91: 2017/11/13(月) 21:51:26.52 ID:cJ2cdFxDo

 ある、男と女の話をしようか。


 その男は、とても誠実だが、とても不器用な男だ。
 背は高く、顔も厳しい。
 男の顔を突然見せられた少女が気絶した事もある位ね。


 そして女は、とても神秘的だが、とても親しみの持てる女だ。
 美しい容姿はいつでも人を惹き付け、魅了する。
 まさしく、本の中から出てきたお姫様といった具合だね。


 私は、一見何の共通点も無い彼らが少し似ていると思っているのだよ。


 ん? どこがかって? っと、その前に煙草に火を付けてもいいかな?
 何? ダメ? アイドルの前で煙草は駄目か……そうか…・・。
 せっかく喫煙所の設置を取り付けたんだがねぇ……。
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(1) (電撃コミックスEX)
92: 2017/11/13(月) 22:00:31.91 ID:cJ2cdFxDo

 君達は、年に一回開かれる事務所のパーティーには参加した事があるかな。
 ああ、そうだね、もうそんなに経つか。
 だったら、詳しい話はせずとも平気だね。
 しかしまあ、せっかくだから聞いてくれたまえよ。


 346プロでは、年に一回パーティーが開かれる。
 社員やアイドルに関係なく、とても盛大に、華やかに。
 これは昔からの伝統でね、プロの楽団を招きもするし、毎年大いに盛り上がる。


 私はこれがとても楽しみでねぇ!
 皆が見せる、普段見たことの無い表情がとても新鮮で、出る酒もまた美味い!
 あんなに高価なワインをタダで飲めるんだ、楽しみにしない訳がないさ!
 ……ああ、すまない、また脱線してしまった。
 っとと、そんなに怒らないでくれたまえよ!


 ゴホン!


 これは、先に言った誠実な男と、神秘的な女の、不器用で、親しみの持てる話さ。

93: 2017/11/13(月) 22:09:52.83 ID:cJ2cdFxDo

 パーティー会場には、多くの人が集まっていた。
 赤や黄色、青にピンクにオレンジと、色とりどりのドレスを纏ったお姫様――もとい、アイドル達も沢山。


 それはとても華やかで、私はここで働いていて良かったと思ったね。
 だってそうだろう? こんな仕事をしても居ない限り、年頃の娘さんと接する機会なんて無いからね。
 ……っと、話を戻そうか。


 会場にはとても陽気な音楽が流れ、参加者は皆、それぞれ楽しんでいた。
 仲の良い者同士で談笑する者、普段関わることの無い者同士で交流する者。
 会話よりも食べることに集中する者や、中にはひたすらメガネを布教している者もいたね。


 皆、それぞれが自由に、とてもいい笑顔で笑っていた。


 しかし、男の顔には笑顔はなかった。


 いつもの事?
 いやいや! 男が表情を出すのが苦手だから笑顔では無かったのではないよ!


 男はね、とても緊張していたんだ。

94: 2017/11/13(月) 22:25:10.59 ID:cJ2cdFxDo

 男は、いつものスーツの上下では無かった。
 それは当然だね、何せパーティーだから。
 黒いタキシードを着こなし、髪を整えた姿は、まあ、様になっていたね。
 背が高いせいで調達に苦労したようだが、その甲斐はあるだけの見栄えだった。


 そんな男の姿を見て、担当のアイドル達はとても色々な反応をしていたねぇ。
 素直に褒める声や、普段からそうしていろという声。
 悪くないかな、という素直ではない声を聴いた時は私も笑ってしまったよ!


 女は、いつものアイドルとしてのドレスでは無かった。
 それも当然だ、何せパーティーだから。
 新緑のパーティー用のドレスは彼女の美しさを際立たせ、ある種、近寄りがたい神秘性を感じたね。
 細身な彼女のために仕立てられたドレスを纏った彼女は、まるで女神のようだったよ。


 そんな女の周りには、とても色鮮やかな花達が一緒に居た。
 しかし、普段とは違う女の様子を心配する声がほとんど。
 最初は私も何事かと思っていたんだが、すぐに納得したよ。


 陽気な音楽が、優美なワルツに切り替わる前に、男が女の方へ歩み寄っていったのを見てね。

95: 2017/11/13(月) 22:36:53.57 ID:cJ2cdFxDo

 着飾っているとは言え、男の風貌はとても恐ろしいものだ。
 男の事をよく知らない人間は、自然と彼に道を譲っていった。
 だから、男は真っ直ぐ、曲がることなく、女の元へ向かっていった。
 そう、まるで花道のようだったね。


 男が近づいてくるのを見た女の周りの花達は、
何かを察したように、あとは任せたと言わんばかりに女の元を離れていった。


 陽気な音楽が終盤に差し掛かった時、男は女の元へたどり着いた。
 男の恐ろしげな容姿と、女の美しい容姿は、とても並び立つようなものではない。
 それなのにね、まるで、一枚の絵画の様に美しい光景だと私は思ったよ。


 男は真っ直ぐに女を見つめ、言った。


「私と、踊っいただだっ――……すみません」


 ハッハッハ! 肝心な場面でこれだよ! 傑作だろう?

96: 2017/11/13(月) 22:45:50.27 ID:cJ2cdFxDo

 男は何事も無かったかのように――とは行かなかったが、もう一度女に言った。


「私と、踊って頂けませんか?」


 男の真っ直ぐな誘いに、女は問いで返した。


「どうして、私をお誘いに?」


 女は、もう枯れた私から見てもとても魅力的な女性だ。
 その問いは、我々男性からしたらなんとも意味の無いものだ。
 魅力的な女性をエスコートしたい、それだけで十分なのさ。


 しかし、男の答えは普通とは違っていた。


「私がプロデューサーで、貴女がアイドルですので」


 失礼な答えだと思うかね?
 ……だが、その答えを聞いた女は、とても満足そうに微笑んだのさ。

97: 2017/11/13(月) 22:57:56.84 ID:cJ2cdFxDo

「まあ、貴方がプロデューサーで、私がアイドルだからダンスのお誘いを?」
「はい」


 楽しそうに微笑む女に、男は真っ直ぐに返した。


「今日の貴女が履いているヒールでは、ダンスの相手に困るだろうと思いまして」
「確かにそうですね。私、女にしては背が高くて可愛げがないですから」
「い、いえ! そのようなことは、決して!」
「ふふっ、冗談です」


 焦る男を見た女は、綻ぶ様な笑顔を浮かべていたね。


「……貴女は、とても素晴らしいアイドルです」
「はい、ありがとうございます」
「そんな貴女が、せっかくの舞台で壁の花になるのは見過ごせませんから」
「まあ、とても情熱的なお誘いをする、仕事熱心なプロデューサーさんですね」


 男は無言で女へ手を差し出し、女はその手をとり、笑った。
 その笑顔は、私にはアイドルとしての笑顔ではなく、ただの女の子の笑顔に見えたがね。

99: 2017/11/13(月) 23:12:14.30 ID:cJ2cdFxDo

 ――あとは、君達も見ていただろう?
 二人のダンスはとても素晴らしいもので、君達も盛大に拍手をしていたじゃないか。
 他に何か? そうだねぇ……。
 ああ、少しだけ話を補足しておこうか。


 一見無趣味に見える男はね、ある時期になるとダンス教室に通うんだよ。
 それに加えて、うちの事務所のトレーナーに何やら協力をお願いしているみたいだ。
 職権乱用? ああいや、違う違う! トレーナー達も楽しんでいるみたいだよ。
 無口な馬車が、必氏になって頑張ろうとしているのは、応援してたくなるものじゃないか。


 女が、普段とどう様子が違ったのかって?
 そんなのは簡単だよ。
 私でもつい飲みすぎてしまうようないい酒を前にして、彼女が一滴も飲んでいなかったからさ。
 ああそれに、あんなに高いヒールを履いているのもパーティーの時だけだね。


 まるで『美女と野獣』?
 いやいや、あれはとんでもなく甘いラブ・ストーリーじゃないか。 
 言うなれば、あれは三角関係だね。
 男と、女と、そして、仕事の。
 とても不器用で、親しみが持てるだろう?

100: 2017/11/13(月) 23:19:48.43 ID:cJ2cdFxDo

 さあ、話はおしまいだ。
 気になっていた謎は解けたかな?
 いやいや、これ以上私から話す事は何もないよ。
 これ以上は、本人の口から聞くべきだ。


 さ、もう行きなさい。
 私はこれから至福の時間を過ごすんだから。
 必氏になって勝ち取った、この喫煙所!


 ん、そういえば、君達ならわかるかな。
 彼女が言っていたんだけどね、私には意味がサッパリわからなかったんだよ。
 何だったかな……ああ、そうそう!


 ハイヒールを履いて、はい、ヒール。


 ――だったかな。


 ああっ!? もうこんな時間じゃないか!
 ……やれやれ、煙草を吸いそびれてしまったよ。


 私の癒やしの時間が。




おわり



102: 2017/11/13(月) 23:40:25.40 ID:bKaEfe0G0

引用元: 武内P「大人の魅力、ですか」