1: 20/08/28(金)23:42:01 ID:JGS
自分の中の市川雛菜のイメージを整理したくて書きました。
神父もスタンドも出てきませんが、誰かに読んでいただければしあわせです。

2: 20/08/28(金)23:43:03 ID:JGS
 放課後、学校から直接事務所へとやってくるなり「甘いもの食べた~い」と宣言した雛菜だったが、残念なことにその日は菓子の買い置きを切らしてしまっていた。

 それでも諦めがつかず、冷蔵庫から戸棚へと捜索の場を広げた雛菜に、プロデューサーはノートパソコンに向かったまま言葉を投げた。

「雛菜、今日は我慢してくれ。はづきさんが明日何か買ってくるって言ってたから」

 雛菜は、戸棚を探る手をぴたりと止めて恨めしそうに呟いた。

「雛菜は今日食べたかったの~」

 仕事やレッスンの予定でも入っていれば、はづきさんも気を利かせて何か用意しておいてくれたかもしれないが、
生憎と本日の市川雛菜はフリーであり事務所への来訪は予定外のことだった。

「せっかくおやつがあると思って事務所に来たのにな~」

「――ははっ、当てが外れて残念だったな」

 淡々とキーボードを叩きながらプロデューサーは笑って答えた。午後になって舞い込んできた急ぎの仕事は未だに目処がついていない。

 不服そうに頬を膨らませていた雛菜だったが、ふと、何かに気付いた様子でプロデューサーの顔をしげしげと眺め、間延びした口調で尋ねた。

「プロデューサー大丈夫~? なんか疲れてない~?」

「ははっ、全然元気だぞ。よゆーよゆー」

 ことさら陽気に笑って仕事に打ち込むプロデューサーを訝しそうに見つめながら、雛菜は不意に「にっこり」と向日葵の咲くような笑顔を浮かべた。
【市川雛菜】アイドルマスター シャイニーカラーズ 4th Anniversary カプセル缶バッジコレクション
3: 20/08/28(金)23:44:43 ID:JGS

「え~? じゃあねじゃあね~、プロデューサーは雛菜のことすき~?」

「おう、すきだぞ」

「あは~~~。 ほんと~? コーヒーよりすき~?」

「コーヒーよりすきだぞ」

「コロッケにかけるものと言えば~?」

「しょうゆ」

 質疑応答を終えた雛菜は何やら満足そうに頷くと、ちょこんとプロデューサーの隣にしゃがみ込み、やんわりと提案した。

「――プロデューサー、ちょっと休んだ方がいいよ?」

「……そうだな」

 実のところ既に限界ギリギリだったらしいプロデューサーは雛菜の言葉にようやくパソコンから目を離すと、
「――やっぱ疲れてるな」と力無く呟き、仰ぐように天井を見つめた。

4: 20/08/28(金)23:46:36 ID:JGS

 コンビニから出てきた二つの影が西日の中を歩いて行く。つい先日まであれ程やかましく鳴いていた蝉の声も消え、
嘘のように静まり返った夕方の街は少しだけ寂しい感じがした。


「雛菜、今日は何かあったのか?」

 やけくそ気味に菓子をぶち込まれパンパンになったコンビニの袋を両手に提げながら、プロデューサーはそれとなく切り出した。

「え~? なんで~?」

 隣でさっそく包装を剥がした飴を口に含み、雛菜は不思議そうに首をかしげて見せる。

「いや、何となくな」

「あは~。へんなの~」

 無邪気に笑う雛菜を横目に見ながら、プロデューサーはいつかの事務所でのやり取りを思い出している。

 ――裏の文字が薄く透けた折り紙のハート。

 ――くっきりと折り目の残った進路調査のプリント。

 目の届くところで学校のプリントを折り紙なんかにしていたら声をかけるに決まっている。

 果たして、それを予想できない雛菜だろうか。

5: 20/08/28(金)23:48:04 ID:JGS

 事務所におやつがあると思って来た。と雛菜は言った。

 甘いものが食べたいだけなら、幼馴染たちを誘って帰り食いでもすれば良かった筈だ。

 ――何か話したいことがあるんじゃないのか。と、思うに任せて聞けないまま並んで歩き続ける。

 雛菜は前方の青信号が点滅するのを見つめながら一度だけ飴を転がすと、明日の天気の話をするくらいの気安さで口を開いた。

「ね~、プロデューサー」

「ん?」

「雛菜の未来のことって、どのくらいわかる~?」

 ――唐突な質問にすぐには頭がついて行かず、それでも何か気の利いたことを言おうとして、

「……仕事のスケジュールくらいならわかるぞ」

 そんなことしか言えない自分がつくづく情けなくなった。

 雛菜は小さく笑い、少しもったいぶってから先を続けた。

「今日ね~、先生に言われたんだ。『アイドルなんて不安定なものより、学校の方をもっと頑張りなさい』って」

6: 20/08/28(金)23:48:57 ID:JGS

 件の先生とやらの口調を大袈裟に真似て喋る雛菜のせいで、プロデューサーは「アイドルなんて云々」よりも先に「それ、似てるのか?」とつっこみたくなった。

「『今のままだと、きっと後悔するぞ』って言われちゃった~」

 大して悪びれることもなく、あっけらかんとした様子の雛菜にどう言葉を掛けるべきか迷いながらプロデューサーは雛菜の顔を見た。
雛菜もプロデューサーを見ていた。――視線がぶつかる。

 途端に雛菜は「へらっ」と表情を崩して、おどけるように言った。

「すごいよね~。雛菜の未来のことなんてどうしてわかるんだろうね~」

 プロデューサーは、何か言おうとして――

「……そうだな」

 結局、相槌を打つことしかできなかった。

7: 20/08/28(金)23:49:54 ID:JGS

 そのまましばらく歩き、やがて赤信号の前で立ち止まると雛菜は再び口を開いた。

「アイドルになる前にも『将来苦労するぞ』ってよく言われたけど、そういう話をする時ってみんな同じこと言うんだよね~」

 なんて言うと思う? と悪戯っぽく尋ねる雛菜。

 ――少し考えて、答える。

「……雛菜の為に言ってるんだぞ。か?」

「やは~~~! せいか~い!」

 雛菜は小さく拍手をしてポケットから飴を取り出すと、手際良く包装を解いて「はい、あ~ん」と差し出してきた。正解のご褒美ということらしい。

 プロデューサーはコンビニの袋で両手がふさがったまま、なんとなく勢いに呑まれて、

「……あ~ん」

 少し屈み、雛菜の指に触れないようにできるだけ大口を開ける。雛菜はプロデューサーが喉に詰まらせないように器用に食べさせてくれた。

 礼を言ってから舌で転がしてみる。ピーチ味だった。

8: 20/08/28(金)23:50:57 ID:JGS

 やってしまってから周りの目が気になったが、いつの間にか増えていた信号待ちの人の多くはスマホをいじっているだけで、
少なくとも表面上はこちらを気にしている人はいないようだった。

 プロデューサーは人だかりの中で少しだけ雛菜の方に寄ろうとして、思いがけず近くにいた雛菜の腕に軽くぶつけてしまう。

 ――悪い、と言おうとして切り替わった青信号にそのタイミングを奪われ、動き出した人の流れに倣うようにして二人も歩き出す。

 しばらくすると通行人同士の影も再び疎らになってゆき、雛菜はぽつりと呟いた。

「――小糸ちゃんが、別の中学に行っちゃった時にね」

 突然挙がった小糸の名前に思わず、え。と間の抜けた返事をしてしまう。

 雛菜は仕切り直すように笑い、

「小糸ちゃんだけ別の中学になっちゃった時に思ったの。『こういうこともあるんだな~』って」

 少しだけ遠くを見るような目をして雛菜は続ける。

「みんな当たり前みたいに一緒にいたけど、これからはそうじゃないのかも、って思った」

9: 20/08/28(金)23:52:15 ID:JGS

 ――進学。友人との別れ。自分にも覚えはあるが、社会人となった今ではもう随分と昔のことのような気がする。
しかし雛菜にとってはそれはまだ新しい記憶なのかもしれなかった。

 プロデューサーが返答に窮していると、雛菜は一転して嬉しそうな表情になり、

「そしたら透先輩が言ったの~!『え、普通に会えるじゃん。近所だし』って~! クールだよね~」

 今度の透の声真似も完成度としてはやはりいまひとつだったが、そんなことはお構いなしに楽しそうに話す雛菜を見て頬が緩む。


 ――しかし、とプロデューサーは思う。


 それなら、小糸がランクを落としてまで三人と一緒に通える高校を選んだことを雛菜はどう思ったのだろう。

 透の言うように学校が違っても会うことはできる。それでも小学校を出たばかりの彼女たちにとって「別の学校に通う」というのは、
やはり大きな別れだったのではないだろうか。そしてそのことを、それぞれがそれぞれの形で、子供なりに一度は受け止めた筈だ。

 ――不意に目の前に広がる夕暮れが、事務所のビルの屋上から眺めたあの夕暮れと繋がっているような錯覚に襲われた。
あの日、手すりにもたれながら夕日を見つめる円香に自分は言った。

 アイドルを続けていれば、ずっと一緒にいられるもんな――と、

 ――円香は、否定も肯定もしなかった。

10: 20/08/28(金)23:53:21 ID:JGS

 今、四人で再び同じ学校に通い、同じユニットでアイドルをしていることを雛菜はどう思っているのだろうか――

 物思いに囚われ黙り込んでしまったプロデューサーをちらりと盗み見ると、雛菜は突然プロデューサーの前へと数歩踏み出してみせた。
虚を突かれて思わず足を止めたプロデューサーに、雛菜は振り返って笑い――

「――雛菜ね、今アイドルしてるの楽しいよ」

 胸の内を見透かされた気がして、言葉に詰まる。

「透先輩がいて~、円香先輩と小糸ちゃんがいて~」

 少しだけ間が空いて、

「プロデューサーがいるから」

「……そっか」

 ――そう答えるのがやっとだった。すると雛菜は、形の良い眉根を大袈裟に寄せて、

「え~! プロデューサー、反応薄い~!」

「そ、そんなことないぞ」

「むー……あ、飴溶けちゃった」

11: 20/08/28(金)23:54:15 ID:JGS

 べー。と軽く舌を出して飴が無くなったことを示し、雛菜はプロデューサーの持つコンビニの袋に狙いを定めた。

「次はどれ食べよっかな~」

「あ、こら、他のは事務所に帰ってからだ」

 咄嗟に袋を背中に隠すようにして身構える。

「え~? こぼれないのにするよ~? 一口で食べられそうなやつ~」

 鬼ごっこで一対一となった時のように、二人は互いの動きを牽制し合いながらじりじりと対峙し、
自分の両手だけがふさがっている状況を不利と見たプロデューサーはなんとか雛菜を説得しようと試みた。

「いや、まあ、こぼさないのも大事だけどな。ほら、歩くことに集中してないと危ないだろ?」

 いかにも苦し紛れといったその言葉に自分でもそれ程効果があるとは思っておらず、
やはり雛菜は不満そうな様子を見せたものの、意外に不承不承という感じで折れてくれた。

12: 20/08/28(金)23:55:16 ID:JGS

「――は~い。わかりました~」

 唇を軽く尖らせながら先に立って歩き出す。と思いきや、すぐに歩調を緩めるとプロデューサーの隣に並んで手を差し出してきた。

「――片方持ってあげるね」

 先のやり取りのこともあって一瞬ためらう。それでもせっかくの申し出を無下にするのも憚られて、

「……頼む」

 結局、素直に礼を言って袋を渡す。受け取った雛菜は自由になったプロデューサーの手を自然な動作で握ってきた。

 プロデューサーはぎょっとして何かを言いかけ、

「――さっきの話の続きだけどね」

 見事に機先を制されて口をつぐむ。

「雛菜ね、『雛菜の為に言ってるんだぞ』って言われるのもあんまり信じてなかったと思うんだ~」

 ――事務所とは逆の方角へと沈んで行く夕日がコンビニの袋と二人の影を道に落としている。

 プロデューサーの飴も、ほのかな甘さを残して溶けてしまっていた。

13: 20/08/28(金)23:56:03 ID:JGS

「この人はどのくらい雛菜のことを知ってて、雛菜の為になることが何かなんてどうしてわかるんだろ~? って思ってた」

 雛菜の手の温度を感じながら、プロデューサーは自分でも不思議なほど冷静に、それはたぶん自分も同じだろうと考えている。

 市川雛菜の魅力を多くの人に知ってもらうこと。それがプロデューサーである自分の仕事だ。

 ――しかしその自分は、雛菜のことを一体どれだけ知っていると言えるのだろうか。

「楽しくてしあわせなのがいい」と言う雛菜に、アイドルは楽しいことばかりではないと諭したのは、もちろん雛菜の為を思ってのことだった。

 気分屋で面倒事を嫌う彼女が、いつか、避けては通れない困難に行き当たった時のことが心配だった。

 そうして彼女をプロデュースし、仕事ぶりを見ていくうちに、いつしかその認識は少しずつ変わっていった。 

 ――雛菜は、ただ手放しに幸福を願っているだけの女の子ではなかった。幸せでいる為には何をするべきかを考え、行動できる子だった。

 飄々として見えても、「楽しくしあわせ」であることにいつも真剣なのだと知った。

 ――改めて思う。
 
 そんな雛菜の為に、自分は何ができるだろう。

 ちょっとくらいなら大変なこと、あってもいいよ。と、

 プロデューサーはプロデューサーに向いてるね。と、そう言ってくれた彼女に、自分はどれだけ応えられているだろうか。

14: 20/08/28(金)23:57:37 ID:JGS

「――あは~。 プロデューサー、なんか難しい顔してる~」

 沈んでいた意識が雛菜の声で引き戻された。思わずなんでもないと笑って見せたが、その表情に苦いものが混じるのをごまかせない。

 雛菜はそんなプロデューサーを深くは追求せず、代わりに足元の影に目を落として、

「――プロデューサーも雛菜のこと全部は知らないよね」

 その呟きは質問とも確認とも取れず、どこかひとり言のように聞こえた。

「……そうだな」

 プロデューサーは、ただ同意するしかなかった。

 雛菜は一度、うん。と頷くと、今度は繋いだ手を前後に揺らしながら、

「だよね~。雛菜もプロデューサーのこと全部は知らないもん」

 ふわふわとした髪が掛かって隣を歩く雛菜の表情が見えない。蝉の声の失せた街はどこまでも静かだった。

15: 20/08/28(金)23:58:30 ID:JGS

「――でもね、知ってることもあるよ」

 少し、得意そうな声。

「プロデューサーが、雛菜のことい~っぱい考えてくれてるの、雛菜は知ってるから」

 見上げるようにこちらを向いた雛菜の瞳は、夕焼けの赤と混じって優しい色を浮かべていた。

「だからちょっとだけ『え~?』って思っても、プロデューサーはほんとに雛菜の為に言ってくれてるんだろうなって、そう思うことにしたの」

 雛菜の一言一言に、わだかまっていた苦みがゆっくりと溶かされていく――

 雛菜は一度言葉を区切ると、確かめるようにプロデューサーの手を握り直して、 

「――雛菜のこと、プロデュースしてくれてありがとう」

 じわりと、温かいものが込み上げてきた。

「――こちらこそ、ありがとう」 

 アイドルになってくれて、

 プロデュースされてくれて、

 しあわせな気持ちをくれて―― 


 ――自分は、雛菜のことを全部知っているわけではない。それでも、間違いなく言えることもあった。


「――雛菜はすごいな」

16: 20/08/28(金)23:59:48 ID:JGS

「ほんと~? 雛菜すごい~?」

 声を弾ませる雛菜に、ああ。と本心から答える。背筋を軽く伸ばして――

「俺も負けずに頑張らなきゃだなあ」

「あは~。プロデューサーはお仕事頑張りすぎ~」

 決意も新たに、しかし雛菜からは若干呆れられながら、そういえば、と未だ繋いだままの手の感触に気が付く。

 少し迷い、いや、やっぱり良くないなと結論付け、それとなく手を放すように言おうとして――

「プロデューサーは、ずっと雛菜の側にいてくれるよね?」

 狙いすましたかのようなその一撃に、ただただ閉口するしかない――雛菜、絶対わかっててやってるだろ。

 今更ながらに雛菜の指の細さを意識し、そのことに妙な敗北感を覚えながら、しかしこう言われてはまさか手を放すわけにもいかず――

「――そうだな、雛菜が転びそうになったら助けなきゃだからな」

 一つ息を吐いて、そう答えた。

「やは~~~。 そうだよね~」

 既に蝉の声も去ってしまった夕暮れの街で、雛菜は嬉しそうにプロデューサーの手を握りながら自信満々に告げる。


「雛菜もプロデューサーのこと、しあわせ~にしてあげるからね」


 機嫌良く鼻歌まで歌い始めた雛菜に苦笑しつつ、少しずつ見えてきた事務所と残してきた仕事に思いを馳せながら、
プロデューサーはまずは甘いものに合う美味しいコーヒーを淹れようと思った。

17: 20/08/29(土)00:02:31 ID:H6E
おわりです。やは~。

18: 20/08/29(土)10:01:55 ID:pDw
最高によかったです

引用元: 【シャニマス】市川雛菜は素数を数えない