225: 2018/06/26(火) 21:02:44.37 ID:dIzUtERDo

「……ん」


 レッスンルームの隅に、白いタオルが落ちているのを見つけた。
 室内を確認しようと思っていた訳では、ない。
 偶然前を通りがかり、偶々ソレを見つけたに過ぎない。
 だが、見つけたからには、そのままにしておく訳にはいかないだろう。


「……」


 ドアを開け、すぐ横にある部屋の照明のスイッチを入れる。
 窓から差し込む光は弱々しく、代わりに、雨音を運んできていた。
 やはり、この時期になると、どうしても雨の日が多くなる。
 湿度が高く、髪がまとまらないと苦労しているアイドルの方も、多く居る。


「……」


 そんな、良いとは言えない天気でも、アイドルの方のレッスンは行われる。
 室内だから天候は関係無いと、そう、思うかも知れない。
 しかし、どんよりとした空を窓から見ながらでは、気分は盛り下がるというもの。
 そう思い、窓の外を見ると、昨夜から不休で働いている雨雲と、


「……」


 中庭に咲く、鮮やかな紫陽花が、目に入った。
 雨の水滴を受けているにも関わらず、その姿がこそ美しい。
 レッスンを受けるアイドルの方も見ただろうか。


 いや……彼女達自身が、花なのだ。
 より美しく咲き誇るために、脇目も振らず、レッスンに打ち込んだ事だろう。


「……」


 タオルを拾い上げ、確認すると……タグの部分に、小さく名前が書いてあった。



>>227
1、三船
2、渋谷
3、神埼
4、神谷
5、上条


 ――と。

227: 2018/06/26(火) 21:04:40.27 ID:T0yyB/sQ0
4.神谷
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(4) (電撃コミックスEX)
228: 2018/06/26(火) 21:32:22.54 ID:dIzUtERDo
  ・  ・  ・

「ああもうっ! どうして忘れるかな~!」


 レッスンが終わって、シャワーを浴びようとロッカーを開けたら気付くんだもんなぁ!
 全く、凛の奴も気づいてたんなら言ってくれっての!
 な~にが、そういえばタオルが落ちてたかも、だよ!
 ……いやまあ、忘れたあたしが悪いんだけど……そ、それはそれだよ!


「う~……!」


 本当、この時期は駄目だ!
 何が駄目って、この湿度! 最悪だよ、もうっ!
 前髪は決まらないし、髪が広がって広がってしょうがない!
 こんなんじゃ、ファンの皆の前に立つ時……って、


「……あたし、アイドルになったんだよな」


 凛と、加蓮と、一緒にトライアドで……クローネでデビューして。
 その後も、順調に仕事して、アイドルやってる。
 髪がまとまらないのも、ただ鬱陶しいだけじゃなくて、
応援してくれるファンの皆に、最高のあたしを見せたいから、って理由になってる。


「――うしっ! 気合、入れないとな!」


 廊下で、一人気合を入れる。
 雨が振ってると、イマイチ気分が乗らないけど、そうも言ってられない!
 だってさ、もうすぐLIVEなんだぜ、LIVE!
 ちょっとやそっとの雨でへこたれてちゃ、凛と加蓮にまたイジられる!


「しっかし……雨、やまないかなぁ」


 歩きながら、髪を手で梳くけど、ちっともまとまりやしない。
 良いシャンプーがあるって聞いたから、早くシャワー浴びたいんだよ。
 今度のLIVEのメンバーの人が、持ってきてくれてさ!
 トリートメントとか、ブラッシングとか教えてくれるって――


「……なんだ……?」


 ――ピアノの……音……?


 目的地の、さっきまでボイスレッスンをしてたホールから、聞こえる。
 僅かに開いたドアの隙間から聞こえてくる音色は、静かだけど……とても、力強い。


「誰か、演奏してるのか?」


 何の曲だろうと、ちょっと考えてみたんだけど……全然わかんない。
 もしかしてあの曲かな、と思った途端、いつの間にか全然感じの違うメロディーになる。
 探るように、だけど、踏みしめるように。
 徐々に、徐々に……その音色は、力強さを増していく。


「あ」


 あたしの、曲だ。

229: 2018/06/26(火) 22:04:25.12 ID:dIzUtERDo

「……」


 雨の音は今でも聞こえてるのに、あたしの耳は、流れてくるメロディーしか拾おうとしない。
 普通よりも、少しゆっくりと弾かれる『2nd SIDE』は、まるで違う曲みたいだ。
 ハッキリと違うのは、低音……だよな、うん、そうだ。
 全体を支えるような、その音が、凄く、耳に心地良い。


「……」


 その音に吸い寄せられるように、足がレッスンルームへ向かっていく。
 元々、そこへ向かってたんだけど……そうじゃなくても、きっと、そうしてた。
 だって、気になるだろ?
 一体、どんな人が、こんな演奏をしてるのか、ってさ。


「……」


 勝手に弾いてるんだろうけど……邪魔にならないよう、そっと中を覗く。
 レッスンに使う電子キーボードの前に座ってたのは、思いもよらない人だった。
 背が高くて、顔が怖いけど……凛が言うには、真面目だけど、ちょっと抜けてる人。
 シンデレラプロジェクトの、プロデューサー。


「……」


 遠くからでも、大きな手が鍵盤の上を踊るように走ってるのが、わかる。
 上着を着ながら弾くのはちょっと邪魔だったのか、軽く、腕まくりしてるのかな。
 ……うわ、凄いな、あれ……プロデューサーって、ピアノも弾けるもんなのか?
 言っちゃ何だけど、意外すぎて、誰もピアノが弾けるなんて思ってないんじゃないか?


「……」


 でも、それにしたって――なんで、あたしの曲なんだよ!?
 他の人の……例えば、凛の曲だったら、スッと入っていけるっての!
 よりによって、どうして『2nd SIDE』を弾いてるんだよ~!
 そんな状況で入っていくなんて、お互い、すっごく気まずくなっちゃうだろ!?


「……」


 ……でも、まあ、もうちょっと聞いてても――って、駄目だ駄目だ!
 急いで戻ってくるから待ってて、って言って来てるんだから!
 うし! ここは、気づかれないように、そ~っと中に入って、タオルを――


「っ!?」


 ――って、なんでだよ!?
 なんで、あたしのタオルが、キーボードの横にかかってるんだ!?
 しかも、綺麗に折りたたんで……ああ~っ、拾ってくれてたのかぁ……!


「――……!」


 曲が、サビに近づいていく。
 忘れて帰ったと思われてるなら、多分、弾き終わるまでにもうちょっと時間がかかる。
 終わるまで待って……でも……いや、だけどっ!


 ――あああ、もうっ!


 勇気を出して試すのさ!

230: 2018/06/26(火) 22:38:49.20 ID:dIzUtERDo

「聞いて・・!」


 歌いながら、レッスンルームに入る。
 いや、だって、この人だって、演奏してるのを聞かれてただけじゃ、気まずいだろ!?
 だったら、あたしも歌えば、これでチャラになるし、終わりに――



「はい」



 ――ならなかった。


「っ!?」


 キーボードの鍵盤を弾く手を緩める事なく、チラリとこちらを流し見て、言ったんだ。
 楽しそうに……それも、凄く楽しそうに、笑いながら。
 その笑顔が、あたしには……輝いて、見えたんだ。


 ……でも――


「――!」


 ――そう思わされるだけなんて、悔しいだろ。


 あたしは――アイドルなんだから!


「ここ、だけ~の話♪」


 やってやろうじゃんか! その勝負、受けて立ぁつ!
 アイドルの歌が、プロデューサーの演奏に!
 あたしの笑顔が、あんたの笑顔に負けてたまるかってんだ!


「そうよ♪」


 歌に合わせて、演奏の調子も上がっていく。
 降り続く雨の音が、手拍子の様に、エチュードを囃し立てる。


「夢のような気持ちを~♪」


 あたしの、そんな想いが伝わったのか、また、流し目に見られた。
 口の端が少し上がってるから、多分、同じ気持ちなんだと思う。


 滅茶苦茶楽しいっ! って!


「あな、たは、知ら~ない♪」


 でもな! まだまだ、こんなもんじゃないぞ!
 覚悟しとけよな!


 本当のあたし、見せるから!


 全力を出すため、顔にかかる髪をバサッとかき上げた。
 まとまりなんて、気にしてる場合じゃない!

231: 2018/06/26(火) 23:05:33.32 ID:dIzUtERDo
  ・  ・  ・

「――!」


 大きな手が、指が、キーボードの端から端へと滑っていく。
 そして、締めは一番右端。
 一番高いドの音が、ピンッ、と響いた。
 こんなの……こんなの、もうっ!


「いえーいっ!」


 テンションが上がって、しょうがない!
 両手を上げて、プロデューサーの方に、近づいて行く。
 何をしようと察したのか、プロデューサーも、戸惑いつつも、両手を上げた。
 おいおい、演奏してる時はあんなに楽しそうだったに、終わったらすぐそれか!?


 ――パァンッ!


 なーんて、まあ、良いか!
 あたしが二人分笑ってるから、それで十分だろ!


「それにしても……手、大きいなぁ!」


 打ち合わせた手をそのままに、大きさを比べる。
 あたしの手よりも随分と大きいそれは、合わせてみるとその差は一目瞭然!
 あっはは、あたしの手がスッポリ収まるサイズだぞ!
 そうだよなぁ、これだけ大きい手だったら、ピアノの演奏も――って!


「うわーっ!?」


 あたしは何をやってるんだー!?
 いくらテンションが上がってたからって、てっ、手と手を合わせるなんて!
 いや、握手会とかで、男の人の手を握りはするけど!
 でも、だけど、今のは……うわあああ!? うわああああ!?


「……」


 急に飛び退いたあたしを見ながら、右手を首筋にやって困った顔をしてる。
 そっ、そんな顔するなよな!? あたしだって、驚いたんだから!
 く、くっそう……ジメジメしてるからか、歌ったからか、すっごく暑い!
 顔が熱くて……うううっ、タオル! 早く、タオルを!


「……どうぞ」


 ……そう思ってたら、当初の目的だったタオルが、差し出された。
 いや、ちょっと待ってくれよ……あたし、そんなに汗かいてるのか!?
 何も言わなくても、タオルを差し出されるくらい!? 嘘だろ!?


「ど、どうモっ!」


 ぐわあああ! 今、声が裏返った!
 って、変に目を逸らされると、余計に気まず――


「――あっ」


 流し目につられて見た窓の外は、いつの間にか雨がやんでいた。


 そして、広がる青空には、大きな……大きな虹がかかっていた。



おわり

232: 2018/06/26(火) 23:09:06.63 ID:dIzUtERDo
他アイドルのパターンは書きません
エチュードは1曲だけ、なので
おやすみなさい

233: 2018/06/26(火) 23:21:25.92 ID:XMSs6b4d0


相変わらずオトすのがうますぎる

237: 2018/06/27(水) 05:19:16.86 ID:D7BAkWjQ0
しぶりんと加蓮がそれぞれ嫉妬しちゃう

引用元: 武内P「今日はぁ、ハピハピするにぃ☆」