1: 名無しさん@おーぷん 2018/11/06(火)23:32:51 ID:00x
無償の贈り物というのに、周防桃子は慣れてはいなかった。恐らく、それは彼女が育った境遇によるものだろう。
物心ついた時から、彼女は「最高の演技」を求められたし、それに応えてきた。賞賛の言葉であったり、あるいは贈り物であったりというものは、給料と同じように報酬でしかなかった。
だから「誕生日に何が欲しいのか」などという単純な質問にも、こんなにも困惑してしまうのだ。
これが儀礼的なものであったのなら、ここまでは困らなかっただろう。女社会の、とりあえずの作法だということで、無難に高すぎず安すぎないものを言うことで、乗り切ったはずだ。

2: 名無しさん@おーぷん 2018/11/06(火)23:33:45 ID:00x
だが桃子の誕生日が来る前に、桃子は他のアイドルが祝われる姿を見てしまった。
例えばそういう行事には興味がなさそうな人たちでも、何だかんだと好き勝手に祝われていた。ケーキを劇場で焼いてきたり、アーティスティックな作品を作ったり、歌を歌ったり。
表現方法に違いがあれ、彼女らはただ単純に劇場の仲間が生まれて来たことを、心から祝っているだけであった。
だから次の誕生日は桃子だと名指しされた時はどきりとした。身の置き所が無いような気がしたからだ。

3: 名無しさん@おーぷん 2018/11/06(火)23:34:33 ID:00x
撮影現場で聞かれることが無かったわけでもないが、いつも「終わってしまった」と誤魔化していた。
誕生日が嫌いなわけではない。嫌いじゃない。そう、嫌なわけでは、ないのに。
ただどう振る舞えばいいのか分からないのだ。だからみんなが楽しげにはしゃぎ始めると、桃子はそっと輪から外れて、その姿を眺めるのが常になった。
大人を気取って輪に加わらないように見せかけているだけで、誰よりも興味があるのに。
どんな演技だってこなせるつもりなのに、輪の中でどんな風に笑えばいいのか、どんな風に喋ればいいのか分からないのだ。
でもそれでいいと思った。その輪の中にいるだけで充分だった。
その輪の中心に据えられることなんて、思いもしなかった。

4: 名無しさん@おーぷん 2018/11/06(火)23:35:27 ID:00x
 そして誕生日当日。
 手づくりの飾り付けに彩られた劇場の一角。料理が運び込まれるのを待ち受けているテーブルの上。
 礼を言うことすら忘れて、勧められるままに次々と包みを解けば、中からはみんなの思い思いの贈り物が姿を表した。
 その全てに、桃子は思い当たることがあった。
 可愛いシールからバッグやフリルのたくさんついたワンピースまでバリエーションに富んだ品は、どれも皆、過去に桃子が褒めたりなどしてた覚えのある物だ。
 一通り中身を見たところで、女の子には花、という信条の社長から花束を手渡される。

5: 名無しさん@おーぷん 2018/11/06(火)23:36:10 ID:00x
それすらも、桃子の好きな花だった。
 どうしたらいいのだろう。
 花を抱きしめるようにして、桃子は途方に暮れていた。
 ただ喜ばせるためのプレゼントなど、いつぶりだろうか。
 桃子には素直に喜びを表す術が解らなかった。
「それでいいんだぞ、桃子」
 花束に顔を埋めるようにしていた桃子の耳に、プロデューサーの穏やかな声が届いた。
 顔を上げると仲間達の笑顔がある。
 ──いいのか、これで。
 たとえ何も言えなくても、皆には解って貰えるのか。
 言葉にできないほどの感謝と喜びを。
 桃子は再び俯いて、小さく体を震わせた。

6: 名無しさん@おーぷん 2018/11/06(火)23:37:11 ID:00x
短くてすいません、桃子の誕生日SSでした。
これからも魅力的な女性になってください。

引用元: 桃子「誕生日の過ごし方」