866: 2017/12/30(土) 22:08:18.53 ID:wsMv2Zf9o

「ん……!」


 体がだるい……昨日は飲みすぎたかしら。
 ええと、確か、私と、プロデューサーさんと、部長さんと三人で飲んだのよね。
 年末だけど、カウントダウンLIVEや、新年にちなんだ企画の子も居るから、
ずっと忘年会が出来なくて、それで――


「――って……!?」


 ここ、どこ!?


 必要最低限のものしかない、殺風景な部屋。
 唯一それらしい家具のデスクの上にはパソコンがあり、
脇には書類と思わしき紙の束がまとめて置いてある。
 そして、そんな部屋の隅に――


「ぷ、プロデューサーさん!?」


 プロデューサーさんが、コートにくるまり小さくなって横になっていた。


「……おはよう、ございます」


 その声はとても弱々しく、お酒のせいか少しかすれていた。
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(12) アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場 (電撃コミックスEX)
867: 2017/12/30(土) 22:17:51.25 ID:wsMv2Zf9o
  ・  ・  ・

「本当に……ご迷惑をおかけしました……!」


 ああ、もう!
 今年も終わりだって言うのに、最後の最後でこんな失敗をするなんて!


「お気に、なさらないでください」
「しますよ!」
「……」


 彼が言うには、昨夜の私は相当に酔っ払っていたらしい。
 最終的には歩くこともままならず、タクシーで帰る事になったと言う。
 しかし、タクシーに乗り込んだ途端眠ってしまい、
プロデューサーさんが自宅に連れ帰った、という話だ。


「ベッドを占領した挙句……プロデューサーさんを床で寝かせるなんて……!」
「いえ……寝ていませんので、大丈夫です」
「もっと大丈夫じゃないですよ、それ!」
「……」


 プロデューサーさんは、右手を首筋にやりっぱなしだ。


「かなり酔っていらしたので……見ていなければ、危険かと」
「そのために、ずっと起きてたんですか!?」
「その……寒くて、目が冴えてしまっていただけですので」
「~~っ!?」


 この人は、どうしていつもこうなんだろう。

868: 2017/12/30(土) 22:27:33.60 ID:wsMv2Zf9o

「あのですね! 別に、放って置いてくれても良かったんです!」


 いつも、プロデューサーさんに自分を大切にしろ、と言っているのに。
 私のために自分を犠牲にするなど、そんな必要は無かったのに。


「いえ、それは出来ません」


 もう、どうしてこんなに頑固なの!
 同僚の言う事は、きちんと聞くものですよ!


「どうしてですか!」


 本当なら、今、この場で怒れる立場じゃないというのはわかる。
 けれど、この人は今言っておかなければまた同じ事を繰り返す。
 自己嫌悪に陥りながらも、私はプロデューサーさんに強い口調で接した。


「それは……その……」


 プロデューサーさんが、急に口ごもる。
 さっきはキッパリと言い切っていたのに、この歯切れの悪さは何なの。


「ちゃんと仰ってください!」


 私が問い詰めると、プロデューサーさんは観念した顔で言った。


「昨夜……もう少し、私も大事にしろ、と……仰っていたので」


 聞かなければよかった!

869: 2017/12/30(土) 22:39:10.82 ID:wsMv2Zf9o

「あの……私、そんな事言ってたんですか!?」


 どうしよう、全然覚えてない!
 そりゃあ、アイドルの子達に比べて私の扱いが軽いと思った事はありますよ?
 でも、そんなの当たり前の事だし、それについてどうこう思ったりは――


「……」


 ……――無くは、無い。
 だって、この人はとっても真剣に、アイドルの子達の事を考えている。
 自分がどうなろうと知ったことかと言わんばかりに、身を粉にして励んでいる。


「……すみません、大声出しちゃって」


 ――そんな風に想われるって、どんな気持ちなんだろう。


 ……そう、思った事は、ある。
 確かに、今のこの状況はその結果なのかもしれない。
 だけど、こういう風に知りたくはなかったし、
少しお酒が残っているせいか、大声を出して気分が悪い。


「いえ……お気に、なさらず」
「……」


 何と言えば良いのか、わからない。
 わからないから、何も、言えない。


 

870: 2017/12/30(土) 22:54:12.25 ID:wsMv2Zf9o

「ご迷惑をおかけしました」


 とても、いたたまれない気持ち。
 これ以上は、プロデューサーさんの顔を見ていられない。
 それに、今にも泣きそうな私の顔を見せるわけにはいかない。


「私、帰ります。ありがとうございました、プロデューサーさん」
「……千川さん?」


 だって、しょうがないじゃない。
 この人は、今の私と一緒に居ても困っちゃうだけなんだから。
 プロデューサーを支える事務員としても、一人の人間としても失格だ。


「また連絡しますから、お話はその時に――」


 その言葉は最後まで続けられる事は無かった。
 慌てて立ち上がろうとした結果、足がもつれ――


「――へぶっ!?」


 ――私は、盛大に、顔からすっ転んだからだ。


「せっ、千川さん!?」


 プロデューサーさんの慌てた声が耳に入ったが、私はそれどころではなかった。
 おでこも鼻もジンジン痛いし、情けなくて情けなくてしょうがない。
 恥の上塗りにも程がある、こんなのもう、もう――!


「ふひいいいん……!」


 泣くしかないじゃないの!

871: 2017/12/30(土) 23:14:17.37 ID:wsMv2Zf9o
  ・  ・  ・

「……」
「……」


 二人で、小さなテーブルを囲み、コンビニのおにぎりとカップのお味噌汁を啜る。
 しじみのお味噌汁なのは、こんな状況なのにちょっと嬉しい。


「……」
「……」


 プロデューサーさんは、泣き出した私を慰めはしなかった。
 ただ一言、「15分程で戻ります」と言って出かけ、色々と買ってきてくれたのだ。
 昨夜の大事にしろという言葉と、さっきの私の放って置いてという言葉。
 そのどちらにも従った結果が、これだったのだろう。


「……」
「……」


 あそこで抱きしめて慰める、と言う選択肢は彼には無い。
 そんな器用な真似が出来る人なら、もっと色々と話は簡単に済んでいた。


「……手、出してくれればこんな思いはしなかったのに」
「っ!?」


 所謂、お持ち帰り、というやつだ。
 だけど、プロデューサーさんは絶対に酔った女性に手を出すような人じゃないし、
そんな生真面目で、不器用で、とても信頼出来る人だからこそ、
大切にされる気持ちが気になったのだ。


「ゴホッ!……ゴホ……!」
「あの、だ、大丈夫ですか……?」


 プロデューサーさんが、突然むせた。
 背中をさすろうかと腰を上げた私を、彼は手で制した。


「……」


 気まずそうに目を背けるプロデューサーさん。
 私は所在なくまた座り直し、もそもそとおにぎりにかぶりついた。

872: 2017/12/30(土) 23:30:53.93 ID:wsMv2Zf9o

「……千川さん」


 呼吸の落ち着いたプロデューサーさんが、居住まいを正した。


「……はい」


 きっと、今からお説教が始まるんだわ。
 いつもは私がお説教する側なのに、とっても情けない。


「私は、その……酔った女性に……てっ、手を出せる人間ではありません」
「っ!?」


 突然、何を!?


「ので……はい……申し訳ありませんでした……!」


 そう言うと、プロデューサーさんは突然その場に土下座した。
 今の言葉も泣きそうな感じになっていて、本当にどうしたら良いかわからない。
 もう! 何で貴方がそんな真似をするんですか!?


「かっ、顔をあげてください! プロデューサーさん!」
「いえ……私の不甲斐なさが……千川さんに、はっ、恥をかかせる結果に……!」


 顔を上げてって言ってるじゃないですか!
 それに、私が恥ずかしい思いをしたのは自業自得です!


「とにかく! 顔をあげてくださ――」


 プロデューサーさんの体を起こすため、慌てて立ち上がろうとした。
 その結果――


「ぐえっ!?」
「んおっ!?」


 また、同じ失敗を繰り返してしまった。
 しかも今度は、土下座するプロデューサーさんの体に、上半身を投げ出し十字になる形で。

873: 2017/12/30(土) 23:47:02.41 ID:wsMv2Zf9o

「……」
「……」


 今の私は、土下座するプロデューサーさんの体に干されたタオルの様だ。
 両手は綺麗に伸び切ってしまっているし、傍から見たらとても滑稽な姿だろう。
 だけど、もう涙は十分に流した後だ。


「「……ぷっ!」」


 だから、今はもう、笑ってしまおう。
 気のせいか、プロデューサーさんの笑い声も聞こえた気がするし、ね。


「ふふふっ……! もう、嫌になっちゃいますよ……!」
「……いつも、ミスをしない千川さんらしくありませんね」


 よいしょと、プロデューサーさんから体を離し、座り直す。
 すると、プロデューサーさんも自然と体を起こし、座り直した。


「知りませんでした? オフの私って、結構ドジなんですよ」
「それは……意外でした」


 とても、優しい口調。
 ああ、この人は仕事中以外はこういう声で話すのね。
 そう考えると……さっきまでの接し方は、プライベートだと思ってなかったのかしら。


「事務員でも、プライベートは普通の女の子ですから」


 ちゃんと、知っておいてくださいね!


「はい。とても、可愛らしい寝顔でしたから」
「はいっ!?」


 見てたんですか!?
 って、それは見ただろうけど……今、言います!?
 それに、何ですかその顔! もう、全く――


「良い笑顔ですね!」



おわり

引用元: 武内P「便秘、ですか」