883: 2018/04/14(土) 23:21:15.06 ID:69MkvKRDo

「あっ、コラ!」


 ちょっと手の力を緩めた隙に、足元から茶色い影が飛び出した。
 ソファーに座ってたから、反応が一瞬遅れ、紐を掴みそこねる。
 前にも、同じ様な事があったっけ。
 あの時も、姿を見た途端にこうだった。


「おはようございます」


 プロデューサーが、後ろ手で事務所のドアを閉める。
 勝手に出ていかないように、って事だったんだろうけど、その心配は無かった。
 だって、茶色い影――ハナコは、プロデューサーの足元で、尻尾を思い切り振ってるから。
 もう、いつもは大人しくて良い子なのに、なんなの?


「おはようございます、ハナコさん」


 しゃがみこみ、出来るだけ目線をハナコに合わせての挨拶。
 前みたいに紐を掴もうとしたみたいだけど、ちょっと手間取ってる。
 その理由は、差し出したプロデューサーの手に、ハナコがじゃれついてるから。
 思いっきり手の匂いを嗅いでるのか、鼻をヒクヒクさせてる、可愛い。


「……」


 プロデューサーも同じ事を考えたのか、とても穏やかに、笑った。
 前は大型犬に吠えられてたような気がするけど、案外、動物好きなのかな。
 どう、プロデューサー。
 うちのハナコ、可愛いでしょ。


「……」


 大きな手で、小さなハナコの背中を優しく撫でる、プロデューサー。
 されるがままのハナコは、もっと色んな所を撫でて欲しいのか、お腹を見せて寝転んだ。
 もしかして、遊んでもらってると思ってるのかも。
 そんなハナコのお腹を、さっきよりも少し強く、ワシワシと。


「ハナコー?」


 だけど、あそこまでプロデューサーに心を開いている姿を見るのも、ちょっと複雑。
 飼い主の私が居るのに、その前で他所のお家の人に甘えすぎ。


「おーい、ハナコー?」


 飼い主なのに、負けてられない。
 別に、独占欲とか、そういうんじゃないから。
 っていうか、こういうのって、普通にあると思う。


「!」


 やっと私の声に気付いたのか、ハナコはクルリと体勢を変える。
 そして、両の前足とお腹を床にピタリと貼り付けたまま、


「ワンッ!」


 と、鳴いた。
 こっちに来る気配は、全く無かった。
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(10) (電撃コミックスEX)
884: 2018/04/14(土) 23:44:24.93 ID:69MkvKRDo

「……」


 プロデューサーが、右手を首筋にやって反応に困ってる。
 その、立ち尽くす足元から、ハナコは一向に離れようとしない。
 つぶらな瞳でこっちを見るのは良いんだけど……いや、良くない!
 なんだか、負けた気がする!


「トゥットゥットゥットゥッ!」


 口の中で舌を弾いて、音を出す。
 床付近で、右手の親指、人差し指、中指をすり合わせ注意を引く。
 ハナコが、それにピクリと反応する。
 前足を伸ばし、お座りと、寝そべる中間の体勢に。


「トゥットゥットゥットゥッ!」


 おいでおいで、ハナコ、こっちへおいで。
 口に出したら、負けを認めるようなもの。
 だから、飼い主として、愛犬のハナコに、心の中で語りかける。
 おいでー、こっちおいでー、ハナコー、おーい。


「ワンッ!」


 立った!
 やっぱり、ハナコは私の方が好きだよね、知ってた!
 そう、立ち上がったら、そのままこっちに来るんだよー。
 おいでおいでー、私はここだよー。


「ま……待ってください……ひ、紐が……!」


 立ち上がったハナコは、グルグルとプロデューサーの周りを回りだした。
 クンクンと高い声で鳴きつつ、時々、チラリとこっちを見てくる。
 ちょっと、そんなにソイツから離れたくないわけ!?
 アンタ、私の飼い犬でしょ!?


「トゥットゥットゥットゥッ!」


 ほら、来なさい! こっち! カモン!
 そういう態度を取るなら、私にも考えがあるからね!
 最近お気に入りだった、サツマイモのオヤツ、もう買ってこないよ!
 それでも良いの!? 良いんだ、へー、ふーん!?


「……クゥーン」


 私の、ハナコに対する愛情が通じた。
 ゆっくりトボトボ歩いてるのは、きっと、
他の人に夢中になってごめんなさい、って意味だと思う。
 絶対、プロデューサーから離れるのが嫌だからじゃないよね、そうだよね。


「……」
「……」


 無言で見つめ合う、ハナコとプロデューサー。
 ちょっと、なんで無理矢理引き裂かれるような、そんな空気出してるの。

885: 2018/04/15(日) 00:13:15.02 ID:A4pEFkIxo
  ・  ・  ・

「――それじゃあ、二時間だけ、ハナコをお願い」


 ドアに手をかけながら、振り返って、デスクに座るプロデューサーに言う。
 デスクで見えないけど、その足元にはハナコが寝そべっている。
 最初は、簡易ケージの中で待ってて貰おうと考えてたんだよね。
 だけど、今日はそれを妙に嫌がって、無理矢理入れたら、キュンキュンと鳴いた。


「はい。レッスンの間、お預かりします」


 どうしようか相談したら、外に出してても構わない、ってさ。
 勝手にどこか行かないように紐をつけておこうかと思いもしたんだよ。
 だけど、ハナコったら、プロデューサーから離れる気配がゼロ。
 まるで、ここが自分が居るべき場所だ、って感じだから、今は首輪だけ。


「……」


 今日は、家にお父さんとお母さんが居ない。
 たまには、という事で、私が一泊二日の温泉旅行をプレゼントしたのだ。
 アイドルとして働いて、お給料も、まあ、そこそこ溜まってたから。
 たまには親孝行も悪くないかな、って思ったんだけど。


「おーい、ハナコー?」


 まさか、こんな所で家族に裏切られるとは思わなかった。
 お家で一人でお留守番するのに慣れてないから、連れてきたのに。
 ちょっと、レッスンの間だけ、預かって貰おうと思っただけなのに。
 頑張って終わらせて、すぐ戻ってこようと思ってたのに。


「……ハナコやーい」


 顔も見せないって、どういう事!?
 お散歩の時なんか、クンクン言って甘えてくるのに!
 この状況は何なの!?
 私とハナコの間の絆って、そんなものだったの!?


「……渋谷さん」


 プロデューサーが、右手の人差し指を口元に当てている。
 は? 何? 静かにしろ、ってこと?
 納得できない! だって、ハナコはうちの子だもん!
 ちょっと気に入られたからって、良い気にならないでよ!


「……寝ていますので」


 ……有り得ない。
 これからお仕事に行こうとする飼い主を放って、お昼寝する?
 お昼寝するハナコは、そりゃあ、確かに可愛いけど。
 こう、時たま鼻をヒクヒクさせて……もう、なら、しょうがないか。


「……行ってくる」


 内心、荒れ狂っている私の背中に、頑張ってくださいと声がかけられた。
 小さく、うん、と返事をし、ドアを閉める。
 当たり前だけど、寝てるハナコを起こさないよう、静かに閉めたから。

886: 2018/04/15(日) 00:35:56.07 ID:A4pEFkIxo
  ・  ・  ・

「……」


 目を開ける。
 レッスン半ばの、五分間だけの休憩。
 こういう、短い時間で、いかに体力を回復させるか。
 それがとても大事だと言われ、私は短時間だけでも眠る練習をしている。


「……」


 多分、一分間は寝られたと思う。
 寝るのって、体力を回復するのに一番良いらしい。
 最初、やろうとしても全く眠れなかったけど、今ではこの通り。
 こういう事もしていかないと、二つのプロジェクトを掛け持ち出来ないしね。


「ワンッ」


 後半のレッスンが終わったら、急いでシャワーを浴びて、事務所に戻らなきゃ!
 事務所では、ハナコとプロデューサーが二人っきりだし。
 これ以上、ハナコとプロデューサーが仲良くするのは、ちょっと腹が立つ。
 ハナコはうちの子だから。


「ワンワンッ」


 ふふっ、だけど、おかしいよね。


 レッスンルームで目をつぶって、目を開けたら事務所に居る。


 座って、壁に背中をあずけてたはずなのに、寝転がったみたいに視線が低い。


 それに、


「ワンッ」


 声っていうか、鳴き声しか出ない。



「おはよう、ございます」



 プロデューサーって、こんなに大きかったっけ。
 ……って、ちょっと、何?
 手なんか差し出してきて。
 もしかして、起こしてくれようとしてる?


「ワンッ」


 ふーん。まあ、悪くないかな。
 良いからほら、起こしてよ。


 私、ハナコになってる夢見てるんだけど。


 差し出しされた大きな、大きなプロデューサーの手の平。
 その上に、小さく茶色い、見覚えのある前足が乗せられているのを間近で見ながら思った。

887: 2018/04/15(日) 01:00:19.64 ID:A4pEFkIxo
  ・  ・  ・

「――ハッ!」


 ポンッ、とゆるやかな軌道を描きながら、ボールが放り投げられる。
 青い、蒼いそれから私は目を離さずに、全速力で追う。
 ツルツルの床が少し滑って走りにくい。
 だけど、そんなのは……気にしてなんかいられない。


「ハッハッハッハッ!」


 走る、走る、走る、走る。
 振り返らず、前を向いて。
 もう少し、あともうちょっとで前足が届く。
 よし、届いた! って、ちょっと、うまくつかめない!
 もうっ! 咥えた方が早い!


 ――よし!


「……!」


 ボールを口に咥え、全速力で走る。
 ずっと強く、そう、強く。
 あの場所へ、走り出そう。


 ――プロデューサー! ボール、取ってきたから!


 今度は、もっと上手く、もっと早くボール取ってくるから。
 ちゃんと見ててよね。
 もう終わりなんて、言わせないから。


「ワンッ!」


 早く! 早く投げてよ!
 アンタ、私のプロデューサーでしょ!?
 何? あ、撫でてくれるの?
 遠慮しないで、もっとワシャワシャしてくれて良いよ。
 うん、そうそう、そんな感じで頭を全体的に。


「クゥーン」


 ……わふーん、まあ、悪くないかな。
 あ、別に、もうちょっと撫でてくれても良いから。
 って、ちょっと待って、反対の手でボール投げようとしてない?
 困るんだけど、そういうの、本当に困る。


「それっ」


 ちょっと! ボール投げたら、撫で、な、あ、ボール、あっ、あっ――



「ワンッ!」



 ――あははははっ!
 何なの!? たっ、た、楽しい! 楽しい楽しい! なんで!?
 ボール! あっ、ボール! プロデューサー! ボール!

888: 2018/04/15(日) 01:26:29.58 ID:A4pEFkIxo
  ・  ・  ・

「プフッ!」


 優しく撫でてくれてると思ったら、鼻をくすぐられクシャミが出た。
 それに驚いたのか、プロデューサーの手の動きがピタリと止まる。
 吠えて抗議をしようと思ったけど、まあ、良いかな。
 大きな声で鳴いたら、驚かせちゃうだろうし。


「……」


 プロデューサーは、仕事を中断して私と遊んでくれた。
 今は、ボール遊びにも飽きたから、ソファーで二人でまったり。
 体が斜めになる位深くソファーに座ったプロデューサーの上半身。
 今の、ハナコの体の私には、寝そべるのに丁度良い広さ。


「……」


 優しく、頭から背中までを何度も撫でられる。
 それがとても、とても気持ち良くて、眠ってしまいそうになる。
 まあ、寝ちゃっても良いのかな。
 夢の中で寝たら、どうなるんだろ。


「……」


 プロデューサー、いい匂いがする。
 他の皆はどう思うか知らないけど、私、この匂い好きかな。
 ハナコの体だからかも知れないけど、うん、悪くない。
 ああ、もしかして、ハナコがプロデューサーに懐いてた理由って、これかも。


「クァ~ッ……!」


 大口を開けてアクビなんて、普段はしない。
 だけど、まあ、今の私はハナコだから、気にしない。
 うん、今、とっても幸せなのも、体がハナコだからだよね。
 私がプロデューサーにこうしたいわけじゃないから。


「……おやすみなさい」


 低く、優しい声がかけられる。


 なんとなく、だけど。
 このまま目をつぶって眠りに落ちたら、夢から覚める気がする。
 だから、このまま寝てしまおう。
 レッスンの途中だったし、それに……うん、十分楽しんだから。


 だって、本当の私は、犬――ハナコじゃないから。
 プロデューサーの担当する、アイドル――渋谷凛だから。


 ガチャリ!


 夢の中で眠りに落ちる直前、事務所のドアが勢いよく開いた。
 だけど、瞼はもう閉じ、眠りに落ちるのは、止まらない。



「大変だよ! しぶりんが、レッスンルームでオシッコ撒き散らした!」



 ……どうか、夢でありますように。



おわり

889: 2018/04/15(日) 01:46:08.21 ID:4u6e0ppEO
あーもう滅茶苦茶だよ(怒り

890: 2018/04/15(日) 01:50:35.03 ID:IHSnH9rn0
だいなしwww

891: 2018/04/15(日) 02:01:09.69 ID:XocniMlno
心分裂かと思ったけど入れ替わりだったか

892: 2018/04/15(日) 02:34:06.50 ID:ILeY495Zo

いい夢だと思ったら最後でいつもの調子に戻ってしまったww

898: 2018/04/15(日) 10:44:35.64 ID:LTouRNZB0
おつ きれいに終わる流れなのに なぜなのか

903: 2018/04/15(日) 18:47:21.82 ID:se/nJJZ90
わふーんで草生えた

引用元: 武内P「クローネの皆さんに挨拶を」