から離れない

どうしてダージリンが。ダージリンだけがこんな目にあわないといけないのだ


どんだけ叫んでも怒りが収まらない。

頭から必氏に追い出そうとしても次から次へとその光景が捩じ込まれて記憶が蘇る。

頭がおかしくなりそうだ。



「クソったれがぁぁぁぁぁぁアァァァァァぁぁぁぁああああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁあああぁァァァァァァぁぁああああ!!!!!!!」



「舌を噛んじまうぞ! 口に布を詰め込め!!」

「とにかくベッドへ! 早く縛り付けろ!!」

「こらっ! 暴れるな!!!」



437: 2017/04/30(日) 08:22:11.47 ID:xu4BL+Pa0



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西「………グ…ムグゥ…」

「…落ち着いたかしら?」

西「グゥ…ムグゥゥ…」

「ああ、ハイハイ。今取ってあげるわよ」スッ

西「ハァハァ………落ち着くわけないでしょう……というよりこれ解いて欲しいんですが」

「出来れば解きたくないんだよね。また暴れそうだから」

西「………」

「何しろあなた相当発狂してたから」

西「………」

「顔は真っ赤にして涙と鼻水でグチャグチャ。暴れ回ったせいで部屋は荒れ放題…」

西「………」

「最初見た時、悪霊に取り憑かれたのかと思ったほどよ?」

「あまりの奇行だったから、先生方が精神病棟へ移すべきかって話し合ってるわ」

西「………」

「何か嫌なことでもあったの?」

西「…嫌なこと過ぎて何もかもブチ壊したくなる気分ですね」

西「こんなに頭に来たのは生まれて初めてですよ」

「それ、他の先生に言わない方がいいわよ。間違いなく精神病棟へ送られるわ」

西「…」


438: 2017/04/30(日) 08:24:05.42 ID:xu4BL+Pa0


駆けつけた医師たちに押さえつけられ、そのまま束縛されて精神安定剤を打たれ、現在に至る。

どうやら精神科のお世話になるほど狂ってたらしい。

私は言葉通り怒りで我を忘れて暴れていた。

ダージリンが受けた仕打ちが、怒りが、苦痛が…私の脳に鮮明に映った。

当事者でもない私ですらここまで腸が煮えくり返る思いをするのだから、ダージリンは………。



しばらくして、精神科医が来てカウセリングを受けた。

原因を聞かれたのでありのままに答えた。

そうしたらもうしばらく入院しろという。冗談じゃない。

ダージリンが今も苦しんでいるのに、のんびり布団になんか入ってられるはずがない。

薬だけ貰えばあとは何とかすると言って入院だけは回避した。


439: 2017/04/30(日) 08:25:11.85 ID:xu4BL+Pa0


『はい』

西「お久しぶりです。西です」

『あら、お久しぶり。お元気でした?』

西「ええ。数人に押さえつけられるほど元気ですよ」

『…それはそれは元気そうで何よりですわね』フフ..



カウンセリングを終えたあと、電話をかけた。

入院中にお世話になった人で、ダージリンの事をよく知っている人だ。

あいにくダージリンの連絡先は知らないし、ペコにはさっき酷いことをしてしまった。

そうなると頼れるのはこの人しかいない。

440: 2017/04/30(日) 08:26:28.74 ID:xu4BL+Pa0


西「それで、用件なのですが」

『ん? 何かしら?』

西「またアールグレイさんと一緒にお茶をしたいなぁ。と思いまして」

アールグレイ『あらあら。絹代さんから誘ってくれるなんて嬉しいわ』

アールグレイ『…でも、ごめんなさい。今は忙しくてしばらく予定を開けられそうにないの…』

西「そうですか。残念です」



西「一緒にダージリンのお話でもしようかと思いましたのに」



アールグレイ『………』



「首を横には振らせないぞ?」と言わんばかりにアールグレイさんにそう告げる。

このとき私は相当歪んだ顔をしていたに違いない。

ペコが小動物のように怯え上がるくらいに。



441: 2017/04/30(日) 08:28:42.03 ID:xu4BL+Pa0

アールグレイ『…そうね。また時間がある時にでも』

西「それでは困るんですよ」

アールグレイ『あら、どうしてかしら?』

西「ちょっと急いでいるものでして」

アールグレイ『急いでる?』

西「ええ。あなたならご存知のはずです」

西「聖グ口リアーナから退学者が出たことを」

アールグレイ『………』

西「………」



アールグレイ『それ、どこで聞いたの?』




西「直接お会いしてお話をしたいです」

アールグレイ『…わかりました。予定を空けましょう』



『退学者』と口にするや否や、アールグレイさんの雰囲気が変わった。

『なんでお前がそれを知ってるんだ?』と言わんばかりに。

彼女もまたダージリンの退学について何か知っているのだろう。

…いや、知らないはずがない。

なぜなら彼女はダージリンの育て親みたいなものだから。


442: 2017/04/30(日) 08:30:27.09 ID:xu4BL+Pa0


【数日後 とあるカフェにて】



西「お久しぶりです。アールグレイさん」

アールグレイ「ええ。無事退院できて良かったわ。少し痩せたかしら?」

西「そうかもしれませんね。これもアールグレイさん始め、聖グロの皆様のおかげです」

アールグレイ「ふふっ。お上手ね」

アールグレイ「…でも」


アールグレイ「入院してた頃とはずいぶん雰囲気が変わったわね?」


西「どうしたものか、ここ最近頭に血が上りやすくなったみたいで。カルシウム不足でしょうか。ははは」

アールグレイ「それはそれは。お互い健康でいたいものね」

西「…さて、本題に入りたいのですが」


443: 2017/04/30(日) 08:31:59.84 ID:xu4BL+Pa0

アールグレイ「その前に」

西「ん?」

アールグレイ「あなたがどこまで知ってるか、教えて下さらないかしら?」

西「ダージリンが、強制退学された。というところまで知っています」

アールグレイ「それは誰から?」

西「オレンジペコさんからです」

アールグレイ「………」

西「………」



少しの間沈黙が続いた。

アールグレイさんは言おうか言うまいか迷っているのだろう。


ダージリンのことはペコから聞いた。

練習試合の時は何も言わず語らずだったのに、あの時病院までやって来た。

そして私に打ち明けた。

本来なら身内の事であり、部外者である私に言うべきことではないはずなのに。

私がダージリンと親密な関係だったからだろうか。


それとも、これが意味することは………



444: 2017/04/30(日) 08:33:44.12 ID:xu4BL+Pa0

アールグレイ「腸が煮えくり返る思いだったわ」



西「…!」

アールグレイ「OG会は私が手塩にかけて育てた後輩を切り捨てた」

アールグレイ「あろうことか根も葉もない噂をでっち上げて」

西「奇遇ですね。私も生きたまま腹を割かれ、内臓を引きずり出される気分でしたよ」

アールグレイ「そうね…まさにそんな感じ」



考えが整理される前にアールグレイさんが口を開く。

相当憤怒されたようだ。今まで見たことないくらい鋭い目をしている。

もっともそれは私も同じだろうけど。

知らない人が見たらこのまま殴り合いでも始めるんじゃないかと勘違いするほど、私達は殺気立っていたに違いない。

小洒落たカフェにはあまりにも似つかわしくない。


445: 2017/04/30(日) 08:35:37.45 ID:xu4BL+Pa0

西「彼女から話を聞いた次の瞬間には、その時その場の光景がぶわっと浮かび上がって」

西「他のことを考えて気を紛らわそうにも、ゴボゴボと怒りが溢れるばかりで」

西「だんだん視界が真っ赤になっていって」

西「気がついたら病院のベッドに縛られて、精神安定剤を打たれていました」

アールグレイ「そう…」


西「こんな私のような破落戸であれば切られるのはわかります」

西「しかし、何故、あなたも認める聖グロ一の優等生は切られたのですかね?」

アールグレイ「………その目、私に向けないでくれるかしら?」

西「えっ…?」

アールグレイ「私はあなたが考える"悪者"ではないことはご存知でしょう?」

西「? 失礼」

アールグレイ「牙は最後まで仕舞っておきなさい」



悪者…ダージリンを葬ったOG会のことだ。

アールグレイさんもまたOGの一人だが、連中とは別だと言いたいのだろう。

牙を向けたつもりなど一切無かったが、アールグレイさんに窘められた。

…私はそんなにも怖い顔をしているのか?


そういえばあの時、ペコにも怯えられた。

まるで暴漢にでも襲われたかのような顔をしていた。

顔に出ていたのかもしれない…。


446: 2017/04/30(日) 08:38:06.94 ID:xu4BL+Pa0


アールグレイ「ところで、精神安定剤がどうとか言ってたわね?」

西「ええ。それが何か?」

アールグレイ「もしも持っているのなら、今のうちに飲んだほうが良いわよ」

西「?」

アールグレイ「間違いなく、あなた発狂するわ」

西「!」



"あなた発狂するわ"


それは私を発狂させるには十分すぎるくらいの事実が待っていることを意味する…。

その言葉だけで既に発狂しそうなくらいだ。

言われるがままに精神科医から貰った薬を呷る。


しばらくすると薬が効いて気分が落ち着いてきた。

…というより、全ての事がもうどうでも良くなった。

あれほど怒り狂ったダージリンのことも、数錠の薬で興味を失ってしまう。

悲しいことだなぁとは思ったけれど、薬のせいで悲しくはならなかった。

447: 2017/04/30(日) 08:39:48.97 ID:xu4BL+Pa0


アールグレイ「…そろそろ効いて来たかしら?」

西「ええ。先程までの苛立ちが嘘みたいです。薬って怖いですよね」

アールグレイ「…怒ってたからじゃなかったのね」

西「えっ?」

アールグレイ「何でもないわ。…薬を飲むのも程々にね?」

西「…話の続きをお願いします」

アールグレイ「…」

アールグレイ「それで、ダージリンの退学理由だけれども」




アールグレイ「"素行不良"よ」




西「素行不良? あのダージリンが?」

アールグレイ「そう」

西「あはは。まるでダージリンには当てはまりませんね」

アールグレイ「当然よ。あくまで"取って付けた"理由ですから」

西「つまり、退学の理由はこじつけで、他にあるということでしょうか?」

アールグレイ「ええ」


アールグレイ「ダージリンはOG会を敵に回し続けた」

アールグレイ「その結果、OG会による根回しでダージリンは学園を強制追放された」


448: 2017/04/30(日) 08:41:17.47 ID:xu4BL+Pa0

西「あなたは確か前に、ダージリンが"貴族の機嫌を損ねてしまった"と言いましたね?」

アールグレイ「ええ」

西「私が知る限り、『クロムウェル』という戦車を導入したことしか思い当たる節がありません」

西「それはOG会にとって、そこまで不快な出来事なのでしょうか?」

アールグレイ「確かにOG会の意に反する戦車の導入は、反感を買う結果となった」

アールグレイ「でも、それは些細なことで、今回の原因にはならないわ」

西「では何故?」

アールグレイ「OG会がダージリンを追放するための根拠は2つ」

西「…」

アールグレイ「一つは成績不振による隊長としての"信頼の喪失"」

アールグレイ「もう一つは頻繁に他校の生徒の元へ足を運ぶという"不純交遊"」

アールグレイ「この2つが聖グロの生徒として"不適切"と判断され、ダージリンは退学をさせられた」

西「…なるほど」

西「それってつまり、ダージリンが退学したのは」


449: 2017/04/30(日) 08:42:18.61 ID:xu4BL+Pa0
















西「私が原因ってことですよね」
















451: 2017/04/30(日) 17:17:07.88 ID:xu4BL+Pa0

アールグレイ「…」

西「成績不振…今行われている大会の初戦で、私が聖グロを打ち負かしたことでしょう。手も足も出ないほどに」

西「不純交遊、これは私の病室にダージリンが何度も寝泊まりしたことですね」

アールグレイ「そうね…」

西「結果として…それらが…私が…ダージリンを破滅に追い込んだ」

アールグレイ「…」


西「私が…ダージリンを………………」



俯いたら涙が出た。薬が効いているはずなのに。

だけどそれを拭おうとも思わなかった。

薬のせいでもうそんな気力も湧かない。



私がダージリンを潰した。



ダージリンは常に私を助けてくれたのに、私はダージリンを助けるどころか地獄へ突き落とした。

どれだけ泣こうが嘆こうが、ダージリンはもう聖グロにはいない。私のせいで。

それでも私は泣くことしか出来なかった。

薬で怒りは抑えられても、涙だけは止めてくれなかった。

泣いて全部帳消しに出来れば良いのに、私が懺悔すれば全部許してくれたら良いのに。

そして、アールグレイさんが、

冗談よ。全部ウソ。ダージリンは退学なんてしてないわ。

って言ってくれるのをずっと待ってた。


でも、とうとう何も言わなかった…。

452: 2017/04/30(日) 17:18:53.35 ID:xu4BL+Pa0

アールグレイ「薬、効かなかったわね…」

西「………」

アールグレイ「…」スッ

西「………」

アールグレイ「ダージリンの現住所よ」

アールグレイ「もしもあなたに思うことがあるのなら、直接会って打ち明けなさい」

西「どうして…」

アールグレイ「その方があなたも彼女も多少は納得できるでしょう」


西「どうして…私を責めないのです………」


アールグレイ「…」

西「あなたが…大切に育てた人を葬ったのは…私なのに………」

アールグレイ「葬ったのはあなたじゃない。OG会よ」

西「その原因をつくたのは私です……」

西「もし私が逆の立場だったら…掴みかかって喉笛を噛み千切ってた…」

西「なのに……」

アールグレイ「私を人頃しにするつもりかしら?」

西「………」


453: 2017/04/30(日) 17:20:56.13 ID:xu4BL+Pa0

アールグレイ「あなたなら分かるでしょうけど、今のダージリンは全てを失ってしまったわ」

アールグレイ「だから、」


アールグレイ「"ダージリンが困った時は、どうか助けてやって下さい"」


西「……………私で…いいの……?」

アールグレイ「ええ。もうあなたしかいない」



悲しいお茶会は終わった。

泣き腫らした目で紙に書かれた住所を確認し、そこへ向かった。

距離はそこそこあったが、ウラヌス…愛車に跨がればあっという間だった。


454: 2017/04/30(日) 17:24:25.24 ID:xu4BL+Pa0

たどり着いたのはそこそこ大きな屋敷だった。

何も考えず、呼び鈴を鳴らすと女性が出てきた。格好からして家政婦だろうか。

私の顔を見て不審な顔をするので、挨拶と自己紹介をして、ダージリンに会いに来たという旨を伝えた。


しかしダージリンは面会を拒絶しているとのことだ。

ここにいるのかと尋ねたら、はいと答えたので、西が来たとお伝え下さいと言う。


しばらくすると、家政婦が戻ってきた。そして面会は出来ないと拒否される。

なので、ダージリンに会うまで帰らないと言ったら家政婦さんも観念したようで、ダージリンの部屋まで案内してくれた。


455: 2017/04/30(日) 17:31:59.48 ID:xu4BL+Pa0


【ダージリンの部屋】


西「お久しぶりです。絹代です」

西「ダージリン、いますか? 開けますよ?」



扉の向こうからの返事はない。

家政婦によると帰省して以降、ずっと閉じ籠もっているとのことだ。

となれば10日近くこの状態ということになる。

嫌な予感がしたので、扉の向こうからの答えを待たずに扉をこじ開けた。


ダージリンの部屋は聖グロのような英国風の絢爛豪華なものを想像していたが違った。

床に絨毯が敷いてあって、机があって、ベッドがあって、本棚があって…。

おそらく普通の女の子の部屋だろうと思うくらいにはシンプルだった。

それだけに"淑女"に憧れ聖グロに来たダージリンのことを想うと胸が痛い。


456: 2017/04/30(日) 17:41:55.94 ID:xu4BL+Pa0

ダージリン「………」

西「ダージリン……」


ダージリン「来ないで」


西「っ…」

ダージリン「何で来たの…」

西「ダージリンが退学したと聞いたので、居ても立ってもいられなくて…あはは」

ダージリン「………」

西「その、大丈夫ですか?」

ダージリン「余計なお世話よ………」

西「あはは…」



部屋には寝間着姿(ネグリジェと言うらしい)のダージリンがいた。

髪はボサボサで、光を失った目の下には隈ができている。

あまりのショックで満足に眠ることも出来なかったのだろう。

かつての凛々しいダージリンの面影は無く、別人かと思うくらい変わり果ててしまった。

無理もない。今まで積み重ねてきたものを一気に崩されたのだ。

そんな酷い仕打ちを受けてなお平静を保てる人間などまずいない。

457: 2017/04/30(日) 18:06:21.87 ID:xu4BL+Pa0

ダージリン「それに…私はもう"ダージリン"じゃない………」

西「それでは何と呼べばいいですか?」

ダージリン「呼ばなくていい。…さっさと出ていって」

西「…」

ダージリン「私はもう、あなたの思ってるような私じゃない」

ダージリン「…だから、私のことは放っといて」



ダージリンの視線は鋭利で、返ってくる言葉は冷たい。

入院中に一緒に過ごしたあの時間が嘘のように…。

あの時馬鹿な私に付き合ってくれた優しいダージリンは、今では"早く出ていけ"と目が語る。

いや、"お前のせいで私は全てを失ったのに、いけしゃあしゃあと来やがって"と言っているのかもしれない。

私のせいでダージリンは退学させられたのだから…。


ただ、不謹慎極まりないけど…まずは安心した。

何故ならダージリンは生きていたから。

あれだけ酷い仕打ちを受けたのだ。世を儚んで生命を絶つことだって十分考えられる。

もしもそんな事があったら………


458: 2017/04/30(日) 18:09:20.33 ID:xu4BL+Pa0

西「ダージリンに生きて会えて良かったです」

ダージリン「何よそれ。意味がわからない…」

西「でも、あり得ない話でもない」

ダージリン「楽に氏ねたら良いわね。いっそのこと」

西「ダージリンが氏ぬなら、私も氏のうと思います」

ダージリン「…好きにすれば?」

西「ええ」

ダージリン「………」



冗談を言ったつもりは一切ない。

もしも扉を開けて、ダージリンが"もういない"とわかったら、私も後を追いかけるつもりだった。

ダージリンのいない世界に未練なんかない。


459: 2017/04/30(日) 18:12:17.99 ID:xu4BL+Pa0

ダージリン「で、何の用?」

西「ダージリンに謝罪しに来ました」

ダージリン「…謝罪?」

西「私のせいでダージリンがこんな事になってしまったから」

ダージリン「入院してただけでしょ…」

西「それが"不純交遊"とみなされたと」

ダージリン「アールグレイ様ね。…余計なことを」

西「アールグレイさんもあなたの事を心配していました」

ダージリン「…」


460: 2017/04/30(日) 18:14:58.93 ID:xu4BL+Pa0

ダージリン「………別に」

西「ん?」

ダージリン「別に、あなたは何も悪くない。…だから気にしなくて良い」

西「何故です?」

ダージリン「…いくら聖グロだからって、不純交遊があっても一度で退学は無い」

西「聖グロの校則はわかりません。しかしアールグレイさんはそのように…」

ダージリン「仮にそんなことがあっても、まず注意か停学」

西「…」

ダージリン「実際それで停学になった子を何人か見てきた」

ダージリン「…中には退学した子もいるけど」

ダージリン「だからといって即退学はあり得ない」

西「なら、成績優秀で聖グロの隊長を務めるダージリンなら尚更なはずです」

ダージリン「…」

西「…」












ダージリン「OG会の"私刑"よ」


461: 2017/04/30(日) 18:17:38.90 ID:xu4BL+Pa0

西「…私刑?」

ダージリン「OG会は私を退学させたかったから退学させた。それだけ」

ダージリン「理由なんてどうでも良い」

西「…」

ダージリン「あの人達は私が気に食わなかった。だから、成績不振だの不純交遊だのと、理由を作った」

ダージリン「そして、強制的に追い出した」

西「…」

ダージリン「満足した?」

西「…」

ダージリン「私から話すことはもう無い。だからもう帰って」

西「…」

ダージリン「私のことなんてもう忘れて」


西「薬が効いてて助かりましたよ」


ダージリン「はぁ?」



…実を言うと、ダージリンのところへ行く前に、また精神安定剤を飲んだ。

そのおかげで、こうやってダージリンと"普通に"会話をすることが出来る。

でなければ変わり果てたダージリンを見て、冷たい眼差しと鋭利な言葉で串刺しになって、私はまた発狂した。



それ以前に、ここまで来ることが出来たか怪しい


462: 2017/04/30(日) 18:19:40.84 ID:xu4BL+Pa0

西「薬がなかったら、この部屋が滅茶苦茶になるほど暴れ回ってたでしょうな」

ダージリン「発狂するなら他所でやって。迷惑だから」

西「聖グロの私刑に比べりゃ穏やかな方ですよ」

ダージリン「…」

西「虚偽の風説をばら撒いて」

西「意義を申し立てる間もなく退学・追放」

西「まるで恐怖政治ですね。あははは」

ダージリン「…酔ってるの?」

西「お酒じゃなく薬ですね。おかげでこうやって減らず口が叩けるんですよ。あはははは」

ダージリン「あっそう」


463: 2017/04/30(日) 18:23:42.42 ID:xu4BL+Pa0

西「あはは。ペコからダージリンのことを聞いた直後」

西「まるで、自分がダージリンになったみたいに、頭の中でその光景が鮮明に再現されて」

西「頭がおかしくなるほど頭にきて」

西「気づいたらベッドに縛られてました。ははは」

ダージリン「………」

西「それで精神安定剤を処方されました。…今日はまだ2度目ですけど。あはは」

ダージリン「やめて」

西「ん?」

ダージリン「そんな薬飲まないで」

ダージリン「そして私のことなんてさっさと忘れて」

ダージリン「無関係なあなたにまで気遣われるのが一番迷惑」

西「…」


464: 2017/04/30(日) 18:26:02.61 ID:xu4BL+Pa0
ダージリン「これは私だけのことだからあなたは関係ない」

ダージリン「二度と私と関わろうなんて思わないで」

西「………」

ダージリン「私はもう聖グロの人間じゃない」

ダージリン「だからもうあなたと会うことも無い」

ダージリン「あなたは自分や仲間のことだけ考えていれば良い」

ダージリン「そうすればすぐに忘れられる」


西「あははは。無理ですよ無理」


ダージリン「…あんた、私を怒らせたいの?」



今までダージリンを怒らせたことなんて何度もあった。

デコピンされたり、引っ叩かれたり、ツネられたり。

土手っ腹に鉄拳を食らったこともあった。


だけど、今のダージリンは本当に怒った顔をしている。

いや、怒った顔というより、嫌悪や憎悪といったもので満たされた顔だ。

このまま何か言い続けたら手に持った花瓶を私めがけて投げつけるだろう。

当たったら痛いだろうな。きっと血が止まらなくなるだろう。

だけど、それでダージリンの鬱憤が少しでも晴れるのなら、私は構わない。


私はそのまま話を続けた。


465: 2017/04/30(日) 18:33:48.34 ID:xu4BL+Pa0

ダージリン「早く出て行け…!」

西「私が病院で押さえつけられた日から、アールグレイさんと会った今日まで」

西「ダージリンを苦しめた輩に対する怒りと、ダージリンの受けた苦痛が自分のモノとして同時に襲いかかってきて」

ダージリン「聞こえなかったの? 早く出て行けって」

西「頭の中すっちゃかめっちゃかになって、おかしくなりそうだったから」

西「結局薬を絶つことも、ダージリンを忘れることも出来ませんでした。あはははは」

ダージリン「………な、なによそれ…馬鹿じゃないの!?」


西「目を閉じればダージリンの苦痛が明瞭に再現されて、私が処刑されてるみたいに苦しくて」

西「薬を飲んで抑えようにも、数時間後には効き目が切れる」

西「そうするとまた…あはははは」

ダージリン「やめて」

西「寝て紛らわそうにも、夢の中にまで出て来るせいで思うように眠れなくて」

西「医者や看護婦、他の患者がOG会に見えてきて…」


466: 2017/04/30(日) 18:39:11.75 ID:xu4BL+Pa0

西「しまいには薬の副作用なのか体が震えだして」

西「ダージリン助けるつもりだったのに逆にダージリンを苦しめてたと知ったら」

西「とうとう薬が効かなくなってしまったんですよね。あはははは」

西「そしたらだんだん生きてるのが辛くなって」

ダージリン「やめて……」

西「早く氏ななくっちゃって」

西「最低な人間をこの世から消せるって思ったんです」

西「だけどダージリンが苦しんでるのに私はまた逃げて」

西「最期まで屑だから。わたしは」

西「屑らしく見窄らしく氏んで、それで償おうと」


ダージリン「…もう…やめて………」


467: 2017/04/30(日) 18:44:21.27 ID:xu4BL+Pa0

西「あの時、ダージリンと一緒に食べたパイを切った包丁を探したのですが」

西「何処にも無かったんです」

西「きっと医者が撤去したんですね。私がパイにならないようにって」

西「ダージリンがくれたティーセットも割れたら破片が凶器になるから」

西「ダージリンと作ってたチャーチルのプラモデルも工具やランナーで目を突いてしまうって」

ダージリン「…やめてってば………」

西「氏のうと思って使おうとしたものなんですが」

西「プラモデルも、ミートパイも、ティーセットも」

西「みんな、ダージリンと一緒に過ごした思い出だったんですよね」

西「…だけど、」




西「みんな取られちゃいました。あははははは」




ダージリン「………ッ…」





だけどもう涙も出なかった。

アールグレイさんの前であれだけ泣いたせいで。

そんな私の代わりにダージリンが涙を流す。私のせいで。

謝りに来たのに、謝るどころか余計にダージリンを困らせてる。

私はどれだけ迷惑な存在なんだろう。


469: 2017/05/01(月) 19:09:26.35 ID:zr6+Jmp/0

ダージリン「何よ…あなたまで不幸になっちゃったじゃない……」

西「ダージリンを不幸にした私のせいなので自業自得です」

西「私がいなければ、ダージリンがこんな目に合うこともなかった」

ダージリン「…私が…あなたの所に入り浸り過ぎたからよ……!」

西「私が入院しなければ…そうなることもなかった…」

ダージリン「違うッ!! どうしてわからないのよ!!!」

西「ははは…。わからずやです…さ、最低な人間…ですよね……あは、あはははは…」





ダージリン「あなた…手が震えてるわよ…?」


470: 2017/05/01(月) 19:11:50.64 ID:zr6+Jmp/0

西「薬…切れちゃったみたいです…あはは…ははは……」

西「さ、最近…すぐ切れるようになったんですよね…あはははは」

ダージリン「いっ、一体どれだけ飲んでるのよ…!」

西「…ウラヌスに乗ってる時…運転中にダージリンのこと…考えたら…」

西「私が…ダージリンを…葬ったって…」

西「絶対……氏にたくなるから………飲んで……あははは……」


フラッ

バタッ


ダージリン「っ!!」

西「…ぅぅ………」

ダージリン「ちょっと、しっかりしなさい!!」

西「…あはは…だいじょ…ぶ……ちょっと目眩がする…だけ……あははははは」

ダージリン「そんなわけないじゃない! 立てなくなるなんて異常よ!!」

西「…あはは……」ブルブル

ダージリン「と、とにかく、ベッドに入ってなさい!」

西「あははは………ダージリン…」

ダージリン「お医者様呼んでくるから待って!」

西「…ダージリン……」

ダージリン「いい? 絶対に大人しくしてるのよ?!」









西「……ダージリン……………」

471: 2017/05/01(月) 19:13:56.74 ID:zr6+Jmp/0

ダージリン「な、なに?!」

西「………ふるえ……とまるまでで…いい………」

ダージリン「えっ…?」

西「…ごめん…なんでもない……………」

ダージリン「………」

ダージリン「…わかったわよ。お言葉に甘えてここ居させて頂くわ。…だから…」



ダージリン「だから……泣かないで…お願い………」



西「……ありがと…………」ツー

ダージリン「………ばか…」




悲しくて、寂しくて、情けなくて…

薬の効果が切れるにつれて色んなものが頭の中に入り込もうとする。

ダージリンが退学になったこと

その退学の原因が自分にあること

私のせいでダージリンが苦しんだこと

ダージリンの冷たい視線を浴びたこと


体は震えるし頭は殴られたようにガンガンする。

もう出ないと思ってたのにまた涙は止まらなくなるし…。


472: 2017/05/01(月) 19:16:54.37 ID:zr6+Jmp/0

~~~


西「…わたし…最低だ………」

ダージリン「どうして?」

西「…ダージリンに謝って…助けるために来たのに…」

西「また…ダージリン困らせちゃった………」

ダージリン「…大丈夫よ。あなたのお陰で私も幾分か気が楽になったから」

西「そんなんじゃ…駄目だよ…」

ダージリン「えっ?」

西「ずっと頑張ったのに…退学になったら…」

西「何のために今まで頑張って来たのかわかんない……」

ダージリン「!!!」

西「……皆に火の粉が降りかかるの嫌だから…全部一人で背負ったのに…」

西「OG会の仕打ちも…全部耐えてきたのに…」

西「ずっと…嫌なこと我慢して…頑張ってきたのに………………」ツー

ダージリン「なんで……」




ダージリン「なんであなたが知ってるのよ………!」



西「………」

ダージリン「…アッサムにも…ペコにも言ってない…誰も知らないはずなのに………」

西「わかるよ…ダージリンのことだもん…」

西「そうじゃなきゃ…こんな薬飲まない………」

ダージリン「………ばか…」


473: 2017/05/01(月) 19:18:39.99 ID:zr6+Jmp/0


戦車道を廃止にするという宣告を受けてから、私は結果を残すために氏に物狂いだった。

だから、私の戦車道は今もまだ続いている。

…でも、同じように、血の滲むような努力をして隊長まで上り詰めたダージリンは


何もかも失った。


それが許せなかった。

誰も知らないところで、誰よりも苦労を重ねたダージリンが、誰よりも酷い仕打ちを受けた。


安全面に考慮された戦車道で人が氏ぬことはまずない。

だけど…

隊長を降格させられ

ありもしない噂をばら撒かれ

そして抗議する時間も与えられず学園から追放され

聖グ口リアーナ女学院の隊長としてのダージリンは"抹殺"された。


その事実はどれだけ発狂しても泣き叫んでも、もう私の頭から消えそうにない。

474: 2017/05/01(月) 19:20:35.27 ID:zr6+Jmp/0

西「…ごめん…ダージリン…」

ダージリン「……別に良いわよ」

西「…」

ダージリン「他の学校を探せばいいだけのこと…」

西「…」

ダージリン「学校が駄目なら就職すればいい」

ダージリン「アルバイトとかならきっと何処かが雇ってくださるはず」

ダージリン「あわよくば誰かのところに嫁ぐって道もあるかもしれないわね」

西「…っ……」

ダージリン「だから、あなたが心配することなんて何もないわよ」

西「………」ツー

ダージリン「…どうして泣くのよ」

西「…そうなると……ダージリンとはお別れなんだなぁ…って………」

ダージリン「大袈裟ね。今生の別れじゃあるまい」フキフキ


475: 2017/05/01(月) 19:28:28.53 ID:zr6+Jmp/0


~~~


西「…ハァ……」

ダージリン「…落ち着いた?」

西「…多少は………ごめん……」

ダージリン「そう…。飲み物でも持ってくるわ」

西「ダージリンは大丈夫なの…?」

ダージリン「ええ。…完璧ってわけじゃないけれど」

ダージリン「でも、あなたのお陰でだいぶ楽になった」

ダージリン「ありがとう。絹代さん」

西「…そっか……」

ダージリン「すぐ戻ってくるから首吊ったり舌噛んだりしないでよ?」

西「………」

ダージリン「約束破ったら地獄の果てまで追いかけ回すわよ?」

西「…」

ダージリン「それが嫌なら大人しく待ってなさい」

西「…ダージリンがいるなら……地獄でも良いかな…って…あは、あははははは」

ダージリン「馬鹿なこと言わないで頂戴!!」

西「…ごめん。ダージリン………………」

ダージリン「………!」



その約束、きっと守れない。

あんなにズタズタにされた上に、今ダージリンがいなくなったら…。


476: 2017/05/01(月) 19:36:36.67 ID:zr6+Jmp/0


ダージリン「…あなたが馬鹿なことを事を考えるならば、私も手段は選ばないわ」

西「…!」

ダージリン「ほら、手。後ろに回しなさい」

西「…」

ダージリン「…悪く思わないで頂戴。あなたが氏んだら困るの」

西「…」

ダージリン「こうでもしないと心配なのよ…」

西「………」



また手足を縛られた。窓から飛び降りないようにと。

口には布を詰められ、その上からテープを貼られた。舌を噛み千切るからって。

だから返事をすることも出来ない。病院のときと同じ。



477: 2017/05/01(月) 19:38:28.70 ID:zr6+Jmp/0

西「…」ツー...

ダージリン「ほら、泣かないの」フキフキ

西「…」

ダージリン「私が戻ってくるまで、大人しくしてるのよ?」

西「…」

ダージリン「安心して。私にそういう趣味は無いわ。戻ったらちゃんと解いてあげる」

西「………」



そう言い残して、ダージリンは部屋を出た。

部屋の外では家政婦の喜ぶ声が聞こえる。

なにしろ何日も部屋に引きこもっていた人が部屋から出て来たのだから。

あんな残酷な仕打ちを受けたのに、それでも復帰できるダージリンはすごい。


それに比べて私は…

478: 2017/05/01(月) 19:40:48.73 ID:zr6+Jmp/0

西「…っ! っぐぅぅ!!」



薬が切れてくるにつれて、また頭の中に様々なものが押し掛けて来た。

様々な光景が頭の隙間に押し込まれ流し込まれ、グチャグチャと汚物をかき混ぜるように、次から次へとフラッシュバックして襲い掛かってくる。

これ以上入り込む隙間なんてないのに、僅かな隙間をこじ開けようと生々しい記憶が蘇る。

副作用のせいで体は震えるし、頭もガンガンする。


腸が煮えくり返って

辛くて

悲しくて

寂しくて


そして………


479: 2017/05/01(月) 19:42:05.53 ID:zr6+Jmp/0

ガチャ

ダージリン「お待たせ。絹代さん」

コトッ

ダージリン「…絹代さん?」


西「………」

ダージリン「…?」

西「………」

ダージリン「絹代さん!!?」ガタッ

西「…ムグ……」

ダージリン「…ビックリさせないでよ………」

西「……ッグゥゥ…」

ダージリン「大丈夫? 今解くから動かないで」

シュルシュル

パサッ

西「…ハァ……ハァ……」

ダージリン「ほら、飲み物持ってきたら」

西「…ありがと……」


480: 2017/05/01(月) 19:44:44.36 ID:zr6+Jmp/0

西「……っぅぅ…」ズキズキ

ダージリン「大丈夫…?」

西「…だ、大丈夫……薬が切れるといつもこうなるから…あははは………」

ダージリン「お医者様呼ばなくても平気?」

西「あはは…しばらくすれば…収まり…」

ダージリン「そうなの…?」

西「…うん……」

ダージリン「…もうあの薬は飲んじゃ駄目よ?」

西「………」

ダージリン「聞こえた?」

西「…善処…します」

ダージリン「善処じゃだめ。絶対」

西「…頑張る」

ダージリン「もう…」

西「…」



私だってこんな苦い薬、好きで飲んでいるわけじゃない。

こんな不味いものよりダージリンが淹れる紅茶が飲みたい。

入院中に何度もダージリンが淹れてくれた優しい味の紅茶は今でも忘れない。

それが叶わなくなったから、飲まなきゃいけなくなった…。

481: 2017/05/01(月) 19:48:09.57 ID:zr6+Jmp/0


ダージリン「そっち行ってもいい?」


西「!! …だ…だめ!」

ダージリン「どうして?」

西「来ちゃだめ…」

ダージリン「理由は?」

西「だめ…だから……」

ダージリン「何か隠してるの?」

西「違う…」

ダージリン「なら良いじゃない」

ダージリン「寒いから私もベッドに入りたいのよ」

西「だ、だめ…」

ダージリン「だからどうして」

西「だめ…だから……」


482: 2017/05/01(月) 19:51:21.71 ID:zr6+Jmp/0


ダージリン「私の部屋で私のベッドなのよ? あなたがどうこういう権限は無いわよ」

西「副作用…薬の…」

ダージリン「だったら尚更よ。…体、寒いんでしょう?」

西「違う…」

ダージリン「じゃぁ何よ…?」

西「さっきまで…抑えてたものが色々頭にめり込んで来て…」

ダージリン「ええ」

西「その………」

西「………」

ダージリン「また歯切れが悪い…。ハッキリ言って頂戴」

西「…頭のなかに……ダージリンが…その…一杯になって…」

ダージリン「!」

西「えっと………」

ダージリン「…」























    「………優しく…抱きしめて欲しいなぁ…って………」



483: 2017/05/02(火) 09:00:52.72 ID:c6dL2CBJ0

ダージリン「…」

西「…」

ダージリン「………」

西「…ごめん………」

ダージリン「…」

西「…薬の…副作用だから…気にしないで………」

ダージリン「………」








ダージリン「…良いわよ」

484: 2017/05/02(火) 09:02:32.03 ID:c6dL2CBJ0

西「…え…あっ……!」

ダージリン「入るから。もっと奥へ行って頂戴」

西「だ…だめ………」

ダージリン「なに?」

西「また…ダージリンを不幸にする……」

ダージリン「何を今さら」

西「でも…」

ダージリン「…こんなに震えちゃってるじゃない」


西「!!!!」



生まれて初めて家族以外の人に抱きしめられた。


真っ黒になったコーヒーにミルクが注がれていくように、汚いものが浄化されていく錯覚がした。

頭に隙間さえあれば容赦なくねじ込まれた辛いもの、悲しいもの、苦しいもの

そういったものから解放されていく気がした…


ダージリンの腕の中は優しくて、暖かくて、安心できる

そんな場所だった…


485: 2017/05/02(火) 09:03:51.74 ID:c6dL2CBJ0

西「…こわかった」

ダージリン「ん?」

西「ダージリンに…あんな冷たい目で………」

ダージリン「…ごめんなさい」

西「…うん……」

ダージリン「でも…」

西「…?」

ダージリン「あの時、絹代さんがあのまま帰っちゃったら…」

西「うん…」











ダージリン「もう未練なかった」











それはきっと私も同じだと思う。

あの時は薬の効果が残っていたから平気だったけど、あのまま帰って薬が切れたら。

私はきっとこの世にはいなかったと思う。

そう考えると最悪の事態を回避することができたのかもしれない。

ダージリンの腕の中で少しだけ安堵した。


………だけど、


486: 2017/05/02(火) 09:05:23.86 ID:c6dL2CBJ0

ダージリン「ふふっ。温かいわね絹代さん」

西「…あの、ダージリン…?」

ダージリン「なぁに、絹代さん?」

西「わたし…ガマンするから…」

ダージリン「ダメ。そうやって自分を追い詰めるのだから」

西「違う…」

ダージリン「じゃぁ何?」

西「その…少しの間…我慢するから…」

ダージリン「ええ?」





西「………お風呂…入ろ?」





ダージリン「………」

西「………」

ダージリン「………」

西「………ごめん」



色々張り詰めたものが解けたら、今度は別のものが気になりだした…。



487: 2017/05/02(火) 09:06:57.98 ID:c6dL2CBJ0


【バスルーム】


シャァァァァァァ

ダージリン「………」ゴシゴシ

西「………」

ダージリン「………」ガシャガシャ

西「…あの…ダージリン…?」

ダージリン「………何」ガシガシ

西「…怒ってる?」

ダージリン「別に」ワシャワシャ

西「怒ってる…」

ダージリン「どうせ私は不潔な女よ…」

西「その…誰だって何日も風呂に入らなければ不潔になります…」

ダージリン「ええ。なにしろ"抱いて"って言われた相手に」

ダージリン「"汚いから風呂入れ"なんて言われたのだから」

西「ごめん…」シュン

ダージリン「…」

488: 2017/05/02(火) 09:08:44.36 ID:c6dL2CBJ0

西「その…私は不衛生なダージリンも悪くないって思う…けど………?」

ダージリン「不衛生って言わないでッ!!」

西「ご、ごめん…」

西「でも…やっぱり、ダージリンは綺麗な方が良いかなぁ…って」

ダージリン「そうね。きっと何処かに"綺麗なダージリン"がいるから探したらいかが?」

西「むぅ…」


ダージリン「………でも、感謝しているわよ」

西「えっ?」

ダージリン「あなたのお陰でお風呂に入るくらいは元気になれたのだから」

西「!」

ダージリン「…ありがと」

西「お礼を言わなきゃいけないのは私の方です」

ダージリン「どうして?」


そう。

本当にお礼を言わなきゃいけないのは私の方。

大洗戦のとき、入院してからの日々、そして今。

私はずっとダージリンに助けられて生きてきた。

もしもあの時ダージリンがいなかったらと思うと…。


489: 2017/05/02(火) 09:11:54.78 ID:c6dL2CBJ0

ダージリン「………そう」

西「…」

ダージリン「なぜ私がそうしたか、今ならわかるでしょう?」

西「ええ。やっと謎が解けましたよ」




西「ダージリンも私と同じだったんですね」




ダージリン「不思議だった。悩みなんてまるで無さそうなあなたが、まさか私に近い存在だったなんて」

西「私も同じ考えです」

ダージリン「そう?」

西「ええ。全然正反対な性格なのに、同じ立場で同じ考えだったなんて」

ダージリン「そうね…」



たまたま一緒にいる時間が長かったからそう思えただけで、私ではなく他校の隊長でも同じなのかもしれない。


一隊長として、自分や仲間の道を守るために命をかけて闘った。

隊長であるが故に孤独だった。


もちろん私もダージリンも『仲間』がいないわけではない。

しかし、『隊長』という立場は同じ『隊長』でないと理解できない。

常に先頭に立たされるプレッシャー

降りかかる火の粉から仲間を守る責任

隊長となったその日から、隊長としての苦悩を抱えて生きてきた。

誰にも相談できず、誰にも理解されない隊長にしかわからない苦悩を抱えて。


そんな孤独な二人があのとき出会った。

490: 2017/05/02(火) 09:13:03.86 ID:c6dL2CBJ0

ダージリン「…というか何であなたまでお風呂にいるのよ」

西「…それ、今さら言いますか」

ダージリン「すけべ」

西「どうせダージリンのことで頭が一杯になって切なくなるドスケベ女ですよ私は」

ダージリン「…」

西「ダージリンに抱かれた時に体が"準備"出来ちゃったぐらいですし」

ダージリン「ち、ちょっと…!」

西「何なら今ここで自慰でもすれば良いですか?」

ダージリン「やめなさい!」



入院中はダージリンのお誘いに戸惑っていた私なのに、今は何も考えずにそのまま一緒に風呂に入った。

浴槽でカミソリを使って腕を切ってしまわないか

シャワーのホースで首を吊らないか

ダージリンが私のことを心配するように、私もダージリンのことが心配で仕方なかった。


491: 2017/05/02(火) 09:13:48.63 ID:c6dL2CBJ0

チャプ...

ダージリン「ほら、お馬鹿なこと言ってないでもっと奥へ行って頂戴。私が入れないわ」ギュッ

西「…どうして私にしがみつくんです?」

ダージリン「……その方が温かいからよ」

西「湯船に浸かれば温まりますよ?」

ダージリン「…心がってこと」

西「………」

ダージリン「…どこ見てるのよ助平」

西「む…」



湯船に浸かりながらダージリンに抱きしめられた。

ダージリンの言う通り、身体だけでなく、心まで温まっていく…。

あれ以来ずっと灰色だった世界に、少しずつ色が戻っていくような気がした。

ずっとこのままでいたい。何も考えずに………。


492: 2017/05/02(火) 09:15:41.09 ID:c6dL2CBJ0



ダージリン「…それにしても」

西「…ん?」

ダージリン「変わったわね…あなた」

西「変わった?」

ダージリン「垢抜けたというか…落ち着いたというか…何と言えばいいのかしら」

西「落ち着いた? 発狂しまくって情緒不安定な薬物中毒者なのに?」

ダージリン「そんなこと言わないで頂戴。…その、幼さが無くなったというか…上手く説明できないけれど…あっ!」

西「?」


ダージリン「そう! 眼力よ!」


西「がんりき…?」

ダージリン「今のあなたの目つき、昔に比べかなり鋭くなったわ」

西「…そうですか?」

ダージリン「誰かに言われなかった?」

西「…確かに。色んな人に言われましたね」

ダージリン「そうでしょう」

西「看護婦さんには"悪霊に取り憑かれた"なんて言われるし、」

西「アールグレイさんには"私に牙を向くな"と怒られ」

西「ペコ太郎に至っては、小動物みたいに怯えられて」

西「あと、先ほど家政婦さんにもかなり警戒されましたよ」

ダージリン「最初のは違うと思うけど…」

西「けれど、尽く怯えられたり警戒されたりしました」

西「ただ目を合わせただけなのに…」


493: 2017/05/02(火) 09:17:41.56 ID:c6dL2CBJ0

ダージリン「でしょうね。昔のあなたを知る人ならその"眼力"に皆驚くわよ」

西「私、そんなに怖いです?」

ダージリン「別に?」

西「…本当?」

ダージリン「ええ。普通の絹代さんよ」

ダージリン「私はあなたを知っているからね」

西「…そう言ってくれるのはダージリンだけです」シンミリ

ダージリン「けれども、事情を知らない人はあなたの目を見たら驚くでしょうね」

西「…」ブクブク

ダージリン「ショック?」

西「そりゃぁショックですよ。色んな人に怯えられたのですから…」

ダージリン「間抜け面するよりも貫禄が出て隊長らしくなったと思えば良いのよ」

西「以前は間抜け面だったんですか…?」

ダージリン「物の例えよ。…あとは」

西「?」


494: 2017/05/02(火) 09:19:07.07 ID:c6dL2CBJ0

ダージリン「…少し、色っぽくなった?」


西「え…」

ダージリン「子供っぽさが抜けて、少しだけ"大人の女性"って雰囲気がするのよ」

西「…大人の女性?」

ダージリン「独りでバーでお酒を飲んでる人のような?」

西「また小難しいことを仰りますね…」

ダージリン「だって本当ですもの。私が知る限り、今のあなたが同年代の中で一番大人びた顔をしているわよ」

西「それって単純にやつれて老けただけなんじゃ…」

ダージリン「そうなのかしら…」



あの時は本当に頭がどうかなってしまうんじゃないかというくらい怒りが爆発した。

その後遺症なのだろうか、顔や目に"それ"が出るようになったのかもしれない。

ダージリンは"眼力"だの"垢抜けた"だの"大人っぽくなった"と言うが、要はやつれて人相が悪くなっただけだろう。

知波単の皆やお世話になった人たちにはどんな顔して会いに行けばいいのだろうか。

玉田や細見はともかく、福田に泣かれないか心配だ…。


495: 2017/05/02(火) 09:20:40.02 ID:c6dL2CBJ0


ダージリン「…ところであなた学校は?」

西「えっ?」

ダージリン「今日は平日なのよ?」

西「あっ!」

ダージリン「ハァ…」

西「ダージリンの事で頭いっぱいで学校どころじゃなかったので…」

ダージリン「それはどうも。でもこんな格言を知っている?」

西「知らないです」

ダージリン「まだ何も言ってないわよ。…"日々、私たちが過ごしている日常は、実は奇跡の連続なのかもしれない"」

西「やっぱり知らないです」

ダージリン「あなたが当たり前のように学校に通えるのは、別の人にとっては奇跡のようなもの」

西「…」

ダージリン「その"当たり前"は大切になさい」

西「はい…」



今までダージリンから聞いた、どんな格言や名言よりも心に重くのしかかる。

私にとっての何気ない日常は、ダージリンにとってもはや奇跡になってしまったから…。


496: 2017/05/02(火) 09:22:13.73 ID:c6dL2CBJ0

西「そういうダージリンは大丈夫なのですか?」

ダージリン「ええ、おかげ様で。私の分まで悲しんで発狂してくれた人がいますもの」

ダージリン「いや、私以上かもしれないわね…」

西「…」

ダージリン「どちらにせよ驚いたわ。私が思ってた事抱えてた事を全部をあなたが言うのだから…」

西「あはは。自分でも不思議です。こうまでもダージリンの思いが頭に浮かぶなんて」

ダージリン「…」

西「?」

ダージリン「それなら、今私が何考えてるか、わかるかしら?」

西「………"ラーメン食べたい"とか?」

ダージリン「そんなわけないでしょ…」ハァ...

西「じゃぁ…"カレーが食べたい"とか?」

ダージリン「食べ物以外の候補はないのかしら…」

西「だってカレーもラーメンも食べたいですし」

ダージリン「それはあなたの考えでしょう」

西「あ、そうですね」

ダージリン「まったくもう」


497: 2017/05/02(火) 09:23:12.55 ID:c6dL2CBJ0

西「まぁ、明日から頑張りますよ」

ダージリン「そう…」

西「ダージリンこそ、ゲーム廃人になったり、匿名掲示板でドヤ顔で格言を投稿したりしないで下さいよ?」

西「特にダージリンの場合、すぐに特定されそうd 熱ッ!」

ダージリン「余計なお世話よ」

西「ドライヤーこっち向けないで…」

ダージリン「髪の毛。乾かすでしょう?」

西「乾かすにしてもそんなに密着させません」



ダージリンが元気になるにつれて、私も少しずつ回復していくような気がした。


498: 2017/05/02(火) 09:26:03.53 ID:c6dL2CBJ0

ダージリン「ふぅ。さっぱりした」

西「さすがに10日ちかく風呂に入らなければそうなりますよね」

ダージリン「ええ。お風呂に入る気力すら無かったわね…」

西「………きったない」

ツネッ

西「痛っ!」

ダージリン「私の気持ちがわかるのなら想像つくでしょう」

西「…まぁ」



私は精神科の先生方にお世話になったお陰で、食事もとれたし風呂にも入れた。

しかし、そうでなければきっとダージリンのように虚無感に支配されて何もすることが出来なかったはず。

499: 2017/05/02(火) 09:27:40.84 ID:c6dL2CBJ0


【再び ダージリンの部屋】


チュン チュン...


ダージリン「頭が痛くなるほど眩しいわね」

西「そういえば今日は晴れてましたね」

ダージリン「外にいたのに気付かなかったの?」

西「ええ。薬のおかげで視界は灰色だったので」

ダージリン「…副作用、大丈夫なの?」

西「気づいたら手の震えが無くなってますね」

ダージリン「そう。良かった…」

西「ご心配おかけしました」

ダージリン「…もうあの薬は飲んじゃ駄目よ?」

西「善処します」

ダージリン「だから善処じゃなく絶対」

西「ダージリンがちゃんと生活してくれるなら、薬でも何でも断ちますよ」

ダージリン「わかりましたわ…」ハァ...



実を言うと、まだ寒気がするし頭痛もする。薬物依存はそう簡単には消えてはくれない。

でも、これ以上ダージリンに迷惑をかけたくないから強がりを言った。

しばらくは苦しいだろうけど、ダージリンが元に戻ってくれるなら私はきっと耐えられる。


500: 2017/05/02(火) 09:29:47.67 ID:c6dL2CBJ0

ダージリン「」ファァ..

西「お、ダージリンがあくびしてる」

ダージリン「…いけないかしら?」

西「なんだか珍しいなぁって」

ダージリン「私だって人間ですもの。あくびの一つくらいするわよ」

西「そうですよね。あくびもするし鼻もほじr <ツネッ!!> 痛っ!」

ダージリン「前言撤回するわ。あなたは昔のまま変わらずおバカよ」

西「むぅ…」


ダージリン「…ほら、こっちおいで」

西「お邪魔します」モゾモゾ

ダージリン「はいはい。甘えん坊さん」

西「…」クンクン

ダージリン「…くさくないわよ」ギロッ

西「ええ。石鹸の香りがします。きったないダージリンじゃ無くなって一安心です」クンクン

ダージリン「きったないって言わないで頂戴」

西「はーい」

ダージリン「…全く」


501: 2017/05/02(火) 09:31:10.29 ID:c6dL2CBJ0

西「…」クンクン

ダージリン「で、どうしていつまでも匂い嗅いでるのよ…」

西「あはは。ダージリンの匂いが好きだからです」フスーフスー

ダージリン「もう…」キュッ

西「鼻づままないで下さい。窒息します」

ダージリン「口で呼吸できるでしょう」

西「む…」



ベッドの中にダージリンと私が向かい合って寝転がっている。

本来は一人用のベッドなので、そこそこ詰めているわけだ。

だからダージリンとの距離が近い。

ちょっと手を伸ばせばダージリンの顔に触れる。


でも、それでも遠く感じた…



ダージリン「………なに?」

西「いや、」

ダージリン「…?」

西「…もっとそっちに行っていいですか?」

ダージリン「どうぞ…?」



さっきより、ダージリンとの距離は近くなった。

だけど、あまり変わらない。

502: 2017/05/02(火) 09:32:39.56 ID:c6dL2CBJ0

ダージリン「何よさっきから…」

西「あはは。…何でもないです」

ダージリン「…」

西「…」グイッ

ダージリン「ちょっ…!」



ダージリンの肩を掴んで、こちらへ引き寄せた。

ダージリンの顔がまさに"目と鼻の先"にある。

呼吸が顔に当たるくらい近い



ダージリン「…なに………」

西「………」


ここまでやってもダージリンは私を拒否しなかった。

ダージリンが遠ざかることはないけど、結局近づくことはなかった。

でも、もっと近づかないと、もう近づけないような気がした。

だから…
















良いよね? ダージリン。


503: 2017/05/02(火) 09:33:48.78 ID:c6dL2CBJ0

ダージリン「!!!」

西「…」







    この日、私とダージリンは繋がった。










格下を相手に優越感に浸るダージリンの顔

ドヤ顔で格言を語るダージリンの顔

馬鹿やった私を引っ叩く時のダージリンの顔

誰も信じられず、拒絶するときのダージリンの顔

悲しくて涙を流すダージリンの顔


いろんなダージリンの顔を私は見てきた。

中には私だけしか知らない顔もあって、私も知らない顔もあるかもしれない。

だけど、今のダージリンの顔は・・・・






ダージリン「………ばか…」








私が心の底から愛するダージリンの顔でした。


504: 2017/05/02(火) 09:36:07.62 ID:c6dL2CBJ0


西「ごめんなさい。好きです」

ダージリン「………なんで謝るのよ」

西「その、好きになっちゃった…から」

ダージリン「…ばか」

西「もう一回、してもいいですか?」

ダージリン「…」




ダージリンの返答を待たずにもう一度した。

ダージリンはぎゅっと目を瞑るが、私を突き飛ばしたりすることはなかった。

でも、すればするほど寂しくなるから、唇がふやけるんじゃないかってくらい、何度も何度もした。



西「ダージリンは…私の事どう思ってます…?」

ダージリン「………私で良いの?」

西「ん?」

ダージリン「本当に良いの…? 私なんかで…」

西「ダージリンじゃなきゃ嫌です」

ダージリン「ありがと…絹代さん…」




~~~~


505: 2017/05/02(火) 09:37:19.64 ID:c6dL2CBJ0



ダージリン「…久しぶりにぐっすり眠れそうね」

西「今寝たら昼夜逆転しますよ」

ダージリン「いいのよ。細かいことは気にしない」

ダージリン「それに、あなたも寝不足でしょう?」

西「私は別に」

ダージリン「ウソおっしゃい。目の下に隈が出来てるわ」

西「…」

ダージリン「私が言えたことじゃないけど、寝不足はお肌の敵よ」

西「まぁ、眠れない日々が続いたわけですからね」

ダージリン「そうでしょうけど…」

西「なのでお言葉に甘えてぐっすり寝ます。ダージリン抱き枕にして」

ダージリン「はいはい。おやすみ絹代さん」

西「んっ…!」

ダージリン「ふふっ」

西「…おやすみなさい。ダージリン」



こうして私は、抱いて抱かれて眠りについた。

ベッドのシーツも私達が入浴中に家政婦さんたちが取り替えてくれたおかげでフカフカになっている。

本当に久しぶりに安らかに眠ることができた。きっとダージリンも同じだろう。


…ダージリンにキスされたので顔が熱い。


507: 2017/05/02(火) 11:44:21.28 ID:c6dL2CBJ0

西「…ぅ…ん」

西「…ここどこ……?」

ギュッ

西「…ん?」

ダージリン「…フスー…フスー…」zzz

西「っ?! …あ、あ…そっか…」

ダージリン「………んぅ…?」ネボケー



よほど疲弊していたのだろう。私もダージリンも翌日の朝まで眠りこけた。

中途半端な時間に目が冷めて昼夜逆転するよりかは良いが、時計を見て一瞬戸惑った。

あれだけ苦しかったものも1日ぐっすり寝るだけで幾分回復するのだから何とも複雑な気分だった。

…まぁ"ぐっすり寝る"という行為自体が難しいんだけどね。


508: 2017/05/02(火) 11:45:38.58 ID:c6dL2CBJ0

西「おはようございます。ダージリン」

ダージリン「…んぅ…お早うございますのぉ…」ネボケー

西「はは。相変わらずですね」

ダージリン「かわず…何を買うの…?」ポケー

西「いえ、相変わらずですよ」

ダージリン「そう…まだ明るいわね…??」

西「ええ。朝の8時です」

ダージリン「そう…」

西「…」

ダージリン「…」



ダージリン「8時ですって?!」ガバッ



西「わっ!」



このやり取りは入院中に何度もやったなぁ。

つい最近の出来事なのに懐かしく感じてしまう。

509: 2017/05/02(火) 11:49:00.76 ID:c6dL2CBJ0

西「改めてお早うございますダージリン」

ダージリン「…ん…おはよう絹代さん」


さっそくおはようのチューをする。

あはは。まるで新婚さんの気分だ。

このままダージリンに抱きついたまま過ごしたかったけど、お腹が鳴り出したので朝ごはんを食べることにした。

朝食は家政婦さんが用意してくれたようで、トーストやハムエッグといった物が出てきた。

そういえばダージリンのご家族は見かけないけど、どうしているのだろう?


510: 2017/05/02(火) 11:53:13.75 ID:c6dL2CBJ0


朝食後はダージリンを後ろに乗せてウラヌスでドライブに出かけた。

騒がしい都会を離れて

小鳥のさえずりが聞こえる山道を走って

浜風が気持ちいい海沿いの道を通過して…

どこまでもどこまでもダージリンと一緒に走り続けた。


~~


途中で駄菓子屋を見つけたので、ダージリンにベーゴマのやり方を伝授した。

ラムネを飲んだことがないと言うので一緒に飲んだ。

酸っぱそうにカリカリ梅を食べるダージリンの顔が微笑ましかった。


~~


またしばらく走っていると大きな公園があったので一休みした。

休日だから子供がお父さんとキャッチボールやってたり、老夫婦が仲良く歩いていた。

私も髪の毛が白くなってもダージリンと一緒に歩けたらいいなと思った。


~~


休憩してまたバイクを走らせると今度は警察官が交通整理をしていた。

どうやらアイドルのイベントがあるらしい。大勢の人が集まっている。

遠くからアイドルの歌声が聞こえる。何処かで聞いたことがあるような声だったけど思い出せない。

ダージリンが「この声、ノンナに似てるわね」と言うけど、声は似てるような気もするが、ノンナさんはあんなキャピキャピしてないはず。



そんな感じで一日中ダージリンと走り回った。

私もダージリンも、一度は歩みを止めたけど、今はこうして再び前に進もうとしている。


511: 2017/05/02(火) 11:57:06.21 ID:c6dL2CBJ0


【夕方 ダージリンの家】


そして再びダージリンの家へ。

今日はあちこち走り回っていたからもうクタクタだ。

だけど、ダージリンは久しぶりに外の空気を吸うことが出来たと満足そうだった。

駄菓子屋で一緒に飲んだラムネも気に入ってくれたらしい。

かくいう私も久々にウラヌスに乗ることが出来て満足だ。

現実逃避かもしれないけど、いつまでも悩みで押し潰されるくらいならこうやって何もかも忘れて走り回ったほうが精神的にも良い。

それに今後もダージリンと一緒に走り回って色んな場所へ出かけたい。

そうだ! ウラヌスにサイドカーをつけてみたらどうかな!



ピリリリリ

ピリリリリ


西「…ん?」

ダージリン「電話、鳴ってるわよ」

西「誰だろ……アールグレイさん?」

ダージリン「アールグレイ様?」

ピッ


512: 2017/05/02(火) 11:59:14.82 ID:c6dL2CBJ0

西「…はい。西です」

アールグレイ『御機嫌よう絹代さん。それで、どうだったかしら?』

西「何がです?」

アールグレイ『何がって、ダージリンの事よ。ご自宅へ向かったのでしょう?』

西「…」



電話の相手は後輩の身を案じる先輩だった。

アールグレイさんがいなければ、ダージリンの家は知らなかったし、私もダージリンも回復しなかっただろう。

そういう意味ではこの人にも感謝している。

ただ…

二人っきりの時間を邪魔されたような気がして、どことなく素直に回答するのが癪だった。

少し前まではそんな邪な考えには至らなかったのになぁ…。


513: 2017/05/02(火) 12:02:03.75 ID:c6dL2CBJ0


西「ダージリン、丸坊主になってました」






アールグレイ『は?! え、ちょっと!?』

西「話を聞いたのですが…悲しみや苦痛を紛らわすため、新興宗教へ出家するそうです…」

西「残念です………」

アールグレイ『えええええっ?!』

西「つい先程まで"唯一神M-Yが私を呪縛から解放する"だの、"人は皆宇宙から来て、太陽が出たら食べるのパクパク"だの何だのと、説法を延々と聞かされておりました」

西「それはそれは、邪念のないとても晴れやかな表情をなさってました…」

アールグレイ『そんな…ウソでしょ………』

西「今はダージリンではなく、茶封輪と戒名なさったので、私はそのように呼んでます。」

西「そうですよね。茶封輪」

ダージリン「ちょっと! 何バカなこと言ってるのよ!!」

アールグレイ『あっ! 今ダージリンの声がしたわ! 本当の様子はどうなのよっ?!』

西「私の脇腹をツネる程度には回復したみたいです。…痛い離して」

アールグレイ『そう…良かった……?』



話によるとアールグレイさんも何度かダージリンの家に訪問したらしい。

だが、心を閉ざしたダージリンに断られたらしい。

だから私にお願いしたと。

あなたにお願いなどされなくても、私は飛んで行くつもりだ。

仮に拒絶されようものなら扉を叩き割って入るつもりだったのだから。

…実際に扉をこじ開けちゃったから修理代を請求されそうだけど。きっと高いだろうなぁ…。


514: 2017/05/02(火) 12:04:05.61 ID:c6dL2CBJ0

アールグレイ『ありがとう。絹代さん』

西「私は礼を言われるような事は何一つしていませんけど」

西「意趣遺恨を持たれるならともかく」

アールグレイ『そんなに自分を責めないで頂戴。本当に感謝しているのだから』

西「…」

アールグレイ『それで、また時間がある時にお茶でもしませんこと?』

西「二人っきりで、ですか?」

アールグレイ『ええ』

西「…」チラッ

ダージリン「…」

西「お気持ちはありがたいですが、ダージリン以外の人と二人きりになりたいとは思いません」

アールグレイ『あらあら。振られちゃったわ』フフッ

西「…」


515: 2017/05/02(火) 12:06:21.81 ID:c6dL2CBJ0

アールグレイ『昨日はあなたの方から誘ってくれたのにねー』ウフフッ

西「あの時はダージリンの話を聞くことで頭がいっぱいでした」

西「なので、ダージリンの事がわかるならば、道に落ちてる犬の糞にでも話しかけますよ」

アールグレイ『なっ、犬の落とし物と同列に扱わないで頂戴!』

西「物の例えですよ」

アールグレイ『…ゴホン。それなら、ダージリンも呼んで3人でお話しましょう?』

西「…」チラッ

ダージリン「私は別に構わないわよ?」

西「許可が降りたので、それなら」

アールグレイ『ふふ。わかったわ。…ところで、』

西「?」


アールグレイ『あなた達、どこまでできてるの?』


西「………は?」



何か真剣な話でもするのかと思えば、そんな事を聞きたいのかこの助平は。

なんだか私達の関係を探られているような気がしてえらく不愉快だった。

横にいるダージリンに『どうやらあなたの先輩も助平のようです』と言おうとしたほどに。


とりあえず、また捻くれてやった。


516: 2017/05/02(火) 12:07:49.08 ID:c6dL2CBJ0




西「私の大切な物を差し上げました」





アールグレイ『えええっ!? もうそんな関係なのっ!!?』

西「はい。ダージリンも大切にしてくれるそうです…ふふっ」

ダージリン「?」

アールグレイ『そ、そう…ふふ、ふっ? ま、まぁ…あまり度を超えないようにね?!』

西「ええ」


西「駄菓子屋のオジサンからもらったベーゴマ、気に入ってくれたようです」


アールグレイ『………は?』



そういって私はポケットに入ってた(駄菓子屋のオジサンから貰った)ベーゴマをダージリンに手渡す。

ダージリンは ??? って表情をしているが気にしない。

今はこの助平先輩を成敗するのが先だ。

517: 2017/05/02(火) 12:10:01.08 ID:c6dL2CBJ0

西「ところで、慌てふためいているようですが、何を想像されたのですか?」

アールグレイ『な、何でもないわよッ!!!』

西「そうですか…助平ですね」ハァ...

アールグレイ『うるさいっ!!!』

ダージリン「あなた一体何を話してるのよ!?」

西「なんか、"どこまでヤったの?"とか聞いてくるんですよこの猛獣先輩…」

ダージリン「えぇ…」

アールグレイ『ち、違うわよ!!』


西「まぁ冗談はこの辺にします。…実際のところ、どこかの誰かさんに"不純交遊"って言われる程度ですね」

アールグレイ『ほう…』

ダージリン「ちょっと!!」

西「解釈は人それぞれですけど」シレッ

アールグレイ『ふふ。仲が良いのね。妬けちゃうわ』フフッ

西「そうですね。その嫉妬ぷりからすると三十路はもうすぐそこまで来ていますね」

アールグレイ『まだ十代よっ!!!』

西「その耳年増と助平っぷりとは30後半くらいですよ」


518: 2017/05/02(火) 12:11:21.27 ID:c6dL2CBJ0

ダージリン「…あなた、仮にも私の先輩と話してるのよ…?」

西「私の純潔が気になって夜も眠れない助平な人なので、貞操の危機を感じたから少し距離を置いてるだけです」

アールグレイ『こっ、こいつときたら…言ってくれるじゃない…』ワナワナ

西「よく歯切れが悪いと怒られるので、ハッキリ物事を言うようにします」

ダージリン「あなた…目つきだけでなく、性格もかなりキツくなったわね…」

西「否定はしません」



確かにダージリンの言うとおりだ。

会話を振り返ってみても相当生意気な事を言っているとわかる。

私は色んなものを壊されちゃったんだな………。


519: 2017/05/02(火) 12:17:10.17 ID:c6dL2CBJ0

アールグレイ『とにかく。話が成立したので、私もそちらへ向かうわね?』

西「こちらに?」

アールグレイ『ええ。何か不都合だったかしら』

西「これからダージリンと一緒に寝るつもりだったので」

アールグレイ『なっ…!』

西「冗談ですよ。本当ですけど」

ダージリン「また泊まっていくの?」

西「駄目でした?」

ダージリン「別に良いけど」


アールグレイ『…とにかくそっち行くわよ?』

西「ダージリン、助平な先輩がこっちに来ます。今のうちに隠れて」

ダージリン「へっ?」

アールグレイ『ちょっと、誤解招くことを言わないで』

西「…アールグレイさんがこの家に来たいそうです」

ダージリン「へっ、ウチに!?」

西「なんでも、元気になった後輩の姿を見たいそうで」

ダージリン「まぁ…良いですわよ」

西「まぁ…良いですわよ」

ダージリン「…真似しないで頂戴」

アールグレイ『ふふ。かしこまりました』


520: 2017/05/02(火) 12:18:50.92 ID:c6dL2CBJ0

コンコン


ダージリン「はい」

家政婦『お嬢様、お客様です。アールグレイさんという方です』

西「…」



窓から外を見ると玄関にアールグレイさんがいる。

どうやら家の近くで電話していたみたいだ。

大方「NO!」と言っても来たに違いない。…やれやれ。



アールグレイ『あなたと同じで心配だったのよ』フフッ

西「…」

西(ダージリン真似)「新手の宗教勧誘よ。水ぶっかけて追い返してやって」

ダージリン「ちょっと! …あ、良いわよ。お部屋まで案内して頂戴」

家政婦「か、かしこまりました…??」


521: 2017/05/02(火) 12:23:42.48 ID:c6dL2CBJ0

西「お待ちしておりました。アールグレイさん」ジトッ

アールグレイ「意地悪を言わないで下さるかしら」

ダージリン「…」

アールグレイ「ふふっ。元気になって安心したわ。ダージリン」

ダージリン「ええ…。色々とご迷惑をおかけして申し訳ありません」

アールグレイ「とんでもない。あなたは本当に強くなった…」

西「…」

アールグレイ「あなたもよ。絹代さん」

西「私はただ発狂して薬飲んでダージリンに泣きついただけです」

アールグレイ「またそうやって自分を悪く言う」

西「事実ですから」



結果的にダージリンは元気になったから良かった。

だが、振り返ってみると、勝手に発狂して、勝手に薬漬けになって、勝手にボロボロになっただけだ。

そして謝罪すると言っておきながらやったことはダージリンに泣きついただけ。

ダージリンの強い精神力によって持ち直しただけ。私は何一つしていない。

むしろ、またダージリンに助けられた。


恩を返したいと思いながら恩は溜まっていく一方だ…。

522: 2017/05/02(火) 12:25:55.47 ID:c6dL2CBJ0


アールグレイ「こんな格言があるわ。"人々に精神的援助を与う人間こそ人類の最大の恩人なり"」

ダージリン「インドの哲学者、ヴィヴェカーナンダですわね」

西「…」

アールグレイ「あなたはダージリンを支えてくれた。それはとても大きなこと」

アールグレイ「あなたが誰よりもダージリンの苦痛を理解しているならば、元気になったということが、どれほどの事かわかるはず」

西「確かに、ダージリンが元気になってくれたお陰で、私も少しだけ気が楽になったような気がします」

ダージリン「…」

アールグレイ「良かったわ。…ところで、二人とも食事はもうとったのかしら?」

ダージリン「いえ、何しろつい先程まで…」

アールグレイ「でしたらご一緒しませんこと?」

ダージリン「そうですわね」

西「…」

アールグレイ「当然、絹代さんもよ」フフッ

西「お気持ちは有り難いのですが、何しろ手持ちが…」

アールグレイ「何を言うかと思ったらそんなこと。私が奢りますわ」

ダージリン「あら。太っ腹ですわねアールグレイ様」

アールグレイ「なにしろ後輩を助けてくれたのですから」フフッ

西「感謝致します」


523: 2017/05/02(火) 12:27:54.03 ID:c6dL2CBJ0


【料亭】


私はダージリンとアールグレイさんと食事をすることになった。

聖グロなので英国料理を振る舞って下さるだろうと思ったら、料亭に連れて行ってくれた。

こういう機会でも無ければまず行かない(行けない)ような…。



アールグレイ「ふふ。絹代さんは洋食より和食の方が好きそうだったからね」

西「お心遣い感謝いたします」

ダージリン「でも大丈夫ですの? こう見えて絹代さん大食らいですのよ?」

アールグレイ「気にしなくて大丈夫。あなたも遠慮せず食べなさいな」フフッ

ダージリン「ありがとうございます」



さすが高級料亭だけあって一品一品高級感がある。それ以外に感想が出てこない。

アールグレイさん達は普段からこんな高級料理ばかり食べておられるのだろうか。

同じ人間なのにこうも差があるとはつくづく不公平だ。

…まぁ、そんな高級料理に舌鼓を打つ私も同じ穴の狢だが。


524: 2017/05/02(火) 12:30:29.42 ID:c6dL2CBJ0

西「お二人は普段からこういったお店に行かれるんです?」

アールグレイ「流石に毎日はないけれど、特別な日にはね?」フフッ

ダージリン「毎日こんな物を食べてたら普段の食事に満足出来なくなってしまうわ」

西「ごもっともです」

アールグレイ「そういう絹代さんは普段はどんな食事を? やっぱり和食メインかしら?」

西「そうですね。銀舎利に味噌汁、あとは漬物があったりですね」

西「たまに焼き魚や煮物が出ることもあります」

アールグレイ「…」

ダージリン「…」

西「あ、あれ…?」

アールグレイ「いえ…その、なかなか節制的と思いまして…ねぇ?」

ダージリン「私に振らないで下さいまし…」

西「?」


どういうわけか私の食事情について話すと皆呆然とする。

最近は和食というものがそんなに珍しいものなのだろうか?



その後もアールグレイさんやダージリンと雑談に華を咲かせた。

思い返せばダージリンを知ったのがエキシビジョンマッチ戦。あの時は敵として。

その後、大洗女子の制服を着て大学選抜チームと戦った時もご一緒したなぁ。


525: 2017/05/02(火) 12:33:25.70 ID:c6dL2CBJ0

ダージリン「そうね。あなたは投入車輌を間違えて持ってきた」クスッ

西「ははは。全校で22輌なのに、私のところで22輌だと心得違いをしておりました」

アールグレイ「ふふっ。1校あたり22輌だとしたらどれだけ大規模な試合になるかしらね」

西「100輌を超える戦車戦…どうなるんでしょう」

ダージリン「…」

西「今でも、夢に出るんですよね。あの時の試合が」

ダージリン「もう終わったことよ」

西「…そうだと良いですね」

ダージリン「?」



アールグレイ「そういえば、聞いた話だけれど」

西「?」

アールグレイ「先の試合で大洗の隊長車輌が使えなくなったそうね?」

西「ええ…」

ダージリン「あの試合は私達も観戦していたのでよく存じてますわ」

アールグレイ「それで、代わりの戦車を用意するために大洗の生徒会長さんが大慌てでドイツへ飛んだそうよ」

西「ドイツ?」

ダージリン「…随分急な話ですわね」

アールグレイ「どう思う?」

ダージリン「ドイツに行って戦車が貰える"アテ"でもありますの?」

アールグレイ「恐らく無いでしょうね」


526: 2017/05/02(火) 12:37:05.66 ID:c6dL2CBJ0

西「あの試合の帰りにダージリンや後輩さんとその話をしていたんですよ」

西「仮に"戦車を借りれたとしても大きな利点はない"…と」

アールグレイ「確かに。無人機を保有していないので、地上で無人機と戦車を相手にしないといけない」

西「ええ。それに次の相手はプラウダか黒森峰」

ダージリン「黒森峰よ」

西「ん?」

ダージリン「準決勝は黒森峰が勝ったわよ」

西「そうですか。尚更厳しいですね」

アールグレイ「黒森峰は戦車が強力なのは元より、戦術も指揮官も優れている」

アールグレイ「非常に厳しい戦いになるわね…」

ダージリン「その上"無人機"なんて厄介者までいますしね…」

西「ええ。だから戦車にしろ対空戦車にしろ、"それだけ"では利点ではないと思いました」

西「相手が最強のチームである以上、大洗女子も最強の戦車を引っ張ってこなければと」

アールグレイ「その最強の戦車というのは?」

西「一輌で対地・対空戦闘が出来る戦車です」

ダージリン「そんなものあるわけないじゃない」

西「だから、生徒会長…角谷さんでしたっけ。大洗の会長さんはドイツへ飛んだのでしょう」

西「前代未聞の戦車を作るために」

アールグレイ・ダージリン「!」


527: 2017/05/02(火) 12:43:17.14 ID:c6dL2CBJ0

既存の戦車ではもはや太刀打ちできない。

だから新しい戦車を開発する。

しかし当然ながら、そのためにはいろんな障壁がある。

レギュレーションをクリアすることはもちろん、開発にかかる費用や時間。

戦車だってタダではない。無人機どころか普通の戦車ですら満足に導入できない大洗にとっては非常に厳しい話だ。

誰が見ても無謀と言えることを大洗はやっている。

だが、大洗は常にその無謀を何度も乗り超えてきた。

戦車道の規模としては無名校・弱小校レベルかもしれないが、大洗には強豪校にすらない無限の可能性を秘めている。

…だから、大洗の動向は特に気になるのだ。



西「すみません。ちょっと席を外します」




528: 2017/05/02(火) 12:46:56.57 ID:c6dL2CBJ0



西「………ということなので、もしも大洗女子学園から連絡がありましたら、その時はお願いします」

西「はい。こちらの学校からも許可は出ていますので、その点についてはご心配ありません」

西「ただ、私や知波単学園の名前は一切出さないでください。怒られてしまうので。あはは」

西「あくまでこれは角谷会長さんを始めとする大洗女子の敢闘の賜物ですので」

西「ええ。それではよろしくお願いします。児玉さん」



これが大きなお世話であるのは重々承知だ。

だが、大洗女子は我々戦車道をする者にとって、もはや無くてはならない存在だ。

私も一度、戦車道廃止の危機を体験したし、決して対岸の火事ではない。

そしてなにより隊長の西住さんには色んなことを教えてもらった。

このまま何も恩を返さずでは私の沽券に関わる。


529: 2017/05/02(火) 12:49:50.41 ID:c6dL2CBJ0





西「すみません。おまたせしました」

ダージリン「…随分長かったわね」

西「あはは。良い物を食べたせいか臓器が驚いたのでしょう」

ダージリン「なっ…」

アールグレイ「ふふっ。良かったわね」

西「ええ。とっても良かったですよ」

アールグレイ「…あら。どうかしました?」

西「こんな諺を知ってますか」

ダージリン「へ?」

西「"壁に耳あり障子に目あり"」

アールグレイ「…おやりになるわね」

ダージリン「???」



この助平が。

電話のやり取りを盗み聞きしてたのは知ってるんだからな。


530: 2017/05/02(火) 12:51:45.73 ID:c6dL2CBJ0

アールグレイ「さて、そろそろ頃合いね」

西・ダジ「ご馳走様でした」

アールグレイ「ふふっ、楽しかったわ。またいつかこうして集まりたいわね」

ダージリン「ええ。今日はありがとうございました」

西「同じくありがとうございました」

アールグレイ「どう致しまして」フフッ



ダージリンも元気になったし、私も幾分体調が良くなってきた。

腹も満たされて、心も満たされたからだろう。

そのせいで帰りの車の中ではうたた寝をしてしまった。

































            完全に油断してた。





531: 2017/05/03(水) 11:07:00.32 ID:TbugUrKl0


【????????】



西「………ん……」

アールグレイ「おはよう。絹代さん」

西「あ…寝てしまったんですね…私…」

アールグレイ「ええ。あまりに気持ちよさそうに寝ていたから、そっとしておきましたわ」フフッ

西「恐縮です。…あれ? ダージリンは?」

アールグレイ「ちゃんとご自宅まで送迎したわ」フフッ

西「そうなんですか。…ところでここは?」

アールグレイ「ふふっ」






アールグレイ「ちょっと遠くまで来ちゃったみたい」






西「っ!!!」




しまった

問題が解決して弛緩しきった隙を突かれた。

彼女は運転席じゃない、私の横に座っている。

周りは暗くてよく見えないが、人気の少ない森の中みたいだ。



これが意味することは…


532: 2017/05/03(水) 11:08:01.51 ID:TbugUrKl0

西「くそっ!!!」


アールグレイ「…心配しないで下さいな。取って食うつもりはありません」

西「ならどうしてこんな真似を…!」

アールグレイ「またその目を向けるのね。傷つくわ…」

西「こういう真似をされた以上、ごく普通の反応かと思いますが?」

アールグレイ「さすがにあの場では話せない事だし、あなたが"二人っきりは嫌"と言うものだから」

アールグレイ「少々強引な手を使わざるを得なかった」

西「…」

アールグレイ「ふふっ。ごめんなさいね」


西「…それで?」

アールグレイ「ん?」

西「"強引な手"を使ってまで何かお話したいことがあるのでは?」

アールグレイ「理解が早くて助かるわ」

西「こっちは何一つ理解してませんが?」

アールグレイ「慌てないで。今から説明するから」


533: 2017/05/03(水) 11:09:58.04 ID:TbugUrKl0


アールグレイ「あなたのお陰でダージリンは元気になった」

西「…」

アールグレイ「この事については本当に感謝しています」

西「その感謝がこういう形で示されるとは驚きを禁じ得ませんね」

西「聖グロには恩を仇で返すという伝統もあるのですか?」

アールグレイ「意地悪を言わないで下さいな」

西「…」

アールグレイ「確かに、ダージリンは回復したけれど」


アールグレイ「まだ問題は解決していないの」


西「…なに?」

アールグレイ「あなたもご存知のように、ダージリンはOG会の圧力によって強制退学となった」

西「…」

アールグレイ「これはどういうことなのか、わかるかしら?」

西「今後もOG会の機嫌一つでダージリンのような犠牲者が出そうですね」

アールグレイ「その通りよ。残念なことに」

西「…」



正直なところ、ダージリン以外の聖グロ生に興味はない。

もっというとダージリンのいない聖グロに何の魅力も価値もない。

ただ、卒業生に媚びてないと学園生活が危うくなるのは息苦しいだろうなぁ。

…と、"対岸の火事"を見ている気分だった。


534: 2017/05/03(水) 11:11:55.72 ID:TbugUrKl0

アールグレイ「あなたも聖グロにおける"OG会の影響"がどれほどかは知っているはず」

西「我儘な女の機嫌一つで生徒の人生を崩壊させる事が出来るそうで。怖ろしい学校です」

アールグレイ「ええ。まさにあなたの言う通り」

西「…」

アールグレイ「あなたも分かると思うけど、それはあってはならないことなの」

西「でしょうね。理由もこじ付けな"私刑"でしかない」

西「そして、そんな私刑でダージリンは絶望のどん底に叩き落された」

アールグレイ「ええ」

アールグレイ「…ただ、誤解の無いように言うと」


アールグレイ「これはほんの"一部の人間"による犯行なの」


西「外部の人間にとってはその一部が全部ですけどね」

アールグレイ「そうね…」

アールグレイ「でも、何千人と存在するOGのうちの、ほんの一握りにも満たない一部の人間によるものだった」


西「一部の人間だけでこれほどの権限を持てるなんて驚きです」


535: 2017/05/03(水) 11:19:10.30 ID:TbugUrKl0

アールグレイ「毎年何百人という生徒が卒業しているから、OG会もかなりの規模になるわね」

アールグレイ「ダージリンのように学問や戦車道を一生懸命頑張って来られた方もいる」

アールグレイ「聖グ口リアーナを心の底から愛してやまず、常に後輩のことを想う先輩もいる」

アールグレイ「…しかし、中には"例外"がいて」



アールグレイ「どういうわけか、その例外は聖グ口リアーナを攻撃する」



西「…」

アールグレイ「その"反・聖グロ"は、学園で最も優秀であるダージリンを追放し、聖グロの弱体化・衰退化を謀った」

アールグレイ「…それが私の見解よ」

西「つまり、ダージリンは、その一部の反体制派によって政治的に利用されたと?」

アールグレイ「ええ」

アールグレイ「その一部の暴走と腐敗をこのまま見過ごせば、OG会はもちろん、聖グロは間違いなく崩壊する…!」

西「………」



奴らにとって成績不振や不純交遊なんてのは端からどうでも良かったのだ。

連中は聖グロ憎しのためにダージリンを利用した。

そのためにこれらの理由をでっち上げ、ダージリンを地獄のどん底に叩き落とした。


ますます殺意が湧く。


536: 2017/05/03(水) 11:32:47.28 ID:TbugUrKl0

アールグレイ「それと、もう一つ」

西「…」

アールグレイ「反体制派による今回の件は、内部の人間がいないと実行できない」

西「OG会へ情報提供を行う"内通者"が聖グロにいると?」

アールグレイ「私はそう見ているわ」



これは在校生と卒業生の間で起きた事件だ。

当然ながら、先輩であるOG会と何かしらの繋がりを持つ後輩だっているだろう。

そして、その生徒の中に反・聖グロ活動の片棒を担っている輩がいる…と。


問題はそれが誰なのか。

聖グロを崩壊させたいと思う者

ダージリンを追放させたいと思う者

この両者の利害が一致したとき悲劇は起きた。

では、前者はともかく、後者であるダージリンを消して得をする聖グロ生は…





西「アッサムさん…?」


537: 2017/05/03(水) 11:36:54.13 ID:TbugUrKl0

アールグレイ「…私も最初、あの子が関係していると思った」

西「…」

アールグレイ「でも、そう結論を出すにはまだ早いの」

西「何故?」

アールグレイ「彼女のことを知っているから」



― アッサムは"天才"だと思っていた。けれど違った

― 名家のご令嬢を装う裏では常に多くの人からの期待という重圧に苦しんできた

― 彼女もまた私と同じ、努力家だったの…



アールグレイ「アッサムは聖グロにおける"もう一人のダージリン"よ」

西「…」

アールグレイ「だから、アッサムが本当に反体制派と共謀してるとは考えにくい」

アールグレイ「一方で、永遠のライバルだったダージリンを突き落とし、自身が隊長になることを望んだが故の共謀という見方も出来る」

アールグレイ「…いずれにせよ、それらを裏付ける証拠がない以上、結論は出せない」

西「………」












西「それで、部外者の私に事の真相を突き止めろと?」


538: 2017/05/03(水) 11:39:04.07 ID:TbugUrKl0

アールグレイ「恐ろしいほど鋭いわね…」

西「自分でも驚いています」

西「ダージリンなら考えそうなことが頭に思い浮かぶんですよ」

西「"私が追放された本当の理由を知りたい"」

西「"私を追放した者、そしてその者と繋がりのある人物が誰なのか知りたい"」




西「"私はもう一度聖グロに帰りたい…"」




西「目を閉じれば、ダージリンの思考が私の思考となってそこに浮かび上がる…」

アールグレイ「………」




西「"だから、絹代さん…お願い"」





西「…って」

アールグレイ「………」


539: 2017/05/03(水) 11:40:04.70 ID:TbugUrKl0

アールグレイ「あなたが"賢すぎる"おかげで説明の大半が省けたわ」

西「それはどうも。でも"説明"をしたところで私にどうしろと?」

西「確かにダージリンと私の心は同じですから、そういった"イタズラ"は思いつくでしょう」

西「でもダージリンと私は違う。所詮私は部外者です」

西「聖グロの事なんて何一つ知らない"余所者"」

アールグレイ「ええ」




















アールグレイ「だから、あなたに聖グ口リアーナ女学院の生徒になってもらうの」


545: 2017/05/03(水) 19:04:17.11 ID:TbugUrKl0


西「は?」

アールグレイ「あなたには"転校生"として聖グロに入ってもらう」

西「ちょっと待って下さい」



随分簡単に話を進めてくれるが、気は確かなのかこの人?

まず転校一つにしろ面倒な手続きがある。

それに私は腐っても知波単学園の隊長だ。

そんな私が聖グロに転校したら?

私が命をかけて守った知波単の戦車道は?

転校後の私はどうすればいい?

それにアッサムさんだって馬鹿じゃない。

私がコソコソと悪巧みをすれば即座に見抜かれるはず。


546: 2017/05/03(水) 19:06:30.96 ID:TbugUrKl0

アールグレイ「心配しないで頂戴。あなたの学校の学長さんとは交渉済みよ」

西「…学長は何と?」

アールグレイ「"うちの西で良ければ是非!"とね」

西「…」

アールグレイ「ふふ。学長さんを責めないで。聖グロは滅多に他校へオファーをしないから大変名誉なことなのよ」

西「…そうですか」

アールグレイ「だから学長さんも短期留学の話を聞いてとても喜んで下さった」

西「短期留学?」

アールグレイ「ええ。表面上は知波単側には短期留学、聖グロ側には転校でそれぞれ話を進めた」

西「表面上ということは、実際は?」





アールグレイ「架空の人物として諜報活動をしてもらう」


547: 2017/05/03(水) 19:08:41.71 ID:TbugUrKl0

西「はぁ?!」


アールグレイ「あなたはダージリンだけでなく、アッサムやペコちゃん、その他の聖グロ生や他校の生徒とも面識がある」

アールグレイ「そんな人物を転校させたらパニックになるのは火を見るよりも明らかでしょう?」

西「…ええ」

アールグレイ「それは事を進める上で大きな障壁となる」

アールグレイ「だから、素性を隠して頂くわけ」

西「…」

アールグレイ「素性を隠した上で内部に潜り込んで、真相を突き止める」

アールグレイ「内通者が誰なのか特定し、その者の口を割らせ、首謀者を特定する」

アールグレイ「そして、ダージリン退学は反体制派による聖グロの破壊工作だとして、退学を撤回…!!」


548: 2017/05/03(水) 19:10:44.46 ID:TbugUrKl0

アールグレイ「いかがかしら?」

西「私の立場は一切お構い無しなんですね」

アールグレイ「正直、これ以上ない強引な手段だと思っているわ。ごめんなさいね?」

西「…」

アールグレイ「…でもね、もうこれしかないの、」

西「私はやるとは一言も言ってませ





アールグレイ「ダージリンを助ける方法は」





西「っ…!」

アールグレイ「………」

西「………それで」

アールグレイ「ん?」


西「返事はいつまでに?」


アールグレイ「そうね。遅くて明日までに欲しいわ」

西「…」



不満や疑問は残るが、私は少しの時間をもらうことにした。

だが、私は『はい』と返答するだろう。

…嫌な女だ。『ダージリン』を出せば私が断れないことを知って言っている。


だけど、





私は心の何処かでこの日が来るのをずっと待っていたのかもしれない。


549: 2017/05/03(水) 19:12:59.11 ID:TbugUrKl0



アールグレイ「…さて、今日はここまでね。どちらへお送りすれば良いかしら?」

西「ちょっと待って下さい」ピッピッ


西「もしもし、絹代です。…今からそっちに行ってもいいですか?」

西「…ありがとう、すぐ行きます。…また後でね、ダージリン」ピッ


西「ダージリンの家までおn…何ですかその顔」イラッ

アールグレイ「ふふっ。仲良しさんね~って」ニコニコ

西「…助平」ボソッ

アールグレイ「あ、そんなこと言うと送ってあげないわよ?」

西「ハイハイスミマセンデシタ」シレッ

アールグレイ「…あの子も多分"初めて"だから優しくしてあげてね?」

西「そうですね。ダージリンに伝えておきます」

アールグレイ「ちょっと!」

西「あ、伝えるで思い出しました」

アールグレイ「ん?」

西「この件はダージリンにはもうお伝えしたのですか?」

アールグレイ「………そうね。お願いできるかしら?」

西「…かしこまりでございます」


550: 2017/05/03(水) 19:15:24.37 ID:TbugUrKl0


【ダージリンの部屋】


西「ただいま、ダージリン」

ダージリン「"お邪魔します"でしょう」

西「あ、そうでしたね。お邪魔しますただいま」

ダージリン「まったく…。それで?」

西「はい?」

ダージリン「アールグレイ様と何をしていたの?」

西「…」

ダージリン「絹代さん……?」

西「聖グロに転校することになりました」

ダージリン「えっ?!」

西「実は…」



ダージリンにアールグレイさんとの"密会"の内容について話した。

聖グロOG会の中に反乱分子がいること。

その反乱分子が聖グロ弱体化のためにダージリンを強制退学させたこと。

その犯人を特定するために、私が選ばれたこと。



そして、ダージリンにはもう一度聖グロへ戻ってもらうこと。


551: 2017/05/03(水) 19:18:48.71 ID:TbugUrKl0



ダージリン「………私が、もう一度聖グロに…」

西「ええ」

ダージリン「………」

西「ひょっとしたら、もう聖グロに未練は無いかもしれません」

西「でも、聖グロがダージリンを失うことこそが、反・聖グロ派の狙いなんだそうです」

ダージリン「…」

西「だから連中の正体を暴き、ダージリンを復学させ」

西「"何一つ成功しなかった。それどころか大きな痛手を負った"という結果にする」

西「それが、奴らに対する私達の"報復"です」


ダージリン「………ふふっ」

西「ん?」

ダージリン「なかなか…面白い話ね…!」

西「ええ。ようやく腹の中に溜まった恨みを晴らせますよ」

西「私も恨みを晴らせてダージリンも泣き寝入りせずに済む。ビンビンな関係です」

ダージリン「それを言うならWin-Winの関係よ」

西「あ、それですね」


552: 2017/05/03(水) 19:21:02.10 ID:TbugUrKl0

ダージリン「…でも」

西「ん?」

ダージリン「あなたにまた無理させてしまうのね………」

西「…」

ダージリン「私のことなのに、無関係のあなたがまた心をすり減らしてボロボロになってしまう………」

西「ご心配なく」

ダージリン「えっ…」

西「これは私自身の復讐でもあるんですから」

ダージリン「絹代さんの?」

西「私もダージリンと同じように連中に心身をボロボロにされたので、この恨みを何としてでも晴らしたいと腹の虫が収まらないんですよ」

西「たとえダージリンが諦めても私は諦めきれない」

西「そして、ようやくその報復手段を見つけた」

西「このチャンスを待っていた」


553: 2017/05/03(水) 19:25:59.91 ID:TbugUrKl0

ダージリン「………あなたに甘えてもいいの?」

西「もちろんです」

ダージリン「ありがと…」


西「でも………」

ギュッ

ダージリン「きゃっ!?」

西「今はそういったことを事を考えたい気分じゃないです」

ダージリン「そ、そう…」

西「………あはは。今日もいい匂いですね」クンクン

ダージリン「…変態」

西「変態で良いので、このままダージリンの匂い嗅いでいても良いですか?」クンクン

ダージリン「…くすぐったいわよ……っ…あっ…ぁぁぁ………!」



あの日以来、精神安定剤の服用を止めたとはいえ、後遺症はまだ残ってるし、そのせいで薬に手を伸ばそうとする。

でも私は確かに約束した。ダージリンが元気になるなら私も薬を断つと。

だから、もう薬は飲まない。

薬を充満させる代わりに、心も身体もダージリンで満たしている。

ダージリンには変態と言われるが、薬物依存に比べたら…。


そしてダージリンもまた私を受け入れてくれるし、私を求めてくれる。

ダージリンも私も互いの身体の"味"を知っている。

心も身体も繋がっている。

もう"初めまして"じゃない。


554: 2017/05/03(水) 19:27:57.83 ID:TbugUrKl0


【週明け 知波単学園】


西「先日、聖グ口リアーナ女学院のOGよりお話を伺いました」

西「その方のお話は事実なのでしょうか?」

学長「うん、そうだね。…今まで話すことが出来ず申し訳ない」

学長「なにしろ、聖グロOGのアールグレイさん曰く、"聖グロへサプライズがしたい"と言うのでね…」



サプライズ…つまり私が"聖グロ生A"として諜報活動するということだ。

そのことは例え当事者であっても知り得てはならないのだろう…。



西「ちなみにそのサプライズの内容は…?」

学長「曰く秘密なんだそうだ。ちょっと気になるなぁ。あはは」

西「そうでありますか…」

学長「先方さんによると、あとは君の返事だけという状態だそうだ」

西「そうなんですね」

学長「…しかし、まさか聖グロからオファーが来る日が来るなんてねぇ」

西「…」


555: 2017/05/03(水) 19:33:30.97 ID:TbugUrKl0


学長さんは嬉しそうにそうつぶやいた。

戦車道の強豪校として知られる聖グロだが、それ以外でもお嬢様学校としてブランド力のある名門校だ。

確かに女子学生のあこがれでもあり、学校としても聖グロからのお誘いが来るのは喜ばしい事なのだろう。

だが、聖グロの汚い面を知った今ではお嬢様学校になんの魅力も見出だせない。

そして、私のやることといえばそんな汚い学校の更に汚い部分をほじくり出すということだ。

ダージリンが関わってなければ丁重にお断りしていた。

それに…



西「…ただ、心残りがあります」

学長「うん。戦車道のことだよね」

西「…ええ」

学長「そうだよね。君が"命をかけて"守ってくれた戦車道だ」

学長「私も責任を持って守ることにしたよ」

西「…と、申しますと?」

学長「お待たせしました。どうぞ、お入り下さい」

西「?」

「失礼します」

西「あなたは…」


556: 2017/05/03(水) 19:34:53.29 ID:TbugUrKl0

蝶野「初めまして。蝶野亜美です」

西「!」

学長「蝶野さんはね、戦車教導隊所属の自衛官でもあり、日本戦車道プ口リーグ強化委員でもある方だ」

西「ええ。よく存じております…!」

蝶野「西さんのご不在の間、特別顧問として戦車道履修生の練習のサポートをさせて頂きます」

西「そうなのですね。どうか宜しくお願い致します」フカブカ



まさかまさか蝶野さんが来てくださるとは。学長のコネなのだろうか。

現役の戦車乗りであり、プ口リーグ強化委員による直々の指導だ。不満などあるはずがない。

…強いて言えば、私が蝶野さんの講習に参加出来ないことくらいかな。


557: 2017/05/03(水) 19:41:40.38 ID:TbugUrKl0


【知波単学園 練習場】


細見「あっ西殿!!」

玉田「おお隊長殿っ!! おかえりなさいでありますっ!!」


ワーーーー!!!

オカエリナサイマセッ!!

ワイワイ ガヤガヤ

イエスイエス!!!


西「みんな久しぶり。ちゃんと元気だったかい?」

細見「もちろんですとも! …おや…西殿? 少し雰囲気が変わられたような…?」

西「あははは。会う人みんなに言われるよ」

玉田「それもそのはずです。前よりも"すまぁと"になられましたな!」

福田「ええ! とても魅力的でありますっ!!」


ワイワイ

ガヤガヤ


西「あはは。ありがとう………ん? あれは??」

蝶野「私の愛車よ!」

西「愛車…」

福田「随分立派な愛車であります」


私達が普段乗ってる戦車の横に、明らかに異色を放つ戦車がある。

自衛隊が使う『10式戦車』なのだが、蝶野さん曰く愛車らしい。

仮にも最新戦車なのだが私物化していいのかな…?


558: 2017/05/03(水) 19:45:02.02 ID:TbugUrKl0

蝶野「…乗ってみたい?」

西「えっ?」

蝶野「10式、乗ってみたい?」ニヤッ

西「えぇ…まぁ…」

蝶野「おっけーい!!」グッ



ということで日本国陸上自衛隊の切り札とも言える10式戦車に私は乗った。

…良いのだろうか。


C4Iという車輌間での情報共有機能

44口径120粍という強力な火砲

走行中の射撃も実現可能とする緩衝装置と自動追尾機能

私達が乗る大日本帝国の戦車の孫娘はとても優秀な子になってくれました。


これを公式戦で使えたらなぁと思う時がたまにある…。


559: 2017/05/03(水) 19:49:18.48 ID:TbugUrKl0

蝶野「今から発進させるから、向こうの的を狙って撃ってみて」

西「え…私がですか?」

蝶野「ええ」ニコッ



聖グロの核心に迫る前に、日本国防の核心に迫っているような気がする。

後ほど機密漏洩罪とかで裁かれやしないか心配だ。

そんな事を考えてる間に蝶野さんは戦車を発進させる。

速い。明らかに速い。戦車というより車に乗ってる気分だ。

そしてジグザグに動いたり凄いスピードで後退したりと、大きな戦車ながら優れた機動性を見せつけてくれた。

…おっと、撃てと言われたな。

それではお言葉に甘えて撃ってみよう


ズガーンという小気味いい音と同時に発射された砲弾は数百メートル先の的を撃ち抜いた。

自動装填装置が付いているとのことで、素早い砲撃が行えるのは魅力的だ。

続いてもう1発。同じように的を貫く。


以前は寝ても覚めても突撃ばかりしていた。

なので射撃は常に動いた状態で行っており、止まって撃つ時のほうが少ないくらいだ。

それ故この手の行進間射撃は知波単の最も得意とする分野となってしまった。

これくらいは福田にとっても朝飯前だろう。


560: 2017/05/03(水) 19:51:50.39 ID:TbugUrKl0

蝶野「いかがかしら?」

西「速度といい、装填速度といい、さすが最新技術を使った戦車だけあります」

蝶野「射管装置もついてるから走っても的を狙いやすかったでしょ!」

西「え」

蝶野「ん?」


西「そんなのもあるんですか?」


蝶野「あれ? 言わなかったっけ?」

西「ええ。初耳です」

西「それにあったとしてもこういうハイテクな機械はちょっと…」

蝶野「」

西「…」

蝶野「…それじゃ今の射撃は?」

西「? 従来通りのやり方ですけど…?」

蝶野「………ぐ、グッジョブベリーナイスよ…!」



なんでか知らんが唖然とする蝶野さん。

私は何か不味い事でもしでかしたのだろうか…?

行進間射撃なら皆やっているし、戦車が変わったところでやり方が変わるとも思えまいし…。



まぁ蝶野さんがいれば皆もより充実した練習が出来るだろう。

だから私がいなくても、みんなは戦車道をしっかり楽しんでくれる。

仲間たちの戦車道に関しては心配はない。






………そして、もう一つ、


561: 2017/05/03(水) 19:54:32.57 ID:TbugUrKl0






西(みほ真似)「あっ、やっと出てくれた…もしもし…!」

杏『いま何時だと思ってるのさ…っていうかどちらさん』






562: 2017/05/03(水) 19:58:17.95 ID:TbugUrKl0


大型イ号車の導入は見送ろう。

オイ車が無くても問題ないが、大洗女子が無くなるのは大問題だ。

その製造費を彼女たちの作る戦車のために回せば問題は全て解決する。



西(みほ真似)「ドイツではなく日本の企業に依頼してみてはいかがでしょう?」

杏『………は?』



紹介したのは我らが知波単の戦車製造を請け負ってくれる"お得意様"だ。

中小規模ながら高い技術力を誇り、我が国のものづくり産業を支える企業たちである。

ここならきっと大洗の要望に答えることが出来る。


不 知 火重工
筑 波 製鋼所  
  単 技研 
四 万 騎金属  
千 歳 設計


皆は気付いてくれたよね?


563: 2017/05/03(水) 20:03:06.87 ID:TbugUrKl0


杏『西住ちゃんさ、言うのは誰にでも出来る。んだけど実行するのはまた別の話よ?』

杏『悪いけどさ、これは無


西(みほ真似)「可能性がある限り進まないとダメなんです!!」


杏『…』

西(みほ真似)「会長は一生懸命になって車体を確保しました。これは大きすぎる一歩なんです!」

西(みほ真似)「そしてこの一歩を足掛かりに、とにかく私達はひたすら走るしかないんです!」

西(みほ真似)「走るのを止めたらそれこそ全部おしまいなんです! 血を吐くような想いをしてこなしてきた事も全部無駄になってしまうんです…!」

西(みほ真似)「だから…!!」



だから…決勝戦、勝ち抜いてください。

私は電話の相手…角谷さんへ伝えた。


ただ、角谷さん達がどういったものを作りたいのかまではわからない。

話によると、車体は確保できたとのことで、これだけでも十分すぎるくらいの大戦果だ。

だから残る砲とそれを包む砲塔の設計図。それもとにかく詳細なものを用意するよう伝えた。

あとは職人たちがそれをもとに素敵な戦車を作ってくれる。

そして、大洗を守りたいという角谷さんの血の滲むような努力が実を結ぶ…!



これで、"西絹代"としてやっておくべきことは全部やった。

だからこれで





















       これで、もう思い残すことはない。











~~~~~~~


~~~






564: 2017/05/03(水) 20:05:23.38 ID:TbugUrKl0


【あの夜をもういちど】



西「もしも、もしもですよ? 私が聖グロの生徒だとしたら、どの様な名前を頂けるのだろうかと思っただけです」

ダージリン「そうね。紅茶に因んで」




ダージリン「"茶番"なんてどうかしら?」




西「………」

ダージリン「冗談よ。そんな顔しないでちょうだい」クスクス

西「何でか知りませんが妙にグサッと来ました…」

ダージリン「そんな大げさなこと言わないで頂戴」

西「衝撃的すぎたので明日から"聖グ口リアーナの茶番"と名乗ります」

ダージリン「悪かったわ。許して頂戴」フフッ

西「ダージリンのばか」プクー

ダージリン「はいはい」

西「む」

ダージリン「そうね。あなただったら―――」









ダージリン「ベニフウキなんていかがかしら?」


565: 2017/05/03(水) 20:06:48.19 ID:TbugUrKl0

西「ベニフウキ?」

ダージリン「漢字で書くと"紅富貴"。アッサムに近い日本の品種よ」

西「なるほど」

ダージリン「聖グロに来た時にそう名乗っても良いのよ?」フフッ

西「えっ、本当ですか?!」パァァ

ダージリン「ええ。私が許可するわ」

西「いやっほ~い!! わたくしはベニフウキでございすわよぉ~!!」オホホホッホホホ

ダージリン「落ち着きなさい絹代さん」


西「………」


ダージリン「…なによ?」

西「………」ジー

ダージリン「…落ち着きなさいベニフウキ」

西「はいですわー!」

ダージリン「まるでローズヒップね」ヤレヤレ

西「あははっ♪」






~~~~~~~~~~~


~~~~~~~


~~~


566: 2017/05/03(水) 20:07:42.55 ID:TbugUrKl0











   「心の準備は整いました。アールグレイ"様"」


   「ありがとう」













567: 2017/05/03(水) 20:09:06.31 ID:TbugUrKl0

【そして現在 聖グ口リアーナ女学院 甲板】




…様

「…」

「ヴェニフーキ様?」

ヴェニフーキ「ん…私ですか?」

ローズヒップ「いつまでもこんな所にいてはお風邪を引かれますの」

ヴェニフーキ「…」

ヴェニフーキ「そうですね。戻りましょう」

ローズヒップ「ささ、お乗りくださいまし!」


568: 2017/05/03(水) 20:20:18.41 ID:dyebJbRk0


そして、私は聖グ口リアーナに"転校"した

ダージリンとOGから授かったニックネームを名乗って。


 "ヴェニフーキ"


ダージリンから授かったのは"ベニフウキ"だが、これでは名前を調べればすぐ足がつくというので改変した。

ゼラの戦いの勝利を知らせるガイウス・ユリウス・カエサルの言葉 "Veni, vidi, vici"(=来た、見た、勝った)からとった"Veni"。

そして、『愚か者』という意味の "hookie" を合わせてVeni Hookie、つまりヴェニフーキだ。


私は横文字が苦手なので、こういった細工は出来ない。この捻くれた造語はアールグレイさんによるもの。

直訳すると"愚か者が来た"となるわけで、これから厄介者となる私にはピッタリな名前とのこと。

その通りだ。


569: 2017/05/03(水) 20:22:33.17 ID:dyebJbRk0


もちろん今までの格好ではすぐわかるので、アールグレイさんの手によって私は姿も変えた。

髪は白銀色に染め上げウェーブを掛け、瞳はレンズを入れて赤くした。…なんだか携帯電話のゲームにでも出てきそうだ。

アールグレイさんは『よく似合ってるわよ。ゴシックっぽくて』というが、なんだか秋葉原とかにいそうなコスプレした人みたいで、私はあまり好きじゃない。

それに毎朝髪の毛をクルクル巻くのは面倒だ。ヘアアイロンというやつを使うのだが、それでよく首筋を火傷する。

そう愚痴っていたらアールグレイさんに『もう少し女の子らしくしなさい』とお小言を言われる。


まあでも、これで多少は誤魔化せるかな…?


571: 2017/05/03(水) 20:27:04.69 ID:dyebJbRk0



ルクリリ「何か考え事でもされてたんです?」

ヴェニフーキ「ええ。色々と」

ルクリリ「そうなんですかぁ。…まぁ、大丈夫ですよ」

ヴェニフーキ「ん?」

ルクリリ「すぐ慣れますのから」

ヴェニフーキ「…」

ルクリリ「最初は不安かもしれないけど、皆良い人ですから大丈夫ですよ」

ローズヒップ「ルクリリ様の仰るとおりですの。お作法もお茶の子さいさいでございますのよ!」

ヴェニフーキ「そうですね」

ルクリリ「まぁ…ローズヒップはもう少しお作法を学んだほうが良いかなぁ…」



練習試合、エキシビションマッチ、大学選抜チーム戦、入院中。

聖グロの幹部たちにはお世話になり、僅かながら交流があった。

しかし、ここからはより聖グロの深部へ潜ることになる。

知波単学園の西絹代としてではなく、聖グ口リアーナ女学院のヴェニフーキとして。


573: 2017/05/03(水) 20:29:02.64 ID:dyebJbRk0



【ヴェニフーキの部屋】



ヴェニフーキ「ええ。今のところ問題はありません。楽しくやってます」

アールグレイ『そう。良かったわ。少しでもおかしな事があったら教えてね?』

ヴェニフーキ「そのつもりです。ダージリンの方は?」

アールグレイ『元気にやってるわ』

ヴェニフーキ「そうですか。良かったです」

アールグレイ『早くダージリンが帰れると良いわね』

ヴェニフーキ「言わずもがな。そのために面倒事を引き受けてるので」

アールグレイ『ふふっ。それでは引き続き頼むわね。ヴェニフーキ』

ヴェニフーキ「はい。おやすみなさい。アールグレイ様」



ここに来てからは毎日欠かさずアールグレイさんと連絡を取っている。

…といっても今はまだこれと言った"異変"はないため、他愛のない世間話ばかりだけど。

あとは聖グロの校風や伝統、校則にルール・マナー、生徒の詳細など、私が聖グロに溶け込むための情報を貰ったりしていた。


574: 2017/05/03(水) 20:31:14.24 ID:dyebJbRk0


【翌日 チャーチル歩兵戦車 砲手席】



アッサム「全車前進」



先日の紅白戦の成績が評価されたことにより、隊長車、つまりアッサムさんやペコがいるチャーチル歩兵戦車に乗ることになった。

ダージリンに代わりアッサムさんが車長に、装填手はペコ。そして空席となった砲手を私にやれというのだ。

他の生徒だったら『大出世だ!』と喜ぶ話なのだが、私にとっては面識がある二人に最も近い場所にいることになる。

…参ったな。


575: 2017/05/03(水) 20:33:18.57 ID:dyebJbRk0

オレンジペコ「ヴェニフーキ様、紅茶はいかがですか?」

ヴェニフーキ「今は結構です。ありがとう」

アッサム「…珍しいですわね。紅茶を飲まないなんて」

ヴェニフーキ「紅茶を片手に照準を合わせる技術は私にはありません」

アッサム「そうですの? 私は普通に紅茶飲みながら砲手やってたけれど」

ヴェニフーキ「私がアッサム様の域に達するには、まだまだ時間がかかります」

アッサム「まあ良いでしょう。飲みたい時に飲むのが一番ですものね」

オレンジペコ「紅茶が欲しくなったら言ってくださいね」

ヴェニフーキ「ありがとう」



照準を合わせる、砲塔を動かす、撃つ

砲手なら誰もがやるこれら一連の動作に加え、私は2人に気取られること無く振る舞わないといけない。

もうずっと、気を張りつめたままだ。

576: 2017/05/03(水) 20:35:18.21 ID:dyebJbRk0


『T-34発見しました。どうしますか?』


アッサム「おそらくそれは囮」

アッサム「ひとまず引っかかった"フリ"をしてギリギリまで接近なさい」

『了解しました!』



しかも練習試合ということで、プラウダ高校をお招きしているというのだ。

アッサムさん曰く、しばらくは各高校と試合を重ね、より実戦に近い高度な練習を行っていくとのこと。

間違った策ではないが、私にとってはこれほど厄介なことはない。

なにしろ、聖グロはもちろん、外部の生徒にだって正体がバレては困るから。



ヴェニフーキ「T34、3輌発見。撃ちますか?」

アッサム「行けそう?」

ヴェニフーキ「ええ」

ヴェニフーキ「私の砲撃を合図に一斉射撃を」

アッサム「わかりました。全車輌、隊長車に続き砲撃開始」


カチッ

ズガァァァァァァァァン!!

ズドーン!

バシューン!


ポシュッ! ポシュッ!


577: 2017/05/03(水) 20:37:59.10 ID:dyebJbRk0

アッサム「お見事ですわ」

オレンジペコ「凄いです!あの距離で…!」

ヴェニフーキ「装填を」

オレンジペコ「は、はいっ!」

ガコン

オレンジペコ「装填完了です!」

ヴェニフーキ「…目標、T34」


カチッ ズガァァァァァァァァン!!!

シュパッ


ヴェニフーキ「…」

アッサム「これで3輌すべてを白旗ね」

『T34、3輌撃破を確認です!』

『こちらも確認出来ました。ですが、まだ敵の主力は見当たりません』

アッサム「了解。引き続き索敵なさい」


578: 2017/05/03(水) 20:41:54.76 ID:dyebJbRk0

ヴェニフーキ「…」

オレンジペコ「ヴェニフーキ様?」

ヴェニフーキ「妙ですね」

アッサム「妙?」

ヴェニフーキ「我々はあえてプラウダの罠に引っかかった」

ヴェニフーキ「なのに、何も起きない」

オレンジペコ「…そう言われてみれば」

アッサム「油断は出来ません。何せ向こうは私達を簡単に倒せる火力を有していますもの」

ヴェニフーキ「…」



ズガァァァァァァン!!!!

パシュッ!



アッサム「ッ!!」

『北北西から砲煙確認!!』

『申し訳ありません! ルクリリ車やられました!!』

ヴェニフーキ「音からして大きいやつですね」


今は音からしてIS-2。撃ったのは恐らくノンナさんだろう。

この距離では装甲は抜けない。対して向こうの122ミリ砲はこちらの戦車を破壊できる。

何しろ、IS-2は"豹戦車に真正面から撃ってエンジンや後部装甲まで貫ける戦車"だから。

…すごい誇張だ。


579: 2017/05/03(水) 20:45:31.30 ID:dyebJbRk0

ヴェニフーキ「ここで立ち往生しては数を減らされるだけです」

アッサム「確かに。格好の的ですわね」

ヴェニフーキ「幸いIS-2は砲弾重量が重たいこともあり、連続射撃は困難でしょう」

ヴェニフーキ「今のうちにクルセイダー部隊を先頭に進撃を」

アッサム「そうですわね。ローズヒップ!」


ローズヒップ『はいっ! ただ今使用中でございますの!』


アッサム「」ガクッ

オレンジペコ「あはは…」

ヴェニフーキ「…」


アッサム「…いいですかローズヒップ。無線はお手洗いではありませんの。使用も未使用もありませんのよ…」ハァ...

ローズヒップ「これは失礼しましたでございますの!」

アッサム「そんなことよりローズヒップ! 先程の砲撃音がする方向へ僚車を連れて進みなさい!」

アッサム「そして相手を撹乱するのです。砲弾が早いかあなたが早いかの勝負です!」

ローズヒップ『わっかりましたわぁー!』ブロロロロロロッ


ヴェニフーキ「元気ですね」

オレンジペコ「元気です…」

アッサム「元気だけが取り柄なのよあの子は…」ヤレヤレ



良い事じゃないか。何を始めるにせよ元気がなければ続かない。

前々から思っていたが、ローズヒップさんは知波単学園の価値観と合致する。

そのせいかかつての仲間たちを見ているようで微笑ましい。

今抱える問題が解決したら彼女には是非とも知波単学園にも遊びに来てほしい。


580: 2017/05/03(水) 20:52:07.70 ID:dyebJbRk0

ローズヒップ『アッサム様ぁ! IS-2発見ですわ!!』

アッサム「良くやりましたローズヒップ。そのまま撹乱してあげなさい」

ローズヒップ『かしこまりでございますの! バニラ! クランベリー! いっきますのよぉぉぉ!!』


ヴェニフーキ「こちらもIS-2を確認」

オレンジペコ「車体は正面を向いていますが、クルセイダーに注意が行っているようで、こちらにはまだ気付いていないようです」

アッサム「しかし、はあの正面装甲を貫くのは不可能ね…」

ヴェニフーキ「引き続き、気を散らしてもらいましょう」

ヴェニフーキ「その隙に私が」

アッサム「わかりました」

アッサム「ローズヒップ、こちらもIS-2を確認しました。射撃できる場所まで移動するので、あなたはそのまま挑発を続けて下さい」

ローズヒップ『了解ですわよぉー!!』


ヴェニフーキ「…」

アッサム「ここから攻撃するつもりですの?」

ヴェニフーキ「ええ」

オレンジペコ「で、でもIS-2の正面装甲は…」


ズガァァァァァァァァァン!!!


シュパッ


581: 2017/05/03(水) 21:01:40.42 ID:dyebJbRk0


アッサム「IS-2が…戦闘不能に…?!」

オレンジペコ「す、すごいです! あのIS-2がっ!」パァァッ

ヴェニフーキ「まだ試合は終わっていません」

オレンジペコ「あっ、ご、ごめんなさい」アセアセ


アッサム「…どういうことですの?」

ヴェニフーキ「何がです?」

アッサム「IS-2の正面は100mm。私の計算が正しければ、この距離からそれを撃ち抜くのは不可能なはず」

オレンジペコ「確かに…。一体どういう…?」

ヴェニフーキ「仰る通り、IS-2の正面は簡単には抜けません」

ヴェニフーキ「なので、正面ではなく、"上面"を狙ってみた次第です」

アッサム「い、いや上面って…。この角度からでは…」

ヴェニフーキ「砲塔防盾の下の方を狙い、そのまま反射させる」

アッサム「っ!」

ヴェニフーキ「狙った跳弾がうまく車体上面へ滑り込んでくれました」

アッサム「なるほど、"ショット・トラップ"ね…!」

オレンジペコ「すごい…!」



『あいたーっ! すみませんっ! 敢闘及びませんでしたー!!』


そういえばエキシビジョンマッチ戦の時は、無線の不調で指示を履き違えて突撃し、ノンナさんに撃破されたなぁ…。

まさかこんな形であの時の無念(?)を晴らせるとは思わなかった。


582: 2017/05/03(水) 21:06:57.31 ID:dyebJbRk0



【試合終了後 紅茶の園】



IS-2は倒せたものの、プラウダの戦車軍団を前に勝利には至らなかった。

足は早いが力の弱い巡航戦車、守りは固いが足の遅い歩兵戦車。

いずれも一長一短な戦車だが、"火力"を見るといずれも心許ない。

そして今回の試合では特に火力不足が顕著となった。

かつてドイツもソ連のT-34に遭遇して全く刃が立たなかったという時期があったそうだが、今回の聖グロの試合はまさにその時のドイツだった。

巧みな戦術だけではどうしても限界は来てしまうのだ…。

そして、プラウダ高校でこの結果ならば、黒森峰や大洗女子を相手にした時…。



カチューシャ「まさかウチのノンナがやられちゃうとはねー」ズズ

アッサム「私も驚きました。あのような奇天烈な方法で戦車を狙うなんて」

ノンナ「えっ?」

カチューシャ「ふぇ?」

アッサム「ん?」

カチューシャ「あなたが狙ったんじゃないの?!」

アッサム「いいえ。私は今回は車長です。撃ったのはうちのヴェニフーキ」

カチューシャ「ヴェニフーキ? 聞いたことがないわね。新しく入った子?」

アッサム「ヴェニフーキ」



…アッサムさんめ。

正体がバレぬようプラウダの面々とはあえて離れた場所にいたのに余計なことを。


584: 2017/05/03(水) 21:10:07.60 ID:dyebJbRk0


ヴェニフーキ「…お呼びでしょうか?」

アッサム「彼女が新しく入ったヴェニフーキですわ」

カチューシャ「あなた、うちのノンナを倒すなんてなかなかやるじゃない」

ヴェニフーキ「身に余るお言葉です」

ノンナ「あなたが…」

ヴェニフーキ「ん…」



そう、プラウダ高校にはノンナさんがいる。

この方の観察力・洞察力は計り知れない。

安っぽい変装なんぞ瞬く間に見抜かれてしまうのではないか。

早くもピンチだ。



ノンナ「Здравствуйте」

ヴェニフーキ「こんにちは」



英語がわからんのにロシア語なんてわかるはずがない。

ノンナさんが何と仰ったのかわからんので、ひとまず挨拶で返した。

先日は西絹代がお世話になりました。

"水飴"の件はプラウダ高校に良い結果をもたらしたようですね。


585: 2017/05/03(水) 21:15:54.03 ID:dyebJbRk0

ノンナ「聖グ口リアーナの砲手といえば、アッサムさんが有名ですが、あなたもまた射撃の名手なのですね」

ヴェニフーキ「お褒め頂き光栄です。アッサム様が有名かどうかは存じかねますが、いつでも追い抜けるよう鍛錬を積み重ねております」

カチューシャ「あなた言われてるわよ」

アッサム「おんのれヴェニフーキ…」ワナワナ


ノンナ「転校されたとのことですが、以前の学校でも砲手を?」

ヴェニフーキ「特に役割は固定されてはおりませんでした。砲手の時もあれば車長の時も」

ノンナ「ふふ。私も同じです。親しいものを感じますね」ニコッ

ヴェニフーキ「同じ境遇の方がいらっしゃって嬉しいです」

カチューシャ「そうよねぇ。ダージリンが倒れちゃうんだから」

ヴェニフーキ「…」

ノンナ「カチューシャ」

カチューシャ「だってそーじゃない。隊長が倒れたら誰が部下を指示するのよ?」

ノンナ「その為にアッサムさんがいらっしゃるのですよ」

カチューシャ「ダージリンもバカね。風邪なんか引くなんて。おヘソでも出して寝てたのかしら。あっははははっ!」


586: 2017/05/03(水) 21:17:33.87 ID:dyebJbRk0


ヴェニフーキ「………何?」




ノンナ「っ!!」

カチューシャ「な、何よ!?」

アッサム「!? やめなさいヴェニフーキ!!」

ヴェニフーキ「…」

カチューシャ「ひっ!!?」

ノンナ「Пожалуйста, укрывает ее!!」

クラーラ「Да!」

カチューシャ「く…クラーラ…!?」

ノンナ「申し訳ありませんヴェニフーキさん…彼女には私の方から伝えておきますので、どうか…!」

ヴェニフーキ「………いえ。私の方こそ取り乱してしまい、申し訳ありません」

アッサム「ヴェニフーキ。下がりなさい」

ヴェニフーキ「………」


587: 2017/05/03(水) 21:19:10.09 ID:dyebJbRk0

【聖グロ学園艦 ベンチ】



ヴェニフーキ「…」



………やってしまった。

少しおちょくられただけなのに、あの時の光景がそのままフラッシュバックしてしまった。

ダージリンを地獄に叩き落とした連中と重なってしまった。

くそ…。

私のせいでせっかくの交流試合も台無しだ。



「ここにいたのね…」


ヴェニフーキ「!」

カチューシャ「…」

ノンナ「…」

クラーラ「…」



先ほどのお三方がやってきた。


588: 2017/05/03(水) 21:23:45.53 ID:dyebJbRk0

ヴェニフーキ「…カチューシャさん」

カチューシャ「…」

ノンナ「カチューシャ、」

カチューシャ「わかってるわよ! …その…ヴェニフーキ」

ヴェニフーキ「はい」


カチューシャ「さっきは悪かったわ………ごめんなさい」ペコリ


ヴェニフーキ「いえ。私の方こそ無礼を働き、大変申し訳ありません」

ノンナ「私の方からもお詫び致します」フカブカ

クラーラ「…」フカブカ

ヴェニフーキ「頭を上げてください。皆様に非はありません」

カチューシャ「あなたはここに来てまだ日が浅いのに、ずいぶんダージリンを大事にしてるのね」

ヴェニフーキ「ダージリン様だけではありません。聖グロの皆様は私のって家族のような存在です」

ノンナ「…」


カチューシャ「私だって家族を侮辱されたら怒るわ」

ヴェニフーキ「…」

カチューシャ「なんだかあなた、ノンナに似てるわね」

ヴェニフーキ「えっ?」

カチューシャ「無口で殆ど表情変えないところや、裏で色々考えているところとか」

カチューシャ「あ、あとは砲手やってるところもね!」

ヴェニフーキ「ノンナさんと比べたら私など…」

カチューシャ「似てるわよ。すっごく」

ヴェニフーキ「…」

ノンナ「…」



私はノンナさんのような立派な人じゃない。

聖グロのことなんてこれっぽっちも考えていないし、腹の中には汚いものが詰まってる。

そして、それがバレないように必氏に感情を頃してるだけ…。

589: 2017/05/03(水) 21:26:44.79 ID:dyebJbRk0

カチューシャ「うちのノンナはね! 何でも言うこと聞いてくれるんだから!」

カチューシャ「肩車するし、お腹が空いたらボルシチ作ってくれるのよ!」

ヴェニフーキ「ふふ。とても素敵な方です」

ノンナ「…」

カチューシャ「そうよ! ノンナは凄いのよ! ね? ノンナ!」

ノンナ「はい。とっても凄いです」

ヴェニフーキ「ノンナさんの凄さ、伝わってきます」



ほとんど表情を変えないノンナさんだが、どことなく嬉しそうなのが伝わってくる。

カチューシャさんに評価されて喜ぶノンナさん。

そんなカチューシャさんを称賛すると、やはりノンナさんは嬉しそうにする。

本当に大切にされているというのが部外者である私にも伝わってくる。


私も。ダージリンが何かお願いして来たらきっと断れないだろうな。

お腹が空いたと言うならご飯は作るし、出かけるときはお弁当も作ろう。肩車は…出来るかな。あはは。

そうだ。もし今度会う機会があったら寝るときに子守唄を歌ってあげよう。

590: 2017/05/03(水) 21:28:56.94 ID:dyebJbRk0

カチューシャ「もちろん隣りにいるクラーラも、部下のニーナやアリーナもちょっとオッチョコチョイだけど大事なんだからねっ!」

クラーラ「Я люблю тебя обратно」


ノンナ「то же」

カチューシャ「ちょっと! 日本語で話しなさいよ!!」

クラーラ「かちゅしゃさま、もずく」

カチューシャ「もずくって何よっ!!」

ノンナ「クラーラは日本語が堪能なんです」

カチューシャ「嘘つくなっ!!」

ヴェニフーキ「ふふ」



プラウダ高校は時たま黒い噂を聞くが、こうやって見ると隊長もその側近もまるで家族(親子?)のようで微笑ましい。

彼女たちのやり取りをいつまでも眺めていたくなるほどに。

そして母校を離れていることもあって、そんな光景を羨ましく思う…。



591: 2017/05/03(水) 21:31:34.90 ID:dyebJbRk0


カチューシャ「そうだヴェニーシャ!」

ヴェニフーキ「…ヴェニーシャ?」

ノンナ「カチューシャは親しみ持った方は名前の後に"シャ"を入れて呼ぶのですよ」

ヴェニフーキ「なるほど、ヴェニーシャ。悪くないです」



そういえば私も昔カチューシャさんに"キヌーシャ"と呼ばれていたっけ。

このヴェニフーキも気に入って下さったようで嬉しい。

…ただ、"ヴェニーシャ"というとまた別の名前みたいだから呼ばれても気付かないかもしれない。



カチューシャ「でしょー? カチューシャ様のネーミングセンスは世界一よっ!」フンス!

ヴェニフーキ「そうですね。折角ですのでアッサム様や後輩のオレンジペコにも何か愛称をつけて頂けると喜びます」

カチューシャ「ペコーシャは良いとして、アッサーシャ…いやアーシャにすべきかしら…迷うわね…」

ノンナ「ふふっ」

クラーラ「прекрасный」ホノボノ



"オバサム"とでも呼んでやって下さいと言おうと思ったが黙っておいた。

ダージリン曰く、アッサムさんはそういった"年"の話に敏感らしい。


592: 2017/05/03(水) 21:32:52.75 ID:dyebJbRk0

カチューシャ「…って、そうじゃなくて!…ほらっ!」

ヴェニフーキ「ん?」

カチューシャ「連絡先、交換しましょう!」ニッ

ヴェニフーキ「良いのですか?」

カチューシャ「あったりまえじゃない!」

ヴェニフーキ「ありがとうございます。喜んで」



こうして私はヴェニフーキとしてプラウダの皆さんと連絡先を交換した。

一応今日が"初めまして"だけれど、ここまで親交を深めることができて嬉しい。

ただ、出来るなら西絹代として仲良くなりたかったなぁ。




カチューシャ「そうだヴェニーシャ!」

ヴェニフーキ「はい?」

カチューシャ「これあげる!」

ヴェニフーキ「これは…」

カチューシャ「"水飴"よっ!」ニシシ



プラウダ高校に革命をもたらした日本の甘味料こと"水飴"

まさかこんな形で帰ってくるとは…。

あれからも気に入って頂いているようで何よりです。


593: 2017/05/03(水) 21:34:19.20 ID:dyebJbRk0

ヴェニフーキ「"水飴"…ですか」

カチューシャ「そうよ! "水飴"って凄いのよ!」

クラーラ「патока очень вкусный」ニコニコ

カチューシャ「納豆じゃない"水飴"よクラーラ!」

クラーラ「патока」

カチューシャ「だぁからぁ!」

ノンナ「патокаはロシア語で"水飴"という意味です」

カチューシャ「へ…? し、知ってるわよそんなの!」



ロシア語はよくわからないけど、クラーラさんに納豆を食べさせたらどんな反応するだろうか。

少し見てみたい気がする。

と言うより、日本に遊びに来た外国人には、まず納豆と梅干しを食べさせたい。

…嫌がらせかな?

594: 2017/05/03(水) 21:36:34.93 ID:dyebJbRk0

カチューシャ「これを食べると脳が活性化されてウチのノンナみたいに凄くなれるのよ」

ヴェニフーキ「なるほど…」

カチューシャ「た・だ・し! 食べ過ぎると逆効果なのと、あと栄養分が偏ってもダメ」

カチューシャ「そして長時間の稼働もダメだから疲れたらすぐ寝なさい。8時までに寝ればギリギリセーフよっ!」ニシシ

ヴェニフーキ「かしこまりました。素敵なプレゼントと情報をありがとうございます」フカブカ



少し前まで眠れない日が続いていた上に薬物依存だった。

ここ最近もこういった事をしているため、気が休まることなんて無い。

とても健康な生活とは言えたもんじゃないな…。

だから私も"水飴"を食べて気分を落ち着かせた方がいいかもしれないね。

本当に素敵なプレゼント感謝いたします。


595: 2017/05/03(水) 21:38:53.38 ID:dyebJbRk0

その後、何事もなくプラウダの皆さんとは別れた。

不思議なことにノンナさんに身元を特定されることは無かった。

いや、見抜いていたけど私に配慮してあえてあの場で言及しなかったのかもしれない。

いずれにせよ、プラウダの皆さんを騙しているので申し訳ない。


ただ、雨降って地固まるというべきだろうか。

一悶着の後は以前よりもプラウダ高校の皆さんと良好なな関係を築く事ができて、とても有意義な時間を過ごせた。

また今後も良好な関係を築いていけたらと思う。


夕日は沈み空は少しずつ暗くなっていく。

この時間に吹く風は涼しくて気持ちがいい。

気分が良いのでもう少し夜風にあたっていよう。


596: 2017/05/04(木) 07:06:56.13 ID:W+qxF0Vj0




「ヴェニフーキ様」

ヴェニフーキ「…」

「あの…ヴェニフーキ様…」

ヴェニフーキ「ん…何でしょう?」

「そ、その…アッサム様がお呼びです…」オロオロ

ヴェニフーキ「アッサム様が?」

「はい…お話があると…」

ヴェニフーキ「…」

「あ、あの…」オロオロ

ヴェニフーキ「わかりました。すぐ行きます」



安らぎの時間は聖グロ生の問いかけによって終わりを告げた。

アッサムさんが呼んでいるというが、大方先程の失態ついてだろう…。

一人きりの時間を邪魔されたのは不快だが、私に非があるのでアッサムさんにも謝っておかなくては…。


597: 2017/05/04(木) 07:13:18.61 ID:W+qxF0Vj0


【聖グロ 隊長室】


『どうぞ』



アッサムさんが待つ隊長室の扉を叩く。ここへ来るのは初めてだ。

隊長室は絨毯、机、椅子、壁画、どれをとっても一級品に見えてで、まさにお嬢様学校らしい空間だった。

"見えて"というのは、私が一級品を知らないからそう見えるだけだ。ひょっとしたら紛いモンかもしれない。

どちらにせよ学生畜生がこんな場所でふんぞり返っていると思うと何だか無性に腹が立つ。

しかし鬱憤をどこで晴らせば良いのかわからないので、とりあえず目の前にいるアッサムさんをギロッと一睨みしてやった。



アッサム「うっ…そ、そんな顔したってダメですわよ…!」

ヴェニフーキ「…先程の件は私のミスです。申し訳ありませんでした」

アッサム「えっ? ええ…コホン! プラウダの方々も今回はお客様としていらっしゃったのです。誠心誠意応対するよう心掛けて下さい」

ヴェニフーキ「肝に銘じます」

アッサム「…それにしても、意外ですわね」

ヴェニフーキ「意外?」

アッサム「転校して間もないあなたが、ダージリンにあのような感情を持っていたとは」


598: 2017/05/04(木) 07:16:13.58 ID:W+qxF0Vj0

ヴェニフーキ「ダージリン様は今はいませんが、かつて聖グロの隊長をしておられた方」

ヴェニフーキ「それ故、ダージリン様を侮辱するのは聖グロを侮辱するも同然」

アッサム「カチューシャさんも悪意があって言ったわけではありませんわ」

ヴェニフーキ「その点については感情的になり過ぎたと猛省しております」


アッサム「…でも。ダージリンが聞いたらきっと喜ぶでしょうね」

ヴェニフーキ「そうだと良いのですが」

アッサム「ええ。ただ…」

ヴェニフーキ「?」

アッサム「…いいえ、何でもありません」

ヴェニフーキ「気になります」

アッサム「またいつかお話しましょう」

ヴェニフーキ「…」


アッサム「それともう一つ、明日は何か予定はありますの?」

ヴェニフーキ「いえ、特には」

アッサム「でしたら決勝戦を見に行きません?」



そう言えばそんな時期だった。

アッサムさんやペコの側にいるとバレないか冷や冷やしているので、出来れば一分一秒でも離れていたい。

だけどその一方で、大洗と黒森峰が戦う決勝戦も気になる。

下手に断ってもかえって不審がられるだろうし、ここは素直に参加しよう。


599: 2017/05/04(木) 07:19:47.66 ID:W+qxF0Vj0

ヴェニフーキ「是非とも」

アッサム「ふふっ。楽しみですね。決勝戦」

ヴェニフーキ「ええ」

アッサム「ちなみに現地には5時集合です」

ヴェニフーキ「5時?」

アッサム「ええ。特等席が埋まってしまわぬよう、一足先に会場へ向かいます」

ヴェニフーキ「わかりました」



わざわざ早起きしなくても、普通に観客席で見れば良いのに。

5時集合ということは…遅くとも4時には起きていないといけない。

…起きれるかな。



アッサム「ご心配なく。どなたかに起こしに行うようお願いしておきます」

ヴェニフーキ「それは頼もしい限りです」



それはもっとまずい。寝る時は髪をおろすしレンズも外す。

髪の色以外はほぼ西絹代になってしまうのだ。

なので部屋に誰かが来る前に起きて"変装"していなければならない。

寝坊が原因で正体がバレた!! などとなっては笑うに笑えんので、何としてでも4時より早くに起きる必要がある。


…まったくこの女は尽く余計なことをしてくれる。しかも善意でやってるからタチが悪い!


600: 2017/05/04(木) 07:22:34.58 ID:W+qxF0Vj0

【翌日 早朝】


ビーッ ビーッ ビーッ ビーッ


ヴェニフーキ「ん……」



早朝というよりは夜だ。外はまだ真っ暗。

昨晩は念のため早めに寝たけど、それでも眠たくて頭が機能しない。

こんな状態ではいらぬ失言をしてしまいそうだ。

もう少し寝させてくれという欲求を必氏に抑えてベッドから起き上がる。

さっさとヴェニフーキに"変身"して何かしら眠気覚ましでもしないと頭が使い物にならん。


コンコン

ガチャ


オレンジペコ「お早うございます。ヴェニフーキ様」

オレンジペコ「…まだお休み中ですよね?」



お出かけの準備をしていると"目覚まし係"がやってきた。

そういえばあの事件以来私はまだペコに謝罪をしていない。

一刻も早く謝罪して仲直りしたいのだが、いかんせん今はヴェニフーキだ。

もういっそのことペコにだけは正体を明かそうかな?

…いや、やめとこ。


601: 2017/05/04(木) 07:26:23.14 ID:W+qxF0Vj0


オレンジペコ「ヴェニフーキ様、おはようございます。お目覚めの紅茶お持ちしましたー」



朝早くに後輩を起こして目覚まし時計のように扱うなんて聖グロもなかなか酷だ。

ここは先輩が率先して後輩を起こしに行くべきだろうに。少なくとも知波単学園ではそうだった。

喇叭の音と共に皆が起床して、乾布摩擦に体操をして一日が始まるのが知波単流だ。

…まぁ今は聖グロにいるので郷に入れば郷に従えとなるわけだが。


恐る恐るベッドに近づくペコがなんだか可愛いので、このまましばらく様子を見ることにした。

このまま「バァーッ!」と脅かしてやりたいという欲求を必氏に抑えながら。

だけど不審物を扱うかの如く慎重に近づくペコを見るに、自分はそれだけ恐れられているのだなと痛感する。


私ってそんなに怖いのかなぁ…。


602: 2017/05/04(木) 07:28:18.35 ID:W+qxF0Vj0


オレンジペコ「ヴェニフーキ様? …おはようございます??」

オレンジペコ「あ、あの。朝ですよ…?」オロオロ

オレンジペコ「…」

オレンジペコ「ヴェニフーキ様、意外に寝坊助さんなのかな…?」ボソッ

オレンジペコ「ふふっ。普段はクールですけど、意外な一面もあるんですね」

オレンジペコ「ちょっと可愛いかも」クスッ



ペコのやつ何やら悟りだした。

私がクールだと? それは断じてない。

やくざな人間よろしく一日中しかめっ面して、頭は漬物石みたいに硬い頑固者なだけだ。

可愛いは合ってる。


603: 2017/05/04(木) 07:30:09.20 ID:W+qxF0Vj0


オレンジペコ「あれっ!? ヴェニフーキ様がいない!?」


ヴェニフーキ「私ならここですよ」

オレンジペコ「ひぃっ!?」

ヴェニフーキ「おはようございます」

オレンジペコ「おひゃpzsflivc…あわわ…!」ビクビク

ヴェニフーキ「落ち着いてください。そこまで怯えられるとこっちもショックです」

オレンジペコ「あ、あごご、ごめんなさい…!」



またペコが小動物のように怯える。

あの時の光景を思い出して心が抉られる。

やるんじゃなかった…。

今思い返してもあの時の私は屑だ。もちろん今でも屑だが。

わざわざ私のために報告に来てくれたのに。

本当にごめんなさい…

604: 2017/05/04(木) 07:34:12.81 ID:W+qxF0Vj0

ヴェニフーキ「起こしに来てくれてありがとう。ペコ」ナデナデ

オレンジペコ「あっ…ど、どういたしまして…///」



今は西絹代じゃないから謝罪をすることが出来ない。

だからせめて、こんな私のために朝早く起きてくれた事だけでも労わさせて欲しい。

意外にもペコは私に頭を撫でられることを嫌がらなかった。

どうやら撫でられるのが好きみたいだ。頬を赤らめ目を細めている。

そんな嬉しいような恥ずかしいような顔をするペコが可愛いので、このまま暫く撫でていよう。


しかしこの子はまたどうしてこんなにも愛くるしいのか。

あまりの可愛さでこのまま額にキスをしようかと思ったほどだ。ダージリンがいるからしないけどね。

次ダージリンに会ったら思い切り頭を撫でてキスもしよう。喜んでくれると良いな。


605: 2017/05/04(木) 07:35:39.76 ID:W+qxF0Vj0


オレンジペコ「あ、そうだ。紅茶をお持ちしましたよ」

ヴェニフーキ「ありがとう。一緒にいかがですか?」

オレンジペコ「えっ、良いのですか?」

ヴェニフーキ「ええ。ペコも早起きなので目覚ましが必要でしょうから」

オレンジペコ「えへへ。ありがとうございます…あれ?」

ヴェニフーキ「ん?」

オレンジペコ「今日はいつもと髪型が違うんですか?」

ヴェニフーキ「ああ。そういえば髪を巻く暇がなかったので。今日はこれで」

オレンジペコ「ふふっ。ストレートヘアなヴェニフーキ様も似合ってます」

ヴェニフーキ「ありがとう」



朝一番のティータイム(アーリー・ティーだったかな?)をペコと一緒に堪能した。

よくよく考えれば入院中にダージリンと一緒にティータイムをしたことは何度かあったけれど、ペコと一緒に紅茶を啜ることは今回が初めてだ。

少女のように愛くるしく笑う彼女はずっと眺めていても飽きが来ない。…あまりジロジロ見ると怪しまれるから程々にだけど。

ヴェニフーキでなければペコを弄ってその反応を肴に紅茶を味わえたのになぁ。

少し残念。


606: 2017/05/04(木) 07:37:53.07 ID:W+qxF0Vj0

ヴェニフーキ「さて、そろそろ行きましょうか」

オレンジペコ「あっ、私は他の方を起こしてきます」

ヴェニフーキ「他の人?」

オレンジペコ「はい。ルフナ様やルクリリ様もまだお休み中ですので」

ヴェニフーキ「そうですか。長々と付き合わせてしまって申し訳ない」

オレンジペコ「あ、いえいえ大丈夫ですよ。私も楽しかったですから」ニコッ



グェェェェッ!!!



ヴェニフーキ「…今のは?」

オレンジペコ「あはは。ローズヒップさんですね…」

ヴェニフーキ「…」



何やら首根っこを掴まれた鶏のような悲鳴が聞こえたぞ?

ペコ曰くローズヒップさんの所業らしいが、知波単の目覚ましより強力ではないか。



オレンジペコ「ああやって一人ひとりにヒップドロップを叩き込んで起こされているようです…」

ヴェニフーキ「なるほど。ペコもやってみては如何でしょう?」

オレンジペコ「流石にそれは…」ハハ...



私としてはあれくらいが丁度いいのではと思う。

なにしろ一人では起きることが出来ず、後輩に起こしてもらう寝坊助な先輩なのだ。

先輩は起きることが出来て後輩は鬱憤を発散できる。実に合理的だろう。

それが嫌なら自分で起きればいい。私のように。


607: 2017/05/04(木) 07:41:19.31 ID:W+qxF0Vj0

バタン!!

オレンジペコ「きゃっ!?」

ローズヒップ「ヴェニフーキ様~~!! 朝ですのよ~~~!!!」

ローズヒップ「………おや? もうお目覚めですのね」

ヴェニフーキ「おはようございます。ローズヒップ」

ローズヒップ「おっはようございますですのー!」ペコリ

ヴェニフーキ「あなたも早起きでお疲れでしょうから紅茶でもいかが?」

ローズヒップ「ありがとうございますっ!」

ローズヒップ「ゴクゴク…ぷっは~~~! んまいっ!!」

ローズヒップ 「ご馳走様です! では皆様を起こしに行って参りますのー!!」ピュー

ヴェニフーキ「…」

オレンジペコ「…」



麦酒を呷る殿方のような飲みっぷりだった。

あまりに良い飲みっぷりだったので思わず見惚れてしまったが、これは聖グロ的にはお淑やかではなさそうだ。

一応先輩として注意すべきなのだろうけど、一方で彼女の豪快な飲みっぷりをもっと見てみたいという悪魔の囁きも確かに聞こえる。

未成年なので麦酒はだめだが、清涼飲料の宣伝で起用したらきっと売れるに違いない。


608: 2017/05/04(木) 07:42:26.32 ID:W+qxF0Vj0

ヴェニフーキ「彼女は朝日よりも輝いていますね」

オレンジペコ「あはは…」

ヴェニフーキ「でも、さすがに寝込みを襲われるのは勘弁願いたいので、早起きを心掛けます」

オレンジペコ「ね、寝込み…/////」

ヴェニフーキ「なにしろ無抵抗ですからね。弄ばれては困ります」

オレンジペコ「はぅ…//////」ドキドキ

ヴェニフーキ「ん、どうされました?顔が赤いようですが?」

オレンジペコ「あ…い、いえ! 何でもありませんっ!」アセアセ


この子はまたいらん想像(妄想?)をして一人で顔を赤らめている。

やはりハレンチペコの名は伊達ではないな。

…もっともこういう反応をするのを見越した上でそう言ったわけだが。


しかしローズヒップさんは知波単の皆よりも元気っ子かもしれない。

彼女はどうして聖グロを選んだのかな? いつか聞いてみよう。


609: 2017/05/04(木) 07:46:53.60 ID:W+qxF0Vj0

ヴェニフーキ「ところで、アッサム様は?」

オレンジペコ「まだお休みです。一番最後に起こしに行くので」

ヴェニフーキ「そうですか。せっかくなので起こしに行きましょう」

オレンジペコ「えっ? ですがまだ時間が…」

ヴェニフーキ「こんな言葉があります。"早起きは三文の徳"」

オレンジペコ「た、確かにそうですよね…?」

ヴェニフーキ「隊長ならば部下たちの先頭に立って然るべきです」



まったくなんてやつだ。

部下を早く起こしておいて自分はまだ夢の中だなんて。

少しだけ頭にきたので"やつ"を叩き起こしに行くことにした。

アッサムさんの部屋へ向かう道中で、どうやって起こすか色々考えてみた。

個人的に鼻の下に山葵を塗ってやるのをオススメする。

これなら大半の人間が飛び起きるだろう。


610: 2017/05/04(木) 07:50:40.99 ID:W+qxF0Vj0


【アッサムの部屋】


オレンジペコ「きっとまだお休み中ですよ…?」

ヴェニフーキ「他の方が早く起きているのですから、アッサム様も同様に起こして差し上げましょう」

オレンジペコ「で、ですが怒られちゃいますよ…」

ヴェニフーキ「なら私が」

オレンジペコ「えっ…?」


ガチャ

キィィ...


アッサム「」

ヴェニフーキ「おはようございます。アッサム様」

アッサム「…はぅ……」zzz

ヴェニフーキ「…」



寝息を立てている。まだ夢の中にいるようだ。

ローズヒップさんのヒップドロップを3発ほど食らわせた方が良さそうだが、あいにく彼女は彼女で忙しい。

なので私が起こそう。


ダージリンによると、イギリス人は恋と戦争において手段を選ばないそうだ。

私はアッサムさんに恋した覚えはないのでこれは戦争だ。手段は選ばない。

彼女のやたら広い額にデコピンをしようとしたその瞬間だった…


611: 2017/05/04(木) 07:51:19.51 ID:W+qxF0Vj0





アッサム「………ダージリン……」


アッサム「……ごめんなさい……私のせいで…………」








この女は一体なんの夢を見ている!?


私は起こすことも忘れて彼女の言葉の意味を探り出した。

なぜ謝る?

なぜ"私のせい"なんだ?


あんたは一体何を知っているんだ………



613: 2017/05/04(木) 21:09:24.59 ID:W+qxF0Vj0

【廊下】


ガチャ


オレンジペコ「あっ…」

ヴェニフーキ「…」

オレンジペコ「あの…ヴェニフーキ様」

ヴェニフーキ「…ん、呼びました?」

オレンジペコ「? …あの、アッサム様は?」

ヴェニフーキ「どうやら、相当疲れているようです。起きませんでした」

オレンジペコ「そうですか…」

ヴェニフーキ「仕方がないのでローズヒップに任せましょう」



微睡みの中で彼女が言ったあの言葉が何を意味するのか気になって起こすなんてどうでも良かった。

アッサムさんは一体………。


614: 2017/05/04(木) 21:15:28.33 ID:W+qxF0Vj0



【学園艦を出て試合会場へ】



アッサム「…」ウツラウツラ

ヴェニフーキ「アッサム様」

アッサム「! ん…呼びました?」

ヴェニフーキ「間もなく会場へ到着します」

アッサム「わかりました」

ヴェニフーキ「何やらお疲れのようですが?」

アッサム「…ええ。少し夜更かしをしてしまいまして」

ヴェニフーキ「そうですか。通りで起こしても起きなかったはずです」

アッサム「あのまま起こしてくれたら良かったのに…」ジトッ

ヴェニフーキ「はい?」

アッサム「ローズヒップ」

ヴェニフーキ「…」



どうやら、アッサムさんもその後ローズヒップさんの"目覚まし"を受けたようだ。

だがそんなことは今はどうでもいい。

聞くとしたら今しかない。


615: 2017/05/04(木) 21:19:52.27 ID:W+qxF0Vj0

ヴェニフーキ「それで、私が起こしに行った時ですが」

アッサム「ええ」

ヴェニフーキ「何かあったのでしょうか?」

アッサム「何か、と言うと…?」



ヴェニフーキ「ダージリン様に謝罪をしておられたようですが?」



アッサム「っ!」

ヴェニフーキ「一体何があったのでしょう?」

アッサム「…」

ヴェニフーキ「…」

アッサム「………そうですね。あなたにも話した方が良いかもしれません」

ヴェニフーキ「…」

アッサム「聖グ口リアーナの隊長、ダージリンは退学されました」

ヴェニフーキ「…退学?」

アッサム「ええ。…"不純交遊"が原因で」

ヴェニフーキ「…」



ここまでは知っている。OG会の"捏造"だ。

普通に"退学"として扱えばいいものを(勿論それでも私は許さないが)、連中はさらに"不順交遊"などと有りもしない情報をばら撒いてダージリンの尊厳を踏み躙った。

許さない…!


616: 2017/05/04(木) 21:23:16.08 ID:W+qxF0Vj0

ヴェニフーキ「不純交遊…ですか」

アッサム「ええ…」

ヴェニフーキ「…それを知る者はどれくらい?」

アッサム「聖グロの幹部クラスの人間と、あとはあなただけ」



少しだけ安心した。本当に少しだが。

もしもこれが『全聖グロ生徒です』などと言われたら、聖グロにダージリンの居場所はもはや無い…。



ヴェニフーキ「それで、幹部クラスの皆様は何と?」

アッサム「その話を聞いたとき、ショックで皆頭が真っ白でしたわ。もちろん私も」

ヴェニフーキ「でしょうね。私も頭の中が真っ白になりそうです。髪の毛は既に真っ白ですが」

アッサム「そのジョーク、笑えませんわよ…」



嘘だ。

真っ白になるどころか顔は真っ青になるし、視界は真っ赤になっていた。

頭のなかで様々な色の絵の具をビタビタと叩きつけるように"あの場面"が再生され、心が壊れてしまいそうだった。

言葉では言い表し難いあの狂乱は制御できず、精神安定剤を打たれてようやく灰色になったくらいだ。


私の気持は誰にもわからない…。


617: 2017/05/04(木) 21:27:52.16 ID:W+qxF0Vj0

アッサム「ですが、ヴェニフーキ」

ヴェニフーキ「?」


アッサム「そんな噂話、信じてはいけません」


ヴェニフーキ「…と、申しますと?」

アッサム「ダージリンは"不純交遊"をするような者ではありません」

ヴェニフーキ「…」

アッサム「彼女は常に自分を高めるために努力を惜しまない聖グロの誇り」

ヴェニフーキ「私もそう思っております」

アッサム「ならば彼女についての風説が虚偽のものだとわかるはず」

アッサム「こう見えて私はダージリンと競い合った一人ですから」

アッサム「彼女が何を見ているか、何処へ進むか、多少は理解しているつもりです」

ヴェニフーキ「…」


アッサム「それに、ダージリンが会いに行ったのは殿方のところではありません」

ヴェニフーキ「…」

アッサム「ええ。彼女は戦友のお見舞いをしただけ」

ヴェニフーキ「戦友?」

アッサム「ええ」

アッサム「今大会の第一戦目でお相手した知波単学園の隊長、西絹代さんです」

ヴェニフーキ「知波単学園の西絹代…一体どんな方なのでしょう」



我ながら白々しい質問をする。

西絹代というのは何も考えずなりふり構わず突っ込んで勝手に痛い思いをする間抜けだ。

そのくせ助平で捻くれ者で、挙句の果てに身分を偽ってあなたのすぐ隣りにいる"変態"だ。


618: 2017/05/04(木) 21:30:55.78 ID:W+qxF0Vj0



アッサム「彼女は戦車道において大きな意味を持つ人でしてよ」


ヴェニフーキ「なっ…」

アッサム「かつて、一切の戦術性の無い、突撃一辺倒だった知波単学園に大幅な改革をもたらし」

アッサム「そして、私たち聖グロが手も足も出ないほどにまで成長させた"軍神"です」

ヴェニフーキ「…」

アッサム「彼女は簡単には変えられないものを変えた。だから強くなった」

アッサム「きっと血の滲むような努力をなされていたのでしょう。…ダージリンのように」



あまりに突拍子もない事を言う。思わず声が出てしまった。

私が戦車道界において大きな意味を持つ? 軍神?? 馬鹿も休み休み言ってくれ。

単に運が良かっただけだ。賽子の目が2回連続で6が出たようなもの。


619: 2017/05/04(木) 21:37:40.58 ID:W+qxF0Vj0


アッサム「"ここでしか咲けない花がある"」

ヴェニフーキ「…」

アッサム「先の大洗廃校騒ぎのとき、大洗の五十鈴さんがそんなことを口にしてたそうです」

アッサム「仲間の大切な場所を守るため。そんな凛たる一輪の花…」

ヴェニフーキ「…」

アッサム「絹代さんもまた、仲間の大切な場所を守るために咲き続ける一輪の花なのです」

アッサム「仲間のため、自分のために戦い続け…」

ヴェニフーキ「…」

アッサム「そして、それは傲慢で臆病だった私に戦う術と場を与えてくれた、かつてのダージリンと同じ………」

ヴェニフーキ「………」


アッサム「だからダージリンは、絹代さんに

ヴェニフーキ「もう結構です」

アッサム「えっ…?」

ヴェニフーキ「その西絹代という人物は大体わかりました」

ヴェニフーキ「そして、彼女がダージリン様を誑かした」


アッサム「違うっ!!」


ヴェニフーキ「…」

アッサム「…ヴェニフーキ。いくらあなたとは言え、"彼女"を侮辱するのは許しませんよ…?」


620: 2017/05/04(木) 21:42:59.44 ID:W+qxF0Vj0

ヴェニフーキ「彼女とは?」

アッサム「絹代さんです」

ヴェニフーキ「なぜそこまでその女に」

アッサム「口を慎みなさいヴェニフーキ」

ヴェニフーキ「…」

アッサム「あなたにはわからないかもしれないけれど」

アッサム「彼女もまた、ダージリンと同じく、命をかけて学校や仲間、そして戦車道を守った一人です」

ヴェニフーキ「初耳ですね。どこでそんな話を?」

アッサム「こう見えて、他校の情報収集には余念がありませんのよ?」

ヴェニフーキ「…」

アッサム「大会が始まる前に、知波単学園は成績不振であるが故に、戦車道の廃止を通告されたそうです」

アッサム「…しかし、大会で成果をあげることを条件に廃止の撤回を要求し、その結果、知波単学園の戦車道は生き残った…」

アッサム「繰り返しになりますが、彼女もまた、自分や仲間たちの戦車道を守り抜いた一人なのです…!」



…余計なことを。

これは私一人だけの問題だったのに。

誰にも知られたくなかったのに…。


621: 2017/05/04(木) 21:47:08.22 ID:W+qxF0Vj0

アッサム「彼女のことは卒業なさった先輩方も高く評価しておられました」

アッサム「中には彼女の思想を戦車道にも反映させてはどうかと提言なさる方までいるほど」

ヴェニフーキ「OG会の皆様ですね?」

アッサム「ええ」

ヴェニフーキ「そんなOG会は、何故ダージリン様の退学に異を唱えなかったのでしょう?」

アッサム「わからない…」

ヴェニフーキ「もし私がOGの一人だとして、ダージリン様の功績を知る者であれば、いきなり退学などさせず、情状酌量を検討しますが?」

アッサム「ええ…」



アッサム「だから、私はダージリンを追放した者が誰なのか、知りたいのです」



ヴェニフーキ「…」

アッサム「この件はあまりに不可解な事が多すぎる」

ヴェニフーキ「…」

アッサム「そして、ダージリンは今…」

ヴェニフーキ「今?」

アッサム「積み重ねてきたものを全部失ってしまった…」

アッサム「だから…彼女が自暴自棄に陥っていないか心配なのです…」

ヴェニフーキ「連絡は?」

アッサム「電話は通じず、ご自宅にも伺ったけれど、会うことは出来ませんでした…」

ヴェニフーキ「…」



なるほど。そういうことだったのか。

どうやら、アッサムさんは敵ではなさそうだ。少しだけ安心した。

だが、そうなると内通者は他にいるわけで、また別の人を疑わないといけない…。

今までは"アッサムさん"という明確な対象がいたが、今度は"聖グロの誰か"になる。


622: 2017/05/04(木) 21:48:28.82 ID:W+qxF0Vj0

アッサム「この話はくれぐれも内密にお願いしますの」

ヴェニフーキ「…」

アッサム「ヴェニフーキ?」

ヴェニフーキ「この話は誰に?」

アッサム「あなただけです」

ヴェニフーキ「何故、転校したばかりの私に?」



アッサム「あなたを次期隊長として見ているからです」



ヴェニフーキ「次期隊長…ですか」

アッサム「ええ。あなたの判断力、洞察力はとても大きな戦力でしてよ」

アッサム「だから、我々なき後の聖グロを支えて欲しいのです」



…なるほど。私の実力を高く買ってくれたわけか。

ならば遠慮なくその"権限"を使わせていただこう。


623: 2017/05/04(木) 21:50:38.95 ID:W+qxF0Vj0



【決勝戦当日 試合会場 広場】



ヴェニフーキ「観客席は?」

アッサム「他の者が準備してますわ」

ヴェニフーキ「では私も手伝いを」

オレンジペコ「あっ、こちらはもう終わりましたよ」

ヴェニフーキ「…」

アッサム「ご苦労様です。ペコ」

ヴェニフーキ「アッサム様」

アッサム「何ですか?」

ヴェニフーキ「大洗の皆さんは私達と同様に早起きでしょう」

アッサム「ええ…?」

ヴェニフーキ「その上、見物人である我々と違い、これから実際に試合に臨む」

アッサム「そうですけれど、それが何か?」

ヴェニフーキ「なにか温かい飲み物でもご用意出来たらと思いまして」

アッサム「ああ。それもそうですわね」

オレンジペコ「ふふっ。ヴェニフーキ様は意外に優しいのですね」



意外とは失礼な。

お世話になっている大洗の皆さんに少しでも恩を返したいだけだ。

それに仮に大洗でなくても、これから戦う人たちに敬意を示すのは当然だろう。


624: 2017/05/04(木) 21:52:44.98 ID:W+qxF0Vj0

オレンジペコ「でも、そんな優しいヴェニフーキ様が好きです」ニコッ

ヴェニフーキ「ありがとう」



屈託のない笑顔で言ってくれる。

これが男の子だったら一発で落ちてしまうのではないだろうか。

そんなウブなことを考えていたら、大洗女子のあんこうチームの皆さんが来た。

朝早くの現地入りだったので案の定皆さん眠そうだ。

秋山さんに至っては奥歯まで見えそうなくらいの大あくびをされる。




アッサム「ふふっ。随分大きなあくびですこと」

優花里「ほぇ?」ポケー

アッサム「御機嫌よう。大洗の皆さん」

オレンジペコ「お早うございます」ペコリ

沙織「お早うございます。その……セイロンさんでしたっけ?」

アッサム「っぐ…! ですからアッサムですってば!」グヌヌ

沙織「ほぇ?! ご、ごめんなさい!!」ワタワタ

オレンジペコ「どういうわけか色んな方に間違えられるんですよね…」アハハ

アッサム「笑い声じゃありませんのよ!」



私もこの前間違えた。その節は失礼しました。

だが存在感の薄いあなたにも非がある。

薄い存在感とは裏腹にやたら主張的なそのデコにアッサムと書いてはどうだろうか。


625: 2017/05/04(木) 21:54:06.51 ID:W+qxF0Vj0


みほ「あれ? そういえばダージリンさんは?」

沙織「ホントだ。ダージリンさんがいない?」

アッサム「ああ…」

オレンジペコ「あ…あの…」

みほ「?」

ヴェニフーキ「ダージリン様は現在、静養中でございます」

優花里「えっ? そうなのですか!?」

みほ「静養中…何かあったのですか?」

アッサム「ええ。…ちょっと体調を崩されて」

オレンジペコ「何しろここ最近は忙しかったですからね…」

みほ「そうなんですか?」



このことはあくまで聖グロの内の話だ。

彼女たちに本当のことを伝える必要はないだろう。

今は決勝戦にだけ集中してほしい。


626: 2017/05/04(木) 21:55:18.44 ID:W+qxF0Vj0

華「あの、初めてお会いする方…ですよね?」

ヴェニフーキ「ご挨拶が遅れました」

ヴェニフーキ「聖グ口リアーナ隊長車・砲手の"ヴェニフーキ"と申します」

ヴェニフーキ「どうぞ、お見知りおきを」

華「ヴェニフーキさんですね。私、大洗女子の隊長車の砲手を務める五十鈴華です。宜しくお願い致します」フカブカ



五十鈴さん、あなたのご活躍もよく存じております。

我々との戦いでは無人機を全て撃破され、サンダース戦においてはあのB-29を撃墜し、その後エース車輌、フラッグ車と立て続けに撃破した名砲手。

間違いなく高校戦車道の三大砲手の一人だろう。

そして、今回の試合もやはりあなたの腕にかかっている。

どうかお願いします。五十鈴さん。大洗のために。戦車道のために…!


627: 2017/05/04(木) 21:56:35.63 ID:W+qxF0Vj0


沙織「あれ?隊長車の砲手って確かアッサムさんじゃ?」

麻子「ダージリンさんが休養中だから配置が変わったのだろう」

沙織「麻子起きてたの?」

麻子「寝ながら聞いてた」

オレンジペコ「器用ですね」クスッ

アッサム「先述の事情により、今は私がグ口リアーナの車長と隊長を兼任していますのよ」

アッサム「それ故、空いた砲手席にはこのヴェニフーキに座ってもらった次第です」

ヴェニフーキ「…」



悲しい人事異動だ。

ダージリン無き今はアッサムさんがかつてダージリンが務めた隊長と車長を担当している。

その結果アッサムさんは砲手席から車長席へと移動した。

空いた砲手席には私がいる。


本来なら存在しないはずの私が…。



628: 2017/05/04(木) 21:58:31.49 ID:W+qxF0Vj0

優花里「ヴェニフーキ殿はエキシビション戦や大学選抜戦ではお会いしなかったですよね?」

アッサム「ええ。転校生でしてよ。これまでイギリスで留学しておりましたの」

ヴェニフーキ「丁度この大会の準決勝が終わる頃こちらへ転校しました。今後はこちらでお世話になります」

華「まぁ。帰国子女ですのね!」



申し訳ない。それらの設定はすべて"嘘っぱち"だ。

イギリスへ留学していなければ英語も全くわからない。

そして聖グロに長々と居座るつもりもない。

事情が事情とは言え、大洗の皆さんにまで嘘を吐き続けなきゃいけないから胸が痛い。


629: 2017/05/04(木) 22:00:12.36 ID:W+qxF0Vj0

アッサム「ところで大洗の皆様、朝早くのご活動でしょうから、気付けとしてお目覚めのコーヒーでも如何でしょう?」フフッ

オレンジペコ「お食事も用意してありますよ」

華「お食事?! ありがとうございます!」ガタッ

エミ「わっ?!」ビクッ

麻子「おぉ…有り難い…」スピー

優花里「あはは。冷泉殿ったら寝ながら喋ってますよ」

オレンジペコ「き、器用ですね…」ハハ...

沙織「へぇ。聖グロもコーヒーとか飲むんだぁ」

アッサム「どういうわけか、コーヒー嫌いのダージリンが唯一飲む銘柄ですの」

優花里「それは物凄く美味しいんでしょうね!」キラキラ



『COFFEE SHIRATORI』


紅茶ばかり飲むダージリンがどういうわけかたまに飲むというコーヒーの銘柄だ。

この間ダージリンに淹れてもらったけど、苦い。

私はコーヒーの味がどういうものかはわからない。

だが、このコーヒーがどういうものかはわかる。


西呉王子グローナ学園の"キリマンジァロ"こと白鳥霧さんの想いが詰まった1杯。


彼女もまたダージリンに憧れる人物の一人だ。

制服から髪型、口調、常にティーカップを持っているところまでダージリンを真似ている。

私もかつて、知波単として西グロと手合わせしたことがある。

そしてわかったのは、彼女はただのダージリンの"パチモン"ではないということだ。

彼女もまた優れた指揮官の一人なんだ。



………ん


630: 2017/05/04(木) 22:01:14.64 ID:W+qxF0Vj0

ヴェニフーキ「西住さん」

みほ「は、はい?」

ヴェニフーキ「先日の試合で、戦車が再起不能になったとお聞きしましたが?」

オレンジペコ「無人機が落ちて壊れちゃったんですよね…」

みほ「はい。うちの会長のお陰で代替車輌を手配することが出来ました」

オレンジペコ「良かったぁ…!」ホッ

ヴェニフーキ「間に合って良かったです」

沙織「ふふふ。すっごい戦車ですからね!きっと見たら驚きますよ!」

オレンジペコ「ええ!とても楽しみです!」ワクワクペコペコ



631: 2017/05/04(木) 22:06:03.44 ID:W+qxF0Vj0

もちろん知っている。

私も実際に製造現場に訪れて完成品を見て唖然した一人だ。

超重戦車と呼ばれる規格外の巨大戦車"E-100"に、最高クラスの高射砲を2門搭載した対空戦車だという。

対空戦等はもちろん、黒森峰のキングタイガーをも超える威力の主砲は、対戦車戦闘においても一切の不足はない。

相手によってはこの1輌だけで勝ててしまうのではないか、というくらい強力すぎる戦車なのだ。

実際のところ我々知波単学園の戦車でこの戦車を撃破できるかと言われると自信が無い…。


大洗は本当に"最強の戦車"を引っ張り出したのだ。

決勝戦に間に合って安心した。


しかし、今回の会場の地形を鑑みると、超重戦車特有の巨体と機動力の乏しさが仇となりそうだ。

地図を見てわかるように、市街地が大半を占めるこの会場では出会い頭の戦闘も想定されるため、素早く相手の氏角へ回り込める戦車に利がある。

西住さんたちには申し訳ないが、その対空戦車はこの会場では猛威を振るうことは出来ない。



ある一箇所を除いて。



それを西住さんに伝えないと…。


632: 2017/05/04(木) 22:07:06.64 ID:W+qxF0Vj0

ヴェニフーキ「西住さん」

みほ「え、はい?」

ヴェニフーキ「…」

みほ「あ…えっと、ヴェニフーキさん…??」

ヴェニフーキ「試合まで時間があります。差し支えなければお話を」

みほ「はい?」

沙織「ヴェニフーキさんに口説かれてるのみぽりんっ?!」

ヴェニフーキ「…」



外野が騒がしい。

私が西住さんを口説く? そんな畏れ多いことはしない。

…そう思っていたら同じあんこうチームの方より見事な蹴りが入った。

ダージリンによくツネられていた私としては、短く悲鳴をあげる彼女に同情します。



ヴェニフーキ「場所を変えましょう」



ここではゆっくり話せそうにない。もう少し静かな場所に行こう。

先ほど派手に蹴りを入れられた方が心配そうにこちらを見ている。

なるべく早く言伝を済ませなければ。



「みぽりんに取られちゃった…」



心配しないで下さい。

話が済んだらすぐに西住さんはお返しするので。


633: 2017/05/04(木) 22:08:06.55 ID:W+qxF0Vj0



【試合会場 離れ】



みほ「あの…お話って…?」

ヴェニフーキ「そうですね。ここでなら」


試合会場から少し離れてしまったが、ここでなら誰かに盗み聞きされることもないだろう。




ヴェニフーキ「この試合、あなたは99%負ける」



みほ「………それをわざわざ言うために私をここへ呼んだのですか?」





西住さんは誰が見てもわかるほど嫌悪に満ちた目で私を睨みつける。

これまで私が何度も見た夢に出てくる西住さんの目だ。

私(西絹代)ではなく架空の人物(ヴェニフーキ)に向けられたものだと必氏に自分を説得する。

そうでないと本当に心が壊れてしまう。


634: 2017/05/04(木) 22:09:32.30 ID:W+qxF0Vj0





ヴェニフーキ「この会場の中に1箇所だけ、黒森峰を一方的に葬れる場所があります」





彼女に試合会場の地図を渡してそう言い放った。すると今度は驚愕した。

無理もない。『99%負ける』と言ったと思えば今度は『完勝します』と言うのだ。

私が彼女なら相手の人格を疑うだろう。

そして、その1%の場所を教えないのだからなお意地悪な話だ。


…だけど、教えないのには理由がある。

この1%は西住さんたちに見つけてほしいからだ。

そうでないと私の功績となってしまう。

この情報を得た上で、それを信じるか、信じた上でどこに腰を下ろすか。

それは西住さんやその仲間たちと決めてほしい。

私はあくまで"誰にでも言えること"を言い放っただけなんだ。


その後、西住さんと別れた。

彼女は最後まで地図を食い入るように見つめていた。

私も聖グロの見物席へ戻ろう。


635: 2017/05/04(木) 22:10:47.60 ID:W+qxF0Vj0


【試合会場 応援席】


アッサム「どこへ行っていたのですかヴェニフーキ?」

ヴェニフーキ「少し会場を散策しておりました」

アッサム「そう。もう間もなく試合が始まりますわよ」

オレンジペコ「ヴェニフーキ様、紅茶いかがですか?」

ヴェニフーキ「ありがとう」

アッサム「さて…どうなるでしょうね」

ヴェニフーキ「…」



きっと見つけてくれる。1%の完勝を………。



オレンジペコ「アッサム様、大洗女子は勝てるのでしょうか…」

アッサム「厳しいわね………」

オレンジペコ「そんな…!」

アッサム「大洗の戦車が8輌に対し、黒森峰は20輌」

アッサム「単純に数で劣るのはもとより、黒森峰の戦車のスペックは全国でもトップクラス」

アッサム「その上、黒森峰は無人機を3機投入する…」

アッサム「勝率は限りなく0%に近いですわね………」

オレンジペコ「っ…」

ヴェニフーキ「…」



確かに厳しいだろうな。この1%の場所を見つけない限りは。

しかし、それでも西住さんたちはきっと、その1%見つけてくれるはず。

私が見つけられたのだから…!


636: 2017/05/04(木) 22:14:02.97 ID:W+qxF0Vj0


アッサム「…どうやら、二手に分かれて防衛ラインを構築するようね」

オレンジペコ「橋が2つあるので、両方守らないと挟み撃ちになっちゃいますよね」

アッサム「しかし、西住さんたちの戦車はどこへ向かっているのでしょう」

ヴェニフーキ「…」

オレンジペコ「公園でしょうか? 他の皆さんとは随分離れた場所ですね」

アッサム「何やら白い建物に入ったみたいね…?」

ヴェニフーキ「…」

アッサム「ヴェニフーキ? どこへ行くのです?」

ヴェニフーキ「急用を思い出したので。私はこれで失礼します」

オレンジペコ「えっ、まだ試合の途中ですよ?」

ヴェニフーキ「申し訳ありません。どうしても外せない予定でして」

アッサム「そう…。仕方ないですわね」

ヴェニフーキ「もしも、大洗女子が勝利したら、西住さんへ"おめでとうございます"とお伝え下さい」

オレンジペコ「はぁ…。わかりました」

ヴェニフーキ「それでは、お先に失礼します」

アッサム「………」



皮肉として受け取ったのだろうか。

アッサムさんもペコも呆れた顔をしている。

だが、西住さんたちは見事に1%を探し当てた。

この時点で勝利は確定している。


本当に、お見事でした西住さん…!

あなたはいつも最後には"正解"を見つけてくれる。

あなたが奔走した道の先はいつも明るい。

だから私もあなたのように走ろうと身体を奮い立たせることが出来るんだ。



そして、しばらくしてから大洗の勝利を告げるアナウンスが場内に鳴り響く。

優勝おめでとうございます。


637: 2017/05/04(木) 22:16:35.16 ID:W+qxF0Vj0


プルルル プルルル


ダージリン「はい」

ヴェニフーキ「…私です」

ダージリン「絹代さん? 試合はどうしたの?」

ヴェニフーキ「ええ。たった今試合が終わりましたよ。大洗の完勝です」

ダージリン「完勝? ということはみほさん達はあの場所を?」

ヴェニフーキ「そうですね。やはり西住さんたちは凄いです」

ダージリン「さすが西住さんね。お見事ですの」

ヴェニフーキ「それで、今からそっちに行ってもいいですか?」

ダージリン「今から? 別にいいけれど…」

ヴェニフーキ「ありがとうございます。すぐに向かいますね」


638: 2017/05/04(木) 22:24:02.83 ID:W+qxF0Vj0

ダージリン「ところで、そっちは上手くいってるの?」

ヴェニフーキ「ん? こちらですか?」

ダージリン「ええ」

ヴェニフーキ「残念ながら、振り出しに戻ってしまいました」

ダージリン「という事はアッサムは無関係なのね。…良かった」

ヴェニフーキ「アッサムさんだと思っていたのですが…」

ダージリン「でもアッサムじゃないとすれば、別にいるのね…」

ヴェニフーキ「…ええ。ご心配なく。必ず突き止めますので」

ダージリン「ありがと。でも、くれぐれも無理しないでね?」

ダージリン「あなたが私のために頑張ってくれるのは本当に嬉しいわ。その気持だけでも満足よ」

ヴェニフーキ「はは。あなたが納得しても、私の腹の虫が収まらないでしょうね」

ダージリン「そう………」

ヴェニフーキ「ええ。続きはそっちへ行ってからにしましょう」


ヴェニフーキ「ダージリン」



639: 2017/05/04(木) 22:26:17.83 ID:W+qxF0Vj0


大洗女子は今頃優勝の喜びを噛み締めているだろうか。

それとも、あの黒森峰にあっけなく勝利して唖然としているだろうか。

いずれにせよ、大洗は様々な困難を乗り越えてまた栄光を手にした。

この試合の結果が無人機の廃止に繋がるかどうかはわからない。

けれど、西住さんたちは無人機を持たないながらも無人機を保有する強豪校に勝ち続け優勝した。

この事実は同じ立場にある学校の希望の光となった。


大洗女子が無事に優勝して一安心したので、私は私の仕事に集中できる。

なにしろ怪しいと思っていたアッサムさんが"白"だったのだ。

そうなれば内通者は他にいるわけで、そいつを探し出さないといけない…。

ただ、今日は早起きで試合会場まで出向いたから疲れた。

今は何よりもダージリンに会いたい。


640: 2017/05/04(木) 22:29:06.82 ID:W+qxF0Vj0


【ダージリンの部屋】


ヴェニフーキ「ただいま」

ダージリン「…あなたの部屋じゃないと何度言ったらわかるのかしら」

ヴェニフーキ「あはは。今ではここが私の帰る場所ですね」

ダージリン「全くもう…」

ヴェニフーキ「ダージリンが私の病室に訪れるように、私もここへ来たくなるんですよね」

ダージリン「あら。それはベッドの寝心地が良いからかしら?」

ヴェニフーキ「そうですね。あとはダージリンが作るおやつやご飯が食べられるからです」

ツネッ

ヴェニフーキ「痛っ…!」

ダージリン「人を便利屋みたいに扱わないで頂戴」

ヴェニフーキ「あはは」

ダージリン「それで、ヴェニフーキさん?」

ヴェニフーキ「…」

ダージリン「…なによ」

ヴェニフーキ「…」

ダージリン「…はいはい」


ダージリン「絹代さん」


西/ヴェニフーキ「なんでしょう?」



ここ最近は色々ありすぎてヴェニフーキという名前が少しずつ嫌になってきた。

そもそもダージリンから貰った"ベニフウキ"じゃなく、アールグレイさんが勝手に作ったものだしね。

なによりダージリンと二人きりの時は名前で呼んでほしい。

641: 2017/05/04(木) 22:31:58.11 ID:W+qxF0Vj0


ダージリン「やれやれ。…で、教えて下さるかしら?」

西「アッサムさんの件ですか?」

ダージリン「…そっちもだけど、決勝戦のこと」

西「あぁ。さっき電話で話した通り、大洗女子が優勝しましたよ」

ダージリン「そうじゃないわ」

西「ん?」

ダージリン「あなたがみほさんにアドバイスしたこと」

西「ああ…」

ダージリン「どうしてあの"場所"だと思ったの?」

西「それはですね」

ダージリン「ええ」




西「カンですよ」





ダージリン「………本気で怒るわよ?」

西「今まで見たことないくらい怒ってますね。ダージリン」

ダージリン「いくらあなたでもみほさん達にふざけた真似をするのなら許さないわよ?」

西「あはは。…まぁ、西住さんたちが使う戦車を見て、次に試合会場の地図を見ました」

ダージリン「…」

西「そして、"もし大洗が西側なら、ここしか無いだろう"」

西「…そう私の感覚が教えてくれたんですよ」

ダージリン「…なるほど」

西「あの場所だったら2つある橋のいずれも見渡せる。まさに"司令塔"だったんです」

西「それだけでなく、視界も開けているので無人機を叩くにも申し分ない」

ダージリン「そうね。無人機さえ殲滅すれば、あとは塔の上から指示を送ることに専念できそうね」


642: 2017/05/04(木) 22:35:52.79 ID:W+qxF0Vj0

西「更に指示を送るだけでなく、塔の上から橋を攻撃できます」

ダージリン「…!」

西「そして、西住さん達は実際にそれを遂行して、黒森峰のフラッグ車を撃破して"完勝"しました」

ダージリン「待ちなさい。あの塔から橋まではかなりの距離があるわ」

西「ええ。1,500~2,500mほどでしょうか。狙うにしてもちょっと遠いですね」

ダージリン「ならどうして…」

西「従来の戦車ないし対空戦車だったら"司令塔"としての使用がせいぜいでしょう」

西「しかし、西住さんたちが乗っていた"E-100対空戦車"という、黒森峰のマウスに匹敵する戦車は、それ以上が可能だったのです」

ダージリン「そんなに凄い戦車をみほさんたちは…」

西「ええ。あれだけ離れていても黒森峰のティーガーを撃破できる強力な高射砲を搭載しています」

西「それを鑑みると、大洗女子は決勝戦より前からとんでもない成果を挙げていたのです」

ダージリン「でも、それほど強力な戦車ならこの高射砲塔でなくても、他の味方車輌と行動を共にしても同様の成果を挙げられるでしょう?」


643: 2017/05/04(木) 22:37:12.96 ID:W+qxF0Vj0

西「私も最初はそう思ったのですが、いかんせん巨大な戦車なので、無人機の格好の的になってしまうんですよ」

西「車体は大きいし、重たいので逃げるのが遅れてしまいます」

ダージリン「確かに…。発見したら真っ先に攻撃するでしょうね」

西「ええ。しかもそのE-100対空戦車はフラッグ車です。文字通り"切り札"なのです」

西「だから、無人機からの発見を少しでも遅らせ、見つかった時に応戦できることも考えて、最前線から離れた場所にある高射砲塔だろうと思ったんですよ」

ダージリン「…」

西「まぁ、黒森峰が無人機を積極的に使わなかったのは嬉しい誤算でしたけどね。あはは」

ダージリン「…おやりになるわね」

西「あはは恐縮です。…でも」





西「ダージリンも同じようなことを考えたのでしょう?」


644: 2017/05/04(木) 22:58:04.63 ID:W+qxF0Vj0

ダージリン「ええ…一応は」

西「ですから、凄いのは私だけではありませんよ」

ダージリン「…そうかしら」

西「はい」

西「…ダージリンの考えが私にわかるように、私の考えもまたダージリンにはお見通しですよ」

ダージリン「…そうね」

西「ええ…」

ダージリン「…」

西「…」

ダージリン「…今日は大人しいのね」

西「ん」

ダージリン「いつもは」

西「誘ってるんですか?」

ダージリン「助平」

西「お互い様です。あはは」

ダージリン「…スカートの中に手を入れる人に言われたくない」

西「スカートじゃなく下着ですね」

ダージリン「…ふん………」

西「…痛かったら言ってくださいね」

ダージリン「ジロジロ顔を見ないでよ…」

西「…すごいぬるぬるしてます」

ダージリン「…あなたもね………」

西「あはは……………」

ダージリン「……………」


646: 2017/05/06(土) 22:40:46.37 ID:px6Zc9J70


プルルル プルルル


せっかく二人っきりでのんびりしていたのに。

またアールグレイさんか。

この人は私とダージリンが一緒にいるタイミングを見計らって電話してないか?


…癒やしの時間を邪魔されたのでまた意地悪してやる。



ピッ


西(アッサム真似)「はい。聖グ口リアーナ女学院、アッサムです」


ダージリン「ンぐっ!?」プルプル

アールグレイ『えっ? アッサム?』

西(アッサム真似)「なっ! そ、その声はもしかしてアールグレイ様?!」

アールグレイ『あ…ええ。そうよ』

西(アッサム真似)「あ、あ、あの…一体どんな御用でしょう!?」

ダージリン「っ…フッ…」プルプル

アールグレイ『ふふ…。ごめんなさい、お友達にかけたつもりが間違えてしまったみたい』

西(アッサム真似)「そ、そうですの…?」

アールグレイ『ええ。お騒がせして申し訳ないわね。それでは』


ツー ツー ツー



647: 2017/05/06(土) 22:43:18.54 ID:px6Zc9J70

ダージリン「っく…ぁふっ…な、なにしてるのよ…あはははっ!」プルプル

西「なんだか素直に出たいと思わなかったので、代わりにアッサム様…アッサムさんに出てもらいました。あははは」

ダージリン「くふふふっ。やめて頂戴。わっ、私を、あはは、笑い氏にさせるつもりなの?」フフフッ

西「あはは」


プルルル プルルル


西「…また来ましたね。アールグレイさん」

ダージリン「こっ、今度はどうするの…?!」

西「うーん」

ピッ


西(オレンジペコ真似)「はい。オレンジペコです」


アールグレイ『あれ…?!』

ダージリン「ッグゥゥ!!」プルプル

西(オレンジペコ真似)「あの…どちら様でしょう…?」

アールグレイ『そ、その声はペコちゃん?』

西(オレンジペコ真似)「は、はい…そうですけども…」

アールグレイ『おかしいわね…確かに番号合ってるはずなのに…』

ダージリン「ッ~~~!!」プルプル



ダージリンは必氏に声を抑えて大爆笑しておられる。

本当に笑い上戸なんですね。私の分まで笑顔でいて欲しい。


…あ、とうとう耐えきれずに頭から布団かぶりだした。


648: 2017/05/06(土) 22:45:15.82 ID:px6Zc9J70


西(オレンジペコ真似)「あの…どちら様でしょうか…」

アールグレイ『あ、ごめんなさい。アールグレイですわ』

西(オレンジペコ真似)「えっ!? ハ、ハイグレっ!!?」

ダージリン「~~!!」ジタバタ

アールグレイ『ち、違うわよ! ハイグレじゃなくアールグレイ!』


西「この人今どこにいるのか知りませんけど、よく大きな声でハイグレなどと叫べますよね」ボソッ

ダージリン「~~~~~!!」ジタバタ



ダージリンにだけ聞こえるようにボヤいてみた。

布団の中からダージリンの悶える声が聞こえる。

お淑やかなお嬢様で通してるダージリンが『ン゛オ゛ォォォォォォ!!!』なんて声を発するなど誰が想像出来ただろう。


649: 2017/05/06(土) 22:47:26.44 ID:px6Zc9J70

西(オレンジペコ真似)「ふえっ!? アールグレイ様!? し、失礼しましたぁ!!」アセアセ

アールグレイ『良いわ…許してあげます』

西(オレンジペコ真似)「それで、ご用件の方は…」

アールグレイ『ああ、ごめんなさいね…ちょっと通話先を間違えてしまったみたいで…』

西(オレンジペコ真似)「そうですか…」

アールグレイ『ええ…それでは、また』

ツー ツー ツー


バサッ

ダージリン「ハァハァ……き、絹代さん…くっ…ふふっ…先輩をか、からかうのは程々になさい…」

西「そういうダージリンだって乗り気だったじゃないですか」

ダージリン「ふふ…ち、違うわよ…ふっ…ふぅ…あなたの真似が…くふっ…面白かっただけよ…」

西「はいはい。そういうことにしておきますね」

ダージリン「むぅ…」


650: 2017/05/06(土) 22:49:47.04 ID:px6Zc9J70


プルルル プルルル


西「…しつこいですな」

ダージリン「ハフゥ……そろそろちゃんと出た方が良いわよ」

西「碌なことじゃないとわかって出るのは苦ですよ」

ダージリン「そう言わないの」

ピッ

西「はい」

アールグレイ『も、もしもし?!』

西「アールグレイさん? どうしたんですかそんなに慌てて?」

ダージリン「っくふ…」プルプル

アールグレイ『い、いえ…コホン なんでもないわ』

西「そ、そうですか?」

アールグレイ『ええ。気にしなくていいわよ』

西「は、はぁ…それで何の用でしょうかハイグレ…いやアールグレイさん」

ダージリン「ップグフ あっははははっ!! やめてぇ…わ、わたしもう無理あはっあっはっはあはっははははっ!!!」


アールグレイ『貴様かぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』



おお。

あの貴婦人っぽいアールグレイさんもギャグ漫画みたいな反応するんだなぁ。

なかなか面白いものを見る(聞く)事ができて私は満足ですよ。


651: 2017/05/06(土) 22:51:51.09 ID:px6Zc9J70

西「いやーすみません。なんか少しイタズラしたくなっちゃいまして」

アールグレイ『少しどころじゃないわよ! こっちは本当に焦ったんだからねっ!!』

西「ハイグレにですか?」

アールグレイ『ハイグレって言わないで頂戴!!』

西「あの、周りの人に聞こえますよ…その、ハイグレって」

アールグレイ『あ゛っ! …コホン! と、とにかく!』

西「ええ」

アールグレイ『何か進展はあったのかしら?』

西「いえ。むしろ振り出しに戻った感じです」

アールグレイ『…つまり、アッサムじゃなかったと?』

西「ええ」

アールグレイ『そう。手がかりは無くなってしまったけれど、彼女が共犯者じゃなくて安心したわ』

西「どちらにせよ内通者は炙り出すつもりですよ」

西「"アッサムさんじゃなかった。そうですね。おしまい。" …では腹の虫が許してくれませんので」


652: 2017/05/06(土) 22:52:56.12 ID:px6Zc9J70

アールグレイ『…そうであって欲しいわね』

ダージリン「…」

西「それで、ちょっと相談があるんですよね」

アールグレイ『相談?』

西「ええ。明日は日曜日なので、またお茶会でもいかがと思いまして」

アールグレイ『あら。あなたから誘ってくれるの?』

西「行くのが面倒なので迎えに来てください」

アールグレイ『なっ、こいつときたら…!』ワナワナ

西「冗談ですよ。私がお伺いしますよ」

ダージリン「…」


西「で、場所はどうしましょう?」

アールグレイ『…そうね。そっちにいるならまた私が迎えに行きますわ』

西「良いのですか?」

アールグレイ『ええ。その方が早いでしょうし』

西「助かります」

アールグレイ『…本当にそう思ってるのかしら』

西「だいぶ人格は壊れましたけど、恩を仇で返すような真似だけはしたくないと今でも思ってますよ」

アールグレイ『なら良いけれど…。それでは明日ね』

西「はい」

ピッ


653: 2017/05/06(土) 22:54:49.00 ID:px6Zc9J70

ダージリン「随分勝手に話を進めてくれるわね…」

西「ええ。非難轟々なのは覚悟の上ですが、ダージリンにも関わる話ですので」

ダージリン「そう…」

西「………ハァ…」

ダージリン「なによ」

西「何でもないです…」

ダージリン「…こっちおいで」

西「ありがと…」



何をしてるんだろうな私は…。

ダージリンの為だと言い聞かせてあれこれやってるのに、全然成果に直結しない。

ダージリンが聖グロから去ってもう何日目だ?

このままじゃ本当にダージリンが戻れなくなってしまう。

なのに私はまた甘えてばかり…。


654: 2017/05/06(土) 22:57:31.45 ID:px6Zc9J70

ダージリン「髪は誰にやってもらったの?」

西「…アールグレイさん」

ダージリン「そう…。根本が少し黒いわよ」

西「また染めないといけないかな…」

ダージリン「ええ。でもあまり何度も染めると髪の毛傷んじゃうわね…」

西「こればかりは仕方ないですよ」

ダージリン「あなたの黒髪、気に入ってたのに…」

西「…ごめん」


ダージリン「…。最初あなたが"ヴェニフーキ"の格好で来たときは驚いたわ」

西「はは…。私も驚かれる覚悟はしてましたよ」

ダージリン「なにせ髪の毛は銀色で、眼は真っ赤。氏神でもやって来たかと思ったくらいですもの」

西「でも、ダージリンはすぐ私だってわかってくれたじゃないですか」

ダージリン「それはまぁ…」

西「だから、他の人が気付くのも時間の問題でしょうね…」

ダージリン「どうかしら」

西「…ん?」

ダージリン「昔のあなたを知ってる人が今のその姿見たら別人だと思うわよ」

西「どうしてです?」

ダージリン「髪や瞳の色が違うのはともかく、目つきも雰囲気もぜんぜん違うのだから」


655: 2017/05/06(土) 22:59:10.01 ID:px6Zc9J70

西「…」

ダージリン「かつてのあなたを知る人ならまず気付かないわ、今の落ち着き払ったあなたのことは」

西「そんなに落ち着いてます…?」

ダージリン「不気味なくらいにね。やたらうるさかった頃のあなたが嘘みたい」

西「そうですか…」

ダージリン「ええ。とても22輌持ってきたお馬鹿さんとは思えないわ」

西「その話で例えますか…」

ダージリン「ええ。何しろあの時のあなた、数もちゃんと数えられないほどでしたもの」

西「むぅ…」

ダージリン「だから…そんなあなたを変えちゃうほど、」






ダージリン「ショックだったのね………」


656: 2017/05/06(土) 23:01:38.33 ID:px6Zc9J70

西「私が豹変するほどショックだったのですから、当事者のダージリンはそれ以上だと思います」

ダージリン「ええ…。しばらくは頭が真っ白で抜け殻のような気分だった…」

ダージリン「でも、あなたが来て、私の分まで苦しんでると知って、それ以上には至らなかった」

西「面白いですよね。当事者よりも第三者が発狂して壊れるなんて」

ダージリン「やめて。壊れるなんて言わないで」

西「…ごめん」

ダージリン「私だってショックなんだから…」

西「そうですね…いくらなんでもあんな出来事が起きては」

ダージリン「違うわ」

西「えっ?」


ダージリン「あなたが笑わなくなったこと…」


西「…」

ダージリン「ハッハッハ! って高らかに笑ってたあなたが、今じゃ乾いた笑いしかしない…」

西「そうですか?」

ダージリン「あの日からあなたが笑うところを見てない…」

ダージリン「ずっとそばにいるのに一度も………」

西「…」

ダージリン「昔はなんの根拠もないのに自身に満ち溢れて生き生きとしてたのに、今では悲しい目をしてる…」

ダージリン「まるで、抜け殻みたい………」

西「あんな酷いことをされたら誰だって悲しいですよ」

ダージリン「そうね…」


657: 2017/05/06(土) 23:04:05.06 ID:px6Zc9J70

西「だから、私はこの問題が解決するまで笑う気にはなれないですね」

ダージリン「そんな…」

西「あ、でも心配ないですよ。ちゃんと解決しますので」

ダージリン「………」

西「今はダージリンだけが癒やしです」

ダージリン「今だけなの?」

西「あはは。これからもです」

ダージリン「もう…」



入院中という短い期間ではあるが、ダージリンは私の為に親身になってくれた。

ダージリンがいるという生活が当たり前になった。

私にとってダージリンは無くてはならない存在だった。

そんな中で起きた事件だから。

OGによるダージリンの"私刑"は、心を破すには十分だった。


658: 2017/05/06(土) 23:07:40.88 ID:px6Zc9J70


【翌日 とある飲食店】


アールグレイ「ごきげんよう絹代さん」

西「お世話になっております」

アールグレイ「本当にお世話してるわ。まさか電話先であんな声真似するなんて」ヤレヤレ

西「ははは。アールグレイさんもダージリンと同じでリアクションが面白いのでついつい」

アールグレイ「…あなた、ロクな氏に方しないわよ?」

西「覚悟は出来てます」


アールグレイ「…本題に入るわね。"相談"というのは?」

西「ダージリンもかなり回復してくれました」

アールグレイ「ええ」

西「ただ、このまま自宅待機ではさすがに色々宜しくないので、別の学校に一時的に転籍してみてはと思いまして」

アールグレイ「…確かに。あなたの言う通りね」

西「ダージリンには内緒ですけどね」

アールグレイ「転校先の候補はあるのかしら?」

西「ええ」



西「西呉王子グローナ学園です」



アールグレイ「…」

西「聖グロに近い環境の学校で何処が良いかなと、色々考えておりまして」

西「制服や紅茶を嗜むところ、お嬢様学校なところが聖グロと酷似していたわけです」

西「まぁ聖グロと酷似しているというより聖グロの真似したと言うべきでしょうけど」


659: 2017/05/06(土) 23:10:34.48 ID:px6Zc9J70

アールグレイ「言い方は悪いけれど、西呉王子グローナ学園は聖グロの模造品みたいな学校でしてよ」

アールグレイ「そんなところに、"本物"を転校させるなんて、あなた何を考えているの?」

西「ダージリンを転校させると同時に、西グロから」




西「"ブラックプリンス"を借りる」




アールグレイ「!」

西「…前にお話した通り、ここ最近の聖グロはやたら他校と親善試合をしています」

西「アッサムさん曰く、ダージリンが抜けた穴を何とか補いたいと、実戦に近い練習を重ねて戦力の底上げを図っているわけです」

アールグレイ「なるほど。確かにアッサムらしい理にかなった考えね」

西「それで、親善試合を通じて感じたのは、戦力だけでなく戦車、もとい火力面においても"切り札"となりうる強力なものが欲しいと思いました」

西「実際のところ、プラウダや黒森峰の戦車は装甲が厚いので、既存の戦車ではかなり厳しいです」

アールグレイ「聖グロの戦車事情を憂いて下さるなんて嬉しいわね」

西「あはは。そこで目安として、"ティーガー"を撃破できる車両の導入をしてみてはと思った次第です」

西「で、ティーガーを破壊できる英国戦車といえば、ブラックプリンスなんですよね」


661: 2017/05/06(土) 23:21:32.51 ID:px6Zc9J70

アールグレイ「あなた、ブラックプリンスがどんな戦車か知ってるの?」

西「オードソックス 17ポンポン砲でしたっけ?」

アールグレイ「…"オードナンス 17ポンド砲"よ」

西「あ、それですね。…とにかくティーガーを撃破できる強力な砲を搭載した、チャーチル歩兵戦車の兄貴分みたいなヤツです」

西「巷では17ポンド砲は米英など西側がティーガーを撃破できる数少ない砲として扱われていたそうですね」

アールグレイ「よく知ってるわね」

西「…一応、他校が所有する戦車の性能については頭に叩き込んであるつもりです」

アールグレイ「すっかり忘れていたけど、あなたも"あの時"は必氏だったものね」

西「ええ。 "今も"ですけど」


アールグレイ「それで、ダージリンを転校させるのと、ブラックプリンスを借りる…全く話が噛み合わないのけれど?」

西「西グロにブラックプリンスがありまして」

アールグレイ「あったとして、そんな主力級の戦車をどうやって借りると?」

西「まぁ…これはあまり大きな声では言いたくないのですが…」

アールグレイ「何かしら?」

西「西グロの隊長、キリマンジァロさん、ダージリンの大ファンでして」

アールグレイ「…そう」

西「ええ。"ダージリン様ファンクラブ"のプラチナ会員なんだそうです」

アールグレイ「………は?」

西「ちなみに私はブラック会員ですけどね。プラチナより上の」

アールグレイ「…このやり取りの中で最もどうでもいい情報ね。ソレ」

西「…」


アールグレイ「…で、その"プラチナ会員"さんへの"ダージリン特典"の引き換えに、ブラックプリンスを借りると?」

西「おっしゃる通りです」

西「正直、プラチナ会員"ごとき"にダージリンを渡すのは嫌ですけどね」

アールグレイ「そうみたいね。苦虫を100匹ほど噛み潰した顔をしているわ」

西「あはは…」


662: 2017/05/06(土) 23:22:58.33 ID:px6Zc9J70

アールグレイ「………悪くないわね」

西「…」

アールグレイ「わかりました。西グロとダージリンには私から話をつけておきます」

アールグレイ「あなたは聖グロにその話をつけて下さいな」

西「かしこまりでございます」

アールグレイ「…それにしても、あなたからそんな作戦が出てくるとは思わなかったわ」

西「私もですよ。以前だったらまずこんな捻くれたことは思い付かない」

アールグレイ「…」



自分でも信じられない。

こんなにもスラスラと作戦が浮かび上がるだなんて、かつて突撃ばかりしていた私からは想像もできない。

あまりに頭が冴えていて気持ちが悪い。それも人を騙すためにやっているのでなおさらだ。

だから、これはダージリンを助ける為だと必氏に自分を説得する。


だけど…


663: 2017/05/06(土) 23:26:48.47 ID:px6Zc9J70

西「だけど、私は屑野郎だなって………」

アールグレイ「えっ?」

西「ダージリンを助けるためにまたダージリンを"利用"してる」

アールグレイ「…」

西「ダージリンだって行きたい学校を選ぶ権利はあるのに、私の"作戦"のために振り回されてる…」

アールグレイ「…」

西「結局、私のやってることはダージリンを強制退学させたやつらと同じなんですよ………」


アールグレイ「…もう一度言うわよ」

西「?」

アールグレイ「"イギリスはすべての戦いに敗れるであろう、最後の一戦を除いては。"」

西「…」

アールグレイ「"ダージリンが聖グロに復学した"。その結果さえあれば後はどうとでもなる」

西「…」

アールグレイ「今はやるしかないのよ」

西「そうですね…」


664: 2017/05/06(土) 23:28:50.90 ID:px6Zc9J70


【聖グロ 紅茶の園】



アッサム「…新しい戦車が欲しい?」

ヴェニフーキ「ええ。理由は前に説明した通りです」

オレンジペコ「火力についてはその通りですが、戦車の導入は…」

ヴェニフーキ「皆さんが懸念されるように、いきなり導入というのは様々な観点から難しいでしょう」

アッサム「ええ…」

ヴェニフーキ「なので、まずは戦車を"借りる"ところから始め、実用性があるかどうかを判断」

ヴェニフーキ「そして試験運用の結果、あらためて導入するか否かを決める」

ヴェニフーキ「…といった流れはいかがでしょう?」

アッサム「…しかし、借りるといえどアテはありますの?」

オレンジペコ「さすがにティーガーとかT-34では聖グロの校風に合わない気が…」

ヴェニフーキ「ブラックプリンス歩兵戦車なんていかがでしょう」

アッサム「!?」

オレンジペコ「ブラックプリンス!?」



すごい食いつきだ。聖グロにとっても喉から手が出る戦車なのだろう。

実際かっこいいしな。ブラックプリンスという名前が。

…名前以外にもチャーチル譲りの装甲や、強力な戦車砲を持つため文字通り聖グロの"切り札"となりうるだろう。


もちろん英国戦車は他にも強力なものが存在するが、それは私がやることじゃない。


665: 2017/05/06(土) 23:31:48.24 ID:px6Zc9J70

アッサム「それで、貸し出しをして下さるお相手は…?」

ヴェニフーキ「西呉王子グローナ学園です」

オレンジペコ「うっ…」

ヴェニフーキ「先日、お話する機会があったので聞いてみました」

アッサム「…先方からは何と?」

ヴェニフーキ「"ぜひとも使ってくださいまし" と」

アッサム「そ、そう…」

オレンジペコ「…」

ヴェニフーキ「これが聖グロの戦力増強の第一歩になることに私は期待しています」

アッサム「…確かに」


ヴェニフーキ「それで」

アッサム「?」

ヴェニフーキ「ブラックプリンスが届いたら、是非とも私がその車長をやりたいのですが」

アッサム「えっ、チャーチルの砲手はどうするのです?」

ヴェニフーキ「申し訳ないのですが、ブラックプリンスをお借りする間、他の方にお願い出来ないでしょうか」

ヴェニフーキ「いずれにせよ借りて試運転するだけで、ブラックプリンスの導入が確定したわけではありません」

ヴェニフーキ「駄目なら駄目でその時はまたチャーチルの砲手をさせて頂きます」

ヴェニフーキ「それに、一度乗ってみたかったのです。ブラックプリンス」

アッサム「…」

オレンジペコ「…」

ヴェニフーキ「…」


アッサム「わかりました」


666: 2017/05/06(土) 23:37:16.59 ID:px6Zc9J70
>>661と>>662の間に以下が抜けてました。お手数ですが修正&脳内補完お願いします







西「あと、ブラックプリンスを導入する理由はもう1つあるんですよね」

アールグレイ「…」

西「まぁ、アールグレイさんもOGなので想像はつくと思いますが」

アールグレイ「新しい戦車の導入でOG会をあえて"刺激"すると?」

西「ええ。保守的なOG会に許可なく新しい戦車を導入するとなれば、さすがに黙ってはいないでしょう」

西「そしてOG会が動く前に、内部の人間がOG会へ戦車導入という情報を送る」

西「だからそういった方面から探してみようと思ったのです」

アールグレイ「…」

西「どうでしょう?」



王子<西グロ>のところへ女王<ダージリン>が行く。

女王<聖グロ>のところへ王子<ブラックプリンス>が来る。


こうやって考えるとなんだか面白いな。

…もっともダージリンは一時的に転校するだけだ。それだけは勘違いなさるなよ、キリマンジァロさん?

もしもダージリンに手なんか出したら日には、マレー沖海戦の如くその学園艦を沈めるから覚悟しろ。


667: 2017/05/06(土) 23:39:58.25 ID:px6Zc9J70

ヴェニフーキ「ご理解、感謝致します」

アッサム「遅かれ早かれ、戦車の導入や配置の変更は訪れるものですからね」

アッサム「…ただし!」

ヴェニフーキ「…」

アッサム「ブラックプリンスの乗員は私の方で決定します。異存はありませんね?」

ヴェニフーキ「構いません」

アッサム「わかりました。ブラックプリンスの借り入れ、許可致します」

ヴェニフーキ「ありがとうございます」

アッサム「…」

オレンジペコ「…」



こうして、無事にブラックプリンスの導入の許可が降りた。

選んだ理由は言うまでもなく、西グロのキリマンジァロさんが相手(=ダージリンのファンだから)という理由で、スムーズに話が進むからだ。

戦力としては同じ17ポンド砲を搭載する"センチュリオン"の方が勝るが、私が知る限り、センチュリオンに乗っているのは島田愛里寿さんただ一人。

つまり島田流の人間を相手にするわけで、そこへ交渉に行くとなれば余計な勘ぐりをされてかえって話がややこしくなる。

何よりあのニコニコしながら殺気を放つ家元様とは、なるべくかかわらないようにしたい。

触らぬ神に祟りなしってやつだ。


668: 2017/05/06(土) 23:43:34.83 ID:px6Zc9J70

アッサム「それとヴェニフーキ。先日、あなたと話がしたいという方より連絡がありました」

ヴェニフーキ「どちら様でしょう?」

アッサム「西住流家元です」

ヴェニフーキ「…」

アッサム「あなたの功績を評価しており、是非とのことです」

オレンジペコ「西住流ってことは…西住みほさんのお母様ですよね?」

アッサム「ええ。まさかそのような方からお声がかかるとは思いませんでした」

オレンジペコ「す、すごいです! ヴェニフーキ様!」

ヴェニフーキ「…」

アッサム「ですから、面会のスケジュールを教えて下さい」

ヴェニフーキ「わかりました」



ニコニコしながら殺気放つ家元様じゃなく、顰めっ面しながら殺気放つ家元様が近づいてきた。

よりによってこんな時に…。


669: 2017/05/06(土) 23:45:42.88 ID:px6Zc9J70


【聖グロ 応接室】


アッサムさんが返答をしてから数時間後に家元様が聖グロにやってきた。

あの方も家元や理事長としてのスケジュールで逼迫されているはずなのに、どうして…。



ヴェニフーキ「初めまして。ヴェニフーキと申します」

しほ「…」

ヴェニフーキ「…」


しほ「そういうこと、だったのですね」


ヴェニフーキ「…」

しほ「場所を移しましょう」

ヴェニフーキ「かしこまりました」



こうなることはわかっていた。

どうせ子供の悪戯なんて大人にはすぐバレると。

家元様は私の顔を見て即座に私の正体を見破った。

事情を察して下さったのか、この場で『あなた西絹代でしょう?』と公言しなかったことに感謝したい。


670: 2017/05/06(土) 23:51:44.00 ID:px6Zc9J70

【洋上 船】



しほ「先の決勝戦で、何故あのような結果になったのか娘に聞いたところ、ある人物から情報を得た」

しほ「そして、その情報をもとに作戦を立てた結果、黒森峰に完勝」

ヴェニフーキ「…」

しほ「その情報提供者がヴェニフーキという聖グロの人物」

ヴェニフーキ「…」

しほ「そのような方には心当たりが無かったので、来てみたのですが」

しほ「その正体があなただったとは…」

ヴェニフーキ「…」

しほ「先のあなたの功績を鑑みればこれらが納得出来る反面、何故あなたが姿を変えて聖グロにいるのか…」

しほ「一体、どういうつもりなのかしら?」

ヴェニフーキ「申し訳ありませんが、お答えするわけにはいきません」

しほ「…」

西「…」

しほ「…そう。ならば質問を変えます」

しほ「あなたは何故、みほに手を貸したの?」

ヴェニフーキ「西住さん…みほさんには色々お世話になってきました」

ヴェニフーキ「そして、その恩を返したいという思いで僭越ながらお力添えをさせて頂いた次第です」


671: 2017/05/06(土) 23:54:36.16 ID:px6Zc9J70

しほ「私の娘は、あなたにそこまでさせるほどの大恩を?」

ヴェニフーキ「ええ。私にとって大きすぎるくらいです」

しほ「…」

ヴェニフーキ「そしてもう一つ」

ヴェニフーキ「みほさんたち大洗女子学園は、私たち高校戦車道を嗜む者にとって希望の光です」

ヴェニフーキ「…しかし、どういうわけかその光を閉ざそうとする輩がいるのです」

ヴェニフーキ「二度の廃校の危機を乗り越えてもまた、別の形で大洗を襲う」

ヴェニフーキ「…言わずもがな"無人機"のことです」

しほ「…」

ヴェニフーキ「我々は無人機により大きな戦力を得ることが出来ました。これは事実です」

ヴェニフーキ「しかし、それに甘んじることは、もはや戦車道でも何でもない」

しほ「…」

ヴェニフーキ「戦車道を狂わせた無人機という"改悪"を是正させる」

ヴェニフーキ「そのためには無人機を所有しない学校が、無人機を持つ強豪校を叩き落とさなければなりません」


ヴェニフーキ「"お前たちが何をしようと無駄だ。私達は何度でも立ち上がる"という意思表示をするために」


しほ「…」

ヴェニフーキ「私はそんな大洗の皆さんの努力を、何かしら支援できないかと奔走しただけ」

しほ「そう」








しほ「…ありがとう」


672: 2017/05/06(土) 23:57:21.49 ID:px6Zc9J70

ヴェニフーキ「えっ…?」

しほ「あの決勝戦の後、戦車道連盟にもう一度、無人機の撤回を申し出ました」

しほ「残念ながら、文科省は首を縦には振らなかったけれど」

しほ「それでも先日の決勝戦の結果は大きな武器となる」

ヴェニフーキ「!」

しほ「このまま交渉を続け、必ずや邪道を叩き潰すつもりです」

しほ「故にあなたの陰ながらの支援は、戦車道において大きな意味をもたらしてくれた」

しほ「それに…」



しほ「いつも娘を助けてくれてありがとう」



ヴェニフーキ「…はは。どういたしまして」

しほ「ふふ。今度は私があなたに大きな借りを作ってしまった」

ヴェニフーキ「…とんでもない」

しほ「だから、私はあなたの力になりたい」

ヴェニフーキ「…!」

しほ「それを加味した上で、もう一度、教えて下さるかしら」


しほ「あなたがヴェニフーキと名乗るようになった理由を」


ヴェニフーキ「…」

しほ「…」

ヴェニフーキ「………フゥ」

ヴェニフーキ「実は…」



私は家元様に全てを話した。

ダージリンがOG会に潜む反・聖グロ派によって政治利用され、潰されたこと

それを知って修羅のごとく怒り狂い、精神が崩壊し、廃人寸前にまで追い込まれたこと

後にOG会と接触し、内通者と犯人を洗い出すために名前も髪も瞳も変えたこと

ダージリンをもう一度聖グロに復学させたいこと


673: 2017/05/07(日) 00:00:14.39 ID:uUcFluBP0


ヴェニフーキ「………以上です」

しほ「…」

ヴェニフーキ「これが出過ぎた行為だというのは重々承知しております」

ヴェニフーキ「ですが、それでも私はダージリンを助けたいのです」

ヴェニフーキ「ダージリンのためなら命を差し出したって良い。私はどうなっても良い」

しほ「そう…」


ギュッ


ヴェニフーキ「…!」

しほ「本当に、頑張ったのね…絹代さん」ナデナデ

ヴェニフーキ「なっ…!」

しほ「知らなかった…」

ヴェニフーキ「べ、別にこれは私が勝手に…!」

しほ「でも、あなたは本当に一生懸命にやってる…」

ヴェニフーキ「ヴェニフーキと呼んでください。誰かに聞かれたら…!」

しほ「安心して。この船には私の身内しかいないわ」

ヴェニフーキ「…」チラッ

菊代「…」フカブカ


674: 2017/05/07(日) 00:04:30.88 ID:uUcFluBP0

しほ「それに…あなたの名前は"絹代"でしょう?」

ヴェニフーキ「そ、そうですが…」

しほ「ならば私はそう呼ばせていただくわ」

しほ「あなたが絹代さんで無くなってしまわないように」

ヴェニフーキ「ッ…!」

しほ「今のあなたは姿も身分も名前も偽って生きている」

しほ「それが長く続くと、本当の自分まで失ってしまう」

しほ「だから、そうならないように」

ヴェニフーキ「………」

しほ「困ったことがあったら、と言っても今がまさにその時ですけど」

しほ「もしも、どうにもならないと思ったら、その時は教えてくれるかしら?」

しほ「娘への恩返しも兼ねて、可能な限り協力させて頂きます」

ヴェニフーキ「いえ、そのお気持だけでも…!」

しほ「ふふっ。あなたが良くても私の気持ちが許さない」

ヴェニフーキ「…」

しほ「それとも、あなたにとって私は頼りない存在かしら?」

ヴェニフーキ「い、いえ…」

しほ「ならば、困った時は大人を頼りなさい」

ヴェニフーキ「………」



西住様との話はそこで終わった…。


675: 2017/05/07(日) 00:06:23.43 ID:uUcFluBP0


【翌日 聖グロ・練習場】


アールグレイさんより『ダージリンの転校が完了した』という連絡が入ってから然程待つことなくブラックプリンスはやってきた。

(…よほど嬉しかったのか、転校からブラックプリンスの貸出まで即日行われた)

"スーパーチャーチル"の異名を持つそれは『オードナンス QF 17ポンド砲』という大変強力な野戦砲を搭載しており、当時の米英において"ティーガーを撃破可能な数少ない砲"だ。

私が知る限り、この17ポンド砲を搭載した戦車は、ブラックプリンスを除き、サンダースのシャーマン・ファイアフライ、愛里寿さんの乗るセンチュリオンがある。

アッサムさんに聞いたところ、その他の英国産戦車にも搭載されているとのことだ。

…あまり強力な戦車を次々に導入されても知波単として相見える時に辛いが。


なお、もう一つ交渉として、西グロの学園艦はダージリンが在籍する間、港に停泊するようにお願いした。

理由は2つある。

1つはダージリンに会えるように。

もう1つはダージリンに何かあった時、すぐ逃げられるように。


…後者は無いと信じたい。


676: 2017/05/07(日) 00:07:51.86 ID:uUcFluBP0

アッサム「では、あなたたち。よろしくお願いしますわね」

「はいマム」

「了解です。アッサム隊長」

「かしこまりました」

「…」コクリ

アッサム「ヴェニフーキ。こちらがあなたと行動を共にする仲間です」

ヴェニフーキ「ヴェニフーキです。よろしくお願いします」



ブラックプリンスが来た日、私と戦車に乗るメンバーと顔合わせをした。

『ランサム』さんと名乗る方が操縦手を。

3年生の『グリーン』さんは装填手をしてくれるそうだ。紅茶よりコーヒーが好きらしい。

背の高いので年上だと思ったら一つ年下の『フレミング』さん、彼女は通信手をやってくれる。

そして無口な『モーム』さんという方が砲手。


私は久しぶりに戦車長をやる。


677: 2017/05/07(日) 00:10:41.09 ID:uUcFluBP0

ヴェニフーキ「皆様の名前は紅茶に因んだものでしょうか?」

フレミング「いえ、私たちは紅茶とは違うものを付けています」

ヴェニフーキ「そうですか」

モーム「…」

ランサム「それぞれイギリスの作家から取っていまして」

ランサム「私ランサムは児童文学作家の"アーサー・ランサム"」

ランサム「モームさんは"サマセット・モーム"」

ランサム「フレミングさんは冒険小説家の"イアン・フレミング"」

ランサム「そしてグリーン部長は"グレアム・グリーン"」

ヴェニフーキ「部長?」

ランサム「あ、その…」

ヴェニフーキ「?」

グリーン「実を言うと、私達は小説部という部活動に加入しておりまして」

グリーン「僭越ながら私がその部長をしております」

グリーン「私達の名前の由来が作家からというのもここからですね」

ヴェニフーキ「そうですか」


アッサム「そういうわけですので、仲良くしてあげてください」

ヴェニフーキ「わかりました」



小説か。

学校で夏目漱石や芥川龍之介を読んだくらいかな。

ここ最近は本なんて読んでいる暇もなかったし、無事に一連の活動を終えることが出来たら何か読んでみようかな。

いや、いっその事私が小説を書いてみようかな。


『紅茶好きには助平が多い』


みたいなタイトルで。

紅茶ばかり飲んでる女の子を、あの手この手で口説くという話はどうだろう。

うむ。なかなか面白そうだな。


678: 2017/05/07(日) 00:13:14.60 ID:uUcFluBP0



ケイ「ハーイ。アッシー久しぶりね!」



ブラックプリンスが来ると同時にサンダース御一行も聖グロに来た。

プラウダ高校に続いてまた親善試合をするわけだ。

試験運用としては丁度いいが、日程を詰めすぎじゃなかろうか?



アッサム「そ、その呼び名はちょっと…」

オレンジペコ「あはは…まるでアシスタントみたいですね」

ケイ「おっ、ペコタローも元気かい?」

オレンジペコ「なっ、ペコ太郎って言わないでください…!」

ケイ「あははっ! 元気元気。良いねぇ~」



人のことを言えたものではないが、ケイさんもまた色んなあだ名を付けたがる人のようだ。

ただ、まさか彼女から"ペコタロー"なんてあだ名が出てくるとは思わなかった。

思うことは皆同じなのだろうか?

そしてアッサムさんにつけられた"アッシー"というあだ名は本質を突いている。


679: 2017/05/07(日) 00:14:54.16 ID:uUcFluBP0

オレンジペコ「私のことをペコ太郎って言って良いのは絹代様だけです」

ケイ「おぉ?」

ヴェニフーキ「…」

オレンジペコ「なので他にするか、オレンジペコと呼んでほしいです」

ケイ「んー、そっかぁ。じゃぁどうしようかなぁ…」

オレンジペコ「むぅ…」

アリサ「…年下は辛いよね、色々イジられるから」

オレンジペコ「ええ…」



申し訳ない。可愛いからついついいじりたくなるんだ。

特にペコに至っては顔を真っ赤にする"むっつり屋"なのでなおのこと。

…しかしやけに食い下がったな? そんなにペコ太郎というあだ名が気に入ったのだろか。

何にせよ許可を頂けたことだし、これからは遠慮なくそう呼ばせてもらおう。西絹代の時に。


680: 2017/05/07(日) 00:19:32.36 ID:uUcFluBP0

「Hello. 初めて見る顔だな」

ヴェニフーキ「初めまして。先日転校したヴェニフーキと申します」

ナオミ「そうか。私はサンダース副隊長のナオミだ。よろしく」

ヴェニフーキ「こちらこそ。宜しくお願い致します」



サンダースにはサンダースでまた怖い人がいる。

シャーマン・ファイアフライの砲手・ナオミさんだ。

寡黙な方ではあるが、華さんやノンナさんと並ぶ射撃の名手であり、サンダースには珍しい"職人気質"を感じさせる方だ。

その鋭い観察眼と洞察力で私の正体が見抜かれてしまわないか心配だ…。



ナオミ「…奇遇だな」

ヴェニフーキ「奇遇?」

ナオミ「17ポンド」

ヴェニフーキ「…ああ。ナオミさんのファイアフライも17ポンド砲でしたね」

ナオミ「使い心地はどうかな?」

ヴェニフーキ「気難しいですね。砲撃音も噴煙もかなり目立ちます」

ヴェニフーキ「砲弾も大きいので装填に時間がかかります」

ヴェニフーキ「しかし、それらの対価に見合った仕事をしてくれる」

ヴェニフーキ「…このような長所短所が明確なものは、使ってて安心できますね」

ナオミ「違いない」



『いっつもチーム別で戦ってるから、たまにはくじ引きでチーム決めましょう!』

というケイさんの提案で、今回は"くじ引き"でチームを決めた。

つまり聖グロもサンダースもごちゃ混ぜの状態だ。

その結果、こうやってナオミさんと私が17ポンド砲を同じ方角に向けて並んでいる。




ヴェニフーキ「ただ、撃つのは私ではなく、モームさんですけどね」

モーム「…」

ナオミ「おや? アンタは撃たないのかい?」

ヴェニフーキ「ええ。車長ですので」

ナオミ「…そうか」



…露骨に残念そうな顔をされた。

それもそのはず。こんなやり取りの後に『あ、私は撃ちませんよ?』となれば誰でもガクッ!となるだろう。

ナオミさんには申し訳ないことをした。


681: 2017/05/07(日) 00:26:38.33 ID:uUcFluBP0


アッサム『17ポンド砲さん、そちらに行きましたわよ。用意はよろしくて?』

ヴェニフーキ「こちらはいつでも」

アッサム『あっ…あなたも17ポンド砲でしたわね…』

ナオミ『オーケイ。アンタの言う17ポンド砲は私だろう? 準備はとっくに出来てる』



くじ引きの結果というものは理不尽で、アッサムさんも味方だ。

17ポンド砲2門で聖グロの隊長もいるという、あまりに偏った編成である。


アッサムさんは別の地点で待機しており、敵車両が接近したら攻撃をする。

そうすると敵さんはアッサムさん達を側面から叩くために迂回をする。

私たち17ポンド砲は丘の上から見下ろし、迂回車輌の横っ面を殴る形で待ち構える。

ナオミさん曰く、動き回るよりじっと獲物を待つ方が性に合うとのことだ。



ヴェニフーキ「目標、マチルダ歩兵戦車」

ヴェニフーキ「撃て」


ズガァァァァァァン!!


ナオミ『おやおや元気がないな? 随分手前で落ちてしまったぞ』

ヴェニフーキ「案の定、気難しい砲ですね」

モーム「…」



もちろん事前に射撃練習はしたが、何しろ砲手のモームさんを始め、他の搭乗員は戦車道履修者ではなく、"数合わせ"として動員された人たちだ。

こと遠距離射撃は一朝一夕で身につくようなものではない。ましてや17ポンド砲という癖のある大砲ならば尚の事。


そんなことを考えていると似たような砲撃音が右隣から聞こえた。ナオミさんが撃ったのだ。


682: 2017/05/07(日) 00:29:52.85 ID:uUcFluBP0

ヴェニフーキ「お見事です」

ナオミ『少しズレたか…』

ヴェニフーキ「えっ?」

ナオミ『砲塔側面を狙ったつもりが下にブレた』



彼女の砲撃は見事にマチルダ歩兵戦車の車体側面を射抜いた。

しかし、ナオミさんはこの結果には満足していないようだ。

曰く砲塔を狙ったが若干逸れたようで、狙った場所に行かなかったようだ。

狙撃の名手であるナオミさんですらこのような結果となるのだから、17ポンド砲が如何に扱いづらい代物かよくわかる。


そうしている間にガコンとこちらの装填が完了した。

装填が終わったなら終わったで声をかけるべきだが、装填手であるグリーンさんは無言だった。

というより、他の搭乗員からも会話が無い。小説部だからなのか?



ヴェニフーキ「グリーン様」

グリーン「何でしょう?」

ヴェニフーキ「装填が完了したら『装填完了』とお声掛け頂けますか?」

グリーン「失礼。以後そのようにします」

ヴェニフーキ「お願いします」



その後もモームさんが2発撃ったが、少しずつ標的には近づいてはいるものの、命中弾は無い。

だが、意外にも彼女は焦ることも苛立つこともなく、淡々と砲手としての役目を全うする。

ナオミさんやノンナさんのような砲手向きなタイプであることは確かだ。

…全く発言をしないので、考えがわからないのが残念だが。


683: 2017/05/07(日) 00:32:01.48 ID:uUcFluBP0

ナオミ『チッ…』


対してあちらからは無線越しにナオミさんの苛立ちが伝わてくる。

こちらの事情を考慮してくれているので、表立って苦言を呈することはないが、こうも"無鉄砲"だと職人気質の彼女としては黙っていられないのだろう。

クチャクチャとガムを噛む音が聞こえるが、これではガムじゃなく苦虫を噛み潰しているみたいだ。


…そうだな。



ヴェニフーキ「モームさん、私に代わってください」

モーム「…」コクリ

ヴェニフーキ「車長はグリーン様、お願いします」

グリーン「了解」



結局こうなった。

私が砲手、装填手にモームさん、そして車長にグリーンさんといった変更だ。



モーム「装填、完了」



なるほど。モームさんはこんな声をしているのか。


684: 2017/05/07(日) 00:33:16.00 ID:uUcFluBP0

ヴェニフーキ「目標。M4シャーマン」


カチッ

ズガァァァァァァン

ズガァァァァァァン



距離にして650mだろうか。

砲塔を狙ったつもりなのにえらく外れてしまった。

だが、何とか車体側面の下の方をぶち抜いて走行不能にすることが出来た。

これでナオミさんの機嫌も少しは良くなるだろう。



ナオミ『………チッ』



…そんなことはなかった。

今度は一体どうしたと言うのだ?


685: 2017/05/07(日) 00:39:44.81 ID:uUcFluBP0


ナオミ『Hey ガンナー、腕を上げたな。私のオンナを寝取るなんていい度胸だ』

ヴェニフーキ「…」



寝取るだなんて言って下さるな。私はダージリン一筋だ。


…もう一度撃破したM4シャーマンを見ると、砲塔側面にもう1つ被弾痕がある。

私が当てたのは履帯や転輪の隙間から見える車体下部の側面だ。

なので砲塔のそれはナオミさんによるもの。

要するにあのM4シャーマンはカンカンと立て続けに被弾したわけだ。

で、私の方が若干早かったためにナオミさんの獲物を横取りするという結果になったと…。



ヴェニフーキ「申し訳ありません。ナオミさんのものとは知りませんでした」

ナオミ『おや、今度はヴェニーの番かい?』

ヴェニフーキ「ええ。キューポラから眺めていたら何だか私も撃ちたくなったものでして」

ナオミ『…面白い』



その後も丘の上からの狙撃は続いた。

言わずもがな私はナオミさんには遠く及ばないが、当たる時は当たってくれた。

凄いのはナオミさんで、これだけ癖のある砲にもかかわらず、自分の手足のように使いこなし、ポンポンと的を射抜く。

それは文字通り職人技といえよう。


686: 2017/05/07(日) 00:42:40.33 ID:uUcFluBP0

ナオミ『やったぞヴェニー。砲塔ど真ん中だ』


ナオミ『ホイールを飛ばした。トドメはヴェニーが刺しな』


ナオミ『焦るなヴェニー。もう少しで当たる。よーく的を絞るんだ…!』



…などなど、サンダース生らしくだんだん陽気になっていくのがこちらにも伝わってくる。

私は彼女からの指導に相槌を打ちながら17ポンド砲を放つ。

さすがにナオミさんのように上手くは行かないが、それでも以前よりは命中率が上がった。

そのやり取りはまるで師匠と弟子のようだ。


これは憶測だが、ナオミさんは自分と同じ砲を扱う者が現れて嬉しかったのかもしれない。

大量の戦車を保有するサンダースだが、その中で17ポンド砲を扱うのは彼女ひとりだけ。

母体となる戦車は同じでも、搭載する砲が違えば弾も違うし、扱い方も大きく異なってくる。

その上モームさんが散々苦労したように、癖のある17ポンド砲で遠距離を狙うのはかなり難しい。

そういった事情ゆえに、他のサンダースの人たちとは根本的に運用思想が違ってくる。

知波単の隊長として様々な戦車砲を撃つ機会に恵まれていた私は、辛うじて成果を挙げれたが、そうでないならば相当の訓練を要するだろう。

そういう意味でサンダースにおける一匹狼だった彼女は、ようやく仲間を見つけたのかもしれない…。


687: 2017/05/07(日) 00:44:31.47 ID:uUcFluBP0


【試合後】


ケイ「やっぱナオミがそっちにいると手強いねー!」

アッサム「む。私たちはお役に立てなかったとでも?」

ケイ「あはは。そんなわけないじゃん!」

アッサム「そのように聞こえましたわ」ムスッ

ケイ「あははっ! 怒らない怒らない。アッシーの巧みな誘導があってこそ、ナオミの狙撃が活かせたんだから!」

アッサム「…そうですの?」

ケイ「ええ。しまった! ってなった時には遅かったよ。ナオミにハート奪われちゃった!」アハハッ

ナオミ「隊長、アンタのハート奪ったのは私じゃないぞ」

ケイ「あれそうだっけ? でもあの音はナオミのだったよ?」

ナオミ「ヴェニーも17ポンド砲だ」



688: 2017/05/07(日) 00:46:56.28 ID:uUcFluBP0

ケイ「ヴェニー?」

ナオミ「そうだろ? ブラザー」

ヴェニフーキ「ええ。僭越ながら、ケイさんの砲塔は私が頂きました」

ケイ「お、初めましてかな?」

ヴェニフーキ「ご挨拶が遅れました。ヴェニフーキです。普段はブラックプリンスの車長ですが、今日は砲手を努めておりました」

ケイ「ほほう! 新しい人かぁ!」

アッサム「期待の新人でしてよ」フフッ


ナオミ「ちなみにアリサは私とヴェニーで仕留めた」

アリサ「あ、アンタ達寄ってたかって蜂の巣にするなんてアタシに何か恨みでもあるの!?」ガクガク

ケイ「おー、アリサにもとうとうモテ期が来たかー!」HAHAHA

アリサ「こんなモテ期嬉しくありませんっ!!」

ケイ「それに、ウチのナオミにもようやく仲間が出来たわけだね!」

ナオミ「ああ。同じチームでないのが残念だ」

ヴェニフーキ「次お会いする時はナオミさんの胸を借りるつもりで挑もうと思います」

ケイ「ナオミので良いの? あんまりおっきくないよ?」アハハハ

ナオミ「サイズじゃない。形だ」

アハハハハハッ


689: 2017/05/07(日) 00:54:41.96 ID:uUcFluBP0


ナオミ「まぁ、私の後継はアリサに任せるよ」

アリサ「うぇぇっ!?」

ケイ「ちょっとナオミ! アリサは私の跡継ぎをしてもらうんだからねー!」

ナオミ「隊長の跡継ぎをしながら私の跡継ぎもすれば良いだろう」

アリサ「そっ、そんな二つもいっぺんに出来るわけないじゃない!!」

ケイ「んー、じゃぁ私の跡継ぎだねー」

ナオミ「おやおや、アリサは罪な女だ。また私と隊長との三角関係を作りたがってる」

アリサ「笑えないわよそんなジョーク!!」



どうやらサンダースでも後継者争い(ただし争うのは引き継がせる側)が起きているようだ。

どこの学校でも次世代への引き継ぎには苦労しているのだろう…。

私はまだ2年生だが、今のうちに後継者育成をしっかりしておいた方が良いかもしれない。

頑張れよ、福田。


にしても、もしケイさんの言う通りなら、アリサさんが次期サンダース隊長となるわけだ。

元々彼女はナオミさんと共に副隊長を務める人物だけに、サンダース内での評価は高いはず。

しかし、対するナオミさんもまた、シャーマン・ファイアフライを次の人へ託したいので、その候補としてアリサさんを選んでいるようだ。

アリサさんはじっと獲物を待つタイプではなさそうだけど。

ふむ…


690: 2017/05/07(日) 00:57:05.63 ID:uUcFluBP0


ヴェニフーキ「アリサさん」

アリサ「ひぃっ!? な、なによぉ…」オロオロ

ヴェニフーキ「戦車をボーイフレンドだと思って見てください」

アリサ「ぼ、ボーイフレンドぉ?!」

ヴェニフーキ「確か、ペプシでしたっけ?」

ナオミ「タカシだな」

ケイ「タカシだね」

アリサ「どーやったらそんな間違いすんのよっ!!」



アリサさんに"タカシ"という彼氏(?)がいることは割と有名な話だ。

というのも、大洗女子のウサギさんチームを筆頭に、恋愛話が好きな女子の間で話題となっている。

当の本人がアリサさんのことをどう想っているのかはわからないが、まま頑張ってほしい。


691: 2017/05/07(日) 01:02:07.86 ID:uUcFluBP0

ヴェニフーキ「M4シャーマンの主砲が彼の普段の"アレ"」

アリサ「へっ?」

ヴェニフーキ「こっちのファイアフライの主砲は、アリサさんの裸を見た時の彼の"アレ"」

アリサ「なっ!!//////」


ヴェニフーキ「どっちが魅力的ですか?」


ナオミ「ふむ」

ケイ「わーお! ヴェニーったら大胆!」

アッサム「べべべヴェニフーキ、そそそういうのはッ…!!///////」プシュー

オレンジペコ「はぁぅぅ………///////」カァァァ



………どうやら私もサンダースに毒されたようだ。今までに無いくらい下品なやり取りだ。

私にもダージリンにも"アレ"は無いのでそのへんの事情はよくわからん。

しかし、アリサさんの反応からすると、やっぱりそういうものらしい…。


そしてペコはともかくアッサムさんが額まで真っ赤にしているのが意外だった。

プシューという音を立てて煙が出ている。額で目玉焼きが作れそうだ。


692: 2017/05/07(日) 01:03:20.57 ID:uUcFluBP0

ナオミ「HAHAHA! ナイスな例えだヴェニー。こっちまで"おったっち"まいそうだ」

ケイ「ちょっと! 大きけりゃ良いってもんじゃないんだからねっ!」

ナオミ「おや? "経験者は語る"かな?」

ケイ「私はまだヴァージンよっ!!」

アッサム「っぅぅぅ………////////」プシュー



アメリカン・ジョークと言うものなのか知らんが、私達はなんちゅー会話しとるんだ。


…まぁ、トラブルも無く過ごせて安心した。

私もブラックプリンス(というより17ポンド砲)の扱いに慣れてきたし、自分とは最も遠くて無縁な存在だったナオミさんとも交流を深めることが出来た。

ただ、プラウダ高校の時と同じように、出来ることならヴェニフーキとしてではなく、西絹代として関わりたかった…。それだけが心残りだ。


693: 2017/05/07(日) 01:04:48.21 ID:uUcFluBP0


【同日夜 ヴェニフーキの部屋】


ヴェニフーキ「お疲れ様です。私です」

アールグレイ『お疲れ様。ヴェニフーキ』

ヴェニフーキ「今日はサンダースと親善試合を行いました」

アールグレイ『そう。どうだった?』

ヴェニフーキ「ええ。ナオミさんという方、サンダースの名手なのですが、直々のご指導を頂いてなかなか勉強になりました」

アールグレイ『それは良かったわね』

ヴェニフーキ「本当に狙撃手という言葉が似合うように、遠方の動く戦車を次々に射抜きます」

ヴェニフーキ「私もあのように上手く行けばと思うのですが、17ポンド砲は扱いが難しいですね」

アールグレイ『仕方ないわ。威力を取るか、軽さを取るかのトレードオフですもの』



今日は本当に有意義な一日を過ごすことができた。

こういう機会でもなければまず関わることがないナオミさんと仲良くなれた。

もっともっと17ポンド砲について色々教えて頂きたいくらいだ。


ようやく聖グロの環境にも慣れてきて、少しずつこちらの生活が楽しくなってきた。

知波単学園には及ばないけど、住めば都というものだろう。

それだけにダージリン………あっ!!


694: 2017/05/07(日) 01:06:24.26 ID:uUcFluBP0

アールグレイ『…思い出したようね』

ヴェニフーキ「私としたことが………」

アールグレイ『あなた…学園生活を楽しむことが目的で聖グロに来てるわけじゃないのよ?』ハァ...

ヴェニフーキ「不覚です」

アールグレイ『あの子が聞いたら激怒するわよ』

ヴェニフーキ「そうですね。ツネられるだけじゃ済まなさそうです」

アールグレイ『私がダージリンだったら…そうね…身ぐるみ剥がして火あぶりにしちゃうわね』

ヴェニフーキ「助平」

アールグレイ『うるさいわよ。…それで、何か変わったことは無かったかしら?』

ヴェニフーキ「そうですね…。特に変わったことはないと思います」

アールグレイ『そう…』

ヴェニフーキ「ただ、ブラックプリンスの乗員としてご一緒させていただいた方々」

ヴェニフーキ「小説部の皆さんですが、その中に砲手をやっていt


アールグレイ『待ちなさい』


ヴェニフーキ「えっ…?」

アールグレイ『今、小説部と言った?』

ヴェニフーキ「はい」

アールグレイ『………』

ヴェニフーキ「それが何か?」




アールグレイ『ここからの会話、イエスなら"はい"、ノーなら"ええ"と答えなさい。それ以外は答えるな』




ヴェニフーキ「えっ…」

アールグレイ『聞こえた?』

ヴェニフーキ「はい」



小説部と言った直後にアールグレイさんの声色が変わった。

一体どういうことだ?

嫌な予感がするので、そのまま彼女の指示に従うことにした。


695: 2017/05/07(日) 01:07:43.94 ID:uUcFluBP0


アールグレイ『その小説部の人たちは、あなた自身のことやダージリンに関する質問をしてきた?』

ヴェニフーキ「ええ」

アールグレイ「…」

アールグレイ『小説部の部長さんはいた?』

ヴェニフーキ「はい」

アールグレイ『その人のニックネームは"グリーン"?』

ヴェニフーキ「はい」

アールグレイ『………』




アールグレイ『今日着た服を調べなさい。すぐに!』




ヴェニフーキ「!」




私は彼女に指示されるまま今日着ていた服をくまなく調べた。

まず制服は何も無かった。


だが………












    ジャケットには盗聴器がついていた







698: 2017/05/07(日) 20:47:08.63 ID:NK/2mmnb0

ヴェニフーキ「………」

アールグレイ『どうかしたの?』

ヴェニフーキ「………"汚れて"ますね…?」

アールグレイ『…あらあら。今日の汚れは今日のうちに綺麗にしなさい』

ヴェニフーキ「そうですね。クリーニングに出さなければ」

アールグレイ『汚れたままの服を着るのは淑女としてあるまじき行為よ?』

ヴェニフーキ「はい。まだ間に合うでしょうから、クリーニングの手続きをしてきます」

アールグレイ『わかりました。ではまた後で』



会話を聞かれていると知ったので、言葉を濁してアールグレイさんにそれを伝える。

そして言いつけ通り、"汚れた"服をクリーニングに出した。

…しかし、聖グロは怪しいと思ったら身内にもこんなことをするのか。プライバシーも何もあったもんじゃない。


服を預けた後にアールグレイさんへ電話をかけ直した。


699: 2017/05/07(日) 20:51:12.14 ID:NK/2mmnb0

ヴェニフーキ「お待たせしました。なんとか汚れが落ちてくれました」

アールグレイ『ええ。良かった。…それで、わかってるわね?』

ヴェニフーキ「はい…」


アールグレイ「これからは今まで以上に警戒なさい」


ヴェニフーキ「…っ」

アールグレイ『厄介なことになったわね…』

ヴェニフーキ「その部長、グリーンさんというのは…」

アールグレイ『GI6よ』

ヴェニフーキ「…やっぱり」



― 正式名称は"聖グ口リアーナ女学院・情報処理学部第6課"

― 我が校の"情報処理学部"の一つよ


前にダージリンに教えてもらったことがある。

地図作成、プログラミング、数学、暗号の作成及び解読…。"情報処理"学部だけに、情報に関する分野に特化した学部で、あらゆる情報について学ぶ学課(学科)らしい。

GI6はそのうちの1つだが、戦車道メンバーに協力して他校へ偵察も行っており、試合で有利となりうる情報を提供しているらしい。…いつぞや病院の周辺でコソコソやってたのもこいつらか。


そしてそんな連中が動き出すということは、私はもうただの生徒としては見られていないということだ。

OG会なのか、その内通者なのかはわからないが、私の行動を不審に思ったが故に連中を差し向けたということになる。

アールグレイさんによると、GI6を動かす権限を持つのは、部長であるグリーンさんか、それよりも上の者。つまり学部のトップ以上となる。


情報処理学部のトップはアッサムさん…。


先日のやり取りを聞いて、彼女が"内通者"じゃないと思っていた。ダージリンの退学に関して『あなたを次期隊長として見ている』と事情を話してくれた。

そんな彼女がもしもGI6に私の身辺調査を指示したとしたら………。


700: 2017/05/07(日) 20:53:19.74 ID:NK/2mmnb0

アールグレイ『GI6があなたに近づいた事が何を意味するかは、わかってるわよね?』

ヴェニフーキ「ええ。どうやら、私は信用に値しないようです」

アールグレイ『…本当に、気をつけなさい』

ヴェニフーキ「ええ」

アールグレイ『他のメンバーは?』

ヴェニフーキ「ん?」

アールグレイ『ブラックプリンス』

ヴェニフーキ「ああ…。グリーンさんの他にはランサムさん、フレミングさん、モームさん…といった方々ですね」

アールグレイ『…』

ヴェニフーキ「もしかして…」

アールグレイ『全員、GI6の人間よ』

ヴェニフーキ「…」



諜報活動をするために潜入したら、相手の諜報部員にマークされた。

まるでスパイ映画のような展開だ。


701: 2017/05/07(日) 20:55:15.66 ID:NK/2mmnb0

ヴェニフーキ「…しかし、気をつけろと言っても私は何をどうすれば?」

アールグレイ『急に行動を変えてはかえって不自然よ。まずは普段通りに振る舞いなさい』

ヴェニフーキ「わかりました」

アールグレイ『あと、なるべく身元が判明しそうな発言は控えること』

アールグレイ『そして私を含め、誰かとコンタクトをとる前に、盗聴・盗撮が無いか確認すること』

アールグレイ『常に首謀者の手の中にいると思いなさい』

ヴェニフーキ「…。わかりました。…しかし」

アールグレイ『ん?』

ヴェニフーキ「アッサムさんはシロだったと思っていたんですけどね…」

アールグレイ『…』

ヴェニフーキ「決勝戦が始まる前、彼女は私にダージリンの事について打ち明けた」

ヴェニフーキ「もしもアッサムさんが"クロ"だとしたら、そんな真似はしないはず」




― ダージリンは"不純交遊"をするような者ではありません

― …

― 彼女は常に自分を高めるために努力を惜しまない聖グロの誇り

― 私もそう思っております

― ならば彼女についての風説が虚偽のものだとわかるはず


あの時、アッサムさんは確かにそう言った。そしてそのやり取りで、彼女が反・聖グロ派の内通者ではないと判断した。

何故なら"奴ら"はダージリンを葬る上で成績不振だの不純交遊だの、ありもしない噂をばら撒いてダージリンの評価を徹底的に落とした。

もしもアッサムさんが奴らと共謀しているなら、ダージリンを擁護なんてせず、『ダージリンには失望しました。聖グロの恥です』とでも言っただろう。


そんなアッサムさんが何故………


702: 2017/05/07(日) 20:57:09.48 ID:NK/2mmnb0

アールグレイ『…』

ヴェニフーキ「それとも、あえて私に胸中を打ち明ける"フリ"をして、私がどう出るかを伺っていたのでしょうか…」

アールグレイ『…わからないわね』

ヴェニフーキ「ええ。私もわからなくなってきました」


アールグレイ『そういう意味じゃない』


ヴェニフーキ「…えっ」

アールグレイ『仮に。 アッサムがGI6に調査を依頼したとすれば、色んな見方ができる』

ヴェニフーキ「色んな見方?」

アールグレイ『ええ。あなたが思ってるように、アッサムはあなた正体を探りに来た』

ヴェニフーキ「そうですね。ヴェニフーキと偽って情報収集しているわけですから」

アールグレイ『その"正体"というのがポイントよ』

ヴェニフーキ「…?」

アールグレイ『これはアッサムの"立ち位置"次第で全く真逆の意味を持つことになるの』


704: 2017/05/07(日) 21:05:32.79 ID:NK/2mmnb0

ヴェニフーキ「…それはどういうことでしょう?」

アールグレイ『もしもアッサムが反・聖グロ派の内通者だとしたら、あなたを邪魔者として排除することを目的に動かした』

ヴェニフーキ「ええ。そうでしょう」

アールグレイ『そして、もう一つ、彼女がOG会の"内通者でない"場合』



アールグレイ『あなたを"内通者"だと疑って動かした』



ヴェニフーキ「っ!」

アールグレイ『そもそも、今このやり取りを客観的に見てみなさい?』

ヴェニフーキ「このやり取り?」

アールグレイ『そうよ』

ヴェニフーキ「私が、アールグレイさんと電話ですか?」

アールグレイ『そう』

ヴェニフーキ「…?」


アールグレイ『突然やってきた転校生が、聖グロのOGと頻繁に電話でやり取りをする』


ヴェニフーキ「あっ…!」

アールグレイ『共謀者でない方のアッサムがそれを不審に思うのはごく自然だと思わないかしら?』

ヴェニフーキ「確かに…」

アールグレイ『…だから、"まだわからない"の。アッサムがGI6を動かしたというだけでは』

ヴェニフーキ「…」

アールグレイ『私達がアッサムを白か黒か疑うように、アッサムもまたあなたを白か黒か疑っているのかもしれない』



"GI6を動かした"


アッサムさんが内通者で、私を排除しようとし始めたとばかり思っていた。

しかし、彼女が内通者じゃない場合、アールグレイさんの言う通り、私を"内通者"だと疑ってGI6に調査を依頼したという見方も出来る。

アッサムさんの目的はまだわからないが、厄介なことになったという点だけは間違いないだろう…。


705: 2017/05/07(日) 21:10:10.74 ID:NK/2mmnb0

アールグレイ『どちらかに絞りなさい』

ヴェニフーキ「ん?」

アールグレイ『これからの行動』

ヴェニフーキ「…?」


アールグレイ『アッサムが内通者か、そうでないか、どちらかに絞って行動を取るのよ』


ヴェニフーキ「!」

アールグレイ『アッサムに疑われていることに変わりはない。ならばアッサムがどういう目的でGI6を動かしたのかを探りなさい』

ヴェニフーキ「…GI6やアッサムさんが相手なのに随分簡単に言ってくれますね」

アールグレイ『難しく考えるとややこしくなるのなら、単純に考えれば良いのよ?』

アールグレイ『アッサムが白か黒か。前提をどちらか一つに絞って行動すれば、何かしら変化が見られる』

アールグレイ『読みがハズレなら何も起きない』

アールグレイ『アタリなら必ず"攻撃"をする』

ヴェニフーキ「!」

アールグレイ『それだけのことよ』

アールグレイ『どっちに絞るかは、あなたのやりやすい方を選びなさいな』

ヴェニフーキ「…」



・アッサムさんが共謀者だった場合

私が聖グロに肯定的な言動をすれば、連中は私を排除しようとする。あの時のダージリンのように。


・アッサムさんが共謀者でない場合

私が反体制を仄めかせば、アッサムさんがそれを断固阻止しようと動く。


だから、アッサムさんを白黒どちらか一つに絞って行動を誘発しろという。

706: 2017/05/07(日) 21:13:04.99 ID:NK/2mmnb0

アールグレイ『どちらに転がるにしろ、あなたの本当の正体が見破られた時点でお終いなのには変わりないわ』

ヴェニフーキ「…厄介事だけが増えたわけですね」

アールグレイ『気をしっかり持ちなさい。これはピンチであると同時にチャンスでもあるのだから』

ヴェニフーキ「これのどこがチャンスなんですか…」

アールグレイ『何か行動するには絶対"理由"があるのよ』

アールグレイ『それら理由を突き詰めれば、全てがわかる』

ヴェニフーキ「…」

アールグレイ『親切にもあちらから行動を起こしてくれた。このチャンスを逃しちゃダメよ?』

ヴェニフーキ「…」

アールグレイ『聞いてる?』

ヴェニフーキ「…アールグレイさん」

アールグレイ『何かしら?』

ヴェニフーキ「…実は楽しんでません?」

アールグレイ『………少しだけ、ね?』

ヴェニフーキ「今度会ったら覚えてろ」


707: 2017/05/07(日) 21:17:10.35 ID:NK/2mmnb0

アールグレイ『なっ、何よ! ちゃんと協力してるじゃない!』

ヴェニフーキ「こっちは命がけなんですよ?」

アールグレイ『わかってるわよ。私だってこっち最優先でやってますもの』

アールグレイ『相手が手強いから久々にやり甲斐を感じてるだけ』

ヴェニフーキ「本当ですかねぇ…」

アールグレイ『本当よ』

ヴェニフーキ「何しろ大学生ですからね。私が心身すり減らしている間に合コンでもやってるんじゃないかと」

アールグレイ『そんな事するわけないでしょう…』

ヴェニフーキ「しないんですか?」

アールグレイ『しないわよ。大学は勉強するところなの。そういったのは大学の外でやること』


ヴェニフーキ「誘われたりしないんですか?」

アールグレイ『なに…?』

ヴェニフーキ「合コン」

アールグレイ『…お声はかかるけど、殿方たちの下心がミエミエだからお断りしているのよ』

ヴェニフーキ「実際は?」

アールグレイ『………これ以上言うと電話越しにパンチするわよ! とにかくあなたは警戒を強めなさい! いいねッ!!』

ガチャン!!!



…図星か。

並外れた洞察力持ってるのに、どうしていい男を探す力は弱いんだろうか。

性格に問題があるからなのかな。


何にせよ、こうなったからには今まで以上に神経を張り詰めないといけない。

アッサムさんが白か黒か絞る…どっちを選べばいいかなんて最初からわかってるよ。


708: 2017/05/12(金) 19:12:07.83 ID:ccGBYGMV0


【翌日 聖グロ 練習場】



ヴェニフーキ「よく狙って」

ヴェニフーキ「焦らず照準線を合わせて」


カチッ

ズガァァァァァァン!!


ヴェニフーキ「お見事。命中です」

モーム「…」

ヴェニフーキ「命中率が上がってます。その調子」

モーム「…」



変に警戒しては逆に怪しまれるというのだ。ならば普段通りにすれば良い。

…ということで私はブラックプリンスの砲手となるモームさんに射撃の指導をしている。

彼女は終始無口ではあるが、やはり砲手には向いているようで、どんどん知識を吸収して射撃の精度を向上させている。

小説部も良いかもしれないが、戦車道でもその実力を開花させることが出来そうなので、本格的に始めてみたら良いのにと思う。


709: 2017/05/12(金) 19:14:47.01 ID:ccGBYGMV0

グリーン「彼女は口数は少ないですが、腕は確かですよ」

ヴェニフーキ「そうですね。先日のナオミさんやノンナさんとよく似ています」

グリーン「読書は得意なので、インプットは得意ですが、なにしろ人とコミュニケーションをとるのが苦手な人が多いのでアウトプットがなかなか…」

ヴェニフーキ「会話もある種の慣れ…でしょうか」

グリーン「慣れ?」

ヴェニフーキ「かくいう私も意思疎通が苦手でして」

グリーン「そうなんですか」

ヴェニフーキ「私はこんなですから、最初はオレンジペコやローズヒップだけでなく、アッサム様にまで怖がられていました」

グリーン「…」

ヴェニフーキ「ですが、私という人物を理解して下さったのか、徐々に打ち解けてくださいました。とてもありがたい事です…」

グリーン「そうなんですね」

ヴェニフーキ「いきなりそうしろというのは難しいですが、少しずつ積み重ねていけばいずれ成果は出る。と私は思っています」

グリーン「なるほど…」ガコン


ズガァァァァァァン!!!!


ヴェニフーキ「命中です」



こうやって戦車道に関してやっている分には問題ない気がする。

モームさんも無口だが、根は悪い人ではなさそうだし、グリーンさんもまた然り。

彼女たちがGI6でなければ

西絹代として接することができれば

きっと仲良くなれたのに…。


710: 2017/05/12(金) 19:17:47.70 ID:ccGBYGMV0

アッサム「ブラックプリンスの乗り心地はいかがですの?」

ヴェニフーキ「順調です。モームさんも少しずつ命中するようになりました」

モーム「…」

フレミング「私もまだ言伝くらいしかできませんが、通信手が何なのかわかってきました」

ランサム「アクセルをベタ踏みしても自転車程度の速度しか出ないので、操縦はわりと楽でした」

グリーン「装填は…思ったより腰に来ますね。ははは」

ヴェニフーキ「…という具合に皆さん戦車を楽しんでおられます」

アッサム「そのようですね。ブラックプリンスが実用化確実に我が校の戦力は向上します」

ヴェニフーキ「ええ。モームさんや皆さんの腕次第です」

アッサム「あなたもですよ。ヴェニフーキ」

ヴェニフーキ「私は本でも読みながら過ごしましょう」

アッサム「ふふっ。一体どんな本を読むのかしら?」

ヴェニフーキ「"パワハラ上司の潰し方"、"職場いじめ対策マニュアル"など」

アッサム「」

GI6「…」


アッサム「………ヴェニフーキ。…その、今度ゆっくり腹を割ってお話しましょう?」

ヴェニフーキ「冗談です」

アッサム「あっ、あなたの冗談は冗談に聞こえませんのよ! もっと笑えるジョークを考えなさい!」

ヴェニフーキ「そうですね。また面白いのを考えておきます」

アッサム「全くもう…」

グリーン「………」



なにしろ、盗聴器をつけられたわけだからなぁ。

いじめとかパワハラといったレベルを超えている。

"ストーカー対策"というべきだろう。

アッサムさんがどちら側の人間かは知らないが、助平なのは確かだ。

…聖グロには助平しかいないのかな?

711: 2017/05/12(金) 19:19:16.70 ID:ccGBYGMV0


アッサム「そうそう。もう一つあなたに伝えて置かなければなりません」

ヴェニフーキ「何でしょう」

アッサム「明日から、またお客様がいらっしゃいます」

ヴェニフーキ「親善試合ですか?」

アッサム「ええ。連日のお招きとなりますが、私達にとってはまたとない実践的な練習でしてよ」

ヴェニフーキ「お相手は?」








アッサム「知波単学園ですの」



712: 2017/05/12(金) 19:26:24.53 ID:ccGBYGMV0



とうとう来てしまった。



"西絹代"は聖グロへ短期留学していると伝えてある。

つまり、ここには西絹代がいないとおかしい。

しかし、その女はここには存在しない。そもそもこの世に存在しない。

私は今は"ヴェニフーキ"として何もかも偽って生きているから。


そもそも、知波単学園はつい先日、私がまだ西絹代だった時にお相手したはずだ。

ダージリンを失ったと知る前に…。

何故アッサムさんは………



もしかして私の正体に気付いたのか!?



713: 2017/05/12(金) 19:29:15.42 ID:ccGBYGMV0

アッサム「あの時はダージリンが脱退されてから間もなかった」

ヴェニフーキ「…」

アッサム「まだあなたが来る前ですし、私も隊長になったばかりでチーム統率も取れておらず、あっさりと破れてしまった」

アッサム「…しかし、私もようやくチームをまとめられるようになって来ました。それに今はあなたもいます」

ヴェニフーキ「…」

アッサム「だから…」

ヴェニフーキ「…」



ヴェニフーキ「知波単学園は、強いですよ?」



アッサム「心得てますわ。だからこそお相手願いたいのです」

ヴェニフーキ「…」

アッサム「大会の時にその強さを改めて実感しました」

アッサム「そして同時に…」



アッサム「チームを変えるのは今からでも決して遅くはない」



ヴェニフーキ「…」

アッサム「…彼女から教わりました」


714: 2017/05/12(金) 19:32:18.32 ID:ccGBYGMV0


確かに私は"突撃だけ"の知波単学園を変えることができた。

だからこそ、あの時ダージリンに勝つことができた。

全国大会で優勝した大洗をも破る豪腕のダージリンに………


もちろんチームを変えるのは簡単じゃなかった。

伝統である突撃を禁ずると発した瞬間には仲間たちから"裏切り者!"と言わんばかりに非難轟々だった。

それでも戦車道を失うまいと私は氏に物狂いだった。


ダージリンは命をかけて聖グ口リアーナ女学院を守った。

だから最強の大洗にも勝てる。

私は命をかけて知波単学園を変えた。

だからダージリンに勝てた。



アッサムさん、あなたにそれが出来るの?

チームや仲間を守るために氏ぬ覚悟はあるの?


715: 2017/05/12(金) 19:34:50.98 ID:ccGBYGMV0

ヴェニフーキ「なるほど。チームを変えると」

アッサム「ええ」

ヴェニフーキ「面白い。練習試合などと言わず全力でお相手しましょう」

アッサム「随分張り切っているのね」

ヴェニフーキ「ええ」

ヴェニフーキ「何しろ、ダージリン様を打ち負かした相手ですので」

アッサム「…そう、ですわね」

ヴェニフーキ「あの時の屈辱を晴らせるよう、当日まで練習しましょう」

アッサム「そうですね。明日までまだ時間はありますから今のうちに」

ヴェニフーキ「…明日?」

アッサム「ええ」

ヴェニフーキ「…」

アッサム「?」




716: 2017/05/12(金) 19:40:16.81 ID:ccGBYGMV0

【vs 知波単学園】



アッサム「ようこそ。聖グ口リアーナ女学院へ」

玉田「本日はお招き感謝いたしますセイロンさん!」

アッサム「っぐ…ですから私はアッサムだと…!」ワナワナ

玉田「あっ、し、失礼しましたっ!!」アセアセ

オレンジペコ「あはは…本当によく間違えられるんですよね…」

アッサム「わ、笑い事ではありませんのよ!」


もうセイロンで良いじゃないかと思うくらい尽く間違えられる。

私のカンが当たればあと3回は間違えられるだろう。


私は今アッサムさんやペコと並んで知波単の皆を出迎えている。

正体がバレてしまう危険もあるが、それを懸念してこそこそしている方がかえって不自然でもある。

それに、久々に会う仲間たちの顔を見ておきたかったというのもあるんだ。

『久しぶりだなお前たち! 元気にしてたか?』と言いたくなるのを必氏にこらえ、"お客様"をお迎えする時のようにしかめっ面で仲間たちを迎える。



…知波単学園で思い出したが、ダージリンの退学を知ったあの日に私はペコに牙を剥いた。

だから本来なら知波単学園、もとい西絹代には二度と会いたくないと思ってもおかしくはない。

しかしペコはこうやって私やアッサムさんの横に並んで知波単の皆を出迎えている…。



717: 2017/05/12(金) 19:43:56.92 ID:ccGBYGMV0


細見「あれ、アッサム殿、我々の隊長は?」

玉田「そういえば、見当たりませんな…?」

アッサム・ペコ「えっ?」

細見「確か、西殿がこちらに留学をされたとのことですが…」

オレンジペコ「…」

アッサム「いいえ、そのような連絡は来ておりませんが?」

細見・玉田「えっ!?」

アッサム「???」


ヴェニフーキ「もしかして、『聖グロ』ではなく『西グロ』では?」


細見「西グロ…?」

ヴェニフーキ「西呉王子グローナ学園、略して"西グロ"」

ヴェニフーキ「名前だけでなく校風もよく似た学校ですので、時たま我が校と間違えられます」

アッサム「確かに…」

細見「なるほど。そうかもしれません」



幸い西グロは聖グロの"模造品"と言って良いほど、名前も校風も制服もソックリだからこういった時に誤魔化しがきく。

もっともそんな模造品に"本物"であるダージリンを放り込んだことについては、今でも申し訳ないと思っているけれど。

とりあえず何とか煙に巻くことができたので良しとしよう。

徹夜で言い訳を考えた甲斐があった。


だがお前たち、もう少し人を疑うことを覚えた方がいいぞ。

何でもかんでもホイホイ信じ込みおって…。



そしてアッサムさんの反応を見るに、私はまだバレてはいないようだ。


718: 2017/05/12(金) 19:49:01.82 ID:ccGBYGMV0


細見「しかし隊長殿、留学なんかして大丈夫なのでしょうか…」

玉田「確かに。今更ではありますが不安であります」

オレンジペコ「あはは。絹代様は英語が苦手と申していたので、苦労なさっているかもしれませんね」

細見「いえ…それが………」

オレンジペコ「?」


細見「英語どころか数学も赤点ギリギリですし、世界史も"間一髪だった"と申しておりまして…」ハァ...


玉田「隊長殿は戦車道に関しては超一流を誇る"軍神"なのですが、勉強に関しては"からっきし"なのであります。困ったものです…」ハァ...


福田「まさに弁慶の泣き所であります…」ハァ...


オレンジペコ「あはは…」

アッサム「確かに、熱心に勉強をされるような方では無さそうですわね…」

玉田「戦車道への情熱を少しでも勉強に向けて下されば…」

細見「隊長が赤点ギリギリでは示しがつきませぬ…」

ヴェニフーキ「…」



き、貴様ら…!

本人不在と思って本人のいる前で適当なこと抜かしおって…!

ここ最近の試験ではしっかり平均点以上取ってるんだからなっ! 嘘じゃないぞ!!

戦車道の練習の傍ら寝ずに必氏こいて試験勉強もやってたんだからなぁぁ!!!


お前たちこそ試験の結果はどうなんだと問い詰めたいほどだ。

特に玉田!! お前が英語7点取ったことは知ってるんだぞ!

…まぁ英語が壊滅的なのは玉田に限った話ではないが。


とにかく! 人前でデマこいたことは絶対に許さんからな!!

私が帰ったら覚えとけっ!!!


719: 2017/05/12(金) 19:53:52.10 ID:ccGBYGMV0

アッサム「本日の練習試合に関し、皆様にお願い事がございます」

玉田「何でしょう?」

アッサム「聖グロは現在新たな体制を構築している次第です」

アッサム「ですので、練習試合などと仰らず、知波単学園の全てをぶつけて下さい」

玉田・細見「!!」

アッサム「私達はかつてあなた達に大敗を喫した」

アッサム「なので、ここで手加減をされてはお互い何も得るものがありません」

アッサム「どうか、皆さんの持つ最高の戦術をもって全力でお相手頂きたい」

玉田「…」

細見「…」




玉田「元よりそのつもりです!」



アッサム「!」

玉田「練習試合とはありますが、せっかくこのような場を用意して頂いたのです」

玉田「それ故、手を抜くような真似をするのは無礼と心得ております」

玉田「我々知波単はいつでも全力で挑む者です!」

アッサム「ありがとうございます」

ヴェニフーキ「…」





成長したな。お前たち


720: 2017/05/12(金) 20:05:37.66 ID:ccGBYGMV0

ヴェニフーキ「良い心構えです」

玉田「ええ! 知波単ですk


ヴェニフーキ「では、負けたら知波単学園は解散し、我が校の一部になってもらいます」


玉田「なっ!!?」

細見「どういうことですかッ!」

オレンジペコ「ヴェニフーキ様…?」

アッサム「冗談が過ぎますわよヴェニフーキ…!」


ヴェニフーキ「…というくらいの覚悟で挑んで下さい」

玉田「…」

細見「…」

ヴェニフーキ「我々も、"負けたら廃校"というくらいの覚悟で挑みましょう」

ヴェニフーキ「全力で挑むとは、それくらいの覚悟があって初めて成せるもの」

玉田「…」

ヴェニフーキ「隊長はご不在なので、どうでも良いと思っているかもしれません」

ヴェニフーキ「…しかし、あなた方が我々の前に立つ以上」


ヴェニフーキ「それが知波単学園の顔」


ヴェニフーキ「あなた方の恥は知波単の恥」


ヴェニフーキ「我々は本気でお相手致しますので、隊長の顔に泥をることないよう氏ぬ気で頑張って下さい」


アッサム「ヴェニフーキっ!!」

ヴェニフーキ「…」

玉田「…」

細見「…」

ヴェニフーキ「それでは皆様、試合を楽しみにしております」

ヴェニフーキ「努々、知波単の名を汚されることなきよう」



姿形を偽っているとはいえ、仲間たちにかつてこれほどまでに冷淡な言葉を投げかけたことがあっただろうか…。



721: 2017/05/12(金) 20:06:12.97 ID:ccGBYGMV0













「わ、我々はどんなことがあろうと絶対に逃げたりしないのでありますっ!!!」











722: 2017/05/12(金) 20:09:32.58 ID:ccGBYGMV0

ヴェニフーキ「…」

福田「あ、あなたが何を言いたいのかはよく存じ上げません」

福田「しかしっ! わっ、我々は知波単学園の戦車乗りとして、いかなる相手にも臆すこととなく立ち向かうのでありますっ!!!」

ヴェニフーキ「足が震えていますよおチビさん」

福田「む、武者震いでありますっ!!!」

ヴェニフーキ「…」

細見「福田の言う通り! 我々はたとえ戦い方が変わろうと、勝負に真正面から挑む姿勢は未来永劫変わりませぬ!」

玉田「我われ知波単に通れぬ道など存在しません! どんな道でもこじ開けて見せましょう!!」

ヴェニフーキ「………」

福田「…」

玉田「…」

細見「…」


ヴェニフーキ「わかりました」





















ヴェニフーキ「全力で掛かって来い」


725: 2017/05/13(土) 21:31:04.37 ID:NQVCLe5U0


この日が来るのをどれだけ待ち望んでいただろう。


私が消えた後の知波単学園がどうなってしまうのか、不安で仕方がなかった。

玉田と細見に副隊長を任せ、それぞれに異なる役割を与えたので、恐らくどこかで対立が発生するだろうと思っていた。

しかし、そんな私の予想に反して、今も対立・分解することなく、両名がこうやって肩を並べて私の前に現れた。

それだけで私は満足だ。

なぜなら、知波単学園の新しい基盤は出来上がったから。

あとは経験を積んで少しずつ、力をつけて行けば良い。


この日が来るのをずっと待っていた…

私がいなくても生き続ける知波単をずっと待っていた…


726: 2017/05/13(土) 21:33:32.06 ID:NQVCLe5U0

アッサム「………ヴェニフーキ」

ヴェニフーキ「何でしょう」

アッサム「お客様には丁寧に接しろとあれ程言ったはずですが?」

ヴェニフーキ「私は最大級のおもてなしをしております」

アッサム「どこがですか! あれでは相手を馬鹿にしているだけですっ!!」


ヴェニフーキ「あなたこそ彼女たちを馬鹿にしている」


アッサム「何ですって!?」

ヴェニフーキ「彼女らは隊長不在であるにも関わらず、その意志を汲み取り、ここに覚悟を決めた」

ヴェニフーキ「それに対し"お客様"な接待は失礼だと思いませんか?」

アッサム「なっ…!」

ヴェニフーキ「私だったら騎士道精神を軽視されたと、以後そのチームとは関わることはないでしょう」

アッサム「っ…!!」

ヴェニフーキ「あなたこそ、彼女たちを相手に"全力になる覚悟"はお有りで?」

アッサム「そ、それは…」

ヴェニフーキ「負けたら全てを失う。そんな場所に立たされた時、すべてを背負う覚悟はありますか?」

アッサム「…」

ヴェニフーキ「…」





アッサム「無かったら、私はここには居ませんわ…!」




ヴェニフーキ「その言葉、嘘偽りではありませんね?」

アッサム「もちろんですの」


727: 2017/05/13(土) 21:34:50.56 ID:NQVCLe5U0

本当に久しぶりだ。

いや、もしかしたら初めてかもしれない。


こんなにも"純粋に"勝負を楽しみたいと思ったことは。


一切の妥協を許さず、一切の不正をすることなく

本当の意味で勝負をしたいと思ったことは。


大会を終え、入院生活で鈍った感覚が戻ってくるような気がする。

長らく使われず錆びて動かなくなってしまった機械に注油するような、

人を騙すことだけを考え腐敗した心に新鮮な風が入ってくるような感覚だ。


すべてを懸けて我々に挑む皆に勝ちたいという想いが体中に

自分を偽り人を騙すことだけを考えてた私が…!


728: 2017/05/13(土) 22:02:56.88 ID:NQVCLe5U0

ヴェニフーキ「私たちの会話は聞いていたかと思います」

ヴェニフーキ「全力を出し尽くすつもりなので、皆さんも氏ぬ気で戦って下さい」

モーム「…」

フレミング「…」

ランサム「…」

グリーン「…ヴェニフーキさん」

ヴェニフーキ「何でしょう」


グリーン「あなたは一体何を企んでいるのです?」


ヴェニフーキ「企む?」

グリーン「あなたからは何かその、野心のようなものを感じます」

ヴェニフーキ「野心、ですか」

グリーン「ええ」

ヴェニフーキ「…強いて言えば」



ヴェニフーキ「聖グロを変える。それだけです」



グリーン「どういう意味ですか?」

ヴェニフーキ「ダージリン様のいない今の聖グロは弱体化した」

ヴェニフーキ「強豪校と言われたかつての姿はもうない」

グリーン「それは隊長が交代して間もないからでは?」

ヴェニフーキ「それもあるかもしれません。…が」

グリーン「?」



ヴェニフーキ「そもそもアッサム様は隊長を担うようなタイプではない」


729: 2017/05/13(土) 22:12:06.29 ID:NQVCLe5U0

グリーン「そ、それはどういう…!」

ヴェニフーキ「アッサム様もアッサム様なりに努力なされているのはわかります」

ヴェニフーキ「しかし、隊長にしては考えが保守的」

グリーン「…保守的?」

ヴェニフーキ「行動が慎重、という意味で」

ヴェニフーキ「まるで批判やチームの分解を恐れるように」

グリーン「…」

ヴェニフーキ「他の全てのメンバーが『右だ!』という中で、『左だ!』と言うのが隊長です」

ヴェニフーキ「たとえ批判が殺到しようとも」

グリーン「………」

ヴェニフーキ「さて、試合が始まります」



それは無口なモームさんが通信手や隊長に不向きな一方で、砲手としての才能を光らせるのと同じ、"相性"の問題だ。

アッサムさんはかつて砲手として、また、持ち前のデータ解析を武器に、隊長であるダージリンに助言する『参謀』として、その優れた能力を最大限に発揮しておられた。

しかし、ダージリンを失い、自身が隊長としてチームの先頭に立ったとき、あなたの保守的な考えが行動を鈍らせた。


『負けたら全てを失う。そんな場所に立たされた時、すべてを背負う覚悟はありますか?』


ダージリンだったら紅茶を片手に「当然ですの」と優雅に即答した。

しかしあなたにはそれが出来なかった。

道を切り開くためには時として仲間と意見が対立し、批判や罵声を受けることもある。

それでも隊長は仲間を勝利へ導くために並々ならぬ覚悟をして前に進まなければならない。



グリーンさん、そしてGI6の皆さん。

この話を聞いてあなた達はアッサムさんに何と報告する?


730: 2017/05/13(土) 22:24:24.29 ID:NQVCLe5U0


結論から言うと、この激闘は聖グロの"辛勝"だった。


アッサムさんを先頭、私が殿をつとめる聖グロの隊列を、玉田や細見はあの時と同じ戦術で迎え撃った。


岩陰や草むら、偽装網を利用し戦車を隠蔽し、互いに氏角を補う形で配置させ

敵戦車が接近しても撃たず、中腹まで通過させる。

配置場所によっては敵との距離は50m未満にもなる。

そして、攻撃開始の合図と共に四方八方から敵に集中砲火を浴びせる。


私がかつて聖グロに勝利し大洗女子に僅差で負けたあの戦術だ。


731: 2017/05/13(土) 22:26:45.71 ID:NQVCLe5U0

しかし驚いたのは、玉田と細見はこの戦術を更に改良し、より効率的かつ確実なものと昇華させた。

九五式軽戦車および九七式中戦車からなる玉田隊による連続攻撃により、弾数で敵を撹乱する。

その間に四式中戦車、五式中戦車、五式砲戦車からなる細見隊は目標を定め、確実に狙い撃ち、これを撃破する。

こうすることで、決定打にはならずとも足止めになる攻撃に気を取られた聖グロの歩兵戦車を別の場所から叩ける。


威力は低いが、機動力・装填速度の早さから手数で勝負をする玉田

逆にスピードは劣るもが、火力で確実に敵を仕留める細見

戦車の性能をしっかり理解した上での的確な役割分担だ。


もちろん聖グロも指をくわえてやられていくのを静観するわけはない。

しかし反撃はするが、攻撃をしてくるのが弾数で勝負をしかける玉田らの部隊で、"本命"に意識が向かなかった。

そのため、反撃し、少しずつ相手の数を減らすものの、同時にそれは自らの居場所を教える行為となり、細見らの戦車によって確実にこちらの主力が撃破され、常にこちらが不利な状態が続く。

そしてようやくこの構造に気づいた頃には守りの要である歩兵戦車は壊滅し、残るは私とローズヒップのクルセイダー部隊だけとなってしまった。


732: 2017/05/13(土) 22:38:28.95 ID:NQVCLe5U0
ローズヒップ『ヴェニフーキ様ぁぁぁ助けて下さいましぃ!!』

ヴェニフーキ「ローズヒップ。一旦下がって。体制を立て直しましょう」

ローズヒップ『は、はいですの!』



いつも以上に発狂するローズヒップを一旦下げて、体制を立て直す。

一旦下がると敵も砲撃をやめる。そして会場は再び静かになる。

私はローズヒップ隊の高い機動力を活かし、包囲網の中を爆走させるよう指示した。

当然ながらそれに対し撃つのは玉田隊の戦車。




ローズヒップ『ヴェニフーキ様! 何とかしないと私たち蜂の巣になってしまいますの!!』

ヴェニフーキ「落ち着いて。あなたはいつものように敵地で暴れ回って下さい」

ヴェニフーキ「その間に私が敵の主力を叩きます」

ローズヒップ『わ、わかりましたでございますのっ!!』



私はローズヒップたちが暴れまわっている間に、戦車部隊がどこにいるかを特定し、攻撃をした。

ある程度距離は離れているが、1,500m離れた場所からティーガーの正面を貫通できるブラックプリンスなら問題はなかった。

幸い相手は戦車を固定砲台として運用しているため、的を絞りやすかった。

結果として、私は細見率いる主力戦車を壊滅させ、残る玉田部隊の戦車がこちらに釘付けになったらローズヒップにそれを叩かせた。

即席ではあるが玉田・細身の戦術をクルセイダー部隊とブラックプリンスで応用したのが功を奏した。




733: 2017/05/13(土) 22:54:46.48 ID:NQVCLe5U0


【試合が終わって】


ヴェニフーキ「皆さんの覚悟、確かに受け取りました。素晴らしい戦いを感謝いたします」

玉田「恐縮です。しかし、西隊長殿には及びませぬが故にまだまだ修行が足りないようですな」

ヴェニフーキ「あとは場数でしょうね。このまま何度か試行錯誤を繰り返していくうちに、攻防一体の高精度な要塞が出来上がります」

ヴェニフーキ「そして、我々もその防衛網を突破できるよう更なる研究を重ねていく次第です」

アッサム「今回は辛うじて勝つことができましたが、あの時と同じ戦術をまた味わうことになるとは思いませんでした」

玉田「あはは。さすがに同じ手は何度も通じませんな」

細見「次はもっと奇天烈な作戦を構想しましょうぞ」

オレンジペコ「この作戦は確か、絹代様が考えられたものですよね?」

玉田「ええ。隊長殿が先の大会で大なる戦果を挙げたものです」

アッサム「突撃だけの知波単を変えた戦術ということで、巷ではかなり話題になってましたわ」

玉田「あはは…。かなり揉めましたけどね」

アッサム「そうでしょうね。あなた方から突撃を取り上げようものなら非難轟々ですもの」

アッサム「隊長…絹代さんの奮闘っぷりが脳裏に浮かびますわ」

ヴェニフーキ「…」



734: 2017/05/13(土) 23:17:26.42 ID:NQVCLe5U0


玉田「ただ…」

アッサム「はい?」

玉田「実を言うと、あの時の戦術だけでは問題点があったので、今回はそこを少し変えてみたのです」

オレンジペコ「えっ、そうなんですか?!」


ヴェニフーキ「連射が効く九七式中戦車と九五式軽戦車で弾幕を張り、相手を錯乱」

ヴェニフーキ「四式中戦車や五式中戦車で獲物を確実に仕留める」


ヴェニフーキ「…そういった作戦ですよね?」

玉田・細見「っ!!」

細見「よくご存知で…!」

ヴェニフーキ「後ろから味方が蜂の巣にあっているのを見ている間に何となく仕組みがわかりました」

オレンジペコ「…助けて欲しかったです」

ヴェニフーキ「助けてたら恐らく私も包囲網に嵌り、間違いなく"完敗"でした」

オレンジペコ「な、なるほど…」

ヴェニフーキ「最後尾にいたからこそ戦術に気付くことが出来、その対策を講じることが出来たのです」

アッサム「なるほど…素晴らしい作戦ですわね。我が校も参考にしましょう」

ヴェニフーキ「いずれにせよ、久々に試合を楽しむことができました」

ヴェニフーキ「知波単学園の皆様には心より御礼申し上げます」

ヴェニフーキ「そして、次の全国大会では是非ともお手合わせ願いたい」

玉田「こちらこそ、宜しくお願い致します!!」

細見「本日はありがとうございました」


知波単一同「「「「ありがとうございました!!!」」」



決して知波単だからという理由で持ち上げているわけではない。この奇襲作戦は本当に本当に強力なのだ。

相手の居場所がわからず、立ち往生している間に確実に数を減らされ、一度その包囲網に嵌ったら突破はおろか退却するのも困難。

だから私はあの時、"突撃"に取って代わる新たな戦術としてこれを採用した。

絶対に負けられない戦いで勝つために、私の全てをつぎ込んで生まれた戦術。

そして、その戦術を知っているからこそ、ただの模倣ではなく、問題を可視化・改善してより高度なものへと昇華させた細見や玉田に私は勝つことが出来た。


735: 2017/05/14(日) 00:34:40.84 ID:rHuHozhN0
数日ぶりに来たらだいぶ進んでた、更新乙
しっかしスレたなぁ絹代さんww

736: 2017/05/14(日) 04:01:10.11 ID:ZpkZqK8OO
乙です

引用元: 【ガルパン】西「四号対空戦車?」