279: ◆sIpUwZaNZQ 2013/05/05(日) 21:05:12.15 ID:Vc5e54U90

ほむら「ジョーカー様呪い、という都市伝説」【前編】


精悍な顔のセールスマンが、女性向け雑誌の編集部を訪れる。あまりに
場違いなところのため非常に気が進まない。だがここには旧友がいる。
その人物に渡りをつければ、問題なくことが進むだろうと思い、それを
期待していた。

「すんません~。包丁のセールスの城戸玲司って……」

「あんたね! こんなところで包丁なんて……って城戸!?」

「なんだ。黛かよ。なら話がはやい。これ知ってるよな」

城戸玲司に黛ゆきの。共に同じ高校の出身であり、共にペルソナ使い
でもある。高校時代とある大事件に遭遇し、その渦中にてペルソナの
能力を得た。
また、同じ事件に遭遇した玲司の友人二人は達哉たちと一時共に戦い、
ニャルラトホテプの計画を阻止することに協力した。そうした繋がり
から今回玲司は彼らの要請を受け、女性ティーン向け雑誌の編集社に
足を運んだ。

玲司から渡された名刺を受取り、はっきりと顔色を変える。それだけで
もはや彼が何をしに来たか、何を確認しに来たかをゆきのは察した。

「……知ってるも何も……」

そのゆきのの口調に怒りと悲しみが混じる。それは『かつて』
相棒としてともに仕事をしていたこともある女性の名刺。

「なら、いくか?」

「当たり前だ」

ゆきのが、青白い怒りに燃えて文字通り立ち上がる。

280: 2013/05/05(日) 21:07:22.49 ID:Vc5e54U90

「これで首謀者がはっきりしたな。やつの標的もな」

パオフゥのまるで慮るつもりのない言葉。うららが睨むがそれも流す。
あの時の事件では、ニャルラトホテプは達哉を標的にした。彼の心に
付けこみ、幼馴染らとの関係を利用し、世界を破滅に導こうとした。
そして今回、その標的が暁美ほむらになった。

「あのとき、君と同じように噂で蘇らせられた男がいた」

神取鷹久。あの事件の更に前、大企業セベクの最高責任者であり、
セベクスキャンダルの首謀者であった男。その男の知識を求め新世塾は
噂により蘇らせた。
その時の彼にも、眼下に昏い穴があるだけだった。

「今度は、君が狙われている。かつて、僕が狙われたように」

達哉はパオフゥの話を受けて、ほむらに向き合う。
その真摯な目は、優しさと共に、悪意の者に対する怒りも見えた。

「やつの手口はわかってる。君や仲間の心の弱い部分を揺さぶり……」

「……嘲笑い、弄び、君と世界を破滅に向かわせる」

281: 2013/05/05(日) 21:09:07.40 ID:Vc5e54U90

魔法少女は言葉にならない。話が飛躍し続けてまるでついていけない。

『じゃ、じゃあさ、こんなことになったこの暁美ほむらのせい?』

「そ、そうだよ! こいつがいなければこんなことにはさ!」

一人目の言葉を受け、友人を失った魔法少女が激する。その言葉に
顔面蒼白になる杏子。そしてさやか。

「ちがう! 悪いのはあたしだ! あたしが呪いなんかするから……」

彼女の目に怒りが灯る。身勝手ないいように感情が高ぶる。

「そこのバケモノ蘇らせちゃったのがいけないんじゃん!」

ともった炎は燃え上がり膨れ上がった。

「なんとかしろよ! 私も友達が氏んだんだぞ!」

壁を殴りつけるうらら。大きな音がして、壁が陥没する。彼女もまた
ペルソナ使いである。さらにボクシングの経験もあり、その威力は
魔法少女に引けを取らない威力をもっていた。
その威力と音に、場が静まり返る。魔法少女が例え歴戦の戦士で
あってもしょせんは子供だ。大人の明確な怒りに抑えつけられた。

「うるさい! その子も被害者なんだ! そういう仕組みなんだよ!」

「誰のせい、なんて妄想吐いたって何も変わらねえ。
ならよ、その気持ちを問題解決に費やすべきだろうよ」

「狙われている君が体験したことを、教えてくれないか」

達哉が努めて優しく穏やかに問いかける。

282: 2013/05/05(日) 21:11:10.93 ID:Vc5e54U90

最初は口ごもり、話す言葉を探すほむら。それを受けてマミが
代わりに説明する。包帯で動きにくい体を起こし、皆に説明した。

転校生のほむらがマミたちと見滝原で魔獣と戦っていたこと。
その戦いでさやかが円環の理に導かれたこと。そのショックで杏子が
二人と距離を置いたこと。
そして、話しかけられた雑誌記者の女性から聞いたあの呪いを、親友と
幼馴染を失ったほむらのクラスメイトに教えたこと。

うららの顔色が変わる。それに気づかずマミは続けた。

幼馴染がジョーカー様を呼び出したこと。そしてそれに襲われたこと。
そして……。

「ちょっと待ってくれ。その雑誌記者とは?」

「ティーン向けの雑誌の編集者って言ってました。名前は……」

名刺が手元にないので、と言葉を濁す。

「あまのまや、だろ。あたしにも話しかけたやつと同じ奴だ」

と言って私服のポケットからくしゃくしゃになった名刺を出す。それを
みた魔法少女たちも一様に驚いた風だった。

「あ、たぶんそれ、私も貰った」

私も私も、という言葉が続く。その言葉の中名刺を達哉に渡すと、
顔色が変わった。うららも覗き込み、表情を変えた。

283: 2013/05/05(日) 21:12:56.53 ID:Vc5e54U90

「ふっざけやがって……、ここまであいつの予定通りってことか」

パオフゥが怒りを露わにする。

「お知り合いなんですか」

マミはその様子に不安を感じる。彼らの知り合いがこの件に
かかわっていることはわかった。だがそれだけでここまで激高するか。
それがわからなかった。

「ああ、知り合いも知り合いだ。そいつもペルソナ使いだった」

とパオフゥは語る。彼女と達哉、そして彼の幼馴染が標的となり
苦しめられたという。

「信じられないかもしれないが、この世界は新しく作られたらしい」

ペルソナ使いたちが俗にいう【向こうの世界】はニャルラトホテプの
策略により滅んだという。その原因は、達哉とその女性。そして彼らの
幼馴染が遊んだ記憶だという。そのころから、噂は現実になっており
世界の端々に影響を与え続けていた。

「詳しい話は端折るけどよ。それが原因で世界が滅んだから……」

「その記憶を消して、新しい【こちらの世界】を作った」

それがもう六年も前の話だという。当時達哉は高校生だった

284: 2013/05/05(日) 21:14:43.32 ID:Vc5e54U90

「そんなこと……信じられません」

「信じるかどうかはどうでもいいんだ。
俺たちはこっちの世界で生きて、ニャルラトホテプの野郎と戦った」

「そして、そいつがそれを今ここで再現しようとしているの」

そんな途方もない話を信じろというのか。魔法少女たちは訝しんだ。
だがそんな魔法少女たちの心を無視するかのように、達哉は尋ねる。

「その、名刺を渡したあまのまや、っていうのはこの人じゃないか」

携帯電話で撮影した女性の写真を回し見させる。魔法少女一人一人に
回させるたびに上がる言葉は、大人たちの顔色を変えさえた。

「あ、そうそう、こんな人」

「たぶん間違いないよ。こんなふうににこにこしてたもん」

「エネルギッシュっていうか、すごく元気だったよね」

青くなるもの、赤くなるもの、白くなるもの、様々だった。
だが、その意味は同じだった。

怒り。

285: 2013/05/05(日) 21:16:42.10 ID:Vc5e54U90

しばしの沈黙ののち、克也も合流する。彼がその部屋のドアを開けた
ときに感じた重苦しい空気が、事態の重さを物語っていた。皆が一様に
無言。どこからか手に入れたレンズ部分の大きなサングラスを無言で
さやかに渡す。色の濃い、さやかには必要なサングラスだ。

「達哉、どうした」

俯いていた顔を上げる弟の返事を待つ。パオフゥもうららも言葉を
発することすらできない。
無言で名刺を渡す達哉。受け取るまでもなく目を落としたそれに克哉も
驚きと、怒りを表す。

「ああ、俺だ。……ああ、そうか。『新しく刷った記録はない』んだな」

タイミングよくかかってきた電話をパオフゥが切る。深い溜息をついて、
周防兄弟に向き合う。その佇まいが変わっていないため、これから何を
起こすかが魔法少女たちにはわからない。

「あの編集社は、あれ以来その名刺を新しく刷ったことはないそうだ」

「そりゃそうよね……。『氏んだ人』の名刺をわざわざ印刷なんかね」

うららも暗澹とした声を出す。再び拳を握り震える怒りに耐えていた。

「な、なんなんですか?」

マミがその様子に怯える。パオフゥは冷め切ったような声でいう。

「天野舞耶は二年も前に氏んでるんだよ。当然氏んだ人間の名刺なんて
会社は印刷なんかしない。面倒の元だからな」

「舞耶姉の姿を騙って、君らを罠に落とし込んだんだっ!」

達哉がはっきりと怒りを露わにした。自分の姉のような存在を使い
弄ぶ存在……ニャルラトホテプの画策だった。

286: 2013/05/05(日) 21:18:33.19 ID:Vc5e54U90

「大方、噂について聞いて回る雑誌記者がいる、とか噂流したんだろ」

ニャルラトホテプが噂を現実にする際、実在の人物であればその人の
過去に関係なくその内容が事実になる。実在しなかったり故人であれば
その人物にニャルラトホテプ自身が成りすます。

「じゃ、じゃぁ……美樹さんも?」

『そうなるよ。私はそういう役割を振られた、ただの人形なんだ』

サングラスに顔を隠したまま、俯いて答える。そういう意味ではさやか
の立場は、ラストバタリオンの兵士たちと大差ない。あの学校での
戦争状態は、ニャルラトホテプが仕組んだ茶番に等しい。

「そんなことねえよ! 
さやかは、さやかは今も、今でもあたしの……友……達で……」

克哉が自分の苦しみを押し頃して、杏子の肩を抱く。きつめだが真摯な
視線が、杏子の憤りを緩やかに押さえつける。それによってなんとか
心のバランスを保つことができた。

そして全員が気付く。あの戦闘での氏は、すべて茶番の結果なのだと。
ニャルラトホテプの奸計により発生した、無駄な氏だったと。

ほむらの願いを無視して氏んだ若者。上条を救うためさやかが止む無く
見捨てた仮面党員の生徒。マミを口説きながら笑って氏んだ好青年。
杏子の目の前で銃殺された仮面党の教員。ニャルラトホテプから見れば、
それらすべてが茶番による無駄な氏だったわけだ。

287: 2013/05/05(日) 21:20:25.65 ID:Vc5e54U90

「許せない……」

マミのそれまで挫けた心に灯が燈る。それはゆらゆらと燃え上がり、
次第に大きくなる。

「ああ、そうだろうな。こっちもさ。
知り合いを出汁にされてキレてるやつが何人もいるんだよ」

マミが必氏になって救おうとした人々。そして救えなかった人々に
涙まで流した。それがすべてその首謀者の嘲笑を伴う茶番によるもの
だと気付いてしまっては、許せるものではない。

「なぁ、あたしもなんとか……手伝え……手伝っていい、かな」

マミの怒りを知り、身をすくめながら杏子は尋ねる。青白くゆらゆら
燃えるマミの怒りを彼女は知っている。それは本気で怒った時のマミの
怒り方だと。一時行動を共にしていた時にあったそれは杏子やさやかを
竦み上がらせるのに十分なものだった。

「美樹さん、佐倉さん、協力しなさい。いいわね」

マミが静かに吠える。その異様な威圧感に二人は頷くほかなかった。
だが二人は気付いているだろうか。マミが二人を許し、受け入れようと
していることを。

「私らも協力するよ。舞耶を出汁にしてコケにされたのに……、
黙ってられないよ」

マミ同様、うららも燃え上がっていた。

288: 2013/05/05(日) 21:22:16.41 ID:Vc5e54U90

「けれども、その黒幕はどこにいるの? 何が目的なの?」

「居場所はわからない。けれど、嵯……、パオフゥたちが調べて
狙いがある程度わかるはずだ」

克哉の視線の先には、パオフゥが持ってきたPCがある。そこには
あの時なら霧散して消えてしまうはずの、噂の影が残っている。
掲示板、チャット、ツイッター、ブログetcetc……。それらは視認する
ことが難しくはなっても、ログとして残り続ける。
つまり、どんな噂が立ち上がって広まっているか掘り起こすことが
時間と人員を駆使すれば不可能ではないというのだ。

「あのお坊ちゃんの組織にも力を貸してもらってる。
そこから察するに……」

『なんでもその中学校の地下にUFOが埋まってるらしい』
『あのでかい時計台になんか仕掛けありそうだよな』
『当然総統もいるんだよな』
『あれだと、氏んだのもどうせ偽装だしな』
『今頃魔術で生き返って、新生第三帝国指揮してるんじゃね』
『その組織は魔法少女を拉致して超人を作る研究をしているらしい』
『魔法少女の私が願って生き返らせますた』
『私がJOKER様にお願いして生き返らせたんだけど質問ある?』
『なぁ、ヒトラーが復活したってマジ?』

「目的は、見滝原中学校。場所は時計台……そして敵は」

そこでため息交じりに言葉を切る。そこには苦々しさが滲んでいた。

「甦ったアドルフ・ヒトラーと第三帝国。
そしてそいつらが作った超人どもだ」

289: 2013/05/05(日) 21:25:05.46 ID:Vc5e54U90

モデルのような美女が夜の見滝原を歩く。途中まで車で移動していたが
軍隊に気取られることを恐れ、徒歩での侵入を余儀なくされた。
彼女もまたペルソナ使いである。桐島英理子。やはり城戸玲司や
黛ゆきのと共にあの異変と戦い、達哉たちと共に悪意と戦った女性だ。

手慣れた、本当に鮮やかな手並みでラストバタリオンの兵士たちを
倒し、指定された合流地点へ移動する。そこに待っていたのは、やはり
旧知の知り合いだった。
だが彼女はそこに、知らされていない人物がいることに気付き驚く。

一人は、バラエティに引っ張りだこのユーモア溢れる友人、上杉秀彦。
彼もまたペルソナ使い。
そして、もう一人もまた、ペルソナ使いである。これであの大事件に
遭遇した高校の出身者のほとんどが集まったことになる。

「あ、あなたは……」

「でひゃひゃひゃ。その顔が見たくて、俺様が呼んどいた」

お調子者な言い回しに、英理子は困ってしまう。何しろ、今なお彼女
の心に燃え残っている小さな灯の原因だからだ。
彼はあの頃の表情のまま、ニコリと笑った。

その耳には、出会った当初から変わることのない特徴的なピアスが
付けられていた。

296: 2013/05/12(日) 23:22:50.63 ID:lGf5VtO70

その夜、戦いに疲れ果てた人々は各々体を休めていた。その中で
警察官は休むことなく哨戒を続けている。その警戒の外側は不気味な
ほど静まり返っていた。本来なら夜も人が多い見滝原の市街地のはずが
人っ子一人いない。
もはやそこはただの街ではない。戦場だった。
ほとんどの住人が仕事を早く切り上げ、家族の無事を確認した。
専業主夫の知久が子供のタツヤと共に出迎える。

「あー、うちは無事か」

鹿目詢子。キャリアウーマンとして経済雑誌にも取材される才色兼備の
女性で、二児の……一児の母でもある。
だがそんな彼女も、今日の見滝原の不穏な空気に不安を感じていた。
しかも、先ほどまで友人である見滝原の教師の無事が確認できずにいた
のだから、その不安たるや相当なものだっただろう。

「あの子……ほむらちゃんは大丈夫だったかねぇ」

「そうだね。見滝原に通っていたんだろう。心配だね」

彼女とは、一時河川敷でタツヤと出会い遊んだことがあった。そのとき
に見滝原の中学生だということを聞いていたし、その美貌と品の良さは
好感が持てた。

そこに一台の大型バイクが通りがかる。ライダースーツとヘルメットに
身を固めた美丈夫が夫婦に声をかける。

「失礼。このあたりの警察署の所在はご存知でしょうか」

「あ、ああ確かこの先に……。大雑把で良ければ」

知久が説明する。彼も詳しいわけではないがなるべくわかりやすく
伝えていた。
こんな街の状態だ、この美丈夫の知り合いがこの街にいれば安否確認に
どうしてもそこに行きたくもなるだろう。知久は自分の状況を棚に上げ
心配した。

「ご丁寧にありがとうございます。また近くに行って人に尋ねます」

礼儀正しく一礼し再び鉄馬にまたがると、法定速度を超える速度で
走り去った。

詢子と知久は、この街の行く末を案じた。

297: 2013/05/12(日) 23:24:54.23 ID:lGf5VtO70

ライダースーツの彼、南条圭。彼もまた過去の異変に巻き込まれ、
ペルソナ能力を得た。そして克哉たちと協力しニャルラトホテプの奸計
を打ち破ることに協力した人物の一人だ。
彼は今回財閥としての自分の力を使い、見滝原にいる住民の安全確保に
乗り出した。財閥の人脈を使い、陸自などに影響を与えたり、非合法な
人物たちに協力を要請したのだ。先ほど彼が道を尋ねた夫婦も保護
されることだろう。

「あの時は後手に回ったが、今回は違う。好きにはさせん」

彼の組織の口添えもあり、一部の陸自が独自行動を起こしている。
本来なら内閣の指示がなければ災害派遣などもできないはずだ。だが
財閥のコネクションを使い、現場に直接働きかけた。だが、そんなこと
は自分一人でできるわけではない。自分の部下に指示をだし働きかけを
おこなったのだ。

そのバイクの前に、ラストバタリオンの哨戒任務でもしているのだろう
一団が見えた。
彼は迷わず速度を上げ、突っ込む。迎撃態勢を取る兵士たちに全く
怯む様子はない。

「ペルソナっっ!」

彼のバイクの横に並走するように機械仕掛けの翼をもつ老人の霊が
浮き上がる。老人は、手に持った薙刀のような武器を振るい一撃で
兵士を薙ぎ倒す。
それで十分とばかりに高速で通り過ぎていった。

298: 2013/05/12(日) 23:25:30.87 ID:lGf5VtO70

警察官たちは他の魔法少女を各々休ませる。
マミの周囲の魔法少女はほむらと杏子、そしてさやかだけになった。

マミはさやかに事情を聴きたかった。だが彼女の容体では詰問は難しい
であろう。だから、歯噛みする思いでさやかを見つめていた。
そのさやかは意外な行動をした。自らマミに近づいたのだ。

「まてっ、さやかっ!」

一同が一触即発の事態を想定したが、動きが不自由なマミの体に
触れると、魔法による治療を施す。

「こんなことで許してくれるとは思いません。ですけど……」

マミは、さやかの治療を受け入れる。回復魔法の効果は
よく知っている。この魔法もあの時と変わらないほど効果が高い。

「貴女、まどかの記憶があるのね」

ほむらの問いかけに魔法に集中しつつ頷くさやか。マミや杏子もほむら
から聞いている。夢物語とも思える、彼女の【前の世界の記憶】だ。

「……暁美さんを消滅させようとした、といったね」

ほむらがそれを受け頷く。さやかは表情のない顔で治療を続けている。
その魔法はあのときと変わらない回復量を見せていた。

「喋れないんだ」

ぽつりとつぶやく。

「わたし、言っちゃいけないことは喋れないんだ」

299: 2013/05/12(日) 23:26:02.30 ID:lGf5VtO70

苦々しげに言いながら、治療を止めようとはしない。おそらくそういう
風にニャルラトポテプに作られてしまったのだろう。杏子の願いを
叶えるという口実を使って。

「だから、花言葉を……」

彼女の魔法で花を作ることは簡単ではない。けれどもそれを作ることで
言葉にできない事情を説明するために、クロッカスの花を使った。

「ほむらさんを消滅させたいんじゃなくて、
まどかさんに会わせようとしたの?」

さやかが辛うじて頷く。

「なのに、何も言わないのに、杏子は協力してくれたの。
だから……私は許さなくていいから、杏子は許してあげて」

「そんなのかんけいねーよ! あたしだってさやかと同罪だ!」

マミは治療を受けながら険しい表情を崩さない。じっとさやかの治療を
見つめていた。その流れ、魔力の使い方、指先の仕草などなど……。
どれを見ても、あのさやかにしか見えない。

「あなたはどう? ほむらさん」

ほむらはただただ黙っていた。自分が狙われることには正直慣れっこ
だった。マミに、さやかに、杏子に、はてはまどかに武器を向けられる
ことがなかったわけではないからだ。
それに、許すの許さないもない。自分が償えない過ちをしたのだ。
だれを責められようか。

「二人が私たちを攻撃しないというなら、いいわ」

「そう、決まりね。私はね、その黒幕が許せないわ」

マミの青白い怒りが燃え上がる。
察したさやかはうなずく。

「わかった。協力する。もし、信じられなくなったらいつでもいい。
私を撃ち頃していいから」

「おい!」

杏子が声を上げる。だが言われてみれば納得できる話で、
ニャルラトホテプによって作られた人形がいつ裏切るかなどわかるわけ
がない。
それを信頼してもらうには、自らを投げ出すほかないではないか。
杏子は止める手だてが思いつかず、それ以上言葉を発せなかった。

300: 2013/05/12(日) 23:26:46.96 ID:lGf5VtO70

英理子は内心の動揺を隠しつつ、二人と共に行動を開始する。やはり
目的地は警察署。すでに上杉の相棒も警察署に向かっているという。

「相棒?」

ピアスの青年は苦笑交じりに思い当たる人物の名を言う。

「Keiと相棒に? いえ、それはいいのですが……」

「そーそー、あっちから連絡あってさ。警察署で落ち合う予定だ」

またさらに彼らには役割があるらしい。お笑い芸人と、モデルとしての
人脈を使って欲しいとのことだ。その打ち合わせのために一度合流し
その後目的地に移動する。
その役割にすぐ気付いた英理子だが、逆に彼はどうするのだろう?

「まぁ、このルックスならへーきなんじゃねえの。
俺には及ばないけどな」

あの時と変わらない軽口に彼も英理子も苦笑い。だがこの混乱した
空気の中では、彼のその抜けの明るさが何よりも頼りになる。だから
相棒も、彼を指名し、協力を要請したのだろう。

そして何より、彼がそばにいる。それが英理子にも上杉にも安心感と
心強さを与えてくれる。寡黙だが、じっと真っ直ぐ見つめる彼の眼が
後ろにあるとそれだけで自信がわいてくるのだから、奇妙だった。

301: 2013/05/12(日) 23:28:02.05 ID:lGf5VtO70

傷がすべて塞がり、行動に支障がないとわかると包帯を取る。力任せに
引きちぎってもよさそうなものだが、丁寧に外すあたり彼女の気性が
見て取れた。
包帯の下はほとんど半裸。その上に病衣を着せられていた。包帯を解き
きると、自分の体の具合を見るべく、あちこちを確認する。体を捩じる
艶めかしいポーズは、それを見る三人の視線を泳がせた。

仁美から融通してもらっていた衣服は血に塗れている。魔法少女の衣装
から元に戻る際、出血が触れ、汚れてしまったためだ。

「さ、行きましょう?」

「え、どこへ?」

「決まってるわ。中学校の時計台よ。そこにいるらしいのだから。
協力するのでしょう?」

さやかと杏子は受け入れてくれことに安堵した。と同時に奇妙なことに
気付いたが、尋ねることはできなかった。

「マミ、今から行くというの?」

ほむらが制する。ややもすると激高しかけてるマミを抑えないと
彼女は持前の正義感であらぬ方向に転がってしまう。今はとくに、
今までないほど怒っていた。

「全裸で?」

いつのまにか立っていたうららが、ため息をつく。廊下で騒ぎを聞き
ドアのそばで待機していたのだ。

302: 2013/05/12(日) 23:28:59.58 ID:lGf5VtO70

一瞬顔が赤くなるマミだが、すぐに気を取り直す。魔法少女の衣装なら
復元するのだから問題はない。そう思い変身する。

「これなら平気です。止めないでください」

衣服のことを口実に、足止めをしようとしたとマミは判断した。

「魔法が解けたら全裸でしょ。適当に見繕ったからこれ着なさい」

彼女は下着メーカーに勤めていた経緯がある。そのため、ある程度で
あれば女性の体であれば目測でサイズがわかる。またその時のつてを
使い、マミの衣類を探してきたのだという。
そんな形で手に入れた衣服を紙袋で受け取る。気まずそうに着替える
マミに対し、うららは呆れたようにつぶやく。

「いいスタイルしてるわね。まだ中学生なのにさ」

「そ、そうですか?」

赤面しつつも場違いな言葉にマミは腹を立てる。自分のスタイルが
あれこれ言われることが多く、正直げんなりしているのだ。
……などというと、世の女性たちを敵に回しそうな気もするが。

「でも、あんたら中学生なんだ。もうちょっと大人を頼ってよね」

とポケットをまさぐり、何かを探している。煙草の箱だ。だがそれが
空だと気付くと手の中で握りつぶす。いつかやめようと思っていはいる
のだが、なかなか踏ん切りがつかない。

「こっちで準備してるんだ。明日まで待ってくれないかい」

泣きぼくろがセクシーな瞳で、ウィンクした。

303: 2013/05/12(日) 23:29:45.62 ID:lGf5VtO70

続々と警察署に集まる面々。魔法少女たちは克哉たちに任せ、達哉は
旧知の友人を一堂に集めていた。
もっとも、彼にはあのときの戦いの記憶はない。すべて伝聞系だ。だが
のちのちに聞いた事情から、彼らが信用のおける人間だときかされて
いる。それと信じ、事情を話す。

南条圭、桐島英理子、黛ゆきの、城戸玲司、上杉秀彦……そして、彼。

事情を知り、飲み込み、そのうえでなお戦おうという、ペルソナ使い。
彼らはもはや学生ではない。社会に某かの責任のある大人だ。
ゲームや漫画の様に、救世主ごっこに現を抜かす年齢ではない。
ではないにも関わらず、こうして協力に応じてくれている。

「来てくれて、ありがとうございます。力を貸しに来てくれて……」

達哉が口火を切り、頭を下げる。見知った顔、見知らぬ顔に。

「礼は、すべて終わってからにしよう。
これから皆に各々にお願いすることがある。頼めるだろうか」

南条が礼を遮った。彼はパオフゥから連絡を受け、いち早く行動を
起こした人物である。
戦場となる見滝原住民の保護や敵が狙いそうな施設、行動原理などの
情報を集め、それによる対策を立てていた。

304: 2013/05/12(日) 23:30:32.42 ID:lGf5VtO70

南条の組織がまとめたところ、やはり噂は見滝原中学校を中心に
広がっている。曰く、地下に何かある。曰く、時計台が怪しいなど。
それが確定するのであれば、おそらく奴らは再び見滝原を襲うはずだ。
幸い、先の襲撃で警察が封鎖をしている。だがそれが軍隊に抗しきれる
とは限らない。多少の抵抗はあるだろうが突破され破壊されてしまう
ことだろう。

「だからパオフゥたちに予防線を張ってもらっている。
これが成功すればかなり時間を奪えるはずだ」

「だが封鎖を簡単に破られるわけにはいかねえよな」

「それともう一つ。『噂が現実になる』なら狙うところがあるだろう」

「そっちが俺たちの担当だな」

「そうだ。業界人二人と、君なら上手くいくのではないかと思う。
幸いこちらの手の者も何人かはいりこめている」

「それじゃ残ったメンバーで……」

「ああ、軍隊を殲滅しつつ、住民を保護する。
確約はできないが自衛隊にも干渉している。上手くいけば」

「当てになるのかい? 動きが鈍いのが相場だろ」

「……先の震災の教訓もある。それに骨のある奴に話を付けた」

南条は、まったく笑わずに言う。

「今度こそ、息の根を止めてやる。ニャルラトホテプ」

305: 2013/05/12(日) 23:31:42.02 ID:lGf5VtO70

『自衛隊は相変わらず動かないな』

『そりゃトップが駄目駄目だしな』

『でも、命令無視した隊長とかいなかったっけ』

『懲罰喰らうの覚悟で動くのってかっけー』


『やっぱり見滝原中学校になんかあるのか』

『なんかあるなら来るよな、ヒトラーとか』

『つか魔法少女拉致って何すんの? ヒトラーの趣味?』

『超人作ってんじゃね? 漫画みたいにさ。こう、頭に電極ぶっさして』

『リョナ駄目リョナ禁止』

『きめええええええええええええ!』


『見滝原の生徒守った魔法少女がいるらしいな』

『黄色い服で銃打ってる女の子でしょ。むちゃかわいい子』

『口リ乙』

『いいえレOです』

『生徒を守った巴マミのクラスメイトだけど質問ある?』

『嘘乙』

『いやマジ。俺今日ガッコサボった。不幸中の幸い』

『不謹慎』

『人がしんでんねんで!』

306: 2013/05/12(日) 23:32:47.92 ID:lGf5VtO70

「ちっ、無責任な噂流しやがって」

「だからこそこっちだってそれに乗れるんだよ」

忌々しげなパオフゥをうららが窘める。これはもう何度目かのやり取り
だろうか。さすがにそろそろその斜に構えた態度を改めてほしいもの
なのだが。

「まぁ、それもそうだな。こっちも南条のところに合わせて……」

「「噂を流させてもらう」」


『ヒトラーが魔法少女を集めているのは、超人を作るだけじゃない』

『魔法少女が、鍵になっているから』

『魔法少女じゃなければ開けられない』

『だからそれまでは拉致られた魔法少女は無事のはず』

『友人を誘拐された魔法少女が反撃するらしい』

パオフゥと南条のネットワーク担当が打ち合わせ方向性を決めた噂だ。
これが全部通るとは思いにくいが、それでも時間稼ぎにはなるはずだ。

かつて、噂は一日二日では広まることはなかった。だが先の戦闘により
全国区で注目されている、見滝原を舞台にした噂はネットワーク
の中を駆け巡る。

311: 2013/05/19(日) 21:01:54.15 ID:8651lMCs0

明朝、皆がそれぞれ動き出す。魔法少女は目覚め身支度をする。
とはいえ、彼女たちの武装は変身だけだからせいぜい普通の
身だしなみ程度だ。
彼女たちのどこが気に入ったのか、うららはマミやほむら、さやかに
杏子の髪を甲斐甲斐しく梳る。特に、素材がいいのに手入れをしない
杏子を弄っていた。

「舞耶も、こんなんだったなぁ」

彼女のいわゆるだらしなさは、憧れていた達哉ですらドン引きするほど
だった。一方でルームメイトのうららはきちんとしており、彼女が
いなければ舞耶は化粧水一つどこにあるかわからない有様だった。

「これから、戦いに行くんだぞ」

「戦いだけじゃないよ。終わった後のことも考えな」

それはうららの気遣いではあった。だが魔法少女としての戦いに
終わった後などない。いずれは力尽き消滅する宿命だ。
愛するパートナー(敢えて男性とは限定すまい)と添い遂げて、
白髪の生えるまで生きることなどできはしない

「生きて、帰ってくるんだよ。
……そうしたら、お化粧のやり方、教えたげる」

そのうららの思いを、彼女たちはくみ取れただろうか。

312: 2013/05/19(日) 21:02:51.24 ID:8651lMCs0

一方のペルソナ使いたちは早々と行動を開始した。上杉たち三人は
業界人としての顔を駆使し、テレビ局へ。そこを抑え、噂の現実化に
一定の歯止めをかける。迂闊な噂を流させないためだ。

南条、玲司、ゆきのは、南条家の私兵とともに魔法少女らが拘束されて
いる地点をあぶり出しそれを奪還する役目だ。ラストバタリオンは
あれだけの大部隊だ。隠れるところなどそう多くはない。
ほむらたち以外の魔法少女も友人の保護のため、協力を申し出るものが
多くいた。

パオフゥ、うららはほむらたちと共に見滝原中学校へ潜入する。一応の
監視と実況見分という名目で周防兄弟が魔法少女たちを中学校へ連行
するという形を取っている。

南条グループのバックアップの元、周防兄弟に共感した(あるいは
同僚の遺志をついだ)警察官やペルソナ使いたちは武器を用意された。

「ここ、日本のはずなんだけどな」

タレントとしてお茶らけた姿勢を崩さない上杉は、その物々しい武器に
呆れかえりつつも、かつて使ったマシンガンや槍を懐かしそうに眺めて
いた。

「もはやここは日本ではない。よく似た市街戦の戦場だ」

大袈裟なため息交じりに呟くと、テレビ局組に合流した。

313: 2013/05/19(日) 21:04:06.33 ID:8651lMCs0

ここまで自分の意思を発していないほむらだが、彼女もまた怒りを
持っていた。あのまどかを出汁にされたことが、逆鱗に触れたに
等しいからだ。
だが、逆に感じるのはそれが何らかの罠ではないかということだ。
彼女が特別クレバーだというわけではない。マミの(ほむらを慮り、
生徒たちの氏に対する)怒りを目の当たりにして自分が一歩冷静に
慣れたというのが正しい。
それと同時に感じるのは、なぜ、ということ。なぜ自分が狙われる
のか、まどかとかかわりがあるから?

それに、聖槍騎士が言っていた言葉も気にかかる。ほむらを指して
『――んちょうの者』と言っていた。それは……

「さぁ、ほむらさん、行くわよ」

マミに声を掛けられ思考を遮られる。準備ができた三人に近寄り
声をかける。

「あのときのことは今は忘れてあげる。
けれど、すべて許したわけではないわ」

「ああ、それでいい」

『私が先頭に立つ。回復能力もあるし。罠とかの見極めにつかって』

さやかはそれが償いの形だと信じているようで、昨夜からそれを主張
して譲らない。杏子の心配をよそに、だ。

314: 2013/05/19(日) 21:05:30.16 ID:8651lMCs0

未だ、警備で封鎖されている見滝原中学校。自分たちの学び舎に銃創が
あり、ガラスが砕かれている様子にマミは心を痛めた。さやかも同じで
あったのだろう。サングラス越しの顔が歪む。

「周防さん、その子たちは……」

「実況見分だ」

克哉はにべもない。それで説明は終わりと言わんばかりにすたすたと
歩き去ろうとする。その後ろにコスプレ衣装の美少女達が歩いていく姿
は何とも形容しがたい雰囲気だった。
昨晩ほとんど寝ていないであろう達哉もまたそのあとに続く。
人間にしてはタフだな、と杏子は思った。

そのまま実際には戦場になっていない、つまり実況見分とは無関係な
場所に行く。もうそれが口実であるとは明白ではあったが、
周防刑事たちの自信に満ちた態度や姿勢に口をはさめる制服組は
一人もいない。

そして一行は時計台へ。マミもほむらも立ち入ったことはない。さして
理由がないこともあるが、基本的に立ち入り禁止になっているからだ。

「噂通りなら、ここに何かがあるわけだ」

「そんで、ここから地下にある何かのところに行けるんだね」

「ああ、あいつらが狙っている何かがここにある」

だが、彼らは気付いているだろうか。まるで何かに吸い寄せられる
ように、ここにきていることに。それが奸計だということに。

315: 2013/05/19(日) 21:06:16.44 ID:8651lMCs0

パオフゥはPCとにらみ合っている。ほとんど眠っていない。専ら噂
対策をしている。

「まぁ概ね、こっちの期待する噂は流れてるようだな」

「じゃぁあそこに鍵はかかったのかな」

「そう思うんだがな。あとは周防兄弟の連絡まちだ」

ネットの話は危機感がない。何しろ先の襲撃事件ですらショーの様に
報道されていたからだ。まるで他人事である。だが彼らは気付かない。

日本各地に魔法少女は存在し、それを狙ってラストバタリオンが動く
可能性があることに。
たまたま、どういうわけか見滝原に魔法少女が多くいるため、最初に
狙われただけだ。

日本各地がどこでも戦場になるということに気付き、逆に噂として
広まってしまったら……。
ペルソナ使いたちのの危惧はそこにある。
なんとか噂を見滝原だけに封じ込めなくてはならない。そのための
英理子や上杉の行動である。

かつてワンロン千鶴がJOKER呪いを広めたときの様に。だが
逆に、前向きな噂が流せれば。それは戦いに有利にすることができる。

「頼んだぜ」

初対面であるはずの、左耳にピアスをしたあの男の頼りがいに期待した。

316: 2013/05/19(日) 21:07:09.02 ID:8651lMCs0

時計台に入り込んだ一行。中の構造は学校関係者でも資料がすぐに
用意できないらしく、鍵もすぐに準備できなかった。そのため銃器など
で破壊するつもりでいた。だがすでにそこは破壊されていた。恐らくは
ラストバタリオンが破壊したのであろう。火薬による破壊が行われて
いた。

「やはりか」

苦々しい口調で呟く克哉。だが、侵入方法に噂で鍵がかかっている以上
ラストバタリオンも易々と入り込むことはできないはずだ。

少なくとも、聖槍騎士のあの巨体は時計台のドアをくぐることは
できない。一般兵や高官が入り込む程度であれば、魔法少女の敵では
ないはずだ。ただ問題は、ヒトラーら高官が、かつての神取や千鶴の
ようなペルソナ使いである可能性。

「決して楽観視はできないが、パオフゥたちも後で合流する予定だ」

「そんなに、強いんですか?」

実際にペルソナ使いの戦いを見ていないマミの、当然の疑問。
彼らペルソナ使いは悪魔を飼い馴らす、という方法でペルソナとして
降魔させている。つまり、人非ざる魔の力をその身に降ろしていると
いうわけだ。その超常の力が魔法少女を上回る可能性が十分にある。

「信じられません」

説明を受けたマミが呟く。

「僕らもそうさ。魔法少女……その驚異的な身体能力に驚いているよ」

彼女たちの力は魔獣と戦うため。自らの願いのため契約をした彼女たち
はその身体能力を魔獣たちのために使っていたはずだ。
それがいつのまにか、全く別のものを攻撃するものとして使われている。

317: 2013/05/19(日) 21:08:08.05 ID:8651lMCs0

時計台は、歯車が張り巡らされているわけでもなく、いたって
シンプルな『塔』の形をしていた。
そうしてしばらく、時計台の捜索が行われた。杏子やさやかは罪滅ぼし
のためか、必氏になって探していた。マミもリボンを駆使し不審な
ものがないか探している。

「だめだな。塔の中にはこれといったものはないね」

疲れたように杏子が呟く。しばらくして中を確認し続けたが見つかる
様子はなかった。

「見つかりやすいのなら、噂にはならないからな」

克哉は納得したかのように言う。確かにすぐ見つかるようならば噂には
ならず、ただの常識や事実にしかならない。ゆえに見つかりにくい、或いは
簡単な方法ではいくことができない場合に限られる。

「けど、上の方まで探した。それでないとすれば……」

「下ですね」

言うが早いか瞬時にリボンを取り出しそれを素材にして巨大な銃を作る。
先にラストバタリオンに撃ちこんだのは小脇に抱えられるほどだったが、
今回のそれはまるで大型バイクのようなサイズで……。

「ちょ、ちょっと待ちなさいマミ!」

「ティロ・フィナーレ」

ぼそりと呟くと、砲撃を床に打ち込む。魔力の弾丸であるため跳弾の
恐れがないようにすることは可能だろうが、飛び散った破片が危ない。
本来のマミであればそこまで考えて撃つだろうが、若干激昂している
ためか些か性急な行動がみられた。

318: 2013/05/19(日) 21:11:46.16 ID:8651lMCs0

もうもうと立ちこめる土煙のなか、ぽっかりと空いた穴の先に空洞が
見られた。案の定と言ったところか。さすがにラストバタリオンたちも
足元を破壊するのは最後の手段にしたのだろう。それを行う前に
ほむらたちの陽動作戦があり、最後まで調査が行われなかったのかも
しれなかった。

そして案の定、そこには通路のようなものも見える。明らかに人工物と
わかるものだ。

「ちょっとマミ。ずいぶん荒っぽいじゃない」

「なんかマミじゃないみたいだ」

「昨日からそうだが、彼女は少し怒っているようだ。
君も友達なら、少しフォローしてあげてくれ」

「あ、ああ、分かったよ刑事さん」

杏子のつぶやきを拾う克哉。その彼は杏子の肩に手を乗せ応じただけで
あとは達哉がパオフゥあたりと連絡を取っている姿を見ていた。
連絡がつき次第、突入する。

その連絡を待たず、マミが飛び降りる。やはり頭に血が上っているようだった。
後をほむらがため息交じりに追いかけ、さやかと杏子も後に続いた。

その勝手な動きを見て、克也は溜息をついた。

319: 2013/05/19(日) 21:12:46.23 ID:8651lMCs0

『やっぱりあれか。見滝原中の地下にUFOでも埋まってるのか』

『第三帝国が火星に行くとか噂もあるしな』

『で、やっぱ魔法少女が鍵なんだ? だから集めてたんだろ』

『モウスグセカイハオワル』

『さぁマジで盛り上がってまいりました』

『火星でなにするんだろうな』

『凡人にはわからないことするんだろうぜ』

『UFOノアの方舟説』

『オワリノトキハチカヅイテクル』

『ああ、ずいぶん前そんな都市伝説あったよな』

『珠閒瑠市のことだろ。大地震の前後にUFOが飛び立ったとかなんとか』

『どうせたいしたことないって』

『つかカタカナだけで書き込む奴こええって』

320: 2013/05/19(日) 21:14:47.89 ID:8651lMCs0

パオフゥの狙った通り、噂が流れ鍵がかかったようだった。入口発見の
のあとの連絡でそれが確認できた。通話を切りうららに話しかける。

「さて、今度は俺たちが行く番だな」

「あの時は後手後手だったけど、今回は先んじていける」

「噂の通りならラストバタリオンがもう一度見滝原中を攻めるはずだ」

そこを、ペルソナ使いの一部や魔法少女たちで迎撃する。その間に
ほむらや周防刑事達がUFOを抑え無力化する。
また余計な噂を垂れ流すTV局もおさえる。これでできることはほとんど
のはずだ。
二人は武装して、迎撃を行うために立ち上がる。

だが、この二人にしても知らないことがある。

第三帝国とヒトラーが、このUFOらしきものを狙っているという噂に
自分たちが侵食されていることに。
それが「なぜ?」という部分にあまり意識が向かっていないことに。
彼らが狙っているからそれを防ごう。そう考えるあまり理由やその整合性
に考えが向かっていない。

ペルソナ使いですら視認できないキュゥべえが、PCの横に鎮座
していた。
そこにQBではありえない、邪悪な笑みを浮かべて。

327: 2013/05/26(日) 23:54:30.43 ID:wWG9sfLo0

さやかや杏子は、先ほどからのマミの行動に驚きを隠していない。
性急な行動。周囲を省みない砲撃。いつもの彼女らしくないその行動が
信じられないのだ。

「……彼女はいつもああなのかい?」

克哉が訝しげに尋ねる。長い通路を歩きながら。途中、パオフゥが
追いかけることができるよう目印を忘れない。
それに対し杏子が応じる。

「いや、あんなんじゃなかったはずだ。もうちょっと……」

優しかった、という言葉を飲み込んだ。こうなった原因がそもそも自分に
あるのかもしれないのだ。それをいうには、彼女の罪悪感は大きすぎた。
だが、それを克哉はくみ取ることができた。

「そうか。いつもと違うようなんだね。
……今すぐ切り替えるのは難しいかもしれない。だから君らがフォローを
してあげてほしい。彼女のためにも」

杏子は頷き答えた。それが償いになるかもしれない淡い期待を抱きながら。
先ほどまで俯いていた杏子が顔を上げる。克哉はそれを見て彼女の心が
上向きになったことを理解した。落ち込んだままで戦闘を行わせるわけには
いかないからだが、それ以上に大人として子供を導いてやりたい、そんな
老婆心が働いたからだ。

そして、それはさやかにも届いた。彼女もまた同じ苦しみを感じていた。だが
彼女が杏子と違うのは、自分がマミのために何かをすることができる存在なのか、
わからないという点だ。
咄嗟にマミを助けようとしても『できない体』なのではないかという危惧だ。

328: 2013/05/26(日) 23:56:19.09 ID:wWG9sfLo0

ずいぶん歩いたであろう距離の果てに、入口らしいものが見つかる。らしいと
いうのは、そこが扉ないしは門のように閉ざされているからだ。
周防刑事達はそこでいったん止まり、パオフゥの到着を待った。
連絡では先を越されている様子がないと意見が一致した。あとはここで
ラストバタリオンを迎撃するだけだ。だがパオフゥの意見はそれより
一歩先を行く。

「パオフゥは先に侵入しこれを破壊してしまおうということなんだ」

当然、可能ならという但し書きつきだ。だがそれによりニャルラトホテプが
何をたくらんでいようと、ヒトラーがUFOを何に使おうとも動かなければ
用をなさない。

「確かにそのほうがいいっちゃいいよな」

希望が出てきたのが嬉しいのか、杏子の声が弾む。それにより、全員の雰囲気も
僅かながらによくなったようだ。
その中で、ずっと思案顔なのがほむらだ。
彼女はずっと考えていた。当然、まどかのことだ。まどかが待っている、という
ことが頭から離れない。それについて、さやかは喋ることすらできないという。
まさかまどかが、ほむらの氏……すなわち消滅を望んでいるということだろうか、と。

「ほむらさん。まだ固くならないで。私たちで、解決しましょう」

朗らかにいうマミ。先ほどまでの性急な態度が少し収まっているようだ。さすがに少々
反省したらしい。少しだけ恐縮していた。

「それはいいけれど、先ほどみたいな砲撃をするときは、一声欲しいわね」

「う、わ、わかったわ……、ごめんなさい」

「貴女なら大丈夫だと思うけれど」

329: 2013/05/26(日) 23:57:46.62 ID:wWG9sfLo0

ほむらは結局、さやかに問いただすことはできなかった。話しかけづらい話題
ではあったが、単純にさやかが苦手だからだ。なんとなく声をかけるのを憚る
というか、躊躇う。それはほむらの性根の問題でもあるし、前の世界からの
確執(ほむらからの一方的なそれではあるのだが)のためでもあった。

「もうすぐ後続が着く。彼らを待って突入しよう」

一方のさやかも問題がある。罪悪感から項垂れ落ち込んでいるからだ。というのも
先の戦いにおいて、彼女は上条に会ってしまった。さやかを心配する彼の声が、
彼女をほむらを狙う刺客としての気勢を奪ってしまったようなのだ。
上条の前でさやかは、クラスメイトを消滅させることができなくなってしまった。
そのため、もはや彼女にほむらを狙う意思や気力はない。むしろ今は杏子の
罪滅ぼしを手伝う意思の方が強い。

「達哉はここで戻れ。ここから先はペルソナがなければ危険だろう」

マミは先ほどまで滾っていた怒りが少々収まってきている。黒幕への怒り、
茶番により殺された生徒たちへの悲しみ。自分の無事を泣いて喜んだ級友への
感謝。それらを束ねてここに挑んだわけだ。だが先の砲撃をし八つ当たりを
済ませると、その後に自己嫌悪が襲い掛かってきた。
また、うららが戻ってきたときに化粧を教えてくれるという。そんな気遣いを
思いだし、自分が逆上していたことを恥じた。

「いや、行く。舞耶姉を出汁にされて……引き下がれるわけがない」

克哉の気遣いも意固地な彼には効果がなかった。だが克哉にしても天野舞耶を
出汁にされて黙っていられない。彼も彼なりに、彼女の人柄を好いていたからだ。

330: 2013/05/26(日) 23:59:07.34 ID:wWG9sfLo0

そんな空気の中、パオフゥたちが到着した。うららは真っ先に達哉のことを案じたが
聞き入れるはずもない。パオフゥは彼の憤慨を受け入れており、それを止めるつもりが
全くなかった。

「どうでもいい。いくぞ。だが……どうやってここから入るんだ?」

頭をひねるペルソナ使いたちの前で、一度顔を見合わせる魔法少女たち。よく見ると
皆一様に顔色が悪い。なにか、青ざめているかのようだった。示し合せ、マミが一人
すたすたと入口らしき所に近づく。まるで、開け方を知っているかのようだった。

「確かに、噂が現実になる、というのは本当のようです……」

先の怒りの状態から落ち着いたマミが手をかざす。

「その、自分でも戸惑っているのですが……。
頭の中に、やり方が浮かび上がってくるんです。知らないことなのに……」

それがどういうことか理解できると、ペルソナ使いたちは青ざめる。自分たちのように
事情を知っているはずのものですら、噂が現実になるということの影響を受けている
ということだった。

確かに噂が現実になるならば彼女たちに開け方がわかってしかるべきではある。
だがそれが自分たちにも影響し開け方がどこからか焼き付けられるという状況に
恐怖を感じずにはいられない。
これが事情を知らない人間たちにはどう感じられるのだろうか。

その『焼き付けられたやり方』に従い、一同は入り口をくぐる。

331: 2013/05/27(月) 00:00:49.30 ID:yS7A6VP80

そこは、異様な空間だった。四本の柱に囲まれた狭い空間。それ以外は
真っ暗で何も見えない。地平線すら。そこを囲うように魔法少女たちが
立っている。まるで、中央に立つ役者を見守るかのように。

「ここが、UFOのなか? なの……?」

マミが不安げに周囲を見渡す。同じように杏子もほむらも辺りをうかがう。
UFO、宇宙船というならばもっと機械的なものを想像した。だがこれは
まるで、何かの悪夢のようだった。
よく見ると、そのまわりの何かが流れるように動いていた。

「ん? さやか? それにおっさんたちがいねえ」

「えっ? は、はぐれてしまったの?」

『そうではない』

その声にならない声が響き、三人の中央に奇妙な蝶が浮かび上がる。鱗粉の
ような光をこぼし、あわあわと頼りなげに浮かぶ。

『ここはUFOの中ではない。意識と無意識の狭間の世界だ』

「な、何のこと?」

『わからなくてもいい。私はフィレモン。意識と無意識の狭間に住まう者だ』

動揺し混乱する魔法少女を気遣うふうでもなく、フィレモンと名乗る蝶は
淡々と話す。

『本来ならば君たちに試練を課し、困難に立ち向かう力を与えるのだが……』

あわあわと力なく床に舞い降りる。飛び上がる力もないかのようだった。事実
フィレモンには力がないようで……。

『その試練を与える力すらない。ゆえに君たちには言を持って助力するしかない』

「試練? 力? 何のことだ?」

「ひょっとして、ペルソナの力?」

『そうだ。だから君たちにはこれだけしか言えぬ。き奴に立ち向かうには……』

声もだんだん小さく弱くなっていく。心なしか明滅する蝶の光も弱く薄くなって
いるようだった。魔法少女たちの目にもそれとわかるほどに。それは魂の輝きの
消失。

『すべてを受け入れたうえで諦めないこと。君らが困難に立ち向かえることを……』




――油断ならぬやつめ――

332: 2013/05/27(月) 00:02:13.50 ID:yS7A6VP80

「……うした? 君たち?」

ほむらたちの聴力視力が戻る。立ったまま気を失っていたかのように
たたらを踏むほむらたち。心配そうに見つめるうらら。声を掛けようとした
瞬間、別方向から声がする。

『どうしたんだい? 気を失っていたかのようだったよ』

キュゥべえがいつの間にかそこにいた。昨日の戦闘中、杏子たちの視界から
いなくなって以来だった。何事もなくいつものように杏子の肩に乗る。

「あれ、QB、いつの間に? 一緒に入ったの?」

「お前どこに行ってたんだよ」

『僕の別個体を探していたんだ。すでに破壊されていたけれどね』

「ん? 君たち大丈夫か」

心配そうに克哉が声をかける。ペルソナ使いたちには彼女たちが虚空に
話しかけているようで心配していた。

「いえ、大丈夫です。私たちを魔法少女にしたQBと話をしているんです」

マミが説明する。QBと契約することで魔法少女になること、その素質が
ないと、QBを知覚することができないことを語った。
釈然としないまま、ペルソナ使いたちは納得してくれたようだった。

333: 2013/05/27(月) 00:03:17.57 ID:yS7A6VP80

次いで、先ほどの奇妙な体験を話す。フィレモンの存在。見知らぬ空間の
話。マミが語る間、ほむらも杏子も同じ体験をしていたことに気付いた。

「あの野郎。相変わらず役に立たねえな」

克哉も説明する。フィレモンなる人物は、ある特定の呪いをすることで
その人の夢に現れる存在だ。ある試練を課したのち、それに打ち勝つと
ペルソナの力を与えられる、というのだ。
そもそもフィレモンというものは、ユングの夢に現れた老賢人の名前である。

「あなたたちも会ったことが?」

それとなく全員が頷く。ペルソナ能力を持っていることから察するに
嘘ではないように思われた。

「すべてを受け入れたうえで諦めないこと……か」

それができなかったゆえに、ニャルラトホテプに膝を屈した者たちがいた。
耳触りのいい言葉に惑わされ、受け入れがたい現実から目をそらした。

「それが奴に対する敗北なんだとさ」

パオフゥが苦々しく呟く。それを皮切りに、幾何学模様が描かれた船内に
歩き出す。それに続くペルソナ使い。そして、魔法少女。
ちぐはぐな心の動きのまま、ばらばらに歩き出す。

334: 2013/05/27(月) 00:04:29.96 ID:yS7A6VP80

『彼らは何者なんだい?』

「ペルソナ使い、と言っていたわ。この一件の黒幕と敵対するもの、とも」

些か頼りなげなほむらの言いよう。確かにことが動きすぎ、ほむらも完全に
理解しきれていない。彼女が辛うじてわかることはこの首謀者が人非ざるもので
少なくとも、自分を標的にしていることだ。そしてその首謀者と敵対する彼らと
共に、その首謀者に一矢報いるためここにいるのだと、説明した。

『ニャルラトホテプ……ナイアーラトテップともいう、創作された神話の神だね』

それをペルソナ使いたちに律儀に中継するマミ。QBが知覚できない彼らに取り
虚空と話をする彼女らに一抹の不安を覚える。
パオフゥの答えは『その神話になぞらえてそう名乗ってる、別の何かだろう』との
ことだった。

『そういうことなら僕も協力するよ。幸いここの中でも別個体へ連絡は着く。
他の魔法少女となら連絡することが可能だ』

「便利な連絡網だね」

何気なくほむらの肩に移動して呟くQB。誰にも見られないその顔は
隣にいるほむらを見下すような表情をしていた

335: 2013/05/27(月) 00:05:21.04 ID:yS7A6VP80

『もうUFOのなかに入ってんじゃね』

『攫った魔法少女たちに無理やり開けさせるだろうしな』

『やっぱりUFOで火星に行くのかな』

『火星が幸せのうちに統治した』

『キバヤシキター』

『話はwww聞かせてもらったwww人類はwww滅亡するwwwwww』

『ノストラダムスの予言はずれまくりの件について』



『円環の理とまどかってなんかつながりあんの?』

『なにそれ』

『魔法少女に広まる噂だって。まどかってやつが円環の理の神様らしいよ』

『日本語でok』

『つか魔法少女がネットやってる暇あんのか』

『釣られてやんよ』

336: 2013/05/27(月) 00:06:25.53 ID:yS7A6VP80

同じころ、TV局やいくつかの倉庫で戦闘が始まる。南条家の私兵とベテランの
ペルソナ使い。彼らがラストバタリオンとの戦闘に突入したのだ。銃声と
魔法の爆発音。悲鳴、怒り、怒号。それらがないまぜになっていた。


TV局にいた三人は受付で押し問答をしていた。許可がないものが入れない
という厳重なセキュリティに四苦八苦しているところ、局の駐車場に物々しい
軍用車が入ってくる。
それを見て迎撃に入る二人。上杉はロビー内の人を避難させようとする。

「ペルソナ……」

彼の男性は真っ先に飛び出す。隊列を組む前の兵士たちに躍り掛かり
ペルソナを発動させる。その背後には、インド系の装飾がまばゆい、男性神。
それが刀らしき何かを振りかぶると一閃させる。たったそれだけのことで
軍用車の荷台を真っ二つにする。
それに合わせるように英理子もペルソナを呼び出す。そのペルソナが行使する
大量の水が隊列を組む直前の兵士を薙ぎ払う。

駐車場で待機していた南条の私兵と何人かの魔法少女もラストバタリオンに
襲い掛かる。
見る見るうちに撃破し殲滅していく中、空中から三体の異形の機械兵が飛来する。
その手にはあの魔性の槍を持って。

ベテランペルソナ使いと、聖槍騎士が戦闘に突入した。

337: 2013/05/27(月) 00:07:22.59 ID:yS7A6VP80

一方の南条は大多数の魔法少女たちと共に捕らわれた魔法少女の奪還に
動いていた。見滝原中学校からほど近い、廃工場だ。
かつてそこは、さやかのデビュー戦となった、あの場所だった。

迫りくる兵士を殴り倒す玲司。それを援護するゆきの。そして魔法少女と
私兵を指揮する南条。全くの無傷とは言えないが、ペルソナ使いの力もあり
徐々にラストバタリオンを撃破していった。
だが、友人たち奪還に燃えていた魔法少女の何人かが銃に撃たれ倒れる。
私兵たちが保護し後方に引きずろうとしたその前に、聖槍騎士が佇立する。
こちらも三体。それぞれが整然と並びながら銃を撃ち、反撃している。

「魔法少女は下がれ! 遠距離攻撃できるもの以外は兵士を狙え」

南条の慇懃な指示に渋々従う魔法少女たち。それを納得させるのは彼ら
ペルソナ使いが、聖槍騎士と戦うからだ。

「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」

それぞれがペルソナを繰り出す。魔法の力が奔流となり襲い掛かる。
迎撃すべく構える聖槍騎士。一体が距離を詰めて突進してくる。後方の
二体が銃撃で援護する形のようだ。

「槍に注意しろ。あれに刺されたらペルソナが使えなくなる!」

「「その前に、ぶっ潰せばいいんだろ」」

「……ったく……」

荒っぽい返事を行う二人に南条は溜息をついた。

347: 2013/06/03(月) 00:50:41.87 ID:3QB3zLqQ0

彼女らはUFOの船内を歩く。前衛をさやかと杏子が務め、その後ろをパオフゥと
うらら。達哉を庇うように克哉が立ち、最後尾はマミとほむらだ。とくにマミは
後方からの攻撃を意識する。克哉とほむらを守る形の陣形だ。

「罠なんかもあるかもしれないからね」

とは杏子の弁。さやかもソウルジェムが無事であれば即氏はしない。仮に
大きなけがをしても、強力な回復魔法で治してしまう。それも自動でだ。
だが、許容量を超える傷を自動で治すために魔力を使いすぎてしまうことがあった。

「魔力を使いすぎなければいいけれど」

「魔獣相手のときみたいに全魔力を使い切るなんて無茶はやめてね」

『大丈夫、今度は同じ失敗はしないよ』

「そうかぁ?」

『……ここには、恭介はいないからね』

さやかが消滅することになってしまったときは、自らの魔力をすべて攻撃にあて、
それを使い切ってしまったから。そういう無茶をしてしまった過去がある。
そのような無茶をした背景にあったのは上条の存在だ。偶然彼のコンサート会場近くで
魔獣が多数発生したのだ。彼を魔獣から守るため
彼女は自らをかえりみず戦った。
だから今はそんな無茶をする理由はない。さやかはそういっているのだ。

(どうだか)

魔法少女三人の気持ちそのままだったのだろう。全員が全員、同じタイミングで
溜息をついた。

大人たちもそんなことをなんとなく嗅ぎ取ったのだろう。だがさして気にするでもなく
そのままにしておいた。
彼らにも、若気の至りはあったし、経験もしたからだろう。

348: 2013/06/03(月) 00:51:12.03 ID:3QB3zLqQ0

「ところで、その魔獣というのは?」

ペルソナ使いたちは悪魔達との戦いの経験が豊富だ。その中に魔獣という
カテゴライズされるようなものと戦ったこともある。有名なケルベロスや
フェンリル、はては象の姿をした魔獣もいた。

「ええっと、……なんて説明したらいいのかしら……」

マミが困惑するなか、ほむらがキュゥべえからの伝言形式で伝える。このあたり
キュゥべえの姿が視認できないのが面倒ではあるが仕方ない。掻い摘んで
説明する内容を、ほむらが咀嚼して伝えた。

「なんだか要領を得ない話ねぇ」

「その辺は俺も集めた情報と一致する。魔法少女が戦う相手ってところだろ」

漠然とした説明で理解を諦めた者もいれば、事前に知っていたと納得する者もいた。
魔法少女たちとて魔獣に対し明確な理解をしているわけではない。ひどい話だが
かつての魔女の時の様に『倒すべき敵と理解していればいいじゃないか』という
お気楽な理解をする者もいた。
だが問題は、魔獣たちがここに発生しかねない雰囲気があるという。それは
瘴気と言われる得体のしれない空気が薄く延ばされたように漂っているらしい。
ただ、それをほむらはある種覚悟していた。というのもジョーカーでありさやかが
言っていたからだ。

「魔獣が増えるってことね」

「そういう予想を当ててほしくないんだけどな」

そういって槍を構える杏子の視線の先には、その魔獣出現の兆候が表れていた。

349: 2013/06/03(月) 00:51:50.22 ID:3QB3zLqQ0

テレビ局前の駐車場は戦場になっていた。駐車している車を遮蔽物とし、上手く
身を隠しながら前進するラストバタリオン。それに対し訓練されてるとはいえ
練度低く防衛が精一杯の私兵たち。
けれどもその私兵の士気を補って余りある魔法少女たちの動きが目覚ましい。
人数は少ないながらもその特異な戦闘方法が功を奏し、押し返していた。

「どいて! 車ごと、ぶっつぶしちゃうから!」

巨大なハンマーを繰り出しゴルフスイングの要領で車を殴りつけ、間にいた兵士を
挟み込む。身動きが取れなくなった兵士に銃弾が放たれた。
また車のガソリンタンクに銃弾が当たったのか、そこから炎上する。燃え盛る炎は
払暁の薄闇にまぎれる兵士たちを明々と照らす。
また、ペルソナ使い三人が聖槍騎士を三体抑え込んでいることが大きい。
巧みにペルソナを使い兵士と聖槍騎士を分断。さらに槍を警戒し距離を取りつつ
装甲にダメージを与え続けている。

『ぐうう、たかが一般人にこのような力が……』

私兵たちも徐々に負傷者が増えている。だがそれ以上に戦闘不能になる兵士も
多い。戦局はペルソナ使いたちに有利になっている。

その様子を、物見高いテレビスタッフが撮影している。それを阻止しようと
南条の息のかかったスタッフが押しとどめる。理由は危険だということと
お茶の間向きではない殺伐とした映像だからということだ。生中継で無いにしろ
こんな映像が出回ってしまってはどんな噂が流れるかわかったものではない。

『おい、こんなことしていいと思ってんのか! スクープだぞ!』

「弾が飛んでくるんだぞ! さっさと逃げろ!」

『邪魔を……すんなっての!』

数か所で押し問答が続く。

350: 2013/06/03(月) 00:52:23.83 ID:3QB3zLqQ0

さやかが魔獣の最後の一体を切り伏せる。隣には散らばった石を集める
杏子の姿。一個ずつ拾うのがまどろっこしいのかマミが作ったリボンを
塵取り代わりにして一か所にまとめている。

「あれが魔獣か」

うららの呟き。なるほどあれは説明しにくいわけだ。
不思議なことに、他の大人たちにも視認できるようだった。ほむらは
それを魔女の結界と同じことと解釈した。魔女のくちづけにより
結界に誘われた哀れな被害者は魔女を視認することができる。それは
おそらく魔女たちが結界内で実体化しているからであろう。魔女たちは
自分たちの姿を某かの理由で被害者に見せる必要がある。
魔獣たちが魔女の代わりとして存在するのであれば、同じ理屈で
結界内で実体化しているのではないだろうか。

魔獣たちはほとんどさやかが斬り伏せた。杏子やマミは中・遠距離で
さやかのサポートに徹し、魔力を温存できた。また大量の石を得たため
今後ラストバタリオンとの戦闘にも余裕が生まれた。

「僕たちの攻撃も通るみたいだな。ペルソナの力に限らないようだ」

克哉が務めて冷静に判断している。彼らが放つ力により魔獣たちは
簡単に撃破されていた。それも当然で、彼らは非常に強力な悪魔を
ペルソナとして降魔させている。精神力の疲労も大きいが出力も
かなり大きい。魔法少女の攻撃に勝るとも劣らない火力で魔獣を
殲滅してしまった。

351: 2013/06/03(月) 00:53:41.65 ID:3QB3zLqQ0

廃工場ではほとんど戦闘が終わっていた。怒りに燃える魔法少女たちにとって
ラストバタリオンの一般兵など物の数に入らないからだ。瞬く間に防衛ラインを
分断し殲滅させた。
それもこれも、聖槍騎士とペルソナ使い三人が膠着状態を演出しているためだ。
南条は、相手をすぐさま倒すつもりではない戦い方を指示していた。
一般兵の救援に聖槍騎士たちを行かせないように仕向けていたのだ。
血の気の多い玲司やゆきのは歳経て相応の落ち着くを手に入れていたため、
激昂したふりをしていたのだった。

(さすがに老獪だねえ)

ゆきのは南条の軽妙な指揮に感心していた。玲司もゆきのも従える理屈と
戦術は、相手を一般市民と侮った兵士たちを次々に撃破する。
相手が侮らざる相手だと気付いた時には遅かった。

『おのれ貴様ら!』

「フン。侮ったお前たちの不明を呪うのだな」

南条が召喚するペルソナと彼の大剣が、聖槍騎士の一体に襲い掛かる。
それを槍で捌くのが精一杯だった。ペルソナ使い一人につき聖槍騎士一体。
それは決して彼らには重いノルマではない。槍先の電撃も克哉からの情報で
把握済み。空中に浮かぶ戦法もペルソナが撃ち落とす。
もはや聖槍騎士たちの有利は崩れ去っていた。

「おい。こちとらお前らのせいでノルマ未達成になっちまったんだ。
八つ当たりくらいさせろ」

玲司は完全に私怨をぶつけるつもりのようだ。手で槍の柄を掴み綱引きをしている。
それにあわせ、ゆきのと南条がペルソナを呼び力を解き放つ。これで先ず一体。

352: 2013/06/03(月) 00:55:06.02 ID:3QB3zLqQ0

魔獣たちを殲滅し進む。最初はさやかがあらぬ方向に誘うことを危惧していた
が、通路は一本道。どこかに隠し通路くらいあるかもしれないが、それを
探す時間的余裕はない。さやかにしても後ろを心配しながら前をゆっくり歩く。
どこかに誘い出すという意識ではなさそうだった。

ところどころ罠らしい罠もあった。とくに細くなった通路の両脇から矢が
飛び出す仕掛けはそれだけで難儀した。だが結局踏んだ床に反応することが
わかると、マミが作ったリボンの橋で難なく通り抜けることができた。

魔獣、罠、魔獣、罠……。決して楽とも簡単ともいえないが、脱落者を
出すことなく、無事に進めている。
途中念のためとマミと杏子による結界を張った。これは後方から追いかける
であろう敵の侵攻を阻害する目的だ。また結界が破られればマミなり杏子なりは
感知できる。どこまで敵が迫っているか把握できるのだ。
こんなことができるのも石が大量にあり、力を存分に発揮できるからだ。

「魔法少女の魔法ってのは便利なんだな。人探しに使えねえかな」

「どうだろう。そんな都合のいい魔法なんてあるのかな」

「どうでしょう? あまりそういったことに使ったことはありませんから」

感心しきりのパオフゥとうららの態度に困ったような笑いを浮かべるマミ。

ほむらにとって魔法少女の異能を易々と受け入れていることが驚きだ。
彼らが、彼らが普通に異能を持っているから、だろうか。そんなことを
思いながらも作り出した弓を持て余しつつ後に続く。

353: 2013/06/03(月) 00:56:01.88 ID:3QB3zLqQ0

ややあって、何もない広い部屋にたどり着く。やはりそこも一本道で
特に迷うことも困ることもない。またそこは魔獣が現れるような瘴気も
ない。どれだけ戦い、歩いたか。徐々に全員の疲労の色が見て取れた。

『こういうところで襲われたら困るのだけど、ここで休まないか?』

キュゥべえの提案をほむらはそのまま伝える。さすがに全員がこのまま
突き進んでもいいわけがない。魔力の温存は石が相当数確保できていため
問題はない。だが魔法少女の体とて痛みは遮断できても疲労はそうはいかない。
めいめいが腰を下ろし、息を整える。なんとなく言葉少ななほむらが気になる
うららがそばに近づき腰を下ろす。

「ちょっとお邪魔するよ」

「どうかしたんですか」

「何も。ただあんたがちょっとだけ心配になったのさ」

それはそうだろう。終始思案気な顔をしているほむらの異常に、大人たちは
気付いていた。だが、それがなんなのかわからないため、遠巻きに見守るしか
なかったのが大人の男性たちの限界だった。
それをさっし、うららが口火を切った形だ。だがほむらは口をつぐみ、ただ
黙っているだけだ。

「その、『まどか』って子のこと?」

うららが核心に切り込む。その言葉にほむらは髪の毛が逆立つほどの怒りを
見せる。だがそれは瞬時に納まり、鉄面皮をそこにさらす。
そんなほむらのガードの硬さにうららが辟易する。だがここであまりつついても
意味がないことを察していた。そのため話題を切り替えようとした、その時だ。

「あの、その『まどかさん』ってなんとなく覚えてるのだけど。いえ、違うわね。思い出してきたの」

「ああ、あたしもだよ。ぼんやりおぼろげだけどさ……。小柄な、女の子だろ」

ぴしり。何かがひび割れる音がした。

354: 2013/06/03(月) 00:56:37.73 ID:3QB3zLqQ0

さやかは何も聞こえていないらしい。マミと杏子が結界を張ったドアを睨み
そこを守る立場でいるようだった。先に進まない限り敵は後方からくる。
そのため、彼女は敵から皆を守る盾になろうとしていた。

「ね、もう一回教えてほしいの。彼女のこと……」

「ただの夢物語よ。証明するすべはないわ」

「それでもだよ。なんだかさ、忘れちゃいけないことを忘れてる気がするんだ」

二人にそう穏やかに言われてはほむらも断りきれない。というのもほむら自身が
それを語りたくて喉に言葉が詰まっていたのだ。それがうららが感じるほむらの
思案気の表情のそれだった。
ため息交じりにほむらは再び語る。かつてQBに話した通りまどかのことをもう一度。

うららにはその表情があまりにも懐かしそうだった。何か遠い日になくした思い人を
懐かしんでいるような、そんな表情にも見えた。だからほむらのやや熱を帯びた語り
口調を眩しい思いで見守っていた。
魔女、魔法少女、QBの陰謀。自分が守りたかった人たちの氏。世界の改変。
そしてまどかの消滅。助けたかったまどかは概念となり人間に知覚できない
存在となってしまった。

「今思えば、その円環の理というものに、まどかはなっているのかもね」

生まれる前に魔女を消し去る願い。ゆえに魔法少女は魔女にならず消滅する
のではないだろうか。少なくともほむらはそうと信じて戦っていた。

「そっか。全部が全部信じられるわけじゃないけど……」

「いえ、いいわ。むしろこんなことを信じられる方がおかしいもの」




ぴしり

355: 2013/06/03(月) 00:57:22.80 ID:3QB3zLqQ0

それが生じたのは大人たちの目の前。壁が引き裂かれるようにひび割れる。

「私にとっては、大事な友達だった。いいえ、今も大事な友達よ」

ぴしり

「ああ、なんとなく……思い出してきたかな……」

ぴしりぴしり

「不思議ね。私もよ。ひょっとしたら、これも噂の効果なのかしら」

ぴしりぴしりぴしり

「あの入口のときのこと?」

あの入口での記憶の書き込みは魔法少女たちを戦慄させるに十分なものだった。
それは、前後の脈絡なく情報が書き込まれたからだ。だが今回は違う。
前後のつながりある『記憶がある』ため、そこにまどかの記憶が書き込まれても
全く不自然はない。

ぺりぺりぺりぺりぺり

「でも、その……彼女の記憶を噂する奴なんていないだろう?」

そんな具体的な噂など流れるはずがない。ましてやまどかは誰の記憶にも
残っていないのだから。だからこれはほむらは、小さな奇跡だと理解した。
いや、そう思い込もうとした。

ぱりん

356: 2013/06/03(月) 00:57:53.10 ID:3QB3zLqQ0

一際大きな音がして、壁が砕け散る。大きな音に全員が振り向いた。

どさり、という音がして壁から何かが落ちてくる。

それは小柄な人の形をした何かだった。

それぞれが不思議がるその中、ほむらがひきつったような声を出す。

めったに聞かれないほむらのその声にマミも杏子も、さやかですら振り向く。

わなわなと唇を震わせて、一歩ずつ小柄な少女に近づく。

皆はその様子を黙って見守っていた。いや、見守らざるを得なかった。

ほむらの顔が、大きくゆがんでいた。今にも泣き出しそうな苦しそうな
見たこともない表情だった。

その倒れている、眠っているようなそれを抱き上げる。しばしその顔を
見つめている。

そして確信したかのように抱きしめる。

「……まどか……」

ほむらが抱きしめているのは、――だった。

その声に反応したのか、その少女はうっすらと目を開けてほむらを見返す。

その瞳はまっすぐほむらだけを写していた。

「……ほむら……ちゃん?」

彼女の名前は、鹿目まどか。

362: 2013/06/09(日) 21:12:07.05 ID:m3OwlXof0

ほむらが抱きしめているのは、最愛の友人だった。

ほむらが抱きしめているのは、守りたかった人だった。

ほむらが抱きしめているのは、失ってしまった人だった。

ほむらが抱きしめているのは、円環の理、そのものだった。



まどかが苦しむくらいきつく抱きしめるほむら。その姿はマミも杏子も
見たことがない。ここまで感情を発露させている姿に驚いていた。

「……ごめんなさい……」

「貴女……本当のまどかなのね」

「うん、そうだよ。ほむらちゃんが知ってる……鹿目まどかだよ」

それだけ聞いて納得するとさらに深く抱きしめる。
ずきり、マミの心がわずかにきしむ。だがそれを飲みほして声をかける。

「貴女が……まどかさん、なのね。ほむ……暁美さんが言っていた」

まどかはこくりと頷く。杏子も異口同音に尋ねたかったことなのだろう。
まどかとマミを交互に見やり納得したように溜息をついた。
マミにしろ杏子にしろ、まどかのことを覚えていなかった。だがこうして
目の前にいるのが自分たちが覚えていないまどかだと、おぼろげながらに
感じていた。

周囲の大人たちは堰として言葉が出せない。突然現れた存在に驚きと
不安を感じていた。何らかの罠ではないかと。

「まどか……ごめん……私……」

サングラスをかけたまま、まどかに歩み寄るさやか。
その口元は歪み悲しみに耐えていた。
まどかは首を左右に振った。

「いいんだよ……。だってわるいのは、あの顔のないかみさまなんだから」

363: 2013/06/09(日) 21:13:02.01 ID:m3OwlXof0

まどかはぽつりぽつりと事情を話す。自分が願った願い、そして
自分の存在が世界に溶けてしまったこと。誰にも、両親にも忘れ去られて
しまったこと。そして……

「私にはみらいがみえるはずだったのに。急に見えなくなっちゃったの」

世界の改変直前に、ほむらに語った言葉だ。時間を超え、世界の垣根を越え
宇宙の法則を超え、ほむらが通った地獄とそのみらいを知覚していた。
だが、それが突然見えなくなった。今まで見えていたものが見えなくなり
まどかは混乱し、そばにいた人にすがった。
それが先に導かれ消滅したはずのさやかだった。

「さやかちゃんはね、杏子ちゃんが生き返られてくれるって知ってたから……」

だからほむらを連れて行こうとしたという。まどかが寂しくないように。
さやかでは、自分ではまどかの不安を癒せないことを知っていたから。

「そう、さやかがやってたことは、やはり貴女のためだったのね」

そして喋れない思いの代わりにクロッカスの花を作り投げつけた。
『あなたを待っています』という意味を込めて。だがまどかのため、という
思いのほかに、さやかには別の感情もないわけではなかった。
情けない話だが、ほむらに嫉妬していたのだ。
隣にいるさやかではなく、ほむらを思って泣いている幼馴染の親友に。

364: 2013/06/09(日) 21:13:46.47 ID:m3OwlXof0

「いいわ。こうして事情が分かった以上。もうさやかを責める気はないから」

『ありがとう、ほむら』

まどかを抱きしめたまま立ち上がると、ペルソナ使いたちに向き合い事情を話す。
彼らにしても理解しがたい世界ではあったが、理解できないものをそのままにして
納得するという方法で飲み込んだようだ。

「その子はどうする? いったん戻って制服組に保護させるか」

『それは困るな。ここにいてもらわねば』

一同が振り返る。そこに立っていた人物を見た瞬間鳥肌が立つ。どこかで、
見たことがある風貌。そして特徴的な服装。周囲を圧倒するようなカリスマと
それ以上の禍々しさを称えている男性。
そして、その人物の周囲に降り立つ聖槍騎士たち総勢七体。それぞれが手に
槍を持ち、守る様に立ちふさがる。中央の一体が白銀の鎧のほかは、物々しい
鈍い金属の色をしていた。その重厚な体が威圧感を強める。

「なっ、なんで先にっ!」

『噂だよ。すでに入っているんじゃないか。そう噂してくれた者どものおかげだ』

その人物、アドルフ=ヒトラーは自らも槍を携え、サングラス越しに
魔法少女とペルソナ使いを睨みつけた。見下した、と言った方が
いいのかもしれないが。

365: 2013/06/09(日) 21:14:58.97 ID:m3OwlXof0

噂が広まると、それが実現可能かどうかをまるで無視しそれが現実になる。
過去の歴史や本人の人格、事実すら無視し、その『設定』だけが定着し発露する。
この場合は、入口が入れなそうという事実を無視し、すでに侵入しているという
噂だけ現実になった。

「何が目的だ!」

血気にはやり克哉が吼える。だがそれはいわゆる時間稼ぎ、戦う意思を皆の
心に入れるための時間を作るためだった。

『もう達成しているのだよ』

こともなげにヒトラーは言う。

『しかし、時間稼ぎなどしていいのかね。後ろからは兵士どもが来るぞ』

白銀の聖槍騎士が笑いながらいう。つまり彼らは挟撃されているのだというのだ。
手の内をばらしても問題ないほどの必殺の陣形と言えよう。

『総統閣下。ここは我々が足止めを』

『ふむ、頼んだぞ。もう恩寵の者も頃しても構わん。好きにやるがいい』

六体の黒金の聖槍騎士たちが槍を掲げる。その統率のとれた動きが練度の
高さを如実に表しているようだった。
それを見て満足したヒトラーは笑みを浮かべると、建物の奥に歩いていく。
それに続いて白銀の聖槍騎士が続く。

「達哉はまどかくんを! 我々はコイツらを抑える」

「ほむらくん、奴を追うぞ」

達哉がほむらに話しかける。聖槍騎士は任せ、二人……三人でヒトラーを追う。
そう提案しているのだ

『良かろう。閣下にはリーダーがつく。こちらにはロンギヌスコピーの力を見せてくれよう!』

槍を水平に構える。
一方のペルソナ使いたちも武器を構える。
マミ、さやか、杏子も各々の武器を生み出し戦いに備える。

「お前はあの男を追え! 俺たちが道を作ってやる! いいな!」

パオフゥのドスの効いた声が響く。それが開戦の合図だった。

366: 2013/06/09(日) 21:15:39.14 ID:m3OwlXof0

うららのペルソナが放つ疾風が敵全員に襲い掛かる。その颶風は鎧を
吹き飛ばさんほどに荒れ狂い、足を止める。また気圧の変化で鎧を超えて
本体にダメージ行く。
その間隙をついて三人が走る。まどかを達哉が背負い、戦場から離すように
駆け抜ける。ほむらは達哉の後ろにつき、追撃に備える。

風の中心からやや離れたところにいた騎士は体勢を立て直し槍を振りかぶる。
それをさやかが神速で飛び込み抑え込む。噛み合う武器。そこにほむらの矢が
飛び、騎士への牽制とする。矢を嫌い鍔迫り合いを避ける聖槍騎士。

さらに杏子がそこへ飛び込みさやかを一人にさせまいとする。だが聖槍騎士も
銃を撃ち杏子を足止めする。飛び込んだため敵陣に一人になったさやかに
別の聖槍騎士が迫る。

「美樹さん、飛んで!」

言うが早いか飛びのいたところにマミが中空から飛び掛かる。空中で
マスケットを乱立させ二体に目がけ乱射する。例のリボンの拘束を伴う弾だ。

だが、マミの追撃は四体目に阻まれる。嵐を避けるため飛行した個体が
マミ目がけて突進。槍を振りぬいた。マスケットと噛み合い刃は避けたものの
マミはバランスを崩し地に叩きつけられる。

マミのフォローに向かおうとした克哉とパオフゥの前に立ちふさがる
二体。顔は見えるわけがないが、仮面の下がにやついているのが感じ取れた。

「「じゃまだっ!」」

二人のペルソナ使いの咆哮が木霊する。

367: 2013/06/09(日) 21:16:49.31 ID:m3OwlXof0

廃工場での戦いはもはや決着がつくところであった。
少女たちの監禁場所を知った魔法少女がそこに突入。いかんなく力を
発揮し、一般兵たちを殲滅(文字通りの意味だ)した。

一方の聖槍騎士はすでに一体が活動停止。残りの二体に三人が襲い掛かる
という状態になっていた。動かなくなった個体から槍を奪うと肩に担ぎ
無造作に振りぬく。ペルソナの力と彼の剛腕そのものにより受け止めた
聖槍騎士が吹き飛ぶ。
ゆきのが召喚した地母神が放つ炎と雷の魔法が吹き飛ばした個体に
直撃。動作不良を起こした。そこに南条のペルソナが薙刀を振りかぶり
叩きつけ、こちらも活動を停止した。

「ふん。こんなものか」

『く……。さすがはあのフィレモンの手のものか』

「さぁ、戦闘能力を奪って拘束させてもらう。抵抗は止めることだ」

「こっちとしちゃぁ、動かなくなるまで殴らせてもらいたい……」

「もんだがねぇ」

どちらが悪役かわからないほどの口調で威圧する。そんななか魔法少女
たちから悲鳴が上がる。それからしばらく遅れて南条の部下から報告が
上がる。その彼の顔は怒りに赤くなっていた。

「どうした」

聖槍騎士から目を離さず聞く。このあたり歴戦の戦士の風格だ。

「魔法少女たちの脳に『細工』がされていました……」

その言葉に反応した玲司は生き残った聖槍騎士の顔面を拳で撃ちぬいた。

「よせっ!」

気持ちを理解しつつも南条は玲司を止める。だが彼が破壊した頭部にあたる
部分の下から、何やら肌色が見える。その内容に気付き息を飲む。

「なんてことを……」

ゆきののうめき声が全員の意見を代弁していた。

368: 2013/06/09(日) 21:17:57.67 ID:m3OwlXof0

地に叩きつけられたマミにうららが駆け寄る。空中から迫る聖槍騎士に
風の魔法を叩きつけ吹き飛ばす。マミには特に外傷はなかったが、高さと
打撃の衝撃に軽くめまいを起こしていたようだった。

間もなく同じくマミを心配し集まるさやか。彼女と殺陣を繰り広げていた
二体が追いすがる。その二体にはマミのリボンがいばらの様に広がり
足元にからみつく。同時にマミとうららが放つ遠距離攻撃が二体に襲い掛かる。

「ここは、慣れてる者同士で組んだ方がいいみたいだね」

うららの提案に頷く魔法少女たち。うららが走りだし向かった先は杏子を
牽制する個体。それに突進し殴りつけようとする。だが当然聖槍騎士の方も
気付き槍を振って接近を阻害する。だがそれは完全に陽動で杏子とスイッチを
目的とした行動だった。
地を転がる様に槍を避けるうららに気を取られたため、杏子がフリーになる。
杏子はテレパシーでも受けたのか、迷わずマミのところに集まる。

振り下ろされた槍を掴み、にらみ合ううららと聖槍騎士。拳打で銃口をそらし
やはり疾風の魔法で吹き飛ばす。

「つえーな。あの人……」

『マミさん、指示をください! 私たちが前衛に立ちます』

「ああ、あんたはあたしらが守ってやる。スクラップにしてやるからな」

リボンの拘束を破り迫る聖槍騎士と空中の個体が三人の魔法少女に迫る。

369: 2013/06/09(日) 21:18:57.39 ID:m3OwlXof0

一方のテレビ局では小康状態が続いていた。遮蔽物を使い身を隠し
長期戦を覚悟する兵士たち。それに対し、能力が高くても練度が低い
魔法少女たちはやや焦れてきていた。その背景には、聖槍騎士三体と
見事な立ち回りをするペルソナ使いたちの派手な戦い方によるものが
あるのだろう。

ピアスの彼を中心に、二人の男女が息の合った戦いをこなす。片手剣を
槍を、レイピアを駆使し聖槍をしのぐ。銃器や魔法で遠距離から的確に
ダメージを与える。一般人とは思えないほど精通した戦いぶりに
ストレスが溜まってきたようだった。

「ああもう。むこうかっこいいなぁ」

(さすがに待つ戦いは苦手、なんだろうなぁ)

南条の部下もそのあたりを察している。散発的に銃声がする以外は
攻撃の雰囲気もなくなってきている。こういうとき逆に奇襲をかける
こともあるのだが、南条の私兵たちの練度は低くない。その警戒をし
魔法少女のフォローをしていた。

だが違っていた。ラストバタリオンの、ニャルラトホテプの狙いは
全く違うところにあった。
それゆえ、小康状態すらも演出していたのだ。


――緊急速報です、これは映画ではありません……――

戦闘状態の誰もが気付かないことではあったが、テレビ局のクルーが
彼らの戦闘を撮影し全国放送をし始めたのだ。
その撮影を阻害しようとした南条の息のかかったスタッフもいたが
その一派が制圧されていた。
南条すら把握していなかったがすでに内部に入り込んでいた
ラストバタリオンが存在していた。もちろん。それとも関係ない社員も
いたことはいたが、それらすら制圧していたのだ。

――彼らはラストバタリオンを名乗り、魔法少女たちを拘束するため
各地で活動をしている部隊です――

――魔法少女とは、契約によって人々に害をなす魔獣たちと戦う
少女たちのことで……、ま、まだ読むの?――

――チャキ タァン――

その銃声とキャスターの最後まで全国放送された。

370: 2013/06/09(日) 21:20:04.80 ID:m3OwlXof0

派手な爆炎と精密な射撃。克哉とパオフゥの攻撃は他の誰をも圧倒する
火力を秘めていた。外見より激情家の克哉を上手くフォローするパオフゥと
いう組み合わせが功を奏しているようだ。
パオフゥの武器は指弾だ。単純に人間が使っても急所に当たれば危険な
ものを悪魔の力を上乗せすることで、拳銃並みの威力をほとんど
ノーモーションで実現できる。恐るべき武器だった。

槍をそらし、銃口をそらし、両手に構えたサーベルで立ち向かうさやか。
そのやや後ろを守る杏子。そして決め手となる必殺技を持つマミの連携は
聖槍騎士団を上回る。数合噛み合う間にマミのマスケットが吼える。

そこまでしてようやく、聖槍騎士たちからほむらたちへの注意がそれた。
それにあわせ、キュゥべえもほむらに合流する。

「QB、走るわ。背後の警戒をして」

『わかったよほむら』

ほむらの肩に飛び乗ると背後を監視する。敵の攻撃があればそれを伝える
役目だ。テレパシーは単語や文章を伝えるだけとは限らない。それ以外にも
映像を伝えることでジョーカー様の風貌を伝えられるし、今の様に攻撃の
種類や速度も伝えられる。

三人と一匹はヒトラーの後を追うべく、姿を消した入口目がけて走って行った。

371: 2013/06/09(日) 21:21:40.36 ID:m3OwlXof0

一人、彼はそこにいた。先日の戦いの恐怖は心にあったが、それ以上に
それを塗りつぶす勢いであったのは、無くしたはずのものとの再会。
それは思った以上に、彼の心を揺さぶっていた。
無くしてから気づく大事なもの。それは古今言われ続けてきたことでは
あったが、それが自分の身に降りかかりここまで痛烈に感じるとは思わなかった。

(だからこそみんな歌うんだな。昔から)

仁美の言葉も届かないほど、彼は落ち込んでいた。さやかを失った悲しみに。
そして、再会した時の自らの喜びようから、自分がどれだけさやかを大事に
思っていたか理解してしまった。失った時は友人を失った悲しみだとばかり
思っていた。だが、こうして再会した時の喜びは、友人のそれはとは全く
異なっていた。

(僕は……さやかが好きだったんだ)

だが、彼、上条にさやかへ男女の情があったとは確定しづらい。彼もまた恋愛に
疎い少年であったから。そして何より家族同然の付き合いをしていたさやかに
恋愛感情を持つことは難しかった。

時に心理学的な『錯覚』と言われるケースが近いかもしれない。
彼には妹なり姉なりはいない。だがあまりに日常的に歳の近い異性がそばにいる
環境が続いたため、さやかを妹(ないしは姉)と『錯覚』してしまった。
だがそれを失ったため『錯覚』が解けた。
そこへさやかが甦り自分を守った。フィルターのない目で見たさやかは美少女である
ことには疑いはない。また身を挺して守るその気高さに、心を奪われた。

(でも、もし、また失ってしまったら……僕はどうなってしまうんだろう)

さやかは顔を見せることすら拒絶した。
それは彼が彼女の思いに気付かなかったからと解釈した。
後悔と、自分を責める気持ち。



そこに這い寄る悪意がいた。




『さて、これで不具合が生じたはずだ』

『恩寵の者と、コトワリの神。き奴らすら、噂からは逃れられぬ』

『しかし便利なものだ』

『奴らが黒幕だと噂をしてくれるおかげで、力が戻ったのだからな』

『もう一押し……』

377: 2013/06/16(日) 22:40:24.23 ID:ArruH2Gh0


玲司が砕いた顔らしきそれはコードや機械が詰まったもので、そこに
人間の頭部があるわけではなかった。そこから延びるコードは下の
魔法少女の頭に繋がっていた。
聖槍騎士の中身は、操られた魔法少女。

『なるほどね、興味深いね』

どこからともなく表れたキュゥべえが呟く。それをわざとその場にいる
魔法少女たちに伝播させていた。

『ソウルジェムが魔法少女の体を動かしてはいるけれど、実際に
命令を受けて肉体の活動に変換するのは脳だからね。そこを弄れば
魔法少女も支配下におけるわけだ』

そのあまりの現実に嘔吐する魔法少女もいるなか、当たり前の様に
分析するキュゥべえ。

「こ、これが……、魔法少女を使った『超人のつくりかた』かっ」

「ねえ! QB! これ、元通りにできないの!?」

友人である魔法少女たちのなれの果てを見て、悲しみに打ちひしがれる
少女に対し、相変わらず淡々と応じる。まるで、いつものQBの様に。

『無理だろうね。現代の外科手術ではどうにもならないだろう』

「じゃぁ、皆を助けるって願いをすれば!」

『かなりの素質がない限り、この人数を救うことはできない。
そして、昨日今日の戦いで……、素質のある少女も契約してしまったし
……それ以外もほとんど殺されてしまった。数が合わないよ』

絶望し涙にくれる少女たち。そのやるせない姿を見て、大人たちは
自らの無力さを呪った。

378: 2013/06/16(日) 22:41:22.99 ID:ArruH2Gh0

銃弾の雨の中、さやかは一人突っ走る。迎撃すべく三体の聖槍騎士は
槍を繰り出す。そのさやかは絶妙のタイミングで横に跳び、マミの砲撃を
回避する。巨大なマスケットの直撃を受け仰け反るところに杏子が
斬りかかり、腕を切断する。ロンギヌスコピーが腕ごと明後日の方向に
吹き飛んだ。

「さすが連携取れてるわ」

「こっちだって負けていられないってことだ」

「そうだな。……ペルソナっっ!」

克哉の気迫に合わせ、灼熱の炎を操る神が顕現する。その大きな動きに
聖槍騎士が反応するが、その芽を指弾が潰す。さらばと銃を向ける騎士には
うららが飛び込み狙いを付けさせない。ペルソナを生み出しながら拳を
繰り出す。

「バカやろう! 近寄りすぎだ!」

パオフゥが召喚しつつあったペルソナの指示を変え、魔法を撃ち出す。
指弾をさらに上回る狙撃が騎士に直撃した。だがその際に繰り出された槍先が
うららの腕をかすめる。生み出されつつあったペルソナの召喚が阻害され
霧を散らすように消滅する。

「くっ、かすめただけでもっ……」

だが克哉の魔法は完成した。爆炎が三体の騎士に襲い掛かった。うららは
地に伏せ炎を避ける。息を止め、高熱の空気で肺を焼かれないようにする。
炎の衝撃で吹き飛ぶ先頭の騎士から、ほうほうの体で離れるうらら。

爆風がおさまったころには、うららも二人と合流する。その間パオフゥに
頭をはたかれていたが、肩のかすり傷以外に大きな外傷はなかった。

「少しの間下がってろ、いいな!」

炎の中から、三体の聖槍騎士がゆらりと立ちふさがる。

379: 2013/06/16(日) 22:43:54.83 ID:ArruH2Gh0

街頭のテレビがその放送を伝える。それを知った南条のスタッフは各方面で
戦闘を繰り広げているスタッフへ報告を行った。連絡を密にしそれぞれの
戦場での情報交換を密にするためのものだった。

私兵から伝えられる情報に、顔色を変える三人。すぐさま駆け出す
ピアスの彼。そしてそれを追う聖槍騎士と、彼の殿を守る二人。
テレビ局の中の異常に気づき、侵入を試みる。それを理解して彼らは
その援護を行う。まるで示し合せたかのようだが、あの戦いを潜り抜けた
ゆえのチームワークと判断だった。

「アイツはな、自分の『出』ってやつをわかってるんだよ。
空気読めない奴は、テレビ業界じゃ生きていけないんだぜ」

「彼の邪魔は……させません」

軽口を言う上杉の顔は笑っていない。一般視聴者には思いも
よらないほどの怒りに満ちた表情だった。逆にエリーは極めて冷静な
面持ちでいる。
二人がペルソナを召喚し力をふるう。それに対し三体の騎士が襲い掛かる。

同時に、兵士たちも突入を開始する。まるでそれを待っていたかのような
タイミングに魔法少女たちに動揺が走る。だがそれを支えたのは大人たち。
彼らが叱咤したため、何とか迎撃姿勢を取ることができた。
また、彼女らはその放送の危険性にすぐに気付かなかった。だから
目的を果たせなかったことやアナウンサーが銃殺されたことは悔しいし
怒りを覚えたが、それまでだった。

そう、少なくとも日本各地にラストバタリオンが何の前触れもなく発生し
魔法少女狩りを始めていたことに気付いていなかった。

380: 2013/06/16(日) 22:45:10.63 ID:ArruH2Gh0

ヒトラーを追う三人。精悍な達哉に背負われているまどかは落ち着かない。
父親の知久以外の男性に抱き上げられたことなどなかったからだ。
驚いたように強張り身をすくめている。

暫く進み、ドアを何度か潜り抜ける。その間、かなりの距離を進んだ
はずだった。だが前を行く二人には追いつけないのか、姿は見えない。

「まどか、貴女は変身はできないのね?」

予てからの疑問を尋ねるのはほむらだ。彼女がほむらの知るまどかならば
変身することが可能のはずだ。

「うん……。どうしてかわかんないけれどだめなの」

「君も魔法少女なのか?」

「あ、はい。ごめんなさい。私鹿目まどか、っていいます」

律儀に自己紹介をする。そこがUFOの中で、達哉の背中の上でなければ
ちゃんとお辞儀をする姿が見えただろう。

「僕は周防達哉だ。さっきの髪の短い方の男が兄。二人とも刑事だ」

襲われる心配があるため、走ることなく歩く。だからか、ついまどかも
緊張感のないことを言ってしまう。

「私にもタツヤっていう弟が……」

最後まで言えず、言葉を飲み込む。つらそうなまどかの背を、ほむらが
労わるようにさする。まどかの記憶であれば確かに弟なのだが、今ここに
いる詢子、知久には彼女の記憶は、おそらくない。それを思い出してしまった
から。

381: 2013/06/16(日) 22:46:15.92 ID:ArruH2Gh0

『すげー、何あれ特撮?』

『スタンド出てる! すげーかっけー』

『つかマジ鍵十字』


『にげてー、にーげーてー(笑)』

『あれエリーじゃん。モデルもスタンド使いか』


『魔法少女の衣装が可愛い件について』

『武器がとってもバイオレンスだけど。なんでハンマーなんだよ』

『つかマジで少女なんだな』


『ブラウンかっけー。つかスタンドがなまらシブい』

『ブラウンさんはやればできる子。槍うめえ』


『あのイケメンつええ。あ、テレビ局入ってった』

『あのロボが強そう。でもあの二人ももっと強そう』

382: 2013/06/16(日) 22:46:57.58 ID:ArruH2Gh0

動かなくなった聖槍騎士……魔法少女だったそれを拘束し運ばせる。
また捕まっていた魔法少女も保護している。その中のほぼ半数が、
ラストバタリオンの処置が施されていた。

他の、候補生を含む無傷の魔法少女たちはめいめいがマイクロバスに分乗し
保護されていった。
そして、そんな彼らの元にもその報告が届く。

「彼らでも間に合わなかったか」

怒るでもなく淡々という。玲司とゆきのは多少苛立ってはいたがそれで何かに
当たるような真似はしなかった。
それだけ彼らが大人になっているということだろう。自分が最善を尽くしても
必ずしも望む結果が得られるとは限らない、ということを知っているのだ。

「仕方ない。もはや元凶を潰すしかあるまい。これで諦めたら奴の思う壺だ」

「俺たちもテレビ局行くか?」

疲れを微塵も出さずに玲司はいう。そのタフネスさに南条も期待はしていたのだが……。

「それよりも……あの放送のおかげで噂が広まったはずだ」

「町中で魔法少女と軍隊がぶつかるね」

恐らく仮面党もだ。つまりほとんど三つ巴の戦争が始まるということだ。
そして、彼らは行動を起こす。その市街戦を少しでも早く制圧するために。

383: 2013/06/16(日) 22:48:05.99 ID:ArruH2Gh0

三人は周囲を警戒しつつ歩く。だがその先に、白い鎧が見えた。
聖槍騎士、ロンギヌスのリーダーだろう。その一見すると美麗にすら
見える体に禍々しさを称えながらその場に立っていた。

「時間稼ぎか」

『総統の命令だ。『恩寵の者』と『特異点』の殺害がな』

相変わらず機械を通しての声でも、そこに嘲りが見て取れる。常に相手を
他者を、そして絆を見下すその姿勢は、やはり這い寄る混沌の姿勢に
酷似していた。

『お前に思い出されても困るそうだ。面倒なのだよ』

槍先で達哉を指し笑う。彼にも多少、あの時の記憶がある。だが違うのは
ほとんどすべて伝聞系であること、そしてペルソナ能力がないことだ。

「ずいぶんと余裕ね。私は数に入らないかしら?」

怒るでもなく淡々と弓をつがえるほむら。真っ直ぐ狙うその魔力は
まどかの知る、時間停止を武器にしていたかつてのほむらとは違うものだった。

そして何より、とても美しかった。

「まどかが守りたかった世界を、よくもめちゃめちゃにしてくれたわね……」

その青臭い怒り方をリーダーは鼻で笑った。それをほむらは受け流す。
当たり前だ。彼女は何十年分もの戦いを、たった一人でやっていたのだ。
それくらいで激高してしまうような軟な精神をしていない。

それくらいならとっくにもう自我が崩壊している。
それだけの地獄を潜り抜けたのだから。

達哉とQBはまどかを庇うように下がった。
ほむらの矢が解き放たれる。それの矢じりを正確に槍で斬り落とす。
下手に払うと矢の弾性であらぬ方向に跳ねて体の一部に当たることが
あるからだ。

それが開戦の合図。

384: 2013/06/16(日) 22:50:53.52 ID:ArruH2Gh0

『少年、その娘が気になるか』

「あ、あなたは?」

「上条さん!」

突如現れた男に、警戒する少年少女。
もはやぼかす必要もない。船内にいるはずのヒトラーが、上条と仁美の
前に現れていた。

『お前を想い、人としての形を失った娘を忘れられないか、
と聞いているのだ』

「さ、さやかのことか」

「駄目です、話を聞いてはいけません。
さやかさんはもう亡くなっているのです!」

だが、仁美は知らない。上条がさやかに出会ってしまったことを。
仮に知っていても彼の心の衝撃までは思いが至らないだろう。それを
彼女に求めるにはあまりにも若すぎて幼すぎた。

そして上条もそれは同じだ。さやかの最後を二人から聞いていた仁美の心を、
彼も知る由もない。

『お前の腕を直し、未来を繋げた少女。健気ではないか。
それを忘れるなど……、男として許されることなのかな?』

揺さぶる。

『私が絵を描いていたことくらいは知っているだろう?
当時の私が絵筆を持てなくれば、同じくらい苦しむだろうな』

仁美が上条の腕にすがりつきその袖をしっかりつかむ。連れて行かれまいと
必氏なのだ。そう、彼の言葉は上条を誘惑しているのだと、気付いたのだ。

『そしてその腕を治してくれた女性に対して、私もお前と同じくらい
感謝をしてしまうだろうな』

そのカリスマめいた顔が笑う。そこに邪悪さがないのが余計に、仁美には
禍々しく見えた。その裏に潜む悪意が見え隠れしていたのだ。

『何よりお前は私などよりその腕を認められていたな。
羨ましい限りだ。ならばなおのこと感謝も大きかろう、な』

それはまさに悪魔の誘惑だった。

385: 2013/06/16(日) 22:51:53.34 ID:ArruH2Gh0

そして、各地で動く軍隊は人を街を飲み込みながら広がり魔法少女を
捕えるべく行動を開始する。
それを辛うじて抑えていたのは自衛隊だ。南条グループの警告を受け
すでに準備してはいたのだが、初動の遅さが目立っていた。

だがそれが逆に幸いした。活動を開始したラストバタリオンに対し
専守防衛とはいえ行動を開始したのだ。
駐屯地から離れ見滝原に行っていれば、空洞化したそこが無防備に
なっていたであろう。

街を魔法少女を守るため戦う彼ら。決して人数は多くないが、その練度や
装備においてラストバタリオンにも引けを取らない。
携帯火器やボディアーマー程度の装備であっても充分に対抗していた。
幸い、見滝原以外には聖槍騎士は現れない。

だがそれでも無尽蔵に溢れる兵士たち。そして雲の合間から現れる巨大な
飛行船。空の巨人ともよばれるそれが、空港などのレーダーを全く無視し
現れる。そこからも溢れ出す兵士たち。
日本国内に鍵十字が広がっていく。



そして、最後の異変が始まる。
戦いに力尽きた魔法少女たちに訪れるはずの安らぎが、来ない。
心が折れ、絶望した彼女たちを救う御手が現れない。



『この国では成長途中の女のことを少女と呼ぶのだろう?
……ならば、やがて魔女になるお前たちのことは、魔法少女と呼ぶべき、だよな』

ソウルジェムを濁らせてしまった少女の前で呟くキュゥべえ。




ぱきん

392: 2013/06/23(日) 20:18:43.87 ID:CgPrE9Oh0

「何が目的なのですか!」

仁美が眦を決して叫ぶ。さやかも失った。そのうえ上条まで失っては
彼女はもはや立ってはいられない。必氏だった。上条の腕にすがり
奪われまいとしていた。

『お前を救ったものが窮地に立たされている。としたらどうかね』

ヒトラーは全く仁美に取り合わない。真っ直ぐに躊躇わず上条だけを
見つめている。そこでわずかにでも笑えば疑いを持つこともできたかも
しれない。だがニコリともせず、真面目な顔で話を続ける。

『その娘は今戦っているよ。己の罪悪感からな。
それは己が体を滅ぼしかねないほどのものだ。見ていられんよ』

本気で同情するような声色と表情をする。これがヒトラーの正体を
知っているものであれば、演技だと看破することもできるだろう。だが
上条にしても仁美にしても、この男を邪と跳ねのける力はなかった。
圧倒的なカリスマに裏打ちされた説得力にのまれていたのだ。

「やめてください! お願いします! 私から上条さんを奪わないで!」

だが辛うじてそれが邪悪な誘惑であると気付いた仁美は耳をふさぎ絶叫する。
さやかから上条を奪い、さやかから上条を奪った彼女には苦痛でしかない。
当の本人たちがどんなに否定しても、彼女はそれに囚われていた。
強く袖を握り締め、上条にすがりつく。

『奪うとは心外だな。
同じ芸術を志した身としては、その心が気になるというだけなのだがな』

上条は言葉を発することができなかった。

『絆を、失いたくは、あるまい?』

393: 2013/06/23(日) 20:19:28.96 ID:CgPrE9Oh0

ぱきん

それに最初に気づいたのは南条達救出部隊だった。
まず拘束した聖槍騎士を搬送させ、そののち保護した魔法少女や候補生を
搬送する。そんな手順を取る予定だった。そのための指示を出しテキパキと
行動する南条。そして無事な魔法少女やペルソナ使いたちは銃器の補充と
簡単な食事をとり見滝原各地の戦場を回る予定だ。

だが、結果的にはそれはできなかった。

聖槍騎士を搬送する大型のトラックを準備している間にそれは起った。
何か硬いものが破裂するような音が聞こえたのち、聖槍騎士三体を中心に
周囲の風景が一変する。
それは南条達がかつて体験した、悪魔の結界に似ていた。

そう、結界。

私兵や魔法少女、そしてペルソナ使いを飲み込み肥大化するそれは
異様な光景だった。
シュルレアリズムのような、誰かが見た悪夢のような。狂気の風景。

「な、なんだこれは!?」

「狼狽えるな! 全員集まれ! 非戦闘員を囲め!」

「外側は魔法少女たち、頼んだよ!」

「最前列は俺たちが立つ。背後のフォローをしろ!」

円陣を組み、その異常事態に備える。

394: 2013/06/23(日) 20:20:30.88 ID:CgPrE9Oh0

白い鎧が真っ直ぐほむらに襲い掛かる。槍を振り降ろす。二度、三度と
切り返したのち、ほむらの弓と噛み合う。動きを止めたところで銃口を
向け、躊躇わず発砲した。
それを思い切って躱すほむら。近接戦においては弓は不利だがほむらに
とってはそれは全く問題ではなかった。なぜならば、彼女の後ろには
まどかがいるから。守りたい、最愛のひとがいるから。

『躱すのだけは上手いようだな』

「でくの坊の動きならね」

二人の鍔迫り合いが終わったところを見計らい達哉は拳銃で狙撃する。
警察の支給品ではない。南条が用意したファイアパワーのある外国製の
拳銃だ。弾もかなりの量譲り受けている。それでほむらの戦いを補佐
していた。

そんな二人の戦いをまどかはただおろおろとみていただけだ。彼女は
恐らく生身の人間と変わらない。銃声がするたびに、機械音が響くたびに
身をすくめ怯えていた。
一方の聖槍騎士はまどかなど眼中にないかのようにひたすらほむらを
攻撃する。それも当然で、補佐の達哉の火力ではその鎧を突破できない。

一方のほむらも必氏だ。一撃でも槍を受ければ魔法少女の変身が解かれる。
そのためかなり大きく槍先を避けなくてはならない。そのための余分な
回避行動が攻撃の隙を減らしてしまう。防戦一方になっている。
だが、ほむらは諦めない。真っ直ぐに敵を睨みつけて攻撃のチャンスを
狙っていた。

395: 2013/06/23(日) 20:21:25.13 ID:CgPrE9Oh0

分断させたことが仇になった形だ。聖槍騎士と兵士に挟撃され、魔法少女
たちはやや混乱している。それを押しとどめているのは南条の私兵と、
上杉の明るさだ。かろうじて聖槍騎士を足止めし、局内に入った彼を
追わせないようにできていた。

また、挟撃されたために魔法少女たちが聖槍騎士に挑むことができたため
二対三という状況が崩れていた。魔法少女たちは(極論さえ言えば)槍に
かからなければ致命傷には程遠い。

銃弾を魔法少女がその身で受け止める。振り下ろすハンマーで槍先を
抑えきると、その背後から英理子のペルソナが魔法で襲い掛かる。
ただの水流どころではない。その威力で鎧をへし曲げるほどの水圧が
かかっていた。

ぱきん

かくしてそれは起るべくして起こったと言えよう。聖槍騎士たちが
戦闘の小康状態を演出していた。それゆえ、『彼女ら』のソウルジェムの
限界が近づいていた。
水圧から立ち直り、反撃を試みる聖槍騎士の動きが止まり前のめりに倒れる。
受け身すらとらないその動きに訝しがるも残り二体が攻撃に加わる。
だが、それすらも数回噛み合っただけで倒れた。その後、ピクリとも動かない。

「な、何が起きた?」

「わかりません。ですが今は背後の兵士たちを!」

大天使のペルソナを呼び出し、回復と攻撃を指示する。上杉も
それにならい振り返ったそのとき、それは起きた。



彼らもまた結界にのまれたのだ。

396: 2013/06/23(日) 20:22:22.11 ID:CgPrE9Oh0

さやかがその魔力を使い、強引に聖槍騎士を持ち上げる。槍を失った
その個体は銃撃をさやかに打ち込むが、超回復を発動する彼女には
意味がなかった。
だが、その一方で無謀な戦法に青ざめるベテラン魔法少女。

「馬鹿野郎! 無茶すんじゃねえ!」

『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』

渾身の力を振り絞り、さやかが投げつける先には二体の聖槍騎士。一体は
それを避けきれず受け止め体勢を崩す。だがもう一方は離れていたせいか
俊敏に回避する。
体勢を崩したところにマミが必殺の一撃を放つ。ティロ・フィナーレは
まさに必殺技にふさわしい威力で、投げ飛ばされた個体を貫き、
もう一体にも浅くない損害を与えていた。

無理な肉体強化と傷の修復を行ったため、さやかの魔力が大きく
減っていた。
そこに残った聖槍騎士が槍をかざし襲い掛かる。自己修復を誘発させる
銃撃と共に、突撃槍の要領で突っ込む。迎撃姿勢が取れないさやかは
それをもろに受け止めてしまう。遠くに吹き飛ばされるさやかを見て
杏子は激怒した。

「てめええええええええ!」

ソウルジェムごと吹き飛ばされたさやかは昏倒しているのか動かない。
マミがそれに駆け寄るのを視界の端にとらえながら、杏子は猛然と
聖槍騎士に襲い掛かった。

397: 2013/06/23(日) 20:23:27.38 ID:CgPrE9Oh0

銃弾と矢。その十字砲火を受けつつもリーダーたる個体は余裕を崩さない。
銃弾を受け止め、矢をかわし、執拗にほむらに迫る。その戦いに怯える
だけなのがまどかだった。

(ほむらちゃん……頑張って)

だが、まどかにはいつもの元気がない。この祈りも本来なら声に出す
くらいのはずだ。影を落とす理由は自分がここにいるから。

『やぁ。君が鹿目まどかだね』

「QB!?」

『やっぱり僕が見えるんだね。ということは素質があるということなんだ』

「ね! 私にはすごい素質があるんだよね!?」

かつて世界を変える願いを願い、まどかは世界に溶けた。それを思いだし
今ここで再び魔法少女となってほむらの戦いに加わろうと思っていた。
それが、ほむらを蔑ろにする願いだと気付かずに。
彼女が魔法少女でないのは、ほむらが無意識にそう願ったからだ。だから
今契約が可能なのは、彼女の、ほむらの望みではなかった。

『いや、ないね』

ばっさり切り捨てる。おそらくは、とQBは続ける。

『ほむらの話では君は一度契約して世界を改編したんだ。
そこで素質は使い切ってしまったと言っていい。
使い切るという表現は適切じゃないかもしれないけどね』

まどかは項垂れた。そして辛うじて顔を上げ、ほむらを見守った。

398: 2013/06/23(日) 20:24:27.38 ID:CgPrE9Oh0

ペルソナ使いたちの火力は聖槍騎士を大きく上回る。本音を言えば
パオフゥ当たりは手ごたえのなさを感じてさえいた。

(こいつらなんだ? こんな軟だったか?)

比べているのはX-1と言われる兵器と戦ったことを思い出していた。
それにきわめて似ていると。だがそれに比べるとこの聖槍騎士は
弱かった。その意味に気付くことなく、彼は攻撃を続ける。
だが、それでも戦いは簡単ではなかった。苦戦をしないというだけで
槍の効果はやっかいだし、銃撃も決して楽に受けられるようなものでは
ない。

(本気で戦ってない……? 何かあるのか)

それがわからない。だから相手の策略に乗らず、一気呵成に倒すこと。
それが一番大事だと思っていた。それでもなおペルソナや魔法少女の
能力を封じる槍は厄介だったし、専守防衛を意識されての戦いに時間を
取られていた。

「もう一度行く! フォローを」

「ちっ。わかったよ」

斜に構えた態度ではあったが克哉の行動に同意する。その頃には
ペルソナ能力を復活させたうららが戻り、戦いに加わる。

「「「ペルソナ!」」」

外装を爛れさせた聖槍騎士に魔法が襲い掛かる。

399: 2013/06/23(日) 20:25:40.47 ID:CgPrE9Oh0

ピアスの彼が局内に入り込むと、兵士たちが襲い掛かる。職員に扮し
平服でいるものが多かったため、彼一人の侵攻を止める者はいなかった。
インド神話の神が敵を撃破するなか、スタジオに到着した彼の前には
血に染まったデスクと、そこに突っ伏すキャスター。

その惨状にたたらを踏みつつも、彼はその場にいた兵士の殲滅に乗り出す。
彼を責めるわけではないが、これは悪手だった。なぜならば、その場は
まだ中継されていたからだ。
未だそれを冗談やフィクションだと思っていたところに、見知らぬ男性が
ペルソナまで召喚し襲い掛かったのだ。



一方の駐車場は、聖槍騎士を中心に結界が広がっていた。鎧の中の
魔法少女の魔女化だった。

「あ、あれ……QB……ひょっとして……」

『うん。どうやらほむらが言っていたことが正しかったようだね』

「じゃ……円環の理は……」

テレビを見ていた魔法少女の顔色が青ざめる。その隣にはキュゥべえが
同じように見つめていた。QBのシステムは全個体が同じ情報を持ち
お互いを補完しあう。それと同じ方法でキュゥべえも情報を持ち、それを
魔法少女たちに伝播させていた。
何より、聖槍騎士の中身が魔法少女だということも伝えていた。

『何が起きたかははっきりしないけれど……。鎧の中の魔法少女が
魔女になってしまったようだね』

隣にいる少女のソウルジェムも、濁り出した。

400: 2013/06/23(日) 20:26:35.08 ID:CgPrE9Oh0

「ねえ! 起きてよ! なんで? なんで目を覚まさないの」

各地で広がる魔法少女の絶望。

「嘘でしょ! ソウルジェムはどこ? どこにいったの?」

目の前で友人が怪物に堕ちるさまを見てしまった彼女たち。

「私信じないよ、あんな……あんな化け物になっちゃうなんて!」

それはQBが広めてしまったほむらの作り話が現実になったことを表していた。

「いやだ、いやだぁ! あんなのになりたくない!」

項垂れるもの、錯乱するもの、壊れるもの……さまざまな態度を示していた。

「そうだよねまほうしょうじょがせいちょうしてまじょになるんだよ」



自衛隊の隊員が、魔法少女を保護する。彼はラストバタリオンから
それらしい衣装の女性を保護していた。彼女を抱き上げると、重装備の
まま軽々と走りだし自衛隊基地に運び込もうとする。

「大丈夫だからな。絶対に君を氏なせない!」

「……りだよ」

その零れた言葉を隊員は聞き逃した。

「わたしまじょになっちゃうんだもん。むりだよ」




彼女は自衛隊基地内で堕ちた。

401: 2013/06/23(日) 20:27:38.30 ID:CgPrE9Oh0

ほむらは戦いに集中している。おそらくキュゥべえの言葉も届かないだろう。
だから、キュゥべえは、事情を知っているであろうまどかに声をかける。
それが何よりも強烈な毒だと知って。

『まどか。君は魔女を知っているんだよね』

「え、うん。し、知ってるよ」

キュゥべえが何を言いたいか、何を言いだすかわかっている彼女は慄いた。
喉が渇き心臓が破裂しそうなほど鼓動する。恐怖を感じていた。

『各地の僕から連絡が届いた。あちこちで魔女が発生している』

蒼白な顔で、膝を折り地面に手をつく。まどかが恐れていたことが現実に
なった。そして、それはこの場にいるほむらたちも魔女になることを
表していた。それに気づいているであろうほむらや、事実を知ってる
さやかはまだいい。だがマミも杏子もそれと知らず、あの恐ろしい敵と
戦っているのだ。

ヒトラーがUFOを狙っているという噂に引きずられここに
集まっただけの彼女たちも。そもそもそれをして何をするか、本人が
そういったわけではない。にもかかわらず彼女らはそれと信じ行動し
ここに来ていた。

彼女たちもまた噂の力から逃れられなかったのだ。

402: 2013/06/23(日) 20:28:11.43 ID:CgPrE9Oh0

そして、仁美は一人途方に暮れていた。

ヒトラーと上条が消えた虚空を、生気を失った目で見つめていただけだ。
凄まじい喪失感と、絶望。さやかを、上条を零した手。
そして今戦っているクラスメイトと先輩も失ってしまうかもしれない。
彼女はそれを自分への『罰』と理解した。さやかを失った上条に付け入る様に
告白したことを悔やんでいた。

(アア、ワタシハオカシクナル。オカシクナルンダ)

どこか自分を客観的に見つめる別の自分がいるように感じていた。
そのあまりに情けない状況に、別の自分が侮蔑の笑いを投げかける。
けれどもその笑いは結局仁美の口からこぼれ、はた目には彼女が
錯乱したように笑っている風にしか見えなかった。

その横には、キュゥべえが静かに鎮座していた。

真っ白な顔に禍々しい表情を浮かべながら。

409: 2013/07/03(水) 23:06:34.13 ID:iimDU1i30

『うん、これならノルマはすぐに達成できるね』

愛嬌たっぷりにつぶやくキュゥべえだったが、
それがすぐに禍々しい笑みに代わる。

『などと、当時のあ奴ならいうのだろうな。だがこれだけのエネルギーを
宇宙の熱量氏を防ぐためになど、使うものか』

魔法少女が絶望し魔女になるその時に得られるエネルギー。それを宇宙の
ために使うのがQB即ちキュゥべえの役目であったが、このキュゥべえには
そんなつもりは微塵もなかった。

『宇宙の法則すら捻じ曲げるほどの力は確かに魅力だ』

『だがそれにより、人類そのものが滅んでは意味がない』

『この試練を乗り越え』

『人類の新しい目覚めを促す』

それがニャルラトホテプの望みだった。

410: 2013/07/03(水) 23:07:14.58 ID:iimDU1i30

マミの砲撃をまともに受けた個体は活動を停止した。残り二体。ここまで
くればあとはなし崩しに倒せるはずだ。だが一方のさやかも魔法少女の
変身が解けてしまっている。
駆け寄ったマミの目の前でさやかが目を覚ます。マミは見慣れた制服姿に
心を痛めた。

「さやかさん。大丈夫?」

『へ、平気です。でも、ソウルジェムが』

腹部にある体と一体だったはずのソウルジェムが地面に転がっている。それを
先に見つけたのは聖槍騎士。その個体はマミの砲撃を受けた際、後ろにいた。
だから損傷しつつも行動していたのだ。そして、さやかのソウルジェムを
見つけた。行動に障るほどにはダメージを受けているのだろう。頼りなげな
動きで足を振り上げ踏み抜こうとする。

それに気付いたのは杏子だ。一瞬そちらを見るが救出には行けない。正面に
まだ戦える聖槍騎士がいる。後ろを振り向こうものなら槍の一撃を受け彼女も
変身が解けてしまう。
だからマミが走り抜ける。スクラップ寸前の相手にリボンをのばした。拘束と
ソウルジェムの確保のためだ。
だが半壊していても銃器は無事なのだろう。マミに向かいめくら撃ちをする。
肩に、脚に、腹部に、胸に吸い込まれる銃弾。だがマミは怯まない。そのまま
リボンを伸ばし確保と拘束に成功する。

『マミさん! 止めてください! 逃げて!』

目の前で血まみれになる先輩。ついこの間まで自分たちが戦った相手を
マミはかばったのだ。

さやかは涙が流せない自らを呪った。

411: 2013/07/03(水) 23:08:01.94 ID:iimDU1i30

白い聖槍騎士はもはや達哉をも無視し出した。大口径とはいえ拳銃程度
では彼の装甲は突破できない。またほむらに近づけばそれすら発砲が
できないからだ。
近づけば槍、遠ざかれば銃や雷。無尽蔵の体力で繰り出す攻撃に、
ほむらは徐々に追い詰められていた。かつての様に弓と矢を剣と盾に
見立て攻撃をしのいでいた。だがとうとう弓が槍に切り落とされる。

腹部を貫く槍。ほむらの変身が解け、仁美が用意した服装になってしまう。
左脇腹からは出血しその服を汚す。そのまま昆虫の様に地面に
縫い付けられてしまった。
左手に一体化していたソウルジェムが転がり落ちる。

『恩寵の者もこんなものか。オリジナルの出番などなかったな』

その言葉に疑問を感じつつも、ほむらは意識が混濁していった。
本来なら痛覚を遮断することも可能なのだが、魔法少女の能力を
封じられてはそれはできない。痛みと出血が彼女の思考を阻害する。

「ほむらちゃん!」

思わず駆け寄ろうとするまどかを、キュゥべえが前に立ちおさえる。
今の彼女が行っても何もできないと知っているから。

「じゃまをしないで!」

『そういうわけにはいかないよ。君には……』

まどかの動く先に立ちふさがる。その表情はまどかからは見えない。

『……氏んでほしくないからね』

412: 2013/07/03(水) 23:08:35.58 ID:iimDU1i30

それを救ったのはペルソナだった。
スマートな体に炎をモチーフにした仮面。燃えるような赤と純白に
彩られた炎の神。それが拳で聖槍騎士を殴りつけた。
その凄まじい威力に仰け反り吹き飛ばされる聖槍騎士。かろうじて体勢
を直す。

「なるほどな……。シバルバーのときと同じということか」

かつて、『達哉』が今と同じようラストバタリオンを追い、宇宙船……
シバルバーに乗り込んだことがあった。
そのとき同行していた幼馴染の一人が思い描いた父親が敵として現れ
た。メタルダディ、などというふざけた名前で。あるいはアメノトリフネ
でもメタルマムという形で現れたこともあった。

まどかがその二人と似ているならば、ここもそれと同じと理解したのだ。

――ここは噂が現実になる中枢。そしてここでの思念は現実になる――

追いつかないと思えば追いつかないし、追いつくと思えば追いつく。
勝てないと思えば勝てないし、勝てると思えば勝てる。
そんな精神論根性論が通じてしまう信じられないような空間。
それがここでも展開されていたのだ。

兄克哉が放つ炎に匹敵する魔法を放ち圧倒する。
聖槍騎士のミスは、一介の魔法少女とほむらを侮ったこと。一般人の
達哉を疎かにしすぎたことだ。

そして、ペルソナの力を見せられた達哉は、自分にも使えると言い聞かせ
……結果発動させた。

413: 2013/07/03(水) 23:09:23.61 ID:iimDU1i30

周囲をバイクが駆け巡り、綿毛の存在が鋏を打ち鳴らす。その外側には
何らかのオブジェのような置物が鎮座する。
南条達は知らないが、これが魔女というものだ。見たこともない怪物に
動揺する私兵と魔法少女。だがその中でペルソナ使いたちはある程度
冷静に事態を見つめていた。
はっきりいえば、見たこともない怪物との戦いなど何度も経験している
からだ。知らないからといってもそれに後れを取るわけにはいかない。
そんな戦い方をしてきたからだ。

「バイクは網を張れ! 浮いてるやつは銃で追い払え! 長柄の武器で
石像を近づけるな! 動きを止めたら我々が片づける!」

きびきびと指示を出す南条。
鞭のような武器を使う魔法少女が、バイクに攻撃を仕掛ける。その速さに
何度も躱されてしまう。だがそれが一本や二本ではない。十本を超える
本数の縄が絡みつく。そこに玲司の拳が唸りを上げて叩きつけられる。

空中の髭の使い魔は飛び道具で迂闊に近寄れない。接近戦を主体とする
部隊は、外側の石像が近づくのを長物で追い払う。それでもかいくぐって
きた連中を南条らが攻撃、殲滅する。

414: 2013/07/03(水) 23:10:01.70 ID:iimDU1i30

駐車場に現れた結界は、お菓子と、空と、鳥かご。ポップな地獄絵図。
そこに少女特有の悪夢が現れていたが、それと気づくものは皆無だった。

「Surrealisme……のようですわね。少々悪趣味ですけど」

「……俺には明確な悪意が見えるよ。胸が悪くなる臭いだ」

かつて使い魔と言われていたそれをペルソナ使いが易々と倒す。だが
本体である魔女はまだ行動に移してはいない。
そもそも彼らには、この怪物たちがどうして現れたか全くわかっていない。
まさかソウルジェムが濁りきった結果などとは夢にも思っていない。
だからまだ魔法少女たちにも若干の余裕があった。

やつが現れるまでは。

『やぁ。みんな無事かな』

いつの間にかそばにいたキュゥべえが魔法少女のそばに座る。結界化が
始まる前にそこにいれば当たり前の存在ではある。そのためそこに違和感を
誰も感じない
しかも素質を持たない大人たちには、姿も声も確認できない。だから
キュゥべえに反応する魔法少女たちが、錯乱してしまったものと思って
しまう。

「そっか、素質がないと見えないんですね」

『仕方ないね。彼らに伝えてほしい。あれは魔女。魔法少女のなれの果てだと』

415: 2013/07/03(水) 23:10:46.58 ID:iimDU1i30

拳銃とペルソナの力で白い鎧を圧倒する。一方で我慢できなくなった
まどかはキュゥべえを振り切りほむらに近寄る。途中足元にあった
ソウルジェムを拾い、届けることも忘れない。

「こふ……、まどか……危ないから……」

「大丈夫。達哉さんが戦ってくれてる。……立てる? 逃げよう」

「か、彼も……、ペル、ソナを?」

『喋らない方がいい。今ここにはマミもいないんだ。治療ができないよ』

ほむらの言葉にまどかはかろうじて頷くだけだ。涙を浮かべながら致氏量の
出血を続ける友人を抱きしめ壁際に移動する。幸い……、というべきなのか
魔法少女であるため、能力を封じられていてもほむらは氏ぬことはない。
だが出血による傷の苦しみによってか、ほんの少しずつソウルジェムが
濁りつつあった。

魔女になりつつあった。

「あ、あなたは……魔法……少女に……なっては駄目よ」

ほむらはまどかの考えを看破しそう言い切った。苦しそうに呻きながらも
微笑みを浮かべたのだ。
まどかは泣きたくなった。こんなときに自分を思いやるほむらの気持ちに。
呪いをかけた自分の愚かさに。そしてこんなときに自分のことしか考えない
ほむらに。
だが、キュゥべえは言う。まどかの素質はほとんどないと。かろうじて
契約できる程度しかないと。

416: 2013/07/03(水) 23:11:46.17 ID:iimDU1i30

爛れた装甲を貫く銃撃が止めとなった。大きな音を立てて崩れ落ちる
騎士を捨ていたままパオフゥは振り返る。残り二体に対峙する二人の
フォローに向かう。やはり手応えのなさを感じはしたものの、倒して
しまえば何事もない。彼はそう判断してしまった。

槍をかいくぐり、至近距離で銃撃。跳弾の恐れがあるがそんなことは
言っていられない。
だが相手も楽はさせない。槍を振りぬき電撃を発生させる。克哉はそれを
上手く躱す。合気道などにある、相手の脇の下をくぐる方法で背後に
逃れた。電撃など空気中では指向性はほとんどない。それを標的に
当てるには、イオンなどで通り道を作ってやる必要があるらしい。

「そんな器用な真似をしてはいないはずだっ!?」

つまりその電撃は大雑把な範囲攻撃であり、自身に影響が出ないように
背後や槍の内側は安全と判断したのだ。それは当たり、無傷のまま
電撃をやり過ごすことができ、そこからペルソナを召喚できた。
轟音と爆炎が騎士を包み込む。
炎上し地に伏す騎士。
そして、うららが戦っていた相手も頭部を破壊され動かなくなる。

「片付いたね。あとは、あの子たちの方か」

「二人で行く。力使いすぎだ。余力とっとけ」

パオフゥに諭され素直にうなづくと、壁際にもたれかかる。広範囲に
及ぶ魔法を使いすぎ疲弊していたのだ。

417: 2013/07/03(水) 23:12:29.87 ID:iimDU1i30

「てめえええええええええええええええ!」

組み合う聖槍騎士を振り払い杏子が迫る。マミに無慈悲に銃弾を
加え続ける個体に跳躍し、全体重をかけて槍を突き刺す。
胴体を貫かれ、『大量の血液を鎧から滲ませて』活動を停止する。
その杏子に、聖槍騎士が銃を向ける。だがそれよりも早くマミは
マスケットで狙撃。一撃で吹き飛ばす。

「佐倉……さん。無茶よ……」

「そっちのほうが無茶だよ! 危ない真似して!」

杏子の声は悲鳴に近い。泣き出す寸前のくしゃくしゃな顔でへたり込む。
その顔にも銃創がある。美しいその顔も、見るも無残な状態だった。
あとで傷一つなく治すことが可能とはいえ、杏子には見ていられなかった。
だが誰も、マミすら知らない事実がある。彼女は氏なない。

噂だ。

同級生たちが願った願いが噂となり、彼女は氏ぬことも、負けることもない
無敵の魔法少女となっていた。少なくとも、見滝原中学校の生徒である、
さやかの前では。
顔の傷を自ら治療しながら、左手には巨大なマスケットを作り出す。

「私はね、もう絶対に負けないの。何があっても……正義の、味方だから!」

轟音と共に放たれる最終射撃が、最後の個体を撃ち貫いた。

418: 2013/07/03(水) 23:13:05.86 ID:iimDU1i30

「助けるまでもなかったか。……すげえ怪我だな」

「大丈夫です。自分でも治せますし、魔力も回復できます」

『それよりも急ごう。ここから離れないと!』

さやかが急ぎ提案する。確かに後方からラストバタリオンの一般兵が迫る
可能性がある以上、ここで長居はしていられない。マミたちの結界が
あるとはいえ、それを無視して出現する可能性もあるのだ。

「雑兵に煩わされるのはごめんだな」

『それだけじゃ……ないんです』

「どういうことだい?」

戦闘が終わったため、壁際から近づくうららの問いかけ。彼女の疲弊も
大きいが、脱落者なしでここを突破できたのは大きい。

『さっき、まどかがここに来ていましたよね。あの子が魔法少女を救う、
円環の理の根幹なんです』

そこまで言えた自分に、さやかは青ざめる。これは言える情報なのだと。
そして、それはここにいる人間にとって、悪い情報だと、直感した。

『と、とにかく、あの鎧のやつから離れなきゃだめです。理由は説明
しますから』

「説明できるということは、ニャルラトホテプにとって、僕らに
知ってほしい情報ということか」

さやかは、唇を噛みしめながら頷いた。

419: 2013/07/03(水) 23:14:05.42 ID:iimDU1i30

魔法少女が、円環の理に導かれずに魔女になる。

その情報は瞬く間に日本中に広まった。そして生まれた魔女の数は
ほとんど減っていない。
なぜならば、殆どの魔法少女はその事実にショックを受け、戦うどころで
なかったから。魔獣以上に不規則な戦いをする魔女に遅れを取ったから。

よしんば倒すことができても、グリーフ・シードの使い道を知るものもいない。
倒した少女もまた、ソウルジェムを濁らせて魔女になっていく。
そして、周囲の悪意を吸い、グリーフ・シードは再び魔女になる。

悪循環だった。

そして、魔女化するさいに得られるエネルギーは、すべてキュゥべえに集められる。
QBが広めた、ほむらのインキュベーターの噂によって、かつて魔法少女をだまし
エネルギーを搾取する黒幕の能力を、発揮できていたのだ。

『さぁ、ヒトラー。これでこの船は浮くよ。
魔女によって人類は追い詰められるだろう』

『ここに残った我々は、魔女の脅威が収まるまでそれを眺めつづければいい』

『そして、活動期を過ぎた魔女たちを君たちの騎士が倒すんだね。
けれど、大部倒されたようじゃないか』

『あのようなもの、魔法少女がいればいくらでも作れる。貴様が契約すれば
幾らでも増えよう?』

その傍らに、目の光を失った上条がぼんやりと立っていた。

424: 2013/07/13(土) 23:37:56.86 ID:wMXdjl1Q0

マミの血まみれになった顔をうららが拭う。その甲斐甲斐しい仕草には
年頃の女性を思う柔らかさがあった。大人たちとはいえしょせん男たち
にはできない芸当である。
ロンギヌスコピーの封印も自動的に解除され、さやかも自らの治療を
行う。そればかりか全員の怪我も治してしまう。この期に及んで彼女を
疑う者がいるわけはない。ただ一人を除いて。

それは、さやか自身。

彼女が自分を信じてはいない。先のことにしてもそうだ。自分が話せる
情報は常にニャルラトホテプにとって伝えてもらいたい情報だと知って
いるから。
だから彼女が必要と思い喋ろうとすることが必ずしも皆にいい結果を
もたらすとは限らないわけだ。
彼女は自らに疑心暗鬼になっていた。

一方で、大人たちはそれを理解したうえで彼女の情報を咀嚼するという
方法をとっていた。鵜呑みにしたりするのではなく、それを伝える意味や
メリットデメリットなどを考える。

「そんなに気にすることじゃない。とにかく今はここから離れる。
それでいいんだろう」

その綺麗な顔を取り戻したマミを視界の端に視ながら、克也は淡々と
いう。それに同意したのだろう。皆無言でついていった。

その背後には、ヒビの入ったソウルジェムが転がっていた。

425: 2013/07/13(土) 23:38:58.24 ID:wMXdjl1Q0

ほむらを追い、次の部屋に赴くときにはすでに白い聖槍騎士は動かなく
なっていた。そのそばには、ペルソナ使いとして強引に覚醒した達哉が
いる。
ほむらの怪我に顔色を変え、マミとさやかが治療に当たる。重傷だが
致命傷には程遠い。二人でかかる必要もないだろうが、魔力の消費を
偏らせないようにするためだ。

「これは……、ほむらが? いや、刑事さんか?」

「ああ。強引にだけどペルソナ能力を発揮させた」

達哉は説明する。ここは人の精神が現実に作用する場だと。あの噂が
現実になる中心だと。それはかつてのシバルバーなりアメノトリフネで
起った事情と同じだという。それを踏まえ自らがペルソナを使えると
思い込み信じ込むことで強引に発動させたとのことだ。

『なるほどね、興味深いね』

その声に「全員が」振り返る。

『自分の姿と声をみんなに伝えたいと願えばそれが現実になるんだね』

ペルソナ使いにすら視認できる状態になったキュゥべえが語る。

『そうすると、今の状況も説明がつくね』

「どういうこと?」

マミの問いかけに応じる形で語るキュゥべえ。
今、少なくとも日本中の魔法少女が怪物になっているという。本来ならば
魔力を使い果たしソウルジェムが濁り切った魔法少女はという円環の理に
導かれ消滅する。それが消滅には至らず、ソウルジェムは砕け散り『魔女』
という怪物になってしまうという。

426: 2013/07/13(土) 23:40:07.42 ID:wMXdjl1Q0

『そして、聖槍騎士の魔法少女が使われていた。さやか、君の判断は
正しかったよ』

いつもの調子で淡々と褒める。そしてさらに語り続ける。

『ここからも離れた方がいいね。その白い聖槍騎士もいずれ魔女になり
君らを襲うだろう』

それは全員の言葉を奪う衝撃だった。

「あの鎧が……魔法少女?」

キュゥべえは相変わらずの言い方で語る。他の個体が倒した聖槍騎士の
ボディの中から脳を弄られた魔法少女が出てきたこと。そしてキュゥべえが
見ている間にソウルジェムが砕け、そこから魔女が生まれたこと。

『恐らく、ソウルジェムを百メートル離して仮氏状態にしてから脳手術を
行ったんじゃないかな。いくらソウルジェムが無事でも、命令を実行する
脳が操られていては意味がないからね』

抑揚も何もない言い回しに全員が吐き気を覚える。まどかに至っては顔色が
真っ青になっている。それをうららが抱きかかえる。

「なんてことを……」

怪我を治すため横臥したままほむらが呻く。
だが、それを待っていたかのように言うキュゥべえ。

『ずいぶん他人事だけど、今の状態がどうして起こっているか。
君はわかるだろう?』

427: 2013/07/13(土) 23:41:17.74 ID:wMXdjl1Q0

ほむらは問われ、険しい表情でいた。だが、どういうことか思い当たっては
いないらしい。

『先ほど、彼は自らの意思でペルソナ能力を発動させた。
……意識的か無意識的かは別にして、思いが噂の様に現実に影響を与えた』

はっとする表情のまどか。その表情のまま不安げにほむらを見つめる。
そのほむらはほとんど無表情だ。まだキュゥべえの真意に気付いていない
らしい。
同じくさやかも唇を噛みしめている。だがここで彼女が言える言葉はない。
言えないのではなく、言う言葉が見つからないのだ。

『わかっていないふりをしているのかな』

『やめろ、キュゥべえ!』

サーベルの切っ先を突きつける。その行動にマミが慌てだす。だが一触即発
の雰囲気の中、彼女が動くということはそのまま戦闘に突入するという
ことだ。

「落ち着け。何が言いたいんだてめえは」

パオフゥに諭されそれ以上威圧させることができないさやか。だがそれでも
敵意は静まらない。サーベルを収めようとはしないのがその証拠だ。

『ほむらが望んだんじゃないかな。
……円環の理の要たる、鹿目まどかに会いたいと。
そのせいで円環の理の仕組みに不具合が生じたんじゃないかな』

かつて、ほむらはQBに語った。過去現在未来の魔女を生まれる前に
消し去りたい。そんな願いでまどかは魔法少女になったことを。
そして彼女は知っていた。円環の理そのものが彼女だということを。

428: 2013/07/13(土) 23:42:30.91 ID:wMXdjl1Q0

『そんな状態でまどかに会いたいと思ってしまったら、どうなるか
わかりそうなものだけどね』

「やめてQB!」

ほむらの顔が真っ青になる。それを見ていられずまどかは叫んだ。

『君の身勝手な願い、祈りが、彼女の願いを踏みにじったんだ』

「やめて! ほむらちゃんを責めないで!」

『責めてなんかいないよ。むしろ僕としては、魔女のシステムの方が……』

最後まで言えず、さやかのサーベルに切り裂かれるキュゥべえ。
怒りに任せ何度も何度も刃を突き立てる。細切れになり血があたりを
真っ赤に染めても彼女は止めない。肩で息をするほど切り刻むそれは
憎悪の表れだった。
さやかが離れたため一人で治療をしていたマミが、それに怯える。

「みっ、美樹さん……、なんてことを……」

『まったくだ。ひどいじゃないか。この体だって只じゃないんだよ
大丈夫だマミ。僕は心配いらないよ。前の記憶だって残してるんだ』

そして再び現れるキュゥべえ。これを暴力で黙らせることなど不可能だった。
自らの氏体を喰い、処理をする姿に全員が嫌悪感を覚えた。

『まぁ要は、暁美ほむらの祈りによって、鹿目まどかの願いは
不具合を起こした。結果、地上には魔女という通常の方法では
太刀打ちできない怪物が溢れ出てしまった、ということさ』

ほむらは真っ青になって倒れそうになる。それをまどかが必氏に支える。
まどかが未だ握っているソウルジェムは徐々に濁り出していた。

429: 2013/07/13(土) 23:43:25.16 ID:wMXdjl1Q0

魔女との戦いは決して難しくはなかった。少なくともペルソナ使いたちは
未知の敵との戦いに、慣れっこだったからだ。だが問題は魔法少女たち。
キュゥべえによりもたらされた情報に動揺し、統率に欠けた。
そして、最後の魔女を倒したとき、それは起った。

ぱりん

魔法少女の一人が前のめりに倒れる。それを抱きかかえる友人の悲鳴。
そして生み出される魔女。それが先ほどから何度も起っている。
歴戦の戦士である南条たちも、これだけの連戦に消耗していった。

「ったく……何が起こってやがるんだ」

「わからん。だが……魔法少女が倒れることと関係があるのかもな」

「目が覚めた子から事情聞こう?」

ゆきのの提案は、的外れではあったが、それと事情を知らない限り
常識的な判断だった。二度と彼女が目を覚まさないということを
知らないのだからやむを得ない。
再び戦闘に入るペルソナ使い。残った魔法少女も壊れる心と戦いながら
武器を取る。未知の怪物、魔女と戦うために。

もはや魔法少女たちの人数は半分に減っていた。

430: 2013/07/13(土) 23:44:58.94 ID:wMXdjl1Q0

テレビ局の局内を制圧したピアスの彼は、南条の手のものを解放しあとを
任せると駐車場に戻った。だがそこには誰もいない。かろうじて戦いの
跡らしきものはあるが、それ以外は何もない。
燃え上がる車両や、抉られたアスファルトなどはあるものの、
英理子や上杉、そして魔法少女たちの姿がない。

唯一残っていたのは、駐車場の片隅にいた魔法少女。
何があったか尋ねる彼に、彼女は虚ろの表情で答える。

『みんな……けっかいみたいなのにひきずりこまれました。
たぶんまほうしょうじょなら、いりぐちをあけられるとおもいます』

それを頼まれると、魔法少女は操り人形のように頷き立ち上がる。
ふらふらと頼りなげに何もないところまで歩くと、ソウルジェムをかざす。
そこには黙視できない結界の入口があり、そこをこじ開けようとしていた。
ソウルジェムからの光によって、そこに揺らぎが生じる。

『これではいれます』

言うが早いか、彼はそこに躊躇なく飛び込んだ。相変わらずの果断さである。
それを見送った魔法少女はにやりと笑う。

『……一名様、ご案内……』

その後、ピアスの彼を追いかけてきた南条の手の者は、先の魔法少女を
確認することができなかった。

431: 2013/07/13(土) 23:46:36.56 ID:wMXdjl1Q0

奥の部屋から現れたヒトラー。そのカリスマめいた表情には余裕がある。

『全くだ。気に入らなければ恩人も切り刻むのかね。戦友たる日本人の
末裔とは思えんなぁ』

「へっ、何言ってやがる。そんな流暢な日本語喋るヒトラーが本物かよ」

杏子が噴き出しそうになりながら言う。彼が所謂まがい物だと
看破しているからだが、それでもヒトラー自身は素知らぬ顔だ。

『だからなんだと? 今の問題は、君らがここにいて、その相手が私だと
いうことではないかな』

と語るヒトラーの手には、左右に三つずつのソウルジェム。その数が
何を意味するか。
それを見てキュゥべえはにやりと笑う。

『それの孵化を待つまでもない。この乗り物は浮上する。魔女化の
エネルギーをふんだんに使ってね』

傷が癒えたものの、心のダメージが大きいほむらは、かろうじて上体を
起こすだけだ。絶望から蒼白になった顔で、怒りの視線をキュゥべえと
ヒトラーに向けるのが精一杯だ。

そして、部屋が揺れる。徐々にその揺れが大きくなると、部屋の中から
でもわかるほどの浮遊感が全員を襲う。
地鳴りが響き、何かの砕ける音がする。根を千切り、道路の水道管などを
破壊し、地面から見滝原中学校とその周辺が浮上する。

432: 2013/07/13(土) 23:48:38.80 ID:wMXdjl1Q0

『なぜ、ここが見滝原という地名が付いているか、知っているかな』

確かに妙な名前である。滝という以上、そのあたりに山がなければならない。
だが、ここには滝が見えるような切り立った山はない。仮にあったとしても
原……平地から見られるはずがない。

『天に浮かぶ巨大な船。そこから降りるヤコブの梯子を、光り輝く滝に
見立て、ここを見滝原と呼称したそうじゃないか』

それも、噂だ。事実はどうあれその話が口移しに伝わる伝説……噂として
機能していれば、この見滝原にUFOらしきものが埋まっているという噂も
あってもおかしくはない。
それが事実かどうかなど関係ないのだ。

緩やかに浮上するそれは、決して大きくない。だが街の一部を引きちぎるように
浮かび上がり、外界との接触を遮断する。まるで羅針盤の様な巨大な輪が船体を
囲うように移動する。それがまるで天体の運動を模しているかのようだった。

「ちっ、間に合わなかったってことか。こんなもの動かして何が目的だ!」

『目的? すでに終わっているのだがね。円環の理は不具合を起こした。
魔女化のエネルギーによりUFOは浮上し、この船に選ばれた人間は、
魔女の脅威から逃れている。あとは地球上の魔女たちが人間を喰らい満足する
まで、ここで時を過ごせばいい』

『活動期が終わったのち、僕が契約した魔法少女たちで魔女を倒す』

『これが試練。我らの目的だよ』

433: 2013/07/13(土) 23:49:55.70 ID:wMXdjl1Q0

皆、堰として言葉が出せない。
それをにやにや笑いながら講釈するのがキュゥべえには楽しくて
たまらないらしい。もはや正体を隠そうとしない。あの嘲笑うような
表情と声で延々と講釈する。

『そして、ここにある七つのソウルジェムであのワルプルギスの夜を
生み出し君らを葬れば……ことは終わる。円環の理も、恩寵の者も、
特異点の者も、フィレモンの手の者も抹殺できるというわけだ』

ワルプルギスの夜の強さを知っているほむらには絶望しかなかった。
この人数がいても、魔女との戦いを知らないマミたちや、ペルソナ使いが
束になっても、やつを倒せる保証はない。また仮に倒せたとしても
地を覆うほどの魔女の群れと戦う力はほとんどない。

『これが運命、というやつだよ』

「諦めてんじゃねえよ。小娘が」

パオフゥが平手打ちの様に言葉を叩きつける。

「達哉に言ったことを、君にも言うべきかな」

克哉はその場にありながら、酷くにこやかな声で言う。

「あれは……結構効いたよ」

達哉は苦笑いだ。

「相変わらず、同じことしか言えねえのか、てめえはよ」

「暁美くん、運命なんてものは、後出しの予言のようなもんさ」

「なにかがあったあとでこう言えばいいんだって」

うららの声は、とても穏やかで優しい。それは人生の先輩からのエール。

「「「全部運命だったってな」」」

434: 2013/07/13(土) 23:51:12.27 ID:wMXdjl1Q0

ほむら、まどか、マミ、そして杏子は顔を強かに張られたような衝撃を
受けて目を見張る。

『ならば、あの時の様に運命に打ち勝ってみせるがいい!』

ヒトラーは怒りの表情を見せると、ソウルジェムを頭上に浮かばせる。
そしてそれが一瞬にして消滅する。
ヒトラーが槍で差す先には、大地がえぐられた場所が映し出される。
そこはかつて中学校があった場所。いまのUFOの真下に当たるところだ。
その場所に、今にも孵化しつつあるソウルジェムが七つ浮かんでいる。

ヒトラーは、自らの槍を振りかざし、キュゥべえに近づく。
それはキュゥべえにとって、想定外だったようだ。

『何をするんだ!』

『フン、貴様に二度も三度も操られるものか。己の意思で人間に試練は
与えてやる。だがそこに貴様はいらん! 試練も進化も人間の手で
成されるべきなのだよ!』

神頃しのロンギヌスに貫かれ、キュゥべえは絶命した。本来なら
そのまま復活し、自分の氏体を喰いに来るはずだ。だが能力を封じられた
状態では、できないようだった。
彼は、己の意思でニャルラトホテプの呪縛を打ち破った。結果としては
同じ行為ではあるのだろうが、彼の意思で『叛逆』したのだった。

『さて、どうする。望めばワルプルギスの夜の元に送り届けてやろう。
存分に戦うがいい。だがここにいれば新たなる進化を見届けることができる。
どうせあの怪物は百年周期で街を一つ破壊する程度だ。自然災害と思えば
看過できる範囲ではないかね』

それは真意の読めないヒトラーの誘惑。

439: 2013/07/21(日) 22:20:39.23 ID:NxGJIQe/0

「私は行くわ」

間髪入れず答えたのはマミだ。正義の味方を標榜する彼女は凛々しくも
美しく、まっすぐ立っていう。

「けど待てよ。さっきの戦いで石なんかほとんどねーぞ」

杏子は魔力の残りを心配している。だからといって戦わないつもりでは
なく、戦士としての発言だ。
先の戦いと回復で魔法少女たちは消耗している。それはペルソナ使いも
同様だ。消耗した精神力を回復する方法がないわけではないが、今すぐ
元通りなどとはいかない。

「それなら……、回復する方法がないわけではないわ」

ようやく外傷が言えたほむらが参加する。彼女もまた戦う意思を持ち
力を持つ。まどかが守りたかった世界を蹂躙されることを良しとしない。
そして何より、彼女には罪の意識がある。
罪そのものがある。この世界を滅茶苦茶にしたのは他ならぬ自分の
浅はかな祈りだったから。

「ほむらちゃん……」

それを心配しまどかはほむらの手を握る。彼女もまた罪に苛まれていた。
いくらほむらが望もうとも、まどかが同意さえしなければそう思わなければ
円環の理に支障が出るような具現化の仕方はしなかったはずだ。

まどかもまた、ほむらに会いたかったから。だからほむらを責めることなど
できなかった。

440: 2013/07/21(日) 22:21:40.06 ID:NxGJIQe/0

「怪物……魔女を倒すとグリーフ・シードを落とすことがあるわ」

かつて巴マミから教えてもらったことをそのマミ自身に説明する。そこに
一抹の感傷を持たないわけではないが、それを飲み干す。
グリーフ・シードを魔獣が落とす石のように使用すれば穢れが取れる。
ほむらは端的にそう説明した。

「なら、それを使えば回復しつつ戦えるわけね」

「それと……グリーフ・シードは……」

「わかるわ……もともとソウルジェムなんでしょう?」

マミは寂しそうに言う。さやかが言わなかった真実。そしてほむらと
まどかの顔から、それを察した。

「元に戻す方法はないのかよ!」

「ないわ」

切り捨てるようにほむらがいう。彼女が言わなければさやかなりまどか
なりが言わざるを得ないからだ。汚れ役を買って出た形だ。

「ふざけんな! あたしやマミをかばったやつだっていたんだぞ!
それが怪物になったってのに……言い方ってもんが!」

「やめて杏子ちゃん! 違うの。ほむらちゃんは……」

「ほむらは、嫌われるの覚悟でほんとのこといっただけなんだ。
私らの代わりに」

そこまで言われ、ようやく杏子も納得したのか口をつぐむ。
怒りが収まったわけではないが、さやかの言葉に収めざるを得ない。
代わりに、怒りをすべて魔女にぶつけると誓った。

441: 2013/07/21(日) 22:22:55.23 ID:NxGJIQe/0

『話はまとまったかな。お前たち超人なら、新たな世界に行くことも
可能かもしれないのだがな』

「魔法少女が進化の証、だとでも!?」

明かなマミの怒り。彼女が魔法少女になった経緯をしれば自ずとわかる
はずの怒りだ。彼女はそれと望んでなったわけではないのだから。
それを知ってか知らずか、見下すような視線を崩さず、ヒトラーは
嘲笑う。

『ソウルジェムが健在である限り、肉体に損傷があっても蘇生する。
その肉体自体も強力な魔力を備え戦えるのだ。超人以外になんという?』

「いいからとっとと運びなさい。」

『ワルプルギスの夜を倒したら、次はアンタらだからね』

「覚悟しとけよテメエ」

それに合わせペルソナ使いたちも立ち上がり同行しようとする。なにも
言わなくてもその姿勢やしぐさでほむらには理解できた。
だが懸念もある。結界の外にいる魔女を、果たして魔法少女以外の人間が
知覚できるかどうか、ということだ。

「なんだい、なんかあたしらがいくのが問題かい?」

「いえ、ひょっとしたらあなた達では戦えないかもしれないのです」

と誤解されそうな言い回しでほむらは説明する。彼女がこの中で
魔女との戦いの経験が最も多い。だからすぐに思い立った。
魔女は素質がなければ視認できない。

「だったらなんだってんだ。役に立たねえってか」

見えないなら見えないなりに戦い方がある、彼らはそういっているのだ。
直接戦闘にかかわれないのならばそれ以外の戦い方をする。

「君は一人で抱え込むことが多いようだね。無理をしなくていいんだよ」

それは大人たちからの助言。

442: 2013/07/21(日) 22:23:49.01 ID:NxGJIQe/0

結界からまさに命からがら脱出できたのは全体の半分ほどだ。ほとんどの
魔法少女は力をなくし動かなくなっている。かろうじて生き残った少女も
ソウルジェムが限界に近い。

「ご、ごめんなさい……ゆきのさん……私限界です」

力なく、ゆきのに背負われた少女が呟く。彼女のソウルジェムもまた
殆ど濁り切っていた。

「諦めてんじゃないよ。いいかい、なにか手はあるはずなんだ。
今起きてることを調べれば……」

「駄目なんです。魔法少女が……さっきの怪物になるんです。これが
濁り切るときに……」

「さっきそれをきれいにする方法があるっていってたじゃないか」

確かに、石があればそれを浄化することは可能だ。だが、それもほとんど
ない。仮にあったとしても、彼女が絶望している以上、穢れは加速する。

「先ほど拾った丸い宝石のようなもの、あれはなんだ?」

同じように南条が背負っている少女に尋ねる。それはそのままキュゥべえに
中継されている。先の結界内で大人たちが感知できない存在のキュゥべえを
知った南条が、混乱する少女に代わり質問をするためにとった措置だ。

「あれは、グリーフ・シードっていうそうです。あれなら濁りを
取ることができる、そうです」

だが、キュゥべえは知っている。グリーフ・シードがなんであるか。
それも濁り切ったときにどういうことが起こるか。そして、そのために
魔女の個体数が決して減らないことに。
質問されなければ答えない。それがキュゥべえの性質だということに。

443: 2013/07/21(日) 22:24:24.21 ID:NxGJIQe/0

最後の魔女を打ち倒し、駐車場に戻ってこれた彼らは疲労困憊だった。
辛うじて最後に登場したピアスの彼により、不利な戦局をひっくり返す
ことができた。

「ほらな、こいつは自分の出番ってのをわかってんだよ」

「ええ、さすがです。助かりましたわ」

あちこちに傷を作った二人に、息も絶え絶えの魔法少女たち。かろうじて
生きているという程度の私兵たちもいる。決して楽観はできないが、
なんとか危機的状況は脱出できていた。
無事な私兵が後方支援の仲間に連絡し、救護班を要請する。明らかに
事切れている友達を抱えた魔法少女たちは一様に暗い。

『やぁ、君たちは助かったみたいだね』

気軽に話しかけるキュゥべえに魔法少女が反応する。かろうじて心を保って
いる彼女が、血相を変えて話しかける。その様子に怒りも感じ取れた。

「ねえ! あれは何!? ソウルジェムが割れたらなんかでてきたよ!」

『うん、それを伝えようと思ってね』

いけしゃぁしゃぁというキュゥべえ。そして爆弾を投げ込む。それが
どういう効果を持っているかを知っている。

『以前君には伝えたよね。暁美ほむらの言っていた、円環の理のことだ。
彼女がいう鹿目まどかが現れて、円環の理が不具合を起こしたからなんだ』

「な、なにをいってんのさ!」

『君たち魔法少女のソウルジェムが濁り切ると、魔女になるんだよ』

444: 2013/07/21(日) 22:25:12.73 ID:NxGJIQe/0

ヒトラーは一人部屋に立ち尽くす。彼以外には誰もいない。それは
総統の理想を誰も理解しなかったこという意味だった。
予想していたのかいないのか。その表情は窺い知れない。

『理解はされんか。まぁやむを得まい。やつらが魔女と刺し違えれば
……』

ほむらと魔女たちをぶつけ、残った方に新生聖槍騎士団をぶつける。
ほむらたちが残ってもヒトラーには切り札がある。魔女たちには戦術や
戦略などない。聖槍騎士や兵士たちが戦えば多少の被害はあるだろうが
殲滅することは造作もない。
だが、やはりというべきか、彼の思想は誰にも理解されていない。
苛立つように持っていた槍を投げ捨てる。
彼はわからないだろうが、まさに『投げやり』という状態だ。

『お前の腕は残したかったものだがな。……それを望んだりせぬか』

「……はい。僕には、曲を聞かせたい人が、いますから」

『同じように、あ奴の呪縛から逃れたあの娘か』

ヒトラーは、さやかを使い上条を連れ去った。だが、彼はさやかゆえに
また戻るというのだ。それは仁美を蔑ろにした行為ではあったが、彼の
心はさやかで精一杯だった。
それだけ彼は音楽に対し良く言えば真摯、悪く言えば妄執していた。
何も言わず、足を引きずりながら歩く上条。ヒトラーが手放した槍を
支えに立ち上がる。それにヒトラーは何も感じていないのか溜息をつき
上条もまた、元いたところに送り出す。

445: 2013/07/21(日) 22:26:38.96 ID:NxGJIQe/0

上条を送り、疲れたよう立ち尽くすヒトラー。独裁者とはいえその手腕で
ドイツを立て直した彼は再び孤独になったわけだ。

『だが、やることは残っている。聖槍騎士を再編し……』

一つの作戦を必殺として全力を注ぐ人物ではない。二つないし三つの
作戦を淡々とこなすことが大事と知っている。

『ラストバタリオンを使い優秀な人材を集めればよい』

幸い、空の巨人と言われたヒンデンブルクも健在だ。それを使いUFOに
優秀な人間を運び入れる。そうすることで魔女から守り超人類として……。

『我々が協力すると思っているのか』

そのヒトラーの背後に立つキュゥべえ。そこには怒りの表情が浮かんで
いる。

『槍を作るためにお前を蘇らせただけだというのだ。それを手放して』

『貴様らの思惑には乗らんよ。あ奴らもまたそうだろうな』

苦々しい表情をサングラス越しに向ける。それを見るキュゥべえは涼しい
顔で受け流す。そして笑う。



『だが、お前も知らんだろうが、それすらこちらの思惑通りだ』

446: 2013/07/21(日) 22:27:59.74 ID:NxGJIQe/0

『やぁ、君にも、僕が見えるようだね』

「ええ、ふふふ、見えますわ」

どこか焦点の合わない目で、仁美はキュゥべえをみていた。初めて見る
異様な存在が話しかけることも、意に介していないようだ。そのまま
仔猫をあやすように頭を撫でるほどに。

『それなら君にも素質があるということなんだね。
それじゃ僕と契約して……』

抑揚は辛うじてある。感情らしいものを持っているかのように振る舞う
こともしている。それが時にほむらや杏子を苛立たせることになって
いても、だ。

「ええ、私も暁美さんのようになれるのですか?」

彼女の心はほとんど崩壊している。親友を失い、思い人を奪われ、
憧れのクラスメイトもいなくなった。それらすべてが自分の勝手な
行動……親友から思い人を奪おうとしたことに起因すると、思い込んで
しまったから。
そしてまたあの戦いによって、心労を来してしまったのだろう。

『世界を救う、魔法少女になってくれないか』

450: 2013/08/04(日) 22:28:44.09 ID:IQHsWoUK0
「うふふ、わたくしもなれるのですね」

どこか虚ろな仁美に話しかけるキュゥべえ。その顔にはあるまじきほどの禍々しい
笑みが浮かぶ。かつても今もQBたちには感情も悪意もない。だがキュゥべえには
それらがある。邪悪とも呼べる悪意を持って人間に試練を課す。
それがキュゥべえ≒ニャルラトホテプの目的であり手段であった。

「そうだよ。その代わり、どんな願い事でもかなえてあげられるよ」

「まぁ、それはすてきですわ……うふふ」

焦点の合わない目が不気味さを漂わせる。あの生き生きとした瞳はもはや戻らないの
だろうか。さやかを失い、上条を失い、そして今己の心すら失っている。
ゆらゆらと頼りなげに体を揺らし、へらへら笑っている姿は、彼女を知るものにとっては
信じられないかもしれない。それだけ常軌を逸していた。

「ねがいごとですか? ふふふ……」

「上条に会いたいとか、さやかに会いたいとかでもいいんだよ」

「そうですわね……、あいたいですわ。まっすぐで、むこうみずで、あかるくて……」

ゆらゆらと揺れる体が止まる。そして、笑いながらキュゥべえを見る。
同じようにキュゥべえもまた笑っている。邪悪を形にしたような笑い。それに
仁美はまったく気づいていない。おそらく目に見えて写っていないのだろう。

「わたくしにやさしくて、けんかまでしてくださって、そして……。
かみじょうさんのためにしょうめつしてしまった。さやかさんに、あいたい」

451: 2013/08/04(日) 22:31:19.77 ID:IQHsWoUK0

七つのソウルジェムは、更地のようなそこに浮いていた。頭上にはUFOの底が見える。
周囲には禍々しい魔力が集まってきている。かつてほむらが戦ったワルプルギスの夜は
影のような魔法少女を繰り出し攻撃してきた。それと、今ここに存在するワルプルギスの
夜が似通ったものだとしたら……。

「ワルプルギスの夜は、複数の魔法少女の成れの果てが集まった存在かもしれない」

転移させられたほむらたちは、油断なく睨み付けている。特にほむらは一言言うと
迷うことなく弓を放った。ソウルジェムのまま破壊しようとしたのだ。
誰も止める間もないほどの早業であった。だがそれが阻害される。
魔力の塊が意思を持つように弓をはじいた。
だが塊もただではすまないらしく、砕けてほどける。

「焦んなよほむら。あたしたちだっているんだ。」

槍を構える杏子、剣を生み出すさやか。そしてマスケットを大量に生み出すマミ。

「孵化する前に破壊すればいいってことね」

ペルソナ使いたちもそれに従う。各々が放てる最大の魔法を使うつもりでいた。
彼らの悪魔――むしろ神々か――が顕現し思い思いの魔法を発動させる。
一度は彼らもニャルラトホテプの姦計を打ち破ったものたちだ。その彼らが放つ力は
決して魔法少女に劣るものではない。むしろ場合によっては上回るはずだ。

「君たちはあの魔力の塊を破壊するんだ。ソウルジェムは僕らが」

それは彼女たちの重荷を持たせないための配慮。
だがほむらは思う。自らの手を汚す覚悟は全員が持っていると。
もうすでに皆人の命を奪っているのだ。それが仮面党にせよ、聖槍騎士にせよ。
あの人を守ることを第一に考えるマミですら、たたかいを選んでいる。

「出し惜しみするなよ。一瞬で焼き尽くてやれ」

そして皆が唱和する。それが攻撃の合図になった。

「「「「ペルソナっ!!」」」」

452: 2013/08/04(日) 22:32:00.12 ID:IQHsWoUK0
その一斉攻撃の閃光は南条からも、上杉からも見ることができた。
結界の外で、ペルソナの魔法による治療を施していた。その視線の先には
浮遊する巨大なUFOの姿。それがどうしたところで目に入ってしまう。それが
苛立ちを伴っていた。

「戦えそうなやつはなんとかなったな」

「けど、これじゃぁ……」

だが、キュゥべえの爆弾により自ら命を絶ったため、魔法少女の人数は三割まで
減っていた。ほとんどが魔女になるという事実に恐慌をきたしたためだ。
ゆきのが背負っていた少女もまた、物言わぬ骸になっていた。それをゆっくりと
横たえると、苛立たしげに帽子を地面に叩きつける。ゆきのの背中で、彼女は
自らのソウルジェムを砕き自害した。それがゆきのの心をどれだけ傷つけたか。

「先生の様には、いかないのかな」

「黛、落ち込んでいる場合ではないぞ」

南条は怒りにも似た眼差しで一斉攻撃の光源を見つめていた。あれがおそらく
周防刑事たちの戦いによるものだと漠然と感じたからだろう。
まだ彼らが戦っていると知ったのだ。ならば、自分たちのすることはひとつしかない。

「街の住人の保護だ。さっきの怪物、魔女なるものから人々を守る」

「そうだね。おちおちヘコんでられないっての!」

「ゴタクはいい、行こうぜ」

頼りがいのある級友たちとともに、歩き出す。南条の脳裏には道を尋ねた家の
家族の面影があった。あの善良で親切な住民を守る。それが彼らの戦いだ。

453: 2013/08/04(日) 22:32:32.13 ID:IQHsWoUK0
まさに命からが結界から脱出した彼らもまた、キュゥべえがもたらす姦計に苦しめられた。
ほとんどが錯乱している。そして攻撃的なそれが外に向くか自らに向くかの違いだけで
ペルソナ使いたちには手を出すことができなかった。
かつてのマミのような状況だった。かろうじて正気を保った少女が暴れだす少女を
拘束ないしは殺害し、ようやく鎮圧することができた。

「大丈夫ですか?」

「は、はい」

(大丈夫そうじゃねえって)

友人を撃ち頃して平気なものがいるはずがない。ましてや互いに少女だ。錯乱し
襲い掛かったとしても、それは友人だったはずだ。現にその心労から
嘔吐するものもいた。かろうじてその少女は魔女にならずにすんだが、
まともに戦えるようなものはほとんどいない。
その中でピアスの彼が指示を出す。これから皆で地域住民を保護すること。
戦えない者は魔法少女に限らず撤退し後方支援に専念すること。
戦えるものはラストバタリオンにその怒りをぶつけることなどを声高に言う。

「おいおい、煽るじゃねーよ」

上杉はその指示に面食らったが、それもひとつのアイディアかもしれないと思い直す。
皆が冷静にならないのならば、そのままで戦闘に突入させる。そうすることで
余計なことを考えずにすむという効果を狙ったのだ。
また、これからの戦闘はラストバタリオンから人々を守る戦いだ。
正義の味方という題目を使うわけだ。

それが功を奏したのだろう。人を守るという気持ちでこの戦いに参加した少女も
多かった。そのため、心を折られそうになろうとも戦いに赴くことができた。

「ま、あの兵士くらいなら俺一人でもなんとかしてやっからよ」

「期待していますわ」

間や空気を狙ったその見事なタイミングの軽口が、皆の笑いを誘う。

454: 2013/08/04(日) 22:33:22.70 ID:IQHsWoUK0
その攻撃をそれは耐え抜いた。周囲の魔力の塊は除去されたが、ソウルジェムは
未だ健在だ。そしてそれが次々と破裂し砕け散る。それはかつての杏子が
見たはずのさやかが魔女に堕ちるときのそれと同じだった。
本来ならソウルジェムひとつにひとつの魔女というのが普通なのだろう。
だがそれに限っては違った。周囲の魔女が結びつき絡み合い、歯車を持つ逆さ吊り
の魔女となった。ほむらの知る、ワルプルギスの夜と呼ばれる魔女だ。

けたたましい高笑いを何度聞いただろう。そのたびに怒りと苦痛と憎悪を持った。
何度も立ちふさがり、何度もまどかを頃し、何度もマミを、杏子を頃してきた。
その感情がほむらの整った顔を歪める。それをそばで見ていたであろうまどかの心に
暗い影を落とす。

(ああ、わたしのせいでほむらちゃんはあんなかおになっていたんだ)

憎しみの顔。まどかが願った願い事。それにほむらは忠実だった。なんとしても
キュゥべえに騙される前に救おうと必氏だった。
結果から言えばまどかは望んで契約し魔法少女になった。だがそれは真実を知り
ほむらの苦しみを知り、自ら決意して契約したゆえ。だからまどかは騙されずに
覚悟して契約をしたといえる。
けれども、その道のりに至るまでほむらは傷つき続けた。苦しみ続けた。

(わたしのせいで、あんなにきれいなかおが……)

「まどか、危ないから離れていなさい。いいわね」

先ほどの憤怒の顔もどこへやら、まどかを見るほむらの眼差しは柔らかく優しい。

(ほむらちゃんには、くるしいおもいをしてほしくない)

それは彼女の新たな、優しい、そして身勝手な祈り。

455: 2013/08/04(日) 22:34:11.31 ID:IQHsWoUK0
『さぁ、君はどんな願いでそのたましいを輝かせるんだい?』

キュゥべえの言葉が聞こえているのかいないのか、仁美はぶつぶつ呟いている。
そこに先の一斉攻撃の閃光。その光と音に気づいた仁美は顔を上げる。そして
何かに気づいたように立ち上がり歩き出す。

「あそこにみなさんいらっしゃるんですね、いかないと」

頼りなさそうな足取り。そこに軍隊がいるとか危険なことなどないといわんばかりに。
キュゥべえはそれを指摘するでもなくとことことついていく。まるでアニメの魔法少女の
マスコットのように従順で、かわいらしく。もっとも、その中身は元のQB以上に
禍々しい意思に満ちてはいるが。

その仁美をとある一団が保護する。その一団とラストバタリオンが交戦する真っ只中に
歩いてきた。それに一同は面食らい、慌てて取り押さえ自陣に引き込む。

「あら、じゃまをしないでください。わたしくはあそこにいかなくてはいけなんです」

含み笑いすらしながら、淡々と言う。それが彼ら仮面党の人間すら気後れするほどの
表情。焦点の合わない目と薄ら笑いに寒々しいものを感じていた。

「い、いやだめだ! あっちは軍隊がいて危ないんだ! ここにいなさい!」

「それはこまりましたわね。ではキュゥべえさん、けいやくします」

仮面党の非戦闘員は仁美を柔らかく拘束しながら、その言葉に戦慄する。

「わたしをかみじょうさんとさやかさんのもとへいけるようにしてください」

キュゥべえは笑った。

『君の願いはエントロピーを凌駕した』

456: 2013/08/04(日) 22:35:49.84 ID:IQHsWoUK0

街の住人はパニックになっていた。

空中に浮遊する巨大なモノ。そしてあふれ出す軍隊と、
魔女により行方不明になる人々。見滝原は未曾有の混乱に陥っていた。
公的機関も機能をほとんど停止している。
管内で軍隊が動いていればどうしてもそうなる。ならざるを得ない。

無造作に人々を殺害する軍隊に逃げ惑う人々。かろうじて建物に入っても
入り口をこじ開けられ侵入される。そして、候補生を見定めるとそれを強引に
捕まえ引きずり出す。それに抵抗する大人たちは次々と撃ち殺された。
さすがの女傑の詢子も足が竦み、知久に抱きしめられていた。
それでも気丈にも立とうとする。二児の母親は弱くはないが、今の状況では
どうしようもない。
髪をつかまれ引きずられる女子中学生と、それを無慈悲に行う兵士を、
ただただ怒りに満ちた目でにらみつけるだけだ。

そこに一人の少女がふらりと現れる。兵士が無言でその少女に手を伸ばした。
瞬間、無造作にハンマーで殴打され吹き飛ばされ、詢子のそばに落下する。
首があらぬ方向に曲がっていた。
そして、無言で始まる戦闘。銃弾をものともせず戦うコスプレ少女。溶岩のような
怒りに燃えてただ一人兵士をなぎ倒す。ご丁寧に地に伏した兵士の後頭部を
殴りつけ、地面にめり込ませる。
後続の大人たちが来るまで、地面にハンマーを打ち付けていた。

「もういい! 十分だ! 怪我魔法で治すからじっとしてろ」

「皆さん、無事ですか。これから皆さんを保護し移動させます」

ピアスの彼も案内し、マイクロバスやかき集めたトラックに案内させる。
傷だらけ汚れまみれの住人は不安げにしながらものろのろとついていく。
そんななか、上杉のことに気づいた住人がいた。タレントとしての顔の広さと
その優しげなキャラが皆の興味を引いた形だ。

「あ、あんたブラウン?」

「へへっ、そうだよ。
俺たちについてきてくれ、人が大勢いるところに避難させるからよ」

457: 2013/08/04(日) 22:36:23.02 ID:IQHsWoUK0

「上手くいった……わけじゃないようだな」

「何かわからないけど、何かが生まれたのはわかる」

ワルプルギスの夜を視認できるのは魔法少女だけのようだ。ペルソナ使いたちは
それを感じ取れず、漠然とした何かとしてのみ理解していたようだった。それは
ほむらたち魔法少女の体の緊張が取れていないことが裏付けている。

「ここは私たちに任せてください!」

マミが目を離さず吼える。
それで理解したのだろうペルソナ使いたちは行動を開始する。すなわち増援を呼ぶこと。
方々の魔法少女をかき集めて戦いに向かわせようというのだ。

「応援を呼ぶ。それまで持ちこたえてくれ」

達哉は叫ぶが、内心無理だと思っていた。今魔法少女は物凄い勢いで魔女になって
しまっている。その状態で残っている魔法少女が何人いるのか、それが皆戦えるか、
当てには出来ない。ほむらたちが戦えるのは偶然に近い。

「いくぜワルプルギスの夜さんよぉ!」

自らの槍のほかに、聖槍騎士から吹き飛ばした腕についていたロンギヌス・コピーを
ふるって吼える杏子。それを皮切りに、やはり槍を一本携えたさやかが飛ぶ。
マミとほむらは援護射撃に入る。
かつてのメンバーがそろった形だ。

「あんたどうするんだい? ここに残るってなら私が守ってあげる」

見届けたいんだろう? といううららの問いに、まどかははっきりうなづいた。

(がんばって、みんな!)

こころのなかでいのりをほえた

458: 2013/08/04(日) 22:37:35.31 ID:IQHsWoUK0

「その格好は!?」

「うふふ、やっとあえましたね。だいじょうぶでしたか」

「ああ、うん。心配かけてごめん。着いて行かないでとあんなに言われたのに……」

「いいんですよ。あなたのこころのなかにわたくしはいないようですから」

「そ、そんなことは!」

「でもわたくしはあなたがだいすきです。ですからあなたをさやかさんにあわせます」

「さ、さやかが!? どこにいるんだ!」

「いっしょにまいりましょう。さやかさんのもとへ。ともえせんぱいもいらっしゃいます」

「う、うん。先輩も無事なんだね?」

「はい、あけみさんもぶじですわ」

「その力で、連れて行ってくれる。そうなんだね」

「はい」



「そこでわたくしとさやかさんとどちらをえらぶかきめてくださいな。ふふふふふ……」

463: 2013/08/11(日) 23:07:49.42 ID:BcUHOC+i0

『彼女の力は限定的な瞬間移動のようだな。しかしこのシステム使いづらいこと夥しい』

キュゥべえは一人愚痴る。この願いのシステムはかつてのQBたちですら把握しきれて
いないものだ。キュゥべえたちもまた全容を掴めずにいた。願いによる固有魔法の顕現。
それがどのような結果をもたらすかも同様にわかっていない。
願いを束ね奇跡を起こす代わりに周囲に絶望をばらまく。希望と絶望が正負の表裏一体
だとしたら、それは確かに熱力学のように帳尻が合うようになっているのだろう。

『しかし絶望をまき散らすのは、まさに運命の縮図か』

狂いながらも魔法少女となり、自らの身勝手な希望即ち欲望を果たしに仁美は消えた。
上条の元に瞬間移動し、次にさやかの元にいくのだろう。それが自らの願いと信じ。
或いは、思い込み。

愛。それは正しく発揮されれば人を良い方向に導くはずだ。人が人を慈しみ癒していく
それは、時にそして常に人の心を揺さぶる行いとなるはずだ。
だが幼い心には、愛は貪るものになる。幼子が母親に縋るように。仁美が上条に
縋るように。さやかが上条の腕を治したように。
さやかが見返りを求めず契約したなど大嘘だ。彼女とて、どこかでそれを望んだはずだ。
だから彼女は消滅した。
彼女は間違えたのだろうか?

違う! 断じて違う! 祈りそのものが過ちでは、断じてない!

それは当たり前のことなのだ。彼女の過ちはそれを否定し、無視したこと。
飲み干す心の強靭さを持っていなかったこと。その幼さゆえに。
一度は誰もが通る道を、誰がそれを責めることをできようか。

だがそれは超常的なものに頼ったゆえに狙うものがいた。
それは心を弄ぶものであり、ニャルラトホテプであり、かつてのキュゥべえだった。

464: 2013/08/11(日) 23:08:50.04 ID:BcUHOC+i0
警察署。そこにいるはずの警察官すら不在だった。かろうじて南条の手のものがおり
ペルソナ使いたちの情報センターとして機能させていた。だが、情報が錯綜し混乱し、
機能不全を起こしていた。ラストバタリオンの妨害を想定していた無線連絡も、魔女の
結界に閉じ込められたペルソナ使いたちには届かなかった。

「圭様。ご無事で」

「現状はどうだ」

思わしくない、というしかない。自衛隊基地は人員の二割が行方不明。前後の
事情から察するに魔女に捕らわれたものと思われる。そして辛うじて自衛隊員の
銃器で撃破し辛うじて結界から逃れた隊員からの証言から把握できたことだ。

「魔女は知覚できるのか?」

遅れて合流した克哉たちの証言と食い違う。あのUFOの下で、今なお戦っている
魔女は視認できなかった。そのため、魔法少女を掻き集め応援を送り込もうと
しているのだが……。

「結界の中と外で事情が異なるのかもしれん。彼女らは戦っているのだろう」

「ああ、理屈はわからん。だができないとあればできる人員を派遣するしかない」

周囲を見渡し、パオフゥは暗に人員がほとんどいないことを示唆していた。
魔法少女が魔女になるのならば、何かの拍子に敵に回ることもある。そもそも、
なぜ魔法少女が魔女になるのかもわかっていない以上、誰でもいい
というわけではない。

465: 2013/08/11(日) 23:09:48.58 ID:BcUHOC+i0
「あ、あのっ。あてというか……。私の友達に連絡を取ってみます、か?」

一人の魔法少女が大人たちに意見する。それは光明指す一手なのか、
巧妙な罠なのか。

「仮面党に入った魔法少女の友達がいます」

「可能なのか!?」

「テレパシーで連絡を取ればいけます。でも」

「ああ、行ってくれるとは限らん。だが一人でも多くそれを伝えろ。
『複数の魔女の集合体がいる』と伝え、増援に向かわせるんだ」

納得した魔法少女は中空を見つめつつ何かつぶやいている。
それを見届けた大人たちは
次に自らができることを探し立ち上がった。それは住民の救助だ。

その少女の機転がどういったことに繋がるか、彼らは気づかない。
それだけ疲弊したという意味でもあるし、少女たちの伝達方法、
すなわち噂を軽視していたという意味であった。
だがそれを責めるのは酷ではないだろうか。

彼らももはや、拾える命に限りがあることを知っていたのだから。

466: 2013/08/11(日) 23:10:21.93 ID:BcUHOC+i0
さやかと杏子が前衛を務め、マミとほむらが援護射撃をする。それはかつて行っていた
連携そのものだった。だが悲しいかな、ほむらにその記憶はない。
いや、あるにはあるのだが世界の改変に立ち会った彼女の記憶は、さやかの消滅から
始まっていた。そのため彼女の記憶には同じ時間帯で違う記憶が存在する。
ループを繰り返した彼女にとってそれを受け入れることは造作もないだろう。
だが常人であればそのような記憶は混乱と破綻の元だ。

『七人分ってのは、伊達じゃないね』

「元々選ばれた人たちですもの、強いはずよ」

聖槍騎士に選ばれた時点ですでに強力な魔法少女だったのだろう、とマミは
言いたいのだ。それを裏付けるように、凄まじい攻撃を仕掛けるワルプルギスの夜。
それがほむらの知るそれとまったく同一かどうかは不明だ。だがそれに匹敵する猛悪さを
秘めていた。
マスケットを巨大にし、三脚すら組み合わせたそれをマミは正確に撃つ。魔獣相手では
ここまで巨大な攻撃力は必要なかった。だが相手の巨体から必要と判断し使用している。
魔獣同様、避けるような行動をとらないせいか、面白いように当たる。だが当たるだけで、
実際には効果があるかがまったくわからない。外装に傷がまったくつかないからだ。
身の丈を優に越える巨大な槍に乗り杏子が突進する。逆さまにぶら下がる人形部分に
かろうじて突き刺さったものの、こたえている様子はない。

「ダメージになってんのかよ!」

「諦めないで! 皆さんがきっと応援をつれてきてくれるわ!」

マミの叱咤が飛ぶ。年長者としての立場もあるだろうが、彼女の言葉で皆が
動くのも確かだ。彼女の英雄として、正義の味方としての意思が徐々に
強くなっていった。

467: 2013/08/11(日) 23:12:36.89 ID:BcUHOC+i0
応援の連絡は、生き残った魔法少女たちに次々に伝えられた。それに呼応し
立ち上がる魔法少女も確かにいた。
むしろ仮面党にいる魔法少女にとっては奮い立つ知らせだった。なぜならば、
そこに巴マミがいて、すでに戦っていると聞かされたから。
仮面党にとっても、巴マミは正義の味方だった。戦闘力・魔力・経験値の高さ、
美貌や品位ですら有名だった。そもそも、見滝原を守りきった英雄として
仮面党員の間ですら女神と崇めるものがいたくらいだ。

だからであろう。応援の連絡により、ワルプルギスの夜の力が強まるのと同時に、
マミの魔力もまた高まっていた。

『強い魔女がいて、それを倒すために応援を求めている』
『その強い魔女に、英雄巴マミと暁美ほむらが立ち向かっている』
『それは複数の魔女が集まって出来た強力な魔女だ』
『二人とともに戦う魔法少女も正義の味方だ。だから氏なない』

そんな相反する噂が広まっていた。それが広まれば広まるほど、
ワルプルギスの夜の力も、あの魔法少女たちの力も強まっていく。
ワルプルギスの夜から溢れ出す使い魔。ほむらたちが撃ち漏らすそれがあちこちに
暴れ周り、被害を拡大させていく。

仮面党と南条の部下が合流する。南条の部下と違い、組織的な訓練を受けていない
仮面党は連携をとることができない。だがかろうじて目的は一致している。そのため
双方の勢力はともに住民の救助を優先し協力することできた。
ラストバタリオンをペルソナ使いや南条の軍隊が攻撃し、魔女や使い魔を仮面党が
撃破する。非戦闘員や魔女を視認できない党員たちは、住民の避難に集中する。

けれども、ほむらたちに救援に迎える魔法少女はいない。
自分の周囲を守ることで精一杯だったからだ。
だから、噂だけが徒に広まっていくだけだった。
ただ一人の援軍を除いて。

468: 2013/08/11(日) 23:13:08.72 ID:BcUHOC+i0
何度目かの特攻を防がれる。最前線のさやかと杏子は満身創痍。
魔力も心もとない。ほむらの見たワルプルギスの夜であれば、ビルをなぎ倒し
それを投げつけてきたりした。今回は周囲にそれらしきものはない。
そのため、直接的な攻撃を繰り出すことはしていたが、連携さえ取れていれば
回避は決して難しくない。
だがこちらにも決め手はない。ましてやまどかに因果の力は絡み付いていない。
地力で倒さなければならない。

「頑丈ね……これだけ直撃させても倒せなかったのは初めてよ」

マミが苦しげに言う。彼女の巨大化させたマスケットをもう十発以上耐え抜いている。
それだけではない。さやかや杏子、ほむらの攻撃も避ける気配はない。
にもかかわらずけたたましい笑い声を上げて漂っているだけだ。
そう、夜は気まぐれに攻撃を仕掛けてくるだけだ。使い魔もあふれ出てくるが
どこか動きに統一性がなく、夜を中心に放射線の動きで街に向かうだけ。
それをほむらが矢で迎撃する。さすがに普通の人間に見えない象のような
使い魔が街で歩こうものならそれだけでパニックになる。

(まどかが守ろうとした世界を、壊させはしない!)

それと同時にうららの隣で不安と恐怖に怯えつつも祈り続けるまどか。
うららには使い魔も魔女も視認できない。だがまどかは使い魔がいない方向に
指示を出し移動している。うららにできることは、そう多くない。
かろうじて南条や克哉からの連絡を待ち、応援の有無を知らせることくらいだろうか。

「皆、氏ぬんじゃないよ。教えたいこと、いっぱいあるんだから」

それは、人生の先輩からの祈り。

469: 2013/08/11(日) 23:13:52.47 ID:BcUHOC+i0
見滝原各地で起こる戦闘。ラストバタリオンと、南条の一団と仮面党。
住民を避難させ保護する目的の後者たちは、専守防衛を目的としてた。
ラストバタリオンたちと交戦を避けつつ、人々を収容する。仮面党もそれに加わり、
未だ孤立する住民を探す。
一方のラストバタリオンたちはまだ魔法少女の候補生を探している。
そのせいか、見境なく攻撃をするという形ではない。ただそこにいる人間が資格を
有さない男性やその時期を過ぎた女性だとわかると容赦がない。

『日本オワタ』
『UFOの上にいる俺勝ち組』
『回線繋がってんのかよ!?』
『つか妹帰ってこえねえんだけど!』
『お前妹いないだろ』
『それなんてえろげ』
『【拡散希望】仮面党に守ってもらえ【軍隊マジやべえ】』
『【ブラウン】スタンド使いつええ!【エリー】』
『見滝原には近づかないようにしてください』
『日本中すでに軍隊があふれてる件について』
『自衛隊も動けねえて(基地側の住人より)』
『なんやて!』

そんな中、薄気味悪い笑いをして歩くのは仁美。
そして彼女につれられて歩く上条。
時折ラストバタリオンが二人に気づくようだが、近づかれる寸前に姿が消える。
瞬間移動をして接触を避けているのだ。

「これが、魔法少女の力。さやかも……」

「ええ、そのようです。さやかさんもまほうしょうじょなんですよ」

くすくすと、何がおかしいのか笑いながら答える。
上条の独り言じみたつぶやきすら反応するあたり、やはり穏やかではないらしい。

「それですぐにさやかのところに行かないのかい?」

「さやかさんのいばしょがわからないとだめなんです。うふふ、でももうすぐです」

470: 2013/08/11(日) 23:14:19.41 ID:BcUHOC+i0
そして、とうとうたどり着いた。二人はさやかの下に。
ワルプルギスの夜と魔法少女の戦場へ。

『恭介!? そ、それに仁美!?』

一同驚きを隠せない。その中にはまどかも含まれてる。仁美は覚えてすらいない
だろうが、まどかにとっても仁美は親友だった。彼女の行動によりさやかが
魔女になった世界があろうとも、それを責めるつもりにはなれなかった。
だが、魔法少女になっていることは予想の外だった。まどか知る世界の中では
一度も彼女は魔法少女になってはいない。それはほむらも同じだったのだろう。
驚きをもって彼女の魔法少女の姿を見ていた。

「ふふ、さやかさん、みなさん、こんにちは」

その虚ろな目に気づいたうららは戦慄した。せざるを得ない。

(正気を失ってる?)

その中で仁美に接点の少ない杏子だけが吼える。雄叫びを上げ鉄鎖鞭を
振り回し夜に叩きつける。その轟音と咆哮によってかろうじて皆我に返った。

「ああ、さやかさん。おあいしたかったですわ。けれどもあのおおきなのが
じゃましていますわね」

『仁美! なんで魔法少女に!?』

さやかの戦きも理解できる。魔獣と戦う世界においての魔法少女ではない。
今は魔法少女は魔女になってしまう世界なのだ。つまり、仁美は魔女になるか
その前に氏ぬしかない。
上条を諦めるざるを得ないことを知っているのだろうか。

471: 2013/08/11(日) 23:14:55.39 ID:BcUHOC+i0
仁美は上条をそこに残すと、ふらふらと歩いていく。その足取りは浮ついていて
確かなものは何もない。それを引きとめようと駆け寄るさやか。だが彼女の手が
仁美をつかむ直前、その手は空を切る。

「おにごっこはあとでしましょう」

使い魔の突進も、杏子やマミの拘束も、すべてすり抜ける。
正確には触れられると同時に瞬間移動し離脱しているのだ。ほむらの時間停止は
接触しているものには効果がなく、拘束などに弱い。だが仁美のそれは自分と
自分の願うものを転移させるものであるらしい。いかに掴もうとも拘束しようとも
彼女の歩みをとめることは出来ない。

全員気づいた。彼女はワルプルギスの夜を転移させるつもりなのだ。どこにかは
不明だが。宇宙空間など戻ってこれなそうなところに送ってしまえば、倒す必要も
ないだろう。
だが、それは簡単にいくのだろうか。問題は魔力の消費である。距離や転送する
相手の質量のようなものに比例するとしたら。

『まって! そんなことしたら!』

魔力を使いきってしまう恐れもある。

「くそ! やめろ! やめろ!」

腕や足を狙い、ロンギヌスコピーを繰り出す。だが接触する直前に消え回避される。

もはや彼女らに出来ることは、仁美のソウルジェムが濁り切る前に、浄化することである。

477: 2013/08/20(火) 23:30:48.86 ID:qP2C1Qq20

その場に居合わせている上条は全く頭がついていっていない。ただただ仁美に引きずられ
さやかに会いたい一心でついてきた彼は、素質がない。魔女を視認できない。

「君! こっちへ!」

うららに腕をつかまれ、戦闘の範囲外に引きずり出される。
そこは(彼がそれとわかれば)戦場全体を俯瞰できる位置だ。ほむらが、マミが、杏子が
おのおの武器を振り回し、見えない何かを撃破している。
そして、鮮やかな蒼い衣装を身にまとい、戦場を駆け巡る少女。

「さやか……」

そのさやかは、目に見えて動きが悪くなっていた。仁美と上条という意外な闖入者に
動揺していたからだ。ちらちらと上条を見て集中が出来ていない。

”美樹さやか、貴女は上条恭介の保護に回りなさい”

ほむらに看破され、ますます動きが悪くなる。だがこのままでは杏子の背後が危険だ。
ほむらとスイッチする形でしぶしぶ下がり、うららたちにむけて走り抜けた。
マミは戦場を圧縮しうららたちを守るため前進する。体育館から生徒たちを助け出した
時と同じ理屈だ。その横を走り抜けるさやかを見て決意を新たにする。

自分は正義の味方だと。

”佐倉杏子、今は魔女に集中して”

”あ、ああ”

ほむらに策はない。その場にいる誰もが何も出来ない。仁美のふらふらした歩みを
誰もとめることが出来なかった。

478: 2013/08/20(火) 23:31:26.79 ID:qP2C1Qq20
「上条くん……」

「君は、さやかの友達かな。僕を知っているの?」

その言葉にまどかは俯く。覚えているはずがない。ほむらが覚えていること自体奇跡
だというのに、これ以上何を望むのか。

(私が、望んだからいけないんだ。ほむらちゃんが覚えてくれているのだけで
満足していなきゃいけなかったんだ)

ほむらが望んだからといって、望んではいけなかったと、自らを責めた。その結果が
自らの願いの消失であり、魔法少女たちの絶望であり、今の惨状の結果である。
だからまどかは懊悩してしまう。

「あんたはあの子の知り合いかい? 物凄い勢いでこっちにくるよ」

視線の先にはさやかの姿がある。使い魔を途中途中で切り伏せてまっすぐに
上条に向けて走っていく。それは彼女の本音の表れだった。だがうららにはわかった。
その走りに迷いがあることを。ためらいがあることを。その様子にうららは二人が、
ただの知り合いではないことを察した。

『きょ、……恭介』

肩で息をしながら三人に歩み寄る。その間に流れる微妙な空気をどう表現するべきか。

「さやか……本当にさやかなんだね」

「錯覚」がとけ、腕の怪我という枷も外れた上条にとって、さやかはもはや異性だった。
しかも、長年一緒にいたばかりか、一番つらい時期を支えてくれた恩人だった。

だが、まだ不幸はある。このさやかはこの上条が知るさやかではない。それを内包こそ
するが、彼女の本質はそれとは決定的に異なっていた。
そう、魔女がいた世界のさやかだった。

479: 2013/08/20(火) 23:31:54.00 ID:qP2C1Qq20
仁美はただただ歩いているだけだ。夜の砲撃も瞬間移動でかわす。そのため、
夜の注意が仁美に集中してた。だから杏子やほむらはそのあいだ自由に
動くことができた。
せいぜい使い魔が思い出したように動くのを撃破するだけだ。

「あいつを何とかしねえと! さやかの友達なんだろう」

「ええ。……彼女も魔女になってしまう」

仁美は魔力の消費を意識せず魔法を使い続けている。その結果魔女になって
しまう可能性を知らずに、だ。ほむらは歯噛みするような焦燥にかられていた。
彼女が魔女になるということは、魔女が増えるという意味だけではない。
その惨状を見て衝撃を受けるまどかのことを思っていた。同じように杏子も
さやかがどうなるかが問題だった。

だが、二人には接触を瞬間移動で回避する仁美を止める術が思いつかない。
最悪ほむらは殺害することも考えていた。だが先ほどの杏子の攻撃すら
回避するのを見るに、接触した瞬間自動で回避する仕組みなのだろう。
彼女には戦闘経験がない。そのための策と言えなくもない。

その中で、しばらく黙っていたマミが口を開く。その声に眼力に怒りがある。

「それなら、志筑さんが何かをする前に倒してしまえばいいのよ」

その怒りに満ちた言葉に全員が奮い立った。

480: 2013/08/20(火) 23:32:19.23 ID:qP2C1Qq20
一方で、魔女の姿を感知できない上条は、皆との温度差に気付かない。

「さやか……、僕は君に謝らなくては……」

『やめて! 今はそんなことやってる場合じゃない! 早くしないと……』

早くしないと仁美も魔女になってしまう。例え恋敵であろうとも、異世界の
存在であろうとも、さやかにとって仁美は親友だった。
何より、自分亡き後上条を愛し支えることができるのは仁美を置いて
他にいない。少なくともさやかはそう信じている。

「そうだよ上条くん。何とかしないと仁美ちゃんも魔女になっちゃう」

「魔女?」

「魔法少女が魔力を使い切るとね。魔女、怪物になるんだって」

「え? え?」

突然そんなことを言われ、上条に飲み込めるはずがない。狼狽えている
だけだ。魔法少女はまだいい。魔女とは何か。素質がなく視認ができない
上条にはわけがわからない。
足の悪い彼の松葉杖の代わりにヒトラーが渡した槍が握られていた。

481: 2013/08/20(火) 23:32:48.89 ID:qP2C1Qq20
仁美を追い越そうと、三人が突っ込む。
遠距離戦を得意とするほむらとマミですら、だ。だがマミは友人としての仁美を
救いたいという思いがある。一方のほむらは少し違う。
酷い話だが、まどかが悲しむからという理由だ。二人との温度差がそこにあった。
それでもなお、三人は戦いを挑む。仁美を守るため、街を守り戦うために。

銃を槍を巨大化させ叩きこむ。ほむらも弓を的確に撃ち込む。
それをどうも仁美はぼんやり見ているだけのようだ。先ほどまでの行動との
一貫性がない。

「うぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁ!」

杏子が雄たけび夜に斬りかかる。それに対し夜は反撃する。その攻撃に杏子は
気づいていない。
杏子の視界が突然開ける。槍は空を切り、何もないところの着地する。直後、
彼女がいたところに魔力の塊が降り注ぎ大地を抉り取る。

「あ、あいつか?」

仁美が杏子を強制的に転移させたようだった。触れていなければ不可能と
思われたが、彼女の手にはメイスが握られている。中世ヨーロッパの儀礼用の
飾りのついた杖をイメージしてもらえばよいかもしれない。その先端の錘部分が
鎖でつながっている。それが杏子の体に触れたようだった。

「うふふ、きをつけてくださいね」

近寄る使い魔をメイスで軽く叩くだけであちこちに転移させる。
だがそれは、悪戯に彼女の魔力を使わせるだけだ。
その笑顔に、ぞっとする何かを感じたのは、杏子だけではないだろう。

482: 2013/08/20(火) 23:33:22.82 ID:qP2C1Qq20
『仁美! もう止めて!』

さやかの悲鳴も彼女の心には届かない。距離だとかそういう問題ではない。
彼女の心は砕けてしまっていたから。

「魔法少女が魔女になる? そういう噂、聞いたことがあるよ」

その上条の言葉に全員が振り返る。噂?
彼が言う。彼はほむらやマミのため噂を自分なりに集めていた。そのときに
ほむらが発端の『前の世界の話』の噂を聞いていた。だが当時はそれがほとんど
受け入れられておらず、懐疑的な噂であった。だがそれがここにきて現実味を
帯びた。

「志筑さんもなってしまうんだね。なんとかしないと!」

信じてくれた。さやかは腰が抜けそうなほど安堵していた。さやかが言っても
無理なら上条が言えば仁美は思いとどまってくれる、そう思ったからだ。
彼の声であればきっと届く。さやかはそう理解した。

『なら恭介が説得して! あのままじゃ仁美が……』

「……でも、彼女には、僕の声は届かない」

先ほどまで何度も上条は引き返すことを提案してた。皆の邪魔になるというのが
理由だった。だがその声も言葉も、思いも届かない。

なぜなら仁美は、さやかと上条を失ったと思い込んでいたから。

「じゃぁどうするんだい!」

「こうします!」

上条の提案は、皆の発想の外にあった。
それは彼が噂を調べ続けたが故の、結論だったのかもしれない。

483: 2013/08/20(火) 23:34:15.02 ID:qP2C1Qq20
戦いは奇妙だった。致命傷足りえる攻撃を仁美が回避する。それが決め手となる
攻撃を強引に回避させてしまうため、杏子にしてもほむらにしても
好機をはずされてしまう。
一方の夜も攻撃が当たらないため、膠着している。
そういう意味では仁美に戦場を支配されているようだった。

プッ、プッ、プッ、プッ、プッ、プッ、プッ、プッ、プッ……

プルルルルルルルルルルル、プルルルルルルルルルルル……

その仁美を睨み、さやかは使い魔を屠る。上条が行うことを見守り安全に
行わせるために。それが彼のやさしさからくるものではあるのだが、さやかの
心中は複雑だ。

上条は自らの携帯電話を取る。あのラストバタリオン襲撃の際、なぜか彼らは
通信機器の代名詞である携帯電話を取り上げるような真似をしなかった。
もちろんジャミングがかけられていたことも要因として挙げられるが、基本は
取り上げる必要があるはずだ。
理由は明白。窮地を脱するためにジョーカーに縋る人間を期待してのこと。
そして双方が泥沼になる戦いを行う。それも試練のはずだった。だがジャミング
されている状態で携帯電話をいじることを思いつく人間は少なく、気づいても
マミたち魔法少女の助力により行わずにすんだ。

「ジョーカー様、ジョーカー様、おいでください」

それは上条が調べた、『正式な』ジョーカー様呪いのやり方だ。

「どこにいますか」

うろ覚えのセリフであっても、それは効果があったようだ。噂がいい加減なのか
ジョーカー自体がいい加減なのかは不明だが。

「汝が後ろに……。我はジョーカー……。
夢に煩う汝が引いた、最後の切り札。汝、理想を述べよ……」

488: 2013/08/26(月) 21:00:00.69 ID:0PqdXvyj0
彼は必氏に調べていた。本当のジョーカー様の噂を。なぜならば、それにより
魔法少女が人間に戻れることを知ったから。噂では氏者すら蘇るという。
ならばと上条は飛躍した。

(さやかも生き返るかもしれない。普通の『女の子』として)

そして彼女を普通の女の子として見たかった。それは美少女である彼女を
異性として意識する下心がないとは言わない。だがそれと同じかそれ以上に
彼はさやかに会いたかった。謝りたかった。
ずっと支え、助け、そして腕を治してくれた彼女に。

だが調べるうちに『影人間』なるものがいることも知った。
ジョーカー様を呼び出したはいいが、心からの願い事を言えないがため魂を
奪われ存在が薄くなってしまった人間のことだ。
影人間になると、周囲の人間から認識されなくなる。
当の本人も放心状態になりほとんど自我がなくなる。自ら声を発することなく、
誰からも認識されなくなり、やがて「いなくなる」。
だからジョーカー様への願いは心からの願いでなくてはならない。

「僕の願いは――」

何度目かの突撃をかわされて、杏子は地面に激突する。
体勢を立て直す体力もなくなってしまっていた。
ほむらやマミも武器を作り出す魔力がほとんどない。それでもなお、
夜は高笑いを続けている。心に絶望がよぎる。

「さやか、志筑さんと冷静に話し合いをする機会が欲しい。
三人でまた話し合える場を望む!」

それを待っていたかのように仁美は動く。
メイスともフレイルとも鞭とも取れる武器をかざしワルプルギスの夜に接近する。
相変わらず夜の攻撃を瞬間移動で回避しながら。狂いながらも計算していたのか、
魔法少女たちの身動きが取れなくなったところを動き出す。

メイスの先端を夜に巻きつけ、薄ら笑いを浮かべると、彼女は夜ともども消えた。

489: 2013/08/26(月) 21:00:32.17 ID:0PqdXvyj0
夜が消え去り、そこには耳が痛いほどの静寂が訪れる。
間に合わなかった。その悔恨だけが薄くその場に延ばされる。
さやかはひざから崩れ落ち、杏子も立ち上がれない。マミもマスケットを
抱えたまま身じろぎひとつしない。

かろうじて心を保っていたのはほむらだけだ。だから淡々と、まどかのために
矢を放つ。使い魔を殲滅するために。

「まだ終わってないっ! マミさん!」

その激励に我に返るマミ。崩れかけた心を必氏に立て直しつつ使い魔目掛けて
銃撃する。杏子、さやかもかろうじて立ち直り、槍で、剣で攻撃する。
仁美を救えなかった悲しみをぶつけるように。

発生源たる魔女がいないせいで、その戦いはさして時間もかからずに収束した。
だが、魔力はほとんど枯渇している。激戦に次ぐ激戦の上、結果が伴わないと
あれば、その心労は計り知れない。

膝を突きうな垂れる少女たちにまどかは走りよる。だが、彼女たちにどんな言葉を
かけていいかわからない。それはマミたちも同じだった。
失敗したこと、守れなかったことを笑えばいいのか、悲しめばいいのか。
それこそ彼女らが魔女になってしまうほどの絶望が広がっていたのだ。

その彼女らの頭上で大きな音がする。建物が瓦礫になる音だ。そして回転する何かに
物が挟まって動作不良を起こしているような音がする。

490: 2013/08/26(月) 21:01:13.72 ID:0PqdXvyj0
『なるほどな、ここに連れてくれば被害も及ばぬということか』

「はい、そういうことです。このままこのUFOは火星まで行くのですよね」

ヒトラーの前に仁美は静かに立つ。その目にははっきりとした意思の光が宿って
いた。冷静さを取り戻した彼女は、自らの武器を握り締め、悲しい独裁者と対峙
する。

「どうかお願いします。彼女たちを暴れまわる悲しい魂にしないでください」

『ジョーカー様の呪いで冷静さと聡明さを取り戻したか。
だがこちらにも事情がある』

ヒトラーとて簡単に首を縦にふれるはずがない。たとえキュゥべえが
協力しなくとも彼らにはキュゥべえを捕獲し脳に手を加えることで、
強制的に契約をさせることが可能だ。
現に、素質を持たないラストバタリオン一般兵が魔法少女の素質を感知
できるのも、首だけになったキュゥべえが探知機になっていたからだ。
その状態でも、テレパシーを発信することで契約をすることができるらしい。

「もし、不可能でしたら……」

『何か考えがあるのか? お前のような小娘に』

仁美のソウルジェムはほとんど濁りきっている。もう、長くないことを知っていた。
だから、彼女は携帯電話を取り出して脅迫する。

「私もジョーカー様呪いを行います。
このUFOを地球でないどこかに運ぶことをお願いするつもりです」

491: 2013/08/26(月) 21:01:50.13 ID:0PqdXvyj0
その中でほむらだけは、まどかを慮る。

「まどか、怪我はない? 大丈夫かしら」

「ほむらちゃんの怪我のほうが大変だよ!」

満身創痍のほむらが無傷のまどかを心配している。自慢の美しい黒髪が
無残にも焼き切られていた。痛覚遮断をしていた指もあらぬ方向に曲がって
いる。足を引きずっているのも、同じ理由であろうか。

『安心してまどか。ほむらの怪我は治すから』

「いえ、結構よ。さやかも魔力が残りないのでしょう?」

『私はもうどうなってもいいよ。まどかとあんたが悲しい顔するのは見たくない』

有無を言わさずさやかが治療する。ほむらも最低限の治療だけと断り受け入れた。
まどかの目もあったからだが、それ以上に彼女の損傷が酷かったからだ。

「けれど、上条恭介はどうするの」

ほむらの問いに、さやかは淡々と応じる。

『わかってるでしょ。私はこの恭介が知ってるさやかじゃない。
あんたがいた世界のさやかなんだ。別人なんだよ』

ひび割れたサングラス越しにはがらんどうの眼窩。その表情はうかがい知れないが
声に混じるのそれはほむらにだって読み取れる感情だ。
だから消極的にその意見を受け入れた形だ。

『だから、私がいなくなっても、構わない。そう思ってたんだ』

仁美が人間として生きて、上条の隣にさえいれば。

492: 2013/08/26(月) 21:02:28.53 ID:0PqdXvyj0
ヒトラーは心底つまらなそうに、正方形の石をつまみ上げ仁美に投げつける。

『使うがいい。所詮扇動できるのは熱狂に酔う連中だけか』

落としかけて不器用に受け取る。それは魔獣を倒したときに手に入る石だ。
ほむらたちが倒した魔獣たちが落とし、拾い損なったものだった。雲霞のごとく
せまる魔獣たちの殲滅に気を取られたためだろうか。

「貴方は、あの国の経済を立て直した方だと伺っています。
ただ戦争に邁進した独裁者だとは思えません」

その仁美の評価を鼻で笑う。教科書でしか歴史を知らぬものが何を言うか。
そういった表情がありありと見て取れた。
だが一方で、彼の手腕を評価する意見がないわけではない。失業者を半減させた
功績は無碍には出来ないはずだ。

だが一方で彼はヒトラーその人ではない。ヒトラーというものを空想し作られた
似てもいない別人である。そういう意味ではさやかと同じといえた。
だからこそ、ニャルラトホテプの呪縛から逃れようとした。自分は噂によって生まれたが
ヒトラーその人ではないと自らに証明するために。
それこそが狙いだと気づきもせずに。

『所詮、人類の進化など夢か』

その呟きを仁美が理解したかどうか。

『ふん。あの巨大な怪物は連れて行く。せいぜい貴様はジョーカーの呪いに従うがいい』

それは上条の願い。

493: 2013/08/26(月) 21:02:58.45 ID:0PqdXvyj0
地上では、それがゆっくり浮上していることに気づかず、各々の
治療を行っていた。だが魔力もほとんど限界で、動くこともままならない。
横臥する杏子。地べたに座り込むさやか。マミこそ立ってはいるがその足元は
おぼつかない。
そこに、うららと上条が近づく。最初はうららは思うところがあり、彼を近づかせる
ことに躊躇いがあった。だが彼の動きに押し返される形でずるずると近づかせて
しまった。

「……さやか……」

『はは、きょ……、お前間に合わなかったな』

「もういいよ、さやか。君が『僕の知ってるさやか』だってわかってるから」

その視線に熱や湿り気があることにさやかは気づいた。そしてそれが『彼女に』
向けられたものでないことにも。
そして告げられる、残酷な告白。

「ごめん、僕は君をこれまで女の子として見てなかった。
ずっと隣にいる兄弟だと思ってた、思い込んでいたんだ」

『いや……』

「けれど、君をなくして気づいた。君は……異性なんだって。
僕のことをずっと支えてくれていた、女の子なんだって」

『やめて……、やめて……』

ほむらたちにはそれの意味がわからない。さやかがなぜ苦しんでいるのか。
まどかですら、だ。
上条が語る言葉を欲していたのはさやかだった。だが今この言葉は、
魔獣と戦い消滅したさやかに向けられたものであって、ここにいるまがい物の
さやかへ向けられたものではなかった。

だから、ソウルジェムが濁っていった。

494: 2013/08/26(月) 21:03:42.74 ID:0PqdXvyj0
突如腹部を押さえてうめきだすさやか。回復に力を使いすぎたところにこの
言葉は彼女を絶望させるに十分だった。上条の言葉の途中で崩れ落ちる。

「だから、一度、志筑さんと少しでも……どうしたんださやか!」

『やめてぇぇぇぇぇぇぇ!』

「上条恭介離れなさい!」

上条の胸を押しのける。ほむらはかろうじて残っていた石を探そうと夢中だった。
正直に言えば、さやかを嫌っていた。繰り返すループの中で何度も忠告を無視し
魔法少女になり、魔女になり、まどかに悲しみの傷跡を残してきた彼女が。
けれど好きだった。魔法少女がらみでなければ。引っ込み思案の自分を
まどかと一緒に手を引いてくれる彼女が。CDショップにも、ファーストフード店にも
誘ってくれた。
だから、これからさやかがする願いを、彼女は受け入れるつもりだった。
それを漠然と察していたから。

「美樹さん!」「さやか!」

二人とも直感していた。このままでは彼女は魔女になると。だがソウルジェムを
浄化する石はほとんどない。かろうじて仁美に残していたそれを使い浄化を
試みるが、さやかがそれを止める。

『だ、だめ! それは三人で使って! 私は、もう、いいから』

――まがい物だから――

そして、さやかは変身を解き、ほむらにそれを手渡す。
どす黒く濁ってきた、ソウルジェムを。

495: 2013/08/26(月) 21:06:10.40 ID:0PqdXvyj0
ほむらは理解した。唇をかみ締めていた。

『やめてよ、そんな顔しないで……クールなあんただから頼むんだよ』

「さっ、さやかちゃん……?」

まどかもその行動の意味を察したらしい。顔色が真っ青になる。そして
それを止めるすべがないことに気づいた。

(契約しようにもキュゥべえがいない……携帯電話も……ない)

ほむらやマミは持っているかもしれない。だがたとえ浄化しても
彼女の心が救われるとは思えない。どういう願いなら救われるのか
まどかには見当もつかない。

『ね? 私のこと、嫌いでしょ。だから、思い切ってやっちゃって』

目に見えてほむらの表情が歪む。崩れ落ちそうな何かをこらえて
必氏になっていた。
さやかの願いを叶えてあげたい。だがそれはまどかを上条をマミを
杏子を傷つけることになるだろう。

『私もまどかを傷つけたくないんだよ……お願い』

涙を流せないさやかは言う。

『魔女になる前に、私のソウルジェムを壊して……』

496: 2013/08/26(月) 21:07:10.20 ID:0PqdXvyj0
ほむらは血がにじむほど唇を噛み締める。そして、さやかの魂を握り
振り上げる。足元にはかろうじて残っていたコンクリート片。

「……それしか、ないの?」

「あっ、諦めてんじゃねーよ! どこかからグリーフ・シード? 
を手に入れればいいんだろ!」

ほむらとてさやかを頃したいわけではない。だが明らかに間に合わない。

「待って今連絡してる。届けてもらうから!」

うららも先ほどから連絡をしているらしいが、現場が混乱しているためか
伝わっていない。避難させた住民が多く、その対処に追われているからだ。
呼び出しに出ない回線も多く、焦燥に駆られながらもうららは番号を変えて
かけ続けている。

『いいんだ、もう、間に合わない……。ごめん、ほむら』

「いいえ、いいのよ。こちらこそ、貴女を嫌って、ごめんなさい」

弱弱しく首を振り笑うさやか。今わの際になってようやく二人は和解した
のかもしれない。
その微笑に意を決して再びこぶしを振り上げる。だがその手はどうしても
振り下ろせない。

「待ってほむらちゃん! 何とかならないの? 私が契約しても?」

『まどか! ほむらが誰を救いたかったか考えてあげて!』

さやかがほむらとまどかを慮るほど、ほむらの手は硬直する。

497: 2013/08/26(月) 21:08:10.51 ID:0PqdXvyj0
「やめてくれ!」

それまで混乱していた上条が吼える。手には杖代わりだった槍を握り、
おぼつかない足で立っていた。その槍先は足もとの悪さと緊張で
ぶるぶる震えている。

『お前! 何を!』

「さやかを殺さないでくれ! さっきジョーカー様にお願いしたんだ!」

上条は知っていた。ジョーカーの願いはわずかにタイムラグがある。
魔法少女のそれと違い、少しだけ遅れて叶う。素敵な彼氏が欲しいと
願った女性の元にその彼が現れたのは翌日のことだった。

「三人で冷静に話す場を願った。だから志筑さんが来るまでは
間に合うはずなんだ!」

だがほむらがそれを信じられるわけがない。彼女の経験上ここまで
濁ってしまっては、孵化するまで時間がない。
うららも魔女のことに関してはわからずに言葉が出せない。それは
誰もがそうだった。

「いいえ……。無理よ。それに彼女もどこに行ったのかすらわからないのに」

『ほむら! やって!』

拳を振り上げ、一気に振り下ろす。上条に人を刺す度胸がないと
思っていたし、槍に刺されたとしてもしばらくすれば魔法少女の封印は
解けると知っていたから。

「さやかを奪わないでくれ!」

その瞬間、彼の左足が折れる。リハビリ中の足が崩れて前のめりになる。
それを立て直そうとするがそのまま一歩前に出る。
振り下ろしていたほむらはそれに気づいても対処が遅れた。そもそも
ロンギヌスコピーなら刺されてもすぐに治る。それに、上条の怒りを
わずかでも引き受けるべきだと思ったから。

だからマミのリボンも、杏子の手も、うららの静止も間に合わなかった。

オリジナルロンギヌスは、ほむらの心の臓を正確に刺した。

さやかのソウルジェムが砕けるのと、同時に。

502: 2013/09/05(木) 23:09:06.14 ID:xqdkCvmF0
ほむらが気がついたときには、まどかの腕の中だった。
自らの胸から滴る大量の血液がまどかの衣服を朱に染める。
肺にも傷がついているせいか、まともに喋ることもできない。

「どうして!? どうして血が止まらないの!?」

「普通ならとっくに封印も解けてるってのに!」

「ほむらちゃん! ほむらちゃん!」

大粒の涙が顔に当たり、ようやく自分が仰向けになっていることに気づいた。
ほむらの変身は解除されていて、平服に真っ赤な血が染み込んでいる。
まどかがほむらを抱きしめ、手を握り締めている。

「ま、まど……」

「喋らないで! だめ、どうして魔法で怪我が治らないの!?」

「クソッ、ソウルジェムが濁ってきやがった。痛みのせいか?」

そのそばでは血まみれの槍を持ち、放心状態の上条がいた。その顔は赤く
腫れ上がっている。ほむらが見るに、杏子あたりに殴打されたものと思われた。
マミのリボンや魔法でも、彼女の出血は止まらない。血圧が下がったため
ほむらのまぶたが閉じかける。だが彼女の体は魔法少女だ。ありったけの
血液が抜かれようとも、心臓が壊されようとも氏ぬことはない。
ただ魔法少女の特性としての痛覚遮断ができない。そのため氏にもせず胸の
痛みに苦しまなくてはならない。

503: 2013/09/05(木) 23:09:49.13 ID:xqdkCvmF0
それにしても奇妙なのは、ほむらの『封印』が解かれないことだ。うららも
体験したが、ロンギヌスコピーで傷を受けるとペルソナ能力が封じられる。
それと同じように魔法少女の変身も封じられ、能力が使えなくなる。
だが、時間とともに解除されるはずのものが未だ解除されない。
ほむらの呼吸も細く弱弱しくなる。

「ほむらちゃん! ほむらちゃん! お願い! しっかりして!」

血まみれの手を握り、まどかは泣きじゃくっている。涙をぬぐう際にそれが
ついたのであろう。頬にもこすったような血のあとがついていた。

「ま……まどか……、けがは、ない?」

気がついて最初に話しことがそれかと、杏子は唖然とした。だが同時にそれだけ
ほむらがまどかを文字通り愛していることに気づいた。それは自分がさやかに
感じていた親愛の情に近く、そして決定的に違うものだということにも。

「喋らないで! マミさんが今治してくれてるからね」

「けどダメなの! ほむらさんの血が止まらないの! なんで!?」

『杏子なら知ってるんじゃないか』

いつの間にかキュゥべえがそこにいた。かつてのQBのような無表情ではない。
邪な笑みのまま、文字通り『浮遊』していた。ご苦労なことにその状態で
全員を見下していたのだ。

「なんのことだ!?」

杏子にこのキュゥべえの片棒を担いだ記憶はない。だから共犯者に
されかねないこの発言に怒りを感じた。

504: 2013/09/05(木) 23:13:00.69 ID:xqdkCvmF0
『本物のロンギヌスの槍に刺されたキリストの体から
止めどなく血と水が溢れ出し続ける……』

その言葉にハッとする。キリストの聖槍について聞かされたことのある
一言だ。それは聖書を多少知ってさえいればなんとなく知っている
ことでもあるはずだ。

『君たちが連綿と伝えている神話であり、伝承であり、噂だ』

噂ではヒトラーが聖槍を手に入れたことになっている。また各地に
ロンギヌスのレプリカがある。
そして本物はどこにある?

「僕が、ヒトラーから……譲られた。杖の代わりに……」

『神頃しとしての封じる力、そして溢れ出す血と水……まさに神話のとおりだ』

そしてこの封印が永遠に続くかどうかはわからない。だがキリストは三日後に
槍の傷から甦った。それにあわせれば少なくとも三日間、ほむらは苦しみ続ける
ことになる。
彼女の思考は停止せず、気絶もせず苦しみ続けることになる。
このままではソウルジェムは濁り続け、魔女になることだろう。

『円環の理からの寵愛を一身に受けた、恩寵の者が魔女になったら……』

まどかの顔色が真っ青になっている。いや、青を通り越して蒼白だ。

『どれだけエネルギーが得られることだろうな。楽しみだ』

505: 2013/09/05(木) 23:15:51.73 ID:xqdkCvmF0
「杏子……、マミ……、おね…がい……私の……ソウルジェムを……」

「ふざけないで! まだそうなると決まったわけではないわ!」

マミが吼える。その目に涙をためて。歯を食いしばり、嗚咽を噛み頃しながら。
杏子も同意見だ。さやかは救うことは出来なかった。仮に石やグリーフ・シードで
穢れを払っても、あのままでは救えなかった。だからほむらの手を汚させることに
なった。
だが彼女は違う。穢れさえ、傷さえ治せば生き残れる。あとはまどかが支えれば
いいはずだ。

だがそこに、不思議な三人の女性が現れる。丁度、皆を取り囲むようにたち、
ゆるゆると近づいてくる。
それにはじめて気づいたのはほむらだ。キュゥべえから目線をそらし、そちらを
見やる。
一人が手からリボンを生み出すと、杏子の手の中にあったほむらのソウルジェムを
ひったくる。そんなすばやいことが出来るのは……。

『そうよ。私のほむらさんを殺させはしないわ』

ありえない表情で見下す『マミ』と

『お前ら、本気でほむらを頃したいわけじゃないだろ?』

邪悪な笑いで美貌をゆがめる『杏子』と

『自分が犯した【罪】の償いは、生きて背負うべきだわ』

狂気を孕んだ微笑を浮かべる『ほむら』。

506: 2013/09/05(木) 23:18:15.69 ID:xqdkCvmF0
その姿を見て歯噛みするうららだけが、彼らの正体を知っていた。
かつて、自分たちの内面を、後ろ暗い心の闇が実体化したもの。
影、シャドウ。そういったものと彼女らは戦った。

「気をつけて、こいつらはあんたらの心の影から生まれたやつらだ。
ヘタに否定して拒絶しちゃダメだ。受け止めな!」

うららの忠告が果たして届いたであろうか。自分の禍々しい似姿を
見せられて、マミも杏子も心穏やかではない。
シャドウたちはそれを察したのか、口々に自分に向かって語りかける。

『お友達が欲しかったんでしょう? 庇って甲斐甲斐しく世話したのは
お友達が欲しかったからで、相手は誰だってよかったのよね
美樹さんも杏子さんも失って、一人ぼっちだったものね』

『あんたもそうだよな。一人がいいなんて嘯いて、
結局はさやかが欲しかった。だからやばいと思ってもジョーカー様を
したんだ。そうだろう?』

『貴女はわかっていたはずよ。噂の力を使えば、まどかに会えるかも
しれないと。そうして出会えたまどかがここにいれば、円環の理に
不具合が出ることもね』

自分の影の言葉に全員が顔色を失う。只でさえ魔力を使いソウルジェムは
濁りかけている。そこに自らの心の闇を暴く言葉だ。それが簡単な
どこにでもあるありふれた言葉であっても、自身の口からこぼれるそれは
凄まじい衝撃を与えていた。

507: 2013/09/05(木) 23:21:38.81 ID:xqdkCvmF0
うららは激昂しペルソナを呼び出す。広範囲の疾風魔法だ。
皆が一様にシャドウの言葉に苦しんでいることに激怒したのだ。

「あんたら! 自分をしっかり保ちな! そして乗り越えるんだよ!」

極大の疾風魔法がシャドウたちを包み込む。だがそれをリボンが防ぐ。

マミが全くの無意識でリボンを取り出し、それを阻害したのだ。
自身も気づいていないのだろう。驚いた面持ちでいた。だがすぐに
理由に気づき、戦慄した。

『見滝原の英雄は守るだろうな。
見滝原の生徒に危害を及ぼそうとするものがいれば、な』

キュゥべえは小馬鹿にしたように言う。嘲笑と言うに相応しい声色で。
それはとりもなおさず、うららにすらシャドウは倒せないということだ。

『自分のための戦いなのに、
志筑さんは貴女たちをを聖者のように言っていたわ』

『そればかりか、巴マミについてきただけの自分の無事を泣きじゃくって
心配してくれた』

『親友を見頃しに……、いや二度目は自ら殺めてしまったのにね
ここにいなくて、親友頃しを見られなくほっとしてるでしょ』

シャドウたちの言葉に、彼女らのソウルジェムはにごり続けていく。

512: 2013/09/08(日) 20:47:51.60 ID:dhQ2ZbUF0
「もうやめて! 皆を苦しめないでキュゥべえ!」

『僕は何もしていないよ? UFOの中に入った彼女たちのシャドウが
勝手に言っているだけだ。僕にはどうすることも出来ない』

いけしゃぁしゃぁというキュゥべえを睨み付ける。かつてまどかは
キュゥべえをも救おうとしていた。だが、このキュゥべえは彼女が
救おうとしたそれとはかけ離れた異形の存在だった。

激昂し自らのシャドウに襲い掛かる杏子。怒りに支配された短慮とも
いえる行動だ。それを待っていたかのように『杏子』は結界を開き誘う。
それにあっけにとられていたマミも『マミ』が拘束し結界に連れ込む。その
後に残ったのは、ほむらのソウルジェムを握る『ほむら』自身。

『あの二人は任せるとして……貴女はこのままでも魔女になりそうね』

ソウルジェムを弄びながらからかう。顔かたちが全く同じ。だがその狂気の
表情が美貌を大きく損なっていた。だが、声も、顔も全く同じ『ほむら』が
高笑いをしている姿は見ていられない。

『放っておいてもいいのだけれど。浅はかな祈りで大事な人の祈りを
踏みにじった、とっても愚かな人の最後の顔は見ておきたいわね』

喋ろうとするたびに苦痛で歪むほむらには、言い返す気力すらない。
それを庇うようにまどかはほむらを背に『ほむら』と向き合う。

『鹿目まどかに出会えるという希望を持っていたのがそもそも間違い』

「そんなことない!!」

まどかは叫んだ。

513: 2013/09/08(日) 20:49:09.47 ID:dhQ2ZbUF0
――希望を抱くのが間違いだなんて言われたら――

「ほむらちゃんの希望が……間違いなはずない!」

『けれど、そのせいで今どうなっているのかしら?』

――私、そんなのは違うって、何度でもそう言い返せます――

「そんなの絶対違う!」

『言うのは勝手だけれど……』

――きっといつまでも言い張れます――

「何度でも言える! 希望を持つのが間違いだなんて、絶対ない!」

うららが驚いた顔をしている。気弱な外見に反した力強い言葉に好感を持った
形だ。それまで止めていた指を動かし、必氏に携帯をかけ続ける。
皆と連絡を取るために、グリーフ・シードを持ってきてもらうために。

そこに、仁美が再び現れた。そして上条に駆け寄る。その瞳には先ほどにはない
力強い光が灯っていた。そして自分のしたことに戦く上条を抱き支える。

「申し訳ありません上条さん。私……」

「あ、志筑さん……」

仁美が思いを告げたにもかかわらず二人は相変わらず苗字で呼び合う。
逆に思いを告げなかったさやかとは、名前で呼び合う。

「あんた、落ち着いたね?」

うららは気づいた。仁美が先ほどの精神状態ではないことに。そして
あの力があればほむらが救える可能性が出てきたことに。

「はい、ご迷惑を……」

「説明してる暇はないんだ!
石でもグリーフ・シードでもいい、かき集めてきてくれない!?」

うららはほとんど叫んでいた。

514: 2013/09/08(日) 20:50:20.59 ID:dhQ2ZbUF0
『ならどうにかしてみることね。貴女の希望で、現状があるのよ。円環の理さん?』

まどかが言葉に詰まる。例えほむらがどれほど願おうとも、まどかが
この世界に実体化はしない。少なくとも円環の理に支障をきたす
ほどのことにはならないはずだ。
だがまどかは願ってしまった。
自分のために無間地獄を歩いた少女に会いたい、抱きしめたい、笑顔が見たいと。

『それが貴女の罪なのよ。罪には罰を。当たり前でしょう』

『ほむら』はまどかを見下ろしていた。その色には嘲りが乗っている。
その背後では、上条を連れて仁美が転移するのが見えた。

『悪あがきかしらね。何をしても無駄よ。私が浄化させなければいいのだから』

『ほむら』が手の中のソウルジェムを握り締め嘲笑う。その締め付けが苦痛なのか
ほむらは胸の傷以上に身悶える。

『それに、もう間に合わないわ』

「うるさい!」

うららが携帯から離れ魔法を放つ。それを無防備に受けた『ほむら』は
あっけなく吹き飛ぶ。手にしていたソウルジェムはあっさり手から零れ落ちて
まどかの足元に転がる。
地に叩きつけられた『ほむら』は立ち上がり、服の埃を払う仕草をする。
効き目がないとでも言うようにだ。

515: 2013/09/08(日) 20:51:11.62 ID:dhQ2ZbUF0
まどかは慌ててそれを拾う。ソウルジェムを大事そうに抱えほむらのもとに
戻る。ますます血の気をなくすほむらが痛々しい。

「ほむらちゃん、もう少しだから、もう少しだからね」

「い、いいのよ……。もう、間に合わない……」

血の混じる声に、まどかは涙が止まらない。自分の浅はかな頼みでほむらを
苦しめ、自分の愚かな願いで世界はめちゃくちゃになっている。そして何より
その願いの果てに、ほむらは氏に瀕している。

『ふふ、いいわ。それは返してあげる。どう使うかは……任せるわ』

そういうと、『ほむら』は姿を消した。もう役目は終わったといわんばかりに。
そしてキュゥべえも全くの無言でいる。
まどかは大事にほむらのソウルジェムを握り締めている。
ようやく『ほむら』の言う意味に気づき愕然とした。ここにいるのは自分と
ほむら、そしてうららだけ。ソウルジェムを破壊できるのはうららか自分だけだ。

「キュゥべえ! 私契約する! 願いは、ほむらちゃんの怪我を綺麗に治すこと!」

意を決し、まどかは祈りを吼えた。

「何言ってるんだい!? 今までこと、知らないわけじゃないだろう!!」

ぴしり

「や、やめ……て……。ま……まほう……しょうじょ……なっては……」

二人の声が聞こえないかのようにまどかは吼えた。あの時以上の祈りで。
それがほむらの意思とはかけ離れていても、だ。

「さぁ! 叶えてよ!!! インキュベーター!」

516: 2013/09/08(日) 20:51:54.14 ID:dhQ2ZbUF0
だが、あのときのQBよりもこのキュゥべえは邪悪だった。せせら笑って言う。

『え、君とは契約しないよ? だって大したエネルギーにはならないしね
このほむらが魔女になったほうがよほどいいエネルギーが得られる』

虚を突かれ戸惑うまどか。うららですら伸ばしかけた手が途中で止まる。
それだけ意外な言葉であったのだろう。だが考えればわかる話で
このキュゥべえが魔女の世界のそれであるとすれば、エネルギー以外は
まるで眼中にないのだ。

ぴしり

『それに君程度の素質では、はるか昔から連綿と続いた噂による力を
覆すほどの力はないよ。残念だけどね』

ジョーカー様でも同じことだ。町ひとつの噂程度では、世界中で広がる
神話級の噂などに対抗できはしない。
キュゥべえはつまらなそうに毛づくろいをしている。

もうまどかに打つ手はない。石やグリーフ・シードを待ってるだけだ。
だがその間も徐々にソウルジェムは濁る。
かろうじてその進行が遅いのは、おそらくまどかがいるから。
ほむらにとってまどかは、唯一の信じて縋れる道しるべ。

ぴしり

うららが絶望しつつもペルソナを変えて、治療の魔法をかける。
心臓の修復こそ出来ないものの、かろうじて喋れる程度には
治ったようだった。

517: 2013/09/08(日) 20:52:55.31 ID:dhQ2ZbUF0
ほむらは、血塗れのソウルジェムとまどかの手を握りうっすらと微笑む。それが
最後の別れとでも言うように。

「いいのよ。貴女は魔法少女になってはいけないわ。ね?」

ぴしり

まどかは涙が止まらない。徐々に魔女になっていくほむらをただ見ているだけ
しかないのがあまりにも苦痛だった。

「貴女には、酷いことをお願いすることになるでしょうけれど、間に合わなければ
……お願いするわね」

長い髪は焼き切れ、顔は血の気を失い、白い肌は血で染め抜かれている。
美貌は見る影もなく、眼窩の窪みは黒ずんでいる。

ぴしり

「そんな! そんなの……!」

だがまどかにはほむらに同じことを頼んだ記憶がある。ほむらの手でまどかの
ソウルジェムを砕かせた記憶が。
まどかに、ソウルジェムを壊せと、ほむらは言うのだ。

徐々に濁るソウルジェム。そしてうららにそれを代わってもらうことはできない。
ほむらからの願いでもあるし、うららが希望を捨てないからだ。
だが円環の理であるまどかの眼からすれば、もはや間に合わないことは明白だ。

それでも、それでもなお、まどかは動くことが出来ない。
苦痛に顔を歪めるほむらを前にしても、彼女の手を握るしか出来なかった。
それは傷の痛みからだけのものでないと、知っていても。

ぴしり

ほむらを頃すことなど出来ない。
最高の友達の、最後の願いだとしても。
最高の友達の、最後の願いだからこそ。

518: 2013/09/08(日) 20:53:51.48 ID:dhQ2ZbUF0
ややあって、空間の裂け目から杏子がマミが現れる。手にそれぞれ
自分に良く似た人物を抱きかかえて。

『お、まだ頑張ってるのか?』

ぴしり

『ふふ、誰も壊せる人がいないものね』

それは『マミ』と『杏子』だった。
二人が力なく崩れる様の意味するところはひとつ。
彼女らは敗北したということだ。

『どうやらマミの噂も、自分自身には効果がなかったようだね』

ぴしり

ましてや肉体的な攻撃ではなく、精神的なものだ。
それに彼女が守るべき見滝原の生徒も結界の中にはいない。

ぴしり

雄叫びが上がる。新たな魔女の誕生を示していた。
全員を結界に飲み込むと、二対の魔女がそこにいた。
おめかしの魔女と武旦の魔女。

ぴしり

そして、そして、仁美は間に合わなかった。

522: 2013/09/10(火) 01:00:14.42 ID:VKRawTlG0
しかし『間に合わない』と地の文で書かれちゃったとはいえ、
この状況、グリーフシードやグリーフキューブ(作中で言う『石』)を
かき集めにいった仁美からして望みがすっげ薄そうだな……

他人に分けてもらおうにも、魔女化パニックで、魔法少女はどいつもこいつも魔女になりたくなくて必氏通り越して半狂乱だろうし、
平時ならともかくこんな状況では一億円より『石』一粒の方が貴重だから仁美の「お嬢様」という社会的強みも役に立たない。
自分で稼ぐにしても、戦闘の地力はなりたてド素人なだけにお察しだし、彼女の固有魔法はルーラかバシルーラ。
移動時間や回避はどうにかなっても、「殺さなきゃ手に入らない」グリーフシードを稼ぐ上では……
魔女への殺傷力は一緒にいる恭介のオリジナルロンギヌスだけが頼りか。

さらに街中には魔女や魔法少女だけでなく、まだ『ニャル印』最後の大隊の残存兵もいる。
「最短ルートを進むだけ」だった行きと違い、浄化アイテムを探して「うろつく必要がある」状況でこれは……
うわ、並べるだけで胸焼けが。

……もはや敗戦処理投手が滅多打ちに遭うのを見ているだけなレベルの絶望ですが、
とりあえずどんな『敗戦処理』になるか、待ってます。

524: 2013/09/13(金) 21:34:25.44 ID:rJgssbXg0
雄叫びを上げる二体の魔女に挟まれながらも、まどかはただ泣きじゃくった。
その胸には事切れたほむらを抱きしめながら。魔女となりたましいの形を
失ったほむらは、もう笑うことはない。
だが、彼女はそれで終わらなかった。

ほむらの魔女が二体の魔女と対峙する。それはまどかを庇うように位置し
威嚇しているかのようだった。見る者が見ればわかる。それはまどかを
守るためのもの。
まだ彼女はまどかのために戦おうというのだ。魔女に堕ちても。

燃え盛るような槍を繰り出し、攻め立てる人馬一体の魔女も、
リボンを駆使し拘束しようとする人形のような愛らしい魔女も
此岸の魔女には抗しきれなかった。巨大な闇色の翼が広がり
すべての攻撃を受け止め飲み込むと、そこから魔女そのものを

――食い尽くし始めた――

たましいの共食い。それに気づきうららが吐き気をもよおす。まどかも
呆然自失となりながらも、此岸の魔女の真意に気付いた。
真意というには馬鹿馬鹿しい。それは魔女の本質であり性質だ。

「ほむらちゃん……まだ戦うつもりなの!?」

525: 2013/09/13(金) 21:35:42.39 ID:rJgssbXg0
まどかたちが見守る中、友人たちの影となれの果てを喰らい尽くすと
弓(らしきもの)を生み出した。それを天に向かい引き絞ると、黒い矢が生じる。
放たれた矢は解けて誘導されるように自由に飛翔する。その先にあるのは
魔女の結界。魔女の結界をこじ開け真っ直ぐに魔女そのものを貫く。

『さすが恩寵の魔女だね。そんなこともできるんだ』

「何が起きているの?」

『ありとあらゆるところにいる魔女をすべて吸収するつもりのようだ』

まどかが概念となった時は、同じ弓の動きであらゆる時空の魔法少女を救済した。
魔法少女たちの祈りが絶望で終わらないように。
だがこの恩寵の魔女は違う。まどかの救った世界を守るために、魔女を一つ所に
集めようとしているのだ。
かくして放たれた矢が魔女を集めて引き寄せる。彼女の悲しいところは
未だ魔法少女を維持している少女たちのことを考えていないことだ。魔女が落とす
グリーフ・シードがなければいずれ魔女になってしまう。
世界を救おうとするも、それは永遠に叶わない。それがカルマであるかのように。

「そ、そんな……なんで?」

『君のために決まってるじゃないか』

恩寵に支えられた魔女の体は、魔女を吸収しても爆ぜることはなかった。むしろ
ますます巨大化し強力になっていく。

526: 2013/09/13(金) 21:38:08.41 ID:rJgssbXg0
ひとしきり吸収して満足したのか、恩寵の魔女は上昇を始める。
目的はワルプルギスの夜。あれすら飲み込もうというのだろう。それが世界を
落ち着かせる方法と信じて。

「ほむらちゃん! まって! 行かないで! お願い!」

だがなおも上昇し、UFOの底を回避し見滝原中学校校舎に向かう。
そこには校舎とUFOの羅針盤のような回転する輪に挟まれたワルプルギスの夜。
霊的な何かを備えたUFOを透過することは魔女にもできないらしい。
挟まったままもがいていた。
それにほむらの魔女は近づく。素質が高いとはいえ、たかだが七人分の魔女だ。
今地上にいる多くの魔女を喰い散らかした恩寵の魔女の魔力と比べるべくもない。
闇色の翼が夜を包み込み飲み干した。

「あ……ああ……。間に合わなかったの……ですね」

かろうじてかき集めた石を手に膝から崩れ落ちる仁美。目を閉じたほむらに
号泣するまどかに、結末を理解した。
やむなく自らのソウルジェムに石を近づけ浄化する。今そうしなければ自分が
危ないことを理解していたから。

「なんで、なんでこんなことに……どうして……」

ほむらは魔女となり自我を失いながらも魔女をかき集めていた。それはおそらく
まどかのため。発狂しながらも彼女はまどかを愛し続けていた。それがまどかには
締め付けられるような心の痛みを伴う。それは狂った愛の証。

(これが罰なんだね。私が願ってはいけないことを願ったから)

(これが罰なんですね。私が上条君に告白をしてしまったから)

けれど、それを責めることが出来る人間がどれだけいるであろうか

527: 2013/09/13(金) 21:38:58.27 ID:rJgssbXg0
夜を飲み下した恩寵の魔女はさらに巨大な魔女となって浮遊する。世界中に
散らばっている魔女をすべて『救済』するために。
そう、それはかつてほむらが何度も見、まどかも知っているまどかの魔女の
姿に似ていた。

『あれだけ多くの魔女を吸い込んだんだ、
そろそろ自我も溶けているんじゃないかな』

キュゥべえのいうとおりだった。
此岸の魔女は肥大化し救済の魔女となりつつあった。
UFOから大地に佇立するほどの高さにまでなったそれは、ゆるゆると歩き出した。

ほむらが何度も見た、世界の破滅の形だ。

『このままでは世界は破滅だね』

嘲笑う声。キュゥべえの嘲りを含んだ声がうららの癇に障った。瞬時にペルソナを
召喚し、疾風魔法を放つ。それの直撃でキュゥべえはあっけなく消し飛んだ。

『困るなぁ。この体も只じゃないんだ。』

すぐさま復活したキュゥべえは、自らの氏体を食う。うららの反応を見ながら、
ニタニタ笑っている。醜悪な笑いだった。

528: 2013/09/13(金) 21:39:42.46 ID:rJgssbXg0
音もなく動き出すほむらの魔女は、何かを捜し求めているかのように彷徨う。
その巨体にラストバタリオンは攻撃を仕掛けた。戦場に突然現れた魔女に
銃撃する。それに対する行動なのか、魔女は自分に良く似た使い魔を放ち
反撃する。
それが戦場を一変させた。見滝原を流離うほむらの魔女からあふれる使い魔は
人間を全く無視してラストバタリオンのみを攻撃する。
なぜなら、それがほむらの望みだからだ。

その強さから魔法少女に魔女と勘違いされ、あまつさえ攻撃されても無抵抗で
使い魔は消滅する。だがラストバタリオン相手のときは別だ。ローブの中から
生み出した銃器やバズーカ、果ては迫撃砲を用いて反撃する。
そしてその使い魔は、キュゥべえをも目の敵にしていた。
まさにかつてのほむらの行動の再現だった。

だが、これが続いてもラストバタリオンは無限に沸いて出てくる。そこかしこで
魔女と軍隊の戦争が繰り広げられるだけの、荒廃した世界が広がるだけだ。
事実、その巻き添えを食い亡くなる住民も数多くいた。

かろうじてつながった携帯からうららはそれを知った。

「ぜんぶ、あいつの思う壺ってことか」

瓦礫を殴りつけやりどころのない怒りをぶつけるしかなかった。完敗だった。

529: 2013/09/13(金) 21:40:48.98 ID:rJgssbXg0
そこに、もう一体のキュゥべえが現れる。外見は違うところが見当たらない。
唯一違う点は、真っ赤な目が青々としているところだろう。ほむらやマミがみれば
気づいたかもしれないが、それはあの蝶と同じ色だ。

『ふん。今更実体化したのか』

『魔女化のエネルギーを流用させてもらった。だがこれでも不完全だ』

「その声、フィレモンかい?」

『QB』の姿を模したそれはニャルラトホテプと対を成す存在だった。それが
かつてのフィレモンと看破した。

『この期に及んで何の用だ。もはや勝敗は決した。お前が選んだもの共は試練に負けた』

『わかっている。彼女らはお前の試練に負け、心を絶望に塗り固めた』

『円環の理もこれで学んだであろう。いかな神でもどうにもならぬことがあることをな!』

それは、人の心の危うさ。例えまどかが神となり魔法少女を救おうとしても、人間の心が
救済を拒む。それが具体化したのが今の結果だった。

『望み? 祈り? 願い? 希望? それらを得ようとしもがく自由は確かにある!
だが、それが互いに食い違ったときに争いが起き、私が生まれる!
それが人間の業だ、罪だ』

キュゥべえは高笑いを続ける。まどかとほむらの願いが食い違ったために、円環の理は
不具合を起こし、歪み、破綻した。そして地にあふれる魔女は人々を襲う。

「うるさい!」

うららが再び魔法を放つ。それを回避すると、中空に浮いたまま姿を消した。

530: 2013/09/13(金) 21:41:34.92 ID:rJgssbXg0
茫然自失となるまどか、仁美。そして無力感にさいなまれるうらら。
特に、ほむらに会いたい一心で理を離れた自分への自責の念は大きかった。

「そんな、そんなのって……」

もはや涙も出ないほど心に傷を負い、まどかは崩れ落ちている。

「ヘコんでんじゃないよ。あんたにだって、できることがあるだろ。
あたしはいくよ。まだ軍隊はうろついてるんだ。ぶっ飛ばしてやる!」

うららは振り向きざまに言う。それは彼女を見捨てる動きに見えたが違う。
奮い立たせるためあえて放置したのだ。

「戦うつもりならおいで、武器を取らなくたって戦う方法はいくらでもあるんだよ」

そういってうららは戦場に走り出した。それが自分に出来ることだと信じて。

『ひとつだけ、現実を変える方法がある』

その言葉にまどかと仁美は顔を上げる。フィレモンはQBの姿のまま淡々と
語る。

『き奴が君に目をつけたのは、彼女が転校するあの日からだ』

それはほむらのループの最初、とも言えるだろう。実際のほむらのループは
それより数日前から始まっているが、因果が絡みだしたのはあの日からだ。
まどかが、ほむらの夢を見た日から。

『その一点を消し去れば、新たな宇宙が分岐する。
このような悲劇が起きぬ宇宙が生まれる』

「そのようなことができるのですか。ひょっとして……」

『噂の力に頼らずとも、人の心ではそれが叶う。
元々現実を変える大きな力が君たち人間の心にはあるのだ』

531: 2013/09/13(金) 21:42:46.61 ID:rJgssbXg0
まどかは知っていた。数ある宇宙を垣間見る力のある彼女は、見ていた。
だが、あるときからそれが見えなくなった。今まで見えていたものが見えなくなる恐怖。
それに恐慌をきたした彼女を救うため、さやかはほむらをまどかに会わせようとした。
杏子はさやかに会いたい一心でジョーカー様を行った。
だがそれは友達を守ることを心に決めたマミにより失敗した。
そして、ほむらとまどかの願いどおり、まどかもこちらの世界に現れてしまった。

誰が悪いわけではない。皆が一つ一つ掛け違った結果だった。だがそれを最大限
増幅させ利用したのはニャルラトホテプだった。

「そんな! 私がほむらちゃんのことを忘れないといけないの!?」

『……具体的にはそうだ。君と彼女が出会うことが因果の始まりなのだ。
それを断つには、消し去るしかない』

「そ、そんな! 他に方法はないのですか!?」

『き奴の力が強いこの世界ではどうにもならない。
絶望に浸ろうとする人の心が奴の力だ』

魔女があふれるこの世界では、他に方法がないのだという。世界中の
人間の、魔法少女の心が変わらなければ、ニャルラトホテプに克つことは出来ない。
フィレモンはそういうのだ。

『き奴に勝てる人々がいる世界が生まれることを君が願うのだ』

「わかりました……どうやればいいんですか」

『あのUFOのなかで強く思い描くのだ。新しい世界の形を』

あのUFOは、人の無意識層と深く結びついている。それゆえ人の意思が具現化する。
その場で強く願えば、現実を変えることが出来る人の心の力は、因果すら変えて
しまうことができる。
仁美はそれを了承すると、二人を連れてUFOへ転移した。

532: 2013/09/13(金) 21:43:48.81 ID:rJgssbXg0





――いやだよ、でもだめだよ――






533: 2013/09/13(金) 21:45:24.33 ID:rJgssbXg0
「リボン、どっちかなぁ」

「こっち」

「ええー! 派手すぎない?」



「ママ、行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい。おいしい紅茶淹れるから
早く帰ってらっしゃい」

「うん!」



「お祈りはいいけど、そろそろ時間だよ」

「あ、やべ! い、行って来ます!」

「言葉遣いに気をつけなさい。モモが真似をしてしまうからね」

「はぁい」



「おはよー」

「おはようございます」

「まどか遅ーい。……おっ。可愛いリボン」

「そうかな」

「とてもお似合いですわ」



534: 2013/09/13(金) 21:46:22.90 ID:rJgssbXg0
「やっと退院ね。よく頑張ったわね」

「ありがとうお母さん。来週から学校行けるね」

「でも無理はダメよ」

「うん、わかってる。でも頑張らないと」



――いやだよ、でもだめだよ――




「ん? お母さん何か言った?」

「んーん? 何にも? ほらこっちいらっしゃい、髪結ってあげるから」

「もう、自分でも出来るよ」

535: 2013/09/13(金) 21:49:03.68 ID:rJgssbXg0
「ねぇねぇ。隣のクラスに転校生だってさ」

「男? 女?」

「女の子だって。なんか入院してたのが最近退院したんだって」

「へぇ」

「こぉら恭介、鼻の下伸ばしてるんじゃないぞー!」

「あらあら、お二人とも仲が良いですわね」



「は、はじめまして。あっ、暁美ほむら……です」

「可愛い~♪」

「髪長い~♪」

「なんか守ってあげたくなるね」

「皆、男子から暁美さんを守るよっ!」

「「「オーっっ!」」」

「なんでそうなるんだよっっ!」



「お、ほらあの子だよ。長いおさげ髪の子。うわぁ。かなり可愛いわ」

「……」

「どうしたの……、って何? 何で泣いてるの」




『そしてまた、繰り返す』

536: 2013/09/13(金) 21:56:21.20 ID:rJgssbXg0
以上で、第一部完です。二部のプロットは真っ白で何も決まってません

最後はえらい抽象的なので説明が必要かもしれませんが
まぁあれです。ぼかしといてください

大きな矛盾がなければよいのですが。
それでは第二部まで、ごきげんよう

537: 2013/09/13(金) 23:45:51.16 ID:7iSmCPwxo
乙でした。

ホムリリィがクリームヒルトもどきに成ったのか……。
罪編完結おめ!!

続きを楽しみにお待ちしています。

引用元: ほむら「ジョーカー様呪い、という都市伝説」