698: 2018/10/16(火) 13:20:29.87 ID:cwVGxon8o
「夏色」
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(12) アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場 (電撃コミックスEX)
699: 2018/10/16(火) 13:39:13.46 ID:cwVGxon8o

「もー! マジでイミわかんないよー!」


 頭の中がこんがらがって、テーブルの上に突っ伏した。
 テーブルはひんやりと冷えていて、ほっぺがちょっと気持ち良い。
 そのまま体を前後に揺らし、ほっぺがムニムニ動くのを楽しむ。
 カリスマJCアイドルのアタシだけど、今は家だから良いよね?


「こーら、行儀悪いよー」


 台所の方から、お姉ちゃんがそれを見咎めて声をかけてきた。
 バタンと、冷蔵庫が閉まった音。
 歩いて来る両手には、麦茶が注がれたコップが二つ。
 氷も、仲良く二つずつ。


「だって~……」


 アタシがこうなるのも、無理無いってカンジ!


 今度発表する、カバー曲――『夏色』。
 ジャカジャカ鳴るギターと、ハーモニカの音色がチョーステキな曲。
 歌詞の内容も、あっつーい昼間だったり、熱い夜だけど風が気持ち良いとか……。
 とにかく! チョー良い曲なの!


「ホラ、お茶飲んで気分転換しな」


 お姉ちゃんが、苦笑しながら麦茶を勧めてきた。
 さっき入れたばっかりなのに、コップにはもう水滴がついてる。
 どんどん増えていく水滴を見続けてると……あっ、垂れた。


「……はーい」


 頬にかかった髪をかきあげながら、体を起こす。
 冷たいテーブルからちょっと離れたくなかったけど、しょうがない。
 氷が溶けて、水っぽくなった麦茶って美味しくないもんね。
 せっかくお姉ちゃんが持ってきてくれたんだから。


「……っぷはー、生き返るぅ~!」


 冷たい麦茶を飲むと、汗をかいて失った水分が一気に補充された気になる。
 ゆだっていた頭も、おかげで、ちょっとスッキリした。
 テーブルの正面で、そんなアタシの様子を見ながらお姉ちゃんがクスリと笑った。
 Tシャツにハーフパンツのラフな格好なのに、
その笑顔がキマってて、妹のアタシ贔屓目を抜きにしてもカッコイイ。


「ねえ、お姉ちゃん」


 だらけていた気持ちを追いやって。



「どうして、ブレーキいっぱい握りしめるの?」



 妹から、姉への相談ではなく。
 後輩アイドルから、先輩アイドルへとアドバイスを求めた。

701: 2018/10/16(火) 14:01:55.03 ID:cwVGxon8o
  ・  ・  ・

「……んむぅ~っ」


 今日も今日とて、唸り声をあげた。
 ここ数日は、それが癖のようになっていて、全然イケてない。
 気を抜いて、歌詞の意味を考えると、こうなっちゃうの。
 唸り声をあげるなんて、全然カワイクないよー!


「――どうか、されましたか?」


 運転席から、心配そうな低い声が聞こえてきた。
 今日は、お願いして助手席に乗せてもらってるの!
 だってさ、いっつも後部座席に座ってて飽きちゃったんだもん!
 それに、アタシみたいなイケてるJCを隣に乗せてた方が、
Pくんも運転してて気分が良いだろうしね☆


「あっ、ううん! 何でもないよ!」


 ……なんて思ってたのに、これじゃ逆だよ~!
 Pくん、前を向いてるけど心配そうな顔しちゃってるもん。
 ちょっと前までは、何を考えてるかワカンナイって思ってた。
 だけど、実はPくんってすっごい過保護だと最近は思ってる。


「ちょっと、お姉ちゃんのコト考えてて!」


 もー、お姉ちゃんが、ちゃんと答えてくれないから!
 アタシが、真面目に質問したのに、


 ――それは、自分で気付いた方がイイ。


 ……なんて、言うんだもん!
 そんなコト言われたって、わかんないんだよー!


「……そう、ですか」


 Pくんは、それだけ言うと、また運転に集中した。
 家庭の――アタシと、お姉ちゃんの間のコトだと思ったみたい。
 そういう時は、Pくんはあまり踏み込んだ質問をして来ない。
 アタシが言えば、きっと真面目に応えてくれるんだろうケド……。


「……」


 シートベルトの位置を直しながら、チラチラと横を見る。
 いつもとは違う、助手席からの景色。
 座った位置が違うだけなのに、なんだか、ちょっとオトナになったカンジ。
 そう思うと、ちょっとだけ気分が良い。


「……」


 そ・れ・に! 車の中には、アタシとPくんの二人っきりだしね☆
 これってもしかして、ドライブデートってやつ?
 ヤーン、チョーテンション上がるんだけど!
 ……でも、やっぱり気になっちゃう。


「……」


 歌詞の中に、女の子にキレイな景色を見せるために、
自転車の後ろに乗せて長い下り坂をくだっていく、っていうのがあるの。


 でも、速度は……――ゆっくり。


 さえない顔してるんだったら、急ぐべきじゃない?
 それに、二人乗りで坂を下るなんて、スピードを出した方が楽しいじゃん!

702: 2018/10/16(火) 14:26:01.91 ID:cwVGxon8o

「……」


 そうだなぁ、もしもアタシが元気がなかったとしたら。
 それで、Pくんがどこかに連れてってくれるとしたら。


「……」


 って、ダメダメ!
 二人っきりで旅行なんて、さすがに無理だよー!
 嫌って言うわけじゃないけど……心の準備が出来てないもん!
 でも、もしもPくんがゴーインに迫ってきたら……。


「……」


 なーんて、そんなコト有るはず無いよね。
 だって、そういうコトをしないから、PくんはPくんなんだもん。
 そこまでさせる程、まだアタシの魅力は凄くない。
 成長途中、ってやつ!


「……」


 心を落ち着かせるため、助手席の窓から外を見た。
 まだ太陽な落ちきってなくて、夕焼けが街を赤く染め上げている。


「……大きな五時半の夕焼け~♪」


 まあ、今はそれよりも遅い時間なんだケド。
 きっと、歌詞の男の子が見せたい景色って、こういうのだと思うんだよね。


「子供の頃と同じように~♪」


 多分、この子供の頃って……本当に、小さい時のコトだと思う。
 ちっちゃい時に見たものって、物凄く記憶に残ってたりするでしょ?
 そりゃあ、アタシだって今も大きいとは言えないケドさ。
 今よりももっと……もっと、小さかった時の話!


「海も空も雲も~♪」


 ビルも空も雲も~……ってね!
 あー! 海、行きたーいっ!
 セクシーな水着を着て、ドキドキさせちゃうんだから!
 そうして――


「僕らでさ~えも~♪」


 ――……そうして?


 窓に写った、Pくんの横顔。
 いつもは、ホントにわかりにくいのに。



「染~め~て~ゆくから~♪」



 楽しそうに、笑ってる。

703: 2018/10/16(火) 14:52:03.88 ID:cwVGxon8o

「この長い~な~が~い~下り~ざ~かを~♪」


 やった。
 やったやったやった!
 Pくんが、アタシの歌を聞いて笑顔になってる!


「君を自転車の~後ろに~乗~せて~♪」


 でも、見られてるとわかったら、笑顔が引っ込んじゃうカモ!
 あーん! 写真撮りたいよー! すっごい笑ってるのに!
 ……とりあえず、目に焼き付けておこうっと!


 口の端を釣り上げて歌いながら……見る。


 だって、ずっとこうしてられるワケじゃ――



「ブレーキ~いっぱい~握りしめて~♪」



 ――あっ、そっか。



「ゆっくり~ゆっくり~下ってく~♪」



 例えばの話。本当、例えばの話ね。
 もしも、今が自転車の二人乗りで。
 アタシが、Pくんを後ろに乗せてて、長い下り坂があったとしたら。
 きっと、この歌詞の通りにしてる。


 自転車は降りちゃいけない。
 だって、距離が離れちゃうから。
 だから、


 ブレーキいっぱい握りしめて――


「ゆっくり~ゆっくり~下ってく~♪」


 出来るだけ、長い間……一緒に居るために。


「~♪」


 きっと、男の子は、女の子に見せたいものを見せたんだ。
 だから、急ぐ必要なんて無かったんだよね。


「~♪」


 頭の中で、軽快なハーモニカの音が響いた。
 いつもの安全運転が、今は妙に嬉しく思えて。
 だから、


「えへへっ♪」


 窓に映るPくんに、笑いかけた。
 二人乗りだけど、背中越しじゃない。


 えっ? なんで、直接笑いかけないのか、って?


 それは……えっ、と……夕焼けが眩しいから!



おわり

704: 2018/10/16(火) 16:10:44.83 ID:nWxfUpTVO
恋の始まりは突然に

引用元: 武内P「ムラムラ、ですか」