626: 2018/06/09(土) 21:18:53.44 ID:fDw+mow0o
「温泉」
温泉の看板を通り過ぎるたび、隣からつぶやきが聞こえてくる。
さすがのあたしでも、これはちょっと……ため息が出るわ。
「いい加減、諦めなさいよね」
ジト目で見ても、こーの25歳児はこっちに目を向けちゃいない。
ま、こうなるとは思ってたんだけどねー。
温泉地でのロケなのに、温泉に入らずに戻るって言うんだから。
「でも、楓ちゃんの気持ちはわかるわ」
助手席に座っていた瑞樹ちゃんがこちらに振り返り、言った。
ちょっと! そういう事言わないでくれる!?
「温泉!」
……ああ、ほら、見なさいよ、この顔。
グルメ番組では見せなかった、キラキラした笑顔をしちゃってまあ!
子供みたいなんだか、年寄りくさいんだかわかりゃしないわ!
あたしの方が歳上だって? タイホされたいの?
「だけど、ダーメ。それに、着替えは置いてきたでしょ?」
シーズンじゃないとは言え、アイドル三人が揃って温泉に行くのは、ちょっと……ね。
言っちゃなんだけど、あたし達って目立つのよ。
飛び込みで行くにしても、迷惑をかけちゃうかもしれないしね。
だから、予約の無い今日は、温泉は無しって決めてたの。
「……用意は、容易にしてたのに」
でも、この子ったら、いざ出発となったら大きなバッグを携えてるんだもの!
あんなに不自然な荷物を持ったままで、出発出来ると思ったのかしら。
警察犬も呆れて昼寝する位バレバレだったわよ、あれ。
現地解散して、一人で温泉に行くつもりだったんでしょうけど、
ほったらかして帰ったら……どうなるかわかったものじゃないしねぇ。
「温泉」
また、温泉の看板を通り過ぎた。
後部座席の窓に、張り付かんばかりに顔を近付け、切なげに外を見る表情。
物憂げ、といえば聞こえは良いけど、そんな大層なものじゃないわ。
駄々をこねてるだけよ、駄々を。
「――足湯ならば、問題無いと……そう、思いますが」
その駄々を聞いちゃうのが、君なのよね。
「「やれやれ」」
瑞樹ちゃんと顔を見合わせ、同時に肩をすくめ、言う。
まあでも、文句を言う気にはならないのよね。
如何なさいますか、って?……はぁ、あまり人が多い所じゃない?
何言ってるのよ、ホント、全くもう!
行くに決まってるでしょ! でないと、タイホしちゃうわよ!
627: 2018/06/09(土) 21:55:59.93 ID:fDw+mow0o
・ ・ ・
「温泉♪ 温泉♪」
ロッカーに靴をしまい、サンダルに履き替える。
その間も、本当に機嫌良さそうな歌声が聞こえてくる。
本当、見た目は大人っぽいのに、こういう所は変に子供っぽいんだから。
でも、浮かれる気持ちもわかるわ。
「足湯って……あたし、もっと小さいのを想像してたわ」
ピッチピチのボディコンに、何の変哲もない備え付けのサンダル。
そんなミスマッチな格好をした早苗ちゃんが、声を弾ませながら言った。
私も、もっとこじんまりした所を想像してたわ。
ちょっと山の方に入ったと思ったら、こんな、足湯のテーマパークみたいな所があるなんて。
「良かったわ。他に、お客さんもあまり居ないようだし」
ロッカールームにも、私達以外の姿は見えない。
足湯のある、園内――で、いいのかしら?――には、まばらに人の姿はあったけど。
これなら、迷惑になるとか、余計な事を気にせずに済みそう。
せっかく温泉に入るのに、気を遣ってちゃ色々と勿体無いからね。
「瑞樹さん、早苗さん」
ニコニコ顔で、楓ちゃんが話しかけてくる。
ホットパンツから伸びる細い足の先には、やっぱり普通のゴムサンダル。
早苗ちゃんが、首をかしげてそちらを見る。
自分の事をお姉さんって言うけど、童顔だし、そういう仕草をすると……ふふっ、可愛いわね。
「何? どうしたの?」
大人なんだけれど、子供のような二人。
そんな、二人と……大切な友達と、寄り道をして、温泉に入る。
これって、とっても贅沢な話だと思うわ。
私達、アイドルにとっては、尚更……ね。
「温泉♪ 温泉♪」
楓ちゃんは、また、シンプルなリズムに合わせて歌いだした。
本当、もう、全く……仕方の無い子ね。
「「温泉♪ 温泉♪」」
私も、歌うわ。
一人だけ大人ぶってるのも、馬鹿馬鹿しいものね!
こういう時は、思いっきり楽しむのが、一番だわ。
ね、そう思うでしょ?
「えっ!? あたしも歌うの!?」
楓ちゃんと手を取り合って、年少組の子達の様に、可愛らしく腕を振る。
温泉、温泉、と歌って、腕を振りながら、早苗ちゃんに近づいて行く。
やらざるを得ないと観念したのか、早苗ちゃんは、私の空いている方の手を取り、
「「「温泉♪ 温泉♪」」」
歌いだした。
少しヤケになってるような気がするけど、わかるわ。
でも、ちょっと楽しくない? これ。
「温泉♪ 温泉♪」
ロッカーに靴をしまい、サンダルに履き替える。
その間も、本当に機嫌良さそうな歌声が聞こえてくる。
本当、見た目は大人っぽいのに、こういう所は変に子供っぽいんだから。
でも、浮かれる気持ちもわかるわ。
「足湯って……あたし、もっと小さいのを想像してたわ」
ピッチピチのボディコンに、何の変哲もない備え付けのサンダル。
そんなミスマッチな格好をした早苗ちゃんが、声を弾ませながら言った。
私も、もっとこじんまりした所を想像してたわ。
ちょっと山の方に入ったと思ったら、こんな、足湯のテーマパークみたいな所があるなんて。
「良かったわ。他に、お客さんもあまり居ないようだし」
ロッカールームにも、私達以外の姿は見えない。
足湯のある、園内――で、いいのかしら?――には、まばらに人の姿はあったけど。
これなら、迷惑になるとか、余計な事を気にせずに済みそう。
せっかく温泉に入るのに、気を遣ってちゃ色々と勿体無いからね。
「瑞樹さん、早苗さん」
ニコニコ顔で、楓ちゃんが話しかけてくる。
ホットパンツから伸びる細い足の先には、やっぱり普通のゴムサンダル。
早苗ちゃんが、首をかしげてそちらを見る。
自分の事をお姉さんって言うけど、童顔だし、そういう仕草をすると……ふふっ、可愛いわね。
「何? どうしたの?」
大人なんだけれど、子供のような二人。
そんな、二人と……大切な友達と、寄り道をして、温泉に入る。
これって、とっても贅沢な話だと思うわ。
私達、アイドルにとっては、尚更……ね。
「温泉♪ 温泉♪」
楓ちゃんは、また、シンプルなリズムに合わせて歌いだした。
本当、もう、全く……仕方の無い子ね。
「「温泉♪ 温泉♪」」
私も、歌うわ。
一人だけ大人ぶってるのも、馬鹿馬鹿しいものね!
こういう時は、思いっきり楽しむのが、一番だわ。
ね、そう思うでしょ?
「えっ!? あたしも歌うの!?」
楓ちゃんと手を取り合って、年少組の子達の様に、可愛らしく腕を振る。
温泉、温泉、と歌って、腕を振りながら、早苗ちゃんに近づいて行く。
やらざるを得ないと観念したのか、早苗ちゃんは、私の空いている方の手を取り、
「「「温泉♪ 温泉♪」」」
歌いだした。
少しヤケになってるような気がするけど、わかるわ。
でも、ちょっと楽しくない? これ。
630: 2018/06/09(土) 22:34:01.28 ID:fDw+mow0o
・ ・ ・
「次は、どこにしようかしら」
サンダルで、ペタペタと歩く。
色々な種類の足湯があって、とっても楽しい。
最初は、瑞樹さん、早苗さんと三人で回ってたの。
でも、今は別行動。
「……」
彼が、スラックスを折り曲げて、腰掛けながら足湯に浸かってる。
そうよね、深めの所だと、濡れちゃうもの。
だから、ああやって浅い所だけを回ってるのかしら。
「……」
本当は、温泉に入る予定じゃなかった。
けれど、彼の提案のおかげで、こうして皆で温泉に入る事が出来ている。
欲を言えば、肩まで浸かって、日本酒を飲みながらが良かったけど、
それは、やっぱり欲張りすぎよね。
「……ふふっ」
急に、隣に座ったら、驚くかしら。
驚いた時に、どんな顔をするのかしら。
「……」
抜き足、差し足、忍び足。
後ろから、音を消してゆっくりと……っと、もう、サンダルは脱いだほうが良さそう。
ペタペタ音がしてたら、気付かれちゃうもの。
……ふふっ! あとは、お湯が波立たないよう、そっと足をお湯に――
「……っ!?」
――入れたら、沢山の小石の感触が足の裏に。
大きさも不揃いな上、中には、ちょっぴり尖った形のもあるみたい。
それが、足の裏をツボをゴリゴリ刺激してくる。
というか、お湯に入れた足に全体重がかかってたから、すごく、
「いっ……いたた……!」
痛いの!
でも、ここからどうしたらいいの!?
せめて……せめて、何かに手をかけられれば――!
「……ふぅ」
咄嗟に、左手を何かにかけ、そのまま、反対の足もお湯に入れる。
両足を入れたから、最初の時程、痛くなく、むしろ、適度な刺激がちょうど良い。
そのまま、腰を下ろし、座る。
「あの……高垣さん……!?」
横を見ると、彼が、右手を首筋……じゃなく、頭に手をやって、こちらを見ている。
「ふふっ! 頭に手をやって、温まってニヤって……うふふっ!」
謝らなきゃと思ったんだけれど……ふふっ!
良い、ダジャレを思いついちゃった!
「次は、どこにしようかしら」
サンダルで、ペタペタと歩く。
色々な種類の足湯があって、とっても楽しい。
最初は、瑞樹さん、早苗さんと三人で回ってたの。
でも、今は別行動。
「……」
彼が、スラックスを折り曲げて、腰掛けながら足湯に浸かってる。
そうよね、深めの所だと、濡れちゃうもの。
だから、ああやって浅い所だけを回ってるのかしら。
「……」
本当は、温泉に入る予定じゃなかった。
けれど、彼の提案のおかげで、こうして皆で温泉に入る事が出来ている。
欲を言えば、肩まで浸かって、日本酒を飲みながらが良かったけど、
それは、やっぱり欲張りすぎよね。
「……ふふっ」
急に、隣に座ったら、驚くかしら。
驚いた時に、どんな顔をするのかしら。
「……」
抜き足、差し足、忍び足。
後ろから、音を消してゆっくりと……っと、もう、サンダルは脱いだほうが良さそう。
ペタペタ音がしてたら、気付かれちゃうもの。
……ふふっ! あとは、お湯が波立たないよう、そっと足をお湯に――
「……っ!?」
――入れたら、沢山の小石の感触が足の裏に。
大きさも不揃いな上、中には、ちょっぴり尖った形のもあるみたい。
それが、足の裏をツボをゴリゴリ刺激してくる。
というか、お湯に入れた足に全体重がかかってたから、すごく、
「いっ……いたた……!」
痛いの!
でも、ここからどうしたらいいの!?
せめて……せめて、何かに手をかけられれば――!
「……ふぅ」
咄嗟に、左手を何かにかけ、そのまま、反対の足もお湯に入れる。
両足を入れたから、最初の時程、痛くなく、むしろ、適度な刺激がちょうど良い。
そのまま、腰を下ろし、座る。
「あの……高垣さん……!?」
横を見ると、彼が、右手を首筋……じゃなく、頭に手をやって、こちらを見ている。
「ふふっ! 頭に手をやって、温まってニヤって……うふふっ!」
謝らなきゃと思ったんだけれど……ふふっ!
良い、ダジャレを思いついちゃった!
631: 2018/06/09(土) 23:06:19.08 ID:fDw+mow0o
・ ・ ・
「……」
信号待ちをしている時、バックミラー越しに後部座席を見る。
彼女達は、346プロダクションでも、トップクラスのアイドル達だ。
その輝きは、とてもまばゆく、ファンの方達だけでなく、様々な人を明るく照らし続けている。
言うまでもなく、私も、その内の一人だ。
「……」
今回、私が彼女達のロケに同行させて頂いたのは、
シンデレラプロジェクトのメンバー達の参考になる部分があると思ったからだ。
実際の現場での彼女達の仕事を見て、それをプロデュースに反映させる。
メンバーの方も同行して頂く事も考えたのだが、
何分、急な話だったのでスケジュールの調整をする暇がなかったのだ。
ドライバーを担当するはずだった人間の急病は、さすがに予定には組み込めない。
「……」
想像していた通り……いや、彼女達の仕事ぶりは、素晴らしいものだった。
グルメ番組の収録だからと言うだけでなく、
本当に、出された料理を楽しみながらのレポートは、放送時に反響を呼ぶ事は間違いない。
海鮮だったので、お酒を飲みたがったのはスタッフの方達も困っていたが、
それを差し引いても、とても、参考になるものを見せて頂いた。
「……」
その御礼……ではないが、足湯に浸かる事を提案した。
当日になっても残念そうにしていた高垣さんは言うまでもないが、
川島さん、片桐さんも、温泉地でのロケで温泉に入らない事を残念がっている様子だった。
一般の方に迷惑をかけたくないという、心遣い。
その様な考えを持った方達が、心残りを残しながら帰路につくというのは、
その……良くない事だと、そう、思いました。
「……」
結果的に、三人共、非常に満足して頂けたようだ。
また来たい、今度は他の方も連れて、と言われた時の反応には困ったが。
検討します、とだけ答えたのだが、まさか、面子や日程の話をされるとは……。
やはり、アイドルの方というのは、想定した以上のものを示してくる。
「……」
それは、今、この時にも言える。
三人、並びながら、後部座席でスヤスヤと寝息を立てている。
まさか、全員がはしゃぎ疲れて寝てしまうとは、思っていませんでした。
ですが、
「……良い、笑顔です」
それだけ楽しんで頂けたのだと、そう、思うようにしよう。
「……」
信号が青に変わったので、ゆっくりと発進させる。
彼女達を起こしてしまうのは、あまりにも、勿体無いので。
「……」
信号待ちをしている時、バックミラー越しに後部座席を見る。
彼女達は、346プロダクションでも、トップクラスのアイドル達だ。
その輝きは、とてもまばゆく、ファンの方達だけでなく、様々な人を明るく照らし続けている。
言うまでもなく、私も、その内の一人だ。
「……」
今回、私が彼女達のロケに同行させて頂いたのは、
シンデレラプロジェクトのメンバー達の参考になる部分があると思ったからだ。
実際の現場での彼女達の仕事を見て、それをプロデュースに反映させる。
メンバーの方も同行して頂く事も考えたのだが、
何分、急な話だったのでスケジュールの調整をする暇がなかったのだ。
ドライバーを担当するはずだった人間の急病は、さすがに予定には組み込めない。
「……」
想像していた通り……いや、彼女達の仕事ぶりは、素晴らしいものだった。
グルメ番組の収録だからと言うだけでなく、
本当に、出された料理を楽しみながらのレポートは、放送時に反響を呼ぶ事は間違いない。
海鮮だったので、お酒を飲みたがったのはスタッフの方達も困っていたが、
それを差し引いても、とても、参考になるものを見せて頂いた。
「……」
その御礼……ではないが、足湯に浸かる事を提案した。
当日になっても残念そうにしていた高垣さんは言うまでもないが、
川島さん、片桐さんも、温泉地でのロケで温泉に入らない事を残念がっている様子だった。
一般の方に迷惑をかけたくないという、心遣い。
その様な考えを持った方達が、心残りを残しながら帰路につくというのは、
その……良くない事だと、そう、思いました。
「……」
結果的に、三人共、非常に満足して頂けたようだ。
また来たい、今度は他の方も連れて、と言われた時の反応には困ったが。
検討します、とだけ答えたのだが、まさか、面子や日程の話をされるとは……。
やはり、アイドルの方というのは、想定した以上のものを示してくる。
「……」
それは、今、この時にも言える。
三人、並びながら、後部座席でスヤスヤと寝息を立てている。
まさか、全員がはしゃぎ疲れて寝てしまうとは、思っていませんでした。
ですが、
「……良い、笑顔です」
それだけ楽しんで頂けたのだと、そう、思うようにしよう。
「……」
信号が青に変わったので、ゆっくりと発進させる。
彼女達を起こしてしまうのは、あまりにも、勿体無いので。
632: 2018/06/09(土) 23:53:26.00 ID:fDw+mow0o
・ ・ ・
「――待ってください! それは、誤解です!」
シンデレラプロジェクトの、プロジェクトルーム。
其処で、一人の男が必氏に反論していた。
普段は無表情と呼ばれているその厳しい顔は、情けなく、歪んでいる。
「混浴、したんでしょ? いい湯だった?」
そんな彼に――プロデューサーに対する彼女達は――アイドル。
星々の如き煌めきで、人々を魅了してやまない彼女達の笑顔は、鳴りを潜めている。
今の彼女達は正に……修羅。
己が信じていた、プロデューサーが。
遠すぎるとも言える程、私達とは距離を置いていた、この人が。
担当でない、同じ事務所のアイドルと、破廉恥極まりない行為を働いたと耳にしたのだ。
彼女達の怒りは、至極当然のものであり、この状況は、必然と言えるだろう。
「いい湯でしたが……ある意味、混浴では……ありましたが、その、違います!」
男が、もう少しコミュニケーション能力が高ければ。
彼女達が、もう少し人の話をよく聞く性格だったならば。
あの三人が、嬉しそうに、誤解を招くような言い方をしなければ。
……こうは、ならなかったかも知れない。
「あ痛っ! 痛っ! も、物を! 物を投げないでください!」
両腕で頭を保護しながら懇願する男に、有形無形問わず様々な物が飛ぶ。
罵声は言うに及ばず、ネコミミ、ヌイグルミ、本……中には、パスタや投げキッス、エアギター等も。
その一つ一つが銃弾ならば、彼の体は、既にその形を残しては居なかっただろう。
だが、幸か不幸か、彼の屈強な体はそれら全てを受け止め、弾き、耐えきる。
「……!?」
投擲が止み、沈黙が落ちる。
だが、この耳鳴りがする程の静寂は、台風の目に入ったという訳ではない。
彼女達は、待っているのだ。
彼が次に発する一言を。
「……」
怒りを雲散霧消させるか、はたまた、最悪の起爆剤になるか。
どちらの道を歩むのか、彼女達は、待っているのだ。
そして、彼が選んだ選択肢は――。
後日、346プロダクションのアイドル達を慰労するため、温泉旅行が企画された。
その規模の大きさは、一人の男の、苦心の大きさに比例している。
図らずも、彼が浸かっていた温泉は、それを成し遂げるための助けになった。
胃腸によく効く足湯に浸かっていなければ、冷たい視線に、耐えられなかっただろうから。
おわり
「――待ってください! それは、誤解です!」
シンデレラプロジェクトの、プロジェクトルーム。
其処で、一人の男が必氏に反論していた。
普段は無表情と呼ばれているその厳しい顔は、情けなく、歪んでいる。
「混浴、したんでしょ? いい湯だった?」
そんな彼に――プロデューサーに対する彼女達は――アイドル。
星々の如き煌めきで、人々を魅了してやまない彼女達の笑顔は、鳴りを潜めている。
今の彼女達は正に……修羅。
己が信じていた、プロデューサーが。
遠すぎるとも言える程、私達とは距離を置いていた、この人が。
担当でない、同じ事務所のアイドルと、破廉恥極まりない行為を働いたと耳にしたのだ。
彼女達の怒りは、至極当然のものであり、この状況は、必然と言えるだろう。
「いい湯でしたが……ある意味、混浴では……ありましたが、その、違います!」
男が、もう少しコミュニケーション能力が高ければ。
彼女達が、もう少し人の話をよく聞く性格だったならば。
あの三人が、嬉しそうに、誤解を招くような言い方をしなければ。
……こうは、ならなかったかも知れない。
「あ痛っ! 痛っ! も、物を! 物を投げないでください!」
両腕で頭を保護しながら懇願する男に、有形無形問わず様々な物が飛ぶ。
罵声は言うに及ばず、ネコミミ、ヌイグルミ、本……中には、パスタや投げキッス、エアギター等も。
その一つ一つが銃弾ならば、彼の体は、既にその形を残しては居なかっただろう。
だが、幸か不幸か、彼の屈強な体はそれら全てを受け止め、弾き、耐えきる。
「……!?」
投擲が止み、沈黙が落ちる。
だが、この耳鳴りがする程の静寂は、台風の目に入ったという訳ではない。
彼女達は、待っているのだ。
彼が次に発する一言を。
「……」
怒りを雲散霧消させるか、はたまた、最悪の起爆剤になるか。
どちらの道を歩むのか、彼女達は、待っているのだ。
そして、彼が選んだ選択肢は――。
後日、346プロダクションのアイドル達を慰労するため、温泉旅行が企画された。
その規模の大きさは、一人の男の、苦心の大きさに比例している。
図らずも、彼が浸かっていた温泉は、それを成し遂げるための助けになった。
胃腸によく効く足湯に浸かっていなければ、冷たい視線に、耐えられなかっただろうから。
おわり
コメントは節度を持った内容でお願いします、 荒らし行為や過度な暴言、NG避けを行った場合はBAN 悪質な場合はIPホストの開示、さらにプロバイダに通報する事もあります