199: 2017/12/18(月) 15:10:35.40 ID:O0KD8HKMo
「おはようございます」
「……おはようございます」
薄く目を開けた彼が、私の挨拶に力なく応えた。
低い声は、今ではもっと低くなり、かなりしゃがれてしまっている。
私達、何度こうやって挨拶したんでしょうね。
今ではもう……私もあまり思い出せないわ。
「高垣さん……何故、私の寝室に?」
「うふふっ、さあ? どうしてでしょう」
それは、貴方が今ではそこから起き上がれないからですよ。
だったら、私が来るしか無いでしょう?
そうしないと、さっきみたいに挨拶する事も、こうやってお話も出来ませんから。
「いけません。私はプロデューサーで、貴女はアイドルです」
「……まあ!」
貴方ったら、本当に懐かしい事を言うのね。
貴方がプロデューサーで、私がアイドルだったのはもう遠い昔の事なのに。
200: 2017/12/18(月) 15:21:14.20 ID:O0KD8HKMo
「貴方には、今の私がアイドルに見えるんですか?」
貴方が変わったように、私も大分変わってしまったわ。
細かった手足はより一層細くなり、昔のようにステップなんか踏めやしない。
あっ、元々そんなにダンスは得意じゃなかったっけ。
「ええ、勿論です」
だと言うのに、この人は私をアイドルだと言う。
迷いも躊躇いもなく、ハッキリと。
それが照れくさくって、頬にかかった髪を軽くかき上げて誤魔化す。
「高垣楓さん。貴女は、いつでも最高のアイドルです」
彼の表情は変わらない。
そして、言う事も昔から変わらない。
「ですから、ここに居ては――……!」
いけません、という言葉は咳き込みによって中断された。
彼の体が無理をした事によって悲鳴をあげているのか。
はたまた、彼の体が無理をしてでもその言葉を中断させたのか。
「良いんですよ。私は、此処に居ても」
彼の背中をさすりながら、染み込ませるように言った。
201: 2017/12/18(月) 15:32:14.57 ID:O0KD8HKMo
「……そう、ですか」
とっても頑固だった貴方も、随分と素直になりましたよね。
昔は小言混じりで渋々、といった感じだったのに。
その小言を聞いて私が機嫌を悪くするから、言わなくなったんでしたっけ?
「貴女がそう言うのなら、そうするしかありませんね」
咳も収まり、ふぅと息を吐き出すと、彼は言った。
それを見て一安心。
だって、貴方が苦しそうにしてる姿なんか、見たくありませんから。
「貴女は、本当に仕方の無い人だ」
その言葉を聞いて嬉しくなってしまう。
でも……貴方は、私が機嫌を悪くするから小言を言わなくなったんじゃないのね。
「ええ。私は、貴方に似て頑固ですから」
言っても無駄だから諦めていた、と。
今までも、そして今も私の粘り勝ちですね。
202: 2017/12/18(月) 15:44:56.84 ID:O0KD8HKMo
「私は……頑固でしょうか?」
「ええ、とっても」
気付いてなかった、とは言わせませんよ。
いつだって貴方は自分を曲げず、とても不器用に、真っすぐ生きてきたじゃありませんか。
そんな貴方が、自分を曲げたのは一度きり。
あの日、あの時、忘れられないあの瞬間だけです。
「そして、私もです。いえ、私の方が頑固です」
だからこそ、今、こうやって二人で居られるんですよ。
感謝してくださいね。
私が、貴方を曲げられる程の頑固者だった事に。
「……」
布団の中で彼の右手がある場所がモゾモゾと動いているのがわかる。
きっと、首筋に手をやりたくて仕方ないのだろう。
だけど、今の彼にそれをするだけの力は残っていない。
「……落ち着きますか?」
「……はい、とても」
だから、私が代わりに彼の首筋に手をそっと添えてあげるのだ。
手が冷たくてビックリしないよう、カイロで温めていた甲斐がありましたね。
203: 2017/12/18(月) 15:58:09.51 ID:O0KD8HKMo
「あと、一つ間違っていますよ」
「? はい、何が……でしょうか?」
貴方は、間違っちゃいけない所を間違えてます。
これだけは、絶対に訂正しておかないと。
「実は、私――」
彼の耳元に口を寄せ、内緒話のように囁いた。
「――もう、高垣じゃないんですよ」
「……それは」
彼は、私の言葉の意味を理解しようと思考を巡らせている。
そして、すぐに答えに至ったのか、穏やかな表情で言った。
「おめでとうございます。幸せに、なってください」
ありがとうございます。
私は、とても幸せでした。
「貴女の旦那さんは、とても幸運な、幸せ者ですね」
貴方は、自分を幸運だと思いますか?
貴方は、幸せだったと思いますか?
204: 2017/12/18(月) 16:14:41.92 ID:O0KD8HKMo
「私の旦那さんは、幸運な幸せ者ですか」
「はい」
貴方がそう言うのなら、間違いありませんね。
大分薄くなってしまったのに、まだ立っている寝癖を撫で付けてあげる。
「私は……幸運な、幸せ者でした」
彼のその言葉が耳に入った途端、目から涙が零れ落ちた。
困ったわ、皺クチャのおばあちゃんなのに、もっと皺クチャになっちゃう。
嗚呼、でも駄目、止められないわ!
「泣かないで、笑っていてください」
彼が――皺クチャのおじいちゃんが言った。
「貴女はいつでも美しい、最高のアイドルですから」
本当に、ずるい人。
「――はいっ♪」
貴方にそう言われたら、出来る表情なんて一つしか無いじゃない。
「良い、笑顔です」
彼もまた、良い笑顔だった。
205: 2017/12/18(月) 16:32:42.10 ID:O0KD8HKMo
・ ・ ・
数日後、彼は静かに息を引き取った。
その顔は穏やかで、誰かが、満足そうな顔をしてる、と言っていた。
「今日は、主人のためにお集まりいただきありがとうございます」
実際、彼はやり遂げたつもりで逝ったのだ。
だから、私は泣かないし、笑っていようと思う。
それが彼の最後のプロデュースで、人生の担当アイドルの私の務めだ。
「皆さんには、彼を笑顔で見送って欲しいと思います」
彼は、自分のために誰かが涙するのは良しとしないだろう。
彼が好きなのは、笑顔だ。
……もう! やり遂げた気になってたようですけど、仕事が残ってますよ!
けれど、サービス残業は許しません。
残った仕事は私がやっておきますから、先に行って待っていてください。
「うふふっ♪ 嫁の私からの、用命です♪」
こんな時に不謹慎だとは怒られなかった。
だって、彼ならばため息混じりに私を許してしまうと、皆は知っているから。
おわり
数日後、彼は静かに息を引き取った。
その顔は穏やかで、誰かが、満足そうな顔をしてる、と言っていた。
「今日は、主人のためにお集まりいただきありがとうございます」
実際、彼はやり遂げたつもりで逝ったのだ。
だから、私は泣かないし、笑っていようと思う。
それが彼の最後のプロデュースで、人生の担当アイドルの私の務めだ。
「皆さんには、彼を笑顔で見送って欲しいと思います」
彼は、自分のために誰かが涙するのは良しとしないだろう。
彼が好きなのは、笑顔だ。
……もう! やり遂げた気になってたようですけど、仕事が残ってますよ!
けれど、サービス残業は許しません。
残った仕事は私がやっておきますから、先に行って待っていてください。
「うふふっ♪ 嫁の私からの、用命です♪」
こんな時に不謹慎だとは怒られなかった。
だって、彼ならばため息混じりに私を許してしまうと、皆は知っているから。
おわり
206: 2017/12/18(月) 16:34:08.92 ID:O0KD8HKMo
次は下品下品なの書きます
休憩
休憩
207: 2017/12/18(月) 16:52:33.50 ID:UXxxk4xyo
こんな悲しいけれども暖かい話のあとに下品な話がくるのか(困惑)
しかも下品下品と2回書かないといけないような
しかも下品下品と2回書かないといけないような
引用元: 武内P「便秘、ですか」
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