1: 2010/03/19(金) 23:25:53.84 ID:s/LDjN9L0
美琴「はぁ……」

美琴「会って、なんて言えばいいんだろ……」

御坂妹「お姉様」

美琴「ひゃっ!?」

御坂妹「何をビクビクしているのでしょうか、とミサカは白々しく尋ねてみます」

御坂妹「そしてその手に持っている物は何でしょうか、とミサカは重ねて追求してみます」

美琴「なっなな何でもないわよ!」

御坂妹「この香り……。なるほどやはり、とミサカは内心勝ち誇り軽くガッツポーズします」

御坂妹「それでは失礼します。お姉様のご健闘をお祈りしています、とミサカは余裕の女をアピールしてみます」

美琴「……」
とある魔術の禁書目録 1巻 (デジタル版ガンガンコミックス)
2: 2010/03/19(金) 23:27:43.28 ID:s/LDjN9L0
美琴「えーと、あ。あそこがあいつの病室ね」

美琴「でも……あああああっもう、どんな顔して会えばいいってのよ!」

美琴「その場の勢いであんなこと言っちゃって……考えなしの自分が恨めしいわ」

美琴「後悔……か。あいつは、そんなものとは無縁なんでしょうね、きっと……」

最後に会ったのは、第二二学区だった。少年は酷い怪我を負っていた。

その数日後、妹達の一人から、その少年がいつもの病院へ転院してきたとの報せがあった。

美琴「うぅ~~、そうだサッと渡してサッと帰っちゃえばいいのよ、そうよそれがいいわうん」

意を決して病室のドアをノックし、間髪入れずに踏み込む。結局は勢いだ。

美琴「お見舞いに来てあげたわよ感謝しなさい! まぁったくアンタはよっぽど病院が好き……」

上条「ふぉ!」

美琴「ん?」

3: 2010/03/19(金) 23:29:51.37 ID:s/LDjN9L0
上条「んんっ……ごふっ……ふぅ。なんだビリビリか……急に大声出すなよ」

美琴「なんだとはゴアイサツね。なにそれ、クッキー? 誰かのお見舞いの品よね」

上条「ん、ああ。御坂妹だよ。ここんとこ毎日来てくれるんだ」

美琴(やられた……!)

上条「あの、御坂さん?」

美琴「ん、ああ何でもないわ」

御坂妹(……イェス!)ボソッ

美琴「覗ッ!?」

上条「御坂?」

美琴「くっ……げ、元気そうで何よりね。私忙しいからもう帰るわね!顔を見に来ただけだからじゃあねさよならっ」

上条「なんだ、あいつ」

7: 2010/03/19(金) 23:31:49.53 ID:s/LDjN9L0
>>4
あの時は途中で終わっちゃったので続き。短いので最初から。

8: 2010/03/19(金) 23:34:15.78 ID:s/LDjN9L0
美琴「はぁ。結局、渡せなかったな」

肩を落としながら帰路につく。既に日は沈み始めており、空はうっすらと紫に染りつつある。

美琴「クッキー、どうしよう。また明日にでも……」

美琴「ん?」

袖を引っ張られる感触があった。

何事かと振り向く美琴。

打ち止め「……」

美琴「……」

打ち止め「……」

美琴「あーあはいはい、わかったわよ」

打ち止め「!」

美琴「喫茶店は……と、この近くにはなかったわね。そこのファミレスにしましょ」

打ち止め「良ォし勝ったァ! ってミサカはミサカは勝利宣言!」

9: 2010/03/19(金) 23:38:47.75 ID:s/LDjN9L0
打ち止め「……」ボソボソ

美琴「で、どう? 美味しい?」

打ち止め「ふぉいひぃぉ、っふぇふぃふぁかふぁ」

美琴「飲み込んでから」

打ち止め「ん……すごく美味しいよ! ってミサカはミサカは大人な気遣いを込めてみる!」

美琴「なんだか釈然としないけどありがとう」

自分によく似た、小さな女の子。小さな手。
じっと見ていると、胸の奥に小さな痛みを自覚する。

打ち止め「ふぉ……ところで」

美琴「なに?」

打ち止め「窓にベッタリ張り付いているおねーさんはあなたのお友達? ってミサカはミサカは少し不安げに尋ねてみたり」

黒子「……」

美琴「ぶふぉっ!?」

打ち止め「ひゃわっ!?」

10: 2010/03/19(金) 23:40:01.96 ID:s/LDjN9L0
美琴「黒子……アンタの先輩やってると時々猛烈に恥ずかしいわ」

黒子「何を今更。羞恥に悶えるお姉様が見たいがため敢えての行動ですわ」

黒子「ところでお姉様、この見るからに……ジュルリ……お姉様の近縁にあたりそうなお嬢様はどちら様ですの?」

打ち止め「~~ッ!?」

美琴「え? ああ、その……従妹よ」

黒子「あらあらあらあらそうですのそうですの……なるほど道理でですの……グヒッ」

美琴「打ち止め、ちょっとそいつから離れて。私の隣に座りなさい」

打ち止め「イエッサ! ってミサカはミサカは即断即決で応じてみる!」

黒子「打ち止め? 変わったあだ名ですのね……」

美琴「うっ……」

打ち止め「あのねあのね、その腕章、もしかしておねーさんは風紀委員? ってミサカはミサカは質問してみたり」

黒子「ええ、そうですが……どうしたのです?」

打ち止め「人を探してるの! ってミサカはミサカは怯えながらも打ち明けてみる!」

11: 2010/03/19(金) 23:43:33.91 ID:s/LDjN9L0
黒子「どのような方ですの?」

打ち止め「高校生くらいの男の人で、目が赤くて、白くて細くてモヤシみたいな人で……」

美琴「……」

打ち止め「それでねそれでね、いつも強がってるけど、とっても優しくて寂しがり屋さんなの、ってミサカはミサカは言いたい放題言ってみたり」

黒子「なんだか要領を得ませんわね……。その方のお名前は? あなたとはどのようなご関係ですの?」

打ち止め「うんー、名前?」

黒子「?」

打ち止め「本当の名前はわからないけれど、とっても大切なひと、ってミサカはミサカは期待を込めた目で見つめてみる」

黒子「ムホッ……失礼、電話ですの」

美琴「……」

どうやら打ち止めは一方通行を探しているらしい。

他の妹たちからそれとなく彼の〝その後〟を聞いてはいても、危険を感じないわけではなかった。

しかし、この少女があの男の話をしている時の、優しさを湛えた横顔。

暗い情念など些かも持ち合わせていないことが窺い知れる。あの男を、子犬のように信頼しきっているようだった。

13: 2010/03/19(金) 23:46:28.65 ID:s/LDjN9L0
黒子「お姉様。緊急のお仕事が入りましたので、黒子はここで失礼いたします」

黒子「あら? そちらのお嬢様、眠ってしまいましたのねフヒッ」

美琴「あ……」

黒子「尋ね人の件ですが、風紀委員の方で手配しておきますの。連絡はお姉様を介して、でよろしいですの?」

美琴「ええ。そうしてちょうだい」

黒子「それではお姉様、ご機嫌よう」

14: 2010/03/19(金) 23:47:12.68 ID:s/LDjN9L0
自分の肩に頭を預けて寝息を立てる少女を見遣りながら、ふと考える。

この娘たちが生まれたこと、生きていること。それ自体は、喜ぶべきことなのだ。

それは誰にも否定はできないし、誰にも否定はさせない。

でも、生きることを許されなかった娘たちがいた。

絶望的に短い余命を予め定められていた彼女たちに、してあげられることは、もうない。

謝ることも償うことも叶わない。そもそもの話、それは傲慢なのではないのか。償うなどと。

美琴(結局、何をやったところで自己満足でしかない。要は……)

美琴(私がどうしたいか、なのよね……)

美琴(わからない、なぁ)

既に気疲れしてヘトヘトになっているため、心地良い眠気に誘われる。

そっと、小さな少女の肩を抱く。

美琴(ねぇ、あなたたちは……少しでも、後悔しているの?)

――生まれ落ちたことに。

そのまま深い眠りに落ちてゆく。

15: 2010/03/19(金) 23:50:33.37 ID:s/LDjN9L0
陽炎のような街で、その少女は目を覚ました。

記憶を辿り、自分が何者であるかを確認してみるが、それは叶わなかった。

何かを思い出そうとしても、もう少しで届かない。

大事なことを忘れているのはわかるのだが、それだけだ。具体性を伴わない。

代わりに溢れてくるのは、怒りとも悲しみともつかない、得体の知れない感情だった。

それは猛烈な吹雪のように、身を苛む。

一体どうすれば、この感情から逃れられるのか。

いてもたってもいられなくなり、少女は歩き出す。

幽かに残された記憶の残滓を頼りに、暖かい場所へと。

16: 2010/03/19(金) 23:54:58.54 ID:s/LDjN9L0
上条「う~ん……ん?」

上条(今、誰かが傍にいたような)

イン「すかー」

上条「うあ、またか。インデックスのやつ、お見舞いに来てくれるのは有り難いんだが……」

上条「いつもお見舞い品を食べ散らかしてはすぐに眠るよなぁ」

げんなりしつつ、病室を見渡す。

病室の壁から扉へ、扉からまた壁へ、視線を這わせる。

目を覚ます直前、誰かに顔をのぞき込まれているような、独特の生暖かさを確かに感じていた。

18: 2010/03/19(金) 23:56:06.34 ID:s/LDjN9L0
上条(……? やっぱり、誰もいないよなぁ)

再びベッドの右手で呑気に寝ているインデックスへと視線を戻そうとした途端、

上条「おわぁあ!?」

見知った少女がそこに佇んでいた。

上条「ビリビリ……?」

まるで虚空から突然現れたように感じた。さっきまでは、そこには誰もいなかったはずなのだ。

当麻は不思議に思ったが、それよりも、少女の様子がおかしい。

その表情は、明らかに平常のそれではなかった。

寒さに凍えたような、痛みを我慢するような……一見して、まともではない体調であることが明白だった。

上条「お、おい、お前どこか悪いのか?」

美琴?「……」

何かを呟いたようだが、あまりに小さな声で、当麻の耳までは届かなかった。

19: 2010/03/19(金) 23:58:36.29 ID:s/LDjN9L0
上条「御坂?」

右手を伸ばし、彼女の手を取ろうとしたが、

美琴?「!」

彼女は慌てて離れる。何かに怯えているように。

上条「あっ……悪い」

美琴?「??」

どうして咄嗟に離れたのか、自分自身でもよくわからない、といった風情で少女は首を傾げる。

上条「御坂、本当にどこか具合が悪いんじゃないのか?」

美琴?「……」

少女は黙って首を振る。

不意に、病室の扉をノックする音が聞こえた。

御坂妹「失礼! 入ってもよろしいですか? 入ってもよろしいですね? 入りますよ! とミサカは焦りを隠さずに強引にお邪魔します」

美琴?「!」

20: 2010/03/20(土) 00:00:08.27 ID:+bTqSgnt0
がちゃり、と扉を開ける音が聞こえた直後、少女は身を翻し、窓の鍵に手をかける。

御坂妹が室内へ一方踏み出した時には、少女は既に窓から飛び出していた。

御坂妹に気を取られた隙に起きた、一瞬の出来事。止める暇はなかった。

上条「あっ……おい!」

御坂妹「っ!」

ベッドの上の少年を一瞥してから、慌てて窓から飛び出した少女の影を追う御坂妹。

御坂妹「また後ほど!」

上条「って、お前もかよ!」

上条「……なんだってんだ? 二人とも」

21: 2010/03/20(土) 00:02:21.20 ID:+bTqSgnt0
美琴「……ん、んぅ」

美琴(着信……?)

ごそごそとポケットから携帯を取り出し、発信元を確認する。

美琴「あわわわわわわわわわわ、すーはーすーはー……はい、もしもしゅ」

上条『御坂!? よかった無事か……心配したんだぞ!』

美琴(噛んじゃった……)

美琴「ええと、何? 無事かと訊かれても……よくわからないけど。し、心配って……その、ありがと」

上条『ん……? やっぱり違ったか?』

美琴「なにがよ?」

上条『え? あれ……えーと、んん?』

美琴「ちょっとちょっと、落ち着いて説明してちょうだい」

22: 2010/03/20(土) 00:12:15.91 ID:gNNjss3s0
美琴は優雅に一回転して、自らの太腿から胸へ指を滑らせた

妖艶な仕草に、黒子は当惑した
自分はこういう事をする側であって、される側に回る事態は初めてであったからだ

美琴「凄く、いい気分……貴女にもわけてあげたいくらい……」

薄く微笑むと、美琴は黒子に歩み寄り、抱きつくと首筋へ腕を回しこう囁いた

美琴「でも、今日はお・あ・ず・け」

言い終わるのが先か分からない内に、電撃が空気を焦がす音が室内にとどろいた




23: 2010/03/20(土) 00:13:43.99 ID:+bTqSgnt0
美琴「それ、妹達じゃないの?」

上条『いや俺も自信があるわけじゃないけど。どうも雰囲気があいつらとは違ったし。それに……』

美琴「何」

上条『短パンだったし』

美琴「ほぅ」

上条『美琴さん? なにかミシミシ言ってるんですが……!?』

美琴「アンタは病室で、私とそっくりな女の子を相手になななナニをいたしていたの!?」

上条『違うのです窓から飛び出した時にチラリと見えただけでして上条さんは決してナニをいたしてなど!』

美琴「……。はぁ」

美琴(まぁ、こいつのことだから、どうせまた何かに巻き込まれているんでしょうね……と言っても、今回は私も当事者なのかしら)

美琴「とりあえず、私の方で心当たりを探って……って」

24: 2010/03/20(土) 00:16:06.45 ID:+bTqSgnt0
窓の外。二つの人影が疾走しているのを視界の端に捉える。

少し送れてもう一人、馴染みのあるツインテールのシルエットだが、先行する二つの影を追っている。

美琴「ごめん、また後で連絡する!」

上条『あっ、おい』

携帯電話の通話を切って腰を浮かしたところで、はたと思い出し、隣の少女へと視線を移す。

少女は既に目を覚ましていたようで、愛くるしい瞳をじっとこちらへ向けている。

打ち止め『大事なお話があるの。ってミサカはミサカは引き留める』

25: 2010/03/20(土) 00:17:05.55 ID:+bTqSgnt0

御坂妹(さて……その場の勢いで後を追ってみたものの、ミサカはいったいどうすべきなのでしょうか、とミサカは自問してみます)

御坂妹(このように考えなしでは、お姉様のことを言えた義理ではありませんね、とミサカは軽く自分にガッカリです)

御坂妹(それにしても、先ほどのあの感覚……)

御坂妹(極めて微弱ではあったものの、あの時のものと極めて類似していました)

そして、眼前の事実。少し先を逃げ惑う少女。

御坂妹(でも、だとすると……とミサカは深く思案します)

御坂妹(それにしても……)チラッ

黒子「ドゥフッ、ドゥフッ!」

御坂妹(……)ゾワッ

27: 2010/03/20(土) 00:21:29.64 ID:+bTqSgnt0
黒子「ドゥフ……はっ、電話ですの……えっ? お姉様?」

美琴『もしもし黒子? アンタ今どこにいるの?』

黒子「ハァハァ……○×通りですわ! お姉様こそ……えっと。わたくしも状況がよくわからないのですが」

美琴『お願い何も訊かないで。そこに私にそっくりなのが二人いるわよね』

黒子「ハァハァ……ええ。可愛らしいお尻をフリフリさせてわたくしを誘っておりましてよ? ハァハァ……」

美琴『ってアンタ、テレポートは使わないの?』

黒子「水色の……ハァハァ、ストライプデュフッ」

美琴『……』

黒子「あら、ゴーグルを頭に掛けている方が、道を逸れましたわね。来た道を戻って行くようですの」

黒子「どうしますの?」

美琴『そのまま追ってちょうだい! 短パンの方!』

黒子「了解いたしましたの」

28: 2010/03/20(土) 00:25:02.95 ID:+bTqSgnt0
黒子(あのお姉様のような女性……逃げているというより)

黒子「もしもし、お姉様。黒子ですの」

美琴『ええ。何かあった?』

黒子「わかった、というほどではありませんけれど。まるでどこかを探している風ですの」

美琴『探している?』

黒子「今、○×通りから外れて、南西の方角へ向かっているのですけれど!」

美琴(南西っていうと)

足を止め、しばし思い返す。

ほんの少し迷い、やがて確信する。力強く地面を踏みしめ、再び走り出す。

操車場へ。

29: 2010/03/20(土) 00:25:26.40 ID:gNNjss3s0
美琴「あら、要らないの?黒子」

彼女の絡めた腕の中はもぬけの殻になっていた
数m離れた所へ黒子は瞬間移動していた
荒い呼吸の所為でまだ治まっていない動揺を隠せないでいる

黒子「ざ、残念ながら…さっきの電撃は失神させるにしては強力すぎやしませんこと……!?」

さっきまで黒子のいた箇所の床が、基部のコンクリートが見えるほどえぐれている
ポーズを解いた美琴はいつものようにあどけなく笑って返す

美琴「あはは、ちょっとハイになりすぎちゃって~…ゴメンゴメン」

30: 2010/03/20(土) 00:27:09.77 ID:+bTqSgnt0
もうすっかり暗くなった街中を走っていた美琴は、前方に立ち昇るそれを目にし、焦燥に駆られた。

――えーあいえむかくさん力場? っていうのかな?

――ミサカたちは、本来はその力場の集合体を現出させるために創られたみたいなの、ってミサカはミサカは打ち明けてみる。

九月三〇日。あの日、何があったのか。何を見たのか。

あの少年や銀髪のシスターとのやりとりを通し、おぼろげながらも、少しは理解していた。

彼らは、助けたいと言っていた。友達だと言っていた。

33: 2010/03/20(土) 00:33:24.82 ID:+bTqSgnt0
――あのときは、ウィルスを流し込まれていて、意識がほとんどなかったけれど。

――あのコは、ミサカたちが生み出してしまったようなものなの、ってミサカはミサカは申し訳なさそうに説明してみる。

ピースが埋められてゆく。

――そして今は……たぶん、「上書き」のような状態になっていて……だからあの姿なの、ってミサカはミサカは推測する。

――イレギュラーだから、時間が経てばすぐに元に戻るはずなのだけれど、行ってあげてほしいの。

――ううん。あなたのために、あなたが行くべきなの、ってミサカはミサカは懇願してみる。

また、私は生み出してしまった。今度は他人を巻き込む形で。

「最低だ……私っ」

息を切らせながら、美琴はもう一度見上げる。

夜空を切り裂く、天使の翼。

34: 2010/03/20(土) 00:36:08.02 ID:+bTqSgnt0
「……黒子」

歯噛みする。大事な後輩と連絡がつかない。

信頼しているとはいえ、あの事件の痛々しい痕跡を思うと、最悪の予感が頭を過ぎる。

失敗した。咄嗟のこととはいえ、追跡は中断させるべきだっただろうか。

と、何十回目かのコール音で、ようやく電話が繋がった。

「黒子っ! 無事なのっ!?」

「……」

「黒子! 返事をしてちょうだい!!」

『……チッ。大声で喚くンじゃねェよ』

「アンタ……!!」

『心配すンな。コレの持ち主は無事だ』

「……恩に着るわ」

そして、操車場へ。

35: 2010/03/20(土) 00:40:57.95 ID:+bTqSgnt0
〝元々の彼女〟が、どのようにして生まれたかまでは定かではない。

命令文が集まったプログラムコードは、しかし所詮プログラムでしかない。

プログラムには能動性がない。目的をもってアプリケーションを動かすはずの、意志そのものが存在しないのだ。

知性、意識、クオリア……遥か昔から議論の余地が耐えることはなく、高度な科学もその深部まで踏み込むことも能わず、

未だイデオロギーの論争の舞台となっている領域。有り体に言えば、心だ。

彼らが友達だと断言した〝元々の彼女〟には、確かにそれがあったように思えた。

しかし、〝元々の彼女〟は、あの日を境に心を閉ざし、どこかへ身を潜めていたらしい。

36: 2010/03/20(土) 00:42:14.45 ID:+bTqSgnt0
美琴は少女にゆっくりと近づきながら、思い返す。

――人の脳は微弱な電磁波……脳波を発しているよね、ってミサカはミサカは確認してみる

通常、他人の脳波から具体的な思考を解析することはできない。

しかし、それが特別に力の強い電気使いの脳波だったらどうだろう?

たとえば、無防備に深く眠りに落ち、知らずに強い脳波をまき散らしていたら?

――最強の電気使いであるあなたの強い脳波が、ミサカの脳を通してネットワークに流れ込んで、混線してしまった。

――そしてあなたの記憶や感情が、心が、あのコに流れ込んだの、ってミサカはミサカは推測だけで断言してみる。

だとしたら。

だったら。

今にも泣きそうな顔をして蹲っている、自分によく似た少女は?

――あのコは、今はあなたなの。

38: 2010/03/20(土) 00:56:33.33 ID:gNNjss3s0
美琴「で、アンタはどうするのかしら?私、ちょっと散歩でもしにいきたいんだけど…止める?止めない?」

黒子「止めますわ。時間が時間ですし、それにさっきの音…寮管がすっとんでくると思いますの……」

即答であった。それにしても美琴はどうしたのだろうか、門限が分からない程錯乱しているようには見えないが…
美琴は急に不機嫌な顔をすると同時に、黒子の視界が90度上に移動した
いつの間にか、糸のようなもので脚を絡め取られ床に引き倒された黒子に、追い討ちの糸が迫る
混乱した頭で瞬間移動の演算など出来るはずも無く、胴と口に粘着性のある糸の塊が貼り付き、あっという間に手も足も、声すらも出せなくなっていた

美琴「止めらんなかったね、残念」

美琴は黒のロンググローブの手首から引いた糸を払い、指先から極小の稲妻を落とした

39: 2010/03/20(土) 01:00:25.95 ID:+bTqSgnt0
蹲る少女は、言い得ぬ感情に身を苛まれている。

その感情の正体は、彼女自身にはわからない。

この嫌な気持ちを、きれいさっぱり拭ってしまえるようなそんな方法はないだろうか。

どうしたら楽になれるだろうか。

こちらに向かってゆっくりと近づいて来るあの女の子は、その方法を知ってはいないだろうか。

ふと、蹲る少女は、何かに気付く。

その顔を知っている。

記憶の断片が繋がる。

こいつが、元凶。

曖昧な記憶を掘り起こし、そこから湧き出す感情に身を委ねる。

生まれたばかりの少女は、感情を制御するだけの術を備えていない。

そして、自分を苦しめているこの感情の、矛先を向けても良い相手を見つけた。

心配そうな顔をしてこちらを見ている少女。

40: 2010/03/20(土) 01:03:29.91 ID:+bTqSgnt0
翼の少女は不快を露わにする。

許せない、許せるものか。

「……どうしてよ」

「どうして、私《アンタ》が、のうのうと生きているのよっ!」

一〇〇〇〇人ぶんの重み。

41: 2010/03/20(土) 01:04:42.07 ID:+bTqSgnt0
美琴はあれから、幾度となく朝を迎え、夜を過ごしてきた。

日が沈み、夜が明ける。

日だまりの暖かさ。染みる夜気の心地よさ。

でも、そこに彼女たちはいない。

そんな当たり前の現実に、彼女たちはもう触れることができないのだ。

「答えてっ……!」

「……」

美琴は答えられない。

氏ねば償えるのか? 違う。それはこの少女もわかっているはずだ。

そうでなければ、これほど苦しむことはない。

しかし、元凶である自分自身が〝生きてしまっている〟という事実は、美琴の思考を硬直させた。

光翼がバチバチと音を立て、帯電したかのように火花を散らす。

「答えてよぉーーっ!!」

44: 2010/03/20(土) 01:17:48.43 ID:+bTqSgnt0
翼が強引にねじ曲げられ、美琴に向かって振り下ろされる。

音もなく、高速で急降下する翼。

気付くのが一瞬遅れた美琴は、既に躱すタイミングを逸している。

(当たる――!?)

身を竦ませた瞬間、横合いからの轟風が美琴の身体を吹き飛ばした。

地面を転がると、反動を付けて飛び起きる。

(今の……)

第三者がいるのかと、周囲を見渡そうとするが、余所見している暇などなかった。

翼の鉄槌は、美琴の肉体を容赦なく砕き潰そうと、間断なく襲いかかる。

凌ぎきれないと感じ取った美琴は、頭上からの追撃を躱しながら、翼の少女と距離を取る。

不意に、翼の少女の上空に、輝く球体が出現した。

球体の周囲で轟々と風が唸りを上げている。

奇しくも同じ場所で、美琴はそれを見たことがある。

高電離気体《プラズマ》。

45: 2010/03/20(土) 01:24:29.22 ID:+bTqSgnt0
堆く積み上げられたコンテナの上に、白くて細くてモヤシのような男が佇んでいた。

「一方通行……」

美琴からは見えないが、足許には気を失ったツインテールの少女が横たわっている。

白い男はこちらを一瞥した。

(何をチンタラやってやがンだ)

赤い瞳が、そう告げているようだった。

少女の翼を構成する羽根の半分ほどは、

丁度それと重なるように現れた巨大な高電離気体により

焼かれ、蒸発し、分解されてゆく。

だが、消える端から即座に新しい羽根が生み出される。拮抗状態だ。

46: 2010/03/20(土) 01:26:25.28 ID:+bTqSgnt0
美琴は即座に少女との距離を詰めようと走りだす。

やはり残りの羽根による攻撃が美琴を襲うが、一方通行の牽制もあり、

わずかだが回避行動に余裕が生まれている。

「お願い、聞いて!」

少しずつ距離を詰めてゆく。

しかし、一方通行は焦っていた。

(あと何分残ってやがンだ……!)

(正確にはわからねェが、あと三分もねェんじゃねェのか!?)

一方通行は仕事を終えたばかりのところを、足許に転がるこの風紀委員に見咎められ、追い回された。

仕事なのだろう、詳しい理由は何もわからないが、なぜだかしつこく食い下がってきた。

何しろ空間移動能力者だ。杖をついたままでは話にならない。

仕方なくチョーカーのスイッチを入れ、全力で逃亡にかかった。

だが、巻いたと思ったら、今度は風紀委員は妹達を追いかけていた。

不審に思い、跡を付けてみたらこの有り様だ。

47: 2010/03/20(土) 01:28:58.37 ID:+bTqSgnt0
地面に転がり、這いつくばりながらも、徐々に翼の少女へと接近する美琴。

だが、翼の少女の一撃は、上空からの鉄槌だけではなかった。

操車場にある全てもろともに吹き飛ばさんと、翼を横に薙ぐ。

地を抉り、不可避の速度で美琴に迫り来る。

避けられない――!!

そう感じ取った美琴は、呟いた。

(ごめんね)

誰に対してだろう。咄嗟に口をついて出た謝罪が、なんだか無性に可笑しかった。

一方通行は、高所からそのすべてを目撃し、苦々しく舌打ちする。

(クソッタレェ……!)

その目に、怒りとも嫌悪ともつかない色が浮かぶ。

(来るならさっさと来やがれってンだ、ヒーロー気取りがァ)

御坂美琴の右手後方、そこへ都合良く現れた異物に、翼は阻まれていた。

48: 2010/03/20(土) 01:35:48.96 ID:+bTqSgnt0
――そもそもお姉様がいなければ、ミサカたちは生まれることすらできませんでした。

――その点について、ミサカたちはお姉様に心から感謝しています、とミサカは断言します。

その気持ちは、きっと美琴にも伝わっているだろう。

――ですが、だからと言ってお姉様が自分自信を許せるか、というと……それはまた別の話になります。

人一倍責任感が強く、人一倍情が深い。そんな少女が。

――きっとお姉様は、一人で背負うつもりだったのでしょう、とミサカは口惜しく思います。

その荷は、一人では重すぎる。しかし他人には決して預けられない。

だったら。

「御坂」

美琴は背を向けたままだ。

その肩だけがぴくりと震えた。

「俺が、支えてやる」

倒れそうな時に肩を貸すくらい、いいだろ?

49: 2010/03/20(土) 01:40:43.64 ID:+bTqSgnt0
美琴は後ろを振り向かなくても、わかっている。

どうしてここに、とは思わなかった。

そもそもの話。

翼の少女が、自分が、図らずもこの因縁の場所へ集ったのは、一体どうしてだ?

それは今さら知れたこと。そして案の定、彼は来てしまった。来てくれた。

「……」

少年が放った言葉は少なかったが、美琴にはそれだけで充分だった。支えると言ってくれた。

相変わらず、勘違いされそうな口上を平気でのたまってくれるものだ。

少年は迷わない。自分のしたいこと、そのためにすべきことに、躊躇わない。

こんなときに限って、いつだってそうだ。だから、彼の傍にいると安心できる。

時には危うくもあるが、美琴にはその強さが羨ましく、同時に誇らしくもあった。

「ああ、そっか」

50: 2010/03/20(土) 01:42:45.15 ID:+bTqSgnt0
美琴の胸の奥で何かが爆ぜた。お腹の底から熱いものが広がってゆく。

心臓が早鐘を打ち、涙が出そうになる。

少年の顔を見たくて仕方がないが、今の自分の顔を見せたくはない。

きっと、みっともない顔をしているだろうから。

でも、何か言わないと。

でも、なんて言おう。

美琴は当麻に背を向けたまま、

「……後で、キスさせなさい」

「へっ!?」

間の抜けた返事に安堵し、ゆっくりと翼の少女へと近づく。

52: 2010/03/20(土) 01:50:02.25 ID:+bTqSgnt0
翼の少女は脱力し、呆然と当麻を見つめている。

美琴はその傍へと膝をつき、少女の頭を抱き寄せる。

「私が……間違っていたわ」

少女は身体を強ばらせるが、美琴は気にせず続ける。

「後悔なんて、しちゃいけなかった」

「他の誰でもなく、私だけは、するべきじゃなかった」

「だって、私が悔やんでいたら……それじゃあまるで、あの子たちを……」

「……」

53: 2010/03/20(土) 01:53:55.92 ID:+bTqSgnt0
「生まれて、氏んでしまったあの子たちを……私の手でもう一度、氏なせてしまうようなものだもの」

生まれたのならば、そこには祝福だけがあるべきだ。

「私は、あのとき私が選択したことに、胸を張る」

迷いのない決断は、誇るべきだ。

「もう悔やまない」

でないと、前に進めない。誰も喜ばない。

後悔などというものは。

本来、断固として避けるべき〝悪徳〟なのだ。

55: 2010/03/20(土) 01:56:21.13 ID:+bTqSgnt0
「……」

少女の肩は、震えている。

「だから、大丈夫」

「背負ったものがどんなに重くたって、笑ってみせる」

「だから、私《アンタ》は、もう大丈夫よ」

「……支えてくれるって、奇特なヤツもいるしね」

美琴は恥ずかしそうに笑みを浮かべる。

少女の身体から、力が抜けてゆく。

透けるように消えてゆく。

最後に、笑ったような気がした。

57: 2010/03/20(土) 02:16:16.84 ID:+bTqSgnt0
何やら終わったようだ、と思った当麻は、前方で膝をついている少女に近寄る。

上条「御坂、怪我はないか?」

美琴「……」

上条「御坂?」

何かあったのか、と美琴に近寄る。

美琴「ちょっと黙って」

上条「?」

美琴「目を閉じなさい」

58: 2010/03/20(土) 02:19:24.29 ID:+bTqSgnt0
上条「え? え?」

美琴「早く!」

上条「はい!?」

美琴「…………く、うぅぅ……。よ、よしっ……いくわよ!」

上条(えっ? えっ? もしかしてこれって!?)

美琴「……」

上条(あああ何か近づいて来るのがわかる!!)

上条(いいの? 俺は不幸じゃなくてもいいの!? あああなんかもうすぐ傍で生々しい息づかいが)

59: 2010/03/20(土) 02:29:42.82 ID:+bTqSgnt0
美琴「んっ……」

美琴(…………)

美琴(あっ、手……)

美琴(そんな……そこは、まだ……でも……んっ)

美琴(ん……当麻、当麻ぁ……)

美琴(…………? なんか、思ったより手が小さい……というか、背が低いような……)

黒子「……」

美琴「ーーーーっ!?」

黒子「………ぷふぅッ」

美琴「ぎゃああああああああああああああああああ!?」バリバリバリバリ

黒子「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばば………あふんっ」

63: 2010/03/20(土) 02:51:19.94 ID:+bTqSgnt0
美琴「なんでアンタが……!?」

黒子「あふっ……おぅうふっ……。いやですわお姉様。私の能力はこういう時のためにございますのよ」

美琴「勇気を出してせっかく! もう少しで! せっかく! ああああああああああっ!」

黒子(勇気というよりは、やっぱり勢いでしたけれど)

美琴「どうしてくれんのよっ! はっ……アイツは? どこ!?」

黒子「あの殿方なら、ほらあそこに。まぁ、あそこでおあずけは可哀想ですので、代わりに手近にあったものを差し上げましたわ」

美琴「代わり……ってぇえ!?」

65: 2010/03/20(土) 02:57:42.91 ID:+bTqSgnt0
一方「……んっ?」

上条「……んんっ?」

一方「………………」

上条「………………」

一方「てめェ……」

上条「グスッ……くそっ……どうせこんなことになると思ったんだ。どうせどこまでも俺は俺なんだ」

一方「ぐ……うっ! ……グスッ。 ここここここ頃す! てめェ絶対に頃してやる!!」

上条「うるせぇ! せっかく、せっかく……もう少しだったのに邪魔しやがって!!!」

一方「ヒック……糞がァ! スリ身にしてやンよォォォお!!!」

上条「俺の幻想を……頃したお前をぶち頃す!!!」


黒子「(笑)」

美琴「ちょっと!! 喧嘩始めちゃったじゃない! なんか本気っぽいし黒い羽根が出てるし!」

黒子「黒い翼(笑)」

美琴「黒子! 笑ってないで止めるわよ!」

黒子「ふぅ……仕方がありませんわね」

67: 2010/03/20(土) 03:16:37.08 ID:+bTqSgnt0
いつもの病室で、少年は静かに眠っている。

少女は、そっとその少年の頬を撫でた。

今回の事で、また心配をかけてしまった。まあ、それはお互い様ではあるのだが。

美琴は少年の顔をのぞき込みながら、決意する。

もう、迷わない。悔やまない。

この少年に、心配かけないように。

この少年と、肩を並べるために。

だから。

もし、またいつか、こいつに何かがあったら、私は迷わず駆けつける。たとえどこにいたって。

もう、その後ろを歩きたくない。隣を歩き、支えてやる。

強い思いを胸に秘め、そっと目を閉じる。

68: 2010/03/20(土) 03:30:37.41 ID:+bTqSgnt0
いつもの病室で、当麻は静かに目を覚ます。

何かが唇に触れていた気がしたが、部屋には誰もいない。

誰かが見舞いに来てくれたのだろう、可愛らしい紙袋が傍らに置かれている。

ふと、病室の扉越し、廊下から人の声が聞こえる。

(……しかしお姉様、先ほどのお姉様の行為によってミサカのアドバンテージが……)

(……アンタ、やっぱりあの時……してた……!)

馴染みのある声の二人が、何やら言い争っているようだ。

無事でよかった。

姉妹仲が良くて、実に微笑ましい。

呑気に安堵して、少年はふたたび微睡みはじめる。

69: 2010/03/20(土) 03:31:34.64 ID:+bTqSgnt0

71: 2010/03/20(土) 03:36:42.68 ID:4fFfiPyoO
乙じゃん

72: 2010/03/20(土) 03:45:36.79 ID:9GPYbqZN0

引用元: 美琴「ああ、そっか」