1: 2017/03/27(月) 21:57:38.83 ID:K106Oxs8.net
#闇の中。


沈みゆく夕陽は、数分もすれば地平線の向こう側へと消えてしまうのでしょう。

天井近くの小窓から差し込む光は段々と弱くなり、世界は輪郭を失い始めています。

「見えなくなってきたね」

「……そうね」

濃密になってゆく暗がりの中で、私と彼女は、人知れず閉じ込められていました。
2: 2017/03/27(月) 21:58:26.61 ID:K106Oxs8.net



「にこちゃん、ごめんね」

「いいっていってるのに。あんたもしつこいわねぇ」

どうして、こんなことになったのか。理由は簡単。私がやりました。

もちろんわざとやったわけじゃありません。事故でこうなったのです。だから彼女だって怒っていません。

いつものように、『仕方ないわねー』の一言と、『私は今、不機嫌です』といった表情をするだけでした。

(その時には既に薄暗かったので、よく見えてはいませんでしたが。きっとしていたに違いありません)

「まあ、そのうちあいつらの誰かが不審に思って探しに来るでしょ」

気だるそうな言葉の後に、ポフンという音が響く。

きっと、折りたたまれたマットにでも勢い良く腰掛けたのでしょう。

3: 2017/03/27(月) 21:59:30.46 ID:K106Oxs8.net
「ねえ、ことり。今何時くらいかわかる?」

「え、と。さっき体育館の時計を見た時は、四時半ちょっと前だったかな?」

「ふーん。……ってことは、あと最低でも三十分くらいはここにいるわけね」

つい先程―――といっても一時間以上前のことですが―――を思い出します。

今日のミーティング中、近々行われるライブに必要な道具が足りないという問題が発覚しました。

専門店でレンタルしようとするには割高になってしまうから、学院内から代用品になりそうなものを見つけようという部長(彼女のことです)の一言で、音ノ木坂学院捜索隊が結成されました。

(割高と彼女はいっていますが、本当は使える予算がないだけです。μ'sはいつでもギリギリなのです)

そして家探しならぬ学院探しをすることが決まった後、まず始めに行われたのはクジ引きによるチーム分けでした。

(こういうのはだいたい穂乃果ちゃんが提案します。今回もそうでした。何をするにしても楽しく、というのが穂乃果ちゃんらしいです)

4: 2017/03/27(月) 22:00:17.74 ID:K106Oxs8.net
にこちゃん『私のクジ、いちごの絵が描いてるんだけど。私と組むの誰?』

わたし『あ、私だよ』

控えめに挙手した左手に感じる、何とも言えない視線。良いとも悪いとも思っていない、そういう温度の表情。

自分のクジ―――彼女と同じくいちごの絵が描いてある―――を見せても、彼女はニコりとも笑わない。努めて、ニコニコと笑いかけてみる。

わたし『よろしくね、にこちゃん』

にこちゃん『邪魔すんじゃないわよ』

しかし私の笑顔の甲斐も虚しく、ふいっと顔を逸らされてしまいました。

彼女の対応は素っ気ないにも程があるけれど、大抵のメンバーに対してはこんな感じなので気にしないとします。

(気にし始めたらドツボにはまってしまうのが目に見えています)

5: 2017/03/27(月) 22:02:04.96 ID:K106Oxs8.net
とにかくチーム分けが決まった、その後のことですが。

それぞれの捜索場所を決めることになって、私たちは体育館を任されることに。

そして、一旦解散―――となりそうになったところで、『重要なことをいい忘れてた』という部長による、捜索の約束事が発表されました。

にこちゃん『いい?よく聞きなさいよ?特に凛と穂乃果は、耳かっぽじって聞いときなさい!』

にこちゃん『約束は三つ!一つ、午後五時まで捜索したら部室に集合!二つ、サボらないこと!三つ!……。えー、以上!解散!』

凛ちゃん『その三はどうしたんだにゃ?』

海未ちゃん『……にこのことですから、きっと何も考えてなかったんでしょう』

希ちゃん『勢いだけで話しだすからそうなるんよ?』

真姫ちゃん『バカジャナイノ』

にこちゃん『あー!うるさいうるさい!ほら、いったいった!』

わたし『あはは……』

6: 2017/03/27(月) 22:02:39.97 ID:K106Oxs8.net
―――という事情で私たちはここにいるので、みんなが私達が部室に戻らないことを不審に思うのは午後五時を過ぎてからだろうということです。

この薄暗い体育館倉庫の中で、最低でも三十分。下手をすればもっと。

私達の行き先はみんな知っているので、そう遅くならないと思いますが。

「くちゅんっ」

「ちょっと……。風邪ひかないでよ?」

「うん……」

しかし悪いことは重なるもので、倉庫の中は思った以上に寒さが厳しく、長袖のジャージを着ているだけではつらいです。

運動でもして体を温めようにも、足元がろくに見えないところで無闇に動くのは危険です。

私に出来るのは、自分の膝を抱きしめて、ただただ我慢することだけでした。

7: 2017/03/27(月) 22:03:23.12 ID:K106Oxs8.net



倉庫の中に入った当初は、窓から入る光と扉の外から入る光で、室内をハッキリと見渡せていました。

そんな状況だったので、私も彼女も気にすることなく奥の方へと入っていって、探しものをはじめました。

にこちゃん『なーんもないわねぇ。ことり、そっちはどう?』

わたし『こっちもなにもないよ~』

にこちゃん『最初から体育館には期待してなかったとはいえ。ほんとになんもないわね』

背中合わせに愚痴めいた言葉をぽつぽつと交わしながら、10分ほどたった頃。

なんとなしに後ろを振り返ると、そこには無防備な背中を見せる彼女の姿がありました。

(背後に気を配る様子はまったくありません。音を立てて近づいてみても、こちらを見ようともしません)

(希ちゃんや凛ちゃんがいるときは、背後からの悪戯を警戒して、すぐに振り向くのですが。私は信用されているのでしょうか?)

8: 2017/03/27(月) 22:04:22.25 ID:K106Oxs8.net
その背を眺めていて、私はふと思ってしまったのです。

もしもここで私が悪戯をしてみたら、ファッションや衣装のことを語り合うだけではなく、もっと深いことを話し合える関係になれるかもしれない、などと。

(希ちゃんや凛ちゃんにあって、私にないものが手に入る。それは悪魔のささやきでした)

(後から考えても、私と彼女の関係に不満も不足もなかったはずなのに。魔が差したという事なんでしょう)

にこちゃん『うーん、ちょうどいいサイズがないのよね~』

彼女の言葉を聞き流しながら、悪戯を考えはじめていました。一体どんなものにしよう。……例えば、こんなのはどうだろう。

何も言わずに急に扉を閉じる。薄暗くなった空間に驚く彼女。そこですかさず、『てへへ、ごめんねにこちゃん。びっくりした?』という私。

『もー、何すんのよ、ばか』と笑う彼女に、こつんと頭を叩かれて―――という展開で、さらに仲良くなる私達。完璧です。

あまりに可愛らしく、本当に意味のある悪戯なのかと自分でも思うけれど、それくらいが限界だったのです。

(結局、すべて妄想に終わりました。にこちゃんが最初に驚いたのはうるさく締まった扉に対してで、その次は転んで尻餅をついている私にでした)

(まさか、足元に綱引き用の綱が落ちていて、それに引っかかるなんて……。ことりの下暗しです)

救いようのない理由で悪戯を始めた私は、足に縄が絡まりバランスを崩し、目の前の扉に思わず掴まるものの、それでもどうにもならずに転んでしまったのでした。

9: 2017/03/27(月) 22:05:04.18 ID:K106Oxs8.net
わたし『あいたた……』

盛大に騒音を撒き散らしながら、掴まった勢いで扉を閉め切ってしまった倉庫の中。

薄暗くなってしまったけれど、この時にはまだ小窓から差し込む光がなんとか中を照らしていました。

にこちゃん『ちょっ!大丈夫?痛いところない?』

彼女は足元に気をつけながら、そろそろと近寄ってきて、ぺたぺたと私の体を触って怪我がないかを確認しています。

にこちゃん『んー、平気そうね。たくもー、大事なライブが控えてるんだから気をつけなさいよね』

わたし『えへへ……、ごめんね』

とりあえずは体に問題がないことがわかって安心したのでしょう。間近に来た彼女はクシャッと笑いながらそういいました。

私はその彼女の冗談めかした笑顔に、悪戯しようとして転倒したことを打ち明けるのを躊躇ってしまいました。

(この時はまだ、外に出られないことに気がついていなかったこともあり、少しばかり悪いことをした程度に思っていました)

(もしも気がついていたのなら、すぐに謝っていたことでしょう)

この判断が後々になって、自分の背中に重く重くのしかかってくるとも知らずに、私は脳天気にも彼女へ感謝の笑顔をみせていました。

わたし『ありがとう、にこちゃん♪』

にこちゃん『どーいたしましてにこ~』

11: 2017/03/27(月) 22:08:21.55 ID:K106Oxs8.net


気がついたのは、それから数分後のこと。

少しばかり談笑してから、『そろそろ開けましょうか』と彼女が扉を開こうとしたところ、まったく動かなくなっていることが判明しました。

最初は彼女の『……ドアが動かない』という言葉を冗談だと思って、『あはは、もー!にこちゃん、驚かさないでよぉ~』と、自分も驚かせようとしたことを棚に上げて笑っていたのです。

(それに加えて、悪戯は失敗したけれど冗談を言い合える良い空気にできた、と一人で満足していました)

にこちゃん『マジで』

そこでようやく、彼女が真顔であることに気がついたのです。背中に嫌な汗が浮かびました。

12: 2017/03/27(月) 22:09:06.89 ID:K106Oxs8.net
立ち上がり、自分も扉を開こうと試みて、まったく動かないことを確認。

同様に焦っている彼女と協力して、一緒に扉をスライドさせようと力を入れて、得られたのは扉に何かしらが引っかかっているような感覚。

ほんの数ミリだけ動いて、それ以上は動く気配はなし。

勢い良く扉を閉めたことによる衝撃により、何らかの物体が扉の溝に倒れかかり、ぴったりハマってしまったのかもしれません。

倉庫に入る前、扉の横にモップが立て掛けられていたのを見かけていたので、たぶん、それが上手い具合に挟まってしまっていたのでしょう。

(どうしてそんなところにモップが?という謎は、永遠に解かれることはないと思われます)

とにかく大声で助けを求めてみるものの、反応はなし。完全に閉じ込められています。

13: 2017/03/27(月) 22:10:38.00 ID:K106Oxs8.net
にこちゃん『まずいわよね、これ』

わたし『……とってもまずいと思う』

にこちゃん『携帯、もってきてないし……。ことりは?』

わたし『私も持ってきてない……』

他の部活動は既に終了していたり、外で活動していたりで体育館には誰もいません。今日はもう誰もこないと思われます。

携帯で連絡しようにも、探し物中に制服が汚れてはいけないと体操服に着替えた時に一緒に置いてきてしまっています。

にこちゃん『どうしようかしらね……』

しばらく倉庫の中を調べてみたものの、私達の力でどうにか出来そうなものは何一つとしてありません。

その事実に、さしもの彼女も打ちひしがれているようでした。声から力が抜けています。

(私が扉をあんな風に閉めさえしなければ、こんなことには……)

14: 2017/03/27(月) 22:11:25.27 ID:K106Oxs8.net
そうです。こんな状況になったのは、私のせいなのです。すぐさま謝らなければいけない立場なのに、何を彼女をぼうっと見つめているのでしょう。

今すぐ謝ろう。そう決めて、彼女をまっすぐと見据える。『どうしたの?』と見つめ返してきた彼女に、おずおずと切り出す。

『ごめんね。私のせいで……』

『……ああ。まあ、そうね。文句無しにあんたのせいだけど、そんなに気にしてないわ。誰だって転ぶことくらいあるでしょ』

『でも―――』

『だからいいっていってるでしょ。別に怪我もしてないし。……まあ、そんなに叱ってほしいなら外に出れてからね』

15: 2017/03/27(月) 22:13:12.34 ID:K106Oxs8.net
軽い口調ではあったけれど、はっきりとそう断言されてしまって、それを覆してまで言う気にはなれませんでした。

表情がよく見えなかったけれど、彼女は大体本音で話す人なので、実際に大して気にしていないのでしょう。

(わざわざ、この状況で雰囲気を悪くすることもないとも思ったのです。外に出てから本当の原因を伝え、叱ってもらうことにしましょう)

そこまで考えて、はたと気がつきました。彼女の表情がよく見えなくなっている、ということは―――

わたし『ねえ、にこちゃん。……倉庫の中、暗くなっていってない?」

季節は冬。時は既には夕刻。光源は小窓からだけ入ってくる分だけ。そしてそれは、傾きつつある夕陽の光。

にこちゃん『……そうみたいね』

闇が、迫ってくる。

16: 2017/03/27(月) 22:15:00.06 ID:K106Oxs8.net



そして、現在。寒さに震えながら、ひたすら時が経つのを待っています。

(本当は彼女とお話でもしたいところですが、この状況を引き起こした私から話を切り出すのは気分的に難しかったのです)

「くちゅんっ」

「またクシャミしてるし」

「だってぇ、ここ寒いから……」

ぐじぐじと泣き言をいっていたら、なにやらモゾモゾと動く気配がします。彼女がなにかしているようです。

「ことり、ちょっとこっちきてくれる?」

「?、うん」

倉庫内の荷物配置の記憶を辿りながら、闇を探るように一歩また一歩と、輪郭が薄っすらとだけ見える彼女のほうへと近づいていきます。

17: 2017/03/27(月) 22:16:04.53 ID:K106Oxs8.net
「ひゃっ」

じわじわと歩みを進めていると、ふいにお腹をグニュウと触られた感覚が走りました。

「あ、ごめん」

「ううん、だいじょうぶだよ……」

彼女がこちらに伸ばしていた手にぶつかってしまったようです。驚きましたが、この暗さでは仕方ありません。

「ここ、マットあるから座りなさいよ。私の隣ね。近くにいれば多少は暖かくなるでしょ」

「に、にこちゃん……!」

「私も寒いんだから早くして」

「うんっ」

突き放すようにな物の言いかたと反するような、その内容。私のことを気遣ってくれています。

喜び勇んで、とにかく今すぐ座ろうとマットの在り処を手で探っていると、マットなんて目じゃないくらい柔らかいものに触れました。

19: 2017/03/27(月) 22:18:45.25 ID:K106Oxs8.net
「ちょっと。それ、にこのふとももなんですけど」

「ごめんね!暗くてみえなくて!本当にごめんね!」

「……いや、別にそこまで謝らなくてもいいわよ。ていうか、まず座ってよ」

「はい……」

テンパる私に呆れる声。シュンとうなだれながらも、大体の場所は把握したのでスムーズに座ることができました。

しかし、私が勝手に思っているだけかもしれませんが、少しばかり気まずい空気が生まれています。

せっかく肩を並べているのですから、もっと明るい雰囲気で居たいところ。なにか話題はないかなあと考えていると、彼女が口火を切りました。

20: 2017/03/27(月) 22:19:48.31 ID:K106Oxs8.net
「思ったより暖かくならないわね」

確かに。実は私もそう感じていました。

ですが、せっかく提案してくれたことにケチをつけるようなことは言えませんし、なにより重要なのは気持ちだと思っています。

「私は、にこちゃんが近くにいるっていうだけで暖かい気持ちに―――、」

「そういうのいいから。普通に寒い」

「あ、うん。そうだね」

本当に苦しいときに必要なのは、気持ちよりも実際の効能。現実は非情なのです。

だけれど事実は小説より奇なりともいうもので、起きないようなことが起きるのも、また現実。

なんと彼女は唐突に私の腰に手を回し、体を密着させてきたのです。

21: 2017/03/27(月) 22:20:34.36 ID:K106Oxs8.net
「わわっ」

「うーん。まあまあ、あったかいかな。合格」

「……もう」

急接近に驚き顔を赤くする私を一顧だにせず、彼女は私の体で暖を取って、たんたんと評価を口にしています。

行動に移す前に一言いってくれたらなあと思いますが、私も彼女のぬくもりに暖められているので強くはいえません。でも、やっぱり強引な人です。

「にこちゃんもあったかいよ」

「ふふん。当たり前でしょ」

彼女に倣って感想を口にすると、ぶっきらぼうに返事がありました。

その言葉の端々から、いつもの自信満々な笑顔を浮かべているのだろうと容易に推測できて、思わずクスクスと笑ってしまいます。

22: 2017/03/27(月) 22:21:37.19 ID:K106Oxs8.net
「なに笑ってんのよ」

「ンン。えへへ、なんでもないよ」

「ふーん?……ま、いいけど」

お互いに言葉が途切れ、何をいうでもなく相手の熱に浸る時間がゆるゆると過ぎてゆきます。

静けさに気まずさを感じることなく、私も彼女も、時の流れに身を任せます。

「……」

「……」

しばらくして、沈黙を破ったのは彼女でした。ポツリと零すように話しはじめました。

「なんかさ、こういうシチュエーションって特別感があるわよね」

その声は弾んでいます。この状況を楽しんでいるのでしょうか。

「でも、暗いし寒いし、良いことないよ」

ハァー。そんな溜息が聞こえてきたかと思うと、痛くない程度の肘が脇腹にとんできました。

23: 2017/03/27(月) 22:22:58.68 ID:K106Oxs8.net
「あんたって結構ネガティブよね」

「そうかな……」

「逆に考えなさい。こういうときじゃないと出来ないことが出来る、とか」

「そんなことあるかなぁ?」

「あるわよ。例えば、普段はくっついたりしない二人が、寒さでくっついちゃうとかね」

考えなくても、その二人とは私達のこと。

あえて間接的な表現をしているということは、実は彼女も、今の状況が恥ずかしいのかもしれません。

(でも、だとすると、その恥ずかしさを押して体を引き寄せてくれたわけですから、なおさら嬉しいですね)

「ほんとだ。にこちゃんのいうとおり、特別感あるね」

「でしょ?」

寒さで体の距離が縮まるのならば、暗さは心の距離を縮めるのかもしれないね。

なーんていうと、彼女から調子に乗るなと小突かれてしまうでしょうか。浮かれ気分は自重です。

「んふふ♪」

「まーた笑ってるし」

しかし、勝手に飛び出てしまう嬉しさはどうしようもないので、許して欲しいです。

24: 2017/03/27(月) 22:24:52.69 ID:K106Oxs8.net



「だーれもこないわね……」

「だねー」

たゆたうような時の流れの中で、寄り添う彼女の温度に意識の大部分を割きながら、時折愚痴めいた言葉を交わす。

誰かこないかなあと薄ぼんやりと思いつつも、こうやって彼女と二人で静かにお話できるなら、それもいいかもと思ったりもします。

「んあー!もう座ってるのも疲れた!」

ついに座っていることにすら我慢できなくなった彼女は、ごろんとマットに体を放り出し、寝転がりました。

同時に触れ合っている部分が大幅に減り、急激に寒さがやってきています。今まで暖かかった分、余計に寒いです。

「にこちゃん、さむいよ。起きて」

「んー……、やだ」

「ことり、風邪ひいちゃうよ?」

「それはダメ。ひかないで」

「ええっ」

私のことを気遣ってくれていた彼女はどこへ行ってしまったのでしょう。今となっては面倒くさそうに返事をするのみです。

気まぐれで本当に困りますね。とにかく、起きてもらうために彼女の体をゆっさゆっさと揺らしてみます。

25: 2017/03/27(月) 22:26:22.59 ID:K106Oxs8.net
「にーこーちゃんっ」

「うっさいわね……」

「だってぇ」

「あんたも寝ればいいでしょ」

「……えぅ」

私だって、彼女と同じように寝転がってくっつけば、問題が解決することはわかっていました。

だけど、一緒に寝そべるなんて(マットの上とはいえ)恥ずかしいじゃないですか。あえて言わずにいたことをアッサリと口にしないで欲しいです。

「なになに?照れてんの?あんたって、むしろ喜んでやりそうなタイプだと思ってたけど」

そんなの、幼馴染の穂乃果ちゃんと海未ちゃんにだけです。

年下の一年生の子たちならまだしも、年上となると甘えているような感じがして恥ずかしさが勝ります。特に彼女が相手だとなおさらです。

「……テレテナイヨ?」

「プクク。ばればれだっつーの」

何がそんなに嬉しいのか、厭らしく笑う声が聴こえて思わず身震い。ああ、いやだなあ。絶対にからかわれます。

(きっと彼女は蛙を見つけた蛇のような、凄く悪い顔をしているのでしょう。ニタァって感じのやつです)

28: 2017/03/27(月) 22:29:44.85 ID:K106Oxs8.net
「うりうり。はやくこっちきなさいよっ。寒いんでしょ~?」

「やめてよぉ~」

寝っ転がりながら体を適当にツンツンとつついてくる彼女に、為す術もなくされるがまま。

肩から脇腹からお尻から、どこに当たろうがお構いなし。こそばゆいこと、このうえなしです。

「もぉー、ことりだって怒るよっ」

私だって怒る時は怒るのです。忍耐力にも限度があるのですから、しつこく嫌がらせを受けていては当然です。

(強気で勝ち気な彼女のことですから、弱気な私が怒るわけがないと舐めているのかもしれませんが)

「出来るもんならやってみなさいよ、ふっふふーん♪」

ツンツクするのをやめる気配もなく、挑発までしてくる始末。あまりの仕打ちに私の中の野生が目覚めました。

彼女のお望み通りに一緒に寝転がってさしあげましょう。ただし、寝転がる先はマットの上ではなく彼女の上です。

私の怒りを察知される前に、一息にごろんと転がる。ぐえっと蛙が潰れるような声がしたのは気のせいではないでしょう。

29: 2017/03/27(月) 22:31:05.53 ID:K106Oxs8.net
「なにすんのよぉー!」

「にこちゃん、あったかい♪」

「話をきけ!」

「やだよぉ~」

ベシベシとお腹を叩いてくる彼女の肩に、頭をグリグリと押し付けて抵抗。

「ちょっ、あばれんな、わぷっ、髪の毛が口に入るでしょうがっ」

「えへへ~♪」

「こんのぉ!」

「あははは!くすぐらないで!にこちゃんってば!」

わちゃわちゃしているうちにお互いにちょっかいをかけあうのが楽しくなってきて、夢中でいろんな悪戯を繰り広げる。

やったらやりかえされて、やられたらやりかえす。次第に当初の理由も忘れ果て、暗闇の攻防は二人の息が上がるまで続きました。

そして、マット上に乱れた姿で転がる二人の呼吸が整い始めた頃、ようやく求めていた声が聞こえてきたのです。

『おーいっ!ことりちゃーん!にこちゃーん!いるー!?』

30: 2017/03/27(月) 22:31:53.21 ID:K106Oxs8.net



「ことりちゃん、大丈夫だった?にこちゃんに何かされてない?」

「ぬぁ~んで、私が何かした前提なのよっ!」

「だって、にこちゃんじゃん」

「そうやねえ、にこっちならとりあえずでことりちゃんに八つ当たりしそうやし」

「やりそうにゃ~」

「あんたたちねーっ!」

救出されて外に出た途端、声をかける間もなく彼女は穂乃果ちゃんたちにからかわれて追いかけっこを始めました。

ぎゃあぎゃあと騒ぎながら、逃げ惑う三人を追いかける彼女はしかめっ面で笑っています。

31: 2017/03/27(月) 22:32:35.30 ID:K106Oxs8.net
「ことり、本当に大丈夫でしたか?倉庫の中は寒かったでしょう」

「しかも真っ暗だったのでしょう……。想像もしたくないわね」

純粋に心配そうな海未ちゃんと、倉庫の暗さ加減に近づいてすら来なかった絵里ちゃんが体を震わせています。

その様子を呆れながらみている真姫ちゃんが、口を開きました。

「過剰に怖がる絵里は置いといて。血色も良さそうだし大丈夫でしょ」

「そうだよねぇ。中は意外と寒くなかったとか、なのかな?私が行った美術準備室はとっても寒かったけど……」

花陽ちゃんが真姫ちゃんに同意しながら、質問をとばしてきます。

その疑問は純粋に不思議だったから聞いているのでしょう。なんて答えたものでしょうか。

32: 2017/03/27(月) 22:33:39.32 ID:K106Oxs8.net
「そーんなの決まってるよ!」

ぴょこんと私の後ろから穂乃果ちゃんが登場。

追いかけられているのに大丈夫なのかなあと思ったら、彼女は今、凛ちゃんを追いかけるのに忙しいようで、その間に休憩中のようです。

「暗くて、寒くて、動けない!これはもはや遭難だよねっ!ということは~?」

アホらしいと思っている顔を隠さない真姫ちゃん以外が喉をゴクリと鳴らして、穂乃果ちゃんの言葉を待つ。

「―――体を使って暖めあったんだよ!」

「そんなの……ハレンチです!」

「なんてこと……!さすがにこね!」

「ふわぁ……!」

33: 2017/03/27(月) 22:35:52.64 ID:K106Oxs8.net
くねくねと自分の体を抱きしめながらふざける穂乃果ちゃんに、いつもの海未ちゃんと、お馴染みの絵里ちゃんに、ピュアな花陽ちゃんの反応。

とはいえ、みんな本気で言っているわけではなかったのでしょうから、本来なら、『あはは~、そんなわけないよ~』と軽く流して、なあんだとみんなと笑うところだったのでしょう。

しかし、倉庫の中での出来事を自慢したいという気持ちと、外に出るなり彼女をからかい取った穂乃果ちゃんへの小さな反発心が、私にハニカミながら頷くだけという意味ありげな仕草をとらせたのです。

「な、なんちゃって~……、だよね、ことりちゃん?」

固まった笑顔で確認してくる穂乃果ちゃんに、まさかね、嘘でしょうという表情の絵里ちゃんたち。

本当のことをいってしまっても別に問題はありません。ただ、それはなんだか面白くないと思う自分がいたのです。

34: 2017/03/27(月) 22:38:14.45 ID:K106Oxs8.net
「ごめんね。二人だけの、秘密なんだ……えへへ♪」

ふるふると震えだす穂乃果ちゃんたち。ああ、きっと、これで彼女はみんなに問い詰められることになるのでしょう。

しかも、そこで事実を語っても、私の思わせぶりな態度のせいで誰にも信用されないのです。可哀想な彼女です。

(心の中で先に謝っておこうと思います。ごめんね。えへ。許してね)

「に、に、にこちゃああん!見損なったよ!!」

「にこー!!!」

ロケットのように飛び出していく二人の背中を見送りながら、何か言いたげな周囲の視線を受け流す。

そして、みんなに見えないところで、私は一人、ほくそ笑んだのでした。

35: 2017/03/27(月) 22:38:50.53 ID:K106Oxs8.net
(真実は、闇の中)


#闇の中。 おわり

37: 2017/03/27(月) 22:40:34.05 ID:qb8trsE7.net
有能なたこやき

38: 2017/03/27(月) 22:47:48.79 ID:K106Oxs8.net
ことことにこにこ

40: 2017/03/27(月) 22:57:45.82 ID:UYrEbD9s.net
|c||^.-^||b

41: 2017/03/28(火) 00:21:44.25 ID:+Cec3euq.net

いい雰囲気だった

引用元: 【SS】 闇の中。