488: 2018/05/05(土) 23:08:17.39 ID:zxc9kiaGo

「あー、夜風が気持ちいいー♪」


 少し冷たい風が、火照った頬を冷ましてくれる。
 けれど、フワフワとした足取りは、止まらない。
 私、痩せすぎかと思っていたけど……今は、まるで羽のよう。
 ブーツのカカトを振りながら、ステップ……ステップ。


「ふふっ♪」


 道路に敷き詰められてるタイルの線。
 それを踏まないように、ぴょんと跳びながら進む。
 小さい頃に、横断歩道の白い所だけしか踏まないと、決めながら渡ったっけ。
 あら? そういえば、ついこの前もやったかしら?


「よっ……ほっ……」


 けれど、私が今挑戦してるのは、黒いタイルだけを渡るゲーム。
 頑張れば届く距離って、出来ないと、なんだか悔しくありませんか?
 一つ、二つ、黒いタイルを渡っていく。
 踏み外したら、そうね……海に、ボチャンって落ちちゃうの。


「……」


 次の黒いタイルは、ちょっとだけ、遠い。
 頑張れば届くかも知れないけれど、とっても微妙な距離。
 スニーカーだったら不安は無いけど、今日はブーツなのよね……。
 ふふっ、ブーツだと、跳ぶー辛い……かしら、うふふっ!


「……ふっ」


 少し上がっていた呼吸を整える。
 さっきまでのを練習と思えば、本番は、きっと上手くいくはずだわ。
 黒いタイルを睨みつける。
 けれど、黒いタイルは、当然のように私に反応する事なく、ほんの少しも動かない。


 ――申し訳、ありません。


 ほんの数時間前の事だけど、ハッキリと覚えてるわ。
 右手を首筋にやりながら、困っている、彼の顔。
 確かに、貴方はとっても忙しい、プロデューサーさんですもの。
 急にお仕事が入る事なんて、珍しくはないんでしょうね。


「……約束したのに」


 とっても美味しいお酒に、お料理のお店だったんですよ。
 食には関心があるだなんて言ってたから、お誘いしたのに。
 急なキャンセルも申し訳ないし、代わりを探すの……は、すぐ見つかったわね。
 それに、予約してるとも……言ってなかったかしら?


「……」


 いいえ、これも全部、あの人が悪いんです。
 子供みたいな事を言ってるとは思いますが……それでも、彼が悪いの。


 今日は、こどもの日。


「――とうっ!」


 ちょっとしたワガママくらい、許される日でしょう?
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(12) アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場 (電撃コミックスEX)
489: 2018/05/05(土) 23:40:19.39 ID:zxc9kiaGo
  ・  ・  ・

「……」


 公園脇の植え込みの端。
 腰掛けるには、丁度いい高さ。
 風が、サワサワと木々を揺らす音が聞こえる。
 街頭の明かりが、少し前方の歩道を明るく照らしている。


「……馬鹿」


 宙に浮かぶ何かを蹴るように、右足を軽く振る。
 なんてことのない動作なのに、ズキリと痛みが走る。
 ……足をくじいちゃった。
 こんな事になるなら、子どもじみた真似、しなければ良かったわ。


「……」


 すっかり、酔いも覚めてしまった。
 痛みが落ち着いたら、移動して、タクシーを拾わなくちゃ。
 明日も痛むようだったら、ダンスレッスンはお休みして……。
 それから、それから――……。


「……」


 祝日って、嬉しい日だと思うの。
 それなのに、その日の最後が、こんな悲しい気持ちで終わるなんて。
 勿論、お仕事が嫌だとか、そういう事じゃないのよ。
 ただ……そう、ただ、悲しくて――寂しい。


 これも、全部あの人のせい。


 次に会った時に、文句を言ってやらなきゃ、気が済まないわ!



「……高垣さん?」



 低い、とっても低い声。
 いつの間にか下を向いていた私の視線は、その声に吸い込まれた。
 黒い革靴、スラックス、スーツ、ワイシャツ、ネクタイ。
 街灯のスポットライトに照らされたそれは、見慣れているのに、


「すみません……遅く、なりました」


 とても、輝いて見えた。
 左手には、鞄だけでなく、白いコンビニの袋が下げられている。
 そして、右手は……首筋に。


「……」


 貴方を待っていたわけじゃ、ありません。
 ただ、ちょっとだけ、休んでいただけなんですよ。
 ……ああ、そうだわ、文句を言ってやるんだった。
 ええと、こういう時は……。


「いいえ、今来た所ですから」


 ふふっ、咄嗟に常套句が出るなんて、上等……違う、文句を言うの!

490: 2018/05/06(日) 00:06:44.65 ID:v3SmJyH4o
  ・  ・  ・

「……ふぅ」


 渡された暖かいお茶を飲み、一息つく。
 思ったよりも体が冷えていたようで、ちょっと驚いた。
 足の痛みも引いてきたし、これなら、明日のダンスレッスンも問題なさそうね。
 ……良かった。
 酔っ払っての失敗だとわかったら、お酒を控えるよう言われちゃうもの。


「飲み終わったら、移動しましょう」


 隣に――と言っても、離れた位置に座る彼が言う。
 手を伸ばせば、ギリギリ届くか届かないかの、微妙な距離。
 これが、私と彼の距離。
 プロデューサーとアイドルの、適切な距離。


「はい。すみません……ここまでしていただいて」


 頭を下げ、謝罪の言葉を述べる。


 彼は、私を探してくれていたのだ。
 お店を出た後、気がついたら居なくなっていた私を気にかけた瑞樹さんから連絡を受けて。
 これじゃ、本当に子供扱いじゃないですか。
 いくらはしゃいでたとは言え、私だっておかしな失敗は……やっぱり、瑞樹さんって凄いわ。


「いえ……私のせいだと、川島さんに叱られてしまいました」


 そう言って、彼は右手を首筋にやって、困った顔をする。
 この人のせいだって叱るなんて……私、彼女に何を言ったのかしら。
 何か、文句を言っていた気がするけど、ええと……?


「貴方のせい、ですか」


 でも、瑞樹さんがそう言ったなら、きっと、貴方のせいで間違いありません。
 だったら、文句の一つ位言っても、


「だったら――」


 構わないですよね。


「――おんぶ、してください」


 そう言って、両手を彼の方に差し出す。
 そんな私を見て、彼は目を見開いて、ふふっ、驚いてるわ。


「あっ、いえ、しかし! その、まだ……足が痛むのでしょうか?」


 これは、ただのワガママです。
 文句もワガママも、そう、変わらないと思うんです。
 変わらないなら、どちらを言っても、同じだと思いませんか?


「はい♪」


 こどもの日の最後に伝えた、私の子供のようなワガママ。
 そして、公園の大きな時計の針が、十二時を過ぎたのを静かに告げていた。
 ひっそりと、誰にも知られること無く、シンデレラの魔法が溶けた。

491: 2018/05/06(日) 00:39:12.42 ID:v3SmJyH4o
  ・  ・  ・

「……本当に、通りに出るまでですからね」


 しゃがみながら、彼はボソボソと低い声で話しかけてくる。
 あくまでも拒否する彼を説き伏せるのは、案外簡単だった。
 彼は色々と考えたようだが、ため息を一つつき、この体勢になったのだ。
 ふふっ、ベターな判断ですけど、ベタベタまではしませんから、うふふっ!


「は~い♪」


 彼の鞄を左手に持ちながら、右手を上げて返事をする。
 中には色々な資料が詰まっているのか、かなり、重い。
 だけど、おんぶしてもらうんだから、これくらいは持たなくっちゃね。


 貴方は私の担当じゃないけれど。
 それでも、アイドルとプロデューサーは助け合うものですから。


「失礼しま~す♪」


 とっても大きな背中に、体を預ける。
 予想以上に温かかった背中に手を当て、ふふっ、暖を取っちゃおうかしら。
 少ししっとりとした感じがするのは、私を探すために走ってくれたから?
 もしもそうなら、ありがとう、って言わないと。


「あの……高垣さん」


 何とも言えない、言いにくいそうな調子の、彼の声。
 もしかして……今になって、おんぶはしませんとでも言うつもりですか?
 まあ、何てこと!
 だとしたら、貴方のその後頭部の寝癖をえいっと引っ張っちゃいますよ!


「その体勢では……おぶれませんので、その」


 言われて、気付く。
 さっきまでの私、彼の背中にピタリと張り付いてただけじゃないの!
 慌てて、彼の背中を滑るようにして、頭の高さを合わせる。
 それから――


「……」


 ――それ……か、ら。
 え、っと……腕を回さなきゃいけない、のよ、ね。
 彼の背中から、ぎゅっと抱き着くように……ように、じゃなく、抱き着くのよね。
 ふふっ、落ちないように、きつく、抱き着くの、うふふっ!


「……!?」


 彼に、抱き着くの!? 後ろから!?
 それは、ええと……大丈夫、なのかしら!?
 ああ、でも、彼が通りに出るまでは、って判断したのだし……。
 大丈夫なのだろうけれど……!


「……高垣さん?」


 もう! どうして貴方は、そんなに平然としていられるの!?

492: 2018/05/06(日) 01:15:08.31 ID:v3SmJyH4o

「は、い……!」


 ああ、どうして、おんぶしてください、なんて言っちゃったのかしら!
 私も、もう子供じゃないのだし……。
 もう! この人は、どうしてしっかりと拒否してくれなかったの?
 駄目な事を言い聞かせるのが、大人の仕事でしょう!


「……」


 彼は前を向き、こちらを振り返らない。
 まるで、私に後ろから抱き着かれるのなんて、何でもない事みたいですね。
 意識して欲しい、とは言いませんけれど、ちょっとムッとしちゃいます。
 それって、私に魅力が無いって言ってるように感じます。


「……失礼します」


 失礼しちゃうわ!
 私、モデルの経験もあって、それに、今もアイドルで……自信が無くは無かったんです。
 それなのに、この反応。
 本当に……仕事のことしか、頭に無い人なんですね。


「……」


 彼の首に両腕を回し、輪を作る。
 その輪の真ん中には、猫の鈴の様に、鞄がぶら下がっている。
 右の首筋に、ちょこんと、少しだけ顎を乗せる。
 私の脚の後ろで、彼が私のそれよりも大きな輪を作り、座る場所を作ってくれた。


「……立ち上がります」


 ゆっくりと、視界が高くなっていく。
 私も背が高い方だけれど、彼に比べれば、全然だったのね。
 いつもより高い視界は、いつもより遠くを見通す事が出来る。
 それはきっと、子供ならばおおはしゃぎする、そんな景色。


「……」


 けれど、私の目が捉えていたのは、別のものだった。
 いつもより近い距離の、いつもより間近で見る、彼の後ろ姿、後頭部――真っ赤な、耳。
 ねえ、貴方の耳って、こんなに真っ赤だったかしら?
 あまり記憶に無いのだけれど、聞いたら、答えてくれますか?


「……ふふっ!」


 なんて、気を抜いたら、質問攻めしちゃいそうだわ!
 もう、こどもの日は終わったんだから。
 だから、今は大人しくおんぶされててあげます。
 偉いと、思いませんか?
 褒められたら、私、とっても喜んじゃいますよ?


「んっ」


 また、勝手に質問を始めそうだった口を塞ぐ。
 その感触に、彼はビクリと体を震わせた。


 ふふっ! 貴方は、今、どんな顔をしてるのかしら?



おわり

496: 2018/05/06(日) 03:42:50.69 ID:9XAIlGPK0
おつー よかった 武楓よかった でも武内Pをバシバシはたく楓さんも好き

引用元: 武内P「あだ名を考えてきました」