1: 2014/06/21(土)22:35:53 ID:X7QhK1lWL
去年の今頃ならば夏の暑さが未だ都心部に鎮座し続けていてもおかしくない。

しかし、今年は例年に比べると夏は暑くなかった。

寧ろ心地良かったと言える。
2: 2014/06/21(土)22:36:40 ID:X4X46xjZC

今年は去年より猛暑日だと、あれだけ騒いでいたメディアは前言撤回した。

異常気象故に今後の天候に気をつけて下さい、と自分達の仕事を遂に放棄してしまったのだ。

そんなメディアからの情報を、いつの間にか薄くなってしまったブラウン管越しに見ていた俺の女。

3: 2014/06/21(土)22:37:14 ID:X4X46xjZC

「だいたいさ、天気予報ってくらいなんだから当てずっぽうで良いに決まってんじゃん」

ドライヤーで肩まである髪の毛を乾かしながらブラウン管に呟く。

4: 2014/06/21(土)22:37:43 ID:X4X46xjZC

幾ら心地良いからといっても、羽毛布団を頭から被っていた彼女は朝から汗だくだった。

目覚めるなりシャワーに入って、その汗を一掃し爽やかな目覚めを手に入れていた。

5: 2014/06/21(土)22:38:18 ID:X4X46xjZC

「なんだったら君も一緒に入る?」

と、誘われたのだが生憎俺は汗をかかないので丁重に無視を決め込んだ。

その甲斐あってか、俺は濡れずに済んだ。

朝から濡れるなんてまっぴら御免だ。

6: 2014/06/21(土)22:38:47 ID:X4X46xjZC

「予報なんだから端っから信じ込む人間がバカなんだよね、そう君も思うでしょ?」

乾かした髪の毛を手際良く後ろで結んでポニーテールにする。

俺は一番この髪型が好きだ。

7: 2014/06/21(土)22:39:18 ID:X4X46xjZC

先程の質問すら何だったか忘れるほど、それに見とれていると彼女は呆れたよう溜め息を一つ。

「まあ、君には無関心な内容だもんね」

落胆して、次は様々な道具をポーチから取り出して、毎朝行われるお絵描き大会だ。

メディアに踊らされないようにと決めている彼女なのに、世間の目は気にするのだから矛盾としか言いようがない。

8: 2014/06/21(土)22:39:45 ID:X4X46xjZC

「今日も君は家でゴロゴロするのかい?」

今の今まで無くなっていた眉毛が復活すると同時に、そんなことを嫌味っぽく言ってきた。

俺は少し癪に触り、再び無視を決め込んだ。

俺の無視は百戦錬磨だ。

9: 2014/06/21(土)22:40:19 ID:X4X46xjZC

「また無視する。でも、たまには外に出なよ。こうして可憐で美しい白い薔薇のような私が酷く汚れきった社会で闘ってるんだからさ」

10: 2014/06/21(土)22:40:47 ID:X4X46xjZC

あれよあれよと彼女は変身して、いつの間にか別人となっていた。

これは長い付き合いがなくては見分けられないくらいの、ビフォーアフターである。

俺はその顔をまじまじ見ていると、彼女は笑ってキスをした。

11: 2014/06/21(土)22:41:14 ID:X4X46xjZC

「もう行くね、行ってきます」

立つ瞬間に彼女の足から間接の鳴る音がした。

可愛らしい音に少しだけビクッと体を俺は震わせるが、それに彼女は気付かずに慌てた様子で玄関へと向かって行った。

12: 2014/06/21(土)22:41:50 ID:X4X46xjZC

「ちゃんとご飯食べとくのよ」

と彼女は今朝から用意してくれていたご飯がある場所を指さした。

13: 2014/06/21(土)22:42:18 ID:X4X46xjZC

そして、出て行こうとするが思い出したかのように「最近物騒だから気をつけてよ?まあ、君は何があっても無事だろうけど」と付け加えて行った。

こうして毎日同じように繰り返して、俺の無駄で有意義な一日が始まるのだ。

14: 2014/06/21(土)22:45:43 ID:yEITCR0l6

バタンと勢いよく閉められた扉。

ガチャリと鍵の閉まる音。

それを聞いてから俺は精一杯伸びをする。

さて、今日は何について物思いに更けて見ようか。

15: 2014/06/21(土)22:46:12 ID:yEITCR0l6

昨日は昨日の昨日見かけた雲の行方を考えていたんだ。

あの雲はまさに鯨に等しい位の大きさだった。

あんなのが町の上を徘徊してどこに向かっているのだろう。

そう考えているだけでワクワクしてくる。

16: 2014/06/21(土)22:47:07 ID:yEITCR0l6

だが、こうも毎日同じように考えていても飽きが回ってくるもんで。

そうだ、と俺は跳ね起き久々の外へと飛び出した。

メディアが言うとおり異常気象は続いているようだ。

これほど心地良い風が、この季節に吹き抜けるなど珍しい。

毛を撫でるようにして風が吹き抜ける。

18: 2014/06/21(土)22:47:35 ID:yEITCR0l6

数分歩いて目的地に到着。

玄関は閉まっているので、裏口に回る。

すると彼女がいた。

薄いピンク色で若干透けているネグリジェを着ていた。

細い煙草に今火をつけているところだった。

俺は彼女が気付くまで見つめることにした。

19: 2014/06/21(土)22:48:06 ID:yEITCR0l6

彼女はいつもセクシーだった。

長く長く伸ばした琥珀色した髪の毛を乱雑に束ね頭部で団子状にしているのだが、それにより見せる項がより際立たされ、そのセクシーさに益々目をやられてしまう。

流れた彼女の目が俺にあう。

21: 2014/06/21(土)22:48:59 ID:yEITCR0l6

「なによ?久々に来て、どうしたの?」

彼女は腰掛けていたベッドから立ち上がり、窓を開けてくれた。

彼女の家が一階で良かった。

これが二階だと一苦労も二苦労もするのが目に見えていた。

22: 2014/06/21(土)22:49:27 ID:yEITCR0l6

「最近は滅多に顔も見せなかったのに。どうしたの、彼女に振られたとか?」

その手の質問は俺が嫌いなのを知っていてしてくる。

少し意地悪な笑みを浮かべて。

その笑みも俺は気に入っているので実際に怒ったりはしない。

ただ、無視はする。

23: 2014/06/21(土)22:49:59 ID:yEITCR0l6

「まあ、いいか。今日は私も暇だったし、せっかくだから相手してってね」

甘い声になり背後から抱きしめられた。

彼女が咥えている煙草からは少し大人の匂いがした。

24: 2014/06/21(土)22:50:28 ID:yEITCR0l6

久々に嗅いだ、この香り。

煙草の銘柄は忘れてしまっていたが、町中で嗅ぐとやはり彼女を思い出していた。

こんな俺でも懐かしむときだってある。

25: 2014/06/21(土)22:50:57 ID:yEITCR0l6

その懐かしい匂いが今は俺の鼻を占領するほどにある。

彼女の髪の毛にも染み込んでいる。

柔らかい乳房にも。

26: 2014/06/21(土)22:51:28 ID:yEITCR0l6

この部屋の隅々まで彼女特有の匂いで充満していて、俺はいつの間にか気持ち良くなっていた。

これを胸一杯に、いや、鼻一杯に堪能した俺は、遊び疲れて眠ってしまった彼女を横目に部屋を出た。

27: 2014/06/21(土)22:51:57 ID:yEITCR0l6

次会うことなんて互いに期待はしていない。

また会いたくなったら会いに行くよ、と俺は声に出すことなく飲み込んだ。

まだ太陽は頭上にいる。

遠くから彼女の寝息が聞こえている。

28: 2014/06/21(土)22:53:34 ID:yEITCR0l6
すいません
誰もご覧になられては無いと思いますが
このまま続けさせて頂きます
あくまでも自己満足だと言われるとお終いなので
それは心の内に秘めたままにして下さい
すいません

29: 2014/06/21(土)22:55:22 ID:yEITCR0l6


笑ってじゃれ合うのも一苦労する。

じゃれ合いが好きならそれで苦労することもないが、そうでない者は想像以上に疲労を伴う。

世間では大人として対応を求められる時が多々見受けられる。

しかし、それが社会の中であれば相手が上の者、または見知らぬ者となれば対応は簡単である。

31: 2014/06/21(土)22:55:50 ID:yEITCR0l6

だが、これが女となれば難しい。

大人な振る舞いが正解と思えば、その逆が正解だったりと、要するに予測不能であり流石の俺でも一瞬にして読みとるなんて事は出来ない。

33: 2014/06/21(土)22:57:11 ID:yEITCR0l6

故に俺は考えた。

周りに気遣いはしない。

これに尽きる。

34: 2014/06/21(土)22:57:39 ID:yEITCR0l6

俺と一緒に居たければお前達から俺に合わせてこい。

そうすれば俺はイヤな顔をせずに側にいてやる。

こうした俺の考えが幸を成したのか定かではないが今となれば女に困ることがなく生きている。

35: 2014/06/21(土)22:58:07 ID:yEITCR0l6

町を歩けば女は振り向き、男は妬ましく指を咥えて遠くから、その光景を見ている。

それが妙に楽しく、胸を針などで刺激するような感覚が癖になる。

37: 2014/06/21(土)23:02:33 ID:rigEqeZgp

そんな持論を適度に考えながら商店街を歩いていると、とある店前で看板娘の彼女が道行く人に声をかけて蒲鉾を販売している。

こんな寂れた町の商店街だ。

誰も買いやしない。

運良く買ってもらえても、一枚百円の紅生姜が入った蒲鉾くらいだ。

39: 2014/06/21(土)23:04:14 ID:rigEqeZgp

一日の売り上げが数百円の時だってあるって聞くのに、相変わらず彼女は声を出して売っている。

哀れとも思うが、俺からしてみれば、それが彼女の良さでもあり大嫌いな所である。

40: 2014/06/21(土)23:04:46 ID:rigEqeZgp

彼女は四十歳前でありながらも、化粧も薄いためかそれよりも若く見える。

未婚であり、職人気質の父親と二人暮らしである。

母親は遠の昔に他界しているらしい。

41: 2014/06/21(土)23:05:19 ID:rigEqeZgp

その理由は知らない。

知ったところで何て言う。

無残な励ましの言葉は耳にタコが出来るほど聞いてきた筈だ。

42: 2014/06/21(土)23:05:47 ID:rigEqeZgp

それでもエールが欲しい等思っているならば、何を今更、言葉で救われるとでも思っているなら甘えるなと言いたい。

散々優しい言葉は頂いたが、それが身に付いたか?

今まで見て見ぬふりしてきた奴ばかりじゃないか。

43: 2014/06/21(土)23:06:14 ID:rigEqeZgp

俺が彼女を知ってからも似たり寄ったりな光景を目の当たりにしてきた。

それでも学んでないと言うなら馬鹿かと言いたい。

言えないけど声を大にして言いたい。

44: 2014/06/21(土)23:08:31 ID:rigEqeZgp

「あっ、久しぶり。元気にしてた?」

とうとう彼女に気付かれてしまった。

少し面倒だが露骨に顔に出さない。

ただ無心で頷く程度で良い。

45: 2014/06/21(土)23:09:17 ID:rigEqeZgp

「相変わらず君は無愛想だね」

そう言葉はトゲがあるのに顔は笑っていた。

彼女のそういう所も俺は嫌いだった。

46: 2014/06/21(土)23:09:55 ID:rigEqeZgp

「夕方前だってのに全然蒲鉾が売れないよ。どうしよ?」

いつの間にか店頭に連れて来られていた。

店の心配を俺にする時点でお先真っ暗だと言うのに。

そう言いながら彼女は鰯の蒲鉾を俺にくれる。

47: 2014/06/21(土)23:10:25 ID:rigEqeZgp

一口かじる。

決して不味くはないが、何か一つ物足りない感じだ。

それが妙に、この町の雰囲気に似ていて俺は好かないな、と思いながらももう一口かじる。

48: 2014/06/21(土)23:10:52 ID:rigEqeZgp

「もうね、私疲れちゃったな。蒲鉾だって売れないし、お父さんも糖尿病が悪化してて近々入院するかも知れないし。どうしたらいいのかな?」

知らないよ、と俺は言いたくもなる。

49: 2014/06/21(土)23:11:18 ID:rigEqeZgp

しかし、それを言って良いのは真剣に彼女を心配する連中だけでいい。

俺と彼女の間に特別な感情なんてないのだから、そんな身の上話された所で困るだけだ。

故に俺は黙ってイマイチな蒲鉾を噛んでいた。

50: 2014/06/21(土)23:11:52 ID:rigEqeZgp

「もう、そんな無視しなくてもいいじゃない」

そう言い終えるまでに彼女の瞳には涙が浮かんでいた。

俺も、やはり泣かれては困る。

ましてや、はたから見て俺が泣かしたとなれば尚の事困る。

51: 2014/06/21(土)23:12:24 ID:rigEqeZgp

こんな時になんて声をかけるかなんて悩んだ所で無意味である。

今までだってそうだ。

悩んだとて、正解があるわけではない。

そこで行き着いた唯一の方法がある。

52: 2014/06/21(土)23:13:04 ID:rigEqeZgp

「もう、どうしたらいいのよ?ね?」

泣き続ける彼女にそっと近づいて頬を伝う涙に口付けを。

53: 2014/06/21(土)23:13:37 ID:rigEqeZgp

するとどうだ、ほら。

彼女は一瞬キョトンとした表情になる。

その瞬間にもう一度同じように口付けをする。

彼女は次第に涙を流さないようになる。

54: 2014/06/21(土)23:14:02 ID:rigEqeZgp

「ごめんね、まさか君に慰められるなんてね」

残した涙を彼女はエプロンの端で拭い、そして俺を抱きしめる。

「ありがとう」

そう言って彼女から俺に口付けを。

57: 2014/06/21(土)23:23:02 ID:rigEqeZgp

あの後蒲鉾屋の看板娘は笑顔になり、イマイチな蒲鉾を数枚くれると言った。

だから俺は看板娘が戻ってる間に走り去った。

もうお腹いっぱいであり、なにより家には作ってくれているご飯が待っている。

59: 2014/06/21(土)23:24:09 ID:rigEqeZgp

俺は傾きかけた太陽を横目に家路につく。

オレンジ色の空と、何処からか聞こえる台所の音。

遊ぶ声に、朝と変わらない車のエンジン音。

歩道橋を越えて、川を越えて、そして待ってくれている我が家へと。

61: 2014/06/21(土)23:25:15 ID:rigEqeZgp

我が家はアパートの二階にあり、築十五年にしては未だ新築の状態に限りなく近い。

確かに交通の便では何かと問題点がある。

最寄り駅まで徒歩で三十分はかかるし、バス停すらない。

彼女は通勤する際に自転車で駅まで行く。

62: 2014/06/21(土)23:25:53 ID:rigEqeZgp

コンビニはなく、唯一あるのは午後十八時を持って閉店するスーパーだけだ。

それでも俺は苦労していない。

足が有れば歩けるし、疲れたら座ればいい。

ご飯は誰かが用意してくれてるし、楽しみなんて探せば幾らでもある。

63: 2014/06/21(土)23:26:22 ID:rigEqeZgp

それでも彼女は不便だと嘆くこともあるが、それはそれで良いと思う。

寧ろ俺には何の関係もない。

なんだかんだ言って俺のご飯を用意してくれるのであれば、それだけでいい。

65: 2014/06/21(土)23:27:06 ID:rigEqeZgp

ポストの角を曲がればアパートが見えてくる。

此処からでも部屋に誰かいるかどうかがわかる。

と言っても彼女がいるかいないかがわかるだけだが。

66: 2014/06/21(土)23:27:43 ID:rigEqeZgp

そして、ポストの角へと差し掛かり、ゆっくりと遠くにあるアパートの部屋を確認する。

今日は灯りがついている。

そうか、彼女は帰っているのか。

68: 2014/06/21(土)23:29:04 ID:rigEqeZgp

一瞬安堵した俺だが、慌てて思い出した。

折角作ってくれたご飯を未だに食べていない。

一日に二度も女の涙なんぞ見たくもない。

俺は走り出した。

69: 2014/06/21(土)23:29:38 ID:rigEqeZgp

いつになく遠くに感じる家まで全力で走るのは正直しんどい。

しかし、もし帰って彼女が泣いていたらどうなる。

俺の今後の美味しいご飯が危ういではないか。

是が非でもどうにかせねばと言う気持ちだけで俺は走れている。

71: 2014/06/21(土)23:30:08 ID:rigEqeZgp

錆び付いた階段を駆け上がり、二階の一番端までスピードを落とさずに行く。

勢い良く部屋に入ると、そこには誰もいない。

何時もなら、俺が帰っていなければ玄関先で待っているのに。

今日はいない。

73: 2014/06/21(土)23:31:27 ID:rigEqeZgp

もしや、買い物にでも出かけたのかと思いながら、そっと玄関から顔を覗かる。

そこから昼間に食べる予定だったご飯が置いてあるキッチンを見る。

すると、どうだ。

74: 2014/06/21(土)23:31:55 ID:rigEqeZgp

俺のご飯がひっくり返している。

彼女は怒ってしまったのか。

折角の味噌汁とご飯が残されたままで。

怒りのあまりにキッチン中を滅茶苦茶にしてしまったのか。

75: 2014/06/21(土)23:32:21 ID:rigEqeZgp

いや、そんな馬鹿な。

割れた食器を気を付けながら奥の部屋へと向かう。

すると、スラッと長い足が見えた。

彼女の足だろう。

76: 2014/06/21(土)23:32:51 ID:rigEqeZgp

なんだ疲れて寝ているだけか、と思い近づく。

しかし、すぐに異変に気付いた。

いつも破くと叱られるパンストが見るも無惨な形になっている。

77: 2014/06/21(土)23:35:50 ID:ksdlewlUk

胸騒ぎ。

嫌な感覚を抱きながらも一歩一歩と歩み寄る。

なかなか近付けない。

先程から声もロクに出ない。

どうしてこうなった。

78: 2014/06/21(土)23:40:15 ID:qrATaoZyH

「き、キミが、い、いけないんだからね」

男の声が突如聞こえた。

俺は聞いたことのない声に驚き咄嗟にテーブルの下へと身を隠してしまった。

79: 2014/06/21(土)23:44:38 ID:p3tOzx4FJ

「あれ、あれだけ僕がア、アプローチしたのに、な、なにも無視しなくても良いじゃないか!」

今いる場所からだとテーブルとイスの足が邪魔して男の顔も見えやしない。

辛うじて隙間から彼女の足も見える。

80: 2014/06/21(土)23:45:06 ID:p3tOzx4FJ

「こ、こうすることにより、キミはボボ僕と二人の世界で、あ、あ愛し合えるよね」

情緒不安定なのか男の声が定まらない。

いよいよ、俺は男の正体が気になり、ゆっくりとテーブルの下から顔を出す。

81: 2014/06/21(土)23:45:37 ID:p3tOzx4FJ

ベージュのチノパン。

グリーンとブラックのチェック柄のシャツ。

銀縁の眼鏡。

手には赤い液体が付着してあるハサミ。

薄っぺらい胸板が先程から上下に動いている。

よっぽど興奮しているのだろうか。

82: 2014/06/21(土)23:46:02 ID:p3tOzx4FJ

そんな姿をマジマジ見ていると、油断してしまっていた。

男と目があってしまった。

暫く男とは見つめ合っていた。

ゆっくりと瞬きする男から目が離せない。

83: 2014/06/21(土)23:47:46 ID:p3tOzx4FJ

「な、なんだ。お、お前か。せっかく彼女が、よ、用意した、ご、ご飯食べなかったろ?だからボボボ僕が少し食べてしまったたよ」

そう言ってニコッと笑った。

まるで今も食べ続けているかのように口が動いている。

84: 2014/06/21(土)23:48:14 ID:p3tOzx4FJ

「お、お前とボボボ僕は、に、似てるね」

相変わらずゆっくり瞬きする男に俺は不思議と近付いていた。

いつの間に俺は机から這い出てきたのだろうか。

85: 2014/06/21(土)23:49:52 ID:p3tOzx4FJ

「そ、そうだ。こ、これから帰るから、いっ、一緒に帰ろうか。お、お前に危害は加えないよ。い、いや、彼女にもそう言ったんだだけどね」

本当に危害なんて加えないよ、とも付け加えて俺を抱き抱える。

高い位置から彼女がやっと見えた。

86: 2014/06/21(土)23:50:39 ID:p3tOzx4FJ

ピンク色したカーディガンが嘘のように真っ赤な液体で染まっていた。

部屋も服も乱れていた。

なんだ、これがいつもと同じ日常か。

87: 2014/06/21(土)23:51:06 ID:p3tOzx4FJ

俺はふとそんなことを考えていると、男は俺の体を赤い液体の付いた手で撫でてきた。

御自慢の真っ黒の毛が汚れちまう、けど拒めやしやい。

あの眼差しが今の俺の全てを奪っていた。

88: 2014/06/21(土)23:51:32 ID:p3tOzx4FJ

「さ、さあ、帰ろう。こ、今度は僕が主人だよ」

律儀にも俺が入ってきたシンクの上にある窓を戸締まりしてから、手に持っていたハサミを流しに投げ込んだ。

89: 2014/06/21(土)23:53:04 ID:p3tOzx4FJ

靴が玄関先で散乱している。

足だけ器用に動かして泥だらけのスニーカーを履いて部屋を後にした。

きちんと鍵もかけて。

カチャリと鍵が閉まる音が、つい懐かしく感じてしまった。

俺は男の腕の中で初めて鳴いた。


【ハサミは今もシンクの中】

おわり

92: 2014/06/22(日)00:00:33 ID:rSlGfTkCL
面白かったぜ
でも意味が分からねえwwww

93: 2014/06/22(日)00:08:20 ID:n9UTkJJ7Q
>>92
すいません
主人公は猫目線だったって事ですね
分かりづらい表記で申し訳ないです
もっと励みます!

引用元: 「ハサミは今もシンクの中」