643: 2017/12/24(日) 21:27:15.33 ID:gvArRziTo

「クリスマスLIVE、お疲れ様でした」


 私の言葉を聞いて、シンデレラプロジェクトの全員が、良い笑顔で「はい」と返事をした。
 今日のLIVEはとても素晴らしく、ファンの方達だけでなく、
スタッフ全員も彼女達に魅了されていたと思う。
 勿論、言うまでもなく私もその内の一人だ。


「休憩後、少し時間を空けて打ち上げ会場の方へ移動します」


 まだ興奮冷めやらぬのか、彼女達は頬を上気させている。
 しかし、いつまでもこうしてはいられない。
 プロジェクトのメンバーは、新田さんを除いては18歳以下で構成されている。
 なので、夜の22時以降の行動には制限がかかってしまう。


「事前にご説明していた通り、参加するのは皆さんと、そして――」


「――ちょっと待ったぁ!」


「……本田さん?」


 私と、という言葉を言う前に、まだ肩で息をしている本田さんに待ったをかけられた。
 何か、問題でもあったのだろうか。


「そうにゃ! Pチャン!」
「その先は――」


 前川さんに、多田さんまで……何を?


「「――言わせない!」」


 二人の声が、しっかりと重なる。
 それだけでなく、見れば、メンバー全員がうんうんと頷いていた。
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(12) アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場 (電撃コミックスEX)
644: 2017/12/24(日) 21:39:00.36 ID:gvArRziTo

「何か……問題でも、ありましたか?」


 疑問を素直に投げかける。
 私は、こう言う時に相手の思っている事を察するのが苦手だ。
 今まで彼女達と関わってきて、それが痛いほどわかった。


「問題アリだよ! Pくんは、打ち上げに来ちゃぜーったいダメ!」
「その……それは、どういう意味でしょうか……?」


 気付かぬ内に、また何かやってしまっていたようだ。
 城ヶ崎さんが、とても怒っているのが私にもわかる。
 彼女は感情の起伏は激しいが、この様に怒った姿は見たことがない。


「Pちゃん! Pちゃんは~、打ち上げに来たらメッ、だゆ!」
「……」


 いつも天真爛漫な諸星さんにまで、言われてしまった。
 どうやら、私はとんでもない事をしでかしたらしい。


「ねえねえ、プロデューサー! 今日は何の日か知ってる?」
「今日ですか? 今日は……」


 赤城さんに聞かれたが、当然知っている。
 今日は、クリスマス・イブ。
 皆さんのクリスマスLIVEが行われた、記念すべき日だ。


「はい、クリスマス・イブです」


 迷わずに答えたのだが、その答えは彼女達の納得のいくものではなかったらしい。
 彼女達が、口々に私にダメ出ししてくるのが、その証拠だ。

645: 2017/12/24(日) 21:49:28.67 ID:gvArRziTo

「ほんっと、Pチャンはダメにゃ! みく達の言いたいこと、わかってないでしょ!」
「まあ、プロデューサーらしいと言ったららしいけど……」


 前川さんと多田さんが、私に詰め寄ってきた。
 先程も、私の言葉を彼女達は遮ったが、何か意図がある様に思える。


「打ち上げとは言え、遅くまで仕事なんてロックじゃないにゃ!」
「プロデューサーは、ネコみたいに家でおとなしくしててください!」


 ……どうやら、二人は――いや、プロジェクトメンバーの全員が、
私が打ち上げに参加するのが許せないらしい。
 現に、私に本題とも言うべき事柄を突きつけた彼女達は、
他のメンバーと手を打ち合わせて「言ってやった!」と笑っている。


「ってなわけで、帰った帰ったー!」


 本田さんが、カラカラと笑いながら私に帰れと言ってくる。
 しかし、そこに悪意は微塵もなく、本当に楽しそうな、良い笑顔だ。
 そしてそれは、プロジェクトメンバー全員に言える事。


「あの……皆さん?」


 だから、私には尚更わからない。
 癖で右手を首筋にやってしまい、それを見たメンバー達はクスクスと笑いだした。

646: 2017/12/24(日) 22:02:53.45 ID:gvArRziTo

「見ててよとは言ったけど、今日は良いから」


 渋谷さんが、呆れたように笑いながらこちらを見ている。


「プロデューサーは、やることが残ってるでしょ」
「やる事……ですか?」


 言われてみても、思い当たる仕事は無い。
 この日のために、念入りに計画をしてきたのだ。
 それに、もしもやる事が残っているならば、帰っている場合ではない。


「ダー。プロデューサーは、帰るべき、です」


 アナスタシアさんが、真っすぐにこちらを見て、言った。
 クリスマスLIVEの衣装はサンタクロースをモチーフにしたもので、
彼女の銀色の髪も相まって、まるでクリスマスという日がそこに居るかのよう。
 そんな彼女の真剣な瞳に、私は少し気圧された。


「クリスマス、はっ!」


 突然、緒方さんが大声を上げた。
 メンバー達も驚いたようで、一斉に緒方さんに視線が集まる。
 だが、彼女はその視線に一歩も怯むこと無く、


「家族、一緒じゃなきゃダメなんですっ!」


 そう、言った。


「皆さん……」


 そして、私は理解した。
 彼女達が、私に家に帰れと言っている訳を。

647: 2017/12/24(日) 22:21:06.04 ID:gvArRziTo

「ですが、彼女達も……頑張ってこい、と」


 プロジェクトのメンバー達のために頑張れ、そう言って今朝も送り出してくれた。
 帰りが遅くなるかも知れないと告げても、二人は笑っていた。
 そんな彼女達のためにこそ、最後までやり遂げなければならない。
 そう、思っていた。


「三人とも、杏達の事を大切に想ってるのが、逆にタチ悪いよねー」


 双葉さんは、はぁとため息をついた。
 確かに、彼女達もプロジェクトメンバーをとても応援している。
 だから、そんな彼女達にも、私の担当するシンデレラ達の輝く姿を見せたいと思う。
 それが私の誇れる仕事……プロデューサーの、仕事だからだ。


「我が友よ! 汝と、汝と魂を同じくする者達に、祝福を授けようぞ!」


 嗚呼、本当に彼女達には驚かされる。
 神崎さんの言葉が、頭ではなく……そうですね、魂で理解できたと思います。
 フンスと鼻息荒くこちらを見ている神崎さんは、とても輝いて見えた。


「プロデューサーさん、今日の皆の衣装を見てください」


 島村さんの言葉に従い、プロジェクトメンバー全員の姿を眺める。


「今日の私達は、アイドルでサンタさんなんです」


 だが、私は彼女達の衣装を見ていた訳ではない。


「プロデューサーさん達家族に、笑顔のサプライズプレゼントですよ♪」


 シンデレラプロジェクトメンバー達の、輝くような笑顔を見ていた。

648: 2017/12/24(日) 22:32:19.98 ID:gvArRziTo

「スタッフさん達には、私から話しておきますから」


 新田さんが、後のフォローは任せろと言ってきた。


「……なーんて、事前にある程度の人には言ってあったんです」


 彼女は、最初のメンバー達の公演で倒れてから、より強くなった。
 新田さん自身の成長もあるが、何より人を頼る事を覚えた。
 やはり、彼女をリーダーに指名して正解だった。


「それではもう……帰るしかありませんね」


 そうと決まったのなら、早く家に帰ろう。
 でなければ、彼女達の想いが無駄になってしまう。


「ほら、今日は寒いから、スタッフコートも着て帰んなよ!」


 本田さんは、そう言うと後ろから私の背中にスタッフ用のベンチコートをかけてきた。
 これを着て帰れというのは恥ずかしいが……いや、着て帰ろう。


「それでは皆さん、お先に失礼します」


 私は、彼女達の、良い笑顔によって送り出された。

649: 2017/12/24(日) 22:59:28.76 ID:gvArRziTo
  ・  ・  ・

「……もしもし」


 突然帰って驚かせる、というような器用な真似は私には似合わない。
 だから、今日は言っていたよりも早めに帰ると電話をした。


 私が何か怒らせるような事をしたのかと問われたので、苦笑。
 似ていると言われたのはいつだったか……思い出せない。
 だが、私も同じようなことを考えたと伝えたら、
コロコロと鈴の音を転がすような、美しい笑い声が聞こえてきた。


 そして次に聞こえてきたのは、とても可愛らしい声。
 その声を聞いて、私の歩く速度が少し速まった。
 働く姿を……その成果を見てもらいたいという気持ちは、ある。
 だが、今はそれ以上に、彼女を抱き上げたいという気持ちが強い。


「……」


 通話が終わり、私はより一層歩く速度を速めた。
 まだ距離はあるが……いや、もう、走ってしまおう。
 私は、私の担当するアイドル達に完全に負け、追い立てられたのだ。
 そんな私がゆっくりと歩くなど、到底許されない。


「はっ……! はっ……!」


 白い吐息が、すぐに温度を無くし透明になる。
 だが、無口な車輪の蒸気機関は、もっと速く、もっと速くと私の足を加速させる。
 帰り道に気をつけて、という言葉に従い、運行自体は安全なものだが。


 私は、チラリと来ているコートに目をやった。


 プレゼントのラッピングのような、クリスマスカラーの、赤。


 しかし、サンタクロースカラー、とは言わない。


 何故なら、私の帰りを起きて待っていると、そう、言っていたから。



おわり

引用元: 武内P「便秘、ですか」