182: 2018/07/22(日) 22:47:38.34 ID:alzCc/QIo
「……」
346プロダクションの敷地内にある、中庭。
その。青々とした芝生の中心に、彼女の後ろ姿を見つけた。
彼女はしばしば、ユニットのメンバーの方と、そこで一緒にお茶を楽しんでいる。
お茶と言っても、その方が作ってくるお菓子がメインの催しだが。
「ここに、居たのですね」
今日も、彼女達はここでお茶をしていたらしい。
芝生に残った踏み跡は、お茶を楽しんだ後、探しものをした証拠。
幸せの象徴――四葉のクローバー。
彼女は、強い思い入れがある四葉のクローバーを探していたのだ。
「そろそろ、レッスンの時間です」
レッスンの時間が迫っているのに、彼女がレッスンルームに来ないと連絡を受けた。
そして、話を聞いてみるに、まだここに居る可能性が高い、と。
その言葉の通り、彼女は、未だに私服姿のまま、芝生の中心に座り込んでいた。
真面目な彼女の事だ、探しものに没頭しすぎて、時間を忘れてしまっただけだろう。
「あ……あのっ……!」
彼女の特徴である、ツインテールが風でフワリと揺れる。
「おっ……お願い、します……!」
しかし、揺れているのは、それだけでは無い。
肩……いや、全身が小刻みに震えている。
まさか、彼女は……私が怒っていると思い、怖がってしまっているのだろうか?
だとすれば、それは誤解で、その心配は無いと、そう、言わなければならない。
私は、彼女のプロデューサーだ。
「――見捨てないで、くださいね?」
当然、多少の遅刻程度で見捨てる筈が――
「~~っ!」
彼女は、私に背を向けたまま、その場で勢い良く立ち上がった。
そして、恐るべきスピードでもって、長いスカートの中に両手を差し入れ、次の瞬間、
「うっ……ふっぐ!」
また、その場にしゃがみ込んだ。
「……」
その光景を見た私は、すぐにでも、踵を返してこの場から立ち去りたい衝動に駆られた。
184: 2018/07/22(日) 23:16:11.58 ID:alzCc/QIo
「ん……んんんっ……!」
彼女の家庭環境は、とても複雑だ。
それ故に、幸せだった頃の思い出の四葉のクローバーに、こだわっている。
そのこだわりが、この事態を招いてしまったと言うのだろうか。
時を忘れて、過去の幸せだった頃の思い出を探す事が、罪だと言うのか。
「……ふぅ……ふぅ……!」
私は、そうは思わない。
彼女達は、これからも未来へと向かって歩み続ける、アイドルだ。
しかし、時には立ち止まり、後ろを振り返る機会も必要だと、そう、考える。
何故ならば、歩んできた道こそが、彼女達を形作る、輝きそのものなのだから。
「ふっ、んんんっ……!」
ですが、せめてトイレまでは歩きましょう。
「……」
スカートに隠れている事が、せめてもの救いだろうか。
彼女にとっても……勿論、私にとっても。
「っ!」
風で、フワリとスカートがめくれそうになる。
私は、慌てて彼女から視線を外し、遠くの空を見上げる。
目は、雲ひとつ無い青空を捉え、耳は、微かにだが、ゴロゴロとした音を嫌でも拾う。
正に、青天の霹靂と言うべきだろうか。
「……終わり……まし、た」
そう、言われましても。
「……お疲れ様です」
こんなにも苦々しい気持ちで、彼女へと、この言葉をかける事になるとは。
いつもなら、この労いの言葉には、とても朗らかな笑顔が返ってくる。
しかし、彼女は未だに私に背を向け、座り込んだままだ。
私と同様に、彼女もまた、これからどうしたら良いか、わからないようだ。
「待ってください……ウェットティッシュがありますので……それを」
しかし、いつまでもこうしている訳にはいかない。
周囲に人の気配が無いとは言え、いつ、誰が来るかわからないのだ。
一刻も早く、彼女をここから移動させるべきだろう。
後のこと――尻拭いはするので、お尻を拭いてください。
「……すみません……すみません……!」
謝罪の言葉は、何に対してのものだろうか。
疑問を懐きながら開封するウェットティッシュのアルコールの匂いが、少しだけ鼻にしみた。
186: 2018/07/22(日) 23:50:02.14 ID:alzCc/QIo
「……」
ゴソゴソと、後処理をしている彼女の様子を窺いながら、携帯で連絡を入れる。
本来ならば電話をする所だが、今の私も平静とは言い難い。
万が一にも悟られてはいけないので、LINEで「見つけました。心配ありません」……とだけ。
そう……絶対に、この事は誰にも知られてはいけないのだから。
「……ぐすっ! すみ、ません……ふうっ、すみませっ、ん……!」
繰り返される、謝罪の言葉。
溢れ出る、様々な感情が入り混じった涙。
彼女は今、不安で仕方がないのだろう。
そんな彼女に、私がかけるべき言葉は……一つしか無い。
「大丈夫です」
彼女は、私の担当する――大切な、アイドルなのだから。
「これ位で、私は貴女を見捨てたりはしません」
たかが、野外LIVEが行われただけではないか。
「っ……!」
私の言葉を聞き、立ち上がった彼女の足元には、ゲリラLIVEの痕跡が残っている。
後ろから、彼女の姿を確認してみるが……はい、問題なさそうですね。
「……本当……ですっ、か……?」
恐る恐る……消え入りそうな声で、彼女は言った。
その声は風に乗り、異臭と共にハーモニーに変わる……不愉快。
「はい、本当です」
そんな、今すぐにでもこの場から立ち去りたい思いを抑え、答える。
彼女と、真っ直ぐ向き合わなければいけない。
目を見て、話をしなければならない。
彼女の――笑顔のために。
「――プロデューサーっ!」
彼女がこちらを振り向いた時……強く、風が吹いた。
溢れた涙が宙を舞い、笑顔という名の、美しい虹を作り出す。
その、虹の架け橋に乗って、
「――うおおおっ!?」
風と共に、お尻を拭いたウェットティッシュが襲いかかってきた。
187: 2018/07/23(月) 00:21:49.74 ID:kRKoB1G4o
「――う――」
風に乗って迫りくるウェットティッシュの、白。
その中心部で、完全に牙を向いている、茶。
「――お――」
私の目は、その姿をハッキリと捉えていた。
一瞬の出来事の筈なのに、時間が、とてもゆっくりに感じられる。
「――お――」
このままでは――顔面に直撃する。
それだけは、絶対に……絶対に、避けたい。
「――お――」
体を横に傾けて、軌道上から退避し――
「――っ――」
――たら……このウェットティッシュは……どこへ行く?
このまま、風に流され……誰かに見つかり、そして、最悪の場合――
「――!?」
――見捨てないで、くださいね。
先程、彼女が言った言葉が、頭の中に――響き渡った。
「……プ……プロデューサー……!?」
私は、プロデューサーだ。
彼女を見捨てないと……そう、約束したのだ。
「ポイ捨ては……」
プロデューサーの手は、アイドルのためにある。
時として、その手を汚すことになっても、それを躊躇っては……んんん、温かい……!
「……いけませんから」
掬い上げるように、キャッチ。
私の左手の中にも、彼女のLIVEの痕が刻まれた。
指と指の隙間から覗いているウェットティッシュに、目を向ける。
が、彼女の視線を感じ、すぐさま、顔をそちらに向けると、
「……見捨てないで、くださいね……?」
そう、念押しされた。
188: 2018/07/23(月) 01:01:48.13 ID:kRKoB1G4o
・ ・ ・
「……」
後始末はしておきますと、彼女を送り出した。
何せ、ここはプロダクション内の中庭なのだ。
芝生とは言え、何の処理もせず、そのままにしておく訳にもいかない。
幸運の象徴を探した結果がこれとは、何とも皮肉なものだ。
「……」
完全に、LIVEの痕跡を消すことは、流石に難しい。
尚も残り続ける熱気は、今も私の鼻孔を苦しめ続けている。
「……」
しかし……その作業も、もうすぐ終わる。
これが終わったら……少し、休憩しよう。
他にもやるべき仕事は残っているが……それでも、少し、休もう。
「……」
そう考えながら、芝生の一点を見つめると――
「……これは」
――四葉のクローバーを見つけた。
「……」
彼女は、この四葉のクローバーを見つける事が出来たのだろうか。
……いや、恐らくそれは無いだろう。
何せ、これが生えている場所は、彼女がLIVEを行った、ほぼ真下なのだから。
四葉のクローバーをステージにしてのLIVEなど……。
「……」
四葉のクローバーのステージ……これは、検討してみても、良いかも知れません。
しかし……着想をどこから得たかは、絶対に、言えませんね。
「……」
茶色のコーティングがされた四葉のクローバーを摘み取る。
そして、ビニール袋の中に入れて……固く、固く口を閉じる。
彼女の事を思うからこそ、この四葉のクローバーは、捨ててしまわなければ。
「……」
見上げた空は美しく、風は優しく吹いている。
しかし、私の心は、清々しいとは言い難い。
ふりそそぐ光も、この暗い気分を明るくする事は、出来ないようだ。
おわり
「……」
後始末はしておきますと、彼女を送り出した。
何せ、ここはプロダクション内の中庭なのだ。
芝生とは言え、何の処理もせず、そのままにしておく訳にもいかない。
幸運の象徴を探した結果がこれとは、何とも皮肉なものだ。
「……」
完全に、LIVEの痕跡を消すことは、流石に難しい。
尚も残り続ける熱気は、今も私の鼻孔を苦しめ続けている。
「……」
しかし……その作業も、もうすぐ終わる。
これが終わったら……少し、休憩しよう。
他にもやるべき仕事は残っているが……それでも、少し、休もう。
「……」
そう考えながら、芝生の一点を見つめると――
「……これは」
――四葉のクローバーを見つけた。
「……」
彼女は、この四葉のクローバーを見つける事が出来たのだろうか。
……いや、恐らくそれは無いだろう。
何せ、これが生えている場所は、彼女がLIVEを行った、ほぼ真下なのだから。
四葉のクローバーをステージにしてのLIVEなど……。
「……」
四葉のクローバーのステージ……これは、検討してみても、良いかも知れません。
しかし……着想をどこから得たかは、絶対に、言えませんね。
「……」
茶色のコーティングがされた四葉のクローバーを摘み取る。
そして、ビニール袋の中に入れて……固く、固く口を閉じる。
彼女の事を思うからこそ、この四葉のクローバーは、捨ててしまわなければ。
「……」
見上げた空は美しく、風は優しく吹いている。
しかし、私の心は、清々しいとは言い難い。
ふりそそぐ光も、この暗い気分を明るくする事は、出来ないようだ。
おわり
189: 2018/07/23(月) 04:44:11.54 ID:/EZqRbmk0
この話を読み終わった時、オレの心にあったのは虚無だけでした(褒めてる)
190: 2018/07/23(月) 07:34:02.67 ID:poSlLEfSO
野外live(意味深)
引用元: 武内P「『次はお前だ』」
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