38: 2014/04/29(火) 23:19:55.08 ID:jXBfmrTP0.net
キョン「タイミング?」

 この世にはタイミングというものが存在する。例えば野球であるならばボールを放すタイミングであったり、
経済関係で言うなれば株を売るタイミングであったりと、姿形を変えて俺たちの日常生活の中に潜んでいる。
そして、俺たちに限りない程の影響を与えているとは考えられないだろうか?

 そう、勉強をしようと思った時にタイミング悪く電話が掛かってくることは無いだろうか?
そういうことがあると俺は言いたいのである。しかし、いつもタイミングが悪いことばかりではない。
タイミング良かったおかげで物事が成功することだってある。
つまり、タイミングというモノは運とよく似た類のモノであるということだ。運が悪い時はとことんついていないように、
タイミングが合わない時もとことん合わないということである。

 いきなりこんなことを力説されても意味がわからないとは思う。俺も事情を知らなければきっとそう思うことだろう。
だが、今回のことは本当にタイミングが悪いとしか言い様が無いのである。
長門なら宇宙的パワーでそのタイミングでさえずらすことができるかもしれないが、
一般人の――ましてや平凡な――俺にはそのような芸当は不可能であり、運命には逆らえないということだ。
ハレ晴レユカイ~Ver.キョン~
41: 2014/04/29(火) 23:22:40.33 ID:jXBfmrTP0.net
 今日、俺はハルヒに手紙を書いてきた。一般的にラブレターと呼ばれるものである。少々古くさい感じが否めないが、
直接言うにはあまりにも恥ずかし過ぎたために、そのような手段に出たわけだ。誰に何と言われようとも、
とにかく俺はラブレターを書いた。どんなことを書いたかなんてことは割愛させて頂くが、恥ずかしいことには変わり無い。
そんなわけで、ハルヒがそれに気が付く前にさっさと退散するべくいつもの活動が終わったら直ぐに帰ろうとした。

 しかし、そこで有り得ない予想外の事象が生じた。普段は居残りなんてさせないハルヒが俺だけに居残りを命じたのだ。
あまりにもタイミングが悪すぎるだろう。よりによってどうして今日なんだ。思わず神を呪ったね。
つまり、一部で神扱いされているハルヒをだ。

 しかも、大した用事でも無く何時でも出来そうなことを俺に命じたハルヒは、珍しく俺を手伝ってくれた。
それもあまりにもタイミングが悪くないか?どうして普段なら有り得ないことがこうして二度も続くのだろう。
ハルヒに用事を命じられた時点でなら、まだ救いはあった。ハルヒが俺の手紙に気が付く頃俺は、
その用事をせっせとこなしているわけであって、その場面に立ち合うことは無い。

43: 2014/04/29(火) 23:25:00.89 ID:jXBfmrTP0.net
 しかし、だ。ハルヒに手伝ってもらったということは、必然的に下校も同じになるわけである。
さらには、俺はハルヒと同じクラスなので同じ場所で靴を履き変える。ここから先は言わなくても判るだろう。
地獄しか待っていないということが。

 で、今俺はハルヒと共に廊下を歩いている。数メートル先に見える角を曲がればもう昇降口。
今からでもまだ遅くはない。必氏で走ればハルヒがラブレターに気が付く前に立ち去ることも可能だろう。
でも考えてみてくれ。ここまでタイミングが噛み合わなかった俺がどうあがいたところで、
それがいきなり噛み合うという希望的観測はあるはずが無かった。ましてやハルヒ相手なら尚更である。
そんな思考をしている内に地獄の三丁目に到着してしまった。

「先に帰っちゃダメだからね」

 ハルヒにしっかりと釘を刺され、退路を断たれた俺は恥ずかしさと気まずさで軽く逝けそうだ。

46: 2014/04/29(火) 23:27:20.64 ID:jXBfmrTP0.net
「何コレ?」

 どうやらハルヒが手紙に気が付いたようだ。まだ春先であるにも関わらず、俺のシャツは汗で湿っている。
不審そうに手紙を睨んでいるハルヒ。口から心臓が飛び出しそうになるのを必氏で堪え、
ハルヒの次を待つ。

「もしかしてラブレター……?」

 ハルヒがこちらを振り返り、確認の意を俺に求める。

「たぶん……そうだろう」

「ふーん。今どきまだこんなことをするアホがいるのね」

 言葉のトゲが胸に突き刺さる。何というか、朝倉に刺された時よりもショックだ。

「な、中身を見ないのか?」

 今のように生頃しにされるより、もういっそのこと思い切り恥ずかしい目に合ったほうがマシだと思い、
ハルヒに中身の確認を勧めてみる。

49: 2014/04/29(火) 23:29:32.35 ID:jXBfmrTP0.net
「……見ないわよ、こんなの。直接言いにくるならまだしも、こんな安っぽい手紙に書けるぐらいの気持ちしか無いのはダメだし、普通過ぎるじゃない。それに――」

 ハルヒが言葉を切ってそっぽを向いただとか、その顔が夕日に照らされ赤くなっているだとか、
そんな客観的な事実しか頭に入ってこない程俺は打ちのめされていた。
どこかのボクシングの選手とは違った意味で真っ白に燃え尽きた。

「だから、こんなものはいらないわ」

 くしゃっと丸められ、ポイッとゴミ箱に放り込まれたソレ。止めをさすには十分過ぎたその行為。

「………先に帰るな」

 ハルヒの顔をまともに見ることなんて出来るはずがなく、背中を向けたままそう伝えて俺は一目散に走りだした。
ハルヒが何かを叫んでいたが、そんなものを聞いている余裕なんてものはどこにもなかった。

53: 2014/04/29(火) 23:33:25.78 ID:jXBfmrTP0.net
 羞恥心とショックと後悔を抱えて俺は部屋で黄昏ていた。流石にこうもタイミングが悪かったら笑うしかないだろう。
その笑いも込み上げてくることなく、ただただ俺は落ち込んでいた。昨日に戻れるなら止めておけと昨日の俺を殴ってでも止めさせるのに。
朝比奈さんに本気で電話しようかなとか思ったりしてしまう。長門に頼んで今回の事に関する記憶を消してもらうのありだな。
長門に本気で電話をしようかなんて思ったりもしてしまう。とにかく、自分で言うのもなんだが心の傷はかなり深いようだ。
氏のうかな…なんて割と本気で考える。

「何そんなに落ち込んでんのよ」

 とうとうハルヒの幻影なんかも見え始めた。いよいよ俺は危ないかもしれない。

「ワケわかんないわよ、ソレ」

57: 2014/04/29(火) 23:39:56.28 ID:jXBfmrTP0.net
 受け答えもしてくれるのか。今時の幻影は凄いんだな。

「熱でもあるの?」

 ハルヒが近づいてきて俺の額に手を当てる。実感まであるのか……いや、いやいやいや、流石にそれはおかしいだろう。

「熱は……無いようね」

 つまり、ここにいるのは本物のハルヒってことなのか?もう俺は訳が分からなかった。

「ワケ分かんないのはこっちよ。ノックしても返事がないし。それよりも、ほらコレ。忘れて帰ったでしょ」

 ハルヒの手に握られているのは俺のカバン。何故?

「いきなり走りだしたから驚いたじゃない。それに、カバンだって置いて帰っちゃうし」

「わざわざ届けてくれたのか?」

 感謝しなさいよと不機嫌そうなハルヒからカバンを受け取る。用事が済んだのなら、早く帰ってもらいたかったのだが、
持ってきてくれた手前そうも言えずに困ってしまう。すると、ハルヒがおもむろに俺の机の上に置いてあったラブレターの下書きを手に取った。

 おい、ちょっと待て。

 誰が、何を、どうしたって?

59: 2014/04/29(火) 23:43:55.16 ID:jXBfmrTP0.net
「………」

「………」

 無言で見つめ合う俺たち。穴があったら入りたいが、ここは現実であってそうそう都合良く穴があるわけではない。
ましてや拳銃などどこにも無い。

「もしかして、学校のやつってキョンが……?」

 恐る恐る訊ねるハルヒに、俺は観念して頷いた。ハルヒは「うあ」だとか「あう」だとか言葉にならない言葉を洩らしている。

60: 2014/04/29(火) 23:45:36.85 ID:jXBfmrTP0.net
「で、どうなんだ?」

「な、何がよ?」

「ほ、ほら、アレだ……、俺はその……どうなんだ?」

 ハルヒが真っ赤に染まる。俺はきっと赤なんかを通り越して青くなってるだろうよ。

「……いいわよ」

「え?」

「だから……キョンの彼女になってあげてもいいわよって言ってるの」

「…………」

 言葉が出なかった。ただ呆然とハルヒの顔を眺めてしまう。ハルヒは恥ずかしそうに、視線を合わせようとはしないがな。

「……バカ」

 ハルヒの小さな呟きが黄昏に包まれ、そっと響き渡るのだった。

62: 2014/04/29(火) 23:47:22.41 ID:jXBfmrTP0.net
終わり

引用元: キョン「犬?」