47: 2018/10/26(金) 22:52:30.10 ID:y4qJBXx7o

「「あっ」」


 廊下の、丁度曲がり角。
 重なった私の声と、とっても低い声。
 もうちょっとで、ぶつかっちゃう所だったわ。


「お疲れ様です」


 時刻は、もう夕方。
 おはようございます……は、さすがに遅いものね。
 ペコリと、両手を前で揃えて、笑顔で会釈。


「お疲れ様です」


 それに、同じように彼も返してきた。
 私と違って、両手は体の横で、気を付けの姿勢だけど。
 ……ふふっ!
 両手を前で揃えてたら、可愛らしすぎますものね。


「今日も、まだお仕事ですか?」


 目の前の彼は、お仕事が恋人の様な人。
 勿論、私だってお仕事は好きですよ?
 けれど、アイドルは恋愛禁止ですから。
 両想いだとしても、公言は……ファンの方が、こう、げんなりしちゃいます……うふふっ!


「いえ……今日は、あがりです」


 まあ、珍しい。
 貴方が、こんな時間に恋人を置いて帰るだなんて。
 ……そう思ったのが、顔に出てしまったみたい。
 彼が、右手を首筋にやって、何とも言えない顔をしてる。


「明後日から、忙しくなりますから」


 言われて、ふと、思い至る。
 シンデレラプロジェクトの、二期。
 その企画が、いよいよ始まると噂で耳にしていた。
 何にせよ、今度の子達も、


「ふふっ! 人気の、二期……うふふっ!」


 に、なると思いますよ。


「……はあ」


 だって、貴方がプロデュースするんですもの。
 とってもキラキラした、良い笑顔のアイドルになると思うんです。
 ねっ、そうでしょう?


「……」


 もう、困った顔をしてないで、何か言ってくださいな。
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(12) (電撃コミックスEX)
48: 2018/10/26(金) 23:20:29.40 ID:y4qJBXx7o
  ・  ・  ・

「「……」」


 二人で、エレベーターが来るのを待つ。
 私も彼も、あまりお喋りな方じゃない。
 だから、無言。
 無言で、チラリと横を見る……あ、寝癖。


「……どうか、されましたか?」


 私の視線に気付いて、彼がこちらを見た。
 背の高いこの人は、同じく背の高い私でも、ちょっと見上げる。
 ……っとと、いけない、いけない。


「明日も、お仕事ですか?」


 寝癖が立ってますよ、とは言わない。
 だって、今日一日、寝癖がついてたって事でしょう?
 お仕事は終わりなのに、最後の最後で言うのも可哀想じゃないですか。


「いえ、明日は休みですね」


 まあ、珍しい。
 貴方が、明日一日恋人を放って置くだなんて。
 ……また、思っていることが、顔に出てしまったみたい。
 彼が、右手を首筋にやって、何か言いたげな顔をしてる。


「明後日から、忙しくなりますから」


 言われて、ふと、思いつく。


「フレッシュな子達を迎える前に……リフレッシュ?」


 ――チーンッ。


「……」


 エレベーターの、到着音。
 まるで、今のダジャレが失敗だったと言ってるみたいなタイミング。
 だから、思わず真顔でそっちを見たら、



「……っふ」



 横から、空気が漏れるような、笑い声が。


「……」


 スタスタとエレベーターに乗り込み、ボタンに指をかける。
 彼は、慌ててエレベーターに乗り込んできた。
 ムッとしたけど、今ので、スッとしました。

49: 2018/10/26(金) 23:52:56.36 ID:y4qJBXx7o
  ・  ・  ・

「「……」」


 二人で、エレベーター内で、無言。
 無言のまま、一階まで降りて行く。
 彼は、どこかソワソワしてて。
 私は、それがちょっぴり楽しい。


「あ……あの」


 私の背後から、意を決した声。
 とっても緊張してるみたいじゃないですか。
 そんな声を出されたら、ちょっぴり意地悪したくなっても、ね?
 ふふっ、仕方ないと思うんです。


「はい、何ですか?」


 彼を見ずに、ツンッとすまし声。
 言い終わった後、思わず笑いそうに。
 だから、コホンと咳払い。
 それで、何を仰るつもりですか?


「……すみません」


 なんて、消え入りそうな声。
 可哀想になっちゃったのと、モヤッとした気持ちが、半々。
 また、無言。
 早く……エレベーター、着かないかしら。


「あっ……明日の、ご予定は?」


 少しトーンの高い、焦った声。
 私がさっき聞いたから、話題に選んだのかしら。
 だとしたら、少し、手抜きだと思うんです。
 答えますけど、その続きはどうなさるつもりですか?


「明日は」


 ――チーンッ。


「……」


 エレベーターの、到着音。
 開いていく、ドア。
 言葉を遮られて、何も言えずに居たら、



「……っくく」



 後ろから、押し頃したような、笑い声が。


「……」


 ポチリと、ボタンを押す。
 目的の階に着いたエレベーターのドアが、私達を乗せたまま閉まっていく。
 彼は、慌ててドアの間に手を滑り込ませた。

50: 2018/10/27(土) 00:38:59.33 ID:tpe1QzXHo
  ・  ・  ・

「カンパーイ♪」
「……乾杯」


 居酒屋で、向かい合って、乾杯。
 私はハイボール、彼はビール。
 二つのジョッキが、カチンッと音を立てる。
 ……ああ、美味しい。


「まさか、お誘い頂けるなんて」


 思ってもみませんでした。
 しかも、奢り。
 自分のお給金で飲むのとは、また、味わいが違いますね。
 ふふっ! 味わいは違っても、どっちも味は良い……うふふっ!


「私も……自分でも、そう思います」


 ジョッキが、トンッと置かれた。
 琥珀色の液体は、もう、残り半分になっている。
 良い飲みっぷりじゃないですか。
 これは、私も負けてられませんね。


「ですが、思えば……良いタイミングでした」


 良いタイミング?
 お通しの、小さな小鉢に入った煮物を口に入れたタイミングでの、一言。
 だから、少しだけ首を傾けて、何言わずに質問する。
 どういう事ですか?


「……以前のお礼も、出来ていませんでしたから」


 お礼?
 一体、何の……あっ。
 この、ひじきとお豆の煮物、美味しい。
 ……ええと、お礼……お礼……。


「お礼をされる様な事をした覚えが……」


 思い出そうとしても、覚えがありません。
 けれど、何か良いことをしたんですよね。
 それで、美味しく、楽しく、お酒が飲めるなら。


「ふふっ! ちくわを、ただちに食わねば……うふふっ!」


 小さな、可愛らしい磯辺揚げ。
 それを口に放り込むと、


「私は、たこわさを……たこはさっと、食べます」


 なんて、下手っぴなダジャレが聞こえてきた。
 流れる、沈黙。
 彼は、ビールのジョッキをグイと煽ると、


「……頑張ります」


 なんて、顔を赤くしながら言った。

51: 2018/10/27(土) 01:24:10.58 ID:tpe1QzXHo
  ・  ・  ・

「……ふぅ」


 ベッドの中でコ口リと寝返りをうって、息を吐く。
 私は、アイドル。
 彼は、プロデューサー。
 解散したのは、とっても早い時間。


「……」


 二人で飲むのなら、仕方がないけれど。
 それにしても、飲み足りませんでした。
 シンデレラだって、ギリギリまで遊んでたのに。
 あの人ってば、魔法使いよりも時間に厳しいんだもの。


「……」


 コ口リ。
 ベッドの中で、また寝返り。


「……」


 ガバリ。
 ベッドの上で、上半身を起こす。


「……」


 チラリ。
 ベッドの横の、携帯に目をやる。


「……」


 ピカリ。
 光った。


「……」


 光に向けて、手を伸ばす。
 つい、と指を滑らせて、メッセージの詳細を確認。
 彼らしい、真面目な文面。
 ……何て返そうかしら。


「……」


 ――『是非、また誘ってください』


 この一文を入れるかどうか。
 ほんのちょっとだけ考えて、消した。


「……ふふっ!」


 ――『次は、今日のお礼に私が奢りますね』


 こう言われたら、逃げられないでしょう?




おわり

52: 2018/10/27(土) 09:08:25.82 ID:KlmJdL9IO
策士だな楓さん

引用元: 武内P「また、捕まってしまいました」