108: 2017/12/15(金) 23:31:19.65 ID:I8vnK0VCo

 目が覚めると、彼の寝顔が目に入った。
 いつもの無表情も、寝ている時ばかりは安らかになるらしい。
 規則正しい寝息を立てる彼の顔を見ながら、私はゆっくりと体を起こした。


「……おはようございます」


 返事はない。
 しかし、それで良い。
 今の挨拶は、返して欲しくてしたものじゃないから。
 それに、まだ彼の寝顔を見ていたいから。


「……」


 音を立てないよう、ゆっくりと上半身を起こす。
 衣擦れの音すらも、彼の耳に届きませんようにと願いながら。
 その願いが聞き届けられたのか、彼は眠ったまま。


「んー……!」


 ゆっくりと、ほぐすように伸びをする。
 これをするだけで、体が目覚めてくれるような気がする。
 差し込んでくる日の光から察するに、時刻はもうすぐ昼前と言った所か。
 昨日は、少し飲みすぎた。
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(12) アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場 (電撃コミックスEX)
109: 2017/12/15(金) 23:39:32.91 ID:I8vnK0VCo

 楽しい、とても楽しいお酒だったのは覚えている。
 昔話に花を咲かせ、今の自分達の努力を褒め合い、未来への想像を膨らませる。
 会話が途切れても、そんな時はお酒を口に含んでしまえば良い。
 そうすれば、自然と笑顔になるから。


「……お腹……は、空いてない」


 昨日は、飲みすぎたし、食べすぎた。
 食には関心があると言うだけあって、彼も大いに飲み、食べていた。
 そして、はにかむような笑顔を浮かべていた。


「あー……メイクがそのまま」


 これではお肌が荒れてしまう。
 アイドルだというのに、飲みすぎてそのまま寝てしまうのはいただけない。
 頬に手をやると、案の定少しむくんでいた。


「こんな顔、見せられないわよね」


 私は、アイドルだ。
 だから、輝いていなければならない。
 それに、こんな顔を見られたく無いという、女の意地というものも、ある。

110: 2017/12/15(金) 23:50:03.32 ID:I8vnK0VCo

 諸々のケアを済ませて戻っても、寝息の演奏は未だに続いていた。
 それがとてもおかしくて、思わず大声で笑ってしまいそうになるけど我慢。
 だって、一方的に無防備な姿を見るなんてそう無いもの。
 写真でも撮って、後で見せてあげようかしら?


「……ふふっ」


 いけない、想像しただけで楽しくて笑っちゃった。
 今は寝かせておいてあげよう。
 だって、起きたらきっと大慌てしちゃうだろうし。


「……」


 足元に気をつけて、元の場所へ戻る。
 音を立てないように、軽やかに、笑いそうな気持ちとステップを我慢して。


「とう、着地で……到着」


 我慢出来なかった。
 トン、と音がしたけれど、今日の私はとっても運が良いみたい。
 寝息は、まだ続いている。

111: 2017/12/16(土) 00:01:17.89 ID:oW8lMPIso

 私は、お酒がとても好きだ。
 愛していると言っても過言ではない。
 お酒もその愛に応えてくれているらしく、私はお酒がとても強いらしい。
 そのおかげで、今のこの状況があるなら感謝しないと。


「……」


 じい、と彼の寝顔を見つめる。
 どうして、と問われれば、珍しいから、としか言いようがない。
 それに、こんなに可愛らしい寝顔をするなんて思ってもみなかったんだもの。
 だから、思わず見ちゃうのは当然でしょ?


「……」


 また、この寝顔が見られれば良いなと思うけれど、それは多分無理。
 だって、彼は今の状況を許せる人間じゃないもの。
 起きたらきっと、顔を真っ青にしてアタフタしちゃう。


「……」


 その時、なんて声をかければ良いのかしら。
 気にしないでください?
 貴方のせいじゃありません?
 お酒のせい……には、お酒が好きな身としては、したくない。

112: 2017/12/16(土) 00:15:52.59 ID:oW8lMPIso

 だったら、何が悪かったのだろう。
 考えてみるけれど、思い当たるものは無い。
 お酒が美味しいのも、お料理が美味しいもの、お話を楽しむのも良い事だ。
 悪いことをしていないんだから、大丈夫よね。
 うん、彼が気にする事なんて無いわ。


「……」


 でも、きっと彼はとっても後悔する。
 二度とこんな事の無い様にと、一緒にお酒を飲まなくなるかも知れない。
 それは、とても寂しい事だと私は思う。


「~♪」


 静かに、子守唄の様に鼻歌を歌う。
 寝息と鼻歌の合唱だ。
 これが続いている間は、楽しいという思いだけをしていられる。
 貴方の顔が、歪むのを見ずに済む。


「~♪」


 けれど、歌はいつか必ず終わるものだと私は知っている。
 だからこそ、私達は精一杯歌うのだ。
 ……なんて、ちょっと格好つけすぎかしら?

113: 2017/12/16(土) 00:24:44.48 ID:oW8lMPIso
「ん……」
「~♪」


 彼が身じろぎをしたが、私は歌うのをやめない。
 だって、今が丁度サビの部分なのよ。
 一番盛り上がる所でやめるなんて、勿体無い。


「……」
「~♪」


 寝ぼけ眼の彼と目が合う。
 きっと、今はまだ状況が飲み込めていないのだろう。


「……」
「~♪」


 何か言われる前に、歌いきった。
 それと同時に彼は状況を理解したのか、目がパッチリと開いた。
 ああ、そうだ、何て言おうか結局考えてなかったわ!
 おはおうございます、はいつも言ってるから……ええと、ええと!


「こ、コーケコッコー!」


 部屋に響き渡る位、大声で叫んだ!


「うわっ!? 何、何!? えっ、何なの!?」
「……うるさいわ」


 いけない、皆起こしちゃった。

114: 2017/12/16(土) 00:40:33.97 ID:oW8lMPIso
  ・  ・  ・

「……もう、二度とお酒は飲みません」


 苦虫を噛み潰したような表情で言う彼に、皆は苦笑いで返した。
 昨日は、皆本当に酔っ払っていた。
 皆大いに盛り上がり、店がなくなったので事務所で、ええと、四次会? になったのよね。


「まあ、そんな寂しい事を言わないでください!」
「……」


 プロジェクトルームに散らばった、空いた酒瓶やおつまみの袋。
 それらを証拠隠滅……だと言い方が悪いから、片付けながらの抗議。
 あっ、この携帯は誰のかしら?


「高垣さんは、お酒に強いはずです」
「あら、よくご存知で」
「……止められたと、私は思うのですが」
「そうですね……言われてみれば、止められたと思います」


 だったら何故、という言葉を彼は飲み込んで片付けに戻った。


 彼は、私がお酒が強いと知っている。
 けれど私は、彼が笑顔に弱いと知っているのだ。



おわり

115: 2017/12/16(土) 00:44:00.48 ID:oW8lMPIso
次は下品なの書きます
おやすみなさい

117: 2017/12/16(土) 01:15:18.97 ID:auO4E8n30
乙~!楽しみにしてます!

118: 2017/12/16(土) 02:59:50.04 ID:uuZl0dG2o
高垣さんホントすこ

引用元: 武内P「便秘、ですか」