33: 2018/10/07(日) 23:40:26 ID:wnS7X5HA

「魔力が足りない……!?」


 覗き込むようにして見ている、プロデューサーさん。
 その顔は、とても心配そう。


「……はい」


 そう返した私の声は、とても小さく、今にも消え入りそうだった。
 本音を言えば、声を発する事すら厳しい。
 今の私は、それ程消耗しきっていた。


「……!」


 そんな顔をしないでください、プロデューサーさん。
 貴方の、悲しげな表情なんて……私、見たくないですよ。
 せっかくだから、笑ってください。
 ……なんて、ふふっ! 欲張りすぎ、ですかね?


「私の事、忘れないでくださいね」


 私は、アシスタント――千川ちひろ。
 そして、魔法少女――マジカルチッヒ。
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(12) (電撃コミックスEX)
34: 2018/10/07(日) 23:52:31 ID:wnS7X5HA

「何を……仰っているのですか!?」


 強く、強く……力の入らない体を抱き寄せられた。
 プロデューサーさんの匂いが、鼻腔をくすぐる。
 こんな状況なのに……私ったら、もう。
 でも、最後くらい、良いですよね。


「ちゃんと、お休みとらないと駄目ですよ?」


 私が言わないと、ずっと働き続けちゃうんですから。
 お休みをとるのも、お仕事の内です。
 リフレッシュして、ちゃんと英気を養ってください。
 その方が、きっと効率が上がります。


「わかりましたか?」


 人差し指で、胸をトスリと突こうとした。
 でも、もう……たったそれだけの力も、残ってないみたい。
 辛うじて人差し指は立てられたけど、手が、腕が……上がらない。
 それでも必氏に力を込めて上げた手は、震えが止まらない。


 もう、あまり時間は残されてないみたい。

35: 2018/10/08(月) 00:04:53 ID:48N/yQ4E

「わかりましたか?」


 だったら、せめて。
 アシスタントとしても、やり残しの無いようにしたい。
 本当は、事務処理も残ってるし、スケジュールの管理に……色々あるんだけど。
 でも、だけど、やっぱり私は――


「っ……!」


 ――この人の、アシスタントだから。
 とっても大きな手が、私の手を包み込む。
 それがとても温かくて、暖かくて。
 突きつけようとした手の形が、崩されてしまった。


「千川さん……!」


 さっきまで全然力が入らなかったのに。
 なのに、不思議と私の手は、プロデューサーさんの頬に伸びていた。
 重ねられた大きな手は、私の小さな手の助けをしてくれている。
 ふふっ、これじゃあ……どっちがアシスタントか、わかりませんね。

36: 2018/10/08(月) 00:17:20 ID:48N/yQ4E

「……」


 プロデューサーさんの頬に、触れた。
 火傷するかと思う程、熱い。
 いえ、きっと……そう感じてしまう位、私の手が冷たくなってるからですよね。
 驚かせちゃってたら、すみません。


「何か……方法は、無いのですか!?」


 私の魔力は、もう底をつきかけていた。
 それ程までに、相手は強かった。
 私が、私であるという事を維持しきれなくなるまで、激しい戦いだった。
 でも、頑張っちゃいました。


 だって、貴方が見ていたから。



「ふふっ……笑顔です♪」



 仕事でも、プライベートでもない、もう一つの顔。
 それを見守ってくれる、貴方が居たから。
 格好つけたくなるのも、仕方ありませんよね?

37: 2018/10/08(月) 00:34:57 ID:48N/yQ4E

「笑顔、ですか……?」


 方法が無い、という訳じゃないんですよ。
 だけど、このタイミングで言ったら……ずるい女になっちゃいます。


「……笑顔……笑顔……っ!」


 私は、魔法少女です。
 だから、ズルはしないんです。


「っ! 出来ません……! 出来ない……!」


 ポタリ、ポタリと、プロデューサーさんの瞳から、涙がこぼれ落ちた。
 それは、私の頬に落ち、じんわりと熱が広げていく。
 笑顔って言ったのに、そんな顔をするだなんて。
 ……もうっ!


「頑張ってください」


 良いですか、これがお手本ですよ。
 プロデューサーさんの頬を、ムニッと釣り上げた。
 ファイトですよ、プロデューサーさん。

38: 2018/10/08(月) 00:47:47 ID:48N/yQ4E

「うっ……く……!」


 涙を流すプロデューサーさんを見ながら、私は考えていた。
 大人の男の人って、こういう風に泣くんだな、とか。
 プロデューサーさんは、私のために泣くんだ、とか。
 この人って、本当に……笑顔が下手っぴだな、とか。


「……」


 体の感覚が、どんどん無くなっていく。
 一人だったら、きっと……ううん、絶対泣いちゃってた。
 消えてしまう事が、悲しくて、怖くて。
 私の人生って、何だったんだろうなんて思ってたかも。


「プロデューサーさん」


 だけど、この人が居てくれた。


「ありがとうございました」


 それだけで、ハッピーエンドで終われちゃう。
 これって、誰にでも出来る事じゃありませんよ。

39: 2018/10/08(月) 01:01:50 ID:48N/yQ4E

「っ……!?」


 プロデューサーさんの目が、大きく見開かれた。
 きっと、私の体から光の粒子が立ち上っているのだろう。
 なんて、もう目があんまり見えないから……推測ですけど、ね。


「待ってください! 千川さん、待ってください!」


 グイと、抱き寄せられた。
 逃げていく光をその腕の中に押し留めようとするように。
 溢れた涙が、私の顔に降り注いだ。
 そう思える程、近い位置に顔がある……って事よね。


 ……すみません。


「お先に、失礼します」


 やっぱり私、魔法少女じゃなく――魔法女です。


 お疲れ様でした、と、いつもの言葉は聞こえない。
 だって、私の唇が、彼の唇を塞いでいるから。
 だから、何も言わせない。

40: 2018/10/08(月) 01:19:24 ID:48N/yQ4E

「……ん」


 唇と唇が軽く触れ合い、離れた。
 ほんのちょっと、一瞬だけのキス。
 そして……私は光になって、消える――


「んうっ!?」


 ――筈だった。


「んんっ……ん……!」


 再び……今度は、プロデューサーさんから、唇を重ねられた。
 驚いて少し口を開いた所に、スルリと舌が滑り込んできた。


 思考が停止し、脳が溶かされる。
 息が出来ない、体が熱い。
 わからなくなる、わからない。


 ――こんなの、魔法少女にするキスじゃない!

41: 2018/10/08(月) 01:27:47 ID:48N/yQ4E
  ・  ・  ・

「……っは!」


 頭が、ポワポワする。
 この人は、何をしたんだろう。


「はぁ……はぁ……っ……!」


 消える筈の体が、消えていない。
 どうして? なんで?
 お願いします、教えてください。


「……千川さん」


 プロデューサーさん。



「残業、お願いします」



 ……そんな、笑顔で言われたら。
 アシスタントの私が、断れる訳ないじゃないですか。

42: 2018/10/08(月) 01:42:26 ID:48N/yQ4E

「……残業代、高いですよ」


 それでも、良いんですか?


「はい、構いません」


 一切の淀み無く、プロデューサーさんは言った。
 そんな、この人の余裕の表情を崩したくなって。


 ――耳元で、残業代の内訳を甘く囁いた。


「それ、は……」


 右手を首筋にやって、困ってる。
 私も、多分……ううん、絶対、顔が真っ赤になってますよね。
 ……って、もう! そんなに、見ないでください!


「~~っ!」


 視線から逃げるため、胸に飛び込んだ。

43: 2018/10/08(月) 01:54:44 ID:48N/yQ4E

「……!」


 何て、言うだろう。
 ……怖い。
 顔をプロデューサーさんの胸に、押し付けた。
 トクリ、トクリと、心臓の音が聞こえてくる。


「……急いだ方が、良さそうですね」


 低い、低い声が聞こえた。
 その声は、少し緊迫していて、私もその理由に思い至り、体を確認した。
 うっすらとだけど、体から光が立ち上っている。
 きっと、キスだけじゃ不十分だから……よね。


「スタミナドリンクを頂けますか?」


 そんな、あまりにもいつもと同じ台詞。
 だからか、私も……本当に、いつも通りにスタミナドリンクを差し出した。
 プロデューサーさんはそれを受け取ると、
パキリと封を開け、中身を一気に飲み干した。

44: 2018/10/08(月) 02:05:14 ID:48N/yQ4E

「では……頑張ります」


 頑張ります……って!


「ちょっ、ちょっと待ってください!」


 両手を揃えて前にやり、二人の間に小さな壁を作る。
 わかってはいます、けど! でも!


「検討します」


 嘘ばっかり!
 作ったばかりの小さな壁は、勢いをほんの少し緩めただけ。
 肘がどんどん曲がり、腕は簡単に折り畳まれていく。
 心の準備が! だって! こっ、こっこ、ここっ、こ!


「此処! 敵の本拠――」


 さっきのお返しのつもりですか!?
 いえ、急がなきゃ駄目だって、自分でもわかってますけど!
 だけど、あまりに強引すぎます!
 ああ、もう……何も言えない……!

45: 2018/10/08(月) 02:28:12 ID:48N/yQ4E
  ・  ・  ・

「「……」」


 いそいそと、着衣の乱れを正す。
 結論から言えば、魔力の補給は済んだ。
 でも、失敗した。
 入らなかった。


「「……」」


 じっ――時間を! かけて! ゆっくり出来れば!
 そうすれば! ちゃんと! 出来ました!
 でも! また、途中で体が消えそうになるし……!
 だけど……だからって……! だからってぇっ!


「その……い、痛みますか……?」


 プロデューサーさんが、心配そうに声をかけてきた。


「……頑張ります」


 私は、お尻を抑えながら、前向きな言葉を返した。

46: 2018/10/08(月) 02:28:48 ID:48N/yQ4E
おわり

引用元: undefined