930: 2018/05/23(水) 00:22:28.30 ID:sCd2XJe5o

 パァンッ、と大きな音がした。


 それは、合宿所の襖が開かれた音。


 現れたのは、本能のままに躍動する、一匹の美しき獣。


「……!?」


 その、何の前触れも無い登場に、シンデレラプロジェクトの二期生達は息を飲む。
 これから、一体何が始まると言うのか。
 誰も、一言も発さない……――いや、発せない。
 落ちる静寂、集まる視線。
 それらを一身に浴び、女は――



「ヘーイ!」



 ――世界は、産声を上げた。


 本来ならば、布団に入って眠る時間。
 にも関わらず、この所業。
 迷惑……ただただ、迷惑。


「フフ……揃いも揃って時差ボケかしら!」


 しかし、女は――世界は、止まる事なく動き続ける。
 部屋の中央こそが私に相応しいと、そこが私のステージだと言うように。


 一歩一歩が、リズミカル。


 女を前にしては、全てがオーディエンスと成り果てる。


「アーハン?」


 呆然とする少女の顎を女の指が――世界の風が駆け抜ける。
 呆けているなど、許されない。
 何故ならば、これから……ここから始まるのだから。


 最高峰の――世界レベルのステージが。


「――カモンッ!」


 漆黒の髪が、舞う。
 美しき肢体が、舞う。
 ミュージックは、無い。


 だが、ここには全てが――世界が、在る。


「……!」


 その姿、あまりにもリズミカル。


 その女、あまりにもダンサブル。
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(12) アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場 (電撃コミックスEX)
931: 2018/05/23(水) 00:44:34.67 ID:sCd2XJe5o

「フフッ……!」


 激しい。
 激しすぎる、腰の動き。
 女は、荒れ狂うタイフーンと化している。


 世界は、最初に破壊を望んだ。


「フウウウゥゥゥ……!」


 女は、一体何を壊そうと言うのか。
 己を見る、シンデレラ達の常識か。
 はたまた、限界という名の防波堤か。


 踊る、踊る、女は踊る。


 軽やかな動き? 否。
 鮮やかな動き? 否。


 世界とは、そのような生易しいものでは、断じて無い。


「ハッ! フッ、ハッ!」


 女は両手を――羽を広げる。
 大空を駆ける鳥のような、その姿。


 ――いや、違う。


「ミュージック、スタート!」


 女は、世界の空を飛んだのだ。
 当然、ミュージックが流れるはずもない。
 時刻は夜、音楽など、流せるはずもない。


 なのに……嗚呼、なのに――!


「聞こえるからしら、陽気なリズムが!」


 シンデレラ達の耳には、届いてくる。


「感じるかしら、世界レベルの熱気を!」


 女は、踊る。
 女は、魅せる。


 此処は、ブラジル。


 リオの、カーニバル。


「フゥ! 熱すぎる? もっとHOTになるわよ!」


 その女、あまりにもダンサブル。

932: 2018/05/23(水) 01:11:36.80 ID:sCd2XJe5o

「カモン……カモンカモンカモンカモンッ!」


 女は、激しく踊りながら、言葉をかける
 女と同じ、世界レベルのステージに来いと。
 女の居る、ブラジルまで飛んで来いと。


「……!」


 年若い少女達は、その誘惑に抗えない。
 それは、悲しきアイドルの性。
 だが、少女たちの顔には、恐れも、後悔も、何一つ存在しない。
 目の前のカーニバルに参加する事しか、頭に無い。


 心臓の鼓動が、リズムを刻む!


 美しき獣に、世界に魅入られたように!


 誰も、彼女達を責められまい。
 誰も、彼女達を止められまい。


 世界レベルを前にして、少女達は止まれない!


 だって、滅茶苦茶楽しそう!



「――ヘーイ!」



 しかし!
 嗚呼、だが、しかし!


 女もまた、止まらない!


 両腕が軌跡を描き、カーニバルから離脱する。


「フフ……一つの国には、長く留まらないわよ?」


 何という言い草!
 しかし、嗚呼、それも仕方のない事。
 誰も、女を――世界を待たせるなど、出来はしないのだ。


「それが、この私!」


 先程までの、激しい動きでは無い。
 エレガント……優雅すぎる程、エレガント。
 指の先から、つま先に至るまで。
 兎にも角にも、エレガント。


「次の国は――」


 少女達が、息を飲む。
 女は、どこの国へ向かったと言うのか。
 ただ、それを聞くために、耳を傾ける。


「――ヨーロッパよ!」


 体が、傾く。
 国では無い――地方だという、ふわっとした答えに!

933: 2018/05/23(水) 01:33:44.20 ID:7AN3WKc0O
さすが世界レベルだぜ

934: 2018/05/23(水) 01:35:13.93 ID:sCd2XJe5o

「……!」


 シンデレラ達は、顔を歪める。
 一体、女はどこの国へと飛んだのか。
 世界は、一体どこへ向かっているのか。


「フフ……! 良い顔つきだわ!」


 挑戦的な、その言葉。
 しかし、女の踊りは、優美で、儚い。
 触れれば手折れてしまいそうな、繊細さ。


 流れるは――ワルツ。


 敷かれた布団の海を三拍子が支配する。
 時に大胆に跳ぶ、寝ている人を踏まない配慮。
 優しい、とても優しい世界。


「欧州の風……肌で感じるわ!」


 そんな訳がない。


 ……そう、頭では思っているのに。
 布団の海上を飛ぶ女から、風が吹き付けてくるのだ。


 ヨーロッパの――世界の風が!


 先程までとは、まるで異なる女の踊り。
 女は、いくつの顔を持っているのか。
 いや、女だからこそ、いくつもの顔を持っているのか。


「フフ……!」


 慈愛に満ちた、聖母の様な微笑み。


 している事は、安眠妨害だと言うのに。
 物凄く、はた迷惑な行動だと言うのに。


 誰も、女を咎めない。
 世界を咎める者など、居はしない。
 それが、世界レベル。



「ヘーイ!」



 それが、この女。
 世界を知り、世界を求め、世界に求められる、この女。
 再び広げたその翼で、次はどこへ向かおうと言うのか。


「次は――北米、メキシコにしようかしら!」


 南米から欧州、そして、次は北米という、あまりにも非効率なそのルート。
 それを躊躇いなく実行に移せるのが、世界レベル。


 嗚呼……あまりにも……ダンサブル!

935: 2018/05/23(水) 02:09:02.73 ID:sCd2XJe5o

「フフ……!」


 女が、笑う。
 その妖艶な笑みに、魅了されぬ者など居ない。


 女は、世界はどこまでも広がっていく。
 次は、メキシコ。
 聞こえるか、マラカスの音が――!


「だけど……今日はここまでにしておこうかしら!」


 何故。


 女に、メンバー達が視線で問いかける。
 嗚呼、しかし、本当にマラカスの音が聞こえない。
 スパイシーな、サルサの香りが漂ってこない。


 代わりに聞こえるのは――彼女達の、曲。


 女は、踊っている。
 彼女達が、舞踏会で披露する曲の振り付けで。


「……!」


 それが、何を意味するのか。
 世界は――女は、語らない。


 だが、女の踊りを見たメンバー達の瞳に、光が宿る。
 隣に目をやると、同じ目をした、仲間達が居る。


 女は――世界は、一つにしたのだ。
 一見バラバラで、まとまりのない、個性達を包み込んで。


 ……その事実が、ただ一つの、真実!



「眠くなったわ!」



 でも無かった。


 女は、何事もなかったかのように自分の布団に入り、目を閉じた。
 世界は、止まらない。
 だが、世界も眠るのだ。


「お先に、夢を見させて貰うわ!」


 その女、あまりにもフリーダム!


「世界を掴む、その時の夢をね!」


 そして、あまりにもダンサブル!


 ミュージックは、寝息とため息……レッツ・スタート!



おわり

引用元: 武内P「あだ名を考えてきました」