1: 2014/05/29(木)18:58:24 ID:qy9AStuKS
ゆるゆりの二次創作(SS)、さくひまです。
こういうのは初めてなのですが、頑張ります。

4: 2014/05/29(木)19:03:16 ID:qy9AStuKS
肝試しをしよう、という話が持ち上がったのは給食のときだ。ちなつちゃんが何の前置きもなく言い出して、
隣のあかりちゃんはそれに賛同し、私と向日葵も特に用事がなかったので同意した。
今日は宿題もないし、明日は土曜日。ちなつちゃんの提案を断る理由もないし、本音をいうと少し怖かったの
だけれど、私こと大室櫻子は虚勢を張って頷いた。すると隣の向日葵も、負けじと胸を張って首肯した。

制服を押し上げる豊かな胸の膨らみが、私の対抗心を刺激する。「おっOい禁止!」と言い合っているうちにその日の給食は過ぎた。

デザートのプリン、まだ食べてなかったのに……。これも全部、向日葵のせいだ!
ゆるゆり: 22【イラスト特典付】 (百合姫コミックス)
5: 2014/05/29(木)19:06:19 ID:qy9AStuKS
ちなつ「さて、到着! さっそく始めましょう!」
 
元気よく宣言したちなつちゃんが、辺りを見回す。夏真っ盛りの熱気は、夜になるとひんやりとした湿気を含みはじめる。
生い茂る新緑の隙間を、生ぬるい風が吹き抜けた。

近くにお墓とかはないけど、辺りの暗がりだけで十分に怖い。粟立った肌に、じわりと汗の粒
が膨らむ。

向日葵「さ、櫻子……」

右横から向日葵が、震えた声で私の名を呼ぶ。
 
むむ、さては怖いんだな……。いや、私も怖いんだけどさ。

櫻子「あっれ~? もしかして、怖いんだ?」

向日葵「あ、当たり前ですわ。そういう櫻子は、怖くないんですの……?」

櫻子「も、もっちろん!」

向日葵「……膝が震えていますけれど」

櫻子「こ、これはその、なんとか震いってやつだっ」

向日葵「武者震いですわね」

6: 2014/05/29(木)19:10:11 ID:qy9AStuKS
向日葵と言い合っていると、その間に段ボール箱を抱えたちなつちゃんが割り込んできて、
私たちの掛け合いを制した。

ちなつ「ほら、あとは二人だけだよ」
 
そう言って、後ろの方を流し見る。そこには、肝試しのメンバーであるあかりちゃん、結衣先輩、
京子先輩の姿があった。彼女たち三人の傍らには、別の段ボール箱が置かれている。

……およ? なんで段ボール箱が二つ必要なのだろう。一つでも事足りる気がするんだけどなあ。
ふと覚えた違和感は、ちなつちゃんの急かすような声にかき消された。

ああっ、向日葵ってばもう引いてるし! この私が最後なんて!

櫻子「えいっ!」
 
向日葵が引いたクジを横合いから奪い取る。

向日葵「ああっ、ちょっと櫻子。それ反則ですわよ」

櫻子「へへ~ん。そんなルールないもんね~」

向日葵「常識で物事を考えてほしいですわ……。まあ、あなた以外がペアなら誰とでもいいですし、
さして支障はないと思いますが……」

櫻子「むむっ、なんだと~~! このおっOい星人!」

向日葵「む、胸は関係ないですわ!」

7: 2014/05/29(木)19:13:49 ID:qy9AStuKS
ちなつ「――はい、それじゃクジを開いてください」

ちなつちゃんに水を向けられ、私たちは言い争いを止める。……ま、まあ、私も向日葵以外なら
誰とでもいいかな。あいつとは腐れ縁だし、こんなときまで一緒じゃなくても……。

ちなつ「二人とも何色の丸が書かれてた?」

さくひま『赤だけど(ですわ)』

ちなつちゃんの問いに対して、私たちの声がシンクロした。え、うそ……。

ちなつ「じゃあ、二人ともペアだね」

そう言い置いて、段ボール箱を抱えたちなつちゃんがとてとてと三人の輪に戻る。

ちなつ「お先に二人からどうぞー!」

ちなつちゃんの声に促され、私と向日葵は、そろりと林の方へ歩を進める。

櫻子「なんで向日葵なんかと……」

向日葵「それはこっちの台詞ですわ……」

ちらりと目配せし、互いにがっくりと肩を落とす。今日はついてないなー。まあ、別にいつも
のことだからいいんだけどさ。別に嫌ってわけじゃないし……。

10: 2014/05/29(木)19:18:23 ID:qy9AStuKS
櫻子「って、ちょっと向日葵。そんなくっつかないでよ」

私の腕にぽよよんっ、と柔らかな感触が押し当てられる。

櫻子「当てつけかっ!」色々な意味で!

向日葵「い、いやその……怖くて」

櫻子「ふ、ふん。私は別に怖くないし……まあ、どうしてもっていうんなら、くっついてても
いいけどさ」

向日葵「ではその、お言葉に甘えて……」むにゅ。

櫻子「だーかーらー、おっOい当てるなって! それ外せ!」

向日葵「取り外し不可ですわ!」

あーもう……なんか暑苦しいし。それに、胸の感触が柔らかくて……。ほんと、何を食べたらこんなに
大きくなるんだろ。やっぱ牛乳かな?
 
向日葵「そういえば櫻子。この肝試し、何かルールがありましたよね?」

櫻子「んん?」

おっOいに対する疑念を深めていると、向日葵が確認するように問うた。突然の言葉に思考が
追いつかない。……肝試しにルール?

11: 2014/05/29(木)19:21:13 ID:qy9AStuKS
櫻子「そんなのあったっけ?」

向日葵「ありましたわ。給食の時間に吉川さんが話していました」

櫻子「どんなの? 私、ごはんに夢中で聞いてなかったし」

向日葵「ほんとあなたは……」

こめかみを押さえ、向日葵は思い返すような口調で、

向日葵「林の向こうに神社があって、そこに置かれている紙片を持ち帰るのですわ」

櫻子「なんだ、普通じゃん」

向日葵「――ただし」

余裕ぶって返したその言葉に、向日葵が人差し指を立てる。意味ありげな間を置いたあと、
少し硬めの声で続けた。

向日葵「その途中に、指示が記された看板があるらしいですわ。それに従わないと失格に
なって、しかも罰ゲームがあるのだとか……」

櫻子「げげっ、罰ゲーム!?」

そんなの聞いてないよっ! しかも指示って……一体どんなことが書かれてるんだろ。
胸を大きく……という内容だったら問答無用で看板を蹴り倒して帰るけど。

13: 2014/05/29(木)19:25:04 ID:qy9AStuKS
向日葵「あれ……じゃないかしら」

櫻子「うえ……」

向日葵が指差した先に、さっそく一つの目の看板が立ててあった。うう、簡単な指示だったら
いいけど……って、んん? そこで私は、天啓にも似た閃きを掴み取った。さすが天才たる私、
常人とは発想力が違うね。

櫻子「その指示ってさ、別に無視してもいいんじゃない?」

向日葵「なっ……」

私の提案に、向日葵は唖然としている。ふふん、きっと感嘆しているんだよね。

向日葵「ダメですわっ。きっと、誰かが監視していますっ」

と思ったら、ただ呆れているだけだった。ちぇっ、つまんないの。

櫻子「そんな監視なんて大袈裟な。現にほら――」

辺りを見回してみる。私たちを囲むように生えている雑木林の列、そこを冷たい風が渡っていく。
生ぬるい夜風に薙がれ、周囲の木々から、ざわざわと葉音が漏れた。それが人の声みたいに聞こえて……。
背筋が寒くなると同時に、湿った草木の匂いが届く。

私たちって今、本当に林の中にいるんだ。いつもの見知った場所じゃないんだ、という実感が
深まると共に、寒々しい怖気が走った。

思わず、ぶるりと身を震わせる。

15: 2014/05/29(木)19:27:48 ID:qy9AStuKS
櫻子「ほ、ほら……誰もいないじゃん」

向日葵「そ、それは……確かに」

向日葵の語尾が震えている。あれ、私もか……?

櫻子「だから無視しても――」

『駄目……だよ』

櫻子「ええっ!」向日葵「きゃあっ!」

咄嗟の行動――だろう。私の右腕に、向日葵がぎゅっと抱きついてきた! 重量感のあるおっOい
に、私の腕が埋没する。左右からむにゅっと圧迫され、力が強まるたびに胸の形が変わる。ひぃ、おっOいお化けだ……。

櫻子「み、右腕が埋もれる……」

痛くはない……というか、悔しいことに少し心地良い。それに、ぎゅっと密着しているせいか、
嗅ぎ慣れたシャンプーの香りと向日葵の体臭が漂ってくる。石鹸みたいないい香りが、私の鼻腔を満たす。

向日葵の……匂い。なぜだか、込み上げてくる恐怖心が薄まった。少しだけ、冷静さを取り戻す。

16: 2014/05/29(木)19:30:45 ID:qy9AStuKS
向日葵「お、お化けですわ……っ。櫻子が、無視しろなんていうから……。だから呪われて……
櫻子のせいで……っ」

涙混じりの声で、さり気なく私に責任転嫁する向日葵。

櫻子「ちょっと待って」

向日葵「……ふぇ?」

先ほどの声を思い返す。あれは……、

櫻子「あかりちゃんの声、だったような……」

向日葵「え……赤座さん、ですか?」

半信半疑の面持ちを向けてくる向日葵に、私は力強く頷く。

櫻子「うん、確かにそうだった」

向日葵「ですが、赤座さんの姿はどこにも……」

一緒になって辺りを見渡してみる。が、あかりちゃんと思しき姿はどこにも見当たらなかった。

『ルールを破っちゃ……駄目だよ』

けれど、声は聞こえる。つまり……、

櫻子「そっか。あかりちゃん、透明になれるから……」

向日葵「ええっ!? あ、……そういえば」

最初は驚いたふうの向日葵だったが、ふと思い出したのだろう。そう、私たちは以前、
あかりちゃんによって透明化されている。加えてあかりちゃん自身も、これまで何度となく
アッカリ~ンしていた。

17: 2014/05/29(木)19:32:58 ID:qy9AStuKS
向日葵「要するに、赤座さんが透明化してついてきていると……?」

櫻子「そうなるね。ということは、ルールの無視はダメかー……」

名案だと思ったのに。まあ、仕方ない。そんな難しい指示でもないだろうし、
きっと私たちがこなせる程度のハードルだろう。

櫻子「どれどれ……」

しぶしぶ看板の前に歩み寄る。そうして、そこに書かれた文字を覗き込み――

櫻子「え……?」

目の錯覚かと、一瞬自分を疑った。もう一度、今度はためつすがめつ看板の内容を確かめる。

『次の看板に辿り着くまで、パートナーと手を繋ぐ』

間違いじゃない……と思う。そこに書かれていたのは、とっても簡単な指示だった。

櫻子「向日葵、これ……」

向日葵「ええ、それだけ……のようですわね。まあ序盤ですから、徐々に難易度が上がっていく
のかもしれませんけど……」

向日葵も不思議がっている。よりにもよって、手を繋ぐって……。そんなの、小学生だってできる。

18: 2014/05/29(木)19:36:32 ID:qy9AStuKS
向日葵「では、その……繋ぎましょうか」

躊躇いがちに、向日葵が手を差し出す。……暗闇の中でもよく解る、きめ細かな手のひら。
人形のように精緻で、強く握っては壊れてしまいそうな気さえする。

櫻子「う、うん。まあ、従わないと罰ゲームだし? ……だからその、仕方なく、繋いでやる」

向日葵「なっ……! わ、私だって、櫻子と手なんて……。これは、不可抗力ですわ」

櫻子「ふかこうりょ……? とにかく、私もそれだから!」

別に、手くらい平気だし。何でもないし。そう自分に言い聞かせつつ、
少し乱暴に向日葵の手を掴み取る。

向日葵「痛っ……」

櫻子「――あ、ごめん。強く握りすぎちゃった……」

慌てて力を緩め、優しく向日葵の手を握り直す。おぼろげだった手のひらの感触が、
今度ははっきりと伝わってくる。

柔らかくて、温かい……。

何だか、懐かしい気分に浸っているような……不思議な感覚だった。

向日葵「こうしていると、その……懐かしいですわね」

櫻子「えっ」

向日葵が遠い目をして、空に視線を移す。

向日葵「ほら、昔はこうして、手を握り合っていたでしょう? 小さい頃、私たちは仲が良くて……」

櫻子「あ、あああっ! なんかそーゆーの照れ臭いじゃん! やめろよぉ……」

向日葵「うふふ。櫻子の手、少し冷たいですわ」

櫻子「向日葵はその……少し温かい」

19: 2014/05/29(木)19:39:34 ID:qy9AStuKS
って、なんだよこの雰囲気! なんか、良く解らないけどおかしい気がする!

櫻子「早く行こっ」

向日葵の手を引っ張り、ずんずんと先に進んでいく。

向日葵「あ、ええ……」

いつもは反抗的な向日葵が、今に限って大人しい。うぅ、調子狂うなあ……。

こうも落ち着いた雰囲気だと、その口調も相まって、まるでお姫様みたいだ。

……向日葵なら、似合いそう。なら、私は――

向日葵「ねえ、櫻子」

櫻子「んぇっ!」

向日葵「ちょっと、ヘンな声上げないでください。それよりも、ほら――」

空いた方の手で、向日葵が指差す。視線の先に映るのは、次なる看板。

なぜだか、きゅっと手のひらに力がこもった。

向日葵「……櫻子、手……」

櫻子「……あ、うん……」

促され、手のひらを離した。残っていた向日葵の温もりが、すぅっと薄れていく。

なんだろう……この気持ち。自分でも判然としないのだけど、胸がもやもやする。

20: 2014/05/29(木)19:43:19 ID:qy9AStuKS
櫻子「次の指示は……っと」

その思いを振り切るように、正面の看板に目を移す。どれどれ……。

『数十秒の間、パートナーと抱き合う』

……またしても目を疑った。抱き合うって……。

『ルールを破っちゃ……駄目だよ』

またしてもそこで、あかりちゃんの声が響く。……どうやら、無視するわけにもいかないらしい。

向日葵「数十秒って、ずいぶんと曖昧な指示ですわね。そこら辺は、本人のさじ加減で
いいのかしら……」

そう独りごちた後、私の方に向き直った。

けれど、向日葵は自分の爪先を見下ろしている。垂れた前髪が目元を覆い隠し、
その表情は窺えない。

向日葵「櫻子……」

静かな語調で、私の名を呼ぶ。そうしてふと、俯き加減だった頭を上げた。そこには、
何かを覚悟したような光が宿っている。

え……向日葵?

向日葵「これから抱きつきますけど……いいかしら」

呟くような声の向日葵――その表情は、暗がりでも解るほど、真っ赤に染まっていた。

22: 2014/05/29(木)19:46:12 ID:qy9AStuKS
櫻子「そ、そんな赤くならなくたって……。た、確かに恥ずいけど……」

向日葵「そう言う櫻子も、少し赤いですわよ」

櫻子「き、気のせいだ! 向日葵のバカっ!」

大きく叫び、すうっと深呼吸。覚悟を固め――一息に飛び込んだ。

向日葵「え、あ――」

優しく抱き留められる。けっこう勢いがついてしまったのに、胸元のクッションがそれを
緩和する。頬に当たる柔らかな感触、ほっと落ち着くような手触り。ふと、向日葵の匂いが立ち昇ってくる。

先ほどの安堵が――いや、それよりも大きな安心感が、どっと押し寄せてくる。けれど、それと
同じくらい膨れ上がる感情もあって。……それは、猛烈な羞恥心。

二律背反する想いに囚われ、私の心が、激しくかき乱される。なんだよこの気持ち、
よく解んないよ……向日葵。

櫻子「うぅ……なんか、すっごく恥ずい」

向日葵「私もですわ……。けど、」

そこで言葉を区切り、向日葵は、抱きしめる力を強める。

向日葵「なんだか、嫌な気分ではないですわ……」

櫻子「まあ、私も……かな」

うん、確かに悪い気分ではない。けれど、その気持ちを素直に出せない。もどかしい想いが、
心臓の鼓動を速めていく。内心に溜め込んでいた感情が、出口を求めて暴れ回っている。

23: 2014/05/29(木)19:47:15 ID:qy9AStuKS
>>21
最高ですよね! 

24: 2014/05/29(木)19:49:27 ID:qy9AStuKS
櫻子「もう……十秒経ったよね」

私の中にある、及び腰の自分がそう言った。逃げ出したい気持ちが、本音に勝った。

向日葵「ですが……」

……向日葵の手に、ぎゅっと力が込められる。まるで、私をかき抱くように。離したくないみたいに……。

向日葵「指示では、数十秒とありましたわ。なので、もう少しだけ……このまま……」

櫻子「んんっ、向日葵……」

気つけば、私も力も込めていた。背中に手を回して、爪を立てるみたいにぎゅっと、
向日葵にしがみ付いていた。離したく……ないっ!

櫻子「あ……」

でも、ふと目が合って――どちらからともなく、私たちは身を離していた。

櫻子「あ……えと、なんかごめん」

向日葵「い、いえ。別に、大丈夫ですし……」

櫻子「そ、そっか。んじゃ、指示もクリアしたし先に進もう。そろそろ神社が見えてくると
思うけど……」

25: 2014/05/29(木)19:52:01 ID:qy9AStuKS
無理やり話題を変え、立ち止まりかけていた足を動かす。先に進もうとしたところで、
服の袖がちょんっと引っ張られた。

振り返ると、向日葵が俯いている。

向日葵「あ、あの。なんだか怖いですし……。それに、寒くなってきたので。もう一度だけ、
手を繋いでも……」

弱々しい力。振り解こうと思えば、きっと簡単にできるだろう。

でも私は――、

櫻子「うん。そこまで言うなら……いいよ」

ぶっきら棒に言い、手を差し出す。たちまち、向日葵の温かな手のひらが重なった。

向日葵「ほんと、妙な気分ですわ……」

櫻子「……わ、私も……」

それきり、私たちの間に会話はなくて。葉のそよぐ音だけが、耳朶を叩いている。

それでも決して、意識から消えない温もりがある。向日葵の体温が、手のひらを通じて伝わってくる。
それを噛みしめているうちに、ふと視界が開けた。頭上を覆っていた草木が後ろへ流れ――でこぼこした土の感触が、
靴裏から離れる。代わりに、つるりとした石畳の硬さを感じた。

もう……着いちゃったのか。

26: 2014/05/29(木)19:53:51 ID:qy9AStuKS
私たちの数メートル先には、どこか荘厳そうな神社が建っている。

私と向日葵の、終着点。

……けど、何だろう。

その傍らに何か、ふと引っかかるものを捉えた。目を凝らすと、それは最後の看板だった。
賽銭箱の横に立てかけられている。

櫻子「見てみようか、向日葵」

向日葵「ええ、そうですわね」

互いに頷き合い、看板の側まで歩み寄る。木製の角に手を掛け、横倒しになっているそれを
起こす。ちゃんと文字が読めるよう角度を調整し、そして…………。

27: 2014/05/29(木)19:56:09 ID:qy9AStuKS
『――お互い、いま思っている本音を打ち明ける』
 
……ああ、そうか。……そう、だったのか。

今になってようやく、私は理解した。今回の肝試しは、決して突発的な催しではなかった。
おそらく前々から、ごらく部のメンバーで準備していたのだ。今思えば、段ボール箱が二つあったのもおかしい。
あの箱にはきっと、私たちのクジしか入っていなかったのだろう。

そして、極めつけはあの指示だ。おかしなルールだった。その内容も、簡単なものばかりで。
……その、妙なスキンシップが多かった。つまりこれらの指示は、私たちを接近させるのが目的で。

なぜなら私たちには、勇気が足りていなかった。……必要、だったのだろう。背中を押してくれる切っ掛け、
勇気を振り絞る足掛かりを、あかりちゃんたちは用意してくれたのだ。……ほんと、お節介だよ。

なんて、本当は嬉しかった。気恥かしさが、別の言葉を口にした。……私って、天の邪鬼だからさ。
内心でも、ずっと自分に嘘をつき続けていた。

でも今は、この時だけは、素直になろうって思えた。

心の深いところに仕舞いこんでいた想いが、波濤のように押し寄せる。もう、限界。喉まで出かかった本音を、
抑えきれない。もう、止まらない――。

28: 2014/05/29(木)19:58:42 ID:qy9AStuKS
櫻子「――好き」

言って、しまった。

向日葵「……え?」

櫻子「私、向日葵のことが好きなんだよっ! 悪いか!」

もう、半ばやけくそだ。あとは野となれ山となれ――私は今まで溜め込んでいた想いを吐き出すように、
大きな声で捲し立てた。

櫻子「いつもいがみ合ったり喧嘩したりしてるけど、でも! それは恥ずかしいからで、
素直になれないからで! だからほんとは、もっと向日葵と仲良くしたい! 
他の人が向日葵と近くにいたらムカつくし、私にもかまってほしいって思うし、ああこれは言う必要なかった……
と、とにかく! 私は向日葵のことが好きなの! 昔からずっとずっと、大好きなの! 
仕方ないだろ、向日葵のバカぁっ!」

……あはは、結局、変わっていない。

内心でどう思っていようと、表面上では悪口を言ってしまう。私の、悪い癖。

向日葵……きっと怒って……。

29: 2014/05/29(木)20:01:45 ID:qy9AStuKS
向日葵「私も、大好きですわ」

櫻子「……え?」

向日葵は、それこそ花が咲くような笑みを浮かべて、私を見つめていた。

向日葵「聞こえなかったんですの? 私は、櫻子が好きと言ったのです。
ほんとは臆病な私を、明るい笑顔で導いてくれる櫻子が、好きなのですわ。
昔から今も、ずっと……っ」

櫻子「向日葵…………」

向日葵「櫻子…………っ」

好き、という一言には色々な意味合いがあるけれど。今、私たちが感じているこの想いは、
きっと『そーゆー好き』だ。

さくひま「……ん」

唇を通じて分かち合うこの想いが、それを証明していた。

30: 2014/05/29(木)20:04:26 ID:qy9AStuKS
あかり「あ、櫻子ちゃんに向日葵ちゃんだ!」

元来た道を引き返すと、あかりちゃんの元気な声に出迎えられた。その周りにはちなつちゃん、
京子先輩と結衣先輩の姿もある。

あかり「あ、二人とも手繋いでる……」

あかりちゃんの指摘に、私たちは急いで手を離す。

櫻子「こ、これはその、違くて……」

向日葵「なんとなく、その、雰囲気というものでして……」

櫻子「そうそう、ふいんき。って……あれ?」

なんで、あかりちゃんがここにいるの? 私たちを監視していたはずなのに……。

あかり「ああ、もしかして……」

あかりちゃんの意味深な視線を受けた京子先輩が、くくっと笑みを漏らす。

京子「それね、あかりの声を録音したテープ。最初の看板のとこだけに置いておいたんだけど、
上手く騙せたみたいだね」

結衣「まったく京子は……」

得々と語る京子先輩の言葉に、結衣先輩が呆れたような息を漏らす。

31: 2014/05/29(木)20:07:04 ID:qy9AStuKS
京子「それで、二人とも。神社の前に置いておいた紙片はもう開けたの?」

ニヤニヤ笑いを滲ませた京子先輩が、私たちの顔を覗き込んでくる。
あ、そういえば二つ折りにされてたっけ……。

向日葵「まだ、ですわ」

京子「ならさ、開けてみ?」

そう促された向日葵が紙片を開け、なっ、と言葉を詰まらせた。え、何て書いてあったの?

私も自分の紙片を開けてみた。そこに書かれてあった文字は――。


『二人とも、カップル成立おめでとう! 喧嘩はほどほどにね!』


……ほんと、何も言い返せない。照れたように俯く向日葵の頬には微かな赤みが差していて……
彼女も、私と同じ気持ちらしい。まさか、ここまで見越されていたとは。京子先輩の慧眼には恐れ入る。

櫻子「……んん?」

と、そこで。何やら不吉な感じがして……。そういえば、京子先輩の言葉に違和感があるような……。

32: 2014/05/29(木)20:10:16 ID:qy9AStuKS
向日葵「最初の看板……だけですか?」

向日葵が口にした言葉。そう、それだ。確か二つ目の看板でも、あかりちゃんの声が聞こえたはず……。

あかり「え……?」

ごらく部メンバーの間に、重い沈黙が降りる。

あかり「あかりの、生き霊……?」

静寂を破るあかりちゃんの指摘に、

京子「に、逃げろ――――ッ!」

京子先輩の声が続き、みんな転がるようにして走り出した。え、ええっ! ちょっとそんな急に!

櫻子「わ、私たちも逃げるぞ!」

遅れていた向日葵の手を掴み、二人一緒に走り出す。

向日葵「あ、ありがとうですわ、櫻子……」

櫻子「ううん。だって私たち、その、恋人だし? 彼女を守るのはとーぜんだろ」

向日葵「ふふ……」

愛の逃避行(?)をしながら思う。

向日葵は、何があっても絶対に守る。

私の、掛け替えのない親友――そして、恋人だから。

櫻子「ねえ、向日葵……」

向日葵「はい?」

櫻子「……好き」

向日葵「ふふ、私もですわ」

繋いだ手のひらに、互いの想いがぎゅっと込められた――。

                            ――おわり

33: 2014/05/29(木)20:13:26 ID:qy9AStuKS
以上です! 少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです!

34: 2014/05/29(木)20:15:15 ID:c9y7jbsyO

引用元: 櫻子「肝試し??」