792: 2017/11/27(月) 16:46:03.67 ID:/waBRMwOo
流れていく景色を後部座席に座りながら横目で見る。
街はまだ眠る気配を見せず、夜はこれからだと騒いでいるようだ。
「すみません……少し、迎えに行くのが遅くなってしまいました」
けれど、この人は帰りがこの時間になってしまった事を詫びてくる。
確かに、私はまだ15歳で高校生だから、あまり遅くなる訳にはいかない。
だから、こうして謝罪するのは、当然だと思っているのだろう。
「良いよ別に。気にしてないから」
本当は、一人で帰る事も出来た。
むしろ、そうしていたら今頃は家に着いていたかもしれない。
しかし、私はこの人に迎えに来て貰い、家まで送ってもらう事を選んだ。
今のこの状況は……私の、ほんの少しの我儘。
「そう言って頂けると、助かります」
私の我儘に振り回されていると、プロデューサーは全く思っていないのだろう。
それは、この人が私を信頼しているからで……今は、その信頼に甘えてしまおう。
793: 2017/11/27(月) 17:02:41.21 ID:/waBRMwOo
近頃は、こうして二人になる時間はめっきり減っていた。
私も、シンデレラプロジェクトのメンバーとして、
そして、プロジェクトクローネとしての、二つの企画に関わっているからだ。
参加するユニットも増え、ソロ活動も増え……今は、毎日がとても忙しい。
「……」
私をスカウトしに来ていた時は、毎日の様に校門の前で待っていた姿が懐かしい。
その時に比べて軽んじられている……とは、思わない。
だって、この人はいつも、いつも真っすぐに私を見てくれているから。
「最近、忙しそうだね」
だけど、プロデューサーとは、こうして会う時間がどんどん減ってきている。
アイドルとして、私が手のかからない程成長してきたと思ってくれているんだろうけど。
「すみません。皆さんや……渋谷さんと接する時間が、減ってしまっています」
「わ、私は大丈夫だから!」
思わず、大きな声が出てしまって、少し後悔。
本当に大丈夫だと思われて、これ以上会う時間が減るのは、その……何となく、嫌だ。
794: 2017/11/27(月) 17:17:22.84 ID:/waBRMwOo
「……」
「……」
気まずい沈黙が、私達の間に流れる。
家に着くまで、もうそれ程時間は残されていないのに。
せっかくの機会なのだから、もっと、何か無かっただろうか。
「……」
後部座席の斜め後ろから、運転するプロデューサーの顔を眺める。
いつの間にかこの位置が、この人が運転する時の私の定位置になっていた。
二人の時も、座るのはなんとなく、斜め後ろ。
横に座っていたら、もっとよく顔が見えるのかな……って、何考えてるんだろ。
「……」
相変わらず、無表情で怖い顔。
最近は少し表情が柔らかくなってきたと思ったが、運転する時はいつにも増して表情がなくなる。
きっと、絶対に事故等起こさず、私を安全に送り届けようと思っているのだろう。
でも、この顔で出歩いたら何回職務質問を受けるのかなと思ったら、クスリと笑いが零れた。
「渋谷さん?」
「ううん、ごめん。何でもない」
プロデューサーの真剣な顔が怖くて、面白くて笑ったとはさすがに言えないよね。
795: 2017/11/27(月) 17:34:05.05 ID:/waBRMwOo
「そう言えば、ですが」
「何?」
何を言われるのだろう。
突然で、まるで予想がつかない。
「最近、学校の方はいかがですか?」
「……ふふっ、何それ?」
まるで久しぶりに娘と会話をする時、話題に困った父親の様な問いかけ。
私、アンタみたいな父親を持った覚えはないんだけど?
「いえ、渋谷さんの最近のスケジュールを考えると、学業の方が疎かになってはいないか、と」
「……ああ、そういう事」
あくまでもプロデューサーとしての問いかけだったのかと思い、納得。
しかしながら、中々に痛い所を突かれてしまった。
レッスンに、ライブに、その他諸々の仕事もあって、私の成績は緩やかな右肩下がりになっている。
けれど、アイドルとして充実した日々を過ごしているのならば、仕方無いんじゃないかな。
「もしも学業に支障が出ている場合……シンデレラプロジェクトとしての仕事を減らす必要があります」
……は?
「何それ?」
何を言ってるの、この人は?
796: 2017/11/27(月) 18:02:40.43 ID:/waBRMwOo
「プロジェクトクローネの方のスケジュールは、プロダクションの方針もあり調整がききませんから」
「ちょっ、ちょっと待って!」
「しかし、シンデレラプロジェクトは、私と、渋谷さんの裁量で調整が可能です」
シンデレラプロジェクトとしての仕事を減らす?
だって、そんな事をしたら――!
「アイドルの貴女を見守りたいという気持ちは、これからも、決して変わりません」
会える時間が、今以上に――!
「ですが、親御さんから貴女をお預かりしている以上、学業を疎かにするのを見過ごす訳にはいきません」
……悔しいが、プロデューサーの言う通りだ。
この人は、アイドル活動が忙しいからと勉強に手を抜いても良いと言う人じゃない。
だけど、今、せっかくのこの時間に、こんなデリカシーの無い事を言うなんて!
「ですが……渋谷さんならば、そんな事は無いと信じています」
その言葉を聞いた瞬間、理解した。
「……プロデューサー、なんだか性格悪くなった?」
私は、からかわれたのだ。
797: 2017/11/27(月) 18:18:05.79 ID:/waBRMwOo
私の成績が少し下がってきたと伝えたのは……誰だったろうか。
頭の中で指折り数えてみるが、プロデューサーに言いそうな奴の心当たりは少しだけ。
あとで犯人を特定し、仕返しをしてやらなければ気が済まない。
だが、その前に、
「……大丈夫。勉強も頑張るから」
「はい。渋谷さんならば、きっとそう仰るだろうと思っていました」
シンデレラプロジェクトの仕事を減らすと、冗談交じりに脅しをかけてきたコイツに復讐しなければ。
信号が赤になった。
「でも、頑張っても成績が下がったらどうするの?」
「それは……」
予想していなかった返しに、プロデューサーは大いに戸惑っているようだ。
眉をハの字にし、真剣に頭を悩ませている。
信号が変わるまでの間、それはずっと続いた。
信号が青になった。
「その……とても、困りますね」
考え抜いた結果、それ?
そんな答え、もう、
「……っくく! 何、それ……!」
笑うしかないじゃないか。
798: 2017/11/27(月) 18:41:40.40 ID:/waBRMwOo
「私は、プロデューサーであると同時に、アイドル渋谷凛のファンです」
「うん」
「その姿を間近で見られる機会が減るのは……はい、困ります」
「……そっか」
プロデューサーも、会える時間が減るのを嫌だと思っていたのか。
そう思ったら、さっきまでの事も許そうと思えるから不思議だ。
考えてみれば、シンデレラプロジェクトとクローネの二足の草鞋状態になりたての時にも、
この人は、担当を変わるつもりはないと言ってのけたじゃないか。
そう思うと、
「プロデューサーって、案外独占欲強いよね」
「そう、でしょうか? 自分では、よくわかりませんが」
「そうだよ」
なんとも欲張りな人だろうか。
アイドルとして、学生として、一人の人間として、成長する様を自分に見せろと言うのだ。
欲のなさそうな風を装い、その実強引で、とても頑固。
「私、頑張るから」
こんな強欲なプロデューサーの元に居ては、私が欲張りになるのも仕方ない。
「だから、ちゃんと見ててよね」
799: 2017/11/27(月) 19:01:15.36 ID:/waBRMwOo
「忙しくなって、こういう時間が少なくなるのもわかるよ。だけど――」
だけど、アンタは私のプロデューサーでしょ。
そして、アイドルの私のファンだと言うのなら、目を離すのは許さない。
私は、プロデューサーにアイドルの道に招き入れられたのだ。
その責任は取ってもらわないと。
「……渋谷さん」
「プロデューサー、ちゃんと私を見ててよね」
この感情に名前を付けるのはよそう。
それをするのは憚られるし、そうしたら、この人は逃げてしまいそうだから。
これはただの我儘で、ちょっとした独占欲なのだ。
「ふふっ……出来ないなんて、絶対に言わせないから」
「はい。見守り続けると、お約束します」
その答えに満足し、ふと、前を見たら、
「良い、笑顔です」
「……ちょっと待って。もしかして、今も見てたの!?」
バックミラー越しに、プロデューサーと目が合った。
先程までの私は、一体どんな表情をしていたのだろう。
そう考えると、今は、一刻も早く自宅に着いて欲しい気持ちでいっぱいになった。
おわり
803: 2017/11/27(月) 19:14:29.67 ID:Yh/+bqzU0
いいね
801: 2017/11/27(月) 19:11:31.68 ID:BkUJbU0So
綺麗な武凛だなぁ...
802: 2017/11/27(月) 19:11:32.50 ID:x30PVKWjo
804: 2017/11/27(月) 19:18:15.40 ID:WgcoPohAO
※漏らす前です
805: 2017/11/27(月) 19:25:44.94 ID:U816hAuto
漏らしたの凛なんか?
807: 2017/11/27(月) 20:13:40.88 ID:x30PVKWjo
蓮も汚泥から美しい花を咲かせるから
引用元: 武内P「大人の魅力、ですか」
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