433: 2018/07/30(月) 11:29:36.29 ID:zv1dazUUo
「いらっしゃいませ」
カウンターから、店の入口に立つ大きな人影に向けて言う。
これでもかと言うほどの笑顔を向けられたあの人は、少し、気まずそうだ。
だって、この笑顔が単なる営業スマイルじゃない事に、気付いているだろうから。
そうでなくても、私はあまり、満面の笑みを浮かべるってタイプじゃないし。
「……おはようございます」
右手を首筋にやりながら、困ったような顔で言った。
最初は威圧的だった見た目も、今ではもう、気にならなくなっていた。
それは、この人が何度もここへ足を運んでいるからで、
私が、何度もこの人と顔を合わせているという証明にもなるんだけど、ね。
「また来たの?」
呆れを隠さずに、言い放つ。
「……」
この人は、私をアイドルにスカウトしようと、足繁くここへと通ってきている。
興味がないと言っているのに、何度も、何度も。
悪い人ではない事は、最初に出会ったきっかけからわかってた。
「すみません……ご迷惑、でしたか?」
オモチャのロボットを落として、ネジが見つからずに泣いてた男の子。
歩くと踏んじゃうからと、その子は泣きながら、私に止まっててと頼んできた。
言われるがままに、その場に立ち尽くす私と、泣き続けるその子の周囲には、人だかりが出来ていた。
それはどんどん大きくなって、不審に思った警官まで来る始末。
「……あのね」
別に何もしてないと言う私の言葉は、信じては貰えなかった。
詰問する警官の声が大きくなり、周囲からは、私がその子に何かしたのではという声が聞こえた。
突き刺さってくる、視線、視線、視線。
15歳の、ただの女子高生だった私は、何もしてないと繰り返すのが、精一杯だった。
私は、あの時確かに、誰の目から見ても悪者だったと思う。
本当かどうかなんて関係なく、善意によって、悪者にされてた。
「それ、本気で言ってる?」
だけど……この人だけは、違った。
人混みをかき分けて、自分も注目されてしまう事も恐れずに。
「もう少し彼女の話を聞いては」と、それだけを言うために。
「……いらっしゃいませ、って言ったでしょ」
何て真っ直ぐで、不器用な人なんだろうと、思わず笑みが溢れた。
434: 2018/07/30(月) 12:09:25.28 ID:zv1dazUUo
「……」
クスクスと笑っている私に、向けられる視線。
その視線の主は、緊張から解き放たれたのか、首にやっていた右手を下ろした。
最初に会った時もそうだったけど、それが、この人の癖みたい。
私が、アイドルなんて興味が無いと言った時に、毎回やる仕草。
「良い、笑顔です」
しみじみと、って言えば良いのかな。
私に伝えるためじゃなく、ただ、漏れ出てしまったという、その言葉。
容姿を褒められる事も無くはないけど、ここまで真正面から言われると、さすがに照れる。
だって、言葉に全然飾り気が無いから、直に伝わってくるんだもん。
「そう?」
恥ずかしさを誤魔化すため、カウンターから出て、歩いていく。
お店の制服――にしては簡単すぎるかな――のエプロンの裾が、ヒラヒラと揺れる。
一歩進む事に縮まっていく距離に、少しだけ、緊張する。
大声を出さなくても言葉が届く、お互いが手を差し出せば、届く距離。
「最初の笑顔の方が、良かったんじゃない?」
それに関して何も無いの? と、視線に言葉を乗せて、問いかける。
そろそろ来そうだなと思ってたから、練習してみたんだけど。
洗面所の鏡の前で練習してる所をお母さんに見られて、からかわれたんだからね。
それに見合うだけの笑顔は、出来てたと思わない?
「えっ?」
なのに、
「あの……怒っていたのでは、無いのですか?」
ひどい誤解をされていた。
アンタが、「貴女の笑顔が見てみたい」って言うから、せっかく練習したのに!
それなのに、どうして怒ってたなんて思ったの!?
私を怒らせるような事……ああ、何度もスカウト来て迷惑してると思ってたから?
だから、急に笑顔を向けられて、そういう風に思ったって事?
「……何それ?」
アンタ、全然わかってない!
目を細めて睨みつけ、お望み通り、怒る。
「す、すみません……違ったの、でしょうか?」
さすがに、今の私の表情を取り違える程、鈍くはないらしい。
質問に答えずに背を向けて、ツカツカとわざと足音大きく、カウンターへと戻る。
そんな私の後ろ姿を見ながら、どんな顔をしてるのかなと思うと、口の端がちょっと釣り上がった。
……もしかして私って、案外性格が悪いのかも。
435: 2018/07/30(月) 12:43:54.80 ID:zv1dazUUo
「……」
カウンターの椅子に、背を向けたまま腰掛ける。
店の入り口に背中を向けて座ってるなんて、店番失格かな。
だけど、今お店の中に居るのは、私と、あの人だけ。
だったらさ、これ位はしても、許されると思う。
「違いました」
滅多に使わない敬語で、距離をとる。
考えてみれば、お店に出てる時以外、敬語なんてほとんど使わないな。
「怒ってませんでした」
でも、今は怒ってるから。
って言うか、誰だって怒るでしょ、あんな事言われたら。
「……」
振り返らずにいたら、こちらへと近づく、革靴の音が聞こえてきた。
耳を澄ましていると、カウンターの前で、その音が止まった。
傍から見たら、お客さんに背を向けて無視してる店員……に、なるのかな。
でも、悪者は、あっちの方だから。
「……申し訳、ありませんでした」
低い声での、謝罪の言葉。
右手を首筋にやったのか、スーツの擦れる音も聞こえた。
ごめんで済むなら警察は要らないって言葉、知ってる?
どんな顔をしてるのか、ちょっと確認――
「はっ?」
――って!
「ちょっ、ちょっと! 何してるの!?」
背後で、頭を下げられていた。
頭頂部では寝癖が立ってるんだと確認出来るほど、深々と。
それを見て、慌てて声を上げる私に、この人は更に言葉を続けてくる。
「……君に、失礼な事を言ってしまったと、そう、思いまして」
だからって、そんな風に謝らないで!
これじゃあ、私の方が悪者みたいじゃないの!
「良いから、顔を上げて!」
そう言っても、腰から曲げられた上半身が上がる事は無かった。
本当に、卑怯。
「もう、怒ってないから!」
436: 2018/07/30(月) 13:22:17.69 ID:zv1dazUUo
「……」
ちょっとの間、無言の時間が続いた。
それが気まずくて、前髪をいじる。
悪いのは向こうだから、こっちから謝るのは……変だよね。
でも、この人って、あんまり喋る方じゃないんだよね。
「……」
最初の時も、助けに入ってきたのに、
結局一緒になって警察の人に連行されちゃったんだもん。
むしろ、この見た目の分、私よりも注目を集めてた気がする。
誤解されやすい見た目って、本当に損だよね。
「……あの、さ」
私も、それで何度か損をした事がある。
アンタに会った最初の時もそうだし、さっきだって、大損でしょ?
でも、それだけで終わるのって、納得行かない。
損をした分、得をしなきゃいけないんじゃなく、
「もうすぐ、店番が終わるんだけど」
その損をして良かったと思える様な、
「そうしたら、ハナコの散歩……付き合ってくれる?」
そんな得をしちゃえば、損をするのも悪くないんじゃない?
「えっ?」
キョトンとした表情を向けられて、私は慌てて俯いた。
真っ直ぐ視線を合わせるのが、躊躇われるから。
右手で前髪をいじりながら、膝の上に乗せた左手をキュッと握りしめる。
初めて会った時の、あの大勢の視線よりも。
今のこの人の視線の方が、遥かに緊張する。
「……ええ、勿論です」
やった。
「ありがと」
そう言って顔を上げると、
「……あっ、いえ、その……こちらこそ、ありがとう、ございます」
だって。
何それ?
437: 2018/07/30(月) 14:19:19.49 ID:zv1dazUUo
・ ・ ・
「いらっしゃいませ」
カウンターから、店の入口に立つ大きな人影に向けて言う。
この人に対しては、無理に笑顔を作る必要はない。
そっけない様に見えるかも知れないけど、これが私の自然体。
笑わない事も無いけど、いつもニコニコ、ってタイプじゃない。
「おはようございます」
この人も同じで、笑う時も、声をあげて笑う事は無い。
ちょっとだけ口角を上げて、穏やかに、優しく笑う。
初めて会った時は、顔が怖くてたじろぎもしたけど、さ。
今のアンタの表情は……まあ、悪くないかな。
「今日は、何をお求めですか?」
笑うのをこらえながら、営業口調で接する。
これが、一種の遊びだと、この人はとっくに理解している。
私は、他の人には、こういった事はしない。
だって、怒ってるって勘違いされるかも知れないし。
「そう、ですね……この時期は、何がオススメですか?」
今はですね、と、オススメの花を挙げていく。
この人が担当するプロジェクトのルームに飾る花を選ぶ。
二人で花を見ながら、本当に他愛のないやり取りを一言、二言。
積み重なった会話は、今ではいくつになったか、数えようも無い。
「……」
私はしゃがみながら、膝に手を当て腰を曲げて花を見ている姿を見上げる。
ショーケースの中に飾られている花を真剣に見る、横顔。
この人は、自分の担当するアイドルのために、こういう顔をする。
この視線を向けられるって、どんな気持ちなんだろうと、時たま思う。
「? どうか、しましたか?」
一歩を踏み出せば、私も、この花達と同じ様に、真剣な目を向けられていただろう。
だけど、そうしたら、私とこの人の間には、見えないガラスの壁が出来た。
そう考えたら、一歩を踏み出す事が、決して正解とは言えないと思う。
「ううん」
差し出した手は、大きな手に優しく包まれた。
この人は、プロデューサー。
アイドルを見守るのが――仕事。
「何でも無い」
だから私は、今の関係が気に入っている。
他の誰にも見せない、満面の笑み。
それを唯一人だけに向けられるから。
おわり
「いらっしゃいませ」
カウンターから、店の入口に立つ大きな人影に向けて言う。
この人に対しては、無理に笑顔を作る必要はない。
そっけない様に見えるかも知れないけど、これが私の自然体。
笑わない事も無いけど、いつもニコニコ、ってタイプじゃない。
「おはようございます」
この人も同じで、笑う時も、声をあげて笑う事は無い。
ちょっとだけ口角を上げて、穏やかに、優しく笑う。
初めて会った時は、顔が怖くてたじろぎもしたけど、さ。
今のアンタの表情は……まあ、悪くないかな。
「今日は、何をお求めですか?」
笑うのをこらえながら、営業口調で接する。
これが、一種の遊びだと、この人はとっくに理解している。
私は、他の人には、こういった事はしない。
だって、怒ってるって勘違いされるかも知れないし。
「そう、ですね……この時期は、何がオススメですか?」
今はですね、と、オススメの花を挙げていく。
この人が担当するプロジェクトのルームに飾る花を選ぶ。
二人で花を見ながら、本当に他愛のないやり取りを一言、二言。
積み重なった会話は、今ではいくつになったか、数えようも無い。
「……」
私はしゃがみながら、膝に手を当て腰を曲げて花を見ている姿を見上げる。
ショーケースの中に飾られている花を真剣に見る、横顔。
この人は、自分の担当するアイドルのために、こういう顔をする。
この視線を向けられるって、どんな気持ちなんだろうと、時たま思う。
「? どうか、しましたか?」
一歩を踏み出せば、私も、この花達と同じ様に、真剣な目を向けられていただろう。
だけど、そうしたら、私とこの人の間には、見えないガラスの壁が出来た。
そう考えたら、一歩を踏み出す事が、決して正解とは言えないと思う。
「ううん」
差し出した手は、大きな手に優しく包まれた。
この人は、プロデューサー。
アイドルを見守るのが――仕事。
「何でも無い」
だから私は、今の関係が気に入っている。
他の誰にも見せない、満面の笑み。
それを唯一人だけに向けられるから。
おわり
438: 2018/07/30(月) 14:25:59.85 ID:KainmKLLo
乙
なんだこの綺麗な女子高生(実家バイト手伝い)は
なんだこの綺麗な女子高生(実家バイト手伝い)は
439: 2018/07/30(月) 15:07:06.97 ID:5Z/AMnIH0
おつん、武内P相手ならアイドルにならない方がグッドエンドの可能性がアップしそうだ
440: 2018/07/30(月) 15:39:38.37 ID:m1hRpwpSO
ふーん。で、誰この女?
441: 2018/07/30(月) 16:21:28.43 ID:8uhJ2JGAo
プロデューサーが花売りのところに通いつめていると言うのはガチなのですか?
442: 2018/07/30(月) 16:23:16.36 ID:KainmKLLo
このルートは島村さんが闇落ちしそう
443: 2018/07/30(月) 16:30:55.93 ID:7s5EUc8Co
ちゃんみおもアイドル辞めそう
444: 2018/07/30(月) 16:59:53.38 ID:5Z/AMnIH0
花屋の女子高生がうまく外部からサポートしてますます距離を縮めて25歳児のハイライトが消滅するくらいしか事件は発生しなさそう
445: 2018/07/30(月) 18:04:15.88 ID:YCHz5IESO
きれいな花屋ifだな
引用元: 武内P「『次はお前だ』」
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