147: 2018/05/28(月) 22:50:33.08 ID:qelP7VnGo

「あたしが失踪する理由?」


 失踪する理由かー。
 うーん、ただの趣味、って言っても納得いかない顔してるね、キミ。
 だけど、納得出来ないと、あたしが音を上げるまで聞くタイプでもない、か。
 オッケー! それじゃあ、気まぐれ志希ちゃんがお話してあげよーう!


「あたしが失踪したら、どう思う?」


 腕を後ろで組み、腰を曲げ、上目遣いで見上げながら、言う。
 右手を首筋にやって戸惑ってる姿は、最近では、もう見慣れてきたかにゃ~。
 んっふっふ、困ってる困ってる。
 あたしのもう一つの趣味は、観察。
 その対象としても、キミはとっても興味深い反応をするよねぇ。


「さあさあ、キミはどう思うのかな?」


 どう、思うんだろう。
 あたし達の関係は、あくまでもビジネスだからねん。


 アイドルと、プロデューサー。


 なのに、あたしは、それ以外の関係性から得られる答えを求めてる。
 当然、それはあたしの勘違いって可能性も、ある。
 あたしにだって、わからない事くらいあるのです。
 色々な可能性があるけれど、その、全てが正解で、全てが間違いかも知れない。


 だから、あたしは観察する。


 間違った結果を積み重ねていった結果、駄目になってしまったものがあるから。
 今度は、間違えたくはない。
 そう思う理由すらもわからないのに、おかしな話だよね~、にゃはは!
 おっとと、何か言おうと、口を開きかけてるね。


 さあ、キミは、あたしが失踪してどう思うのかな?


 キミは、あたしが求める答えを導き出してくれるのかな?


「……一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


 右手をおろして、気をつけの姿勢。
 困っていた顔は、一見無表情に見えて誠実な匂いが漂うものに、変化した。
 心の中で、一体どんな化学変化が起こったのかな。
 ま、いいや。


「ん、何ー?」


 ヒントの一つくらいは出してあげようかな。
 頑張ってあたしを見つけたご褒美です、パンパカパーン!



「どう思われたいと……思っていますか?」



 ……わお、鋭い質問をしてくるね。
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(12) アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場 (電撃コミックスEX)
148: 2018/05/28(月) 23:18:42.84 ID:qelP7VnGo

「う~ん、そうだなぁ~……」


 人差し指を頬に当てて、思案する――フリをする。
 答えは出ているけれど、それを導き出す方程式を見せつける。
 風が吹いて、髪がフワリと揺れる、揺れる。
 風上に立っていたあたしの匂いが、あたしの答えを待つ人を包み込む。


「……んふふっ!」


 思わず、笑みがこぼれる。
 副交感神経がリラックス状態になっていると自覚するのは、不思議な感覚。
 この感覚に身を任せて、そのまま消えてしまえればどれだけ幸せなのだろう。
 けれど、人間の体は、そこまで思考に依ったものじゃないんだよねー。


 皆は、あたしを天才――ギフテッドと言う。


 まー、ローティーンで海外で飛び級してるんだから、そうなのかなって思うよ。
 ふつーじゃない、ってやつ。
 でも、それにも程度っていうものがあるんだよね~。


 本当の天才っていうのは、孤独。
 孤高じゃなく、孤独なものだとあたしは考えてる。


 その才能に、周囲の人間はついていけない。
 ついていこうとしても、必ず無理が生じ、致命的な破綻を生む。
 肉体的、精神的、経済的、色々な破綻をね。
 あたしの知ってる一番の天才は、もう、色々とぶっとんでて、ぶっ壊した。


 幸せだった……そんな家庭をものの見事に、ぶっ壊した。


 勿論、それが一人の責任だなんて事は言わないよ。
 だって、ファミリーっていうのは、支え合っていくものらしいからね!
 小さい頃に見たホームドラマの中で言ってたし、それに……ママも言ってたから。



「――内緒♪」



 ママは、ふつーの人だった。
 あ、すっごく美人だったよ? だから、あたしの容姿はママ譲りなので~す! ラッキー!
 でもね、中身はぜーんぜん違うの!
 だってさ、あたしの事を『希望』だって言っちゃうような人だよ? にゃはは!


 あたしには、わかんない。


 どうして、あたしが希望なのか。
 あの時、あたしがもう少し大きかったり、それこそ、ふつーの女の子だったら、わかったのかも。
 けれど、あたしはその時小さかったし、当然のように――ダッドのように、ギフテッドだったから。
 だけどさ、今でもハッキリ思い出せる。


 あたしを『希望』と言った時の、ママの笑顔。
 その時の匂いも、あたしの脳に深く……とっても深く刻み込まれてる。


「――さっ、戻ろっか!」


 あたしは、それを思い出すと、いつものあたしではいられなくなる。

149: 2018/05/28(月) 23:51:59.56 ID:qelP7VnGo
  ・  ・  ・

「……んー」


 マイ研究室で一人、実験ざんま~い!
 アイドルも刺激的だけど、このルーティンワークも無くせない。
 だって、これはあたしが、今まであたしでいた事の証明でもあるし。
 それに何より、イイ匂いでトリップするのも――


「――良いねぇ!」


 鼻孔を甘~い香りが通り抜けていく。
 その香りに体の神経系統を全て委ねるように、寝転がる。
 床にはマットレスが敷かれていて、準備万端! 志希ちゃん天才!
 にゃはは、前にそのまま寝ちゃって、体バッキバキになっちゃってさー。


「……ふぅ」


 どう思われたいと、思ってるか。


 さてさて、あたしはどう思われたいのでしょうか。


 誰に、どう思って欲しいのでしょーう、かっ。


「……」


 なーんてねっ!
 センチメンタリズムは、あたしらしくなーい!
 あたしはロジカルシンキーング! いえーい!


「……」


 ……あー、なんだか変な感じにキマっちゃったかにゃー?
 考えないようにしてる……思わないようにしてるのに。
 思考がどんどん溢れてきて、ふつーなら処理出来なくなるのに。
 あたしの脳は、それを処理しようと稼働して、止まらない。



「ママ……パパ……」



 ああ、口に出してみれば楽になるかと思ったけど、違ったみたい。
 聴覚を刺激して、余計に感情が溢れるのに歯止めがきかなくなる。
 大脳辺縁系が、あたしの心を司る部分が、あたしを苦しめる。


 この匂いは、成功で、失敗。


 目を開けて、視覚を頼りに、足掻く。
 仰向けに寝転がったまま、コンクリート製の天井を見つめる。
 このコンクリートの天井が突然落ちてきて、あたしを押しつぶす確率は?


 ……。


「……あー、飽きちゃった」


 脱出、成功ー!

150: 2018/05/29(火) 00:25:43.25 ID:WvkP/9u0o
  ・  ・  ・

 パパは――ダッドは、孤独。
 孤高じゃなく、孤独。


 にゃはは! ダッドは、それが平気な人なんだよね~!


 ……でも、あたしは違った。
 あたしの当り前は、ダッドと――パパと、ママの三人で居る事だったから。


 あたしが色々な事を出来るようになったら、ママが、偉いね、凄いねって褒めてくれる。
 優しい笑顔を向けてくれて、頭を撫でてくれる。
 それがくすぐったいけど、全然嫌じゃなくて、もっとしてほしいって思って。
 そんなあたし達を見て、パパも、笑ってて。


 ふつーの幸せ。


 あたしは、それを知ってる。
 ワクワクはしないけれど、とっても素敵で、輝いてて、それがずっと続けば良いのにって思ってた。
 ううん、続くと信じて疑わなかったんだよねー。
 きっと、パパもあたしと同じで、そう思ってたんじゃないかな。


 そう思ってたからこそ、こんな風になっちゃったのかなー、って。


 パパは、ママを深く愛してた。
 孤独なあの人が、あーんなにぶっとんだ人が、まるでふつーの人みたいに振る舞うほど。
 二人の間に、どんなラブ・ストーリーがあったかは、知らない。
 だけど、その結果として、あたしが生まれたんだもんね。


 だけど、狂った歯車は崩壊するしかない。


 どれだけ革新的な理論を構築出来る頭でも、それは止められない。
 事実、あたしにもパパにも――ダッドにも、止められなかった。
 あ、ダッドは止めようとはしてなかったかな?
 あたしは全力で抗ってみたけど、所詮は一人の人間、止められなかった。


 孤独な人の隣に立つには、あたしも孤独でなきゃならない。


 子供心にそう考えたあたしは、そうだねぇ……おバカさんでーす! にゃはは!
 だってさ、孤独だったあの人の隣に居たのは、ママだったんだから。
 あたしがやるべきだったのは、娘として、ふつーに甘える事だったんだと、今ならわかる。
 わかるけど、出来るかは別だけどねん!


 だって、あたしもギフテッドだから。


 あたしもダッドも、才能が無かった。


 致命的なまでに、家族の才能が無かった。


 結局、孤独が平気なダッドは、また一人に戻った。
 でも、あたしは一人を知らなかった。
 パパとママとあたしの、三人の、家族で暮らす幸せしか知らなかった。
 だから、必氏でダッドの隣に並ぼうとした。


 結果、孤独が平気なダッドが、一人。
 孤独を寂しいと思うあたしが、一人。
 一人と一人は、二人にはならなかった。

151: 2018/05/29(火) 01:09:12.96 ID:WvkP/9u0o

 あたし自身が、楽しめたってのはラッキーだったかな。
 凄い! 偉い! って褒められるのは、悪い気分じゃなかったしね!
 知らない事を知る、知識を深めていくのも快感だった。


 でも、飽きた。


 あたしが本当に褒めて欲しい人は、見てくれないとわかったから。
 向こうでずっと学び続けても、あたしの孤独は決して埋まらない。
 寂しいと思う事にも慣れたけど、一生、それに付きまとわれる。
 あたしは、そんなのはごめんだったのでーす!


 孤独な人がポツン、ポツンと居るのの――何が楽しいの?


 だから、あたしはダッドから逃げたとも言えるんだよねー。
 諦め、挫折、そんな単純なものじゃなく、わかっちゃったんだ。
 このやり方じゃ、絶対にもとのカタチには戻らない、ってね。
 だから、日本に戻った。


 そして……見つけた。


 すっごくワクワクして、ドキドキする――アイドルっていう道を!
 久しぶりだったよー! 何も使わずにトリップするなんて!
 これってさ、すっごい事なんだよ!


 あたしが――ギフテッドが、夢中になるなんて!


 刺激に溢れてて、わからないことだらけで、出来ないことが沢山あって!
 そりゃあ、またにサボりたくなっちゃうけどさ、にゃはは!
 最初の頃は、あたしならヨユーヨユーなんて思ってたけど、違って。
 それがまた、面白いの!


 そしてさ、言われたんだよね、



 ――見るかも。



 ……って!


 ダッドが、アイドルになったあたしを見るかも知れない。
 可能性としては、ほとんど無いとは思う。


 でも、もしかしたら、もしかするかも。


 ギフテッドのあたしが、夢中になるのがアイドルなんだよ?
 だったらさ、あの人も夢中に……とは言わないまでも、目に留まるかもしれない。
 その時、どんな表情をするのかなー、ってあたしは思うのですよ!


 それが、あたしのやる気の源の一つ。


 あたしの想定外の、希望。
 あっ! そういう意味じゃ、あたし自身が希望とも言えるね!
 ママって、やっぱり凄い! ギフテッドなんて目じゃないよ~!


 だから、あたしは笑う。
 ママと一緒に写った写真の、パパが笑ってと言った、あの時の笑顔で。


 失踪する理由?
 それはねぇ……また今度にしよっか、にゃははは!



おわり

152: 2018/05/29(火) 01:42:01.15 ID:t495r5LUo

153: 2018/05/29(火) 06:06:02.29 ID:Tp4MxUMW0
アイドルやってる子は大体家庭に問題ありそうだよな
発明にやたらこだわる晶葉とか芸能界歴の長いパイセンも心の闇深そう

引用元: 武内P「アイドル達に慕われて困っている?」