1: 2017/04/25(火) 16:06:15.01 ID:wh64r70c.net
 


ゴト…



私はピアノを弾くのを止め、鍵盤に乗せていた手をそっと引いた。
名残惜しいかのように、空中で鍵を弾く仕草をする。

そんな自分の行為を自虐的に鼻で笑い、椅子を引いて立つ。

振り返ると、夕日がやけに眩しく降り注いでいた。


真姫「……」


白い部屋が、オレンジ色の夕焼けで染まっていた。
静かなこの空間が、ほんのりと音色を奏でているような気がする。

……私はこの光景に、何を想うのか。


それは勿論、あの音楽室での日々―――。



―――――
―――

2: 2017/04/25(火) 16:07:18.83 ID:wh64r70c.net
穂乃果「真姫ちゃん!誕生日おめでとう!!」

真姫「ぁ……///」

穂乃果「もう……急にいなくなっちゃうんだもん、探しちゃったよ」

真姫「……///」

穂乃果「って、ここだと思ったから、そんなに探さなかったけど」テヘ




今日は私の誕生日だった。

16歳、高校二年生の誕生日。

3: 2017/04/25(火) 16:07:56.40 ID:wh64r70c.net
私は、卒業した三人を除くμ'sメンバーに部室で誕生日を祝われたあと、いつもの音楽室へと足を運んでいた。


一人になりたくて―――。


いつも私の誕生日は一人きり。

一人で、ピアノを弾きながらその日を過ごしていたから。


別に、他のメンバーに祝われるのが煩わしかった訳では無い。
むしろ嬉しくて、涙も流した。
みんながみんな、笑顔で私の誕生日を祝ってくれた。
そのことはとても嬉しいし、感謝しても仕切れない。

μ'sという絆に出会えたことは、きっといつまでも忘れないであろう。



―――それでも私は、一人きりになれる音楽室を選択した。


 

4: 2017/04/25(火) 16:08:24.18 ID:wh64r70c.net
なぜだろう?

天邪鬼だと言われればそれまでかもしれない。
でも、理屈では無い。

いつも私はそこにいた。
一人で、その空間にいた。

理由なんて、それで十分じゃないだろうか?

人にとっての不可侵の領域は必ずしも存在する。
どんな身近な人にも、触れてほしくは無いという絶対的領域。


それが、あの音楽室。

5: 2017/04/25(火) 16:09:26.61 ID:wh64r70c.net
いや、あの音楽室である必要はない。
なぜなら、私はあの場所にいるようになってから、一年ばかりしか経っていないのだから。

ただ、ピアノがある空間。

それが私の欲しかった世界だ。



真姫「……」



…♪



そんな私のもやもやとした心を洗うかのように、綺麗な音色がピアノから鳴り響く。

6: 2017/04/25(火) 16:10:11.82 ID:wh64r70c.net
何かを弾きたい。
そんな当たり前の衝動に駆られる。

何を弾く?

私はいつも、この一人きりの誕生日に何を弾いてきたのか―――?



真姫「……」



♪~?~



真姫「……ハッピーバースデイトゥーユー」



自然と口から零れた歌声に、自然と指が合わせて伴奏する。

自らを祝う歌。
私の生まれを祝う、歌。

7: 2017/04/25(火) 16:11:06.60 ID:wh64r70c.net
いつも私は、自分のピアノで、自分の歌で。
自分を祝ってきた。

この自分の生まれを誰が祝ってくれるのか?

他でもない、自分自身でしか無い。


だからこそ、自分の伴奏で、自分の歌声で、祝福する。


これほどの贅沢は無いと思う。
が、同時に、これほどの虚しい感情もそうはないだろう。




真姫「ハッピーバースデイ……ディア」




穂乃果「真姫ちゃん♪」

真姫「っ!?」

8: 2017/04/25(火) 16:11:57.36 ID:wh64r70c.net
その一人きり祝福の場に、一人きりのステージに。


彼女は、

穂乃果はスポットライトを浴びて、上がってきた。



穂乃果「ほら、続けて続けて♪」

真姫「……///」



♪~♪~



穂乃果「ハッピバースデイ、トゥーユー♪」


私は穂乃果に促されて、頭が理解をする前に指が続きを奏でていた。

9: 2017/04/25(火) 16:12:35.16 ID:wh64r70c.net
弾き終わるやいなや、満面の笑みを浮かべて穂乃果は近づいてくる。


穂乃果「誕生日、おめでとう真姫ちゃん♪」

真姫「ぁ……///」


私の手を取り、ぎゅっと握り締めて祝福の言葉を口にする。
さっき何度も聞いた言葉だ。


真姫「な、何しに来たのよ……///」

穂乃果「ふふふ……」

真姫「な、何よ……っ!」

穂乃果「まさか一人でハッピーバースデイを歌うなんて……」

真姫「笑いたきゃ笑いなさいよ!」フン

10: 2017/04/25(火) 16:13:40.91 ID:wh64r70c.net
穂乃果は片手を口の前にやり、笑いを堪えているかのような仕草をする。
いつもの、意地悪な穂乃果だ。

穂乃果はみんなといるときは、割とお馬鹿な感じを振る舞う。
凛やにこちゃんと一緒になって馬鹿を興じている。

でも、この音楽室にいる時。

私と対峙してる時は―――。

どこか意地の悪い。
俗に言えば、Sな穂乃果が顔を覗かせる。

11: 2017/04/25(火) 16:14:16.67 ID:wh64r70c.net
穂乃果「笑うわけないよー」

真姫「顔がにやけてるわよ!」

穂乃果「あはは、バレちゃった?」テヘ

真姫「~~~!」


意地が悪いとは言っても、それは本当に相手を攻撃する悪さではなく。
仲が良い子へ向ける可愛らしいちょっかいの類いだ。

私も、反射的に反抗してしまいこそするが、その意地の悪さにどことなく快感を覚えていた。

……決して、Mだという訳では無い……と思う。

12: 2017/04/25(火) 16:14:50.48 ID:wh64r70c.net
穂乃果「でも……言ってくれれば良かったのに」

真姫「……な、何をよ」

穂乃果「ここにいるって」

真姫「……///」


急に、意地の悪い笑みを止めたかと思うと今度は……。


私の好きな―――。

凜々しくも、憧れている先輩としての高坂穂乃果が顔を覗かせる。

13: 2017/04/25(火) 16:15:27.75 ID:wh64r70c.net
真姫「言う訳ないじゃない……私は、一人になりたかったんだから」

穂乃果「え?」

真姫「……?」


穂乃果はキョトンした顔をこっちに向け、じりじりと寄ってくる。
私は思わず後ずさりをしてしまう。


穂乃果「本当?」

真姫「な、何よ、本当って……」

穂乃果「真姫ちゃん、一人になりたいの?本当に?」ズイ

真姫「っ///」


このギャップだ。

凜々しくなったかと思えば、すぐにとぼけた顔をして私の目を視てくる。
穂乃果の二面性とも言えるこの姿に、私はやられる。

……いや、今は単純に顔が近い。

14: 2017/04/25(火) 16:16:06.81 ID:wh64r70c.net
真姫「ちょっと……!近いわよ!」ググ

穂乃果「あ……ご、ごめん」

真姫「もう……っ!///」

穂乃果「でも……真姫ちゃん、嬉しかったでしょ?」

真姫「はぁ!?///」


何を突然口走るのだろうか、この先輩は。
私を押し倒しでもするのだろうか。
……ここは人気のない音楽室。
襲うには絶好の場所だ。

い、いや、私はそんな願望……。

15: 2017/04/25(火) 16:16:47.58 ID:wh64r70c.net
真姫「……///」

穂乃果「嬉しかったでしょ?穂乃果がここに来て」

真姫「ぇ……」


今度は私がキョトンとした顔を見せる。

……どうやら私は思い違いをしていたらしい。
顔が真っ赤になっていくのが自分で分かる。


真姫「~~~///」

穂乃果「なんで真姫ちゃん顔真っ赤?」

真姫「あ、あんたのせいよ!!///」

穂乃果「?」


これだから天然は……!

なんて、先輩に対して啖呵を切れるわけ無い。
先輩禁止だとしても、穂乃果にはそれができない……。

何故って……。

16: 2017/04/25(火) 16:17:36.88 ID:wh64r70c.net
穂乃果「ねぇ、真姫ちゃん……」

真姫「……?」


急に。

穂乃果は真面目な顔を覗かせる。
そして私の顔を、眼を、僅かな揺らぎも無く、真っ直ぐ見据える。


穂乃果「一人って、そんなにいい?」

真姫「い、いいって……」

穂乃果「……」

真姫「……」


視線を逸らすことができず、私は息が詰まりそうだった。
それほどまでに、穂乃果の射抜く視線は……強い。
私の心を射抜いて離さない。

17: 2017/04/25(火) 16:18:15.23 ID:wh64r70c.net
真姫「……そうね」


真姫「私は、一人が好きよ……」


その言葉に、想いに、嘘は無い。
だから私は穂乃果の問いに、息も絶え絶えにそう答えた。



穂乃果「ふぅん」

真姫「……?」


まただ。
また穂乃果は、普段見せない眼を、顔を覗かせる。

誰なのだろうあれは……。
本当に穂乃果……なの……?

18: 2017/04/25(火) 16:19:05.22 ID:wh64r70c.net
穂乃果「嘘だね」

真姫「なっ……嘘なんかついてないわよっ!」


嘘、という言葉に過剰に反応する私を尻目に、穂乃果はどこか達観したように語る。


穂乃果「だって真姫ちゃんのピアノは、暖かいもん」

真姫「え……」


穂乃果「真姫ちゃんが奏でるピアノの音色は、すごく暖かい」

穂乃果「暖かくて、優しくて、包み込まれるだけで……微睡んで、ついつい眠たくなっちゃう」

穂乃果「お母さんのお腹の中にでもいるかのような、そんなふわふわした感覚」

穂乃果「……そんなピアノを奏でられる真姫ちゃんが、一人を好きな筈が無いよ」


表情は柔らかいのに、言葉は重く強く。
私の心を貫く。

19: 2017/04/25(火) 16:19:36.85 ID:wh64r70c.net
真姫「……なに……それ……」


穂乃果が私の手を握って、自分の胸のところまで持って行きあてがう。
それはつまり、私の手が穂乃果の……。


真姫「ちょ……///」

穂乃果「ほら……私の心臓の音が聞こえる?」

真姫「……///」


ドクンドクンと、手のひらから穂乃果の鼓動が伝わってくる。
私の手は気恥ずかしさから、どんどん熱を帯びていくのが分かる。
もはや、穂乃果の鼓動の音なんて分からないくらいに、自分の音は激しい。

20: 2017/04/25(火) 16:20:16.93 ID:wh64r70c.net
真姫「ちょっと……何がしたいのよ……///」

穂乃果「分からない?……穂乃果の心臓は、今、こんなにも穏やかなんだよ」

真姫「……///」

穂乃果「真姫ちゃんのピアノを聞いて、真姫ちゃんの歌声を聞いて……」

穂乃果「穂乃果は幸せだから……」


もしかしたらそうなのかもしれないが、私はそれどころではない。
自分の脈打つ鼓動を抑えるのに必氏なのだ。


真姫「い、いつもの穂乃果の心臓の音なんて知らないから、比べられないわよ……////」

穂乃果「あ、そっか」


そう言って、穂乃果は手をぱっと離すと、悪戯した子供みたいに手で自分の頭を叩いた。


……まただ、またこの顔が―――。

21: 2017/04/25(火) 16:21:11.67 ID:wh64r70c.net
穂乃果「とにかく!そんな真姫ちゃんが一人を好きな訳ないよ!」

穂乃果「ね?真姫ちゃん、みんなのところにもどろ?」

真姫「か、勝手なこと言わないでよね!私が好きでここに一人でいるんだから……!」

穂乃果「むぅ……強情だなぁ」


どっちがと言おうとしたが、ここでまた言い返したら堂々巡りだ。
私は穂乃果を追い返す為に、なんとか我慢をし、口を噤んだ。


……?

私は穂乃果を追い返したいのだろうか……。

22: 2017/04/25(火) 16:21:41.13 ID:wh64r70c.net
穂乃果「ねぇねぇ、さっきも聞いたけど……嬉しかったでしょ?」

穂乃果「穂乃果に祝ってもらえて?」

真姫「……///」


嬉しくないはずが無い。

……他でもない、穂乃果だ。
この一人きりの音楽室に、全ての始まりを与えてくれた穂乃果が。
また与えてくれる祝福―――。



真姫「嬉しくないわよ……!」



それでも、天邪鬼な私はこんな悪態をつくことしかできない。

23: 2017/04/25(火) 16:22:14.27 ID:wh64r70c.net
真姫「さっきから言ってるでしょ……!私は一人になりたいって……!」

真姫「それに、さっき何度も聞いたわよ!おめでとうって!みんなと一緒に!」


そのことは事実だ。
μ'sのメンバーだけの、私の誕生日会で、みんなが祝ってくれた。
みんなが祝福してくれた。

唯一違うのは。


真姫「だから、嬉しくないわ!一人が良いと言ってるのに、わざわざこんなところまで追っかけてくるなんて!」

真姫「無神経にもほどがあるわよ!」


どっちが無神経なのか。
そんな答えは分かっているけれど、素直になれない私は―――。


真姫「出て行って!」


そうやって、穂乃果を突き放した。

24: 2017/04/25(火) 16:22:54.70 ID:wh64r70c.net
私は何が不満なのだろう―――?

折角来てくれた先輩に対して……。
祝福の言葉をかけてくれる穂乃果に対して。

どうして私は……。



穂乃果「……そっか」


一言。
それだけ穂乃果は漏らすと。


穂乃果「……」クル


踵を返して、音楽室を後にしようとする。

25: 2017/04/25(火) 16:23:32.30 ID:wh64r70c.net
……穂乃果は何も言わない。
私も、ただ黙ってその後ろ姿を見送る。


コツコツと革靴の音を響かせ、教室を出て行こうとする。

そして穂乃果は扉のところでまた振り返った。





その穂乃果の表情は……。






穂乃果「……」ニコ




笑顔だった。





―――
――――――

 

26: 2017/04/25(火) 16:24:12.36 ID:wh64r70c.net
真姫「……」


あの時突き放した穂乃果の表情を、今でも覚えている。

屈託の無い笑み。
突き放した私になんて、向ける必要の無い優しさ。


……私は何が気に入らなくて、穂乃果を追い返したのか。

私の聖域を荒らして欲しくなかったから?

いや、そうじゃない。

だって穂乃果は、既に。
最初から。

私の心を中を踏みにじっていたじゃないか。


私がいる音楽室へ、穂乃果は土足で上がり込んできて―――私の調子を狂わせる。

27: 2017/04/25(火) 16:26:58.46 ID:wh64r70c.net
いつでも。
どんな時でも。

私の気持ちを知ってか、知らずしてか。

私の心を弄ぶ。



―――ねぇ。

貴方は何故、私に構うの―――?



私は……心の中から穂乃果を追い出したいのか。

それとも……。



~♪



そんな想いを振り払うかのごとく、指でピアノの鍵を弾く。

28: 2017/04/25(火) 16:27:27.60 ID:wh64r70c.net
真姫「……はぁ」


私は重いため息を一つ零して、椅子に座り直す。
いつまでも悩んでも気分は晴れない。
過ぎてしまった日のことをいくら想っても、それは栓の無いことだ。

そんな時、私は自分のピアノを耳にしてきた。

自分が作り出す、自分のセカイに没頭する。
そうすれば、今この瞬間は、現世から解き放たれる。

言い換えればそれは、現実逃避。
誰も踏みにじることのできないセカイへの旅路。

私は、一人になりたい。
私は、いつだって孤独。


私はそこに浸っていたい―――。




真姫「……ハッピーバースデイトゥーユー」



今日は私の誕生日。

今年で20になる私の人生は、やはり一人きり―――。

29: 2017/04/25(火) 16:28:15.41 ID:wh64r70c.net
 


♪~♪~



真姫「ハッピーバースデイディア……」

穂乃果「真姫ちゃーん♪」





真姫「……」



真姫「ハッピーバースデイ…」
穂乃果「って、無視!?」

30: 2017/04/25(火) 16:29:00.23 ID:wh64r70c.net
♪~♪~


真姫「……」スゥ

穂乃果「……」



ほのまき「トゥーユー……♪」




穂乃果「お誕生日おめでとう♪」パチパチパチ

真姫「……」

穂乃果「あれ、真姫ちゃん?」

真姫「……はぁ」


その謎の不法侵入もどきに対して、私はさして驚くこともなく睨み付ける。

また、穂乃果は私の聖域を荒らす―――。

31: 2017/04/25(火) 16:30:06.48 ID:wh64r70c.net
真姫「勝手に入ってこないでって、いつも言ってるでしょ!!」

穂乃果「えー、だって開いてたし……」

真姫「開いてたら勝手に入っていいなんて道理はないわよ!」

穂乃果「まーまー、いいじゃん!知らない仲じゃないんだし♪」

真姫「そんな勝手するあんたのことなんか知らないわよ!」

穂乃果「またまたぁ」

真姫「……警察呼ぶわ」ポチポチ

穂乃果「って、ちょっと真姫ちゃーん!」アセアセ


このやりとりも何度目だろう……?
穂乃果はいつも私の家に勝手に上がり込んでは、私のピアノを勝手に聞いている。

32: 2017/04/25(火) 16:30:47.75 ID:wh64r70c.net
あれ以来―――。

あの追い出した誕生日以来、穂乃果はやけに私に纏わり付くようになった。


それまでも、ちょくちょく私に会いに来てはピアノを聞いて、会話するようなものはあったのだが……。
それだけではない。


穂乃果「もう、真姫ちゃんったらー、素直じゃ無いんだから♪」

真姫「誰が……ッ!」

穂乃果「今年もお誕生日おめでとー♪」ギュー

真姫「……っ!!///」


それまでと明確に違うのは、距離感だ。
圧倒的に近い。
近すぎる。

33: 2017/04/25(火) 16:31:35.57 ID:wh64r70c.net
穂乃果「真姫ちゃんはいつも良い匂いだよねー♪」スンスン

真姫「な、何言ってるのよ……///」

穂乃果「もう、食べちゃいたいくらいだよ……♡」

真姫「ッ!」バッ

穂乃果「あーん、もう……」


穂乃果は私に対して、明確なスキンシップを取るようになってきたのだ。
以前とは違う、じゃれつく程度のものでは無い。
まるで自分のものであるかのように、私の心を……弄ぶ。

34: 2017/04/25(火) 16:32:54.43 ID:wh64r70c.net
穂乃果「真姫ちゃん、また一人で誕生日祝ってたんだねー」

真姫「……悪い?」

穂乃果「ううん、悪くはないよー」


そう言いながらも、つまらなそうにピアノの本体を指で弄る。
その仕草が妙に艶っぽい。

今の穂乃果は何というか……。


穂乃果「でもピアノに真姫ちゃんを取られると思うとなー」

真姫「何よそれ……」

穂乃果「真姫ちゃんは一人がいいんだもんねー」

真姫「そうよ……!毎年言ってるでしょ……!」

穂乃果「分かってるよー。毎年言われてますもん」

真姫「だったら……!」


どこか妖艶に、どこか子供っぽく。
年を取った穂乃果は、年相応でもあり、不相応でもある不思議な魅力がある。

これが大人になったということなのだろうか……?

35: 2017/04/25(火) 16:33:16.16 ID:wh64r70c.net
穂乃果「ねーぇ」ズイ

真姫「っ!?///」


急に、穂乃果は顔を私の眼前に突き出す。

香水の匂いが、私の鼻をくすぐる。
穂乃果の潤った唇が、目の前に……。

ぁ……。

わ、私は何を考えて……。


穂乃果「久しぶりに私とさ……」







穂乃果「―――シない?」


 

36: 2017/04/25(火) 16:36:49.99 ID:wh64r70c.net
真姫「~~~!!///」


私は顔が火が出るかのように一瞬で真っ赤になった。

目の前に迫る唇が、嫌らしく、動く。
私の耳元に、言葉が、囁きが、届く。


真姫「な……に言ってんのよッ!!!」ドン!

穂乃果「んっ!」ドス

真姫「ぁ……」


すんでのところで、私は悪魔の誘惑を振り払う。

自分でも吃驚するぐらいの強い力で押したせいか、穂乃果は尻餅をついてしまったらしい。
私は少したじろいでしまった。

37: 2017/04/25(火) 16:37:34.96 ID:wh64r70c.net
穂乃果「いてて……」

真姫「……ふ、フン!自業自得ね……!」


お尻を摩る姿を見て心配が脳裏をよぎるも、私は誘惑の虜にされていたというのを思い出す。

目の前にいるのは敵だ。
欲望と言う名の敵。悪魔。


穂乃果「もう、酷いよ真姫ちゃん……」

真姫「あ、アンタが急にヘンなこと言い出すのがイケないんでしょ……!!」

穂乃果「何さ純血ぶっちゃって……初めてって訳じゃないじゃん」

真姫「~~~!!穂乃果ッッ!!///」


私は過去に一度、この目の前にいる悪魔の欲望に負けたことがある。

38: 2017/04/25(火) 16:38:44.49 ID:wh64r70c.net
私が家族と……父親と、私の進路のことで大喧嘩した時のことだ。

私は決められたレールの上を走るのが窮屈になり、幼稚な反抗をしてしまった。
絶対的な親に対して。
それも、父親にだ。

反抗自体は、それまでも、何度もあった。
しかしそれは、漠然とした想いの中の、更に幼稚な……生まれてすらいない幻想だ。

だが、μ'sと出会ったことで。
穂乃果達と、絆を育めたことで―――。

その想いは、確かに生まれ。
幼稚であるとはいえ、確固とした反抗心が産まれたのだ。

39: 2017/04/25(火) 16:39:35.83 ID:wh64r70c.net
 


   


―――結果は見事な散り様。



十数年そこらで、ようやく手に入れた絆ごときで反抗するには、余りにも脆弱。
私の想いは露と消えた。
かき消されたのだ。

その結果を、私は予想できなかったのか?

……いや、分かっていた。
心の何処か片隅で。


ただ、μ'sという絆があまりにも心地よくて……その不安を外へ追いやっていただけのことだ。

40: 2017/04/25(火) 16:40:23.54 ID:wh64r70c.net
だから私は、その想いが。

一年、二年と……必氏に築き上げてきた絆を……。
無残にも踏みにじられて……。

泣いた。

ただひたすら泣いた。

いつまでも。
枯れること無く、泣き続けた。



そして、その私の流す涙をすくい上げてくれたのは―――。



穂乃果だった。


その絆を作ってくれたに他ならない、穂乃果だった。

41: 2017/04/25(火) 16:41:13.69 ID:wh64r70c.net
私は、あふれる涙を誤魔化すことすらせず、傍にいてくれた穂乃果に身体を預けた。

何もかもが真っ暗闇になってしまった世界で、穂乃果だけが私を癒やしてくれた。

私は、私の全てを彼女に差し出した。

私が穂乃果を求めた。

穂乃果が私を求めてくれた。


穂乃果は、また一つ。
私が知りもしない、新たな世界を教えてくれた。

私にとってそれは―――。





だが同時に、傷心状態であった私へ与えられた汚点でもあると言える。

42: 2017/04/25(火) 16:42:15.86 ID:wh64r70c.net
真姫「あ、あんたに初めてをあげたのだって、わ、私の気の迷いというか……なんというか……///」ゴニョゴニョ

穂乃果「ふーん」ニヤニヤ

真姫「にやにやするんじゃないわよ!///」

穂乃果「あはは、真姫ちゃんかーわいい♪」

真姫「~~~///」


いつもこうだ。
穂乃果のSで意地悪な顔に、私は狂わされる。

あの時から。
音楽室へ穂乃果が現れた日からずっと。

私の世界に忍び込んだ、悪魔―――。

43: 2017/04/25(火) 16:44:41.16 ID:wh64r70c.net
穂乃果「だーめかー」


穂乃果はピアノから離れて、溜息を一つ。
見れば外しかけていた衣服のボタンを直している。

……どこまで本気だったのだろうか。


穂乃果「今なら押し倒せると思ったんだけどなー」クス

真姫「何言ってんのよっ!!///」

穂乃果「はいはい、私が悪かったですよー」


穂乃果はうるさいと言わんばかりに、手をひらひら振る。
その態度がどこかイラつかせる挑発的なもの。
私が怒るのを分かっているかのようなポーズ……。

44: 2017/04/25(火) 16:45:08.91 ID:wh64r70c.net
真姫「……あんた、何しに来たのよ……!」

穂乃果「んー?真姫ちゃんに会いに来たんだよ?」

真姫「会いにって……いつも来てるじゃないのよ……」

穂乃果「あはは、言い方変えた方が良かったかな?」

穂乃果「真姫ちゃんを食べに来たの♡」

真姫「だから……っ!!///」

穂乃果「分かってるってばー……いちいち怒らないでよーっ!」


穂乃果は頭が痛いとでも言うように、両手を頭に当てて首を振る。
頭が痛いのはこちらの方だ……。


穂乃果「……真姫ちゃんの誕生日はね、特別だからさ」

真姫「ぇ……」

45: 2017/04/25(火) 16:47:28.42 ID:wh64r70c.net
スイッチを切り替えたかのように。
本当に急に、真面目な穂乃果は顔を覗かせる。
さっきまでの艶っぽさは影を潜めて。
私が好きな、あの眼で……。


穂乃果「この日だけは、一緒にいたいんだ」

穂乃果「……真姫ちゃんの隣に」

穂乃果「真姫ちゃんの歌声の傍に」

穂乃果「真姫ちゃんを感じてたい」


真姫「……」


この表情……。
この穂乃果の、どこか憂いた顔が……私を虜にする。

46: 2017/04/25(火) 16:48:11.51 ID:wh64r70c.net
真姫「なんでよ……」

真姫「私は……一人になりたいって、いつも……」

真姫「毎年言ってるのに……」


真姫「どうして、あんたは……」

真姫「穂乃果は私に付きまとうの……?」


純粋な疑問。

今まではそんな疑問も、ぶつけることなく追い出していた。

……あの日も。
そしてあれからも。

しかし、穂乃果に身体を委ねて。

穂乃果との距離を縮めたからなのか。

……私は問うてみたくなった。



穂乃果「―――あれ?脈あり?」

真姫「っ!?」

47: 2017/04/25(火) 16:48:44.13 ID:wh64r70c.net
真面目に、真面目な顔して、私は穂乃果と応対するつもりだったのに。
穂乃果はまたオフして、不真面目と嫌な艶を取り戻す。
その鮮やかすぎる切り替えに、私は対応しきれずにびくっとする。


穂乃果「え、穂乃果、勘違いしていい?していい?」ズイ

真姫「ちょ……!///」

穂乃果「いいよ?私の身体……?好きにしても……♡」

真姫「ちが……うッ!!」ドン

穂乃果「あっ……ん///」

真姫「変な声出さないでよっ///」

穂乃果「もぅ……真姫ちゃんが押すからぁ……///」


わざとらしくも身体を震わせる穂乃果。
一体どこでそんな仕草を覚えたのだろうか……。

48: 2017/04/25(火) 16:49:44.22 ID:wh64r70c.net
真姫「話す気が無いのなら出てって!出て行かないなら追い出す!!」

穂乃果「ああ、うそうそ、ごめんごめん真姫ちゃん」


ぺこぺこと何度も首を縦に振り、謝る穂乃果。
態度とは裏腹に、言葉はどこか投げやりだ。
こんなにも誠意が感じられない謝罪が、果たしてあっただろうか。


穂乃果「あはは……いつもと反応が違うから、ちょっと調子に乗っちゃったよ」テヘペロ

真姫「っ!」キッ

穂乃果「すいません……」


ただ謝ればいいとでも思っているのだろうか……。
私の怒りなど、微塵も解していないように感じる。

49: 2017/04/25(火) 16:50:44.13 ID:wh64r70c.net
穂乃果「……でも、私が真姫ちゃんにつきまとうのはそういうことなんだけどね」

真姫「はぁ……?」


今日の穂乃果は忙しい。
忙しなく、色々な顔を出したり引っ込めたり。
いつもは……誕生日じゃない今日以外は、こんなにも沢山の穂乃果は見せない。


穂乃果「……」


穂乃果「ねぇ、真姫ちゃん」

真姫「何よ……」

穂乃果「今でも、一人が好き?」

真姫「……」


穂乃果はあの日と同じ問いを、また私に投げ掛ける。


―――私の答えは変わらない。

50: 2017/04/25(火) 16:51:23.97 ID:wh64r70c.net
一人が好き。

孤独を感じられる音楽室。
一人きりの空間。

いつでも。
どんな時でも。
私は一人だったから。


私は、


真姫「好きよ……」


真姫「いつだって、私は一人でいたい」

穂乃果「……」

51: 2017/04/25(火) 16:52:19.98 ID:wh64r70c.net
偽り等ない。

私は誰にも浸食されない自分という空間が好きなのだ。
だから私は私でいられる。
私というセカイが存在する。


穂乃果「……あの日はさ」

穂乃果「それで食い下がったけど」

真姫「……?」



穂乃果「嘘だね」

真姫「……嘘なんかじゃ無いわよっ」

穂乃果「じゃあ」



穂乃果「……なんで私を追い出さないの?」

真姫「っ……」

52: 2017/04/25(火) 16:52:58.26 ID:wh64r70c.net
穂乃果は、真っ直ぐ私の心を……射抜く。
笑いも艶もない。
今まで見たことの無い。

本当に、攻撃してくるかのような、敵意を持った表情。


穂乃果「あの日は……私は追い出された」

穂乃果「私も、あれ以上声を掛け続けたら、それは真姫ちゃんに悪いなとも思った」

穂乃果「真姫ちゃんの世界を、壊したくは無かったから」

穂乃果「だから、私は踵を返して……部屋を出た」


穂乃果「でも今は―――?」

真姫「……」


穂乃果「ねぇ、なんで私を引き留めたの?」


真姫「な、んで……って……」

53: 2017/04/25(火) 16:53:59.19 ID:wh64r70c.net
動悸が激しくなるのが、自分で分かる。
嫌な汗が頬を伝っていく。
何故……穂乃果は私を追いつめるのか。

追いつめる?
私は追いつめられている?


真姫「た、単純な疑問よ……私のことなんて構ったって、いいことないでしょ……」

穂乃果「だって、いつもは取り付く島もなく追い出されてたし」

穂乃果「私も、無理だと思ったから手出しはしなかった」

真姫「……っ」


穂乃果「私は一度……真姫ちゃんの中に入り込んじゃったからなのかな……」


穂乃果「ねぇ?」


穂乃果「真姫ちゃんの中の部屋の鍵、私……」

穂乃果「開けちゃったんじゃないかな?」

54: 2017/04/25(火) 16:55:01.73 ID:wh64r70c.net
真姫「……」

穂乃果「入っても良いんだよね?真姫ちゃんの中に……」


穂乃果「ずーっとずっと、鍵を掛けたまま閉じこもっていた部屋に」



穂乃果「私は……招かれてもいいんだよね?」



穂乃果「ねぇ……いいよね?」



いつのまにか。

穂乃果は近くに。

誘惑は目の前に。

悪魔の持つその艶が……私を魅了する。



真姫「……だめっ」ドン

穂乃果「んっ……」

55: 2017/04/25(火) 16:55:58.69 ID:wh64r70c.net
しかしその誘惑を、私は断ち切る。

それでも……。
それでも私の聖域は、守らなければいけない……ッ!


真姫「誰も……許可した覚えは無いわ……!」

真姫「入って良いなんて、一度だって……私は!」

真姫「確かに、私は一度あなたを招きいれたかもしれない」

真姫「でもそれは……貴方が勝手に……!」

真姫「私の傷の隙間から、潜り込んだだけ……!」


あの日の私の心がどうだったかなんて、考えたくも無い。
それ程までに疲弊していたから。
そこに穂乃果が潜り込んでいたとしても、私は文句が言えないかもしれない。

56: 2017/04/25(火) 16:57:04.22 ID:wh64r70c.net
穂乃果「……そうだね」

穂乃果「私は運良く、鍵の開いた扉の前に出くわしただけかもしれない」


真姫「そうよ……っ!」

真姫「貴方は土足で!許可も無く!私の部屋に上がり込んだ泥棒!」

真姫「そんな人に!私の部屋へ入って欲しくないわ……!」


私は涙目になりながら、穂乃果を罵った。

何故私は、そんなにも穂乃果の侵入を嫌うのか―――。


穂乃果「でもね」

穂乃果「私は、そうやって真姫ちゃんの心に入り込めたから」

穂乃果「分かったんだ」



穂乃果「真姫ちゃんが、本当は一人が好きじゃ無いってコト」

57: 2017/04/25(火) 16:58:04.91 ID:wh64r70c.net
それでも私の言葉など意に介さぬように、穂乃果は言葉を紡ぐ。
私の聖域に足を踏み入れる。

自分勝手に……!


真姫「何言って……っ!」

穂乃果「……だって」


穂乃果「真姫ちゃん、私を求めてくれたじゃん」


あの日の私は―――穂乃果を求めた。
繋がりを求めた。

露とかき消された絆を、それでも拾い集めるために。
穂乃果へと。

58: 2017/04/25(火) 16:58:50.71 ID:wh64r70c.net
穂乃果「傷つきながらだったから、何も見えなくなっていたかもしれないけど」

穂乃果「真姫ちゃんは私の温もりを、欲していたもの」

真姫「嘘よ……!」


嘘じゃ無い。
そんなことは分かってる。


穂乃果「本当だよ」


私の心を見透かしたように、穂乃果は穏やかに答える。


穂乃果「真姫ちゃんは、誰かに絆を求めているんだよ」

穂乃果「じゃなきゃ、あんなにも暖かくないよ……真姫ちゃんの涙は」

真姫「……っ」

59: 2017/04/25(火) 17:03:05.12 ID:wh64r70c.net
あの日も―――似たようなことを言われた気がする。


穂乃果『だって真姫ちゃんのピアノは、暖かいもん』

穂乃果『……そんなピアノを奏でられる真姫ちゃんが、一人を好きな筈が無いよ』


穂乃果が……。

他人である彼女が、一体私の何を知るというのか。
私のセカイの何を……。


穂乃果「あはは、私ね……あ、分かってると思うけど結構遊び歩いてるからさっ」

穂乃果「男の人の味も知ってるし、女の人も……経験あるよ?」

真姫「言わなくて良いわよ……そんなこと」


知っているし、分かってるけど、知りたくも無い。
憧れの人が汚れを知るところなんて、見たくは無いのだ。

60: 2017/04/25(火) 17:03:44.38 ID:wh64r70c.net
穂乃果「ふふふ、だからリードできるんだけどね♪気持ちよかったでしょ?」

真姫「……///」

穂乃果「だからね、人の内の想いというか……感情なんかは、結構見えちゃうんだ」

穂乃果「肌を重ねるとね、自然と……」

穂乃果「真姫ちゃんの心も、頑なに閉じられた扉も、ね」

真姫「……」


きっと今の穂乃果と、あの時の穂乃果は違う。
年も経験も全く別の……穂乃果であって穂乃果じゃ無い。

この穂乃果……。

いや、私の心を弄ぶ悪魔には、私の心など容易く見透かされているのかもしれない。

61: 2017/04/25(火) 17:06:13.72 ID:wh64r70c.net
穂乃果「真姫ちゃんがどれだけ否定しても、私には分かるの」

穂乃果「真姫ちゃんは本当は、孤独が好きなんじゃ無いって」

穂乃果「ただ、孤独という世界に慣れていただけ」

穂乃果「凍てついた一人ぼっちの空間に、真姫ちゃんが慣れてしまっていただけなんだよ」

穂乃果「真姫ちゃんの涙は本当に暖かいもん」ス…

真姫「っ!?」


穂乃果は、私の瞳から零れる涙を指ですくってみせる。
それを自然にペロっと、舌へと運ぶ。


真姫「ちょ……!」

穂乃果「ん、しょっぱいね」エヘヘ

真姫「何やってるのよ!このヘンタイ!!///」

穂乃果「ヘンタイは酷いよぉ……」」


人の涙をすくって舐める人間が、ヘンタイじゃなかったら一体なんだというのか。
今のこの穂乃果に常識は無い……。

悪魔なのだとすれば当然かもしれないが。

62: 2017/04/25(火) 17:06:46.88 ID:wh64r70c.net
穂乃果「……ねぇねぇ、真姫ちゃんってさ」


穂乃果「私のこと、好きでしょ?」

真姫「~~~!!///」


穂乃果のことが好き?

私は、穂乃果のこと……。
そんなの決まってる。


私の憧れの人なのに―――。



真姫「誰が……っ!!!」




穂乃果「穂乃果は好きだよ、真姫ちゃんのこと」

真姫「―――」

63: 2017/04/25(火) 17:07:22.05 ID:wh64r70c.net
―――嫌いなわけがない。

嫌いなわけが無いが……。


穂乃果「意外?」

穂乃果「……ふふふ、穂乃果も意外」


穂乃果はくすりと笑って、あの眼をする。
人の心を射抜こうとする……あの眼。

そう、この眼だ。
この眼が私は―――。


穂乃果「最初は出会ったときは、そんなこと思わなかった」

穂乃果「一年なのにピアノ引けて凄いなぁとか、曲がいいなぁとかしか思わなかった」

穂乃果「真姫ちゃんの弾くピアノは優しいから、好きだったけどね」

穂乃果「それでも、それが恋に変わるとは思ってなかった」


穂乃果がはっきりと、私に対して伝える"恋"という言葉。
つまりそれは、穂乃果からの明確なラブコール―――。

64: 2017/04/25(火) 17:07:57.71 ID:wh64r70c.net
穂乃果「オトノキを卒業してから分かったことだけど、私って結構性欲強いみたいだからさ」

穂乃果「自分から求めちゃうんだよね」

穂乃果「その、エOチなこととか♡」


ペロと、舌なめずりをする穂乃果は、やはり艶っぽい。

恥ずかしげなもなく答える穂乃果とは対照に、私はその手の話題になるとすぐに顔に出る。
私はまだまだ純血でいたいと思っているが。
このヘンタイの毒牙にかかってしまっているのだから無理だろう。


穂乃果「だから、退屈な恋愛って苦手なの」

穂乃果「特に、相手が気弱だとダメ」

穂乃果「つまらなくて、味気ない」

穂乃果「だからといって、強引すぎるとそれもね……」

穂乃果「エOチは盛り上がるけどさ♡」

真姫「だ、だから……そういうこと言わなくていいって言ってるでしょ……」

65: 2017/04/25(火) 17:08:39.30 ID:wh64r70c.net
私は弱々しく、そっぽを向けて穂乃果に言う。
その反応は正に、穂乃果の嫌いなタイプのような反応ものだったと思う。


穂乃果「そう、真姫ちゃんのそういう奥手なところ、本当は嫌いだよ?」

真姫「知らないわよ……っ!」


別に好かれようとも思ってない。
何故こんな言われ方をしなければいけないのか……。

穂乃果のそのヘンタイ性は私も好きでは無い。
私の好きな穂乃果は……。


穂乃果「それでも真姫ちゃんが好きなところはね?」

穂乃果「そうやって、私のことを拒絶してくれること」

真姫「……はぁ?」

66: 2017/04/25(火) 17:09:17.47 ID:wh64r70c.net
意味が分からない。
拒絶を好むなんて聞いたことがない。
やはりヘンタイなのだろうか。

私が知る穂乃果は一体どこへ行ってしまったのか……。


穂乃果「私ってさ、こういう性格でしょ?我が侭で、自分勝手で、強引で」

真姫「そうね」

穂乃果「……」クス


私の皮肉にも穂乃果は動じず、軽くクスリと笑みを浮かべ話を続ける。

67: 2017/04/25(火) 17:09:46.55 ID:wh64r70c.net
穂乃果「だから、なんだって自我を通してきたし、信念も貫けてきた」

穂乃果「良い意味でも悪い意味でもね」テヘ


そうよ。
そんなあなたの我が侭に、みんな振り回されてきたんだから―――。


穂乃果「そんな中で、私の唯一思い通りにならなかったのが……」



穂乃果「真姫ちゃん」

68: 2017/04/25(火) 17:10:42.67 ID:wh64r70c.net
穂乃果「あの日―――」

穂乃果「あの誕生日の日だって、最終的には真姫ちゃんのことを振り回して、またみんなでにっこり笑顔で終えられると思った」

穂乃果「いつも同じ。怒られて……笑って……怒られて」

穂乃果「でも違った」

穂乃果「……完全に拒絶されて、私は音楽室を後にした」

穂乃果「なんというか……不思議な気分だったよ?」

穂乃果「寂しいというか、悔しいというか……」


穂乃果は当時のことを思い出しながら、僅かに暗い影を落とす。
……それほどまでに、あの日の拒絶が穂乃果に影響を与えていたのだろうか。

しかし、でなければ説明がつかないことの方が多いのも事実ではある。

69: 2017/04/25(火) 17:12:02.01 ID:wh64r70c.net
穂乃果「私の中でふつふつと芽生えてきた感情がなんなのか分からなかった」

穂乃果「多分、苛立ちではあったと思うんだ」

穂乃果「初めて上手くいかなかったことだから、自分の中で上手く消化できず悶々とした」

穂乃果「どうすればいいのか、どう解決すれば良いのか、全く分からなかった」

穂乃果「だから……それから真姫ちゃんのことを執拗に追うようになった」

穂乃果「真姫ちゃんにどうすれば拒絶されずにすむのか」

穂乃果「どうすれば、真姫ちゃんの扉の中に……部屋に入れるのか」

穂乃果「私は、悔しくてしょうがなくて、必氏で真姫ちゃんに喰らいついたよ」


穂乃果「そして毎年、誕生日は必ず真姫ちゃんの傍にいるようにした」

穂乃果「追い返されても、何度も何度も……」



穂乃果「それである日気がついたんだよね」



穂乃果「これは恋なんだって―――」

70: 2017/04/25(火) 17:12:48.76 ID:wh64r70c.net
穂乃果「毎日毎日、何度も会いに行って」

穂乃果「毎年毎年、何度も真姫ちゃんのことを祝って」

穂乃果「真姫ちゃんの声を聞いて、真姫ちゃんの歌声を聞いて」

穂乃果「……その応えのほとんどが拒絶だったような気もするけどね」アハハ

穂乃果「それでも、間違いなく私は真姫ちゃんの虜になってた……」

穂乃果「こんな不器用な恋があるんだなって、後になって気がついたよ」

真姫「……」


穂乃果「それが答えだよ」

真姫「え……」

穂乃果「さっき、私に質問したでしょ?」


最早、質問など遙か彼方へと忘れ去っていた。
それ位に、長い時間雄弁に穂乃果は語っていた。

私に対して。

愛を―――。

71: 2017/04/25(火) 17:13:31.85 ID:wh64r70c.net
穂乃果「ねぇ、ダメかなぁ?」


穂乃果は途端に、女の顔を覗かせる。
その艶のある表情で、私を誘惑する。





穂乃果「私じゃ―――」










真姫「ダメ……ッ!」

 

72: 2017/04/25(火) 17:14:06.21 ID:wh64r70c.net
私はその誘惑に魅了されることはなく、確固たる意志を持って拒絶する。
揺らぐことはなく。
突きつける
穂乃果が求めていた、拒絶を。


真姫「……私は一人が好き」

真姫「私の孤独は、いつまでも変わらない」


偽りは無い。

何度問われても。
何度迫られても。

穂乃果にそれだけの想いを語られても、その気持ちに変化は無い。

73: 2017/04/25(火) 17:15:08.37 ID:wh64r70c.net
真姫「私が絆を求めてる?誰がそんなことを言ったの?」

真姫「……それは、私の弱い心」

真姫「私のどこか心の隅っこにいる弱い意志が、勝手にそれをさせているだけ」

真姫「私の本当の意志はそうじゃない」

真姫「私には私だけ」

真姫「他には何もいらない」


穂乃果「真姫ちゃん……」


私は、私自身の心を高くかざして、穂乃果に射抜かれぬように強く心を持つ。

74: 2017/04/25(火) 17:15:45.57 ID:wh64r70c.net
真姫「―――でも」

真姫「そんな意志があるのは事実だわ」

真姫「私の弱い心も、私自身」

真姫「……それは否定しない」


きっとここで、私が弱い心を曝け出したら。
また射抜かれるような心を捧げてしまったら。

それは穂乃果が求めるものではなく。

退屈なものになってしまうと思ったから。

75: 2017/04/25(火) 17:16:28.25 ID:wh64r70c.net
真姫「私の部屋に入ってきたければ勝手に入ってくればいいわ」

真姫「けれど、鍵は渡さない」

真姫「そうやって貴方は、私の傍らで私の弱い心を弄べば良い」

真姫「私は私の世界がある限り、穂乃果に屈しはしないから……」


今までになく強烈な言葉を。
遙か天空から見下すかのごとく、突き刺す。


彼女の心を。






穂乃果「……あは♡」

76: 2017/04/25(火) 17:17:05.93 ID:wh64r70c.net
それでも穂乃果は、そんな艶の含んだ笑みを零す。
あの時の穂乃果には決してない今の。
大人びた……いいえ、色気を携えた嫌らしい笑み。


穂乃果「うん……最高だよ」

穂乃果「あはは……やっぱり好きだよ真姫ちゃん……♡」

穂乃果「そんな気高い心を持った真姫ちゃんを……」

穂乃果「絶対に籠絡してみせるよ……」

穂乃果「穂乃果の鍵で、真姫ちゃんの心を……♡」


穂乃果は吐息も荒く、自信の秘部を弄るような行為をする。
……ここまで来ると、最早ヘンタイという言葉では足りないのでは無かろうか。

私は不器用にも彼女を見下しながら、不安になった。

77: 2017/04/25(火) 17:17:45.53 ID:wh64r70c.net
真姫「……はぁ。なんで穂乃果ってば、そんなになっちゃったの?」

穂乃果「そんな……って、どんな?」

真姫「その……え、エOチというか……ヘンタイというか……///」

穂乃果「だからヘンタイは酷いよぉ……」

真姫「どこがよ」

穂乃果「……んー」


穂乃果「……割と真姫ちゃんのせいだと思うけどなぁ」

真姫「はぁ……?」


さっきまでの痴態と行為の全てを私のせいにするつもりなのか。
何故私が穂乃果の変態性を目覚めさせないといけないのだ。
怒るよりも呆れかえる方が先だった。

78: 2017/04/25(火) 17:18:30.02 ID:wh64r70c.net
穂乃果「どうやっても真姫ちゃんが振り向いてくれないからさ」

穂乃果「私なりに頑張ったんだよ?」

穂乃果「お洒落もしたし、勉強もしたし……」

穂乃果「そしたらさ、次第に合コンとかも声かけられるにようになったりして……」

穂乃果「目が覚めたらベッドの上とかだったっていうのもあったよ?」

真姫「えぇ……」


誰が穂乃果のこんな未来を想像しただろうか。
……いや、割とこういう未来をみんなが思い描いていたかもしれない。

それ程に穂乃果は……。

79: 2017/04/25(火) 17:19:27.10 ID:wh64r70c.net
穂乃果「一途にそれだけなんて、私らしくないでしょ?」


おどけた顔と、艶のある顔と、全て入り混じった眼でウィンクした。
そう。

そのひたむきさ加減が、穂乃果のいいところなのだ。

形を変えて、表情を変えても、それだけは変わらない。


穂乃果「まぁその過程で、女の人に引っかかったのは自分でも吃驚だったけどねぇ……」アハハー

真姫「……ヘンタイ」

穂乃果「傷つくなぁー……」シュン


心なしか喜んでいるのでは無いか。
そう見えてしまうのが、今の穂乃果の怖いところだ。

だって、口元が緩んでいるのだから。

80: 2017/04/25(火) 17:20:22.50 ID:wh64r70c.net
穂乃果「そういえば今日は真姫ちゃんにプレゼントを持ってきたんだ♪」

真姫「へぇ、去年までは無かったのに珍しい」

穂乃果「だって真姫ちゃん、すぐに追い返すし……」

真姫「そりゃあね。プレゼントも投げ捨てた方がいいのかしら?」

穂乃果「あー……そういうプレイもいいかも……///」

真姫「は?」


穂乃果が不穏なことを口走る。
何故そこで悲しい表情をせず、艶を見せられるのか……。
理解に苦しむ。

81: 2017/04/25(火) 17:20:59.03 ID:wh64r70c.net
穂乃果「……」ジリ

真姫「……っ」


穂乃果が音を立てながら、そして眼を光らせながらにじり寄ってくる。
それは獲物を狩ろうとする、狩猟者の眼……。


穂乃果「……真姫ちゃん、勝手に入ってくればいいって言ったよね?」

真姫「い、言ったわよ……」

穂乃果「弄べば良い、とも言ったよね……?」

真姫「……」ゴクリ


穂乃果の目が、唇が、身体が……妖艶に動く。

82: 2017/04/25(火) 17:21:40.59 ID:wh64r70c.net
穂乃果「じゃあ、私が真姫ちゃんのことを好きにしても……いいってことだよね?」

真姫「……ちょ、ちょっと……///」

穂乃果「ふふふ……」



穂乃果「プレゼントは……私だよ♡」


シュルと、わざとらしくも音を立てて自分の衣服をずらす穂乃果。


穂乃果「けどね……」



穂乃果「弄ぶのはわ・た・し♪」


穂乃果「ゆーっくり、真姫ちゃんの心の扉を開いてあげるんだからぁ……あむっ……♡」

真姫「ん……っ///」

83: 2017/04/25(火) 17:22:12.82 ID:wh64r70c.net
ああ……私はなんて人に捕まってしまったのだろう。


あの日から―――。

教室の窓から、覗き込んでいたあの顔が。






穂乃果『~~~~~』パチパチパチ!




穂乃果「あは……♡」





こんなイヤらしい雌の顔をして、私に迫ってくるなんて。
想像すらしなかった。

85: 2017/04/25(火) 17:22:51.68 ID:wh64r70c.net
穂乃果「誕生日おめでとう、真姫ちゃん……♡」


嫌らしく、ねっとりと、私の耳元で囁く。
私はビクンと、大袈裟に身体を反応させてしまう。


……なんて人を、私は好きになってしまったのだろう。


私にとっての憧れは、今は悪魔に……。

そして悪魔の誘惑は、すぐそこに……。

欲望が口を開けて、手招きをしている。

86: 2017/04/25(火) 17:23:35.71 ID:wh64r70c.net
―――ああ、悪魔の誘惑も、悪くはないのかもしれない。
きっと、私のつまらない意地も、見栄も、全て甘やかに溶かしてくれるだろう。



それでも、私のセカイは、私だけのものだ―――。


穂乃果、大好きよ。







でも、私の鍵は渡さない。









終わり。

89: 2017/04/25(火) 20:41:45.91 ID:UowrxAK+.net
おつ

90: 2017/04/25(火) 20:51:25.40 ID:+lIytQkU.net
めっちゃ好みだわ
最高

91: 2017/04/26(水) 00:37:03.91 ID:NaXha4FM.net
良かった

引用元: 真姫「誕生日は悪魔の誘惑と」