704: 2017/12/25(月) 22:29:05.29 ID:RpGx4DLXo

「……すぅ……すぅ」


 プロジェクトルームに行くと、プロデューサーが居眠りをしていた。
 いつもの無表情はなりを潜め、安らかな寝顔を見せている。
 最近は、仕事大変そうですもんね。
 だから、仕事中に居眠りするのも仕方ないのかも。


「……すぅ……すぅ」


 私だって、授業中とかウトウトしちゃう事あるし。
 やっぱり、夜遅くまでギターの練習をしてるのがいけないのかも。
 でもねプロデューサー、それでも私は寝てないですよ?
 だって、自分が好きなことをして眠いのに、やるべき事に手を抜くのは格好悪いですから。


 なんて、ちょっとした現実逃避をしてみても、目の前の状況に変わりはない。
 今、この場に居るのは私と、プロデューサーだけ。
 だから、この状況を何とか出来るのは、起きている私だけ。


「……すぅ……すぅ」


 プロデューサー、私にこんな姿を見られたと知ったらどんな顔するかな。
 ……駄目、絶対に、気付かれずに何とかしなくちゃ。


「……すぅ……すぅ」


 プロデューサー。


 全裸で居眠りは、ロックすぎますよ。
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(12) アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場 (電撃コミックスEX)
705: 2017/12/25(月) 22:37:36.31 ID:RpGx4DLXo

「……すぅ……すぅ」


 こんな時、他の皆だったらどうするのかな。
 やっぱり、声を上げて逃げちゃう、よね、絶対。
 だけど、ここで逃げ出すのは――ロックじゃない。


「……ん、んん」


 プロデューサー、目を覚ましたんですか?
 だったら、私にこんな姿を見られたと気付かないよう、すぐに逃げないと!


 そう、思ったけれど、違った。
 プロデューサーは、横向きだった態勢では寝苦しかったのか、
ゴ口リと体を転がし、仰向けに、大の字の態勢に移行した。


「……っ!?」
「……すぅ……すぅ」


 思わず上げそうになった悲鳴を手で抑える。
 そりゃそうだよね、全裸だもん。
 全裸で仰向けに寝たら、そりゃあ見えるよね。


「……すぅ……すぅ」


 寝息を立てているプロデューサーに腹が立つ。
 愚息を勃てているプロデューサーに腹が立つ。


 あっ、今のロックっぽくない?

706: 2017/12/25(月) 22:47:40.85 ID:RpGx4DLXo

「……すぅ……すぅ」


 ロックのLIVEでは、テンションが上がって全裸になる人も居るそうだ。
 プロデューサーがもしそうだとしたら……ギターをアレで支えれば楽そう。


 私は、驚くほど冷静だった。
 プロデューサーが眠っているからか、事態の異常性が私の感覚を麻痺させているのか……。
 きっと、みくちゃんだったら大騒ぎして大変な事になってたよね。
 やっぱり、私はクールでロックなアイドルだ。


「……すぅ……すぅ」


 それにしても、本当にスヤスヤ寝てるなぁ。
 寝てる状態でも、あんなに元気になるものなの?
 わっかんないなぁ……そうだ! なつきちなら、知ってるかも!


 ――パシャリ!


「……ん……んん」
「……」


 セーフ!
 シャッター音で起きたらどうしようかと思ったけど、大丈夫だった!
 この写真をなつきちに送って、と。


『寝てるのに、こんなに元気になるの?』


 ……っと。

707: 2017/12/25(月) 22:55:56.14 ID:RpGx4DLXo

Hey Boys! Rockin’ Emotion♪


「!?」
「……すぅ……すぅ」


 電話!?
 ちょっ、ちょっと待ってなつきち!
 電話なんかしたら、プロデューサーが起きちゃうじゃんか!?


Hey Yeah! ついてきなよ♪


「っ……!」
「……ん……んんん」


 はやく! はやく切らないと、プロデューサーが起きちゃう!
 急げ急げ急げ急げ!
 ……よし! 切った!


「……ん……んん」
「……!」


 ドクリドクリと、心臓の音が聞こえる。
 ゴクリとツバを飲む音すら、鮮明に聞こえる。


「……すぅ……すぅ」


 プロデューサーは、起きなかった。
 私は、ロックの神に感謝した。

708: 2017/12/25(月) 23:12:09.33 ID:RpGx4DLXo

「……すぅ……すぅ」


 安らかな寝息を立て、勃てているプロデューサーの姿を確認する。
 どうやら、起きる心配はなさそうだ。


 でも、また電話がかかってきたら今度は起きちゃうかも。
 そうなる前に、携帯をマナーモードにして、と……よし、オッケー。
 うわわ! またなつきちから着信がきてる!
 ゴメンなつきち! 今は、電話に出られないんだよー!


「……すぅ……すぅ」


 プロデューサーの寝息をBGMに、私はまた、着信を切った。
 すると今度は、


『すぐプロジェクトルームに向かうから』


 と、なつきちからLINEが入った。
 まずい! このままじゃ、絶対にまずいって!
 あああ、さっき撮った写真の背景で、プロジェクトルームに居るってバレたんだ!
 やっぱりなつきちは凄い……って、言ってる場合じゃないってば!


「プロデューサー! 起きてください!」
「……すぅ……すぅ」
「なつきちが来ちゃいますから! はやく!」


 全裸でプロジェクトルームで居眠りしてる姿なんて、他の皆にバレたら大変ですよ!
 はやく起きてください、プロデューサー!

709: 2017/12/25(月) 23:23:36.13 ID:RpGx4DLXo

「プロデューサー、起きて!」
「……ん、んん」


 プロデューサーの肩を掴んでゆさゆさと揺すって、大声で声をかける。
 よっぽど疲れてたんだろうなぁ、全然起きないんだよ。
 私だったら、こんな大声で話しかけられたら耳がキーンってなっちゃう。


「プロデューサー!」
「……んん」


 肩を揺する度に、下半身の方もブルンブルンと揺れているが、気にしていられない。
 私は、この人のおかげでアイドルとしてここまでやってこられたのだ。
 自分には無い可能性を示され、また、曖昧だったロックの在り方を気付かせてくれた。
 そんなプロデューサーが、全裸で居眠りしてたとバレたら……?


「プロデューサー!」


 最悪の場合も、あり得る。
 そんなの……そんなの絶対に嫌だ!
 お願いします、目を開けてください、プロデューサー!


「……多田さん?」


 必氏の声が届いたのか、プロデューサーはゆっくりと目を開けた。
 その頬に、ポタリ、ポタリと雫の跡がついていく。
 私は、自分でも知らぬ間に、


「何故……泣いて、いるのですか?」


 涙を流していた。

710: 2017/12/25(月) 23:41:20.23 ID:RpGx4DLXo

「だって……プロデューサーが、うっく、目を覚まさな……ひっく!」


 あぁ、泣くつもりなんて無かったのに、かっこ悪いなぁ。
 これじゃあ、クールさの欠片も無いよ。


「すみません……少し、居眠りをしてしまいました」


 知ってますよ、そんなの!


「ですが……多田さんの声が聞こえ、目が、覚めました」
「ひっく……ぐすっ!」
「なのでどうか……泣かないでください」


 プロデューサーの声がとても困っている。
 その調子が、あまりにもいつも通りで、笑いが込み上げてきた。
 泣きながらクスクスと笑う私を見て、プロデューサーは右手を首筋に。


「……はいっ!」


 これなら心配ない、大丈夫だ。
 私がロックと信じるものが、ロックなように――


「私がプロデューサーと信じるものが、プロデューサーですから!」


「……良い、笑顔です」


 全裸でも、居眠りしても、この人は私のプロデューサーなのだ!
 最高にロックで、最高なプロデューサーだ!


 ガチャリと、大きな音を立てて扉が開いた。
 そうだ、なつきちに自慢しよう!
 この人が、私のプロデューサーだ! って!


「見て、なつきち!」


 凄いんだよ、私のプロデューサーは!



おわり

引用元: 武内P「便秘、ですか」