59: 2018/10/08(月) 22:41:42 ID:48N/yQ4E

「私が、ですか?」


 我ながら、素っ頓狂な声を出してしまったと、自覚した。
 だが、聞かされた話の内容を考えると、仕方のない事だと思う。
 私でなくとも……いや、誰だろうと、同じ様な反応をするだろう。


「ああ、そうだ」


 談話スペースのソファーに腰掛けながら、今西部長は言った。
 人の良さそうな笑みを浮かべながら、こちらの様子を伺うこの人は、
笑顔の下で、一体何を考えているのだろうか。


「君に、担当して貰いたいと思っている」


 ……よりにもよって、この私に?


「アイドル部門の新企画――シンデレラプロジェクトのプロデューサーを」


 そう言いながら、部長はその笑みをより一層深めた。
 不思議なその迫力に、即座に反応する事が出来ず、
右手を首筋にやって心を落ち着くのを待つ。
 これは、いつの間にか部長からうつってしまった、私の癖だった。
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(12) (電撃コミックスEX)
60: 2018/10/08(月) 22:54:23 ID:48N/yQ4E

「……」


 長く続く、老舗芸能事務所――346プロダクション。
 そのアイドル部門に、私はプロデューサーとして所属している。
 当然、先に部長が述べた新企画についても概要は把握していた。
 ……だが、私が直接関わるような事になるとは、想像もしていなかった。


「……」


 ――女の子の輝く夢を叶えるためのプロジェクト。


「……」


 メンバーの人数等の、具体的な数字は、まだ正式に決まっていない。
 それは、担当するプロデューサーの裁量に可能な限り任せる、という事。
 会議の段階では、10人から15人程度で、と……そういう話だった。


「……」


 明らかに、私が担当をするには、大きすぎる企画だ。
 相応しいとは、思えない。
 多くの少女達の夢を叶えられる程、私は器用な人間では、無い。

61: 2018/10/08(月) 23:11:30 ID:48N/yQ4E

「申し訳、ありません」


 右手を降ろし、膝の上で軽く握った。
 左手も同様にし、座りながらだが姿勢を正す。


「そのお話、お受け出来ません」


 部長は、私がこう返す事はわかっていただろう。
 だから、こういった場を選んだ。
 私以外にも、この様に話をし、反応を見ている可能性が非常に高い。
 この方は、時折そうやって人を試す癖がある。


「……ふむ」


 芝居がかった動きで、部長は右手を顎に添えた。
 眼鏡の奥の瞳が、真っ直ぐに私を捉えている。


「……」


 流れる、沈黙。
 この沈黙は、何を意味しているのだろう。
 それを察するには、目の前のこの人は、老獪過ぎた。

62: 2018/10/08(月) 23:29:00 ID:48N/yQ4E

「それでは、質問を変えようじゃないか」


 口調も態度も変え、部長は言った。
 先程までとはまるで違う軽い調子で、空気が軽くなった様に感じた。
 左手に持っていた缶コーヒーを一口すすると、


「この企画……成功すると思うかい?」


 と、苦笑交じりに投げかけられた言葉。
 どう、返したものだろうか。
 先のものとは違い、これには反応に困る。
 思わず、また右手を首筋にやって、言葉を探した。


 そして、探しに探した結果、出した答え。


「……いえ、思えません」


 それは、完全な否定の言葉だった。


 会社人としては、間違った答えかもしれない。
 だが、私はプロデューサーだ。
 アイドルに関する事を嘘や偽りで誤魔化したくはない。

63: 2018/10/08(月) 23:50:08 ID:48N/yQ4E

「何故だね?」


 何故か、と問われれば。


「私達の、考えの通りに事が進むのならば……」


 答えは、あまりにも簡単だ。


「芸能界は、今頃トップアイドルで溢れているでしょうから」


 新人アイドルを十数人集めて結成。
 それ自体は、難しいことでは無い。
 しかし、そのメンバー全ての夢を叶えるのは、不可能に近い。


「……はっはっは! 確かにそうだ!」


 部長の、大きな笑い声が響いた。


 メンバーの内の、誰か一人でも欠けてしまったら。
 それは、失敗と言わざるを得ない。
 なので、この企画は失敗すると、そう考えています。

64: 2018/10/09(火) 00:13:20 ID:i/yJRFN.

「だが、失敗するとは限らないよ?」


 ソファーに深く座り直し、部長は言った。
 まだ、先の笑いが収まっていないのか、肩が震えている。
 缶コーヒーを持った左手を私に向け、
視線の交差する線上に位置させ、言葉を紡ぎ出した。


「私達の、考えの通りに進まない」


 缶が、揺れる。


「それもまた、アイドルじゃないかね?」


 揺れていた缶が――落ちた。


「っ!?」


 咄嗟に手を差し出し、空中でそれをキャッチした。
 飲み干されていたため、中身が溢れることは無かった。

65: 2018/10/09(火) 00:35:16 ID:i/yJRFN.

「おっとっと、すまないね」


 部長は、空き缶を渡すようにと手を差し出してきた。
 しかし、空ならば、渡す必要はないだろう。


「いえ、私が」
「おう、ありがとう」


 空き缶を左手に持ち直した。


「確かに、失敗する可能性が高い」


 新人アイドルの、成功する割合。
 加えて、大人数を抱えるという難しさ。
 個別の活動のケアや、個性に合わせた育成方針の違い。
 失敗する要素を挙げていけば、キリが無い。


「……だが、チャンスだ」


 何の……誰のとは、部長は言わなかった。

66: 2018/10/09(火) 00:53:21 ID:i/yJRFN.

「賭けてみるだけの価値は、ある」


 そうでなければ、企画とは言えないさ、と。
 部長は笑いながら言った。


「……」


 確かに、その通りだ。
 失敗を恐れていては、成功を掴むことは出来ない。
 そう、わかってはいる。
 ……わかっては、いる。


「君、ちょっと」


 部長は、私の左手の中にある空き缶を指差した。
 そして、指で、こちらに渡せと催促をしてくる。
 一体、何をしようと言うのだろうか。
 促されるままに、先程掴んだ缶を部長に返した。


「どうだい、一つ賭けをしようじゃないか」


 ……賭け?

67: 2018/10/09(火) 01:14:05 ID:i/yJRFN.

「あの……何を」


 そう問いかけると、部長はこちらを見ずに、


「こいつが入ったら、前向きに考えてくれたまえよ」


 そう言いながら、右手に持った缶を前後させ、
少し離れた位置に置かれたゴミ箱に狙いを定めていた。
 失礼な言い方になってしまうが、入るとは思えない。
 成功する可能性は、ほぼ無いに等しい。


「……わかり、ました」


 部長は、何を考えているのだろうか。
 しかし、ここで拒否をするのは、あまりにも無粋すぎる。
 そんな考えあって、提案を受け入れた。


「よしよし! 男に二言は無いからね!」


 部長は、本当に楽しげに笑った。
 入るはずがない。
 だと言うのに、私は少し緊張していた。

68: 2018/10/09(火) 01:27:47 ID:i/yJRFN.

「さて、奇跡は起こるかな……!」


 もしも、奇跡が起きたら。
 シンデレラプロジェクトに関して、前向きに検討……したとしても。
 そうしたとしても、私は、やはりお断りするだろう。
 奇跡では、意思は変わらない。


「よっ、と!」


 放たれた缶が、放物線を描いた。
 しかし、


 ――カランッ!


 と音を立てて床に落ち、コロコロと転がった。


「……」


 予想通りの結果に、私は息を吐いた。
 気づかないうちに、呼吸を止めてしまっていた。

69: 2018/10/09(火) 01:36:51 ID:i/yJRFN.

「はぁ……やれやれ」


 部長は膝に手を付き、立ち上がった。
 ゆっくりと転がった缶に近づいていき、腰を曲げて拾い上げた。
 そのまま、目的地まで缶を弄びつつ、


 ――カコンッ


 収まるべき所へ、それを収めた。


「と、言うわけで――」


 そして、振り返ると、



「――前向きに検討してくれたまえよ」



 笑いながら、言った。


「…………えっ?」

70: 2018/10/09(火) 01:56:02 ID:i/yJRFN.

「ま……待ってください!」


 投げて、入ったら……という話では、無かったのですか。
 抗議をするため、そして、離れた場所にいるため、少し大きな声で。
 だが、部長は、私に背を向けて歩き出した。


「悪いが、煙草を吸いたいんだ」


 今はこれ以上話す気はない、という意思表示。
 離れていく足取りが軽やかに見えるのは、気の所為ではないだろう。
 追いかければ、まだ間に合う。
 しかし、先の部長の言動は、私からその気力を奪い去っていた。


「……」


 手元に視線を落とし、コーヒーの缶を見た。
 まだ、中身は半分ほど残っている。


「……」


 私は、グイと一息に、それを飲み干した。

71: 2018/10/09(火) 02:16:13 ID:i/yJRFN.

「……」


 空になった缶を手の中で転がし、弄ぶ。
 そして……狙いを定め、構えた。


「……」


 が、そのまま手を下ろし、立ち上がった。
 結果は同じだとしても、過程は慎重に。


 ――カコンッ


「……」


 考えなければいけない事が、増えてしまった。
 それも……本当に、多くの事を。


「しかし……」


 まずは、床に微かに散っているコーヒーの水滴。
 それを掃除しなければ、いけませんね。

72: 2018/10/09(火) 02:17:46 ID:i/yJRFN.
おわり

73: 2018/10/09(火) 02:22:27 ID:pHWiJqtA
仕切り直せば状況の説明とおっさんだけの会話だけでもこんなに面白い。

引用元: 武内P「渋谷さんのお尻にマイクが!?」