1:◆AO2WK0NAi. 2014/06/09(月) 23:48:52.20 ID:VQCioLVjo
諸注意

シリアス、卒業ネタ

アニメ2期と時間軸は同じですが、2期とは違う世界の話です。
アニメ1期のあとのifものという感じです。


2: 2014/06/09(月) 23:52:22.17 ID:VQCioLVjo
introduction



 家に帰るまで、ツインテールは解かない。
 それが『矢澤にこ』のルールだ。

 時刻は深夜1時過ぎ。
 私はレギュラーの仕事を終えて帰宅した。
 上着とストッキングを脱ぎ捨てて、グラス片手に座椅子に体を放り投げる。
 鯖の缶詰を開けて、グラスに貰い物のスパークリングワインを注ぐと、
 ふうっと一息ついて、髪留めに指をかける。
 引っ張られていた頭皮が解放されるとともに、全身の緊張がすっと抜ける。

3: 2014/06/09(月) 23:52:56.68 ID:VQCioLVjo
 ここから私のプライベートタイムがはじまるのだ。
 一口、二口、微発泡の柔らかい刺激が喉に心地いい。
 今日は少しいいことがあったので、ささやかなお祝いだ。

 ああ、気分がいいな。
 こういうときは、あのCDを聴きたくなってしまう。

 ブックシェルフに飾ってある一枚のCD。
 ジャケット写真もない、さらのケースの表面がこちらを向いている。

4: 2014/06/09(月) 23:53:23.83 ID:VQCioLVjo
 この中に入っているのは、『私たち』そのものだ。
 今でもときどき思い出す。
 『私』が『私たち』だった、あの頃。
 今なお色褪せない、私たちの奇跡が、ここにあるんだ。

 のそっと立ち上がって、ディスクをプレーヤーにセットする。
 再生ボタンを押せば、あの音が聞こえてくるだろう。

 そう、きっと一生忘れることのない、青春の足音。

5: 2014/06/09(月) 23:53:49.94 ID:VQCioLVjo
 ピアノが軽やかに踊る。
 シンセベースが柔らかくうねり、スネアが陽気に跳ねる。

 そして――

 私たちの音楽が、はじまる。



introduction 了

6: 2014/06/09(月) 23:54:38.27 ID:VQCioLVjo
Track1 『僕らは今のなかで』



 ラブライブ本戦から数日後、いつもの部室。
 ぎこぎこと椅子を揺らしていた穂乃果が、誰に言うでもなく口を開いた。

【穂乃果】
「それにしても、なんだか気が抜けちゃったねー」

 それはあえて言葉にせずとも、みんな感じていたことだった。

 ラブライブで、私たちは敗北した。
 必氏で練習して、すべてを出し切った結果のことだった。
 力及ばなかったのだ。悔しかった。とても。

7: 2014/06/09(月) 23:55:17.25 ID:VQCioLVjo
 それから今に至るまで、みんなどこか上の空で、ぼんやりしていた。

 だけどそれは傷心を引きずっているような感じでもなくて、
 燃え尽き症候群というのだろうか、やけにゆったりした空気が支配していた。

 穂乃果の言葉に海未が返した。

【海未】
「そうですね、これまで目標があってやってきたのに、
 何もなくなってしまいましたから」

【にこ】
「なーに言ってんのよ」

 口を挟むのは私だ。

8: 2014/06/09(月) 23:55:43.41 ID:VQCioLVjo
【にこ】
「あんたたち、スクールアイドル続けないわけ? 来年もきっとあるわよ、ラブライブ」

 希が軽い調子で続く。

【希】
「そうそう、新入生も入ってくるやろうし、新生μ'sでがんばっていかな!」

【穂乃果】
「うん、そうなんだけどねー……」

 穂乃果はやっぱり気の抜けた感じで、空を仰いでいる。

 みんなが心の中でため息をついたのを、私はなんとなく感じた。
 一方で真姫は本当にため息をついた。ある意味さすがである。

9: 2014/06/09(月) 23:56:23.48 ID:VQCioLVjo
 と、そこに屋外から声が聞こえてきた。

【凛】
「ああ、ごめーん」

【花陽】
「だいじょうぶ、だいじょうぶー」

 凛と花陽だった。
 練習室の収納棚の奥から出てきた野球のグローブをぶら下げて、
 球遊びに興じていたのだ。呑気なものである。

 部室でだらだらすることに飽きていた私は、窓を開けて二人に声をかけた。

10: 2014/06/09(月) 23:57:04.70 ID:VQCioLVjo
【にこ】
「そこにいなさいよー。私も行くから」

【希】
「あ、うちもー」

 希とともに外へ出ると、凛が手を振って迎えてくれた。

【凛】
「にこちゃーん、希ちゃーん、こっちこっちー」

【花陽】
「はい、グローブ」

 花陽が自分のグローブを外して手渡してくる。

11: 2014/06/09(月) 23:57:31.92 ID:VQCioLVjo
 私は運動は得意な方じゃないけれど、球遊びは妹たちと度々することがあったので、
 まるきり下手っぴというわけではなかった。

【凛】
「いっくよー」

 凛が投げたボールを見事にキャッチすると、希と花陽が感嘆の声を上げて拍手した。

【にこ】
「ふふん」

 私は鼻が高かったが、同時になんだかバカにされてるような気もして癪だった。

 しばしボールのやりとりを続けていると、私のすぐ横で眺めていた希が話しはじめた。

12: 2014/06/09(月) 23:58:03.83 ID:VQCioLVjo
【希】
「これからどうするん?」

【にこ】
「別にいいんじゃない、このままで。新学期になればまた変わるわ」

【希】
「じゃなくて、にこっちのことよ」

【にこ】
「私?」

【希】
「卒業したあと、どうするのかなって」

【にこ】
「……大学にいくけど?」

【希】
「そう……」

13: 2014/06/09(月) 23:58:29.93 ID:VQCioLVjo
 希は言葉を切ったけど、言わんとしていることは察した。
 アイドル活動を続けるかどうかを問いたいのだろう。

 なんとなく口幅ったくて、今まではっきりとは言わないようにしていた。
 だけど、今こいつになら話してもいい、そんな気分になった。

【にこ】
「大学に通いながら、どっかオーディション受けたり、
 出演させてくれる劇場でも探して、やっていこうと思う」

 希の顔がぱっと明るくなる。

14: 2014/06/09(月) 23:59:37.36 ID:VQCioLVjo
【希】
「そっか! うんうん、それがええよ」

【にこ】
「そんなこと気にしてたの?」

【希】
「にこっち、危なっかしいところあるやん? 勉強もちゃんとしないし……」

【にこ】
「う、うるさいわね、このお節介焼き」

【希】
「うん、そうよね」

15: 2014/06/10(火) 00:00:09.76 ID:fMip50o4o
【にこ】
「ほんと、あんたはいつもそう。人のことばっかり」

【希】
「うーん、うち、そんなに何かしたかなあ?」

【にこ】
「あんたがいなかったら、今の私たちはなかったかもしれない」

【希】
「そんなことないよ」

【にこ】
「あんたが二年たちと一年たちを引き会わせて、私のところに連れてきたんでしょう」

【希】
「やだなあ、買いかぶりやって」

16: 2014/06/10(火) 00:00:47.16 ID:fMip50o4o
【にこ】
「わかってんのよ。私だって穂乃果たちのことを見てた。
 そしたらね、いつもあんたが視界の端にいるわけ。私はあんたよりも外側から見てたの。
 だからあんたが色々やってるのも見えてた」

【希】
「うちはちょっと突っついてただけよ。
 結局、今こうあるのは、みんながそうありたいと願ったから」

 飛んできたボールを、私は手の位置を少しずらしてわざと弾いた。
 あさっての方へ転がっていくボールを、案の定、希が追いかけた。

 戻ってきた希からボールを受け取りつつ、私はこう言う。

17: 2014/06/10(火) 00:01:24.34 ID:fMip50o4o
【にこ】
「ありがとう、希」

 希は、一瞬ちょっと呆けた顔になって、それから「ん」と喉を鳴らし、にっこり笑った。

【希】
「ありがとうって、いい言葉やな。
 人のために何かすると、こうやって嬉しい気持ちがうちに返ってくる。
 ただボールを拾ってあげたくらいでも、ね」

【にこ】
「そうよ、あんたがボールを拾ってくれたからお礼を言っただけ。ただそれだけよ」

 希は悪戯っぽい顔で、人差し指を口元に当てて「にしし」と笑った。

18: 2014/06/10(火) 00:01:52.71 ID:fMip50o4o
 私はこれ以上この話をしたくなかったので、話題を変えた。

【にこ】
「ねえ、希。次の部長、誰がいいかしら」

【希】
「にこっちは考えてる?」

【にこ】
「まあ、ね」

【希】
「だったら、にこっちのしたいようにすればええと思うよ」

【にこ】
「そう? ……そうね」

19: 2014/06/10(火) 00:02:21.15 ID:fMip50o4o
 部室に声をかける。

【にこ】
「誰か、ペン持ってきて、ペン!」

【穂乃果】
「ほーい」

 窓から穂乃果が顔を覗かせた。ペンを受け取って、ボールに字を書く。

【にこ】
「花陽! いくわよ、ちゃんと取りなさいよね!」

【花陽】
「ふえぇ?!」

20: 2014/06/10(火) 00:02:59.03 ID:fMip50o4o
 突然声をかけられて慌てる花陽に、構わずボールを投げる。
 花陽は覚束ない足取りでおたおたしていたけれど、
 なんとか両手とお腹でボールを捕まえた。
 そしてボールを見て、戸惑いの声を上げた。

【花陽】
「え? これ……なに?」

【凛】
「なになにー、かよちんどうしたのぉ?」

 覗きこんだ凛が「わっ」と口を大きく開く。

【凛】
「すごいよかよちん、“当たり”って書いてある!」

21: 2014/06/10(火) 00:03:37.14 ID:fMip50o4o
【にこ】
「それを受け取ったら部長にならなくちゃいけないのよ、私もそうして部長になったの」

【花陽】
「ええ?! そ、そうなの……?」

【凛】
「そうなんだ……!」

 信じられないことに花陽と凛はこの与太話を信じたようだ。
 希はニコニコとニヤニヤの間みたいな顔をして見守っている。

22: 2014/06/10(火) 00:04:27.57 ID:fMip50o4o
【にこ】
「これからの部のことはあんたに任せるわ、花陽」

【花陽】
「で、でも、私、一年だし、ぶ、部長なんて……」

【にこ】
「いいのよ、私があんたにやってほしいの」

【花陽】
「でも、私なんかに、務まるでしょうか……」

【にこ】
「まったく頼りないわねえ。大丈夫よ、困ったら副部長に助けてもらいなさい」

【花陽】
「副部長って……?」

【にこ】
「あんた」

【凛】
「ええ?! 凛?!」

【にこ】
「しっかり花陽をサポートするのよ。二人で頑張っていきなさい」

【凛】
「う、うん!」

23: 2014/06/10(火) 00:06:12.03 ID:fMip50o4o
 凛の方は問題なさそうだ。花陽はまだもじもじしている。

【花陽】
「で、でも、どうして……先輩たちの方がいいんじゃ……」

【にこ】
「はぁ、仕方ないわね」

 仕方ない。こっ恥ずかしいけど言わなければ納得しなさそうだ。
 私は二人の肩を寄せ、できるだけ希には聞こえないように話した。

【にこ】
「あんたたちを信頼しているから。
 留学騒動のとき、あんたたちだけは私についてきてくれた。活動をやめなかった。
 それが大事なの。みんなが迷っている中で、あんたたちだけはアイドルでいられた。
 だから、決めたの」

 あのときの私にとって、二人の存在がどれほど心強かったか。
 過去に部員を失ったときのように、あのときμ'sを失っていたとしたら、
 私は一人で立ち上がることができただろうか――。

24: 2014/06/10(火) 00:07:12.60 ID:fMip50o4o
【にこ】
「わかった?」

 花陽は返事をしなかったが、じっと見つめ返してくる眼に狼狽の色はないように思えた。

 お願いね、と声をかけて、私は二人の肩をぽんと突き放した。

 花陽は、やっぱり何も言わなかったけれど、すっと姿勢を正して、深く礼をした。
 それを見た凛も、慌ててこうべを垂れた。

 しばしの後に頭を上げた二人に、私はにっこり笑って“にこにーポーズ”をしてみせた。
 花陽は頬を緩ませて、凛も笑顔でポーズを真似した。
 私は、なんだかとてもいい気分だった。
 こんな時間が、ずっと続けばいいのにと、そう思った。



Track1 了

25: 2014/06/10(火) 00:14:04.66 ID:fMip50o4o
今日はここまでです。まだ最後まで書き終わってないので、ペースを合わせて投下していきます。
ありがとうございました。

26: 2014/06/10(火) 00:26:31.12 ID:uuzo37A2O

時間がかかってもいいから最後までやってくれよ

28: 2014/06/11(水) 00:21:44.81 ID:VCgAimupo
Track2 『ダイヤモンドプリンセスの憂鬱』



 あくる日、練習室に集まって適当にストレッチをしていると、穂乃果が急に声を上げた。

【穂乃果】
「ライブだよ!」

 穂乃果というやつはいつもこうなのだ。
 藪から飛び出した棒に“ほTシャツ”を引っ掛ければ、
 おそらく穂乃果と見分けがつかないだろう。

29: 2014/06/11(水) 00:22:40.98 ID:VCgAimupo
【穂乃果】
「あぁー! どうして気が付かなかったんだろう!
 廃校がなくなっても、ラブライブが終わっても、
 私たちはアイドル研究部なんだから、ただライブをすればいいんだよ!」

【にこ】
「なに普通のことを大声で言ってんのよ……」

【穂乃果】
「え? にこちゃんもそう思ってたの? なら言ってよぉ!」

【にこ】
「いや、思ってたっていうか、
 別にラブライブが最後のライブだって決めたわけでもないし」

30: 2014/06/11(水) 00:23:28.34 ID:VCgAimupo
【穂乃果】
「こういうのは、はっきり『やる』って決めないと駄目なんだよ!」

 同調したのは絵里と海未だ。

【絵里】
「そうね、私たち、ここのところちょっと気が抜けてたし……
 やりましょうか、ライブ!」

【海未】
「ええ、やはり目標を持ってないといけません。
 気を引き締めなおして頑張りましょう!」

 ことりが「おー」と腕を振り上げ、穂乃果はうんうんと満足気に頷いている。

31: 2014/06/11(水) 00:23:58.34 ID:VCgAimupo
 真姫が疑問を投げかけた。

【真姫】
「それで、いつするの? もうすぐ冬休みに入っちゃうけど」

【ことり】
「冬休み中がいいんじゃないかな? 期末試験中にはできないでしょ?」

【絵里】
「そして冬休みが明けたら、私たちは本格的に受験シーズンまっただ中、
 やるなら冬休みしかないわ」

 二人の返事を受けて、真姫がぽつりと言った。

「それが最後のライブってことね」

32: 2014/06/11(水) 00:24:40.09 ID:VCgAimupo
 何気ない、しかしはっきりした事実の通告に、場が少し沈んだ……ような気がした。
 その空気を打ち破るかのように、穂乃果が声を張り上げた。

【穂乃果】
「よーし! 私たち9人の最後のライブ、おもいっきり楽しもう!
 真姫ちゃん、新曲お願い!」

【真姫】
「はぁ?! え、この期に及んで新曲?!」

【穂乃果】
「ノリノリで盛り上がれるやつがいいなぁ」

【真姫】
「いや、ちょっと待ってよ! ねえ、海未、ことりも、なにか言って!」

33: 2014/06/11(水) 00:25:14.17 ID:VCgAimupo
【海未】
「そうですね、詞の書き溜めは結構あるので、私は問題ないと思いますが……」

【ことり】
「冬休みまでになら、みんなにちょっと手伝ってもらえば衣装は間に合うと思うよっ」

【真姫】
「あなたたち本気なの?! ……まったくぅ!
 わかったわよ! さいっこうの曲作ってやるんだから!」

【穂乃果】
「やたー! 真姫ちゃん大好きー!」

 穂乃果が真姫にぐりぐりと体をすり寄せる。

【真姫】
「やめて!」

34: 2014/06/11(水) 00:25:41.95 ID:VCgAimupo
 なんとも愉快な仲間たちだ。
 私は笑いを噛み締めてくくっと肩を揺らし、意気揚々と立ち上がった。

【にこ】
「話はまとまったわね! それじゃあ屋上でレッスンするわよ!」

 部長らしく号令をかける。さあみんな、私についてきなさい!

【絵里】
「ああ、にこは待って」

【にこ】
「ってなによもう!」

 唐突な絵里の一声に私はつんのめった。かっこよくキメるシーンが台無しである。

35: 2014/06/11(水) 00:26:27.42 ID:VCgAimupo
【絵里】
「ちょっとね、生徒会の手続きで、やってもらわないといけないことがあるのよ」

【にこ】
「そ、そう……じゃあみんな、先に行っててちょうだい」

 向き直ったときには既にみんな部屋を出ていて、誰かが外から手だけで返事をしてきた。
 無礼千万とはこのことだ。黙って部長を置いていくなど……。
 しかし幸いなことに、私はこんなことには慣れっこなのである。
 心に傷など、少ししか負っていない。

36: 2014/06/11(水) 00:26:59.63 ID:VCgAimupo
【にこ】
「で、なに」

【絵里】
「……大丈夫?」

【にこ】
「なにがよ! 何一つ問題ないわ!」

【絵里】
「そ、そう、ならいいのだけど」

37: 2014/06/11(水) 00:27:25.15 ID:VCgAimupo
 絵里の用事というのは、部員の登録や来年度予算に関する書類だった。
 よくわからないので、全部絵里に言われるままに書いた。
 私が書く意味がないじゃないかと不平を言ったら、呆れられた。

【絵里】
「あなたが部長なんだから……」

【にこ】
「私なんて名ばかり部長じゃない。あんたの方がよっぽど……」

【絵里】
「そんなこと……」

 最後まで言わずに絵里は黙ってしまった。

38: 2014/06/11(水) 00:28:00.98 ID:VCgAimupo
【にこ】
「いいのよ、別に。自分でも向いてないって気づいてるわよ」

【絵里】
「そんなことないわ」

【にこ】
「いいの。にこはアイドルとしてなら誰にも負けないもん。ニコぉ~」

【絵里】
「ちょっと、ふてくされないでよ」

【にこ】
「ふてくされてないニコー」

39: 2014/06/11(水) 00:28:45.31 ID:VCgAimupo
【絵里】
「ふてくされてるじゃない」

【にこ】
「……なによ、別にいいでしょ。自分で向いてないって認めてるんだから構わないで」

【絵里】
「そんなことないって言ってるでしょ!」

【にこ】
「あんたに言われても説得力ないのよ! いつもみんなをまとめるのはあんたでしょ!
 みんなそれを認めてる、私だって……!」

【絵里】
「違うの! ああ、もう、この際だから言うわ……」

40: 2014/06/11(水) 00:29:17.01 ID:VCgAimupo
 絵里はかぶりを振ってため息を一つ漏らした。

【絵里】
「ねえ、にこ、私、あなたのこと……あぁ、なんて言えばいいのかしら……
 すごいと思ってるのよ、一目置いてるって言ったらいいのか……」

【にこ】
「……どこが? 気休めならやめて」

【絵里】
「ほんとよ! あなたは強いの……失敗しても、上手くいかなくても、
 負けない気持ちの強さを持ってる……それが、私は、羨ましい……!」

41: 2014/06/11(水) 00:30:15.16 ID:VCgAimupo
 羨ましい? こいつが? 私を?
 これにはさすがの私もカチンときてしまった。
 握った拳がぶるぶると震える。

【にこ】
「な、何よそれ……バカにしてるわけ?!」

【絵里】
「してないわよ!」

【にこ】
「してるわ!」

 声を荒らげてあらん限りの罵詈雑言をぶつける。
 目の前のロシア女の欠点を、これでもかとあげつらえてやる。

42: 2014/06/11(水) 00:30:53.46 ID:VCgAimupo
【にこ】
「あんたみたいな……! 歌もダンスも上手くて、スタイルもよくて、
 顔も綺麗で人望もあって……そんなやつが私の何が羨ましいって?!」

【絵里】
「なんなの……嫌味のつもり?!」

【にこ】
「違うわよ! 私が欲しい物、たくさん持ってるくせに……!」

【絵里】
「それがなんだっていうの! それでも私はあなたが羨ましい!」

【にこ】
「あんたと私の何がそんなに違うってのよ!」

43: 2014/06/11(水) 00:31:20.40 ID:VCgAimupo
【絵里】
「あなたが夢を追っているからよ!」

【にこ】
「あんたもそうすればいいでしょう!」

【絵里】
「私は! ……私は、もう負けたのよ……!」

 私たちは顔を真っ赤にして言い合った。
 褒めているんだか貶しているんだかわからなかった。
 はたから見れば滑稽に映っただろう。
 だけど当の私たちは真剣そのものだった。

44: 2014/06/11(水) 00:31:46.23 ID:VCgAimupo
 絵里が息も切れ切れに言葉を絞りだす。

【絵里】
「……あなたは、これからも、アイドルを目指していくんでしょう……」

【にこ】
「そうよ……」

【絵里】
「なってよ……にこ……本物のアイドルに……」

【にこ】
「なってやるわよ……!」

【絵里】
「……夢を叶えるところを、私に見せて」

【にこ】
「いいわ……ただし、あんたもよ。新しい夢を見つけて、それを叶えること」

45: 2014/06/11(水) 00:32:18.20 ID:VCgAimupo
 絵里は前のめりの姿勢を直して、ゆっくりと息を吐くと、複雑な顔で少し笑った。
 私はなんだか思いっきり脱力してしまった。

 絵里とこんなふうに話すのははじめてだな、と思った。
 なぜだか悪い気はしなかった。

 しばしの間を置いて、落ち着きを取り戻した絵里が、
 なにかを思い出したように視線を宙に走らせた。

【絵里】
「ねえ、にこ、私ね、聞いちゃったのよ」

【にこ】
「なにを?」

46: 2014/06/11(水) 00:32:57.39 ID:VCgAimupo
【絵里】
「穂乃果たちがね、話してたの。私たちのお別れライブをしたいって。
 このまま終わりたくない、ふさわしい場所でちゃんとお別れをしたいって」

【にこ】
「それで急にライブとか言い出したのね」

【絵里】
「ありがたいことね」

【にこ】
「……ええ、ほんとに」

47: 2014/06/11(水) 00:33:27.28 ID:VCgAimupo
【絵里】
「さて……そろそろ、屋上いきましょうか」

【にこ】
「ああ、そうね、いつまでもさぼってられないわ」

【絵里】
「……手繋いでいく?」

【にこ】
「ばーか!」

 まったく、すべて世はこともなし、だ。



Track2 了

48: 2014/06/11(水) 00:34:09.86 ID:VCgAimupo
今日はここまでです。ありがとうございました。

49: 2014/06/11(水) 00:44:29.59 ID:jKHayEGgo

引用元: 矢澤にこ「きっと青春が聞こえる」