984: 2018/08/17(金) 23:06:10.97 ID:rN+SH99Ro

「ごちそうさまでした」


 朝食は、クロワッサンとスクランブルエッグ。
 いつもだったら、もう少し手の込んだ物にするけど、今日は簡単に。
 起きたのだって、普段よりも遅め。
 完全にオフだからって、少し……だらけすぎかしら?


「……」


 テーブルの反対側の、誰も座っていない椅子を見る。
 あの人は、私の作るご飯をいつも美味しいと言って食べてくれる。
 口数の少ない彼が、表情が変わりにくい彼が、口元をほころばせながら。
 でも、あの人は昨日から、担当の子達のお仕事に同行して、居ない。


「……」


 少しゆっくりしたら、食器を片付けなくちゃ。
 当たり前の事なんだけど、いつもはあの人がやってくれてるから。
 だから、そんな事まで考えちゃうんだろう……なんて、そう、思う。
 コーヒーは……うん、美味しい。


「……」


 彼とお揃いの、色違いのマグカップ。
 私のマグは、私自身はお休みなのに、今日もテーブルの上で働いてる。
 その一方で、彼のマグは、食器棚の中で他の食器達に囲まれ、佇んでる。


「……ふぅ」


 飲み終わったら、マグカップだけは先に洗って、綺麗に拭いて。
 そして、食器棚の定位置に戻そう。
 他のお皿は自然乾燥で良いけれど、これだけは、先に。
 だって、そうしないと貴女は落ち着けないでしょう?


「……ふふっ」


 手元のマグカップを人差し指で軽くピンと弾く。
 爪とあたって鳴った小さな音は「さあ?」って、とぼけてるみたい。
 でも、この子のお仕事は、もうすぐ終わる。
 残業はさせずに、真っ直ぐ、帰してあげなきゃ、ね。


「うぅ……んん……!」


 椅子に座りながら、体を横に向けて両指を組み合わせ、伸びをする。
 倒した頭が両肩に挟まれても、両手を先へと届けるよう、腕を伸ばす。
 伸ばす、伸ばす、伸ばす……止める。


「――よしっ」


 傾いていた上半身を起こして、絡めていた指を解き、膝をポンと叩く。
 そのまま、両手を膝につきながら立ち上がり、軽く足も伸ばす。


「洗い物、洗い物」


 と、テーブルの上を見ると、まだ、マグの中にはコーヒーが三分の一程残ってた。
 お仕事は……最後までしないと、駄目ですよね。
 椅子に座り直し「もしも見られてたら笑われちゃってたかも」なんて。
 そんな事を考えながら、カップに口をつけた。
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(1) (電撃コミックスEX)
985: 2018/08/17(金) 23:58:23.81 ID:rN+SH99Ro
  ・  ・  ・

「ごちそうさまでした」


 家事を一通り終えて、今は、前々から気になってたレストランに。
 お友達と行きたいと思ってたけれど、スケジュールの都合がつかないんだもの。
 此処は、彼と一緒に来たい、とは考えてなかった。
 だって、気になってたのは、レディースランチなんですもの。


「……」


 農家と方と直接契約して、産地から直送されてくるお野菜。
 無農薬で育てられ、とっても新鮮という売り文句の通り、美味しかった。
 お野菜自体の味が濃厚で、熟したトマトは甘く、レタスは柔らかく、キュウリも瑞々しかった。
 柚子のドレッシングが、サッパリと、お野菜達を引き立てるように、爽やかに。


「……」


 パスタは、緑色が鮮やかな、ジェノベーゼ。
 テーブルに置かれた時から、もう、バジルとにんにくの香りが食欲をそそった。
 採れたてのハーブって、本当に香りが違うのよね。
 お家でも、バジルと……そうね、ミントをプランターで育ててみようかしら。


「……」


 バジルなら、トマトとも相性が良いから……そうね、ピザトースト、とか。
 朝食で、とっても香りの良いハーブが急に出されたら、あの人はどんな顔をするかしら。
 彼、食べることが好きだから、きっとビックリするに違いないわ。
 驚かせるためには……ううん、バレずに育てるのは、難しそう。


「……」


 ミントだったら、甘いものと一緒も良いけれど……やっぱり、お酒。
 暑い日が続いてるし、サッパリしたのも良いと思うの。
 ミントのリキュールで……って、その作り方も、調べなくちゃいけないわ。
 簡単に作れると良いんだけれど、でも、乾杯する時を考えれば、難しくても頑張ろう。


「……ふふっ!」


 何にせよ、喜んでくれる。
 一緒に、美味しいものを食べて、美味しいお酒を飲んで。
 それだけで、良い。
 それだけで、笑って、幸せを感じる事が出来る。


「……」


 だから……その幸せを知ってしまったから、物足りない。
 向かいの席に彼が座っていたら、絶対に、もっと満足出来ていた。
 でも、レディースランチだから、彼は違うメニューになるわよね。
 あの人だったら……あっ、ラム肉の香草焼きを頼みそう!


「……ふぅ」


 そろそろ、デザートが来るかしら。
 物足りないのは、彼のせい。
 決して、あの人に合わせて食べる量が増えたからじゃ、ありませんから。

986: 2018/08/18(土) 00:45:47.71 ID:IpOF9WVEo
  ・  ・  ・

「……ん」


 目が、覚める。
 ちょっとのつもりだったのに、窓から差し込んでくる光は赤く、夕暮れを告げている。
 せっかくのオフなのに、かなりの時間をお昼寝に費やしてしまった。
 寝すぎないようにソファーにしたのに……夜、ちゃんと眠れるかしら。


「……ん~」


 ソファーの背もたれ側に横になり、夕日から逃げる。
 リラックス出来るようにと大きな物にしたけど、さすがに、これじゃあ狭いわね。
 狭いから、収まるように膝も曲げて……小さくなっちゃう。
 小さく、小さく、小さく――


「ん」


 ――なったら、また寝ちゃいそう。


「……ふぅ」


 背もたれに無言で別れを告げ、体の向きを変え、両手をついて上半身を起こす。
 壁の時計を見ると、もう、夕飯の用意をする頃合い。
 けれど、全然お腹は減ってない。
 夕飯は……コーンポタージュの缶があるから、それで良いわ。


「よいしょ、と」


 それでも気乗りしないからか、立ち上がる時に声が出た。
 あれはそのままだと濃いから、牛乳と、少しコンソメを入れて薄めよう。
 残った分は冷蔵庫に入れておいて、明日の朝食の時に冷製スープで。
 ああ、でも、明日の朝は彼も居るから、二缶やっておいた方が良いわね。


「……」


 彼、何時頃帰ってくるのかしら。
 今日中には帰って来られるって言ってたけど……。
 連絡、してみる?
 ……うん、しよう。


「……」


 そう思い、台所からリビングへと引き返す。
 スリッパが音を立てるのは、きっと、気のせい。


 着信音。


「ん!」


 気の所為じゃ、なくなった。
 パタパタと、椅子の上に置きっぱなしにしていたバッグの所へ。
 携帯を取り出し、確認する。


「……まあ!」


 ふふっ! 朝食の予定が変わって、超ショック!
 早く帰って来られたあの人を迎え撃つため、いざ、居酒屋へ……うふふっ!

987: 2018/08/18(土) 01:43:37.53 ID:IpOF9WVEo
  ・  ・  ・

「~♪」


 今日は、とっても楽しいオフだったわ!
 ランチも美味しかったし、ゆっくりお昼寝も出来たし、居酒屋へも行ったんだもの!
 これなら、明日のお仕事はとっても良い笑顔で出来そうね。
 やっぱり、お休みの日はこうでなくちゃいけないわ。


「~♪」


 彼は、明日はお休み。
 けれど、明後日からはまた忙しい日々が再開する。
 担当するアイドルの子は、学生さんが多い。
 その夏休み期間中、彼はとっても忙しいの。


「~♪」


 それが終わったら、少し、余裕が出来る。
 夏の終わりに、夏休みが取れる。
 それに合わせて、私もお休みを取って……一緒に、どこかへ出かけよう。
 残暑が厳しいようなら避暑地も良いし、逆に、暑い所へあえて行くのも良いかも。


「~♪」


 海外は、スケジュール次第だけど……ううん。
 やっぱり……温泉!
 温泉にゆっくりつかって、美味しいものを食べる。
 一緒に……笑顔で!


「……ふふっ♪」


 考えただけで、眠れなくなっちゃう!
 それに、いっぱいお昼寝したんだもの。
 寝ろって言う方が、無理ってものでしょう?


「……?」


 私の笑い声に気付き、隣のベッドで眠る彼が、顔をこちらに向ける。
 その顔が、寝る前だったからか、とっても無防備で。
 彼は今、プライベートなオフの状態なんだと、わかる。
 お仕事の時の、真面目な顔はどこに行っちゃったのかしら――


「――ねっ♪」


 ゴソゴソと布団を抜け出し、隣のベッドへ。
 その意図を察して、迎え入れるように、掛け布団が持ち上げられた。


「私、今日はまだオフなんですけど」


 そう言ったら、彼は一瞬だけキョトンとした顔をし、


「頑張ります」


 ふふっ! らしくない、いや、らしい……うふふっ!
 お昼寝、しておいて良かった。



おわり

引用元: 武内P「『次はお前だ』」