725: 2018/05/14(月) 23:54:17.72 ID:8AIsauqto

「最近、お疲れみたいですね」


 シンデレラプロジェクトの朝のミーティングが終わり、解散した後。
 私は、一人だけ残り、プロデューサーさんに声をかけた。
 それと言うのも、プロデューサーさんったら、とっても疲れた顔をしてるんだもの。
 最初の頃は、無表情だと思ってたけれど、最近では、些細な変化にも気付くようになっていた。


「そう……見えるでしょうか?」


 右手を首筋にやって、キョトンとした顔で聞き返された。
 感情、そして、表情がわかるようになって思ったんだけど、
プロデューサーさんって、しっかりしてるように見えて抜けてる所もあるのよね。
 リーダーとして、そういう部分にも気をつけていきたい。


「はい。顔が、二割増でこわ~く見えちゃいます」


 冗談交じりに、指摘していく。
 こんな風に話せる日が来るなんて、考えもしなかった。
 プロデューサーとアイドルと言っても、お仕事だけの関係。
 歳だって、私はまだ成人してもいない、十九歳。
 プロデューサーさんとは、一つ、二つ……ええ、考えてみると、大分違うもの。


「それは……困りましたね」


 だけど、プロジェクトのメンバーの中では、私がこの人に一番近い。
 年齢だけじゃなく、プロデューサーと、プロジェクトのリーダーという立場も。
 だからこそ、私が、しっかりしなくちゃいけないと思うの。
 ……って、そう思って、大きな失敗をしちゃったんだけれど、ね。


「今日の午前中は、私のお仕事に同行してくれる予定でしたよね?」


 あの時は、本当に悔しかった。
 今でも、ああしていれば、こうしていればと、思い出すと後悔が溢れてくる。
 けれど、あの時流した涙の分だけ、他の子達じゃ気づけ無い部分も見えると思うの。
 その一つが、誰か無理をしてないか、って事。


「私は大丈夫ですから、午前中はゆっくりしててください!」


 人差し指を立てて、プロデューサーさんに言う。
 目をつぶってて表情は見えないけれど、声の調子が焦ってるから、わかる。
 自分は大丈夫だ、貴女の仕事を見るのが務めだ、って、色々言ってるわね。
 ふふっ、まるで、言い訳をしてる時のウチの弟にそっくりですよ?


「ダーメーでーすっ!」


 今度は、ビシリと指をつきつける。
 人を指で指すのはちょっと行儀が悪いけれど、この場合は仕方ないわよね。
 だって、ワガママを言って聞き分けのないプロデューサーさんは、
こうでもしないと、無理をし続けちゃうもの。


「良いですね?」


 ニッコリと笑って、確認する。


「……はい」


 うなだれた大型犬みたいで、ふふっ、ちょっと可愛いかも。
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(12) アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場 (電撃コミックスEX)
726: 2018/05/15(火) 00:20:18.03 ID:Os0wGS56o
  ・  ・  ・

「う~ん……ちょっと買いすぎちゃったかも」


 右手に下げたビニール袋は、大きく膨れていた。
 中身の数々は全て、お疲れのプロデューサーさんへの差し入れ。
 余計なお世話かも知れないけれど、何もしないのもスッキリしないものね。
 これで、プロデューサーさんが元気になれば良いんだけど。


「……」


 プロデューサーさんは、すぐ、無理をしてしまう。
 私は、そんなあの人の姿を見ていられない。
 無表情な仮面の下に、その無理を隠して、誰にも見せようとしないから。
 自分では気付いているのに、それを無視しようとするんだもの。


「……」


 私は、それがちょっぴり許せない。
 わかっていうのなら、どうして、自分の声なのに聞き入れようとしないのか。
 もしも、あの時、私も熱を出して倒れてしまうと自分でわかっていれば……。
 そんな風に、思ってしまうから。


「……」


 私とプロデューサーさんは、似ている。
 他の誰かに言ったら笑われちゃうかもしれないけど、私は、自分ではそう思っている。
 だからこそ、思うの。


 誰かのために頑張るのは、とっても素敵な事。


 だけど、そのために無理をして、取り返しのつかない事になったら?


 ……その後悔は、きっと、消えない傷跡になって残ってしまう。
 それをバネにして頑張れるだけのモノが、私にはあった。
 支えてくれるアーニャちゃんに、シンデレラプロジェクトの皆。
 ちひろさんに、それに、他の部署のお友達に、勿論家族に……プロデューサーさんも。


「……」


 だけど、やっぱり傷は消えないの。
 ずっと自分の中に残り続けて、その傷は、叫び続ける。


 ――どうして、あの時。


 ……って。


「……」


 だから私は、その叫び声に、大きな声で歌い返してあげるんです。
 もう、あんな悲しい涙を流さないために。


 プロデューサーがさんが倒れたら、泣く人は、大勢居るんですよ?


 その中に、私も含まれてるんですから。

727: 2018/05/15(火) 00:44:22.88 ID:Os0wGS56o

「……」


 シンデレラプロジェクトは、若い、十代の女の子たちで構成されている。
 だからかも知れないけれど、プロデューサーさんをとっても信頼している。
 私のその内の一人だけど、皆とは、少し違う。
 それは、メンバーの中で、私があの人に一番年齢が近いから、思えること。


 ――プロデューサーさんも、普通の男の人。


 小さい頃って、大人はとっても凄くて、大きく見えたわ。
 些細なことじゃ泣かないし、怒らないし、早く自分も大人になりたいと憧れた。
 そんな、皆から見て大人な、プロデューサーさん。


「……」


 コンコン、と、ドアをノックする。
 返事が無いけれど……どこかに出かけてるのかしら?


「……」


 背が大きくて、顔がちょっぴり怖くて、無口で、そして、とても誠実。
 プロデューサーさんは、そんな、普通の男の人なのだ。
 無理をしすぎれば、それは当然のように自分に跳ね返ってくる。
 それに耐えられるような、スーパーマンじゃない。


「――失礼します」


 ガチャリ、と、ドアを開ける。
 居た。
 デスクに座って……なるほど、ヘッドホンで何かを聞いてたから、気付かなかったのね。
 邪魔にならないように、テーブルの上に差し入れだけ置いて出たほうが良いかな。


「……」


 大人になるって、年齢を重ねるって、何でも出来るようになる事じゃない。
 色々な経験をして、それを積み重ねて、出来る事を増やしていくだけ。
 だから、当然出来ない事もあるし、経験を活かせない場合もある。
 プロデューサーさんは、なまじ体が丈夫だから、無理をして倒れた事が無いのかも。


「……」


 だけど、私にはその経験が、ある。
 自分の限界を越えて、ベッドの上で涙を流した事が、ある。
 立つべき……立ちたいステージに上がれなかった事が、ある。


 ――プロデューサーさんには、あんな思いはさせませんから。


 そう思える程度には、私は、大人ですから。

728: 2018/05/15(火) 01:10:02.77 ID:Os0wGS56o

「……」


 テーブルに置いた袋が、ガサリと音をたてる。
 けれど、プロデューサーさんはそれにも気付かないほど、耳元に集中してるみたい。
 目をつむり、少しうつむき加減で、聞き入っているように見える。
 もう! それじゃあ、一緒に来なくて良いって言った意味が無いじゃないですか!


「……もう」


 小さな声でつぶやき、苦笑する。
 本当に、大きな子供みたいなんですから。
 そう言ったら……ふふっ、どんな反応をするのかしら。
 やっぱり、右手を首筋にやって、困った顔を――



「――良い、笑顔です」



 ――するのかしら……って。


「気付いてたんですか?」


 てっきり、目をつぶったままで、まるで反応しないから気付いてないとばっかり思ってました。
 プロデューサーさん、気付いてたんなら何か言ってくれれば良かったのに。
 私、一人でお仕事に行って、差し入れも持ってきたんですよ?
 それなのに、今の今まで何も言わないのって、あんまり褒められた事じゃないと思います。


「……プロデューサーさん?」


 問いかけに対して、返事が……反応が無い。
 プロデューサーさんなら、聞けば何かしらの反応を返してくれるのが普通なのに。
 見ても、部屋に入った時と同じ姿勢で、微動だにしていない。
 あの……もしかして今の、


「寝言、ですか?」


 反応は……やっぱり無い。
 もしかして私、とっても珍しい場面に遭遇してるんじゃないかしら。
 だって、プロデューサーさんがうたた寝をしてる所なんて、想像すらしてなかったもの。
 ふふっ、だけど……寝てても、やっぱり‘笑顔’なんですね。


「……」


 寝ているとわかり、改めてプロデューサーさんを見る。
 そうやって意識すると、いつもよりも表情が穏やかで……うん、安らかな寝顔に見えるわ。


「……」


 プロデューサーさんを起こさないように、そっと近づいていく。
 だって、気になるんです。
 プロデューサーさんは、どんな音楽を聞いて、そんなに安らいでいるのか。
 何を思い描いて、いい笑顔です、と、言葉を零してしまったのか。


 大人だったら、そのまま立ち去るべき?


「……ふふっ」


 そうしない程度の好奇心を忘れない程度には、私って子供なんです。

729: 2018/05/15(火) 01:48:46.91 ID:Os0wGS56o
  ・  ・  ・

「――新田さん」


 午後のダンスレッスンが終わり、プロジェクトルームへ向かう途中、声をかけられた。
 その、低い声に、クールダウンも完全に終わり、落ち着いたはずの心臓が、跳ねる。
 この鼓動の高鳴りは、突然声をかけられて驚いたからじゃ、無い。
 胸に手を当てて確認してみると、ドクリドクリと、自分でも驚く位。


「はい」


 振り返り、声の主を見る。
 無表情に見えるその顔を見て、また一つ、鼓動のテンポが上がった気がする。


 私、今、ちゃんと笑顔が出来てるかしら?


「午前中の仕事、そして、レッスン、お疲れ様でした」


 他愛のないやり取りをしてるだけなのに、ドキドキしちゃう。
 胸が苦しいと思うのに、嬉しくて、心地良い。


 こんな経験、初めて。


「差し入れまでしていただいて……ありがとう、ございます」


 笑顔。


 プロデューサーさんが、笑顔を見せた。
 その笑顔の力はとっても強くて、抗いがたい衝動を突き動かされそうになる。


「はいっ♪ しっかり栄養を取って、元気になってくださいね?」


 だけど、私はアイドルで、この人はプロデューサー。
 衝動のままに行動するのがいけない事だとわかってしまう程度には、私は子供じゃない。
 シンデレラプロジェクトのリーダーとしての、責任もある。
 何よりも、皆と一緒に歩んでいる今が……とても大切だから。


「……はい」


 だから、私は、しっかりしなくちゃいけない。
 信頼されるリーダーとして、お姉さんとして、時には我慢をしなければいけない。
 大切な今を守るために。
 けれど、この思いを簡単に捨ててしまえる程度には、私は大人じゃない。


 この思いの結末がどうなるかは、わからない。
 けれど、後悔しないように、然るべき時には、一歩を踏み出そう。


 思い出した時に、穏やかで、安らかな笑顔が出来る――『Memories』になるように。


「しかし、その……ですね」


 そのために、これからも――



「中身が、あの、精力剤や……その類のサプリばかりと言うのは、あの……」



 美波、いきますっ♪



おわり

730: 2018/05/15(火) 01:54:51.90 ID:qvrasWAoO

オチでワロタ

731: 2018/05/15(火) 02:22:57.49 ID:VSchNo/oo

最後まで綺麗にいられないのがミナミィたるゆえんよのぅ
精力剤だけならまだなんとかなったのに

732: 2018/05/15(火) 03:03:15.83 ID:mxaSQCb+o
どう反応すりゃいいんだよおおおお

綺麗な文章なのに!ここまでキャラの心情を掘り下げて書けるのに!

なんで通すとクソ笑えるカオスになるんだよ

引用元: 武内P「あだ名を考えてきました」