491: 2018/07/31(火) 22:06:55.33 ID:TYR5S/4+o

 定時!!


 それは、労働という戦場の終わりを告げる時刻である!


 ある者は、充実感を得て帰路につく!



今西部長「ようし、そろそろ帰ろうかな!」



 また! ある者は、就業後の自由な時間を楽しみとする!



まゆP「早く……! まゆが戻ってくる前に、帰らないと……!」

まゆP「あれ……? あのドア、開いてたっけか……?」



 定時に帰るというのは、大企業346プロダクションにおいて、当然の事である!
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(1) (電撃コミックスEX)
492: 2018/07/31(火) 22:15:04.47 ID:TYR5S/4+o

 そして!

 定時とは、プロデューサーにも、アシスタントにも平等に訪れる!


ちひろ「プロデューサーさん、時間ですよ」


 天使の様な微笑みを浮かべつつ、プロデューサーへと告げる!

 まさに、事務員――アシスタントの鑑とも言える彼女は、千川ちひろ!


ちひろ「プロデューサーさーん?」


 緑色の制服を纏い微笑むその姿は、時に悪魔とも……天使である!


武内P「……」


ちひろ「……」


 彼女の言葉を聞いているのかわからない、無表情なプロデューサー!

 これは、プロデューサーとアシスタントの、戦いの物語である!!

493: 2018/07/31(火) 22:16:02.40 ID:TYR5S/4+o



  千川さんは帰らせたい

494: 2018/07/31(火) 22:21:02.83 ID:TYR5S/4+o
ちひろ「プロデューサーさーん、定時ですよー」

武内P「っ……すみません」

武内P「もう、こんな時間だったのですね」


 腕の時計に目をやり、驚いたような声を出すプロデューサー!


武内P「ありがとうございます」


 嘘である!

 この男、感謝の気持ちは微塵も抱いてはいない!


武内P「気付きませんでした」


 嘘である!

 この男、時間の配分を考えつつ、サービス残業をする予定すら立てている!


ちひろ「……」

495: 2018/07/31(火) 22:28:07.19 ID:TYR5S/4+o
武内P「もう少しで……キリの良い所なので」

ちひろ「あっ、そうなんですね」

武内P「……はい」


 しかし! このプロデューサーは、誠実を絵に描いたような男!

 バイオレンスでホラーな見た目に反し、根が真面目なのである!


ちひろ「それじゃあ、すぐ終わりますね♪」


 見抜いている!

 この女、プロデューサーの嘘を全て見抜いているのである!


ちひろ「残業したら、怒られちゃいますから」


 見抜いた上で、泳がせる!


武内P「……ええ、そう……ですね」

ちひろ「はい♪」


 泳がせ、疲れ切った所を一気に釣り上げるために!


ちひろ「それじゃあ……ルームを閉めるの、待ってますね?」


武内P「っ……!?」

496: 2018/07/31(火) 22:34:28.63 ID:TYR5S/4+o
武内P「いっ、いえ……お待たせしては、悪いですし」

ちひろ「えっ?」

ちひろ(――かかった)


ちひろ「もう少しじゃ、無いんですか?」


武内P「あ、いえ……それは、ですね」

ちひろ「~?」


 この女、頬に手を当てて考えるフリをしているが、全てが演技! 全ては演出!


ちひろ「~?」


 実は、千川ちひろは幾度となくプロデューサーに騙され続けてきた!

 もう少しだけ、あとちょっとだけと……耳あたりの良い言葉を真に受けてきた!

 しかし! その度に裏切られてきたのである!


武内P「……」


 この、定時という概念を放り捨ててしまった、プロデューサーの男に!

497: 2018/07/31(火) 22:42:27.66 ID:TYR5S/4+o
ちひろ「それは……?」


 故に! 今日の千川ちひろは、本気なのだ!

 本気で、この男を定時で帰らせようとしているのである!


武内P「……」

ちひろ「~?」


 確かに、怒鳴りつければ、今日は言うことを聞くだろう!

 しかし! 彼女とて、大声で叱りつけるのは避けたい!

 同僚を怒り続ける日々というのは、非常にストレスとなるからだ!


武内P「鍵は……私がしておきますので」


 だから、放っておいて帰ってください!

 そんな言葉を飲み込みつつ、精一杯の微笑みを男は浮かべる!


ちひろ「っ……!」

ちひろ(このタイミングで微笑むとか……反則です!)


 効いちゃうのである!

 千川ちひろには、この不器用な男の微笑みが効いちゃうのである!

498: 2018/07/31(火) 22:49:06.42 ID:TYR5S/4+o
ちひろ「……!」


 彼女とて、ただ男に微笑まれただけではこうはならない!

 仮にも、25歳の淑女なのだ!

 その程度の事では、本来ならば揺らぎはしない!


武内P「……」

ちひろ「……」


 しかし! 彼女は、プロデューサーが如何に努力をしているかを知っている!

 彼が、身を粉にして担当しているアイドルのために働く姿を見続けているのだ!

 その思いを無視に出来る程、計算高い女ではないのだ!


武内P「……」


 が! プロデューサーは、そんな事は知ったこっちゃないのである!

 滅多に見せない笑顔を見せる程、働きたい!

 プロデューサーは、働きたい!

499: 2018/07/31(火) 22:56:14.44 ID:TYR5S/4+o
ちひろ「っ……!」


 プロデューサーは、働きたい。

 その思いは、わかっている。


ちひろ「……もうっ」


 千川ちひろは、天使の様なアシスタントなのだ。


武内P「お疲れ様でした、千川さん」

ちひろ「すぐに終わらせて、帰ってくださいね」

武内P「はい、勿論です」

ちひろ「約束ですよ?」

ちひろ「専務、サービス残業にはうるさいんですから」

武内P「……ええ、気をつけます」


ちひろ「それじゃあ、お先に失礼します」


武内P「……」


 やっと行ってくれたか。

 プロデューサーは、そう思いながら仕事に戻った。

500: 2018/07/31(火) 23:03:01.85 ID:TYR5S/4+o
  ・  ・  ・

 ――だが!


ガチャッ!


ちひろ「……」


武内P「……!?」


ちひろ「あれ……? あれ? おかしいですね?」

ちひろ「私が着替えて戻ってくるまでに……」

ちひろ「……かなりの時間が経ったと思うんですけど?」


 今日の千川ちひろは、本気なのだ!

 いつもの、この男の手には乗る気は無い!


ちひろ「もしかして、まだお仕事をしてたんですか?」

武内P「っ……!?」


 今日の彼女は、天使ではない。


ちひろ「プロデューサーさん……?」


 緑の悪魔なのである!!

501: 2018/07/31(火) 23:13:03.85 ID:TYR5S/4+o
ちひろ「もしかして……」

武内P「……」


ちひろ「嘘、ついたんですか?」


 そんな筈はないですよね。

 そう言わんばかりの表情だが、全てわかった上での行動。

 プロデューサーを追い詰めるための、千川ちひろの全力の演技!


武内P「いっ、いえ! そんな事は、決して!」


 騙される!

 この男、先程はいけしゃあしゃあと嘘をついておきながら、咄嗟に否定!

 ……しかし、それも仕方の無い事だろう。


ちひろ「……」ションボリ

武内P「っ……!?」


 怒られるならまだしも……悲しまれる。

 それは、喜びの感情を表す笑顔とは、対極に位置する表情を作り出す。


武内P「……」


 まずい、どうしようという思いが、男の脳裏を駆け巡る。

502: 2018/07/31(火) 23:20:09.07 ID:TYR5S/4+o
ちひろ「……」ションボリ

ちひろ(……ふふっ! 焦ってますね、プロデューサーさん!)

ちひろ(そうやって、ちょっとの間、反省してください!)


 悲しげな表情の裏で、女は考える。


武内P「……」

武内P(千川さんを……落ち込ませてしまった)


 それを見て、男は己の行動が招いた結果に目を向ける。


武内P「……」

武内P(何とかなだめ……帰って頂く方法は、無いだろうか)

武内P(今日中に作成しておきたい資料も、まだ残っている)

武内P(可能ならば、明日の分にも多少手を付けておきたい)


 目を向けてもなお、こんな調子なのである!!

503: 2018/07/31(火) 23:27:11.90 ID:TYR5S/4+o
武内P「……」ソワソワ

ちひろ「……」


 無論、千川ちひろもそんな事は百も承知。

 一瞬だけでも反省させられただけでも良しとする。

 だが! 今日の目的は、帰らせるまで達成出来たとは言えない!


ちひろ「プロデューサーさ――」

武内P「――そう言えば」


武内P「千川さんは、どうしてこちらへ?」


 しかし! プロデューサーも、追撃は許さない!


ちひろ「それは――」

武内P「――ああ」


武内P「忘れ物でも、されたのでしょうか?」


ちひろ「っ……!?」

ちひろ(……あくまでも、抵抗なさるつもりですか!)

504: 2018/07/31(火) 23:36:44.24 ID:TYR5S/4+o
ちひろ「……」

ちひろ(これは……肯定するしか、無いですよね)


 彼女がここに戻った理由。

 それは、言うまでも無く、男が残り続けていると確信していたからだ。


ちひろ「……」

ちひろ(でも……それを正直に言うのは、上手くありません)

ちひろ(だって、そうしたら……)


 『嘘、ついたんですか?』


ちひろ「っ……!」

ちひろ(って言ったのに! 疑ったんですか、って返されちゃうもの!)

ちひろ(そうしたら、またいつもの怒る流れになっちゃう!)


ちひろ「……――ええ、そうなんです」


武内P「そうですか」

武内P「実は……私も、忘れ物を」


武内P・ちひろ「……」

505: 2018/07/31(火) 23:41:05.83 ID:TYR5S/4+o
ちひろ「すみません! 私ったら、疑うような事を言って!」

武内P「いえ、私の普段の行動からして、仕方が無いかと」

ちひろ「忘れ物、ありましたか?」

武内P「はい。千川さんは、ありましたか?」

ちひろ「ええと……はい、ありました」

武内P「では……帰りますか」

ちひろ「はい……そうですね」


ガチャッ……バタンッ

カチャリッ!

506: 2018/07/31(火) 23:52:05.88 ID:TYR5S/4+o
  ・  ・  ・

ちひろ「……」

ちひろ(このまま別れたら、きっとUターンして戻るわよね)

ちひろ(だから、出来る限り同じルートで……目を離さないようにしないと)

ちひろ(プロデューサーさんの利用する駅と、そこまでのルート)

ちひろ(それから、今日は帰ってゆっくり休んでください、って)

ちひろ(……駅につくまでに、説得しきれるかしら)


 アシスタントは、考える。


武内P「……」

武内P(可能な限り、人通りが多いルートを選択)

武内P(そこで、いつの間にかはぐれた風を装いUターン)

武内P(そこから、中断した作業を再開して……)

武内P(22時までやれば、明日は最高の状態で始められる)

武内P(……すみません、千川さん)


 プロデューサーは、考える。 

507: 2018/07/31(火) 23:57:43.51 ID:TYR5S/4+o

 ――だが、彼らは天才では、無い。

 あくまでも、ただのプロデューサーと、アシスタントなのだ。


武内P・ちひろ「……」


 そんな、平行線な彼らの思惑を飛び越えてくる存在が、ある。



「――あら?」



武内P・ちひろ「っ!?」



楓「今日は、もうお仕事は終わりですか?」



 それは、アイドル!!



武内P・ちひろ「は……はい」



 アイドルは、平行線すらも越えていく!!

508: 2018/08/01(水) 00:08:09.12 ID:TokAq71ho
楓「奇遇ですね。私も、もう帰る所だったんです」

ちひろ「そ……そう」

武内P「なのです……ね」

楓「でも……他の人達は、まだお仕事みたいで」


楓「良ければ、これから飲みに行きませんか?」

楓「時間は、たくさんありますし……」

楓「ふふっ! ビールを浴びーる程飲めますね、うふふっ!」ニコニコッ!


武内P・ちひろ「……」

武内P・ちひろ「……いいえ」


 彼らは、プロデューサーと、アシスタントである。


武内P「お猪口で――」

ちひろ「――ちょこっとだけ、ですよ?」


 アイドルの笑顔には、勝てないのだ。




 本日の勝敗――両者敗北。

509: 2018/08/01(水) 00:08:59.70 ID:TokAq71ho



  プロデューサーは帰れない



おわり

512: 2018/08/01(水) 02:02:39.72 ID:08qipMjfo
武ちひ大好き

513: 2018/08/01(水) 02:45:23.47 ID:xz8LK58W0
双葉杏は働かない

引用元: 武内P「『次はお前だ』」