782: 2017/11/27(月) 02:51:39.50 ID:M7+WYeW3o
楓さん大勝利を
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(1) (電撃コミックスEX)
809: 2017/11/27(月) 21:17:39.13 ID:/waBRMwOo

 早朝の冷たい空気が頬を撫でていく。
 乾燥しているこの季節の風は、私達アイドルには厄介な敵だ。
 髪のセットは乱れるし、ホコリっぽいから、喉も痛みやすい。
 それでも、朝早いだけマシなのだろうけど。


 事務所の敷地に入ると、横手にある緑地スペースに後輩アイドルの姿が見えた。
 確かあの子は、彼が担当していた子だ。
 大きなツインテールを揺らしながら、何かを必氏に探している。


 声をかけようかとも思ったけれど、今は、この風から避難するのが先決だ。
 この渇いた風は、私には、とても良くない。
 だから、早くお城の中に逃げ込まないと。


 入り口を抜け、エントランスホールに敷かれた赤い絨毯の上を歩く。
 上等なそれは、気を抜くと足を取られてしまいそう。


「おはようございます」
「はい、おはようございます」


 声の聞こえた先で、アイドルの子と、その担当プロデューサーの男性が挨拶を交わしていた。
 その、何気ない、とても当たり前のやり取りが、無性に羨ましくなる。


 これは、冷たい、渇いた風に当てられたせい。
 私が彼の姿を見なくなって、もう一ヶ月が経とうとしているのとは、全く関係が無い。

810: 2017/11/27(月) 21:35:16.74 ID:/waBRMwOo

 彼は、先月の頭から、アメリカの関連会社へ研修のため出向している。
 何でも、第二期シンデレラプロジェクトへの空白期間の間に、
彼の今後の事も考え、スキルアップのためにと専務が提案したらしい。


 彼は、当然のように初めはその話を断った。
 それもそのはずで、彼は現在もシンデレラプロジェクトの一期生を抱える、
そうね、とても優秀なプロデューサーだもの。
 そんな、仕事人間の彼が自分の今後のためとは言え、
手放しで今担当しているアイドルを放って海外へ行くとは到底考えられない。


 だが、最終的に彼はその話を受けた。
 頑として首を縦に振らなかった彼を説得したのは、彼の関わったアイドル達だった。
 でも、説得……と、言うのかしら、あれは?
 エントランスホールで大勢のアイドル達に囲まれながら、
正座されられている彼の姿はちょっぴり可哀想だったわ!


 ……そう、丁度、この位置で正座してたのよね、彼。


 勿論、この話が彼にとって良い話だというのはわかっている。
 けれど、調子が狂ってしまうのだ。
 あの、大きな背中と、低い声、そして、ちょっぴり立った寝癖。


「……おはようございます」


 ちゃんと周りに誰も居ない事を確認して、彼が正座していた場所に向かって挨拶。
 誰かにこんな姿を見られたら、また高垣楓が変なことをしていると思われちゃうものね。

811: 2017/11/27(月) 21:57:40.47 ID:/waBRMwOo
  ・  ・  ・

 仕事の打ち合わせが終わり、談話スペースでホットコーヒーでホッと一息。
 お昼にはまだ早いからか、いつもは誰かが居るのに今日は私一人だ。
 最近、調子が出ないからこういった一人の時間は、正直ありがたい。


 そんな時、ふと、談話スペースの脇に置かれた黒いぴにゃこら太のぬいぐるみが目に飛び込んできた。
 黒いぴにゃこら太は目つきが悪く、体色と同じ黒いネクタイをしていて、寝癖が立っている。
 私はそれがとても可愛いと思うのだけど、あまり同意は得られない。


「……」


 立ち上がって、黒いぴにゃこら太に近づく。
 見れば見るほど、この子と彼は似ているように思える。
 そう考えたら、言いたい事の一つや二つは言っても良い気がしてきた。


「いつ帰ってくるか位、教えてくれたって」


 彼にその義務は無いし、私達はそんな間柄では無い。
 だけど、行き場を失くした私の挨拶の責任はどう取ってくれるのかしら。


「……」


 ピン、と、黒いぴにゃこら太のオデコを指で弾いた。
 それが彼にとっても、この子にとっても言いがかりの八つ当たりだと気づき、
謝罪の気持ちを込めて、黒いぴにゃこら太の頭を優しく撫でた。


 その姿を誰かに見られていたらしく、後日、瑞樹さんと早苗さんに飲みに誘われた。
 気晴らしと言われたけれど、私には意味がよくわからなかった。

812: 2017/11/27(月) 22:14:09.87 ID:/waBRMwOo
  ・  ・  ・

 彼の姿を見なくなって、もう二ヶ月が経った。
 初めの頃は上手く回っていなかった歯車も、
今では少しずつ噛み合い始め、彼が居なくても、大丈夫になりつつある。


「――すみません! もう一枚お願いします!」


 私を除いて。


「はい、よろしくお願いします」


 今は、雑誌に使用される写真撮影中。
 モデル時代からこの手の仕事には慣れたものだったが、
最近では、こうしてスムーズにいかない時がしばしば出てきた。
 ばしばし撮ってくれてるけれど、どうにも、上手くいかない。


「笑顔で! 良い笑顔を一枚、お願いします!」


 ――良い笑顔。


 その言葉を聞き、胸がドキリと跳ね上がった気がした。
 ……そうだ、彼も向こうで頑張っているのだ。
 それなのに、こんな体たらくとは……とても、情けない。


 私はアイドル、高垣楓。
 どんな時も、輝いていなくては。

813: 2017/11/27(月) 22:33:04.97 ID:/waBRMwOo
  ・  ・  ・

「……」


 自宅のベッドに腰掛け、携帯の画面をじっと見つめる。
 今までも、そしてこれからも当然のように彼から連絡は無いだろう。
 だったら、いっそ私から連絡してしまおうかとも思う。
 そうすれば、今のこのモヤモヤから解放されるだろうから。


「……」


 彼の研修が長引いているのは、向こうのボスが彼を気に入ったかららしい。
 本来の予定では、もうとっくに帰ってきていてもおかしくないようなのだ。
 全く、あんな人を気に入るだなんて、向こうの人はよっぽどの変わり者なのね!


「……」


 だけど……彼が電話に出たとして、何と言えばいいのかしら?


 いつ帰ってくるの?


 早く帰ってきてください。


 早く会いた――……違う違う! 今のは違いますから!


「……!」


 携帯をベッド脇に置き、体を投げ出して枕に顔を埋める。
 ひんやりとした枕の冷たさが、顔の火照りを冷やしてくれる。
 いい歳をして何をしているのだろう、私は。
 これではまるで、恋する少女ではないか。

814: 2017/11/27(月) 22:51:11.26 ID:/waBRMwOo
  ・  ・  ・

 今日の風も、とても渇いている。
 とても強いそれに抗いながら、私は今日も事務所へ向かっている。
 都会の人混みすらもすり抜けていく風は、私の心すらも凍えさせようとしているようだ。


 だから、私はココロを閉ざし、仕事に打ち込んでいた。
 一時期は調子を崩していたが、今では、元の通り何の問題も無い。
 ファンの人達の笑顔に支えられているから、私は大丈夫だ。
 ……ただ、ちょっとお酒の量が増えたかもしれない。


 ヒュウと風が強く吹き、私は目を細めた。


「っ……」


 そして、その視線の先には、


「……!」


 人混みにおいてなお目立つ、黒いスーツの、長身の男性が歩いていた。


 何故だろう、自然と足取りが早くなる。
 気を抜いたら、今にも走り出してしまいそうだ。
 だけど駄目、ここで目立ったら騒ぎになってしまうもの。
 だから、バレないように近づいて……ふふっ、驚かしちゃいましょう♪

815: 2017/11/27(月) 23:07:43.13 ID:/waBRMwOo

「……ふふっ」


 抜き足、差し足、忍び足。
 バレないように、見つからないように。


「……」


 ……いつの間にか、私の足は止まっていた。
 先を歩く男性は、背丈が同じくらいの、全くの別人だったのだ。
 近づいてみれば、体格も違うし、特徴的な寝癖も無かった。
 背筋の伸び具合も、歩き方も、何もかも。


「……」


 立ち止まった私を避けるようにして、通行人の人たちは通り過ぎていく。
 中には、私が高垣楓だと気付いた人も居たようだが、今は朝の忙しい時間帯だ。
 遅刻と引き換えにしてまでも、立ち止まって見ようという人は居なかった。


 ……ああ、駄目だ。


 もう、一度溢れてしまった想いは止められない。


「……会いたい」


 今すぐ、貴方に会いたい。




「――高垣さん?」


 忘れもしない……この、低い声は間違えようがない。


「っ……!」


 目の前には、記憶と変わらない、彼が立っていた。

816: 2017/11/27(月) 23:32:41.09 ID:/waBRMwOo

「お久しぶりです」


 本当に久しぶりだと言うのに、彼は変わらない。


「……お久し、ぶりです」


 なんとか声を出したが、それだけで精一杯。


「立ち止まっていては他の方の通行の妨げになりますから、歩きながら」


 彼は、そう言うと私に背を向け、ゆっくりと歩き出した。
 フラフラと、つられるように彼について私も歩き出す。


「……」


 彼の背中を見ているだけで、不思議な気分になる。
 久々だと言うのに、変わらない彼の態度へ対する怒り?
 私に会っても、全然嬉しそうにしていない事への悲しみ?


「すみません、言い忘れていました」


 彼は、立ち止まって振り返り、言った。



「おはようございます」



 その言葉を聞き、私の心に、とても言葉に出来ない痛みが生まれた。
 私は、今、恋に落ちたのだ。

817: 2017/11/28(火) 00:01:07.13 ID:mEF11nT4o

「おはようございます」


 自分の気持ちに名前がついた。
 ただ、それだけなのに、彼が居なかった時のモヤモヤとした想いが、
スルリと溶けるように胸の中に落ちてきた。


「……やっと、帰ってこられました」


 この気持を伝える勇気は私には無い。
 けれど、愛しいと思う気持ちが、風の中で舞い踊ってしまいそう。
 今は、少しでも近くに貴方を感じていたい。


「ふふっ、もうアメリカから帰ってこないんじゃないかと思ってました」


 無言で彼の隣に並び、歩みを揃える。
 アイドルとプロデューサーでも、こうやって隣り合って歩くだけならば良いだろう。
 これ以上踏み出す力は、私には無い。
 こうやって、冗談交じりの会話が出来るだけで――


「いえ、それは有り得ません」


 彼は、再び立ち止まり、私を真っすぐ見て、



「向こうには、貴女が居ませんから」



 ……そう、言った。


 私がもしも鳥だったならば、今はあの白い雲を通り抜ける程高く飛べるだろう。


 私達の間に吹く、溢れる想いの詰まった、こいかぜに乗って。




おわり

818: 2017/11/28(火) 00:03:30.16 ID:mEF11nT4o
次は下品なの書きます
おやすみなさい

819: 2017/11/28(火) 00:31:17.64 ID:2VCr98wdO
乙 これはいい武楓

武Pの無意識な天然たらし発言に翻弄されてどぎまぎする乙女きらりんオナシャス!

820: 2017/11/28(火) 02:38:19.29 ID:0vg5BZZmO
そろそろ美嘉ねえが大勝利してもいい頃合い

822: 2017/11/28(火) 12:10:38.65 ID:QdoSKGz2O
下品なのがまた来るのかwwww
おつ

引用元: 武内P「大人の魅力、ですか」