146: 2018/06/23(土) 20:59:39.98 ID:GnZ7Vhpmo

「面倒なので、今日はお休みしま~す」


 布団に寝っ転がりながら、電話で要件を伝え、切る。
 今日の予定はレッスンだけだから、休んでも問題無いよね~。
 学校の方も、出席日数はまだ大丈夫だし……ま、ギリギリだけどね。
 明日は日曜日で完全にオフ! はっはっは、大勝利~!


「……ケホッ」


 寝続けるんだから大勝利だけど、完全勝利じゃないんだよね。
 残念なことに、ゲームにネットをやる余裕は無さそうだよ。
 体が熱くて、軽いはずなのに重くて、ダルい。
 こりゃ、風邪に違いないよ……あー、本当に面倒臭い。


「……ケホッ」


 少し蒸し暑いけど、布団を引っ張り上げてしっかりと暖かくする。
 働きたくはないけど、免疫機能にはしっかり仕事をして貰わないとね。
 風邪なんてパパッと治して、万全な体調でゴロゴロする!
 杏はぐうたら気楽に過ごしたいだけで、病人で居たいわけじゃないし。


「……」


 今日のレッスンは、智絵里ちゃんとかな子ちゃんと、三人でのレッスン。
 ダンスレッスンで、振り付けの合わせもやる予定だったんだけど、失敗したな。
 今日ちゃんと参加しておけば、杏の計算だと一回レッスンが減る流れだったのに。
 全くもう、遅れを取り戻すために、むしろ一回余計にレッスンしなきゃじゃんか。


「……ケホッ、ケホッ!」


 ……っあー……しんどいなぁ、もう。
 こういう時は、一人暮らしなんてするんじゃなかったって思うんだよね。
 でも、寮暮らしをしたらしたで、当番とか色々あって面倒だろうからなぁ。
 ま、プラスマイナスゼロって事で、考えても意味がないし、寝ようかな。


「……んっ……んくっ」


 ベッドから降りずに、すぐ手の届く範囲に置いておいた飲み物を手に取り、飲む。
 昨日の夜から、なんとなく体調がおかしかったから、買っておいて良かったよ。
 じゃじゃ~ん、ポカリスウェット~! 水分補給はバッチリ!
 ペットボトルだから、洗い物も出ない! へっへっへ、完璧だね!


「……ケホッ」


 だけどさ、他のは何も買ってなかったんだよね。
 風邪薬なんてさ、そう何度も飲むものじゃないから、必要無いと思ったんだよ。
 それに、こんなに体調が悪くなるとは思ってなかったしね~。
 栄養補給は、ポテチで……って、さすがに食べる元気は無いや。


「……へ~っくしゅん!」


 う~……セキだけじゃなく、クシャミまで出るようになっちゃったよ。
 鼻水が出るようになったら、鼻をかまなくちゃいけなくて面倒だなぁ。
 何だったら、誰かが杏の噂をしてる、って事にしておいてよね。
 噂が噂を呼んで、こうして寝てる間に杏の人気が上がってたら、最高じゃん?
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(4) (電撃コミックスEX)
147: 2018/06/23(土) 21:29:33.76 ID:GnZ7Vhpmo
  ・  ・  ・

「……ん」


 携帯が、枕元で振動を続けてるので、目が覚めた。
 面倒だけど、布団から右手を出して、手探りで携帯を探し当てる。
 そのまま、枕の横に携帯を落としつつ、手を布団に潜り込ませた。
 そうすれば、ホラ、ちょっと体勢を横向きにするだけで、
携帯を手に持たず、その上、枕の高低差で上から覗き込むように見えるんだよ。


「……プロデューサー?」


 携帯の画面は、その電話をかけてきたのがプロデューサーだと表示している。
 んー? 杏、ちゃんと今日はお休みするって連絡したよね?
 なのに、プロデューサーが電話してくるなんて、何だろう。
 ……まあ良いや、出てみればわかるでしょ。


『――お疲れ様です、双葉さん』


 スピーカーモードにした携帯から、今では聞き慣れた、低い声が聞こえてくる。
 朝も電話をしたと言えばしたけど、ほとんど言い逃げみたいだったからね。
 そうじゃなかったら、最近鋭くなってきたこの人には、体調不良に気付かれちゃうだろうから。
 本当、杏を理解してくれるのは悪い気分じゃないけど、それなら働かせないで貰いたいね。


「ふわぁあ……おふかれさまぇ~す……」


 杏の手にかかれば、アクビなんて自由自在なのだ!
 寝起きを装うまでもなく、寝起きだからアクビが出るのは当り前!
 だけど、それにしても、電話の向こうからは……車の音?
 なんか、外にいるような感じだけど、気のせいじゃないよね、これ。



『――今、双葉さんのご自宅の前まで来ているのですが……』



 ……あちゃ~。


「あー……なんで? 杏、今日は休むって言ったよね?」


 もう手遅れだろうとは思うけど、抵抗してみようかな。
 ま、無駄だろうけど、一応ね、一応。


『いえ……何か、あったのだろうと……そう、思いまして』


 これは、杏の負けかな。
 バレないように注意を払ったつもりだったけど、どこでバレたんだろ。
 あー、セキしてたから、声の調子でバレたとか?
 おっかしいなぁ、ちゃんと喉を潤してから、電話したんだけどなぁ。


『今日のレッスンを貴女が面倒がるのは、不自然ですから』


 我慢する必要はなくなったから、ケホリとセキをする。
 プロデューサーは、杏の体調不良を……まあ、杏らしい理由で察したって事だね。
 へっへっへ、お主も、中々わかってきたではないか!
 ……な~んて、言ってる場合じゃないか。


「飴の差し入れ、持ってきてくれた?」


 甘いやつだと、嬉しいんだけど。

148: 2018/06/23(土) 22:08:19.00 ID:GnZ7Vhpmo
  ・  ・  ・

「……ケホッ」


 掛け布団を少し下に引き下げ、視線を台所の方に向ける。
 あまり……というか、ほとんど活躍する事の無いキッチンに、大きな人影。
 キッチンの高さがあってないからか、腰を曲げながら調理をする姿が、ちょっと面白い。
 きらりが家に来て料理した時も、あんな感じになってたっけ。


「……」


 結局、プロデューサーは玄関で杏の姿を確認し、開口一番、
「病院に行きましょう」と、杏を車で病院に連れて行ってくれた。
 保険証も、合宿の時のコピーを持って来てたらしく、
杏はちょっと服を着るだけで、すぐに出発する事が出来たんだよね。
 診断結果は、風邪。
 あったかくして、栄養とって、薬飲んで寝てればすぐ治るってさ。


「……」


 そうしたら、杏は良いって言うのに、強引に、これだもん。
 中華粥とかなら嬉しいんだけど、買ってたのはレトルトの白粥。
 せめてさ、鮭粥とか卵粥とか……って、食欲ないから、まあ、何でも良いか。
 プラスチックの使い捨てのボウルも買ってた理由も、お察しってやつだね。


「……ケホッ、ケホッ!」


 少し、大きなセキが出た。
 そのを聞きつけて、キッチンで背中を丸めてたプロデューサーが、こちらを向く。
 いつも無表情なその顔は、杏の目にも、心配そうに見える。
 そういう風に見られるのが嫌で、正直に言わなかったのに……上手くいかないもんだね。


「……すぐ、持っていきますので」


 杏が見てたのをお粥の催促だと勘違いしたのか、また、視線をキッチンに戻す。
 こういう、微妙な所での読みは外すのに、おかしな話だよ。
 ま、肝心な所でしっかりやれば良い、ってのは効率が良いか。
 何にせよ、助かったってのは事実だし、


「……プロデューサー」


 とりえあえず、


「……ありがとね~」


 お礼を言っておこう。
 言うだけはタダ! お金がかからず、しかも簡単ってのが素晴らしいよね!
 布団から片手を出して、ヒラヒラと振る。
 だけど、プロデューサーは、


「……はい」


 と、いつもとはまた違う、聞いたことの無い調子でそう言った。
 今の、短い一言に、どんな感情がこもっているかの察しはつくよ、流石にね。


 怒るのはしょうがないけどさ、お説教は今度にしてよね?

149: 2018/06/23(土) 22:42:08.43 ID:GnZ7Vhpmo
  ・  ・  ・

「……」


 久々に、綺麗に片付けられたテーブルの上には、
プロデューサーが持って来ていたノートPCが鎮座している。
 当のプロデューサーはと言うと、
コンビニに足りないものを買い足しに行くと、外に出ている。
 アイドルの自宅の鍵を持って行くなんて、と、からかう余裕はまだ無かった。


「……」


 プロデューサー、怒ってたなぁ。
 あんなに怒ったプロデューサーを見るなんて、杏が初めてじゃないかな。
 見た目はそんなに変わらないんだけど、雰囲気が凄いねぇ。
 こりゃ、今後はサボる時は十分に注意してサボらないといけないや。


 ――カチャリ。


「……」


 控えめで、小さな解錠音が耳に届いてきた。
 玄関のドアが開閉する音は、聞こえない。
 これって、杏が寝てたら起こさないように、気を遣ってくれてるんだよね。
 キーボードを叩く音も、もの凄く小さかったし。


「……」


 だから、その気遣いに報いるよう、また、狸寝入りとしゃれこみますか。
 杏が働く気は無いけれど、働いてるのを邪魔する気は無いし。
 それに、誰かが働いてるのを見ながらゴロゴロするのって、中々おつなもんだしね。
 ……なんて、自分でもわかってるんだよ。


 ――もう、帰っても大丈夫。


 こんな、簡単な一言が言えずに居るから、この状況になってる、ってさ。
 さすがの杏も、体調が悪い時は、ちょっとばかり不安になるらしいんだよ。
 それって当り前の事なんだろうけど、自分でも結構意外だったんだよね~。
 不安になるのもそうなんだけど、誰かが居るだけで……ここまで安心するのも。


「……」


 薄目を開けて、ノートPCの画面を見ているプロデューサーの姿を確認する。
 話では、午後は会議があるのと、入れ替わりできらりが来てくれるから、それまでは居るらしい。
 さっき時計を確認した感じだと、大体、三十分後くらいまで……かな。
 それまでは、きっと眠れないから、いつものようにゴロゴロしてよ~、っと。


「……」


 本当は、すぐにでも眠った方が良い事なんて、わかってるんだよ。
 寝るのが体力回復には一番良いし、風邪引いてるんだもん、当然その方が良いに決まってる。


 でもさ、寝れるわけないじゃん?


「……」


 この状況じゃ、寝れないのも、しょうがないって。

150: 2018/06/23(土) 23:15:21.36 ID:GnZ7Vhpmo
  ・  ・  ・

「……ふわぁあ……あ」


 翌日、目が覚めたら、体調はすっかり良くなってた。
 体が小さいからか、薬の効果がもの凄いんだよ、杏って。
 念の為、朝もお粥の残りを食べて、薬を飲んできた。
 つまり! 杏が眠いのは、風邪薬の副作用、しょうがない事なのですよ!


「……」


 事務所の大きなウサギの上で、横になってリラックスする。
 家で寝るのも良いけれど、ここでこうしてるのが、最近では一番落ち着くんだよね。
 病は気からっていう言葉があるくらいだから、こうしてるのが風邪には一番良いんじゃない?
 だから、杏が今寝てるのは体調管理の一環で、サボってるわけじゃありませ~ん。


「……」


 額に、手の感触。
 杏のに比べて、断然大きく、皮膚も固い感触は、お世辞にも良いとは言えないなぁ。
 でもま、この大きな手を払いのけるのって大変だろうし、そのままにしとこう。
 ほれほれ、熱は無いでしょ? ドヤ!


「……」


 目的は果たしたと、手がゆっくりと離れていく。
 触れ合っていた手と額の間に、事務所の空気が入り込み、壁を作る。
 昨日は緊急事態だったから、それが少し崩れていただけなんだよねぇ。


 アイドルとプロデューサーだもん、そんなもんだよ。


「……」


 ……そう思った矢先、額に、指先の感触を感じた。


 額に手を当てたことで乱れた前髪を整える指の動きは、
くすぐったくて、何故か、心地良い。
 プロデューサーは、今、どんな顔をしてるかが気になるけど、見られない。
 だって、薄目を開けてもし気付かれたら、これ、終わっちゃうじゃん?



「……良い、笑顔です」



 本当に、ポツリと呟かれたその言葉に、思わず反応しそうになる。
 乙女の寝顔を見た感想にしては、良い慣れてるとは言え、気の利いたこと言ってくれるじゃん。
 寝顔じゃないって? 寝転がってるから、寝顔で良いんじゃない?
 細かいことを気にしすぎると、気持ちよく眠れなくなっちゃうよ。


「……」


 ……ま、そろそろ目を開けようかな。
 最近の感じだと、飴を餌にして杏を起こそうとする頃合いだろうから。
 でも……あー……どうしようかな。
 起きたらきっと、昨日、正直に体調不良を言わなかったお説教されるよねぇ。


 ――よし! 面倒だし、寝よう!



おわり

151: 2018/06/23(土) 23:25:40.20 ID:0uDSOG7SO
きれいないい話だった

引用元: 武内P「今日はぁ、ハピハピするにぃ☆」