810: 2018/08/11(土) 14:26:48.30 ID:8Ahia8+no

「別に。ただ、なんとなく」


 プロジェクトルームの掛け時計から視線を外し、答える。
 澄ました顔を取り繕うとしても、それが上手くいってないのがわかる。
 だけど、それに関して相手は触れてこない。
 アイドルとしてじゃなく、友達として、流してくれてる。


「……そろそろ、行こうか」


 脇に置いていた鞄を手にとって、ソファーから立ち上がり、言う。
 そんな私に向けられたのは、呆気にとられたような、そんな顔。
 だって、いつ戻ってくるか、わからないし。
 そもそも、プロデューサー……今日は事務所に来ないかも、って話だったでしょ。


「何?」


 一向に立ち上がる気配の無い皆に、聞く。
 何も言われてないんだけど、その視線が、私に問いかけてきてるから。


 ――本当に良いの?


 ……って。
 多分、私がまだ此処に居ようとすれば、皆は付き合ってくれる。
 だけど、そうするって言うのは、皆の想いを無碍に扱う事。
 そんなの、私に出来るはずない。


「ほら、行こ」


 今日は、私の誕生日。
 だから、皆はそれをお祝いするために、準備を進めてきたらしい。
 スケジュールの都合もあるから、サプライズパーティーに出来なかったって、残念そうだったけど。
 だけど、それを聞いた時、私の胸は照れくささと、それ以上の喜びが溢れた。


「さっ、立って立って」


 私が笑顔でそう言うと、皆は、それぞれ顔を見合わせ、肩をすくめた。
 これじゃまるで、私が駄々をこねる子供みたいじゃない。
 早く誕生日パーティーをしたいー、って。
 それが何となく気に入らなくて、不機嫌さを露わにし、抗議する。


「ねえ、何か納得行かないんだけど?」


 半眼で、唇を尖らせる私を見て、皆が笑い声を上げた。
 それに釣られて、私も笑顔になる。
 ひとしきり笑った後、皆も立ち上がって、事務所の出口へとそれぞれ歩いていく。
 中には、普段持っていないようなカバンを持ってる姿も……あれ、中身はパーティーグッズ?


「……」


 何にしても、凄く……凄く、楽しみ。
 今日はきっと、私にとって、忘れられない誕生日になるだろう。
 だから、チラリと誰も座っていないプロデューサーの椅子を振り返り、


「ばーか」


 と、皆には聞こえないように、此処に居ないアイツに聞こえるように、言った。
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(1) (電撃コミックスEX)
811: 2018/08/11(土) 15:03:33.81 ID:8Ahia8+no
  ・  ・  ・

「……ふぅ」


 ベッドに寝転がりながら、息を吐き出した。
 そして、今日一日を振り返る。
 誕生日パーティーは、楽しみにしててという言葉の通り、
ううん、それ以上に、私の胸を幸せな気持ちで満たしてくれた。


「……ふふっ」


 思い出すと、今でも口の端が、両頬が釣り上がる。
 ハッピーバースデーの合唱は、途中までは本当に息がピッタリだった。
 そこはさすがにアイドルって感じで……まあ、ダンスは無かったけど。
 でも、あんなに大勢が、私のために歌ってるんだと思うと、凄く嬉しかった。


「……くっくっく!」


 だけど、おかしかったのは、最後の少し前。
 普通だったら、これだけ準備を進めてきたんだから、打ち合わせして合わせるものだよね。
 なのに、それぞれが、バラバラ。


 ――しぶりん。
 ――凛ちゃん。
 ――凛さん。
 ――凛。


 そんな、色んな呼び方で、一斉に、思い思いに。
 私の誕生日をお祝いするという想いを乗せて、大声で。
 それには、さすがに驚いた。


「……」


 皆で合わせるのも大事だけど、個性も大切にしなきゃ、って。
 そんな風に、歌が終わった後、教えられた。
 何それ、って言おうとしたけど、言葉は出てこなかった。
 あの時、何か言おうものなら、それに合わせて泣いちゃいそうだったし。


「……」


 だって、泣くなら私の胸で、なんて言われて素直にそう出来る?
 それも、一人がそうアピールしたら、次々に両手をこっちに向けて広げるんだもん。
 おかしくっておかしくって、泣くより、笑っちゃうって。


 アイドルは、ファンの人を笑顔にする。
 アイドルで、友達なんだから、耐えられる訳ない。


 今日は、とっても良い一日だった。
 今までで、最高の誕生日だった。


「……」


 だけど、一つ、欠けてると思う。


 ――渋谷さん。


 この呼ばれ方での、お祝いが。

812: 2018/08/11(土) 15:39:15.41 ID:8Ahia8+no

「……」


 明日には、顔を合わせるってわかってる。
 きっと、その時にお祝いの言葉を贈ってくれるとも思う。
 だけど、もう、私の誕生日は過ぎている。
 たった一日だけだけど、過ぎちゃってるんだよね。


「……はぁ」


 だけど、アイツだって仕事だったんだし、しょうがない。
 私達、アイドルのために働いてるのに、責めちゃいけない。
 わかってはいるんだけど、この不満は、どうしようもない。
 一つ歳を重ねたからって、劇的に大人になれるわけじゃない。


「……」


 考えれば考える程、心がささくれだっていく。
 せめて、電話の一つ、LINEで一言でも送れないものか、って。
 それ位はしてくれても、良いと思うんだけど。
 だって……私のプロデューサーでしょ。


「……ああ、もう」


 ついさっきまで、幸せな気分だったのに、それが台無し。
 私自身の、心の持ちようなんだけど、それがまた、癇に障る。
 ……こういう時は、深呼吸。
 大きく吸って、吐く息に合わせてグチャグチャの思考を外に逃がす。


「……」


 寝転がりながらだと、やりにくい。
 上半身を起こし、ベッドに腰掛け、深呼吸を繰り返す。
 ……それにしても、今、何時だろう?
 考え事をしてたから、もしかして、結構経っちゃってたかも。


「……」


 ベッドに座ったまま振り返って、机の上の掛け時計を見ようとした時、


「ん」


 視界の端で、携帯の画面が光っているのが見えた。
 確認するついでに、時間は携帯で見れば良いかと、手を伸ばす。
 緑色のアイコンが、LINEのメッセージが届いたことを告げている。
 フリックする指の動きが、心なしか、いつもより速い。


「――えっ?」


 メッセージの内容を見て、間抜けな声が出た。


「はっ?」


 勘違いかと思って、もう一度見直す。


「嘘でしょ!?」


 私は、ベッドから立ち上がって、小さく叫んだ。
 大声を出したら、ハナコを起こしちゃう。

813: 2018/08/11(土) 16:21:20.71 ID:8Ahia8+no

「っ……!?」


 私、今Tシャツにハーフパンツで……寝間着なんだけど!
 いや、でも、こういう格好はレッスンの時にも見せてるし……!
 あっ! お母さんとお父さんに――って、それじゃ駄目でしょ!
 もう、もう……! あっ、返事! 返事、しないと!


「……!」


 『待って、すぐ出る』と、それだけ返す。
 そして、右手に携帯を持ちながら、部屋のドアを開ける。
 ポケットにしまってたら、さっきの返事に気付かないかも知れないから。


「……!」


 胸に携帯を抱きながら、階段を降りていく。
 シンデレラは急いで階段を駆け下りて、ガラスの靴を忘れていった。
 だけど、そんなのは、今の私には関係無い。
 仕事とプライベートを分けるのって、大事だと思う。


「……!」


 玄関でサンダルを履いて、裏から正面――店頭のある通りに回っていく。
 焦る必要はないんだろうけど、急ぐ。
 だって、もう、待ってるかも知れないから。
 角を曲がる前に、歩く速度を落としたのは……良いでしょ、別に。



「――渋谷さん」



 居た。
 大柄で、無表情で、とにかく不器用。
 すぐに誤解されて、それでも、右手を首筋にやりながらも、前を向く。
 私の、プロデューサー。


「重ね重ね、夜分遅くに、すみません」


 そう言いながら、プロデューサーはこちらに体を向ける。
 左手には、黒い、仕事用の鞄。
 そして、その反対の右手には、光沢のある白い袋。


「ぜ、全然! そんな事ない!」


 左手を差し出して、頭を下げようとする動作を止める。
 この震えは、右手に持った携帯によるものじゃない。
 だって、手の中の携帯は、うんともすんとも言ってない。
 伝わってくるのは、喜びと期待の鼓動の音だけ。



「誕生日……おめでとうございます」



 スケジュールには無い、サプライズ。
 プロデューサーは、時に、アイドルの思惑すらも飛び越えてくる。


「うん……ありがと」


 だからきっと、この笑顔は……私の、プライベートの笑顔。
 プロデューサーは、鈍いから気付かないと思うけど、ね。

815: 2018/08/11(土) 17:05:13.46 ID:8Ahia8+no
  ・  ・  ・

「……」


 レッスンも終わり、今は、いつものファストフード店に寄り道中。
 飲み物を受け取って、先に席を確保し、ふぅと一息。
 夏休み中だからか、あまり、私達と同年代の姿は見かけない。


「……」


 いつもだったら、携帯を取り出して、ほんの少しの暇をつぶす。
 だけど、今日の私は、そうしない。
 頬杖をついて、時計を見る。
 そうしているだけで、気づけば時間が過ぎているから。


「……」


 時計の針が、ゆっくりと進んでいく。
 秒針、短針、長針と、進む速度は違うけど、それでも、確実に進んでいく。


「――ん……あ、ごめん」


 いつの間にか、テーブルついているのが私だけじゃ無くなってた。
 訝しげな目で見られたから、一つ、ゴホンと咳払い。
 そうしたら、より一層、向けられた視線が強まった。


「何?」


 澄ました顔を――今度は上手くいってると思う――取り繕って、聞く。
 だけど、今回のことに関しては、流す気は無いらしい。
 表情が、正直に白状しろと語っている。
 友達だからわかっちゃうって言うのは、こういう時は複雑だ。


「……」


 ニマニマ……って言えば良いのかな。
 そんな笑顔をしながら、指先が、私の顔と時計を交互に指し示し、行き来する。
 それから逃げるように、


「別に。ただ、なんとなく」


 私は、腕時計の巻かれた左腕をテーブルの下に隠し、答えた。



おわり

816: 2018/08/11(土) 18:21:36.77 ID:gLmtGU0SO
ちゃんみおがニヤニヤしてそう

817: 2018/08/11(土) 21:04:58.09 ID:cHD59UvIO
加蓮もニマニマしてそう

818: 2018/08/11(土) 21:07:10.07 ID:yMVz3W8BO
やっぱり凛ちゃんが正妻じゃないか(憤怒)

引用元: 武内P「『次はお前だ』」