499: 2017/12/21(木) 23:36:40.82 ID:HCdmN4Nqo
私は、今、不機嫌だ。
「……おはよう」
まず、朝起きたら寝癖がひどくて直すのにとても苦労した。
そして、ようやく事務所に着くと思ったら、突然の雨に降られた。
せっかく綺麗に梳かした髪は雨で濡れてしまったし、
事務所に着いた途端雨がピタッと止んだのも腹が立つ。
「おはようございます、渋谷さ――……ん」
プロデューサーも、そんな私の姿を見て目を見開いて驚いている。
雨に濡れた姿か、私の不機嫌な顔を見てか……どっちでも良いけど。
「タオル、ある?」
どうしても言い方がぶっきらぼうになってしまうのを抑えられない。
プロデューサーが悪い訳じゃないのに、八つ当たりしてしまってる。
そんな自分にも、腹が立つ。
「……はい、すぐに用意します」
私は、今、不機嫌だ。
500: 2017/12/21(木) 23:44:48.90 ID:HCdmN4Nqo
「……」
アイツがタオルを用意してる間、持っていたハンドタオルで髪以外を拭いておく。
大雑把に水滴は払ったけど、それだけだと気分が良くない。
ソファーに腰掛けて待っていると、足音が後ろから聞こえてきた。
「タオルと、ドライヤーをお持ちしました」
「……ん、ありがと」
不機嫌だからって、お礼を言わない訳にはいかない。
それに、プロデューサーはドライヤーまで用意してくれた。
その心遣いに、私の機嫌は少し良くなる。
だからこそ、さっきの私の態度が、とても恥ずかしいものだと気付いた。
「あの……渋谷さん?」
八つ当たりをしてしまった相手に、こちらを気遣ってくれた相手に、なんて態度を。
そう思うと、不機嫌な今の顔を見せる訳にはいかない。
だって、この人は、笑顔が好きだから。
501: 2017/12/21(木) 23:53:29.63 ID:HCdmN4Nqo
「……」
だけど、振り返らないのも感じ悪い、よね。
……ああもう、どうしてさっきの私はあんなに不機嫌だったんだろう!
少し朝のセットに気合を入れて、それが駄目になっただけなのに!
「風邪を引いてしまいます」
また、こうやって優しい言葉をかけてくる。
プロデューサーは、仕事で私に優しくしてるだけ。
そう、自分に言い聞かせてみても、優しくしてくれている事に変わりはない。
「……ごめん。なんか、今、無理」
こんなにみじめな気持ちになったのは、どうしてだろう。
私に、こんな所があるなんて思ってもみなかった。
他の皆と比べて大人っぽいと言われる事が多いけど、なんて事ない。
私は、まだまだ子供なのだ。
それがどうしてか、今はとても悔しくて、みじめで、動く気になれない。
「すみません。失礼します」
後ろから聞こえる、低い声。
何が、と聞く前に、フワリと私の頭に柔らかいタオルの感触を感じた。
502: 2017/12/22(金) 00:02:16.67 ID:hM2/6zoso
「ぷ、プロデューサー?」
「自分では無理と……そう、仰っていたので」
タオル越しに感じる、大きな手。
壊れ物を扱うかのように、優しく、とても優しく私の髪についた水滴を拭き取っている。
それが、とてもくすぐったくて、むずがゆい。
タオルが、プロデューサーの手が私の髪を撫でる度、
私の不機嫌が消えてなくなってしまっているような感じがする。
「……」
「……」
お互い、無言。
と、言うか、何を言えばいいのかわからない。
ありがとうと感謝の言葉を言うべきか、何をするのかと腹を立てるべきか。
「……だからって、勝手に拭く?」
プロデューサーに、精一杯の抵抗を試みる。
「申し訳ありません」
私の抵抗は簡単に受け流され、そのまま髪を拭き続けられた。
503: 2017/12/22(金) 00:10:58.02 ID:hM2/6zoso
「……」
髪は女の命、って言う言葉がある。
そうだとすると、今の私はコイツに命を弄ばれている事になるのかな?
なんだか、納得いかない。
「……」
でも……うん、悪くないかな。
プロデューサーは、そもそも私の人生を滅茶苦茶に引っ掻き回したんだから。
普通の女子高生だった私をアイドルに。
それに比べれば、髪を拭かれるだなんて、とてもちっぽけだよね。
「プロデューサー、髪を拭くの上手いね」
「そう、でしょうか?」
そうだよ。
私の髪、長いからいつも大変なんだよ?
なのに、プロデューサーは凄く丁寧に、上手くやってくれてる。
引っ張られたり、絡まったりする感じが全然しないし。
「髪は女性にとって命だと、そういう言葉もありますから。その……必氏です」
ふーん、と素っ気ない返事をしてしまった。
だって、同じような事を考えてただなんて……その、何、それ!
504: 2017/12/22(金) 00:28:17.72 ID:hM2/6zoso
「……一応、拭き終わったと、思います」
「ん」
なんだ、もう終わり――……じゃないってば!
今のだと、もっとプロデューサーに髪を触っていて欲しいみたいでしょ!
違うから、そんなんじゃないから。
「渋谷さんの髪は、とても綺麗ですから」
大事にしないといけません、というプロデューサーの声が遠く感じた。
思い出した。
今日は、皆は休みだったり、事務所には寄らずに直接現場に向かう事になっている。
つまり、今日は一日、プロデューサーが付きっきりで行動する事になる。
だから、いつもより髪のセットに気合が入って、それで、それが――
「ドライヤーは、ご自分で出来るでしょうか?」
私は、混乱する頭を必氏に総動員し、なんとか首を縦に振るのに成功した。
……でも、せっかくだし、このまま甘えちゃってドライヤーも……いやいや、違う!
そんな考えを打ち払うように、首を横に振った。
「あの……どちら、でしょうか?」
声に出さずに、私は首だけを振って返事した。
おわり
引用元: 武内P「便秘、ですか」
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