724: 2018/08/08(水) 22:08:25.57 ID:lVI6xtOSo

727: 2018/08/08(水) 22:32:15.25 ID:lVI6xtOSo

「――って、プロデューサーは言ったよねぇ」


 潮風が、気持ちよく頬と鼻をくすぐってくる。
 落ち着くはずの海の匂いと景色。
 ああ、それなのに……何ということでしょう!
 防波堤を歩いてくるキミの、その顔!


「にゃはははは!」


 いつも、あたしが何処かへ行く度に見つけてくれる。
 そして、ため息をつきながらでも、手を差し伸べてくれる。
 そんなプロデューサーに、あたしは甘えていた。
 顔も思考も……ううん、似ている所を探す方が面倒なのに、
あたしは、普通の女の子みたいに、父親に甘える気分を味わっていた。


「……」


 でも、プロデューサーは――ダッドじゃない。
 そんな事はわかりきってるし、誰に言われるまでも無い。
 けれど、志希ちゃんは寂しかったのです、グスン!
 ……な~んて、言ってる場合じゃなさそう。


「ねえ……本気?」


 そんなはずは無いと思いたいけど、確かめずにはいられない。
 答えはもうすぐ出るけれど、一刻も早く、知りたい。


「あたし、アイドルなんだけどにゃ~?」


 可能ならば、回避したい。
 ううん、全力で回避すべきだと思うんだよね。
 そのためなら、あたしはどんな手でも使う。


 ……そう、ちょっと危険なお薬を使ってでも、ね。



「へのつっぱりは、いらんですよ」



 言葉の意味はわからないけど、とにかく凄い自信だ。


 交渉決裂……う~ん、これは仕方ないかにゃ~。
 そう思って、ポケットの中に手を差し入れた瞬間――



「へっ?」



 ――あたしの視界は反転していた。
 さっきまで眺めていた水平線は、上下逆さま。
 踏みしめていたコンクリートの地面は、遥か遠く――真下にある。
 それでさ、嫌でもわかっちゃったんだよね~。


 プロデューサーは、あたしを一瞬でキン肉バスターの大勢に持ち込んだ、って。

726: 2018/08/08(水) 22:19:17.64 ID:OHlDeYUB0
唐突なキン肉マンに草

730: 2018/08/08(水) 22:55:12.78 ID:lVI6xtOSo

「48の殺人技の一つ!」


 耳元で、必殺技に入るまえの口上が高らかに告げられた。
 いつものあたしなら、わざわざ間近に迫ってくれたプロデューサーの匂いを嗅いでたよ。
 なんだか落ち着く匂いがするんだよねぇ。


 ――でも、そんな事も言ってられない。


「――!」


 あたしは、一瞬で思考する。


 キン肉バスター――別名、五所蹂躙絡み。
 相手を掴んだまま上空に飛び上がり、両手で相手の両足をホールド。
 そして、自分の首と相手の首をフックして、着地時の衝撃で首、股関節、背骨にダメージを与える技。
 んっふっふ! 気まぐれ真面目な志希ちゃんは、ここまで調べ上げていたのでーす♪


 キン肉バスターの弱点。


 あたしにも実行可能な、首のフックを外し――


「――!?――!?」


 ――外れなくない!?
 っていうかイタタタタタタタ!
 もう、この体勢で十分痛いんだけど!?


 だけど、あたしは焦らない。


 キン肉バスターをかけられるのは初めてだけど、調査は終わってる。
 にゃはは! 弱点のある必殺技なんて、看板に偽りありだよん♪
 首のフックが外れなくても、他にも破り方は存在するからオッケー!


 6を返せば、9に――


「――!?――!?」


 ――ならなくない!?
 ホーリーシット! ってイタタタタタタ!
 裂けちゃう裂けちゃう股が裂けちゃう!


 それでも、志希ちゃんはアセラナーイ♪


 このお薬を使えば、体勢を解くことが出来るからねん♪
 あたしもちょ~っと吸い込んでトリップしちゃうけど! にゃははー!
 まっ、キミと一緒ならそれも悪くないと思うあたしなのでした!


 お薬を取り出――


「――!?――!?」


 ――せない!?
 右手がポケットから抜けないんだけど、えっとえっイタタタタタ!
 プロデューサー、ギブ! ギブアーップ! ギブアーップ!


 落下していく中、あたしの左手が空を切り続けた。

734: 2018/08/08(水) 23:21:53.28 ID:lVI6xtOSo

「キン肉――」


 このままじゃ、あたしは再起不能になる。
 そうなったら、あたしはどうするんだろう。
 両手は破壊されないから、実験は出来るかな。
 少し面倒な手順が増えるけど、そっちは平気。


 でも、アイドルは続けられなくなる。


 この技は、アイドルとしてのあたしを完膚なきまでに破壊する。
 スクラップになった体じゃ、続けられる程甘い世界じゃないもんねぇ。
 ……ちょっと前までは、気になる程度だったんだけどさ。


 今ではもう、あたしの探究心が騒いではしゃいで仕方ないのでーす♪


「――!――!」


 みっともないとは思わないよ。
 だ~って、これしか無いんだもん!
 技の成功率をほんの少しでも下げる方法。
 それは――


「――!――!」


 ――左手をパタパタさせる……だっけでーす♪ にゃっははは♪


 地面が、迫る。


 衝撃が、来る。


 破壊が、訪れる――



「……キン肉バスター、破れたり」



 ――事は、無かった。
 落下は、いつの間にか止まっていた。
 プロデューサーは……技を中止したのだ。
 でも、どうして? なんで?


「最後まで、諦めない心」


 あたしの心の中を察したかの様に、プロデューサーが言った。


「その心の輝きが、技を中止させた」


 その声は、とても穏やか。


「……綺麗な海だ」


 でも、ホールドはそのまま。


「――!――!~~!」


 あまりの痛みに、声が出ない。

735: 2018/08/08(水) 23:51:33.88 ID:lVI6xtOSo

「……」


 波の音、潮の香り、プロデューサーの匂い、穏やかな空気。
 それに痛みが加わって、シェイクして……とりあえず痛い!


「――!――!」


 ホールドされたままの状態で、横目でプロデューサーの顔を見る。
 その表情は、あたしが今まで見たこと無い程優しくて、満足げ。
 ふ~ん? キミって、そういう顔もするんだ、新発見!
 それを導き出すために必要なのは、何かにゃイタタタタタタ!


「……」


 プロデューサーは、ふっと微笑むと、踵を返した。
 その行動が意味するのは、一つ。


「――!?――!?」


 あたしをキン肉バスターの体勢にホールドしたまま、連れ帰るつもり!?
 ちょ~っと待とう! 落ち着こーう!
 あたし、思いっきりパンツ丸見えだよん!? 良いの!?
 ちょっと、そのプロデュースは大胆すぎるんじゃないかとイタタタタタタ!


「――!――!」


 とにかく降ろして! おーろーしーてー!
 暴れてホールドを解こうとしても、まるでビクともしない。
 っていうかキミ、あたしが暴れるたびにちょっとホールド強くしてない!?
 どうしてこの体勢で安定させようとしてるの!? ホワイ!


「――!?――!?」


 キミが何を考えてるか、あたしにはわからない!
 あたしがギフテッドだから、わからないの!?


「友情は、成長の遅い植物である」


 何か言い出した!


「それが友情という名の花を咲かすまでは」


 この言葉が、答えを導き出すためのピースって事!?


「幾度かの試練・困難の打撃を受けて堪えねばならぬ――」


 ……なるほど。


「――!――!――!」


 関係なーい! キミ、何となく言ったよね!?

737: 2018/08/09(木) 00:34:15.16 ID:q8R2bWTpo
  ・  ・  ・

「……」


 あれから、あたしの疾走癖はなりを潜めていた。
 だから、今日のこれはちょっとしたミス。
 ……を装った、サボタージュだったんだよね。
 あたしは、誰にも縛られなーい♪


「話し合いをしよーう♪ うん、それが良いよ♪」


 な~んて、そんな言い訳はお見通しだよねー!
 キミの表情……そして、漂ってくる匂いでわかるよん♪
 また、あたしにキン肉バスターをかけるつもりだね?


 だけど、あたしは成長したのでーす! いえーい!


「やっぱりさ、あたしみたいな美人にキン肉バスターは良くないって~」


 言葉を放ちながら、予め手に持っておいた秘密のお薬の蓋に指をかける。
 あとは、これを開けて床に落とせば万事解決!
 空気中に散布された成分が鼻腔を通り、即座に全身の筋肉を弛緩させる。
 副作用という副作用は……あたしも立ってられなくなるくらいかな、にゃははは!


「――はっ?」


 瞬きをした、その一瞬。
 その一瞬の内に、プロデューサーは『P』のマスクを被っていた。
 それが何を意味するのか、あたしは何とな~くわかっちゃったんだよね。
 だから、お薬の瓶が壊れないように、そっと床に置く。


「話し合いをしよう! プリーズ! プリ~~ズッ!」


 アメリカのスラムでも感じなかった、危険。
 両手を上げて抵抗の意思が無いことを必氏でアピール!



「へのつっぱりは、いらんですよ」



 言葉の意味はわからないけど、とにかく凄い自信だ!


「っ!」


 咄嗟に、プロデューサーに背を向けて走りだした瞬間――



「ターンオーバー!」



 ――あたしの視界は反転し、体は宙高く浮いていた。
 プロデューサーは、あたしを一瞬でターンオーバー・キン肉バスターの体勢に持ち込んだのだ。
 だけど、技の入り際でロックが甘い。
 外すことは出来ないけど、一言くらいは発する事が出来るよん!



「なんでキン肉バスターなの!?」



おわり

738: 2018/08/09(木) 02:31:35.98 ID:FYZ+aLxwO
言葉の意味はわからないけど、とにかく凄い自信だ!

この一文だけでもう笑える

739: 2018/08/09(木) 02:42:11.66 ID:gInm5RUDO
超人強度がもう少し高ければ6をひっくり返して9に出来たのに…

740: 2018/08/09(木) 02:44:03.18 ID:QSXytreRo
峰打ちで氏んでる人かまいるんですが…

741: 2018/08/09(木) 05:38:58.98 ID:EZ8nj4MMo
キン肉Pでよかったぜ
シルバーPだったらとんでもないことになっていた

引用元: 武内P「『次はお前だ』」