152: 2017/12/17(日) 21:07:45.02 ID:LOedC/RGo
 私は、実はお酒が好きだ。
 愛しているとまでは言わないが、かなり。
 お酒もそれに応えてくれているらしく、私はお酒が人よりは強い。
 しかし、そのおかげで、今のこの状況があるならば下戸でいたかった。


「それで、キミはどう思うね?」


 何が悪かったのだろう。
 言わずもがな、目の前の部長が原因だ。
 お酒が美味しく、お料理が美味しく、話も弾んでいた。
 そう、悪くは無かったのだ。


「ほらほら、早く吐かないと逮捕しちゃうわよ!」
「困るわ。このタイミングで、吐くとか言わないでよ」
「ナナも気になりますねー」
「うふふっ! 観念しないと、駄目だかんねん♪」


 意外にも楽しいお酒だった。
 昔話に花を咲かせ、今の自分達の努力を褒め合う。
 そして、会話が途切れて私がお酒を口に含んだ時、部長が言い出したのだ。


「……皆さんの10年後、ですか」


 私は、笑顔が好きだ。
 しかし今は、向けられた笑顔が、突きつけられた銃口に見える。
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(12) アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場 (電撃コミックスEX)
153: 2017/12/17(日) 21:18:09.14 ID:LOedC/RGo
 事の発端は、部長が同僚と飲みに行くから付き合え、と言ったからだ。
 思えば、誰が来るのかを確認せず了承した私が迂闊だった。
 その迂闊さが巡り巡ってこの状況を作り出しているとしたら、
私は「お供します」と言った時の自分を殴り飛ばしてやりたい。


「10年後かー。うー、考えたくないわねぇ!」
「わかるわ。でも、他の人の意見を聞くのは大事よね」
「な、ナナは10年後でも17歳ですよ! きゃはっ!」
「まあ、それなら私もピッチピチの25歳でーす」


 冗談交じりで盛り上がる彼女達は、とても楽しげだ。
 そして、部長も私がなんと答えるのかを眺めている。


「10年後……うーん、どうなっているんだろうねぇ!」
「……」


 一方で、私は酔いが一気に覚め、背中で大量の汗を流していた。
 自然と右手が首筋にいきそうになるが、それは耐える。


 迂闊な答えは氏を招き、動揺を悟られるのもまた同様。


 ……一緒に飲んでいると、駄洒落が移るというのは本当ですね。

154: 2017/12/17(日) 21:27:01.56 ID:LOedC/RGo

「――それじゃあ、あたしはどうなってると思う?」


 年齢順で聞いて――と、この考え方はまずい!
 今は年齢の話をしているのではく、10年後の話をしているのだ。
 藪をつついて蛇を出す必要はない。


「そうですね……」


 最適解は、何だ。
 いや、最適でないにせよ、明日へ命を繋ぐ選択肢は、何だ。


「10年後でも、とても魅力的で……アイドルを続けて――」


 氏。


「――いる、かは、わかりませんが……!」


 何だ……何だと言うのだ、今の悪寒は!?


「……へぇ、あたしは引退してるかもしれないんだ?」


 穏やかに見える笑顔が、今は只々恐ろしい。
 この笑顔のまま、猛スピードで走るトラックの前へ放り投げられても不思議ではない。

155: 2017/12/17(日) 21:37:00.07 ID:LOedC/RGo
「そう、ですね……はい」
「ふーん?」


 アイドルを続けている、という答えでは不正解だったようだ。
 何とか、ギリギリで命を繋いだ。


「それで?」


 しかし、危機は未だ目の前にある。
 生と氏のデッド・ヒートは未だ続いている。


「10年後ともなれば、今よりも落ち着きが出て……」
「……それで?」


 命がけのチキン・ラン。
 待つのは爆発炎上か、


「――子供の友達が羨む、素敵なお母さんになっていると思います」


 明日のための緊急停止か。


「……なるほどね」


 私は、この賭けに――


「す、素敵なお母さんかー! あたしって、そんな風になりそう?」


 ――勝利した。

156: 2017/12/17(日) 21:51:15.11 ID:LOedC/RGo
「面倒見が良く、締める所は締める。理想的な母親像だと、私は思います」
「そ、そう? いやー、なんか照れちゃうわねー!」


 まあまあ飲みなさいよ、と手元のタッチパネルを操作してビールを注文している。
 非常に機嫌が良さそうで、とても良い笑顔だ。
 私は、追加注文されたビールが来る前に、手元にある残りを一気に飲み干した。
 何故かいつもよりも苦味を感じ、飲み下すのにも苦労したが。


「――ねぇ、私はどうなってると思う?」


 タン、とジョッキをテーブルに置いたと同時に、新手。


 今の勝利は、所詮は四連戦の内の初戦。
 ……駄洒落ている場合ではないのだ。


「そうですね……」


 こういう時は、まずは相手を褒めるのが言いと聞いた事がある。
 まずは褒めて、少し気分を良くして貰おう。


「今は、とても綺麗――」


 氏。


「――と、いうか……か、可愛らしいので……!」


 お酒によって軽くなるのは、気分や足取り、財布だけではない。
 命もそうなのだと、私は今日知った。

159: 2017/12/17(日) 22:04:25.36 ID:LOedC/RGo
「可愛らしいだなんて……いやだわ、もう!」
「いえ……私は、そう思います」


 お酒が入ってほんのりと赤く染まっていた頬が、僅かだが赤味を増した。
 軌道修正は上手く行ったようだが、胸をなでおろす暇はない。


「それで?」


 嗚呼、何故私の前には読み上げる原稿が無いのだろう。
 今の私は、海図も無しに航海に出る船旅人。


「10年後ですと、さすがに見た目に年齢を感じるようになるでしょうが……」
「……それで?」


 しかし、漕ぎ出さなければ始まらない。
 待つのは嵐か、


「――新たな可愛らしい一面が見つかり、より一層魅力的な女性になっていると思います」


 快晴の末の、財宝か。


「……なるほどね」


 彼女の天気は――


「そ、そんなに可愛らしいって言われたら困るわ! ち、ちなみにどんな所が可愛い?」


 ――晴れマーク。

160: 2017/12/17(日) 22:15:54.25 ID:LOedC/RGo
「ふとした瞬間に見せる無邪気な表情が、とても可愛らしいと、私は思います」
「わ、私そんな表情してる時がある? キミって、よく見てるのね……」


 まあまあ食べなさい、と手元のタッチパネルを操作しておつまみを注文している。
 非常に機嫌が良さそうで、とても良い笑顔だ。
 私は、いつの間にか来ていたビールを半分程飲み干した。
 心なしか、先程のものよりも美味しく感じられるのが不思議だ。


「――それで、ナナはどうなってると思います?」


 タンッ、とジョッキをテーブルに置いたと同時に、新手。


 前半戦は過ぎ、残すは後半戦。
 もうひと踏ん張り、あと少しだ。


「そうですね……」


 残すは後……一人。
 彼女? 彼女は、言うなれば、そう――


「むしろ……10年後、ウサミン星はどうなっていますか?」


 ボーナスステージだ。


「は、はいっ!? 10年後のウサミン星ですか!?」


 聞き返されるとは思ってもいなかったのか、とても焦っている様だ。
 今はとても有り難いが、容易すぎて彼女の10年後が逆に不安になる。

161: 2017/12/17(日) 22:26:54.23 ID:LOedC/RGo
「じゅ、10年後のウサミン星は関係ないと思います!」
「いえ……とても、大事な事です」


 彼女もかなり酔っているのか、思考が上手くまとまらないようだ。
 酒に溺れ、目が泳ぎ、思考の海に沈んでいくウサミン星人。


「じゅ、10年後のウサミン星は……」


 電波の受信が上手くいかないらしい。
 しかし、残念ながら私も酔っているので助ける事は出来ない。


「み、皆とっても笑顔で、楽しく暮らしてて……」
「……それで?」


 皆が笑顔……とても、素晴らしい場所だ。
 そんな、素晴らしい場所は、


「……――う、ウサミン星は、永久に不滅です!」


 何故か、巨人軍の住処のようになっているようだ。
 いや、マスコットキャラクターは、ウサギをモチーフにしたものだったか?


「……なるほど」


 後日――


「ウサミン星は、とても、素晴らしい所ですね」


 ――姫川さんに聞いてみよう。

164: 2017/12/17(日) 22:41:53.23 ID:LOedC/RGo
「10年後も不滅な素晴らしい場所が故郷、それはとても誇れる事だと、私は思います」
「そ、そうなんです! 私はウサミン星人である事を誇りに思いますよ! キャハッ!」


 なんだかおかしい気がする、とキュウリの浅漬けをポリポリと齧っている。
 首を傾げて不思議そうにしているが、話をぶり返す気はないようだ。
 私は、いつの間にか来ていた唐揚げを頬張ると、ジューシーな肉の油が口の中で弾けた。
 熱々の肉汁はほんのりと甘く、付けられた下味と絶妙に絡みあって至高のハーモニーを織りなす。
 それをサッと冷えたビールの苦味と喉越しで流すのは、最高の贅沢だ。


「――はーい♪ 最後は私でーす♪」


 しかし、贅沢ばかりもしてはいられない。


 戦いの前の贅沢は済んだ。
 この先私が口にするのは、勝利の美酒か、最後の晩餐か。


「そうですね……」


 最後の一人。
 ここを乗り切れば、笑顔で終われる。


「そう、ですね……」


 ……だというのに、何も浮かばない!


「10年後の私は、どうなってると思いますか?」


 催促するように言われているが、何が正解なのかわからない。
 わからないので、一先ずジョッキの残りを飲み干した。

165: 2017/12/17(日) 22:57:33.57 ID:LOedC/RGo
「まあ! もしかして、皆には言ったのに私だけ仲間外れですか?」
「いえ……貴女は、とても素晴らしいアイドルです。それも、目が離せない程の」


 手元のタッチパネルを操作して追加注文しようとするが、うまくいかない。
 ……なるほど、水滴がついて誤反応を起こしていたのか。


「それで?」


 と、問われても思い浮かばないのだから答えようがない。
 すみませんが、ナプキンで水滴を拭いているので待ってください。


「10年後……そうですね、10年後ですか……」
「……」


 よし、これで注文が出来る。
 我ながら、


「――貴女を見続けていたら、何年経っているか忘れてしまいそうですね」


 完璧だ。


「……なるほど」


 しかし、追加の注文は――


「詳しく聞きたいので、賢明なら、二軒目行きましょう♪」


 ――出来そうにない。

166: 2017/12/17(日) 23:06:15.29 ID:LOedC/RGo
  ・  ・  ・

「それじゃあ、年寄りはここで失礼させて貰うよ」


 会計が済んだ後、店の前で突然部長はそう言った。
 面白いものを見せて貰ったと、先程の店は部長の奢りだ。


「部長、二軒目は私が出しますので」
「いやいや! あまり無理をさせないでくれ!」


 そう言うと、笑いながら部長はこちらに背を向け、駅に向けて歩き出した。


「……それでは、私もここで――」


 私もそれに倣おうとしたが、


「なんて言い分が通ると思ってるの!? 強制連行よ!」
「今帰るなんてあり得ないわ。まだまだ、夜はこれからよ」
「あれ!? ナナの10年後の話、してませんよね!?」
「お酒は避けられず、飲みに行くのみ♪」


 ……と、言う事らしい。



おわり

168: 2017/12/17(日) 23:11:41.80 ID:qEJlXrfJO
乙、武内Pは不憫が似合うと思います

可能ならCP vs 25歳児の正妻戦争が見たいです

引用元: 武内P「便秘、ですか」