54: 2018/04/19(木) 22:14:30.43 ID:CE55PfWWo

56: 2018/04/19(木) 22:43:49.71 ID:QifNUJyno

「――ん?」


 車のドアを開けて外に出たら、違和感を感じた。
 どこが、って聞かれたら困るんだけど、何かが、おかしい。
 道行く人とか、景色とか……とにかく、絶対変!
 うまく説明出来ないんだけど――


 ――ここに私が居るのは間違い。


 そんな気がしてならない。


「ねえ、卯月」


 後ろを振り返り、続いて車から出てくるだろう卯月に声をかける。
 卯月なら、私の言いたいこと、わかってくれると思う。
 未央は……どうかな、なんだか気付かなさそう。


「……えっ?」


 だけど、結果的に私の声は誰にも届かなかった。
 だって、後ろを振り返ったら、卯月も、未央も、そして、乗ってきた車さえも。


 まるで、最初からそこに居なかったかのように、綺麗さっぱり消えていたから。


 私だけを降ろして、プロデューサーが車を発進させた?
 ううん、有り得ない。
 あのプロデューサーに限って、そんな悪戯は絶対にしない、断言出来る。


「何なの……!?」


 急いで、携帯を取り出す――……圏外。
 有り得ない、こんな渋谷の街中で。
 っていうか、車を降りる少し前まで電波は通じてたのに、そんなのある?
 あっ、もしかして、Wi-Fiが悪さをしてるとか? うん、それかも。


「……」


 色々と、携帯の設定画面をいじってみるけど、電波は圏外のまま変わらない。
 暖かくなってきたとは言っても、まだ、ちょっと寒いと思う気温。
 それなのに、汗が止まらない。
 LIVE前に緊張して汗をかく事はあるけど、それとは違う、とても嫌な汗。


「……」


 何一つ変化のない携帯を見るのをやめ、顔をあげる。
 そこで、違和感の正体に、一つ気付いた。


 ――誰も、私を見てないんだ。


 普段、街を歩いた時は、誰かしらがアイドルの私に気付き、遠巻きに見てくる。
 今は、その視線を全く感じず、私はただの普通の女子高生――普通の存在と認識されてる。


「……何なの、この状況」


 私のつぶやきは、街の喧騒に簡単に飲み込まれていった。

58: 2018/04/19(木) 23:09:11.37 ID:QifNUJyno
  ・  ・  ・

「……」


 遭難した時やはぐれた時は、その場を動かない方が良い。
 そういうの、どこかで聞いた事がある。
 こんな街中でそれを実行するなんて、思ってもみなかったけど。
 ああ、でも、昔はコンクリートジャングルなんて言葉があったんだよね、確か。


「……」


 ガードレールに軽く腰掛けながら、通り過ぎていく人の姿を眺める。
 そこにも違和感があるのに、それが何なのかは、今ひとつわからない。
 数分毎にチラチラと携帯を見てみるけど、変化は無し。


 ねえ……皆、どこに行ったの?


 ねえ……私、どこに来たの?


「……」


 ここは渋谷の街だけど、私の知ってる場所じゃない。
 顔をあげて、ビルの看板を眺めて、それがハッキリとわかった。


 だって、私達の……346プロダクションのアイドルの看板が、一つも無いから。


 美嘉の、大人っぽいけど、凄く似合ってるファッションブランドの看板も無い。
 楓さんの、物凄くご機嫌そうに笑ってる、変に神秘的なビールの看板も無い。


「……」


 携帯で時間を確認してみると、もうすぐお昼を回る所だった。
 物凄く長い時間ここに居たと思ったのに、まだ、三十分しか経ってない。
 だけど、三十分。
 卯月や未央、それに、プロデューサーが三十分も私を放り出して置くなんて、有り得ない。


「……」


 後ろを振り返っても、やっぱり車は居ない。
 こんな事になるなら、お財布、持って出れば良かった。
 ……ううん、こんな事になるなんて、誰にも予想出来ないよね。
 そして、こんな時、どうしたら良いかわかる人なんて、居ないと思う。


「……」


 プロデューサーが言っていたビルの看板を見上げる。
 車の中で、その看板を未央と卯月と三人で見て歓声を上げて、笑い合った。
 私達、ニュージェネレーションズの、新曲の宣伝をする看板だし、無理ないよね。
 だけど、それが今では遠い昔の事のように感じる。


「……昔じゃないか」


 それは、十年以上先に起こる、未来の話。
 同じアイドルだけど、看板に写っているのは、私が小さい頃に流行っていたアイドルだった。
 あの人、将来女優になるんですよって言ったら、誰か信じるかな。

60: 2018/04/19(木) 23:34:35.85 ID:QifNUJyno

「……」


 何か、行動をしなくちゃいけないとは思う。
 でもさ、一体、どこへ行けばいいの? 何すればいいの?
 全然、わからない。
 考えてはみるけど、それを否定する考えが、すぐに浮かんでしまう。


「……見ててって、言ったのに」


 ここに居ないプロデューサーに文句を言う。
 プロデューサー、今頃、どうしてるんだろ。
 急に私が居なくなって、焦ってるのかな。
 未央や卯月は、きっと、慌ててるに違いない。


「っ……!」


 唇を噛み締め、涙をこらえる。
 今ここで涙を一粒でも零してしまったら、もう、耐えられない。
 私はこの状況を受け入れる事が出来ずに、崩れてしまう。
 だから、必氏に、必氏に考えないようにする。


 皆のことを考えたら、泣きわめいてしまうだろうから。



「……うえっ……ぐすっ……!」



 聞こえるのは、泣き声。
 耳に飛び込んでくる音の中でも、私の耳は、その声を一際鮮明に拾い上げている。
 その泣き声から伝わってくるのは、二つ。


 一人になってしまったという、不安。


 これからどうなってしまうかわからない、恐怖。


 どちらも、まるで、今の私の心を代弁するかのような、感情の発露。
 その泣き声の主を誰も助けようとしない。
 見えているのに、見えいないかのように、ただ、通り過ぎていく。
 仕方ないのかも知れないけど――


 ――今の私は、それがとても悲しい事だとわかる。


「お母さんと、はぐれちゃったのかな?」


 そんな悲しい思いをするのは、駄目だよね。
 私だって、泣きそうになる位だもん。


 今、私が私のために出来る事はわからない。


 だけど、この目の前で泣いている小さな子のためには何か出来る。


「ひっく……ぐすっ……!」


 ……と、思ったんだけど。
 さて……どうしよう?

64: 2018/04/20(金) 00:14:06.97 ID:V1dr6Dvpo

「うっく……ううっ……!」


 泣いている子の前にしゃがみ込み、目線の高さを合わせる。
 こうすると良いって言う、よね? だよね?
 手で目元をこすっているけど、大きな瞳からは涙がどんどんこぼれ落ちている。
 こんなに小さいのに、大声で泣かないなんて……凄いね。


「ママぁ……パパぁ……!」


 涙と鼻水でグシャグシャになった、小さな女の子。
 耳まで真っ赤になる程、泣いている。
 肩の所で切りそろえられたフワフワの髪。
 服装も、ピンクでとっても可愛らしい感じ。


「そっか、パパとママとはぐれちゃったんだ」


 それなのに歩き回らないのって、そういう風に教えられてるからだよね。
 私も知ってたんだけど、この場合は仕方ないと思う。
 だって、放っておくなんて、出来なかったから。


「ううう~っ……!」


 私の言葉を聞いて、その子は、今までよりも大きな声で泣き出した。
 人から言われて、今の自分の状態をハッキリと認識したんだと思う。
 その声は、通行人の目を引くのに十分だったようで、
通り過ぎて行く人達が、私達に視線を向けながら歩き去っていくのがわかる。


「ごっ、ごめんね! お姉ちゃん、変な事言って!」


 本当なら、この子の方が歳上――になる――なんだろうけど、今は違う。
 今この子は、一人ぼっちで不安な、小さな女の子。
 頼りないだろうけど、今、この子には頼れる人間が私しかいない。
 それなのに、余計に泣かせちゃってどうするの、もう!


「えっと、えっと……!?」


 どうしたら良いの!?
 とりあえず、泣き止んで貰わないと!
 そのために、私に、出来る事――


 ――ある。



「ね、ねえ! お歌は、好き!?」



 お願い!


「うっく……ひっく……!」


 迷子の迷子の、小さな女の子。
 その子が泣きながらも、小さく、コクリと頷いてくれた。
 これは、泣き止ませるだけじゃ、いけないよね。


「だったら、見てて」


 ――笑顔にしないと。

65: 2018/04/20(金) 00:44:45.27 ID:V1dr6Dvpo

「どこが良いかな」


 辺りを見回す。
 この子から、目を離さずに居られる場所。
 この子から、目を離させずに居られる場所。


「――あった」


 立ち上がり、その場所を見る。
 そこは、少し高くなっている、植え込みの縁。
 あそこだったら、お互い見失わずに済む。
 もしも人が集まってきちゃったら、この子のパパもママも、見つけにくいだろうし。
 だから、歌うなら少し離れないと。


「……!?」


 小さな手が、スカートを掴んでいる。
 きっと、私もどこかへ行って、また完全に一人になるのが不安なんだと思う。
 でもね、大丈夫。
 ちゃんと見てるから。


「お姉ちゃんの歌、聞いて欲しいんだ。凄く、得意なんだよ?」


 そう言って、笑いかける。
 頭を撫でてあげると、フワフワの髪の毛の感触が心地良い。
 自分の髪質も嫌いじゃないけど、こういう、少しパーマがかかった髪も、ちょっと憧れる。
 ふふっ、そう言ったら、パーマをかけるなんて駄目って皆に言われたっけ。


「……そうなの?」


 周りの人が笑っていると、自然と、自分も笑顔になれる。
 今、この子は私の笑顔に釣られて、少しの間だけ、泣くことを忘れてる。
 だけど、いつまた悲しい気持ちが襲ってきて、涙が溢れるかわからない。


「うん、そうなの」


 だから、それと同じくらい、楽しい気持ちにさせてあげたい。
 涙を乗り越えるだけの、笑顔にさせたい。



「アイドルだから」



 小さく、あいどる、と繰り返すその様子が可愛くて、また、笑う。
 そのお返しじゃないけど、私に歌える、最高の歌をこの子に贈ろう。
 頭をポンポンと撫でると、小さな手が、離れた。
 よし、植え込みの縁――ステージに向かおう。


「よっ、と」


 向かうと言っても、すぐ近くなんだけどね。
 ソロステージだし、掛け声はなくても良かった。
 飛び乗った時に、少し乱れた髪をかきあげながら、ゆっくり振り向く。
 何かか始めるのか、厄介事じゃなければ良いと語る、沢山の見知らぬ目。


 だけど、あの子は、期待に目を輝かせている。


「……ふーん」


 まあ、悪くないかな。

66: 2018/04/20(金) 01:13:39.43 ID:V1dr6Dvpo
  ・  ・  ・

「――……ふぅ」


 歌え終わい、小さく息を吐く。
 私の周辺だけ、街の喧騒から切り離されたかのような、静寂に包まれていた。


 直後、歓声。


 最初は奇異の視線で見ていた人達も、今では、笑顔で拍手を送ってくれている。
 ああ、やっぱり、アイドルって良いな。
 いつでも……そう、いつでも、世界が輝いて見えるようになるなんて、思ってもみなかった。


「……ふふっ」


 どうやら、楽しんでもらえたみたい。
 涙でグシャグシャだった顔は、今はもう、どこにも無い。
 私の視線の先には、キラキラと輝く、素敵な笑顔があった。
 笑いながら、ブンブンと手を振るあの子に、小さく手を振って応える。


「ぶいっ♪」


 その笑顔が、私のよく知る人物を思い起こさせ、こうさせた。
 こういう事をするタイプじゃないんだけど、こうするのが正解な気がして。
 ……それにしても、なんだか似てるな。
 泣いてたし、髪型も違うから最初は思わなかったけど、あの子――


「居たっ!」


 女の人の、大きな声が響いた。
 なんだか聞き覚えのあるその声の出処を探そうと、周囲を見渡す。
 えっ、ちょっと待って。
 まさか、もしかして――


「ママッ! パパッ!」


 弾けるような笑顔が、私の頭に思い描いた人物と、ハッキリと重なった。
 ねえ、まさか――


「――う、わっ!?」


 動揺した私の足は、植え込みの狭い縁から、気づかぬ内にはみ出していた。
 視界が、やけにゆっくりと空の方へ向いていくのを感じる。
 せっかく格好いい所を見せたのに、最後に転ぶって、なくない?
 あ、大丈夫みたい……こっち、見てない。


「――っ!」


 目を離さないでって、言わないで良かった。
 言ってたら、私の、こんな格好悪い失敗を見せちゃう所だったから。
 あー、でも……まあ、キラキラしてたでしょ?


「そう思うよね?」


 ねえ――

67: 2018/04/20(金) 01:49:29.66 ID:V1dr6Dvpo
  ・  ・  ・

「――卯月」
「はいっ?」


 とても近くから反応があった。
 何故か、それが、とても嬉しいことだと、そう思える。
 その嬉しさの届け主の方へ、チラリと視線を向ける。
 そこには、いつもの、笑顔があった。


「……」


 小首を傾げるその仕草が、とっても女の子らしい。


「あの……凛ちゃん? もしかして、寝ぼけてます?」


 いつの間にか、寝てたみたい。
 二つのプロジェクトを掛け持ちで、疲れてるのかも。
 そうじゃなかったら、最後の最後であんなミスしなかったのに。
 ……って、ミス?


 そんなの、した覚え――無い。


「……」


 だけど、とんでもなく格好悪いミスをした気がする。
 全然記憶に無いのに、なんで?


「凛ちゃんでも、寝ぼけたりするんですね」
「……それくらい、するよ? もう、卯月は私を何だと思ってるの」


 楽しそうに笑う卯月に、なんとか反論する。


「はいっ♪ 凛ちゃんは、とっても素敵でキラキラしてて、私の憧れなんです♪」


 何言ってるの、もう。
 卯月は、昔から……覚えてない位小さい頃から、アイドルに憧れてたんでしょ。
 同じグループのメンバーなのに、私に憧れてどうするの。


「卯月が憧れてるのは、アイドルでしょ」
「でも、凛ちゃんもアイドルです!」
「それは卯月もでしょ」
「えへへ……そうでした♪」


 卯月の笑顔なら、泣いた子供も見ただけで一発かも。
 ……あれ? 何か、今――



「――んがっ!? あっ、あれ?」



 未央が、体を思いっきりビクリと震わせ、シートに座りながら、跳ねた。
 そんなのを見せられた私と卯月は、顔を見合わせ、笑った。


「しまむー……しぶりん……?」


 そんなに笑う事かって?
 何故かわからないけど、妙に笑いたい気分なんだよね。



おわり

68: 2018/04/20(金) 01:53:19.93 ID:V1dr6Dvpo
少し不思議でした、明日暗いの書きます
寝ます
おやすみなさい

引用元: 武内P「あだ名を考えてきました」